小さな花






四角く切り取られた青空を見上げて、今日何度目かの溜息を吐く。
初めて見る藍だった。

何かを思い悩んでいるのだとしても、決して表には出さない様に努めてきた子だから。それだけで十分、藍の中で何かが起こっている事は伝わってきた。

やれやれ、やっと微笑ってくれる様になってきたのに、と溜息が出た。ああ、いけね、伝染してんなー、と心のうちで呟きながら、ソファに置いてあったクッションを手に取った。藍に、と最近知り合いから貰ったそれは、クマの顔の形をしたバカがつくくらいにデカいクッションで・・・。まあ、藍くらいの年齢の女の子が貰えば喜ぶんだろう、といった物だった。

だから、正直、藍は相手から嬉しそうに受け取る事は受け取るだろう、と思ったのだ。
内心では別に欲しくないと思っていても・・・。

あ、と小さく驚いた後、相手を見上げた藍の表情は、とても演技しているとは思えないもので。
「ありがとう」と向けられた笑顔に、「あんな笑顔を見せてもらえるんなら、何だってしてあげたくなっちゃうよ」と彼は笑っていた。


変わった・・・と思う。

オレの血だけじゃなく、コイツは青子の血もちゃんと受け継いでくれている。そんな当たり前の事に、今更ながら安心した。

「藍・・・」
躊躇いがちに掛けた声に、フローリングの床に座り込んでいた藍がオレを見上げた。
「お父さん・・・」
「・・・隣、良いか?」
どうぞ、と促されて、クマ公を抱え込む様に座り込む。顎を預けるのに丁度良いそれは、オレの重みが加わった事でぺしょんと俯き加減になった。

「・・・どうかしたのか?元気ねーみてーだけど・・・」
その言葉にオレを凝視した後、藍は「らしくないって言われるかと思った」と、ほんの少しだけ笑った。
「らしくねーってワケでも無いもんな。・・・おめーはいつも人に気を使ってそういうの見せねーだけで・・・内心今の状態とさほど変わらなかったからな・・・」
ギクリと表情を硬くしたものの、藍は視線を逸らそうとはしなかった。・・・少し前までの藍なら、ソツなく演技して見せただろう。もっとも、オレだって少し前までの藍になら、こんな事を言えば追い詰めるだけだと何も言わずにやり過ごしてしまっていたが。

「・・・人に気を使うってのは悪い事じゃねーよ。」
「・・・・・・そう?でも、私と居ると疲れない?」
「は?誰かがそう言ったのか?」
「言われたんじゃなくて・・・その人が、他の人と話してるのを見てそう思ったの・・・」
なあんだ、そんな事かと笑うと、藍は少しむっとしてオレを見上げた。ああ、そんな表情も初めてだよな、とその頭に手を置いた。
「彼は言わないだけで、そう思ってる・・・」
「そうか?本人に聞いてみたのか?」
「思ってても言わないわよ、そういう事を言える人じゃないもの。」
「藍は?」
「え?」
「藍は、そいつと一緒に居て楽しいか?」

言われて、はっとした表情。そこから視線は少しずつ下がって行って・・・ついには床に。
おや、と思った所で、少し震えた声で藍が呟いた。

「分からない・・・の・・・・。時々、すごく苦しくなる・・・」
「じゃあ、会わなきゃ良いんじゃねーの・・・?」
オレの言葉に慌てて上げられた表情は、深い所を抉ってしまったかの様で・・・。相手を特定するには十分すぎた。

は・・・工藤君・・・ね。

「・・・・・・あ・・・ったかい・・・の・・・・・・居心地が良くて、良すぎて、苦しくなる・・・」
「居心地が良いのに苦しい?」
「もっと近くに行きたくなるの、でも・・・」
「ソイツが寄せ付けねーの?」
「・・・・・・・・・ううん・・・」
「オメ―が傍に寄れねーのか・・・」
しゅん、とまた視線が沈んでいく。そんな藍の脇に手をやって、その身体を左膝の上に置いた。正確には、オレが抱えていたクマ公のクッションの上に藍が座る形で。

「遠慮してんだな・・・」
「遠慮?」
「そう。オメ―のは、気を使いすぎて遠慮になってるんだ。」
違うの?と見上げた藍に、ぽつ、ぽつと言葉を落とす。
「この場合、クッションがオレにとっての気遣いかな。・・・ホントは膝の上に直に抱っこしたいけど、藍くらいになるとそろそろ親父とべったりくっつくのを嫌がるだろうしな・・・ってな。」
「・・・そんなの要らないわ・・・って言ったら、子どもっぽいって笑う?」
「笑わねーよ?オメーはもっと子どもで良いと思うくらいだし。」
じゃあ、とクッションを、自由の利く右足で蹴りながら追いやった。すとん、と降りてきた藍が、少し照れ臭そうにオレを見上げた。
「どっちが良かった?」
「・・・・・・」
「やっぱ、クッション要るか?」
「・・・・・・要らない・・・」
二人とも、どこか気恥ずかしくてもぞもぞと落ち着かない気分が続いた後、遠慮がちに藍がオレの胸に重みを預けた。
「・・・お父さんの心臓の音が聞こえる・・・」
くすくすと笑うその理由はオレにも伝わった。そりゃそうだ、KIDとして危ない目に遭った時以上に心拍数が跳ね上がってんだから。
「・・・・・・クッション、無くて良いよ・・・・・・お父さんが嫌じゃなければ・・・」
向けられた笑顔は無垢で、柔らかで。ああ、こんな所はやっぱり青子に似てきたな、と改めて思う。

