おこのみやき。
ねえ、ちゃんと繋がってる・・・?
激しい音の洪水とさえ言えそうな、様々な音が、二人を取り巻いていた。
注文を取る店員の声・・・話に夢中になるおばちゃん達や、世の中の不条理を嘆くおっちゃんの声・・・そして、じゅうじゅうという、お好み焼きが焼ける音。
買い物に行くから付き合うて、と半ば無理やり連れ出されて。さっきまでむっとしていた平次も、鉄板を前に今は品書きと嬉しそうににらめっこしていた。
朝食抜きでいきなり買い物に付き合わされた身としては、空腹で不機嫌になっていた部分も大きいのだろう。
「お前のおごりやで」
「なんべんも言わんかて分かってます〜。・・・しつこい男は嫌われるで?」
そう。荷物持ちのアルバイトの報酬は、これから注文するお好み焼きなのだ。
朝からこき使ってコレくらいやったら安いモンやろ、という平次に。探偵として報酬貰た事無いのに、アタシの買い物は報酬貰わな付き合えんのか、と和葉が返す。
朝からこの会話も何度目になるのだろう。
「そやなァ・・・この豚玉にイカ玉・・・それからオムそ・・・」
調子に乗っていくつも注文しようとする平次に、机の下で店員に見えない様に蹴りが入って。「ぶ、豚玉一つで・・・」と目に涙を溜めながら平次の注文が伝票に記された。
「それやったらアタシ、イカ玉で。」
店員が二人のやりとりにくすくすと笑いながら厨房へと向かった。
「そない食べたら太るで?」
「しゃーないやろ、育ち盛りなんやし」
「ホンマ、燃費悪いなァ・・・経済的やないで」
「推理て体力使うんやで?」
嘘を吐くな、嘘を。そう言いたい気持ちを堪えて。にっこりと微笑を携えながら応酬する。
「ほ〜・・・そうなんかァ・・・平次やったら、その内脳みそまで筋肉になりそぉやね」
店内の音の洪水に、自然と声も大きくなって。
隣のおばさん達が、二人のやり取りに肩を震わせていた。
「もー・・・平次がヘンな事ばっか言うてるからやで!」
「自分の事棚に上げてよぉ言うわ・・・!自分の事分かってへんみたいやなァ・・・!」
「なんやて!?」
「・・・何や、聞こえへんかったんか?」
「聞こえてんわ!ドアホ!!」
喧騒の中。ふと。小さく音がした様な気がして。目の前の平次に声を掛けた。
「携帯!・・・鳴っとるんと違う?」
「あ・・・?」
懐から取り出したそれは、確かに。精一杯に震える事で着信を伝えていた。
「お前、よぉこんなん聞こえたなァ・・・」
「アンタの耳と違て、デリケートに出来てんねん。そんな事より、早よ出ぇへんと・・・切れてまうやん」
「あ・・・」
ディスプレイに表示された名前に。平次はほんの少し困った表情で、携帯と和葉を見比べた。
和葉が何をしているのかとそうせかすと。平次は躊躇った表情のまま、携帯を取った。
「おう・・・・・・・・・どないした?」
多分、この様子からしてみると、アタシには聞かれたない話なんやろな・・・
そう察して。・・・始まった会話に聞き耳を立てない様に、目の前の鉄板に注意を向ける。
注文を取った時に火をつけられたその鉄板が、少しずつ熱を持ってきているのが、かざした手に伝わってくる。
「お待ちどぉさんでした」
店員が注文したそれを置こうと声を掛けた。
さすがに電話の相手にも、それで外に居るのだと伝わったらしい。
「おう、今ちょっと外やから・・・」
また後で掛けなおすと言いかけた平次に和葉が首を振ってみせた。
アタシは構わへんよ、急ぎの用なんやろ・・・?
