コーヒーとカフェオレ






あ、と思った。
しまった、と。

時々、お父さんの為に朝刊を取りに門まで出ると、会うのだ。お隣の住人に。
明るい栗色の髪をした隣のお姉さんを嫌っているワケじゃないけれど。お姉さんが僕を見る度に。僕が声を掛ける度に。ほんの一瞬だけ寄る、小さな眉間の皺に、僕だって気付いてないワケじゃない。
お姉さんが嫌そうだから、なるべく顔を合わせない様にしているくらいで。会えば挨拶だってちゃんとしてる。お母さんが、挨拶は大切よ、っていつも言ってるし。

「おはようございます・・・」
「・・・おはよう・・・」
ぎこちなく交わされた挨拶の後、いつもならすぐに退散するのだけれど。同じ様に新聞を取りに来たお姉さんが、ふ、と記事を見ながら笑ったのを見てしまったから。足が勝手に止まって。
ああ、そうか、初めて会った時の藍ちゃんの笑い方に似てるんだ、とそんな事を考えていたら、視線がぶつかってしまった。

「・・・何?」
不思議そうなその表情は、怒っている様子でもなく、嫌がっている様子でもなく・・・。今までに見たどんな表情とも違っていた。きょとんとする、って事がこのお姉さんにもあったんだ、と新しい発見にちょっとだけびっくりした。けど、そんな事を言ったらきっと気を悪くされるだろうから、と表面上は平静を装う事にする。
「いえ、別に・・・」

「そう・・・」
「何か良い事でもあったんですか?」
ほんの少しだけ、おそるおそる近づく様な感覚で掛けた言葉に、お姉さんは、ふっと小さく溜息を吐いた。
「・・・寄ってく?」
「え?」
「博士が買ってきてくれたお菓子があるの。」
良かったらだけど、と付け加えて。お姉さんはそのまま僕の言葉を待つ。

ずっと嫌われてるんだと思ってたのに。

お姉さんの考えている事が読めない。

「無理なら良いのよ」
そのお姉さんの言葉に突き動かされて。反動で何も考えずに「行きます」と言葉が飛び出した。

歩美おねーちゃんが、このお姉さんとは仲良しで。しょっちゅう遊びに来ている事も知ってるし、きっと、悪い人じゃないと思ってはいたから。正直な所、興味はあったのだ。

もし、嫌われてるとか、そういう事じゃないんだったら。

これまで遠慮していた分好奇心も、ざわざわと動き出してくる。

博士の家には、何度も遊びに行ってる。けど、このお姉さんは、地下室で何か熱心に、けんきゅーしてる、とかで。ずっとお互いにテリトリーには踏み込まずにいたから。どんな事を話して良いのかも分からない。
通されたのは、いつもの居間だった。真っ白い光に照らされて、部屋中が明るい。僕ん家とは大違いだ、と思う。
「飲み物・・・何にする?」
「あ、えっと・・・」
「・・・いつものでいい?」
「え?」

思わず聞き返した僕に、お姉さんは手元に視線を落としながら、カフェオレ、と小さく呟いた。

どうして知ってるの、と聞きかけて、それはあまりにも間抜けな質問だろうと止めにした。
だって、この家にはジュースは普段置いてないから。僕やお父さんが遊びに来るのはいつも突然だから、そういう事も知っていた。博士の健康を気遣って、お姉さんがなるべく置いておかないようにしているんだ、とそう聞いてるし。それに・・・博士から聞いてたのかもしれない。

はい、と答えると、お姉さんがコーヒーメーカーに手を伸ばした。

「普通に話してくれればいいわよ」

普通、という言葉に思わず「普通?」と、そのまま聞き返してしまった。

歩美おねーちゃんの話だと、このお姉さんはすごく色んな事を知ってて。お父さんに、そうなの?と尋ねたら、畑こそ違えど、博士の同類だよな、と笑っていたから。いろんな、僕の知らない世界の話を聞けると思って、高尚な話題に臨もうと思ってたのに。・・・これじゃ、子ども扱いされるかな、と。そう思った。

「そう。普通。・・・貴方、仲の良い友達には普通に話してるでしょ・・・」
ぎくっとした。・・・お父さんやお母さんや・・・藍ちゃんにはびっくりさせちゃいけないからって、してないけど。仲良しの男の子達と遊んでいる時だけ、乱暴な言葉づかいしてるから。

この間、うっかり学校の先生に見つかって、工藤君が、と思いっきり眉間に皺を寄せられて、「あなたまでそんな言葉づかいしてはいけません」って注意された。けど・・・。周りの男の子達は普通にそう喋ってるし。その方が楽しそうだと思ったから、こっそり続けてた。

でも、いつもの喋り方だって・・・。お父さんやお祖父ちゃんの集めた本とか・・・で覚えたんだって言われてる喋り方だって、別に苦痛なんかじゃない。
そういう事をお姉さんに説明すると、フィルタを折りながら、そう、と言っただけだった。

「お姉さんは乱暴な言葉の方が好きなの・・・?」
「・・・別に・・・」
フィルタをメーカーにセットして、その口を広げながらお姉さんは「そういう事じゃないわ」と話し続けた。

