手帳

二人が横溝の所に辿り着いた時、ちょうど女性の警官による身体検査が終わった所だった。

一応、足をくじいていた女性には、「現場周辺にいた方には全員お願いしている」と告げ、了解を得ていた。

「オレもした方がいいです?」
「いえ、必要ありません・・・青子さんが殴られた時、蘭さんと一緒だったんですから。」
「分かりませんよ?・・・こう見えて、実は世紀を股にかける大怪盗かもしれませんからね」
笑顔たっぷりでそう言う快斗に、横溝は苦笑しながら女性の身辺を話し始めた。
「女性の名前は、中島ゆうこ・・・年齢は28、出身地は被害者と同じく東京ですが、軽井沢が地元だそうです。伊豆には観光にいらしたそうで・・・。」
横溝は、う〜んと唸り始めた。

「被害者は八木沼綾子さん、年齢は23、出身地は先ほども申し上げた通り東京なんですが・・・この二人にそれ以外の共通点どころか、接点がないんですよ。」

ずらりと並んだ被害者の持ち物は、どれも名の知れた高級品ばかりだった。

財布に、化粧ポーチ、ピアスにネックレス、大き目の手帳、・・・どれもごく当たり前の品々で、不自然な物もない。

対して、中島ゆうこの持ち物も、同じく財布に手帳、シンプルなソーイングセットに化粧ポーチ・・・持ち物は殆ど同じ様な物だが、キャラクター物が多く、鞄にもキーホルダーがじゃらじゃらついていたりと、被害者とは対照的だった。

「・・・なんか・・・持ち物にも共通点がないな・・・」
苦笑する快斗に、横から蘭が口をはさむ。
「あっ、これ『まんまる』の手帳〜!」
蘭の指差すそれには、ピンク色のくまのキャラクターがついていた。
「ま・・・まんまる??」
目をまんまるくして問い返す横溝に、蘭がそのピンクのくまのキャラクターについて説明する。

「メールソフトのキャラクターなんです。かわいいでしょ!・・・この手帳はイベントの時にしか売ってなかった限定品で、お店じゃ手に入らないんですよ!!」
「は・・・はあ・・・アイスクリームか何かです?」
「Eメールを楽しむ為に開発されたキャラクターみたいなものですよ」

快斗の補足はあったものの、時代の移り変わりについていけず、横溝は目を回している。

「中のイラストも一枚一枚違うんですよ〜・・・ほら!」
「あ、ホントだ・・・青子が好きそうだな・・・これ・・・。それにひきかえ被害者のは・・・」
「・・・プラダの手帳・・・これって3万くらいだったかな・・・」
蘭の言葉に、今度は快斗が目を丸くする番だった。
「3万!!?な・・・中って一体どうなってんだ・・・・・・見てもいいです?」
「え?ああ、どうぞ・・・。先ほど見ましたけれど、特に不審な点や、今日誰かと落ち合うとかいった約束事なんかもどこにも書いてありませんでしたよ。」

手袋を借りて、手帳のページをめくる・・・

「あ、なんだ・・・別にどうって事はないか。ふつーの手帳と変わんねーや・・・」

アドレスの所に来て、快斗の手が止まった。

「・・・・・・?」
もう一冊のピンクの手帳と照らし合わせてみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・何か?」
心配そうに覗き込む横溝に、快斗はにやっと微笑んだ。

「ありましたよ・・・共通点・・・」

覗き込む横溝に、Kとふられた相手の住所や携帯の番号を見せる。
「これが何か?」
「中野さんのにもあるんですよ。啓介さんって名前で同じ携帯の番号が・・・。中野さんの免許証か何かあります?」
「え、ええ・・・あ・・・ああっ!?」
横溝が出した彼女の免許証に書き記された住所は、被害者の手帳にあるKの住所と一字一句間違いはなかった。

