ひとつ
小さな小さな光が集い
柔らかな光を投げかける
部屋を明るく照らすには、もっともっとと言いながら―・・・
ここの所降り続いた雪で。外に出る事は敵わなかったから、明るい日差しが顔を覗かせた途端、あっという間に公園は子ども達で賑わった。
朝までは、多分銀色に染め上げられ、美しく光り輝いていたであろう世界も、今は子どもの足跡でいっぱいだ。気温が低い所為で、今の所、溶ける様子も無い雪は、それでも僅かばかりの陽の光に、木の枝から落ちて。その下で遊ぶ子ども達と戯れている。
そっと広場の中の様子を伺い、その中にコナンの姿を見つけると、藍は嬉しそうに溜息を吐いた。
雪の所為で伸ばし伸ばしになっていた、新作の手品・・・
それを披露する事を考えながら歩いてきたから、膝までの雪道も、つるつる滑る凍った路面も気にならなかった。
きっと、真っ白な雪に色とりどりのハンカチが映えて綺麗だろう、と、懐に手をやる・・・
指先に触れるのは、上着の布地ばかりで他には何も無かった。
ふと朝の光景をなぞる・・・。
ああ・・・あそこで・・・・・・そうだ、思ったより寒かったから、上着を着替えたんだ・・・。
慌てていたから、ポケットの中身を移すのを忘れてしまっていたのだ・・・
「・・・バカね・・・」
思わず出た溜息に、身体も気持ちも随分重くなったかの様に感じた。
広場の中の様子を探るー・・・
・・・取りに戻って・・・帰ってきても、彼らはまだここで遊んでいるだろうか・・・
軽装の子も多いし。・・・いない、かもしれない・・・
けれど
でも・・・
しばらく立ち止まっていた所為だろうか、急に風が冷たくなった気がした。
ここでこうしてても仕方ないわよね・・・
意を決して、ずぼっと足を引っこ抜いて。ずぼ、ずぼっと広場に背を向けた。
急いで戻れば、誰か残っているかもしれない。
そう思いながら。
背を向けて再び雪に足をとられながら、歩き始める。
踏みしめる雪の音が、その度に優しく抱きとめられ。無に返る。
大丈夫、きっと間に合うー・・・
そう自分に言い聞かせながら、歩き始める。踏みつける雪の音の一定のリズムが綺麗だと、そう思った。
公園の中はこんなだけれど。車道に出てしまえばタイヤの跡を歩ける。少し危ないけれど・・・幾分歩きやすいはずだ。所々、難所とも呼べる所はあったけれど。一度乗り越えてきた所だ。何とでもなるだろう。
一生懸命な気持ちとは裏腹に、何故か無性に泣きたくなった・・・
この寂しい気持ちは一体どこから出てきたのだろう
「藍ちゃん?」
「え?」
「・・・どうしたの?」
呼び止められて思わず振り返れば。そこにはいつも通りの屈託の無いコナンの笑顔があった。
「入って、来ない・・・で、帰っちゃうから、さ、どうしたのかなと思って」
不自然に途切れる言葉。息が切れている。藍の姿を見つけて慌てて追いかけてきたのだろう。
「・・・ちょっと、忘れ物したから取りに戻る所なの」
立ち止まった藍に、コナンがずぼずぼと歩み寄る。膝まで積もった雪で随分歩きづらそうだ。藍の家の方向からやってくる子どもは他に居ない・・・。そんな所から来ているのはお前一人だと言わんばかりに、その雪はまだ美しい表情を留めている。
「僕、も、一緒、に、行く、よ」
コナンの言葉が、一歩一歩踏みしめる足にシンクロする。
「いいわ、私一人で」
「女の子、一人で、行かせる、ワケに、いかない、でしょ。・・・何忘れたの?」
やっとコナンが追いついて、藍の顔を真正面から捉えて問い掛けた。
どうしよう・・・
驚かせたいから、新作の手品を練習していたのは内緒にしていたのだけれど・・・
「大切なものなんでしょ?」
・・・大切?
