今回、映画の内容におもいっきり触れています。犯人や、推理部分には触れていませんが、お話の一部は完全にネタバレしています。第6弾をまだ御覧になられていない方、これから御覧になられる方は閲覧を考慮してください。遠慮してください、とは言えませんので「考慮」していただける様お願いいたします^^;
元気だった。
そう、元気だと、そう思っていた・・・ふとした瞬間の、その表情に気づく前までは。
いのちがけのやさしさ
ロンドンの街を冒険してから1ヶ月が経とうとしていた。
コクーン内部での事件の事は、あまり公にはされなかった。
それというのも、ゲームをクリアした直後、開発者の所へと通されたコナンが、「自分はゲームをクリアしていない」と言い張ったからである。最後に、押さえ切れなかった衝突の衝撃でゲームオーバーになったのだ、と。そう押し通した。
「じゃあどうして皆無事に解放されたんだ?」と訝しんだ大人達に・・・コナンは微笑んで、「最初から、ボク達を傷つけるつもりは無かったんじゃない?」とそう答えた。
それでもまだ納得していそうもない大人達を目の前にして・・・ふ、と視線が合った優作に、目で訴えかけた。
父さんなら・・・分かってくれるよな・・・?
「人工頭脳なんて、まだ生まれてきちゃいけなかったんだ・・・」
そう言い残し、自分を除いた多くの命の幸せの為に、自分の存在を否定した・・・優しい彼の為に。「自ら成長する人工頭脳」など、御伽噺で終わらせておきたい―・・・彼の言う、「悪い事」に利用されない様・・・。
最後までゲームを成し遂げた唯一の存在として、全てがアトラクションの一部だと押し切る事で、その願いを叶えてやりたかった。
・・・父さん・・・
息子の声無き言葉に、優作は耳を傾け・・・ふ、と・・・小さく溜息をついてから、納得できかねている大人達の前に進み出た。
「・・・樫村の仕組んだ、ゲームを盛り上げる為の演出でしょう・・・」
「でも、実際に大人二人が感電して・・・」
「機械の事は詳しくは分かりませんが・・・あの時はコクーンが稼動中でしたし、電流が流れている部分に触れてしまったのでは?」
そんなバカな、と言いかけた、開発チームのスタッフに、今度は優作が無言で訴えた。
彼らも、樫村本人に肯定されたらそれを覆すだけの根拠は持ち合わせていなかった。そう、樫村が秘密にしているプログラムがあった事も知っていたし、それを触らせようとしなかった理由も、「全てこの演出の為だった」と本人に言われたのであれば、「そうだったのか」としか返事のしようが無い状況で・・・。だが、電流を流した上での安全確認は何度もしていたし、稼動中とはいえ、触れるだけであそこまでひどく感電するものではないという確信は得ていた。だからこそ、ノアズ・アークの行った占領で・・・コクーンが本当に暴走したのではという可能性を打ち消せなかった。
言葉が詰まりかけた彼らの視線は、ゲームをクリアしたはずの、たった一人の少年へと注がれた。
コクーンの世界のゲームは、実は幾つかそのステージをクリアする為のポイントや、難易度の変化させる為のポイントがあった。
例えば、モリアーティに会う為に乱闘騒ぎになったトランプクラブでは、ステージをクリアする為のキーワードは”ワイン”だった。あのワインを手中にし、それがモリアーティの為に用意された物であると突きつけ、彼らと渡り合う・・・そうすれば、モリアーティに会う為の次のステージの幕が開く。・・・上手くきっかけを掴んでも、モリアーティが自分達を試している事に気づかなければ、適当にあしらわれて、また別のチャンスを探す為に彼らはジャックに繋がる別の手がかりを捜さなくてはならなかった・・・といった具合に。
