株式日記と経済展望


ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


バブル期の再来状態に突入する可能性は高い?
小泉首相がますます「米国の犬」になり下がる?


2003年7月31日 木曜日

六月以降、東京株式市場が賑わいを見せている。七月三日には一時日経平均株価が一万円に迫る勢いで、最終的には九五九二円と昨年九月末以来の九五〇〇円台回復となった。出来高は十九億三千百万株で、十億株を越える商いが二五日間続いたことになる。この伸長ぶりはバブル期以上のもので、東京株式市場のディーラーたちからも「明らかにムードが変わってきた」と驚きの声があがるほどだった。

 すでに本誌は今年初めから予測を述べてきたが、今年の株高は必然である。もともと昨秋以来の株価下落は、米国金融筋が日本の銀行の乗っ取りを企んだところから始まった。小泉純一郎首相に日本経済の舵取りを丸投げされた竹中平蔵大臣は、メガバンクの国有化で経済危機を乗り切ろうと考えた。「国有化→米銀による乗っ取り」こそが米側の思惑で、竹中平蔵の動きに乗じて米側はいわゆる優良株の空売りを浴びせかける。これでメガバンク国有化の圧力は高まり、竹中平蔵の思い通り、米銀の思い通りの展開が進行していった。

 だが、日本の銀行は大学で講義を教える竹中とは違った。筋も道理もない。現実に経営手腕をふるってきた経営者たちは、教室の学問通りに動くわけではない。メガバンクは軒並み、第三者割当増資を行い、あるいは弱小子銀行に親銀が吸収合併されるなど、なりふり構わぬ自己資本増大策を取ったのだ。この時点で米側は対日経済戦略を基本的に変更した模様。財務長官のオニールや経済諮問委員長のリンゼイなど主要閣僚の更迭にそれが見てとれる。その後の米側は、竹中や小泉などアテにしないで直接市場とやりあうことになったのだ。

(中略) 不景気が長期に渡り続いていたわが国だが、そんななかでも実は個人資産は十分に存在していた。それがわが国の莫大な浮遊資産と化している。現在は世界的に見て浮遊資産が増大し、実体経済をはるかに越えてなお増大し続けている。この結果、何よりも「噂」「情報」によって市場が左右されるという危険な状態にある。

 今年三月末の上場企業の決算は過去最高だった。つまり普通に考えれば、四月初旬から日本の株式市場は高騰を続けてもおかしくなかった。それが五月下旬以降にずれこんだ理由は、米国発の情報である。そしてまた、普通に考えれば株価はこのまま上昇し、十月には一万二千円〜一万四千円、年末あるいは年明けには二万円を狙えるところまで来るはずだ。

 この株高を小泉純一郎が「再選のための好材料」と受け取っていることは間違いない。実体経済の面からも個人資産の面からも、そして何より「富の生産」という経済の本質から考えても、今年わが国が株高、土地高、円高に見舞われることは間違いないのだが、小泉純一郎はそれほど自分の国に自信を持っていない。

 米国勢力にしてみれば、脅しの絶好の材料となる。「それなら、日本の株式市場からカネを引き上げますよ」のひと言で小泉は震えあがる。小泉がますます「米国の犬」に成り下がっていくことは止めようがないだろう。

 ただし今回の東京市場に参入している外国機関投資家たちは米勢力だけではない。いやむしろ米の一極支配構造から離反しようとする欧州機関家たちの参入が目につく。こうしたなか、来春にデノミが行われるようになれば、まさにバブル期の再来状態に突入する可能性は高いのだ


 (デノミ=デノミネーション。本来の意味は「通貨呼称変更」。一般には通貨単位切下げとして使われることのほうが多い。現在の通貨を百分の一、あるいは千分の一にすること。具体的には「新円」の発行。「一新円」は現在の百円または千円となる。デノミによって眠っているタンス預金など個人隠し資産が一気に市場に出回り、また物価を押し上げることに繋がり、インフレが誘導されやすい。)

10月株価14000円は真実か 行政調査新聞社 主幹=松本州弘


松本氏の分析は正しいのかどうかは分からないが、アメリカ金融資本家達が日本株式を売り叩きから、買占めに切り替えたようだ。このような転換の背景には、欧州の金融資本家達の日本株買いがある。アメリカが安く売り叩いたところを欧州が買い始めたので、アメリカは慌てて買い戻して、逆に買い始めたようだ。

欧州の投資家の買いはユーロ高によるものですが、イラク情勢をめぐるアメリカと欧州の対立がある。軍事面で見ればアメリカの圧倒的優勢は明らかですが、経済面で見れば欧州のほうが大型の市場を形成している。欧州の資本家達は最近のアメリカ・ブッシュ政権のやり方に危なさを感じてアメリカから一部資本を引き揚げた。

アメリカは石油という餌に釣られてイラクに跳びついた。しかし米兵への攻撃は毎日のようにあり、車両にはロケット弾を打ち込んでくる。イラク人の家庭には銃が行き渡っており、ロケット弾ですら一発一万円で売買されている。14万人の兵士ではイラク全土を制圧できないのは明らかだ。

だからブッシュは小泉に援軍を遣せと圧力を掛けたが、1000名の自衛隊では何の役にもたたない。国連決議を経ないで単独介入した付けが回ってきて、アメリカは外交的に孤立を深めている。英国のブレア首相も政治的にピンチに立たされ辞任に追い込まれるだろう。そうなればアメリカへも影響は免れない。ブッシュが大統領再選に失敗する確率も深まってくる。

日本の観測ではブッシュが小泉を支援するために株を上げているという分析が出回っているが、ポチ保守アナリスト達のプロパガンダだ。確かにアメリカも買い始めたが、欧州との対抗上買わざるをえないから買っているのだ。せっかく小泉を使ってこれだけ日本株式を暴落させたのに、欧州に一番おいしいところを持って行かれるからだ。

小泉首相もアメリカからの脅しに屈しないためにも、欧州との連携を深めるべきだ。そのためにはアメリカの手先の竹中大臣も更迭する必要があるだろう。そうしなければ小泉首相自身の政治生命も断たれることになる。地方経済の疲弊は小泉内閣になってからさらに酷くなった。総裁選挙の地方議員の票の行方次第では小泉再選はない。




「アメリカの属国になったイギリス」 田中宇
売国奴ブレアにイギリス国民の怒り爆発


2003年7月30日 水曜日

かつてヨーロッパ諸国が覇権を争って対立と合従連衡を繰り返していたころ、沖合いの島国イギリスは、大陸での紛争に巻き込まれるのを避けるため、大陸諸国のどことも特に親しい関係を結ばず「栄光ある孤立」と呼ばれる状態を維持しつつ、大陸各国との距離のバランスをとりながら外交を展開していた。どこにも従属せず、自立しているのがイギリスの安全保障の要点だった。

 だが今、こうしたイギリスの戦略的な伝統は、急速に失われつつある。イラク戦争後、イギリスは軍事面や司法面でアメリカに従属する傾向を強めており、すでにイギリス軍は、大規模な軍事行動はアメリカ軍の傘下でのみ行うという前提で、新たな組織改定に入っている。この件で、中道左派系の新聞「オブザーバー」は7月20日に「国をアメリカに売り渡すな」という政府批判の論説を載せている。

 批判されているポイントはいくつかある。一つは、6月下旬に英国防大臣が発表したイギリス軍の長期戦略の指針の中で「もっとも大事なことは、今後イギリスがアメリカ抜きで大規模な戦闘を行う可能性はほとんどないと思われることだ」と分析し、イギリス軍がアメリカ軍の傘下に入る度合いを高めることで、攻撃の速さや正確さ、柔軟さなどを確保する方向性を打ち出したことである。

 また、7月17日の「わが国は属国になった」と題するガーディアン紙の記事などによると、イギリス軍の潜水艦部隊はアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を大々的に導入すべく改装を行っているが、トマホークはアメリカの許可なしには発射できない。トマホークは米企業レイセオンの製品で、イギリス軍には2001年から配備が開始され、イラク戦争前に95発を売ってもらい、米本国以外で初めての大量供与となった。だが、トマホークは、地図とミサイル直下の実際の地形と照合して誘導するターコム(Tercom)と、GPS(衛星を使った位置測定システム)というアメリカの2つのシステムがないと飛ばせず、イギリスにとって対米従属を強いるミサイルとなっている。

