株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


大東亜戦争は人種解放戦争であった
「猿の惑星」のサルは日本兵である


2004年2月15日 日曜日

昨日のテレビ朝日の「たけしのこんなはずでは」で様々な映画のエピソードを取り上げていましたが、「猿の惑星の真実」として猿のモデルは日本兵であることを指摘していました。この事は原作者のペール・ブール氏の経歴を見れば分かるとおり、大東亜戦争中の体験を下に描いたものです。それは、いままで猿と人間の中間種と見ていたアジア人に支配されると言う、白人の衝撃を小説にしたものだ。この部分をテレビ画像を取り込んで再現してみましたので見てください。

株式日記と経済展望 大東亜戦争は人種解放戦争であった




大手マスコミ寡占7社が作り出すアメリカの世論
大手広告代理店を買収すれば戦争も大統領も操れる


2004年2月14日 土曜日

<広告宣伝会社の企画した戦争> Xファイル

ドイツのWDRによって、イラク戦争に関わった広告宣伝会社の重要な意味が判明した。

今回のイラク戦争では、アメリカの広告宣伝会社レンドン・グループは、契約先の750万ドルの報酬を国防総省から得た。
レンドングループが扱った商品は「バグダッドの政権交代」。

ブッシュの、勝利表明も、ジェット機で洋上の空母に降り立ったパフォーマンスもシナリオ通り。
バグダッドのフセイン像の顔にアメリカ兵が星条旗をかぶせたのも、フセイン像を引き倒したのも、周到に計算されたシナリオ通り。
すべてがブッシュの戦争を正当化するために作られた企画のひとつひとつだった。

(中略) メディアは熱狂的に強いアメリカを鼓舞し、報道は極端に軍事色を強めた。

カタールの指令本部にもプロの演出が施された。
カタールにハリウッドが来たのだ。
毎日、行われる記者会見のセットは人気女性デザイナーが25万ドルで手がけた。
装甲車を配置し、司令官にふさわしい背景を作った。

この大金を使ったプロパガンダは、さらに大金を使ったアメリカのニュースメディアに受け継がれた。
現場では、キャスターはガスマスクを被り、興奮状態で怒鳴りまくり、野外での空襲警報などの効果音を入れ、さらには関係の無い戦闘機や戦車、空母の映像なども交え、見ている者にわざと大きな興奮を与えるように演出された。

このときにはアメリカ国内では、戦争に反対する者は次々に槍玉に挙げられ、自由な言論には集団で口を塞いだ。
メディアは軍に偏った一方的な見解しか述べなくなり、その背景にあるものや、思想には一切、目をつぶり、口を塞いだ。
戦争に反対する者はテロリスト、または国民の安全を考えない危険思想の持ち主と言わんばかりに。
反戦主義者は迫害され、また中東の出身というだけで逮捕や当局の調査など人権侵害を公然と受けた。

NBCは兵器システムの大手GEの傘下にあり、FOXはルパート・マードックのメディア帝国の一部だがマードック自身が大統領と親密な間柄で常に綿密な連絡を取り合っていた。
15年前にメディアを運営する約50社あったものが、今では7社になっている。
しかも、ニュースにも娯楽性を求められるようになり、派手な戦争が視聴率を稼げる娯楽ショーとされた結果が、イラク戦争の報道の暴走を許してしまった。
多くの労働者は、現代の魔女狩り「反戦主義者狩り」にあい失業はしたくないので、反戦色を出さないように努めた。
マスコミ関係者はさらにだ。


ジャネット・ジャクソン事件とムーブオン 中澤英雄

ムーブオンの批判は、ブッシュ政権の嘘、利権疑惑、スキャンダル、イラク戦争の実態などをまともに報道しない既成のマスメディアにも向けられている。悲惨な戦争場面がテレビ、新聞、雑誌によって大々的に報道されて、ついには戦争中止に追い込まれたベトナム戦争の経験をもとに、ブッシュ政権は報道管制を敷き、爆撃で殺されたアフガン人やイラク人の死体の悲惨な姿や、戦闘で死傷したアメリカ人兵士の姿がテレビや写真に登場しないように最大限のコントロールをしている。マスメディアはブッシュ政権を批判するのではなく、その報道統制に協力している。このような状況の中で、政治意識に目覚めたアメリカ人は、マスメディアの報道に不審をいだき、インターネットに真実の情報を求めているのである。

 日本のマスメディアが報道しないアメリカの政治状況を鋭く暴き出しているニュースサイト「暗いニュースリンク」はこう分析している。

  《この「怒れる反ブッシュ大統領候補」の人気を抑えるために、米テレビ局各社は一斉に「絶叫スピーチ」ビデオをトーク番組やニュースで流しまくり、記者、コメンテイターやトークショーホストは「怒りっぽい田舎者」「民主党のアイスホッケーコーチ」「大統領にふさわしくない」としてディーン候補を徹底的に笑いものにしてみせた。スピーチ後の4日間に、主要テレビ局だけで633回もこの「絶叫」を取り上げたのである。

 そして、その繰り返し放映されたビデオは巧みに選択・編集された作品だった。ハワード・ディーンの叫びだけが増幅されたビデオを、各テレビ局は意図的に使用していたのである。実際のスピーチ現場では、サポーターの声援でディーンの叫びなど聞こえなくなるほどだったのだ。もしこの「本物バージョン」が放送されたなら、ディーン人気に視聴者は心動かされ、その後の民主党候補者選びに大きな影響を与えたかもしれないのである。(それこそ米マスメディアが最も恐れていることだ)

 ディーン夫妻のインタビュー番組を主催したABC放送のダイアン・ソウヤーは、インタビュー中にこのカラクリを発見し、「ディーン"叫び"の真相:テレビで放送されなかった現実」として新たに放送し、各テレビ局に事実関係を糾すとともに、(少々遅すぎたのだが)ハワード・ディーン氏の名誉回復に努めたのである。

 ここまでの例を見るまでもなく、米マスメディアはディーン候補を必死につぶそうとしている。2003年度においてディーン候補を取り上げたテレビ番組の内、好意的に扱ったものはわずか49%。つまりディーン氏はテレビに出る度に2回に1回づつ番組内で批判されているわけだ。こうしたメディア側の努力がアイオワ州でのディーン人気下落を決定づけたのはいうまでもない。

 ディーン候補はスピーチの度に、巨大メディアの放送網独占、横並び報道を痛烈に批判している。実際、5大メディア企業(ヴァイアコム、ディズニー、AOLタイムワーナー、ニューズコーポレーション、NBC/GE)は米国内プライムタイム放送の70%を独占し、ケーブル放送、ラジオ、出版、映画、音楽、インターネットにまで支配の手を伸ばしている。この「メディア独占問題」はメディア企業がアメリカ国民に最も気づいて欲しくない事実であり、ディーン候補の意見に耳を傾ける視聴者が増えるのは困るわけである。(ついでに、日本国内でもディーン候補に関する報道が消えたことに注目してほしい)》

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/cat239411/index.html
 イラク戦争に反対し、マスメディアの報道独占に異議を唱えるディーンは、ブッシュ支持のマスメディアにとっては明らかに好ましくない候補なのである。そして、ディーンを支持してきたムーブオンも、マスメディアにとって敵である。本稿の冒頭で、J・ジャクソン事件がムーブオン広告への拒否事件を覆い隠すためのヴァイアコムの「ヤラセ」ではないか、という疑念を述べたのは、現在のアメリカではこういう露骨な報道操作が横行しているからである。

 そうすると、アイオワ州党員集会の直前からケリーが民主党の有力候補者として急浮上してきたのは、ディーンを引きずり落とすためのマスメディアの操作の結果ではなかったのか、という次の疑惑が浮かんでくる。では、マスメディアが支持しはじめたジョン・ケリーとは何者なのか。ケリーは真にブッシュの対抗馬として、アメリカの政治と社会を変革できる人物なのだろうか。(続く)



(私のコメント)
アメリカの大統領選挙の民主党候補者選びがケリー氏に決まりそうですが、選挙前は圧倒的にディーン氏が優勢だった。それがどうしてケリー氏に逆転したのかというと、テレビの作為的な報道があったようだ。日本ではあまり良く分かりませんでしたが、ワイシャツ姿で絶叫するディーン候補の姿が何度も報道されて、それが致命傷になったようだ。

しかしそれはテレビ局で悪質に作為的に作られたイメージを、633回も繰り返し流すことにより、有権者に植え付けられてしまったようだ。これは明らかに報道の枠を超えた倫理違反であり、テレビ局は罰せられるべきですが、そのような批判はあまりないようだ。日本でもTBSが石原慎太郎の講演内容を全く逆に報道しても、現場サイドのミスで片付けられてしまった。

アメリカでも日本でも報道の寡占化が進み、アメリカでも日本でも五大テレビネットが民放を支配している体制になっています。民間放送だからコマーシャル収入が大きな収入源であり、そのコマーシャルの代理店が、これも大手の寡占状態になっている。だから大本の広告代理店を金と権力で支配してしまえば、国民世論など自由に操作できる仕組みが日本もアメリカも出来ている。

アメリカのイラク攻撃の世論工作は大手の広告代理店がアメリカ国防省から請け負ったものだ。もちろんこのような広告代理店にはCIAから天下りした役員などがいて、国防省などとは通通の仲なのだろう。日本においてもテレビで選挙などの政党の広告が派手に流されることがありますが、民放で小泉批判が出来なくなったのも政党コマーシャルが影響しているのだろう。

このように民間の放送局の報道はスポンサーと広告代理店の影響から中立性を保つことは、現実的に不可能な構造であり、報道機関の公共性の問題は日米ともに共通している。しかしこのようなことを続けていれば、報道機関は信用を失い誰もニュースを信用しなくなるだろう。以前ならテレビや新聞やラジオを押さえておけば出来たことも、インターネットの登場が風穴となって作為的な放送がなされればたちまち暴露される時代が来た。

ブッシュの広告代理店を使ったイラク攻撃の世論工作も、ネットの影響で批判の的に立たされている。スポンサーや広告代理店が余り露骨な政治介入工作をすれば国民の反発を浴びる時代がやがて来るだろう。しかしながらまだネットはテレビに比べれば小さなメディアだ。当分はテレビが国民世論を誘導する時代が続くのだろう。




今回の牛丼騒動は、「狂牛病ヒステリー」である
官僚とマスコミが作り出す日本人のマスヒステリー


2004年2月13日 金曜日

今回の一連の騒動を、「狂牛病ヒステリー」といっては怒られますか?

 ヨーロッパ、特にイギリスではやっていたを牛海綿状脳症(BSE)、いわゆる狂牛病が日本でも見つかりました。そして、牛肉不買の騒動です。
 私は、今回の騒動を「飽食の時代のヒステリー」と命名したいと思います。
 「狂牛病かかった牛の肉を食べると、死ぬのではないか」とか「なんだか気味が悪い」といった、風評被害の最たるものが日本全国中に現れ始めました。

 ヒステリーにも原因はあります。今回の狂牛病の問題が「何が何だかわからないこと」「恐怖に恐れている」ことがその主たる原因なのだと思っています。
 つまり、狂牛病が私たちの日常生活の中で、何が安心で何がわからないことなのか、この世の中で、いや、世界中を見渡してもその答えがないことがその理由です。
 
 ですから、例え狂牛病にかかった牛の肉を食べても(ほとんど全てと言って良いくらい狂牛病にはかかっていません)牛乳を飲んでも、決して人には移らないと「言われて」いますが、脳、脊髄、目玉、小腸の最後の部分を食べると、そうともいえないといった「科学的な」「臨床的な」曖昧さが消費者の冷静な判断を失わせているのだと思います。
 
 心配するなという方が無理ではないかと反論されれば、そうかもしれません。
 確かに狂牛病は、ヒトの海綿状脳症のうち、変異型のクロイツフェルト・ヤコブ病と関連があると指摘されています。
 そして、この変異型のクロイツフェルト・ヤコブ病については、95年以降、英国では100余名の死亡が確認されています。
 しかし、脳、脊髄、目玉などを入れない間違いのない料理法でありさえすれば、余計な心配はする必要もなく、ヤコブ病が発症した英国は、牛の脳や目玉を食べる食習慣があったからと考えた方がよさそうです。
 
 これは、「ふぐは食いたし、命は惜しい」とかつては言われた「ふぐ料理」といっしょではないかと思います。今ではふぐ中毒など全く聞かれなくなりました。
 「ふぐの毒」は、テトロドトキシンといって、1匹のふぐの内臓で30人以上が死ぬほどの猛毒で、一般には内臓や卵巣にあるといわれています。
 ふぐの種類によっては毒の所在や強さがが違うようですが、それをうまいうまいと、食べている日本人って何なのだろうと思ってしまいます。
 そのうち、思い出したようにキノコも危険だから、一切食べないようにしようなんて「マスコミあたり」が言い出すんじゃないのかとさえ思います。(後略)


おかしなBSE牛肉現象 バカポンの気ままにデンジャラス 2004・02.06

よく考えると、今回、牛丼を停止するのは、「格安」を売りに、すべてを輸入に頼っているチェーン店。国内から牛丼が無くなったわけではなく、チェーン店から消えたにすぎない。なので、普通の定食屋さんで味を売りに和牛で展開しているお店などは、特に輸入禁止による影響も受けず、今でも普通に牛丼を提供している。そういうお店は逆にBSEの影響を受けないにも関わらず、売上げは焼肉屋同様に伸びていない事だろう。

逆にBSEの危険性が最も高い輸入牛肉だけに人気が集まるのはなんでだろうと考えた。かなり色々と経済についてなど考えてはみたものの、価格といっても、コンビニ弁当よりもは若干高い程度で、300円程度の危険牛肉の備蓄を食べるよりも、700〜900円の牛丼がはるかに安全であるだろう。BSEに掛かったら、それこそ数万倍の医療費が掛かるだけでなく、人生そのものを台無しにしてしまう可能性もあるのだから。

色々調べ、考えて行きついた先は「集団ヒステリー(マス・ヒステリー)」による異常な行動だった。

例えば有名な北極圏のツンドラ地方に生息しているレミングというネズミ。このネズミはある一定の個体数を超えると、ある日、一部が群れを離れ、大群となって別の生殖地を求めて旅をする。しかし、その行動があまりに猪突猛進というか、海や崖に飛び込んでしまったり、大概は非業の死を遂げる。また、クジラやイルカにも時折、地磁気の影響ではないかと見られる集団自殺が起こることがある。ただ、これも正常な判断をしている群れには一切関係が無いため、集団ヒステリーに近い状況ではないかと考えられている。

つまり、今回の一件は、こういったマス・ヒステリーによる深層心理的な集団自殺に近いものではないかと考えてみた。
宗教のたぐいでも、マス・ヒステリーを引き起こして集団自殺する例など、良く知られている。それを見た人たちは「カルト」という言葉の元に片付けてしまう事だろう。

マス・ヒステリーを引き起こすためには、心理的に働きかける媒介が必要になる。今回は、それがマスコミの誘導という形で発せられた。BSE問題による輸入禁止を受けて、「牛丼屋から牛丼が消える」(実際は一部の大手輸入牛を扱ったチェーン店のみ)と、外食産業に対する危機としてニュースを取り扱う。しかし、論点は段々と逸れていき、「いつ牛丼がなくなるのか」というXデーに論点が摩り替る。この時点で、BSE問題を真剣に捉えていない多くの人達が「BSE」という問題から「牛丼が食べられない」という問題に挿し替わる

しかも、その多くの人達は真剣に捉えていないだけに替わったことにすら気付かない。ただ、それだけだとマス・ヒステリーには至らない。重要な点は、その後に全体のタイミングを合わせ、相乗効果を上げさせることでヒステリー効果を生み出す必要がある。なので、タイミングを合わせて切迫させるために、カウントダウンを始めるということが必要だ。それによって個々のヒステリーがマス・ヒステリーへと集約され、より強化されていく。これで初めて状況判断が出来なくなった人達をマス・ヒステリーの舞台へと上がらせて躍らせることができるのである。

何故、今回、マスコミ各社、というより報道する新聞や放送局がマス・ヒステリーが起こる事が分かっていながら、危険な行為に加担したかといえば、大手チェーン店が拠出している広告料によるものだろう。例えば、吉野家などはSMAPの中居を起用したCMなどがある。それ以外にもローカルな広告など多種多様にチェーン店にはあるのだ。今の苦しい時期に恩を売ることで、そのまま、その売上げが広告費に転化されることを良く知っている。
マスコミの多くは広告費収入が命だ。それを見ている人達の人命などはあまり関心がない。それこそうまい具合にBSEにでもかかってくれれば、それもネタになる。

今回、マスコミに乗せられて「カルト」な行為に走ってしまった人達には申し訳ないけれども、和牛を使っているお店も、いまならガラガラだからサービスもいいし、あえてBSEの危険性がある輸入備蓄肉などを食べなくてもいい状況にあるので、そちらで食べる事をオススメします。数百円の牛丼のために、脳がスポンジになって、心身が麻痺してしまうようなことは、まずありませんので…。


(私のコメント)
テレビのニュースなどでアメリカ産の牛肉が入らない影響で、大手の牛丼チェーンのメニューから牛丼が消えることを報じていますが、食べ納めと言うことで行列が出来たことがニュースになっている。BSEはウイルスや病原菌などによる伝染病ではなく、プリオンという病原体を含むたんぱく質をとると発病すると言う病気で、SARSや鳥インフルエンザや鯉ヘルペスとは違います。

