株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


ソ連がサンフランシスコ平和条約に調印しなかったのは、
ソ連側に取ってみれば致命的な失敗ではあっただろう。


2005年6月15日 水曜日

ロ大統領11月来日へ 平和条約真剣に取り組む

【サンクトペテルブルク14日共同】自民党の森喜朗前首相は14日午後(日本時間同日夜)、ロシアのプーチン大統領とサンクトペテルブルク郊外のコンスタンチン宮殿で会談した。
 大統領は懸案になっている自身の訪日時期について、11月18、19の両日、韓国・釜山で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の前後としたいとの意向を初めて表明。北方領土問題を含む平和条約締結交渉に関し「真剣に取り組みたい。訪日時に小泉純一郎首相と真剣に話し合いたい」と意欲を示した。
 日本の国連安全保障理事会常任理事国入りについて大統領は「完全に賛成だ」と強調する一方で、安保理拡大のための枠組み決議案への対応では「検討する」と述べるにとどまった。
(共同通信) - 6月15日1時19分更新

ロシアとの領土問題を考える 5月19日 カワセミの世界情勢ブログ

ヤルタ会談の再評価でロシア問題が騒がしい。予想通り北方領土問題への影響が論じられている。日本のマスコミの視野の狭さは相変わらずでうんざりではあるが、だがその一方で、世界の政治情勢は米国と欧州正面で論ぜられている思想が周辺に影響する形で決まっていくのだなという相変わらずの事実を実感するものではある。

 ここで日露間の領土問題に関して少し述べてみたい。これ以降の私の文書は日本人としては冷淡に過ぎるのではないかとの批判の向きもあるとは思うが、その理由も一部交えつつ記すので総合的に考えていただけると幸いである。少しきちんとした形で書きたい思いもあるが、手を入れると切りがないのでこのような形で記載する。長くなるので別画面にする。

 まず、全体としての経緯を説明した本としては、この木村氏の本がなかなか手堅い。一応推薦本としてリストに挙げてある。(参照)思想的な匂いは感じにくい。全般として日本の古典的な北方領土問題に対する立場を挙げたものではある。インターネットで参照出来るものとしては、日本側の立場を主に説明したものとしては政府サイトが丁寧な出来なので充分だろう。(参照)その他日本人の手になるサイトは無数にあるが、その中では比較的日本に都合の悪い意見も取り上げているものを参考として挙げておく。(参照)ただ事実関係の列記はともかく、それに関する意見に賛同して取り上げたわけではない。

 これら一連の経緯につき、基礎知識は皆さんご存知かと思う。ただこの問題は感情的に微妙な側面も含むので個別の項目に関してはやや誤った認識をする日本人も多いようだ。例えば過去の経緯を昔から長々と論じるタイプの人がそうである。しかし、欧州の歴史などを考えると分かりやすいが、領土の定義は両国間で最終的に締結された条約によってのみ成立し、それ以前の内容には一切拘束されないという事は再確認しておきたい。

この観点からして、両国間で最後に戦争を伴わず結ばれた千島樺太交換条約の歴史的価値は高い。ここで本来は安定するはずではある。しかし、ここでのロシア側の言い分として、「条約に書いてあるように平和共存を前提として平和的に領土を取り決めたのに、日露戦争という戦争で後に変更した。では第二次世界大戦で変更して何が悪いのか」というのがある。これはこれでそれなりの理があり、結果的に政治の場ではそれ以降の内容が重要となる。そして戦争を伴ったが最後の条約となれば、それはサンフランシスコ平和条約であり、次いで条約に次ぐ国際的な価値を認められている日ソ共同宣言となる。

 ここでサンフランシスコ平和条約前後の米ダレス国務長官の言として、「日本が二島返還で妥協するなら米国は沖縄を永久に取る」というのがあったのは、日本国内では意図的に報道されないようではある。実は日本の国論が四島返還で固まったのは事実としてこれ以降の時期となる。これはダレスの目の付け所が良かったというにとどまらず、これに賛同する国内の政治勢力、保守派筋の協力も強かったということだろう。

ただそれは結果として日本の国益に資する所大ではあった。そしてソ連がサンフランシスコ平和条約に調印しなかったのは、ソ連側に取ってみれば致命的な失敗ではあっただろう。そしてこの条約の内容解釈が今日でも争点となる。しかし政治の事実としては、後に日本人の外交官が述べた次の言が適切だろう。「あれは日ソが揉めるようにわざわざああいう内容にしたのだから、揉めて当たり前である」

 そして二島と四島の問題が後に出てくるが、ここで改めて考えると当時から現在の日露間に至るまで色丹・歯舞に関する認識の相違はほとんど無い。スターリンすらミスだと認めており、サンフランシスコ平和条約でも日ソ共同宣言でも日本領という結論ではある。現在のプーチンも引渡しは「義務」と述べている。(ここで「返還」ではないことに注意。領有したことは一度も無いという建前なのだ)

そしてここがロシア外交の歴史的に骨の無い部分で、例えば英米あたりなら、こういう係争点の無い部分に関しては自己の価値観に従ってさっさと返してしまうような外交をする。それを外交カードとして使おうと考えて保持するから主張が首尾一貫しないと相手の不信を買うのだ。これは日本もあらゆる事について他山の石としなければいけないが。

 結局この領土問題は、南千島帰属問題に帰着する。そして日本が「択捉・国後は千島列島に含まれない」という主張をしているが、さすがにこれは厳しいだろう。戦後外交の経緯からして、相手が飲まないのを承知でそう主張した時期もあるとは思う。結果引っ込みがつかなくなった面もあるだろう。実際に南千島という言い方からして地理的に千島列島ではないと主張するのは無理がある。クリル諸島と千島列島は定義が違うという意見もあるがこれも無理筋だろう。定義としては含まれるとすべきである。含まれるがクリル諸島のこの部分は日本が保持する地域だと主張するべきだったろう。

 そして日本の交渉態度として、経済援助と引き換えに交渉を進めようとした時期があった。これは駄目で、絶対に成立しない外交である。なぜならこれは主権の問題で、主権の問題は経済的な取引が本質的に難しいという外交の原則があるからだ。世界の近代史に例外は実に少ない。そしてロシア側の伝統として、「主権を保持するために経済を必要とする」政治の現実がある。主客転倒することはないだろう。むしろロシア国民は、主権が確保されるなら今少しの経済的困窮すら良しとするだろう。もちろん民衆の実感ではなく政治の論理としてはであるが、ただそのような政治的態度は支持されるのが現実でもある。

 ここで日本のアプローチとして、感情的に複雑な面はあるだろうが二種類提案してみたい。南千島に関してあくまで日本の主権として対応する方法と、ロシアの主権を認める方法である。

 前者の日本の主権で対応する場合に関して、日本の対応で足りていないのは国内法の整備である。旧西ドイツは東ドイツを吸収する場合どうするか、事前に決めていた。チャンスは急に訪れ、一瞬で消える事を良く知っていたと言える。そして日露間での誤解は多く、日本が自ら当然視していることも相手には伝わっていない事が多い。純国内的な法案でも事前に作成し、ロシア語訳は作っておくべきだろう。

ここでは住人の土地・住居を含めた私有財産の保護を決めておかねばならない。これを否定すると世界各地の紛争地で起きている事態と似たものとなる。日本人は治安に関する要求水準が高いということももう一度思い起こさねばならない。内戦もどきの殺し合いにはならないだろうが、かつて樺太を日露混在の地としてどんな結果に終わったかは参考になるだろう。もちろん同意があれば金銭を提供して転居を支援することは良いだろう。しかしそこを離れたくないという人もいるだろう。

半世紀という時間の経過により、そこがかけがえの無い故郷だという人はいるはずである。これを否定するのは人権の無視でしかない。ここで私が連想したのはカナダのユーコン準州やノースウェスト準州である。そもそも連邦制の国であるので地方政府の権限は強いが、資源などの主権は保持しつつ現地住民の行政に関しては広範な自治権を認めている。言語など、教育なども含めているのがポイントである。まぁイヌイット扱いするのかとロシア人は反発するかもしれないので言い方には気をつける必要はあるが。ただその場合は日本との経済的な平準化はそれほど進まない。

もっとも民主主義国でも連邦制の国は地方政府ごとで環境の格差があって当然という国内合意がある。(その意味で、結果としての格差受け入れの覚悟が全然無さそうなのに道州制を気軽に唱える日本人は反省すべきではある。それ以前に地方政府という言葉自体に違和感があるようでは多分駄目だろう)後は沖縄式で一時的にでも軍事基地の維持を飲めるかどうか、というようなところだろうか。国籍に関しては、日本国籍を提供するべきだろう。本人が嫌な場合は日本在住のアメリカ人などと同じ待遇とするだけの話と思う。もちろんこのような措置を行ってもロシアが納得するかどうかは分からない。

 そして後者、ロシア主権の場合である。これは日本国内での反発が強いだろうが、日本が従来繰り返してきた「名を捨て実を取る」方針である。私は南千島の件より竹島の韓国の非のほうがずっと大きいと思っているので、公平を期するという意味では一つの解ではないかと思う。尖閣諸島含め、相手の非の大きい順に日本は甘い態度を取っている気がするがどうだろうか。もっとも戦略的価値という意味では南千島は大きくはある。

 このロシア主権を認める方法では、日本の経済的な負荷は少なくしつつ現実に遂行可能なビジネスに限定して関係を進める。以前米国がロシアにミサイル防衛技術の一部提供などを申し出たことがあるが、その付近で米国を巻き込んで北千島含めて逆沖縄式に基地でも置かせる事が出来れば上々だろう。安全保障では面倒を見ると臆面も無く言い出してもいいかもしれない。WTOなどとの矛盾が発生しないように配慮しつつ、地域限定でFTAを結び、旧島民などの便宜を図れればなお良い。

 ただこのような現在の基準からすると大胆な外交は、相手が民主主義国でないと極めて難しい。冒頭にも関係することを書いたが、やはりロシア外交の基準の正面は欧州なのである。フィンランド、ラトビア、ポーランド、ルーマニア相手の問題が安定し、穏健で開明的と見られるような外交になるまで難しい。不安定な状況ではカレリアやベッサラビアに飛び火するだけだ。その意味で日露平和条約の最大の障害はロシア民主化後退ではある。


(私のコメント)
5月10日の株式日記の続きにもなりますが、ロシアのプーチン大統領が11月に来日する事が決まりましたが、その席でも北方領土問題が話し合われる事だろう。しかし二島返還で話をまとめようにもダレスから「妥協するなら沖縄は返さない」と脅されれば、日本の政治家は四島返還を要求していくしかない。

ロシアとしては主権争いとしては問題のない歯舞・色丹島はさっさと返してしまえば、国後・択捉島の問題は棚上げして、日露が平和条約を結べる道も開けるのでしょうが、ロシアが歯舞・色丹も領有しているために話し合いが一歩も進まない。ソ連がサンフランシスコ講和条約に参加していれば領土問題も片付いたのでしょうが、不覚にも参加しなかった。

そのために日露間の領土条約として千島樺太交換条約までさかのぼる破目となりかねず、ロシアとしては現状を一歩も譲れない事に追い込められてしまった。さっさとサンフランシスコ講和条約に参加していれば千島列島を失う可能性はなくなったのに、時と場合によっては国際法的正当性は怪しくなってくる。

現実的に望ましいのは国後・択捉も日本に返還して平和条約を結べば、千島列島を丸ごと失う危険性はなくなるからロシアにとっても国際法的には安定する。しかしそれでは東ヨーロッパ各国事の領土問題に飛び火するから、現実的なプーチンにとっても妥協は出来ない。日本にとってもアメリカから沖縄を返してもらった手前、ロシアとは四島返還で譲れない。

このようにロシアとは北方領土問題、韓国とは竹島問題、中国とは尖閣諸島問題と領土問題がありますが、これらはアメリカが仕掛けた罠にロシアや韓国や中国が引っかかったのだ。そうしておけば日本がロシアや韓国や中国とも揉め続けて手を組むということは無くなる。日本独自の判断で譲歩して領土問題を解決させるという事はアメリカの目が光っている間は出来ないだろう。

だからロシアとしては武力による実効支配を続けざるを得ず、日本としても50年でも100年でも待ち続けて返せと言い続けるしかない。その間は日本とロシアとの平和条約は締結されず不安定な関係は続く事になる。もし田中角栄のような首相が日本にいて、ロシアにも周恩来がいたのなら電撃的にアメリカの了解もなく平和条約を結んでしまう事もありえますが、領土問題棚上げで平和条約はロシアとの間では無理だろう。

竹島や尖閣は単なる人の住めない岩に過ぎませんが、国後・択捉島は比較にならないほど大きく場所的にも重要な所に位置している。しかしロシアとしても日本からの資本が入ってこなければ中国との経済的格差は広がる一方でありシベリアの開発は永久に進まない。むしろ中国人がシベリアに入ってきて中国化してしまうだろう。

ブッシュ大統領によるヤルタ会談批判はロシアのプーチン大統領を牽制するのに効果があった。ブッシュにこのような入れ知恵をしたのはロシア専門家のライス国務長官でしょうが、ヤルタ・ポツダム体制が見直される気運が出てきた場合に、北方領土問題も関連するから、日本としても歴史的に長期的視野にたったロシアとの交渉が望まれる。

北方領土を交渉する前に国際司法裁判所でロシアのポツダム宣言違反を立証しろ5月11日 株式日記

署名がなされている『カイロ宣言』の公文書は無い だから『ポツダム宣言』の第8条を履行する義務は無い 2004年1月15日 株式日記



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小泉首相が仕掛けた罠 参拝断念を唱えた加藤紘一氏や
野田毅氏のような政治家は「梯子を外される」結果となった


2005年6月14日 火曜日

「靖国」参拝というクリスタル・ボール 6月13日 雪斎の随想録

『溜池通信』「今日の不規則発言」欄で言及された下の記事には、雪斎もコメントを付さなければならない。「昨秋の日中首脳会談、参拝継続を事前伝達=郵政廃案なら解散−首相秘書官が講演」の見出しで『時事通信』が配信した記事である。

 小泉純一郎首相の飯島勲首相秘書官は11日夜、長野県辰野町での会合で講演し、昨年11月にチリで開催された中国の胡錦濤国家主席との首脳会談について、事前に日本側から「首相は2005年も靖国神社を参拝する考えだ」と伝えていたことを明らかにした。
 飯島氏は「チリで胡主席と会う前に(中国に対し)初めて強烈なカードを切った。『小泉首相は時期は別として来年も靖国神社を参拝する。それでも不都合がなければ会談を受ける』と伝えた上で会った」と指摘。中国側も小泉首相の意向を承知して会談開催を受け入れたとの認識を示した。
 飯島氏はまた、この首脳会談に続く昨年11月のラオスでの小泉首相と温家宝首相の会談でも同様に、小泉首相の靖国参拝継続の意向をあらかじめ中国側に伝達していた、と語った。その上で「国の指導者たる小泉(首相)が不戦の誓いで靖国神社に行くのは何らおかしくない。多分必ず参拝すると思う」と述べた。

 この飯島勲秘書官の「内幕暴露」に小泉純一郎総理の意向が全く働いていなかったとは、信じがたい。秘書が何かを語るときに考慮されるのは、いかにして、その発言によって仕える政治家の「利益」が極大にされるかということである。
 雪斎は、この「内幕暴露」には、二つの意味を持ったのではないかと思う。一つ目は、当然のことながら「対中牽制」の意味合いである。おそらくは、小泉総理は、飯島秘書官の発言を肯定することも否定することもなく「何時行くかは適切に判断する」と語り続けるのであろう。こうした曖昧さは、かなり不気味で嫌らしいのであるのは、間違いあるまい。そして、飯島秘書官は、この「内幕暴露」を「事実の証言」として語り続ける。このようにして、中国政府の「無理」の印象だけが、残ることになるのであろう。しかも、国際舞台では、宰相・小泉純一郎の人気や声望は、普通に日本国内で考えられているよりも高い。「中国政府は、靖国参拝に暗黙にせよ小泉に同意を与えていたのに、後から難癖を付けている」という印象が国際社会に広まれば、中国政府の「威信」や「信頼度」も、かなり低下するであろう。
 二つ目は、この「内幕暴露」は、小泉総理にとっての「国内の敵」を焙り出す効果を持ったのではなかろうか。立法府の長としての立場を踏み越えて総理に参拝断念を迫った河野洋平衆議院議長を初めとして、昨日の民放番組で参拝断念を唱えた加藤紘一氏や野田毅氏のような政治家は、「自分は小泉の敵だ」とわざわざ表明したばかりか、その参拝断念の働き掛けが無意味なものであったことを知らされたことによって、「梯子を外される」結果を招いたことになる。小泉総理は、国内政治の運営に際しても、「抵抗勢力」という言葉で自らの「敵」を明示した上で、「抵抗勢力も協力勢力だ」といった言辞で「敵」の毒気を抜く手法をとってきたわけであるけれども、此度もまた、そうした手法が採られたのである。対中配慮のために靖国参拝断念を唱えた国内各層の中には、内心、「早まり過ぎた…」と焦っている向きもあるのではなかろうか。
 「友」と「敵」を峻別することに政治という営みの本質を観たのは、カール・シュミットであった。小泉総理の政治手法は、このシュミット流の政治哲学の衣鉢を継いでいるのであれば、小泉総理は、当然のことながら「非常時の決断」という政治の意味を熟知しているのであろう。雪斎は、「怖ぇー」と率直に思う。

6月12日 溜池通信

〇このニュースはちょっとした反響がありそうです。

●昨秋の日中首脳会談、参拝継続を事前伝達−首相秘書官が講演

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050611-00000205-jij-pol 

 飯島氏は「チリで胡主席と会う前に(中国に対し)初めて強烈なカードを切った。『小泉首相は時期は別として来年も靖国神社を参拝する。それでも不都合がなければ会談を受ける』と伝えた上で会った」と指摘。中国側も小泉首相の意向を承知して会談開催を受け入れたとの認識を示した。

 飯島氏はまた、この首脳会談に続く昨年11月のラオスでの小泉首相と温家宝首相の会談でも同様に、小泉首相の靖国参拝継続の意向をあらかじめ中国側に伝達していた、と語った。その上で「国の指導者たる小泉(首相)が不戦の誓いで靖国神社に行くのは何らおかしくない。多分必ず参拝すると思う」と述べた。


〇小泉首相は昨年11月、「オレは靖国神社に行くが、それでもいいのか?」と確認した上で、胡錦濤、恩家宝に会っていたのですね。この飯島氏の発言が正しいとすれば、中国側は「とても会えるような状況ではないけれども、耐えがたきを耐えて小泉首相に会った」ということになる。なぜ、日本に歩み寄らなければならなかったか。ひとつには11月2日にブッシュ大統領が再選されたことで、その盟友たる小泉さんに敬意を表する必要があったのでしょう。

〇6月6日の町村外相の講演会では、こんなことを言っていた。「日中首脳会談の議事録を読むと、ここまで言うのか、と驚くほど激しいやり取りがある。そういう中で、小泉首相は『なぜ自分は靖国神社に参拝するのか』をきちんと説明している。同意は得られないまでも、ちゃんと説明はしているのだ」 ――サンチアゴの首脳会談では、やはり相当に激しい応酬があったのでしょう。このときの会談は70分間に及んだが、この間、胡錦濤はまったく笑わず、最後に北朝鮮問題に話が及んだ際にやっと笑顔が浮かんだという。

〇この問題について、小泉首相は余裕綽々に見える。おそらく小泉さんとしては、「オレは最初から参拝するつもりだし、向こうだってそれを認めてたじゃないか」という気持ちがあるのでしょう。「行く、行かないは黙っていてやる。それが最大限の譲歩である」と。だとすれば、今年になってからの中国側の攻勢は、無理を承知の挙ということになる。親中派の政治家やらマスコミやらを総動員しているが、小泉さんという特異なキャラを考えれば、やればやるほど逆効果であろう。河野洋平議長などは、本当に日中関係のことをお考えであれば、隠忍自重されるのがいちばん良かったんじゃないでしょうか。

〇まあ、それでも動かなきゃいけないのが中国側の辛いところでしょう。昨年11月時点と現在では、靖国参拝問題の値段が格段に釣りあがっている。今年は「抗日戦勝利60周年」であり、中国側としては日本に妥協することは難しくなっている。しかもその後の半年の間に、「日本の常任理事国入りが現実味を増す」「日米2+2協議で中台海峡問題が取り上げられる」など、中国共産党としてどうしても許せない事態が加わってしまった。

〇もうひとつ考えられるのは、胡錦濤の掌握力がそれほど強くないという場合である。この辺の事情は、先週号でも書いたけれども、江沢民の後をついで軍事委員会主席の座を得るために、多くの妥協を余儀なくされている可能性がある。ということで、反国家分裂法で台湾への強硬姿勢を示したり、反日デモを組成して日本への圧力を強めたりしていると考えると、最近の「らしくない」行動に説明がつく。

〇そんな風に揺らいでいる胡錦濤体制にとって、飯島発言は困った内幕暴露ということになるだろう。G8財務相会議の結果を受けて人民元の改革に乗り出すとか、北朝鮮の核開発阻止に向けて指導力を発揮するといったことは、あんまり期待してはいけないでしょうね。とりあえず「グッド・ラック」とでも言っておきましょうか。


(私のコメント)
現在の日中関係で小泉首相の立場と胡錦濤国家主席とどちらが政治的に安定しているかというと長期政権の小泉首相の方だろう。胡錦濤国家主席は最高地位について間もなく、江沢民一派や軍の強硬派などから政治的ゆさぶりを受けて右往左往している。4月の反日デモを見ても欧米から批判されて薮蛇になってしまった。

現在の中国共産党は経済発展が唯一の支持を集める政策になっているから、海外から投資を呼び込んでいかなければなりませんから、対外イメージを悪くするようなことは出来ない。だから二度と天安門事件のような真似は出来ないから反日デモを仕掛けることも危険な賭けだったのですが、暴動にまで発展してしまった。

中国では暴動は数え切れないくらい発生はしているのですが、奥地などで発生しているから大きなもの以外は報道されない。今までどおり強権で押さえ込んでいかなければならないのですが、ガス抜き的に日本の靖国や歴史問題を持ち出して国民の不満を誘導している。それに対して朝日新聞や親中派の政治家が動き回っている。

中国にしても韓国にしても政権基盤が弱まると対日批判を強めることで国民の支持を集めようとしている。60年以上も昔のことを持ち出して批判しなければならないほど日中間には問題が無いから持ち出して批判しているのですが、中国はロシアやインドやベトナムなど国境紛争などで紛争だらけだから、安心して批判できるのは日本しか無いからだ。

靖国問題にしても中国政府の意向に呼応して河野洋平氏や野田毅氏など親中派議員が動きましたが、彼らは小泉首相が仕掛けた罠に引っかかったようだ。小泉首相は「靖国参拝はよその国からとやかく言われる問題ではない」と中国政府を挑発しておいて、中国政府が反応すると日本国内の親中派が反応して動き出す。それらは計算済みだったのだろう。

飯島秘書官の講演によると、チリでの胡主席との会談で靖国参拝を続ける前提で会談に臨んだようだ。胡主席も会談に応じたということは中国側も暗黙の了解が得られていたということなのだろう。インドネシアでの会談でも具体的なことは台湾問題しか出なかった。小泉首相も、なにやかやと4年も靖国参拝を続けているから、中国も小泉首相には靖国カードは使えないと判断しているのだろう。

逆に小泉首相にとっては中国に対して逆靖国カードが使えるようになってしまった。政権基盤の弱い胡主席にとっては8月15日に小泉首相が靖国参拝されたら主席の面目丸つぶれで軍の強硬派が黙ってはいないだろう。このように表向きの動きとは別の駆け引きを見ることが重要であり、靖国問題で動いた親中派は梯子を外されたのだ。

わたしも日中友好は保たなければならないと思う。しかし反日教育や反日デモなどを仕掛けられると日本の国民世論も反中国的になっていく。その原因が靖国参拝であり歴史問題というのは現在の日本や中国にとって死活問題なのかというとそうではない。議論は議論として戦うべきですが、国益を損ねてまですることはない。

小泉首相も参拝したければ粛々と参拝して、中国も抗議したければ抗議して必要以上に事を荒立てない事で受け流せばいいのだろう。むしろ親中派議員が中国利権で動き回ることが問題を大きくするだけで日中友好を損なってしまうのではないかと思う。




ハゲタカ外資に乗っ取られつつあるゴルフ場の現状を
報告する
。こういう事を、なぜ新聞は書かないのだ。


2005年6月13日 月曜日

ハゲタカ外資に乗っ取られつつあるゴルフ場の現状を報告する。 2005.6.11 副島隆彦

(前略) この表をみるとわかるが、なんと遂には5万円とか10万円の会員権がある。もうすぐタダの会員権というのも出てくる可能性がある。タダというのはいくらなんでも無いと思う人が多いだろうが、本当にそういうことがあるのだ。 「ただでもいいから持っていってくれ。私の持っているリゾート・マンションをただで君にやるよ。その代わり、月に5万円の管理費がかかるからね」というのは、企業経営者や資産家たちの間では、ごく普通の会話であり、こういう会話は7、8年前からそこら中であった。

”ゼロ金利”と同じで、逆ザヤが発生しているのである。 「2年間、家賃をただにしますから、この貸しビルの部屋を借りてください」という事態が、すでに出現しているのである。それは社会の表面に出て新聞記事にならないだけだ。そういう異常な事態に日本がなっている。

この表の会員権相場のとなりに、名義書換料というのがあり、それが35万円とか70万円する。ゴルフ会員価格は、一番質素な、設備の悪いところ、簡単に言えば河川敷ゴルフとか、崖を含んでいる立地の悪いゴルフ場ではもうほとんど値段が付かないと状況になっている。だからこの2,3年でゴルフ会員権が4万円とか5万円が、河川敷ゴルフ場みたいな一番設備の悪いところであらわれてきた。

こんな最低のゴルフ場でもバルブの盛りの頃は、400万円とか500万円もした。河川敷ゴルフ場というのは数年に一回、台風の増水で川が氾濫してゴルフ場自体が消えてなくなってしまうようなところだ。水が引けばそこを一生懸命整地して、ゴミをとって、ゴルフ場として復活させる。そういうところでも昔は400万円とか500万円はした。いまはそれが、4万円とか5万円である。すなわち100分の1である。 それが現状である。

これに比べて、日本で最高の値段のする東京の小金井カントリーでは6千万円ぐらいする。バルブまっさかりのころ、15年前は確か3億円をこしていた。このゴルフ場は東京の中央線沿いの小金井市の住宅街のど真ん中にある18ホールの小さめの平地ゴルフ場である。歴史の古いゴルフ場だ。

この小金井カントリーの会員権だけは特別な性質を持っており、ここの会員権は物権化している。すなわち、ここの会員権は土地の値段を会員の数できれいに割ったものになっているのである。小金井市のあたりは中央線沿線で東京の近郊で、かつこのゴルフ場は小金井駅の2,3キロ北の方にあるから、今はおそらく土地家格は1坪(3.3u)100万円程度であり、ここから計算した金額でこの現在の価格6千万円がきちんと出るようになっている。小金井カントリーだけは会員権価格が土地価格に連動するようになっている。ただし法人会員が非常に多いという話である。

