遭遇

その時、彼は彼以外の姿を借りて、そこにいた。

打ち水に一層日本的な情緒を醸し出す石畳を抜けて、旅館を目指す。その視線の奥に彼は、親しい人の後ろ姿を見つけた―・・・。

蘭・・・!

近づいて行って声をかけたい衝動にかられたが、快斗は今の自分の姿を振り返って一瞬躊躇った。
「蘭ねーちゃん!携帯鳴ってるよ!」
!!!
躊躇したのは正解だった。
蘭ににっこりと携帯の入ったバッグを手渡した子どもは、快斗の一番出会いたくない相手だったのである。

やれやれ・・・今回は奴も一緒かよ・・・

心の中で深く溜息を吐くと、蘭の通話が終わったのを見計らい、快斗は涼し気な笑顔でロビーに入った。

「どうも・・・お久しぶりですね!」
にっこりと話し掛ける快斗に、蘭とコナンは驚きの表情で彼・・・快斗を見た・・・。
「えっ、白馬君!?お久しぶり!」
「・・・お二人もこちらに泊まられるんですか?奇遇ですね・・・」
ジトッと迷惑そうに快斗を見上げるコナンを観察するのも悪くない。
「ええ、依頼の手紙が届いて・・・・・・」
「依頼?」
「・・・依頼内容は詳しく明かせませんけど・・・」
「・・・・・・怪盗キッドが予告を出したので、美術館から依頼を受けた・・・まあ、そういった所でしょう?」
「ど・・・どうしてそれを・・・」
「僕は怪盗キッドを追ってますしね、それくらいの情報は当然入ってきますよ。そこのコナン君は一度キッドを撃退してますしね。下手な探偵を雇うよりずっといいと僕も思いますよ?」
快斗の鋭い視線と笑顔に、コナンはすっと前に出た。
「・・・・・・依頼と言っても、蘭ねーちゃんとお友達の園子ねーちゃんが、美術館のオーナーの娘さんで、園子ねーちゃんから僕の事を聞いて、娘さんが個人的に依頼してきたんだ!・・・本当は毛利のおじさんにも来て欲しかったみたいだけど、おじさん都合が悪くなっちゃって来られなくなっちゃったの!」

探の前で、コナンは大人顔負けの推理を一度披露している。蘭や小五郎がいなかったので、コナンは推理を披露するのに遠慮していなかったという事もあるのだろう・・・手の内はすべて先手を打って明かしてきた。確かにこれ以上余計な詮索をされるよりは、自分から明かしておいた方が賢明である。そう、この白馬探が本物だったのなら・・・。

「コ・・・コナン君!」
青ざめてたしなめかけた蘭に、コナンは屈託のない笑顔で笑い掛ける。
「いーじゃない!探にーちゃんも探偵なんだし、キッドを追って来たんでしょ?目的は一緒なんだから、何か助けてもらえるかもしれないよ?」
「はは・・・そうですね、僕に力になれそうな事なら・・・。」
快斗は探の笑顔そのままに、蘭に微笑み掛けた。
にこっと微笑む蘭に、快斗は心の中でホッとしていた。

あれから元気でいるんだな・・・

快斗として話し掛けたい気持ちを押えて、蘭に微笑み掛けた。
蘭はきょとんとしながら、快斗の・・・探の笑顔を見つめ返している。
「・・・・・・あ・・・・・・・・・・」
「ん?」
「いえ・・・あの・・・・・・・・・・」
「・・・探でいいですよ・・・僕も蘭さんと呼ばせていただいてますし・・・」
にこっと微笑み掛けると、蘭も少しホッとしたように微笑み返した。
「さてと、予告は明日の晩ですし、まだ間があります・・・また後程・・・」
そう言い残すと、快斗は自分の部屋に向かって行った。

変な事になってきたなぁ・・・

元々、この予告は快斗本人が出したものではないのである。
誰がキッドの名を語ったのかを確かめてやろうとしたら、この二人まで出てくるとは・・・。

世の中狭いもんだな・・・

快斗はふっと苦笑した。

美しく花で彩られた廊下を歩きながら、コナンは蘭の横顔を下から覗き込んでいた。

浴衣に身を包んだ蘭を、ほのかな明かりが照らしている。
湯上がりのほんのり上気した肌が、いつになく蘭を大人びて見せていた。いや、湯上がりのせいと言うよりは、憂いを帯びた表情が、そう見せているのかもしれない・・・。

なんだか蘭の様子がおかしい―・・・。

考え事をしているのだろうか、うわのそらである。その表情からは、心の内まで読み取れなかった。
「世間って狭いよねー、探にーちゃんにまた会うなんてね!」
「あ・・・うん、そーだね・・・」
「でも考えてみれば、探にーちゃんもキッドを追ってるわけだし、今回会ったのも不思議じゃなかったのかもしれないね!」
「うん・・・そーだね・・・」
「蘭ねーちゃん・・・?」
「・・・え?あっ、コナン君先に部屋に行ってて・・・わたしちょっと・・・」

直感でコナンは探に会いに行ったのだと見抜いていた。

でも、蘭と白馬・・・?どういう組み合わせなんだ・・・?