しかもプリオンを含む脳や脊髄や目玉などを避ければ危険はない事がわかっている。イギリスなどで死亡者が出たのも脳や目玉を食べる習慣があったからだと分かっている。問題なのはプリオンを含む肉骨粉を飼料として輸入する禁止措置を役所がとることが遅れたことだ。この事で担当官庁は過剰反応をして、アメリカの牛肉を全面輸入禁止にしたが、過剰反応と思えます。

鳥インフルエンザではウイルスの侵入を食い止めるには全面輸入禁止にする必要がありますが、BSEではティーボーンステーキなどの危険部位の肉を禁止にすればいいだけだ。12月28日の日記でも少し騒ぎすぎではないかと書きましたが、最近の日本人は大した事でないことでもパニック状態になりやすくなっている。それはテレビが大きな原因であると思う。

例えば牛丼などにしても、国産肉を使っている定食屋の牛丼はいくらでも食べられるのに、なんで吉野家の牛丼には行列が出来るのか。人々の多くも牛肉を食べたら狂牛病になるとは思っていないから牛丼を食べているのであり、テレビで騒いでいるのはやらせに近いものだろう。

大手の牛丼チェーンはテレビ局にとってもCMの大口得意先であり、早期に輸入解除してくれとのキャンペーンの一種だ。しかし農水省が輸入禁止にしたのも、日本の畜産農家のためであるのだろう。アメリカにもBSEの検査をもっと徹底してもらいたいし、和牛のアメリカへの輸出が禁止されているのもおかしなことで、要するに政治的駆け引きが絡んでいる。

現代の国民の多くはテレビに影響されやすくなっており、マスヒステリーが起き易くなって来ています。例えば日本には民放テレビ局が五つもありますが、それらが一斉にキャンペーンを始めたらどうなるだろう。テレビ局や広告代理店はどうしたら大衆を説得できるか、日夜研究を重ねて巧みになってきている。

自衛隊のイラク派遣でも賛成派が反対派を上回ってきたように、憲法違反でも大衆を納得させるだけの洗脳技術を身につけていると見てよいだろう。御用学者や専門家がどのチャンネルを見ても同じ事を言い始めれば大衆はそれを信じてしまう。反対意見の人はほとんどテレビには出られなくなり、大衆は疑問を持ちようが無くなってしまうのだ。

<奥田経団連会長>牛丼フィーバーにチクリ 「単純な国民だ」

BSEの影響で、吉野家のほとんどの店で11日に牛丼販売が休止され、直前に客が「食べおさめ」の行列をつくったことについて、日本経団連の奥田碩会長は12日、記者会見で「(牛丼がなくても)死ぬわけでない。日本人は右から左へ早くふれやすい、単純な国民だと感じた」と、牛丼フィーバーをチクリと皮肉った。(毎日新聞)
[2月12日21時42分更新]




首相が建国記念式典を欠席 自民初、あいさつ代読
ブッシュ再選絶望的でポチ小泉終日公邸に引きこもり


2004年2月12日 木曜日

首相が建国記念式典を欠席 自民初、あいさつ代読

小泉純一郎首相は建国記念の日の11日に東京都内で開かれる「建国記念の日を祝う国民式典」に欠席、代わりに福田康夫官房長官が出席して首相祝辞を代読する。
 式典は経済人や有識者らでつくる「国民の祝日を祝う会」が主催し、1980年代後半からほぼ毎年開催。細川護熙、村山富市両元首相らを除いて歴代首相が出席しており、自民党の首相の欠席は初めて。自衛隊のイラク派遣や首相の靖国神社参拝で中韓両国などの反発を招くなか、「『超タカ派』と思われたくない」(首相周辺)との思惑もあるようだ。(共同通信)
[2月11日0時51分更新]

<小泉首相>一部週刊誌の「学歴疑惑」を否定

小泉純一郎首相は9日夜、衆院予算委員会の笹川尭委員長らと会食した席で、自らのロンドン大留学をめぐり一部週刊誌などに報じられた「学歴疑惑」について「ロンドン大に留学記録が残っていて、学長から名誉フェロー(校友)を贈りたいと言われた」と否定した。出席者によると、首相は「学位を取った、取らないではなく、経験が大事だ。ロンドン留学中に日本人の裁判の通訳を買って出たことがある。留学は見聞を広めるのにいいことだ」と留学経験を強調した。(毎日新聞)
[2月9日22時37分更新]


<軍歴疑惑>米政府がブッシュ大統領の州兵時代の記録開示

【ワシントン河野俊史】ベトナム戦争の際、ブッシュ米大統領が海外派兵のない州兵(ナショナルガード)に優先的に採用され、知人の選挙運動のために部隊勤務もさぼっていたという疑惑が深刻化し、ホワイトハウスは10日、大統領の州兵時代の給与支払い記録などを開示して釈明に追われる異例の事態になった。

 ベトナム戦争の「英雄」のケリー上院議員が民主党の大統領候補に指名される見通しが強まり、軍歴の対照的なブッシュ氏への風当たりが強まっているためで、30年以上前の戦争の影が大統領選の行方を左右しかねない雲行きだ。

 ケリー氏は1966年に、ブッシュ氏は68年にそれぞれエール大を卒業した。海軍に志願してベトナム戦争に従軍し、青銅星章や名誉負傷章など数々の勲章を得たケリー氏に対し、ブッシュ氏は当時、ベトナム派遣の可能性のないテキサス州空軍(州兵)に入隊しパイロットの訓練を受けた。

 しかし、ブッシュ氏の州兵勤務については、(1)父親の影響力で大学卒業とともに優先的に入隊した(2)72年にアラバマ州モンゴメリーの基地での勤務を申し出て、部隊勤務を無断欠勤して父親の知人の選挙スタッフを務めた(3)6年間の任期を全うせず半年以上早く除隊して、ハーバード大ビジネス大学院に進んだ――などの疑惑が表面化した。

 ホワイトハウスはこの日、当時の給与支払い記録などを入手して開示し、「記録をみれば、大統領が任務を全うしたことは明らかだ」と反論した。ところが、記録には72年4月下旬〜10月中旬を中心に空白期間がある上、ブッシュ氏が同期間、アラバマの基地で勤務していたことを証言する同僚も現れていない。(毎日新聞)
[2月11日20時49分更新]

<米大統領>支持率48%に、過去最低更新 米誌世論調査

9日発売の米誌ニューズウィーク最新号の世論調査結果によると、ブッシュ米大統領の支持率が前回調査に比べ1ポイント低い48%となり、2週連続で過去最低を更新した。

 大統領選で民主党候補としてケリー上院議員がブッシュ氏と争った場合、ケリー氏の勝利を予想する回答が50%で、ブッシュ氏を5ポイントリード、前回調査より差が広がった。

 同誌の調査では、全米各地で民主党の候補指名を争う予備選・党員集会が本格化して以来、ケリー氏の人気が高まる一方で、ブッシュ大統領支持率の低下傾向が続いている。

 調査は5〜6日に18歳以上の1004人を対象に行われた。(ニューヨーク共同)(毎日新聞)
[2月8日8時37分更新]

亀井静香元政調会長の勇気ある“誇り”発言  森田実 時代を斬る

「小泉首相の過ぎたる米国のご機嫌取り」――これは大多数の国民が強く危惧していることである。これを亀井氏はズバリ指摘した。勇気ある発言である。
 私は毎日のように全国各地を回っているが、ブッシュ政権に従順すぎるほど従順な小泉首相への不満と不信を口にする人々が増えている。亀井氏と同じ意識が国民の間に広がっている。

 しかし、中央政界の指導層の中には、この小泉首相の対米従属姿勢を批判する者はほとんどいない。皆、ブッシュ政権を恐れている。小泉首相を批判すればブッシュ政権ににらまれるとおびえているのだ。ほとんどの政治家が臆病になっている。報復されるのを恐れている。政界の一部に「ブッシュ政権と小泉政権の批判者は狙われている」とのアングラ情報が飛び交っている。

 亀井発言は、こうした政界の臆病すぎる空気に対する警告でもある。
 今のわが国の政界は「日本に主権はあるのか」という最も大切な問題から目をそらしつづけている。それは「独立国か従属国か」という問題である。小泉政権がブッシュ政権に「ノー」と言えず、ただただ追随しつづけていることから生ずる弊害に、政界だけでなく官界、財界、マスコミ、学界などの日本の指導層が鈍感になっている。おびえている。


(私のコメント)
日米の大統領と首相が相次いで過去の経歴の詐称疑惑にゆれている。ブッシュは軍歴で小泉は学歴ですが、ブッシュは脱走兵であり小泉は一単位も取っていないという情けない経歴が問題になっている。このような問題が今頃になって沸いてきたのはなぜだろうか。いままでマスコミが政府の権力に抑えてきた力に異変が生じたためだ。

今まではアメリカのブッシュ大統領の再選が間違いないということで、当分ブッシュ政権が続くと言う事で政権の言いなりになっていたマスコミが、政権べったりでないと言うアリバイ作りに乗り出したのだ。一番の原因は民主党の大統領候補がケリー氏に早くも決まり、アメリカ国民の世論もケリー氏支持が、現職のブッシュ氏支持を5ポイントも上回ってきたからだ。

これまでもブッシュ政権の浮かんでは消えてきた様々な疑惑がこれから蒸し返されるだろう。そもそもブッシュ政権誕生の時から、不正選挙ではないかという疑惑があり本当の大統領は民主党のゴアのはずだった。そのためにブッシュは力ずくで露骨なマスコミ監視体制を作り、悪名高い「USA愛国法」を作った。これは日本の戦前の治安維持法のようなもので、911の直後に議会を通過させてしまった悪法だ。

そのためにブッシュ政権はかなり強引な政策も出来るようになり、イラク攻撃が可能になったのも悪法が原因だ。その影響は日本にも及んできて、アメリカのタカ派路線は森首相から小泉首相に交代させられたように反映している。そのおかげで日本の外交政策もハト派からタカ派へえと180度変わり、自衛隊をイラクへ派遣し改憲や集団的自衛権までもが現実的になった。

自民党内の反小泉派はおとなしくなり、野中、古賀、加藤氏といった左派親中国派は引退したり失脚したりして、小泉首相には逆らえない雰囲気となった。それらはブッシュ政権が後ろ盾となって睨みを利かせているからだ。ところがそのブッシュ大統領の再選が覚束なくなってきたことで、日本でも政局に影響が出てくるだろう。

小泉首相は自民党内では政権基盤が弱く、それだけアメリカのブッシュ政権に頼らなければならず、最近ではこれほどアメリカの言いなりになってきた政権も珍しい。小泉首相自身、アメリカに尻尾がちぎれるほど振ってきたと言っている。ブッシュも小泉も二代目政治家であり、過去の経歴にやましいところもあることも似ている。だから気も合うのだろう。

もし民主党のケリー氏が大統領になったら何がどう変わるのだおるか。各省庁の幹部のスタッフが全部入れ替わり、当然今までの大統領の政策もほとんどが変わる。しかし国益に関しては民主党も共和党も変わらないから、経済政策はたいして変わらないだろう。外交政策はタカ派から中道路線になり、イラク政策も国連に任せるようになるだろう。

もちろんブッシュ陣営もさまざまな反撃をしてくるだろう。ケリー上院議員の弱点を暴きだし、ゴア前副大統領を葬った汚い手段も使うだろう。場合によっては第二の9、11を仕掛けてくるかもしれない。前回の大統領選挙であれほど汚い手段が使われたのだから何が起こっても不思議ではない。しかしケリー氏が大統領にならなかったらアメリカは再起不能なほど腐敗が進むだろう。




円、ドル、元、の通貨三国志
日本、「圧力」より「協調」を


2004年2月11日 水曜日

「短期間内での人民元切り上げはない」 「人民網日本語版」2004年2月10日

 中国人民銀行(中央銀行)は9日、「人民元が5%程度切り上げられる可能性がある」とする一部メディアの報道を否定した。

  一部メディアは先週末、「人民元が5%程度切り上げられる可能性がある。中国人民銀行が人民元レートの調整を決定すれば、来月にも実行段階に入るだろう」と報じていた。中国人民銀行の責任者は9日、これに対し「中国人民銀行は、人民元が切り上がるとの見方を一切表明しておらず、報道は正確ではなく、根拠もない。人民元を切り上げるかどうかは、中国経済の具体的な状況に基づいて決定する必要がある。今のところレート調整について公表できる情報はない」と述べた。

  一方、国家外匯管理局のスポークスマンも、今後短期間内におけるレート調整計画の存在を否定し、「こうした問題は根拠なしに憶測すべきではない。外匯管理局は、レート決定メカニズムの改革について、以前からずっと検討を進めている」と表明した。(編集MR)


人民元問題、米中妥協が浮上 沈 才彬 2003年11月19日《日本工業新聞》

中国の人民元問題は米大統領選挙の争点の1つともなっており、ブッシュ政権は米産業界と労働組合の圧力を背景に、中国に元の切り上げを求めている。人民元問題をめぐる米中交渉の行方は、元切り上げかどうかを左右し、日本企業の対中ビジネスにも大きな影響を及ぼしかねない。

経済攻防の前哨戦

  元の切り上げ問題をめぐり、中国と日米欧先進国の間に激しい論争が展開され、世界に注目されている。この問題を見る時、二つの視点が必要と思われる。

  一つ目は、通貨攻防戦は経済攻防戦の前哨戦であるという視点である。

  近年、中国経済は台頭し、急速に日米欧先進諸国にキャッチアップしている。世界第六位とランクされている中国の経済規模は、2006年までにフランスとイギリスを追い越し世界第四位となるのは確実な情勢となっている。さらに2010年までにドイツを、2020年までに日本を、2050年前後に米国を凌ぐ世界最大の経済パワ−になる可能性が高い。

  中国の凄まじい攻勢に対し、日米欧は守りの姿勢で応戦せざるを得ない。人民元切り上げ問題での日米欧の攻勢は、経済防衛戦の側面を否定できない。ある意味で、通貨攻防戦は経済攻防戦の前哨戦とも言える。

  二つ目は、中国経済は新たな転換期に入りつつあるという視点である。世界貿易機関(WTO)加盟後、中国経済が世界経済に溶け込む中、日米欧先進国との金融面のギャップ、知的財産権保護面のギャップ、法律面のギャップが際立ち、さまざまな国際摩擦が起きている。人民元切り上げ問題をめぐるチャイナ・バッシング(中国叩き)は、正に金融面のギャップに起因するものであり、中国が直面する新たな挑戦と試練にほかならない。

  言うまでもなく、人民元をめぐる国際紛争の解消は、中国の為替制度と金融システムの改革、資本市場の整備を通じて、金融面のギャップを解消するしか方法がない。中国は元切り上げ問題での「外圧」を生かし、国内改革を加速し、この転換期を乗り切らなければならない。 

対中制裁はあるか

  元の過小評価および元対ドルの実質固定相場を背景に、日米など外国政府は人民元批判を強めている。狭まりつつある人民元包囲網のうち、中国側が最も懸念しているのは米国政府の出方である。米国内では来年秋の大統領選挙をにらんで、人民元の為替問題を政治的に利用するチャイナ・バッシング(中国叩き)の動きが広がっているからである。

  冷戦終結から今までの経験によれば、米国大統領選挙の年、または大統領選挙戦開始の年に、中国は例外なく選挙の争点として批判の的になる。しかし、選挙が終わると、新しく誕生した政権は例外なく中国との関係修復に動き出す。これは米国の政治ゲ−ムである。今回の大統領選挙では、人民元問題が争点となり、中国をスケ−プゴ−トにする政治ゲ−ムが再現する可能性が高い。

  それでは大統領選挙を控えたブッシュ政権は、雇用問題における米産業界や労働組合の反発を和らげるために、元切り上げ圧力を行動として示さなければならない場合、どんなシナリオが予想されるか。

  米国側は一千三十億ドルにのぼる対中貿易赤字を有力カ−ドとして、次の二つの対中制裁措置が考えられる。一つは中国の繊維製品や家電製品などを対象とする小範囲アンチ・ダンピング措置の発動である。その可能性は高いが、影響が限定的なものにとどまる。二つ目は広範囲の対中制裁措置の発動である。例えば、中国輸入品に対し一律に高関税率を課すなど。可能性としては極めて低いが、万が一起きた場合、その影響が大きい。

  小範囲アンチ・ダンピング措置の場合、中国は反発をするが、報復措置の発動を多分見送ると思われる。しかし、広範囲の対中制裁措置の場合、中国側は当然報復に出る。どんな報復措置を取るか。1996年に起きた米中通商摩擦の事例を見よう。同年5月、当時のクリントン政権は海賊版CDによる知的所有権侵害を理由に、総額三十億ドルにのぼる対中制裁対象リスト(100%関税の賦課)を発表した。これを受け、中国政府は即日、米国の制裁を上回る報復措置をとり、米製品に100%の特別関税を課し、米企業の対中投資も規制する逆制裁リストを発表した。米中貿易戦争は一触即発という緊迫した状態となっていた。

  ところが、制裁発動予定のぎりぎりの段階で、米中双方が互いに妥協し、合意の成立によって制裁発動を回避した。相互妥協には様々な理由があるが、中国側が切り出した市場カ−ドは効果があったと見られる。制裁が発動すれば、ボ−イングのような米多国籍企業は中国市場から締め出される恐れがあるため、必死になって制裁の発動に反対した経緯があった。