勿論、当初の予定では、彼らと一緒にホームズが行動するはずだったから、このステージでは、プレイヤーが重要なアイテムとしてワインに気付き、それを手に入れるだけで良かったのだ。
後の重要な駆け引きは、全てホームズがしてくれる、といった筋書きだった。そうでなければ、大の大人でも相当に難しい場面に身動きが取れないままゲームオーバーしていただろう。
もしホームズがそこに居ても、そのステージのクリアは簡単ではない。
ワインを手にした時点で、プレイヤー自身が大佐に銃口を向けられる。ホームズと大佐の駆け引きに、ほんの少しでもホームズを疑ったり、臆したりしたらその時点でプレイヤーはゲームオーバーだ。
それをこの小さな少年は、その身を守る為の銃も何も持たずに、プレイヤーと、ホームズ・・・その二つの役割を担って見せた。
この物語に協力してくれた小説家が、酒の席で漏らしていたという、「簡単すぎると文句を言われてしまいそうな、たった一人の人物」・・・。
レベルを常人の発想と限界に定めるが故に、彼には絶対に文句を並べ立てられるだろうと、それはこの作品自体が、「普通の人間がクリア出来なければ意味の無いアトラクション」だから仕方のない事、・・・覚悟しておくよ、と笑いながら話していたという・・・。
樫村から伝え聞いていたその存在が、あたかもこのまだ幼い・・・あまりに幼すぎる少年であるが如く。
小説家の話に出てきた存在など「ありえない」と笑っていた大人達の目の前で、鮮やかにその才智を見せつけた。
あのラストは、ワインの樽を割って、衝突の瞬間に潜るタイミングさえ間違えなければクリア出来る様になっているはずだった。彼の潜ったタイミングは絶妙のものだった。余程のバグが無い限り、ゲームオーバーなどありえないと確信出来る程・・・。
・・・彼がクリア出来ていないはずはない。
開発者達はそう直感していた。目の前の小さな探偵にはそれだけの資質は十分すぎる程に兼ね備えていると確信出来た。
だが、コクーンが自らの命とも言えるべきプログラムを絶った今となっては、真実を知るのは彼一人である。彼があくまでもクリアしていないと言い張るのなら、重大なバグがあったかもしれない、という結論に落ち着くより他ない。
安全確認の為の試運転では、こんな暴走といった演出などは当然無かったのだし、ジャック・ザ・リッパーとして追い詰められた貴族が死を迎える場に立ち会う。・・・それが本来のエンディングだったのだから。
ゲームの世界の中で見せた、小さな少年の・・・深い悲しみを湛えた瞳にじっと見つめられて・・・
おねがい・・・、と・・・小さな声が聞こえた・・・そんな気がした。
「・・・コクーンの・・・仕上げのプログラムは全て主任一人で行っていましたから・・・」
ノアズ・アークを名乗るそれが、今はもうどこにも存在していない以上、追及しようの無い事だった。
あのゲームのエンディングを見る事が出来たのは、後にも先にもコナンひとり・・・
ゲームをクリア出来なかったという、押し通す限りばれるはずの無い嘘は、全て、彼の優しさへ手向けた花の様なものだった。
息子の優しい嘘を守るかの様に、優作は対照的に、その身を世間に晒した。
ビジュアル的にも申し分の無い、世界的推理小説家の『実際に起こった事件を解く』という行動は、大きくマスコミにとりあげられたが、その熱を静める様に、淡々とした口調で差し障りの無い様気を遣いながらも分かりやすく語る優作に、世間一般の『事件への好奇心』は程よく満たされ、加熱暴走気味な報道も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
それでも何度かはコクーンとノアズ・アークの話題は取り上げられたけれど・・・、・・・ノアズ・アークの開発者が当時10歳の少年であった事、そしてコクーンの開発責任者の樫村の息子である事などから、樫村がゲームを盛り上げる為に仕掛けたイベントである、という結論に落ち着いた。もっとも、そういう結論が導き出される様にしか、情報が流れていなかったのだが・・・。
