黒の世界
黒い衣装に身を包むと、二人は玄関に向かった。
被害者の葬儀に出席するのである。
もちろん、目的は蘭とぶつかった男を探す事である。
わざわざ迎えに来てくれた高木刑事が、玄関から顔を覗かせた。
「おはよーございます!」
ちゃんと挨拶をする蘭に、目を細めている。
子どもは好きらしい。
「おはよう、らんちゃん!・・・今日はまた随分とかわいい格好で・・・髪の毛は誰が結ってくれたの?」
「あ、これは新一が・・・」と言いかけて、慌てて手で口を押さえる。「・・・新一お兄ちゃんが編んでくれたの!」
へえ、上手だねぇ・・・と高木が感心する。
あれを編むのに、新一も四苦八苦だったのである。
髪の長さをごまかそうと、二人はその手の雑誌と朝から首っ引きだった。
苦労したのだ。二人とも、誉められて悪い気はしなかった。
「らんちゃん、大きくなったら美人になりそうだね〜・・・。成長が楽しみだね、工藤君!」
そう言ってのんきに笑う高木に、二人は顔を見合わせて吹き出しそうになるのをこらえる。
あと4日くらいで17にまで一気に成長します・・・とは言えない。
車に二人が乗り込もうとすると、ジュニアシートが用意されていた。
途端に蘭の目が点になる。
「あ、らんちゃんはこっちね。4月から法律が導入されちゃってるから・・・」
新一がお腹を抱えて震えている。
「・・・工藤君?・・・お腹でも痛いの?」心配そうに高木がたずねる。
蘭はムッとして後部座席の新一を睨んだ。
あれは、笑っているのだ。
「人の気も知らないで・・・!」
ぼそっと呟いた迫力の一言に、高木は信じられないものを見てしまったような表情でいた。
高木が車を止めに駐車場へとまわっていく。
「遠いから、二人共先に降りておくといいよ」
高木らしい気配りで、二人をお寺の門の所まで送っていくと、自分は車を置きに行ったのである。
「優しいな〜高木さんは!・・・どっかの誰かさんと違って!」
ひきつりながら蘭は新一に嫌味を言う。
「そんな怒るなよ、・・・ジュニアシート、似合ってたぜ?」
「笑ってたくせに!」
肘でつつきあいながら二人は痴話ゲンカを始める。
と、ふいに、蘭の背に、例の悪寒が走った。
新一も感じたらしい。
二人、顔を見合わせると、参列者の方を見た。
「・・・いるか?」
「・・・・・・・・・・・・それらしい人は・・・」
じゃあ・・・と、二人は親族の集まっている所まで進んでいった。
精一杯背伸びをする蘭をヒョイと抱き上げ、新一は肩車をして、辺りを見渡した。
と、そこへ二人の背後から高木が声を掛けた。
「二人とも、何してるの?」
「・・・こうしてると、遠くまで見えるかなって・・・」
蘭が無理な笑顔でそう言うと、高木がそっと、蘭に耳打ちをした。
「らんちゃん、ぱんつ見えてるよ・・・」
「え!?うそっ!!」
外見が6・7歳でも、中身は女子高生である。
蘭は過敏に反応して、スカートの裾を押さえようと暴れる。
「わ・・・!ばか!!」新一も、蘭の足を押さえながら、必死にがんばってはみたものの、やはりバランスが悪い。
二人の体が大きく揺れて、後ろへぐらっと倒れかけた・・・。
「危ない!」
高木がうまく新一ごと蘭をキャッチ、クッションになってくれたので、二人とも事無きを得た・・・のだが・・・・
「あつつ・・・」
起き上がろうとした新一の視界は真っ暗・・・
「きゃ・・・!」
同時に蘭の悲鳴も聞こえる。
「え・・・?」
なんだ?・・・目の前に雲の浮かんだ青空が半分だけ広がっている・・・。
「えっち!!」
「わざとじゃないだろー!?」
新一はグーで殴られた鼻を押さえながら、怒って歩く蘭の後を追っている。
「いつまでも人のスカートの中にいるからよ!」
「だからぁ、わかんなかったんだってば!」
「知らないっ!」
どんどん怒りのエスカレートしていく蘭に、新一は少し距離をとった。
と、庭を突っ切ろうとした蘭が、急に飛び出てきた男とぶつかった。
「あれ、どうも・・・随分かわいいお客様だね・・・」
蘭に、男が声を掛ける。
「・・・」
20代後半位の端正な顔立ちの男である。