  今回、米国が人民元問題で対中制裁を発動すれば、中国側は再び市場カ−ドを切ることも予想される。米中貿易は日米貿易と違い、ブーメラン形態が主な特徴となっている。つまり、米国企業は中国に進出し、中国で生産した製品を米国に輸出するという構図である。ブーメラン貿易の主な担い手は、モトローラ、コダック、GM、ボーイングのような多国籍企業である。これらの多国籍企業は中国市場から莫大な利益を得ており、一千億ドルを超える対中貿易赤字の多くも、多国籍企業の対米輸出によるものとみられる。

  現在、米国内の中小企業は人民元切り上げを強く求めているが、多国籍企業は沈黙を保っている。元を切り上げれば、多国籍企業にとってコスト上昇が避けられず、不利益になるからである。米中制裁合戦の場合、米多国籍企業は再び立ち上がって制裁に反対する可能性が高い。

米製品増やし、元変動幅拡大か

  中国にとって最も有力なカ−ドは、やはり手中の米国債である。中国の報復措置として、最後の手段も米国債の売却である。

  2003年6月現在、中国が保有している米国債は一千二百二十五億ドルで、日本の四千四百十億ドル、英国の一千二百二十八億ドルに次ぐ規模。香港の持ち分を計上すれば、合計約二千億ドルにのぼる。仮に中国が米国債の売却という行動に出た場合、米長期金利の急騰と財政収支の悪化をもたらし、米経済を混乱に陥れることもできる。


  実際、中国は手中の米国債をカ−ドに使って米当局と交渉した前例がある。香港返還を控えた1997年5月、「金融サメ」と言われる米ヘッジファンドの雄・ジョ−ジ・ソロスは何度も香港ドル売り投機の動きを見せた。それをキャッチした香港の親中派有力財界人は朱鎔基副首相(当時)に「ソロス傘下のファンドが香港ドル売りを仕掛けている」との情報を伝えた。事態を深刻に受け止めた朱鎔基氏は、さっそく「香港ドルの防衛には米国債を売らざるを得ない」とのメッセ−ジを当時のル−ビン米財務長官に送った。

  朱鎔基のメッセ−ジは米国の急所を突いた格好となった。当時、中国と香港は合計二千億ドルの外貨準備を持ち、そのうちのかなりの部分を米国債で運用していた。売りに転じると米金利は上昇し、株式市場も混乱する恐れがある。財政赤字の穴埋めを外国に依存している泣き所を突き、朱鎔基は米政府に対し、香港ドル売りを断念するようソロスに働きかけてくれと迫った、という筋書きだった。

  米政府は実際に朱鎔基のメッセ−ジにどう対応したかがわからないが、その後、ソロスは香港ドル売り投機の動きを見せなかったのは確かである。今回の人民元切り上げ問題で、米国が対中制裁を発動した場合、中国側は米国債カ−ドを再び切ることが考えられないわけではない。(後略)


(私のコメント)
日本はアメリカと中国との間に挟まれた関係において、どのような戦略を練るかがこれからの課題になります。今までは日米関係だけを考えていれば日本の外交は問題がなかった。そこへ中国が登場してきたことにより日米中の三国関係で考えなければならなくなった。経済関係では日米貿易よりも日中貿易の方が大きくなっており、日米関係と日中関係を巧みに操る外交が求められます。

経済問題に関する限りアメリカに対して日中は共同戦線を組める可能性があります。85年のプラザ合意以降日本は為替で追いこめられて日本の輸出産業はダメージを負いましたが、生産拠点をアジアや中国に移転することで為替ダメージをかわす事に成功した。しかし生産の空洞化で日本はしわ寄せを受けて一部輸出産業以外は企業業績は低迷を続けている。

中国は改革開放で外国から資本と技術を受け入れて大発展を続けている。資本も技術もみんな外国企業が揃えてくれるのだから、発展途上国にとってこんな有り難いことはない。ついでに人材も育成してくれれば、発展途上国の政治家は何をしなくともいいのだから、日本などの技術や資本の輸出国は世界のどこからも引っ張りだこになっている。

中でも中国は地理的にも近く文化や人種なども共通しているから、日本企業は猫も杓子も中国へなびいている。中国の改革開放政策で一番メリットを受けているのが日本だ。しかし問題も多く金融や法律などの未整備部分でトラブルが多発している。このような部分は欧米と連帯して中国に圧力をかけ改善していけば良い。

80年代90年代の日米経済摩擦は日本が一方的に譲歩を強いられてきましたが、米中の経済摩擦はそれとは違って中国は正々堂々とアメリカとわたり合っている。アメリカが制裁を掛ければ中国も逆制裁を掛けて香港の通貨投機などを撃退することに成功した。日本の政治家も見習ってほしいものだが、なさけない。

通貨問題でもアメリカは中国に対しプラザ合意のような屈辱的な措置を呑ませるだろうか。中国はアメリカ国債をカードに脅しには屈しないだろう。日本のプラザ合意の失敗を見ているからだ。橋本龍太郎首相も一時アメリカ国債売却カードをちらつかせたことがあったが、逆に「売却しない」という誓約書を書かされ薮蛇になってしまった。日本の政治家が脅しに弱いことを米中の政治家は良く知っている。

80年代の頃とは金融為替情勢は大きく変わってきた結果、アメリカは今までのようなドル帝国主義を続けることは危険な情勢になってきた。通貨においてはユーロの登場であり、中国の元も地域通貨としての野心を見せてきている。アメリカがあまり阿漕なことをすれば、世界各国はドルを手放してユーロや円などに代えてしまうだろう。現にそうなりつつある。

アメリカがこのまま80年代頃のようにドル安容認姿勢をみせれば、最後までドルを支え続けた日本も見放してアメリカ経済は破綻するだろう。EUや中国だって日本を味方に引き入れてドルに対する共同戦線を組む体制もG7で見えてきている。80年代はアメリカは一方的にジャパンバッシング出来たが、今は日本を見方に引き止めないとアメリカは世界から孤立しつつある。

為替介入「最低限に」 スノー米財務長官

【ワシントン9日共同】スノー米財務長官は9日、外国為替市場への通貨当局の介入について「最低限にとどめるべきだ。だが、決してやるべきではない、とは言えない」と述べた。週末の先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)出席の後、フロリダ州マイアミで同行記者団に語った。
 長官は「強いドルは米国の国益にかなっている」と、強いドル政策を維持するブッシュ政権の方針を示す一方、「通貨価値を決めるのは競争原理が働く市場だ」との見解もあらためて表明した。(共同通信)
[2月10日8時35分更新]



ゴールドマン・サックス等の外資系の先物売りの意味
数ヶ月以内にUFJが竹中大臣に潰される?


2004年2月10日 火曜日

(2)竹中大臣の思惑 2004・02・05

(前略)今回は銀行も竹中大臣の怖さを知っていますので、表立たない指導でも十分効果を発揮できたと思いますし、株式市場の上昇は銀行の不良債権処理を促進させることが出来ますので、ここにきて『わざわざ株式市場を下落させる』方針を大々的に採る竹中大臣の考え方を、市場は理解出来ないのではないかと思います。

つまり、竹中大臣の狙いが分からないことで、外国人投資家も日本人投資家も、竹中大臣の出方を見るまで(竹中大臣の真意が分かるまで)は動けないと考えるのは当然と言えます。つまり、金融庁の特別検査で何が出てくるか分かるまでは動けないということになります。
2月中には色々なことがリークされると思いますので、少なくとも今月は『待ち』の投資戦術を採るのは当然ということになります。(中略)

米国の財務の中枢官僚は、ゴールドマンサックス証券出身者が占めていると言われています。このため、市場関係者はゴールドマンサックス証券の動きに注目しているとのことでした。そのゴールドマンサックス証券中心に、このところ先物でまとまった売りが出ているために、市場では『日本の株式市場には為替以外に何か悪材料が潜在しているのではないか』という見方が一部に出ています。
その噂の源は『米国が日本の銀行は数が多い』と言っていることで、これから『メガバンクが1つ潰されるのではないか』ということのようです。
(後略)

外資系の先物売りの意味 2004・02・09

過去、日本の株式市場がこれから大きく動くという時、多くの場合で『外資系証券が材料の出る前に動いている』ということがありました。
今回も今月に入って外資系証券、特に米国の中枢部に強いゴールドマン・サックス証券から『日経平均先物』に大量の売りが出ています。

先週の日経先物の主な手口(2月2日〜2月6日)
売り 買い
ゴールドマン・サックス証券 6166枚 ドイツ証券 4329枚
バークレイズ証券 5156枚 みずほ証券 4196枚
リーマンブラザーズ証券 2802枚 インドスエズ証券 2048枚
メリルリンチ証券 2763枚 野村證券 1898枚
BNPパリバ証券 1192枚 大和SMBC 1676枚


今日もG7を受けて円高一服という見方が出たことで、輸出ハイテク株に『買い戻し』と『新規の打診買い』が入って、日経平均が9時22分に10595円の135円高まで上昇した段階で『外資系証券から大量の先物売り』が出たことで上昇が止まり、更に決算対策売りや持ち合い解消売りが出たことで反転、前引けは10470円の約10円高と『行って来い』相場となりました。

なぜ外資系証券が日本の株式市場全体を売る(先物売り)のかはまだ分かっていませんが、心理的には『これから何かが起こって、日本の株式市場が下落する』と外資系証券が考えているのではないかという疑心暗鬼を市場の専門家に与えていると思います。

考えられる悪材料

一番考えられる悪材料は『為替市場で急激な円高が進む』ことですが、この懸念はG7が終わったことでほぼ解消されたように見えます。しかし今日も外資系証券から大量に先物売りが出るということは『為替問題が終わっていない』か『別の悪材料がある』かのどちらか、あるいは外資系証券が間違っているかということになります。

1990年1月からソロモン・ブラザーズ証券が日本の債券を大量に売ったことが株式市場のバブル崩壊のきっかけとなりましたが、この裏には日銀の窓口規制と当時の大蔵省の総量規制で金利が上昇するということがありました。そして外資系証券の読み通りに、債券市場の急落と金融引き締めで株式市場が急落してバブルが崩壊しました。

1990年1月のオプション市場でも、ひどい動きがありました。当時の米国政府に太いパイプを持っていたのはソロモン・ブラザーズ証券でした。そのソロモン・ブラザーズ証券がオプションの最終日にSIMEX市場(シンガポール国際金融取引所)で大量にコールオプションを5円で買いました。そしてその日の後場から一時的に日経平均が急騰して大儲けをしたことは、今でもはっきりと覚えています。

また1990年後半から1992年初めまでの間、日経平均は21500円から25500円の間での往来相場となりました。これは外資系証券が25000円のコール売りと21000円のプット売りをして、この間で日経平均を動かしていたからでした。オプションは難しいので内容は分からなくても良いと思いますが、このポジションを取るということは『日経平均が21500〜25500円の間で推移していると、外資系証券が儲る』取引と考えてください。

これ以外でも、減税や景気対策などが行われる時にも、偶然かもしれませんが『先に外資系証券が動く』ということが何度かありましたので、日本のプロの投資家は『外資系証券の異常な動き』には非常に敏感になっています。その意味で今の米国政権に一番近いゴールドマン・サックス証券が日経先物を大量に売っているという動きは『嫌な予感がする』ということになります。
根拠が分かりませんのであくまでも推測ですが、ゴールドマン・サックス証券が日経先物を売っているという事実だけは間違いありません。


UFJ銀にふって沸いた災難。 ZAKZAK 2004・01・28

 UFJホールディングス(HD)は26日に突然、UFJ銀が自己資本充実のため、欧米の機関投資家を対象とする債券の一種「永久劣後債」の発行延期を発表した。

 延期理由について、UFJHDは「傘下のUFJ銀行に事実と異なる報道がなされ、市場や投資家に誤解が生じる可能性があるため」(広報部)と説明した。

 「それは詭弁(きべん)だよ。事実と異なる報道かは金融庁の調査で分かる。そもそも、劣後債自体の格付けが米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)にBBプラスの『投資不適格』とされている」(市場関係者)

 【竹中シナリオ】

 疑惑の内部資料発覚と投資不適格のダブルパンチで、UFJ銀が大窮地に陥ったのは確か。

 永田町では「竹中金融・経済財政相が野望を抱くUFJ銀国有化シナリオが着々と進められているだけ」(与党有力議員)と、冷ややかな見方をしている。

 米国流ドラスティックな改革が理想の竹中氏の国有化シナリオは、どういうものか。前出の金融庁関係者が説明する。

 「平成15年3月期までは、みずほグループを標的に仕掛けてきた。前期にみずほを担当していた検査官はあの目黒氏。彼に締め上げられたみずほは前期、約2兆円もの巨額赤字に陥った」

 「だが、3月期以降、株価が持ち直すなど追い風が吹き始めた。世界最大の資産規模を誇るみずほは威力を発揮し、一気に優良銀行に生まれ変わった。そこで次の標的になったのがUFJ銀。今回も目黒氏がギリギリと締め上げるはず」

 【五味−目黒ライン】

 目黒氏も趣味で大手銀を締め上げているわけではない。竹中氏の意向を受けた形で動いているとの見方が根強い。

 「金融庁には竹中氏を頂点に、五味廣文監督局長(前検査局長)−目黒統括検査官ラインがある。五味氏は次期金融庁長官との声もある人物。竹中氏がUFJ銀の国有化を望むなら、このラインで追い込むことになる」(金融庁関係者)

 昨秋にUFJ銀の国有化不安が台頭した際には、「UFJグループと三井住友グループの経営統合の可能性が取りざたされたこともあった」(大手銀幹部)。

 公的資金注入、他のメガバンクとの統合…。UFJ銀問題は風雲急を告げる。金融庁の調査と特別検査でどうなるか。


(私のコメント)
久しぶりに株式についてコメントしたいと思います。小泉・竹中内閣の日本の経済政策は何をするかわからない恐怖感があります。実際に竹中大臣のテレビのインタビューで述べていることがクルクルと変わり、政策も「りそな」で変えたのかと思えば「あしぎん」では逆戻り。これではメガバンクも竹中大臣の顔色をうかがってばかりで、本業に手につかないだろう。

「りそな」の公的資金注入で株主責任を問わなかったことにより、大量に銀行株を買い込んだ個人投資家が「あしぎん」で足をすくわれ動きが取れなくなっている。さらには竹中大臣のUFJに対するオフレコ発言でメガバンクへの風向きも北風に変わってきた。日本の金融政策は竹中大臣を通じてアメリカ政府筋に筒抜けだと思われます

ゴールドマン・サックスが先物を大量に売ってきたのは、アメリカ政府筋から日本の金融政策の何らかの情報がはいったからだろう。考えられるのはメガバンクへの公的資金の注入であり、「あしぎん」方式ならば日本の株式市場は大変なことになります。だから当面は小泉・竹中内閣が続く限り株式に手を出すのは止めたほうがいいのだろう。

小泉・竹中内閣は日本の景気をよくすることは全く考えてはいない。かといって構造改革を進めているようにも見えない。小泉首相が考えているのはその場限りの政局だけだ。小泉首相に利用されて捨てられた政治家は数知れず、石破防衛庁長官や石原国土大臣も結局は切り捨てられてゆく運命にある。それならば竹中大臣は当初からの生き残りですが、竹中大臣がいるからこそ小泉内閣は持っていると見るべきだ。

日本の政権内部の情報は竹中大臣からアメリカの当局者に筒抜けであり、不審な動きをする閣僚などは竹中氏に告げ口されて首が飛ぶ。だからこそ小泉首相すら竹中氏をクビには出来ず、日本経済はアメリカ経済を支え続けるために毎月数兆円もの円がアメリカに吸い上げられ続けられる。アメリカ政府と国民はその金を使いまくり好景気に沸いている。

その反面、日本経済はお金の循環不良で脳死状態となり、日本の地方都市から経済は血行不良で腐りかかっている。心臓に当たる銀行が弱りきっているから、信用が創造されず逆に収縮している。日銀がいくら資金供給してもそのお金の多くはドル買いと称してアメリカに行ってしまうのだ。そんな金があるのなら日本国内で政府が使ってほしいのだが、マスコミが公共投資反対キャンペーンのために動きが取れない。

財政と言うとすぐに公共投資=箱物建設となり、昨日もテレビ朝日の「TVタックル」政府の金の無駄遣いを指摘していましたが、本当に必要な公共投資が行われていないだけで、社会資本となる公共投資は何百兆円もある。それだけの金を使えば景気が良くならないわけはない。2月4日に植草一秀氏の対談を紹介しましたがそこでも次のように言っている。

『それといわゆるインフラ投資です。公共投資でもって、私権をある程度制限してでも、例えば道路の立ち退きの問題とか、それから成田の飛行場拡張が三〇年経ってもできないでいるのはナンセンスです。そういったことができる法律を改正することによって、まだまだやるべき公共事業もでてきます。今やってるダムがどうだとか、地方に道路がどうだというのではなく、東京に相当まだやるべきことが残っていますよね。豊かな日本、これを目指す政策を実行できる政権を選んでいかないと、今のままでは期待が持てないと思います。』

日本の公共投資が山奥のダムにばかり使われ、都会のインフラ整備には使われないのは日本の行政能力が無いからだ。そのために日本経済を支えているサラリーマンは、劣悪な住宅に住み、殺人的な電車に何時間も乗って通勤している。大深度地下に通勤用地下鉄を整備すれば片付く問題だ。日本の行政が脳死状態だから景気は回復しないのだ。

