願事
幼馴染が青ざめて倒れている―・・・
快斗のIQがいくら高かろうが、それは冷静な判断を出来る状況であるはずが無かった。
さすがの快斗も、目の前に飛び込んで来た・・・現実ではあってほしくない状況に、戸惑い
、立ちすくんでしまっていた。
いくら自分はそうした危険と背中合わせの世界に身を晒していようが、青子だけは別だと思っていた・・・。
「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・」
青子の名前を呼ぼうとしたが、・・・
それはかすれて声にならず・・・。
ふわふわとした感覚に囚われつつ、視線は血の海に横たわる青子に注がれていた。
「誰か呼んでくるから、青子ちゃんを!」
かすかに蘭の声も震えていたのだが、今の快斗にそれに気付くだけの余裕は無かった。
石畳の上に倒れた青子の脇に跪くと、快斗はその胸元に耳をあてがった。
心臓は間違いなく動いている。
青子の心臓の音につられて、ようやく自分の心臓も動き出したかの様に脈打ち始めるのが分かる。
安堵の溜息を吐きながら、快斗は青子の名を呼んだ。
快斗の呼びかけに、うっすらと目を開けて、青子は苦痛に顔を歪ませた。
「大丈夫か?」
「うん・・・・・・・」
青子の額からは、少し血が滲んでいた。
どうやら額を石で殴られたらしく・・・その石も青子の脇にごろんと転がっている。
青子の視線が足元に転がっている石から、隣に倒れている女性に移っていった。
「見るな・・・!」
青子から彼女が見えない様に快斗は自分の身体を楯にした。
が、一瞬遅く、既にそれは青子の目に、否応無しに飛び込み、映し出されていた。
それは青子にとって、痛みを忘れる程の衝撃だった。
大きく円を描くように広がった血の海の中、横に転がっている彼女は青ざめ、既に息は無かった。
驚きの余り青子は身体を起こして死体から離れようと後ずさりする・・・が、震えてしまってその身体は上手く動かせず、逸らす事も出来ないまま視線は快斗の向こうに転がっている彼女に釘付けになっていた。
「・・・・・・・っ」
血の気が引いた青子を
、ぎゅっと抱きしめる。
その華奢な身体の震えが、全身を通して伝わってきた。
「大丈夫だ、もう大丈夫・・・」
快斗の体温が少しずつ伝わって来ると、青子の意識もはっきりしてきた。
「青子ちゃんっ
!!」
息を切らせて蘭が駆けて来た。
その背中越しに、作務衣姿の男性を見え隠れさせながら・・・
小さく休憩用に畳の部屋が設けられたその社務所に、通報に駆けつけた刑事が乗り込んできた。
「・・・・・・・・・あ!」
既に顔見知りになっている横溝刑事が来てくれた事に、快斗も蘭もホッとしていた。
「快斗君!・・・・・・・・・・・と、蘭さん・・・ですよね?」
「え?ええ・・・」
どちらかと言うと横溝は快斗より蘭と会っている回数の方が多い・・・。
蘭もこのような聞かれ方をしたのは初めてで、きょとんとしている。
その横溝の反応に、ただ一人事情を知っている快斗は苦笑していた。
「中に青子もいます・・・」
「えっ青子さんも!
?」
「犯人に殴られたっていうのが彼女なんです・・・で、お願いがあるんですけど・・・」
いつになく神妙な面持ちで話し始める蘭に、横溝はきょとんとしている。
蘭は簡単に、青子と自分が初対面である事、快斗と自分は既に面識がある事などを話さないでいて欲しいと告げた。
「え?ええ・
・・それは構いませんけど・・・」
「・・・・・・・良かった!」
胸を
撫で下ろす蘭を見て、横溝は見当はずれな推理を披露する。
「お二人は愛人関係のようなものなんですか?」
「え!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・愛人て・・・」
快斗は苦笑しつつ横溝の発言を繰り返した。
顔見知りの刑事という事もあり、青子は落ち着いて横溝の事情聴取に応じた
。
「では、誰に殴られたかは一切分からないんですね?」
「はい・・・
ほんの一瞬だったので・・・」
「男性か女性か・・・それだけでも分かりませんか?」
「・・・・・・・・・・分かりません」
「そうですか・・・頭痛みます?」
「少し・・・」
青子は額に巻かれた包帯にそっと手を触れた。
「精密検査をしたい所なんですが・・・」
「大丈夫です・・・」
穏やかな微笑みを見せ、青子は虚ろにそう答える―・・・。
「しかし、分からないんですよね・・・」
快斗と蘭を相手に、横溝は呟いた。
「青子さんが怪我をしているのは額です。・・・つまり、余程無理な殴り方をしない限りは前から殴られたって事になりますよね・・・どうして犯人が男性か女性かすらも分からないんでしょうか・・・」
青子が休んでいる社務所を遠目に眺めながら、事件現場に辿り着いた横溝は溜まらずそう漏らした。
「あ、それは・・・」
蘭が、言いづらそうに・・・快斗の存在を気にしながら、
言葉を選んで横溝に石のおまじないの事を知らせた。
「・・・・・・・・・・・とすると、青子さんはその時目を閉じていた、と・・・いう事になりますね。ああ、なるほど、それなら・・・石の間にあるこの社に隠れて様子を伺いつつ・・・青子さんに遺体を発見される直前に殴り掛かる・・・とまあこんな所でしょうか・・・」
うんうんと頷く横溝に、快斗が質問を浴びせる。
「・・・・・・・・・被害者の女性の死因は何だったんですか?・・・撲殺にしちゃ随分血が流れてましたけど」
「あ?ああ・・・直接の死因は頚動脈切断によるものです・・・余程鋭利な刃物で切られた様ですけどね」
「刃物?