その笑顔にその言葉を読み取って。「ちょお待ってや」と平次は電話の相手に聞かれない様に、通話口をぐっと抑えた。
「急ぎっちゅーワケや無いと思うんやけど、コイツ、電話やたら長いんや・・・」
「・・・大事な話なんやろ?」
「そら・・・・・・・まあ、コイツにとったら深刻な相談事やとは思うんやけど・・・」
「それやったらちゃんと相談乗ったり?・・・相手は平次の事頼って来てんねやろ?大事にせな」
工藤君やろか・・・
最初は和葉もそう思ったけれど。どうやら平次の様子を見ていると、相手はクラスメートの男子・・・といった感じだった。相談事の内容の所為だろうか、相手の名前はわざと口にしない様に気をつけている様だった。
とりあえず、会話を聞かない様に、と。再び意識を他に向ける為にも、お好み焼きを焼き始めた。
既に十分熱されている鉄板に乗せられた瞬間、それは、激しく音を立てた。その音に気がついて、平次がちらっと和葉を見る。
しゃあないなァ・・・
自分のお好み焼きの隣に、もう一つを鉄板に乗せる。・・・これは平次の分だ。おおきに、と笑顔を貰って、どういたしましてと笑顔を返す。その間も平次と相手の会話は続いている。
スプーンで形を整えると、豚肉を乗せて、その上を生地をつけたスプーンで軽く撫でる。こうすると豚肉が焦げない。我ながら良い感じだと和葉が微笑むと、平次が空いている方の手で、ちょいちょいと片隅に寄せられたイカ玉を指差す。
『焦げるで?』
無言の言葉にうん、と頷いて。心配してくれてありがとうと、コテと笑顔で返事をする。お好み焼き自体はちょうど二分目ぐらいの火の通りだ。ひっくり返してこれで五分目くらいまで。最後に表に返して残り三分を焼けば、合わせて十分で完全に火が通る。そう何度もひっくり返したりいじったりするとお好み焼きがふんわり仕上がらない。
続いて平次の豚玉の方もひっくり返す。こっちも丁度良い感じで焼きあがっている。真ん中をコテで軽く抑えると、周りをコテでちょいちょいと整えた。
相変わらずの周囲の音の洪水の中、和葉だけが静かになっているのに気がついて、隣のテーブルのおばちゃん達が時折二人の様子を覗き込んでいたが、和葉も平次もそれに気がつく事は無かった。
平次が電話の相手に何度目かの溜息を吐きつつ、店の天井を仰ぐ頃には二人分のお好み焼きも焼きあがっていた。が。電話の会話はまだ続いている。和葉は、ソースの缶の蓋を開けて、中のハケを片手でも取れる様に置いた。平次の空いている片手はソースが置いてあるのとは反対側にあったからである。
『おう、おおきに』
『塗ったらアタシに貸してな。まだこっち塗ってないん』
『ついでに塗っといたるわ・・・』
『あ、おおきに』
『お前のも美味そうやな・・・』
『なんなら半分こする?』
『おう』
僅かな表情と仕種でお互いの声を読み取る。
器用だ、と思った。
電話の相手ともきちんと会話が繋がっているのに。目の前の自分とも、無言のやりとりが繋がっているのだ。和葉がそう思ったのも当然の事だろう。だが、いかに器用でも、左手でてこを使ってお好み焼きを食べるのはそう簡単な事ではないらしい。しかも、電話中なのである。
いかにも平次らしく、テコで切り分けたお好み焼きは、一口で入るとはとても思えない大きさで。なんとか口元までは運ばれるのだが・・・。電話での応対中に食べられる様なシロモノではないのは明白である。
『・・・平次、ちょお貸して』
ついっと出された和葉の手に、きょとんとしながら平次が乗せたお好み焼きを鉄板に戻してテコを渡す。和葉はそれを受け取ると、自分のテコと一緒に使って、平次の切り分けたお好み焼きを更に小さく切り分けた。
『ほら、コレやったら一口で入るやろ?』
『・・・お前ホンマ世話焼きやなァ・・・』
『・・・何なら口に運んで食べさせたるわ』
『そない恥ずかしい真似出来るかっちゅーねん!』