(中略) ブレアは、ワシントンから東京に向かう飛行機の中で、デビッド・ケリー博士が死んだという連絡を受けた。ケリー博士は、イギリス国防省で働いていた大量破壊兵器の専門家で、政争の渦中にあった。この政争は、ブレア政権がイラク開戦に向け、フセイン政権が大量破壊兵器を持っていると考えられる根拠として発表した2つの報告書にウソや誇張が多い、と公営放送BBCが報じたことに端を発している。ケリーは、この報道の情報源だったことを政府から暴露され、議会で証人喚問されて議員から罵倒され、そのショックで自殺したのではないかと報じられている。(ケリーの死は他殺ではないかとの見方もあるが、それについてはまだ事態が動いており、改めて書きたい)

 イギリスの多くの新聞は、ブレアの茫然自失はケリー博士を自殺に追い込んだ責任を感じたためだと書いていたが、私はそれだけではなく、ワシントン訪問でブレアの主張がまったくアメリカ側に受け入れられなかったことが大きなショックになっているのではないかと感じた。ブレアは、開戦事由についてウソの報告書を出し、そのために後でブレア自身の政治生命も危うくなり、ケリー博士を死に追い込み、イラクを大混乱に陥れて一般市民と自国の兵士に犠牲を強い、そうまでしてアメリカのためにイラク戦争を達成したのは、いったい何のためだったのか、と絶望的な気持ちになっていたのではないか。今のところ真相は分からないが、私にはそんな風に見えた。

 さらにいうと、小泉首相が茫然自失のブレアを励ます光景もテレビに映ったが、何だか小泉さんはブレアの不幸を喜んでいるかのような、どことなくにやけた表情だった。これはもしかすると「ブレアさん、イギリスもようやく日本と同じになりましたね。日本は60年前からアメリカの属国ですが、少し自尊心を曲げさえすれば、属国というのもなかなか良いものですよ」などと言いたかったのではないか、と考えた。

アメリカの属国となったイギリス 田中宇


昨日はイギリスのブレア首相の後追って、アメリカの軍事的手先になろうという小泉首相の政策批判をしました。本場のブレア首相はイギリス国民の突き上げにあって、政治的ピンチに立たされている。もっともイギリスもユダヤ系資本のマスコミ支配が強いので、マスコミはブレア擁護の姿勢が強い。しかしアメリカほどではないので左派系の新聞からは叩かれている。

ブレア首相は労働党の首相でありながら、保守党より保守党的政策を外交ではとっている。そのために本来なら労働党はイラク攻撃に反対するはずであり、イラク戦争前に閣僚の何人かは辞めている。政策的なねじれ現象のために、イギリスの国益が損なわれている。イギリス国民世論を反映する政党が不在になってしまったのだ。

イラク戦争におけるイギリスの立場は踏んだり蹴ったりで、今のところ何の利益もイギリスにもたらしてはいない。イギリス軍は多くの戦死者を出し戦費もつぎ込んだ。しかし復興事業はアメリカに独占され石油もどうなるか分からない。肝心のアメリカがイラクの戦後処理に失敗し、ブッシュの再選が出来るかどうか危なくなってきた。ブッシュの支持率も50%を割ってきた。

私は前々からアメリカの将来に対して懐疑的であり、アメリカにぴったりくっついて行く戦略に対して反対している。確かにアメリカは軍事力はダントツの一位であり対抗すべき勢力はない。しかしイラクやアフガニスタンで苦戦しているように、歩兵の戦闘能力には、小銃しか持たぬゲリラに対して戦死者が続出している。もう暫くするとアメリカ国民はプッツンと切れてくるだろう。ベトナムの悪夢が蘇るのだ。

アメリカのネオコン勢力が切り捨てられる時が来て、逆にアメリカが孤立主義的な政策に転換した場合の対策を考えておくべきだ。この点ではイギリスも同じであるが、イギリスの場合はEUという受け皿がある。しかし日本にはアメリカが手を引いた場合、共同戦線をはれる国はなく単独で防衛体制を組む必要が出てくる。

イギリスはアメリカから不平等条約を押し付けられ、軍事協力にもかかわらず、軍事技術の分け前にはありつけないでいる。トマホークミサイルも原子力潜水艦もイギリスは単独では運用できない仕組みになっている。日本の自衛隊もおそらくそのようになっているのだろう。イギリスも日本も行過ぎたアメリカ依存体制は改めるべきだ。




軍事国家(管理国家)へ邁進する日本
自衛隊派遣 『恒久法』年内にも大綱


2003年7月29日 火曜日

政府は二十一日までに、自衛隊の海外派遣の在り方を定める恒久法制定に向け、今国会終了後に内閣官房内に準備室を設置、年内にも恒久法の枠組みとなる大綱をまとめることを決めた

政府決定 今国会後に『準備室』

 恒久法制定は、アフガニスタン、イラクの復興支援などで日本も国力に見合った国際貢献を求められる一方、紛争形態が複雑化し、従来の国連平和維持活動(PKO)協力法を自衛隊派遣の法的根拠にするのは無理なケースが増えていることが背景にある。

 準備室は外務省、防衛庁、内閣官房の職員十人程度で構成。昨年末に提出された福田康夫官房長官の私的懇談会「国際平和協力懇談会」(明石康座長)の報告書をベースに大綱を策定した上で、来年の通常国会にも法案提出を目指す方針だ。

 恒久法は「自衛隊はもちろん、地方公務員にも民間にもお願いする」(福田官房長官)として、警察官や公務員ら文民、非政府組織(NGO)などの参加も明記した包括的な基本法を想定。併せて自衛隊法、警察法などの改正も行う。

 政府は恒久法制定で「自衛隊の役割を専守防衛と国際平和協力の二本立てにする」(政府筋)ことを目指す。法案化に当たっては、派遣の承認など国会関与の在り方、武器使用基準の見直し問題が焦点となる見通し。


東京新聞 2003年7月22日朝刊より


28日日米首脳電話会談

小泉純一郎首相は28日夜、首相官邸でブッシュ米大統領と電話で約15分間会談した。外務省によると、大統領がイラク復興支援特別措置法成立を歓迎したのに対し、首相は復興支援策の具体化に努力する考えを伝え、イラク復興支援で今後も両国が緊密に協議していくことで合意した。 (時事通信)
[7月29日1時3分更新]

軍事国家へ邁進する日本

(去年の)7月3日の衆議院有事法制特別委員会では、国民があっと驚く議論がなされています。
以下は、これを伝える報道です。

『 福田官房長官は3日の衆議院有事法制特別委員会で、武力攻撃事態法案に盛りこまれている「国民の協力」について「18歳未満は対象に入らない」と述べた。
また、中谷防衛庁長官は、自衛隊が医療や土木建築、輸送などの分野で規定している業務従事命令については「大工、左官などのような一定の技能を有していれば、想定される場合がある」と説明した。 』

この議論を簡単に解説しますと、18歳以上の国民は、有事になった際には、事実上、徴兵され、大工さん等、特殊技能を持っている国民は、命令という形で、強制的に徴兵されることになるという事なのです

でも、このように言う人もいるでしょう。「誰が大工か分からないではないか?」と。 今まではそうでした。 ところが、8月から住民基本台帳ネットワークが稼動し、国民の全ての情報が国に集められる事になっているのです。

ここで、問題になりました防衛庁の個人情報リストについて、もう一度詳しく掘り下げてみたいと思います。 今回発覚しました『防衛庁の個人情報リスト』ですが、一体、どうして防衛庁は情報を集めたのでしょうか?

