英雄 第4章

ロビーは人気も無く、薄暗い照明と静寂に満ちていた。
突然それを掻き消すかの様に二人が駆け込んでくるまでは・・・

つい数時間前に捨てたはずのハンカチが見つからず、香奈の捨てたと言う燃えないごみのごみ箱の他に、隣にある燃えるごみ用のごみ箱も容赦なく漁る。
その所為で、先ほどまでは綺麗に天井のライトを写していた床も、ごみが散乱していた。

「・・・・・・・消えるって事はないはずなんだけどな・・・」
「清掃員が持っていったんじゃない?」
「・・・これだけごみが残ってるのに?」
「それもそうね・・・」

子どもに指摘を受け、香奈はふっと今の状況に気がついた。
・・・楽団の皆が見たら、どう思うのだろう・・・
思わず自嘲していた。

きっと、別人を見ていると思うに違いないだろう・・・
だが、今の・・・新一と行動している香奈も、嘘偽りの無い、本物の香奈なのである。

佐野と楽団に入るまでは・・・香奈もこんな感じで兄や佐野について遊んでいたのだ。

もう・・・二人ともいなくなっちゃったのね・・・・・・

ふと手を休めた香奈に、警察官がおずおずと声を掛けた。

「え・・・ハンカチは警察の方がもう持って行かれたんですか・・・?」
「ええ、ガラスの破片を包んである女物のハンカチがあったと、報告を受けて・・・鑑識が調べてます」
「なんだ・・・ないはずよね・・・」
苦笑しながらへたりと座り込んだ香奈の脳裏に、ある推測が浮かんできた。
「・・・それってもしかして、私が殺したって証拠にされるのかしら・・・」
「香奈さん、ここにハンカチを捨てに来る時、一人だったんだよね・・・誰かとすれ違ったりした?」
「いいえ・・・誰とも会わなかったわ。急いでたから気がつかなかったかもしれないけど・・・」
「急いで?・・・どうして急いでたの?」
「え、だって・・・」

そこまで言いかけて、香奈は顔色を変えた。

「・・・部屋を出る時に、結城さんからもうすぐ出番だからって声をかけられて慌ててたから・・・・・・・」

香奈の指先が震えるのとは対照的に、新一の表情は冷静さを帯びてきた。

「となると・・・後は証拠・・・動機がどこにあるのか分からない分、しっかりとした証拠を突きつけなきゃ・・・」

立ち上がりかけたその時、カチャン、とズボンのポケットに入れてあった、佐野のロケットが音を立てて落ちた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」

ゆっくりとそれを拾いかけた時、佐野の言葉がよみがえってきた。


「香奈さん・・・先生、念の為にって古いバイオリンも持ってきてたけど・・・新しいバイオリンって音が狂いやすいものなの?」
「え?ええ・・・・・人にもよるんでしょうけど、弾いてる間に音が狂うって事もあるわ。初心者ならともかく、佐野みたいにコンサートで弾くなら尚更ね。・・・移動の演奏の度に調律しておかないと、解放弦の音がずれてたら困るから・・・」
「その調律って、大体曲の演奏のどれくらい前にするの?」
「・・・全く触らなかったなら殆ど狂わないでしょうけど、弦が安定していない内はホントに些細な事で・・・気温や湿度でも音が狂うから・・・曲の前に、ピアノに合わせて加減する事が多いわ」
「コンサートの後や弾いた後なんて、調律しておくものなの?」
「まさか・・・!しないわよ、普通・・・しておいても、次に弾こうとした時にまた調律するんだもの。単なる二度手間だわ。」
「先生、調律は自分で出来るんだよね。いつも人にしてもらってるの?」
「ううん・・・佐野のバイオリンを日本で聞くのはこれが最後だからって、彼が・・・結城さんが言い出したの。」
「そう・・・ありがとう・・・」

佐野の儀式の様な指の動きが、目を閉じれば鮮明に蘇ってくる。

拾い上げたロケットを、ぎゅっと握り締めて、新一は再びそれをポケットにしまいこんだ。

「・・・新一君、証拠が見つかったのね?」
そう尋ねる香奈に、新一は優しく微笑んだ。
「・・・・・・まだ確実じゃないよ。目暮警部補に手伝ってもらわないといけないけどね・・・」

