動揺
時刻ちょうどに美術館のオーナー自らがハンドルを取り、来客を迎えにやってきた。
一人増えた客・・・探偵に、最初は驚いていたのだが、キッドを追っている事を知ると歓迎してくれた。
オーナーの車には、依頼主のオーナーの娘が同乗していた。
真琴という名の娘も園子から聞いていた通りの素直な娘だという印象だった。
「でね、園子からあなた達の噂を聞いて、いつか怪盗キッドに狙われるような事があったらお願いしようと思ってたんです!」
気さくなお嬢様といった感じで、真琴は蘭に興味を持って色々話し掛けてきた。
「ねえ、白馬君と蘭さんって付き合ってるの?」
真琴の言葉に蘭が真っ赤になる・・・。
その反応を、男二人は見逃さなかった。
「・・・そうだと僕としても嬉しいんですけれどね。」
そう答えながら蘭に微笑み掛ける・・・。蘭は、赤くなって俯いてしまった。
どうしたんだ・・・?蘭らしくないな・・・・・・マジで白馬のヤローに気がある・・・なんて事はねーよな・・・?
快斗と同じ事を考えていたらしい・・・コナンは慌てて会話に入ってきた。
「でっ・・・でも、蘭ねーちゃんには新一にーちゃんがいるもんね?」
あ・・・こいつ、妬いてるな?
心の中でにやっと快斗が笑う。
「新一・・・というと、工藤君ですよね、同じ高校生探偵の・・・残念、先を越されてしまいましたね!」
「あ、いえ、別に付き合ってるわけじゃ・・・・・・」
蘭が赤くなって否定する。ただ単に照れているとも、探に気があって否定しているとも、どちらにでも取れるような雰囲気に、コナンは一層やきもきしていた。
次第に、話題はキッドの方にずれていって、それ以上は蘭の気持ちを本人の口から聞く事は出来なかった。
オーナーもなかなか気さくな人で、真琴と彼らとの会話に時折加わっては明るく笑い、時には自分の事も話してくれた。
「でね、予告が届いたのは展示品のショーケースの上だったの。小さな美術館だから、そこそこのセキュリティしかないんだけど、さっすが怪盗キッドってとこよね!」
「警察には連絡してあるんですよね?」
「・・・それがね、キッドからの予告状に、『警察に連絡したら、娘の命の保証は出来ない―・・・』なんて書いてあるから、連絡はしてないの。それに、キッドは宝石しか狙わないって聞いた事があるんだけど、今回狙ってるのは絵画なの!」
「絵画?」
「小さな絵画なんだけどね、うちじゃ一番の作品なの。作者はハインツ・・・ドイツ人よ。」
「まあ、キッドも今までにそういった絵画を盗んだ事はありますよ?『アダムの微笑み』なんてのもありましたしね」
「・・・悪質な嫌がらせかもしれないんだけど、もし予告状にあった『娘』が私じゃなくて、館長の娘の真緒ちゃんだったりしたら・・・と思って、心配だからコナン君達に来てもらったの。万が一って事もあるしね。真緒ちゃんはまだ1年生だから、私達が守ってあげなくちゃって。」
「・・・小学1年生・・・コナン君と同い年ですね?」
快斗が苦笑すると、助手席の真琴が身を乗り出すかのようにして、笑顔で答える。
「そう!ホントにかっわいー子なんだから!」
「ははは・・・」
渇いた笑いを浮かべたコナンに、真琴が嬉しそうに館長の娘・・・真緒の事を話し始めた。コナンの反応に、快斗はただひたすら吹き出したいのを堪えていた。
美術館に着いて、出迎えてくれたのは真緒だった。
「館長は?」
オーナーの言葉に、真緒は寂しそうな表情でたった一言・・・「絵を見てます」とだけ答えた。
人見知りをするらしく、おどおどした雰囲気ではあるが、確かに真緒はかわいらしかった。美人を見慣れているコナンですら、かわいいじゃねーかと思わず呟いた程だ。
「やれやれ・・・。皆さん、お気を悪くなさらないで下さいね、彼は・・・妻を亡くしてから、ずっとあの絵に執着していて・・・キッドが予告した絵なんですが・・・」
「奥さんとの思い出が詰まってて・・・それで・・・」
「最近では業務に支障をきたす程にお酒を飲んで・・・現在美術館は殆ど営業していないんです。お客も途絶えてしまっていて・・・」
「その館長の奥さんが、お父さんの妹なの。つまり、真緒ちゃんと私は従兄弟なんだ。」
オーナーの案内で、美術館の内部を一通り見せてもらうと、一行は南側のテラスを抜けて崖になっている庭に出た。
潮風が、心地よく頬を撫でていく。
蘭は、ゆっくりと背伸びをしながら、深呼吸をした。
「気持ちいー!」
「蘭ねーちゃん、危ないよ?」
コナンが苦笑しつつ声を掛ける。
「・・・50Mはありますね・・・」
快斗も笑顔で予め得ていた情報を二人に知らせる。
「わ、青い海だあ!気持ち良さそうだね〜・・・」
ひょいと崖下を覗き込んだ蘭を、コナンが制止した。
「駄目だよ、蘭ねーちゃんっ!40Mの高さから落ちると水面はコンクリートと同じ固さになるんだよ!」
「えっ?」
「そう・・・身体はグシャグシャになりますよ?」
「そうなのよ、毎年オフになると、自殺志願者が増えて困ってるの・・・!特にここ・・・美術館の裏が多いけど・・・」
コナンや探の言葉だけでも十分だったが、真琴の言葉も手伝って、蘭は青ざめてその場にへたりと座り込んでしまった。
「蘭ねーちゃん、立てる?」
コナンが声を掛け、手を差し伸べた。
「・・・蘭さんにはちょっと刺激が強すぎる言葉でしたね・・・大丈夫ですか?」
快斗とコナンの言葉に、蘭は精一杯平静を装いながら、震えた足で立ちあがると崖から少し離れた。
強盗に襲われても平気でかかと落とし食らわすのに、この類は絶対駄目だからなぁ、こいつ・・・
「きゃ!!」
転び掛けた蘭を、快斗が抱き止めた。
少しむっとしたコナンの視線の先で、快斗が探の口を借りて、蘭をいたわる言葉を掛けていた。蘭もまんざらでもなさそうである。
「・・・・・・・・・・・・」
嫌な予感がしていた。
蘭が少し頬を染めて快斗から離れると、コナンがそっと側に駆け寄った。
「蘭ねーちゃんっ!」
「・・・ごめん、コナン君・・・手つないでていい?」
思いも寄らず、蘭から差し伸べられた手を、コナンは躊躇しながら握り返した。
震えてる・・・・・・・・・
思わず見上げた蘭の横顔に、唇が何か動いているのが見えた。
ゴメンネ、シンイチ・・・・・・
唇の動きから、蘭の言葉を読み取ると、蘭の瞳から涙がすっと零れ落ちた。
それを見て、胸が締め付けられるような思いを感じて、コナンは蘭から視線をずらした・・・。
蘭の心が、確実に離れて来ているのを認めたくなかった。
コナンは、離れていこうとしている蘭の気持ちを繋ぎ止めるかのように、ぎゅっと握り締めた。
蘭は、コナン・・・新一に助けを求めるかのように、強く握るコナンの手を、ぎゅっと握り返した。
自分の気持ちも分からなくなってきたよ・・・助けて、新一・・・!
ずっと先で、二人を振り返る探と真琴の姿を見て、蘭はそっと涙を拭うと、再び笑顔を見せた。
偽りの笑顔・・・
コナンはそれを感じて、蘭の顔を見られなくなった。