防衛庁は、このように述べています。
「インターネット等で調べた」と。

では、この防衛庁が調べたリストにはどのような内容が記載されていたでしょうか?
本当にインターネットで集めることが出来る情報でしょうか?
現時点で分かっているだけで、以下の項目が載っています。

1.氏名・住所・電話番号
2.所属団体・勤め先
3.思想関係(市民団体への加入・反戦自衛隊)
4.離婚歴
5.転居状況

いかがでしょうか?
これだけの情報が、既に自衛隊によっていとも簡単に集められているのです。 日本の国家機関の情報調査網は、日本人が思っているほど、生半可なレベルではないのです。

例えば,インターネットに匿名で投稿している人物の特定など、警視庁のサイバー隊や公安警察、金融庁、国税庁等、全てリンク出来る態勢になっていますから、いとも簡単に割り出せる体制になっているのです。

今回の防衛庁の上記の個人情報リストは、141人を対象にしたものでしたが、全国に散らばっている人の個人情報を、いとも簡単に入手してしまっているのです。
この調査には、各地に所在しています自衛隊が動いているのは言うに及ばず、警察、公安警察をも使い、組織的に収集したと言えます。

これが今の日本の国家管理の状態です。
そこで、始めの「国家命令」について見てみたいと思います。

今回の住民基本台帳ネットワーク稼動で、今まで秘密裏に行なわれていた国による情報収集が公然と出来るようになるのです。
誰がどのような職についているか、検索すれば直ぐに分かるようになるのです。 そして、過去の犯罪歴や犯罪予備歴(ネットへの不法投稿等)も、直ぐに分かるようになりますから、国民は、もはや国の管理から逃れられない状態になります


もはやこの国家管理からは逃れることが出来ない状態になっており、くれぐれもネットへの投稿等お気をつけ下さい。
現在、金融庁は、ネット投稿については全面的な調査を行なっており(日経金融新聞報道)、株式・商品先物等関連への投稿は、全て分析しているようであり、警察とも連携の上、個人の特定を急いでいるようです。

そして、不法行為や証券取引法違反が確認された段階で、強制調査・逮捕という形になりますので、軽い気持ちで投稿し続けていれば、いきなり逮捕という事もあり得ます。
既に、米国では、10歳台の少年がこの不法投稿を繰り返し、逮捕されている事例も出てきています。

国家管理の恐ろしさは、この8月から始まります。

ネバダ・エコノミック・レポート 2002.7.15


新聞やテレビのニュースは凶悪化する事件や、続発する災害報道に明け暮れて、政治や経済の分析や解説はほとんど行われない。専門雑誌などでは詳しく書かれる事もありますが、ほとんどの国民はそのような雑誌は読まない。だから小泉内閣が何をやっているのか全く分からず、ただ漠然と支持している。

ただ、このように三つの記事を並べてみれば分かるように、日本はアメリカの大統領から指示されて、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入り、これからは世界各地へ派遣されるようになるということだ。別に自衛官ではなくとも、ある日突然政府から「赤紙」がやってきて徴兵される事も覚悟しておくことも必要でしょう。

若い人は政治や経済に関心が無いからといって、選挙にも行かず遊びほうけていれば、政府から「赤紙」がやってきて、始めて小泉内閣が何をやったのかを理解するのだ。日本がアメリカの植民地に過ぎないことも、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ることで理解するだろう。イラクへの自衛隊派遣はその前触れに過ぎない

私自身は改憲論者だし、自主防衛体制を早く整えるべきと考えていますが、アメリカの手先になることは大反対です。ところが日本の若者は髪の毛を金髪に染め、星条旗のプリントされたTシャツを着ている。浜崎あゆみのコンサートに行ってみればよく分かる。完全にアメリカナイズされ洗脳されてしまっているのだ。戦地へ徴兵されて戦死しなければ日本の若者は目が覚めないのだろう。




客観報道と言う名の弊害 田原総一郎
自己主張しないマスコミに存在価値は無い


2003年7月28日 月曜日

いまの日本のマスコミは、新聞もテレビも同じだが、非常に臆病すぎる。
 そうなった理由として、歴史を振り返ってみると次のような点が指摘できる。第二次大戦に負けたあと、ドイツと日本はGHQに全く違った占領の仕方をされた。

 中でもいちばん大きな違いは、マスコミであった。ドイツの場合は、戦前、戦中の新聞は全部つぶされ、新しい新聞に変わった。だから戦前、戦中の新聞は残っていない。それに対し、日本ではつぶさなかった。だから朝日、読売、毎日など戦前からの新聞がそのまま残っている。
 その理由の一つは、日本を途上国だとバカにしていたのだろう。教育してやれば、自分たちに都合がいいように変わると見たのではないか。つまり、先進国が後進国に対するような扱い方だった。

 占領軍は戦後日本を間接統治した。総理大臣も閣僚も官僚も組織としてはほぼそのまま残り、GHQがその上に立つ仕組みである。
 それに対して一般的には知られていないが、マスコミだけは直接統治をした。その点は全く違うのである。一つは検閲を徹底的にやったことで、もう一つは日本のマスコミに「教育」をした。その教育の中で、GHQが打ち出した一つが、客観報道というものであった。ようするにマスコミは、公平で、公正でなければいけない。間違った情報を流してはいけないと、これを徹底させた。
 それが残っている一番悪い習慣が、記者クラブである。客観的で間違っていない報道としては、各省庁の発表報道はぴったりである(実際には間違った発表もたくさんあるが)。だから発表報道を、いまの新聞もテレビも、異様にメインにしている。新聞記事などはほとんど発表報道だと言ってかまわないだろう。

 それが続くうちに、マスコミはあぐらをかいてしまった。リスクをとらず、安全圏で報道をするようになった。
 言い換えれば、責任をとらない報道になってしまったのである。
 責任をとらない報道とは具体的に言えば、たとえば靖国神社に小泉首相が8月15日に参拝せず、13日に前倒ししたときである。新聞もテレビも「15日にいくべきだった」という意見と、「13日でよかった」という意見と、必ず両論を併記する。しかもその両論併記が、外部の学者や専門家からのコメントによってなされている。
 では、いったいその新聞、テレビはどう考えているのかということである。
 本来ならばそれぞれの新聞社の腕利き記者に、「私はこう思う」と書かせるべきである。ところがそれがない。だから結局何を主張したいのか、良いと考えているのか悪いと考えているのかさえわからない。社説があるではないかと言うかもしれないが、無署名の社説には人格がない。

「私はこう思う」という部分がない。これが「客観報道」という美名の正体なのである。
 責任をとらず、安全圏でしか報道していない。新聞を例にあげてきたが、テレビもまったく同様である。

(中略) 新聞はどんどん、インターネットで読む人が多くなっている。若い人のあいだでは、新聞をとるのを止めてしまった人が増えてきた。それはそうだろう。新聞は一部まるごと買わなくてはいけないが、読みたいところはせいぜい5分の1である。だとすれば、読みたいところだけを読めるインターネットでいい。新聞の大危機は避けられない。

 このように、新聞もテレビもあきらかに、これからの10年は逆風である。その逆風時代をどう生き残るかといえば、当たり前のことだが読者にとっていかに信用できる情報を提供できるかが勝負になる。

 結局は原点の、現場から情報をいち早く入手して、しかも信用できる解説をつけるというごくスタンダードなことを、着実にやるしかない。だから両論併記なんて冗談ではない。読者はそんなものを読んでいるほどヒマではない


 その意味では逆風は悪いことではない。その中を生き抜いたマスコミであれば、10年後には質の高いコンテンツが格段に増えていることも予想できる。今の混乱を、そのような移行期にしたいものである。そして、しなければならない。

マスコミこれからの10年 田原総一郎


日本には世界の言論人が注目するような高級新聞が無い。通信社や役所が発表するものを記事にしているだけだからだ。だから表紙を除けば何新聞だか分からなくなる。注目されるような分析記事や解説記事がない。配信記事だけを垂れ流しているだけだ。しいて言えばどの記事を大きく扱い、どの記事を小さく扱うかだけだ。

だから「株式日記」では独断と偏見に満ちた分析と政策提言をしてきた。正しい分析であったかどうかは年月がたたなければ結果は判断できない。バックナンバーを見てもらえば分かるとおりかなり私の予言は当たっている。一番の自慢はアメリカが中東で戦争を始めるだろうと予言したが、アフガニスタンとイラクで戦争を始めた事だ。

だから911テロ事件が起きてもテレビを見ながら「ついに始めたか」と冷静に見ることが出来た。もっと前には「ルービン財務長官はクビになるだろう」と書いて、事実に1年後に辞職した。これはアメリカの権力中枢がどのように見ているかを分析すれば分かることだ。ラムズフェルド国防長官だって用が済めばクビを切られるだろう。このままではアメリカが持たないからだ。

私は田原総一郎氏を再三攻撃しているが、マスコミ・ジャーナリズムに対しては危機感を持っておられるようだ。日本には優れた分析記事を書ける記者がいないのだ。朝日新聞の船橋洋一氏は「株式日記」でも何度か紹介した優れた分析記事を書く人なのですが、やはりアメリカのシンクタンクの使い走りに過ぎない。

