藍色の空に。(後編)



「・・・手品好きなの?」

突然の女の子の言葉に、コナンは戸惑いながらもうんと頷いた。

「そう・・・私はあんまり好きじゃないけど。」
「どうして?」
「・・・人には事情が色々あるものなのよ。それより、貴方時間ある?」

うん・・・と躊躇いがちに頷くと、女の子はひょいと腰をあげた。何をするつもりなのかと慌てて目で追いかければ、女の子はくるりとコナンに向き直った。

「私・・・藍っていうの。よろしくね?」

差し出されたその握り拳から、ポンと軽く音を立てて花が咲いた。


「あ・・・えっ!?」

あまりにも鮮やかなその腕は、さっき自分がした同じ手品とは思えない程だった。

種も仕掛けも知っているのに・・・


「魔法みたいだ・・・」


思わず感嘆の声をあげたコナンに、藍と名乗る女の子はにこっと微笑んだ。


「・・・同じ手品をするならこうやらなくちゃ・・・」

「うん」

「鏡を相手にもっと練習するのよ。人に見せられる様になるつもりなら、練習不足で種がばれるなんて事あっちゃダメよ。」

「うん、分かった・・・気をつける」

素直に頷くコナンに、藍も警戒を解いた。

そうね・・・

・・・悪意は無いみたいだし・・第一、私と年は変わらないじゃないの


さっきまでピリピリしていた自分を思い出して、ふっと苦笑せざるを得なかった。


「・・・貴方、マジシャンに向いてるかもしれないわね・・・人当たり良さそうだし」

くすっと微笑う藍に、コナンはにこっと微笑み返した。


「ううん、探偵になりたいんだ!」

「え?貴方が?」

「シャーロックホームズは分からないかな・・・あ、そうだ、工藤新一って知ってる?」
「え?ええ・・・テレビとか新聞によく出てくる人でしょ?」

知ってるんだ、と人懐こい笑みを返すコナンに、藍は戸惑った。


「その人ね、僕のお父さんなんだ」


「・・・そうなの?」

問い返されてうんと頷くコナンに、藍は怪訝な表情を返した。

なるほど・・・言われてみればよく似ている・・・。


どうしたの?とコナンに問い返されて、眉間に皺を寄せつつ

「・・・自慢するなら、貴方の実力で自慢した方が良いと思うわ。家族の自慢じゃなくてね」

言われた意味が意外だった所為で一瞬飲み込めず、・・・きょとんとした後、コナンはぷっと吹き出した。

「違うよ!・・・自慢のお父さんだけど、お父さんが有名だから自慢したいんじゃなくて」
「じゃあ何?」

「僕の一番身近に居る目標なんだ。・・・いつか父さんみたいな探偵になる・・・!」

ぐっと握り拳を作りながら熱く語るコナンを・・・驚いた様に見つめると、藍は「ヘンな人ね」と笑った。


「私の父は奇術師なの。」

「えっ!?ホント!?」

「・・・小さい頃から覚えたくなくても身近に手品が転がってたわ。夢の世界には限りなく安っぽい現実が転がってるって事も、物心ついた時にはもう分かってた事だし。・・・手品で夢を見られるのは幸せな人だけだって事もね。・・・だから私は手品が嫌い・・・」


それは藍の持論だった。

藍を喜ばせようと父親のする手品にも、がっかりさせまいと喜んでいるフリをして・・・いつも押さえつけてきた、藍の根底。
幼稚園の行事で先生がする手品も、全て種を知っていて・・・周りの子ども達と同じ様にはしゃぐ気にすらなれなかった。