そして、次第にその事件に対する世間の関心や興味が薄れていった・・・
少年の、いたずらにも似たものだったのだ、と・・・
実際は、彼らの幸せを願った、少年の優しい気持ちに気づく事なく・・・
報道の熱も少しずつ薄らいではいたものの、日常における周囲の目は、まだそれを許してはくれなかった。
もともと、コクーン自体が公開前に報道で大きく取り上げられていたし、次世代ゲーム機の時代の幕開けという、子ども達にとってはこれ以上無い程の、格好の興味の対象だったから・・・帝丹小学校でも、コクーンを知らない子どもは居なかった。自分達と同じ学校に通う子どもがコクーンを体験した事もさる事ながら、それが過去にも未来にもたった一度だけの体験者となった事実は、探偵団の子ども達を、一夜で学校中の興味の対象へと変えてしまった。
繰り返される世界の話(しかも、探偵団の面々は全員揃って100年前のロンドンを経験しているので、話は常に同じである)を飽きもせずねだる周囲。
真相を知らない探偵団の面々は、望まれるままにゲームの世界で体験したロンドンの話をして聞かせた。
恐らく、コナンも・・・あんな悲しい思いをしなければ、大好きなホームズの世界の事を嬉しそうに話さないはずはなかった。
どれだけ光彦や歩美や元太が、その世界を話して聞かせても、クラスメートは結局、『最後まであと一歩という所だった』コナンへと集中するのがお決まりなのだが・・・。コナンはその都度、「ああ、うん、楽しかったよ・・・」と気の無い返事を、殆ど無表情に近い愛想笑いと共に返すだけで、あまりクラスメートの話題に積極的に乗ろうとはしなかった。
楽しくなんてなかった・・・
憧れの世界に行けた事よりも、むしろ・・・
放課後、いつもの様に話をせがまれながら、コナンが居ないのに気がついたのは歩美だった。
「・・・あれ、コナン君は?」
「あれ・・・そういや、いねえな・・・」
「さっき、ふらっと出て行ったみたいよ」
「先に帰っちゃったんでしょうか・・・」
ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、彼らも周りの子ども達と同じ様に、ランドセルに荷物を入れて廊下に出た。廊下の向こうできゃあきゃあという歓声が遠ざかっていく。
いつもなら、歓声の仲間入りをしている探偵団も、今日はなんだかそんなつもりにすらなれなかった。
下駄箱に上履きを入れようとして・・・。灰原がふとコナンのげた箱を開けた。
「・・・靴、ないわね・・・」
「え?」
「やっぱり先に帰っちゃったのかなあ・・・」
ふと、間が空いた・・・。
「気のせいだったら・・・良いんですけど・・・」
「何?」
「・・・コナン君、最近ボク達の事、避けてませんか・・・?」
途切れた言葉に、コクーンの事件の後です、と光彦が付け加えた。
その場にいた全員がそういう雰囲気を薄々感じ取っていた。あからさまに避けるといった様子は無かったものの、話し掛けても上の空だったり、視線を合わせない様にしているといった事が何度もあったのだ。
コナンはそういう事をするタイプではないから・・・それが余計に際立って・・・。
「・・・なんか、笑わねーよな・・・」
愛想笑いのそれではない。・・・コナンがクラスメートにせがまれてコクーンの話をしている時のそれは、彼にしては珍しく、周囲にもそれと分かりやすい、随分無理をして作った笑顔だった。
「ボク達がゲームオーバーした後、何かあったんでしょうか・・・」
光彦が意図的に向けた視線に、灰原は「私は何も聞いてないわ・・・博士なら何か知ってるかもしれないけれど」と答えた。