日本にも朝日、毎日、読売と英字新聞を出してはいるが、所詮垂れ流し記事しか載せていないから誰も読まない。日本からの英語での情報発信は少ないだけに残念でならない。でないと日本がどのような世論なのか外国に掴めないからだ。これでは国際的なプロパガンダ合戦にも勝てないだろう。

むしろ小林よしのりの漫画本の方が国際世論にアピールしているようだ。日本のアニメや漫画が欧米でテレビや雑誌となって流通しているように、お高くとまった知識人の論文とは違って漫画やアニメは言葉の国境を越えやすい。若い人も本を読まない人が増え、大人のサラリーマンまでもが電車の中で漫画雑誌を読んでいる。

だから日本が国際的なプロパガンダ戦争に勝ち抜くためには、お高くとまった日本の知識人の論文を英訳するより、漫画本にして海外にアピールしたほうがいいのだろう。「株式日記」もテキストベースのホームページですが、漫画も積極的に取り入れている。私自身が漫画を描ければいいのだが、文字とは違って才能も必要だし、鍛錬も必要だ。

小林よしのりの漫画に描いてあることは「株式日記」の主張と共通点が多い。私自身が漫画の影響を受けているのかもしれないし、漫画に影響を与えているのかもしれない。911テロ事件の見方に対しても、民族主義的に見ればアメリカのやり方は非人道的であり、多くのアフガニスタンやイラクの一般市民を殺害した行為は肯定できるものではない。




公務員制度改革大綱の国家戦略スタッフの創設
公務員の天下りをいかにして禁止するのか


2003年7月27日 日曜日

国家戦略スタッフの創設

基本的考え方
 国際化の進展、社会経済の複雑化の中で、国政全体を見渡した総合的・戦略的な政策判断と機動的な意思決定の必要性が増大している。
 このため、中央省庁等改革の趣旨を踏まえ、国政運営における内閣なかんずく内閣総理大臣の指導性を強化する観点から、その時々の内閣が実現を目指す国家的重要政策に応じて、内閣総理大臣が自らの判断に基づき、行政内外から内閣の重要政策の企画立案・総合調整等に従事する職員を国家戦略スタッフとして機動的かつ柔軟に任用、配置できる仕組みを導入する。

具体的措置
ア 国家戦略スタッフ
 国家戦略スタッフは、既存の内閣官房の組織・業務を前提として、その時々の内閣総理大臣自らの判断に基づき配置し、その採用については、できる限り公募制を活用し、広く行政内外から募集するものとする。公募制による場合には、その審査は、内閣総理大臣を中心として行う。
 国家戦略スタッフについては、出身府省等によりポストが固定化することがないようにする。また、出身府省等にとらわれず内閣官房が主体的に任期の決定や配置などの人事管理を行う。
 国家戦略スタッフを機動的・弾力的に任用・配置するため、内閣官房の組織・定員について、更に柔軟度を高めることとし、国家戦略スタッフについては、求められる高い能力や職責に応じた処遇を確保する。
 また、内閣官房の職員が必要に応じて国家戦略スタッフを補佐する。

イ 大臣スタッフ
 各府省の大臣についても、その企画立案を直接補佐し、その政策の円滑な実施を図るため、官房審議官の活用、任期付職員の採用等により大臣スタッフの充実を図る。

公務員制度改革大綱 首相官邸ホームぺ−ジより


◆改めて、法案の間題点を列挙してみよう。

@民間企業への天下りの大臣承認制を改めていない。高官の天下りに対しては、「内閣承認」を義務づけたが、その対象は「政令で定める」として明確でなく、期聞も「当分の間」と、あいまいにしている。在任期問が短く超多忙の大臣が、案件の一つ一つを把握して判断するのは困難。実質は省庁の人事部局が決めることになる。大臣承認制により民問. 企業に対しても、天下りが事実上、野放しとなる。民間企業に再就職した公務員OBに対する「行為規制」については、役所は天下り受け入れの見返りに黙っていても便宜を図ってくれるなどから、実効性に乏しい。

A天下りを生む仕組みとなっている早期勧奨退職慣行の廃止が、盛り込まれていない。

Bセクショナリズム一各省庁割拠性・縦割り一家主義)の是正策も講じられていない。各省庁の人事管理権を強化することで、むしろその一家主義を助長する。

C一種試験合格者は幹部への登用が約束される、キャリア制度が温存されている。

D能力等級制を導入するとしながら、能力・評価基準がまったく不明で、各省庁が恣意的に運用する危険がある。

E大網にあった組織目標の設定、行動基準の確立、上級幹部職員にふさわしい新人事制度似確立についても具体的な中身が盛られていない。

F採用試験や試験機関は「政令で 定める」とし、各省庁が自由裁量で行う余地を残してある。
(エコノミスト 2003.7.22 北沢 栄 より)


不景気が長引くと同時に公務員に対する風当たりも厳しくなってきている。だから小泉首相も改革改革と連呼している。改革といっているから問題点が分かっていっているのかと思えば、何も分からずに改革と言っているだけのように思える。どこが問題なのかはっきり分かれば解決策も立てやすい。

このように問題点が分かった事には官僚たちは優れた行政能力を発揮する。ところがどこが問題なのか分からない場合や、正解のない問題には対応能力に問題があるようだ。長引く不況に対しても従来の不況対策を繰り返すのみで、財政赤字のみが巨額に積みあがっていく。この点で大蔵官僚と日銀官僚は能力の限界を示したものと言える。

「株式日記」において不況打開策について様々に書いてきましたが、この2ヶ月で株価が2000円上がっただけで雰囲気はずいぶん明るくなってきた。私は最初から株や土地を上げさえすれば金融不況に関してはある程度解決できると指摘してきた。そうしなければ不良債権を処理できないからだ。

このように問題点がはっきりすれば対策も立てやすい。中央官庁も学者もマスコミ・ジャーナリズムも適切な問題解明が出来なかったのは何故か。米英のシンクタンクなどの政策提言に日本の経済政策が振り回されてきたことにも問題がある。日本の政治家や学者が提起したように見える政策提言も、探っていくと米英のシンクタンクの提言を翻訳しただけのものも見かける。

間違った提言をされても、論理的に反論できなければ米英に押し切られてしまう。通産省もアメリカからの不当な要求に反論が出来ずに半導体不況をもたらした。その反省に立って公務員制度改革で国家戦略スタッフの制度が提言されている。従来の官僚たちでは米英のシンクタンクに太刀打ちできないから、日本版シンクタンクを作ろうと言うのだろう。

同じ公務員制度改革で役人の天下りについては、骨抜きにされ天下り奨励法になってしまいそうだ。さらにはキャリア制度も年功序列制度もそのままになりそうだ。公務員の給与は安めだが、厚生施設や年金制度などが優遇され、退職金は取り放題で、天下りでさらに優雅な生活が保障されるのは問題だ。

このように公務員は能力面でも問題があり、待遇面でも問題がある。にもかかわらず公務員制度改革では骨抜きにされている。改革自身を公務員に丸投げしているからだ。これでは国家戦略スタッフも公務員の天下りポストになるだけで意味がない。すでに首相には各官庁から秘書官がついている。いわば首相に対するお目付け役だ。

このように首相も大臣も官僚に囲まれ、彼らの意のままに動くことを要求されている。いわば官僚独裁体制が完成されているのだ。だから政治家がいくら公務員制度改革といっても、改革は無理なのだ。官僚が本当に有能なら天下りも官僚独裁も問題ないのだろうが、なぜ無能な官僚が多くなってきた原因から改めてゆく必要がある。




イラク特措法成立で自民・公明に亀裂
自衛隊戦死者続出で自民が野党に転落


2003年7月26日 土曜日

(前略) 結局、小泉首相は「本気で構造改革をやる気だったのか」という疑問だけが 大きく膨らんだ国会だった。  もはや小泉首相の能力に改めて期待する世論は再来しないだろう。そして永 田町の水面下では、新しい政治ドラマが始まろうとしている。

国民の期待を裏切ったツケはあまりにも大きい

 この国会は当初、多くの国民の耳目を惹きつけ、政治に対する関心を大いに 盛り上げ、改革推進への期待を高めてくれた。  ところが、日時の経過とともに国民の期待は裏切られ、自民党の権益保護・ 金権体質が明らかになり、政権運営能力すら破綻寸前にあることが明らかにな ってきた。  そのインセンティブは、引き続き10月の衆参補欠選挙を始めとする、諸選 挙のたびごとに明示されることになるだろう。

