正しい読書の楽しみ方。2
目の前に、こんなに沢山の『興味深い蔵書』があるというのに、何故また『児童文学』をこんなに熟読せねばならないのだろうか。
それが何度目の問いかけなのか、自分ですら分からなくなってくる。
あれから1週間は経つというのに、今だに目の前の原稿はぐちゃぐちゃとした書きなぐりの文字で修正されて・・・それすらも入る余地が無くなってしまった。
いっそ、光彦や元太辺りに見せてもらって参考にしようかとは思ったけれど、感想文等、参考にさせてもらう様な物ではないし・・・
かといって、早く終わらせないと、夏休みは終わってしまう。・・・それに、探偵事務所でこんな状態の原稿用紙など見つかっては、蘭に説明の仕様が無い。
あからさまに文章のレベルを下げようと訂正を繰り返した原稿用紙を見て、不審に思われないはずは無かったから―
かといって、図書館だと、新書にどうしても目が行ってしまう・・・
最後の砦として、逃げ込んだのは、父さんの書斎・・・つまり、工藤家の書斎だった。
そういや、コナンって名前はここで生まれたんだっけ・・・
他の人に危害が及ばぬ様に、吐き続けなければならない嘘の始まり―・・・
思い返すと気持ちも沈んでいくけれど
それと同時に、守りたいものがあるからこそ、強くもなれるという思いを実感する。
さしあたってのピンチを何とか切り抜けるには・・・と、再び原稿用紙に向かい直すと、机の上に置かれた電話が目についた。
・・・そういえば・・・
おれの小さい頃の物って、母さん捨てずにとっておいたよなあ・・・
・・・もしかして・・・・・・
僅かな可能性は、電話の向こうの母さんによって、確実な物へと進化した。
「あれなら、面白かったからとってあるわよ?」
「どこにある!?」
「え?えっとねー・・・確か2階の物置の・・・一番入り口に近い所だったかしら?赤い箱に通知表なんかと一緒に入れてたと思うけど・・・」
通知表・・・・・・
そんな物まで後生大切に取っておくのも親心である。
「でもそんなものどうするの・・・?」
電話の向こうの疑問に、「ちょっと思い出して気になっただけだから」と適当に誤魔化して電話を切った。
マトモに理由を話したら大笑いされるに決まっているのだ。
「世界屈指の推理小説家の血」が曲がりなりにもこの身体の半分を支配しているのだから。
『読む』のは好きだけれど、『書く』となると、勝手が違う。
人には向き不向きがあるのだと、いつ思い知らされたのだろうか・・・
母親の記憶というのは大したもので、10年近く前にしまいこんだそれはしっかり言われた通りの所から出てきた。おかげで変に探す手間が省けた、とらしくなく、感謝の気持ちを味わう。
年月と共に色褪せたその箱は、降り積もった埃の隙間から僅かに濁った様な赤色を覗かせていた。
「これか・・・」
何せ、本当に今の身体だった頃に書いた、本人の読書感想文である。
これ以上の参考物件は望めないであろう。
埃の舞う中、箱の中のがらくたとも言える中身から懐かしい物を見つけては手が止まる。
身体だけではなく、心すらもあの頃に戻った様な、妙な感覚である。
やがて、原稿用紙の束が見つかった。
どうやら読書感想文だけではなく、事ある毎に書かされた作文の類もしっかり残されているらしい。
「あ・・・あった」
やけに大量の原稿用紙の中から目当ての感想文だけを抜き取ると、箱と中身を元に戻して階下に戻る。
が。実物を見れば思い出すと思っていたのに・・・何故かこれについての記憶が無い。
確かに自分で書いたのだが。
何を読んだのかすらも記憶に無い・・・。
何故だろうと首を傾げながら、埃だらけの手を洗って書斎につく。
真新しい原稿用紙と、さっきまで修正を重ねていた原稿用紙を机の片隅に追いやると、その古びた原稿用紙を広げた。
「ん・・・と・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
どうやら推理小説のタイトルらしいソレを読んでの感想文の様だが・・・何故かこのタイトルが記憶に無い。
彼の敬愛するホームズでは無いし、ポワロでもなければクイーンでもない。
アガサクリスティかなんかの短編なんだろうか・・・と首を捻りつつも、まあ、とにかく読めば思い出すだろう、と、改めて原稿用紙に目を落とした。
「・・・『僕は、この時点で、この中にアリバイを持っているただ一人の人物であるこの男性が一番怪しいのではないかと思った。なぜならば事前にその事件が起こる事を知っていなければ、この様な不自然きわまりないアリバイを作る事は不可能に近いからである』・・・・・・・?」
どうやら推理小説を選んだ事に間違いは無いらしい。
「『ただ、これは僕の彼に対するひっかかりの生じた、ただのきっかけに過ぎない。一個人を憶測である段階で犯人呼ばわりをする事など勿論出来ないのである。他の人間も十分怪しいとは思えたが、彼の冒頭で発した些細な一言が、何よりも、彼が犯人であるという事を雄弁に物語っていると見てとれる。』・・・」
・・・・・・一体何を読んだんだ・・・?
