温もりの中

柔らかい光の中、新一が目を覚ました。

一瞬、目の前の蘭にびっくりする。ドクドクと早まる鼓動を静めながら、蘭の頭を抱え込むように抱きしめていた手をそっとほどいた。

あ〜・・・びっくりした・・・。蘭の奴、目ぇ覚ましてないだろうな・・・?
心の中で呟きながら、蘭の寝顔をそっと覗き込む。

「・・・・・・・・・」

どうやら、ぐっすり寝入っているらしい。

目の前の蘭の寝顔に、鼓動が自然と早くなる。

蘭の唇に吸い寄せられるかのように、新一の唇が近づいていく・・・。
もはや、心臓の音以外に耳には何も入ってこない。

「・・・・・・・・・」

寝ている相手に対して・・・じゃずるいよな・・・。

思いとどまった新一は深い溜め息をつきながら、そっとベッドから抜け出る。

蘭より早く目が覚めてよかった。そう思いながら、部屋から足音を立てないように細心の注意を払って出て行く。

ぱたんと小さな音を立てて、ドアが閉まった。
「・・・とりあえず、朝飯でも作るか・・・。」

新一がいなくなった気配を感じて、蘭は薄目を開けた。
新一が起きかけて、思わず寝たふりをしてしまっていたが、心臓は新一に聞こえてしまうのではと心配なほど大きな音を立てていた。

まだ・・・どきどきしてる・・・。


目覚めた時は、蘭も驚いて声を上げそうになったが、昨夜自分が怖がって一緒に寝てくれと言ったのをすぐに思い出したのだ。

パニックはすぐに収まった。

新一、心配してくれたんだ・・・。

蘭は目の前の新一の寝顔を見つめた。
コナン君の寝顔は何度も見たけど・・・・・・。
目の前にあるのは、つい少し前まで、会いたい一心で求めていた顔だった。

新一・・・

少し身体を起こして、寝顔を覗きこむ。
「ん・・・蘭・・・・・・・」新一が寝言で蘭の名を呼ぶ・・・。
「・・・新一・・・」新一の前髪を払ってやろうとしたその瞬間だった。
「ん・・んん・・・」
新一が目を覚ましかけた。驚いた蘭はとっさに寝たふりをしてしまったのである。

び、びっくりした・・・。
ただただ動揺を押さえていた蘭だったが、新一が出て行くなり、火が出ているような熱を身体中に感じていた。


動揺がおさまってから、蘭は階下へと降りていった。

「お、起きたか?」と新一が声をかける。

「・・・なにしてるの?」
不思議そうにたずねる蘭に新一は手に持っているフライパンの中身を器用にとんとんとひっくり返しながら答える。
「オムレツ作ってんだよ。朝飯にしようと思って。・・・食うだろ?」
「うん・・・」
「パンでいいか?」
「・・・うん」
蘭は、新一の手先に見とれている。
「・・・なんだよ?」
「・・・新一、料理なんて作るんだぁ・・・」
蘭のセリフに少し呆れながらも新一は答える。
「そりゃ作るさ、一人暮らしだもんな。金に不自由はないけど、毎日ファーストフードってわけにもいかないだろ。」

蘭はなるほどと感心していた。

「ま、気が向いた時だけだけどな。なんか事件に携わってるような時は作らねーもん。」ヒョイヒョイと皿にオムレツを乗せて、新一は蘭に椅子を勧めた。

「さ、どーぞ、お姫様。」

蘭の前に皿を置く。

蘭は、「わ!おいしそ〜!」と感嘆の声をあげて、一口オムレツをほおばる。

「おいしー!」
蘭の素直な賛辞に、新一も嬉しそうに微笑む。

ふいに、電話が鳴った。

「?誰からだろ・・・。」

新一の家に、朝から電話を掛けてくる相手など滅多にいない。新一は疑問に思いながらも受話器をとった。

電話の相手は小五郎だった。

お前の所にいるって事はあって欲しくないんだが・・・と切り出す。

「蘭が、昨日から帰ってきてないみたいなんだ・・・心当たりねーか・・・?」蘭を心配しているのが痛いほど伝わるその声に、新一は心が痛んだ。
「おじさん、蘭なら・・・」言いかけた新一のシャツを蘭がつんつんと引っ張る。

