桜花

頬を撫でる風も、日が傾くにつれ少しずつ冷たくなってきた頃・・・蘭の携帯に園子からの連絡が入った。

「ランさんからか?」
「うん・・・パーティが終わったみたい・・・今からこっちに来るって」
「そっか・・・・・・・」

もう少し一緒にいたかった。

この柔らかな雰囲気をもう少し感じていたかった。

だが、・・・二人が一緒に居る所を、普段二人が接している誰かに見せるわけにはいかない。

特に、蘭の方の知り合いにはな・・・・・


苦笑している快斗に、蘭がおずおずと声を掛けた。


「あの・・・快斗君、私が口を挟む事でもないんだけど・・・」
「・・・何だよ?」
「・・・青子ちゃんね・・・・・・今悩んでると思うの・・・・・・」
「ああ、知ってる・・・でも聞いても話さねーんだ・・・」

快斗のぶっきらぼうな返答に、蘭が青子の心情を思って俯いて答えた。

「・・・話さないんじゃなくて、話せないのよ・・・」

「青子の奴、俺には話せないっつったんだぜ?・・・なんなんだよ、全く・・・」
少しイラついた様子の快斗に、蘭は思わず顔を上げて微笑んだ。

「・・・何で笑ってるんだよ・・・」
「ん?・・・快斗君がね、ちゃんと同級生の男の子に見えたから」
「はあ!?・・・なんだそりゃ」

快斗の問いには答えず、蘭はにこにことただ微笑んでいる。

「あのね、・・・青子ちゃん、きっとまた石のおまじないすると思うの。」
「・・・おいおい、死体見つけた場所でおまじないなんてもうしねーだろ、いくらなんでも・・・」

苦笑しながらの快斗の言葉に、蘭は真剣に言い返す。

「青子ちゃんにとってはそれだけ大切なのよ。・・・いくら怖い目に遭ったとしても・・・」
「・・・なんのおまじないなんだよ、それ・・・・・・」
「青子ちゃんから聞いてくれないと、私が教えるわけにいかないもん。・・・それでね、青子ちゃん、1回目の時よりずっと怖いんじゃないかなって思うの。だから・・・快斗君ついててあげてね?」
「何をどうするんだ?」
「・・・見守っててあげてね?きっと、それだけでいいから・・・」

そう言いながら微笑んだ蘭の表情は、とても柔らかかった。


蘭と境内で別れた後、快斗は青子の所へ向かった。

「あ、快斗・・・おかえり」
「あ・・・ああ、ただいま・・・」

快斗が戻ってくるのを待っていたらしく、荷物もすぐにここを出られるようにと整っていた。

「お前・・・病院行かなくて大丈夫か?」
「・・・大丈夫、額をちょっと切ったくらいだし、打ち所も悪くなかったから平気!・・・頑丈に出来てるしね!」
そう言って青子は気丈に微笑んだ。

バーカ、無理しやがって・・・

10数年来の幼馴染である・・・快斗に青子の無理が見抜けないはずが無かった。それでも、その曇った表情の理由は、頭の傷の所為では無い位にしか見当がつかなかった。

しゃーねーな・・・今は青子に合わせてやるしかねーか・・・

快斗は立ち上がると、青子の荷物と自分の荷物をひょい、と肩に掛けた。

「旅館に行くか・・・遅くなっちまったしな・・・」
「あ、うん・・・・・・・」

一度はそう頷いたが・・・

「あ・・・あの・・・・・・・あのね、快斗・・・・・・!」

青子は思いつめた表情で切り出した。

「・・・・・・・・・その・・・旅館に行く前にね・・・・・・どうしても・・・・・・」

「願い事か?・・・・・・・・さっさと済ましちまえよ、ついててやっから・・・」

先にそう言った快斗の顔を見て、今にも泣き出しそうだった青子の表情が、ほんの少しだが、明るくなった。


部屋を使わせてもらった御礼を言って社を出る。石段を登る最中も、青子はらしくなく無口だった。石段を登りきると、青子は快斗に「ここで待っててね」と言い残し、願い石の所へ駆けて行った。

