爪切り

それは、勇者アルバと戦士ロスが二人旅を始めて、そう時間は経っていない頃の話。

ある町で二人は宿を取り、ひと時の休息を得ていた。

「勇者さん、ちょっと手を見せて下さい」

その宿で夕食も済み、部屋でくつろごうとした時のこと。
ロスがそんなことを言い出した。

「手?いいけど、どうかした?」

素直にロスに向けて、手を差し出すアルバ。

「掌じゃないです。裏返して」
「? はい」

言われた通り、手の甲を上にする。
すると、その手を見てロスはこう言った。

「やっぱり爪が伸びてきてますね。切っておいて下さい」

食事の時に気になったんですよ、と続けられる。

「爪?…え、と。まだ大丈夫だよ?」

アルバは自分でも見てみるが、そこまで伸びてはいないと思う。
旅に出る前は、このぐらいで切ったりしなかった。
しかしロスはきっぱりとそれを否定する。

「駄目です。実家でぼーっと暮らす分には構わないでしょうが、旅暮らしで爪が伸びていても良い事は一つもありませんよ」
「ぼーっとは余計!」
「まぁ、爪が引っかかって剥がれてもいいなら、そのままでも良いですけどね。たとえ戦闘中にそうなってもオレには関係ないですし」
「いや、普通関係あるだろ!?お前、一応ボク付きの戦士だよねっ!?」
「ええ、『一応』」
「そこ強調されたっ!?」

やばい、話がずれている。
そう感じたアルバは、なんだか問題発言された気もするが,とりあえず爪に話を戻した。

「戦闘中は手袋はめてるし、まだ大丈夫だよ」
「手袋の中でだって引っかかりますよ。そしたら手袋の中が血まみれですね~。知ってますか?指先って神経が集まってるので超痛いんですよ。何せ拷問にあるぐらいですからね~。爪と指の間に針刺したり、ペンチで爪そのものを剥がしたり…」
「ぎゃあ!想像しただけで痛い!ってか、なに超笑顔で怖いこと言ってるの!?」

拷問の下りで良い笑顔になる戦士って、かなり問題がないか?
話だけで何だか指先がムズムズしてきたアルバは、大人しく言うことを聞くことにした。

「うう…わかったよ、切るよ…」
「最初からそう言ってください」

渋々、荷物から小さな袋を取り出す。旅に出るときに、母親がまとめてくれた身の周り用の小物だ。
爪切を始め、絆創膏や裁縫道具など女性ならでは気遣いの品が入っている。
切った爪を入れるためにゴミ箱を引き寄せ、ベッドの端に腰掛けた。

(あ、ついでに足も切っちゃおう)

そう思い、ブーツと靴下を脱ぎ、足の爪から切り始める。
パチ、パチ、と爪を切る音が部屋に小さく落ちた。

(足はいいんだけどなぁ…)

と、アルバは小さくため息をついた。

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一方ロスは、アルバが爪を切り始めたのを確認すると、興味をなくしたように備え付けの椅子に腰掛け、宿でもらった新聞を読み始めた。
まったく。何も知らない子供と旅をするのは大変だ。
爪をそのままにしておいて、剥がれてぎゃあぎゃあ喚くのを見るのも楽しそうではあるが、その結果自分が被る手間を思うと予防しておくのが得策だった。
にしても、珍しくちょっと抵抗したな。
新聞の文字を追いながら、ロスは思う。
口数が多くて、かなりの正確さをもってツッコミを入れては来るが、基本的にアルバは素直だ。
そのアルバが、2度も「まだ大丈夫」と抵抗した。
爪切にトラウマがあるとか、そもそも爪が切れないとか言うわけでも無さそうなので、不思議と言えば不思議である。
そんなことをつらつら考えていると、爪を切る音が止んだ。
切り終わったか、と新聞から顔を上げ、アルバの方を見ると。

