Knight

「どうしよう・・・」
木々の隙間から漏れる光は、昼間なのに頼りなく―・・・山道に迷った心を不安で満たすには十分すぎる程だ。

「大丈夫だよ、蘭ねーちゃん・・・」
そう言いながら前を歩く小さな存在は、不安など微塵も感じさせず、草をかき分けつつ歩いて行く。


園子の別荘に向かう山道の途中だった。
以前行った事もあり、山道を甘く見ていたツケだったのかもしれない。




道端に咲く小さな白い花を見つけて、蘭はコナンに声を掛けた。
「コナン君、見て・・・綺麗だよ!」
嬉しそうにはしゃぐ蘭を、まるで我が子を見る親の様に仕方ないなぁといった感じで苦笑しながら、コナンが歩み寄る。
「蘭ねーちゃん、危ないよ?そっちは・・・」
前日の雨で、地盤が緩んでいたのだろう・・・コナンが言い終わる前に、蘭の足元が、ずるっと崩れた。

「きゃ・・・!?」
「蘭ねーちゃんっ!!?」
ぐらっと揺れ動く視界に、コナンが血相を変えて駆け込む姿が映る―・・・

その身体を支えようと伸ばされた小さな手では・・・大人の身体を支えきれるはずもなく、二人は木々の間を転がる様に落ちていった。

「・・・大丈夫!?蘭ねーちゃん!」
いち早く気がついたコナンは、心配そうに蘭の顔を覗き込んだ。

意識がゆるやかに戻ってくる・・・それと共に、左肩に激痛が走った。

待ち構える様に生えていた木の幹から、上手く避けたつもりだったのだが・・・

不安そうなコナンの表情に、痛みを堪え、蘭は平静を装った。

「・・・うん、大丈夫・・・それよりコナン君の方こそ大丈夫?」
「うん・・・でも・・・」
二人がいる場所は、既にどこなのだか分からず・・・元歩いていた道も、どっちの方向から歩いてきていたのかすらも分からなくなってしまっていた。

慌てて助けを呼ぼうと取り出した携帯は、圏外を示していた。

ひたすら謝る蘭に、コナンはにこっと微笑んで、「大丈夫だよ」と言い放った。

どうしてだろう

この小さな身体の子どもは、信じられない程信頼できる存在だった。

「ほら・・・あそこが僕達が歩いていた道だよね?・・・ここからは斜面が急すぎて登るのは大変そうだけど・・・ちゃんと見えてるし、現在地さえちゃんとつかめていれば、斜面がなだらかになった所で上にあがれば良いんだし・・・」


蘭から渡された地図を持つと、コナンは現在地を確認しはじめた。
「僕達が歩いてきたのはこの道で・・・この辺りまで進んでたから・・・・・・」
話しかけて、蘭の不安そうな表情を覗き込むと、コナンはにこっと微笑んだ。
「・・・・・・大丈夫、ちゃんと戻れるからね!」

太陽すらも届かず薄暗い木々の中、コナンは蘭に借りた地図を片手に歩き始めた。

戸惑いながらも、不安には打ち勝てず、蘭はコナンの背中を追い始めた。

木々の隙間から少しずつ日が差す様になるには、そうはかからなかった。

・・・怒ってるのかな・・・

さっきまで隣にいたコナンは、立ち止まろうとせず、ずんずんと一人、歩いていく。

・・・当たり前だよね・・・・・・


視線が下に向かう。

「・・・あれ・・・・・・?」


ふと、気がついた。

すぐ脇は、足にまとわりつきそうな程草が生い茂っているのに・・・

「・・・・・・・・・・・・」

思わずコナンの後姿を見た。


・・・私が歩きやすいように草を踏み分けてくれてるんだ・・・

先に進むコナンの背中に、ぽろっと涙がこぼれた。

「・・・蘭ねーちゃん?」

ちゃんとついて来ているか、後ろを振り返っていたコナンが声を掛ける。

「あ、なんでも・・・」
視線を逸らしてそう答え・・・次の瞬間悲鳴があがった。

「きゃ・・・!!!へ、ヘビっ!!?」
「じっとしてて!」
視線の先の間にバッとコナンの背中が割って入る。

少しして、コナンの背中から緊張が抜けていった。
「なんだ・・・これ、ムサシアブミだよ、蘭ねーちゃん」
くすくすと笑うコナンが指差したのは、一見ヘビに見間違う様な茎の形をした、変わった野草だった。
「あ・・・なんだ・・・・・・」
コナンが差し伸べてくれた手を掴もうと、右手を出した瞬間・・・左手にわずかに重心がかかり、打ち付けた左肩に激痛が走った。
「・・・・・・・・っ」
隠していた痛みを見つけ、コナンは一瞬にして緊張感を伴った、険しい表情を見せた。