願い石の所で青子は向こう側の石の方向と距離を確認すると、ぎゅっと目を閉じた。

その表情はこれ以上無い程真剣で・・・見ている快斗にも青子がどれ程大切な願いをかけるか伝わってきた。


一度目の願掛けは、死体を見つけるなんてハプニングがあったのだ。神様もその辺は考慮してくれるだろう・・・・・・

・・・だが、2回目はそうはいかない。



きっとこれが最後のチャンスだ。



そう思うと、怖くなった。


閉じた目を、もう開けるわけには行かず・・・・・・・足を踏み出さないわけにはいかないのだが・・・

青子の足は踏み出す事を拒んでいた。


辿り着けない

辿り着くよりその可能性の方がずっと高い。


ましてや2度目なのだ。成功しても願事が叶うかどうかすらも分からない。


もう可能性は完全に途絶えている様な気がして・・・それでもしがみついた僅かに見えるその光を失うのが怖くて・・・・・・・青子の閉じた瞳からじわっと涙が溢れ出した。


「・・・青子?」

心配そうな快斗の声が聞こえ・・・堰を切ったかの様に、涙がとめどなく溢れ始めた。

「・・・・・・・・っ・・・・・・」

青子は、両目を固く閉じたまま、声を殺して泣き始めた。

なんとか涙を止めようと、ぎゅっと握り締めた手に爪が食い込んで痛い・・・。


ジャリ、ジャリ・・・と玉石を踏む音が微かに近づいてくる。


「何泣いてんだよ、たかがおまじないだろ?」


「・・・・・・たかがじゃないもん・・・」
「何を願掛けしてんだよ・・・願事によっては手助けしてやるぜ?」
「・・・・・・・・快斗には言えない・・・・・・」
さすがにここまで頑なにそう言われ続ければ快斗にも・・・なんとなくだが、願事の意味が分かった。

蘭の柔らかな微笑みを思い出して、胸の奥がざわめいていた。

だが・・・青子にそれを悟られるわけにはいかない。

下手をすれば、怪盗としての自分の姿を知られてしまう事になりかねない。


それに・・・

・・・・・・蘭は・・・・・・・・・・・蘭には・・・・・・・・・・・・・


青子が目を閉じていて良かった、と正直そう思っていた。

こんな気分でポーカーフェイスなど、上手く出来るはずもなかったから・・・。



「ほら、つかまれよ・・・・・・・向こうの石まで連れてってやっから・・・」

そう言いながら、青子の前にそっと腕を差し出した。

「・・・だ、駄目・・・手伝ってもらったりしたら願事叶わなくなっちゃう・・・!」

「・・・・・・・何を願かけてんのか知らねーけどよ・・・俺が手伝ってやれば完璧に叶うんじゃねーの?」
「でも・・・青子が何をお願いしてるのか分からないじゃない・・・もしも・・・・・・快斗が困る事だったらどうするの?」

「バーロ・・・幼馴染だろ。・・・お前が考えそうな事くらい見当つくさ・・・・・・」

「・・・・・・快斗・・・・・・・・・」
「ほら、泣いてねーで・・・行くぞ」

いつもどおりの・・・青子のよく知っているぶっきらぼうで優しい声・・・。

「・・・別に快斗が困る様な変な事お願いしてないからね?」
「バーカ、じゃなきゃ手伝うかよ・・・アホ子はいつまでたってもアホ子だな」


『快斗とずっと一緒にいさせてください・・・』

恵子の呆れ顔が脳裏に浮かんだ。

きっと、この話をしたら、『もっと欲張ってお願いすれば良かったのに』と言うに違いない。


でも・・・


・・・・・・・でも今はこれで十分過ぎる程だから・・・・・・・



「ほら、ついたぞ」


快斗の声にそっと目を開けると・・・いつも通りの快斗の笑顔が、夕日に染まっていた。


「ありがと、快斗・・・」


久しぶりに見た、青子の本当の笑顔に、快斗は優しく微笑んだ。




蘭は、一人・・・あの時新一が連れて来てくれた場所に佇んでいた。

沈み行く夕陽は、この情緒あふれる町並みの時を止めたかの様に全てを照らし出す。
きっと、これまで数え切れない程同じ光景を照らしてきたのだろう・・・・・・・現に、あの日もそうだった。

「・・・綺麗・・・」

思わず溜息と共に漏れた言葉。

使い古されているとは分かっていても、この光景を表現する言葉が他に思いつかなくて・・・

「だろ!」

無邪気に笑うその顔は、いつも通りで

もう会えないかもしれない不安をくっきりと形付ける。

「・・・・・・あん?どーした?」

「あ・・・なんでもない・・・」

「なんでもないって事ねーだろ・・・?オメ―ここんとこ様子変だぞ?」

今思うと、新一にはバレていたのかもしれない。でも、その時ははぐらかして逃げるより他に無かった。

「綺麗だな・・・」
「うん・・・・・・・」


何気ない会話の途中



「今度は桜の季節に来ような」



何気ない言葉。



「え・・・?」
思わず聞き返すと、
「あ、ほら・・・途中の道もそうだったけど・・・この山並み、殆どが桜の木だろ?」
「え、あ・・・うん、そうだった・・・・・・?」

