心の隙間に
「和葉!」
平次が和葉の教室に訪れて声を掛けるのはこれで何十回目だろう―・・・。
その都度平次を見もせずに、すっと席を離れる和葉に、いい加減うんざりしていた。
会話らしい会話も全く出来なかった。
「そりゃ怒ってるだろーよ」
電話の向こうの名探偵は笑うのだが・・・。
平次にとって、既にそれはシャレになっていなかった。
「おめーがホントに正直な気持ちを・・・和葉さんに伝えるチャンスでもあんじゃねーの?」
幼い子どもの声で語られたその言葉は、平次にはまだ理解する事が出来なかった。
とにかく、仲直りが先や・・・
その一心で和葉を追う。
今日も、和葉は、各教室を回って準備段階や小道具などの進み具合をチェックしたり、舞台の場となる体育館に足を運び、道具がどのくらいの場所に収まるかを目測で確認したりして忙しく動き回っていた。
そして、毎日放課後、職員室の隣の部屋・・・進路相談室に、監督と副監督、舞台監督の和葉の3人で引きこもるのだ。
ここの所、帰りが遅いと和葉の母親も心配そうに漏らしていた。
剣道部の練習もとっくに終わっているのだが、平次の足は自分の教室へと向かっていた。
隣の校舎の自分の教室からなら、進路相談室の中の様子も伺う事が出来た。
和葉が出てくるまで時間潰すか・・・。
そう思い、平次は読みかけの小説を開いた。
物語の中の名探偵は、相棒と一緒に駆け回っている。
何の悩みも無く駆け回る名探偵を恨めしく思いながら、ふと視線を隣の校舎の1階に落とした。
3階の教室からは、その部屋の奥までは無理だったが、部屋の内部は殆ど丸見えだった。周りが暗くなって電気を点けている為、それは余計に部屋の内部を目立たせていた。
「あ、和葉や・・・」
久しぶりに見た笑顔に心のどこかでホッとしつつも、妙に腹が立った。
副監督の和葉のクラスメートが席を立ち、部屋の中は和葉と監督の少年の二人きりとなった。
監督の少年も和葉のクラスメートで、仲の良い事は以前から知っていたのだが・・・
「・・・・・・・・・」
和葉が打ち解けた笑顔を見せているのが分かる。
それは、初めて見る、自分のいない場所での和葉だった。
「・・・なんや、結構ええ表情で笑うとるやないか・・・」
平次は少し苛立ちながらそれを見ていた。
「・・・?」
少年が和葉に歩み寄るのが見えた。
どう見ても、ただのクラスメートに対しての態度には見えない。しかも、和葉はそれを全く察知していない様子である。
「あ・・・?」
和葉が、少年の腕の中にすっぽり収まる。
いつか、新一が言っていた光景を、平次は目の当たりにしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
胸に感じる鈍い痛み・・・
平次は初めてその感覚を知った。
しばらくして和葉から身体を離し、部屋の外に出て行った。
一人取り残された少年は、ふっと苦笑しながら、窓へと近づいてきた。
あ、アカン・・・
咄嗟に窓の下の壁に隠れて、電気の点いていないこちら側の様子など分かる筈も無い事に気付いた。
「ハ・・・ハハ・・・・・・・・・アホ、何動揺してんねん・・・・」
動揺している暇は無かった。
時計を見た。
午後8時を既に回っている。
「・・・・・・・・・・そろそろやな・・・・・・・・」
平次はコートを羽織ると、校門の前で待つ事にした。
さすがに吹きさらしの門の前は風が冷たく、風除けになりそうな場所など、門の壁際にしかなかった。
だが、平次は見てはいけないモノを見てしまった気持ちと、和葉が抵抗せずにその腕の中にいた映像とで頭の中がいっぱいになって、吸い込む空気の冷たさもぼんやりとしか感じられなかった。
「・・・・・・・和葉の奴、あいつの事好きなんやろか・・・」
校門に一人で誰かを待つなんて経験は、思えばこれが初めてかもしれない。