「・・・見せて!」

血相を変えるコナンに、躊躇いながらTシャツの襟首から左肩を見せる・・・

真剣な表情だったコナンは、一瞬赤くなって視線のやり場に困っていた様だったが、青紫色に腫れ上がった肩を見て、また真剣な表情に戻った。

「どうして黙ってたの!?・・・これってさっき落ちた時の!!?」
怒鳴る様に、コナンが問い詰める。
「大丈夫よ、歩くのにはなんともないから・・・園子の別荘に行けば薬もあるだろうし」
スッと服を戻して、蘭は微笑んだ。

「だからって・・・」

蘭が痛みを隠していた事に、どうしようもない程、悔しさがこみあげて・・・。

コナンの脳裏に、さっきちらっと見えた、更に崖下の平野とそれが浮かんだ。

「ごめんね、コナン君・・・私の不注意でこんな事になっちゃって・・・」
「そうじゃなくて・・・」
「・・・私がよそ見なんかしなければ落ちたりしなかったんだもの・・・自業自得よ」
しょんぼりと呟く蘭に、コナンは溜息混じりに呟いた。

「・・・蘭ねーちゃんはちょっとここで待ってて」

「えっ・・・コナン君・・・」
「すぐ戻るからね、ちゃんとここにいてよ!!?」
半分怒った様な口調でそう言い捨て、コナンは駆け出した。

さっきまでよりは数段マシになったとはいえ、右も左も分からない山の中・・・女の子が一人残されるなんて状況は恐怖以外の何物でもない。

「あ・・・ちょっと待ってっ、コナン君っ」
追いかけようとしたが、すぐにその後姿は見えなくなってしまった。

「やだ・・・一人にしないで・・・・・・・・・」

呟く声に、不気味な鳥の鳴き声が重なって、不安は一層大きくなる。

「・・・・・・・・コナンく〜ん・・・・・・・・・・・」

・・・・・・・・・返事は無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一瞬その名前が出かけたが、その名前の主は現れてくれるはずもなく・・・

逢いたい想いだけが溢れ出し、痛みをこらえ、ぎゅっと肩に手をやる。


我慢しなくちゃ・・・ちゃんと「帰ってくる」って約束してくれたんだから・・・


今はそれだけが救いで


はぁはぁと息を切らせてコナンが茂みから出てきた。

その姿を見れば、とんでもない所を通って来たのはすぐに分かった。

「コ・・・コナン君!?」
驚く蘭の声に答える余裕もなく、空を仰ぎながら、コナンは懐から葉っぱを取り出すとそれを揉み始めた。
「か・・・肩出して・・・」
素直に従う蘭の肩に、コナンは揉んだ葉っぱを当てる。
「・・・この揉んだ・・・生の葉で打ち身・・・の、痛みが取れるから・・・」
「これを取りに・・・わざわざ?」
蘭の問いには答えてくれなかったが、コナンの泥だらけの頬には草で切ったのだろう・・・血が滲んでいる。息もあがったままだ。

急いでいて転んだのだろう、膝にも泥がついている。
「コナン君・・・怪我・・・」
「ん、ちょっと・・・大した事ないよ」

コナンはバンダナを取り出すと、その葉の上に当てた。

「僕向こう向いてるから・・・それ縛って・・・」

「あ・・・うん・・・」

言われたままに結びかけるが・・・片手しか使えない状況では上手く結べるはずもなく・・・だからといって、コナンに頼めるわけもなかった。

変な話、これくらいの年の子どもなら、親と一緒にお風呂にだって入ったりもするのだろうが、コナンは時々こうした些細な事でも視線のやり場に困っている様な様子を見せるのだ。
今だって、見えているのは首筋くらいなものなのに。