蔵書に一旦目を移してみるが、思い当たる物語は無い。
「・・・えと?『多くの伏線によってミスリードが張られているが、それら全てが甘いミスリードであるが故に、彼が犯人であるという確信は次第に確実な物になっていった。』・・・・・・」
どうしてもその蔵書に心当たりが無い。
「・・・・・・・・・・・・『4枚目の彼の発言で犯人が割れてしまった以上、ミスリードで枚数を稼ごうとするのはいかがなものか』・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・4枚・・・目?」
「『この辺に最近極度に睡眠不足であるが故に「疲れた」と言っていた気持ちが如実に現れているとしか言いようがない』・・・・・・・・」
・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか・・・
「『息子としてファンとして、父さんにはきちんとした仕事をしてもらいたいものである。』」
「・・・・・・・・・・・・父さんのを読んで書いたのか!」
だが、優作の蔵書にこんな作品があっただろうか・・・
「・・・なんか時代考証も・・・なんつーからしくねーな。執事とかメイドとか・・・」
「あら、それ新ちゃんの為に書いたのよ?」
とにかくと慌ててかけた電話の向こうの母親はそう言ってきゃっきゃと笑った。
「確かね、8月も終わりかけてるのに、全然課題図書読もうとしないし、丁度あの頃、優作に『児童向け』で推理物を出してみないかって声もかかってたから、ためしにって新ちゃんの為に書き下ろしたのよ」
「・・・そんな話覚えてねーぞ?」
「当たり前よ。新ちゃんに話した事ないし、後にも前にもそれ1回だけだもの」
「って事は本になってるんだな?」
「なってないわよ」
「なに!!?」
「だあって、新ちゃんに冒頭で犯人当てられちゃって、『ミスリードが甘い』って指摘さんざん受けたんだもの。」
・・・・・・そう・・・言われてみれば・・・
「・・・残ってねーの?それ・・・」
「確かその感想文と一緒に入ってたはずよ?」
「捨ててねーの?」
「捨てないわよ。誰より優作に、大切な宝物だから新ちゃんのその感想文と一緒に捨てないでとっておいてくれって言われてるし。」
「は?」
宝物・・・?
こんなこき下ろした文章とそんな風に書かれた作品が?
「オレが父さんなら捨てるけどな―・・・」
受話器の向こうで有希子の大きな溜息が聞こえた。
「新ちゃん、ホントに何も覚えてないのねー・・・。・・・感想文の最後読んだでしょ?」
「ああ・・・これか?『この辺に最近極度に睡眠不足であるが故に「疲れた」と言っていた気持ちが如実に現れているとしか言いようがない』・・・」
「その後よ。『息子としてファンとして、父さんにはきちんとした仕事をしてもらいたいものである。』・・・ってアレよ、アレ」
「は?」
「優作ね、『いつも売上上位にランクインしているベストセラー作家が最愛の息子の為に書き下ろした作品って売り文句で一度いかがです?』って子ども向けで推理小説の話を持ちかけられて本当は迷ってたのよ。それを新ちゃんがそう書いたから断ったのよ?」
「・・・・・・・」
「小さなファンの目はごまかせないなって笑ってたわよ」
「そっか・・・」
「新一の為に書いたつもりが、結局は僕の為だったみたいだって。新一の感想文読んで、将来この子は僕以上の推理小説家になるかもしれないって喜んでたわ」
「・・・これ、多分その辺の推理小説の影響でこんな文章なんだぜ、きっと」
「それでも優作にとっては伝わるものがある文章だったのよ。・・・感想文書けてないんでしょ、今頃になってそんなもの気にして引っぱり出すなんておかしいと思ったけど」
「・・・父さんに吹き込まれた?」
「違うわよ。・・・私だって仮にもあなたの母親よ?察しがつくわよ、それくらい・・・探偵じゃなくてもね」
「見た後はちゃんと戻しておいてね?・・・時々仕事に追い詰められた時とか、こっそり物置でそれ読んでたから。・・・それから・・・」
私がこれを話した事は内緒ね、と念を押されながら受話器を置く・・・。
幼い頃、書き上げる度に読ませてもらっていた優作の小説。・・・必死になってそれを読む顔を、じっと覗き込んでいる優作の表情を思い出すと、胸の中に、ほっと灯りが灯った様な温もりを感じた。
こんな身体になった事で不便も大きいけれど・・・こんな身体にならなければ気付かなかった幾つもの事。
あのまま・・・順風満帆であったとしたなら、気付かないまま通り過ぎてしまっていたのかもしれない。
「こういう経験も・・・良いかもしれないな・・・」
妙に穏やかな気持ちになって落とした視線と、手直しを散々入れてどうしようもなくなった原稿用紙がぶつかって・・・吐きたくも無い大きな溜息に肩を落とした。
あとがき
実は、「正しい読書の楽しみ方」の続編として、昨年のこの時期に書いてあった一本です。アップしようと思っていたら時期を逃してしまったのと、某姉ちゃんの所でモロに状況が被りそうなものがアップされたばかりだったので、まあいっか、と。日の目を見ずに1年放置・・・^^;
先ほど、その某姉ちゃんと電話で話していて、「あ、アップ出来る状況で放置したままだった!」と思い出して手直し修正入れてのアップれふ。
当時、まさか『見詰め合うだけで3m圏内電波送受信可能親子』ネタが映画で取り扱われるとは思ってもみませんでして、最近出番の無い優作ぱぱと新一にーちゃんで1本書いてみたくなったのを覚えてます^^;何を書いてるんだか。原作から遠く離れてしまってるし・・・(いつもの事ですが(−−;))
い、いいんだ・・・どおせいつも脱線してるもん(;;)・・・・・うー(しくしく)