小金井カントリーの会員権はバブル時に3億円で買って、6千万円まで値下がりしている。ひどいときは3000万円台になったときもあるが、今年はあがっているようにも見える。ほかのところは前述したとおりゴルフ会員権は債権であり、ただのプレー権である。バブル時代に3000万円ぐらいしたもだろう。それが、今は、100万円もしない。これが日本の国情だ。上図の、きれいな富士山のような山形をしたゴルフ会員権の平均価格の推移を見れば、私たちの国が置かれている厳しさが分かろうというのもだ。 

私は、今から7、8年前に書いた『あなたが金持ちサラリーマンになる方法』(三笠書房刊)で「すべての商品価格は、定価の10分の1、あるいは、20分の1の、元値の5%まで下がる。その5%が本当の価値=解散価格=処分価格である」と書いた。現に、今も民事再生機構、金融再生機構は、不良債権にくっ付いている担保物の土地、建物を、元の値段の5%から7%でしか、引き受けない。私の理論のとおりだ。

ゴルフは、イギリスで発達したイギリスの貴族や資産家たちの遊びだから、形式上、日本でも理事会、経営委員会、運営委員会等が開かれている形になっている。そういう立派なゴルフ場が今でもたくさんあるだろう。

しかし実態は、2500の全国のゴルフ場のうちの8割は、山師(やまし)のような当時元気だった不動産屋たちが、地主たちを騙して、丘陵地や山の斜面を切り崩して造成して作った。県知事の許可をもらうのに5年10年かけただろう。1960、70年代に一生懸命作った。完成が一番遅いのは、バルブがはじけたあと90年代の半ばでで、そのころオープンしたゴルフ場も数百あるだろうが、これらはその後が悲惨だったとおもう。

ブルドーザーで山をきりくずし造成にいくらかかったかという問題がある。だいたい150から200億円かかったと言われている。そのお金を高度成長経済の頃だから、ゴルフ場の会員券を500万円とかで2000人とかに販売して資金を回収した。その会員権の値段が、80年代で、3倍の1500万円、ときには3000万円とかになっていた。80年代末のバブル真っ盛りの時には、これが5000万円から一億円ぐらいした。いわゆる「億カン」(一億円カントリー)である。 

ゴルフ会員権は不動産資産の一種だと信じ込まされて、金持ちたちがみんなで競うように買った。それが日本の高度成長経済期の健康で明るい時代の象徴だった。 会員権を持っていることは、そのまま上層サラリーマンや金持ち経営者層のステータスを表していたので、それ自体が日本の男たちの優雅さの象徴だった。

例えば、52歳の私の友達たちで今も銀行マンや商社マンをしている連中が、私の記憶でも、15年前のバルブまっさかりのころ、1500万円ぐらいの安手のゴルフ会員券を買っていた。その理由は、「しょっちゅうゴルフ会員権をもっている友達のゴルフ場につれて行ってもらってばかりでは肩身が狭い。それで自分も会員権を持っているという見栄もあって、自分も友達を呼びたいと気持ちで、1500とか2000万円の会員権を買った」と言った。人間を破滅させるのは、見栄と虚栄心(ヴァニティ)である。

しかもこれをなんと全額ローンで買っている。このローンを今でもまだ払い続けているはずである。まだ15年しかたっていないから、おそらく1500万円の会員権のうちの、返したのは500万円程度であろう。あと1000万円ぐらい借金が残っているはずである。住宅ローン以外にこういうローンが残っている。そしてこれらの大都市近郊のたいした立派でもないゴルフ場の会員権が今いくらするかというと、おそらく100万円以下である。70万円とか80万円である。だから1/10以下になっている。これが現実だ。

こういうことは当たり前の世の中の真実なのであるが、日本では、誰も文章にしないから私が書く。泣くに泣けないといえば、まあそれだけのことだが、みんながはずかしい、みっともないということでだまっている。この会員権を売ってもいいのだが、1500万円で買った会員権が、現在50万円だからとても売りに出せるような値段ではない。売る元気もなるなる。つまり本人にとっては紙切れに等しい。もう売りたいから売りますと言ってもしょうがない値段である。

これを4〜500万円の時点であったなら、「もういいや」と投売りする覚悟の有る人は、今から考えれば優れたビジネスマンである。勇気を持って’損切り’が出来る人間が、本当の商売人(ビジネスマン)である。 この損切りの才能の無い人間が、商売(ビジネス)や経営に手を出してはいけない。 

株やら債権の暴落も、土地の値段が暴落した(住宅地の暴落は、それでもバブル期の数分の1ではあるが)というのもまったく同じ現象である。「日本は実は、衰退国家になったのだ」と私は書くが、みんながまだ認めたがらないだけある。低成長国家ですらなくて、この10年、大暴落国家の衰退国家なのである。その現実がここにあらわれている。(後略)


(私のコメント)
日本のバブルの崩壊の現状は、最近では新聞や雑誌でもあまり見かけなくなりましたが、90年代の頃はテレビなどでも見かけました。最近はハゲタカ外資がゴルフ場を買い漁っているとは知っていますが、マスコミではあまり見かけなくなっている。しかし現状が回復していると言うのではなくて、90年代よりも今のほうがいっそう落ち込んできているのだ。

10年位前なら日曜日の帰りの特急などではゴルフバッグを持った数人のグループが缶ビールを開けながら盛り上がっているのをよく見かけましたが、最近ではゴルフバッグを持っている人たちを見かけない。日曜の夕方の特急電車でもそうなのだ。それだけゴルフをやる人は減っているのは確かだ。

2000年頃のITバブルがあった頃は多少持ち直しましたが、最近はまたひどくなってきている。政府の発表する経済指標は本当なのだろうか。株価にしても最悪の時よりかは上げていますが、ゴルフ会員権の相場は一層ひどく落ち込んでいる。ゴルフどころではなくて会員権を手放す人が多いのだろう。また買う人もいない。

80年代のバブルはゴルフ場開発で日本中が湧きかえったことが一番象徴的だ。なにしろゴルフ場を作るだけで会員権が飛ぶように売れてそれで開発費をまかない、ゴルフ場会員権は有価証券のように値上がりしていった。その頃のゴルフはサラリーマンの嗜みだったしゴルフが出来ないと仲間はずれになるほどだった。

ゴルフをやると病み付きになると言いますが、銀行でもゴルフ焼けで真っ黒な顔の支店長もいたし、平日でも接待ゴルフで出かけていた。高額所得者は趣味と実益を兼ねてゴルフ場会員権を買っていたし、ローンで買っても値上がり益でプラスになる勘定だった。それが副島氏が指摘するように借金返済で苦しんでいる。

本当にゴルフが好きなら5000円でプレイできるのだからいい世の中になったといえるのでしょうが、5000円でも出来ないほど今のサラリーマンは状況が厳しい。ゴルフ場会員権を持っているような人は自宅もローンで買ったであろうし株式投資もしていた人が多い。それらが全て借金の塊になり返済で苦しんでいる。

日本のゴルフ場の多くが潰れて、山を切り崩して作ったゴルフ場は再びススキの生い茂った野原に戻ってゆくのだろう。景気が回復するまでどれだけのゴルフ場が生き残れるのだろうか。地方も観光の目玉としてゴルフ場やスキー場やレジャー施設を作った。それらが二束三文で転売されて解体されてゆく。

これらが現在の日本の現状なのだろう。ところが新聞やテレビはこのような悲惨な現状を伝えないのはどうしてだろう。90年代より現在の方が確実に悪化している。大企業の業績は上がっても輸出企業が多い。国内の観光業やホテルや旅館など廃業が相次いでいるが、ゴルフはもとより観光旅行すら出来なくなってしまっている。

マスコミでこのような現状を報道すれば景気対策に国民の関心が向くから、マスコミは報道を自粛しているのだろうか。小泉・竹中内閣は長期間緊縮財政で日本の国内経済を破滅させるつもりなのだろうか。銀行も金融庁が締め上げているから動きが取れずに融資は低迷したままだ。ゴルフ場の会員権が売れるようになる日はいつの日になるのだろうか。




人民解放軍現役将校による同時テロ予言の書 『超限戦』
今や戦争の手段は非軍事を含むものとなり、無制限となる


2005年6月12日 日曜日

人民解放軍現役将校による同時テロ予言の書『超限戦』を読んで 大西広

あるメルマガの編集部の依頼を受けて喬良・王湘穂著『超限戦21世紀の新しい戦争』(共同通信社,2001)という本を読んだ。米国での同時多発テロの2年前にその発生を予言した書物として直後に世界各国で翻訳出版された中国の軍事書である。書評の依頼を受けた当初はこの本の重要性をよく理解できなかったが、読み進めていくうちに確かに我々が共通認識として持ってしかるべき一書であると考えるようになった。グローバリゼーションの下で現代世界の構造が根本的に変わりつつある。そのことを軍事家の目から問題提起的に論じた極めて興味ある内容となっているからである。

本書の基本的主張は次のようなものである。すなわち、湾岸戦争は軍事史上の転回の始まりとなった。それは新種のハイテク兵器の実験上となっただけではなく、軍事目的に考え得るあらゆる手段が動員され、また国連・同盟国だけでなくメディアなどの非軍事組織までが動員された。アメリカ自体はこの転回を思想として整理しきれていないが、今や戦争の手段は非軍事を含むものとなり、その制限は超えられた。この「超」「限」「戦」(あらゆる限界を超えた戦争)の時代、ハッカーもジョージ・ソロスもビンラディンも国家ではなくとも国家に対する巨大な脅威として存在しうるようになった。それはもし「軍事」でなかったとしても相手の脅威となることによって「戦争」の一種と考えることができる。国家と非国家の境が曖昧化し、戦争と非戦争の境界が曖昧化する。そのような事態に我々は対処しなければならない、というものである。本書は1999年に中国で発行されたものであるにも関わらず、とりわけビンラディンの今後の戦争行為の活発化を多くの紙数を裂いて論じていた。それが昨年の9.11以降に特に注目され、日本を始めとする諸国で次々と翻訳出版された理由である。「テロ」の問題を正面に捉え、今後の世界システムを論じたものとして歴史的な著作のひとつとして長く記憶されるに違いない。

その上で、私としての感想をいくつか順不同で述べたい。

その第一はやはりアジアの金融危機をひとつの戦争と捉えたことである。ひとりの投機家やアメリカという国家がこのような形で他国にダメージを与えるような世界となった。これをより明確に「21世紀型戦争」と捉えたことは特筆に値する。

その上で第二に、このような変化は史的唯物論的にはどう理解されるべきかについてコメントを行ないたい。筆者の立場は、上記のような湾岸戦争の総括をちゃんと思想レベルで行なうことが大切というものである。つまり、思想が実践に先行するというわけで、いかにも毛沢東の影響を受けた中国人らしい考え方である。思想=理論の社会実践における重要性を主張したものと理解することができる。ただ、それでもこの新しい戦略思考の前提にはハッカーを活動可能にしたコンピュータ・ネットワークの拡大や金融派生商品を可能にした金融工学の発展、さらに核兵器の小型化などの技術的条件が必要であった。やはり技術の発展が「思想」のそのまた前提にあることを指摘しておきたい。

また第三にこれと関わって重要と考えることは、ここで筆者たちが主張していることの中心部分は、国家間競争の領域の軍事力から経済力への変化として我々経済学者が理解していることだということである。たとえば、約十年前、バブル期の日本企業がアメリカ資産を買いあさった際「日本は軍事で負け経済で勝った」と評価された。この評価はその後の日本の経済力の後退の下で変更を余儀なくされているが、とはいえ経済力さえあれば競争国家に対する強力な交渉力を有せることは真実であり続けている。あるいは、だからこそ新興アジアの経済危機をアメリカは起こす必要があり、日本をもそのターゲットにされた。これは本書筆者の認識でもある。あるいはまた、筆者たちはアルカイーダへの最良の対抗手段はその資金源を断つことだと述べた。各国間の紛争の中心が軍事から経済へとシフトして来ているとの我々の認識と重なっている。
 ただし第四に、本書は軍事思想家によって書かれたものである以上、あるいは単なる思想家というより中国人民解放軍の現役将校によって書かれたものである以上、中国人民解放軍が現在どのような戦略を持っているのかという関心を当然に呼び起こす。台湾などの本書に対する関心はこの点に絞られていたが、これは我々のものでもある。中国によって祖国の統一はどうしてもなされなければならない国民的課題である。それがどのようになされようとしているのか。「軍事的」でない方法が考案されているのであれば、それはどのようなものであるのか。本書著者はどう提案をしているのか。関心が絶えない。

最後に、本書著者たちへの中国思想の影響もまた興味深い。軍事思想書としては毛沢東のゲリラ戦について何か体系的な言及が欲しかったが、とはいえ中国戦国時代の戦史や孫子の軍事思想は縦横に活用されている。そしてさらに面白かったのは中国語語法における「偏正式構造」に関わる叙述である。筆者たちが述べるように美学における黄金分割の法則(0.618の法則)と同一の法則であるのかどうかは別として、「正」に対する「偏」があるという認識は「正」に対する「反」の役割を定式化したヘーゲル弁証法を思わせる。軍事理論として挙げられたものには、主要兵器と全兵器、主要手段と全手段、主要兵力と全兵力、主要方向と全方向、主要領域と全領域というものがあった。少なくとも私の弁証法理解とはほぼ完全に一致する(私の言葉では「主」と「反」、「基本」と「副次」)。何事も浅薄でないがためには「思想」が不可欠とする中国人の思考様式を感じさせ、非常に興味深い。学ぶべきところは多い。

「9.11を予言した」というレベルだけでなく、多くの観点から検討されるべき東洋の一書と理解したい。

タリバンを通じテロ組織と連携 覇権拡大を狙う中国 岩大路 邦夫

ところが、中国と軍事的協力関係にあるパキスタンはかつてアフガニスタンのタリバン政権を支援していたので、中国はパキスタンだけではなくビン・ラディンとも協力関係にあったと見られる。中国とビンラディンは1999年に秘密協定を締結したという中国民主化運動家からの情報がある。ビンラディンは5回も秘密裏に訪中し、タリバン政権は中国から経済・技術・軍事援助を受けていたというのだ。確かにアフガン攻撃でカンダハルに対して行なった米軍の空爆で、タリバン兵の死者の中に少なくとも20人の中国人民解放軍の兵士が含まれていたという外電がある。そしてタリバン政権崩壊後も、中国はアルカイダなどのテロ組織と協力関係を保っていると見られている。その目的はアメリカに対するテロ攻撃支援である。この支援活動では人民解放軍関係の会社と見られる中国遠洋運輸公司などが600隻におよぶ船舶を使用し武器などの密輸を行っている。相手国はリビア、シリア、イラン、イラク、北朝鮮、パキスタン、カナダそしてアメリカなどである。中国は国連の場ではアメリカのテロ撲滅に賛意を表し、協力姿勢を示しているが、裏ではこのように反対の活動をしているのだ。

 またイラクに対する米英軍の侵略が始まる前、中国はイラクの防空体制を強化するため、光ファイバー通信技術を提供し、また軍事顧問団も派遣してフセイン政権に対して戦術指導を行ったと言われている。その甲斐もなくイラク軍は米英軍によって崩壊させられたが、その後のゲリラ戦などからは中国は強い示唆を受けている模様だ。それは、非対称戦といわれている戦闘形態の実例であるからだ。

1999年に中国人民解放軍の2人の空軍大佐が書いた「超限戦―グローバル化時代の戦争と戦法についての考え方」の中で「コンピューター攻撃、暗殺、爆弾テロ、麻薬密輸、生物・化学兵器、金融錯乱、宣伝・脅迫、環境破壊、メディア戦等」これまでタブーとされてきたあらゆる手段を動員して戦争を遂行することを説いているが、この「超限戦」は「非対称戦」とも呼ばれている。この軍事戦略から見ると、9・11同時多発テロやサリン事件も評価に値するものとなるらしい。これはしかし中国人民解放軍が正式に採用した戦略というわけではない。とは言っても、実際は既に中国は上記の作戦を多少なりとも実践してきていることも間違いない。日本の省庁のホームページが中国からのサイバーテロで改ざんされたなどは小手調べの内なのであろう。

 またこれは今更中国が新しい軍事戦略というほどのものではなく、既に多くの国によって正規戦の陰で脇役的に実践されてきたことでもあるのだ。正規戦ではまともに戦えない相手に対し、この「超限戦」ではそのゲリラ的戦術を脇役から主役に持ってきたというところが新しい点となる。人民解放軍の力が米軍に対してなお極端な劣勢にあるうちは、この超限戦でやるぞという意思表示ということらしい。


(私のコメント)
中国の「超限戦」という本によると戦争の方法は兵器を用いた戦闘だけではなく、兵器を用いない方法における戦闘について書かれている。これは4月13日の株式日記で書いた「スイス政府の民間防衛に学ぶ」に書かれた戦争と共通しています。

スイス政府「民間防衛」に学ぶ 日本が中国や北朝鮮から武力以外による攻撃を受け、破滅へと導かれないように 2005年4月13日 株式日記

つまり現役の軍人によって書かれた「超限戦」という本は、日本に対しても「民間防衛」で書かれた方法によって、日本にこのような方法で戦争を仕掛けていますよという証明になるような本だ。

私自身は「超限戦」は読んでいませんが、プロパガンダ戦争やマスコミを使った洗脳こそ新しい形の戦争の正体なのだろう。つまり現代では核兵器をつんだミサイルを打ち合う戦争は地球の滅亡につながるから出来なくなっていますが、その代わりに兵器を使わない戦争が新しい戦争の形として出来上がってきた。

戦場としてはテレビやラジオや新聞などがその主戦場となりますが、その国への政界工作によって政治家を買収してしまう方法が一番手っ取り早い戦争で勝利する方法であり、それは昨日書いた中国共産党の日本解放第二期工作要綱で実践されている。

つまり「民間防衛」や「超限戦」などを読んで、実際に中国や韓国がなぜ執拗に靖国参拝や歴史認識について非難してくるのかを考えれば、戦闘によらない戦争を仕掛けてきていることが良く分かる。日本人に対して精神的ダメージを与えて政治家を買収してしまえば日本を意のままに扱えることが目的だろう。13日の日記にも次のように書いてあります。

《 すでに新聞テレビや教育機関に敵の工作員が入り込んでいる状態になってしまうと、上の演説がさも事実のようにその国民に浸透し、下の事実を伝えることは出来なくなります。日本国内では日教組の教育を受け、朝日新聞を読み、ニュース23や報道ステーションを見ている日本国民では、中国共産党の演説を信じてしまう可能性が高いです。常に事実を見抜けるように心がけてください。
 共産主義は一部の特権階級の人とそれ以外の奴隷となってしまうのです。

上の例は、敵国がスイスを強引に同調させる方法として、その国の経済を停滞させ、貧しくさせると書いてあります。日本でもマスコミはニート増大や教育の質の低下をあおり、さらには韓国や中国への謝罪と賠償要求、中国への多額のODAや、金だけだして口を出させようとしない国連など、日本国民が必死でかせいだお金を日本国民のために使えないように煽っているように感じます。これでもっと失業者が増えたら、その矛先が現与党に行き、売国政党への支持が増えるのは避けなくてはなりません。

日本も、敵国(中国、韓国、北朝鮮)の息のかかった政党、反戦団体、婦人会、大学、テレビ局、新聞社、教師、弁護士、公務員など、かなり侵食されていると思われます。特に、婦人や学生が「反戦」「平和」という名の下に、敵国の工作活動に巻き込まれないように気をつけるべきです。本当に平和を願う団体であれば、中国や北朝鮮の軍事行動を抗議するはずです。中国や北朝鮮に抗議しない平和団体は敵国の工作団体だと言えます。 》


このような事はなにも中国や韓国や北朝鮮のみならず、もっと巧妙にアメリカなどが仕掛けていますが、このような洗脳工作にかからないためには敵の手口をばらしてしまえば一番効果的だ。たとえば「人権擁護法案」は誰が何のために成立させようとしているのか正体をばらせば敵の工作活動は失敗する。

しかし「人権擁護法案」が成立してしまうと、人権擁護の名のもとに工作員が人権擁護委員会に潜入して、新たな警察や司法権力を手に入れることが出来る。その中心になっているのが自民党の古賀誠議員であり公明党だ。この法案については3月13日の株式日記で書きました。

2万人の人権擁護委員を擁する執行組織を持つ異常さ 委員には創価、同和、統一教会、朝鮮総連などの特定団体 2005年3月13日 株式日記

人権擁護法案で日本を「解放」しよう!(朝鮮総連)

 r「l l h
  | 、. !j
  ゝ .f         _
  |  |       ,r'⌒  ⌒ヽ、    
  ,」  L_     f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ.  
 ヾー‐' |     ゞ‐=H:=‐fー)r、)   捜査令状なしの踏み込み捜査か。
  |   じ、     ゙iー'・・ー' i.トソ  とうとう日本も我が共和国の体制に近づきだしたな。
  \    \.     l、 r==i ,; |'
   \   ノリ^ー->==__,..-‐ヘ___
     \  ノ ハヽ  |_/oヽ__/     /\
      \  /    /        /  |.
        y'    /o     O  ,l    |





中国共産党「日本解放第二期工作要綱」 日本の政界は
なぜ親中派が多いのか。日本もスパイ防止法を作れ!


2005年6月11日 土曜日

中国共産党「日本解放第二期工作要綱」(B) 国民新聞

中央学院大学の西内雅教授(故人)が昭和47年にアジア諸国を歴訪  した際、偶然、入手した秘密文書。  内容は中国共産党が革命工作員に指示した陰謀で、当時から現在に至  る迄、中国の対日謀略は秘密文書の通りに続いているとみられる。

第3.政党工作  

3−1.連合政府は手段
 

日本の内閣総理は、衆参両院の本会議で首班指名選挙を行って選出 される。両院で議員総数の過半を掌握すれば、人民の意志とは関係な く、任意の者を総理となし得るのである。  

1972年7月の現況で言えば、自民党の両院議員中、衆議院では 約60名、参議院では10余名を獲得して、在野党と同一行動を取ら せるならば、野党連合政府は容易に実現する。  

しかし、この方式を取るならば、社会党公明党の発言権を益する に留まり、且つ最大の単独多数党は依然として自民党であり、この 2点は純正左派による「日本人民共和国」成立へと進む阻因となるこ とは明らかである。  

自民党のみではなく、社会党、公明党、民主社会党もまた、無産 階級の政党ではなく、最終的には打倒されるべき階級の敵の政党で あることを忘れてはならない。  

本工作組に与える「民主連合政府の樹立」という任務は、日本解放 の第二期における工作目標に過ぎず、その実現は第三期の「日本人民 民主共和国」樹立の為の手段に過ぎない。  

共和国樹立へ直結した、一貫的計画の元に行われる連合政府工作で なければ、行う意義は全くない。

3−2.議員を個別に掌握
 

下記により国会議員を個別に掌握して、秘密裏に本工作員の支配下 に置く。  

A.第一期工作組がすでに獲得したものを除き、残余の議員全員に対し接触線を最少4線設定する。  

B.上の他、各党の役職者及び党内派閥の首長、有力者については、その秘書、家族、強い影響力を持つ者の3者に、個別に接触線を最少2線設定する。  

C.上の接触線設定後、各線を経て知り得る全情報を整理して、「議員身上調査書」の拡充を期し、公私生活の全貌を細大漏さ ず了解する。  

D.右により各党毎の議員を「掌握すべき者」と「打倒排除すべき者」に区別し、「掌握すべき者」については「連合政府の樹立にのみ利用しうる者」「連合政府樹立より共和国成立に至る過渡期においても利用し得る者」とに区別する。    

ここに言う「打倒・排除」とは、その議員の党内における勢力を削ぎ、発言権を低下せしめ、孤立に向かわせることを言う。  

E.「掌握」又は「打倒」は調査によって明らかとなったその議員の弱点を利用する。    

金銭、権力、名声等、欲するものを与え、又は約束し、必要があれば中傷、離間、脅迫、秘している私事の暴露等、いかなる手段を使用してもよい。    

敵国の無血占領が、この一事に懸っていることを思い、いかなる困難、醜悪なる手段も厭うてはならず、神聖なる任務の遂行として、やり抜かねばならない。

3−3.招待旅行
 

上の接触線設置工作と並行して議員及び秘書を対象とする、我が国 への招待旅行を下の如く行う。  

A.各党別の旅行団。団体の人数は固定せず、実情に応じて定める。但し、団体構成の基準を、「党内派閥」「序列」「年齢」「地域別」「その他」そのいずれかにおくかは慎重に検討を加え、工作員の主導の元に、我が方に有利になる方法を採らしむるよう、工作せねばならない。  

B.党派を超えた議員旅行団。議員の職業、当選回数、選挙区、選挙基盤団体、出身校を子細に考慮し、多種多様の旅行団を組織せしめる。  

C.駐日大使館開設後1年以内に、全議員を最低1回、我が国へ 旅行せしめねばならない。自民党議員中の反動極右分子で招待旅行への参加を拒む者に対 しては、費用自弁の個人旅行、議員旅行団以外の各種団体旅行への参加等、形式の如何を問わず、我が国へ一度旅行せしめるよう工作せねばならない。  

D.旅行で入国した議員、秘書の内、必要なる者に対して、国内で「C・H・工作」を秘密裏に行う。

3−4.対自民党工作  

A.基本方針    

自民党を解体し、多数の小党に分裂せしめる。    

自民党より、衆議院では60名前後、参議院では10余名を脱党せしめて、連合政府を樹立するというが如き、小策を取ってはならないことは先に述べた所であるが、右派、左派の二党に分裂せしめることも好ましくない。    

これは、一握りの反動右翼分子が民族派戦線結成の拠点として、右派自民党を利用する可能性が強いからである。    

従って、多数の小党に分裂する如く工作を進めねばならず、又 表面的には思想、政策の不一致を口実としつつも、実質的には権力欲、利害による分裂であることが望ましく、少なくとも 大衆の目にはそう見られるよう工作すべきである。  

B.手段    

自民党内派閥の対立を激化せしめる。   

@自民党総裁選挙時における派閥の権力闘争は常に見られる現象で通常は総選挙を経て若干緩和され、一つの党として受けて曲りなりにも保持していく。    

今回はそれを許してならない。田中派と福田派の対立の継続と激化、田中派と大平派、三木派、三派の離間、中間五派の不満 感の扇動等を主点として、第一期工作組は工作を展開中である。総選挙後、若干の変動があっても、派閥の対立を激化せしむるという工作の原則は変わらない。   

A派閥対立を激化せしめる最も有効な方法は、党内の非主流派と なって政治活動資金の調達に困難を生じている各派に個別に十分な政治資金を与えることである。    

政治献金は合法であり、これを拒む政治家はいない。問題は方法のみであり、工作員からAへ、AからBへ、BからCへ、CからDへ、Dから議員又は団体という如く間接的に行うのは言う迄もない。   

B先に述べた議員個人の掌握は、それ自体が連合政府樹立の有効な手段となるが、派閥対立激化についても活用するのはもとよりである。

橋本、野田・親中派2氏 対中改善へ議員外交 存在感発揮?/問題複雑化?