コナンを相手にしていると、時々・・・妙な錯覚すら覚える。

そう、それはまるで・・・

「・・・・・・ありがとう、コナン君・・・」
そう言いながらTシャツを戻すと、やっとこっちを見た。

「あのね、蘭ねーちゃん・・・」

いつになく真剣な表情に、どきっとする。

「・・・いつか、新一にーちゃんの言葉、僕伝えたよね・・・?」

いつか・・・は、あの米花ホテルのレストランの事だろう・・・

「新一にーちゃんが必ず帰るって、あの言葉・・・。」
「うん・・・」
「・・・新一にーちゃんが帰ってくるまで・・・僕が蘭ねーちゃんをちゃんと守ってみせるから、ちゃんと僕の事頼ってくれる?・・・新一にーちゃんにするのと同じように頼って欲しいんだ」

これがただの小学生の言葉だろうか・・・

蘭が返事に躊躇っていると、コナンが不安そうな表情を見せ始めた。

「やっぱり駄目?・・・・・・頼りない?僕じゃ・・・」

「そんな事ないよ・・・」
にこっと微笑みながらのそのセリフに、コナンは複雑な表情を見せた。

「さ・・・行こう、蘭ねーちゃん・・・!日が暮れちゃったら身動きとれなくなっちゃうから」

そう差し出されたその手は暖かく・・・いつのまにか、不安などどこかに消え失せてしまっていた。



園子の別荘に着いた時には日も大分傾いていて―・・・、泥だらけの二人に、別荘の管理人も驚いていた。

「いつまで待っても来ないから心配してたのよ!?携帯にかけてもつながらないし、駅まで何度も迎えに行ったんだから!」
心配していた反動だろう・・・園子がすごい剣幕でまくしたてる。
「あは・・・ごめんごめん、園子・・・。ちょっと足滑らせちゃって・・・」
「あのね、園子ねーちゃん・・・蘭ねーちゃん、ケガしてるの・・・お薬塗ってあげてくれる・・・?」

いつもの子どもの表情に戻ったコナンは、あどけない口調で園子に事の次第を話した。

管理人も急いで風呂を沸かし、二人を迎えてくれた。

「・・・都会の女の子がイタドリの葉っぱの事なんてよく知ってたなぁ・・・」
管理人が、感心しながら蘭の肩に湿布を貼り、包帯を巻く。
「いえ・・・私じゃないんです。コナン君が・・・」
「・・・あんな小さな子が?・・・まあ、イタドリって言ったら、食べたり出来る野草だから名前くらいは知ってたとしても不思議じゃないけれども・・・それにしても、今はまだ花の咲く時期じゃないのによく見分けがついたもんだ・・・」
「私、ムサシアブミっていうのに驚いて座り込んじゃって・・・コナン君が摘んできてくれたんです。」
蘭が苦笑しながら話す。
「ムサシアブ・・・って、それ大分奥の方に行かないと無いな。イタドリがあったとしたら、あの崖の下か・・・よく子どもがイタドリ取りに行ったなぁ・・・」
「えっ・・・?崖!!?」
「イタドリっていったら、陽の当たる平野の方に行かないと無いんだよ。この山には、一箇所だけ生えてるんだけどね・・・そこの周りの斜面が急な崖みたいになってて、地元の人ですら寄り付かないとこなんだよ」
管理人の言葉に、蘭は驚きを隠せなかった。


あのケガ・・・

よっぽど無理をしてくれたんだとは思っていたが・・・そこまで自分の為に一生懸命になってくれたのか・・・

それを思うと、胸がいっぱいになった。

「そんな所で迷ってたんなら、心細かったでしょう・・・?」
心配そうな管理人の奥さんの声が、蘭の中で大きく育っているその存在を優しく認めさせてくれた。





普通なら気持ち良いと感じるその風呂は、手足についた無数の傷に染みて・・・自然に眉間に皺が寄る・・・。

我ながら無茶をしたものだと、コナンは自嘲した。

蘭が痛みを堪えていると思ったら、崖の様な斜面を行き来する事も、自分の背丈より高い草むらも全く眼中に入って来なかった。

蘭が聞いたら卒倒する様な所もあった・・・。

通ってきた道すがら、崖っぷちの下にちらっとだけ見えた平野に生えていたそれを目指して、ただただ夢中だった。

上から見ていた時には、これ程大変な所だとは思わなかったのだが・・・


夜風はまだ冷たく、頬をそっと撫でていく。

新一の姿だったら・・・

今日ほどもどかしい想いはしなかっただろう。


ベランダに一人佇んで、頬杖を突きながら眺める星空は、こんな心境でもなければ心洗われる薬にはなってくれたのだろう。


本当の・・・工藤新一の姿だったら、蘭は頼ってくれたのだろうか・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・本当の?