「・・・とすると、この啓介さん、Kさんと中野さんは兄弟・・・あるいは・・・お二人はご夫婦で・・・・・・」

横溝が困惑した表情で、快斗の顔を見た。

「・・・浮気・・・・・・・・・・・・でしょうか・・・」

手帳にはKとしょっちゅう逢っていた形跡が残されている。

「中野さん本人に啓介さんとの関係を確認して、もし二人が夫婦だとしたらその線も十分考えられますね・・・」
「彼女に聞いてみましょう!」
鼻息を荒くする横溝に、ぎょっとして快斗が横槍を入れる。

「・・・ら、蘭に頼んでみませんか?・・・・・・多分、今僕らが聞いても彼女は答えてくれないと思いますので・・・」
「えっ・・・わ、私!?」
突然自分の名前が出て、蘭は戸惑った。

「そ、オメ―なら聞けると思うんだ・・・。・・・・・・彼女、多分気が立ってるはずだし、青子にしてたみてーに・・・な?」
「やだよ・・・そんな、探偵みたいな事出来ないもん・・・」
「ああ、そうじゃなくて・・・俺としては、彼女の気持ちをほぐして欲しいだけだから・・・。ほら、警察相手だと話もしづらいだろうし・・・怖がらせちゃかわいそうだしな。」
「・・・怖がる?」
蘭の表情が一変した。
「ああ・・・彼女が犯人だとしても、そうじゃなくても、たった一人でこの状況に巻き込まれてるんだ。怖〜い表情で問い詰められて怯えない女性はそうはいないよ。な、頼む・・・」
快斗の被疑者本人の事を心配している気持ちが、真剣な表情から伝わってきた。横溝も、そんな快斗の気持ちに触れて、少し落ち着いてきた様子だった。
「オメ―にはさ、不思議な才能があるんだ・・・人をホッとさせてくれる・・・俺や青子にしてくれたみてーに、その中野さんに話し掛けてやってくれるだけでいいんだよ。」

しぶしぶ大役を引き受け、蘭が彼女と二人きりで話す事になった。

蘭の背中を微笑みながら見送る快斗に、横溝がにこにこと話し掛けるー・・・
「随分信頼されてるんですね・・・」
「えっ・・・?」
「本当なら、自分が聞きたい・・・自分でも出来るはずなのに、蘭さんにそれを託して・・・。」
横溝の言葉に、快斗はふっと微笑んだ。

「横溝刑事は経験ありません?・・・俺自身、アイツの才能に、随分救われてるんですよ・・・」


ぐっと息を吸い込んで、蘭は中に踏み込んだ。
中野ゆうこは・・・元気なく戸口から入る蘭をちらっと見やると、すぐに視線を足元に落とした。

薄暗い部屋の中、たった一人で背中を丸めて座り込んだ彼女は、とても心細そうで・・・蘭の胸が痛んだ。

「あ・・・あの・・・」
「・・・警察の人?」
「違います・・・私はただの女子高生で・・・ちょっとお聞きしたい事があったんで・・・」
ゆうこは少し警戒している眼差しで蘭を見上げた。
「・・・・・・あ、あの・・・キャラクター物がお好きなんですか?まんまるのキーホルダー、中々手に入らないんですよね・・・」
蘭の質問は彼女の予想外だったのだろう・・・きょとんとすると、座ったら、と話し掛けた。
「・・・あなた東京まで行く事ある?」
「あ、はい・・・都内に住んでます」
「そ、良かった・・・あの手帳は限定品だから手に入らないんだけど、キーホルダーなら都内に穴場のお店があるのよ。・・・教えてあげようか」
「えっ、いいんですか!?」
ぱっと明るくなった蘭の笑顔につられて、ゆうこの表情も明るくなった。
「ありがとうございます!早速行ってみます!」
素直に喜んでいる蘭を見て、ゆうこの表情がふっと陰りを見せた。
「あなたかわいいわね・・・。」
「えっ?」
「・・・バカな男に騙されちゃわない様に気をつけてね・・・。」
「・・・・・・それって、啓介さんって方の事ですか?」
おずおずと言い出した蘭の言葉に、ゆうこの表情が一瞬固くなった。