現実を知っている藍には、そこに夢を見る事すら叶わなかったのだ。

もちろん、父親がそれらの種を教えたわけではなく、藍のそれは自然に身についてしまった、いわば天性のものなのだけれど・・・


「・・・だから、貴方はマジシャンに向いてるかもしれないわね、って言ったの・・・」

「でも藍ちゃん上手だよ?」

「・・・そういうのは練習と経験だと思うわ。ある程度場数を踏めば誰だってこのくらいは出来るわよ」

「あ、それじゃあ藍ちゃん、もっと色々出来る?」

「・・・・・・まあ・・・出来ない事は無いけど・・・他に何も持って歩いてないわよ?」

「いい、僕持って来てるから、これ使える?」


コナンがポケットからいくつも取り出したそれは、シルクマジックの道具だった。それら全ては見慣れた物だと言える程、スタンダードな物ばかりで・・・藍にとっては何でもない代物ばかりである。

「・・・やってみせて?」

「いいけど・・・・・・」


受け取ったそれらを確認しながら左右のポケットに分け、藍はゆっくりと進み出た。公園の街灯の下に立つと、儀式の様に綺麗にぺこりと頭を下げて・・・。


パチパチと、小さな観客からの拍手に答える様に、すうっとあげた手の平から、一度きゅっと握った後赤いシルクのハンカチがふわりと風に舞う。

再びその手にハンカチを持ち、もう片手でぎゅっとハンカチを握る様にして撫で下ろすと、そのハンカチが色づく木の葉の様に、次々に変わっていく・・・。


「うわ・・・あ!」


朝、新一に見せてもらった時もそう思ったのだが・・・いや、それ以上に・・・目の前で風に舞う色とりどりのシルクのハンカチそれ自体が生を持った存在の様に映る。


流れる音楽も何もなく、スポットライトと舞台にしては手品には向かないその環境・・・


マジシャンとしてはたった一人の観客と自分が居るだけといった、とても寂しい舞台・・・



始めた最初は「どうでも良かった」から気にならなかったのだが・・・


握り拳を作りながらぐっと前のめりになって・・・嬉しそうに目を輝かせる小さな観客に・・・いつのまにか、嫌いだった手品も楽しいと感じていた。



種は分かっているだろうから・・・と、連続技を使って意外性を狙ったり、とにかく、出来る限りの事をして



ただ、目の前の観客に夢を見せる。




一通りの演技を終えてお辞儀を終えた藍を待っていたのは、小さな観客と、公園を訪れた通行人の温かい拍手だった。


「・・・すごい!綺麗だった、藍ちゃん!」



信じられなかった

観客が増えていた事ではなくて・・・手品をしていて楽しいと感じた事が、だ。


「いつだったかしら、父に『奇術師って、自分は他の人より夢が見られない分寂しいわね』と言った事があるの」

ぽつんと呟いた言葉にコナンが反応した。

「けど・・・その時父が『藍も観客に恵まれれば分かる様になるよ』って言ったの。・・・その言葉の意味が、ほんの少しだけ理解出来た気がするわ・・・。貴方、最高の観客ね」

「そう?」

「そうよ。・・・音楽も何も無いこんな環境で、しっかり楽しんでくれたでしょ?種も知ってるのに」

藍の言葉に、それは・・・と切り出した。


「音楽が無くても大丈夫なのは、藍ちゃんがそれだけ上手いからだよ。父さんが言ってた・・・音楽を流すのは、自分の気持ちを盛り上げる為と、周りの人の気持ちを盛り上げる為で、ちょっとしたミスなら流してしまえるからだって。大きな『人間消失』とかいった、大勢の人が力を合わせてするマジックだと、その人達の動くタイミングを合わせられるしね。光もそう。・・・舞台の照明や暗幕も、自分の技術を補う為だったり、種を隠す為だったりするんでしょ?」

「一概にそうとは言い切れないけどね」

「天才なんてホントはどこにも居ないと思うけど・・・藍ちゃんは天に愛された才能なのかなあと思ったよ」


「良いマジシャンは良い観客が作る・・・か」


「何?それ・・・」

「おじいちゃんがそう言ってたんだって・・・お父さんから聞いたの。・・・ホントにその通りね」


くすくすと微笑う藍の表情は、どこにでもいる、年相応の女の子だった。


「藍!」


もう薄暗いといった言葉では間に合わない様な、墨を流した様な木々の間の暗闇に、こちらに駆けて来る人影がひとつ。

それが誰なのかは、藍の表情の変化ですぐ分かった。


「・・・お父さん・・・?」
「うん・・・」

・・・それはちょっと拗ねた感じの返事で。
そこに、コナンは本当は嬉しいのだけれど、素直に感情を表に出せないんだという裏側に隠された気持ちを読み取った。「良かったね」と言葉を掛けると、ちょっと照れくさそうに拗ねて・・・「うん」とだけ返事が返ってきて