「ソイツにもさ、藍は知らず知らずの内にクッション敷いて向き合っちまってんだよ・・・。別に、それは悪い事じゃない。人間なんて、貴方と私は違う人です、って事を認識してやっと向き合える様になるモンだしな。でも、相手にとって必要の無い気遣いなら、取っ払っちまっても良いんじゃねーの?」
瞬き一つせずにオレの顔を見つめながら、藍は無表情に近い驚きの入り混じった顔で呟いた。
「・・・・・・お父さん、笑ってる・・・」
それは、ぽつ、でもなく、ぽろっとでもなく、そう、ほつ、といった感じで。あまりに当たり前の事だから、オレが藍の事を茶化していると取ったのかと思って、「バカになんてしてねーって」と否定すると、大きく見開いたままの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「だ、だからバカになんてしてねーって!」
うろたえながら、傍にあったティッシュを引き寄せて、わさわさと引っ張り出す。あまりに慌てた所為で何枚かは途中で千切れた上に、その辺に散らばった。
しきりに「違うの」と繰り返す・・・そんな藍の頬を、手にしたティッシュの固まりでわさわさと拭き取る。コイツが泣いたのを見るのは、赤ん坊の時以来だ。焦るオレの手に藍の幼い手が掛かった。

「ああ・・・悪い、苦しかったか?」
白い切れ端の中から顔を出した藍の目には、まだ涙が溜まったままで。
「・・・嬉しかったの」
極上の笑顔を向けながら、藍がぎゅうっとしがみついてきた。

ああ、まだ当分先の事だけど、藍を嫁になんて日には、一人日本酒か何か片手に今日のこの日を思い出してしんみりするんだろうなー、と思った時だった。

「ああ、また泣き虫だって言われちゃう。」と藍がすとんと浮かしていた腰を下ろした。
「へ?泣き虫?誰が?」
「その友達に・・・」
「・・・って、オメ―・・・ソイツの前ではよく泣いてるのか・・・?」
「え?あ、・・・・・・・・・・・うん」
少し照れ臭そうに、そう言って微笑んだ藍に、かなりムッときた。これはかなりソイツに気を許してるなと嫌でも分かる位の笑顔に、誰も今のオレを責められないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・我慢しなくて良いんだよ、って慰めてくれるの。」
そう言ってほこっと笑う。ああ、悪い、藍、それは今のオレには逆効果なんだ、火に油なんだ、と笑顔がひきつるのが自分でも分かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お父さん?」
不思議そうに覗き込む藍に、
「良いか、ソイツの所為で泣かされる様な事があったらだなー」
「あ・・・・・・」
「すぐに!良いかー、すぐにだぞ、友達づきあいを辞めるんだぞ?父さん、藍がそんな奴にたぶらかされるのは絶対に絶対に許さないからなー?」
さっきの藍の何かを見つけた様な言葉の裏側に気がついたのは、「へえ・・・」と地を這う様な低い声が耳に届いた時点だった。悪寒を感じながら振り向くと、仁王立ちの青子が静かな怒りを煮えたぎらせて、見下ろす様に睨みつけていた。

「あ・・・」
「・・・藍に友達が出来たのを快斗は素直に喜んであげられないの・・・?」
「いや、そういう意味じゃなく・・・」
「じゃあどういう意味なのよー!?」

これは、久々に、と覚悟を決めた所で水を差したのは、藍のくすくすという笑い声だった。

「・・・藍?」
流石の青子も戸惑ったらしく、二人ともそのままの姿勢で止まってしまった。

「・・・あ、あのね・・・」
クマのクッションをぎゅっと抱えて、半分顔を隠す様にして。
「・・・・・・・・・お父さんと、お母さんが・・・・・・・・・私のお父さんとお母さんで・・・」

語尾のその呟きは、聞き取れるか聞き取れないかの微かなものだったけれど・・・それがアイツの影響だとしたら更に癪に障るけれど・・・藍が前に進める様に彼の力が必要だと言うのなら、もう少し見守ってやろうかと思うには十分だった。

いつか、芽生えたばかりの小さな花が咲く、その時まで。






あとがき
ま、まとまりが悪いんですが、快ちゃん視点で再び^^;;;
何だか、藍ちゃんシリーズ?の更に分化して「おとうさんといっしょ」シリーズみたいになってますね(大笑)この後はしばらく快斗パパの出番は無さそうですが。(別のところで出演交渉中(笑))

ええと、よく「KAITO」と「コナン#」の世界は繋がっているのかどうか、という質問を頂くのですが・・・^^;
繋がっているか完全な別世界なのかは伏せさせていただいてます。その辺はくぬぎの中でははっきり白黒ついているのですが、今の所はご想像にお任せしますという事で・・・。


くぬぎは、価値観というものは、その人がこれまで生まれ、育ってきた環境に左右されるもので、全く同じ価値観の人なんて居ないと思ってます。「似た」価値観の人も居ますけれど。
「自分」と「人」とが違う人間で、違う価値観を持っているという事を認識するのはそれほど難しい事ではないと思うのですが、大人でも案外それが出来ていない人は居るんですよね(−−;)

藍嬢とJrとは、押し付けあう形でもなく、お互いに良いと思える所を影響しあい、分かち合っていける、良い関係を保って行って欲しいものです、ええvvv