上のグラフを見ると97年までは日本の銀行は機能していた。ところがこの頃から日本の銀行潰しが始まり、北海道拓殖銀行が潰され日本の金融は麻痺し始めた。日本の銀行のリストラも大事ですが、金融が麻痺しては意味がない。竹中大臣はもう一つメガバンクを潰して外資に売り渡すつもりのようですが、新生銀行のように貸しはがしをしまくって企業も潰して外資に売り払うのだろう。




日本でも放送される韓国のテレビドラマは
アジアでは大ブームとなっている訳は何か


2004年2月9日 月曜日

「冬のソナタ」春から放送 NHK総合で毎週

NHKは5日、大ブームとなっている人気の韓国ドラマ「冬のソナタ」(全20話)を4月3日から地上波の総合テレビで放送すると発表した。放送は毎週土曜日の午後11時10分から1時間。
 「冬のソナタ」は初恋や純愛をテーマに描いた連続ドラマで、韓国では社会現象に。昨年春のNHK・BS2での放送開始以降、日本でも映像やせりふの美しさなどが3、40代の女性を中心に話題を呼び、DVDや関連本が大ヒット。撮影地を訪ねるツアーも相次いで実施された。
 NHKによると、これまでに10代から80代までの幅広い年齢層の視聴者から、電話やメールで約1万9500件の意見や要望が寄せられた。昨年末にNHK・BS2で再放送されているが、総合テレビでの放送を望む声が多かったという。(共同通信)
[2月5日19時20分更新]

女子高生とキスにクレーム 韓国に日本ドラマ上陸

【ソウル8日共同】今年初めから日本のテレビドラマがケーブル・衛星テレビで開放された韓国で、5日に初放映されたドラマ中の男性教師と女子高生のキスシーンに韓国の一部マスコミからクレームが出るなど文化の違いを見せ、このドラマの視聴率は低調だった。
 ドラマ専門局のOCNは5日にTBSの「First Love」の第1回を放映、この中に教室内でのキスシーンがあった。
 通信社の聯合ニュースはこのシーンにクレームを付け「放送開放に合わせ(放送局の)自己審査や放送委員会の管理監督を強化する必要性が高まっている」と指摘した。
 韓国では、教師に対する尊敬と、教師に高い倫理性を求める世論が強く、ある20代の韓国女性は「教師が大学生とならともかく、女子高生とキスをするシーンを放送するとはとんでもない」と拒否反応を示した。(共同通信)
[1月8日17時15分更新]

Day by Dey 2004年02月08日(日曜日)

(19:58)ははは、この週末は疲れ果てました。時間を見つけては、冬のソナタをDVDが手に入ったので、全部見たのです。「おい、早くしろ....」「はい次へ」などとつぶやきながら。なんで見始めてしまったのか、と後悔。でも、ついに日曜日の夕方にThe endに到達。ちょっと ending が弱い。

 私が興味を持ったのは、このドラマになぜこんなに人気が出たか、でした。韓国では若い人の支持が大きかったそうですが、日本では中年女性などが虜になっている、と聞いた。日本だけではなく、アジア各地で。主役の二人が歩く湖畔の綺麗な並木道には観光客が殺到しているという。

 合計20時間近くかかった。長いんです。私の印象なのですが、画面の作り、登場人物、カメラワークなどいろいろな点から見て、日本で言う「昼の連ドラ」仕立てです。湖の撮影なのに、湖面が動かなかったり、おかしいところもいっぱいある。俳優もそれほど演技がうまい、とは思わない。じっとしていて、それをずっと写すという場面が多い。良かったのは音楽かな。もの悲しい。

 このドラマでは若者達はえらく禁欲的なのに、親の世代はむちゃくちゃで、そのツケを若い連中が払わされているのが「不思議だな...」と思いました。また見ていて、「このドラマは、今の日本では出来ない」と思いました。結局何に訴えているのかというと、「初恋願望」にではないか、というのが私の結論です。そう、みんな懐かしい。

 韓国の映画ではラブストーリーというのも来ていて、先日銀座のシャンテに行ったら凄い人でした。9割が女性。私はこの映画はまだ見ていないのですが、見た人によるとやはり親の世代がストーリーの中で大きな役割を果たしているという。「冬のソナタ」もそうです。それが分かった段階ではちょっと滑稽になるのですが。「こんなに時間を使っても得した」という気分にはなれなかった。「ラブストーリー」はどうか知りませんが。

 しかし、原音を日本語字幕で見ていると、韓国の言葉と日本の言葉の共通性が多いことに気が付く。「記憶」「約束」「三角関係」「契約」........などなど、同じ感じの発音単語が出てくる。隣の国の言葉を知らないのはよくないから、勉強しようかな、なんて思いました。最近みた映画では、「ビッグ・フィッシュ」とか「シービスケット」「ミスティック・リバー」が良かった。

冬のソナタ NHK海外ドラマホームページ


(私のコメント)
一昨日は中国の映画をとり上げましたので、今日は韓国のドラマを論じてみたいと思います。「冬のソナタ」と言う韓国のドラマはNHK-BSで去年2回放送され、今度は総合テレビで再々放送がされるそうです。NHKがそれほど「冬のソナタ」に執着するのはなぜだろう。私は「冬のソナタ」をまだ見ていないので、ドラマそのものは論ずることは出来ない。

NHKに限らず民放各局は一昨年から韓国ドラマを放送し始めましたが、テレビ局や新聞などでは大ブームと囃し立てていますが、視聴率はどれぐらいだったのかニュースを調べてみても数字は出ていませんでした。ネットで調べると「冬のソナタ」が1,1%で、テレビ朝日で放送された「イブのすべて」が3,9%だそうです。

たぶん日本で韓国ドラマが放送されるようになったのは、韓国で日本のテレビドラマが解禁になったことで、日本のテレビ局に韓国側から韓国のドラマを放送するように圧力がかかったためだろう。日本のテレビドラマを韓国で放送するから相互主義で、日本も韓国のドラマを放送せざるを得ないわけです。

作品そのものが優れていて視聴率が取れるドラマなら、ゴールデンアワーに放送すればいいのですが、その時間帯ではスポンサーがつかず深夜などに放送されている。日本のテレビ局もなんとか韓国ドラマの人気を煽ろうと一生懸命ですが、赤字覚悟で放送する勇気はないようだ。

日本のトレンディードラマも最近は軒並み視聴率が不振で、それならば海外の優れたドラマを放送すればと思うのですが、海外ドラマも全滅状態です。やはり言葉の問題でセリフも吹き替えだと味気なく、テロップだと字幕を追うのに忙しくドラマを楽しめない。それとやはり生活文化の違いがドラマの内容に抵抗感を感じてしまうのだろう。

韓国が日本の音楽や小説や映画などを禁止してきたのはなぜだろう。文化的な独自性が保てなくなるためだろうか。ならばアメリカの作品なども禁止になるはずですが、日本の作品だけが禁止されてきた。キスシーンなどの不道徳なものも日本の作品だけではない。産業としての保護も、文化的なものは制限しても意味はなく、かえって弊害のほうが多いのだと思う。

韓国のものはテレビドラマはまだ見ていませんが、映画などは「シュリ」などを見ている。映画ならテレビと違って単独の作品だから、作品の出来不出来がすぐに反映する。だからその国の文化レベルを見るには映画で判断したほうがいいのだろう。そのような意味で韓国や中国やその他のアジアの作品なども、話題になった作品があれば見ていきたいと思っています。




小室直樹 著 「経済学のエッセンス」
『断固としてケインズ政策を強行せよ』


2004年2月8日 日曜日

ケインズは死んだのか?

では、どう模型を作る?

答えは?大胆にケインズ模型を作れ!なんて言うと、途端に激しい拒否反応が起きるに決まっている。

ナニ、今さらケインズだって? 気は確かか。「ケインズは死んだ」生言われて久しい。それに、平成大不況脱出のために、政府は財政政策(代表的なケインズ政策)を何度も発動して、一四〇兆円を投入しても、さっぱり効果がなかったではないか。利子をいくら下げて(代表的なケインズ的金融政策)もやはり少しも効果がないし。「ケインズは死んで」、ピクリとも動かないのではないか。今では、乗数効果(波及効果)も、すっかりなくなっているというではないか。

なんて反論されても、筆者の主張は、やはり同じ。やはり、ケインズ模型で行こう。

その理由。

ケインズは死んではいない。現在日本では依然として立派に生きている。

その理由の第一。

今の日本では、生産力は十分に高く、インフレも入超(輸入超過)も起きない。起きそうもない。

ケインズ理論の欠点は、インフレ理論がないことにある。

一九六〇年代に、ケインズ黄金時代がマネタリスト(古典派の一種)に突き崩されたきっかけとなったのも、インフレであった。ケインズ攻撃の矛先となるのは、有効需要が増えたときのインフレだ。それに入超が起きるかもしれない。言わば「インフレ」と「入超」こそ、ケインズ政策の鬼門なのである。

ケインズが「死んだ」と言われるのも、まさに、ここだ。

サッチャーもレーガンも、古典派的政策にしがみついていたのに、やはり、緊急にケインズ政策に依らざるをえなくなった。しかし、結局、インフレと入超ふたご(特にレーガンの場合は「双子の赤字」「三つ子の赤字」に苦しみ抜いて、彼の後継者ジョージ・ブッシュはクリントンに敗れることになった)。

ケインズ政策を強行せよ。

また、ケインズ財政政策(政府による設傭投資)をすれば、国債(借金)が増えると批判する人も多い。

今や、国および地方の長期債務残高(政府の借金)の総額は七二〇兆円もある(二〇〇四年度末見通し)。GDP(国内総生産)の一四〇パーセント以上だ。ベラボーに多額である。

その利子たるや、一分間で三〇〇〇円以上、一時間で二〇億円以上にもなる。この借金たるや、政府の無策のおかげで増えるばかり!

一体全体、どうするつもりなんだ。気が遠くなるような話ではないか。

政府も必死になって何とかしようとしているが、何をやっても、さっぱり効き目がない。

では、何をするべきか。

断乎としてケインズ政策を強行せよ。

今となっては、これしかない。

歴史が教える。

今の日本は、一九三〇年代のアメリカやドイツとそっくりなのだ。

一九三〇年代の初め、欧米に大不況が来襲した。

フーバー大統領は、黄金の一九二〇年代を受けて、あくまで均衡財政政策を維持しようとしたので、結局、どうしようもなかった。

一九三三年、大統領になったフランクリン・ルーズベルトは、積極財政「ニューディール政策」によって、米経済の立て直しを始めた。

しかも、ルーズベルトは経済を理解していなかった。せっかく始めたケインズ政策も、「専門家どもに反対される」と言って完遂はできなかった。だから結局、行きつ戻りつ。

景気は順調に回復しつつあったのに、膨らむ財政赤字に慄いた彼は、一九三七年に財政政策をやめてしまった。そこで景気は後戻り。結局、アメリカは、日米戦争によって大量の有効需要が発生するまで、不況のままであった。

ルーズベルトとは逆に、ヒットラーは、ケインズ政策を独覚していた。財政赤字なんか恐れずに、財政政策(巨大な政府投資)を強行し続けた(第三章参照)。景気はあっという間に恢復し、失業者は皆無となった。

個人を富ます貯蓄は全体を貧しくする

平成大不況の真の原因をめぐっては、ずいぶん多くの議論があるが、その真相は未だ究められていない。

不況とは、要するに、国民生産=国民所得=Yの数値が低い、とである。

Yは、なぜ低い。

Y=C+I

日本で貯蓄は高く、したがって、消費は不足がちである。

では、投資は?

不況だから、民間投資は低い。

それもあるが。ゼロ金利になっても、金を借りようとする企業が、あまり見あたらず、みんな借金返済にのみ熱中している。

年間一〇兆円もの借金返済をやっている(リチャード・クー『デフレとバランスシート不況の経済学』七二ぺージ)から、設備投資をしようとはしない。

だから必然的に、民間設備投資は低くなる。

やっぱり、ケインズの大発見は重大であった。

ケインズの最大発見の一つには、「合成の誤謬」もある。

東洋では、「修身斉家、治国平天下」というように、「部分」で正しいことは「全体」でも正しいと思いがちである。ところが、実は、そうとも限らないということを発見したのがケインズである。

「個人を富ます貯蓄は全体を貧しくする」が、ケインズの「合成の誤謬」です。

今、各個人がみんな貯金をうんと殖やせばどうでしょうか。

各個人はみんな富みます。しかし、経済全体はどうなります。

消費は激減して、有効需要も激減して、その結果、国民生産=国民所得も激減することになり、経済全体は貧しくなります。

同様な例をケネス・アローも挙げています。

「ある企業が借金返しに熱中」……正しい。

↓「国の経済全体ですべての企業が借金返しに熱中」
↓「資金需要なし」
↓「ゼロ金利でも資金需要なし」
↓「設備投資ゼロ」
↓「不況は去らず」

ここにも、合成の誤謬は現れてきている!
(経済学のエッセンスP278−P284)

経済学のエッセンス 日本経済破局の論理 小室直樹


公的年金の給付、4月から0.3%減 消費者物価下落で

公的年金の給付額が今年4月から0.3%減額されることが30日、固まった。総務省が同日公表した03年の消費者物価指数が対前年比で0.3%下落したことに連動して引き下げる。年金受給者約3000万人全員が対象。年金額の減額は2年連続だ。2月6日に閣議決定のうえ、関連法案を通常国会に提出する。(asahi,com 01/30)


(私のコメント)
アサヒコムのニュースによると現在の日本の年金受給者は約3000万人です。つまり1億2千万人の内の3000万人ですから四人の内の一人は年金受給者であり、ほとんどの人が働かずに年金で生活しているわけですから、日本経済が不振になるのは当然ではないだろうか。また働いている人も、身体の元気な若い人よりも中高年のほうが多くなっている。

年金で生活している人にとってはデフレ経済はまことに快適であり、年々物価が下がってゆくのだから笑いが止まらないだろう。年金生活者にとっては貯蓄が命の次に大切なものだから、貯蓄を崩して使えと言うのは無理な注文だ。小泉・竹中内閣のデフレ経済政策の支持率が高いのも年金生活者たちの支持率が高いためだろう。

年金受給者3000万人とは有権者の三人に一人の割合になります。若くても専業主婦とかパートを除くと、税金を払って働いている人たちは有権者の四人の内の一人と言うことになり、総人口の五人に一人が公務員ですから、民間で働いて税金を納めている人は五人に一人ぐらいになるのだろう。

だから経済の痛みを実際に感じているのは有権者の内の十人に一人ぐらいに成ってしまうのだろう。だからいくら世論調査をしても小泉内閣の支持率が下がらないのも、これらの人口構成が反映しているためだ。しかし日本がこのままデフレ経済を続けていけばどうなるか。若い人たちの雇用がなくなり、若い人たちも民間企業で働いて税金を納める気にならないだろう。

政治的に見ると日本経済を支えているのは十人の内の一人にすぎなにもかかわらず、残りの九人がそれに寄りかかっている構造だ。これでは日本の財政がパンクするのは当たり前でありいつまでも景気は回復しない。このような状況で増税したらどうなるか。一部の人の負担が増すだけで税収は伸びずかえって落ち込むだけだ。

財務省の役人に言いたいのは、税収を伸ばしたければ税金を納める人口を増やすことであり、それは景気を回復させなければ不可能である。このままデフレ経済を続けていけば、税金を納める法人も個人も減る一方になり、財政赤字はいつまでも解決しない。だから真っ先にやらなければならないのは景気回復政策なのだ。

小室直樹氏は断固としてケインズ政策を断行せよと主張している。私もそれに賛成だ。小泉内閣は財政緊縮政策をとった結果景気はますます落ち込み、財政赤字を拡大している。橋本内閣が犯した失敗を再び繰り返している。財務省の役人も小泉・竹中内閣もバカは死ななきゃ治らないのだろうか。

日本政府にはもう財政支出を増やす資金はないのだろうか? そんなことはない日本政府・日銀はアメリカの国債とドルを70兆円も買い込み、去年一年だけで20兆円も買った。さらには今年1月だけで6兆円もドルを買っている。この金は短期債で調達している。この金を内需拡大のために使うべきだ。この点を経済コラムマガジンは次のように書いている。

『政府短期証券(FB)は国債となんら変わらない。ただ期間が短いだけである。しかし三ヶ月毎にそっくり借り換えを行なっているのだから、実質的に長期債を発行しているのと変わらない。日本のマスコミや財政学者は、国債の新規発行が30兆円とか40兆円とかいって騒いでいるが、昨年一年間で20兆円以上の新規の外為政府短期証券(FB)が発行されていることをまるで問題にしていない。

財政学者(御用学者)は「新規発行の国債がどんどん増えており、財政は危機状態であり、経済の底上げのための財政支出なんてとんでもない」と言っている。そして彼等は財政破綻が明日にでも起ると国民を脅かしている。政治家のほとんどもこの言葉を信じている。しかし財政当局は一年間で20兆円以上もの政府短期証券の発行を増加させ、また補正予算で20兆円、さらに来年度はこれに加え40兆円も予算枠を大きくすることを決定している。実際、今年一月だけで既に7兆円以上もの米ドルを買っている。つまり財政当局は財政危機や破綻が来ることなんてみじんも感じていないのである。この点は来週号でもっと詳しく述べる予定である。』


