またか、とコナンは頭をガリガリとかきむしった。
途切れた物語。広がった世界が指し示す犯人・・・と思われる人物は、別人を指し示していた。
でも、そうなると「私が信頼すべき」という言葉には・・・・・・どういう意味に取れば良いんだ?俺を預かって、身の周りの世話をしているという意味で?俺がふわふわと飛んで行ってしまわない様に、俺の心が間違った方向に行かない様に導いてくれる人物として?・・・・・・・・・ああ、でも、『大切』な人・・・・・・・・。
はあ、と思わず漏れた溜息に、博士がそっとコーヒーカップを置きながら「何もそんなに根を詰めなくとも・・・」と声を掛ける。
「・・・何か大切なことを伝えようとしてるらしいんだ・・・だから・・・・・・」
淹れてもらったコーヒーをひとくち、流し込む。は、と熱い息が漏れる。
「大切な・・・おお、そうじゃった・・・」
「ん?」
「いや、君の父上から言付かっているのはその封筒だけじゃないんじゃよ。」
「え?他にも何かあったのか・・・?」
「ああ、いや、『貴方が犯人ですね』と言われたら、封筒を渡しながら『私が一番』だと・・・そう伝えろと言われておった。」
「・・・・・・一番・・・・・・・・?」
だけど、この道の・・・優作の指し示したその物語は違う道を指し示して・・・。
「博士、もうひとつ聞いていいか?」
「おお、何じゃ・・・?」
「博士が預かった封筒って、この1通だけ?他には無かったのか?」
「ああ、封筒はまだあるよ。」
「やっぱり・・・」
この物語が指し示す・・・犯人と言うにはあまりに証拠が足りないが・・・その相手には、優作本人から江戸川コナンに渡して欲しいと頼むにはあまりにリスクが大きい相手だ。
「それって・・・」
「すまんがの、相手は教えない様に、と言われておるんじゃ・・・」
「だろうなー・・・」
それじゃ、とコナンは博士の目を真っ直ぐに捉えた。
「その相手の所には、オレが受け取りに行って大丈夫なんだな?」
「え?あ・・・ああ、コナン君が来たら渡して欲しい、と預かってもらっておるよ。ワシと君の謎解き遊びだと言ってある・・・」
「・・・ん、それ聞いて安心したよ。ありがとな、博士・・・」
す、と封筒の中に原稿の束を入れて、上着を羽織った。
まさか、こんな大きさの封筒を持ち歩いているとは思えないし、きっと家に隠してあるのだろう。でなければ、あそこだ。その笑顔を思って、胸の中が綻ぶ様に温かくなる。
靴紐を結びなおすその指も、気持ちを逸らせる様な甘い痛みに歯がゆくなる。
早く、早く逢いたい、ひと・・・
早く・・・逢わなくてはならない、ひと・・・
だけど。
けれど。
ぐ、と結び目をきつく締め直して、俯いたまま。改めて思い知らされたそれをぽつりと言葉にした。
「・・・オレにとって、博士は・・・間違いなく大切な人だよ・・・。」
なんじゃ?と博士は怪訝そうに首を傾げたけれど。それで十分だった。言っておかなくてはならない、そんな気がしたから。
じゃあな、と軽く手をあげてコナンが去った代わりに、灰原が博士に声を掛けた。
「・・・ねえ、博士・・・工藤君が持ってたあれって・・・」
ああ、と博士はただ笑って・・・。コナンの残したぬくもりを見送っていた。
大分日が傾き始めていた。
日が落ちるのが早すぎる、と先日ごねていたのは元太だっただろうか。もう少しすれば、吐く息も色を帯びる様になるのだろう、とコナンは固く両腕を組んだ。物語の入った封筒が、それを非難する様にぱきぱきと小さな音を立てたけれど。中身はしなやかにその身を身体のカーブに合わせる事を選んで、少しずつ接触する体温を吸収して馴染んでいく。
すっかり体温と同等になった頃には、目の前に見慣れた光景が広がっていた。
「ただいまー・・・」
少し遠慮がちに事務所の扉を開くと、丁度落ちる日に染め上げられて、普段無愛想な色合いの探偵事務所が、今だけは柔らかな顔を覗かせていた。
キィ、と軽く音を立てて背後のドアが閉まると、そこには静かでゆっくりとした時の流れがあった。
おっちゃんはまだ帰ってねーのか・・・
頭の中で物語をなぞる様に確認する。犯人への道標は間違いなく一人の人を指していた。
犯人、ね・・・
似合わねーと言ってしまったら、恋は盲目ね、だなどと灰原辺りには失笑を買うだろうか。く、と苦い笑みが零れた所に、蘭が帰って来た。
「ただいま。」
「あ、蘭ねーちゃん、お帰り。」
「なあに?コナン君、嬉しそうね・・・?」
そう言いながら、コナンの手にしている茶封筒を見つけて、あ、と嬉しそうに表情を変える。
オイオイ、犯人としては甘すぎるんじゃねーの?と悪戯っぽい微笑を浮かべる蘭に歩み寄る。蘭は近づいてくるコナンの目線に合わせる様に、そっと跪いた。
「なあに?」
満面の笑みがやけにくすぐったくて。少し苦笑しながらコナンは、相手が期待しているであろう言葉を、たどたどしく口にした。
「あのね、博士と・・・謎解きごっこしててね」
「うん、それで・・・?」
「えーと・・・ボク、犯人分かっちゃったんだ・・・」
「うん」
慈しむ様な、温かい眼差しと、その微笑みにはたと気がついた。『犯人だ』という言葉を蘭に向けるのは、「あなたが一番大切な人です」と告白しているも同然だという事に。
「・・・・・・・・コナン君?」
「あ・・・」
「それで?犯人は?」
「・・・・・・・・・・・・え・・・・っと・・・」
しまった、と思う。今気が付くんじゃなかった、と。
せめてこれがもっと後か、前だったら・・・、と思い至って、どちらでも同じ事だという結論がコナンの内で弾き出された。蘭はこの謎解きに隠された本当の意味を知らないし、オレに至っては言った後で気付いて恥ずかしい思いをしても、言う前に気付いて覚悟の上ででも、どの道その台詞を口にしなくちゃ、蘭からそれは受け取れないのだから。
「・・・・・・犯人・・・分からなかった・・・?」
中々発せられない次の言葉に、心配そうに覗き込む蘭に、意を決した。
蘭は知らない。知らされてないんだ。
「・・・蘭ねーちゃん・・・」
僅かに上げられた語尾は精一杯の照れ隠しのつもりだった。
「・・・・・・犯人は・・・蘭ねーちゃん・・・だよね・・・」
途端に花の様に咲き綻ぶ笑顔。
「そうよ。よく見破ったわね!私が犯人よ。」
精一杯の犯人ぶりを見せながら蘭が悪戯っぽく笑う。
多分、これまでのどの犯人より犯人らしからぬ犯人だよなー、と思わずコナンもつられて笑った。
「なんてね・・・!・・・『私が一番』よ、コナン君。」
「え・・・!?」
まさか、とは思うけれど。博士からの、だと説明していても、肝心の「大切な人探し」という事は知っていたんじゃ、と一瞬凍りついたけれど。ごそごそと戸棚の中から茶封筒を取り出す蘭は、「犯人ですねって言われたらそう伝えてって言われてるの。」と博士と同じ説明をしながら、コナンにその封筒を渡した。
「一番・・・?」
「そう・・・私が一番、って。」
それ以上は知らない、と言う。まあ、そうだろうな、と半分安心して茶封筒に視線を移した。
中に原稿の続きが入っているのは間違い無い。この中に、答えが・・・。