コナンの脳裏に、蘭が探に告白しているシーンがよぎる・・・。

ま、まさか・・・!!??

『ちゃんと待ってるからね』

湯飲みに刻んだ蘭のあの言葉は、結局まだ自分の所には届いていない事になっているわけだし、新一本人が知らない事になっているのだ。無効と言えば言えなくもない・・・。
だが、新一とコナンは全くの別人だと蘭にそう思わせてしまったのだから、コナンとして邪魔は出来ない。
コナンの額から、一筋の汗が流れた・・・。

蘭は深く息を吸い込むと、思い切ってふすまの向こうに声をかけてみた。
「あの・・・白馬君・・・?蘭です・・・ちょっといいかな・・・」
「ええ、どうぞ・・・」
ふすまがすらっと開いて、中から探・・・快斗が顔を出した。
「どうしたんですか?」
「あ・・・えっと・・・」
言いよどんだ蘭を、部屋の中に通すと、快斗はコナンがついてきていない事を確認して、ふすまを閉めた。
「・・・相談事ですか?」
探はにっこりと探の演技で微笑み掛ける。蘭はその表情に少し困ったような表情をして、話を切り出した。
「・・・・・・白馬君なら分かるかなと思って・・・」
「・・・探でいいですよ、蘭さん・・・。で、何をですか?」
探るような表情で、蘭は目の前の人間の表情を見た。

「・・・ふたつ文字、牛の角文字・・・すぐな文字、ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる・・・この暗号の意味を教えてもらえませんか・・・」

一瞬動揺が走った。

それは快斗が蘭に送った言葉だった・・・。

快斗はふっと微笑むと、蘭に切り返した。
「・・・・・・誰に言われたんですか・・・?」
「え・・・・・・あ、誰にって・・・その・・・」
「・・・その様子からして、相手は男の人・・・ですね?」
蘭の頬が一気に赤く染まる。
くくっ・・・おもしれー・・・!
胸の内で、快斗が蘭の反応を面白がっている。
「・・・その暗号の意味、分かったんですね?良かったら教えてもらえませんか・・・?」
「・・・・・・いえ・・・その意味は蘭さん自身が探り当てた方がいいですよ・・・?相手もそれを望んでいるんじゃないでしょうか・・・誰かに尋ねて知るとかではなくて・・・ね?」

探の口を借りた快斗の言葉に、蘭は叱られた子犬のように静かに頷いた。

くっそー、かわいーじゃねーかっ!!

もしこれが快斗そのままの姿で、例の小さな探偵君もいなかったとしたら、ぎゅっと抱きしめてしまっていたに違いない。
このままバレてしまっても構わないのだが、そうすると蘭がコナンに・・・新一に対して隠し事をしなければならなくなる・・・。

「・・・・・・?」

蘭はそんな快斗の顔を、きょとんとして見ていた。

しなくてもいい隠し事をさせるのは可哀相だよな・・・。
このまま演技を続ける意志を固めると、快斗はふっと溜息を吐いた。

「・・・蘭ねーちゃーん!・・・」

小さく、廊下の方からコナンの声が響いてきた。

「グッドタイミングで騎士君の登場ですね。さ・・・」
紳士らしく蘭を送り出しかけた。蘭は、背を押されながらも、快斗を振り返った。
「あっ・・・あのね、明日なんだけど、予告の前にわたし達美術館の中を見せてもらえる事になってるの・・・!良かったら一緒に・・・9時に迎えに来てくれるから、玄関で・・・!」
「・・・わかりました・・・ありがとう・・・」
そう答える快斗の笑顔を見て、蘭はやっと安心したかのような表情を見せた。
「あっ、蘭ねーちゃんっ!」
蘭の姿を見つけて、慌てて駆け寄るコナンを見て、快斗は蘭に微笑み掛けると静かにふすまを閉めた。

「どーしたの、探にーちゃんに何の用だったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「蘭ねーちゃん?」
「なんでもないの、明日美術館に行くから、探君も一緒にって誘いにきたの・・・それだけよ」
嬉しそうに答える蘭を見て、コナンはそれ以上何も聞けなかった。