ランドセルを背負ったまま、どやどやと乗り込んできた子ども達に早口でまくしたてられると、博士は妙に渋い表情を見せた。
「・・・しばらくそっとしておいてやった方がいいんじゃないのかのお・・・?」
「でも、だって、ボク達友達なんですよ?友達が一人で悩んでいるかもしれないのに放っておけませんよ!」
「そうだぞ!もしかしてひったくりか何かの犯人に脅されてんのかもしれねーじゃねーか!」
それは元太君でしょう、といつもなら光彦の突っ込みが入る所・・・だが、光彦もそんな余裕は無かった。
「ワシの思う所じゃと、君達のそういう気持ちが、今は新・・・コ、ナン君の負担になってしまっておるんじゃよ・・・」
納得出来ないと食い下がって。元太と光彦と歩美は必死だった。半ばヤケになって送信した探偵団バッジの呼び出し音が、すぐ近くで鳴った。
「なんだ、コナンいたのかよ・・・!」
「水臭いですよ、コナン君・・・!」
「コナン君・・・?」
歩美も光彦も元太も、部屋中を探し回ったけれど。呼びかけたけれど。
その音の発信源が、博士のズボンのポケットであると気がついて落胆するのにそう時間はかからなかった。
「どうしてコナン君のバッジが・・・」
「博士、どうしてすぐに教えてくれなかったんだよ・・・」
「それは・・・」
博士のしどろもどろの受け答えに、要領を得ないじれったさと違和感を感じて・・・灰原はテーブルの上に二つ並んだコーヒーカップに気がついた。そっと触れると、ほんの僅かだが温かい・・・。すっかり飲み干したカップがまだこれだけ熱を持っているという事は・・・。
「・・・ほんの少し前までいたのね?彼・・・」
刃物の切っ先を喉元に突きつけるかの様に。空気がピンと張り詰めた。
「・・・しばらく、そっとしておいてやってくれんか・・・?」
それは、全てを見ていた博士の、コナンを想う素直な気持ちだった。
「・・・・・・探偵団バッジを返しに来たんじゃよ・・・。もう、自分は持っていられない、と言って・・・。彼も、彼なりに考えて出した結論で、ワシもそれについては何も言えん・・・」
「博士はコナン君から何か聞いてるんですね?」
「・・・ワシは何も聞いてはおらんよ・・・ただ、彼がどうして君達を突き放したいのかは分かっておるつもりじゃ・・・」
「・・・・・・突き放し・・・たい・・・?」
博士の言葉を、意味を飲み込む様に繰り返した歩美の声に、ショックを隠せないまま、探偵団の面々は博士に縋りつくような視線を送った。そこには、いつもの明るい、発明好きな人のいい博士ではなく―・・・闇の中に居るであろう、小さな友人を思う彼が居た。
「君達の優しさはゲームの世界の中でも目立っておったよ・・・。一緒に居た子ども達が最初はああいうタイプの子だったから尚更のぉ・・・。」
脳裏に浮かんだ光景に、博士は目を細めた。
「橋の上で、薄着の歩美君達を気遣い、橋から落ちそうになっている少年を助けるのに力を貸した。・・・ここまでは良いんじゃ・・・。問題はここから・・・彼らを助け出そうと危険な場所と分かっていて乗り込んで・・・あまつさえ、人を庇ってゲームオーバー・・・。そういう部分は、恐らくコナン君を手本としたものじゃろうが・・・根本的な部分で大きく間違っておるんじゃよ。その事に気がつけない様じゃったら、今は彼とどれだけ話しても無駄じゃ・・・彼を余計に傷つけるだけで、何もならん」
コト、と置かれたバッジは金属特有の、人を寄せ付けようとしない、冷たい輝きを放っていた。
「―・・・自己犠牲というのは、相手を思っての無償の行為・・・そういう意味で、美化されがちじゃが・・・。それは、守られる側からすれば、自己満足でしかありえないものなんじゃよ。」
言葉が難しすぎた所為だろう、元太と歩美が首を捻った。
「ええと、ですね・・・」