蘭の頬が、心なしか赤くなる・・・。
もちろん、新一にとっては面白くない状況だ。
「・・・お嬢さん、お名前は?」
「・・・・・・蘭・・・です・・・」
男の目が赤い・・・。
泣いていたのだろうか・・・。
「らんちゃん・・・か。」
蘭の頭を、男が撫でる。
「君は・・・?」
その雰囲気にむっとしながら、新一が答える。
「工藤新一・・・そいつの保護者みたいなもんです。」
ふうん・・・
男が蘭と新一を見比べた。
「仲がいいんだね・・・。僕は、赤木裕輔・・・亡くなった女性の恋人だったんだ。」
新一と蘭は顔を見合わせた。
誠実そうなその男は、深い溜め息をついて、元気なく微笑んでいる。
目の縁の何気ない赤さが、蘭の心を締め付けた。
「・・・おにいさん・・・、あの・・・」
悔やみの言葉を言おうとしたのだが、蘭は何と言葉を掛けたらいいのか分からず、赤木のジャケットの裾をぎゅっとつかんでいるだけだった。
「恋人と死に別れるってのは・・・辛いものだね・・・。」
蘭の気持ちを察して、赤木が蘭の頭をくしゃくしゃと撫でながら、笑いかける。
じわっ・・・と、蘭の目に涙が溜まってきた。
「・・・ああ、ごめんね・・・泣かせるつもりはなかったんだけど・・・」
赤木が蘭の頬の涙を拭おうと、すっと手を伸ばしかけた。
「・・・!」
赤木の両目に自分が映る程、接近している。
蘭は、その距離を意識してしまって、目をそらした。
「・・・あ」
赤木が、拭きかけた涙が、頬を横切る・・・
それを見ている新一は当然面白いわけがない。
蘭を奪い取るかのように、ひょいと自分の方に引き寄せる。
蘭は、バランスを崩しそうになって、新一の腕にしがみついた。
突然の新一の行動に、蘭は戸惑いながらも「・・・え、もしかして・・・新一、妬いてるの・・・?」と小声でたずねた。
「ば〜か!!」
憎まれ口を叩きながら、微笑み返すが、やはり表情は引きつっている。
新一も、蘭の前にひざまずくと、ポケットからハンカチを取り出して、蘭の涙を拭った。
「・・・赤木さん・・・何て言ったらいいのか・・・お悔やみ申し上げます・・・」
新一の言葉に、赤木はふと微笑んだ・・・。
「優しい子達だね、君達は・・・」
その後、高木に紹介され、新一と蘭は美津子の姉の友美恵に接触する事ができた。
姉の友美恵は美津子とは対照的な外見から分かるように、物静かで穏やかな人だった。
「園子のお姉さんに雰囲気が似てるよね?」と蘭が新一にささやく。
「ああ・・・」新一が納得したといったように呟く。「・・・道理で・・・どこかで会ったような気がするわけだ。」
友美恵はもちろん、被害者の両親にも、この中に容疑者がいる事は伝えられていない。
「・・・まだ通り魔じゃないとは言い切れない段階なんだ・・・」
高木がぽつりと二人に言葉を漏らした。
「でも・・・できるなら、犯人は知り合いであって欲しくないですよね、こういう時って・・・」
蘭が、高木にそう声を掛ける。
「えっ・・・・・・?」
外見は小学1年生である。
その発言にびっくりしたのも仕方がない。
友美恵の紹介で、二人は親族や昨夜目暮の話していた三人とも接触する事ができた。
「こちらが、亡くなった美津子の友人、狭山ゆかさんと仁科めぐみさん・・・と、あっちにいるのが米山康平さん・・・。以前、美津子とお付き合いなさってた方よ。」
元恋人まで葬儀に参加してるのか・・・
新一は呆れ半分で彼らの顔を見た。
友美恵は、それぞれにお辞儀をすると、葬儀の手伝いに来ている近所の人に呼ばれて席を外す事になった。
新一の視線に気付いたらしく、友美恵がいなくなると米山の方から声を掛けてきた。
「・・・美津子の親戚・・・か?」
「・・・いえ、違います・・・。知り合い・・・というか・・・」
「美津子の新しい男・・・なんて事はないか。・・・俺の事じっと見てるから、元婚約者だったのを知ってるのかと思ったよ。」
・・・知っていますとも言えるような状況ではなかった。
「どうして葬儀に・・・?」
新一の率直な問いに、米山は屈託なく笑った。