いや、正確には今日が初めてなのではないのだが・・・
ここの所毎日と言っても良い程、事件の無い日はそうしていた。
いつも、隣に和葉がいたんやもんなぁ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、違うか・・・
和葉がいつも俺の所に来ていてくれたからや・・・
今更ながらにそれに気付く。
しばらく真っ白になった頭の中を散策していると、3人がこちらへやってくる気配を感じた。
「あ・・・・」
思わず隠れて様子を伺ってしまう。
「あ、アタシはもうじきお母さんが来てくれるからここで待っとるわ」
「そっか・・・じゃ俺は遠山送ってくわ・・・・・・じゃな、ちぃ」
ちぃと呼ばれた女の子は、和葉と少年に手を振りながら笑顔で見送る。
和葉と少年の二人は、門をくぐって表へと出てきた。
しばらく二人の間には沈黙が続いていたが、やがて少年の方から口を開いた。
「和葉、もしかして警戒してん?」
「・・・・・・・・・・・・・・そんな事あらへんよ?」
「警戒しろや・・・・・俺はいつでも和葉にあーゆー事したいて思うてんねやから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「服部やったら喜んで腕の中収まっとるんと違うか?」
和葉の足が止まった。
少年もそれに気付いて遅れて足を止め、振り向いて和葉を見る。
「平次はそないな目でアタシを見た事無いで?・・・多分、目の前で他の誰かとそないな事してても気にも止めへんよ・・・」
「・・・・・・・そおかぁ?俺は殴られそうな気ぃすんねやけどな・・・」
「・・・・・・・・・賭けてもええ、平次はアタシをそないに思っとらん!」
「じゃ賭けようやないか・・・進路指導室でも言うた通り、俺が騎士役引き受けるよって、目の前でそのシーン演じる・・・で、服部がちょっとでも妬いたら、俺が和葉の願い事一個だけ叶えたる!」
「・・・・・・・・・逆なんと違う?」
きょとんとする和葉に、少年はにこっと明るく微笑む。
「や、これでええんや・・・妬かんかったら和葉には俺と付き合うて欲しいねやから!」
頭の中が真っ白になったのは、和葉も平次も同じだった。
「ちょ、ちょっと待って!?なんかおかしいで!!?」
「おかしない・・・本気や!」
「自分が何言うてんのか、ちゃんと分かってんのん!?」
「分かってるつもりや・・・、そやけど、それ以上に和葉が欲しいねや!」
「やめてて言うてんのに・・・!」
「俺は和葉が好きや」
しばらく、気まずい沈黙が流れた―・・・。
「今のお前見てたら、放っとかれへんやないか・・・・・・・服部があないに鈍いんや、この先同じ様な理由でお前が傷つく事は必ずある・・・そやったら、俺がお前を幸せにしてやればええやないかて気付いたんや」
「・・・・・・・・・・・平次のせいやない・・・アタシが欲張りになってしもたんが悪いんや・・・!」
平次の事を出されて、和葉の両目に涙が溢れた。
「・・・・・・・アカンか?迷惑なんか?」
優しく問い掛ける少年の声に、和葉は目を潤ませて悲鳴の様な小さな声を上げた。
「・・・これ以上混乱させんといて・・・!」
和葉にとっても、平次の隣にいない日々は苦しい事この上無かったのだ。
「・・・・・・・・今アタシおかしいねん・・・・・」
「やったら、なんで服部のとこに戻らんのや」
「・・・・・・・・・・・・・・ほっといて欲しいねや、ホンマにほっといて・・・・!」
堰を切ったかの様に溢れ出す涙を、少年は止める術を知らなかった。
沈黙の中、並んで歩く二人を少し離れて見守りつつ、平次は和葉が無事帰宅したのを見届け、踵を返した。
ますます混戦模様(^^;)
和葉ちゃん同様、くぬぎも混乱してるよ〜ぅ(^^;)