約束

「ね、新一・・・映画観に行かない?」
そう言い出したのはもちろん蘭の方だった。

「え?映画・・・?」
電話口に変声機を当てて話すコナンの顔色が曇った―・・・。

この姿で、新一として蘭と映画など、当然見られるはずもない。

「おれ今帰られる状況じゃねーんだよ・・・事件から手が離せなくて・・・」
「・・・・・・・・・・いつになったら帰って来れるの?・・・・・・・・・・もうすぐ約束の日だよ、忘れちゃった?」

約束?

蘭の言葉に、コナンはきょとんとしていた。心当たりはすぐに思い付かなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・ごめん、困らせるような事言って・・・事件なら仕方ないよね・・・・・・・ね、なるべく早く帰って来てね・・・・・・?」
電話の向こうで、無理に微笑む蘭の表情がコナンにも手に取るように分かった。
「・・・ごめんな、蘭・・・・・・」
「ううん、それより・・・身体には十分気をつけてね?風邪が流行ってるみたいだから・・・」
「・・・・・・サンキュ・・・」
「・・・・・じゃ・・・」

優しく受話器を置く音が聞こえ、コナンはそのままツーツーという機械音を聞いていた。


蘭に直接聞く事も出来ず、約束の謎が解けないままコナンは日曜の朝を迎えた。
「蘭ねーちゃんは?」
不機嫌そうな小五郎に、コナンは蘭の姿が朝から見えない理由を尋ねた。
「毎年この日は家にいたがらねーんだよ・・・今年はたまたま日曜ってだけで・・・」
「毎年?どうして?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
小五郎の表情が曇っているのがコナンにも分かった。
「・・・・・・・・・おじさん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新一の奴と一緒にいるんじゃねーのか・・・?」
「え?」
「毎年この日は新一と出かけてたからな・・・。あいつなら理由も知ってるだろうしな・・・」
「・・・・・・・・・・理由・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

これ以上何も話したくない・・・そんな沈黙だった。

どうしたんだ、おっちゃん・・・らしくねーな・・・

宙を見つめ、ぼんやりとしている小五郎からふっと目を逸らした。・・・窓の外の景色が泣き出しそうな雲に覆われていた。

「・・・・・・・傘持って行ってないよね、蘭ねーちゃん・・・・・・・・・・」
「?・・・そうか?」
「傘立てに蘭ねーちゃんの傘があるし、天気予報では確か晴れだって言ってたもの・・・」
「ああ、確かそうだったな・・・」

この様子だと、小五郎は当てになりそうになかった。

らしくない小五郎を気に懸けながら、コナンは蘭もまたらしくない雰囲気だった事を思い出していた。
・・・蘭と何かあったんだろうか・・・
蘭と小五郎はキツイ言葉は出る事があっても、底の部分では分かり合えている仲の良い親子である。
もし、ケンカしたとしてもそれほど心配はいらないのだが、この二人のらしくない様子はただ事では無い事を物語っていた。

とにかく、蘭を捜さなくちゃな・・・

さてと・・・どこを探すかな・・・

「ね、新一・・・映画観に行かない?」

頭の中に、蘭の言葉が響いた。

映画・・・か・・・。今やってるヤツで、蘭が観たがりそうなのと言ったら・・・何かあるかな・・・
新聞で映画のタイトルと放映している映画館を全てチェックする。

「・・・・・・・・・・・・蘭ねーちゃんが行きそうなとこ、探してくるね。」
コナンはそれだけ告げると、事務所を出た。


突然降り出した雨の中、蘭はぼんやりと街路樹を植えてある花壇に腰掛けていた。

行き交う人々は予測もしていない雨に戸惑い、雨を避けるために方々に散って行った。

朝から銅像のように動かない蘭に声を掛ける男もいたが、無反応の蘭にそれ以上構いはしなかった。

一人になりたくなくて、大勢の人がいる街中に来たのだが、道行く人々に余計に孤独を感じていた。

・・・・・・・・・・・・・新一・・・・・

涙ぐみかけた時、頭上に振りかかる雨音が微妙に変化したのに気付いた。

「・・・・・・・・・・・・・・?」

俯いていた顔を上げると、そこには傘を差し掛けているコナンの顔があった。

「・・・どーしたの?蘭ねーちゃん・・・風邪ひくよ・・・?」
一瞬、新一と重なって見えて、蘭は言葉を失った。
「蘭ねーちゃん?」
「コ・・・・・・コナン君・・・・・・・」
「・・・濡れてるよ?」
自分より大きな蘭に傘を差し掛け、コナンの身体に雨粒がぱらぱらとかかっている。
「おじさんとケンカでもしたの?おじさんも何だか様子が変だったよ?」
反応の無い蘭を心配して、コナンはきょとんとしながら、蘭の名前を何度か呼んでみた。
「あ、ああ・・・ごめんね?・・・あのね、今・・・一瞬・・・新一が迎えに来てくれたのかと思ったの・・・」
「えっ?」
驚くコナンに、くすくすと笑みを交えながら蘭は続けた。

「新一と約束したのが・・・ちょうど新一と私がコナン君くらいの時の事だからかなぁ・・・」
「約束?」
聞き返すコナンに、蘭は嬉しそうに微笑む。
「・・・お母さんが出て行っちゃった日なの、今日・・・。」

あ・・・!!!

