凶器

ゆうこは、暗い部屋の中で、相変わらず背中を丸めて座り込んでいた。

快斗達が部屋に入ってくると、不審な人物を見る様に、疑いの眼差しを向けた。

「・・・私、観光の途中なんですけれど。足も痛いし、早く旅館に戻りたいんです。」

冷たく言い放つゆうこに、快斗が進み出た。

「・・・残念ですが、それは出来ません・・・」

穏やかな快斗の口調に、ゆうこの眉がほんの少しだけ上がった。

「あなたが彼女を殺したんですね・・・?」


まっすぐな快斗の瞳にじっと見据えられ、ゆうこは視線を落とした。

「・・・・・・彼女と・・・啓介の関係が分かったのね・・・?」

その冷たい口調に、ゆうこの心が閉ざされているのが分かる。

「・・・・・・・・・・・・・・でも、私やってないわよ?」
ゆうこは余裕を見せ、ふっと微笑んで対抗する。

「足を怪我して山の中に座り込んでた私に、彼女をどう殺せるの?」
「・・・彼女を殺してから、わざと捻挫したんでしょう?」
横溝の間髪入れずの返答にも、ゆうこは余裕で返す。
「その可能性もありえるわね。・・・でも、凶器は?私がいた山の中もしらみつぶしに調べてるんでしょう?出てきた?」
「・・・どうして貴女が凶器が見つかっていない事を知ってるんです?」
問い返した横溝の言葉に、はっとして彼女の表情が一変した。

「そ・・・それは・・・誰かが話してるのを聞いたのよ・・・ここ、外の声とか結構聞こえるから・・・小屋の脇を警官がうろうろしてたみたいだし」

その可能性も十分にあった。

言葉に詰まって言い返せなくなった横溝の前に進み出て、快斗が続ける。

「それもありえるでしょうね・・・。」
「でしょう?」

大人の女性の余裕の微笑みに、快斗が対抗する。

「・・・でも、凶器の在り処はもう分かってるんです。」

「・・・・・・山の下に私が投げ捨てたとでも?」

くすくすとゆうこが笑い出す。


その静かな微笑みと共に・・・・・・・・・・最終章の幕が開いた・・・。


「いいえ、貴女は凶器を捨ててはいません。・・・所持品の一つとして、堂々と持っていたのですから・・・」

快斗は、ポケットからハンカチでくるまれたそれを取り出して、ゆうこにかざして見せた。


「・・・キーホルダーの・・・オルゴール!?」

その場にいる誰もが、素っ頓狂な声をあげた。・・・ただ一人、ゆうこを除いては。

「・・・そんな物で人をどう殺すの?・・・殴って?・・・それなら、近くにある石でも拾って殴りつけるわよ」
「そう・・・貴女の狙いはそこにあったんです。」

ゆうこの目が、鋭く快斗を捉えた。

「どう見たって、こんな物で人を殺せるはずがないだろう・・・って所にね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「一見何でもない物でも、凶器になりうるんです。・・・知識と殺意さえあれば・・・ね。」

丁度そこに戻って来た蘭から、たった今みやげ物売り場で買ってきてもらったばかりのオルゴールを受け取る。

「貴女の出身地、・・・確か近くにオルゴール博物館がありましたよね。・・・そこで知識を得たんでしょうか」

中蓋を外すと、剥き出しになったオルゴールに、快斗はドライバーを当てた。

「あ・・・!ああ!分かりました!!彼女はオルゴールのドラムの中の鉄製の帯の様な物を使ったんですね!?」
ドラムの中まで横溝が知っている事に驚きつつ、快斗はにっこりと微笑んだ。
「・・・残念ながら違います・・・」
「え・・・っ」
「これを再び元に戻すには、専用の器具が必要になるんです・・・。それほど大きくは無い器具ですから、持ち歩くにはなんでもないかもしれませんが・・・見つかったら言い訳が出来ません。他の場合なら投げ捨ててしまえばどうにでもなりますが、何だか分からない凶器を探そうと警官が何人も捜索するのは、彼女だって予測していたでしょうから・・・」
「・・・そうですか・・・」
ショボンと肩を落とす横溝に、快斗が声をかけた。