言わないで・・・

必死にかぶりを振る蘭・・・言いたい事が新一にも分かった。

でも、小五郎の気持ちを考えると・・・。

蘭はポケットの蝶ネクタイ型変声機を取り出すと、新一の声に合わせて、電話の音声拡張ボタンを押した。
「おじさん?・・・蘭ならおばさんの家に泊まりで出かけるって聞いてるよ。おじさんには話したって言ってたけど?」

園子の家になら、ここに電話するより先にかけているかもしれない。でも、お母さんの所にはまだかけてないはず・・・。
蘭の賭けだった。

「・・・英理の所か・・・。すまん、俺が忘れてたんだな。・・・どうも最近、疲れててな・・・。」

いつになく弱気な小五郎の発言に、ほっとしつつも蘭は戸惑った。

「・・・ところで、聞いておきたい事があるんだが・・・お前、蘭の事、どう思ってるんだ・・・?」

蘭は慌てた。

新一の気持ちを問いただすとは思ってなかったし、なにより、小五郎が新一相手だと思って聞いたのが蘭相手にだったのである。
言葉につまった蘭を右手で制して、新一が歩み出た。

「・・・大切だと思ってます・・・。かけがえのない存在です。・・・もし・・・蘭が危険な目に合うような事があったら・・・」

足にしがみついた蘭の頭を撫で、目を合わせながら新一は続ける。


「俺に守らせて下さい・・・。全力で守ります。」


蘭の目に、涙が滲んだ。電話の向こうの小五郎は沈黙を続けている。

やがて、小五郎が口を開いた。

「あんまり危ねー目に合わすんじゃねーぞ・・・」
小五郎の声が沈んでいた。父親としてはやるせない会話だ。

新一は、蘭の頭をポンポンと叩くと、電話を切った。

「・・・おじさん、蘭がいる事、分かったみたいだな。・・・後で、ちゃんと電話しろよ?」

プロポーズまがいの自分の言葉に真っ赤になって、新一は蘭の顔をまともに見れない。

小五郎の心情を思い泣きじゃくりながら、蘭は肯いた。

「ね、お父さんに、この姿で会ってきてもいい・・・?」
蘭のその言葉に新一は微笑んだ。


米花公園は、朝のジョギングや散歩を楽しむ人や、家族連れで賑わっていた。

小五郎は米花町のマンションにいるはずだった。少なくとも、その近辺には・・・。そこへ行くのに米花公園を突っ切って行くのが手っ取り早い。

蘭はふと足を止めて、父親と母親に連れられた小さな女の子を見つめていた。
「・・・蘭?」
新一に声をかけられ、はっと我に返る・・・。
「・・・何でもないの・・・。うちのお父さんとお母さんも、わたしがあれくらいの頃に、公園に連れてってくれたなぁ・・・って・・・」

今朝の電話のせいもあるのだろう、嫌な事を思い出してしまった。

あの時は幸せな思い出になると思っていた事だったのに・・・。

ぎゅっと握った手のひらに爪があたる。その痛みで少しだけ涙をこらえる事ができた。

「おっちゃんとおばさん・・・かぁ・・・。」新一は蘭の頭を軽くポンポンと叩いた。「俺が思うに、あの二人、お前が思ってるよりずっといい関係だと思うぜ?」

新一の意外な言葉に、蘭は思わず新一の顔を見上げた。
「なんのかんの言ってても、お互い信頼しあってるしさ。・・・何度か、おばさんの前でも俺がおっちゃんのふりして事件の推理をしたけど、おばさん、俺の推理を手助けしてくれた事もあるんだぜ?・・・毛利のおっちゃんの言葉だと信じて・・・。」「・・・うそ・・・」「うそじゃねーよ」

