慟哭
「なんでもないの・・・」
そう言い残して、蘭はコナンと快斗を置いて、一人美術館の中に入った。
後を追おうとしたコナンを止めたのは真琴だった。
「・・・泣きたいって顔だったわよ?・・・ほっといてあげるのが一番なんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・でも・・・・・・」
「・・・コナン君も大人になったらわかるわよ・・・微妙なオンナゴコロってやつがね!」
そう言い放つ真琴に、ホントは同い年だと言いたい気分をぐっとこらえて、コナンは蘭の背中を見送った。
様子のおかしい蘭に、戸惑っていたのは快斗も同じだった。
くそっ!!!
せめて快斗の姿だったら・・・蘭にその涙の意味を正面から聞けるのに・・・
だが、探偵君がいる前で変装を解くのは自殺行為だ。
・・・・・・・歯がゆい思いに、握った拳が痛んだ。
化粧室に駆け込むと、蘭はしばらくハンカチで目元を押えて、声を殺して泣き続けた。
気持ち良く掃除をされている化粧室は、白い壁に明るい陽射しが差し込んでいた。
やがて、陽射しがゆっくりと和らいでくる頃、蘭は落ち着きを取り戻して鏡を覗き込んだ。
鏡に映った自分の顔は、思ったより泣いた跡が目立っていた。
「あ〜あ・・・こんなに・・・」
苦笑した自分の顔が、またくしゃっと崩れる・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・浮気・・・なのかな・・・・・・新一、ごめん・・・・・・・・
ずっと自分の側で、自分を見守っていてくれる新一に申し訳なくて、あふれる想いが涙になって、再び蘭の頬を濡らした。
新一の姿でなくてもいい。
真実を知らせてくれれば・・・それだけでいいのに・・・・・・・・・安心できるのに・・・
隠し事をされればされるだけ、新一が遠くなってしまったような気がして、不安で身動きが取れなくなってしまっていた。
新一が遠くに行ってしまう・・・
あの日遊園地で感じた以上に、不安になっていた。既に押しつぶされそうな程に・・・・・・・・
・・・・・・・・そんな時に安らぎを感じる存在は、薬になる反面、猛毒にもなる。
蘭の中で、薬が猛毒へと変化しつつあった。
「新一・・・・・・新一、助けて・・・・・・・」
絞り出す様な声も、新一本人に届くはずも無い。
静寂に包まれた世界の中で、一番の猛毒が吹き出してきた。
どうして私にばかり隠し事してるの?
私には言えないの?・・・・・・・信頼できるような相手じゃないから?
ぐらぐらになっている弱い自分が許せなくて、蘭は、自分の頬を両手で挟み込むようにパンと叩いた。
「・・・・・・・・・・・・・・痛・・・・・・」
思い切り叩いた自分に苦笑しながら、涙の跡を指で拭った。
「・・・・・・・・・・おねえちゃんも苦しいの・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
蘭が振り向くと、そこには真緒が立っていた。
「・・・真緒もね、苦しいとここに来るの・・・おねえちゃん、泣いてたでしょ?」
「ううん、なんでもないの!・・・ちょっと目にゴミが入っちゃって」
こんな小さな子どもに心配をかけまいとして蘭は気丈にウソをついた。
「・・・・・・・・・おねえちゃん、お母さんみたい・・・・・・・・」
きょとんとした蘭に、真緒は言葉を飲み込んだ。蘭がどう尋ねてもその理由を教えてはくれなかった。
「・・・おねえちゃんね、今、逢いたい人がいるの。とっても近くにいるんだけど、すごく遠い人・・・」
ふっと話し出した蘭に、今度は真緒がきょとんとする番だった。
「その人、どこにいるの?・・・真緒のお母さんと一緒?天国?」
「ううん、すぐそばにいるわよ?・・・・・・でも、心だけは遠くて・・・難しいよね、ごめん」
蘭が苦笑すると、真緒はそっと蘭の手に自分の手を重ねて、首を横に振った。
「・・・・・・・じゃあ、真緒のお父さんと一緒だ・・・」
「え?」
「真緒のお父さんね、お母さんが死んじゃってから、心が死んじゃったみたいにからっぽなの・・・。そばにいてくれるけど、心はお母さんの所に行っちゃったままなの・・・。」
「真緒ちゃん・・・」
「・・・・・・でもね、もうすぐ帰ってくるよ!真緒、がんばるもん・・・!」
真緒の笑顔に、いたたまれなくなって、蘭は真緒を抱きしめた。
「お、おねえちゃん?」
突然抱きしめられて戸惑った真緒は、手足をじたばたさせていた。
「・・・・おとうさん、真緒ちゃんの所にきっと帰って来てくれるよ・・・・・・!」
蘭の言葉に、真緒は安堵の笑みを浮かべて、首にかかったネックレスを取り出した。子どもがするには少し大きな輪が、それが元は真緒の母親の物であった事を語っていた。
「真緒の宝物なの・・・おねえちゃん、預かっててくれる?」
「えっ・・・どうして・・・」
「なくしちゃうといけないから・・・おねえちゃん、おかあさんに少し似てるし、おかあさんと同じ、いい匂いがするから・・・おねえちゃんに預かってて欲しいの。・・・ちゃんと持っててね?」
それだけ言うと、真緒は蘭の手にネックレスを、半ば強引に預け、化粧室から駆け出して行った。
「・・・・・・・・・・真緒ちゃん?」
ふと、視線を落とすと、膝をついた蘭の足元に、紙切れが一枚落ちていた。そっと拾い上げると、そこには信じられない文章があった。
『予告通り、確かにいただきました。怪盗キッド』
ワープロ打ちの文章は、予告と全く同じものだった。蘭が化粧室に入った時に、こんな物は落ちていなかった。・・・思い当たる答えはただ一つ・・・。
「まさか・・・真緒ちゃん!!?」
蘭が立ち上がるのと殆ど同時に、館内に悲鳴が響き渡った。
あれ??いつのまにやら主役が蘭になってないか??(笑)