英雄 第1章
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あの頃と同じ位大きなバイオリンが、今コナンの目の前にある。
4/4・・・
大人用のバイオリンだ。
埃だらけのケースから取り出されたそれは、あの頃のままだった・・・
有希子が以前、仕事上の役作りで世話になったという『先生』のコンサート・・・
当初は有希子だけで出かける予定ではあったのだが、優作が仕事で缶詰状態になっている今、まだ小さな新一一人を家には置いて行けるはずもなく・・・有希子と新一の二人で出かける事になった。
『先生』は、有希子よりほんの少しだけ若かった。
年の頃・・・25、6・・・といった風情で、いかにもといった印象の、線の細い2枚目の青年―・・・
値踏みする様な新一の視線に気付くと、彼はすっと跪き、「はじめまして」とにこやかに挨拶する。
目の前にいる彼は決して悪い人には見えなかった。
「・・・・・・はじめまして・・・」
新一が挨拶を返すと、目の前の彼は嬉しそうに握手を求めた。
「僕は佐野隆一・・・音楽家と言うと聞こえはいいけど・・・好きな音楽を定職に就かずに楽しんでるといった所かな・・・?」
儚げ・・・というよりは、変な感じだ。
佐野の事は有希子からも聞いていた。・・・『一見大人しくて、表には出さないが、とても情熱的な人だ』と。
目の前の彼は、とてもそうは見えなかった。
有希子が知っている彼は、確かに過去の彼ではある。だが、その数年の空白は、とても人を根本的から変えるような年月には思えない。
どうしてだろう・・・
彼に興味を持ちつつ、幼いその観察眼でそう感じた理由を探す。
「そういえば・・・受付の人に聞いたんだけど、先生、今回のコンサートが終わったら渡米されるんですって!?」
「え・・・あ・・・・・・・ええ・・・そういう事になってます・・・」
「先生の長年の夢だったんですものね!おめでとうございます!」
「・・・・・・・・・・・・・ええ、ありがとうございます・・・」
その佐野の受け答えの様子は、とても喜んでいるとは思えず・・・新一の心に幾つもの小さなひっかかりが生じていた。
途中の花屋で作ってもらった花束を手渡され、有希子が世話になった頃の話がはじまると、佐野はさっきまでとはうってかわって、明るい表情になっていた。
「そうそう、弦を自分で調律しようとしていきなり切った人は有希子さんが初めてでしたよ」
「そ・・・そんな事まで覚えてなくていーんです!」
幼い新一の興味は一つ所に留まらず―・・・控え室の中を探検していた。
その時、目に入った物・・・それがバイオリンだった。
ホームズが弾いている事もあり、本などで調べた事もあったそれは、今実物として目の前に美しい輝きを放っている。
憧れが凝縮された様なフォルムに、思わず溜息が出る。
「・・・バイオリンに興味があるの?」
ふいに話し掛けられ、新一は驚いて振り向いた。
いつのまに背後に立たれたのか・・・全然気付かなかった。
佐野の微笑みに、怒っているわけでもないと分かり、少し安心して新一は視線をバイオリンに戻した。
「・・・・・・やっぱりバイオリンなんだ」
幼い子どもの意外なセリフに、佐野の方が驚いた。
「よく似たヤツがあるでしょ?・・・だから」
「ビオラの事だね?・・・よく知ってるね」
「この子、ホームズのファンで・・・ほら、ホームズってバイオリン弾くでしょ?」
有希子の言葉に、佐野も少年の様に目を輝かせた。
「・・・ホームズ!!僕も大好きなんですよ!!・・・僕がバイオリンを習う様になったきっかけはホームズだったんです!」
「え・・・先生もなの?」
唖然とする有希子をよそに、佐野は留まる所を知らずに熱く語り始めた。
それは、さっきまでとはとても同一人物に思えない程のはしゃぎようだった。
新一も、『ホームズ』に熱くならないわけはなく・・・二人の語らいは加熱する一方で・・・
「・・・どう?新一君もやってみない?」
佐野の誘いに顔色を変えたのは有希子の方だった。
「せ・・・先生、この子・・・音楽方面の才能はちょっと・・・・・・・」
