繋がる気持ち

繋ぎとめておきたい。鎖ではなくて、気持ちで。


芽吹きだしたばかりの新緑は、日に透けてレンガの壁と枕木を使ったテラスを彩っていた。

この喫茶店が店を開けてから1年。木々も花壇の花々も景観に馴染んで、落ち着いた感じになったわね、と改めて思う。
開店当日に、新一とここに来たんだっけ。確か、新一のお母さんの古い友達で、お母さんに招待状が来てたとかで。「オメ―、こーゆーの好きそうだったしよ」って、新一は居心地が悪そうだったけれど。・・・コーヒーは美味いって褒めてたのを覚えてる。

「今日は奢らせて、ね!」
テーブルの向こうから絢が嬉しそうにメニューを広げて渡してくれる。
「やった、ラッキー!」
「ちょっと、園子!」
「良いの良いの!・・・わたし、園子と蘭が、犯人がわたしじゃないって信じてくれて、嬉しかったんだから・・・!」
絢の言葉に、園子もメニュー表から顔を上げた。
「・・・絢・・・」
「・・・高校、別々になっちゃって中々会えなくなっちゃってたから・・・」
口をつぐんだ絢に、園子は手にしていたメニュー表を閉じて、ぽこんと、その頭に落とした。

「馬鹿ねー、中々会えなくなっちゃったから・・・何?」
「・・・え」
「そうだよ、絢・・・友達って事に変わりは無いよ?」

ほっとして、なのだろう。固かった口元が綻んで、絢の目から涙が零れた。

「でもさー、絢、まだあのコンビニでバイトしてるんでしょ?・・・こう言っちゃ何だけど、やりづらくない?」
「言い方はキツいんだけど、店長もああ見えて良い人なの。あの時も、きっと・・・わたしが悪い事をしてそれを隠そうと嘘を吐いてたと思ったから叱ろうとしてたんだろうし、何とも思ってないよ?」
ん、と晴れ晴れとした笑顔で返す絢の表情を見てると、絢自身、気にも留めていないのがちゃんと伝わってきた。園子は呆れた、と言わんばかりに上を向いてしまったけれど。園子も絢のこういう所を知ってるから、絢を信じて弁護しようとしたんだものね、と笑みが零れた。

「でも絢がバイトとはねぇ・・・」
「うん、欲しい物があって・・・」
「それってゲームか何か?でも、それくらいだったら閉店までバイトしなくても、女の子なんだから早めに切り上げた方が良いわよ?」
「・・・うん、でも・・・」
「ゲーム買えたら、店長に交渉して勤務時間変えて貰いなさいよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・絢?」
躊躇いながら園子が声をかけると、絢は歯切れの悪いまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

「・・・携帯がね、欲しかったの・・・。あれって維持費が結構かかるでしょ・・・だから・・・」
園子と私は顔を見合わせた。私は新一にプレゼントしてもらったし、園子は2台持ってるから。

「わたし、高校・・・皆と離れちゃって、一人だったから・・・。友達とか、中々出来なくて・・・そんな時、思い出すの、蘭たちの事ばっかりで・・・」

いつだったか、新一が絢の事を、「要領が悪い」と私に言った事があったっけ・・・。だけど、それは決して悪い意味じゃなくて・・・

「・・・絢はね、人が良いから、周りの事ばっかり考えちゃうのよ。・・・もっとね、自分を前に出してみて良いと思うよ?私、絢の良い所いっぱい知ってるよ・・・?」
新一の言葉をほんの少し借りながら、考えて考えて口にしたのは、拙い言葉ばかりだけど・・・。
「蘭・・・」
「そうよー、天下の園子様が推薦しちゃうくらい絢は良い子よ!?もっと自信持ちなさいって!」
何よ、それ!という私の発言に、園子はふふんと鼻を鳴らしながら腰に手を当ててこう言った。

「少なくとも、園子様の中では、園子様推薦ってのは文部省推薦とか言うのより価値があるのよ?」

園子の言葉に、絢が笑った。

「でもさー、携帯が欲しいって気持ち分かるのよねー・・・。私も連絡が取れないと不安になっちゃうしー・・・」
それって、京極さんに?とからかうと、園子は「悪かったわね、分かりやすくて!」と拗ねてみせた。
「彼氏?」
「うん。園子の王子様。学校違うし、今は外国に行っちゃってて日本に居ないんだけどね。素敵な人だよ」
へえ、と微笑みを向けられて、園子はちょっと照れくさかったみたいで。「ま、王子様って言うより、侍って感じ・・・」と私の言葉に付け加えて、それより蘭でしょ、と話題を無理やり捻じ曲げた。
「え?工藤君、居ないの?」
「・・・うん・・・事件とか忙しいみたいで戻って来ないの。」
「不安・・・じゃない・・・?」
「ん〜・・・不安が無いわけじゃないんだけど・・・」
アイツはアイツで何か事情があるんだろうし、と、いつも自分に言い聞かせている文句が続いた所で、話題の主の携帯が着信を報せた。まさかね、と覗き込んだ液晶の画面に表示されていたのは、紛れも無く『非通知』で。それに気がついた園子が「何してんの、早く出なさいって!」と通話ボタンを押してしまった。