その微笑みに、佐野と兄の面影を見て、香奈は悲しそうに微笑んだ。

「香奈さんにもね・・・・・・手伝ってくれる?」
「何を・・・?」
「真実を知る為のお手伝い」
「・・・真実か・・・いいわよ?新一君の見つけた真実には興味湧いてきたから」

香奈の微笑みに光が宿った。



「調律?」

彼は新一の申し出に戸惑いながら、真意を探ろうとしている様だった。

「うん!・・・先生がコンサートの後にしてくれるって約束してたんだけど、こんな事になっちゃったから・・・。先生からもらったバイオリン、古い物で調律しなおさないと使えないんだって・・・・・・おかーさんは調律なんて出来ないって言うし、おにーさんにお願いしないと折角もらったのに使えないの、これ・・・」
しょげかえって抱えたバイオリンを見つめる新一に、他意はないと睨んだらしい。結城は快く承諾した。

「貸してごらん・・・ああ、大分狂ってるね・・・・・・どれ」

香奈に頼んで予め音を狂わせてもらったバイオリンを、結城はピアノの音と調整しながら弦を締め直していく。

「こんな事になっちゃって残念だなあ・・・僕、先生にバイオリン教えてもらう約束してたのに・・・」
「バイオリンを教えてくれるとこなんてどこだってあるさ・・・」
「うん・・・調律ってどうやるの?それさえ分かってれば、自分ででも覚えられるよね・・・?」
「独学でか?・・・本気でこれを目指すつもりならやめといた方がいいぞ?自分の欠点を指摘されずに育って、どうしようもないクセを身に付けたら後で苦労するからな・・・」
「僕は・・・バイオリニストじゃなくてシャーロックホームズを目指してるんだ・・・」

「ホームズ?あの小説に出てくる探偵の?」

きょとんとして結城が聞き返すと、新一はにこっと笑いかけた。

「ああ、ボウズならなれるかもなぁ・・・。佐野が倒れた後、真っ先に動けたのはボウズだったしな」
「事件現場は初めてじゃなかったもの。・・・・・・・・・おにーさんもなかなか素早い対応だったと思うよ?」
「え・・・?」

「警察・・・電話してくれたのおにーさんでしょ?」

「ああ・・・」
新一の言わんとしている事がすぐには飲み込めなかったらしい。結城は少し考えながら返事をした様だった。

「あれえ?でもおかしいな・・・救急車は来なかったね・・・?」
「・・・・・・・・・・・え?」
「おにーさんびっくりして呼ぶの忘れちゃった?そんなわけないよね、人が倒れて警察を呼ぶなんて何か変だもの。普通呼ぶとしたら救急車じゃない?」
「ぼ・・・ボウズが警察って言ったんじゃなかったか?」
「あら・・・貴方あの時この子の声聞こえたの・・・?」
結城は控え室の戸口からすっと入って来た香奈に驚いていた。

「変じゃない?・・・私よりずっと離れてた貴方が、私に聞こえなかったこの子の声が聞こえたなんて・・・すっごい小さな声だったわよ?その前の救急車ってのがすっごい印象的で大きな声だったから尚更小さく感じたわ。」

「そ、それは・・・俺がお前より耳が良かっただけだろ?だからって俺が疑われるのは筋違いじゃねーか?」
「びっくりしたでしょ・・・曲が急に変わって、殺すつもりだった私は生き残ってしまったから・・・」
「・・・何を言ってるんだ・・・」
引きつりながらも笑う結城に、香奈は決定打を出した。