「あっ・・・ごめんなさい、まんまるの手帳が珍しくて、中を見せてもらってたんです・・・」
「・・・・・・どうして啓介って人だと思ったの?アドレスには他の男の人の名前もごろごろしてたでしょうに・・・」

「一番・・・丁寧に書かれてたから・・・・・」

ゆうこが再び顔をあげた。

「他の男の人の名前もいっぱいあったんですけど、その啓介さんって方の名前が一番最初にあったし、・・・何よりとっても優しい字で書かれてたから・・・」
「・・・私字が下手だからね・・・」
「新しい手帳ってわくわくしません?・・・私、毎年一番大切な人の名前をアドレスの一番最初に書くんです。・・・あいうえお順で書くとホントは順番が違うんですけど・・・」

蘭の脳裏に、その姿が過るー・・・

「住所も携帯の番号も、ソラで言えるのに・・・・・・・手帳で確認する様な事はないから書かなくても構わないのに、・・・一番最初に書いちゃうんです・・・・・・。そんな時、どきどきしちゃって・・・すっごく一文字一文字丁寧に書くんです。」

ゆうこの視線に気がついて、蘭は真っ赤になって笑い始めた。

「変ですよね、やっぱり・・・」

「・・・そんな事ないわ・・・名推理よ。・・・・・・・・・・啓介ってのはね、私のダンナ。」


それは、蘭にとっては本当であって欲しくない真実だった。



「これで動機の面から見ても、ほぼ彼女が犯人とみて間違いはありませんね・・・」
蘭に会話の状況を聞いて面食らう横溝に、快斗は内心複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
他の刑事に指示を出しに横溝が離れるのを見計らって、快斗は蘭に声をかけた。

「ごめんな・・・蘭、嫌な役まわりさせちまって・・・・・・」
「・・・ううん、気にしないで・・・それより彼女に悪い事しちゃったな・・・・・・・」
「・・・おっさんの時みてーに、頼んでみてやっから・・・。彼女が自分から犯行を認めたら、情状酌量の余地は十分認めてやってくれって」
肩を抱く快斗の手は優しく・・・
「うん・・・」
「彼女、今が一番辛い時なんだ・・・早く楽にしてやろうぜ・・・このまま逃げきれたとしても、一生自分の心に重い十字架背負って生きていく事になるんだから・・・」
蘭が顔を上げた。
「・・・快斗君も・・・背負ってるの・・・?」
快斗は実際、殺人はおろか、人を傷つけたりした事はない。

あるとすれば・・・快斗の十字架は・・・・・・

怪盗KIDとしての存在で、裏切ってしまっている人の心・・・

「・・・・・・今は、重いからって立ち止まってるワケにはいかねーからな・・・」

そう、父親を殺した奴らを突き止めるまでは・・・奴らの目的を粉々に砕くまでは

「事情があるんだよね・・・」
「・・・ああ・・・・・・・」

蘭の目に映っている快斗は、決意を固めた表情の裏側にいる・・・一人で苦しんでいるその姿だった・・・。

「・・・な・・・なんでオメ―が泣くんだよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・快斗君が泣かないから・・・」