」
「ええ、・・・鑑識さんもどんな刃物だかまだ特定出来てないそうです・
・・こう、小刀とかカッターの様な物じゃないだろうかとは言ってましたけど。詳しくはまだ検死の報告を受けないと分かりませんが、切り口が今までに見た事も無い様な、特殊な物だったそうです。刃物には変わりないそうですが・・・」
「・・・・・・・・凶器は見つかったんですか?」
「いや、どこにも・・・それらしき物は落ちてないんです。犯人が持ち去ったと睨んでるんですけど・・・」
ふっと横溝の言葉に考え込む快斗を見て、横溝は身を乗り出した。
「何か掴めてきた・・・んですか?」
「いえ・・・・・・・・」
横溝は正直、がっかりしたといった様子だった。
「青子の様子、見て来てもいいですか
・・・?」
沈んだ表情の快斗に、横溝はふと我に返った。
「あ、勿論で
す!」
「じゃあ・・・」
挨拶がわりにふっと微笑み、快斗は事件現場を後にした。
社務所に横たわる青子は、その両目を開けているのに、心ここにあらずといった感じで白昼夢を見ている様だった。
そっとその隣に座ると、青子はようやく快斗を見た。
「青子・・・」
遠慮がちにかけた快斗の声に、青子はホッとした様子で微笑みかけ―・・・すぐに沈んだ表情になる。
「・・・・・・・・」
何と言っていいのか分からない・・・
頭に痛々しく包帯を巻かれた青子は、そっと快斗の手に自分の手を重ねた。
「ごめんね、快斗・・・・・・」
「おめーはやっぱアホ子だな・・・」
快斗を元気付けようと差し出された青子の手は温かく―・・・何故だかその温もりに見失っていた自分を取り戻した。
「・・・・・・・・旅行台無しだね、ホントにごめんね・・・」
「・・・別にいいよ・・・オメ―が無事なら・・・・・・」
ポロッと本音をこぼして、快斗は慌てて青子から視線を逸らした。
心臓が早鐘を打つ・・・。
らしくない雰囲気と沈黙に堪り兼ねて口を開こうとした、その時だった・・・。
視線を戻すと、青子は両目に涙をいっぱい溜めていた。
「・・・・・・・・・・・・・っ」
「ば・・・なんでそこ
で泣くんだよっ!?」
「青子の事・・・心配してくれたの?」
「・・・オメ―な・・・俺の事、そんなに薄情な奴だと思ってたのか・・・?」
「う
うん・・・快斗が優しいのは誰よりもよく知ってるもん・・・」
無理に笑ってみせようとして、青子の表情がくしゃっと崩れる。
快斗は横たわる青子の頭に、そっと自分の手を乗せた。
「・・・・・・・・・泣くなよ、調子狂うだろ・・・・・・・・・・・」
いつになく優しい快斗に、青子の涙はぼろぼろととどまる事を知らずに溢れ続ける。
「俺が泣かせてるみてーじゃねーか・・・」
「うん、ごめん・・・」
「・・・・・・・・・怖かったろ」
そう問い掛けると、青子は頭に乗せられた快斗の手をきゅっと掴んだ。
「・・・・・・」
さっきまでとは違った理由の涙が、青子の頬を伝った。
あのおまじないは、途中で目を開けてしまったら永遠に願いが叶わない。
いくら状況が状況だったとはいえ、青子は途中で目を開けてしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・」
殺人現場で犯人に殴られた事より、青子にはそっちの方がよっぽど怖かった。
願いが叶わないという事は―・・・
快斗の手の温もりを求めて、震える青子の指先にぎゅっと力が入った。
快斗の頭の中を妙な違和感が過った。
「・・・そういや・・・おめー、あの時悲鳴あげてなかったか・・・?」
「うん?」
「・・・・・・・・・・殴られてから悲鳴あげたのか?」
「・・・ううん、殴られそうになった時だよ?」
「目閉じてたんだろ?どうして殴られそうになったって分かったんだ?」
快斗の問いかけに、青子はきょとんとしている。
「・・・目開けたの・・・何か踏んだ気がして、途中で・・・そしたら急に目の前が真っ暗になって」
青子は被害者の首筋から流れる血液が死角になっていて見えなかった為、貧血かと思い、跪いて声を掛けてみたらしい。
跪いて声を掛け、立ち上がりかけたその瞬間に殴られ―・・・
「つまり・・・頚動脈を切断した直後だったって事か・・・」
ああ、また・・・だ・・・
目の前の幼馴染が、別人になった様な錯覚―・・・
目の前で、彼は青子の疎外感に気付かず、思考の中を模索している。
そんな快斗を邪魔してはいけないという思いに反して、その震える指先は、彼を必死に繋ぎとめようとする。
「・・・あ?・・・なんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・快斗・・・・・・・だよ・・・ね?」
「・・・・・・何言ってんだ?」
青子の言葉にふっと苦笑する快斗は、確かに青子の知っている彼―・・・なのだが・・・
一瞬後にはすぐ『快斗』は消え失せ・・・青子の知らない『誰か』が目の前にいる。
・・・これもおまじないのせいなのかな・・・
目線と一緒に、青子の気持ちも沈んでいく―・・・。
ここにいろと念を押して出て行く彼の後ろ姿は、見知らぬ誰かに見えて仕方なかった。
やっと再開・・・(^^;)
すいません、遅筆すぎだわ・・・最近(−−;)
あ、今回トリックは2の次で書いてますので(^^;)