正しい読書の楽しみ方。3
「あれ?」
怪訝な表情で蘭がオレの手元を覗き込んだ。マズイ、とバッとそれを掻き集めて隠したつもりが、遅かった様で。ばっちり見られた後だった。僅かな静寂の中、笑われるんだろうか、それとも宿題が未だに出来上がっていない事で何か言われるんだろうか、と見上げた蘭の表情は、困惑したものでも、嘲笑したものでもなくー・・・目元に僅かに寂しさを湛えた微笑みだった。
「・・・蘭ねーちゃん・・・?」
思わず呼びかけると、蘭は視界の焦点をオレに合わせた。
「コナン君、感想文書くの、苦手なの・・・?」
それは追い詰めるといった響きではなく、ほ、っと一息吐いた様な響きだった。
「あ、ほら、他の宿題は、夏休みに入ってすぐ済ませてたじゃない?」
ああ。今更小学1年生の宿題なんてやってられるかと、出された課題そのものは観察日記なんかの時間の経過が必要な物以外、殆ど初日に終わらせてしまったのだ。
「だから、苦手なのかなあって思ったの・・・」
ああ、苦手だよ。
もともと感想文なんてモノは好き好んで書いてたワケじゃねーし。それに、今は何より、内面の年齢差とのギャップに思い悩む物でもあるから。
―一番の難題だよな・・・。
感想文てのは、良かれ悪しかれ、書いた本人の人生経験も少なからず反映するもので。・・・オレの中身が工藤新一そのままである以上、感想を書くにあたっても『江戸川コナン』の中に、『工藤新一』を匂わせたらマズイのだ。まだ習っていない漢字や、言い回し・・・なんかは何とか補えるけれど。考え方だけは・・・どうにも技術でカバー出来るものじゃないから。
「・・・コナン君って、音楽以外は何でも器用にこなしちゃってる様な感じだから・・・」
意外ね、と蘭が微笑んだ。
まあ、そうだろう。オレが、もし―・・・頭脳もそのまま10年の時を遡っていたのなら、こんな事で気を使う事も無かったから、必要無い事まで悩みもしなかったハズだし。
「コナン君、本を読むのは好きだよね。」
「・・・うん・・・」
「・・・コナン君が困ってるなら、好きな本で書いてみたらどうかな・・・?」
「好きな・・・?」
「そういう本って、思い入れの分、楽に書けるんじゃないかなあって・・・駄目?」
駄目じゃないけど・・・と口ごもった。
「だって、ボクの好みで選んじゃうと・・・」
血生臭いミステリをネタに感想文を提出、なんてのも、一般的に許される範疇なのだろうか、と見上げると、蘭はにこりと微笑んだ。
「あら、新一だって、小学生の頃、推理小説の感想文を書いてきた事があったわよ?」
何で知ってるんだ?ときょとんとしていると、蘭が言葉を付け足した。
「あの時、工藤優作の新作をこきおろしたって、職員室は騒然としてたんだから。」
その新作が未発表のものでー・・・結局、発表されずじまいで終わってしまったから、と蘭が説明を始めた。
「だから、担任の先生が、勿体無いな、上手く書けてるのに、って新一の感想文を残念がってたの。」
やけに詳しいなと思ったら、担任伝いで聞いたのか。
「新一もね、感想文はどっちかって言うと苦手だったみたい。」
ああ、苦手だよ。オレが一番よく知ってる・・・そう心の内で呟くと、蘭が、でもね、とそれを解いた。
「でも、きっと・・・新一が、好きな本で感想文を書く様に言われたら、すごく良い物が書けたと思うの。」
「え・・・?」
「・・・新一は、書き方を知らないだけなんじゃないかなあって。」
いや、だって、・・・そういうモンはいつも蘭の方が上手く書いてて。よく・・・教壇で読み上げたりなんかもしてたじゃないか・・・、と、あの当時の蘭が思い浮かんだ。
「私もそんなに得意じゃなかったの。・・・でも・・・」
一旦言葉が切れた蘭の視線を辿ると、それは何も無い壁だった。オレには単なる壁だが、蘭にとっては、当時を映し出すスクリーンの役割を果たしているのだろう。懐かしさに微笑んだ蘭を見るのは、悪い気はしなかったから、オレもしばらくその沈黙に付き合った。
「・・・私ね、その気は全然無かったの。」
「へ?」
「新一が、ホームズホームズって、ホームズの事ばっかり言うんだもん。」
何だか腹が立っちゃって、と蘭はくすっと微笑んだ。
オレはと言うと、蘭のその微笑と、もしかしたら、それってヤキモチなんだろうか、などと思い当たって思わず顔に血が上っていた。
「でもね、新一って、ホームズの事話してる時、本当に良い表情で微笑うの。」
「・・・・・・」
「・・・悔しいけど、あんまり嬉しそうで、あんまり楽しそうで。」
「・・・・・・」
「そんなに新一が夢中になる世界って、どんなだろう、って。」
「・・・・・・」
「・・・だから・・・。」
そういえば、コクーンでベイカ―街に行った時・・・と、蘭の表情を見た。あの時は、オレに煩くホームズ話をされてた所為だと言っていたのだけれど。それにしちゃ詳しいよな、と不思議には思っていたのだ。
「・・・読んだ、の・・・?・・・ホームズ・・・」
返事の代わりに、蘭は柔らかく微笑んだ。
「読書感想文って、色んなタイプの書き方があると思うのよ。読みました、こうこうこういうお話でした。感動しました。・・・それで終わっちゃったらつまらないって私に思わせたのは新一なの。・・・自分の好きな物語を、時間を共有した世界を・・・感想文を読む人に知ってもらえる様に、興味を持ってもらえる様に書く、っていうのも、アリなんじゃないかなあ、って思ったの。」
新一が、私にホームズへの興味を持たせた様にね、と鮮やかに微笑う。
「・・・新一にーちゃんに言ってあげたらきっと喜んだのに・・・」
「あ、それは駄目!」
「・・・・・・どうして?」
「何か、癪じゃない・・・私ばっかり、影響受けてるみたいで・・・。だから、新一には内緒ね。」
もし、話したりしたら、後回し蹴りだからね、と蘭が念を押す。
・・・オレが元の身体に戻った暁には、オレが蘭から・・・少なからず受けている影響を打ち明けようと、思わず苦笑した。
まあ、とりあえず・・・蘭が楽しそうに微笑ってるから。これはこれで良いか、と微笑みながら真新しい原稿用紙に向き合った。
あとがき
「正しい読書の楽しみ方。」の続編の続編です(笑)
本当は、この蘭ちゃん版の前に探偵団版が来て、蘭ちゃん版、とおまけに平ちゃん版で終わる予定だったのですが。飛ばしちゃってます^^;
くぬぎの「読書感想文」に対する書き方は、蘭ちゃんの書き方なんですね。その前は、コナン君同様、ぐちゃぐちゃ色々と考えてばかりでした。
まだそれを知らない人に、ほんの少しでも、「どんなだろう」と思ってもらえたら・・・。興味を持ってもらえる様に、という視点で書く方が楽なんだと気がついたのは、学生時代も終わりの頃でしたねー^^;ああ、勿体無い事をしたなーと今はそう思っております(笑)