「いや、なに、・・・見てみたかったんだよ。美津子が俺を捨てた理由になった男とやらを・・・。」
米山をじっと見ている蘭が気になったらしい、米山が新一の後ろの蘭を覗き込む。
蘭は、大きな体の米山の迫力にびくっとして、新一の後ろに隠れる。
「や、かわいいね。・・・お嬢ちゃんは将来悪い男に騙されないように気をつけなよ?」
明るく笑い飛ばすようにしていた米山だったが、目の端に涙が浮かんでいるのを二人は見逃さなかった。
続いて、新一は狭山ゆかに声を掛けた。
「・・・美津子?・・・死んでくれてせいせいしてるわよ。」
ぷは〜っと煙草の煙を吐きながらの言葉に、二人は少しぎょっとした。
友美恵さんに仲立ちをしてもらわなくってよかった・・・。
「だってさぁ、300万借りただけなのに、利子を50万よこせっていって聞かないんだもん!・・・とかく、お金と男には汚い女だったわね。目的の為なら手段を選ばないっつーか・・・。」
間近で吐かれた煙を吸い込んで、蘭はむせかえっている。
「ね、その女の子、あんたの妹?・・・おじょーちゃん、あーゆー女になっちゃだめよ?」
そこへ、三人目の容疑者、仁科めぐみが割り込んできた。
どうやら、狭山ゆかと仁科めぐみは知り合いだったらしく、二人で美津子の悪口で盛り上がり始めた。
ったく、葬儀の会場でする話じゃないよな・・・
新一の心のぼやきが聞こえていたら、とんでもない事になっていただろう。
「そうそう!あの女、きったない真似するのよね!・・・今時信じられないような!ま、それにつられる男も男か〜!?」
二人に、他に美津子の事を恨んでいそうな人物を尋ねたが、殺しをやりそうな程の動機を持っている者はいなかった。
て事は、この三人が依然として第一容疑者ってわけだ・・・。
「あ、でも・・・いたよねぇ〜、美津子に男を取られて田舎に帰っちゃったかなんかした子・・・天野さん、だったっけ?」
「ああ・・・そういえば・・・。でも、かなり昔の話でしょ?美津子が就職したての頃の・・・。美津子が男をとるなんて、日常茶飯事だし。」
二人の思い出話に、新一は身を乗り出した。
「その方、ここにいらっしゃいます・・・?」
「いなかったと思うわよ?・・・取られた男ってのもすぐ捨てられたらしいんだけど。」
「その男性、会ったりした事は?」
新一の言葉に二人は顔を見合わせた。
「そういえば・・・いっつもプリクラだの写真だの見せられるんだけど、その時の男のだけは・・・。」
「あたしも・・・ないなぁ・・・」
「・・・変・・・だよね?人の彼氏をとったら自慢したがるくせに。・・・私はこいつの彼女からこいつを取ったのよ!って・・・」
二人の話を聞いている真剣な新一の横顔を見ながら、蘭はふと違和感を感じていた。
「ま、天野さんに負い目でもあったんじゃないのぉ?」
「あの女にそんな良心なんてある〜?」
「でも、まあ、今の彼氏と付合うようになって、美津子の奴も、改心したっていうか、変わったって聞いてるわよ?」
「あはははは!あの女が!?うそ〜!」
呆れ返る新一と蘭をよそに、二人は悪口に花を咲かせていた。
あれからしばらく、二人の悪口に付合わされて、ぐったりしていた。
「ねえ、新一・・・、笑わないで聞いてね?」
「ん・・・?」
重い口を蘭は開いて、新一に問い掛けた。
「もし、わたしが・・・好きな人と付合う事になったとしたら、嬉しくて写真見せるどころじゃないと思うんだよね・・・。」
蘭の言葉に、自分の写真を嬉しそうに持ち歩く姿を想像して、新一は顔を赤らめた。
「まあ、そういういきさつがあったなら、そうしないのも分かるけど・・・でも・・・そう思って内緒にする位なら・・・最初から人の彼氏をとったりしない・・・よね?」
「・・・ああ・・・」
蘭の疑問に答えるように、新一は深い溜め息をついた。
三人に容疑がかかっている事は、内密になっているらしい。
新一は蘭を守るように、片時も離れずに側にいた。
「いたか?・・・あの中に、お前とぶつかった奴・・・」
新一の言葉に、蘭は頭を振った。
「・・・それらしい人は・・・」
「そっか・・・」
葬儀には参列してないのか・・・?