『オウ・・・!』
「あ・・・」
『今、電話してて大丈夫か?』
「・・・えっと・・・」
どうしようかと不安な眼差しを向けると、園子も絢も軽く手を振って笑顔を向けてくれる。
「わたし達の事なら心配しなくって良いから!」

でも、でも・・・今、そんな話してたトコだったのに・・・

『あ、外か?』
「う・・・うん・・・」
『誰か居んのか?』
「う・・・ん・・・園子、と絢・・・と、3人でお茶しようと・・・」
『ん、なら良いんだ、また掛けなおす』
「あ・・・!」
あまりの素っ気無さに思わず止めてしまったのは、私の方だった。

『どうかしたのか?』

「・・・用、じゃ無かった・・・の?」
『別にたいした用じゃねーし。』
「・・・・・・新一にとってそれくらいのもの・・・?」

口にした言葉に、しまった、と思った。慌てて、今、絢と園子としていた話を順を追って説明する。勿論、私が新一が居ない事や、電話だってあんまり掛かってくるワケじゃないのを不安に思ってる事は伏せて。どうか、変な意味に取らないで、と必死な頭はぐるぐると渦を巻いて・・・上手く説明できてるかどうか、なんて分からくて。泣きたい、と思った瞬間、電話の向こうで新一が、ぷっと吹き出した。

『いや、悪い悪い・・・!なんだ、そーゆー事か・・・!』
「わ、笑い事じゃないわよ・・・!」
『俺が前に話した事、覚えてっか・・・?』
「え・・・?」
『ほら、ちょうど去年の今ごろ、開店したばっかの喫茶店に行った事があっただろ・・・。確か、あん時だったと思うけど。』
「・・・あ・・・・・・」
そうだ、このお店に来た時だ。あの時、新一の携帯が鳴ったっけ・・・
『思い出したみてーだな・・・。じゃな!』

あまりに呆気なく切られた電話からは、ツーツーという独特の音が繰り返されて。ぽかんとしたのは、私だけじゃなかった。

「何〜?ほんっと、素っ気無いのね、新一君ってば!」
「蘭・・・どうかした、の?」
「あの時、・・・電話が掛かってきたのよ、そうよ・・・それで・・・」
必死にあの時の記憶を手繰り寄せる。新一は携帯を取って、相手の用件を聞くと・・・「今出先だから」と切ってしまったのだ。あまりにも呆気無いその様子に、大丈夫なの?と聞いたら・・・・・・・・・笑って・・・・・・・・・



ああ・・・そうだ・・・

なんだ、とくすくす笑い出した私を心配そうに覗き込んだ園子と絢に、あの時の新一の言葉を伝えた。


「私と一緒に居る時にね、後で掛けなおすからって掛かってきた電話を切っちゃったの。大した用じゃないって言うんだけど、私も心配になって、大丈夫なの?って聞いてみたのよ・・・そしたら・・・」
あの日、そう聞いた新一は、ふ、っと微笑った。

「携帯は、人を縛りつける鎖じゃねーから・・・って・・・」

「鎖・・・?」


「うん。新一にとっては繋ぐものだから、って。・・・そう言って、笑ってたよ・・・?だから、ちゃんと気持ちが繋がってる相手を縛る必要なんて何処にも無いんだって・・・」

「そっか・・・」
「そう、よね・・・」
「確かに、そう考えると気が楽よね・・・。ある意味不安倍増だけど。」
「気持ちを繋ぐものかあ・・・」
「・・・新一君も堂々と、まあ言ってくれちゃうわよねー・・・」
「・・・・・・中学以来だから忘れてたけど、工藤君てそういう事言えちゃう人だよね・・・」
「蘭がこんなに鈍いんだから、其処まで言わなきゃならないのは分かるんだけどさ・・・」
「・・・工藤君も苦労してるんだね・・・相変わらず・・・」

絢と園子の会話に入りきれないまま、話はどんどん進んで行って・・・。呆れた、とでもいった感じの二人は、テーブルいっぱいにメニュー表を所狭しと広げた。


「・・・・・・・でもさ、わたし、やっぱり携帯欲しいな。工藤君の言う、鎖としてじゃなくって、例えば、蘭や園子とこうして会って話したりしたいもん」
「気持ちはちゃーんと繋がってるよね?」
「極太で繋がってるでしょ?」


そして、携帯を購入したばかりの絢から次のお茶会の誘いが入ったのは、この3日後の話。






あとがき

何となく方向が違っちゃったかなあなんて思いつつ、ひさっしぶりの一気書き話ショートです^^;

これとは別口で、書きかけで放置してあったものに携帯を取り扱ったお話がありまして。短いお話ながらもラストがまとまらず、どこに保存したのか、保存できなかったのか分からなくなったためそのまま紛失騒動に発展してしまった曰くつきの一本だったりします。そして先日やっと発見。本日やっとそのお話を書き終わりました。そこで「携帯は人を縛り付ける鎖じゃなく、気持ちを繋ぐものだから」という言葉をあとがきに書いた辺りで「あ、これ、どうせならこれで一本お話を」と思い直してのアップです。