『君が愛されている証。』


きょとんとしたままの彼の視線が、工藤くんの持っているお盆の上に注がれて

「・・・何?」と聞かれて反射的に「あ、いや・・・」と答え・・・。
お父さんの視線を辿ってお盆の上のカップを見ているのだと、工藤くんは誤解したらしい。

「・・・父さんも欲しいの?淹れてきてあげるから待ってて」


そう言い置いて、返事も聞かずに再び部屋の外に飛び出ると、工藤くんが廊下を駆け抜ける音が遠のいていった。


工藤くんのそんな様子を、彼のお父さんもやっぱり、仕方ないなといった感じで微笑んでいた。


やっぱり・・・

思っていた通り、彼は・・・彼を取り囲む環境は、温かな光に満ちている。


羨ましいなと思う、でも・・・私のお父さんはたった一人だ

当たり前の答えに自嘲した。


窓から差し込む光に照らされたその容姿は、近くでも見まごう程にお父さんに似ていて・・・

ここが工藤くんの家でなければ、錯覚して・・・いや、今もしてしまいそうだった。


「工藤くんの名前をつけたの、お父さんなんですよね・・・?」
「え?あ・・・コナンから聞いたの?」
「ええ、私も父につけてもらったのよって話した事があって」
「はは、家の場合、結局は二人で決めた様なものなんだけどね」
気さくに笑う目の前の男の人は、私が想像していた工藤くんのお父さんとは違っていた・・・。

「どうしてコナンなんですか?」
思い切って聞いてみた。

・・・工藤くんの名前がコナンになった由来というのは、正直言って興味があったから。




彼は「・・・昔ね」と思い出をなぞる様に窓の外を見て・・・奥さんを側で支えてくれていた人の名前からもらったのだと、そう教えてくれた。

その「コナン」という人と彼は・・・一体どんな関係だったのか分からないけれど。・・・彼の表情からして、彼にとっても大切な人だったのだとそう読み取れた。


「・・・工藤くんは愛されてるんですね・・・」

それは賛辞のつもりだったけれど・・・彼は一瞬きょとんとして真顔で私を見つめた。


「・・・そう言う君は?」

「・・・・・・」


・・・軽く、私もですと嘘を吐こうとしたけれど・・・一瞬頭の中を、お父さんのあの全てを拒絶するかの様な表情が過って・・・不自然に言葉が途切れた・・・。


不思議そうに工藤君のお父さんが覗き込んでいる


何か言わなくちゃ

・・・何か・・・・・・何か・・・


深い海を思わせる青い目に、嘘が見透かされるのが怖くて・・・思わず目を逸らした。

「私の名前は・・・私に一番似合ってます・・・」
「藍ちゃん・・・藍色の藍、か。うん、綺麗だと思うよ」
「いえ、そういう意味じゃなくて・・・」

思わぬ方向にとられた所為で、咄嗟にしてしまった反論が・・・きっかけとなって・・・


自分の中の堤防が壊れたのを感じた・・・。


「沈んで・・・暗くて・・・・・・・淀んでて・・・・・・・・・・子どもらしくなくて、・・・夜の海や、真っ暗な空みたいに・・・・・・・・・・」

ぽつりぽつりと呟く言葉が

ひとつひとつ突き刺さり、重りとなって私の身体を深く沈めていく・・・。


「そう?・・・綺麗だと思うけど・・・」

工藤くんのお父さんはそう言ってくれるけれど・・・

・・・それは、私にとってほんの気休めの言葉としか受け取れない・・・


こんなに素直にこんな事まで話せるなんて

きっと、工藤くんのお父さんの、まっすぐな目が・・・お父さんに似ていて、それでいて暖かい所為なのだろう・・・



「・・・青は誰からも好かれる色で・・・嫌いだって言う人は滅多にいないけれど、藍色は違うもの・・・。」
「青・・・あ、君のお母さんは青が名前に入るのか」
返事の代わりにこくんと頷くと、彼の握り拳は彼の顎を離れた。・・・どうやら工藤くんのこの仕草も、やっぱり元々は彼の憧れのお父さんのものだったのだろう。
「・・・あ、なるほどね」