小泉純一郎首相の靖国神社参拝など歴史問題をめぐり日中関係が冷え込む中、橋本龍太郎元首相と日中協会会長の野田毅元自治相が相次いで訪中する。中国要人とのパイプを生かした“議員外交”で、両国の関係改善につなげるのがねらい。親中派として存在感を発揮したい思惑があるようだが、江沢民前国家主席の側近と会談するだけに「問題を複雑化させなければよいが」(自民党筋)との声もある。
                  ◆◇◆
 野田氏は三日から六日の日程で北京を訪問、唐家●国務委員、江氏に近い曽慶紅国家副主席と会談する。唐氏は何度も来日したことのある知日派。曽氏は、日中国交回復を実現した田中角栄元首相の派閥の流れをくむ自民党旧橋本派(旧経世会)との窓口役だ。
 金丸信元副総理、竹下登元首相から曽氏との関係を引き継いだ野中広務元官房長官ら旧経世会との議員交流はかつては活発で、外務省内には中国を専門とするチャイナスクールを中心に「政府間に波風が立つたびに議員交流を深めて事態打開に尽力してくれた」との期待感は根強い。
 だが、小泉政権発足で旧経世会が求心力を失うとともに、親中派とされる勢力も弱体化。超党派の日中議連も町村信孝外相が副会長であるにもかかわらず、「開店休業中」(閣僚経験者)だ。
 特に、野中氏が政界を引退した後、曽氏との関係は「事実上、途絶えたまま」(日中関係筋)との指摘もあり、政府・与党内には外交チャンネルの先細りを懸念する声が強まっていた。
 一方の橋本氏は中国人民解放軍との交流プログラムに参加する自衛隊幹部とともに、八日から十三日まで訪中。曹剛川国防相や中国人民解放軍の熊光楷・副総参謀長ら軍首脳と会談する。
 中国側が今回、党と軍の要人との会談をセットしたのは「大国のメンツを保つため、関係改善の糸口を探している」(閣僚経験者)との分析もある。ただ、日中関係の悪化は「経済成長で自信をつけた中国が、アジアにおける覇権争いを仕掛けてきている」(自民党議員)ともされ、野田、橋本両氏とも、関係改善に向けた成果を上げるのは容易ではなさそうだ。
 一方、河野洋平衆院議長は一日、都内の議長公邸に宮沢喜一元首相ら首相経験者を招く異例の動きを見せ、両国関係の打開に向け意見交換した。
 ●=王へんに旋
(産経新聞) - 6月2日2時51分更新


(私のコメント)
中国共産党 の「日本解放第二期工作要綱」は本物であるかどうかは分かりませんが、実際にも中国共産党はこの通りの政界工作を行っているのだろう。それを考慮してニュースを見れば自民党内の親中派がどのようにして取り込まれたかはっきりと分かる。

このような政界工作は日本ではやりたい放題で、それは日本にはスパイ取締法が無いからだ。政治献金にしても幾つも経由されてくるから賄賂と献金の区別がつかなくて、合法的に政治家の買収工作が可能になる。このような事は中国ばかりではなく北朝鮮や韓国やロシアやアメリカも諜報機関のある国はみんなやっている。

特に政党の党首や派閥の長は党や派閥を維持するために金はいくらあっても足らないから、中国などの工作機関から金をもらって組織を維持しているようだ。日本企業などから賄賂をもらうと帳簿や領収書などから足がつき、検察も調べに入るから献金ももらいにくいが、外国の工作機関から金をもらえば検察も手も足も出ないから買収のし放題だ。

特に国会議員の中国や北朝鮮への旅行は注意が必要であり、C・H工作に引っかかって取り込まれてしまう事が多いようだ。日本の国会議員もバカでは無いから気をつけているのでしょうが、身の回りのことを調べられて弱みを握られると工作機関の言いなりにならざるを得なくなる。

中国共産党の「日本解放第二期工作要綱」にはこのような政界工作ばかりでなく、マスコミ工作も力を入れて活動していますが、特にテレビや新聞などは世論工作に有用だからマスコミのほとんどは中国などの外国の工作に荒らされ放題だ。要綱によれば次のように書いてある。

《 2−2.テレビとラジオ  

A.これらは、資本主義国においては「娯楽」であって、政府の 人民に対する意志伝達の媒介体ではない。この点に特に留意し、「娯楽」として利用することを主点とすべきである。    

具体的な方向を示せば、「性の解放」を高らかに謳い上げる劇又は映画、本能を剌激する音楽、歌謡等は望ましい反面、スポーツに名を借りた「根性もの」と称される劇、映画、動画、または歴史劇、映画、歌謡並びに「ふるさとの歌祭り」等の郷土愛、民族一体感を呼び醒ますものは好ましくない。 前者をより多く、後者をより少なく取り上げさせるよう誘導せ ねばならない。  

B.テレビのニュース速報、実況報道の利用価値は極めて高い。画面は真実を伝えるものではなく、作るものである。目的意識を持って画面を構成せねばならない。  

C.時事解説・教養番組等については、新聞について述べた諸点が そのまま適用されるが、これは極めて徐々に、少しずつ注意深くなされねばならない。  》

マスコミ工作も政界工作と同じく新聞社や放送局の幹部クラスが狙われて取り込まれているのだろう。工作方法としては中国などでは国内の取材などで便宜を図り、非協力的な新聞社やテレビ局は特派員も追放するなどのことをしたり、特ダネを提供したり、会社の幹部には利権や利益提供などでいくらでも工作が出来る。

だからテレビなどでは中国や韓国への偏重した報道ぶりにはフィルターをかけて見たほうがいいのだろう。不利益なことは報道せず、イメージアップになることは大々的に報道するようになっている。NHKやテレビ朝日の親中派報道は露骨ですが、あまり露骨にやれば国民に信用されなくなる。

中国が靖国問題に口出ししてくるのも、政治家やマスコミの活動状況をチェックするためであり、河野議長が必死になって小泉首相に圧力をかけるのも中国への点数稼ぎのためであり、中国への利権のためなのだ。このように政界やマスコミには協力に働きかけているが日本の世論は中国などに対して厳しくなってきたのはなぜか。それはネットが登場してきて工作機関の工作が有効でなくなってきたためだ。

そのために人権擁護法案を成立させて、外国人への差別撤廃や人権を擁護するという名目でネットの言論弾圧工作を始めたいのだろう。古賀誠議員が中心になって進めていますが古賀議員も親中派の議員であり、このような法案を通してはならない。日本にスパイ取締法が出来れば真っ先にこのような売国議員を取り締まれるのですが、まだ難しいだろう。




韓国の異常さは世界の常識 ローレス米国防部次官補
「韓米同盟変えたい時はいつでも言ってくれ」


2005年6月10日 金曜日

韓国の異常さは世界の常識 6月6日 マイネ・ザッへ

海上保安庁の隊員を乗せたまま逃亡した漁船の行為から、拉致は韓国人の文化なのかもしれないという論考が出されたことは前回お伝えしました。この論考の中で紹介されていた米兵拉致事件は、俗に「地下鉄事件(Subway Incident)」と言われて、韓国通アメリカ人の間では、韓国の特異な国民性を示す有名な事件です。今回の「違法漁船逃亡逆ギレ愛国英雄事件」は、この事件との類似性から、特にアメリカ人に、韓国人の異常さを強く印象づける契機になったようです。


米兵拉致事件との類似性

「地下鉄事件」は2002年秋に起きました。事件の顛末はこうです。

反米デモに参加し、地下鉄の駅でビラを配っていた元国会議員のスー・キュンウォン氏が、ビラの受け取りを拒否した休暇中の米兵を詰問。韓国語がわからない米兵が途方に暮れていると、スー氏はいきなり一人の米兵の顔面に掌抵でパンチ(相手を挑発するときの韓国人の常套手段だそうです)を浴びせた。怒った米兵がスー氏を殴り返すと、デモに参加していた学生たちが怒り狂って米兵を包囲。米兵は地下鉄に乗り込んで逃げたが、次の駅で数百人のデモ隊につかまり暴行を受け、一人は大学構内に拉致されてスー氏への謝罪を強要された。この間、一部始終を見ていた韓国の警察は一切手を出さず、数時間後に学生の手で警察に突き出された米兵を7時間に及び尋問し、起訴した。


しかし、韓国メディアはこう伝えました。

3人の米兵が、地下鉄構内で反米ビラを配っていた学生を汚い言葉で罵り、たまたまその場に居合わせて米兵を叱った、元国会議員のスー・キュンウォン氏に暴行して重傷を負わせた。米兵はデモの警戒にあたっていた警察に逮捕され、緊急入院したスー氏に謝罪した。

悪いのは先に手を出したスー氏です。スー氏は最初から、米兵に殴られて反米に火を付ける目的で挑発したのです。しかし、病院のベッドから米兵の暴虐を叫ぶスー氏は愛国の英雄になり、米兵は犯罪者になりました。この事件に関して起訴された韓国人は一人もいません。(スー氏は病院のベッドから韓国の各メディアに事件の顛末を得意げに語りましたが、その内容は話すごとにくるくる変わったそうです(作り話だから当然です)。反日、反米であれば、話しのつじつまなど滅茶苦茶で構わないというのは、自称慰安婦のおばさんたちの証言にも共通します)

<この事件に関して日本語の情報源は見あたりませんでした。興味のある方は、アメリカ側から事件をまとめたこの英語ページをごらんください>


韓国人には抵抗するな

相手がアメリカ人や日本人なら、犯罪を犯しても罪を問われず、むしろ被害者であるように振る舞って愛国の英雄になるという図式は、今回の漁船逃走逆ギレ事件とまったく一緒です。

在韓米軍兵士の GI Korea さんのブログでは、6月3日の記事で、米兵に対する「愛国無罪」の事例を列挙しました。

去年5月、飲み歩いていた米兵のグループが韓国人とケンカになった。周囲の韓国人はみな韓国人側に加勢して次第に暴徒化。一人の米兵が護身のために出したナイフで、一人の韓国人がケガをした。ケガをさせた米兵は韓国の裁判所で裁かれ、殺人未遂で3年半の禁固刑。丸腰だった米兵はみな暴行を受けたが、この事件で起訴された韓国人はいない。

2000年6月、買い物をしていた米軍の少佐が、頭のおかしな韓国人男性に突然下腹部を刺された。一緒にいた米軍の軍医が犯人からナイフを奪ったが、周囲の韓国人たちは逃げる犯人を追わないどころか、軍医を取り囲んでナイフを放せと威嚇した。手当が遅れた少佐は死亡した。

このほかにも、韓国人と小競り合いになり一方的に起訴された米兵や、理由もなく暴行されて誰にも助けてもらえなかった例は尽きません。表沙汰にならない小さな事件を含めれば、こうした米兵と韓国人に対するダブルスタンダードを示す例は、ほぼ毎月のように起きているということです。

GI Korea さんは、韓国人が外国人を平気で拉致したり暴行したりするのは、「愛国無罪」で警察に追求されないことを知っているからだと主張します。そして、韓国にいる米兵は、韓国人にどれだけ侮辱されようと、顔面に掌抵を受けようと、ぐっとプライドを飲み込んでおとなしくその場を立ち去るべきだ、それが問題を避ける一番の方法だと訴えます。


親韓派による告発

ところで、このGI Korea さんというのは、以前の記事でも少し触れましたが、異常なほどに親韓派なアメリカ人です。彼のブログには、そんな彼の見方に異議を唱えるコメントがたびたび投稿されてきました。

そんな彼が、結論は穏やかではあれ、韓国人の異常さを告発するような記事を書いたことで、ブログには彼を賞賛するコメントが多く寄せられました。

「君の言うとおりだ。ぼくは韓国にいた49ヶ月の間に、白人であるという理由だけで15回襲われた。刺されそうになったこともあるが、警察はまるで生ぬるい対応だった。外国人は出て行けと警官に言われたこともある。韓国はまだ後進国で、外国人へのダブルスタンダードは当たり前なのだ。ぼくの知る韓国人たちは、そんな韓国の状況を当然と考えているが、そのくせカナダやアメリカでは市民として同等の権利を要求している。偽善は韓国人の特質だ」

「ようやく君もわかったようだね。外国人に対する韓国人のダブルスタンダードは、アジアの部族文化に根源を持つ不文律なんだ。アメリカで受けた反差別の教育に目をくらまされて、これまではその事実が見えなかったみたいだね。ノムヒョンがアメリカとの「平等」を訴えて大統領選に出馬した時、君のことだからきっと、ノムヒョンは韓国のキング牧師だと賞賛したことだろう。でも今は君の言葉に韓国に対する皮肉を感じるよ」

今回の漁船逃亡逆ギレ事件は、多文化共生の観点から韓国を愛し続けてきたアメリカ人にさえ、韓国に背を向けさせる契機になったのです。


韓国を理解できる文明人はどこにもいない

GI Korea さんは、6月5日にも漁船逃亡逆ギレ事件を取り上げて、韓国の異常ぶりを嘆いています。

「返す返すも2002年の「地下鉄事件」とそっくりな展開だ。暴行を受けたと主張して、病院で写真を撮らせて韓国人の愛国心に訴え、悪い外国人にひどい目に遭わされた韓国人を演じているのだ。罪を逃れるための定石だ。

漁船を止めるために窓ガラスを割るのは、日本の沿岸警備隊を載せたまま逃げたことを思えば、ごく当然なことだと思う。それに船長がケガをしたというのも、隊員がキャビンに入ってきたとき停船することに抵抗したからだろう。もし黙って停船していれば、ケガなどせずに済んだはずだ。船長がそうしなかったのは、そこが日本の海域だったからだ。

だから船長は沿岸警備隊を乗せたまま韓国の海域に戻ろうとした。そこに戻れば彼は無罪放免されることを知っていたからだ。韓国人の反日精神に訴えて、病院のベッドから暴行を受けたと主張して、そしてきっとそのうち「独島は韓国のものだ!」と叫んで、自分の無罪を補強しようとするに違いない。ぼくは韓国が船長に罰金を払わせることを願うが、2002年の拉致事件で誰も逮捕されなかったのと同様、それはあり得ないだろう」

韓国の異常さは、韓国に接した外国人なら誰でも共有する常識です。考えてみれば、そんな韓国を防衛するために軍を駐留させ、有事となれば数万人の兵士が命を失うことになるアメリカは、日本以上に韓国に蔑ろにされていると言えます。

ぼくたち日本人は、韓国の狂気に翻弄されているのは日本だけだと勘違いして絶望する必要はありません。ぼくたちは世界に共通する理性を備えた文明人です。韓国に嫌悪感を持つのは、ぼくたちが偏狭な差別主義者や愛国者だからではありません。文明人の目から見れば、韓国は明らかにおかしいのです。

韓国の「処分」については、感情的にならずにアメリカと良く話し合い、二人三脚で進めるべきです。


(私のコメント)
先日の韓国漁船と海上保安庁のトラブルは氷山の一角であり、在韓米軍と韓国人とのトラブルは日本のマスコミにはほとんど伝えられない。記事であげられた例でも白人というだけで49ヶ月の間に15回も襲われた人もいたということです。日本の常識で考えればまさかと思うのですが、ノムヒョン大統領が当選した背景からも、韓国人の異常さが浮かび上がってくる。

韓国における過激な愛国主義が暴走している感じですが、米兵と韓国人とのトラブルが起きた場合、韓国の警察は見て見ぬふりをするので、トラブルに巻き込まれそうになったらその場から立ち去るのが一番いいようだ。今回の韓国漁船でも海上保安庁が損害賠償を要求されて、捜査妨害をした韓国漁船はお咎めなしだ。

韓国人の中には米兵を挑発してケンカを吹っかけて愛国者気取りの人も出てきて、被害者のように振舞えば韓国の警察も何もせずに泣き寝入りするしかない。日本においても米兵とのトラブルは同じくありますが、警察が何もしないということはない。どちらが悪いにしろ法律で公平に裁かれる。ところが韓国ではそうではないようだ。

中国も先日の反日デモでは暴徒が日本大使館に石を投げようが警官隊はただ見ているだけだった光景が異常でしたが、韓国や中国では当たり前の光景なのだろう。日本のニュースでも日本大使館の前では日の丸を燃やしたり小泉首相の人形を燃やしたりする映像がよく出ますが、そんなことが出来るのも警官隊が止めないから出来るのだ。

それに対する言い訳としては暴漢を取り締まろうとすると愛国運動を取り締まるような形になり批判が政府に向きかねないから警官は見てるしかなくなるということらしい。

ノムヒョン政権は米軍の全面撤退を望んでいるのだろうか。しかし在韓米軍が撤退すれば第二次朝鮮戦争がおきかねない。北朝鮮軍が南下してきたら韓国軍は戦うのだろうか。戦わなければ韓国は北朝鮮に併合されることになるが、韓国国民はそれを望んでいるのだろうか。

ローレス米国防部次官補「韓米同盟変えたい時はいつでも言ってくれ」 朝鮮日報

韓米首脳会談を1日後に控え、米国側から相次いで韓国政府に対する不満がもれている。

 9日、ソウルではローレス米国防部次官補の発言が問題となった。一部メディアは今月5日から6日まで韓国を訪れていたローレス次官補が「韓国の戦略的価値は終わった」とし、韓国が米国側の要求を受け入れない場合、駐韓米軍を撤退させる状況が来ることもあり得ると脅かしたと報じた。

 ローレス次官補はまた、先月31日、ワシントンの韓国大使館を訪れ、洪錫R(ホン・ソクヒョン)駐米大使に「北東アジアのバランサー論は韓米同盟と両立できない概念だ。もし同盟を変えたければいつでも言ってくれ。希望通りしてやる」と述べたという報道も出た。

 国防部と外交部は公式的には「事実と異なる報道」と否定した。

 しかし、一部当局者は「ワシントンによのような世論があるということを伝える形だった」、「ローレス次官補はいつもそのように話す。発言一つ一つに一々神経を使う必要はない」とも述べた。

 正確ではなくても、そのような趣旨の発言があったことは事実だということだ。




毛沢東はヒットラーやスターリンに匹敵する悪党であり
彼のために命を落とした人は7,000万人をくだらない


2005年6月9日 木曜日

<厳しく再評価される毛沢東(その2)> 太田述正コラム#745(2005.6.6)

毛沢東はヒットラーやスターリンに匹敵する悪党であり、この二人以上の惨害を人類にもたらした。にもかからわず、世界はこの人物について余りにも無知であり続けた。

 毛沢東伝説をつくったのは、毛沢東にインタビューしてそのほら話を額面通り信じたエドガー・スノー(Edgar Snow)だ。彼が1936年に上梓した毛沢東の半生の伝記である「中国の赤い星(Red Star Over China)」の内容は殆どがウソであり、スノーの責任は大きい。

 毛沢東が支那の最高権力者であった27年間に彼のために命を落とした人は少なく見積もっても7,000万人をくだらない。しかも、この数字には朝鮮戦争における人民解放軍がらみの死者を含まない。平時において7,000万人を殺すなど、人類史上空前のことだ。

 毛沢東は、ゲリラ戦略家でも共産主義思想家でも貧農の友でも先見の明のある政治家でもなかった。それどころか、決して雄弁家ではなかったし、オルグとしても凡庸だった。彼が支那における共産主義の父であるなんて悪い冗談だ。

 彼は、ソ連の意向に添うことに汲々とし、ソ連の全面的な支援のおかげで支那の最高権力者になることができたのだ。(そもそも、中国共産党自体、ソ連の工作でできたものだ。)

 毛沢東は、いかなるイデオロギーも全く信じておらず、支那に社会主義のユートピアを建設しようなど露ほども考えたことがない。彼にとっては、平等主義は唾棄すべきものであり、彼が口先だけでは称えていた貧農に対し、破壊的政策を繰り返し行って恥じなかった(注4)。彼が関心を持っていたのは、自らの個人的権力の追求だけだった。支那も支那の住民も彼にとってはその手段以外の何ものでもなかった。

 彼は、人がいくら死のうと無頓着であり、自らの個人的権力を追求する過程で殺人を厭わず、人々の死への恐怖心をもてあそんだ。彼は、人々が拷問されたり虐殺されたりするのを見物するのが趣味であり、文化大革命当時には、文革における暴力的衝突や拷問の場面を撮影したドキュメンタリーを好んで鑑賞した。人の弱みを握ってその人物を意のままに動かすこともまた彼の得意とするところだった。

 毛沢東がいかなる人物であるかは、彼が密かにある本の余白に書き記した以下の文章が物語っている。 「他人のためを考えて自らの行動を律せよ、といった道徳観などクソ食らえだ。私のような人間は、・・自分の欲求をとことん満たそうとする。それこそが最高の道徳律だ。この世界には様々な人やモノがあるが、それらはことごとく私だけのために存在しているのだ。・・私のような人間は、義務は自分達に対してだけ負っているのであり、他人に対しては何の義務も負っていない。」

 こんな毛沢東の人類へのユニークな「貢献」は、全く新たな恐怖統治手法を編み出したことだ。 延安時代(後述)に彼は、人々に自己批判や他人の批判を強要し、「悪行」の告白や告発を導く、という手法を始め、後にこれを支那全土に広めた。

 毛沢東は、全支那の権力を掌握すると今度は世界の制覇をねらい、そのためにいかなる犠牲をも厭わずひたすら核兵器の獲得を追求した。

 (注4)一回目は、1920年代末から1930年代初にかけて、毛沢東が農村地帯
    でゲリラ戦を行っていた時のことだ。当時共産党ゲリラの食糧は貧
    農達からの徴発でまかなっており、貧農達を塗炭に苦しみに陥らせ
    た。

 毛沢東は支那の最高権力者であった間、酒池肉林の生活を送った。 (風呂嫌いで25年間風呂に入らなかったが、)彼は中共各所に50箇所以上専用別荘を持っていた。もっとも、これは臆病者の毛沢東が、米国やソ連による爆撃を恐れ、居場所を隠したかったからでもある。

 グルメの彼は、1000キロ離れている揚子江沿いの武漢から北京の本宅まで、せっせと新鮮な川魚を運ばせていた。 相次いで4人の妻を娶った彼は、高齢になってもなお無数の情婦や一夜妻と情交に勤しんだが、これらの妻や情婦及び自分の息子や娘に対し、一欠片の愛情も懐いていなかった。毛沢東は、長征(Long March)の途次、生まれたばかりの彼の息子を放置して殺すように命じている(注5)。

 (注5)ヒットラーだって、自分の飼っていた犬や他人の子供には優しかっ
    た。金正日だって自分の子供達はかわいがっている。毛沢東が人並
    みの家族愛を持っていたら、恐らく「皇帝」毛沢東(コラム#204)
    は毛王朝の創始者となっていたことだろう(太田)。

 毛沢東は中国共産党ができてから一年後の1921年に共産党に入党した。 スターリンによってゲリラ戦をやれと命ぜられた中国共産党は、襲撃による金集めをしながら、国民党相手のゲリラ戦を始め、その中から毛沢東は頭角を現わす。

 国民党軍に敗れた共産党軍は1934年に長征を始めた時点で80,000人(公式には90,000人)の兵力だったが、延安に到着して長征が終わった1936年には4,000人(公式には20,000人)に減っていた。その減耗分の少なからざる部分が毛沢東が行った物理的粛清によるものだった。

 長征が成功したのは、一にかかって蒋介石(Chiang Kai-shek)のおかげだ。蒋介石は、共産党軍を深追いして、国民党支配が確立していない地域で軍閥と衝突することは得策ではないと考えた。しかも、蒋介石は、息子の将経国(Chiang Ching-kuo)がソ連国内で実質的に人質とされていたことからも、共産党軍を壊滅させてソ連の逆鱗に触れることは避けようとした。それどころか、蒋介石は、長征路の所々に食糧を満載した付近の詳細地図つきの無人トラックを配置し、共産党軍を手助けした(注6)。

 (注6)中共の公式説明:「共産党の紅軍は戦力保持のため、十数倍もの敵
    の包囲を振りきって、根拠地の江西省瑞金や福建省西部から、戦略
    的な大移動を行いました。まず西進、そして北上と迂回曲折して、
    11の省を通過、2万5000華里(1万2500キロ)を踏破して、ちょうど
    一年後の35年10月、陝西省北部に到達し、新たな根拠地を建設した
    のです。」(http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/zuobi/
    200110.htm。6月5日アクセス)

 長征の過程における有名な、大渡河(Dadu River)渡河英雄譚は、事実と違うどころか、全くの捏造だ。瀘定橋での戦いなどはなかったし、そもそもその付近に国民党軍は一兵もいなかった(注7)。

 (注7)中共の公式説明:「長江の支流・大渡河での話です。怒涛さかまく
    大渡河を迅速に渡るには、一刻も速く瀘定橋を奪い取らなければな
    りませんでした。瀘定橋は大渡河を渡る唯一の橋でもあったので
    す。そこで紅軍は瀘定橋の奪取作戦に出ました。しかしその橋と
    は?それは、16本のチェーンをかけ渡しただけの、長さ百メートル
    あまりの吊り橋でした。橋げたにはもともと横板が敷かれていたの
    ですが、橋の中心から半分はすでに敵に取り払われた後でした。瀘
    定橋を渡った敵が、横板を外して逃げたのです。東岸の橋のたもと
    には機関銃を装備した敵の陣地があり、その後方を増援部隊が守っ
    ていました。上空には敵機が飛び交い、命懸けの作戦でした。しか
    し、25歳にも満たない兵士22人が、突撃隊を志願したのです。そし
    て激戦の末、瀘定橋を奇跡的に奪取したのでした。」(peoplechina
    上掲)

 そうは言っても長征は共産党軍の一般兵士にとっては過酷極まる行軍であり、だからこそ前述したように粛清とあいまって大部分が命を落としたのだ。

 しかし、毛沢東を初めとする共産党幹部達の中に、長征の過程で命を落とした者は一人もいない。それもそのはずだ。彼らは一般兵士に担がせた籠に乗って移動したからだ。

 延安で毛沢東は、資金調達のためにケシを栽培して麻薬の製造と共産党支配地域外への販売を盛んに行い、現在のドル表示で6億4,000万米ドル相当の売り上げを達成している。

 1936年の西安事件(コラム#178、187、234、256、290、292、353)は、張学良(Chang Hsueh-Liang)が蒋介石に代わって国民党の主席になろうとして起こしたクーデターであり、毛沢東は張学良に蒋介石を殺せと言ったが、国民党が弱体化し、日本が後顧の憂いなくソ連に対峙することを恐れたソ連が介入し、蒋介石は命を長らえ、毛沢東の意に反して国共合作がなった。

 毛沢東は日支事変勃発を喜び、日本軍と国民党軍とを戦わせて国民党軍を消耗させる一方で共産党軍は日本軍と基本的に戦わせず、共産党軍の温存を図った。それどころか毛沢東は、日本の諜報機関と密かに長期にわたって協力し、日本軍に国民党軍を叩かせた。だからこそ、中共が支那の権力を掌握した後、毛沢東は日本からの訪問者達に対し、仮に日支事変が起こっていなかったとしたら、まだ共産党は山奥を彷徨していただろう、と彼らに謝意を表明したのだ(注8)。

