どうなってるんだ?と再び頭を掻きむしった。
またもや途切れた物語の先が指し示す犯人は、別人だ。
コナン君大丈夫?と覗き込む蘭に、何でもないよ、と言いかけて時計を見た。それ程遅い時間では無い。
「・・・博士の家に忘れ物しちゃったの思い出して・・・」
「忘れ物?」
「うん・・・このお話の前の部分。」
これって推理小説なんだ、前の部分にとても大切なヒントになりそうな言葉が載ってたから、蘭ねーちゃんに貰った分と合わせて確認してみたいんだ。そう一気にまくしたてると、蘭が明日ではいけないのかと聞いた。
「でも・・・」
「・・・どうしても今日じゃなくちゃダメなの?」
「・・・・・・う・・・ん・・・・・・」
真剣な蘭の表情が、今は胸に苦しい。重く背中に掛かる空気の中、蘭が。目の前に居る蘭が、それをふわりと軽くした。
「・・・気をつけて行ってきてね?」
止められると思っていたから。その反動で「どうして」と思わずその疑問が口に出た。すると、蘭は、ふ、と笑った。
「・・・・・・真実にも熱があるんだ・・・って、前に新一が言ってたの。だから必要とされる内に精一杯の努力をして手に入れないと、その温度が逃げていってしまうんだって。」
オレ自身すら忘れていたオレの言葉を、蘭が嬉しそうに口にする。
「今のコナン君見てたら、何だか思い出しちゃった・・・」
柔らかい声も、仕種も、笑顔も。やけにくすぐったくて。このまま、と溺れてしまいたくなる・・・けれど・・・。
「・・・コナン君にとって大切な事なんだよね?」
その問いが見失いかけていたオレの立つ場所を気付かせてくれた。
迷わずこの道を突き進む事。そして、この道の先には、今よりしあわせに笑う蘭が居るとオレは信じてる。
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
送り出す柔らかな笑顔に、応える。
「・・・すぐに帰ってくるから。」
間違いなく、とてもとても大切な人にそう言い置いて、オレは事務所を後にした。
かさかさと乾いた音を立てながら、木の葉が足元にまとわりつく。落葉の季節はもうとうに終わっているはずだが、どこから舞い込んで来たのかと見上げればオレの家の植木から落ちたものだった。
「大切な人だから、しっかり守ってやれって事か・・・?」
言われなくても分かってるよ、とその家の・・・今は海の向こうの主を思い浮かべてそう呟いた。
守らなくてはならない、大切な人。
アイツはただでさえ弱いから。オレがちゃんと守ってやらないといけねーなんて、百も承知だ。周りに危害が及ぶくらいなら、自分で自分の命を手折る事を選ぶ奴だし。
ただ、それでも、最近は歩美達の影響で、ほんの少しずつ陽の当たる場所にも慣れてきた様で、簡単に死を選ぶ事はしなくなってきた。それでどこか安心していたかもしれない。情報源は母さんだろうけれど、どこかピリピリしている灰原の雰囲気を感じ取っていたのなら、安心出来る様に守ってやれと言いたかったのかも、と思い当たる。
事件を前に推理している時も、忘れているつもりは無いけれど。
今日2度目のドアを前に、深く溜息を吐いた後、呼び鈴を押した。はい、と声がして、がちゃりとその封印が解かれ、オイオイ、オメ―もかと眩暈を感じた。
「さっき博士にも言ったけど・・・ちゃんとドアを開ける時は相手を確認してから・・・」
「あら、確認したわよ?」
「・・・え?」
「もうすぐ来る頃だと思ってたから、何となくだけど窓の外を見てたのよ。」
呼び鈴を鳴らすのに随分時間が掛かったから、違うのかと思ったわ、と呆れた表情で灰原が茶色の封筒を手渡した。
「・・・おい、これってオレに何か言われたらって言付かったんじゃねーのか?」
「貴方の事だから、私が持ってるって確信したから来たんでしょう?」
でなければ、今日ここに2度も足を運ぶ理由なんて無いはずよ、と苦々しげに灰原がそう言った。コイツはそれでなくても、相手が自ずと自分から距離を置く、そんな突き放した話し方をするから。まあ、今のはオレの推理力を、コイツも一応評価してはくれてるわけだ、と受け取って、思わずこちらも苦い笑みが零れた。
「・・・何よ・・・」
「いや、別に・・・。あ、そうだ、オメ―数字は?」
「・・・・・・・1・・・」
やっぱりな、と呟くオレに、ふうと重い溜息を吐いた灰原は、「・・・でも」と途中まで言い掛けて、止めた。苦しそうに。
途中で切るなよ、気になるじゃねーか、とせっつくと、「・・・どうして私の方に来たの・・・?」とぽつり、呟いた。
「どういう意味だ?」
「・・・私が弱いという意味?」
その苦しそうな問いかけは、足を引っ張っているのでは、と続く。そんな気がした所で気がついた。ああ、そうか、コイツはその封筒の行先を知っているのだ。
「・・・・・・オメーが弱いからじゃねー。・・・アイツは一人で立てる奴だからだよ。・・・この答えで満足か?」
物語の岐路で、「大切な」という条件にこっちを選んだのはそういう事だ。灰原も「そうね」と少し悔しそうに、笑った。
コーヒーでも淹れましょうか、という言葉を、蘭が待っているだろうからと断って、再び歩き出した。
「ただいま。」と声を掛けながらドアを開けると、台所からトントンという規則正しい音が途切れた。
「おかえり。」という笑みに迎えられて、くすと笑みが零れる。手伝うと言えば、「良いよ」と柔らかな言葉が返って来た。
「お話の続き、読んでしまいたいんでしょう?」
嗜めるのでもなく、といった言い方に、ああ、バレてたのか、と思わず苦笑する。
「お父さんも今日は遅くなるって電話があったから。食事が出来たら持っていくわね。」
居間でと言われてそこに入れば、暖かな空気に包まれていた。どうやら、蘭が温めていてくれたらしい、『江戸川コナン』としての場所。外の空気で冷え切った身体が少しずつ温まってくるのを感じながら、茶封筒の中身を広げてコタツに入った。