自分はもうそこに居る必要は無いのだと読み取ると、蘭の心配して待っている様子が頭に浮かんだ。

「じゃあね」

そう言い置いて立ち去りかけた背中に、藍がぱっと振り返った。

「あ・・・ありがとう・・・」


返事は無かったが、ちゃんと届いたのだろう。コナンはちょっと振り返って、大きく手を振った。


「・・・今の誰?」

いつのまにか隣に立っている父親が不思議そうに尋ねると、目線はコナンを追ったままで答えた。

「・・・小さな探偵君」

「は?」


「お父さんにそっくりだったわ」



ちょっとうろたえた父親の表情に、普段通りの微笑みを向ける。


「でも、・・・彼はお父さんみたいにいい加減な約束はしなさそうよ?」



そんな藍の皮肉に、父親は苦笑すると・・・「悪かったよ、仕事が長引いちまってよ」と言い訳を始める。


「高くつくわよ?」
「・・・ちょ、チョコケーキくらいで」
「女性に食べ物を与えて誤魔化すのは良くないと思うわ。」
「・・・どうすればいいっつーんだよ・・・」



藍は「そうね。」と言い置いてから、微笑んで―・・・「私くらいの年の子どもが喜びそうな手品を教えて?」と切り出した。





藍色の空に、優しく―・・・白く輝く星が瞬いた。









あとがき


というわけで、黒羽藍ちゃんの登場でした^^

藍ちゃんのお母さんは出てきませんでしたが・・・^^;

いずれ、藍ちゃんのお話、続編を書くつもりですので、そこで両親とも出しますね^^


くぬぎは彼らの世界が好きですから、「コナン#」のシリーズというか、駄作の数々は、彼ら皆が幸せになってくれたら言う事ないのになあといった、いわば願望による未来世界なんですね・・・^^;



それから

くぬぎが子どもの頃、一番最初になりたかったのは、奇術師なんですね。保育園の頃、先生がやってくれた手品で、「これは魔法のジュースです。これを飲むとかけっこが速くなったり、頭が良くなるんですよ」というジュースが出てくるものがあったのですが、どれだけ一生懸命手をあげつづけても、指名されたのは、その先生のお気に入りの子でした。その子自身は、自分がえこひいきされているのは分かっていて、手をあげてもいないのに・・・といった感じで、済まなさそうに壇上にあがってそのジュースを飲んだわけですが・・・当然、見ていた皆ががっかりしてまして。

その時に、くぬぎは皆がこんな風にがっかりしない魔法使いになろうと思ったわけです。(単純)


作中に藍ちゃんに「奇術師は損だ。他の人と同じ様に夢をみられない」と言わせてますが、あれは、種を知った上で、それを使って誰かを喜ばせたりする前の段階の人のセリフですね^^;
パーティグッズ売り場とかで、手品グッズを売っているコーナーをうろうろしていると、たま〜に聞かれるんですよ、こういうセリフ^^;

その度に「おにーさんおにーさん、違うぞお?手品が楽しいのは完璧にマスターして人に見せて、その笑顔を貰う時さー♪」と言ってやりたくてうずうずしてるんですねえ〜


それに、手品が使える様になったからといっても、この嬉しい気持ちが味わえるのはごく一部の人だけみたいで^^;どうも、好奇心だけで覗いてみたくなる人って多いみたいですね〜・・・勿体無いですよ?覗いた瞬間に夢が消えますよ?^^;

手品が出来るって事を楽しんで出来ない人には味わえない様です^^;ただの特技とするのであれば、ほかの事の方が良いですよ^^