 (注8)毛沢東は、日本軍が引き起こした1937〜38年の南京事件(コラム
    #263、264、256〜259)に対し、一貫して何の関心も示していない。


(私のコメント)
日本の野党はもとより与党自民党の中にも親中派が大きな勢力を占めていますが、彼らはどうしてあのように中国の意のままに活動するのだろうか。日本を中国のような国にしたいと考えているのだろうか。中国はまさにアフリカと並ぶ暗黒大陸であり人間の命の尊さは虫けらほどもない。自民党の河野洋平や橋本龍太郎や加藤紘一は中国に行って洗脳されたとしか思えない。

「ワイルド・スワン」の著者のジュアン・チャンは「知らされざる毛沢東伝」を出しましたが、親中派の人たちにも読んで欲しい本ですが、エドガー・スノーの書いた毛沢東の半生記は出鱈目であるらしい。しかも毛沢東そのものがソビエトのスターリンによって抜擢されて作り上げられた人物だ。

しかし中国共産党は群雄割拠する勢力の一部に過ぎず蒋介石軍に敵う存在ではなかった。むしろソ連によって日本軍は中国に引きずり込まれ蒋介石軍と戦うはめになり、中国共産党は漁夫の利を得たのだ。日本軍によって蒋介石軍は重慶まで撤退しましたが、日本軍が中国から撤退した後は共産党勢力が浸透していった。

結果的に日本軍は中国共産党に協力したことになり、日本軍が勝手に中国へ侵略したわけではなくソ連や中国の共産党の謀略に引っ掛けられたと言うのが真相だ。さらに毛沢東自身がかなりむちゃな作戦で8万人の軍隊が4千人まで減ってしまったこともあった。蒋介石も息子がソ連の人質になっていたから腰の引けた戦いになった。

毛沢東自身が独裁者になれたのはソ連の援助と共産党軍内部での粛清のおかげだ。その点では毛沢東とスターリンとは瓜二つであり、殺した人間の数では毛沢東とスターリンは世界史における双璧をなしている。毛沢東自身もスターリン以上の冷酷非常な人物であり自分以外の命などどうでも良かった。

だから中国共産党が民主化するなどとは到底無理であり、言論活動の自由など認めたら毛沢東はスターリン以上に批判されて、中国共産党は消えてなくなる。中国はこのような冷酷非常な独裁体制だからこそ国家としてまとまっているのであり、民主国家としての中国は存在し得ない。

ソ連ではスターリンが亡くなった後は批判されていますが、毛沢東は亡くなっても批判されずに偶像化されたままだ。今度のジュアン・チャンはそのような偶像化さ毛沢東像を破壊するものであり「知らされざる毛沢東伝」は中国崩壊のきっかけになる本かもしれない。もっとも中国は言論の自由がない国であり本は発行されないだろうし、海外でもさまざまな妨害活動も行われるだろう。




最初の覇権国スペインはなぜ進歩から取り残されたか?
東京裁判史観は日本を滅ぼす為の精神破壊工作である


2005年6月8日 水曜日

最高裁口頭弁論(一) 6月4日 西尾幹二インターネット日録

上告人の西尾幹二です。三点に分けて考える処を申し述べさせていただきます。

 日本国民の一人として、日本国の公立の図書館から、理由説明もなく一括して廃棄された本のうちに、自著が含まれたことに、私は屈辱と怒りを覚えました。私の過去の全著作活動が公的機関から、理由もなく「差別」されたという感覚、私の人権が一方的に侵されたという強い認識をもったことをまず第一に告知しておかなくてはなりません。

 第二点以下は私個人の感情ではなく、そこから離れた公的問題に絞ってお話ししたいと思います。

 廃棄の対象となった私の本の9冊のうち7冊は、歴史にも政治にもほとんど関係がありません。私が「新しい歴史教科書をつくる会」に関わるより前の文芸書や人生論のたぐいで、私が会の代表であったというそれだけの理由によって、昔の本に遡って無差別な廃棄の対象となったのであります。

 これはある集団に属していればそれだけで罪になる、という断罪の仕方であって、ユダヤ人であれば罪になるというナチスの論理、地主や資本家であれば罪になるという共産主義の理論を思わせるものがあります。「つくる会」に属していれば、それだけで、属するより前の書物までも罪になる、というこんな全体主義的な発想が許されてよいのでしょうか。

 なにかに属している者はそれだけで罪になる、という「集団の罪」Kollektivschuldの概念に立脚して、1930年代に二つのの全体主義、ナチズムとスターリニズムは無実の人々を処刑しました。尤も、この「集団の罪」の概念は被害者である場合と加害者である場合とでは意味が逆になり、必ずしも一筋縄ではいきません。ドイツ人は戦後、悪いのはヒットラー「個人」であり、ドイツ民族という「集団」には罪はない、という詭弁を弄しつづけてきたのは周知の通りです。

 ですが、本件のような被害者の立場からいえば、「集団の罪」を被せられるのは恐ろしいことで、私の本は私がなにかに属しているかいないかで判断されるべきではありません。

 当件にナチスまで持ち出しては大袈裟に思われるかもしれませんが、決してそうではありません。体制の犯罪、自由の扼殺(やくさつ)は小さな芽から始まるのです。

 図書館員の特定の思想をもったグループが団結して、しめし合わせて、歴史を消し去るということもあながちあり得ないことではないと思わせたのが本件であります。

 さて、そこで焚書とは何か、歴史の抹殺とは何か、という三点目のテーマに移ります。

最高裁口頭弁論(二) 6月5日 西尾幹二インターネット日録

チェコ出身の作家ミラン・クンデラは次のように語っています。

 「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明することだ。そうすれば間もなく、その国民は、国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう

 とても示唆に富むことばですが、逆に一冊の本に書かれた内容がある民族に致命的であって、それへの反証、反論の本が書かれなかったために、その民族が悲運に泣くという逆の例から、歴史の記録がいかに大切か、歴史を消すことがいかに恐ろしいかをお示ししてみたいと思います。

 近代ヨーロッパの最初の覇権国スペインはなぜ進歩から取り残されたか。16−17世紀に歴史の舞台から退いた後、なぜ近代国家として二度と立ち上がることができなかったのでしょうか。

 それもたった一冊の薄っぺらい本から起こりました。一修道士バルトロメ・デ・ラス・カサスが1542年に現地報告として国王に差し出した「インディアスの破壊についての簡潔な報告」がそれです。からし粒ほどの小著ですのに、大方の国語に訳され、
世界中に広がり、深々と根を下ろし、枝を張りました。日本でも岩波文庫から出て、よく読まれてきました。書かれてある内容が凄まじい。キリスト教徒はインディオから女や子供まで奪って虐待し、食料を強奪しただけではありません。島々の王たちを火あぶり刑にし、その后に暴行を加えた、等々です。

 それ以後スペインとなると「黒の伝説」がつきまといます。中南米のインディオを大量虐殺し黄金を奪ったスペイン、狂信のスペイン、異端尋問のスペイン、文化国家の仲間入りができないスペイン、凶暴きわまりない闇の歴史を持つスペイン――そういうイメージにつきまとわれ、スペイン人自らが自分の歴史に自信を持つことができなくなりました。

 最近わが国でも歴史認識に関する「自虐」心理が話題になっていますが、自分で自分を否定し、自己嫌悪に陥り、進歩を信じる力を失った最大級の自虐国家はスペインです。

 それもたった一冊の薄っぺらな本に歴史的反証がなされなかったからです。あまつさえオランダとイギリスが銅板画をつけ、これを世界中にばらまきました。しかし近年の研究で、あの本に書かれた内容には誇張があり、疑問があるということが次第に言われるようになってきました。とはいっても、なにしろ16世紀です。ときすでに遅しです。

 じつは日本にも似た出来事があるのです。この赤い一冊の大きな本をみて下さい(私は裁判官の方に本をかゝげた)。アメリカ占領軍による『没収指定図書総目録』です。

 マッカーサー司令部は昭和21年3月に一通の覚え書きを出して、戦時中の日本の特定の書物を図書館から除籍し、廃棄することを日本政府に指示しました。書物没収のためのこの措置は時間とともに次第に大かがりとなります。昭和23年に文部省の所管に移って、各部道府県に担当者が置かれ、大規模に、しかし秘密裏に行われました。没収対象の図書は数千冊に及びます。そのとき処理し易いように作成されたチェックリストがここにあるこの分厚い一冊の本なのです。

 勿論、占領軍はこの事実上の「焚書」をさながら外から見えないように、注意深く隠すように努力し、また日本政府にも隠蔽を指示していましたので、リストもただちに回収されていたのですが、昭和57年に「文部省社会教育局 編」として復刻され、こうして今私たちの目の前にあるわけです。

 戦後のWar Guilt Information Program の一環であった、私信にまで及ぶ「検閲」の実態はかなり知られていますが、数千冊の書物の公立図書館からの「焚書」の事実はほとんどまったく知られておりません。

 今となっては失われた書物の回復は容易ではないでしょう。しかし私は書名目録をみておりますと、この本がもどらない限り、日本がなぜ戦争にいたったかの究極の真実を突きとめることはできないのではないかと思いました。

 「焚書」とは歴史の抹殺です。日本人の一時代の心の現実がご覧のように消されるか、歪められるかしてしまったのです。とても悲しいことです。船橋西図書館のやったことは原理的にこれと同じような行為につながります。決して誇張して申し上げているのではありません。

 裁判所におかれましては、どうか問題の本質をご洞察下さり、これからの日本の図書館業務に再び起りかねない事柄の禍根をあらかじめ断っていただくべく、厳正にご判断、ご処置下さいますよう切に希望する次第です。



(私のコメント)
戦後、マッカーサー司令部の命令で日本中の図書館からリストに載った書物の多くが没収処分を受けた。その没収された書物はリストだけでも一冊の本になるほどの量である。これはマッカーサー司令部が戦前の日本の記憶を消し去ろうという野蛮な行為であり、没収された本の多くは処分されたり焼かれたりして戦前戦中の研究資料が失われてしまった。

占領期間中は新聞なども検閲を受け手紙などの私信も検閲を受けた。戦争期間中ならともかく戦後になってからも占領軍にこのような占領政策が行われたのはあまり知られていない。もっとも世界中でも革命が起きたり王朝が変わったりすると、全面的な歴史の書き換えが行われるのはよくあることだ。マッカーサー司令部はそれを行ったのだ。

西尾氏が例としてあげているのはスペインがなぜ没落したかについての考察ですが、軍事的にはスペインの無敵艦隊が敗れたことが決定打ですが、それとは別に中南米のインディオに対する虐殺行為が告発されてヨーロッパに広まり、スペイン人の心を蝕んでいったことが、ボディーブローのように効いていったのだろう。

このような女子供まで大虐殺して行ったという暗黒のイメージが後々のスペイン人に植え付けられてスペインは衰退して行った。これと同じようなことはドイツによるユダヤ人の虐殺ですが、執拗に繰り返されるプロパガンダにドイツ人は苛まれ続けている。それがどれだけ事実であったかも公には研究することは許されず、ニュルンベルク裁判史観が定説とされた。

それと同じことが日本に対しても行われて、東京裁判に南京大虐殺が告発されて、中国では各地に南京大虐殺記念館まで作られている。それらに対して日本政府は形ばかりの抗議をしただけに終わっている。これに対しても学術的に研究して真実を明らかにすればいいと思うのですが、政界から教育界まで東京裁判史観で洗脳されてしまったようだ。

歴代の総理大臣も中国や韓国への謝罪外交を繰り返しているが、それぞれの講和条約で解決済みのことを蒸し返されて右往左往している。日本の総理大臣や外務大臣や官房長官が戦死者を祀った神社に参拝に行くことに対して外国からとやかく言われる筋合いではない。中曽根総理大臣以降の総理大臣は中国の日本に対する覇権を認めるかのごとき行動だ。

日本の総理大臣からしてこれくらい腰抜けでは日本がスペインのように衰退して行くのは目に見えている。アメリカのブッシュ大統領は日本の首相が中国にペコペコ頭を下げて言いなりになっているのを見るのは不愉快だろう。これに対して小泉首相がぬらりくらりと靖国参拝を続けているのは、アーミテージに言われているからで、靖国神社は米中対決の象徴になっているのだ。

「戦犯」朝日新聞の戦争責任 6月5日 西村幸祐

「東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯は連合国に『ぬれぎぬ』を着せられたというのが神社の立場だ。」
そのA級戦犯より遥かに戦争責任があるのは、言わずと知れた朝日新聞ではないのだろうか? 内にコミンテルンのスパイを抱え、対米開戦に世論を誘導し、A級戦犯と言われる人々を日米開戦に向かわせた最大の犯人は、朝日新聞ではないのだろうか? そもそも、この期に及んで東京裁判史観を死守しようという朝日の意図は、対ソ従属の編集方針から対支従属に舵を切った71年の広岡社長の社論確定と関係があるはずだ。そうでなければ、北京の御用聞き本多勝一の「中国の旅」という連載もなかったはずだ。東京裁判史観の崩壊がもはや始まっているから、これだけ詭弁を並べるのであろうか?
「朝日新聞は中国の反日に迎合しているのではないか」とのご指摘もいただいている。
読者は賢明であるようだが、まだ、本質が見えていない。「中国の反日に迎合している」のでなく、支那の反日を支援、製造して、武器輸出を行っているのだ。その証拠に次の一文で支那を代弁し、朝日の主張=北京共産党中央宣伝部という等式を証明している。「だが、中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せないというのだ。」

「小泉首相は、将来の平和を祈念して参拝するのだという。しかし、そのことが日中や日韓の間の平和を乱しているとすれば、果たして靖国に祭られた犠牲者たちが、それを喜べるだろうか。」
これが、この駄文最大の見所だ。首相の靖国参拝が「日中や日韓の間の平和を乱している」事実があったら、それを提示しなさい。論理的に相関関係を述べなさい。「日中や日韓の間の平和を乱している」のは、朝日新聞の資質と支那の覇権主義、支那、韓国の東夷秩序に基づいた反日ファシズムではないのかな? そして何よりも卑劣なのは、遺族を「戦争犠牲者」という戦後民主主義の黴の生えた観念語で粉飾し、遺族の心を勝手に利用して、遺族に代弁させようという、心の卑しい、人間性の一カケラも無い、文章責任を問われないようにする無責任な放言だ。朝日及びこの論説委員に、遺族の心を代弁する資格などあるわけがない。

また出たか、河野洋平!6月7日 殿下さま沸騰に日々

よくよく考えてみれば、反日デモが起きようが、暴徒によって日本大使館や領事館が破壊されようが、日本製品排斥の運動が始まろうが、孔泉がキチガイのごとく連日にわたってわめき立てようが、支那婆が小泉首相との会談を直前になって呉儀ろうが、小泉首相は『靖国神社参拝をやめる』とは決して言わなかった。そんな小泉首相が、媚支那派として知らぬ者のいない河野洋平に、『わての親分が怒ってまっさ。あんた靖国神社に参拝しないほうがよろしいでっせ』と言われて、『はいはいそうでんなようわかりましたわ』などと言うわけなど絶対にないではないか。指摘するまでもなく、小泉首相の一貫した態度は誰にだってわかりきっているわけで、だからこそ、支那はキチガイじみた恫喝を連日にわたって繰り返してるのだ。だとすれば、そうと知りつつ河野洋平が、小泉首相にわざわざ諌言する理由なんぞひとつしかない。『靖国神社に参拝するな』と小泉首相に向かって言いつつ、河野洋平の顔はしっかりと北京に向いているのである。

そもそも、小泉首相の靖国神社参拝を、『支那ノ民衆カ傷ツクアルヨ』=いわゆる歴史認識という支那の主張と同じ土俵で語るのが間違っているのだ。支那が靖国神社参拝に関して、お得意の『民衆傷つき芸』を披露しているのは、いまのところ、歴史問題を持ち出して倫理的に優越的地位に立つことが、日本に対して最も効果的であると判断しているからに過ぎない。相手と事象と支那を取り巻く環境によって、支那政府にとって都合よく傷ついたり傷つかなかったりすることを忘れてはならないのだ。だいいち、支那政府の対日政策自身、環境の変化に応じて、反日→親日の紆余曲折を経てきたではないか。天安門事件に際して、欧米とは一線を画して対支援助を継続した日本に対して、『誰がほんとうの友人かよくわかった』と述べたのはいったいどこの誰だったか。台湾問題や常任理事国入りをみればわかるように、要は、長期的な将来にわたるアジア地域での指導力(支那の立場で言えば『覇権の確立』である)を巡って対立することが必至の、まさに両国の外交なのだ。国益とはつまり、そういうものであり、支那進出企業の目先の損得だけの問題ではない。




世界の石油生産量が、今年、おそらくは来年(ほぼ確実
なところで10年以内)にピークを迎え、下り坂に転ずる


2005年6月7日 火曜日

原油、続伸=NY石油先物

【ニューヨーク6日時事】週明け6日午前のニューヨーク商業取引所(NYMEX)の原油先物相場は、ディーゼル燃料やヒーティングオイル(暖房用油)を含むディスティレート(留出油)の需給逼迫(ひっぱく)懸念を背景とした買いに続伸している。米国産標準油種WTI7月当ぎりは午前10時15分現在、前週末終値比0.12ドル高の1バレル=55.15ドル。 
(時事通信) - 6月7日1時12分更新

石油生産量が来年から減少? 「オイルピーク」論争(上) AP通信

安くて豊富な石油は、長年、アクセルをふかしエアコンを回し、世界経済の原動力になってきた。そんな石油の使い放題の時代は終わりに近づきつつあるかもしれない――少なくとも石油業界に詳しい一部の専門家はそう考えている。そうした専門家の予測によると、1世紀以上にわたって増加の一途をたどってきた世界の石油生産量が、今年、おそらくは来年――ほぼ確実なところでここ10年以内――にはピークを迎え、下り坂に転ずるという。

 そしてその後は、ひたすら減少していくと見込まれている。石油価格は一気に上昇し、主な石油消費国は壊滅的なインフレ、失業者の増加、経済不安に見舞われる。プリンストン大学の地質学者、ケネス・S・ドフェイエス教授は「永久的な石油不足」になると予想している。

 こうした専門家たちによると、省エネ措置と新しい技術によって需要と供給の差が埋められるようになるまでには、10年以上はかかるという。そしてそうなってさえ、状況はきわめて不安定だと見られている。

 とはいえ、今年の夏休みの計画には影響はなさそうだ――米国人ももうひと夏は、交通費の面でそれほど苦労せずに浜辺で週末を過ごしたり、グレースランド[エルビス・プレスリーの旧邸宅。観光名所になっている]への長距離ドライブができるだろう。ガソリン価格は上昇しているが、1ガロン[約3.8リットル]が2ドル50セントを超えることはないと予想されている。インフレ分を考えると、20世紀の大半はこの程度の価格を払ってきたのだ。それが高く感じられるのは、1986年から2003年にかけての価格が異例の安さだったからだ。

 また、枯渇説が現実のものになるかに疑問を呈する人も多い。石油業界アナリストのほとんどは、生産量は少なくともあと30年は増加し続けると考えている。そしてそのころには、代替エネルギー源が普及し、ポスト石油時代へすんなりと移行できるだろうと予測している。

 「まったくばかげている」と、米ストラテジック・エナジー・アンド・エコノミー・リサーチ(SEER)社(マサチューセッツ州、ウィンチェスター)のマイケル・リンチ社長は話す。「産業文明が崩壊しようとしているわけではない」

 石油市場を主に左右するものを何ととらえるかで、「オイルピーク」――この論争では石油生産量がピークを迎える時期をこう呼んでいる――に対する見方は変わる。経済の力が最も強く影響するという人は、現在の石油価格の高騰は主に、中国など急成長している経済の石油需要の増加が原因だと考えている。ただ、価格が高くなれば、いずれ消費者の使用量は減り、生産者は生産量を増やそうとするはずだ。

 しかし、ドフェイエス教授など多くの地質学者は、石油に関しては、母なる自然はアダム・スミスの経済論では御しきれないのだと反論する。彼らの観点に立てば、サウジアラビアやロシア、ノルウェーといった主要な生産国の生産速度はすでに最大限に達している。生産力を上げるには、もっと原油を発見するしかない。しかし、わずかな例外を除いて、発見できる余地はさほど残されていない。

 「経済学者はみんな、会計窓口に必要な金額を持って行きさえすれば、神が地中の石油を増やしてくれると思っている」とドフェイエス教授。

 世界的な石油生産がピークを迎える前には、警告となる兆候が現れると、オイルピーク論支持派は主張する。石油価格が劇的に上昇し、変動が激しくなるのだ。余剰生産力はまず望めないため、供給が少しでも崩れれば――たとえば、ベネズエラの政情不安やメキシコ湾のハリケーン、ナイジェリアの雇用不安などがあれば――石油市場は混乱に陥る。これまで埋蔵量を過大に見積もっていた石油企業や石油資源国の認識も、同じようにそのときどきで混乱するだろう。

 一方、石油生産国は、現金の急激な流入で肥え太る。石油価格は最終的には、国の経済においてほぼすべての価格に影響するため、インフレがその醜い頭をもたげ始める。

 こういった最新の動向に注意を払っていれば、この段階で、やや不安をおぼえるかもしれない。ガソリンが遠からず1ガロン5ドルになるなんてことがあるだろうか、と。

 こうした悲観的な予測は、石油地質学の歴史における伝説的な逸話に端を発している。1956年、シェル石油社の地質学者、M・キング・ハバートが、米国の石油生産量は1970年がピークになると予言したのだ。これに仰天した同社の上層部は、ハバートにこの予測を公にしないよう説得を試みたほどだった。それまでの数十年間というもの、目覚しい油田発見を当たり前のように見ていた仲間たちは、ハバートの説に懐疑的だった。

 しかしハバートは正しかった。米国の石油生産は1970年に頭打ちとなり、それ以後は着実に減り続けている。アラスカのプルドーベイ油田――利用可能な埋蔵量は130億バレルにのぼるといわれる――などの衝撃的な発見でさえ、この流れを変えることはできなかった

石油生産量が来年から減少? 「オイルピーク」論争(下) AP通信

ハバートの分析は、1901年から1956年の間に米国本土48州の沿岸および沖合で発見、生産された石油量に関する統計を集めることから始まった(50年前はまだ、アラスカは石油地質学者には未知の土地だった)。データによって示されたのは、米国の確認されている石油埋蔵量は1901年から1930年代までは急増していたが、その後は増加の勢いが落ちているということだった。

 ハバートがこのパターンをグラフ化すると、米国の石油供給量がまさに頂点に達しようとしている図が現れた。米国の石油埋蔵量が過去最高になる日も近いように見えた。そして以後、埋蔵量は減少に転じる。石油企業が原油を地中から採掘するスピードの方が、地質学者が新たに発見するより速いからだ。

 これは当然といえる。油田には発見しやすいものとしにくいものがあり、規模の大きいもののほうが発見しやすいことは自明だとハバートは考えた。大規模な油田が先に発見されてしまったので、あとの油田は、だんだんと規模も小さく見つけにくい場所にあるものになっていき、発見されるペースも落ちていったのだ。

 生産量のグラフも埋蔵量と似たようなパターンを示していたが、ピークは数年遅れるように見えた。これも理論的に当然のことだった。なんといっても、原油は見つかったそばから採掘できるわけではない。土地の賃借契約を交渉しなければならないし、油井を掘ったり、パイプラインも引いたりしなければならない。こうした開発には数年かかることもある。

 ハバートが、生産量を示す曲線を未来に伸ばしてみると、1970年ごろがピークになるようだった。そしてそれ以後は、米国の採掘量は、毎年、前年を下回ると予測された。

 こんな予測では驚きたりないとでもいうように、ハバートはさらに数字の手品を披露して見せた。埋蔵量の減少を示すカーブが、増加を示すカーブに対応する形で下降すると仮定するなら、曲線のピーク時点で、アラスカをのぞく米国本土48州の全石油量のうちのちょうど半分が発見されていることになる。ハバートは、この数字を倍にして、米国本土の下に埋まる利用可能な石油の総量を1700億バレルと算出した。

 当初、このハバートの分析に対しては、油田探索と採掘の技術が今後向上すれば、石油の産出量は増えるとの反論が出た。実際そのとおりではあったが、ハバートが予測した最大量を超えるほどの産出拡大にはいたっていない。アラスカ油田という予想外の発見を加味してさえ、米国の石油生産はこれまで、ハバートのほぼ予測どおりに推移してきている。

 ハバートは運がよかっただけだというのが反対派の言い分だ。

 SEER社のリンチ社長は、「非常にきれいな結果が出たので、ハバートは、なるほど、これは釣鐘曲線になるにちがいないと考えたのだろう」と言う。

 しかし、世界的な石油生産をピークに達するまで増加させなければならない理由はないと考える専門家は多い。ある程度安定した生産量が続いたのちに、経済が他のエネルギー形態に移っていくのにともない、ゆっくりと減少していく可能性もあるというのだ。

 「今後30年から40年たっても、中東にはまだ相当な量の石油が残っているだろう」と、カリフォルニア大学デービス校輸送研究所(ITS-Davis)のダニエル・スパーリング所長は話す。

 数年前、地理学者たちがハバートの手法を、世界全体の石油生産量の計算に応用した。この分析結果では、世界の石油生産量は2010年までのどこかの時点でピークを迎えると示された。

 ドフェイエス教授は、そのピークが2005年の終わりか2006年の初めにくると考えている。また、ヒューストンの投資銀行を経営するマシュー・シモンズ氏は2007年から2009年の間になると予測している。一方、カリフォルニア工科大学の物理学者で、昨年には著書『ガス欠――石油時代の終焉』(Out of Gas:The End of the Age of Oil)を発表した、デビッド・グッドスタイン教授は、2010年までには訪れると見ている

 本当の問題は、正確なピークがいつくるかではないと言うのは、ロバート・ハーシュ氏だ。ハーシュ氏の考えでは、今でもすでに遅すぎるのだ。同氏は今年2月に米エネルギー省に分析レポートを提出し、米国経済が石油生産量の減少に適応できるようになるには10年以上かかると論じた。

 「この問題を片付けるためには、本当に大々的に対処しなければならない。そして、すでに供給曲線を下りはじめているとするなら、駅を出発してしまった列車を追いかけるのも同然なのだ」とハーシュ氏。

 たとえば、米国では1台の自動車が廃車になるまでの年月は、中央値で17年だ。つまり、政府が今すぐ、燃費基準を劇的に上げることを義務づけたとしても、20年ほども後でなければ、そうした節約措置の効果は十分発揮されない。

 たしかに危機の際の節約は必要だが、それでは不十分だ。石油供給量の減少の打撃を最小限にとどめるためには、代替エネルギー源の開発が必要になる――そしてそれは、汚染物質の出ない水素燃料車や、メーターで測定不能なほど安価な太陽エネルギーといったたぐいの、政治家や環境主義者が大騒ぎするようなものではだめなのだ。

 今後数十年のうちに石油供給量が減るのが本当だとすれば、米国がエネルギー面で生き残れるかどうかは、これからの技術ではなく、前世紀の技術にかかっている。ハーシュ氏の報告書は、長期の石油不足を補うためには、石炭や天然ガスといった化石燃料を可燃性の液体に転換する、大規模なインフラを建造する必要があると結論づけている。