何となく、言葉のニュアンスからそれを感じた光彦が、分かりやすく説明しようとした所を、博士が噛み砕いて説明に入った。
「つまり、今回の君達の場合じゃが・・・コナン君を守る為に、元太君や哀君は、自分の身体を楯にした・・・。これが自己犠牲というものに当たるんじゃな。じゃが、それが必ずしも、彼を幸せにするものではない、と・・・こういう事じゃよ。・・・自分が生きる為に、誰かが命を投げ出して守らなければならんかった。そういう状況を、あの時彼は何度も繰り返し繰り返し目の前で見せ付けられた・・・経験させられた。・・・彼が責任を感じないで済むと思うかね?・・・それどころか、今の彼は・・・君達を守ってあげられなかったと、余計に自分を追い込んでおる・・・。そんな辛さを相手に与えてしまう事が、本当の優しさかね?美しいかね?」
「でも・・・あれはゲームの中の世界の話で・・・」
「だからこそじゃ。だから君達は余計に命に対する考えが甘くなってしまった。君達に何かあったら、お父さんやお母さん・・・それから友達、悲しむ人間が居るじゃろう?・・・たかがゲーム、で済まされる話じゃないんじゃよ・・・。身体に影響の無い環境ではあったが、その事をあの瞬間に考えたかね?君達は・・・。」
「そんな事まであんな時に・・・」
無理だよ、と元太が小さく呟いた。歩美も光彦も目を伏せた。それと同時に、胸の中に、自分達が消滅する時の、コナンの表情がまざまざと蘇ってきた。悲しんでくれているとは思っていた。それだけしか読み取れなかった。傷つけているなんて思いもしなかった。
「咄嗟の瞬間に、君達は自分を犠牲にする事をなんとも思わなくなってしまっておる・・・。それをワシも、彼も・・・一番心配しておるんじゃよ・・・」
言葉に詰まった。
だが・・・ここで引き下がるわけにはいかないと、奥歯を噛みしめた。
ここで引き下がったら、コナンとはもう・・・。そう思うと無性に腹が立った。
「でも!コナン君がいつもしている事と、今回ボク達がした事との違いって何です!?」
「・・・そうだよ!違わないよ!」
「コナンの奴、自分の事、棚に上げてんじゃねーか!」
言葉に窮した博士の視線が、彼らの背後に立つ人影に注がれて・・・。一瞬の空白の後、悲しみに満ちた空気をゆっくりと暖めるかの様に、聞きなれた声が落ち着いたトーンで響いた。
「バーロ・・・オレは、自分の命と引き換えに、なんて・・・そんな真似しねーよ・・・」
振り返った視線の先に、彼らはその存在を捉えた。
地下に続く階段から現れたのは、紛れも無くコナンだった。
「・・・オレなら、命懸けで一緒に生き残る道を探すさ。・・・その相手が大切なら尚更、オレの死は背負わせられねーからな・・・」
博士もオレが居るの黙ってるなんて人が悪いよなーと、コナンが悪態をついた。
「で?バッジの調子直った?」
「ああ・・・接触不良だったみたいじゃ」
「・・・・・・・それ、博士に返しに来たとかじゃ・・・なかったんですか・・・?」
は?と聞き返したコナンに、探偵団を辞めたいとかじゃなかったんですか?と改めて聞き返すと、コナンがぷっと吹き出した。
「・・・用事のついでに、バッジの調子悪かったから見てもらってたんだ。だから、バッジを返そうとしたってのは博士のウソだけど・・・・・・お前らがそういう行動を躊躇わなくなったのはオレにも責任がある、って博士に話してたのはホントだよ。」
手渡されて手の中にあるバッジを、ぎゅっと握り締めて・・・コナンは強さを湛えた、静かな微笑を見せた。
「オメ―らにきちんと話しておくべきだなって思ってたとこだった。・・・・・・まさか、オメ―らに今話す事になるなんて思ってもみなかったけどな」
「・・・ワシも、実際に目の当たりにしとったからのー、きっつーくお灸を据えてやらんと、と思っておったんじゃ」