「佐野が話したがってた事、貴方はどう勘違いしたのか分からないけど、私は既に聞いてたわ。彼が今日言いたかったのは別の事なの。・・・お生憎様」

「う・・・嘘だ・・・!そんなはずは・・・!」

結城の表情が一変した。
平静を保つ余裕を失った彼は、よろよろと香奈の方へ歩み寄って行く。

「知ってるはずがないんだ!知ってたらそんな態度取れるはずがないんだ!!」

「それって香奈さんのお兄さんの事?」

新一の突然の横槍に驚いたのは結城だけではなかった。

「・・・な、なんの事だ?」
狼狽する結城に、新一は「警察の人に調べてもらえばすぐに分かる事だよね。」と微笑んだ。

「香奈さんに話しておかなくちゃいけない事がある・・・先生がそう思いつめている事を知ったあなたは、それが香奈さんのお兄さんとの事だと思った。・・・その時、先生がついて来てるのは知らなかったのか・・・或いは先生がお兄さんが誰と会っているのか全く知らない事を知っていたのか・・・あなたはとりあえずお兄さんの口を封じられた上、ただの事故死として警察に処理された事で普通に生活をしていた。・・・・・・お兄さんの事故に関して、今、目暮警部に当時の資料に目を通してもらってるよ?」

「嘘だ・・・でたらめだ!!お前ら、俺を落としいれようとしてこんな事を・・・!」

「最初は先生を殺して口を封じるつもりだった・・・それが、パーティ会場で香奈さんと話している場面を見かけてしまったおにーさんは、先生を殺すつもりで用意した毒物を、二人同時で使えないかと考えた。曲は随分前から決まっていたし、二人同時にピチカートをするのは知っていたから、香奈さんが始末したグラスの破片を、香奈さんのハンカチに毒を染みこませて弦になすりつけた。」

「・・・ちょ、ちょっと待て、俺はそのバイオリンの調律をしたんだぞ、その後・・・!」

「調律は前もって一度してたんでしょ?・・・新しい弦は調律に時間がかかるし、万が一締め過ぎた時には弦を引っ張って緩めなくちゃいけない。いつもそうして弦をひっぱって緩めてるのに、その時だけ違う緩め方をしたんじゃ、殺すつもりのないさやかさんに勘付かれてしまう可能性も十分にある。さやかさんはおにーさんが調律をしたっていう大事な証人だものね。・・・裏方に回っていたおにーさんなら、バイオリンの調律を予めしておく事も十分可能だから・・・」

「だから新しいバイオリンの割には調律にそんなに手間取らなかったのね・・・」
香奈が感嘆の声をあげる。


「あのなあ!証拠も無いのに・・・!」
声を荒げて、結城は二人に食ってかかった。

「証拠ならあるよ?」

新一が差し出したのは、たった今、結城に調律をさせたバイオリンだった。

「・・・それがどうかしたのか・・・?」
「・・・・・・おにーさんが先生や香奈さんのバイオリンを調律した時は、この弦の上の方で音を調べてたんだよね。おにーさんの指紋もちゃんとそこから出てるよ。でも、今僕のバイオリンを調律した時は、ちゃんと弓が当たる部分を指で弾いて音を出してたでしょ?他の団員さんにも聞いてみたから、おにーさんがいつも弓が当たる部分で調律をしてるのは確認出来てるよ。いつも弓を使わずに手で弾いて音を合わせてる事もね。・・・つまり、証拠は今警察の手に委ねられてる先生と香奈さんのバイオリンってわけ。」

結城の顔色が明らかに変わったのが見てとれた。

「・・・おにーさん、最初から知ってたんだ、弓の当たる部分には毒が塗られている事。・・・だから音が多少上手く響いて聞こえなくても、上の方で調律する他無かったんだ。」

「・・・・・・・どうして・・・・・・・」

「きっかけはおにーさんが言った事なんだよ?・・・『調律はお前らの目の前でやってたろ?・・・もし俺が毒を塗ったなら、調律は他の誰かに任せるとかするんじゃねーか?』・・・おにーさんそう言ってたよね?でもそれっておかしくない?だって、毒を塗って調律を他の誰かに任せたなら、調律した人が死んだ時点でこの計画は実行不可能なんだよ?先生、あるいは香奈さん・・・この二人が調律をしたとしても、その時点でどちらかが死んでしまったら、演奏どころじゃなくなっちゃうもん。・・・先生と香奈さんを二人同時に確実に殺したいなら、おにーさんがやるより他になかったんだよね。」

新一が、一息ついた所で、戸口に新たに人影が現れた。

「そう・・・そして、殺害計画に失敗した貴方は警察に電話をかけに行く時に、毒を染みこませた彼女のハンカチを元通りの場所に捨てておいた。・・・彼女に罪を着せてしまおうと考えた・・・・違いますか?」