 石炭の液化は、水素ガスの中で石炭を加熱して合成油を生成するものだ。これを支持する人々は、この過程をを「クリーンコール」技術と呼ぶ。これがクリーンだというのは、生成される合成油が、石炭を燃やす場合よりもクリーンに燃えるという意味合いでしかない。液化石炭は、生成時も燃焼時も、地球温暖化ガスの主体である二酸化炭素を排出する(こうした汚染物質の一部は、大気中に出さないようにすることができるという論もあるにはあるが)。そして、液化するための石炭を掘り出さなければならないのは変わらないので、結局は、選鉱くずの堆積や酸の流出など、有害な影響が出ることを意味する。

 また、近所に「クリーンコール」工場が建つのを歓迎する人は誰もいないのが現実だ。新しいエネルギー形態へ移行するためには、ほとんどの新規プロジェクトが地元住民の強い反対にあっている中で、新しい精製所、パイプライン、輸送ターミナルなどの設備を建造する必要がある。

 エネルギー分析の専門家によると、石炭液化では1バレル32ドルで合成油を作ることができるという。これは、50ドル前後という、この1年ほどの石油取引価格を大きく下回っている。しかし投資家は、石油の高値が今後も続くという確信がなければ、石炭液化に膨大な投資をしようとはしない。

 また投資家は、カナダやベネズエラのタールサンド[粘度の高い石油を天然に含む砂]や重油の埋蔵量についても同様に警戒している。これらは粘性が強いため、従来の石油と同じ方法で採掘するわけにはいかないが、熱水を注入して液状にするなどの方法がすでに開発されている。現在でも、カナダの石油生産量の約8%はタールサンドを原料としている。

 ただあいにく、タールサンドからエネルギーを取り出すためにはエネルギーが必要になる。カナダの処理施設の大部分では、石油採取に使う水を天然ガスで熱しているが、その天然ガスも石油と同じく、ここ数年、価格が高騰している。

 「現実的には、これはきわめて複雑なのだ」とハーシュ氏は話す。「正直に言って、明確な将来図が見えているという人はおそらく、この問題を理解してはいないのだ」

[日本語版:近藤尚子/小林理子]


(私のコメント)
石油の相場が下がりそうで下がらない。いまだに50ドル台半ばを維持しているのは単なる投機で上げているのではないだろう。去年ならアメリカ大統領選挙でブッシュの後援者たちの石油業者の為に投機的に上げている事も考えられましたが、大統領選挙後は一時下げましたがまた上げてきている。

実需で上げているのなら原因はなんだろうか。13億人もの巨大国家がモータリゼーションと世界の生産工場としてエネルギーを爆食しているという説はもっともだ。90年代はアジア経済危機などで石油エネルギー事情がだぶついて低迷していましたが、中国が自動車生産大国となり年に400万台も生産して走る車は増え続けている。

アメリカなどは車が無ければ生活できないからガソリン価格の高騰は生活費に直接響く。日本も円高にもかかわらずリッターあたり130円近くまで高くなり90円そこそこだったのに比べると3割4割も高くなった計算だ。それでも日本では一般の諸物価はデフレで値下がりが続いているから不思議だ。

石油のことに関しては株式日記でかなり詳しく書いてきたので、AP通信の記事は特に目新しくはないのですが、石油価格が高騰したままというのはいよいよオイルピークが現実のものとなりつつあるのだろう。そうなると石油の投機筋は強気になってさらに価格を吊り上げてくるかもしれない。

代替エネルギーに関しても研究開発は進んでおらず、石油に代わるエネルギー源は見つかっていない。車にしろ飛行機にしろ船にしろみんな石油で動いている。もしかしたら近いうちに1バレル100ドルを超える時が来るだろう。そうなった場合世界経済にどのような影響が出てくるのか、日本は世界一省エネ技術が進んでいるからいよいよ日本の時代がやってくるのかもしれない。

ある資源屋の20世紀論 (関岡正弘) 2002 年 11 月 26 日 株式日記

《 (TORAの意見)
ソ連の72年にわたる共産主義体制の興亡は、その石油生産量の推移と一致している。ソ連の崩壊の原因は経済体制そのものよりも、石油の生産確保に失敗したからである。工場や農場には生産された製品や農産物がうず高く積まれていた。しかしモスクワのマーケットでは商品棚は空っぽだった。ソ連の輸送はトラックによるものであり鉄道は発達していなかった。輸送用燃料の確保が出来ず流通輸送が停滞してしまったのだ。

現在のアメリカも鉄道は発達しておらず、人の移動や物資の移動はトラックや飛行機によるものである。もしソ連のように輸送用燃料の確保が困難になれば、アメリカの経済体制もソ連のようにあっという間に崩壊してしまう。世界最大の軍事力もガス欠状態ではただの鉄くずである。世界最大のアメリカ海軍も燃料がなくては意味がなくなる。

アメリカもソ連と同じく石油の生産量の推移と国力とは一致している。そしてそのピークは過ぎようとしている。アメリカの繁栄は今がピークであり、石油生産の減少に伴いアメリカの軍事力も経済力も衰退していくのは間違いない。9,11はその象徴的事件として後世の歴史家から指摘されるようになる。石油成金のロックフェラーも衰退するアメリカと共に運命を共にするのだろうか。 》





韓国国産カメラ付き携帯の部品7割が「米日製品」
たとえ事実でも認めようとしない韓国社会の現実


2005年6月6日 月曜日

プロのコンサルタントが斬る韓国経済・・・ 斬り!! 6月3日 今だからこそ・・・ 韓国斬り !!

今日は私のブログ記事ではなく、私のブログを支えて頂いている強力な読者から韓国の経済を斬ってもらった物をご紹介致します。プロのコンサルタントとしてお勤めのH氏が先日ソウルにいらっしゃいました。その時にいくつかの韓国企業を訪問して感じたことを私に報告してくださいました。新聞紙上では知ることの出来ない実際の韓国企業の姿を今回は紹介していきます。私は非常に興味があるお話でした。今回のネタを提供してくださったH氏に感謝致します。ちなみにH氏には許可を頂いております。

- 以下引用 -

今回はいくつかソウルの会社を訪問、韓国人相手に研修等も行なってきました。

感想としては、

@韓国経済は見た目では安定しているようですが、じわじわと不況的要素が出てきている印象です。特に不動産関係は今ひとつで、現代建設も財務体質悪化で苦しいようです。

Aサムソンに脚光が当たっていますが、実質サムソンの一人勝ちで、他企業は苦しい状況です。

サムソン:韓国全法人税の1/5
     韓国株式市場の時価総額の25% 
     全企業の純利益の25%
     全輸出の16%
     貿易黒字の1/3
     部品の90%は日本などから調達。日本からリストラされた技術者200名を迎えており、
彼らが技術面でサムソンをサポートしている。

どうみても異常な構造です。半導体、液晶市場は浮き沈み大きく、特にサムソンは自らエンジン(基幹部分)の生産ができないので、これから大変と思います。従業員は全て非組合、早期退職も日常茶飯事で、従業員のプレッシャーはかなり大きい模様。能力主義、信賞必罰の徹底。業績下位5%は即時解雇。幹部は40-50歳台が中心。

B韓国企業のもう一つの問題は、外資の株主比率が高くサムソン、現代、LGも外資株主比率が50%近くあり、国内安定株主がいないため、不安定な状況にあります。(場合によってはM&Aの対象になりやすい )

Cお菓子をはじめ、日本の製品のパクリ物が多いのに驚きました。

D車のデザインも日本のパクリが多い。特に現代は三菱モデルが多い。ベンツの安っぽいデザインもありました。

E水原(スウォン)に行ったとき、日本語を話す老人に会いました。かつての日本の憲兵がいかに酷かったかを話してくれました。

F日本が嫌いなわりには、ロッテ百貨店など日本人に対する売り込みが凄かったです。やはり日本人はよいお客さんなんでしょう。嫌いでもお金には変えられません。

G総じて日本企業の従業員はおとなしく仕事をしていますが、何となく、モーレツではありません。(適当に仕事をこなしている。また、あまり勉強熱心ではない)

とにかくサムソン頼りというのが韓国の実態のようです。ただ、サムソンはその基幹部品の90%を日本などから輸入しているため、非常にもろい構造になっておる事が良く分かります。今回いろいろ調べたのですが、サムソン製品の基幹構造は全て日本頼りです。ちょっと専門的になりますが、サムソンに部品を供給している業者は下記の通りです。

液晶部品→ 偏光ガラス (リコー)
   カラーフィルター(凸版印刷、大日本印刷)
   光学フィルム (日東電工、住友化学)
   バックライト (スタンレー電気)

製造装置→ 光学フィルム原料 (富士フィルム、JSR)
      TFT露光装置 (キャノン、ニコン)

半導体部品→ ステッパー(ニコン、キャノン)、
       切削装置ソウチ(ディスコ)
       洗浄装置、検査装置 (アドバンスト)

携帯部品→ カラー高細微液晶 (セイコーエプソン)
      水晶振動子 (大真空)
      コンデンサー (村田製作所)
      音源ユニット(ヤマハ)
       バイブレーター (コパル)
       金型 (日本製)
      CDMA、規格制定、チップセット(米国アルコム)

こういった実態を韓国人ビジネスマンに話したところ、誰も知らず驚いていました。というより、そんな事実は認めたくない、といった焦りの表情が伺えました。また、ある人は

「サムソンがそんなはずはない」

→ 「何かのウソであってほしい」
→ 「日本の技術頼りなんてウソだ」
→ 「日本に負けるはずがない」
→ 「仮に事実としてもサムソンは日本の部品会社にとってお得意先だ」
→ 「サムソンがいなければ日本の部品会社も生きられない」
→ 「やはりサムソンは偉大だ」 

という無茶苦茶な理論展開をしていました。

確かにサムソンは日本企業にとってお得意先ですが、日本の部品メーカーといっても、キャノンやニコンなど大手ばかりで、サムソンがいなくても生きてはいけます。

また

「次世代製品開発についていけるか」と言う点で

→ 画素数を上げたりする応用技術は優れているが、基礎研究では劣っており、次世代開発で日本に勝てるか疑問。

とにかく韓国経済の基幹は脆弱で、危ないものがあります。

「サムソンの成功の背景」として

@イ・ゴンヒ会長の強力なリーダーシップ

A90年代半ばの集中投資(日系は どこもやっらなかった)
→これが花開いた。要は選択と集中。

B全は投資のタイミングとスピード。
→ 基礎研究の省略。費用と時間のかかる基礎研究は日系、欧米企業任せ。マーケットを押えたあとは、ブランドとデザイン戦略に注力。資金回収力の早さ。

CDRAM(メモリー)の売先が増フえた(コンピュータ業界だけでなく家電業界にも)
→ 大量に作れば作るほど儲かる。規模の生産性と利益。

その他、日系企業に勤めている韓国人の印象について。

@やはり親日に間違われる後ろめたさがある感じ。

Aあまり優秀な人はいない。日本語はみんな上手いが比較的韓国人には簡単で、高校の第二外国語で取得しているらしい。だから、日本語ができる=優秀ではない。

B英語は確かに日本人よりうまい。TOEIC900点レベルがぞろぞろいる。

C日本のブランドや流行のことを良く知っている。反日なのに何故そんなに日本に詳しいのか不思議でした。

D老若男女ともNAVERという日韓HPを見ており、やはりネチズンだった。

Eやはり東南アジアの人たちよりは良く働く(残業もしている)。

- 以上引用 -

すごい情報だ。こんな情報私個人では韓国に住んでいようと得ることは不可能である。H氏は韓国のトップ企業であるサムソンについて詳細に斬っていらっしゃる。知らないことが多かった為、非常に驚くばかりの内容でだった。コンサルタントだから出来る技なのだろう。

韓国の法人税の1/5をサムソンが拠出していると言うことで、もしもサムソンが倒れることになれば国にも大打撃を与えかねない状況と言う事になるのだろう。貿易黒字を見ても1/3がサムソン頼みと言う事のようだ。韓国がいかに一社に依存しており、又韓国経済が大企業のみによって支えられていると言うことがはっきりと分かる。

私も以前のブログで少しだけ触れたことがあるが、実際に韓国の中小企業や零細企業は貧困に喘いでいる所が非常に多い。借金苦で自殺する人が増えているほか、借金の踏み倒しによる逃亡もかなり多いと聞いたことがある。韓国では「手っ取り早く金を稼ぎたいなら食堂経営を」と言うような言葉があるが、現在に至ってはその言葉すら力を失ってきている。食堂経営者の多くが稼げたのは一昔前の事。最近では当たらないまま倒産して消えていく所も少なくない。

韓国人の仕事の仕方が猛烈ではないと言う事をH氏は述べておられるのだが、これは日本人だと恐らくそう感じる事だろう。韓国では公私の区別が出来ていない人が非常に多い為、日本人のように一生懸命仕事に集中するという人が少ないと思われる。特に中小零細企業はその感じが強く表れている。

例を挙げてみれば

1.大多数の企業で仕事中にMSNメッセンジャーをする社員がいる。相手は同企業の同僚であったり別企業の友達であったりと様々。

2.仕事中のプライベートによる携帯電話の使用は結構普通。メールは常識。

3.ゲームをする。(休憩時間ではない)

4.休憩に行ったら戻ってこない。

などだ。違う企業に勤めている同じクラスの生徒同士が日中にオンラインゲームで対戦したり、MSNで話しをしたりすることもよくあると聞いた。日本の企業でもこれらを認めている企業や認めておらずとも本人達の意思で勝手にやっている人もいるだろう。しかしその割合や公私の区別の無さは日本企業とは比べ物にならない程、モラルのないやり方だと感じる。私の学校でも先生以外の社員達はちょっとでも時間が空くと、一生懸命携帯メールを打ったりネットで買い物をしたりしている姿を見ることが出来る。課長職についている者まで花札で楽しんでいる始末。これこそまさに始末に負えないと言った感じだ。

サムソンの実態を聞いた韓国人の反応の下りは最高だ。特に日本に関連することであればある程、その事実を認めようとしない姿勢は韓国社会そのものを表している。日本製品に頼っている事実があると認めることは、すなわち負けを意識すると言うことに頭の中でつながるのだろう。これが一般的な考え方である。その殆どの問題を勝ち負けにより判断し、勝つまで続ける、あるいは負けていても勝っていると吹聴する。それは韓国の各新聞社を見れば誰でもすぐに分かることだ。

英語能力に関しては私も韓国人の方が日本人よりも高いと思う。単純にTOEICの点数だけ見てもそうかも知れないが、韓国人は留学経験が無くとも英語がそれなりに話せる人が多い。昔からの英語教育が功を奏しているとも言える。ただそれは過剰な教育熱によって形成された物であり、その背景には若年層の自殺や火病の増加の弊害があることも忘れてはならない。

今回のH氏のサムソンに関するリポートは非常に貴重な物であった。この事実を知るものがサムソン企業内にどれ位いて、又一般国民に知っている人がどれ位いるのだろうか。プライドコリアも決して盤石な物ではなかったと言うことだ。

H氏のご協力に再度感謝致します。


(私のコメント)
日本のエコノミストや評論家はあまりはっきりと指摘しませんが、中国や韓国の主力の輸出商品には日本製の基幹部品が多く使われている。また製造機械やNCマシンなども日本製で、アメリカなどからは日本製品が中国や韓国を経由して輸出して入るだけだと言う指摘もあるほどだ。

韓国のサムソンもその代表的例だろう。メモリーなどに集中的に投資をして資金の回転をよくして、動きの取れない日本メーカーを追撃していますが、いったん読みを間違えると経営に致命的な打撃を被ります。特に最近は液晶パネルに集中投資していますが、その液晶部品にも日本製が使われていて、だから日韓の輸出入は常に日本の黒字だ。

韓国におけるサムソンはガリバー企業であり法人税の五分の一をまかない、株式市場の時価総額の四分の一がサムソンであることは驚異的だ。つまりサムソンの経営がかたむけば韓国経済にも大きな影響が及ぶ。さらにはLG電子や現代など企業の寡占化は極端だ。

日本の大型液晶テレビも韓国製をよく見かけるようになりましたが、まだ割合は少なく、もっぱらアメリカ市場などに輸出されている。日本へは基幹部品が日本製であるだけに参入が難しいようだ。自動車にしても日本製の部品が使われているために日本の自動車メーカーの圧力で参入できないようだ。

だからアメリカ市場などでも表向きは韓国製であったり中国製であっても、基幹部品は日本製であったりするので、あとはどれくらい自主開発するだけの能力が問われますが、基礎研究などは日本や欧米企業任せで直接商品開発につながる応用開発だけに注力している。

そして実力主義の徹底で営業成績の下位5%がクビになり従業員は絶えず激しいプレッシャーと戦っている。技術者などには日本企業で定年退職した技術者も多くが韓国や中国で働いていて日本企業に追いつこうと努力しています。そうしないとハイテク製品を作れないからですが、資本は半分が外国資本になり、技術は日本や欧米頼みでいつになったら自力による成長が出来るようになるのだろう。

このようなサムソンの実態は朝鮮日報でも報道されており、驚くべきことではないのですが、たとえ事実であっても認めようとしないところは歴史問題と共通するものであり、日本と韓国とで共通の歴史認識も持つことは不可能に近いことがわかるだろう。

【韓国製の虚実@】国産カメラ付き携帯の部品7割が「米日製品」 朝鮮日報

今年5月、京畿(キョンギ)道・果川(クァチョン)に位置している繊維会社「コーロン」の本社ビル9階にある研究室。新事業開発室のアン・テファン博士チームは、新しいビジネスチャンスを見出すため、最新のカメラ付き携帯電話の部品を細かく分解してみたところ、非常に驚いた。200個余に及ぶ携帯電話部品のうち、高級部品はすべて外国製であったためだ。

 CDMA通信チップはクアルコム(Qualcomm)社製、カメラのイメージセンサーは米オムニビジョン社製、着信メロディの音源は日本ヤマハ社製などなど。アン博士は「世界最高といわれる韓国携帯電話産業の実態がこんなものだとは思わなかった」とした。

 代表的な国内輸出製品である携帯電話に使われた外国製部品の割合は平均40〜60%。カメラ付き携帯電話のような最新製品の場合は、輸入部品の割合が70%を上回る。

 例えば、「64和音」のように立体音の着信メロディが鳴る携帯電話には、100%日本ヤマハ社製品を使うという。

 昨年、韓国企業は外国から中核のIT(情報技術)部品を購入する費用だけで227億ドル(約27兆2400億ウォン)を費やした。これは携帯電話輸出額(93.2億ドル)の2.4倍、全体IT輸出額(464億ドル)の48.9%に当たる。

 コア部品の海外依存度が高いのは、“メードイ塔Rリア(Made in Korea)”商品にとって最大の脅威とされている。

▲部品、素材、機器の海外依存度の高さ=今年、サムスン電子のDLPプロジェクションテレビは、ベストバイ(Best Buy)など米国の家電製品売場でソニーを追い越すなど、米国の高級テレビ市場に旋風を巻き起こしている。

 しかし、そのコア部品は米TI(Texas Instruments)から輸入して調達している。また、米国市場で人気を集めている韓国デジタルテレビの場合、その殆どが国内家電メーカーが米テラロジック社から中核チップを調達している。

 90年代半ば以来世界舞台を席巻してきたメモリーとディスプレー、半導体産業では、産業規模と対等な装備産業をそのまま海外に奪われている。

 メモリー半導体の場合、1ライン当たりの投資費用(1兆5000億〜2兆ウォン)の70%以上が日本製装備の購入に使われている。また、TFT−LCD(超薄膜トランジスタ液晶ディスプレイ)の製造機器も輸入品の割合が70%を越える。

 このため、日本の半導体機器メーカーの東京エレクトロンとウエハメーカの信越社は、昨年韓国で6000億ウォン以上の売上高を達成した。

 半導体専門家の慶熙(キョンヒ)・物理学科の張震(チャン・ジン)教授は、「コア技術のない抜け殻のような輸出はいずれ問題になるはず」と警告した。

▲選択と集中が必要=部品、素材、機器の海外依存への批判に対する反論も根強い。

 パンテック(Pantech)の李成揆(イ・ソンギュ)社長は「携帯電話市場でコア部品はクアルコム(Qualcomm)やインテルなど2〜3社が握っているため、それ以外の企業の競争条件は同一だ。このため開発スピードと集中力がより重要」と主張した。

 部品を組み立て、消費者のニーズに応える製品を適時に発売できるかどうか、がより重要になるというものだ。また、内需市場だけでは部品・素材に投資しにくい韓国経済の規模も勘案する必要があるという指摘も出ている。

 しかし韓国経済が所得2万ドル時代に跳躍するためには、部品、素材、機器分野は「必ず越えねばならない山」ということには異見がない。

 例えば、トヨタ自動車は「デンソー(Denso)」という世界的な部品専門会社が同時に成長し、世界最強の自動車メーカーに浮上した。

 また、米国の半導体産業はメモリー分野を韓国と台湾に押されたものの、非メモリー分野と通信分野、半導体市場では依然“聖域”を構築している。

 超一流企業の間で21世紀の最大のキーワードとなるのは、次世代部品および素材の開発だ。

 インテルやソニー、デュポン、メルク(Merck)、HP(ヒューレッド・パッカード)など、世界トップ企業はバイオチップ、ナノメモリー、カメラモジュールなど、次世代のコア部品および素材の開発に拍車をかけている。“カネにならない”コア部品および素材を独占していても超一流という地位は守れないという意味だ。

 ソウル市立大学・半導体工学科の朴ギョンワン教授は「今のままだと、10年後にはグローバル市場で中国に押され、韓国企業が立つ瀬を失いかねない」とし、「必ず必要な部品・素材技術を集中的に開発する新たな戦略作りが急務」とした。

禹炳賢(ウ・ビョンヒョン)記者
シン・ドンフン記者




日本はビルの谷間のラーメン屋、米中の双方に大金を払い
靖国神社と国家の尊厳を放棄し、双方から侮辱を招くのか


2005年6月5日 日曜日

「日本よ、同盟を拒絶するのか」 スタンフォード大学フーバー研究所 元上級研究員 片岡鉄哉 VOICE,03年9月、p。88-98。

これは衰退する日本への警告である。国務省OBの重鎮二人がフォーリンアフェアズ誌で発表したものだ。大事なことは、この警告が日本を外した新秩序のコンセプトを描いて見せていることだ。こけおどしやブラフでない。

ポスト冷戦の世界においてブッシュ政権の大戦略は、テロとの戦いに勝つことであり、そのために冷戦の遺産である台湾・朝鮮問題を解決する。この問題に対処するについて日本は足手まといであり、解決してしまえば日米安保は存在価値を失う。反して中国は、北朝鮮との交渉にとって不可欠のオネスト・ブローカーとして登場してきた。

日中の立場が逆転したのである。これに比肩する歴史的前例があるとすれば、ニクソンショックが引き金になった米中デタントでなくて、ワシントン会議における日英同盟の崩壊であろう。

筆頭著者モートン・アブラモヴィッツについて私が今でもはっきり覚えているのは、キッシンジャーの日本頭ごし訪中から米中デタントまでの経緯である。あの外交クーデターを可能にしたのは、アブラモヴィッツであった。キッシンジャーが対中接近するには、台湾問題という難関を突破する必要があった。アブラモヴィッツが”One China, but not now.”(一つの中国、だが今すぐではない)という処方箋を書いて、問題を解決した職業的外交官だった。

九一年に退官するまで彼は諜報調査担当の国務次官補、トルコ、タイへの大使を務め、その後カーネギー財団の理事長となり、現在はセンチュリー財団の研究員である。

スティーヴン・ボズワースも生え抜きの外交官で、クリントン政権が九五年に北朝鮮との枠組み合意を締結すると、軽水原子炉を建設するために成立したKEDOの理事長を勤め、その後駐韓国大使となってならずもの国家に対処してきた。

アブラモヴィッツは、キッシンジャーと同様に中国に近い。ボズワースはクリントンが贔屓したのであり、二人とも民主党員である。だが彼らの論文は外交官が書く物としては厳しいものだ。この警告には、民主党の親中・反日の鉱脈を垣間見ることができる。

論文の背後にある政治的状況について言えば、この警告には民主党内でのブッシュ政権批判という文脈の中から出たものであろう。冷戦終焉から9/11までの間、共和党はもっぱらクリントン政権が中国に甘く、日本に厳しいという攻撃をつづけてきた。

中国を「競争相手」と定義するブッシュ政権が就任した時の重要な議題のひとつは、どうして日本から平和主義を追放して、反中統一戦線のパートナーにするかということだった。選挙戦の最中に、アーミテージは、ポール・ウォルフォヴィッツ(現国防次官)、ジョセフ・ナイ(クリントンの国防次官補)など超党派の専門家を糾合して、日本が集団的自衛権を行使するよう檄をとばした。アーミテージはブッシュ政権の国務次官となり、自分の提案に責任を負うことになる。

ところが○一年九月十一日に、全く新しいゲームが始まった。アメリカという国は戦争によって同盟国と優先順位を決める国である。テロとの戦争では、「古いヨーロッパ」を捨てて、東欧の「新しいヨーロッパ」と「有志同盟」を築いている。テロとの戦争、特に北朝鮮問題の処理についてブッシュ政権が中国と協議に入った時に、民主党は反撃の機会を見出したものとみえる。

一般的に言って、民主党は外交問題で共和党に歯がたたない。民主党大統領が、ソ連や中国のような独裁政権と政治的駆け引きをして譲歩しようとすると、共和党がナショナリズムを煽って腰抜けよばわりするからである。中国とのデタントをこなしたのは共和党右派のニクソンだった。ケネディーやクリントンは、共和党が怖くて、やりたくてもできない。

「真珠湾攻撃」で始まったテロとの戦争はブッシュの独壇場であった。軍国気運に乗り、二つの戦争に軽々と勝つことで、世論という権力を掌握した大統領は、中東和平を推進することでユダヤ系市民の票を民主党からはぎとり、再選に勝つことを狙っている。民主党はなす術も顔色もなしという状態だ。

民主党の左派はリベラルで、反戦運動をやりたい。しかし星条旗を掲げないと隣近所からどやされるような風潮では、反戦は逆効果だ。そこで民主党は、戦争を肯定しながら、その政策・指導を批判するというアプローチで手探り前進を始めたところだ。また、軍人の大統領候補者も物色中である。

テロとの戦争への貢献を尺度にして同盟国を選択するというのがブッシュ政権の基準であり、中国が準同盟国になるとすると、急に日本が見劣りする。民主党の親中国派は日本批判をブッシュ攻撃の材料に使いたいのかもしれない。そうだとすると、日本に集団的自衛権行使を促す仕事を背負い込んだアーミテージは、「失敗した」ということになるだろう。日本の再軍備が政争の材料になるとすると、厄介な話になる。

“Adjusting to New Asia”(東アジアに適応する)は言う。「日本の合衆国に対する戦略的価値は、なお大きいが下降をつづけている」

「長らく経済的原動力であり、ワシントンの被保護者であった台湾は、国際的に一層主流から外れ、大陸経済にますます吸収されつつある。従って、二つの中国のあいだの和解は今や一段と近づいたように見える」。言うまでもなく、これは台湾独立への死刑宣告である。

