花
人の命はよく花に例えられるけれど・・・
やわらかく開く花弁の様に、いつか私の心も自然に生きる事を受け入れられるのかしら―・・・
「ねえねえ、灰原さん、どのお花がいいかな〜」
沢山の花に彩られながら、可憐な笑顔がそう問いかける―・・・
「病気じゃないけれど、一応お見舞いだから・・・そんなに匂いのキツくないのがいいと思うわ・・・苦手な人もいるしね・・・」
哀の言葉に素直に頷き、歩美は元太と光彦に手にした花を見せに行った。
前の担任だった戸矢先生に赤ちゃんが生まれたのだ。
哀としては、転校してくる前の担任・・・関わりはなかったのだが、歩美にどうしてもとせがまれると、断りきれなかった。
結果、こうして花屋にいるわけである。
その空間―・・・これまで縁の遠かったその空間に、一人、ぼんやりと佇む。
・・・私には不似合いな世界ね・・・
特に、宮野志保として生きていた頃は、興味の対象も、生活も全て研究一色に染められていた。
花なんて、研究所に飾ってあった記憶など無い・・・
・・・いや、飾ってあったとしても、気にも留めなかった。
こうしてみると、一口に花といっても色んな花があるのね・・・
ゆっくりと周りを見回すと、もう一人、周りの空気に馴染めずに佇んでいる相手を見つけた。
「・・・恥ずかしい?」
くすくすと話し掛けられ、彼―・・・江戸川コナンは仏頂面になった。
「・・・・・・・あのなぁ、中身は17の高校生だぜ?この雰囲気にはしゃげるわけねーだろ・・・」
「はしゃいでいたらはしゃいでいたで面白いけれど・・・?」
「おめーなー・・・」
くすくすと笑う哀に、コナンは意外なセリフを吐いた。
「おめーも黙ってりゃ、似合うのにな・・・」
「え?何?」
笑っていて聞き逃したらしい。きょとんとした哀に、コナンはぶっきらぼうに返す。
「おめーも、黙ってりゃこの雰囲気に馴染んでるのになって言ったんだよ・・・!」
「それって、皮肉?」
「皮肉じゃねーよ・・・まあ・・・もっとも女は皆花が似合うんだけどな・・・。母さんが言ってたな〜・・・女の子は華だから、花が似合うんだってさ・・・。」
「・・・例外もあるんじゃない?」
「そうか?・・・あ、あれなんかおめーに似合いそうだったけどな・・・」
コナンは、この間テレビで見た花の説明を始めた。
「霜が凍ってできた・・・結晶みてーなもんだけどよ、珍しいんだってさ。条件さえ揃えば、一晩で出来るんだけど、朝日が昇って1時間くれーで消えてなくなっちまうってヤツ。」
「・・・それは私が冷たいと言いたいのね?」
凍りつく哀に、ジト目でコナンが応戦する。
「・・・そうじゃなくて、儚いって言いてーんだ・・・」
きょとんとする哀に、コナンは続けた。
「オメ―、『生きる』っつー事を放棄してるよーなとこあっからな・・・。目ぇ離すと消えちまいそーな印象とか似てるな〜ってな・・・」
「・・・・・・・」
「・・・時間かけてもいいからよ・・・陽の光が当たってもとけねー、ちゃんとした花になれよ?」
どうやら、彼なりに励ましてくれているらしい・・・。
そう気付いて、哀はふっと苦笑した。
「そうね・・・もし花になれなくても、種はちゃんと残せる様に努力するわ・・・」
「・・・種?」
「種って言うのは、APTXの解毒剤の事よ・・・あなたには必要でしょ?」
「そりゃまあ・・・・・・必要・・・だけど・・・」
一瞬の空白をおいて―・・・コナンの表情が険しくなった。
「・・・その為に命を捨てるなよ?」
「・・・・・・努力するわ」
軽く流そうとした哀の腕を、コナンがぐっとつかんだ。
「約束しろよ・・・ちゃんと」
まっすぐな目に射抜かれて、その腕を振り解く事も出来なかった。