「・・・相手の好みに合わせて話し方を変えてるのかしら、って思ったから。」

コーヒー豆がささっと落ちる音と一緒に、ふわっと香った。

「もしそうなら、貴方は貴方本来の姿であるべきだと思うわ。貴方には、自分を偽る必要も無いのだから。」
「・・・そんなに深く考えてないよ?」
「そう。」
「相手に好かれたい、とかじゃなくて。その人とはどんな言葉で話せば一番分かりやすいかな、ってそれだけだから」

お姉さんは手元から視線をゆっくりと僕に移した。

「話してみないとわかんない事っていっぱいあると思うんだ。」

こぽこぽと注がれ始めた熱湯が染みて。ゆっくりと部屋いっぱいにコーヒーの香りが満たされていく。
「貴方なら、他の国の言葉も覚えてしまいそうね・・・」
「楽しそうでしょ」
にこにこと笑うと。お姉さんは一瞬戸惑って・・・けど、ちゃんと笑顔で返してくれた。

「・・・嫌われてると思ってたわ・・・」
「え?」
「いつも・・・逃げる様に居なくなるから・・・」
「・・・僕が?」

返事の代わりに、お姉さんがにこっと笑う。

「・・・僕の方こそ、ずーっと嫌われてるんだって思ってた。」
「え?」
「僕が来ると、お姉さん絶対姿見せないんだもん。」
「・・・・・・貴方が嫌がるかと思って・・・・・・」

いち、に、さん。数える様に同じタイミングで二人とも吹きだした。コーヒーメーカーがごぼごぼと咳き込むまで、それは続いて。

「貴方の言う通り、話してみないと分からない事ってあるのね。」と、お姉さんがカフェオレで満たされたカップを手にしてそう言った。

「ありがとう」と言いながら、カップを受け取ると、その熱で指先がじんわりとした。

「あのさ、お姉さん・・・」
「灰原で良いわよ」
そう、と思って口にしてみたけど。でも年上の人にいくらなんでも呼捨てはしっくりこなくて。さん、と口の中をもごもごさせながら付け足した。

「・・・慣れるまで、ごめんね」
「バカね、謝る事なんて無いわよ。・・・貴方の一番楽な話し方で良いわ。」
ああ、でも謝らなくちゃいけないのは私の方ね、と・・・灰原、さん、は声をあげて笑った。

「貴方の事、お父さんに重ねてたのね・・・」
「え?お父さん?」
「そう。工藤君とは色々あってね・・・」
「・・・もしかして、お父さんは灰原さんにそういう言葉づかいで話してたの?」
「まあね・・・。でも、大人や推理の場面になるとコロッと使う言葉が変わる事が多かったかしら・・・」
「・・・ふうん・・・」
今とあんまり変わんないや、と思いながら、カフェオレを一口飲んだ。
「・・・だから、貴方が丁寧な言葉を使うのを見て、無理してるんじゃないかしらって・・・そう思ったの。違ったのね、ごめんなさい。」
「・・・・・・灰原さんは、僕にどっちの喋り方で話して欲しいの?」
「私に無理に合わせなくて良いわ。貴方は貴方なんだから。」
ただ、貴方が今すぐには呼捨てに出来ない様に、私も少しだけ敬語の貴方には違和感があるかしら、と笑った。

「でも・・・こんな違和感なんてすぐに消えるわ、きっと。」

「うん、きっと。」

「また・・・お茶に誘っても良いかしら。」


朝刊を取りに来て顔を合わせれば、催されるお茶会。あらかじめ取り交わされる様な約束はどこにもない、不思議なつながり。


新聞を待ちわびた新一が、このお茶会に気付く事になるのは、まだ先の話。






あとがき

哀ちゃん、#ではまだ出してなかったんですよね。「逆」では冒頭ちらっと触れてたかなと思いますけど。あれはあれで良いかなと。

ちなみに、哀ちゃんの描写が曖昧なままなのは、くぬぎが哀ちゃんが最終的にどうなるのかを掴みかねているからなのですが。出来れば・・・哀ちゃんには、そのまま小学1年生を続けて欲しいなあ、と思います。コナン君が居なくなった探偵団が、落ち込まないわけありませんし、それに、誰よりも哀ちゃん自身の為に。安心出来る環境の中で、もう一度・・・今度は幸せに生きて欲しいな、と。

哀ちゃんはそのまま高校生になって。帝丹高校辺りかな?に通って。歩美ちゃんとも相変わらずで居て欲しいなー・・・。

#はくぬぎの願望世界まっしぐらーなので、・・・このくらいなら大丈夫かなー、という恐る恐るなご登場(笑)藍嬢が出てる辺りでもう諦め・・・ごほごほ・・・・・・踏ん切り・・・がつきました・・・。

そしてそんな哀ちゃんと、我が家の良い子ちゃんなJrとを遭遇させたらどうなるんだろうかと思ったのがきっかけです。・・・新一にーちゃんに対してのその関係とは全く異なりますが、結構ウマが合いそうです。二人とも。

ちなみに、哀ちゃんもコナン君も。お互いの領域に踏み込まない様に気をつけていながらも、お互いすごーく気にかけてるんじゃないかなと思います。
なので、哀ちゃんはコナン君がいつもカフェオレを頼んでいる事も、言葉づかいの事も知っていて。コナン君はコナン君で、哀ちゃんとこに歩美ちゃんが足繁く通っている事なんかも知っていた、と。

代が変わって同じ世界・・・となると、哀ちゃんの位置付けはポスト阿笠博士・・・?
い、いーなーJr・・・四方八方思いっきり美女に囲まれてる・・・(笑)