「アジア以外の地域での変化も本地域における米国の役割に影響している。リストの筆頭にはブッシュ政権のテロとの戦争への没頭がある」

「アジアにおけるこれらの変化の全ては、ワシントンが九○年代の戦略を再考することを迫っている。あの戦略は、東アジアの安定と繁栄は『コシキとヤ』(hub and spokes)――合衆国と主要な地域プレーヤーとの間の二国間関係――と、米日中の三角関係に依存するという発想に基づいている。だが、意識するか否かに関わらず、合衆国は東アジアにおけるユニークな均衡の役割から後ずさりし、中国との緊密な関係に向けて動いている」

「アジアにおける日本の影響力は立ち消えになりつつあり、日本の米国に対する戦略的重要さも同様の運命にある」

「タカ派的発言はするものの、東京は米国の北朝鮮核施設への攻撃は日本に対する報復攻撃を呼ぶことを恐れている。またより強気で独立した国家安全保障戦略を日本人が採択するとも思われない」

「中国の急速に発展する経済力と政治的存在にどう対応するかについて、日本はまったくゼロ解答(clueless)である。日本は戦略を考案するまで漂流するだろう」

「在日米軍は近い将来に減少するだろう」

「あっという間に、北京は、ワシントンの戦略的競争相手から安全保障と貿易投資のパートナーになった。ブッシュ政権は事実上、その中国政策を逆に切り替えた。この政策転換は、昨年公開された国家安全保障戦略において兆候が現れ、この中でブッシュ政権は中国でなくてテロリズムが戦略的脅威であると定義した」

「中国について超懐疑派であるチエイニー副大統領が、今年の後半に訪中する」。彼さえも台湾への死刑宣告に同意したのか。

「中国は広範な地域貿易イニシャチヴを駆使して、日本を跳び越してしまった。それがASEANとの自由貿易圏の交渉だ」

○二年、プノンペン会議で朱容基首相が小泉総理に「中国の自由貿易圏に入らないか」と聞いたら、総理は「時期尚早」と言って逃げた。海外派兵もできない国は勢力圏を持てない。冷戦時代に、通産省が「雁行飛行」の場としての勢力圏を唱えたのは、米ソの勢力圏が固定しており、日本は米国の一種の下請けだったからである。しかし現下の東南アジアで、米国の軍事力に依存する日本が、中国と対抗して貿易圏や通貨圏を持つのは不可能である。これまでの莫大な投資は全部とられるものと覚悟するべきであろう。

この他に、著者は朝鮮半島の将来について言及するべきであったが避けたものと思われる。これはブッシュ政権の周囲が既に放送しているものがあるから、私が追加しよう。

韓国の盧武鉉大統領は、選挙運動の間にかなりはっきりした反米の姿勢をとった。彼が就任するとブッシュ政権は間髪をいれずに韓国駐留の第二師団を三十八度線から半島南部に撤収する決定を一方的にとっている。いくいくは半島全部から撤退することをブッシュ政権は想定している。

無論、その前提には北朝鮮のregime changeと非核化がある。非核化は統一された半島全部に適用されることになる。つまり、朝鮮半島の中立化である。この中立を尊重し、監視するのが米、中、ロの三国である。朝鮮半島の永久中立が前提でなければ、隣接する大国の全てが支持することはできない。

日米安保体制は朝鮮戦争を遂行する目的で締結されたものである。条約の極東条項には、朝鮮半島の他に台湾の防衛が入っており、日本はニ地域の防衛に寄与することになっている。これらの問題が解決し、米中関係が友好的になれば、米軍は日本に駐留する必要がなくなる。日本は既に非武装化されており、事実上の中立を硬く決意しているのだから、米中が協力すれば占領ぬきで保護できる。

アブラモヴィッツが言及する、在日米軍の撤退とはそれを指している。フィリピンであろうが、盧武鉉であろうが、朝日新聞であろうが、「出て行け」といえば米軍は出て行くのである。日米安保体制の解消がアブラモヴィッツ論文の一番大事なdemarcheであろう。

次に、アメリカの政争の次元から離れて、アブラモヴィッツが批判している日本外交の実態をみてみよう。実は、日本の「スポンサー」であるアーミテージのペーパーにおいても、日本の成績はとても芳しいなどとえた代物ではない。

アーミテージは日本の不況を単なる経済問題として定義することに反対し、敢えて集団的自衛権、つまり憲法問題に主軸をおいている。これを提案することは、日本では政界再編成が前提になる。それも承知の上だ。だから、彼は小泉政権の成立して喜んだであろう。「自民党をぶっ壊す」「憲法改正の論議はタブーにしない」と新総理は絶叫していたからだ。ブッシュ政権が小泉総理を支持するということは、抵抗勢力と中国の関係を排除することを意味した。

アーミテージのお膳立てで、○ニ年の早春にブッシュは訪日する。この訪問の優先事項としてアーミテージが選んだのは、中国問題をテコにして愛国主義を喚起することだったようである。自民党総裁選の公約で、靖国神社参拝を公約した総理は、中国の反対にあって苦戦していた。中国政府は、ブッシュ政権が総理を後押しして改憲と防衛力増強を狙っていることに警戒した。総理に反対した中国政府は、橋本派(抵抗勢力)を応援している。

この二極分裂は戦後日本の外交では伝統的な構造である。冷戦の間は、社会党が東側陣営への窓口になり、自民党が西側陣営への窓口となった。その狭間にある日本を、竹下登は「ビルの谷間のラーメン屋」と呼ぶ。現在のところでは、総理がアメリカ係りで抵抗勢力が中国係りになっている。

ブッシュ訪日の劇場において、アーミテージが選んだ山場は、総理と大統領が一緒に靖国神社に参拝するというシナリオだった。しかし最初から反対と手違いがあったようだ。結局、靖国神社は避けて、明治神宮が選ばれた。しかしこれにも総理は乗り気でなかった。流鏑馬を見たいという大統領に境内まで同伴した総理は、車の中で待つから一人で行ってくれといったのである。

これでは劇場にならない。内外テレビの取材は最小限に抑えられた。お膳立てした国務次官にとってこれは大失態であり、責任問題にならなかったのが不思議なほどだ。

改革志向の総理が、いつ、何を争点にして、抵抗勢力と妥協したのかと聞かれたら、私は靖国・明治神宮参拝だと答える。憲法擁護を金科玉条とする保守本流は、国内の勢力だけで改憲の動きを抑えきれない時は中国と韓国の応援を動員する。鈴木善幸内閣が教科書問題で、レーガン政権の圧力を撥ね返したのが好例である。改憲派もアメリカを動員する。これまで何回やっても、決着は日本が「ビルの谷間のラーメン屋」で終わることだ。

ブッシュ訪日が失敗だった理由は、総理が中国と靖国問題で妥協することで、抵抗勢力との連立に入ったことであろう。泉抵連立と私が名づけた政権ができたのだ。こうなってしまえば、リンゼイ補佐官とオニール財務長官がいくら竹中大臣にはっぱをかけても不良債権処理は動かない。彼らの最重要の任務は竹中の不良債権処理を応援することだったので、失敗の責任をとられて首になった。

総理と日本は千載一遇のチャンスを逃した。ブッシュ政権は失望していた。それでもイラクへの自衛隊派遣が欲しいので、総理をテキサスの自宅に招待して三顧の礼をはらい、ついでに「もう一度改革をやらないか」と駄目押ししたのであろう。これも不発に終わったらしい。

最近、アメリカから、日本人は頑固だ、救いようがない、といったしらけた反応が聞こえるようになった。ここで日本問題を選挙の争点にして、ブッシュとアーミテージを追求しようという動きが出てきたのかもしれない。

日本が未だに集団的自衛権を行使しないのは何故なのか。日米関係を損なってまでも個別的自衛権だけでいくのか。実は、これは憲法問題というよりは日中関係の問題なのである。

無論、集団的自衛権の行使を拒絶するという前例をつくった責任は吉田茂にある。しかし、これを日中関係に絡めたのは七二年の日中国交正常化であり、主導権をとったのは反官僚の「庶民宰相」田中角栄だった。田中の中国接近は(一)日米安保体制に亀裂をつくり、(ニ)最近の日本衰退への道を開き、(三)将来に安保解消の危険をはらんでいることを暗示していた。

田中の日中国交正常化は、事実上の日中不可侵条約(de facto non-aggression pact)が締結されたことを意味していた。この条約は日米安保体制と相容れないものであり、後者を歪めたものにした。だから誰もそれを語らなかった。以下、不可侵条約の生い立ちと成長を辿って、なぜ安保放棄論が出てきたかを説明してみよう。

七二年の田中訪中への糸口になったのは沖縄返還交渉である。佐藤栄作総理が沖縄返還を一方的に、かなり高圧的に要求したことから始まる。彼は、返還要求に政治生命を賭けることで、のっぴきならぬ事態をつくりあげた。眠っていた世論を「沖縄返還」で動員したので、失敗したら自民党政権と安保体制がゆさぶられる恐れがあった。

返還を困難にしたのは「核抜き本土なみ」という付帯条件であった。当時、沖縄は米国がベトナム戦争を遂行するための基地だった。それでも返せというのである。

ところがニクソン大統領は、関係者が驚くほどに、あっさり譲歩したのである。実は、彼はルーズベルトの対日戦争に懐疑的であり、マッカーサー憲法は間違いだったと確信していた。五三年には中曽根康弘の仲介で訪日し、憲法について謝罪までしている。日本の沖縄返還要求に独立志向を見出した彼は、これを機に日本が同盟国になり、五大列強の勢力均衡に参加することを望んでいた。

同時に、沖縄で譲歩をするについてペンタゴンの説得に苦労したニクソンは、当然の交換条件として、佐藤総理が政治的な譲歩をすることを要求した。それが繊維輸出の自主規制だった。当時、日本製の「ワン・ダラー・ブラウス」というのが年に85%増という勢いで米国市場を席巻していた。ちょうど現在の中国製品と同じだ。これをなんとかしてくれというニクソンに、総理は合意している。

問題は、この合意は佐藤、ニクソン、キッシンジャー、若泉敬の四人だけが関知する密約だったことだ。京都産業大学教授の若泉は、キッシンジャーの反対役として、総理が任命した交渉者だった。

何も知らない繊維業界と通産省が輸出自主規制に猛反対して、繊維交渉はいったん決裂した。この約束不履行に対する報復がニクソンショックである。しかし事態の重大なことに気づいた総理は、田中角栄に依頼して繊維交渉を土壇場になってまとめたのだが、その時は既に遅かった。ワシントンは事前協議も通告もなしに、突然、米中がデタントに向けて協議に入ると発表したのである。

遅すぎたか否かに関わらず、日本政府は合意を守ったという立場を表面でとったので、これを世論の視点から見ると、ニクソン政権がいわれなくして侮日行為をとったように映ったのである。これはパーセプションの問題だった。

それに輪をかけたのが日米中の三角関係だった。米国が日本を裏切って、中国との協商に入り、日本を孤立させたという焦燥感が世論を揺さぶったのである。

ここで反米感情が大きく爆発し、新任の総理田中角栄はその風に乗ったのだった。孤立した日本は、アメリカより一層北京に接近することになる。訪中した田中総理は、日中共同声明において、台湾を中国の固有で不可分の領土と認めたのである。ところがニクソンの署名した上海コミュニケはアブラモヴィッツの処方箋、”One China, but not now”の線を譲らなかった。

これは二つの中国が平和的に話し合いで統一することを妨げない。しかし中国が台湾を武力開放することに米国が反対することを意味していた。

だから、日米安保体制が亀裂することになる。安保条約の極東条項は台湾に関するかぎり実質的に破棄されたに等しい。台湾を武力開放から保護するについて、日本は米国に協力する法的基準がない。この由々しき事態の意味するものを予見した牛場信彦大使は、田中総理に諫言したが、とばされている。

しかし、ニクソンショックなどというものは、ニクソンは全く想定していなかった。佐藤の悪意のない約束不履行が連鎖反応を起こしたのだ。日本に片思いをしていたニクソンは、沖縄をただで返せとする佐藤に、反発した。それが日本の世論を左に暴走させたのである。

事後処理においても不備があった。日米関係の危機を避けるには、総理は芝居を打ってでも、世論のパーセプションを操作するべきだった。ところが繊維交渉での自分の落ち度を意識したのか佐藤は無為無策だった。

ショックの後のワシントンで、ニクソン再選祝賀パーティーがあり、左藤夫妻は招待に応えた。最初の曲が流れるとニクソンは佐藤夫人と踊りだし、総理はニクソン夫人と踊っている。これをテレビで見た日本人は不可解なものを感じたであろう。

中国一辺倒の感情の奔流を堰き止めることができたかどうかは、難しいところだが、佐藤総理は、ニクソンの内諾を得て、ナショナリスト・デマゴーグをやり米国を非難して見せるという手もあった。そうでもしなければ、国民の鬱憤は田中という本物のデマゴーグにハイジャックされる他にない。しかし沖縄を取り返した後の総理は、再び「待ちの政治」に戻ってしまうのだった。

田中角栄にとってニクソンショックは千載一遇のチャンスであり、彼はそれを逃さなかった。ここで彼は戦後日本の政治と外交を一挙に転換させるような新機軸を作り上げている。天才的な離れ業であった。

第一に、それまでの日本は、吉田とマッカーサーが占領中に構築した官僚国家だった。永田町と霞ヶ関の双方を官僚が掌握していたのである。ところが田中以降は職業政治家が永田町を牛耳ることになる。佐藤栄作が福田赳夫を跡継ぎに据えたのは、彼に官僚国家を託するためだったが、両方とも失敗した。田中のダブル勝利の要因はニクソンショックであり、金権政治は枝葉のことだ。

第二に、ニクソンショックまでの日本は、完全な防衛ただ乗りをしていた。ニクソンショックの裏には、ベトナムで苦戦しているアメリカを尻目に高度成長をつづける日本に対する恨みがあった。

それに応えるべく田中が考案した償いが繊維問題の決着だった。彼は繊維業者に補助金をばらまいて廃業させ、そうすることで輸出を自主規制したのだ。つまり、防衛ただ乗りの非難に対して、「ヒトは出さないがカネは出す」という防衛政策を発明したのである。これを傍からつぶさに観察・学習していた政治家が若き日の竹下登だった。後日、彼が新防衛政策を日米間に適用して日本を破産にみちびくことになる。

第三に、ニクソンショックまでの永田町では、国内へのばらまきだけがピンハネと汚職の対象であった。ところが田中は海外へのばらまきからも政治資金の吸い上げが可能なことを証明したのだった。彼が最初に手がけたのはアメリカ政府との繊維交渉だったが、その直ぐ後で中国に対するODAという巨大な資金援助へのレールを敷くことになる。

田中が創設した対米ばらまきは防衛ただ乗りへの非難に応える便法だったが、ODAは日中共同声明で日本政府が認知した戦争責任への事実上の補償という形をとった。これは北京訪問をした田中と大平外相が、周恩来との交渉で直面した難題だった。周恩来は共同声明で補償の請求権を放棄するとうたいながら、裏では要求したのである。

ODAは道路公団と同じように自民党にとって不可欠の資金源となり、外務省の「援助大国」というスローガンと相まって、膨れ上がった。現在までに中国に対する給付は六兆円になる。

日米安保体制に亀裂をつくっただけでなく、中国に対して無節操な資金援助を開始した日本政府にどう対処するかがワシントンで問題になったものと私は推察する。

勿論、争点は汚職でない。石油のような経済問題でもない。日本、台湾、朝鮮半島の安全保障という戦略問題である。オーソドックスな対処は公開の場で日本政府を批判することだろうが、それでは、既に亀裂している日米安保が崩壊してしまう。そこで金権政治に引っ掛けて、総理を個人的に失脚させるという方途が選ばれたものと推測する。

米上院外交委員会の多国籍企業小委員会がリークしたロッキード汚職の情報は、ホワイトハウスの最高のレベルで裁可されたものであろう。同時に、私の知識・経験から推すと、このような内政干渉は、それに同調する者が内部にいないと成功しない。外からの内政干渉の手引きをする者が必要になる。

私は、愛国心に燃える外務官僚が田中総理に引導をわたしたのだろうと思っている。田中真紀子が外務大臣になった時に見せた外務官僚への復讐心が、間接的な裏づけである。

ともかくロッキード疑獄は、日米安保体制の分裂に対するアメリカ政府の抗議だった。確証はないが、私はそう解釈している。ロッキード疑獄は卑劣な手段だと私は思うし、それ故か逆効果でもあった。怒った田中は闇将軍として居座ったからだ。田中の行為に情状酌量の余地はあるだろう。それにも関わらず、彼の安保分裂は過ちであり、日本外交の汚点である。牛場大使は正しかったのだ。

田中訪中の結果として、「ビルの谷間のラーメン屋」という二極分裂外交がうまれている。

しかし「ラーメン屋」に東西等距離外交ができたのは、米中デタント、つまり事実上の米中同盟があったからだ。日本が米国と中国に挟まれている以上、「ラーメン屋」であろうが、裸であろうが、安全だった。ただし、中国は日本に安全を高価で売りつけた。「ラーメン屋」は中国に城下の誓いをたてて六兆円を払っている。

私は対中接近や東西等距離外交に反対しているのではない。ただ「ラーメン屋」にはそんな自由はないというに過ぎない。非武装国家が保護者を蹴飛ばして、共産主義独裁国家と手を組むのは自殺行為である。特に、非核国家である日本が、核の傘を貸してくれる米国を蹴って、反米の日中協商をやるというのは、怖いもの知らずである。

米中でタントのおかげで、田中訪中のツケは冷戦が終わるまで回って来なかった。しかし米中の睨みあいが再開すると、恐ろしいことになる。

ベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わると、反ソの同盟関係にあった米中は、共通の敵を失い、「競争相手」となった。よくても、精々「関わり合い」を認める程度の仲だ。こうなると安全保障を他人に任せる日本の選択肢は、米中どちらかの保護に頼るしかない。

アメリカに依存するのは既定の選択だった。しかし日本人の大多数にとって、アメリカに依存するということは、アメリカに金銭的補償をすることではあっても、アメリカと一緒に戦うことではない。同盟関係は絶対拒絶する。どれほど身の危険が迫ろうとも、国の威信を損なおうとも、日本人はアメリカと戦うことは避けたいらしい。

それを証明するのが、村山内閣から橋本内閣の頃に起きた台湾海峡危機である。

九五年の秋に沖縄で米兵による少女輪姦事件が起きた。社会党沖縄県連から衝きあげられた村山富市総理は、前後の見境なく反米感情を煽ってしまった。東京にデモが飛び火して日米関係は険悪な様相となる。翌年が大統領の再選の年で、クリントンは大変な火種をかかえこんだ。

日米関係の破綻を見ていた中国政府は好機いたると判断したのであろう。社会党の総理大臣が反米デモを煽っている時を狙って江沢民が裁可したのは、台湾へのミサイル攻撃だった。

今、台湾にミサイル攻撃をかければ、反米の村山総理は中立を宣言するだろう。そこまで行く踏ん切りがつかないのであれば、新華社を使って公開状をだしてもいい。「村山総理は『台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを・・・・十分理解し、尊重』すると約束した日中共同声明を破棄して、アメリカ帝国主義と共に戦うのか」と尋ねればよい。

村山内閣が中立すれば、在日米軍は動きがとれない。台湾を守れない。九五年の年央に、北京政府はミサイル攻撃の第一発を撃った。これは台湾周辺でなくて、台湾と沖縄の中間地点に着弾している。これは村山総理に対するメッセージだった。十二月に第七艦隊は空母を派遣して台湾海峡を通過させた。中国の武力恫喝に対する「目には目を、歯には歯を」だった。

翌年の元旦早々に総理は敵前逃亡した。実はこれが二度目だった。社会党は非自民連立として細川内閣の傘下に糾合したのだが、北朝鮮制裁問題が浮上すると動揺し、野党だった自民党にそそのかされて戦線を離脱し、自民との野合に走ったのである。しかし敵前逃亡などという概念は、戦後の日本人には通用しない。天下御免だった。

後任の総理は橋本龍太郎だったが、村山は去っても、社会党員が閣僚として残っている。だから戦争になれば内閣は崩壊し、日米安保は真空状態になる。二月早々、新総理はカリフォルニアに飛んで、クリントン大統領と会談した。

空母インディペンデンスが横須賀から台湾海峡に出撃する場合は、日本との事前協議はなかったことにしてくれと頼んだのである。中国が空母出動に怒ったら、「俺は知らなかった」というつもりだったのか。

ともかく、日本中立のお墨付きをクリントンから頂戴した代償として日本政府は莫大なカネを米国債に投資すると約束している。これが米国で空前のインターネット・バブルに貢献することになる。クリントンはそれで点数を稼いで再選に成功した。日本政府による、れっきとした内政干渉だ。

台湾海峡の危機によって事実上の日中不可侵条約は崩れ去った。この条約と安保条約は二律背反であり、片方をとれば他方を捨てざるを得ない。だが日本は無理をして両立させようとした。そのためにアメリカと中国の双方に大金を払い、靖国神社と国家の尊厳を放棄し、双方から侮辱を招いている。「ラーメン屋」が「ビルの谷間」にいることは不可能なのだ。重武装するか、どっちかのビルに入るか。どちらかである。

この無節操で、危険なことこの上ない外交を検証してのことだ。アーミテージが集団的自衛権の行使を日本に提案したのは。しかし彼は失敗した。橋本派と中国が勝ったのだ。そこでアブラモヴィッツの安保解消論が出てきたのだ。

日本は既にとりかえしがつかない状態かもしれない。しかし、このまま転落をつづけるとしても、その原因の真実を知る義務が日本人にはあるだろう。


(私のコメント)
この論文は2年前のものですが、アブラモヴィッツの安保解消論やボズワースの論文に関する解説ですが、二人とも民主党系の親中派でありクリントン外交を支えたスタッフである。このクリントンの親中反日外交は共和党から批判されてきましたが、テロとの戦いで共和党政権も親中国外交に傾いてきたという警告です。

そのテロとの戦いで中国はアメリカの準同盟国であり、日本の存在が影が薄くなってきたというのですが、2年たった今ではアメリカは中国に一杯食わされた格好で、北朝鮮の核開発問題にも中国は積極的に動かず、北朝鮮はどんどん核開発を続けている。北朝鮮の核がテロリストに売却されたらどうなるのか、アメリカはようやく中国に騙されたことに気がついたようだ。

集団的自衛権の問題に関しても2プラス2の日米会談でも台湾は周辺地域に入ると町村外相も明言しているし、なし崩し的に集団的自衛権はクリアしている。つまりいったん台湾海峡で米中の戦争が始まったら日本は後方支援に回ることのなっているようだ。だから中国の胡錦濤主席は台湾問題に対してナーバスになっている。

むしろアメリカはパウエルからライスに代わってよりタカ派的な外交になってきている。また米軍再編成に伴って日本から米軍が削減されることが期待されていましたが、むしろ第一師団司令部が厚木に移ってくるなどこれも片岡氏の解説とは逆になっている。

ビルの谷間のラーメン屋という比喩は日本よりも韓国に当てはまるだろう。韓国はアメリカに守ってもらいながら中国への接近を図っていますが、これではアメリカも韓国を見捨てて軍隊を引きあげている。

さらに片岡氏は日米安保は朝鮮半島や台湾を守るために結ばれたとしているが、むしろ中東から東アジアにかけての「不安定な弧」に対する前線基地としてより日米安保は強化される方向にある。太平洋にはハワイやグアム基地があるが中継基地としての役割しかはたせず、軍艦や軍用機のメンテナンスのためにはアメリカ本土か日本にしか出来ない。

ブッシュ大統領が靖国神社へ小泉首相と共に参拝するというシナリオはアーミテージ氏が書いたシナリオだが、小泉首相は逃げてしまった。もし実現していれば中国や韓国は靖国カードが使えなくなり、東京裁判史観の払拭になったであろう。

中国は反国家分裂法を成立させて台湾を武力で併合する道を開いた。これはアメリカに対する露骨な挑戦状ですが、アメリカはイラクで手一杯であり朝鮮半島や台湾海峡で両面作戦を強いられたらどうするのか。中国はチャンスと見れば台湾を解放するだろうし、北朝鮮をけしかけて南進するかもしれない。それに対して韓国軍は抵抗するだろうか。

大英帝国はクリミア戦争やボーア戦争に足を取られているときに極東におけるロシアの南下に対して手が打てなかった。そこで日英同盟を結んで日本が対ロシアの防波堤になった。この時と現在とは状況が似ている。ならばアメリカがどのようなことを考えているか歴史を調べればすぐにわかるはずだ。

片岡氏のようにアメリカにいて民主党系の人物の言うことに惑わされてはならない。橋本派は分裂状態であり中国は国内問題や外交問題で八方ふさがりだ。つまり片岡氏の解説は全面的に間違っている。アブラモヴィッツも単なる親中派の論客でしかなく、ブッシュ政権とは正反対の人物だ。




なぜ中国人の知能指数は猿回しの猿以下なのか?
中国の情報部は日本の世論の変化が読めないのか?


2005年6月4日 土曜日

ほうまた靖国問題?毎度ご苦労様です。6月3日 日々是チナオチ

いやーどうしてもわからないのです。かれこれ20年になりますが未だにわからない。日本の首相の靖国神社参拝に中国や韓国が目くじらを立てる理由がです。韓国は真性でキムチ食い過ぎの基地外国家、ぐらいの認識しか私にはありませんから放置しておきますが、中国は畜類同然(前回参照)とはいえ、

「日中間で取り交わされた3つの政治的文書に違背しないことを望む」

 などと一応理屈をつけてきます。ところが靖国神社に首相が公式参拝することは、この「3つの政治的文書」のどこにも違背するものではありません。その証拠に、小泉首相が過去に靖国参拝をするたびに中国政府から出される抗議声明には、「3つの政治的文書」云々という文言は出てきません。これが一昨年の森前首相訪台とか、昨年末の李登輝・前台湾総統の来日、それに今年2月の日米2+2などといった台湾関連の問題に対しては必ず引っ張り出されるのですが。

 日本の首相が靖国神社に参拝することは、問題だとすればそれは日本国内の問題であって、どう考えても中国政府がとやかく言える筋のものではありません。逆にとやかく言ってしまうと、「お互いに内政干渉はしない」と明記された「3つの政治的文書」(のうち、確か日中共同声明)に違反することになります。小市民としては、日本政府がそこら辺で鋭く切り返してくれると溜飲が下がるんですけどねえ。根拠がないために、

「中国人民の感情を傷つけた」

 という理由にもならない理由を中共は引っ張り出してきていますけど、それでは、

 ●増加の一途をたどる中国人による日本での犯罪や密入国
 ●昨年のサッカーアジアカップにおける中国人サポーターの振る舞い
 ●中国原潜の日本領海侵犯

 ……などはどうでしょう。これに日本国民の多くが感情を傷つけられ、対中嫌悪感が8割に達したではありませんか。今年3月から4月にかけての一連の反日活動や日本関連施設を標的にしたプチ暴動もまた然りです。日本側がこれらの問題を言い立てたとして、それらの中に内政干渉と胸を張って言い返せるものがあるでしょうか。それとも中国人犯罪も歴史問題が原因とでも強弁しますか?