新一は、蘭の手を握ると蘭に歩調を合わせて歩き始めた。

「・・・いつか、ああして3人で歩けるといいな。」
「・・・・・・うん・・・ありがと・・・新一・・・。」

いつもなら蘭とはこんな優しい言葉なんて照れくさくてかけてやれないのだが・・・。

コナンの時みたいだな・・・。

新一は自嘲するように笑みをこぼした。

「あ・・・」

蘭が急に足を止めた。

「今度は何だよ?」新一もつられて足を止めた。
「靴の紐がほどけかかってる・・・」

ちょっと待っててと、蘭が靴紐を結び直そうとしゃがんだ瞬間だった。

目の前を影が一瞬通りすぎる・・・

「!」

次の瞬間、レンガが落下・・・アスファルトにぶつかり、粉々に砕けた。
砕けたレンガが、蘭の頬をかすめ、足に当たる。
とっさに目はかばったものの、その頬には血が滲んでいた。

「痛・・・」
「大丈夫か!?」新一は慌てて蘭の無事を確認すると、レンガが落ちてきた方を見た。

6階建てのビルの屋上に、小さな人影が見えた。

「くそ・・・!!」人影を追おうとした新一だったが、蘭を置いては行けない。

一瞬躊躇している間に、人影は消えてしまった。


蘭の頬を水で濡らしたハンカチで拭う・・・。水で薄くなった血は、黄色が混じったような・・・独特な色になって、広がっていく。

「・・・痛いか?」「ん、びっくりしただけ・・・。大丈夫だよ。」

とはいえ、まともに当たっていたら無事で済むわけはなかった。

小五郎に守ると宣言した矢先だ。余計に悔しさが込み上げてくる。

ふと、蘭の額の青あざに気付いた。

「なんかで冷やさなきゃな・・・あ!そうだ・・・」
新一は、蘭を座らせるとすぐ側の自動販売機でジュースを一本買ってきた。
「?・・・わたし、別に喉渇いてないよ?」
「こう使うんだよ」
新一は、ジュースにハンカチを薄く巻いて、蘭の額に当てた。
「つめた・・・」
じっとしてろと言われて、蘭は伸ばしかけた手を下ろし、新一にまかせた。

「なあ、蘭・・・、お前狙われるような心当たりないか・・・?」新一がためらいながら重い口を開いた。

「狙われる心当たり?」
蘭が聞き返す。

「ああ、多分、昨日の内だと思うんだが・・・。」

この姿の蘭を狙ったとしか思えないような事故が昨日今日と2つも重なっている。考えすぎであって欲しいのだが・・・。

「新一とずっと一緒だったじゃない」と言いながら、蘭は昨日の出来事を一生懸命反芻している。

「・・・あ!あの時・・・ほんの少しだったけど、新一と離れたわね・・・そういえば・・・。」

「いつ!?」
新一が身を乗り出す。

「トイレに行った時・・・と、それから・・・この公園で事件があって、新一が走って行っちゃった時。・・・トイレでは二十代後半位のお姉さんと少し話したし、ここでは男の人にぶつかっちゃったの。」

「トイレ?どこの!?」

「ファミレス・・・。・・・新一の事、知ってるみたいで、あの男の子、高校生探偵の工藤新一じゃないかって聞かれたの。」

そういえば、こっちを興味深く見ているOLっぽい二人の女性がいたのを新一も覚えている。

「すごいファンだって言ってたよ?・・・がんばってくださいって言ってた。」

「じゃ、なんでその時言わねーんだよ?」

新一はそのファンに対して言ったのであるが、蘭は自分に対してだと受け取ったらしい、プク〜っと膨れている。

「・・・よかったわね〜新一、お姉様方にもてもてで!」
「・・・は?」

OLが怪しいかもしれないと疑っていた新一は蘭の言葉の裏の嫉妬を見抜けなかったのである。

「ん、もう!知らない!」
突然怒って歩き出した蘭を慌てて新一が追いかけていく。

チッ・・・

その光景を茂み越しに見ていた男は、いまいましそうに舌打ちをしてその場を離れていった。

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