指輪
「・・・どうして、あんな所に・・・?」
その男の優しそうな声が蘭に問い掛ける。
「え・・・どうしてって・・・」
蘭は一瞬返事に詰まった。
言っても・・・いいのだろうか・・・。
と、そこへ、新一からの通信が入った。
なにかあったのだろうか・・・
「どーしたの?」
「どーしたの?じゃねーだろ!!急にいなくなりやがって!どこにいんだよ!」
「ここ?・・・えと、新一と昔よく遊んだ・・・」
そこまで言いかけた所で、男がそっとバッヂに手を伸ばすと通信を切ってしまった。
「あ・・・・・・」
不思議そうに男を見つめる蘭に、ふっと微笑んでみせる。
「・・・一度、君とゆっくり話をしてみたかったんだ・・・。だから、後を追ってきた・・・。」
「・・・話?」
「そう・・・騎士君のいない所で・・・」
騎士・・・って
蘭の頬が赤く染まる・・・。
男の指が、蘭の頬に触れる。
「君は面白い子だね・・・。子どものくせに、妙に大人びてる所がある・・・」
「え・・・っ?」
蘭の腰に、男の腕がまわる・・・。
徐々に徐々に、蘭の顔に男の顔が近づいてくる。
「何を探していたんだい?」
返事ができずに、蘭は押し黙る・・・。
「・・・質問を変えようか?・・・あそこで、何か拾わなかったかい?」
「何か・・・?」
「そう・・・あれは大切な物なんだ。恋人との思い出の品なんだけれど、数日前、あそこで落としてしまったらしいんだ。・・・もし、持ってたら返して欲しいんだけど・・・」
「・・・!」
蘭は再び寒気に襲われた・・・。
「あ、あの・・・私知らないんです・・・何も拾ったりしてないですから・・・。」
「拾わなかった・・・?」
「え?・・・あの?」
男の目からは、さっきまでの優しさは感じられず、代わりに、悲しい程の冷たさが満ちていた。
「・・・まさか・・・」
蘭はこの時初めて、新一に声を掛けずに男についてきてしまった事を後悔した。
どうしよう
この状況では何もできない
得意の空手だって、こんな小さな身体では効果を望めない。
・・・・・・・・・・・・・・新一!
震える蘭の首に、男の両手が巻き付く・・・。
少しずつ力が入り、蘭の首が締め上げられていく。
「・・・・・・あ・・・っ・・・!」
息が吸えずに、蘭がもがく。
だが、それとて男には小さな抵抗であった。
「・・・・・・・・・・・・いち・・・・・・・!」
最後の一息で新一の名を呼ぶ。
ゆっくりと意識が薄れていく。
最後に、もう一度新一の顔を見たかった。
すっと目を閉じかけた瞬間、小石が男の手を弾いた。
「つっ!」
「その手をはなせ!」
蘭の瞳には、ぼんやりと新一が映っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新一・・・・・・?
ふいに、呼吸が戻って、今までの分を取り戻そうとするかのように、げほげほとむせ返る。
呼吸が戻ってきた蘭の無事を確かめると、新一は男に話し掛けた。
「・・・・・・あんただな?美津子さんを殺した犯人は?」
男はくっと笑って、蘭を片手で抱くと、もう片手にガラスの破片を持った。
「・・・赤木さん!」
新一は憎らしそうにその男の名を呼んだ。
「ああ、そうだよ。あの汚い雌ブタを殺したのは俺さ!」
悪びれた様子は少しも見られない。
「恋人だったのに・・・?」
蘭が信じられないといった様子で思わず口に出した一言を、赤城は嘲笑った。
「・・・・・・・・・恋人?・・・俺とあの雌ブタが?冗談じゃない!・・・吐き気がするね!」
蘭を抱いた片手に力が入る。
「い、痛い・・・!」
「あいつはなぁ、俺の恋人を別の男達に乱暴させた上に、俺があいつに乗り換えたなんてデマを流して、自殺に追い込んだんだよ!・・・・・・あの雌ブタは俺達があの頃もう付合ってたなんて、知らずに死んでいったけどなぁ!」
「その人が天野さん・・・ですね?」
知っているのか?