「あら、今回の事だったら、私はあなた自身に良いお灸になったかしらって思ってたけど・・・?」
灰原の発言に、思わずむっとして・・・気が緩んだ歩美の涙にオロオロして・・・そんなコナンは、いつも通りのコナンだった。
「学校じゃあんなに元気無かったじゃないですか・・・」
「そうだよ、どうして一人だけ先に帰っちまったんだよ・・・」
ほっとした反動で出てきた、光彦と元太の文句に、コナンは苦笑しながら「今、ヒロキ君と話してたんだ・・・」と話し始めた。
会ってみるか?という問いかけに、こくんと頷いたのを確認して、コナンは地下室へと彼らを促した。狭い階段を抜けて降り立った地下室に、灯を灯すと、部屋の奥には一台のパソコンがあった。灰原が研究用に使っているそれが、一定時間放置されていた為に一時暗闇を写し取ったかの様な画面を見せていた。コナンがつい、と進み出て、スリープ状態だったパソコンを、マウスを動かして再び起こす・・・。画面の向こうには、ゲームの中で話した時よりほんの少しあどけない少年が映った。
誰だ、これ、という元太の疑問に、コナンはぽつりと、ヒロキ君・・・オメーらにはノアズ・アークって言った方が分かりやすいかな、と答えた。
勿論、元太達にも、ノアズ・アークが今回の事件の背景にあった、とは伏せてある。ただ、ノアズ・アークの事は、報道でも、コクーンの演出に名前が出てきたとして何度か取りざたされていたし、まだこの広いネットの海のどこかをさまよっているかもしれない、という、御伽噺にも似た伝説として、多少の知識はあった。そして、その開発者の名前も、言われてみればそんな様な名前だった・・・という程度の知識だったが・・・持ち合わせていた。
「正確には、ノアズ・アークの試作品なんだけどな。・・・音声探査システムの試作品のコピー・・・。人工頭脳はついちゃいねーから、あらかじめ質問や会話を想定して、ヒロキ君の思考を注ぎ込んだ形のプログラムだけどな・・・」
「でも、そんな物どこで・・・」
「親父に・・・あ、・・・・・・・博士に頼んで、樫村さんの友達の推理小説家に貸してもらったんだよ・・・。樫村さんからコピーを自慢気に送りつけられたって・・・3年前に聞いてたんだ。海の向こうにいる息子から、一人でいるお父さんの話し相手にって、日常の簡単な言葉のやりとりが出来るプログラムをね。」
「3年前?・・・あの推理小説家の人とそんなに前からの知り合いだったんですか?コナン君・・・」
「・・・え?あ!え、と・・・さ、3年前に親父・・・じゃねえ・・・小説家の所に送って来たって事!・・・3年前にオレが聞いたんじゃなくて・・・!」
「・・・時々コナン君て日本語の文法おかしかったりしますよね・・・」
「そーそー。『はわいでおやじ』におそわった方がいいぜ?」
「・・・・・・元太君、それって人の名前じゃあなくて、『ハワイ』で『お父さん』に教わったって事だと思いますよ・・・」
るせー、余計なお世話だ・・・と呟いたコナンに、博士がそっと耳打ちした。
「よく3年も前の話を覚えておったのー・・・」
「・・・ああ、そりゃ・・・父さん達が海外に行ってから、母さんの初めての電話のがコレだったからなー・・・」
「・・・?」
「9歳のヒロキ君が、お父さんも一人で寂しいだろうってこんなに気遣ってるっていうのに、新ちゃんは私達の事なんてどうでもいいのね!?電話の一本くらいくれたっていいのに、お母さん寂しいっっっ・・・・・・・・ってな、夜中の3時に。」
コナンの見せた、有希子そのものの仕種と声の抑揚に、博士が上手いのぉ、と苦笑した。
画面の前の小さな小型カメラを、こちら側の全景が見える様にセットする。パソコンの画面の中で、彼がきょとんとしながら、「人がたくさんいるね」と話し始めた。「ああ」と返すコナンを見て、元太が小さく、「パソコンと話が出来るのか?」と呟いた。