 だいたい「人民の感情を傷つけた」という曖昧模糊とした理屈が通るなら、これは何でも理由にできますね。「江沢民の下衆じみたルックス」「朱鎔基の変な形の眉毛」「胡錦涛の無表情」が「日本国民の感情を傷つけた」、ということもできます。外交部報道官として記者会見に出てくる孔泉のヒョットコ顔や劉建超のブタ面も同様。……まあ冗談ですけど。

 首相の靖国神社参拝は、純然たる日本の国内問題です。

 胡錦涛や温家宝が人民英雄記念碑に献花しようが南京何たら記念館を訪れようが、日本から文句が出ないのと同じことです(※1)。

 日本は東京裁判の結果を受け入れて、サンフランシスコ講話条約を結んでいる。これは小泉首相も言明していることです。中国はその点をついて、A級戦犯がどうのこうのと言いますが、そこは国民を畜類扱いする前近代的社会の悲しさか、A級にせよB級にせよC級にせよ、戦犯は罪名を得て刑に服したことで戦犯たる責任を果たした、という常識が理解できないようです。

 さらにいえば、戦犯は刑を執行されたり恩赦されたりすることで戦犯たる責任を全うしているうえ、日本の国内法では犯罪者とはされていませんよね。現に米国やロシアや英国、フランスからは抗議が出て来ない。ところが中国は抗議してくる。「アジア人民の感情を……」と大きく出ることもあります。これは素で知らないのですが、東南アジア諸国の政府から、小泉首相が靖国神社を参拝したことへのリアクションして、正式な抗議声明が出たことはあるのでしょうか?(華僑は騒ぎますけどね)まあ、あったとしてもいいのです。日本としては内政干渉で片付ければ済むことですから。あとODA減額してほしい?と尋ねてあげるのも親切でいいでしょう。

 最近の中国国内メディアの報道を見ていると、中国お得意の「離間の計」、つまり小泉首相と日本国民一般を切り離し、小泉首相を集中攻撃することで、日本政界が与野党ともにそれに乗ってくれることを期待しているようです。ああ財界の取り込みも忘れてはいけませんね。ちなみに石原都知事、町村外相、中川経済産業相は小泉一派に含められているようですが。

 でもネタ不足なのか、中国国内メディアはここ数日も相変わらず森岡・厚生労働政務官の発言(A級戦犯は日本国内ではもう罪人ではない)を粘着に叩き続けています。森岡発言に反駁する署名論評も連日のように出てきますね。あれはきっと、相当苛立っているのだと思います。「失言による引責辞職か罷免」という以前なら当たり前の展開になる気配が全くないからです。何やってるんだ、早く辞めさせろ、ほら朝日もっと働け(笑)、ということなのでしょう。

 ここら辺が猿回しの猿以下たる所以であって、ちょっと前に中山・文部科学相による教科書問題に関する発言がお咎めなしで終わったことから学習できていない訳です。教科書といえば「従軍慰安婦」という記述が全ての歴史教科書から消えましたし、歴史教科書に関しては町村外相もゴルフに例えて中共が反発しそうなコメントを出しています。こんなに材料がありながら、全く学習できていない。少しは空気を読んだらいいのにと思うのですが。というか空気嫁。

 最近の国会における小泉首相の答弁をみていると、今年も靖国神社を参拝する意向のようですね。ただ「一個人として」とか「首相の職務としてでなく」とか但書きをつけるようになったのは嘆かわしいことですけど。実際に参拝するときにいきなり「首相としての公式参拝」に豹変したら面白いのですが。国連改革などとの絡みもあるので時期の選定には慎重になるでしょうが、もちろんベストは「八・一五参拝」です。

 中国政界にとって「五中全会」(党中央委員会総会=重要会議)を秋に控えた今夏は権力闘争の季節ですから、「八・一五参拝」が実現したらインパクトがあるでしょうねえ。反日デモ再燃という可能性もあるかも知れません。

 4月のデモが未許可で違法だということを中共政権は認めていますが、かの国では法より政治が優先されます(※2)。以前当ブログで何度か指摘していますが、その政治的価値判断(定性)、つまり政治的に善か悪かという公式見解を、党中央は現在に至るまで明らかにしていません。違法行為でも政治的に善ならOKですから(※3)、やるやらないは別として、中共は日本に対するアクションのひとつとして「反日デモ」という選択肢を留保したままなのです。

 もちろん、仮に反日デモが再発するとしても、その実質は靖国問題を口実にした権力闘争の表現です。もし「八・一五参拝」がなかったとしても、何らかの日本の「罪状」を口実にした反日デモ、という可能性もあります。いずれにせよ、靖国参拝への内政干渉も反日デモも、中国政界の政争の具であり、権力闘争の一環として行われることになります。先の「反日」騒動も、結局は対外強硬派と胡錦涛派が相争う舞台でしかなかった、と私は考えています。

 靖国神社への首相の参拝に中国が初めて文句をつけてきたのは1985年の中曽根政権当時です。北京では大学生による反日デモも行われました。とはいえ本当の目的はそこにはなく、これらもその実質は、改革派(改革開放推進派)と保守派(計画経済など社会主義理論に忠実な勢力)の政争を反映したものでした。

 というより、「靖国問題」が中国の権力闘争のためでなく、純粋に提起されたことがこれまであったでしょうか。常に「政争の具」ではありませんか。昨年の日中首脳会談で胡錦涛、温家宝がいずれも靖国問題に言及したのも、そうしないと党内や軍部の統御に支障を来たすからでしょう。一見すると日本へのメッセージなのですが、実は国内政治向けに持ち出しているのです。「歴史教科書」も同じです。脊髄反射をしてもいいのですが、ああ党上層部でまた何か起こっているな、毎度毎度お疲れさん……と思いを巡らすのがヲチの態度というものではないかと。

 だから、日本としては相手にする必要はないんです。国内統御が……と胡錦涛に泣きつかれても、そのくらい最高指導者(国家主席+総書記+党中央軍事委主席)なんだから自分で何とかしろ、と袖にしてやればいいのです。温家宝がウソ泣きしたって放置プレイということで。子供じゃないんですから。

 それより温家宝、お前いまちょっとチャンスじゃないの?と言ってやりたいです。

 「棲息地その2」でも書きましたが、権力闘争で対外強硬派が大局を制して「五中全会」を迎えたとしても、主導権を握っているなら胡錦涛を今のままのポストに残したまま、対外強硬派の言いなりにさせておく方が内外の混乱も少なくていいのではないかと私は考えています。が、もし大きな人事が行われるのであれば、江沢民派の筆頭格である曽慶紅ではなく、民衆から支持されている温家宝の方に目があるんじゃないかと思うのです。

 「胡温体制」とか言われつつも、オイシイところを持っていくのはいつもこの人です。炭坑事故でのウソ泣きもそうですが、全人代閉幕時の記者会見でブルース・リー(李小龍)をパクって大見得を切ったこと()、それに4月の反日活動は当初報道NGだったのに、その禁を破って訪問先のインドでの記者会見で反日デモに言及(新華社記者のヤラセ質問に応じる形だった筈です)、

「これで日本人も反省するだろう」

 などと言って火に油を注ぐ役目を担ったのも他ならぬ温家宝です。特にこの反日デモの口火を切ったことは、胡錦涛が火消しに躍起になっていただけに留意しておくべき
だと思います。

 この二人、結構仲が悪かったりして(笑)。


(私のコメント)
今日の表題は中国人に対して挑発的な言葉ですが、最近の中国の胡錦涛主席以下のお粗末さが目だってしょうがない。対日外交にしろすることなすこと自分で自分の首を絞めている。北京などでの反日デモでも投石などをして商店を襲い日本大使館や領事館を襲いましたが、中国へのイメージを壊しただけだ。

いったい何を計算して仕掛けているのか、さまざまな説が飛び交っていますが、中国の要人が勝手に言っているから混乱して見える。今までの日本と違って中国に何を言われても日本政府は平然としているから逆に中国政府は慌てているのだ。この点は昨日紹介したアーミテージ氏の発言からも明らかだ。

野中広務や古賀誠や河野洋平や加藤紘一といった四人組みは中国の政治工作の手下になっていますが、中山大臣や森岡政務官の首はつながっているし、中国に対する機嫌を損ねても首が飛ばなくなったことは喜ばしい。逆に小泉首相が靖国神社を参拝すれば中国は大混乱となり胡錦涛などは失脚しかねない。

このように日本が毅然と対処すれば中国は慌てふためいて動揺している。そのために岡田民主党も親中国路線ですが、これでは今選挙しても民主党は負けるだろう。なぜ今まで効果があった日本への政界工作が上手くいかなくなったのか。日本の国民世論を掴み損ねているからだ。左巻きのクルクルパーの朝日新聞からの情報を鵜呑みにしているからだろう。

さらに中国は言論の自由が無いから、中国の国民世論も掴み損ねているようだ。ネットでも政府に反対する意見は消されてしまうし、ガス抜きに反日的な意見は見逃して煽っている。反日教育も成果が上がって反日感情も大きくなってきていますが、ここまで怪物になって来ると反日運動を抑えられなくなりサッカーのアジアカップの暴動になり、4月の北京上海での暴動につながった。

なにしろ「愛国無罪」の国だから法律でどのように決められていても、愛国ならば法律を犯してもいいことになり、最初は暴動になっても警官は見ているだけでしたが、これはさすがに欧米でも批判されて胡錦涛は慌てて暴動の首謀者を捕まえた。中国人にはこのようなことをすれば批判されるということが法治主義では無いから分からないのだ。

靖国参拝の問題でも戦没者を追悼することが何で悪いのかということが中国人には理解できないようだ。中国には日中戦争で亡くなった戦没者の追悼施設はない。日中戦争で戦った兵士の多くは国府軍の兵士であり中国共産党の兵士はわずかだ。これでは国立の追悼施設を建てるわけにも行かず無いのはご都合によるものだ。

中国や韓国では法律よりも感情の方が優先されるようだ。「中国人民の感情を傷つけた」というだけで抗議してくるのはその現われだ。それに対して首相が個人で靖国神社参拝しても法律違反では無いから、それに抗議するということは内政干渉だ。「愛国無罪」の国ならば靖国神社を参拝することは愛国なのだから無罪のはずだ。ところが無罪でも感情を傷つければ有罪になるのだろう。

中国人の感情が分別の基準になるのならば、たとえ靖国参拝で譲歩しても他の理由で難癖をつけてくるだろう。このように感情にかき回されていれば中国人の知能指数は猿回しの猿以下というのも大げさではない。近代国家は法治主義で無ければなりませんが中国は法治主義が機能していない。

私は4月はじめの頃から中国政権内部で権力闘争が行われているのではないかと分析しましたが、4月12日と8日の株式日記にも次のように書いた。

《 では一体誰が中国を仕切っているのだろうか。対外強硬派と呼ばれる軍部が勢力を拡大しているのかもしれない。毎年17%もの軍事予算の拡大は共産党よりも軍部に実権が移っている可能性を物語っている。胡錦涛も対外強硬派に配慮して靖国問題や教科書問題などに注文をつけて、反国家分裂法まで成立させざるを得なくなった。

このような動きは改革開放政策と真っ向から対立する。アメリカや日本や台湾から資本や技術が入ってこなくなれば改革開放政策の継続は不可能だ。それでも日本に靖国で抗議して反国家分裂法を成立させた。ということは胡錦涛は対外強硬派と妥協して改革開放を大幅に後退させざるを得ないだろう。それが出来なければ胡錦涛自身が失脚する。 》


《 教科書問題をめぐって中国や韓国の反日活動が盛んですが、以前とは違って、かえって日本国内で反中国感情や反韓国感情が盛り上がっている。それだけ朝日新聞の影響力が落ちて、それが中国や韓国に跳ね返っている。今まで反日教育をしてきた結果、今さらやめろとも言えず、中国政府自身が右往左往している。

日本政府にもっと強硬になぜ抗議しないのかとか、どうして大きく報道しないのかと胡錦涛政権に抗議の矢が向きかねない危ない状況に陥っている。以前ならば日本政府の高官が土下座して収まったのでしょうが、日本政府が平然と「冷静に」しているので逆ねじを食らった格好になっている。 》



(私のコメント)
このように言論の自由があれば私のような素人でも中国政権内部の闘争も分析できるのですが、中国では情報部でも日本の国民世論が変化してきていることを掴んでいないことが不思議でならない。今までと同じワンパターンの仕掛けで朝日新聞も親中派も以前とまったく変わらない。猿以下の連中と付き合っていると自分も猿以下になってしまうのだ。




中国は国が変わるたびに日本に賠償を要求するのか?
野中、古賀、河野、加藤は中国政府の威を借りるキツネだ


2005年6月3日 金曜日

河野太郎議員のメルマガにみる支那の詭弁 平成16年12月2日 酒たまねぎや

支那政府は靖国神社参拝を政治カードに使うのを常套手段にしています。ビエンチャンでの小泉首相と会談した支那の温家宝首相は「歴史にかんがみ、将来の発展を期そう。問題を適切に処理していただきたい」と相変わらずの発言を繰り返しています。
 あの売国奴河野洋平の息子で、同じく国会議員である河野太郎議員も自身のメールマガジンで、靖国神社について支那の立場を披露しています。
まあ、売国奴の息子だからと言ってしまえばそれまでなのですが、「日中共同声明」に反するから支那が反発するのだという支那政府の言い分をそのまま掲載するのはどうかと思います。

 このメールマガジンの文面を別に全部を掲載させていただきますので御覧頂きたいとおもいます。 河野太郎の国会日記12月1日 
その前回のメルマガで、「王毅大使に靖国神社の問題に関して、日本国民に支那政府として説明してほしい」という内容にあれれと思ったのですが、その翌日のメールには目が点になってしまいました。

 元々、支那による内政干渉である靖国神社参拝問題や教科書問題とされるものに対して内政干渉はやめろと相手にただすのが大切だと思うのですが、河野議員は支那の言い分とやらをそのままメルマガで披露しています。
筋の通っていない事だらけの言い分ですが、その一つは「日本側が戦争の責任をきちんと受け止めて反省していることを前提に、共同声明では中国側が賠償を放棄することを明確にしました。」と書き、支那が賠償権を放棄したと言っていますが、支那の現政府は我が国に対して、賠償を取ることなどはできません。なぜならば、我が国が戦争をした国は1949年に成立した中華人民共和国ではないと言うことです。大東亜戦争当時に無い国が戦争などできるわけもなくましてや賠償などを請求できるはずがないのです

 我が国は、当時の支那政府である中華民国政府と1952年に日華平和条約を結んで、「中華民国政府は賠償権を放棄する」と明記しているのです。
そして、中華民国政府は我が国が残した膨大な海外資産を接収しました。
これについては、最近でも台湾民進党の陳水扁総統が、国民党所有の巨額資産は「日本領有時代の資産を不当に接収したものだ」として、台湾当局へ返還等を求める法案を立法院(国会)へ提出した事でもあきらかです。
この国民党資産総額は約2兆2千億円以上を誇り「世界で最も裕福な政党」と言われていました。
ですから、現支那政府である中華人民共和国には賠償権というもの無いのです。最初から無い賠償権を放棄する事などできないのです。
それをわざわざ、賠償権を放棄してやったなどというのは詭弁なのです。

 我が国政府としては莫大な経済援助を支那に対して行ってきましたが、それを賠償金代わりだから当たり前だといっている支那政府がおかしいのです。

 あと、このメルマガで「ここでいう一部の軍国主義者の象徴が、極東軍事裁判で戦争の指導的責任を問われたA級戦犯です。
そのA級戦犯が、1978年に、靖国神社に他の戦没者と一緒に合祀されてしまったことが、この靖国神社問題の発端です。」
「そして、1985年8月15日に中曽根首相が靖国神社に「公式参拝」を行ったのをきっかけに、中国政府も日本政府に対し、首相、外相、官房長官が靖国神社への参拝をしないよう求めるようになりました。つまり、日中共同声明の中で確認した、戦争と中国国民に対する重大な損害に責任のある「一部の軍国主義者」が神として祀られている場所に、その日中共同声明に責任のある首相、外相、官房長官という役職にあるものが参拝することは、共同声明の合意に反することになるという主張です。」
「1972年に日中共同声明に署名をしたのは田中角栄であり、大平正芳でしたが、この二人は個人として署名したわけではなく、首相、外相という日本を代表する役職として署名したわけですから、この役職にある人物は、共同声明における合意事項を誠心誠意守るよう努力するべきだというのが中国側の主張です」と支那の主張を書いています。
これまた、大ウソです。
 昭和53年(1978年)10月に昭和殉職者として14名の犠牲者の方々が合祀されました。それを、マスコミが大々的に報じたのが54年4月19日ですが、その時は支那政府も南北朝鮮政府も何も言っていません。
そして、その2日後の4月21日に日中共同声明に外相として署名した大平正芳首相は靖国神社に参拝しています。それに対しても支那はもちろん朝鮮も何も言っていません。
その後、我が国首相だけでも
昭和55年 8月15日 鈴木善幸
昭和55年10月18日 鈴木善幸
昭和56年 4月21日 鈴木善幸
昭和56年 8月15日 鈴木善幸
昭和56年10月17日 鈴木善幸
昭和57年 4月21日 鈴木善幸
昭和57年 8月15日 鈴木善幸
昭和57年10月18日 鈴木善幸
昭和58年 4月21日 中曽根康弘
昭和58年 8月15日 中曽根康弘
昭和58年10月18日 中曽根康弘
昭和59年 1月05日 中曽根康弘
昭和59年 4月21日 中曽根康弘
昭和59年 8月15日 中曽根康弘
昭和59年10月18日 中曽根康弘
昭和60年 1月21日 中曽根康弘
昭和60年 4月22日 中曽根康弘
昭和60年 8月15日 中曽根康弘
これだけ参拝されています。

 もう何度も言われている事ですが、昭和60年8月7日の朝日新聞は、靖国神社の首相参拝を「中国が厳しい視線で凝視している」と書いて、それに対して、11日の人民日報が靖国神社参拝に批判的な日本国内の動きとしてこれを報道しました。つまり、この問題も我が国の人民日報日本支社である朝日新聞が火をつけ、14日に中国外務省が、「アジア各国人民の感情を傷ける」などと訳のわからん事を言い始めました。それに合わせるかのように8月27日から支那を訪れた社会党が、公式参拝批判を繰り広げました。
つまり、我が国の腐れマスコミと反日政治家どもが火をつけて、支那はそれに乗っただけなのです。
だから、当時の中曽根首相は後に、参拝を中止したその理由として、自分の靖国参拝問題が、中国国内の政争で胡耀邦総書記の進退に影響が出そうだという暗示を受け取り、「胡耀邦さんと私とは非常に仲が良かった。」「それで胡耀邦さんを守らなければいけないと思った。」から参拝をやめたといっています。(「私が靖国神社公式参拝を断念した理由」 正論 平成13年9月号)

 小堀桂一郎東京大学名誉教授が指摘されていますが、我が国と戦争をした国は靖国神社を非難などしていません。毛沢東の中国共産党軍はほとんど戦争に参加していません。南北朝鮮は大東亜戦争時は我が国が併合していましたから、日本として連合国と戦っています。

 そもそも、支那、朝鮮はA級戦犯でもなんでも問題にできれば、それが自国の国民の反日材料になれば政府への非難がかわせるからいいのです。問題にして、外交を有利に進め、そして、いろいろと問題の多い自国政府への非難だけは避けたいだけなのです。支那や南北朝鮮が靖国神社のことをいえば、我が国の腐れマスコミと反日自称文化人、反日政治家連中が国内で騒いでくれるからいってくるだけです。
支那や南北朝鮮がキャンキャンいってきても、聞く耳を持たなければいいだけなのです。石原都知事は毎年8月15日に参拝されますが、支那は石原都知事には今は何もいいません。過去に何度か五月蝿く言った事がありますが、言っても都知事がはねつけてしまい、政治問題にならないからです。
この件については、支那、南北朝鮮よりまず問題なのは我が国の腐れマスコミと反日自称文化人、反日政治家連中でしょう。

 その反日政治家というか売国奴政治家のひとりであり、朝鮮からは良心的政治家となめられている父親の河野洋平議員は「日本はまず歴史認識に対する国内問題を整理し、新たな認識を持つべきだ」アホな事を南朝鮮のマスコミに答えています。

靖国参拝「心情の発露」=小泉首相、継続になお意欲−衆院予算委

衆院予算委員会は2日午後、小泉純一郎首相と関係閣僚が出席して、外交問題や郵政民営化に関する集中審議を行った。首相は、日中関係悪化の要因となっている自らの靖国神社参拝について「『いつ行くか適切に判断する』との言葉は、その言葉通りに取ってほしい」と述べ、継続になお意欲を表明。「わたしの心情から発する参拝に他の国が干渉すべきではない」と、中止を求める中国側の対応に改めて不快感を示した。
 また、首相は、中国が靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)を問題視していることに関し「決して軍国主義を美化するものではない。A級戦犯のために参拝しているのではない」と強調。さらに「
他国が干渉すべきではない」との首相答弁に中国が反発していることについては「わたしは『内政干渉すべきではない』とは言っていない」と述べ、中国側の参拝中止要求を内政干渉とは受け止めていないと強調した。民主党の岡田克也代表への答弁。
 一方、郵政民営化法案に関し、首相は、自民党内に修正を求める意見が強いことを認めつつも、「政府として修正は考えてない」と強調。「自民党議員は良識を持って、最終的に賛成してくれる」と今国会成立に強い自信を示した。 
(時事通信) - 6月2日21時1分更新


(私のコメント)
このところ韓国の漁船が日本の経済水域内で操業していた事件でもめていますが、竹島問題も漁業にしわ寄せがいっている。ところが日本政府は韓国の漁船には甘く、日本の漁船には冷たい。ことなかれ主義が韓国の横暴を許してしまうのですが、今回の違法韓国漁船事件も政治的決着が図られた。韓国政府は日本国内から金大中を拉致しても政治決着をして以来、日韓友好を盾に政治決着ばかりしている。

小泉首相は最近の日本の首相にしては靖国参拝問題でもぬらりくらりと譲らず、中国や韓国を苛立たせているようだ。ところが野党はもとより自民党内の親中派も靖国参拝に批判的だから問題が複雑になる。普通ならばここで再び政治決着が図られるところですが、小泉首相はどうするだろうか。

政治決着は所詮は先送りであり当座凌ぎに過ぎない。金大中事件がその後の北朝鮮による数百人の日本人拉致事件を誘発させたとも考えられるし、日本に対しては強く抗議すれば折れて出るという日本を舐めた態度をとらせる元になっている。韓国漁船の違法操業を海上保安庁が取り締まって、それに対して韓国が抗議してきたことは日本の主権に対する侵害だ。

靖国問題にしてもこれをネタに日本政府を強請ればODAなどの経済援助が得られた。そのきっかけを作ったのが朝日新聞と中曽根首相ですが、朝日新聞と人民日報とが記事を報道しあうことで問題を大きくして、野党が騒ぎ始めて自民党内の親中派が早期決着ということで特使を中国に派遣する。それを繰り返すことで中国ODA利権の確保が出来たのですが、小泉内閣からはその手が上手く機能していない。

中国の本当の狙いは台湾問題と日本の安保理常任理事国入り阻止が狙いなのでしょうが、常に靖国カードで日本を揺さぶりをかけて日本政府の分断工作をする。上手くすれば小泉首相の後任を親中派の首相に代えられるかもしれない。中国が言う日中友好とは中国の言うなりになる国家になることであり、中国の覇権を認めることなのだ。

しかしこのようなことをすれば日本をますますアメリカ寄りに変えるだけであり、小泉首相のように親中派を押さえ込むためにアメリカに尾を振るポチ保守にならざるを得ない。どちらもトラの威を借りて勢力争いをしている愚か者ですが、靖国カードの逆ねじが中国に効きはじめて胡錦濤国家主席を揺さぶり始めている。呉儀副首相がドタキャンしたのも政権内で揉めているからだろう。そうでなければ直接小泉首相に会って抗議すればよかったのだ。

小泉首相の靖国参拝の仕掛け人はひょっとしたらアーミテージ氏ではないだろうか。日中間を分断させるには逆靖国カードを使って中国政府を揺さぶり、反日デモを仕掛けさせてそれを反政府デモに変えさせれば胡錦涛・国家主席の権威は丸つぶれだ。日本の中国に対する分断工作としてみればおもしろい。

日本の対応で中国側動揺とアーミテージ氏指摘

米国のアーミテージ前国務副長官は28日、都内の学習院大学で講演し、中国の呉儀副首相が小泉首相との会談をキャンセルして帰国した問題について、「非外交的な活動」と中国側を批判するとともに、日本側の毅然(きぜん)とした対応が中国側の動揺を誘ったとの見方を示した。

 アーミテージ氏は、「長年、中国が日本の『戦争における過ち』を取り上げると、日本は『政府開発援助(ODA)をもっと出しましょう、申し訳ない』と謝ってきた」と指摘したうえで、「今回、中国は同じシナリオを使おうとしたが、日本は『お詫びはした。今は新しい時代で、前に進まなければならない』と頭を下げず、中国側は『違った反応が出てきた』と混乱した」との分析を披露した。

 また、東アジア地域の経済連携強化を目指す「東アジア共同体」について、「中国は米国のいない場を使い、米国の太平洋国家としての役割、関与に疑問を投じてくるのではないか。そうすると地域や組織を阻害する問題が起こる」と懸念を表明した。

 日本の国連安全保障理事会常任理事国入りについては、「日本は当然、常任理事国になる国だと思うが、他の3か国(ドイツ、インド、ブラジル)とまとまってではなく、日本単独で行動すべきだ」と述べ、常任理事国枠の大幅な拡大に慎重な姿勢を示した。

(2005年5月28日20時37分  読売新聞)




「年収300万円時代を生き抜く経済学」土地担保主義の
金融システムは、世界最強と言ってもよいメリツトがある。


2005年6月2日 木曜日

森永 卓郎 (著) 新版 年収300万円時代を生き抜く経済学 

戦略Aデフレで企業を追い込む

いま日本を襲っているデフレには、モノやサービスの価格が下落していく普通の意味での「デフレ」と、株価や地価が下がっていく「資産デフレ」の二つがある。私は日本経済不振の大半の原因は、資産デフレ、特に地価の下落だと思っている。その理由は、大都市商業地の地価がバブル崩壊後の10年で6分の1に落ち込むという激烈な下がり方をしたことと、「土地」が日本の金融システムと深く結び付いてきたことである。

日本の金融システムというのは、世界でも稀な「土地担保主義」をとってきた。銀行が企業に融資をするときには土地を担保に取る。融資先企業が返済に行き詰まった場合に、処分して資金回収を図るためだ。この土地担保主義の金融システムは、世界最強と言ってもよいメリツトをいくつも持っている。

第一は、銀行のリスクが小さくなるということだ。土地担保があれば、融資先の企業の経営に万が一の事態が発生しても、担保処分で資金が回収できるからである。

第二は、銀行の抱えるリスクが小さくなることの結果として、銀行は自己資本に比べてより大きな融資をできるということだ。・もし担保によるカバーができないと、銀行は融資の焦げ付きに備えて十分な資金(自己資本)を用意しておかなければならない。

それに対して土地担保融資の場合は、大きな焦げ付きが出る可能性が少ないから、十分な自已資本を持たなくても融資を拡大できるのである。それは、中小企業に、より潤沢な資金を供給できるようになることを意味する。