経済コラムマガジン

日本政府にはこのように財政資金余力があるにもかかわらず、ケインズ政策に懐疑的である。財務省のバカ役人達は財政を引き締めれば引き締めるほど財政赤字は増える事が信じられないのだ。そして増税すればするほど消費が落ち込み税収は減る事がわからない。ケインズ政策が分からないバカは死んでもわからない。




「中国の小さなお針子」文化大革命を背景にした映画
文革とは継続革命のことであり、第二次文革が起こる


2004年2月7日 土曜日

1冊の本が人に“一生”を与えることがある。そこまで大げさでなくとも、めくる1ページを新しい1歩のように感じたことはないだろうか。

多感な高校時代、没頭した本があった。三島由紀夫の「金閣寺」だ。きつ音の主人公、溝口は自らを「理解されないことが私の存在理由だ」と語る。それまでの“守られた世界”にいた私を強烈に成長させた言葉だった。

「小さな中国のお針子」の舞台は自由に読書ができる環境ではない。西洋文学を禁書とするなど文化の政府統制が強制された文化大革命の時代だ。若者の特権でもある未知への探究は一切、否定された。しかし、この映画が描くのは、中国の失われた10年ともいえる「文革」によって青春を奪われた若者たちの悲劇ではない。文革を背景とすることで、ストーリは豊かにふくらむ。

その予感は冒頭から感じられた。反革分子とみなされ都会から僻(へき)地にやってくるマーの荷物にはバイオリンがあった。村長から「ブルジョワのおもちゃはすてろ」と警告されるが、ルオがとっさに機転をきかせる。「『毛沢東を想って』を奏でましょう」とマーに“モーツアルトのソナタ”を演奏させるのだ。村人の無知を逆手にとった若者の反骨ぶりが精かんで嫌味がない。

さらに、マーの奏でる「ソナタ」は染みいるように秘境に響き、溶け合い、村が決して“赤い影”に染まりきった世界ではないことを教えてくれる。

そんな彼らと出会った「小さな中国のお針子」。彼女は映画のなかで名前を持たない。つねに「小さなお針子」と呼ばれるのだ。そこには自らも再教育の経験をもつダイ・シージェ監督の強い思いが込められている。

「私は再教育を受けた青年の些細な日常を描いたのではなく、本というものがひとり人間の人生をがらりと変えてしまう様子を語っている。読書は多くの喜びを与えてくれた」

小さなお針子が具体的にだれなのかは問題ではなく、読書の喜びを知り、新しい自分を知る喜びに満ちた存在であればいいのだ。それゆえシージェ監督の化身ともいえるお針子の“文明開化”には監督の愛情がふんだんに注がれている。

2人の青年が持ち込んだ、初めてみる目覚し時計を興味津々で解体し、本の挿絵をもとに見よう見まねで下着を縫い上げ、ルオと川の中で伸び伸びと愛を交わす。覚えたてのフレーズ「自然人は感情に支配されるが、文明人は観念が心の状態を変える」−−を口にしながら。

お針子は心の中で目まぐるしく想像する世界を、やがて現実に引き込もうとする。その描写が素晴らしかった。マーはバイオリンを売り、ルオの子どもを堕した小さなお針子に「好きなものを買うといい」とお金を手渡す。街へ出てお針子が買ったのは新しい大地に踏み出すための1組の靴だった。

ルオは小さなお針子に尋ねる。「君を変えたものは?」
小さなお針子は答える。「バルザック」

「中国の小さなお針子」 BALZAC ET LA PETITE TAILLEUSE CHINOISE


文化大革命は、何故10年間も継続したか

文化大革命を学習している私に、ある日本人が質問をした。「何故、文化大革命も10年間も続いたのでしょう。誰か止めることが出来なかったのですか?」実は、この質問は、核心をついたものであり、私も咄嗟には答えることが出来なかった。そもそも文化大革命とは、劉少奇・ケ小平などの「実権派」と呼ばれる人々の一掃を図るために、毛沢東が1966年に発動したものであった。

当時、毛沢東は、相当に危機的な状態であった。何故ならば、人海戦術で大量製鉄をし、農村を人民公社に移行させ、食料の大増産と工業化を一気に進めてしまおうという「大躍進政策」を取っていた。5年後に、イギリスを抜き、10年後にはアメリカを追い抜こうと当時は、意気込んでいた。

人民公社については、後に詳細に記述するが、簡単に説明するば、農業の協業化さらには、農村の行政機関も一体化するものであった。しかし、実際は、鉄は実際に用いることが出来ない屑鉄を大量に生み出し、他方、食料については、鉄の生産にあけくれていたことと、自然災害なども加えて、なんと、2000万人の餓死者を出す悲惨な結果に終わった。

このことは、毛沢東の権威を著しく損ない、党の権限は、劉少奇・ケ小平などの毛沢東批判派にうつっていた。だから、当初、毛沢東は、実権派をつぶせばそれで良いと考るのは、当然のことと言えるだろう。では、中国は極めて長期間、何故ありもしない敵を内部につくりあげ、闘争にあけくれたのであろうか。

その秘密は、「文化大革命」の指導理論である「革命継続論」にあると思う。この理論は、社会主義革命は、既存の王朝、ブルジュワ政府を打倒するだけでは完了しないというもので、革命を果たせば、内部の資本家に肩入れする人々を打倒しなければならないという考えであった。この革命継続論は、国民党の残党、一部の地主を粛清するために、しばしば利用されていたが、文化大革命時代には、「革命継続論」の普及活動を全世界にも展開したのであった。

毛沢東の発案であるこの思想は、右派にも左派にも簡単に利用できるもので、毛沢東を支える道具にもなるし、また逆にゆさぶる道具にもなるもので、体制側にも非体制側にも恐い思想なのだ。さらには、当初から中国共産党に対する不平不満が往々にしてあった。例えば、現在でも中国の新聞紙上を賑わす共産党幹部の腐敗の問題が、中国人民にとっては大いになる怨嗟の的であった。

 発動したのは、毛沢東であるけれども、別の側面では、中国人民の腐敗幹部に対する反旗ということもあった。この毛沢東理論と民衆の不満が混在し、誰も止められない永久革命を続けることになったというところではないだろうか。

赤色年代のホームページ


(私のコメント)
レンタルビデオ屋に行くと最近はアジア映画コーナーがあり、多くの作品が並んでいる。その中で話題になった映画で、中国の文化大革命時代の青年達を描いた映画だということで見てみました。中国映画だと思っていたのですがフランス映画でした。だから演出もフランス映画的で中国映画とは違って優雅な描き方をしている。

ダイ・シージェ監督は文革時代に僻地へ下放された経験を持ち、文革が終わってフランスへ留学し「バルザックと中国の小さなお針子」と言う小説を書き、それを自身が映画化したものです。舞台は1971年の四川省で水墨画に出てくる風景はここがモデルになっています。しかしながらダム建設で水没してしまうのは惜しいです。

主人公の二人の青年は父親が医師だと言うことで、知識青年は農村に下放され再教育されることになって、文明から見放されたような山奥にやってくる。そこでは本などは没収の対象であり、インテリ青年は農作業や鉱石の採掘に従事させられる。つまりカンボジアのポルポトと同じで知識階級はみな弾圧の対象になった。

なぜ中国で文化大革命などというバカなことが起きたかというと、大躍進政策の付けがやってきて工業化一辺倒であったために農村が疲弊してしまった。そこを毛沢東一派が実権派を追い落とすために仕掛けたのが文化大革命です。最近の中国も上海などの沿岸地帯の発展と、自然が荒廃した農家との格差がひどくなってきている。

つまり文革前の中国の状況によく似てきているわけで、やがては第二の文化大革命が起きてもおかしくはない。イランでパーレビ国王が開明的政策を行ったのに対し、それに取り残された国民がイスラム革命を起こしましたが、中国でも同じ現象が起きたといえる。現在でも地方の農村では暴動騒ぎが起きていますが日本のマスコミには僅かしか出ない。

改革開放政策で外資を呼び込んで経済発展させる手法は東南アジアで成功し、それを真似たものですが、中国は自発的な大躍進政策が失敗し、外資に頼る方法に切り替えることにしたのだろう。中華意識の強い中国人には屈辱的だろうが、アセアン諸国からも取り残されて背に腹は変えられなくなったからだ。

しかし中国で外資による産業の発展は中国に根付くことが出来るだろうか。「中国の小さなお針子」と言う映画を見て中国映画らしくないと思ったのは、中国の少女が知識青年の読み上げるバルザックの小説に感化されて、新しい人生を切り開くために都会へ家出すると言うラストシーンが、フランス文学を美化して外国文化への憧れを映像にしているからだ。

つまり「中国の小さなお針子」という映画は改革開放政策を賛美するための映画であり、ラストシーンには高速道路を上海の摩天楼目指して走るシーンが出てきますが、文革を否定し改革開放政策の象徴を映像化している。しかしその利益を得ることが出来るのは知識青年達だけであり、お針子の少女は香港へ行ったまま行方不明になっている。ふるさとはダムに水没し豊かさは彼らには及んではいない。

アメリカや中国などでは映画は政治プロパガンダの道具であると見たほうがいい。だから映画を見てどのような政治的意図が隠されているかを見れば、その国の政策を読み取ることが出来る。日本では映画は芸術作品がほとんどで、政治プロパガンダを含んだ映画は非常に少ない。中国人はこのフランス映画をどのように見るのだろうか。




日本人が沈黙で認めたイラク派遣(ニューズウィーク)
はっきりと声を上げなければ賛成したのと同じだ


2004年2月6日 金曜日

昨年3月、米軍によるバグダッド空爆でイラク戦争の火ぶたが切って落とされた翌日、私は「サンフランシスコ包囲」に参加した。推定10万人がこの反戦デモに参加したのは、すべてのアメリカ人がジョージ・W・ブッシュ大統領の火遊びを支持しているわけではないと訴えるためだった。
 国際社会のルールを無視した単独行動主義的な先制攻撃。捏造された情報によって正当化された戦争。国連が平和的な解決を模索する時間的猶予すら、ろくに与えずに行われた戦争。私はこの戦争にどうしても賛成できない。黙っていると戦争を支持することになると思い、抗議活動に参加した。

 当然、私は陸上自衛隊のイラク派遣にも猛反対してしかるべきだろう。日本の部隊が第2次大戦後初めて戦地に赴くのだ。国連の平和維持活動ではない。憲法9条との整合性には、かなり疑問がある。そして小泉政権は、国会の十分な議論を経ず派遣に突き進んだ。
 おまけに、石破茂防衛庁長官は戦前・戦中に逆戻りしたかのような発言をしている。石破は先遣隊の派遣に先立って、現地取材を極力控えるよう報道各社に要請。「円滑な業務遂行を阻害すると認められる場合は、事後の取材をお断りすることになる」と述べた。

「危険」をめぐる議論に終始

 こんな茶番には我慢がならない、自衛隊の派遣には断固反対だ……と言いたいところだが、実をいうとそうではない。正直なところ、私はまったくそんな気分ではない。
 派遣を決めるまでの日本の姿は、世界の目にはとうてい立派なものに見えなかった。胸を張って派遣への道を行進したというより、何カ月もかけてノソノソはうようにしてこの決断に到達した。

 日本国内の議論は、ほぼ一つの問題に終始していた。「現地は安全なのか」という問いである。いかなる犠牲を払ってでも追求すべき良い政策なのか、それともいかなる代償があっても避けるべき悪い政策なのかという議論は、ほとんど行われなかった。
 聞こえてきたのは、安全面に関する議論ばかりだ。多くの日本人が自衛隊派遣に反対する主な理由がこれだとすれば、私はこう言いたい。「しっかり仕事をしろ!」

 
もちろん、派遣反対の論拠になりそうなものはほかにもある。たとえば、政府の掲げるまやかしの派遣目的だ。日本政府は人道支援のための派遣というきれいごとを言っているが、本当のねらいは日米関係を円滑に運ぶことだ。

 憲法違反というのも、反対の理由になりうるだろう。派遣部隊がイラクに対戦車兵器を持ち込むことは、憲法9条の下で国民が容認する自衛権の枠を押し広げようという思惑に思えて仕方がない。平和憲法を見直すべきだという考え方もありうるだろうが、国際紛争を爆弾以外の方法で解決する稀有な選択肢としてこの条文を死守すべきだという考え方も立派に成り立つ。
 それに、国連の枠組みの外でアメリカの占領統治に協力すれば、ブッシュ政権の単独行動主義と先制攻撃を事実上容認することになる。

あまりに影が薄い反対運動

 これらの問題はどれをとっても、自衛隊のイラク派遣に対して大規模な反対運動が起こる十分な理由になりうる。
 しかし大規模な反対運動など、どこで行われているのか。外務省の庁舎の前で100人前後の市民がささやかな「人間の鎖」をつくって抗議した? そのくらいでは、国民が激しく反発しているとは言えないだろう。
 実は、日本国民は自衛隊派遣に賛成の意思表示をしたのだ。小泉が自衛隊をイラクに送る意思を固めていることを重々承知のうえで、昨年の総選挙で有権者は彼の続投を許したのである。

 先日、陸上自衛隊の派遣先であるイラク南部のサマワで行われた世論調査の結果が伝えられた。共同通信社が行ったもので、サマワ市民の86.3%は自衛隊が来ることに賛成しているという。しかし、アメリカの占領政策を支える活動のために自衛隊がサマワ入りすることに賛成する人は、39.7%にとどまった。

 この二つの数字を見れば、日本が取りうるもう一つの選択肢が見えてくる。しかし、別の可能性を模索することに日本国民が無関心である以上、現在の政府の方針に文句を言う資格はないように思える。反対の意思を表明しなければ、賛成したに等しい。
 さあ進め、自衛隊よ。

Dana Lewis

本誌コラムニスト。1980年代から東京とワシントンを拠点に日本のさまざまな問題に関する記事を執筆。日本のマンガの英訳も数多く手がけている。

ニューズウィーク 2004年2月4日号 デーナ・ルイス


米国の大統領選挙の話

 民主党の予備選で、ケリーおよびエドワーズが勝ち残ったようだ。今後、いずれが勝ち残るにせよ、ブッシュとの対決では、勝利しそうだ。そして、ブッシュとの戦いで民主党候補が勝利した場合、米国の対イラク政策は、正反対に向かうことになる。
 つまり、「イラク戦争は間違っていたと認定する」わけだ。その後は、「撤退」もしくは「国連およびイラク政府への委譲」となるだろう。ともあれ、米国民がどんどん殺されているような状況からは変わって、軍隊が大幅に減る。
 で、その場合、日本はどうするんですかね? 「ブッシュの政策は正しい!」と長らく主張していたあとで、日本だけが置いてきぼりだ。カッコ悪い。

 残る道は、二つに一つ。一つは、「やっぱりブッシュが正しい」と主張して、新大統領と全面対決する喧嘩路線だ。もう一つは、「今度は新大統領に従います。ブッシュなんかには尻を向けます」というふうに、シッポを振る路線だ。……で、どっちにしますか? 小泉さんも、読売さんも、今のうちに考えておきましょうね。だけど、あんまりシッポを振ると、シッポが振り切れますよ。
( ※ 私の予測では、次の選挙では、ブッシュは落選する。現在の予測では「ケリー対ブッシュでケリーの勝利」だが、これは、ケリーが人気があるというよりは、民主党員におけるブッシュ批判が強すぎるせいであるようだ。

共和党員ですら、反ブッシュの感情が強い。知識人はたいていブッシュ嫌いであるようだ。そして、こういう嫌悪感というのは、投票率に結びつく。普通ならば投票しないような人まで、腹が立つと投票所に行く。一方、ブッシュ支持の人は、特に変わらない。というわけで、現実の支持・不支持以上に、不支持の人が反ブッシュ票を投じるだろう。……なお、次期大統領がケリーになるかどうかは、微妙だと思う。現在はケリー有利だが、私はエドワーズが急伸する可能性があると見る。理由は、クリントンに似ているから。なお、大穴でヒラリー。)

※ もう一つ予測すると、民主党の大統領になると、小泉や読売は、過去のことをすっかり忘れたフリをするのである。「ブッシュ支持でイラクに自衛隊を派遣? そんなこと、ありましたっけ」と。「ここはどこ? 私は誰?」と。)

小泉の波立ち ニュースと感想  (2月06日)


(私のコメント)
私は1月25日の反戦デモに出かけましたが、一般市民の参加は2割ぐらいで後は労働組合などの動員によるものだった。それはのぼり旗などを見れば良く分かります。デモ行進を見る沿道の人たちもほとんどが無関心で「いったい何をやっているの?」といった感じでした。それほど日本人は自衛隊のイラク派遣問題に無関心なのだ。

自衛隊のイラク派遣の何が問題かということは「株式日記」で再三書いてきましたが、これは明らかに憲法違反です。憲法解釈で国家は自衛権が認められると言うことで自衛隊の存在は認められても、現実に組織的な戦闘が行われているイラクに自衛隊を派遣することは違反行為だ。

それ以上に危険なのは国家政府が憲法に違反行為をしても誰もそれを弾劾できないことだ。制度上は国会や司法が出来る事になっているが、与党が多数を占めていればそれは出来ない。「平和と福祉の公明党」すらイラク派遣に全員賛成している。国家が憲法違反しても裁かれないと言うことは無法国家と同じことだ。

同盟国からの要請で軍隊を出すと言う論理は良く分かる。しかしそれならば憲法を改正してから出すべきであり、「国軍として武力行使をいたします」としてイラクへ派遣すべきだ。しかしそれもNATOの同盟国でも派遣していない国があることから議論の余地のある問題だ。アメリカが急に方針転換をしてイラクから撤退したら自衛隊が取り残されることになるが、その時はどうするのか。

もしどうしてもイラク派遣を期日までにしなければならないのなら、憲法改正は間に合いませんが法制局の解釈を変えればいいのですがそれもやっていない。どっちにしろ衆議院選挙で自民党が勝ったということは国民が自衛隊派遣を認めた事になり、最終的には国民が責任を追わねばならない。小泉人気を煽ったテレビなども共犯者だ。

日本政府は今も昔も既成事実を作ってしまってから、後でそれを強引に承認させてしまうやり方は変わっていない。関東軍が柳条湖や盧溝橋など勝手に事実を作り上げ事後承認させていった。それと小泉内閣は同じ事をやっている。それに対して国民が沈黙していることもまた同じだ。ニューズウィークのデーナ・ルイス氏が指摘するように沈黙していると言うことは賛成したと見られても仕方がない。

結局はアメリカのアーミテージから「旗を見せろ」といわれて旗を立てに行ったと言うのが事実なのだろう。独立国である日本がなぜ外国の国務副長官の命令に従わなければならないのか。自民党がどうしてそれに賛成するのか。親米派の人たちは行かなかったら大変な事になると言うがどう大変なのか。国同士意見の対立があって当たり前なのに親米派の人たちはどうしてそれほどアメリカを恐れるのか。

正々堂々と議論で「アメリカは間違っている」と指摘すればいいだけの話だ。それに対してアメリカが日本へ制裁をかけてきたら「アメリカはこのように日本へひどいことをしている」と日本国民に呼びかけて訴えればいいのだ。アメリカから日本が制裁を受けた場合それを救ってくれる可能性のあるのは国連ですが、あまり頼りにならない。

ブッシュ大統領と小泉首相は一身同体ですが、ブッシュが選挙で敗れたら小泉首相はどうするのだろう。尻尾がちぎれるほど振っていたのですから、新しいご主人様にまた尻尾を振るのだろう。しかし新しいご主人様は小泉氏を可愛がってくれるだろうか?