蘭の言葉に、コナンの・・・新一の記憶が鮮明に蘇った。

「・・・・・・・・一人ぼっちになっちゃった気がして寂しがって泣いてた私に、新一がね・・・ちょうどさっきのコナン君と同じように私の事心配して捜しに来てくれて・・・」

あの日も、蘭と遊ぶ約束がしてあったのに待ち合わせの場所にいつまでたっても蘭が現れず、心配になって蘭の家に迎えに行ったのだった。
蘭は家にもいなくて、その代わり、今日の様な覇気の無い小五郎がぼんやり煙草をふかしていたのだ。

必死で捜してやっと見つけた蘭は、公園のベンチでぼんやりと座っていたのだった。

「これからずっとこの日はおれが一緒にいてやるからって言ってくれたの・・・。その約束がなくてもずっと一緒にいたし、特に約束しなくてもこの日は毎年一緒にいたから、新一も忘れてるかもしれないけどね。・・・もう10年になるんだし・・・」


コナンは、蘭の顔が見れずに、俯いた。

「一人になりたくなくて、たくさん人がいる所に行こうと思ったんだけど・・・なんか、余計寂しくなっちゃって・・・」
くすくすと笑いながら、蘭は話を続けた。

「・・・だからね、コナン君が迎えに来てくれて、ホントに嬉しいの・・・」
「・・・・・・・・・・あのね、蘭ねーちゃん・・・僕ね、蘭ねーちゃんの事すごく・・・大切に想ってるよ?蘭ねーちゃんは一人じゃないからね?」
済まない思いでいっぱいのコナンが重い口を開いた。・・・上手く伝えられない・・・そんなもどかしさを覚えながら、たどたどしく言葉をつなぐ・・・。そんなコナンの言葉を遮ったのは蘭だった。

「ありがとう」
コナンは蘭の言葉に胸が苦しくなった。
新一本来の姿なら、蘭にこうした寂しさを味あわせたりせずに済んだのだから・・・

きっと、今日この日も知らなくても、その意味に気付かなくても一緒に過ごしていた事だろう・・・。

「・・・・・・・・・ごめん・・・」
「?どうしてコナン君が謝るの?」
「・・・・・・」
蘭が不思議がるのは分かっていたが、そう言わずにはいられなかった。

「・・・ねえ、コナン君・・・お願いがあるんだけど・・・・・・・・・・・今日一日だけ一緒にいてくれないかな・・・」

にこっと微笑む蘭の表情には、さっきまでの暗い影はどこにもなかった。

「・・・こういう時誰かに弱気な自分を見られるの、うちのお父さんすっごく嫌がるから、そっとしておいてあげたいし。・・・今日一日は帰れないのよね・・・」

「それって・・・新一にーちゃんの代わりに一緒に映画を観るって事?」
「やだ・・・違うわよ!・・・新一の代わりじゃなくって、コナン君をデートに誘ってるの!!」
「・・・・・・・・・・・・僕を?」
「そう!・・・・・コナン君はね、私にとっても特別な存在なのよ?」
「・・・・・・・・・・・・僕が?」
「そ!」
真っ赤になったコナンは、蘭の笑顔が眩しくて視線を逸らした。

新一の姿だったら、当たり前に毎日一緒に過ごしていただろう。

今日この日の意味に気がつく事も無かったかもしれない。

蘭の寂しい気持ちにも、新一を頼ってくれる想いにも・・・

それが良かったのか、悪かったのかはまだ分からない。どちらにしろ、味あわせてしまった寂しさは・・・時は過去には戻せない。
だったら・・・これからはそれを忘れないように、しっかりと刻み込んで大切にしていかなくちゃな・・・

コナンは差し伸べられた蘭の手を取った。

まず第一に、今度新一の姿で蘭の目の前に立つ時には、「これからこの日はずっと一緒にいる」ではなく、「これからずっと一緒にいる」に訂正しなくちゃな・・・と思いつつ・・・手に触れた温もりをぎゅっと握り返した。

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気付いた方が良い事と、気付かずやり過ごした方が良い事―・・・色々ありますよね。
そうした事に限らず、生きるってのは大変な事ですよね。・・・色んな辛い事もつきものですし。

ただ、その時どうしてそういった想いをする事になったのかって考えるのも大切かな、と。

「今後の為」だと思えたら少し気持ちが楽になりません?

今後の為に生かせる様に、今はこの辛い思いも、気持ちも味わっておこう―・・・
いつか、絶対役に立つはず
これだけの思いを乗り越えられたら自分がもっと成長できるはず
成長できたらもっと自分の可能性が広がるかもしれない

そう考えたら多少の辛い事なんて乗り越えられると思いません?

「かもしれない」を必然にするにはあとは自分の努力次第ですしね

おお、今回の後書きはなんだか北館のよーです(^^;)<くぬぎの3つ目のサイトです♪