一瞬赤木にためらいの色が見えたが、すぐに元に戻る。
「そうだ・・・。・・・美津子を・・・あいつの仇をとった後で、麻紀の後を追うつもりだったんだ・・・。あいつの形見の指輪を抱いて、あいつの墓前で、あいつが自殺した時使った、このガラスの破片で・・・!」
赤木が苛立ちを押さえ切れなくなったようである。
「それなのに!・・・蘭とぶつかったせいで、指輪が無くなってしまった・・・!!」
新一が、赤木の言いたい事を先に語り始め、赤木がぎょっとする。
そんな赤木の表情に、新一は顔色を変えずに推理を披露し始めた。
「・・・バッグで周囲の目からナイフを隠して、あなたは被害者を刺した。この時、手首の周囲は血に汚れたはずです。当然、そのままでは人目についてしまう・・・最初から、この公園のトイレで血を洗い流す予定だった。・・・違いますか?」
新一の言葉に血の気が失せながらも、赤木は反論した。
「だが、手首まで血に染まったとしたら、Yシャツはどうする?・・・背広は!?」
「あなた、その時黒っぽいコートを着てませんでした?・・・夜目に紛れやすいように・・・。」
「だから、どうしたってんだ?」
「・・・襟首の表示をとったり、細工して、すぐには裏側だと分からないようにした身体より少しサイズの大きい黒っぽいコートって聞いた方がいいでしょうか?」
赤木の言葉が途絶えた。
「裏返しです・・・暗い公園の中での待ち合わせ・・・、被害者に会う直前に裏表に着て、被害者に会う・・・。上手く細工してあれば、夜目や遠目には少しの間なら騙せます。・・・犯行の後、すぐに暗闇に紛れて裏表を直す・・・Yシャツも、袖口だけの物を二つ作っておいて、本当に着ているシャツの上に重ね、裏返しの大きなコートで接合部分の違和感を無くす・・・。犯行後、それをすっぽり取ってしまえばいいだけの話です。もし万が一血液が下のYシャツについた時の事を考えて、ビニールか何かを間に入れておけば、下のシャツに目立つような血がつくのは避けられます。・・・・・・そして、取り外したそれは、くるめばバッグに入らない大きさじゃありません。そうして、あなたは犯行を終えた後、衣服を整え、犯行の目に見える証拠を隠し、現場から立ち去るつもりだった・・・。」
赤木の目に静かな怒りがこみあげる。
「だが、あなたにちょっとした予想外のアクシデントが起こった。・・・蘭とぶつかった事です。」
「え、私・・・?」
「そう、蘭にぶつかって、顔を見られたと思ったあなたは、冷静じゃいられなかったんでしょう。・・・おまけに鞄を持ち歩いていた事も、その鞄の中に柔らかいものが詰まっていた事も、蘭に気付かれた怖れがありましたからね。・・・それどころか、指輪を落として、必死に探していた様子を見られてしまった。・・・僕が後から来たから、やむなくあなたはその場を離れました。でも、子どもの好奇心は半端じゃありませんからね。何かを探していたと気付いたなら、見つけるまで探しかねない。・・・何よりも口を封じておかなければ、いつどこで誰に気付かれるか分からない・・・。だから、あなたは指輪を探すより先に、蘭の口を封じる事にした。・・・鉄パイプを落として蘭を事故死に見せかけて殺そうとしたり・・・レンガを落としたり・・・。指輪は後でいくらでも探せると判断した上での事でしょう・・・?」
赤木は苦笑する。
「でも、それは推測に過ぎない・・・」
「そう。あなたの言う通り、推測に過ぎません。・・・・・・・・・でも、これならどうですか?」
新一がポケットからハンカチにくるまれた指輪を取り出す。
「!!」
「どこで見つけたのか・・・聞きたそうですね・・・。あなたが蘭を連れ去った場所ですよ。茂みの木の根本にありました。」
「そんな所に・・・!?あの近辺は十分捜したはずなのに・・・!!」
「この指輪、表面の血液は洗い流されています。・・・でも、内側の刻印に流れ込んだ血液はわずかだがその溝に付着している・・・。あなた、手についた血液を洗い流している時に、この指輪もはめたまま洗った・・・違いますか?」
「!」
赤木が一瞬たじろぐ。
「この指輪の刻印・・・、溝に少しの汚れ・・・これは皮膚でしょうね。DNA鑑定をすれば、この指輪があなたのものである事は簡単に証明できます。・・・そのあなたの指輪についた被害者の血液・・・どう説明します?」
しばらく沈黙が続いた。
赤木は根負けしたように、蘭を解放した。
新一は、走り寄ってくる蘭を抱きとめ、赤木を見る。
「なあ、頼みがあるんだけど・・・その指輪、かざしててくれないか・・・?」
「断ります。」
新一はきっぱりと言い切る。
赤木は、諦めたように、さっきまで蘭に向けていたガラス片を自分の頚動脈に当てる。
「・・・そろそろ行くか・・・あいつのとこに」
ぽつり、呟く。
「行けやしねーよ・・・。」
「え?」
「・・・あんたが蘭を狙った理由は、自分が捕まるのが怖かったからだ。・・・恋人のためでもなんでもない。・・・・・・自殺するならとっくにしてるだろ?犯行を隠そうとしたのは、他にどんな理由があるんだよ?・・・あんたにとって、大切なのは恋人じゃない、自分自身なんだよ!」
新一の言葉に、赤木の視線が凍てつく。
「それに、この指輪もそんな事を望んじゃいねーよ。・・・あんたに見つけられなかった理由・・・あんたの犯行を裏付ける証拠となった理由・・それは麻紀さんの想いがそうさせたんじゃねーか・・・?」
「麻紀・・・が?」
「それなのに、あんたは自分の満足の為に更に人を殺そうとしていた・・・」
新一の言葉に、ガラス片が震える。と、ふいに力が抜けていくのが目に見えて分かった。
「その通りかもしれないな・・・」
自殺の意志が無くなっていくように見えて、蘭はようやく安堵の溜め息を吐いた。
「悲しい思い出は美しく咲く・・・か・・・。」
一瞬きょとんとする新一たちに、赤木がその言葉が麻紀の口癖だと苦笑しながら注釈をつける。
「葬儀で顔を見た時はぎょっとしたよ・・・。だが、同時に俺の顔を覚えているか確かめるチャンスだとも思ったんだ。あの時君が目をそらしたから、気付かれたんだと思ったんだ。・・・俺は純粋に麻紀を愛していると思ってたのに、どこで間違っちまったんだろうな・・・。・・・・・・・・すまなかったね、蘭ちゃん・・・。新一君、携帯持ってるかい?・・・悪いんだけど、警察に連絡してくれないか?」
「御自分でどうぞ・・・」
新一の差し出した携帯で、赤木は警察へと連絡した。