この広い空を、月は太陽を求めて追いかけ続ける―・・・

永遠に手には入らないその光を求めて・・・



「灰原さんて近寄りがたいよね・・・なんだか冷たそうで・・・」

そう言われるのには慣れていた。

彼女達の言っている事は間違っていない。

「そんな事ないもん!灰原さんがホントはどんな人だか知らないくせに!!」
そう涙ぐんで言い返す彼女に、少し心動かされ―・・・次の瞬間には彼女の知っている私も虚構の人物だと思うと、心の中に熱く重い鉛を流し込まれた様な感覚を覚えた。

一人になりたかった。

彼女が先生に用を言いつけられ、職員室に向かったその隙を狙って、教室から外に出た―・・・。


誰もいない場所を求めて辿り着いたのは屋上だった。

まだぬくもりには遠い、冷たい風が頬を撫でて通り過ぎていく。

直接頬を照らす陽の光は、暑いくらいなのだが・・・

眩しさに手をかざして空を仰ぎ見る―・・・

穏やかな空は、吸い込まれそうな色で、その心を柔らかくしてくれる。


そう、私は冷たい・・・この身に流れてるのは、どす黒い血・・・あなた達とは違う・・・・・・

どんなに求めても、それは変わらない・・・変えられない・・・・・・・


ふっと溜息混じりに視線を太陽から逸らすと、青空の片隅に月が浮かんでいた。

まんまるなその月は、夜空から取り残された様に、ぽつんとたたずんでいる。

「・・・あなたもひとりぼっち?」

哀の言葉に月が答えるはずもなく―・・・哀は自嘲的に微笑んでいた。

月は太陽に照らされて輝く―・・・。

自分から光を発する事は出来ないその月に、自分の姿が重なった。

「あなたが話してくれれば・・・私達友達になれそうなのにね・・・」


そう呟いた時、屋上に上がる階段の方から、自分を呼ぶ声が聞こえた。
ひょこっと顔を出したのは、光彦一人・・・
「どうしたんです?急にいなくなるから探しちゃいましたよ!」
なんでもない―・・・そうした雰囲気の中で光彦は微笑むと、哀の隣にちょこんと座った。

「・・・さっきの女の子達が言った事、気にしてるんですか?」

光彦は、にこにこと核心をついた。

「・・・気にしなくていいですよ!灰原さんが優しいのは僕達少年探偵団が保証します!」
胸をドンと叩いて、光彦は自慢気にそう言い切った。
「・・・・・・私優しくなんかないわ・・・彼女達の言ってる事、正しいもの・・・」
ふっと笑いながらの哀の言葉が意外だったのだろう、・・・光彦はきょとんとした。
「・・・・・・・・・・・どうしたの?」
「どうしてそう思うんですか・・・?」
真実を告げても彼の理解の域は超えているだろう・・・
哀は、どう説明していいのか、戸惑いながら、思い当たる事を、例をあげながら話していく。

「なあんだ、そんな事ですか!」

一笑に付されたのは、哀にとっては意外だった。
けたけたと笑い転げる光彦を前に、どうしていいのか分からず、ただただその様子を眺めていた。

やがて、笑い転げていた光彦が、目に涙を浮かべながら哀を見た。

「・・・そんなの、誰だって心の奥では思ってますよ。・・・気にしている灰原さんの方が優しいんです。」
「・・・・・・」
まさか、宮野志保としての経験を話すわけにはいかない・・・
哀は黙って光彦の次の言葉を待った。

「僕が思うに・・・灰原さんは『人と関わりを持つ』のが苦手なだけなんですよ・・・その優しさが邪魔してるんですね。・・・・・・・もっと、色んな人と話したり、友達になればいいんですよ」
「・・・・・・・・・私は・・・吉田さんや、円谷君、小嶋君がいてくれればそれで・・・他になんて考えられないもの」
そんな哀の言葉に、苦笑しながら光彦は空を仰いだ。

「・・・灰原さんは月に似てるんですよね」

「月?」

真っ暗な闇にしかその存在を知らせられないところ?
自分で光る事が出来ないところ?

じっと自分を見つめる哀の視線を受けながら、光彦は続ける。

「灰原さんって、周りが真っ暗になるとホントに分かりやすいですからね」
「・・・逆に言うと、真っ暗にならないと分からないって事?」
「あ、逆に取らないで下さいよ?・・・月って、暗闇を優しく照らしてくれるじゃないですか・・・」
「・・・?」
「灰原さんの優しさは、ホントに困った時や、落ち込んだ時―・・・そういう時にとっても暖かい優しさなんですよ。いつでも照らしてくれる太陽とは違った優しさ―・・・。」
「私は・・・そんなに綺麗な人間じゃ」
言いかけると、哀の口に光彦の手があてられた。
「駄目ですよ・・・最後までちゃんと聞いてください」
「・・・まだあるの?」
「ありますよ・・・ずっと思ってたんですから」

一呼吸置いて、光彦は続ける。

「太陽が昇っている間も、この空には星があふれてるんですよね。太陽はその光をも自分の光でかき消してしまうけれど・・・月は違います。灰原さんは、自分から前に出て優しさをアピールしないでしょう?」

開きかけた哀の口を、また遮って、光彦は続けた。

「確かに灰原さんは近寄りがたいかもしれません。・・・けれど、近づけた人はその優しさを十分理解する事が出来るんですよ。・・・クラスメートの女の子達は、まだ近づけないんですね。」
にっと微笑む光彦の言葉は、不思議な説得力を持ち合わせて、哀の心の隙間をほんの少し埋めていく。
「・・・その点、僕達はラッキーなんですよね!灰原さんの優しい所、いっぱい知ってますから!・・・・・・さっき歩美ちゃんが庇ってなかったら、僕が食ってかかっちゃいましたよ!」
頭を掻き掻き・・・光彦の頬は赤く染まっていく。
「あ、僕だけじゃないですよ?・・・多分、元太君もその場に居合わせたら怒鳴りつけるくらいしてます!コナン君もきっと・・・」

一瞬の空白・・・の後、哀の目に涙が溢れ出した。

「は・・・灰原さんっ!?どうかしました!!?僕何か悪いこと言っちゃいました!?」
涙の理由が見つからず、光彦はただオロオロしている。
「違うの・・・違う・・・・・・・ラッキーなのは・・・しあわせなのは、私の方・・・・・・あなた達と出会えた私の方・・・・・・」
差し出されたハンカチを受け取りながら、哀は涙を拭いた。


誰が予測出来たのだろう・・・

ただ人と人が出会うだけでもものすごい奇跡なのに

10年の時を遡る薬を飲んだ上で、彼らに出会えた奇跡。


交わる事のない時間が交わって、生まれた奇跡・・・

・・・・・・・・・・求めてやまなかった・・・光・・・・・・


偽りの時を過ごしていても、この光は本物である事は子ども達が知っている。

「他の皆には言わないでね・・・私が泣いたなんて・・・」

地上の月を、蒼い空にぽっかりと浮かんだ月が、優しく照らしていた。


はい・・・光彦編です(^^;)

当初、雪だったのですが、博士に代わっていただいて、月に登場です。

雪、月・・・と続いて次は花。3部作どう締めくくろうかな(−−;)