じゃあ、今のオレは・・・江戸川コナンは一体何だって言うんだ・・・?


溜息が深く心をえぐる。


「だ〜れだっ!」

目隠しと明るい声・・・急激にその場の雰囲気が変化したのを肌で感じる瞬間―・・・

「蘭ねーちゃん・・・」

「あたり!・・・どうしたの、こんな所で・・・」
「あ・・・星を見てたんだ・・・」
「俯いて?」

しっかり見られていたらしい。
くすくす笑いながらの蘭に、コナンは『敵わないな・・・』と苦笑した。

「イタドリって平地の方に生えてるんだってね・・・」
「え・・・」
「で、私が驚いたあの草・・・ムサシアブミは山の奥の方に生えてる草・・・」
「山の奥じゃなくて・・・半分日陰になってるような林の中とかだよ・・・あ、これは新一にーちゃんから教えてもらって・・・」
「うん・・・聞いた・・・・・・この山だとイタドリがどんなとこに生えてるのかも・・・」

まっすぐな蘭の視線に耐え切れず、コナンは目を逸らした。

「ありがとう・・・私の為に取りに行ってくれたんだよね?」
「・・・・・・・・・・そんな、お礼言われる様な程の事じゃ・・・それより、園子ねーちゃんはいいの?放っといちゃって・・・」
「園子なら、お風呂・・・」
「あ、あ・・・そう」

会話が途切れ、蘭が天を仰いだ―・・・。

「・・・て良かった・・・」

「え・・・?」

「コナン君がいてくれて良かった・・・って言ったの・・・前にも言ったよね」
「・・・・・・ねえ、蘭ねーちゃん・・・僕、ちゃんと新一にーちゃんの代わりになれてる?」

おずおずとしたコナンの問いかけに、蘭はきょとんとコナンを見つめた。

「・・・新一の代わり・・・?」

不安そうなコナンに、蘭はふっと吹き出した。

「やだ・・・新一の代わりなんて誰もなれないわよ・・・・・・!」
「そ・・・そうだよね」

「コナン君の代わりには誰もなれない様にね!」

「え・・・っ」

「言ったでしょ?コナン君は特別な存在だって・・・コナン君は立派な騎士だよ!・・・意地悪なアイツとはまーったく比べ物にならないくらい!」
「は・・・ははは・・・」
「・・・打ち身だけじゃなくて、心の方も助けてもらってるもの・・・」
「・・・・・・心?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ありがと、素敵な騎士さん・・・」

頬に触れた柔らかなそれは・・・コナンの顔を真っ赤にするには十分すぎた。

「あ・・・あはは・・・はは・・・」

「じゃ、先に部屋に行ってるね!」

くすくすと明るい笑い声を残して、蘭は家の中に入って行った。


工藤新一を誰より求めてくれているはずの蘭が、江戸川コナンという存在を認めてくれた―・・・

「まんざら、今の生活も捨てたもんじゃないかもしれねーな・・・」

頬につけてもらった心の薬は、ほんのりと温もりを残していた。





今回、「約束」の続編みたいになってますが、別物として見てくださいね(^^;)
書きたかったテーマは微妙に違いますので・・・(^^;;;)

コナン君は確かに「新一」としての自分が本当の自分でしょうけれど、「コナン」として蘭ちゃんを救っている部分はかなり大きいと思うんです。
コナン君にも、江戸川コナンとしての自分の存在を認めて欲しいなぁって思って書いてみた作品です(^^;)

そりゃあ、新一にーちゃんが大好きvなくぬぎから見たら新一にーちゃんが出てくれれば嬉しい事この上ないです。・・・けど、そのせいでコナン君がいなくなるのは絶対やだ!(ワガママなっ)
そのワガママの発展先が「コナン#」なんですね(笑)(あっちはでれっでれに甘いですが(^^;;;;))

あ、イタドリの葉は、本当に打ち身に使えますv
ムサシアブミも本当にあります。

ただ、設定上無茶してますが、この草、山の中と平野にあるものなので、同じ場所で見るのは難しいかと(^^;;