 この国の産業・経済の国際競争力が弱まり、構造改革のスピードを一層早め なければ、国の沈没の時期が早まることを、多くの国民がハッキリ自覚し始め ていることが背景にある。  例えば、抵抗勢力を代表する道路族古賀誠元幹事長が言うように、「道路を 作るのは政治の仕事」だと仮定しても、「今後、高速道路を閣議決定のとおり すべて作る」などというばかばかしいことをすれば、返すあてのない借金で、 結果として自分で自分の首を締めることになることを、もはや大方の国民が知 るところとなっているわけだ。

いまの自民党のままでは政権引き伸ばしは不可能

 自民党のボスたちは、こうした政治環境の変化を読めないほどの馬鹿ものぞ ろいではないはずだ。  しかし、政権交代の脅迫観念に襲われ、権力保持、議席維持のためにきゅう きゅうとしている抵抗勢力からの突き上げに、戸惑っている長老たちの姿が浮 き彫りになってきている。  いま、内閣改造ムードが高まってきているが、これも、取り敢えずの「現状 維持モード」継続作戦に他ならない。  このような、政権引き伸ばし作戦にも限界がある。  民主党の支持率が低く、政権交代能力が低いうちだけに通用する作戦だから だ。

 そんなわけで、いま政界の水面下では、保守再編論が静かに広がっている。 一見、ポスト小泉の人材難から、当分小泉首班で現状維持ムードが広がって いるように見える自民党だが、それだけに、自薦他薦でポスト小泉を狙う野心 家も多いのが実情。ただ、下手に名乗りをあげられない環境にあるだけだ。  そこで、腹心らを使って、「○○を総理にする会」などといった、「担ぎ出 されるきっかけづくり」を狙った組織づくりが横行することにも繋がっている。

保守再編のトリガーを引く公明党

 かつて自公新党を画策したのは故竹下登元首相だが、いままたその亡霊がう ごめき始めているようだ。  公明党がこの3年与党の座を守ってきたのは、見えやメンツからではない、 政界再編が動き始めた暁には、ガッチリ主導権を握ることができるという、完 全な見通しがあってのことだ。  政策協定を結ぶに際して、党内が一枚岩になり切れるのは、公明、共産、社 民の3党しかないからだ。

 公明とのパイプが最も太いとされるのは自民党橋本派だ。  だが、そのパイプを握る野中広務元幹事長は腹心の鈴木宗男トラブルで求心 力を失い、橋本派自体、抵抗勢力の牙城と目される状況では、政界再編のヘゲ モニーを握れる状況にない。  保守本流を自認する宏池会は、加藤派の分裂でいっとき力を分散したものの 加藤紘一氏の自爆によって、堀内光雄総務会長を中心に派閥としての結束を強 めつつある。

 この堀内派を支えるのが、行政改革の方向性に危機感を募らせている守旧派 官僚組織だ。医療制度改革案作りでも、そのことが証明された。  もともと官僚組織に深く浸透する創価学会が、こうした官僚らの意向に敏感 なのは当然だ。  官僚出身者を多く抱えた宏池会は公家集団と揶揄された時期もあるが、いま の官邸を見ても分かるとおり、構造改革のシナリオは、官僚の手を借りずには 描くことができないでいる。

「いろいろな考えがある」という政党はもう要らない

 官僚の描く構造改革は、基本的に問題先送りの現体制維持の構図だ。  年金・医療・介護を始めとする福祉制度の見直しも、郵貯・簡保資金による 市場操作も、農水・林野の市場開放も、教育・福祉の規制緩和など、あらゆる 旧体制を漸進的に改革する方向が、かれらの構造改革のシナリオである。  このような状況下こそ、改革のベクトルに公明党の政策をリンクさせること が容易だと、創価学会首脳は踏んでいるのだ。

 与党として政権運営に参画してきた公明党は、政治戦略の独自性を強調し始 めている。このところの幹部発言からも、ハッキリ見てとることができる。  学会の池田大作名誉会長が富士吉田市の堀内氏の事務所をしばしば訪問する 理由は、そうした戦略を模索する動きと言われる。  堀内氏の周辺では、「堀内を総理にしようかい(会)」などという組織が活 発に動き始めているともいわれる。  いずれ、このような動きは自民党全党・各派閥に蔓延する。

 そのとき、いまの民主党の自民党分派の面々も、旧社会党の面々と袂を分か つ覚悟をせざるを得なくなるであろうし、憲法・安保・外交・教育・福祉をめ ぐって、政策優先の政党(グループ)再編の嵐が巻き起こるだろう。  その結果として、国民に分かりやすい政策集団が、いくつか形成されること になるかも知れない。それは、歓迎すべき事態だ。  なぜなら、そうした経緯を経て、始めて政権交代可能な政治局面が整備され るはずだからだ。  そのとき始めて、官僚組織は公僕としての在りように覚醒することになるか もしれない。  通常国会の閉会とともに始まる、永田町の新しい動きは、国民にとって目を 離すことができないが、同時に、楽しみな政局でもある。

週刊メールジャーナル 2002/7/31 公明党が自民党に愛想をつかす日がくるか?


日本の政局がイラク特措法成立により動き始めた。この法律は事実上日本国憲法を空文化させたものといえる。自民党内でも異論があり通常なら通らない法案のはずだ。公明党も党の教義からすれば、何らかの異論が出てもいいはずなのにスピード審議で通過してしまった。湾岸戦争時に平和協力法を廃案にした時よりも、国連決議がないだけ悪い状況だ。

私自身は国益上アメリカに協力をせざるを得ない状況はよく分かる。ならば自衛隊を日本国軍として派遣すべきだと思う。安保条約の内容はともかく軍事同盟を結んでいる以上、政治的に出さざるをえないだろう。一応最低限度の役割は果たしてアメリカに義理立てだけはしておかないと、あとあとアメリカは必ず報復してくる。

このように考えると日本国憲法は、国際条約である日米安保の下にある法律と言うことになる。もし日本が完全な独立国でありたいのならば、日本はアメリカに押し付けられた憲法を廃止し独自の憲法を制定し、日米安保の内容の見直しをしなければならない。国民はいつまで政治家に騙され続けなければならないのか。

民主党は近づく総選挙対策として、イラク特措法に反対の方針を打ち出した。11月9日に行われる総選挙の争点として、自衛隊のイラク派遣是か非かの判断を選挙で争えば、小泉自民党は思わぬ苦戦を強いられるかもしれない。だからイラクの戦況にも目が離せない。

民主党と小沢自由党が合併したことにより、民主党に政権奪取の可能性が出てきた。数の上ではまだ大差があるが、参議院においては数が接近しており、総選挙と公明党の動き次第では自民党の野党転落もありえる。公明党は政策が自民党よりも民主党に近く、政策から言えば民主公明政権のほうが、公明党の支持者からは支持が得やすいだろう。

自民党内部も鉄の団結を誇った橋本派が、野中氏の後退と青木氏の台頭で亀裂が出来始めている。小泉首相自身は政策的には民主党に近く、自民党が割れて公明党と民主党との連立で新しい政権が出来る可能性もある。

とにかく公明党創価学会の勢力は、官僚組織と警察自衛隊、さらにはマスコミにも組織は伸びてきている。このままでは気がついたら自民党は軒を貸して母屋を取られる可能性がある。今は小泉自民党は公明党とアメリカの支援でイラク特措法すら通すことが出来た。このまま自衛隊がイラクへ派遣され、戦死者が続出した場合、まず公明党が政権から離反するだろう。それくらい自衛隊のイラク派遣は危険な爆弾を抱えている。




民主党と小沢自由党との合併は
イラク派兵に向けた翼賛政治構築


2003年7月25日 金曜日

小沢は10年前から、「日本は普通の国になれ」の提唱者でしたね。それは、非核三原則の見直し、9条改正し、自衛隊を軍隊へ、2大政党へ、経済政策は市場原理主義。規制緩和など新自由主義、そんな主張だったと思います。実は今起きていることがすべて、彼の主張方向なんですね。つまり、米英支配層の政策方向と完全に重なるものだと思います。つまり、彼は米英支配層の作業員、オペレーターと思います