新一は突然現れた優作の姿に愕然とした。
「と・・・とーさん!?」
「え?この人があの・・・!?推理小説家の工藤優作!?」
新一の言葉に驚く香奈に、にっこりと会釈をして、優作はすっと部屋の中に入った。

その洗練された身のこなしに、品の良さを匂わせながら・・・

「そのハンカチを使う事は前もって予測出来ない事・・・グラスが割れた事も、彼女がそれを包んでごみ箱に捨てた事すら偶然ですからね。幸運に恵まれたと思った貴方は、彼女が捨てたハンカチを急いで回収に行った・・・」
「・・・そんな物に触った記憶はないけどな」
結城はにやり、と勝ち誇ったかの様な微笑みを向けた。

「でしょうね。・・・貴方は素手では触っていない。・・・・・・・でも証拠なら気付かない内に持ち歩いてるんですよ?」

「え?」

「貴方のハンカチですよ・・・彼女のハンカチを素手でつまんだりしたら指紋が残ってしまいますからね。証拠が残る事を恐れた貴方は・・・自分のハンカチを取り出して、指紋がつかない様に自分のハンカチの上から彼女のハンカチを持ったのでしょう?」

結城の表情が、凍りついた。

「・・・彼女のハンカチからは勿論指紋は検出されませんでした。・・・でもその代わりに面白い物が出てきましたよ?・・・・・・他の布地の繊維です。貴方の今の衣服から考えると、色合いや布地からしてハンカチだというのが妥当な線だと思うのですが・・・違いますか?」

結城は全く余裕を失い、身動きすら取れなかった。

「・・・貴方が犯人でないなら教えて下さい。どうして彼女のハンカチに、本来触れるはずもない、貴方がずっと持ち歩いているハンカチの繊維が付着しているのかを」

逃げ場を失った事を知り、結城はパサッと自分のハンカチを床の上に投げ捨てた。

「・・・指紋を付けない様にと思ったのが仇になるとはな・・・」

「世の中、完全な犯罪なんてありえないんですよ・・・人間がする事ですからね」

ふっと微笑んだ優作は、新一にも同じ微笑を向けた。
「良い所まで行ってたんだけどね。確実な証拠ってのはこうやって突きつけるんだよ?」
「・・・・・・原稿あげたばっかでボロボロのとーさんに言われたくないよ・・・」
「ひどいね、中々帰ってこないから心配してわざわざやってきたのに・・・」
「どーだか・・・大方原稿書き上げて腹が減って台所に行き・・・ようやくおれとかーさんがいない事と書置きと留守電に気がついたから、いっそ落ち合って外食でもしようと思って来た・・・そんなとこだろ。ここのホールに電話一本入れれば、まだ警察がいてパーティに出てた全員が足止め食らってるって情報は簡単に入っただろうしな」
新一の憎まれ口に、優作はただただ余裕の笑顔を向けていた。



結城は、同僚でもあった香奈の兄に、会社の金の不正に使い込んだ事を指摘され、それを公にされるのでは、とあの日気付かれない様に薬をコーヒーに混ぜて飲ませたのだそうだ。
結城にしてみれば、彼を事故死で始末できたはずだった。
・・・ノイローゼ気味でろくに食事や睡眠をとっていなかった所為か、薬の飲み間違いだと、誰でも考えただろう。

香奈の兄が、佐野には大丈夫だと言いながらも体調の不良を押し隠して無理をした上での事故だった。

・・・そう計画を変更したのは、香奈の兄の言葉を聞いてからだった。
半ば諦めかけていた計画が、こうした形で変更して採用されたのは、「コーヒーでも入れようか」という結城の言葉がきっかけだった。
「ありがたいな・・・これで眠気も飛ぶよ。帰り道も自分で運転するつもりなんだ・・・。家族限定の保険だから、うちの車・・・」

彼はそう言いながら笑っていた。

「佐野も随分疲れてるみたいだしな・・・」

ハードスケジュールの中、無理をして時間を割いてくれた友達に、長距離の運転をさせる気にはならなかったのだろう。

顔見知りに会う危険があったので、会話の内容が内容だからと言うと、香奈の兄は快く、東京からはかなり離れた結城の別荘にまで呼び出しに応じてくれた。

「相変わらず友達想いの優しい奴なんだからなあ・・・」
そう言いながら、コーヒーに・・・彼から見えない様に薬を混ぜた。
・・・意識を低下させ、睡眠効果のある・・・・・・ノイローゼ気味の彼が、既に飲んでいるはずのその薬を・・・大量に