青ざめる有希子に、佐野はにこっと微笑みかける。
「やってみなくちゃ分からない・・・そう言って僕の所にコントラバスを習いに来たのは誰でしたっけ?」
そう、ドラマのシーンで有希子が演じるヒロインがコントラバスを弾くのだが―・・・絶対無理だ、吹き替えにしようと監督に言われ、やってもみないうちからと憤慨して、高校時代の友人を通して佐野の所に習いに来たのだった。
知る人ぞ知る・・・といった才能の持ち主であり、物腰の柔らかな佐野は、「人に教えられる程、偉くはないですけれど・・・そんな僕でもいいとおっしゃってくださるのなら・・・」と、その申し出を快く引き受けてくれた。
「新一君、・・・この音が何の音だかわかる?・・・クラシック用だから、ちょっと高目に調律してあるんだけど・・・」
「どれくらい?」
「半音・・・とは言えないけれど・・・微妙なとこだね」
そう言いながら、佐野は弦を抑えて、弓をゆっくりと引いた。
「・・・・・ファ・・・シャープのファ・・・」
「じゃあこれは?」
「・・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」
変化していく音を一つも逃さず、新一はその音を当てていく―・・・
驚いたのは有希子の方だった。
「新ちゃん、歌ってると絶対音が違うのに・・・」
母親の言葉に少しムッとした新一に、佐野が苦笑しながら声をかける。
「一口に音痴と言っても色々あるんだよ・・・音感の無い音痴、リズムの取れない音痴・・・それから音やリズムは分かっていても、自分で音を出す時に音が狂うってタイプもね。」
「・・・そうね、新ちゃん音は分かるのよね・・・不思議な事に・・・」
「絶対音感はあるんだね?・・・なら大丈夫だよ。バイオリンなんて、弦をちゃんと押さえる事が出来さえすれば殆どの場合ちゃんと弾けるんだから・・・」
佐野の言葉に、新一は嬉しさを隠しきれなくなった。
バイオリンはやっぱり憧れだったのだが、自分の音痴が並外れた物ではない事を自覚している彼は、とっくに諦めていたのだ。
「そうだ、このバイオリンを君にあげるよ・・・まだ君には少し大きいけれど、ほんの・・・そうだな、10年もしないうちに丁度いい大きさになってるはずだよ。」
「せ・・・先生っ!?そんな高い物っ!」
有希子の抗議の声が控え室に響く。
それもそのはず・・・バイオリンは、佐野程の音楽家が持つ物なら、いくら安い物でも100万はするのだ。
「新ちゃんがやりたがるなら、私が用意しますから・・・」
「いいんだ・・・こいつもその方が喜ぶだろうし・・・。お守りというか、気休めに持って来たけれど・・・今回のコンサートでは新しいバイオリンを使うしね。あ、新しいバイオリンで思い出した・・・、今日一緒に演奏する女の子が新一君くらいでね・・・」
話を続けながら、佐野はごそごそと自分の荷物を漁り始めた。
「その子のバイオリンも新品でまだ弦が安定してなくてね・・・音が狂いやすいから念のために予備で持ってきたんだけど」
そう言いながら佐野が取り出したのは、少し小さめのバイオリンだった。
飴色のそれは、随分大切に使い込んだ様子だ。
「僕が子どもの頃に使ってたヤツなんだ・・・これもコンサートが終わったら君にあげるよ」
もはや、悲鳴に近い有希子の抗議の声は新一にも佐野にも届いていなかった。
佐野は、使い込んだ大人用のバイオリンの音を頼りに、子供用のバイオリンの音を調整した。
「随分触ってなかったからね、・・・大分狂ってるな」
そう言いながら、バイオリンの弦を巻き取ったり、「いけない、高すぎた・・・」と弦を指でぐいぐいと引っ張ったりしながら動く佐野の指先は、何か特別な儀式をしているかの様に見えた。
「・・・うん、こんなものかな・・・」
その音色に納得した佐野は、憧れに目を見開いている新一にそっとバイオリンを手渡した。
ずっと抱いていた憧れが、今自分の手の中にある。
はやる気持ちを押さえきれず、新一はさっきの佐野の姿を真似て、小さなバイオリンを構えてみた。
「あ、いい感じ・・・。ねえ、有希子さん、将来新一君、きっといい男になると思うよ?」