被害者を恨んでいたなら、それも当然かもしれない。
高木はまだここで参列者をチェックすると言うので、新一と蘭は電車で帰る事にした。
高木に簡単に別れを告げると、二人は駅の方へ歩き始めた。
「・・・なあ、お前はどう思う・・・?」
周りに知っている顔は無い。
新一はやっと17歳の蘭に話し掛けた。
「どうって?」
「美津子さんは、ああいう人だと分かった・・・その上でのお前の見解。」
蘭は少し考え込んでから、口を開いた。
「あのね、・・・天野さんの彼を取ったっていうのは・・・嘘なんじゃないかしらって思えるの・・・。だって、人の彼氏を取ったのが自慢なのに、その時だけ何も自慢しなかったっていうのは、自慢できるものが無かったんじゃないかな・・・って・・・。写真も、プリクラも、無かったから自慢できなかった・・・違うかな?」
「・・・ま、そんなとこだろうな・・・」
二人は自然に手をつないでいた。
「・・・蘭、お前、そーゆー女にだけはなるなよ?」
蘭の指の感触を確かめながらぽつりと出た新一の言葉に、蘭は苦笑した。
「相手次第・・・なんじゃない?」
蘭の発言にはあえて返事をせず、新一は蘭相手に推理を続けた。
「で・・・、お前が狙われる理由なんだけど・・・。俺は、お前が何か犯人を断定できるような証拠を見たか持ってるかしてるんじゃないかと思うんだ。・・・だから、犯人が狙ってるんじゃないか、って。」
「証拠になりそうな物?」
「あるいはトリック・・・こっちの線は薄いかもしれないけどな。」
あの時・・・
ぶつかって、あの人はお腹を押さえて・・・
固かったお腹・・・
・・・待って、あの痛み・・・
「あ〜!!!」
突然はりあげた蘭の大声に、新一は飛び上がるほど驚いた。
「な、なんだ!?」
「・・・・・・鞄・・・!鞄をお腹に抱いてたんだ!」
「鞄〜!?」
「ほら、高校の学生鞄みたいな!平べったい感じの皮の・・・ぶつかった時の感じが、あれの感じに似てた!体操服とか詰め込んだみたいな感じ!」
学生鞄を思い浮かべてみる。
「あんな大きな物を抱えてて気がつかなかったのか・・・?」
「ううん、もっとちっさいの!・・・あるでしょ?サラリーマンがよく持ってるような小さい・・・!」
「・・・・・・ああ、あれか・・・」
「なんでお腹を押さえてるんだろうって思ってたんだけど、鞄をお腹に抱いてたからなんだぁ・・・」
しばらく沈黙が流れた・・・。
お腹が固かった理由は見えてきたのだが、肝心の狙われる理由だとはどうしても思えない。
うんうんと唸る蘭に、新一は手を引いてにこっと微笑む。
「帰り道だし、米花公園に寄ってくか?」
「うん・・・!」
現場に行ってみれば、何か思い出すかもしれない・・・。
そうして、二人は米花公園に入っていった。