自民党を割って出てくるところから芝居じみていましたが、その前後から話がついていたのではないでしょうか。彼は自民党の別働隊と見られていましたが,やはりそう思わざるをえませんね。この一連の流れは社会党を与党化することで解体に向かわしめることも織り込んでいたのではないかと思われます。

小沢たちは民主党の内部にはいり、「普通の国」路線を高めることつまり、民主党内の旧社会党系の横路たちを数の上で牽制することができ、つまり、民主党の過半数を確実に旧自民党側の力に塗り替える事が狙いでしょう。横路たちは、社民党と同じように経済政策は、新自由主義=ネオリベラルに抵抗しており、また、軍事的には自衛隊の膨張に反対し、隷米に反対していますからね。

小沢は、民主党内で横路たちの力を完全に殺ぎ、米英支配層のプログラムを完成するための作業を強力に推進していると見られます。したがって,辻元逮捕事件と、小沢たちの民主党入りは、米英支配層の敷いている流れに沿った動きと申せましょう。これで彼の提唱する、「普通の国」路線が完成に向かい、彼自身は自分の政策一貫性を誇るでしょう。

社民党解体、横路牽制により、議会は総与党化することは確実です。一番重要なことは、経済政策が完全に新自由主義側に路線がかくてすることです。この段階のあとに用意されているのは、WTOの推進している貿易自由化の次のステップ、つまり『「サービス」の自由化』(教育・医療・ゴミ・水道など含む全領域)です。

現在の経済経済特区をつくり学校や病院の規制緩和に先鞭をつける動きを全日本レベルに拡大することが次の波なのです。全日本がサービス関連で巨大な規制緩和の波に現れていくのです(大学法人化もその流れです)。米英多国籍企業が実際この分野での日本上陸準備をすすめています(米国大学も日本開学のための準備室をすでに設立しています。私は個人的にも実例を知っています。

また教育・医療だけでなくすべての領域で日本上陸が用意されています。)。日本は米英資本に完全に隷属化され、経済関連での日本としての自主決定権、経済主権を確実に失うのです。すべてはWTOの「コード」(規則、規範)と「審決」(裁判機構を持つのです)に従わなければならなくなるからです。これは、EUシステム内で、各国政府が経済政策を自立的に組めなくなって、その意味で経済主権を失っていることと平行しています。

フランス大統領が経済主権を発揮できないことの不満を吐いています。EUの初代大統領に、ブレアがすでに立候補していることをご存知ですか?つまり、米英支配層のコントロール(WTO,世界銀行、IMF,FRB,北米字湯貿易協定)に、欧州大陸全般を組み込むこと、日本を組み込むこと、これが大西洋側と太平洋側で起きていることなのです。

辻元逮捕、社民党崩壊、小沢の民主党入りをもって客観的にこの路線はより円滑・確実になります。「日本の政治・社会分析は日本よりもイギリス王立戦略研究所の方が解析能力があると思います。」「イギリス大使館からの命令でしょうか・・・・」

イギリス王立戦略研究所のほうが解析能力がある、という問題ではなく、彼らは、こうした全体計画を立案・推進しているシステムの一部なのです。彼らが発表している分析は、実は自分たちの計画が着実に進行していることを世に向かって発表しているにすぎません。また、ブレアの背後に、英国王室がいます。彼らは上のような新しい世界秩序の指導勢力に中心の一つの軸であることはまちがいありません。

米国の2大政党は実際には現在はほとんど同じ政策体系です。一体となり、富裕層の利益を代表しています。英国も同様です。労働党のブレアの振る舞いは、一般の人々の利益を代表していないのです。2大政党がいかにも、政党システムとして優良だとの小沢の宣伝に乗るのはおっちょこちょいだけです

米英支配層に対して、軍事的・経済的に、完全に主権を失いつつあるのが今の日本の進んでいる道です。注意したいのは、これは日本だけでなく、全世界でのプログラムなのです。すべての国が、主権、特に経済主権を失う過程にはいってるのです。WTOが超越的な機能を持っていきます。グローバル化の行き着く先は、経済コードを書き、審決できるWTO独裁です(各国の司法は経済問題についての司法権を失うことになっています

「貿易障壁」問題で多国籍企業がその国の政府から上陸を阻まれたとして提訴するのは、WTOであり、WTOの審決に各国政府は従わなければならない、という規範がWTOの条約内容に盛り込まれており、それが、数年以内に締結される見通しです。日本政府は超極秘裏にこの条約にサインをすることを進めています。小泉はこれを推進している中心人物です)。(ちなみに、EUの大統領選挙には欧州各国の国民は議決権を持ちません。現在EU代表は各国代表の持ち回り制度となっています。欧州国民はリーダーを自分たちで選べる仕組みにはなっていかないのです)。

Re:日本は米英支配層の設定する支配秩序に着実に組み込まれていっている。


朝日新聞は実は新自由主義路線経済政策路線を推進する急先鋒の新聞メディアです。わたしは彼らの経済記事を丹念に読んでいますが、この方向で、強烈な論陣を張っています。その中心ライターの一人が、船橋洋一編集委員・コラムニスト(朝日の命運を背負っている人物)です。

米国外交政策は、純然民間組織を名乗る「外交問題・評議会(C/F/R)」が政権指導に当たっています。この組織はアメリカ国籍の人しか入れないですし、入会に異常な厳しい審査があります。アメリカの国益を考えるシンクタンクですが、なぜか船橋氏は日本人としてこの組織に属し、かつこの組織から単行本(英語)まで出しています。この組織に唯一入っている日本人は1億2千万人の日本人のうち、船橋氏この人だけです

この組織体は、新自由主義経済政策(市場主義・競争原理・規制緩和・民営化など)を強力に推進している中心なのです。この組織に入ると、この組織とは異なる考えを表明した場合、除名され、キャリアが破壊されることになっています。朝日新聞社説で経済政策関連は、彼が中心で書いているとみられます。

船橋氏は自分がこの組織のメンバーであることを一切隠しております。公表したことがありません。彼が公表している自著のリストに上記の英語本を入れていませんが、それほど、彼は身分を隠しています)。彼の経歴紹介のいかなる部分にも、この事実はでてきませんが、この組織のホームページに行って、彼の名前で検索すると、一発で、正規メンバーであることが判明します。彼はとぼけ続けていますが、米英支配層の手駒の一人です。彼は、朝日で大出世するか、ハーバード大学あたりで教授職をえるか、米英支配層から厚遇を受けることは間違いありませんので注目していてください。

朝日新聞が、左翼系であるとか、庶民の味方であるとか、お考えの方がいらっしゃるとしたら、それは大きな誤解です。それは20年前の話です。現在は、この評議会の走狗、つまり、米英支配層の走狗・支配装置といってかまいません。朝日新聞がこの「組織」の発行する外交専門誌である「フォーリン=アフェアーズ」誌と提携し、彼らの月刊誌「論座」で毎号翻訳出版されていることからもお分かりいただけると思います。社説でもわかるように、土井を引きずり落とし、社民党解体を目論んでいます

ちなみに、この「評議会」とやらは、ご指摘くださった、英国「王立国際問題研究所」の下部機関に相当し、実は政策体系はかなりの部分(ほとんどといっていいほど)こちらの側から出ているとみてかまいません。この英国の組織は歴史的事実として、英国R家が資金をだしたものです。彼ら金融支配層と英国王室は支配層利益グループを作っています。


Re:朝日新聞は英米支配グループの手駒


日本経済におけるバブルの発生とバブルの崩壊の分析を進めていくと、日本経済の舵取りが日本独自の判断で行うことが出来ず、絶えずアメリカからの指図によって行ったことが原因となったということが分かります。80年代日本はアメリカから内需拡大の圧力を受けます。そのために大蔵省と日銀は大幅な量的金融緩和を行います。銀行に対して貸し出し枠の拡大と消化を迫ったのだ。いわゆる日銀の窓口指導です。

資金が市中に大量に供給されれば内需が拡大されるとの読みからですが、確かに景気は良くなり、日本中は開発ブームでゴルフ場やリゾートが作られた。そして土地や株式が高騰した。明らかに景気は加熱状態になったにもかかわらず、大蔵省、日銀はなかなか景気の引き締めに乗り出そうとしなかった。