ブッシュ再選間違いなしと尻尾を振っていた親米派の人たちも微妙に意見を変え始めた。アメリカの専門家と称していながらアメリカの動きが読めないのは情けない。一歩離れてアメリカを見るべきではないのか。先日の霞ヶ関官僚日記氏はイラク派遣について次のように書いている。

[]高3女子が署名5000人収集 武力使わぬイラク復興願い (共同通信)

未踏峰への挑戦より。

g_ringさんの意見に同意。ただ、受け取った内閣府(?イラク復興支援は内閣官房じゃなかったっけ)の担当者は彼女にこう伝えてほしい。「お気持ちは受け取りました。ただし、このご提案は政府内で一顧だにされないでしょう。なぜかわかりますか?わからなければ、歴史と、政治経済の仕組みをしっかり勉強してください。そして社会経験を積んでください。」 社会に関心があることはいいことです。彼女のこれからのがんばりに期待。

(追記)

この活動について問われた首相は「読んでいない」とことわったうえで「この世の中、善意の人間だけで成り立っているわけじゃない。なぜ警察官が必要か、なぜ軍隊が必要か。イラクの事情を説明して、国際政治、複雑だなぁという点を、先生がもっと生徒に教えるべきですね」と述べ、請願の内容には応えず、独自の教育論を展開した。

asahi.com : 政治

総理、よくわかっていらっしゃる。

(私のコメント)
霞ヶ関官僚日記氏はエリート意識丸出しのバカさかげんに腹が立つ。自分だけがなんでも知っていると言った態度は官僚特有のものだ。歴史や政治経済を勉強すればどうしてイラク派遣に賛成できるのか?日本の過去の歴史を勉強すればするほど、自衛隊のイラク派遣が憲法違反であり、国連を無視した暴挙であり、戦前の関東軍のやっていることと同じではないか。

日本の官僚たちはその場その場を取り繕うことに長けている。難しい問題は先送りにする技術も優れている。しかし長期的戦略的なものの見方が出来ず、だからこそアメリカにしてやられてばかりいるのだ。なにが「総理、よく分かっていらっしゃる」だ。




日本の明日の政局を予言している韓国情勢
民主党の菅直人は日本の盧武鉉になれるか


2004年2月5日 木曜日

青瓦台の“ワナ”にまんまとはまった韓国外交通商省 船橋洋一

 韓国の知日派の学者と話していたら、「韓国でも『外務省を変える会』が必要なようです」と言う。

「外務省を変える会」は、機密費事件、田中真紀子外相時代の機密文書漏洩事件、鈴木宗男問題、さらにはNGO(非政府組織)排除事件など次々とスキャンダルが噴き出した後、その後始末もあって川口順子外相が、外務省の意識、人事、組織改革を目指してつくった。それと似たようなものを韓国でもつくる必要があるというのだ。

「韓国の外交通商省のエリート意識は鼻持ちならない。盧武鉉政権の大衆迎合路線はいただけないが、彼らが外交通商省のエリートたちとぶつかったのは当然だ。起こるべくして起こったという感じだ。これを機に徹底的に外交通商省を改革すべきだと思う」

 彼自身、多くの外交通商省エリートと同じソウル国立大学の卒業である。その彼にしても、外交官たちのエリート意識は我慢ならないようだ。

 このほどソウルを震撼させた外交通商省幹部による青瓦台(大統領府)の対米政策への批判と、それに対する青瓦台による外交通商省の対米姿勢への批判、その結果の“粛清人事”を念頭に置いての発言であることは言うまでもない。

 韓国からの報道によると、外交通商省北米局の幹部らは昨年末の忘年会などの酒席でこんな発言を繰り返していたという。

「青瓦台NSC(国家安全保障会議)の若い連中はまるでタリバーンだ」

「大統領は彼らのいいようにされている」

「NSCは米国音痴だ」

「彼らは金正日総書記に好意を持っている。そこは野党の言うとおりだ」

「4月の総選挙で野党が勝てば、こんな政権とはおさらばだ」

 いささか、説明が必要だろう。

 青瓦台NSCの若い連中とは、李鍾_NSC事務局次長を中心とする政治任命者たちのことである。李氏は42歳。金日成研究専門の学者出身である。私の友人で、北朝鮮研究の第一人者である金学俊・東亜日報社長によると、李氏の金日成研究はこの分野における金字塔という。席次はナンバースリーだが、盧武鉉大統領の側近中の側近だ。彼らは、理想主義的、さらには原理主義的な自主独立外交を志向する。そこで、タリバーンなどと揶揄したわけだ。

 野党のハンナラ党は、盧武鉉政権が金大中政権の太陽政策のとりこになっており、金正日の“核恐喝”に屈していると批判、盧政権の対米外交の拙劣さを言い立てている。外交官たちは、ハンナラ党の保守親米に共感を持っている。

 内部告発でこれらの情報が青瓦台に届けられた。青瓦台はカンカンになって怒った。

「外交通商省の一部職員は、これまでの依存的な対外政策から脱皮できずにいる。現政権の自主的外交政策の基本精神と方向を理解せず、公私の席で国益に反する言動を繰り返してきた」と、青瓦台は外交通商省の「対米依存体質」を批判する声明を発表した。

 尹永寛外交通商相は辞任。外交通商省北米局の趙賢東・北米第三課長は解任・厳重警告、同課課員が厳重警告、魏聖洛・北米局長は更迭された。

 青瓦台としては、尹外交通商相には外交通商省に対する“抑え”の役回りをしてほしかったのだろう。しかし、尹氏はむしろ青瓦台の“抑え”に回ろうとした、と彼らは不満だったに違いない。

 路線・政策対立は、北朝鮮政策、イラクへの韓国軍派遣、ソウルの米軍基地移転をめぐってもっとも激しかった。すべて同盟をめぐる?藤である。なかでも尹外交通商相と青瓦台、とくに李NSC事務局次長との軋轢は激しさを増していた。

 イラク派遣では、尹外交通商相は内々に8千人派遣を主張、3千人派遣にとどめようとする李事務局次長と真っ正面からぶつかった。これがもとで尹外交通商相と大統領との関係も緊張したらしい(結局、3千人で決着)。

 米軍基地移転問題でも、両者は対立したようだ。この件については外交通商省内でも、北米局と条約局が対立した。北米局は、ソウルの米軍基地の一部に米軍用のホテルとオフィスを残すことを主張した。米国の意向を受けたものであることは間違いない。それに対して条約局は米軍はすべて撤退すべしと要求した。北米局の主要幹部のほとんどが金大中政権人事であるのに対して、条約局は盧政権になってからの人事という点も、両者の対立の背景にあった、と事情通の韓国の友人は教えてくれた。

 韓国のマスコミは、独立派(自主外交派)対親米派(同盟重視派)の戦いと形容している。尹外交通商相は辞任に当たって、次のように韓国民に訴えた。

「独立か同盟かという二者択一は間違った選択だ。韓国は真空状態の国際政治の中で生きているのではない。国際政治のさまざまな関係の文脈の中に生きているのだ。それらの関係を大切にしながら国益を追求しなければならない」

 正論である。

 そもそも、自主外交とか独立外交とかそういうふうに、ある政策、路線を神聖化してはならない。外交は国益を追求する可能性の芸術なのだ。青瓦台の高官が、尹外交通商相の辞任に当たって、自主外交路線を貫徹できなかった責任をとってもらったといわんばかりの発言をしたが、おかしい。これでは米国寄りだから首を切ったと言っているようなものだ。外交としてはまことに拙劣だ。米国がどういう気持ちになるか、少しでも考えたことがあるのだろうか。

 韓国の主要メディアは「盧武鉉は『文化革命』を進めようとしている」(朝鮮日報)、「現実を見つめよ。同盟なしの独立を語るのは早すぎる」(東亜日報)と今回の青瓦台の措置に概して批判的だ。ただ、一般国民にはむしろ受けているようだ。

 この対立は単に親米対独立、同盟重視派対自主外交派という路線をめぐる葛藤ではないだろう。それは、次のような政治、社会、さらには文化面での葛藤の表れに違いない。

▽支配層(冷戦時代の政治階級)対非支配層(同非政治階級)

▽年配層(朝鮮戦争を記憶している世代)対若い層(その後に生まれた386世代=注=を中心とする層)

▽ソウル対地方

▽ソウル国立大学対その他の大学

 この保守・親米支配層の最上層が「外交通商省内の王室(royal family)」と呼ばれてきた北米局なのである。

 エリート外交官たたきは、どこでも受けるものと見える。冷戦後、その傾向は欧米でも、そして日本でも強まっている。

 韓国は4月、総選挙である。

 エリート外交官たたきは、青瓦台の選挙参謀にとっては票を稼ぐまたとない材料なのだ。外交官たちは、まんまとはまったようである。

「外務省を変える会」、まあ、つくってもいいが、肝心なことは、プロとしての技を磨き、身を正し、公僕に徹し、用心深く振る舞い、政治家の大衆迎合政治の餌食にされないようにすることである。私心があるからつけ込まれるのだ。

 友人には、そんな助言ともつぶやきともつかないことを話したのだが……。


(私のコメント)
日本の民主党の菅直人代表は大衆の動きを掴みかねているようだ。むしろ小泉純一郎首相のほうが大衆を操る技術に長けている。いくら菅代表が鋭く国会で追及したところで、小泉首相のはぐらかし答弁であしらわれてしまう。質問自体は的を得た鋭さなのだが、大衆がそれについてこない。どうしてなのだろう。

ならば小泉首相があれほど失言や公約を反古にしても、未だに40%台の支持率を得ているのはなぜだろう。本来ならばイラク派兵問題などで自民党に投票すれば派遣が決まると言う段階で選挙を行って自民党が勝っている。民主党はなぜ勝てなかったのだろう。最近の世論調査でもイラク派遣賛成が50%を超えた賛成を得ている。

それだけ国民世論がタカ派になってきているのだろう。そこを小泉首相はうまく掴んでいるのかもしれない。日本国民がそれだけタカ派になったのは北朝鮮問題が大きく影響している。テレビでもイラク問題はさほど関心を呼ばなくても、北朝鮮問題になると反応は大きいらしい。つまり北朝鮮の金正日が挑発すればするほど小泉人気が高まっていると見るべきだろう。

つまり小泉首相は敵を作るのがうまく、それと対決姿勢を煽ることで国民的人気を得ているのだ。北朝鮮の前は自民党の抵抗勢力だった。小泉首相が自民党を潰すと絶叫すれば国民は沸き立った。抵抗勢力がおとなしくなった後に金正日が出てきて小泉人気を支えている。このように国民を煽動して支持を得るやり方は小泉首相のほうがうまい。

韓国の盧武鉉が大統領になれたのも、米軍が韓国女子学生と交通事故を起こして二名死んだ事件を利用して、反米感情を煽り若い世代に担がれて大統領に選ばれた。このように具体的な悪役を作り出してそれと戦う姿勢が支持の原動力になっている。だからこそ盧武鉉大統領は親米的な外交通商省の大臣をクビにした。

小泉首相も盧武鉉大統領も国民的支持が政治基盤だからポピュリズム政治家だ。だから政策変更したりすることが国民の支持を失う元であり、政策に柔軟性が取れないことが弱点だ。民主党としては外交防衛を争点とするより、構造改革の公約違反を攻めた方がいいのだろう。さらに弱点である景気回復についても攻めるべきだ。

もし菅代表がポピュリズムに徹しきれるのならば、外交防衛についても小泉首相よりタカ派の政策を打ち出したほうが支持は集まると思う。しかし菅代表は親中国、北朝鮮的であり左派的な外交は国民レベルでは支持が集まらないだろう。それは中国については瀋陽事件などの国民の反応を見ても反中国感情が国民レベルでは溜まっている。

北朝鮮の拉致問題や、中国人などによる外国人犯罪の劇的増加は国民生活に密接な問題であり、日本の行政はこれに対応できていない。ネットなどの書き込みを見るとこれらに対する苛立ちが非常に多い。だから石原東京都知事が過激な発言を繰り返すたびに人気が高まる。小泉首相がなんだかんだと靖国参拝を止めないのも、国民感情を巧みに掴んでいるからだ。

韓国の盧武鉉大統領が反米感情を煽っているがごとく、小泉首相も反北朝鮮で人気を煽っている。外交問題で反感を煽るのは非常に効果的だが拗れると国の運命を危うくする。だから外交防衛問題で人気を煽るのは邪道だ。小泉首相が危険なのはこの邪道な方法で人気を煽っているからだ。

中国や韓国が反日感情を煽って政権を強化するやり方は、今までの日本なら問題になりにくかったが、最近の日本の国民感情はタカ派的になっており、憲法改正から核武装まで口にすることも平気になった。私の持論でもあったのですが、中国や韓国がそれに気付いてほしいと思っているのですが、マスコミ自体がその流れに気がついていないようだ。




植草一秀 X 元谷外志雄 ビック対談
竹中大臣は非を認めない、ごまかす、自画自賛する


2004年2月4日 水曜日

ビックトーク 日本の国家戦略 植草一秀X元谷外志雄


(私のコメント)
グーグルで「竹中 売国奴」で検索したら以上の対談が見つかりました。2002年の12月で1年ほど前の対談ですが、状況はほとんど変わっていない。元谷氏は私と同業であり対談で発言している事と私の意見は、ほとんど同じです。バブルの発生と崩壊の影響をもろにかぶり、いったい大蔵省は何を考えてやっているのだろうと、いらいらしながら大蔵・日銀の政策を見ていた。

大蔵省の役人や日銀の役人達は制度的に株式投資などが出来ない。だから市場そのものを理解すると言うことが出来ず、為替市場に見られる介入は非常にお粗末なもので、今年の1月だけでも7兆円もの介入を行っている。こういうのを垂れ流し介入と呼び、まずいやり方だ。為替介入すれば外貨準備高を積み上げるだけで、それ自体が円高要因になってしまう。

むしろ国内景気を良くして内需を拡大することが円高を抑制すると思うのですが、景気を回復することに関しては竹中金融大臣は反対のようだ。せっかく株式が立ち直りかけたにもかかわらず竹中大臣はまたしても冷や水をぶっ掛けた。以下のニュースによるとUFJを血祭りにあげるらしい。

主要行に対し本日付で特別検査の実施を通知=竹中担当相

[東京 27日 ロイター] 竹中経済財政・金融担当相は、閣議後会見で、主要行に対し、きょう付けで2004年3月期を対象とする特別検査の実施を通知することを明らかにした。検査の対象となる企業数については、詳細はこれから詰めるとしたうえで、基本的に大きな変化はないと述べた。
竹中担当相は、「検査と監督の連携を深めながら実効性のある検査、監督をしていきたい」と述べた。そのうえで、再建を必要とする貸出先の再建計画の妥当性に関しては、これまでも再建計画検証チームが検証してきたが、「今回も特別検査の実施にあわせて実施し、継続的に実効性のある検証をしてゆく」と述べた。

1月の月例経済報告では個人消費の判断を上方修正したのに対し、今月26日に発表となった全国百貨店売上高は2カ月連続で減少となり、依然として消費の鈍さを示すものとなった。
これについて竹中担当相は、「これからも多様な角度で見ていかなければいけないと思うが、全体としては消費に堅調な動きがでていると判断できる。引き続きしっかりみてゆきたい」と語った。