こいつと一緒に佐野が事故死するだけじゃないか・・・・・・

楽団の仲間として、佐野と彼の腕は惜しい事この上無いが、自分の利益を考えると話は別だ。

ひどく視界も鮮明で、落ち着いていた。

自分の為なら人間は恐ろしく冷酷になれるものなのだと知り・・・恐怖を覚えた。

万が一の時の為に、佐野に何も言っていない事も、香奈の兄から直接確認を取り・・・会社に辞表を提出する、責任を取ると約束して安心させ・・・彼にも誰にも言わないでいてくれる様に約束した。

・・・そういった約束を破る男ではなかったのが結城にとっては幸いだった。

一人生き残った佐野は、事故の後ろめたさから香奈を楽団に引き込み・・・何も知らずに結城ともこれまで通りのつきあいをしてきた。香奈の兄が亡くなった事に対する相談も、これまで何度となく受けてきた。

あの事故に同席していた佐野が立て続けに死んでは誰もが不審がるだろう・・・そう思って様子を見ていたのだが、佐野は全く知らないといった様子だったので、そのまま生かしておいたのである。


結城が「佐野が勘付いたかもしれない」と疑惑を持ったのは、1ヶ月程前の事だった。
香奈の兄との待ち合わせに使った別荘のすぐ近くにある、ゴルフクラブのマッチを使っている所を偶然見られてしまったからである。

その後も佐野に特に変わった様子は無かったそうなのだが、佐野が漏らしていた、
「香奈にだけは本当の事を言っておきたい」という言葉を聞いて、結城の頭の中では「香奈の兄の事」に結びついたのだろう。

今となっては佐野が結城の罪に気がついていたのか、そうでないのか・・・何を話すつもりだったのかは闇の中だが・・・




目暮に結城の身柄を引き渡す頃には、さやかも有希子も一緒になっていた。
事の真相を知ったさやかは泣き崩れ、有希子に抱きしめられていた。香奈は、雰囲気に入っていけないのだろう・・・遠く離れたロビーのソファで、ぽつんと一人座って、ぼんやりと宙を見つめている。香奈も、今やっと佐野の死を現実として突きつけられた気分なのだろう。

「どうして先生は新しいバイオリンにこだわってたのかな・・・」

「ああ、それはね・・・」

さやかが、その理由を話し始めた。

「香奈さんのバイオリンと、佐野君のバイオリンはね、同じ木から出来てる双子のバイオリンなの。・・・離れていても、二人の気持ちは離れてしまわない様にって、私が知り合いの職人さんにお願いして作ってもらったのよ。このコンサートが終わったら、しばらく二人は離れ離れになると思ったから、せめて、と思って・・・・・・」

今となっては、主を失い、お互い警察の手に委ねられた2丁のバイオリン・・・

「もし、手元に戻せるなら、香奈さんの所と貴女の所に戻してもらえるようにお願いしておきますよ・・・」

優作の言葉に涙を湛えて、さやかがこくんと頷いた。


「おねーさんはどうして・・・香奈さんの事をそんなに気にかけてるの?」

これも一つのひっかかりだった。
・・・兄代わりの佐野が好きな人だからと言うには、自分の事以上に香奈を心配していたり、バイオリンを買い与えたりと、いくら裕福な家庭に生まれ育ったとはいえ、ただの好意では済まされないものがあった。

「・・・香奈さんはね、・・・・・・・私の妹になるはずの人だったの。」
「いも・・・うと!?」
「佐野君の恋人だからじゃなく・・・」
「・・・香奈さんのお兄さんと結婚するはずだったんですね?」