何がですか?と切り返すと、彼は笑った。


「・・・・・・君の名前を付けたのは、君のお父さんだったよね?・・・きっと君のお父さんは照れ屋の・・・古い言い方をすればロマンチストなんだな」


「えっ?」

違う?と聞き返されて。・・・私が小首を傾げると彼は再び私の前に跪いた。



「・・・それから、君は自分の名前の本当の由来を知らない。」
「由来?」

「・・・・・・藍色ってどんな色だか知ってるか?」

「・・・青より数段暗い色」
間髪入れない私の答えに、彼は苦笑してみせた。



「・・・・・・青と黒が混ざり合った色なんだよ」


普通は草木染めの色を指すんだけどね、と彼は微笑んだ。



「君のお父さんが君の名前を藍にしたのはそういう理由だと思うんだ」

「・・・?」



「黒が欠けても、青が欠けても藍色にならない。・・・そういう色。君と、君のお母さんをとても大切に想っていて、君を・・・自分とお母さんを結ぶ大切な絆だと・・・そう想ってる。そういう気持ちからつけたんじゃないかな」



ゆっくりと伸びた彼の大きな手のひらは、私の頭にそっと乗せられて・・・私はその重みを感じながら、ほんの少し心地良いと思った。



「大切に想ってなけりゃ、こんな愛情に満ちた名前を考える筈が無い・・・だろ?」


ふと気がつくと、目から溢れ出たそれが、頬を伝って床に落ちた。


・・・お父さんと同じ顔で、そんなに暖かい目で笑われるとは思ってもみなかったから。


私の事を『大切』だと肯定付けてくれるなんて、思ってもみなかったから。





あまりにも淀みなく流れ出る言葉。

お父さんを知っているの?と口に出した疑問に彼は再び柔らかく微笑んだ。





「・・・・・・君のお父さんに良く似た人を知ってるんだよ。・・・ただそれだけの事」




その微笑にほっとして

ずっと心の中にあった固い物がゆっくりと柔らかくなっていくー・・・


ー・・・私、は・・・


お父さんのあの表情を見てから、ずっとずっと心細かったのだと、それを自分なりに大人になった気で我慢し続けていた子どもに過ぎなかった事をー・・・目の前の暖かい笑顔に教えられて



溶け出したわだかまりが、涙となって溢れているのかもしれない、と感じた。




「・・・工藤くんが・・・」
「ん?」
「・・・・・・・工藤くんが、探偵を目指してるって聞いた時、昔お父さんが探偵は人の粗探しをする批評家に過ぎないって言ってたから、ほんの少しだけど嫌だなって思ったの。・・・違うのね。きっと、マジシャンと一緒で、工藤くんは、お父さんみたいに人の気持ちを柔らかくできる様な探偵になりたいのね」

目をこすりながら笑うと、彼は「え、そう?」と照れてしまって

工藤くんのお父さんは私よりずっと年上なのだから、こういう表現は適切じゃないけれど、かわいい、と思った―・・・



その瞬間


彼の頭上に、派手にボコンと音を立てながら銀色のトレーが落ちてきて。


『自分の子どもの友達である、年端も行かない女の子を泣かせた』という濡れ衣を着せられて、必死になって自分の息子に無罪を主張するといった、遭遇したいと思っても出来ないであろう光景を目の当たりにしていた・・・。


でも・・・そんなに必死になっていながらも、私が泣いた理由や、工藤くんがいない間の話には触れないでいてくれるのは・・・彼の私への思いやりなのだろう・・・。






・・・今度は

・・・・・・工藤くんのお父さんの好きなレモンパイでも持って来よう・・・




・・・それから

・・・・・・・帰りに、お父さんにケーキでも買って帰ろうかな・・・






ほんのちょっとだけ・・・私の中のお父さんも暖かく微笑ってくれた。










あとがき


藍ちゃんの名前の由来は、作中でも述べた通り、「黒羽」と「青子」の色を足して、「あ、藍になるじゃないか」と・・・くぬぎのふとした思い付きの暴走からきています^^

これ、前編の「君が生まれてきた理由。」との間が相当あいてしまいましたので、予想ついてた方は大勢いらっしゃるんでしょうね^^;;;;;;単純で申し訳ないです〜・・・


一応、ラストとしては藍ちゃんの名前の由来を解くのには、と第1案に上がった、新一にーちゃんと藍ちゃんの会話です^^
コナンに解かせようかとも思ったのですが、初代コナン君(新一にーちゃん)に良いパパっぷりを見せていただこーとv(←最近いぢめちゃってるので罪滅ぼしって理由じゃありません^^;いつだってくぬぎは新一にーちゃんの味方ですものvvvv(真実味が・・・^^;;;))

第3案は蘭ちゃんに解いてもらうというものだったのですが・・・どんどん長くなる上に、明後日の方向に飛んでいきまして・・・戻ってきませんでした。

次は・・・今ちょっと手をつけてるものがドロドロでろでろなので、ほのぼのvっとしたのを書きたいなーと・・・思っております(;;)