UFJ銀行の内部に、金融庁検査に対して示した資料とは内容の異なる文書が存在したとされる問題に関しては、「個別行に対する検査のことにはコメントは差し控えたい」とした。UFJホールディングス<8307.T>の株価急落についても、株価へのコメントは差し控える、とした。(ロイター)
[1月27日11時21分更新]

要するにメガバンクのどれかを国有化して、アメリカのハゲタカファンドに売らなければならないと決めているらしい。そのためには景気を回復させてはならず、株式も高くさせるわけには行かない。そのためには銀行を締め上げて株式を吐き出させればいい。私自身は株が上がれば土地も遅れて上がり始める。土地が上がれば不良債権問題も片付き金融も正常化すると考えています。

だから小泉・竹中内閣が続く限り株式は回復せず、回復するのはハゲタカが十分日本の企業を買い占めた後になる。この意味で竹中大臣はアメリカの手先であり売国奴なのだ。どうせ大臣を辞めた後はアメリカの大学教授の椅子が約束されている。竹中大臣を起用している小泉純一郎はもっとワルなのですが、自民党も野党も手を出しかねている。小泉首相の背後にはブッシュ大統領が控えており、うっかり手を出せば政界から葬られるらしい。

しかしこれはブッシュ大統領が再選されると言うことが前提であり、親米派の言論人は盛んにブッシュ再選は間違いないと言いふらしているが、最近は雲行きも怪しくなってきた。フセイン逮捕も効果がなく、おそらくビンラディン逮捕とかイラク問題を国連に丸投げするとかのウルトラCをやるかもしれないが、民主党のケリー氏が次期大統領に有力になってきた。

<米大統領選調査>ブッシュ氏支持率50%切る ケリー氏53%

 米CNN、USAトゥデー紙、ギャラップ社が2日発表した共同世論調査によると、大統領選がケリー上院議員とブッシュ大統領の戦いになった場合に、ケリー氏に投票するという人が53%と、ブッシュ大統領の46%を7ポイントも上回った。大統領は、エドワーズ上院議員との比較でも48%対49%と、リードを許した。(毎日新聞)
[2月3日10時56分更新]

そろそろブッシュの後ろ盾を失った小泉首相の失脚も近いだろう。そうなったら植草一秀氏に竹中大臣の後をやってもらい、竹中理論が間違っていたことを証明して欲しい。加藤氏、古賀氏、亀井氏がイラク派遣承認で欠席したことは今後の政局の伏線だろう。

株式日記と経済展望 ビック対談 植草一秀X元谷外志雄




「事務次官会議」を廃止しても政治主導にはならない
「ボトムアップ」と「トップダウン」の仕組みの問題である


2004年2月3日 火曜日

◆事務次官等会議廃止論と、政府内意見調整システム 2004/01/26

まず名称だが、閣議の前日に行うのは「事務次官会議」ではなく「事務次官『等』会議」である。これは、会議の司会として内閣官房副長官が出席することから、出席するのが事務次官だけではないよ、ということを示している。正確な語を使ってもらいたいものだ。

さて、民主党は一貫して「事務次官等会議廃止論」を唱えている。しかし、官僚や有識者は「そんなことをしても無駄」と思っている。なぜか。

民主党は、閣議の前日に行われる事務次官等会議が政策を実質的に決定しており、そのため、閣議での決定は「事務次官等会議決定の後追い・形式的承認」に過ぎず、政治主導が果たされない、と主張する。この議論が成立するためには、事務次官等会議が真に政策を決定する機関であることが必要であるが、結論から言えば、事務次官等会議もまた「形式的承認」機関であるに過ぎない*1。また、事務次官よりも大臣の方が当然えらいので、事務次官等会議の結論を閣議の場で否定することも、現制度の下であっても原理的には可能である。よって、民主党のいう改革を実施したところで、真に「政治主導」の政策立案ができるかというと、非常に疑問である、というかその目的は達成されない。それは、日本の政策立案システムが、基本的に「ボトムアップシステム」であるという点に由来する。

事務次官等会議と閣議の話をする前に、霞が関各省庁間の意見調整システムについて説明しておく必要があるだろう。意見調整システムといっても、これを詳細に検討すればはてなダイアリーブック数冊分になるので、ここでは「ある省で作成された法律案が法制局審査*2を経てから、それが閣議決定されるまで」について解説する*3

法律案は、衆参両院で可決されなければ法律にならない。そして国会に提出するためには、閣議で決定されなければならない。閣議決定は多数決ではなく全会一致によってなされるので、全大臣が「うん」といわなければならない。大臣というのはそれぞれ役所を従えているわけで、大臣が「うん」と言うことは役所が「うん」と言うのと同義。大臣は専門的事項に関しては素人なので(役所の膨大な所管事項すべてに専門家であることは、大臣のみならず、事務次官であっても不可能である)、原則、役所の事務方が色々検討をし、最終的に大臣にご了解いただく、という形で大臣の決定がなされる。というわけで、閣議で全大臣の同意を得るためには、「前もって」各省庁事務方がその内容に同意していなければならない。

さてここで、A省が作成した法律案に対し、B省がどうしても同意できないと考えているとしよう(法律案ができて法制局審査まで終わっている時点で、B省は下手をうったことになるのだが)。A省は、法律案について各省庁から同意を得るため、これを「各省協議」(または「合議」(ゴウギではなくアイギと読む))に掛ける。曰く「別添のとおり法律案を作成いたしましたので、ご意見がありましたら○月×日までに別紙様式に従いご提出ください。なお期限までにご提出なき場合、ご意見なしとさせていただきます」と(文言は一部簡略化。締切は各省協議文配布から原則5営業日後に設定される)。つまり、この期限までに意見がない場合はその省はこの法律案に同意したことになる、文句があればはよ言ってこい、ということだ。

ここでB省は思いの丈を様式に記入し、A省に投げ返す。その後、A省からB省に対し返答をする。A省は原案のとおり通したいわけだから、当然B省の申し入れを理由をつけて拒否する。これに対し再度B省は意見を送りつける。このやりとりを繰り返し、問題がこじれれば課長レベル、局長レベルで直接対話し、着地点が見つかったところで「打ち止め」になる。

これをA省は全省庁に対して行い(だから法案作成担当は死ぬほど忙しい)、全省庁の(消極的・積極的)同意を得たところで事務次官等会議、閣議に持って行くのである。よって、事務次官等会議にあがってきた時点で、すでに法律案は各省庁間調整が済んでおり、議論のしようがない(ウルトラCとして、事務次官等会議でひっくり返すという裏技を、例によって例のごとく通産省が過去にやったと聞いたことがあるが、真偽を含め詳細は知らない)。

「大臣の意見が反映されないじゃないか」と批判する向きもあろうが、高度に政治的な(つまり重大な)問題に関しては、法律案作成以前に、その実質的な内容に関し大臣も含め各省庁を巻き込んだ調整が行われるのが通例だし、法律案の中には技術的な問題を主に扱うものも多いので、いちいち大臣が出張ってくる必要のない場合も多い。

A省とB省の調整を、そんな事務方が水面下でごにゃごにゃやらないで閣議の場で議論すればいいじゃないか、という向きもあろう。しかし、繰り返すが大臣は専門家ではなく、たとえ坂口厚生労働大臣のように専門家(医者)であっても、厚生労働省の幅広い所管(労働安全、麻薬取締、職業安定、年金等々)のすべてについて専門家であることはあり得ない。閣議で議論といったって、時間もないことだし、事務方が用意したペーパーを読み上げて、後は事務方に詰めさせましょうということになるだけだ(全大臣が15年ぐらいその役所にいれば実質的議論もできようが、民主党政権下においてこのような超長期間在任させるという主張は聞いたことがないし、寄り合い所帯の民主党でそれができるとは思えない)。

このように見てくると、民主党の「事務次官等会議をなくし、脱官僚を」との主張が空論であることがわかるだろう。事務次官等会議をなくしたところで脱官僚が達成されるわけではないのだ。

こういう事態を当然民主党は知っている。岡田克也だって元官僚だし、その他官僚出身議員がたくさんいる。菅直人だって厚生大臣をやっていたんだから知っているだろう。しかしそれでもあえて前面に押し出し主張するということは、国民をだまくらかそうとしているということだ。政権取りの前には無意味な「脱官僚」を押しだし、まかり間違って政権を取ってしまった暁には事務次官等会議を廃止して「脱官僚」が達成されたかのように。しかし実質的な意思決定システムに変更がなければ、看板の書き換えに過ぎない。まるで民主党が看板の掛け替えと批判する特殊法人改革のように。

民主党が本気で脱官僚を図りたければ、もっと根本的に物事を考える必要があるのではないか。それこそ各省庁各局に「政治委員」として民主党員を貼り付けるとか(笑)。物事を突き詰めて考えていない感じが、私をして民主党に対する不信感を抱かせるのである。

(なお、各省協議については、法案の説明に来たA省担当者をB省の人間が十数人でつるし上げとか、意見に先立って「質問」を何百個も送る「紙爆弾」とか、恐ろしい風習が霞が関には存在するが、省略した。)

霞ヶ関官僚日記


(私のコメント)
1月29日の日記で中村敦夫参議院議員の講演を紹介しましたが、そこにおいても次のように指摘しています。

   実質的に。どこで決まっているかというとその前の次官会
   議なんですね。事務次官会議。要するに各省庁のトップ達がお互いの利益を調整し
   ながら、全部こう決めているわけですよ。それを内閣にあげると閣議というのは朝
   みんな並んで座って、ニコニコしているあれですね。あれでもう何の検討もなくO
   Kなんです。判子を押しちゃうわけです。これが閣議なんです。だから形は閣議決
   定なんです。


ところが霞ヶ関の官僚によれば事務次官会議も単なる承認機関らしい。実際には担当課長や所轄局長が立案から各省庁間のすり合わせなど全部やっている。これが「ボトムアップシステム」と呼ばれるものだ。だから事務次官会議を廃止したところで政治家主導の政治が行われるわけではない。日本の政治は大臣の関与できない官僚組織の闇の中で全てが運用されている。

大臣は官僚が書いたメモを読み上げるだけであり、中にはメモの漢字すら読めずに振り仮名が振ってあるそうです。このような状況では大臣に人事権もなければ政策決定権もないのは当然なのかもしれない。首相は大臣に政策を丸投げし、大臣は官僚たちに運用を丸投げする。権限は果てしなく分散し、いったい誰が日本の政治を行っているのか分からない状態になる。

だから民主的政治が行われているのかと言えるのか。我々が選挙で選んだ国会議員も自らが法律を作ることはほとんどなく、国会の議決も党議拘束で議員個人の意見が反映されず、いったい誰が政策決定を行っているのか分からない。総理大臣すら官僚の書いたメモを読みながら答弁し、粛々と国会運営が行われている。

これで、はたして民主主義が機能しているのかといえるのか。これでは官僚たちに都合の良い政治しか行われなくなり、官僚たちは天下りなどによって特権階級を形成してゆく。これに対して小泉内閣は有効な手を打つことが出来ない。公社公団を民営化すれば無限に数を増やし、給与も好きなだけお手盛り出来るようになるだけだ。むしろやるべき事は不必要な公社公団を廃止することだ。

現状のボトムアップ方式の政策決定は、無能な大臣や首相がなっても影響がないように作られた制度だ。企業にしても大型化して安定した企業はほとんどがボトムアップ型経営になる。企業幹部は年功序列で偉くなり、組織への忠誠心が出世のための切り札になる。だから社会常識に反したことも、会社のためにという理由で社員達は一生懸命不正行為を行うようになる。

官僚たちも同じであり、省の利益を守るために国家利益に反したことも行おうとする。それを止めさせるために大臣が省を監督すべきなのですが、それが出来ない。大臣は一存では官僚をクビにしたり左遷させたりは出来ない。本来は出来るはずですが大臣が無能なために出来ない。かえって官僚たちは無能な大臣のほうがやりやすいと感じていることだろう。

小泉首相への支持率が50%を超えていることは不思議でならない。その理由の多くが自民党内には他に人材がいないからという理由が最も多い。日本の政治が無能でも首相や大臣が務まる時代が長い事続いたせいで、人材がいなくなってしまい世襲政治家や利権政治家ばかりになってしまった。

そのために民間人を大臣に据えるようになり、国民の声がますます反映しづらい政権が出来ている。竹中金融大臣や川口外務大臣は国民世論に耳を傾ける必要がなく、もっぱらアメリカの奥の院ばかり目が向いてる。このように議院内閣制も空洞化しており、日本はいつまで経っても景気は回復せず、竹中大臣はメガバンクをもアメリカに売り飛ばすようだ。

このように日本は未だに議会制民主主義が機能しておらず、日本にあるのは行政組織だけなのだ。中村敦夫議員が指摘しているように三権は分立しておらず三位一体なのだ。小泉政権が憲法違反しても、それを弾劾すべき司法は違憲判決を出すわけがない。自民党議員ですらイラク派遣は違憲だと言っているのに、誰もが見て見ぬ振りをしている。自民党自体が官僚組織や大企業のように組織に忠誠を尽くすことが、国家の利益より優先する政党になってしまっている。

事務次官会議が日本の最高意思決定機関であるかのようなシステムは良くない。官僚が嫌がるような「やり手」の政治家を選ぶにはどうしたらよいのだろう。政治家と有権者とのパイプを太くしてゆくことが大切だ。さらにはマスコミの質も上げる必要がある。今まではマスコミが世論の代弁者であったが、最近はそうでもなくなり、世論とマスコミのズレを指摘するネットが登場してきた。「株式日記」もその一つだ。




強国が良いコーヒーを飲み始める時、
その帝国は没落する


2004年2月2日 月曜日

21世紀もまたアメリカの世紀となるでしょうか?そんなことはまずあり得ないでしょうね。アメリカは消える運命にあるのですから。そしてその原因はコーフィーにあります。先ずは事実から。デニーズは、ファミレスのチェーン店を1700店舗展開していますが、コーヒーを豆から引き立てのものに切り替えようとしています。ダンキンドーナッツは200店舗でエスプレッソをテストしています。 セブンイレブンは昨年'グルメブレンド' の販売を開始しました。アメリカ中の様々なマクドナルドもまたそうです。

悲しいことに、世間の人たちは、まずいコーヒーは領土拡張主義、権力意識、好戦的感情を燃え立たせ、一方おいしいコーヒーは慇懃、穏和、諦めの香りを漂わせるという歴史の鉄の法則を分かっていないのです。

現在史の軍事大国、アメリカ、ソ連、ドイツ、イギリス、日本、中国、イスラエルをみてみれば分かります。19世紀のアメリカの拡張期はローテクのコーヒーポットに特徴づけられています。それは、中で内容物が煮詰まって、まるでバッファローのなめし材のように黒みを帯びた酸味のあるもの(コーヒー)になるまで火にかけておくという代物でした。

ソ連の場合は、毒々しく濃く苦いコーヒーでした。しかも生ぬるいのです。しかし赤軍は1945年にベルリンまで達しました。その後も様々な衛星国で起きた反乱をこともなげに鎮圧し、キューバ、アフリカ、アフガニスタンへと進んでいきました。プロイセンドイツの場合はどうだったかというと、当時、 本物のコーヒーを飲めたのは金持ちだけで、一般庶民は煎った大麦とチコリをブレンドしたもので間に合わせなければなりませんでした。しかしそのおかげでドイツ軍はモスクワやカイロの城門に達することができたのです。

次は日本と中国をみてみましょう。日本軍が対馬でロシア艦隊を撃退した年代から真珠湾でアメリカ艦隊を壊滅した年代にかけては、日本男児はコーヒーの何たるかをさえ知りませんでした。緑茶しか飲まなかったのです。同じことが朝鮮半島で米軍を後退させた時の中国についても言えます。イギリスも然り。イギリス料理とおなじような味の(まずい)コーヒーをがぶ飲みしていた頃は400年間世界の海を支配していました。小国イスラエルは5度の戦争でアラブ世界に勝ちました。 それはどうしてでしょう?イスラエルの'コーヒー' がソ連製のT72戦車を3分で腐食できたからなのです。

では今度は反対側からみてみましょう。中東に詳しい人なら誰でも知っているように、アラブ(またはトルコ)コーヒーは、世界でも最高級のもので、特にカルダモンを入れると逸品です。しかしアラビア人が戦争で最後に勝利を収めたのはいつだったでしょうか?また世界にエスプレッソをもたらしたイタリアの場合はいつだったでしょう?実のところ、イスラム国家は良い例なのです。フェルディナンドとイザベラが1492年、イベリアにあったムーア人の最後の砦を粉砕した時、アラブ勢力は永遠にその力を失ったのです。ソ連流の言い方を借りれば、同志諸君、これは偶然では断じてないのです。

13世紀半ばころになって,豆をいって煮出すようになり,色は黒く,苦みはあるが香りの高いものに一変した。快い刺激と興奮をもたらすその飲料は,コーランで酒を禁止されているイスラム教徒によって熱狂的に歓迎され,薬用よりも日常的な飲料として定着していった。なかでも神秘主義者の間で,夜間の勤行を助ける眠気覚ましとして好まれた。 すでにブンとは呼ばず, 一種の酒の名をとって :〈カフワqahwa〉 というようにもなった。このアラビア語がトルコに入って<カフウェkahve〉となり,やがて17世紀にヨーロッパ各地に広まり, コーヒーまたはカフェという世界的な通用語を生むに至る。(世界大百科)、