・・・・・・・・・そうね、私の価値だもの。
どうして寂しかったのか、ほんの少し分かった。
価値を失った人間なんて無価値だ。無力になってしまった不安が、一人で居る状況を不安にさせたのだろう・・・
「ね?」
にっこり笑うコナンに、嘘は吐けなかった。この場しのぎの嘘を吐いた所で、この小さな名探偵は見抜くに違いない。
それなら素直に言ってしまう方が気も楽だ。
「・・・手品の道具・・・」
「手品?」
「新作なの・・・」
へえ、とコナンが感嘆の声をあげた。
「だから、工藤君はこのままここに居て?私一人で取ってくるから」
にっこり笑って小さく手を振って・・・そのまま行こうとした藍を、コナンが再び呼び止めた。
「ねえ、藍ちゃん、それってどうしても今日じゃなくちゃ駄目なの?」
「えっ?」
「どうしても今日やらないと駄目?雪を使った手品とか?」
真剣なコナンに、少し戸惑いながら・・・そういうわけでもないけど、と藍が口ごもった。
「じゃあ、また今度にして、皆の所まで戻ろう?折角ここまで来たんだし・・・こんなにたくさん雪が降るなんて珍しいしさ」
「でも・・・」
ほんの少し、躊躇って。藍がそれを小さく口にした。
「皆ががっかりするもの・・・」
思いがけない返答に、コナンがきょとんと目を丸くした。
「・・・私、手品以外に何の取り柄も無いでしょう?・・・・・・だから皆がっかりしちゃうわ・・・」
工藤君と出会って、人間が相当変わった、と藍自身もそう思った。
あんなに溶け込めなかった手品の世界も、皆の笑顔に応えたい一心で、そのレパートリーは随分増えた、とそう思う。
自分を変えてくれた人たちに、自分の出来る事をしたい。幸せな気持ちに、ちょっとでも・・・
そう思う自分は、数ヶ月前までの自分は想像もしなかっただろう。
「だから・・・」
寂しい思いと優しい思いが同居しているのを自分でも感じていた。
「・・・本気でそう思ってるの?」
コナンは藍とは対照的に・・・あからさまに不機嫌な表情で、藍を睨みつけていた。
「藍ちゃんって結構泣き虫だけど、泣き虫が藍ちゃんの全部じゃないでしょ?・・・手品もそれと同じだよ。藍ちゃんの全部じゃない。藍ちゃんのひとつなんだよ」
上手く言えないけど、とコナンが言葉を一旦切った。
「・・・僕が藍ちゃんの手品を楽しみにしてる一番の理由は、藍ちゃんがホントに楽しそうにしてるからなんだよ?・・・手品が出来なくても、藍ちゃんは藍ちゃんだからね?」
まだコナンが怒っているのかどうか・・・は藍には分からなかった。既に視界はぼやけていたし、頭の中ではコナンの言葉が重い鐘の音の様に鳴り響いていたから。
自分が、何故泣いているのかも分からなかった。
言葉がゆっくりと染み込んで・・・涙になっていくのかもしれない・・・とうっすらとした意識でそう思う。
それはさながら、山に積もった雪が、長い年月をかけて泉として湧き出ずるかの様に。
手袋をしたままでは拭えないから。片手だけ外して涙を拭う。・・・寒さの為か、少しぎこちなく・・・拭いきれなかった涙をごしごしとこすりつけた。
「藍ちゃんてホント、よく迷子になるよね」
コナンがくすくすと笑いながら呟いたその言葉は、文字通りの意味ではない、と藍にもすぐ分かった。
「悪かったわね・・・方向音痴で」
気恥ずかしかったのだろうか。その少し拗ねた様な返事にコナンが、にっと笑った・・・。
「・・・藍ちゃんが迷子になったら、ちゃんと見つけてあげるから。」
「置いてっちゃうよ?」と意地悪そうな微笑を見せると、コナンは公園に向かって歩き始めた。そして、藍もコナンに続いた。
ずぼずぼと鳴る足音は、さっきまでとはうって変わって、リズムなんてばらばらだ。
それは間違っても「綺麗」なんて形容は出来ない。
でも、あったかい音。
・・・そんな気がした。
あとがき。
実生活でのお話ですが、よく、くぬぎと自分を比べるお友達が居ます。くぬぎは彼女から見たら、特技もあれば趣味もたくさんあって、・・・自分とは正反対だと言うのです。でもって、自分はそういうのが全然無い、価値が無いんだ、と。・・・「くぬぎの趣味なんてあくまでも趣味の範疇なのに、何でそこまで自分を卑下するのか」と言えば、「自分はそこまで一生懸命何かを好きになれない。なった事がない」と言うんですね。・・・そう言う彼女が、くぬぎの藍ちゃん像にちょっとダブったわけです。
特技や趣味や興味・・・それも価値のひとつかもしれない。でも、ひとつでしょ?それで全部じゃないよ。
それに、それは自分と他の人を比べて見出すものじゃない。
誰かと自分を比べる事に価値を見出さないで・・・
もしそこで『自分の方が価値がある』と思ってしまうのなら、その誰かを傷つけて、知らず知らずの内に見下していく事になる。『相手の方が価値がある』と思ってしまうのなら、自分を傷つけ貶める。
誰だってたったひとりだよ。たとえ自分が二人いても、経験の積み重ねが人を育てる。それぞれがたった一人の人になる。
いつもそう言うくぬぎの言葉は、まだ彼女には届いていない様ですが・・・いつか上手く伝えられるといいなあ・・・と。そう思ってます。