優作の言葉に、さやかは力なく頷いた。

「彼の事故の・・・翌週に、香奈さんに会う事になってたんです。・・・すごく仲の良い兄妹でしたし、ショックを受けるかもしれないという事で、彼女には私の事を内緒にしてたと思います。ですから彼女は私と彼の事を知らないでしょうけれど・・・」
「佐野さんはご存知でしたか・・・」
「ええ、佐野君の幼馴染として彼に初めて会ったんです。・・・何かある度に相談に乗ってもらっていましたから・・・・・・」
「これからはおねーさんが・・・香奈さんの相談に乗ってあげる番だね・・・」

新一にそう言われ、さやかは「そうね」と呟くと涙を拭いて微笑んでみせた。



さやかを両親に任せて、新一はロビーに行った。

香奈は、人の気配を感じてはっと顔を上げたが、それが新一だと知ると、飾る必要もないと考えたのだろう・・・すぐに俯いて元通りの姿勢に戻った。


どうしよう・・・


佐野の気持ちを伝えておくべきか伝えないでおくべきか、迷っていた。

香奈の性格を考えれば、真実を告げた所で、良い方向に転ぶとはとても思えなかった。


仮に、佐野との事を話した所で、佐野が生き返るわけでもないのだ。

だが、誤解されたままでいいのだろうか・・・


「あの・・・あのね・・・・・・・」

開きかけた新一の言葉を遮ったのは、香奈だった。

「・・・真実は見つかった?」

「あ・・・・・・・・・・・・・」

「子どもには難しかった・・・かな?」
そう言いながら、香奈は新一にソファの隣に座る様に促した。
新一はちょこんと座った後、多分見つからなかったんだと思う、と付け足した。

「真実なんて一つしかないのにね・・・」
「うん」
「ホームズだっけ?・・・なりなさいよ?」

香奈の顔はこんな事があったとは思わせない程優しい笑顔で・・・。

「私は世界に通用する様なバイオリニストになるから・・・。佐野が・・・残してくれたのはこれだけだから・・・諦めたりしないわ」

自分より、目の前の小さな子どもの方が余程ショックを受けていると思ったのだろう・・・香奈は気丈に微笑んだ。

「10年後・・・ここでまた会える?」
「・・・いいわよ、会いましょう?・・・10年後の今日、ここで・・・」

香奈の指に、小さな新一の指を引っ掛けて、二人は再会の約束をした。







あとがき

うーん(^^;)書き終えた後で加筆修正してます、今回・・・(笑)

この形ってくぬぎは好きじゃないなって動機の持って行き方なんですが(^^;;;
「動機なんて伏線なかったじゃないかー!!」って思いません?この形式だと(−−;;;;いえ、いつもいーかげんなのでどれも一緒だとは思うんですが・・・

あえて書きたい部分に焦点を当てるなら、新一にーちゃんと佐野先生、それから香奈さん、さやかさんの人間の部分なので、今回そこは捨てました(−−;)
でも完全に捨てきってしまっては佐野先生の殺害動機が無くなってしまったので、一応つけたししたわけです。


犯人も途中で変更しちゃたんですよ(^^;;;;(←むちゃくちゃ・・・)
これに関してはエピローグとなる次の章のあとがきに書いてます。


それにしてもー・・・・・・
書いてる最中ずーっと思ってましたが・・・これって小学生の会話じゃないですね(^^;;;;;
どう考えても17歳の新一にーちゃん・・・つまり見た目は子ども、頭脳は大人の「コナン君」なんですねー(おい)

しかも、嘘吐かせてるし・・・(−−;;;;
「ここでホントの事を言ってしまえば香奈さんが幸せになれるのか」と言う問いに対し、そうじゃないのでは、という、どちらかと言うと「謎は謎のままにしておいた方が」っていう快斗君的な部分が否めません(−−;;;

真実を追い続ける新一にーちゃん・・・でも、「事件」に関係ない所でまで、人が悲しむのが分かっていて追求する事はしないと思ったんです(><、)
(この場合、香奈さんは佐野さんと両思いだったわけで・・・お互いの誤解から生じたすれ違いだったのですが、死んでしまった今となってそれを伝えられたら、香奈の性格だったら今後ずっとそれを悔やみながら、喪に服しちゃうだろうと思ったんです・・・)

そう考えた時、映画第3弾で、キッドに前述のセリフを言われ、「確かに・・・」とその気持ちを汲み取ってくれたコナン君の優しさを信じたいと思ったので、こちらに運んでます(^^)