「オメ―はもうアイツらにも、おれ達にも深く関わってんだ・・・。生きるってちゃんと約束しろよ・・・でないと、おれだけじゃねー、皆が納得できねーんだよ」
「・・・・・・み・・・んな・・・?」
「そうだ・・・皆だよ・・・。オメ―に関わった事がある、皆だ。」
「・・・約束は・・・出来ないけれど、努力するわ・・・」
それが、哀の精一杯の答えだった。
コナンとは違って、組織の中を嫌と言う程見せ付けられ、育ってきたのだ。
自分の裏切りがどれ程恐ろしい結果を招くかは、一番よく知っている。
「・・・私は誰かさんみたいに約束を破った事はないから」
「なんだよ、それ・・・」
「あら、詳しく言って欲しい?・・・彼女に舞台の上でだけ会う約束だったのに、目の前で事件が起こった途端、大勢の目の前に自分の姿を曝け出した人の事を言ってるのよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・オメ―はあれだな・・・花に例えるなら薔薇だな・・・」
「棘があるって事でしょ?」
にこやかに哀が切り返す。
「よく分かってんじゃねーか・・・。じゃあ、薔薇にどうして棘があんのか知ってるか?」
コナンの問いに、哀が一瞬きょとんとした、その時だった。
光彦がひょこっと顔を出し、コナンは慌てて掴んでいた哀の腕を放した。
「あ、二人ともここにいたんですか!花選んじゃいましたよ?これでいいか見て下さい!」
「あ、ああ・・・今行く!」
光彦にそう答えて、コナンは答えを出せていない様子の哀をちらっと見た。
「棘が無いと自分を守れねーからだよ。」
「え?」
「心配すんなって・・・オメ―がちゃんと花になるまでおれが組織の目からオメ―を守ってやっからよ」
たった一人の個人の力で、そんな大それた事が出来るはずがない―・・・
そう思った・・・
思ったのだけれど・・・
不思議と心は満たされていく―・・・
「・・・大丈夫よ、自分の身くらい、自分で守るわ・・・。貴方には守らなくちゃいけない花があるでしょ?」
「何か言ったか?」
哀の声が聞き取れなかったのだろう、・・・コナンが尋ねた。
「何でもないわ・・・それより、吉田さん達心配してるわよ?行きましょ」
「あ・・・ああ、そうだな・・・」
先に歩き始めたコナンと、その向こうに探偵団の皆の笑顔―・・・
その背中と笑顔を見つめる。
暖かい居場所―・・・
「おーい、灰原、何してんだよ!?」
「灰原さ〜ん!」
当然の様に迎えてくれる笑顔―・・・
『灰原哀』の・・・私の新しい居場所―・・・
自然と顔がほころんでいた。
そう・・・自分から踏み出さなくては世界は何も変わらない・・・
生きるって事が、どんなに苦しくても―・・・
こんな仲間に囲まれて、なら・・・
「悪くないかもしれないわね・・・」
一人の少女が、今、暖かさに包まれて、第一歩を踏み出す―・・・。
自分の中で、確かに何かが変わった―・・・
そんな気がした。
はい、雪月花と続く3部作終了です(^^;)
哀ちゃんには、自分が周りの人たちに暖かく迎えられている事実、そして、これからの未来は、自分で決めていく事が出来る事などいろいろ気付いて欲しくて書き始めました・・・。
今度の映画、彼女が裏切る事になっても、くぬぎは哀ちゃんを信じてます。
一番怖いのはビルからダイブのシーンですが・・・(くぬぎは高い所が苦手だから(^^;))
あ、そうそう・・・コナン君が言っていた霜の花はホントにあります〜。北海道の洞爺湖だったかな??その辺の記憶は曖昧ですが、「風がなくて、気温が低く、すぐ近くに温泉などで沸き起こる水蒸気がある」というのが条件だったと思いますが・・・。