大蔵省、日銀は一般の物価の高騰がなかったと言い訳をしているが、ブラックマンデーなどの異変があったアメリカからの圧力で金融の引き締めが出来なかったのだ。金融を引き締めればアメリカの株式が大クラッシュする恐れがあった。その結果、日本は空前の大バブルが発生した。日本からの投機資金はアメリカの主要なビルを買い占めるほどだった。

三菱がロックフェラーのビルを買ったのもその頃だ。正確に言えば買わされたのだ。最終的に三菱は数千億円の損失を出してビルを売却している。よく考えてみれば日本の資金がアメリカの不良債権を高く買わされたのだ。また高く買わせることでアメリカの銀行は窮地を脱した。

昨日の株式日記で書いたとおり、シティーバンクは日本に不良債権を「高値」で買ってもらうことにより窮地を脱した。遅ればせながら日本政府は90年代に入って引き締めに入ったが、不動産への総量規制など最悪のバブル崩壊手段をとった。大蔵省、日銀が急激に資金供給を止めたから株そして不動産は5分の1に暴落した。その結果金融機関は大量の不良債権を抱え、アメリカのハゲタカ資本が「安値」で買いあさっている。

このように日本はアメリカからたえず金融緩和と内需拡大を要請され続け、景気引き締めの許可が出る頃は手遅れとなった。日本独自の経済運営が出来なかったことがバブル発生と崩壊のメカニズムだ。そしてどういうわけか日銀はバブル崩壊後も金利はゼロまで引き下げたが、量的な緩和はしようとしなかった。

これはアメリカから円安にすることはNOと指令が出されていたからだ。日銀が紙幣を刷りまくり国債や株式を買って市中に資金を供給すれば景気は良くなり、円はインフレ懸念で値下がりすることは分かっていても、米英の権力中枢からは許しが出なかった。そして「構造改革」こそが景気回復の唯一の手段と日銀は突っぱね続けた。

日本には独自の政策提言が出来るシンクタンクがない。あってもバカ役人の天下り先となって機能しなくなってしまう。必然的に政府は米英のシンクタンクの提言を受け入れるようになる。これではいけないと思って私は「株式日記」を書き始めたが、ようやく政府や日銀も私が提言したり紹介した政策をとり始めている。

陰謀とは暴かれた時点で失敗したと言える。だから出来る限り政府がとる、おかしな政策の背景を暴いてゆけば、それに対する対応策もとりやすくなる。小沢一郎自由党の動きも米英権力中枢の指令のままに動いているのだろう。かつて小沢氏は病気治療と称して頻繁にイギリスへ出かけた。しかし今も元気に活動しているところを見ると心臓病ではなかったようだ。




銀行株で資産10倍20倍も夢でない
日本が再び経済大国に復活する日


2003年7月24日 木曜日

株価20倍の成功神話

1980年代の前半にアメリカは景気も株価も低迷していた。特に家電や自動車が日本企業の激しい追い上げに直面し、ラジオやテレビの生産はアメリカから消滅した。
 しかしそんな時代にマゼランファンドのファンドマネジャー、ピーター・リンチが集中投資したクライスラーファニーメイなどは2〜3年間で20倍、数年後には100倍に暴騰し、不滅の成功神話を築いたのである。
 日本は今、天才ピーター・リンチの成功神話が再現する条件を備えている。株価は80%も大暴落し、エコノミストは弱気論を大合唱し、製造業は中国の追い上げを受けて空洞化しているが、私はアメリカ企業が復活したように日本企業は必ず復活すると思う。
 第1に、70年代以降に円ドル相場は360円から80円に大暴騰し、日本の輸出競争力に急ブレーキがかかった。しかし中国の元はまだ為替相場の洗礼を受けていない。来年にはペッグ制が外れて元が急騰する可能性が強い。元が2倍になれば中国の賃金は2倍に上昇する。
 第2に、日本の製造業は不況の中でもカメラ付き携帯電話、デジタル一眼レフカメラ、液晶テレビ、プラズマテレビなどの大型製品を次々に開発した。
 第3に、日本には高い技術力を誇る無数の中小企業がある。サムスン1社が時価総額の3分の1を占める韓国や、知的所有権を軽視する中国では、競争力の根幹となる下請けのすそ野が広がらない。
 第4に、企業業績は前期にすでに史上最高益を更新している。株価が反騰に転じれば保有株の評価損は評価益に変わり、オールドエコノミーの利益が激増する。
 第5に、日本の金融不況は銀行の持ち株制限や時価会計の導入により株価が80%、地価が85%も大暴落したから発生した。13年ぶりに株価と地価が底入れすれば銀行の不良債権は縮小し、金融機関の評価損が評価益に変わり、金融不況は終息する。(後略)

ピーター・リンチの神話 山本清治のクラブ9


42倍に暴騰したシティバンク

チャートの通り、世界一のシティバンクでも1990年には倒産のうわさで株価が1ドル30セントまでたたき売られていた。当時会長であったジョン・リードは旧知のサウジアラビアの王族に3000億円の増資を頼み込んでようやく窮地を脱した。株価はその後上昇一途をたどり、2000年には55ドル、42倍に高騰した。
 80年代後半に世界中で不動産が急騰したが、90年代の初めに世界中で不動産が急落し、金融不況が発生した。アメリカは2年後にいち早く不動産不況を克服したが、日本は現在まで暴落が続き、13年間の下落幅は85%に達し、銀行は累計90兆円の不良債権を償却した。

三井住友の目標は680万円

たった3000億円の自己資本不足で倒産の危機に瀕したシティバンクに比べれば、70兆円の赤字を償却した4大銀行の実力はすごい。私は銀行評価の大逆転は必然だと思う。
 日本のトップバンクは三井住友だろう。財務内容の健全性では東京三菱が群を抜いているが、経営が保守的で業務純益は三井住友の半分である。そこで三井住友の反騰目標をシティバンク並みとすれば安値16万2000円の42倍で680万円となる。私はもっと上がると思うが、理由は次の相場観にある。
 第1に、バブル時代に大手銀行の株価は皆5000円以上であった。売買単位を修正すれば680万円は元に戻っただけである。
 第2に、銀行の不良債権は不動産が85%も大暴落したために発生した。不動産が底入れすれば不良債権は消滅する。
 第3に、銀行は株式の含み益の45%を資本金とみなすことができる。直近の2カ月に平均株価は20%上昇し、上場会社の時価総額は50兆円、銀行の含み益は5兆円も増えた。
 第4に、上場企業の利益は前期に次いで今期も史上最高を更新する。その結果株価の割安はますます鮮明となり、外国人買いが殺到した。
 第5に、日本の長期国債相場は歴史的な大天井を形成した。株式や不動産から国債に逃避していた資金が大逆流して、株価と地価は大底を形成する。
 第6に、銀行経営者には増資よりも自社株買いを期待したい。増資は株価の急落を招く。目先にとらわれた株式の過剰発行は株価と需給関係に禍根を残す。
 今日ではすべての先進国で巨大化した銀行が名実ともに産業界の中核を占めている。世界で唯一金融恐慌にさらされた日本の銀行も大合併とリストラによって体力を強化した。3大財財閥の2つが合体するという事件を経て、三井住友はバブル時代をはるかに凌ぐ実力を備えた。私は5年以内に4大銀行が産業界の中枢に復帰すると思う。

金融不況克服の指標 山本清治のクラブ9


「株式日記」と銘打っているので、久しぶりに株式のことを書いて見たいと思います。日本経済は今年の5月で底を打ったのだろうか。日本経済の流れが変わったと言えるのだろうか。りそなへの公的資金2兆円が流れを変えたのだろうか。とても小泉内閣の経済政策が大きく変わったとはいえない。

今回の株の高騰はユーロ高に伴う円安で、ヨーロッパからの株式買いが入ったためと思われる。福井日銀総裁による史上空前の1ヶ月間だけで4兆円に及ぶドル買い介入で、円がドルに連動した形で安くなり、ユーロの独歩高となった。もしも福井総裁がドル買い介入していなければドルの独歩安となり、アメリカの株と債券も暴落していただろう。

ユーロ高に伴ってヨーロッパへの輸出企業は円安差益を得て業績は向上した。日銀のこのような為替市場への円売り介入は輸出企業への補助金とみなすことが出来る。その反面輸入企業は見えない税金を納めさせられている。輸出企業の多くはすでに円高シフトが出来ており、円高になっても耐えられる体質になっているはずだ。