「?」

何故か。

「…………」

左手に爪切を持ち、右手の人差し指に当てたところで固まっているアルバがいた。

「…勇者さん?」
「…………(必死)」

固まっているというか、全身に力が入り緊張状態であるようだ。更に、両手が少しプルプルと震えている。
あんな状態で爪を切ったら確実に、良くて深爪、悪ければ指先を切ってしまうだろう。
どうやら必死すぎて、ロスが話しかけたのにも気付いていないようなので、ロスは立ち上がってそばに行き、なるべく驚かさないように、しかししっかりとアルバの両手を引き離した。

「……っ!な、何!?戦士っ?」
「何って、勇者さん。そんなんじゃあ、怪我しますよ?」
「あ……」

爪切を取り上げながらいうと、アルバの全身に力が入っていたのが、一瞬にして抜ける。
ロスは、その間に足と左手の爪をチェックする。
やすりはかけていないようだが、問題なく切れているようだ。
と、言うことは。

「…もしかして、利き手の爪だけ切れないとか、そういうオチですか」
「……っっ!」

ボンっと、音がしたかのように一瞬でアルバの顔が赤く染まった。
その反応に、思い切りからかおうと思っていたロスは、思わず目を奪われてしまった。
うっかり、可愛い、とか思ってしまったロスは、慌ててその言葉を振り払いいつもの調子で続ける。

「どんだけ不器用なんすか?よくそれで今まで生きてこられましたね?」
「え?爪切れないだけで生命の危機レベル!?」

ロスの容赦ない蔑みに、アルバもツッコミを返すほどには復活したようだ。

「…で?」
「うう…その通りです……」

改めて、見下しながら確認すると、アルバは渋々認めた。
子供とはいえ、15・6にはなっているだろうに。自分の爪も切れないって、どんだけ甘やかされて育ったんだ、この人。
アルバよりも幼い頃から、家計を支え、自分どころか父親の面倒まで見ていたロスから見ると、信じられないというか、ぶっちゃけあり得ないレベルだ。

「や、でもガンバルから!爪切かえして」

まだ顔はやや赤いままだが、アルバはそう言ってロスに手を出す。
うん、まあ。羞恥心はあるだけマシか?あと、向上心。
でも、先ほどの状態を見てしまうと、それだけでは克服できない気がする。

「頑張って、結果右手が血だらけっていうオチが見えまくってるんですが」
「うおぉ、やや言い返せない…」
「やや、じゃなくて100%そうなりますよ」
「成功確率0%!?」

ロスは、ため息をつく。血まみれにならないために爪を切れと言ったのに、爪切り作業で血まみれになられたら本末転倒だ。
なので、提案をする。
勿論「嫌々ながら」という表情を、顔いっぱいに貼り付けるのを忘れずに。

「仕方ないですねぇ。今回はオレが切りますよ」
「顔に『超めんどくさい』って書いてあるけど!?」
「全くです」
「そこは嘘でも否定してほしかった!」

ツッコミを返しながらも、さすがに断れる立場ではないことをわかっているらしい。
アルバは小さな声で「お願いします」と呟いた。

「じゃあ、右手をこっちへ…」

ベッドの端に腰掛けているアルバの前に膝をつき、右手を掴んで作業を始めようとする。
が、さすがのロスも、他人の爪を切るのは初めてで、向かい合うこの体制はどうにもやりづらい。

「う~ん…」
「戦士?」
「ちょっとやりづらいですね」

しばし思案し、自分のを切るときと同じような位置関係になれば良いか、と思い至る。
そこでベッドに上がり、ベッドヘッドに凭れるように座った。

「勇者さん、オレの前に座ってください」
「え?…こう?」

言われて続いてベッドに上がったアルバは、ロスの正面にちょこんと座る。
が、相変わらずロスの方を向いたままだ。

「それじゃさっきと変わらないでしょう。後ろ向いてください」
「へ?」

いまいち分かっていないアルバの腕をとり、強引に引き寄せる。
少し開いた足の間にアルバの体を挟み込み、自分と同じ向きして胸に寄りかからせる。

「ほえ!?」

アルバはすっぽりと、ロスの腕に収まった。
急展開にアルバは目を白黒させているが、ロスはロスで驚きを隠せなかった。

(…ちっさいし、細い)

身体の出来上がっていない少年は、まだ肩幅もあまりない。
自分の胸の中にすっかり包み込めてしまえる。

(あと、ぬくい)