15世紀中葉、イスラム世界中で質の良いコーヒーが広く飲まれるようになり、50年後にはアラブの力は終わったのです。そしてやがてオスマントルコ帝国の力も終わりました。1699年、ウィーンの城門を最後にトルコ人の進軍は止まりました。さあ次はハブスブルク家の番です。トルコ人は撤退する時、コーヒーの入ったずだ袋を置き去りにし、オーストリア人はモカの味を覚えました。後にドナウ川沿いでのワルツに捧げたのと同じ愛情をコーヒーにも捧げたのです。オーストリアの伝説的なコーヒーハウスで、偉大な文化が育まれました。モーツアルト(コーヒーカンタータを書いたのが彼ではなくバッハというのは残念ですが)にカフカ、フロイト。しかしハブスブルク帝国は消える運命にあり、18世紀にはフランスに攻撃され、19世紀にチコリをがぶ飲みするプロシア人に敗北したのです。

しかしこの大理論を水ももらさぬ本当に完璧なものにするためには、この理論が動的にも働いていることを示さなければなりません。故に次の命題を証明する必要があります。コーヒーのまずい国がケニアンブルーの無上の喜びを知った時には、ミルクスチーマーからシュッと音が聞こえ出すとその国は攻撃用小銃を捨てるはずである。

その通りなのです。かつてドイツは地球上で最も軍国主義的な社会でした。しかし今では津々浦々まですばらしいカプチーノが広がり、ドイツ人はキャスパー・ミルクトーストみたいな腰抜けになってしまいました。ロシア人はどうでしょう?モスクワはカフェラテの栄える地に変わり果て、赤軍の残党はみすぼらしいチェチェンの連中を征圧することもできないでいます。現在の民主政体スパルタ、イスラエルはどうしてレバノンからの撤退の話しをするのでしょう?ちょっとテルアビブのシンキン通りのエスプレッソ用器具を数えてみて下さいね。

そしてそれは我がアメリカ帝国を衰弱と崩壊に導くのです。確かに、世界最強の国アメリカは依然としてサダムやミロシビッチのようなやからと戦い抜いています。しかしその意志力はダブルショットデカフェの上にのっている泡立てたミルクのように溶けていっているのです。そのことは数が雄弁に物語っています。アメリカコーヒー協会によると、90年代初めアメリカには 'グルメコーヒー店' はわずか500しかありませんでしたが、今では7000もあるのです。その中には2000のスターバックスが含まれています。

大帝国が何故このような衰微の道をたどるのかについて、16世紀のあるアラビア人医師は次のように説明し、警告を発しています。 'コーヒーを飲むと、肉体が以前の自己自身の単なる影になってしまい、心臓と腸はとても弱くなり・・・' 現在の言葉で焼き直せば、 米兵は金張りのコーヒーポットかM-16 ライフルのどちらかを磨きます。しかしフラプチーノ(コーヒー)片手ではヘルファイヤーミサイルは発射できません。愉悦が武勇に勝ってしまうんですね。

そういう訳で、アメリカよ、詰めて場所をあけなさい。(まあヨーロッパのことは置いといて良いでしょう。)21世紀は中国とインドの世紀になるでしょう。どちらにも10億の茶を飲む人々がいるのです。その上天安門広場にはスターバックスも見当たりません。

Latte Lightweights(12.6.P60.1999)


(私のコメント)
日本の街のあちこちには喫茶店があり、最近ではスターバックスのようなスタイルの喫茶店も増えました。私のビルの前の店も1杯150円の格安コーヒー店が流行っている。勤務時間中でありながら、どうして人々はコーヒーを飲みに立ち寄るのだろうか。私は緑茶党でありコーヒーはほとんど飲まない。しかし以前はコーヒーをがぶ飲みしていた時期があった。

それは銀行員時代で外回りの営業マンでしたが、午前中にほとんど仕事を片付けてしまい、午後は2,3件回って後は喫茶店でコーヒーを飲んで新聞を読みふけっていました。当時は預金集めに各銀行や各支店が競争しており預金高が銀行のバロメーターだった。金融の自由化が大々的になっていた時代でも銀行の幹部達はノルマを達成することだけしか頭になかった。

私はこれからは銀行経営の効率化をはかり、大口の不動産担保金融は止めるべきだと会議などで主張していたのですが相手にされなかった。これでは迫り来る金融大変革に日本の銀行が対応できないでいるのは会社の体質でもあるし人材の質に原因がある。だからやる気をなくして月給泥棒に徹した態度で仕事をするようになった。だからコーヒーは仕事をやる気をなくする働きもあるのかも知れない。

スターバックスなどの店内を見ると客はほとんど若い人だが、若い人が無気力なのもコーヒーが原因なのだろうか。コーヒーはもともとエチオピアが原産地でありそれがエジプト、シリア、トルコへと伝えられましたが、酒が禁じられたイスラム寺院で密かに僧侶達が飲む門外不出の秘薬だった。15世紀頃から広く飲まれるようになりましたが、何度も麻薬だとして飲用を禁止された。

だからコーヒーはマリファナやコカインと同類のものらしい。ただ効き目が緩やかなのと大衆に普及してしまっているから禁止しても効果がないだけなのだろう。しかし大帝国の兵士などがマリファナやコカインを常飲するようになったら戦争に勝てるわけがない。だからコーヒーが常飲されるようになった強国は没落すると言うのも屁理屈と言ってばかりもいられない。

アメリカで90年代からスターバックスを始めとするグルメのコーヒーショップが爆発的に広まり始めました。この事からもアメリカ帝国の没落は確定的になったと言える。コーヒーの威力はトルコ帝国を没落させオーストリア帝国も没落させた。他のヨーロッパの帝国も没落させたコーヒーが、アメリカだけは美味しいコーヒーに恵まれませんでした。しかし90年代からのグルメのコーヒーショップがアメリカ帝国を没落させるののであって、イラク戦争がきっかけではないのだ。

悪辣なる大英帝国がコーヒーの原産地を植民地としながらも、紅茶を飲み続けたのは、コーヒーが帝国を滅ぼすと言う事実に気がついていたからだ。コーヒーにはカフェインやその他の覚醒物質が含まれており多量に飲用すれば麻薬的効果をもたらす。麻薬の普及とコーヒーの普及とは深い関係が有るのだろう。どちらも神経に覚醒効果をもたらし、止められなくなるからだ。

コーヒー以外にも酒とかタバコとか様々な健康に有害なものが出回り、その誘惑に負けて人は溺れてしまう。やがては麻薬やヘロインなどに手を出し廃人になって行く。中華帝国も英国商人が持ち込んだアヘンがもとで滅んでしまった。それくらい人々が常飲するものは国家の盛衰に影響するものであり、軍事力がどうのこうのとか、経済力がどうのこうのと言っても、肝心の人間がコーヒーなどの麻薬に侵されては大帝国が没落するのは間違いないのだ。

※(今日の日記は真剣に読まないでください。)



「サハラに舞う羽根」 シェカール・カプール監督
帝国から独立するには敗北しても戦う価値がある。


2004年2月1日 日曜日

アフガニスタン、イラクと続く自衛隊の海外派遣が議論を呼ぶ中、その流れに警告を発するかのような作品「サハラに舞う羽根」(02年、米英合作)の公開が20日、大阪・梅田のOS劇場など全国東宝洋画系で始まった。

英国が世界の4分の1を支配していた1884年、将軍である父に期待されるまま軍人の道を歩んだハリー(ヒース・レジャー)は、婚約者エスネ(ケイト・ハドソン)や厚い信頼を寄せる仲間に囲まれ、ロンドンで順風満帆の日々を送っていた。

 ある日、北アフリカのスーダンで反乱が起き、連隊に出動命令が下る。仲間が血気にはやる中、ハリーの脳裏を戦場の恐怖とエスネとの別れがよぎる。そして戦いの意味を見失った彼は除隊届を出す。しばらくして、仲間から3枚の白い羽根が届けられた。それは臆病(おくびょう)者のシンボルだった。ハリーは苦悩の末、灼熱(しゃくねつ)の砂漠に向かう。

 反乱軍との戦闘、「アラビアのロレンス」をほうふつさせるラクダのキャラバン。モロッコで撮影されたというサハラ砂漠に浮かび上がる壮大なシーンと映像美は見る者を120年前に誘い込む。だが、わくわくとする高揚はどこからも感じられず、戦うことの空(むな)しさばかりが心に残る。そんな戦争を縦軸に、ハリーとエスネ、仲間たちの人間模様を横軸につづり、奥行きの深い作品にした。

監督は98年にアカデミー賞7部門にノミネートされた「エリザベス」のシェカール・カプール。英国植民地時代のインド(現パキスタン)で生まれ育ち、英国で暮らした体験も持つ。歴史を見る目は冷静かつ公正だ。戦争を強者の側から見たエキサイティングなドラマとして描かなかったことも納得できる

「高慢さを持ち、自分たちだけが『神の民』であると信じている白人がいる。それはなぜなのか」。この疑問が出発点にあったと監督は言う。スーダンの民を「恩を感じない蛮族」と吐いて捨てる英国人のせりふからも、そんな思いが感じ取れる。

 自衛隊をはじめ、米国の要請でイラクに各国の軍隊が派遣されることについては、「反対だ。今イラクで起きていることは帝国主義的な侵略と言っても差し支えないと感じている。それは結局、国家がスポンサーになるテロと変わらない」。

 「戦うのは友達のため」――。この作品で監督が最も訴えたかったのが終盤で語られるこのせりふだという。

 「第二次世界大戦、ベトナム、イラクで戦った人と話をすると必ず言うのがこの言葉だった」。国家の大義や偉大な理想を抱いて戦地に赴いてもそんなものはすぐに飛ぶ。残るのはすぐそばにいる戦友を守るためということだけだという。

 世界情勢がきな臭さを増している。監督は「歴史の一番重要な部分は『学ぶこと』だと思う。残念ながら、我々の社会は、せっかく歴史上起きた事実を学んでも、また忘れ、同じ過ちを繰り返してしまう」と熱く語った。 【北林靖彦】

(2003年9月20日毎日新聞大阪夕刊から)


この映画がアメリカで公開になったのは2002年の秋。ちょうどブッシュとブレアがイラク侵略の必要性を英米国民に主張し始めた時期でした。英米両国政府は「イラクはアルカイダの温床で、核兵器を保有している」という理由を挙げてイラク攻撃を正当化しようとしていましたが、世界のほとんどの国々はこの理由をまともに取り合わず、「ブッシュとブレアは石油がほしいだけ」と言っていました。

 そのため、アメリカの評論家たち(アンチ・ブッシュのリベラルなインテリが圧倒的に多い)はこの作品を見てこう言っていました。

 「『サハラに舞う羽根』は十字軍の時代も19世紀も、そして今もキリスト教徒のアングロ・サクソンの優越感と帝国主義/植民地主義的な思想が変わっていないことを物語るものなので、反面教師として鑑賞するといい」

 実は『サハラに舞う羽根』は1915年に最初に映画化されて以来、39年までになんと5回も映画化され、77年にはテレビ映画にもなっているので、この作品は7回目の映画化です。

 他の作品はイングランドの帝国主義をかなり美化しているんですが、この作品は監督がインド人(インドは長年イングランドの植民地としてイングランドの圧政に苦しんでいました)なので、帝国主義に根ざすイングランド人のプライドというエレメントにはそれほどこだわらず、メイン・キャラクターたちの人間性に焦点を当てています。

 それに、主人公を助けるムスリムの黒人が非常にポジティヴなキャラクターとして描かれていることも、「白人キリスト教徒=善、有色人種の非キリスト教徒=悪」というステレオタイプが好きなハリウッド映画とは違う点で、評価すべきでしょう。

 映画の最後で、ジャックが「戦場で勇気を与えてくれるのは(戦争を正当化する)イデオロギーでも自国の国旗でもなく、自分の左右で一緒に戦っている友達だ」と演説します。

 ブッシュやブレアにこの名言を聞かせて、イラク侵略のための大義名分をでっちあげてエセ愛国心を煽ったことを反省していただきたいものですね。

 イングランドでは「ヒース・レジャー(オーストラリア人)とケイト・ハドソン(アメリカ人)の姿勢が悪くて、どう見てもイングランドの上流階級の人間とは思えない」と批判されていましたが、その部分を無視すれば壮大な時代劇として楽しめます。

西本マリーのUSA通信 「サハラに舞う羽根」


(私のコメント)
「サハラに舞う羽根」と言う映画は今回以前に5回も映画化されているそうです。原作小説を映画化したものですが、今回はインド人の映画監督を起用しているので、以前の映画とはかなり観点が異なった作品となった。2002年の作品だからイラク戦争の始まる前であり、9,11テロ以前に構想されて作られたもので、イラク戦争を意識した映画ではない。しかしながらこの映画の舞台とイラク戦争とはどうしてもダブってしまう。

この映画は19世紀末の大英帝国華やかなりし頃の時代であり、地球の四分の一が英国の植民地であった。その大帝国を支えていたのが映画の主人公の英国軍士官であり、英国においてもエリートとして認められていた。その中での落ちこぼれの主人公はスーダン遠征を前に除隊してしまう。理由としては反戦思想の持ち主と言うわけではなく、士官としての自覚に欠けていたらしい。

臆病者のレッテルを張られた主人公は汚名挽回のためにスーダンに旅立ち、窮地に立った仲間達を助けに行って汚名を晴らすと言うストーリーで、一種の戦意高揚小説だったのだろう。当時は白人が有色人種を支配するのは当然と言う時代であり、人種差別と植民地支配は現代からは想像も出来ない世相だった。だから原作の小説と今回の映画とはそれらの意識のズレをどうしても生じてしまう。

当時のスーダンは英国とエジプトの共同支配でしたが、歴史では次のように解説している。

一方、スーダンでも重税に対する不満が高まり81年からマフディ(正しい道の指導者)を名乗るイスラム教指導者らが反乱を起こして国家を作り、ゴートンを戦死させるなど激しい抵抗を続けていた。英国は「エジプト副王」の名で精鋭部隊を送り込み、98年にようやくマフディ国家を壊滅させた。そして内陸からスーダン南部に進出していたフランス軍を撤退させて、スーダンへの支配を固めた。こうしてスーダンは1899年に英国・エジプトの共同統治領として、実質的にはイギリス植民地に組み込まれたのだ。
(スーダン イギリスとエジプトの旧共同統治領)

つまり当時も英国は着々と植民地を広げており、帝国主義華やかな時代であり、当時も日本だけが植民地を広げていたわけではない。しかしながらスーダンの砂漠地帯は暑さと寒さと砂嵐と疫病で過酷な所でもあり、映画の主人公が怖気づいても不思議ではなく、大英帝国を維持する英国軍人の士気を高める必要があったのだろう。さらに華麗な真紅の詰襟の軍服も本国では華麗でも、現地のスーダンでは着ているのもきびしかった。

現代のイラクにおけるアメリカ軍も同じような自然の厳しさと、住民達との抗争に苦しめられているが、当時の英国軍士官たちへの栄光と誇りは、イラクのアメリカ兵に求めるわけには行かないだろう。またアメリカ本国へ帰還しても賞賛されることはない。映画でもスーダンの子供たちが英国兵に石を投げつけるシーンがありますが、パレスチナではイスラエル兵に子供たちが石を投げつけている。

つまりアメリカのブッシュ大統領は19世紀の帝国的使命からイラクへ侵攻しましたが、たとえ勝利を得たとしても、国力を消耗し撤退を余儀なくされるだろう。植民地解放闘争はたとえ負けたとしても帝国軍が最終的に撤退すれば勝利したことになるから、たとえ何度負けても戦い続ける限り敗北はありえない。

大東亜戦争においても何で日本は無謀とも思える戦争に突入したかと言うと、植民地解放闘争だったのだろう。カミカゼ特攻隊などの発想は植民地闘争や人種差別闘争などに見られる特殊な闘争方法であり、パレスチナやイラクで見られる自爆テロも、究極まで追いこめられた有色人種の絶望的闘争方法なのだ。

アメリカは結局何のためにイラクへ攻め込んだのか良く分からない。フセインが独裁国家だからとか、大量破壊兵器を持っているとか、いろいろ言っているが、ブッシュは十字軍的理由で攻め込んだらしい。つまり中東へ民主主義という正義を広めるためと称して軍隊を出動させた。このようにイラク戦争の大義がクルクルと変わり、アメリカ軍の士官たちは何を思っているだろうか。19世紀の英国士官とはかなり違った思いで戦争をしなければならない。


イラクで米兵19人自殺 昨年中、ストレスなど原因

【ニューヨーク1日共同】2日発売の米誌ニューズウィーク最新号によると、イラク戦争に従軍した米軍兵士のうち、昨年中に19人が自殺していたことが、米陸軍の派遣した調査団の報告書で分かった。報告書は近く政府に提出される。
 報告書は、戦闘によるストレスと心的外傷後ストレス障害(PTSD)が兵士の間に広がっていると指摘。抑うつ状態や銃器が身近にあることなどの要素が結び付き、自殺に走る原因になっているとしている。
 同誌はまた、戦闘以外で死亡したが死因のはっきりしない兵士が「10人から15人おり、原因を調査中」とする専門家の指摘も伝えている。調査団は精神科医など12人で構成、昨年9月に派遣された。(共同通信)
[2月2日9時34分更新]



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