くーねーちゃんより
「きゃ…」
隣に座っていた蘭が小さな悲鳴をあげた。
何事かと見やれば右頬を手で押さえた蘭と…。その向こうに満面の微笑みを浮かべたがきんちょ探偵がいて。
その手には思わぬ春の陽射しの強さに汗を掻いた缶コーラが握られていた。
「もうっ。コナンくんったら!」
「びっくりした?」
「冷たいんだもの。驚くわよ」
「なんだかとっても暖かくなってきたでしょ?蘭ねーちゃん喉が渇いたんじゃないかなって…」
「ありがと」
幼い手から差し出されたコーラに蘭が手を伸ばす。
その光景を見ていて前にどこかで同じ場面に出会ったような気がした。
暦が春を告げた2月の週末。
寒さが厳しかった今年の冬はスキー以外特に何処にも出かけていなかった。天気もよさそうだと朝のTVの天気予報を耳にしたのがきっかけとなって蘭のところに電話をいれてみた。
「ねえ。天気も上々よ?トロピカルランドに行かない?」
「また思いつきでそんなこと言って…」
「え?都合悪いの?」
「いいけど…」
言葉尻を濁す蘭に「何か予定でもあるの?」と重ねて訊くと「今日はお父さんが町内会の旅行でいないからコナンくんと映画でも見に行こうかって話してたの」との答えが返った。
年頃の乙女が…。何が悲しくて小学生の子守りをしつつ折角の休みを過ごさなくっちゃいけないわけ?
電話の向こうの親友がことのほか居候であるその子どもを大切にしているのを知っているので声には出さないけれど…。
「コナンくんに訊いてみるね?」電話口から離れて何やら話しているのが微かに聞こえてきた。このところの蘭の生活はひどくあのおちびちゃんに縛られているような気がする。
結局お子様づれで参加な蘭のおかげで男の子をひっかけて…というプランはナシになってしまった。
お邪魔虫なお子様はと言えば全くそれを意に介しているふうでもなく、口の悪いのと生意気なのはいつも通りで…。
ちょこまかとあっちこっち動き回るし。
保護者たる蘭はと言えば笑ってそれを見ているばかりで…。まったく甘い…。
私はと言えばヤケ気味にアトラクションをこなしまくったおかげでちょっと疲れてしまった。
「園子ねーちゃん?」
「ん?なあに?」
「なんか足引き摺ってるみたいだよ…。そこベンチあるし。座って足休めた方がいいんじゃない?」
「そうね。少し休も?園子」
双方から言われておとなしく従うことにする。
そう言えば自ら探偵を名乗るこのおちびちゃんは、ミョーに物知りでミョーに物事に気がつく性質だった。
座ってみると少し足が痛いような気もした。
「大丈夫?園子」
「平気よー。若いも〜ん」
「何よそれー」
笑ってふざけていると、ふいに蘭の目が何かを探すように揺れた。
「あれ?コナンくんは?」
こうやっていつも目の端にあの姿を捉えているのだろう。
どんなに大人びてしっかりしていようとも小学1年生に違いはないのだもの。
心配かけてんじゃないわよ。と思いつつ辺りを見まわしていると…
「きゃ…」
隣に座っていた蘭が小さく悲鳴をあげたのだ。
「はい」
「ほら」
姿が重なる…
ああ。そうだ。あれは新一くん。
高校に入ってすぐの頃。飛行機の中で起こった殺人事件を解いたとかいって大騒ぎになっていたっけ。
新聞やTVじゃアイドル扱いだったけど…。
私の知ってる彼は変わらずシャイでちょっとだけ大人に背伸びした男のコだった。
同じように蘭の頬に冷たい缶コーラで触れて驚くのを楽しんでいた。
やわらかく微笑むその顔は相手に対するいとおしさが溢れていて…。
「おいしー」
「そお?」
「だろ?」
これから蘭の隣にはいつも彼の姿があるのだろう。…そう思っていたのに。
突然いなくなって。
蘭にいっぱいいっぱい心配かけて。
………泣かせて。
「こら。がきんちょ!園子おねえさまの分は?」
「おねえさま…なの?」
「何よ。不服?」
仕種や表情。何処となく似ている面差し。年に相応しない生意気な口調。
代わりについいじめたくなる。
「………ははは。んじゃ園子おねえさま。どうぞ。」
「え?」
もう一方の手に持っていたモノを渡してくる。
冷たいレモンティー…。
「レモンティー…」
「あ。だって確か園子ねーちゃんコーラみたいな炭酸系ダメでしょ?…違うのがよかった?」
「…ううん。そうじゃないよ。…ありがと」
「どいたしまして。」
にこりと笑われるとついこっちもつられそうになる。
でもあれ?私このコにそんなコト言ったのかなあ。記憶にない…。
不思議なコ…。思わず見入ると、コナンくんが手に何も持っていないのに気づいた。
「…ってコナンくん自分のは?」
「ボク?いいんだよ。ほら手が小さくて3本持てなかったし…」
少しだけ顔を歪めて諦めたように微笑う。
大人びたその表情がどこから来るものかわからなかったけど…。
「もう。ばかねえ。子どもはまず自分のコト考えるものよ!」
「そ…そおかなあ…」
「いいのよ。園子。私このコーラ、コナンくんと半分こするから。ねーコナンくん?」
「え?…あ。いや…。そのお…」
蘭の申し出に首まで真っ赤になりながらしどろもどろになっている小学1年生を見てピンとくる。
「ははあ〜ん。さてはコナンくん?それが狙いだったのね?」
「ち…違うよっつ!!」
「もうっ。園子ったら何言ってんのよ!」
「コナンくんからかってどーするのよ!」と立て続けに叫んで蘭まで赤くなってるし。
このふたりって…
ほんとラブラブよね〜。
小学生相手に親友がまさかマジになるとは思わないけど…。
気が利くところとか、蘭にやさしいところなんかは、私だって気に入ってる。
「園子の言ってるコトなんて気にしないで。ほら!」
「いいよっ!」
「じゃあ…疲れたでしょ?私の膝にいらっしゃいよ」
「い…いいって…」
随分年が離れているのは確かだけれど…。
蘭のあの子を見つめる瞳が優しくて。
見ている私が嬉しくなる。
ま。そこに愛さえあれば…ね。
ねえ。新一くん。
早く帰って来ないと…。このがきんちょに蘭とられかねないわよ?
晴れ渡って陽射しもまばゆい春の来た日。
この忠告が何処かの空の下、事件事件と明け暮れている。そっち方面ニブいことこの上ない日本警察の救世主の彼へと届くことを祈った。