意地悪く笑う和葉に、口元を歪めて。拗ねた様に視線を逸らす。電話の向こうの相手は相変わらず夢中で喋っている。
『もー・・・冗談やて・・・そない怒らんかてええやん・・・。はい、コテ』
『・・・何が楽しゅうて大の男がメシ食わせて貰わなアカンのや・・・』
『・・・・・・まあ、素直に食べさせて貰うとは思ってへんけどな・・・素直な平次?・・・・・・うわ。考えたないわ・・・』
『今、何想像しとったんや・・・』
『探偵やろ?当ててみ?』
『うわっ、ホンマ腹立つ奴っちゃなー!!』
食事中も、ずっと続いているその会話に、いつしか周囲のざわめきが消えていた。
あれからずっと電話の向こうの相手の会話は続いて。平次は器用におこのみやきを食べながら相手をし続けた。
電話に出えなんて言うて悪かったやろか、と思いつつ、先に平次を店の外に出して和葉が支払いを済ませようとレジに並んだ。
「・・・まあ、あれやね、携帯っちゅーんは便利と不便の紙一重やね」
「そやで、デートの間くらい電源切っとくもんやて言うとき。」
突然レジのおばちゃん達が話し掛けてきて。和葉は「仕方ないんよ、アイツあれでも有名人やから」と笑った。
引き戸を開けて店の外に出る。和葉が出てきたのを確認して、平次は「あ、アカン、切れそおや」と白々しい演技を始めた。「ほな、また明日な」と相手に話す間も与えずに電源ボタンを押すと、はあ、と大きく溜息を吐きながら空を仰いだ。
「食うた気せぇへん・・・」
そう呟いた平次の目の前に、真ん丸い色とりどりのビニールの包装紙に包まれた、棒に刺さった飴が差し出された。
「なんや、コレ・・・」
「なんやて・・・飴やん。視力大丈夫なん?」
「飴は見れば分かるて。で、なんで飴なんや?」
「お店のおばちゃんがくれたん」
はあ?と首を傾げる平次に、「仲のエエ子ら見ると嬉しなるんやて」と和葉がそう付け加えた。
「・・・・・・ガキ扱いされたんやな、お前・・・」
「ガキ扱いされたんは平次の方やん!」
「オレのどこがガキに見えんねん。こないなダンディなオトコマエ捕まえてよぉ言うたなー」
「どこがダンディやねん。ハンプティ・ダンプティの間違いと違うん?」
店の前で繰り広げられる痴話喧嘩。
「・・・はー・・・あらよっぽど気ィ合わへんのやろなァ」
表に出たばかりの二人の痴話喧嘩に一瞬呆然としていた店内の人々は、二人と入れ替わりに店にやってきた男性のその言葉に吹きだした。
あとがき
途中でお好み焼きの焼き方の話が出てきていますが、二分、五分、十分、というのは時間の単位ではなく、「割合」の方です^^;念のため。
一緒に出かけていた相手の携帯に電話が掛かってきた時にふと浮かんだネタです。・・・なので、このお話が生まれたのは随分以前の話で、丁度・・・1年以上前・・・の、冬・・・だったはず^^;丁度、あの頃ちょっと長めのお話の書き出しをしていた覚えがありますので・・・くぬぎの記憶が確かであれば、2001年の暮れくらいです・・・^^|||ちなみに、そちらの長めのお話も放置しておりました・・・。
一気に書き始めてまとめの部分だけ残して保存しておいたつもりが、その後どこをどう探しても見つからず、ああ、保存しそこなったんだ・・・と、沈んでおりましたー。また書き直せば良かったのですが、これに関しては「折角あそこまで書いたのに・・・ぶつぶつ」と書き始める度に沈むので、気持ちが完全復活するまで待っていたのですが・・・。
・・・保存しそこなったのではなく、ただ単に収納先のフォルダが「KAITO」のフォルダだった、というお粗末な顛末でした^^;;;
シチュエーションと成り行きだけを取ってしまうと、先日アップした「コナン」の「繋がる気持ち。」の正反対ですが。・・・根本的な所は繋がってますので^^;
・・・ちなみに、「ハンプティ・ダンプティ」というのは、イギリスの古い民謡を集めたマザーグースというものがあるのですが、その歌の一つに出てくる、手足が生えた(?)不思議な卵です。