食事をしながらも、夜の散歩に出かけながらも、コナンはずっと蘭の表情を追っていた。
蘭も時折気付いて、なあに?と尋ねたが、その度にコナンはお茶を濁すような返事を返した。

・・・蘭の奴、様子が変になったのは・・・白馬の奴に会ってから、だよな・・・

隣り合わせた布団に横になりながら、二人の間には今までにない重厚な空気が流れていた。
「ねえ・・・」

最初に口火を切ったのは、コナンの方だった。

「なあに、コナン君・・・」
蘭は、この重い空気を感じていないようだ。
薄明かりは点いているのだが、その暗闇にますます空気が重くなる。

願わくば、そうであって欲しくない・・・コナンの喉が、干からびるように枯れていくのが分かる。

「蘭ねーちゃん・・・・・・・・・・・・探にーちゃんの事・・・・・・好きなの・・・・・・・・・?」
「え!?・・・・・・・・・・どうして!?」
蘭の口調から、それが的外れな想像だった事が、コナンにも分かった。
「だって・・・さっきはわざわざ部屋にまで会いに行ったりしてたから・・・」
少し安心したコナンの声に、蘭はくすくすと笑いながら答えた―・・・。

「さっきのはね、聞きたい事があったのよ!・・・コナン君が教えてくれないから、白馬君なら教えてくれるかな・・・って・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・何を?」
「ほら、ふたつもじの暗号よ!」
「!!・・・それで探にーちゃん、なんて・・・!!??」
暗くても、コナンの表情が青ざめているのは蘭にもなんとなくその口調で分かった。
「・・・・・・・・・・それがね、白馬君も教えてくれなかったのよ・・・自分で答を見つけた方がいいって・・・」
「そ・・・そお・・・」
「ねえ、自分でってコナン君も言ってたよね?今もそう思ってる?教えてくれない?」
胸を撫で下ろして、コナンは蘭に聞こえないように悪態を吐いた。

「バーロ、誰がわざわざおめーと他の奴くっつけるよーなバカな真似するかよ!」

「ん?何?」
「ん〜ん、なんでもないっ!」
再び沈黙が訪れて、コナンの胸の内に暗闇がそのまま不安になって、その小さな身体を満たしていた。コナンは不安を振り払うかのように、蘭に離し掛けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・ね、蘭ねーちゃん・・・、手つないでていい・・・?」

「?・・・いいよ?」

蘭の手をしっかりと握り締める。
失いたくない温もりを感じながら・・・。
間もなく、蘭はかわいらしい寝息を立てて眠りについた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
蘭が確実に寝た事を、覗き込んで確認する。

「・・・・・・・・・・・・待っててくれるよな?」

薄明かりの中、微笑むように眠っている蘭の唇に吸い寄せられるようにコナンの唇が近づいて行った・・・。

「・・・・・・・・・・・ん・・・・・・・新一・・・・・・・・・・」
唇まであとわずか・・・。突然自分の名前を呼ぶ蘭の声に、心臓が飛び出しそうな程驚いて、コナンは飛びのいた。
「・・・・・・・・・・!!!!!!」
だが、蘭は起きたわけではなさそうだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、寝言か・・・・・・・・・」
不安がほんの少し軽くなる・・・。
「・・・・・・・・・・・・・おやすみ、蘭・・・・・・」
・・・・・・これくらいなら・・・・・・・・・
蘭の額にそっとキスをすると、コナンはゆでだこのようになって再び横になった。

「朝よ、コナン君・・・!」
嬉しそうにカーテンを開けると、蘭はコナンに声をかけた。
「ん・・・おはよー、蘭ねーちゃん・・・」
「珍しいわね、コナン君が起こされるまで起きないって!」
それも当然なのである。
昨夜はつないだ手と、隣にいる蘭の寝顔と、・・・キスのせいで、神経が昂ぶってしまって、やっと眠りに就いたのは日が昇り掛けた頃だったのだから・・・。
「・・・・・・ん・・・・・・今何時・・・・・・・・・?」
「8時よ!さあさあ、早く起きて!朝ご飯だよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・」
ふわっと蘭のいい香りがした。
「!!!!!」
昨夜のキスを思い出して、コナンは勢いよく飛び起きた。
「ど・・・どうしたの!?」
「なっ、なんでもないっ!!」
真っ赤になって慌てるコナンを不思議そうに見ながら、蘭は大きく窓を開いた・・・。
朝の、少し湿った空気が優しく流れ込んできた。
「もうすぐ美術館のお迎えの車が来るわ・・・!支度しなくっちゃ!」
妙に張り切る蘭に、今度はコナンの方が不思議そうな視線を送る番だった。

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