「そんなに肩を落とさないで下さい・・・すごく良い所は突いてたんですよ?」
「・・・?」
「・・・それなら、その器具は言い訳の出来る・・・他の用途で使う事に対し、十分筋が通る物ならいいんですから。・・・たとえば、そう・・・小さなハサミ・・・。オルゴールが買ったばかりの品ならまだしも、一度ドライバーで部品を緩めておいた物だとしたなら、小さなハサミ程度で十分付けたり外したりできます。」
快斗は外れたネジを、指先でそっと拾い上げた。
「殺害前は外してあったんでしょう?・・・いざという時、すぐに取り出せるように、あなたは手の中に隠し持っていた・・・そして、被害者が『おまじない』の為に、目を閉じ、隙を見せたその瞬間―・・・」

快斗が、凶器となったそれを手にして、横溝刑事の首筋を切る真似をしてみせた。

「・・・彼女を切りつけ・・・あとは、塀の裏にある山道から適当な所まで逃走・・・足をくじいておき、人を待つ間に・・・これを元通りにオルゴールに取り付けておけば、凶器はまず見つからない・・・。こんな物で人を殺すなんて、普通誰も思いつかないでしょうから・・・」

快斗は、覗き込む横溝に手の平を開いて、それを見せる。

「・・・これ・・・は・・・」
「・・・・・・これは、オルゴールの部品の『くし歯』です。これをドラムについたピンがひっかける事によって音が鳴るわけですが・・・」
「そんな物で人を殺せるんですか!?」
「まあ、よっぽどじゃなきゃ無理ですね・・・例えば、殺傷能力を高める為には、・・・そう、表面からは分からない様に、他の部品で死角になっている裏側を研いでおいたりする必要もありますし・・・」
「それにしてもそんな小さな部品で・・・?」
不思議そうにじっと見つめる横溝に、快斗は微笑んで答える。

「コイツの強度は、日本刀と同じ位なんですよ」

「え・・・ええっ、こんな小さな物がっ!!?」
横溝が驚きのあまりに出した大声が、部屋中に反響する。

刑事の一人に用意してもらった大根を、横溝に縦に持ってもらい、快斗がくし歯で切りつけた。

「・・・・・・・・・こ・・・こんな事って・・・」

固いその表面に傷がつく・・・。
それは、柔らかい人間の首なら、簡単に切る事が出来る程の殺傷能力は十分に誇示していた。


ゆうこは既に言い返す気力も失せたかの様に、視線を落としていた。

「・・・ゆうこさんのオルゴールのくし歯に、拭い取られてはいるものの、被害者の物だと思われる血液が・・・あと、皮膚と思われる物もほんの少しですがね、付着していました。なんならDNA鑑定でもしますか?」



「・・・そんな必要ないわよ・・・」


ゆうこの言葉に、周囲のざわめきが消えた。

「私がやったんだもの・・・・・・・・」


それは、どこか肩の荷が下りた事にホッとしている様な響きがあった。

「・・・・・・啓介の心が戻ってきてくれる様にと思ったんだけど・・・笑っちゃうわね、戻ってきてくれるなんて確証はどこにもないのに」
涙こそ流れてはいないものの、ゆうこの言葉には悲しみを堪え切れない痛みが感じられ、その場に居た者の口は重く閉ざされていた。

「・・・・・・啓介に内緒で雇った探偵に調べてもらって、彼女の素性や・・・今日伊豆に来る事も知ってたわ。」

ゆうこが前髪をぐっとかきあげた。

「・・・それで、通りすがりを装って、彼女に声を掛けたの・・・。行き先はどこですかって聞いて・・・私もそこなんです、って話を合わせて同行して隙を狙ってたのよ・・・。彼女を殺した所でどうにもならないのは分かってたけど・・・今更神様にお願いしなくたって、彼女は啓介の心を手に入れてるのにって思ったら、・・・後先考えられなくなって・・・・・・・気がついたら計画通りに身体が動いてたの・・・」

