受話器の向こう側



事件、事件、事件―・・・

いかに推理するのが好きだかといって、こうも立て続けに毎日凄惨な事件ばかりで心がささくれ立ってきているのも否定できない。

昨夜の事件なんて極めつけで、犯人の、「所詮、人間なんて自分さえ良ければ後はどうだっていいんだ」という捨て台詞に、午前1時までかかって犯人のアリバイトリックを見抜いた頭は怒りに満ちた。

いつもなら―・・・

不謹慎だと言われるかもしれないが、いつもなら授業中のうたた寝で睡眠不足も解消できた。

ところが、今日は勝手が違って―・・・

理科の実験、体育の水泳、図画工作・・・身体を動かす授業の連続で、今日ばかりは机が恋しかった。

家に帰り着いて、事務所のソファに腰を下ろすと、深い溜息が無意識に口をついて出た。

やっと仮眠できる

朝からイライラしているのは、睡眠不足の所為ばかりではなく、犯人の捨て台詞がひっかかっていたのが原因でもあったのだが―・・・

原因の一つを取り除けるのは願ってもない事だった。


そう思った時、不意に電話が着信を知らせて鳴り響いた。


―誰だよ、こんな時に・・・


不機嫌を押し隠して、精一杯の愛想を振り撒いて電話に出る。

「はい、お待たせしました、毛利探偵事務所です」

少し舌足らずな、幼さを残しての演技。

実際、この姿と同じ位の子どもの頃だって、こんなに可愛い子ぶった話し方などしなかったはずなのだが・・・

全ては周りの人間を巻き込まない為―・・・

正体を知られて、周りの人間が巻き添えを食うのは、何としても避けたい。

それを考えれば、演技するのも苦にはならなかった。



電話の向こうから返ってきたのは

「おう、工藤!元気にしとったか!?」

という、随分耳に馴染んだ関西弁のその声。


「あんだ、オメーか・・・」

演技する必要もなかったと思った分、余計に素っ気無い返事になってしまった。

それでも相手はめげる様子もなく「なんや、つれない奴っちゃなァ!」と返してくる。

「オメーにつられる趣味はねーよ」
その明るさに思わず毒気を含んだ言い方をしてしまう。


バーロ、何て時に電話かけてくるんだ・・・

不機嫌な感情が剥き出しになる。

「何か用か?」
「別に何もあらへん。最近どないしてんのかと思ただけや」
「あっそ。じゃあな」

これ以上続けていると服部に八つ当たりしちまうな・・・

早々に切ってしまった方が良いと判断して、受話器を置こうとした。

「まあまあ、そないに慌てて切らんでもええやろ?この間おもろい事件に出くわしたんや」

「おもしろい事件・・・?」


そう来たか・・・

おれは今眠いんだ・・・

事件と出せばすぐに飛びつくわけじゃねーんだぜ?



だけど・・・


西の高校生探偵の言う「おもしろい事件」はかなり心惹かれるものがあった。


「・・・・・・どんな事件だよ?」

睡眠を欲しがっていた頭は、事件の内容を要求している。


上手いんだよな、コイツ・・・

そう思いながらも、話の内容に引き込まれていく。


「工藤?ちゃんと聞いとるんか?」
「受話器越しにでけー声で喋るなよ、耳鳴りしてんだぞ」
「悪ぃ悪ぃ」

あんまり悪いと思ってねーだろ、その返事だと・・・


「工藤がちゃんと返事せぇへんから、聞こえとるんやろかって声が自然と大きなってなァ」
「・・・どういう意味だよ」
「や、工藤ちっこなってしもぉとるから、耳に受話器くっついとらへんのやないかと・・・」
「オメーな・・・」

妙なとこばっか子ども扱いしやがって

おれの事工藤って呼んでんだから、その辺は分かって言ってるんだろーけどよ・・・


この電話の相手と話をしていると、無意識に素の自分になっている。

コナンとしてではなく―・・・

工藤新一としてでもなく―・・・



ただの

一介の


男子高校生とでも言うべきだろうか・・・





・・・話の内容が特殊と言えば特殊だけどな



頭の中に浮かんだその呟きに、ふっと苦笑が漏れる。



平次が話している事件はそれなりに興味が持てる事件ではあったが、途中でその裏に隠された真意に気がついた。

ああ、そうか・・・


今のおれを、工藤新一として向き合ってくれる相手がいる。


気持ちのトゲがゆっくりと柔らかくなっていくのをはっきりと感じていた。

江戸川コナンである事に、今はそれ程違和感は無いのだが、やはりどこかで演技をしているのは否定できない。


時々、息が詰まりそうになるほどにイライラしたり、この身体を不便に思ってやりきれない思いを抱えたりする事だってあるのだ―・・・



そうした時に、平次の存在はありがたかった。

平次が自分を思ってくれている、その気持ちも―・・・


電話を切る直前、その気持ちに小さく「サンキュ」と礼を言った。


「誰から電話だったの?」
夕飯の支度を終えて、事務所に蘭が顔を出す。

深く息を吸うと、思い切って言葉にした。


「・・・・・・大切な友達」


さすがに照れくさくて、ランドセルを置いてくるねと言い残して階上に上がった。


受話器の向こうのアイツは今どんな表情をしてるんだろうと思いながら―・・・














●年前の夏でした。

とある人に「くぬぎは友達たくさんいるよなー。羨ましいよ」と言われた事があります。

その人に「なんで?●●●もたくさんいるでしょ?」と
聞いたら、ただただ笑ってましたけど。

本人曰く、「友達」と「ツレ」や「ダチ」は違うんだそうです。

その時妙に「なるほど」と納得してしまったのを覚えています(^^;)


くぬぎが思うに、それ、言い方一つから始まってるんじゃないかなと思うんです。

「ダチ」や「ツレ」は確かに照れくささを伴わないから使いやすい言葉なんですよね。

でも、言霊ってご存知です?

言葉には魂が宿るっていう、あれです。

「友達」って言葉には、ぎゅーっと結び付けてくれるコトダマがあるのかなーって思うんですが。

人に紹介されるにしても、普段何気なく使うにしても、「ダチ」って言われるのが普通の状況になりつつあるこの中だからこそ、自分の事を「友達」って言ってくれる相手って、特別嬉しくありません?

そんな風に思うのはくぬぎだけなのでしょうか(^^;)

何にしろ、くぬぎにその発言をした相手に、友達がたくさん出来ている事を祈るばかりです。