『出来るよ』
画面の彼が笑顔と共に返した言葉に、探偵団は驚いた。
「・・・ここに繋いであるマイクで、元太の声を音として拾って認識したんだよ。」
「すごいですね・・・」
『ありがとう』
ヒロキ君が笑顔と共に光彦にそう返す。
「普通に話が出来る・・・の?」
「・・・『話す』事を重点的に作ってあるから大抵の事はな。ただ、ヒロキ君自身が、色んな相手の質問を想定して作ってるから、ヒロキ君の予想外の質問には答えられないよ。例えば・・・ヒロキ君、お父さんとは会えたかい?」
画面の向こうのヒロキ君は、笑顔で首を傾げた。音声として認識はされたのだが、今の質問は想定外だったのだろう。それまでもいくつか試してみたが、そういう想定外の問いかけには、ただ、同じ笑顔で首を傾げるだけだった。その笑顔は、どこか悲しみを湛えた笑顔で・・・だから、話し相手としては、どうとでも捉えられる。悲しい質問に応えられない時には、一緒に悲しんでくれているとも、嬉しい問いかけに応えられない時は、慈愛に満ちた笑顔で応えてくれているのだとも。
「・・・きっと・・・このプログラムは、試作品なんかじゃなくて・・・勿論、お父さんを気遣ったものでもなくて・・・・・・。直接は無理だけど、お父さんと話したい、お父さんの話を聞きたいっていう・・・ヒロキ君の気持ちだったんじゃねーかと思うんだ。・・・だから、『分からない』とか、『想定外です』とか突っぱねたりせずに、ただ、こんな笑顔で応えてくれるんじゃねーかな、って。・・・・・・・・・これが・・・・・・精一杯なんだ・・・」
その場がしんと静まり返った。
「・・・・・・どんなに色んな事を一緒に経験しても・・・死んじまったら、そこまでの思い出が残るだけで・・・。そこから新しい何かは生まれねー・・・。一緒にキャンプに行く事も、一緒に悲しむ事も、一緒に話す事も、一緒に笑う事も・・・ケンカする事すら・・・・・・」
静かな部屋の中、パソコンの放熱の音だけがノイズの様に入り混じる。
「だから・・・オメーらには生きていて欲しいんだ・・・」
他の存在を想うあまりに、呆気なく・・・あまりにも呆気なく自分の命を絶ってしまった彼と。
その彼の、あまりに切ない願いは・・・
ヒロキ君の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ、と、自分の息子にあまりに憤慨していた有希子と・・・彼のプログラムに興味を抱いた優作と・・・工藤新一自身の彼への興味から・・・
生きてさえいれば、そう遠くない時間の中、叶えられたのかもしれない―・・・
せめて・・・せめて、彼の望んだ、「友達」と一緒に遊ぶ事くらいは、叶えてやれたかもしれないのに・・・
・・・どれだけ小さくても、それがどれだけ困難だと思っても・・・・・・可能性さえ捨てなければ・・・
ヒロキ君のプログラムの中には、「トモダチ」という言葉が存在しなかった。無理も無い。これは父親に向けたもので・・・。それまでに、彼には「トモダチ」という存在はどこにも無かった。望む事すら不可能だったのだから。トモダチという言葉や存在への憧れはあっても、それをこのプログラムの中に入れてしまえば、遠く離れた息子を思う父親は心配する事しか出来ない・・・。だから、『入れられなかった』というのが正しいのだろう。
自ら学習するノアズ・アークなら、こちらが教えればそれも概念として持ちえたかもしれないのだが・・・。
彼自身の優しさの為に、それは拒絶されてしまった。
「・・・・・・ヒロキ君はな、友達と一緒に遊んだ事なんて無かったんだってよ・・・。だから、せめて・・・彼の願いを叶えてやりたいと思ったんだけど・・・」