蘭の腕がそっと快斗の頭を抱き寄せる。

これはきっと、聖母像が小さな子どもを抱く心境に似てるんだな・・・と心のどこかで思い、快斗はふっと苦笑した。

「泣き虫だな・・・ホントに・・・」

自分の事を想っての涙は、痛いけれど心地よく・・・快斗の心に染みこんでいく。

「・・・・・・・・・・・押しつぶされないでね・・・」
「ああ・・・」

蘭の背中に腕を回したい衝動に駆られた瞬間、横溝の気配に気がついた。

「・・・あ・・・・・・・」

「お取り込み中すいません・・・」


「十中八九、彼女が犯人と断定して間違いないですね!」
横溝はそうきっぱりと言い切った。

「・・・でも凶器が出てこない事には・・・」
「それなんですよね・・・」

彼女の鞄をひっくり返して調べても、カッターのような物は何も出てこない。小さなソーイングセットのハサミだけが唯一刃物と呼べる代物だった。

「・・・・・・なんにもねーなー・・・」
「これじゃあ、証拠不十分で不起訴ですね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・変・・・・・・・」
ぽつりと呟いた蘭に同意して、横溝が熱くなっている。
「そうなんですよ!凶器が出てこないって所から既におかしいんです!!あ・・・もしかして、氷とか使ったんじゃ・・・」
「違います、私が変って言ったのは・・・・・・」
蘭が指差したその先には、小さなハサミの収まったソーイングセットがあった。

「・・・それがなにか?」
「・・・これって、多分、コンビニで売ってるのだと思うんです。・・・変じゃないですか?」
「最近はコンビニでも色んな物が買えますからねぇ・・・」
「そうじゃなくて・・・持ち物の殆どがキャラクター物なのにな〜って。・・・ソーイングセットなんて、手帳より長く使いますよね?そういう物ならやっぱり好きな物をって思いません?」
蘭の言葉を、快斗が援助する。
「それもそうだ・・・。ボタンが取れたとか、急遽必要になったって事も考えられなくはないけど・・・これにはボタンも糸も使った形跡は無い・・・。」
二人の疑問に応えるかの様に、財布から、コンビニで今日ソーイングセットを購入した、というレシートが出てきた。
「・・・ますますおかしいですね・・・」
「・・・・・・横溝刑事、ハサミの先に小さな傷がありますよ・・・」
快斗の指し示したそれは、本当に小さな傷だった。

「・・・・・・・・・・・・・何の傷でしょう・・・?」
「さあ、そこまでは・・・」

首を捻る二人の前で、蘭が彼女のリュックサックについているキーホルダーを覗き込む。

「また何か見つけたんですか?蘭さん・・・」

横溝に声を掛けられ、蘭は苦笑した。
「私は探偵じゃないですから・・・。キーホルダーとかどこで集めてらっしゃるのかなぁって見てただけです。」

鞄には、鞄よりも既に重そうな位、キーホルダーがじゃらじゃらとついていた。
まんまるの他にもキャラクターがいくつもついているフィギュアキーホルダー、木製の小さなバイオリン、プラスチックのタマゴの様な入れ物に入ったオルゴール、ペーパーナイフくらいには使えそうな、小さなナイフやサックスを型どった鉄製のキーホルダー・・・
「・・・・・・・・これは何かな・・・」
「ああ、さるぼぼといって、飛騨地方のおみやげですよ。昔、子どもに作ってあげた人形だそうですけれど、厄除けの意味も込めてお守りとしてよく売られているんです。」
「へえ・・・横溝刑事意外な事よくご存知ですね」
快斗と蘭にそう言われ、横溝は照れくさそうに頭を掻いた。

「いえね、旅行とかで知り合った地元の方に教えていただいたんですよ・・・」
「その土地ならではの風習とか聞くと楽しいですよね!」
蘭と横溝が旅行の話に花を咲かせている目の前で、快斗の最後のピースがはまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

間近で、陽に透かしたりかざしたりしてよく確認してみる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど・・・・・・・・・・これを使ったのか・・・


手の中の、彼女の切り札をはっきりと掴み取る。

快斗の笑みは、すでに確信の笑みへと変わっていた。



さあ、次は解決編です(^^;)
皆様、凶器の行方は分かりました?

・・・分かった方はすごいです(^^;)

トリックや状況はおいといて、今回、この凶器のネタと、青子ちゃんと蘭ちゃんと快斗君の微妙な関係を書きたかったんですね。途中で随分悩まされましたけれども(^^;)

・・・・・・だから状況はいいの。無理いっぱいでも(ぉぃ)

いいの・・・いいのよ〜〜〜〜〜〜〜〜(逃亡っ(ぉぃっ))

あ、そうそう『まんまる』はくぬぎが飼っているポスペです。こきつかっているのは別のポスペですが(^^;)