悲しそうに自分の罪を話し始める彼女に、どうしても罪を抱えた自分を重ねて見てしまう・・・。

殺人こそした事はないが、自分も同類であるという感が拭えなかった・・・。

青子を殴った犯人である、という怒りの他に、眩暈と吐き気を覚えて、快斗はそのままふらっと小屋の外に出た。


俺は探偵じゃない・・・


同じ様に罪を犯す者としての自分が、彼女の罪を暴くのは、どこか胸の奥にどす黒い物が騒いでいる様で嫌だった―・・・。


青子の所へ戻ろうとは思うものの、・・・足が進まず―・・・・・・気がつくと、青子のいる社からは離れた・・・神社の裏に座り込んでいた。

考えまいとすればする程、堕ちていく感覚に見舞われ、そっと自分の両手を見た。

・・・これまで、血で汚した事の無い手・・・

だが、怪盗KIDとして、これからもこの手が綺麗なままであるとは限らない。

現に、真実を知る為とは言え、もうこの両手は十分過ぎる程に罪にまみれているのだ。


神社、という神聖なこの場所も、自分にとっては不似合いだという違和感さえ湧き上がってくる。


「・・・・・・・・・・快斗君・・・?」

ふいに声を掛けられ、俯いた顔を上げると、そこには蘭の姿があった。


「大丈夫?・・・・・顔色悪いわよ・・・?」
「ああ、ここ薄暗いからな・・・その所為じゃねーか?」


自分を心配するその声に安堵し・・・、得意のポーカーフェイスで何事も無かったかの様に微笑んで見せた。


「・・・私の前でまで・・・無理しなくていいよ・・・・・・」
「無理?・・・何を?」

はぐらかして微笑む。

だが、蘭は・・・何も言わずに快斗の隣に座ると、そっと快斗の身体を抱き寄せた。

「・・・・・・・ら、蘭・・・?」
咄嗟の事に戸惑っている快斗の耳元で、蘭が優しく囁いた。

「・・・我慢しなくていいよ?」

その声は柔らかく・・・そっと自分を抱き寄せる腕に、快斗は安らぎを感じていた。

きっと、聖母像に抱かれた子どもってのはこういう気分なんだろうな・・・心のどこかでそんな事を考えていた。

「・・・快斗君は荷物を背負いすぎなんだよ、それなのにずっと我慢してるから・・・いつか潰されちゃうよ・・・」
「俺は潰されねーよ・・・潰されてる暇ねーもん・・・・・・」
大丈夫だ、と苦笑してみせると、抱き寄せられた快斗の頬に、蘭の大粒の涙がぽたんと落ちた。

「・・・何でお前が泣くんだよ・・・」

「だって、快斗君が泣かないから・・・・・・・・」

いつかこんなやりとりがあったっけな・・・

懐かしい思いにそっと蘭の腕からすり抜けると、あの時と同じ様に、快斗が蘭の肩を抱き寄せた。

心地良い・・・

安心出来る・・・

さっきまでのどす黒い闇からふわっと自分の身体が浮き上がるのを感じていた。

「・・・相変わらずよく泣くな・・・・・・」
「・・・・・・快斗君の前だけだもん」
「喜んでいいんだか・・・」
「だから、快斗君も私の前では荷物下ろしていいんだよ?」

そう言う蘭に「バカ、お前の前でそんなカッコ悪い真似出来っかよ・・・」と苦笑する。

「どうして・・・?」

きょとんとして尋ねる腕の中の蘭に・・・

「教えて欲しいか?」と意地悪く微笑んで聞き返す。

きょとんとしている蘭はひどく可愛らしく・・・快斗のいたずら心に火をつけた。

「目・・・閉じてみろよ」
「え?うん・・・何?」

言われるがままに目を閉じる蘭に


そっと・・・


気付かれぬ様に



ピン、と指先でその額を弾いた。

「痛っ!」

額を押さえて涙目になっている蘭を、優しい眼差しで見つめると、快斗はそっと立ち上がった。


「簡単に教えられっかよ、バーロ!」


そう笑いながら振り返った快斗は、いつもの快斗だった。


「本気で心配してるのにー・・・」
「お前に心配される程、怪盗KIDは落ちぶれちゃいねーよっ!」
「もう・・・!」


そんな他愛の無いやりとりすらも心地よく・・・快斗は自分を取り戻していった。



「・・・ありがとな・・・蘭」

ぽつりと背を向けて呟いた。



蘭に聞こえない様に。





オルゴールのくし歯の強度は本当に日本刀並だそうです(^^;)

軽井沢のオルゴール館では、「部品の組み立てからオルゴールを作る」といった体験コーナーがあり、くし歯の強度の事はそこで教えていただきました〜

事件はここでお終いですが、この後ちょっと続きます(^^;)

・・・くぬぎが書きたいのは事件ではなくて人間模様ですので(^^;)