そう話すと、元太が必死にパソコンの中のヒロキ君に向けて、トモダチという言葉を繰り返した。だが、画面の中のヒロキ君には理解されなかった。
「ボク達、トモダチになりませんか?」
「トモダチ、よ、ト、モ、ダ、チ。ヒロキ君と、私達はトモダチになるの!」
「オレ達トモダチだ、な!」
ただただ何度繰り返しても、画面の中のヒロキ君は、悲しそうな笑みを浮かべたまま、首を傾げるばかりだった。
「・・・ノアズ・アークがあったなら、・・・ヒロキ君に、たくさんの友達を作ってあげる事が出来るんでしょうか・・・」
ぽつり、と光彦が呟いた。
「え?」
「もしもですよ、今回の事件で話題になった、ノアズ・アークが実在したら・・・ヒロキ君にも、友達だって作れますよね?一緒にキャンプ・・・は無理でしょうけれど、一緒に・・・泣いたり、笑ったり・・・ケンカ・・・くらいは出来ますよね・・・?」
「・・・・・・コクーンの・・・世界の中にコイツが入れたら・・・そしたらオレ達とサッカーとか、野球とか、キャンプだって・・・」
「・・・そうよね、そしたら遊びに来た皆と友達になれるよ・・・ヒロキ君にもたくさん友達出来るよ、きっと」
どうして自らの命を絶ってしまったのかと、言ってしまいたかった。でも、歩美も、光彦も、元太も・・・決して口には出さなかった。ヒロキ君にそれを言っても、また困った様に微笑むだけだと、分かっていたから。
「死んだらそこからは何も生まれない」という重くのしかかったコナンの言葉が、身体中に染み渡って目から溢れた。
お前ら、と小さく口にしたコナンに、灰原がぽつりと話し掛けた。
「・・・・・・彼らの様な人間ばかりなら、彼も死なずに済んだのかもしれないわね・・・」
ふ、と小さく・・・悲しそうな笑みを漏らして・・・
なあ、ヒロキ君・・・と話し掛けたコナンの声に反応して、ヒロキ君の視線がコナンを捉えた。
「・・・・・・・・・最後の最後であきらめようとしたオレを・・・思いっきり怒鳴りつけて、叱ってくれた君は、オレにとって大切な友達だよ・・・」
画面の向こうのヒロキ君は、ただただ静かに微笑みながら首を傾げていた。
気のせいか、さっきよりは幸せそうだ・・・と。そう読み取れる笑顔を返しながら。
あとがき。
「自己犠牲」は、本当に相手を想う優しさから生まれるものじゃない―・・・
守られた側に立ってごらん・・・それがどれだけ重い十字架なのか・・・それがどれだけ深い傷になるのか・・・
本当に相手を想うなら、一緒に生き抜く為に全力を尽くそうよ・・・
今回の映画、コナン君が、そういう意味でとっても痛くて悲しくて大きな傷を受けて・・・痛々しくて悲しくなりました。
元太も、光彦も、歩美ちゃんも、菊川君も、滝沢君も、江守君も・・・違うよ、そんなのは本当の勇気じゃない。本当の優しさなんかじゃないんだよ。君達は簡単にその身を犠牲にしたけれど。あたかもそれは美しい事の様に捉えられがちだけれど。違う。そんなに簡単にその身を犠牲にするなんて、君達のお父さんやお母さんが悲しむとは思わなかったの?君達を大切に想う人達がどれだけ悲しむか分からなかったの?
コナン君はね、いつも命賭けで危ない所に乗り込んで行くけれど、一度だって、「自分の命と引き換えに」なんて真似は、考えは抱いて無いはずだよ?
コナン君は、命の重みを嫌と言う程に知っているから。だから、危ない所にも危険を顧みずに乗り込んで行ってしまうけれど・・・それでも、彼は、命を、自分の命を諦める事なんてしないよ・・・?
今回、探偵団の子ども達に、ちゃんと言ってあげて欲しかったなあ・・・と・・・コナン君がどれだけ深い傷を背負ったか、ちゃんとあの子達は知っておいて欲しいと・・・そう思いました。
綺麗な死より―・・・カッコ悪くてもいい、生きる事を選んで・・・
君を想う人達の為に。それから、誰より、君自身の為に。