蘭の反応に新一が呆れ返った表情で顔に手をやった。

蘭からしてみれば、新一がいなくなるかもしれない、という不安で、それどころでは無かったのだから、仕方が無いのだが。

「しょーがねーなあ、帰り道に教えてやるよ・・・」
「うん・・・」

「この時期ですらこんなにいい眺めなんだから、桜の季節とか、きっともっとすごいんだろうな・・・」
目の前で微笑むその表情には曇りなど一片も無い。

「・・・だって・・・・・・新一・・・・・・・ロスは・・・?」

思わず出てしまったその言葉に、新一はきょとんとしていた。



「行かねーよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・?」

「何で?」


「・・・・・・・・・ロスに来ないかって言われたって・・・」

「あ、断った」




軽く答える。即答だ。



「・・・・・・・・・・・どした?蘭・・・?」

ぼんやりしていると、新一が顔を覗き込んだ。

「・・・・・・・大丈夫か?」
「うん・・・・・・・大丈夫・・・・・・・・・」
「ま、こっちに残るって事で家事なんかは全部自分でやる事とか、親父への郵便物を転送する事とか、週1回は電話なり手紙なり連絡をよこす事とか・・・色々条件つけられたけどな」
「・・・家事なんて出来るの?新一・・・」
「あ・・・まあ、なんとでもなるだろ・・・・・・メシなんててきとーに食っとくし」
この幼馴染は家事の大変さを知らないのだろうか・・・新一の言葉の軽さに、蘭の方が心配になってきた。
「そんなのずっと続けてたら身体壊しちゃうよ!・・・それに、新一が思ってる以上にきっと大変だよ?」

蘭がそうまくしたてると、新一は頬を掻きながらそっぽを向いた。

「・・・・・・どうしても日本に居たい理由があるんだよ・・・」

「何?それ・・・あ・・・分かった、サッカーでしょ!」
「違う・・・」

これも即答だ。

「じゃあ何?」

蘭が前に回りこんで顔を覗き込むと、新一はそっと目を逸らしながら答えた。


「・・・・・・・・・いつか教える・・・」




あれからその理由とやらを聞く機会は無かったのだが、願い石に掛けた願事は、今もなお叶えられている。

「傍に居たい・・・いつまでも変わらず傍に居たい。・・・居られるだけでも幸せだよね」

あの頃の自分を思えば、姿形が変わってもなお、傍にいたいという願いは叶えられているのだから・・・それ以上を望むのは贅沢なのかもしれない、と苦笑した。

「・・・今度は桜の季節に、か・・・・・・・」

目の前に広がる、夕陽に染まったその風景・・・

まだ、桜の季節にという約束は実現していない。


それがコナンの姿でも、一緒にここで桜を見られたら蘭としては嬉しいのだが・・・


・・・きっと、彼はそれでは納得しないだろうから


打ち明けられるまでは、気付かぬフリをしておこう。

・・・そう心に決めたのだから



「・・・快斗君と同じように・・・新一も頑張ってるんだもんね・・・・・・」


遠い空の下で頑張っている彼を、応援するしかない自分が歯がゆい。



せめて、気付いている事を悟られない様に、彼の力になりたい。


・・・あの日の新一が、気付かない内に元気をくれた様に―・・・





・・・彼らの進む道に光が射してくれますように―・・・



優しい祈りを込めながら、そっと目を閉じた。





本編そっちのけーで大丈夫なのかと自主つっこみいれつつ(大笑)
カップリングが乱れ飛びですねえ(おい)今後苦しむのは間違いなくあの人ですけど(^^;)

あ、このおまじないのモデルになった石ですが、誰かに手伝ってもらったりしてもいいそうなんです。ただし、そうすると「誰かに手伝ってもらって叶う恋」となるそうで、「助言をしてもらった」なら「誰かに助言をしてもらうと上手く行く、と(^^)
その時一緒に行った友達がそう教えてくれたのですが、くぬぎぁその時石のおまじないはしたんですが、お願いした内容全然覚えてないんですわー(きっとしょーもない事だったに違いないと思いつつ(笑))


あ、そのモデルとなった神社のHPがありましたので、紹介させていただきまっすvvこちらですv入っていきなりのそのMIDIにかなーり驚きました(^^;)ありがたい音らしいのですが、夜中にはちょっと怖かったかも(^^;;;Enterで中に入ってすぐ、石の画像がありますv縄文時代のものだったそうで(^^;)・・・・・・・・・現場にしてすいません(><;)ひたすらぺこぺこ(−−;)