目の前の茶色い髪は、宿に着いてすぐにシャワーを使ったので、石鹸の香りがした。
何となく、そのまま温もりと香りを楽しんでいると、この体制に気付いたアルバが少し抵抗を始めた。

「せ、戦士。このカッコじゃないとダメ…?」
「オレだって好きでしてる訳じゃないですよ。指切り落とされたいんですか」
「それ、自分でやった方がマシじゃないっ!?」

ロスの物言いに、本格的にじたばたするアルバ。
それを難なく押さえ込みながら、

「それが嫌なら大人しくしてください」

と言い、右手をとる。
それを見て、アルバも大人しくなる。普通に爪を切ってくれるんだ、と理解したらしい。

自分の右手でアルバの右手を掴み、左手に持った爪切で親指から順に爪を整えていく。
初めて切る他人の爪だったが、自分のを切るのと同じ要領なので今度は問題なかった。
その手つきを、アルバが感心したような顔でじっと見ている。

「戦士って右利きだよね?」
「そうですよ」
「なのに左手で切れるんだ…」
「言っておきますが、普通です」
「う…ごめんなさい……」

5本の指の爪を切り終え、左手の爪もまとめて丁寧にやすりをかける。

「ちゃんとやすりもかけないと、引っかかりますよ」
「う、うん。今度からちゃんとかける。ありがと、戦士」

礼を言い、綺麗に整えられた両手の爪を目の前に掲げて、じっくりと眺めるアルバ。
顔には「すご~い」と書かれている。
それを見て、ロスは何となく嬉しいというか、微笑ましく感じている自分を少し不思議に思う。
そんな感情が、自分にも残っていたのか、と。

「ほら、足の爪にもやすりかけて下さい」
「うん!」

ロスから爪切を受け取り、そのまま少し身をかがめ足の爪にやすりをかけだすアルバ。

(このままの体制でやるとか…どんだけ素直なんだ、この人)

まぁそれならそれで、とロスはアルバの肩に顎を乗せ、腰に手を回した。

「ふぇっ!?戦士、どしたっ?」
「いや~勇者さん、ぬくいですね~。さすが子供は体温が高い!」
「子供っていうなぁ!」

自分で爪も切れないような人を大人とは呼びません、と言い切るとアルバは二の句を告げられなくなった。
アルバが大人しくなったので、改めて抱え込み少し意地悪をして体重をかけてみたりする。

「う~ん。ぬくい…」
「もお~。寄っかかんなよ、重いだろ!」
「このくらい耐えられないと、立派な勇者にはなれませんよ~」
「意味わかんないし!」

それでもアルバは無理矢理ロスから逃げようとはしなかった。
それを良いことに、しばらくの間ロスはアルバの温もりと香りを存分に楽しんだのだった。


それからというもの、アルバの右手の爪は、ロスが切ることになったのである。

---END---

-------pixiv投稿時コメント--------
改めまして誕生日おめでとうアルたん!
(※アルバくんの誕生日にpixivに投稿しました)
どこが誕生日かっていわれても困るんですけどね(笑)
単に、思いついた単発ネタを誕生日を口実に投下したかっただけです。
ちなみに、前2作とは全くの別設定ですのでご了承下さい。

にしても途中からのロス視点、初めて書いたけどダメだこいつ。
なんだか勇者さんへの愛が、だだ漏れだ(笑)
やっぱりニブい方の視点で書いたほうが、なんか、この先どうなるっ?みたいな緊迫感があるよね。
まあ、原作からして勇者さん大好きっ子だからなぁ…(歪んだ心で見ております)

-------サイトUP時コメント-------
pixiv投稿には上記コメントの後に、長々と原作の時系列についての無駄な考察が付いております。
興味のある方はそちらもご覧ください。
そこにも書きましたが、原作の設定をいかに壊さず妄想するか!に心血注ぐバカなんで。
まあ、シリーズの方はもう壊れるの確定してるんですけどね(笑)。3章スタート前に放出したからセーフ、みたいな。

pixiv投稿:2013/03/06 | サイトUP:2013/03/21

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