「そりゃあ、私と優作の子だもの・・・」
冗談めかした佐野の言葉に、有希子は苦笑しながら返した。
「ここからどうすればいいの?」
新一の問いかけに我に返ると、佐野は新一の背中側に回って、新一ごとバイオリンを抱きかかえた形で、バイオリンの持ち方などを教えた。
弓の動かし方、弦の押さえ方、その場所・・・構え方・・・ほんの少しの短い時間ではあったが、新一は佐野から教わった事を、スポンジが水を吸収するかの様に自分の物にしていった。
バイオリンも、新しい主を認めてくれたらしく、初めてにしては上出来なくらいの音色を出してくれていた。
「もっと時間があれば、スラーなんかも教えてあげられるんだけど・・・これで大体の曲は弾けるようにはなってるはずだよ」
その言葉に、新一はまっすぐに微笑を向けた。
「ねえ、先生・・・練習したらホームズみたいに弾けるようになる?」
「ん?・・・ああ、なれるよ。・・・・・・僕が教えた生徒の中では新一君は抜群に筋が良いから・・・」
筋が良いという言葉に、有希子が苦笑する。
「本当ですよ。・・・やりたい気持ちを失ったりしなければ、新一君はどこまでも伸びます。・・・有希子さん、新一君の可能性を伸ばしていってあげてくださいね・・・彼は僕が教える最後の生徒ですから・・・」
・・・・・・・・・・・・最後の生徒?
その言葉に二人が一瞬違和感を覚えたが、すぐに佐野が付け加えた。
「・・・向こうではとても人に教えている余裕なんてないと思いますから・・・」
その言葉が、数時間後、違う意味での真実になるとは誰にも予測は出来なかった―・・・。
あとがき
はあ・・・久々の長編推理です(しかもらぶらぶ抜き(笑))
文中の佐野先生には実はモデルがいます(^^;)くぬぎのバイオリンの先生なんですが、その先生は穏やか〜な人なんです。(その先生に毎度毎度無理言って困らせるてるのはくぬぎです(笑))バイオリンを弾いている時の佐野先生のモデルはまた別の人なんですが・・・(先生の腕の問題ではないんです、ただの雰囲気で(^^;))
佐野先生がお話の中で触れていますが、音痴についてちょっとマメ知識(^^)
新一にーちゃんの音痴というのは、月影島での事件を考えるとどうしても「発声音痴」(運動性音痴)になるんですね(^^)
自分で聞く分には音程も強弱も分かるけれど、いざ自分の声帯を使うとなると音がずれてしまうんです。このタイプは実際に一番多い音痴だとか。
原因は発声を司る筋肉や唇、あごなどの器官の訓練不足だそうです。
つまり、訓練すればなんとかなるんです(^^)
でも、きっと新一にーちゃんの事ですから・・・一度難癖ついちゃってそれを放棄してしまったのでしょう(^^;;;
他に「音程音痴」(感覚性音痴。音自体を聞き取れなくて、自分で音程や強弱をチェックできないための音痴です。このタイプだと、音を聞いても何の音だか分かりません。)、「リズム音痴」があります。これは最近テンポの速い曲が多いので、これらを聞きなれている今の人には少ないのだとか。
でも、「最近のテンポの速い曲を聴きなれている人」というのは新一にーちゃんには必ずしも当てはまるとは言えない様で、TWO-MIXのお話の時に「ああ、ダンスミュージック系のちゃらいやつね」と言っていた事があります。どうやらこうした音楽に慣れてない様子・・・という事は、「リズム音痴」も十分あり得るわけです。
ですが、彼の歌っていた「TRUTH」は音はともかくリズムは大体合ってますので、リズム音痴は除外して良いかと思われます。(TWO−MIXの「リズムフォーミュラU(綴りが出てこないっ(^^;)英語ですっ)」の2枚目、おまけのシークレットナンバーで入ってます♪シングル発売当時にプレゼントされていた物とは録音からして違いますけれども、こちらなら今でも入手可能かと)
音がブレずに安定して声を出すにはまず気持ちの持ち様と練習あるのみ♪歌うことを楽しんで、積極的に歌うのが一番の上達法だそうですvvv
新一にーちゃんと同じ悩みを抱えていらっしゃる方、苦手だからといって敬遠しないで歌う事を楽しんでくださいね(^^)