第三は、融資先の審査が緩やかでよくなるということである。もし、担保で融資がカバーできていないと、銀行は融資先を厳密に審査しなければならないし、それを日常的に繰り返さなければならないことになる。それは銀行にとっても融資先にとっても大きな負担となるのだ。第四は、リスクが小さいことが低金利に結び付いたということである。。金利が低ければ低いほど、事業を継続できる中小企業の数は増えていく。

日本の中小企業が生きながらえることができた原因の一つは、銀行から低利の資金が供給されたことなのだ。もし担保でカバーができなければ、融資金利はリスクを織り込んで高くならざるをえない。消費者金融や商エローンの金利が高い最大の原因はそれだ。

担保で融資を十分にカバーできないアメリカの銀行は、日本の2倍の利ざやを取っている。このような土地担保の問接金融システムがあったために、日本の企業経営は高い安定性を保ってきた。

銀行から融資を受けて本杜や工場、店舗などを取得しておけば、やがて地価が上昇して「合み益」が生まれる。企業はそれを使って新たな融資を受け、設備投資をすることもできるし、経営に不測の事態が発生した場合は、担保処分で債務を返済することもできた。要は、企業経営の安定と発展を土地担保主義の金融システムが支えてきたのである。

ところが、この金融システムにはたった一つだけ弱点がある。それは地価が下落すると、土地担保主義の間接金融システムがうまく回らなくなってしまうということだ。もちろん、少しくらい地価が下落しても問題はない。担保の掛け目は7割とか8割だからだ。ところが今回の資産デフレはそんな生やさしいものではない。土地担保主義の金融システムを破壊するのに十分なほど、地価は激烈な値下がりをしたのである。

「バブルが崩壊したのだから当然ではないか」と思われるだろう。確かにバブルの清算する水準までの地価下落で企業経営が追い込まれたのなら仕方がない。バブルに踊った責任を取る必要があるからだ。しかし、いま起きている地価下落は、バブルの清算を通り越しているのだ。27ぺージの図は、2002年11月に発表された『経済財政白書』に掲載された理論地価と現実の地価の比較グラフである。

収益還元法で決まる理論地価は、現実の地価を実によく説明している。図でも分かるように1981年から87年、93年から96年については、理論値と現実の地価がほぼ同じと一言ってよいだろう。ところが、現実の地価と理論地価が乖離している期問が二つある。88年から92年と、97年から2001年である。

88年から92年の期問は、現実の地価が理論地価を大幅に上回っている。ご存じのとおり、バブルが発生した期問である。一方、97年以降現在までの期問は、現実の地価が理論地価を大幅に下回っているのだ。

特に2001年は理論地価が現実の地価の2・3倍という大幅な乖離が生じているのだ。91年のバブルの最盛期のとき、現実の地価は理論地価の1・8倍だった。いま起きている地価下落の異常さは、10年前のバブルのときよりも、はるかに大きいのである。

なぜそんなことが起ているのか。そのメカニズムはバブルの発生時と完全に同じである。よく、バブルのときには、人々は集団的熱狂状態だったと言われる。しかし、それは人々が狂っていたということでは決してない。

バブル期には、一般のサラリーマンまでが6000万円とか8000万円といった、いまにして思えばとんでもなく高い価格のマンションを買った。しかし、そうしたマンションを買ったサラリーマンも当時から「高いな」とは感じていたのだ。

それでも買ったのは、「来年になったら、もっと上がる」と思ったからだ。特に不動産投資で儲けようとしたのではない。単に「来年になったらもう買えなくなってしまう」という恐怖があったから、無理してでも買ったのである。

いま起きていることはちょうどその裏返しだ。土地の値段がまだ下がると皆が思うので、買い手がつかない。だから地価が下がりつづけてしまう。完全な「逆バブル」の発生である。いちじる逆バブルが著しいのは、商業地である。それが端的に分かるのが、不動産投資の利回りだ。現在の大都市の商業ビルを買った場合の利回りは6%〜12%にも及んでいる。

例えば利回りが10%とすれば、1億円でビルを買うと、毎年1000万円の家賃収入が入ってくる計算になる。いま銀行の普通預金金利はO・001%だから、1億円を銀行に預けてー年で得られる金利はたった1000円だ。もちろん不動産投資にはリスクがあるから、銀行預金金利より利回りが高いのは当然だ。ただ、いくらなんでも、1000万円と1000円というほど大きな差がつくはずがない。明らかに異常な地価下落が起きているのだ。(P22〜P28)

戦略B不良債権処理を強行して、放出された不動産を二束一二文で買い占める

いくら逆バブルを仕掛けて本来の価格よりもずっと安い価格で不動産を買える状況に持ち込んだとしても、破綻が起きなければ、買い占めはできない。ところが、日本の銀行は、買い占めをしたい投機家たちから見たら、信じられない行動に出てきたのだ。債権を放棄して、過剰債務企業を次々に救済していったのである。それは、銀行の側からすれば、必ずしも不合理な行動ではなかった。

これを先のサラリーマンの例で考えよう。4000万円の融資を受けてサラリーマンが取得したマンションの担保価値が2000万円になってしまったサラリーマンを破産させて、マンションを競売で売っても銀行は1000万円しか回収できない。そこで銀行が借金を2000万円分棒引ぎにして、2000万円に減額してやる。

給料が減り気味とはいえ、2000万円くらいの借金ならこのサラリーマンは十分支払える。銀行は債権放棄で2000万円をドブに捨てることになるが、2000万円回収できるのだから、競売で1000万円しか回収できないよりずっとましだ。これが銀行による債権放棄の構造である。

ところが、これだとハゲタカは何も手を出せない。「エサ」が市場に出てこないのだ。なんとか銀行が過剰債務企業を守ることをやめさせたい。そこで出てきた手段が、不良債権処理の加速策、すなわち金融再生プログラムなのである。


先に、金融再生プログラムが、大銀行に対して、不良債権を減らせと言いながら、同時に中小企業融資を維持しろという不良債権拡大命令をしている矛盾を指摘した。しかし、金融再生プログラムが、ハゲタカのために不動産を安値で放出させるためのものだとしたら、矛盾はまったくないのだ。

投資家にとって一番おいしいエサは、流通、建設、不動産業に属する過剰債務の大企業である。彼らは、一等地に良質の不動産を大量に抱えているからだ。しかも、過剰債務企業とはいえ、本業は基本的に黒字だから、破綻させて買収すれば、本業の方でもカネを稼いでくれる。

銀行がこうした「問題企業」の経営を支援しつづけないようにするためには、銀行に債権の厳格な引き当てをさせて、体力を奪ってやればよいのだ。それが大手銀行に対する特別検査とディスカウント・キャッシュ・フローによる貸出資産査定なのである。

それでは、なぜ金融再生プログラムは、中小企業融資を継続するように求めているのか。それは、そもそも投資家、すなわち金持ちたちは、中小企業が持っている不動産などには、ほとんど興味がないからであろう。郊外の商店街の店舖が売りに出たところで、彼らは欲しいとは思わないのだ。

また、中小企業に手をつけないのは、全企業の99%以上が中小企業であり、彼らの反感を買う金融政策を採ると、政治的にもたないという理由もあるのだろう。さらに、金融再生プログラムが主として大銀行を想定しているのも同じ理由による。地方銀行が融資している地方都市の不動産には、ハゲタカはやはり興味を示さないのだ。もちろん、金融再生プログラムにしたがって、不良債権処理と新たな不良債権の拡大を続けてい」くと、しわ寄せは銀行経営にくる。

デフレが続いている限り、大銀行の自己資本は減少していき、その経営は確実に追いっめられていくのだ。思い切って単純化すると、現在メガバンク全体の売上は10兆円で、そのうち4兆円が利益になっている。ところがデフレによる新規の不良債権発生と株式の評価損が年問7兆5000億円出ている。だから、差引毎年3兆5000億円ずつ沈んでいくのだ。

デフレのなかで大銀行が生きながらえようと思えば、大銀行自身が毎年その規模の増資を続けなければならない。それは不可能だから、デフレが続いていれば、必ず公的資金の注入を受けざるをえなくなる。しかし、その公的資金にしたところで、毎年3兆5000億円もの財政資金を注入しつづけることなど、不可能だろう。結局、大銀行もハゲタカの手に落ちざるをえなくなるのだ。

ただ、直接ハゲタカファンドに売り渡すと、新生銀行のときと同じ批判にさらされかねないので、大銀行はおそらく国内の勝ち組企業に売り渡されることになるのだと思う。ハゲタカファンドの資金の過半を出しているのは、日本人と日本の勝ち組企業だから、実際にはハゲタカファンドに売り渡すのと大差はないのだが、国民からみたイメiジは随分違うだろう。

現在、政府の各種審議会の民間委員というのは、ほとんどが勝ち組企業の代表者である。勝ち組企業に有利な施策が採られて当然なのだ。また、勝ち組企業が最終的に大銀行を買収するのだとすれば、税制改革で一般庶民に増税して、勝ち組企業を減税した訳も分かる。勝ち組企業は、減税で手に入れた豊富なキャッシュを使って、棚からぼた餅のようにして、大銀行を手に入れることができるのだ。

こうして金持ちはますます金持ちになっていくのである。それは、特殊なことではない。本格的なデフレが訪れると、必ず弱い企業の淘汰が進み、強い企業による買い占めが横行する。その結果、勝ち組企業による市場の寡占化が進むというのが歴史の教訓なのだ。世界恐慌期のアメリカで、自動車産業の吸収合併が相次ぎ、ビッグ3と呼ばれる寡占体制が確立したのが典型である。デフレは最も強力な金持ち独り勝ちの道具なのである。(P32〜P36)



(私のコメント)
森永卓郎氏のベストセラーが文庫本になっていたので買って読んだのですが、バブルの発生と崩壊の原因を簡潔に説明している。私自身もバブルの発生と崩壊を当事者として体験してきたから、株式日記でも何度も書いてきましたが、不動産に対する税の優遇制度からバブルは生まれ、地価税などのバブル潰しの税制でバブルは潰された。

銀行などの不動産への総量規制も効果的であった。このように税制で経済政策をコントロールしようとすると効き目は効果的ですが、下手をすると今回のような何十年にも及ぶデフレで悩まされることになる。地価税も総量規制も撤廃されたのに地価は下がり続け、森永氏が指摘するように逆バブルが起きている。

今なら1億円の資金で小さなビルを買って1000万円の家賃を稼ぐことは可能だ。つまり10%の利回りになるのですが、金余りにもかかわらず不動産価格は低迷したままだ。しかも0,001%の利回りしかならない預貯金に回ったままで、その預貯金を不動産に投資する人がほとんどいない。

不動産業者は盛んにマンションを建てて都内はマンションラッシュですが、土地は安いしたくさん売りものがあり建築コストも安いから、私もマンションを建てたいと思っても銀行は金を貸してくれない。一流の信用ある大手不動産会社にしか貸さない。金融庁から不良債権早期処理や担保の厳格査定などガンガンやられては銀行も金を貸せないのだ。

森永氏が言うように日本の土地担保主義は欧米のビジネスに馴染んだ人にとっては批判の対象になりましたが、銀行にベンチャービジネスが分かるわけはないのだから、土地を担保に金を貸すという制度は世界に誇る優れた制度なのだ。私自身も銀行員だったから、客から新しい商売を始めるから金を貸してほしいといわれても、評価することは無理だ。

新商売や新商品が当たるかどうかは当人ですら分からないのに銀行員が分かるわけがない。結局は不動産を担保に低利で金を貸して万が一上手くいかなかったときは担保を処分して貸し金を回収してきた。銀行は質屋みたいなものといわれれば確かにそうなのですが、直接金融が出来る大企業ならともかく中小企業は銀行から金を借りるしかない。

このような中小企業金融は金額も小さく件数も多いから、一件一件リスクを計算して金利を決めたりは無理だろう。いろいろ総合的に考えれば土地担保主義はメリットがある。金融庁や財務省は金融制度の抜本改革とか言いながら、大企業は間接金融から直接金融に変えられても、中小企業金融は以前の状態に戻るだろう。

長引くデフレは土地や株の下落が収まった時点で終了するだろうが、この十数年間土地と株は下がりっぱなしで、小泉内閣は梃入れ策を講じようとしない。メガバンクを始めとして金融が麻痺状態では逆バブルも解消しないだろう。だから土地も株も日本は大安売りでハゲタカファンドが日本を買い漁っている。

正常な形での経済進出ならグローバル経済で歓迎すべきことですが、長期的な戦略を組んで日本を安く買い叩く行為は歓迎できない。先週のNHK特集でも長銀の社員が言っていましたが、強引な貸し剥がしや取立ては日本社会では馴染めないだろう。そごうにしても新生銀行によって潰されたようなもので、ハゲタカはハゲタカなのだ。

構造改革といっても欧米のシステムが優れたものなら取り入れるべきでしょうが、日本のほうが優れているのに欧米に合わせる必要があるのだろうか。BIS規制にしても日本のような土地担保主義なら銀行の自己資本を欧米並みする必要はない。ところがバカな大蔵省は受け入れてしまった。日本が狙い撃ちにされていることに気がつかなかったのだ。




中国の靖国参拝批判は内政干渉であると突っ撥ねろ!
東京裁判は国際法上違法な裁判であったと主張せよ!


2005年6月1日 水曜日

中国が「強烈な憤慨」 森岡政務官発言で 6月1日 共同通信

【北京27日共同】中国外務省の孔泉報道局長は27日、談話を発表し、森岡正宏厚生労働政務官が「(A級戦犯は)日本国内ではもう罪人ではない」と発言したことなどに対し「強烈な憤慨」を表明した。
 孔報道局長は森岡政務官の発言を「個人的でも、偶発的でもない」と指摘。小泉政権への不信感を強めていることを示しており、中国が今後、対日姿勢を一層硬化させる可能性が高い。
 局長は発言を「国際正義と人類の良識に対する公然たる挑戦」と非難。「日本軍国主義の野蛮な侵略によって被害を受けた国民の感情を深く傷つけるものだ」と激しく反発した。
 その上で「東条英機(元首相)をリーダーとするA級戦犯は世界平和と人道に対する歴史的罪人」と断定し、極東軍事裁判(東京裁判)の結果を「戦後国際政治の基礎」と、断固として尊重していく立場を強調した。
 また「日本は国際社会で責任ある役割を演じられるのか疑問だ」と述べ、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りを強くけん制した。

「A級戦犯」をめぐる私の発言の真意と波紋 森岡正宏

私は5月26日の自民党代議士会で次のように発言させていただきました。

 「小泉総理の靖国神社参拝をめぐって中国がA級戦犯合祀を問題にしています。これに対する与党幹部の態度はいかがなものか。中国の気にさわっているから何とかして靖国神社とA級戦犯を切り離したいという対応しかしてないように見えます。そもそもA級戦犯といいますが、日本が占領下にあったとき、勝者である連合軍が国際法違反の軍事裁判で敗戦国日本を裁いたものです。戦争はどうしても話し合いで決着しないとき、国際法で認められた一つの政治形態です。

 日本は経済封鎖され、やむなく戦争せざるを得ない状態に追い詰められ国際法のルールにのっとって戦争をしました。勝った方が正義で負けた方が悪ということではありません。独立回復後は、国会でも全会一致で名誉回復を図り、A級戦犯といわれた人達の遺族にも恩給が支給されるようになりました。A級戦犯の中には絞首刑になった人も禁固刑になった人もいましたが、皆罪を償いました。のちに大臣や総理大臣になった人もいます。A級戦犯はもはや罪人ではありません。日本は中国にも韓国にも何度も何度も謝ってきました。戦後60年間、平和主義を貫き、一度も戦争をしないでやってきましたし、経済援助もしてきました。中国や韓国にこびてA級戦犯の分祀や新たな追悼施設建設をめざすのではなく、『東京裁判は国際法上違法であった』と世界に向って主張すべきです」

代議士会のあと、マスコミの人達から「政府の一員である貴方が、侵略戦争を美化するような発言をしていいのですか。いつ大臣政務官をお辞めになりますか」というひどい電話があったり、「なぜ、いま日中関係がこじれているこのときに発言されたのか、真意が分からない」などと、いかにも私が“政治音痴”であるかのような質問をしてきた人もいました。

 「私は小泉総理に靖国参拝を続けてもらいたいという思いで一政治家としてサポートしています。なぜ、職を辞さなければいけないのですか」「わが党の武部幹事長らの訪中こそ、なぜ、いま必要だったのか。行くべきではなかったと思います。私は当時の軍国主義を正当化しようとしているのではありません。A級戦犯の何たるかを論じないで、ただ、おわび行脚を続けているいまの与党幹部の姿勢は将来に禍根を残します」と答えました。

 夕刻、議員会館の事務所に戻ったとたん、秘書から「代議士、電話とメールの洪水です。批判的なものは数行で、あとはほとんど激励してくださるものばかりです」と聞かされ、反応の早さと関心の高さにびっくりしました。

 この日午後の細田官房長官の記者会見で私の発言が話題の一つになったと聞き、ニュースを見ましたが、「政府の一員として話したのではないでしょう。個人の見解でしょう」と話してくださっていました。お気遣いはありがたいと思いましたが、極東国際軍事裁判やA級戦犯についてしっかりした見解が示されなかったことには、正直いって失望しました。靖国神社にまつられている246万柱の英霊が泣いているに違いありません。

「極東軍事裁判」の教訓を噛みしめ、日本は「海洋国家」として米英とともに「シーパワー」で平和と繁栄を5月28日 板垣英憲

「勝てば官軍」「負ければ賊軍」というところから考えるしかないのも事実である。
 「正義」は、常に勝者にある。それは「正」という文字が、「征服」を示しているからである。歴史書は、勝者の歴史が、「正史」、それ以外の事実を含んでいるのを、「外史」という。
 大東亜戦争(太平洋戦争)の勝者は、連合国軍であり、「極東軍事裁判史観」や「毛沢東革命史観」が、「正史」であり、戦後の日本は、敗戦国としてこれらの歴史観に屈伏せざるを得ない弱い立場にある。従って、残念ながら、「皇国史観」や「反極東軍事裁判史観」の立場は取れないのである。
 だからと言って、戦前の日本の行動がすべて「不正義」で「悪」であったと決めつけて済むことなのであろうか。
 現在の風潮は、中国や韓国、それに日本の左翼陣営の論調あるいは、プロパガンダにより、「極東軍事裁判」を最大の論拠に旧日本軍(台湾の高砂族や朝鮮半島の多数の志願兵や一般の兵士が含まれる)の「アジア解放」という「聖戦」を全面否定する傾向が強い。 ならば、欧米列強の白人支配がアジアから駆逐されないで中国はじめ韓国、あるいはASEAN諸国からさらにはインドまでずっと続いておればよかったとでもいうのだろうか。また日本は、お節介だったと、批判あるいは、非難するのだろうか。
 戦後、ASEAN諸国が次々に独立して立ち上がっていく勇気と力は、旧日本軍の「アジア解放」という大決断と実行を見て湧き上がったのをすっかり忘れてしまっている。それは真の歴史認識を歪曲することになる。
 「極東軍事裁判史観」や「毛沢東革命史観」が正しいということならば、本来、日本がとるべき道は欧米列強の白人支配を認めてこれに逆らうような行動は一切とるべきではなかった。つまり戦前まで、中国をはじめアジア諸国は、英国、アメリカ、フランス、オランダなど欧米列強の白色人種の帝国主義により植民地化されて、蹂躪されていたけれども、日本は、これらの国々が、いかに蹂躪されていようとも、お節介して、「アジアから白人を追い出す」という「アジア民族解放」のため戦争にしゃしゃり出ることはなかったという結論に至り、「奴隷状態」のまま放置しておけばよかったとなる。
 つまり「五族協和」とか「大東亜共栄圏」とか大それた理想を掲げることもなく、「聖戦」と称し大軍を大陸や海外に派遣することもせず、ひたすらアメリカの言う通り、満州から関東軍を撤退したり、中国から得ていたすべての権益を放棄したりしておけば無謀な戦争に突入しないで済んだはずである。そうすれば、その代償としてアメリカから、石油の輸入を保障され、「日本一国の平和と繁栄」を楽しむことができたかも知れない。
 ただし、世界大恐慌による経済的影響や凶作などにより、大量失業や東北地方の若い女性の身売りという深刻な事態を克服できたか否かは、不明である。少なくとも、陸海軍の兵力削減により国家財政はかなり軽くなったであろう。
 だが、当時の日本には、恐るべき特別高等警察や憲兵隊という「弾圧機関」が存在していたので、これら国家権力と戦えればという条件付の話である。朝日新聞や毎日新聞などの言論機関も、戦争に協力する言論や報道をしていたことも忘れるべきではない。
 冷静に考えれば、確かに日本の最大の間違いは、「海洋国家」であるにもかかわらず、「大陸」へ進出したことであった。日本がいかに「大陸国」となり、「ランドパワー」を手に入れて、大陸に覇権を築こうとしても、しょせんは無理であり、そもそもから不可能であった。
 それならば、海洋国家として「シーパワー」をやはり海洋国家のアメリカとの間で、たとえ屈辱を受けるようなことがあっても、臥薪嘗胆して「シーパワー」を分け合い努力をすべきであった。結局それができなかったのである。
 そのうえ、「アジアは一つ」という考えも大きな間違いであった。アジアは決して「一つ」ではない。「脱亜入欧」を果しつつあった日本は、もはや「アジアの一員」ではなく、「黄色い白人」として「欧米の一員」になろうとしていた。その大方針を転換して、「大東亜共栄圏」を築き、自ら「盟主」にとなろうとしたのが、「大敗北」を喫してしまう元凶であった。身の程知らずの蛮行だった。地政学上、旧陸軍が軍事戦略を誤ったのは否定できない
しかし私的には「極東軍事裁判史観」や「毛沢東革命史観」は決して正しいとは思わない。けれども正義が勝者にあるのであるから、この史観は今後も主流となり続けるであろうことは、認識しておかなければならない。
 これからのことを考えれば、「日本は海洋国家」であるという基本的な「地政学上」の「絶対条件」は崩してはならない。それが、たとえ、中国が内戦状態になろうとも「大陸」に関心を示してはならない。「対岸の火事」として静かに見守るのである。日本の江戸時代、清に滅ぼされ台湾に逃れた明の遺臣・鄭成功が徳川幕府に救援を求めてきたとき、幕府は、鎖国を理由にこれに応じなかった。このため日本は、清国から攻められることはなかった。これからの日本は、この故事に見習うべきである。
 朝鮮半島で第2次朝鮮戦争が勃発する危険性が高い。この際、難民が日本海を渡って日本列島を目指してくる危険がある。これも極力押し返し、できれば、強制的に韓国側に上陸させるように海上警備を厳重にする必要がある。
 ASEAN地域で、中国が、覇権を築こうとしている。「東アジア共同体構想」である。ASEAN地域の経済を牛耳っているのが「華僑」であるから、中国主導でこの構想が進められることになるだろう。華僑は、シンガポール、マレーシア、タイ、カンボジア、ベトナム、インドネシア、フィリピンの一帯に権益を築いており、これらの華僑財閥が、北京政府に呼び戻されて、いまの中国経済を主導している。中国経済は、華僑経済と言ってもよい。
 中国・北京政府と人民解放軍の武力を後ろ楯にして、ASEAN地域に「東アジア共同体」を築こうとしているのであるから、このなかに、日本やアメリカが紛れ込んでも、お邪魔虫扱いされるのがオチである。華僑は、「同族」「同郷」の者以外は信用せず、共に手を取ってビジネスしようとは心の底では思っていない。
 日本は、明治維新以来、すでに「アングロサクソン」と「ユダヤ民族」との関係が深く、ロックフェラー財閥やロスチャイルド財閥とは、資本提携・業務提携により深く結びついている。華僑財閥から見れば、日本は、ロックフェラー財閥やロスチャイルド財閥の一角をなしているとしか見えない存在なのである。はっきり言えば、「華僑の敵」である。
 中国共産党一党独裁の北京政府が進めている「世界覇権戦略」と「華僑覇権戦略」がピッタリ一体となって、「東アジア共同体」という美名に隠れた戦略を着々と進めているのが、明らかになってきている以上、日本がノコノコと出かけて行って、格好の餌食にされてしまう必要はない。実は、このことは、小泉首相が、とっくに気づいていることとみてよいだろう。
 日本は、戦前の「大東亜共栄圏」の悪夢を教訓に、華僑主導の「東アジア共同体構想」に仕掛けられたワナに嵌まらないよう、でき得るかぎり、日米同盟を一層強固にして、「米英」ともども「海洋国家」として「シーバワー」のエネルギーのなかで、平和と繁栄を維持し、発展させていく道を驀進すべきである。繰り返して言うが「大陸」に手や足を伸ばしてはならない。命取りになる。


(私のコメント)
森岡政務次官の発言に中国が猛反発していますが、29日の紹介した「世に倦む日々」で描かれている事とほとんど同じ反論をしている。森岡政務次官の発言は個人的でも偶発的でもないと指摘している。安倍晋三を中心とするタカ派が仕掛けたものという見方だ。例によって国内でも森岡政務次官の罷免を要求する意見が野党などから出ているが、今のところ処分はされていない。

森岡政務次官のホームページにおける意見も紹介させていただきましたが、理路整然とした意見であり、それに対する中国側の反論は感情論だ。確かに日本軍は中国を侵略したが犯罪を犯したわけではない。B級C級のジュネーブ条約違反をした兵士はいるだろうが裁判で処分されている。

それに対してA級裁判は平和に対する罪で裁かれたわけですが、ドイツのニュルンベルク裁判に比較しても非常に重く、勝者による敗者への報復というべきものだ。ところが東京裁判へは中国共産党も韓国も参加していないが、参加していないこの二カ国が執拗に首相の靖国参拝にクレームをつけるのは、裁判に参加できなかった腹いせなのだろう。

もちろん日韓併合も日中戦争も今から思うと戦略的に間違ったことであり、満州建国も日本の国力を消耗させただけだった。食料や資源などは金を出して買えば良いのであり、朝鮮半島は痩せた土地であり農耕に適していないし、満州は資源は豊富だが開発には金がかかるばかりだった。満州鉄道の利権などアメリカ資本に売却した方が良かったといえる。

当時の日本の大陸進出熱も分からないわけではありませんが、国内の工業化に力を入れていたほうが良かったし、台湾や南洋諸島などの開発のほうが海底資源などのことを考えれば長期戦略として有効だっただろう。だから大東亜戦争の教訓としては大陸には手を出すなということですが、中国や韓国は盛んに日本の政界や経済界にさまざまな働きかけを行ってくる。

中国や韓国は靖国参拝や歴史教科書などクレームをつけては見返りを要求する。日本の政治家達も利権に目が眩んで彼らの言いなりになる。この調子だとまたずるずると大陸内部に手を出しては内乱に巻き込まれてひどい目にあって追い出されるのだろう。このように大東亜戦争の教訓は生かされていない。

たとえば朝鮮半島や中国などが内乱や戦争が起きた場合、援助を求めてきても絶対に応じてはならない。彼らを助けてやっても恩を仇で返すだけであり、第二次朝鮮戦争が起きようが中国が幾つにも分裂しようが、手を貸せば引くに引けなくなるのは間違いない。人道的な援助などには応じても、必要以上の経済援助は日本の政治家の利権の温床になるだけであり日本は関与すべきではない。



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