ユーロの誕生が日本の為替政策に有利に働いている。今までは外貨をドルで運用するしかなかったが、ユーロでも運用できることにより、アメリカがドル安政策をとろうとしたら、ドルからユーロに切り替えてしまえばいい。アメリカ市場以上に大きな市場が出来たのだから、合理的な選択のはずである。

だからアメリカも慌ててドル高政策に戻らざるをえなくなった。今までは基軸通貨がドルだけだったのでアメリカはその利益を独り占めできたが、無茶なドル安はドルからユーロへ切り替えさせるだけだからだ。世界の資本家はドル一本やりからユーロ、そして円へと資本をシフトしてくるだろう。

ドルの無茶な切り下げが出来ない以上、中国の元などを高くさせざるを得なくなる。スノウ米財務長官は中国の元安に触れるようになった。中国の無茶苦茶な元安が世界をデフレに陥らせている。中国にとっても国内投資の面から元を高くしていくほうが有効になってきた。日本のように外貨だけを積み上げるより、投資で産業基盤を整備しなくては国内格差が解消できない。

日本経済はアナログからデジタルへの大転換をむかえて、再び日本が経済大国の時代をむかえようとしている。テレビもデジタル、ビデオもデジタルDVD、カメラもデジタル、と日本の独占商品が本格的な普及時代に入った。今まではデジタルはパソコン周辺に限られていたが、家電もデジタル化の波に乗った。だから再び日本の時代もやってくるのが近いだろう。

これで金融不況が収まれば一番影響が大きいのは銀行、不動産などの業種が復活してくるだろう。ハゲタカ外資もゴルフ場や不動産などを買い捲っている。べつに彼らは大したリストラ出来るわけではない。5年後10年後のキャピタルゲイン目当てで買っているだけだ。新生銀行もあおぞら銀行も再上場すれば数兆円単位の利益をハゲタカ外資にもたらす。その時期は近い。




The War For Truth 真実のための戦い
Crime Against Humanity 人道に対する罪


2003年7月23日 水曜日

「すばらしい1日だった。」先週の土曜日,米海兵隊のエリック・シュランフ軍曹は語った。「大勢殺したし。」

軍曹はこう続けた。「民間人も何人か殺ったさ。だがそれが何だ。」イラク軍兵士のそばに女が何人かいて――と軍曹は語った――俺と隊員たちが発砲したら,女がひとり倒れた。「かわいそうなことをしたとは思うが,あの女があんなところに立ってやがったからさ。」

この話を聞いてあっと思った。ほとんどまったく同じ台詞を36年前に聞いたのだ。36年前,ある米海兵隊軍曹が「あんなところに立ってやがったから」身ごもった女性と子供を殺した,と私に語ったのだ。

それはヴェトナムでの出来事だった。米国の軍事マシーンによって侵攻されたもうひとつの国。およそ200万人が死に,さらに多くの人々が手足を失い,あるいは手足の機能を奪われた。レーガン大統領はこれを「高貴なる大義」と呼んだ。先日ブッシュ大統領は,イラク侵攻を「高貴なる大義」と呼んだ。イラクもヴェトナムと同じく,挑発されたから攻撃したわけではない,一方的侵攻である。

ヴェトナム以降の年月の間,米国人は多くの国々に侵攻し,直接的であれ手先を使ってであれ,非常な苦しみを引き起こしてきた。しかし,初めて「メディア戦争」という名で知られることになったヴェトナムでの残虐行為以上に,今回の戦争について語ってくれる例は他にない。

イラク侵攻でもそうだが,ヴェトナム侵攻ではヴェトナム人に対する人種差別があった。ヴェトナム人は戦おうともしない「東洋のサル gooks」「slits」で,何週間かあればやっつけられるはずだった。今日のイラクと同様,米国の殺戮の生の証拠はテレビには映されず,隠蔽された。 

ブッシュ政権の「リベラル派」国務長官であるコリン・パウエル将軍が昇進したのは,あのミ・ライ村大虐殺(ソンミ村大虐殺)を隠蔽する任にあたったからである。最後にはヴェトナムはハリウッド映画じみた筋書きをひっくり返し,侵略者を追い払ったが,それには大きな犠牲を払った。

(中略) 1967年9月3日,英サンデー・ミラー紙はヴェトナムからの私の記事を1面に掲載した。「このような戦争を英国が容認できようか」という見出しだった。今日,デイリー・ミラー紙はイラク侵攻について同じ問いかけをしている。67年と今日とが違っているのは,ブレアと違ってハロルド・ウィルソン首相は,米国大統領から「連合軍」として英軍を使いたいと要請されたのを拒絶した,ということである。昨日のデイリー・ミラー紙の世論調査では,「78%が戦争が終結するまで英軍は英国に戻ってくるべきではないと主張」しているそうだ。質問が答えをあらかじめ限定していれば,世論調査そのものがプロパガンダとなりうる。もし質問が「一切の『解放』が行われず,民間人の犠牲者が増えつづけているとした場合,英軍がイラクにいることを,あなたは支持しますか」だったらどうだったのだろう。

果たして78%にも上ることになっただろうか。どんなに汚い仕事をやらされるにしても,派遣された「兵士」を支持するという伝統は,確かにある。ブレアがその伝統を思い通りに操るようなことは,許されてはならない。確かに英軍は米軍よりよく訓練されているかもしれない。しかし,だからといって,英軍が私たちにとっては脅威でも何でもない国を違法に侵攻することの一部である,いや,実際は必要不可欠な役目を果たしているのだが,その事実が変わるわけではない。

英軍スポークスマンはメディア操作(いわゆる「パブリック・リレーション」)に長けているので,米国人と同じくらい頻繁に嘘をつく。あのばかげた「住民たちによる蜂起」説は,あまりにも底が浅い。彼らが語らない真実とは,英軍のバスラ包囲は民間人をじわじわと締めつけ,自分の国にいる無辜の男女や子供たちに,大きな苦しみを与えているということだ。

イラク軍が同じことをバーミンガムでやったらどうなるか,想像してもらいたい。(バスラとバーミンガムはほぼ同じ大きさだ。)ロンドンで誰が政権を握っていようとも関係なく,怒りを,人々の抵抗を,想像してもらいたい。想像ができないのなら,正しいことと間違っていることをすりかえる大きな嘘に完全にはまってしまっているのである。イラクの立場に立ってみることができないのであれば,シュランフ軍曹に「あんなところに立ってやがったから」と撃ち殺された女性の家族の立場に立ってみることができないのであれば,それをこそ,憂慮すべきなのである。

真実のための戦い 2003年4月5日 ジョン・ピルジャー



(前略) ナチス党指導者を裁いたニュルンベルク裁判で,裁判官は「侵略戦争を始めることは,国際犯罪であるばかりではない。最大の国際犯罪なのである。他の戦争犯罪と唯一異なるのは,侵略戦争はそれ自体に巨悪を内含しているということだけなのである」と述べた。国際法のこの大原則を述べる際,裁判官はドイツの主張した他国の脅威に対する予防戦争の「必要性」をはっきりと却下しいたのである。

ブッシュとブレア,クラスター爆弾を落とす彼らの兵隊,そして彼らの取り巻きメディア(their media court)が今何をしても,彼らが為したイラクでのひどい犯罪行為を変えることはない。人類の大多数に理解される記録――「私たち(us)」の代弁者であると言い張っている人々には理解されていないかもしれないが――に残っているのだ。米英協同のイラクへの経済制裁は,デニス・ハリデイが語ったように,「彼らを歴史書の中で屠る」であろう。ハリデイは1996年国連事務総長補佐をしていた時に「人道物資購入のためのイラク石油の限定的輸出許可プログラム(oil for food programme)」を立ち上げた人物で,国連が「ある社会全体を虐殺しようとする攻撃」の道具になってしまったことにいち早く気づいた人物である。彼は抗議の意を表して職を辞し,後任のハンス・フォン・スポネックも「ひとつの国家に対して悪意と辱めを与える罰である」と述べて,同じく辞任した。

(中略) ジョージ・ブッシュはこう述べている。「『命令に従っただけ』と言うことは防御にならないだろう。」その通りである。ニュルンベルクでの裁判官は,一般の兵士が違法な侵略戦争において自身の良心に従う権利を言明している。2人の英軍兵士が勇気を出して良心的異論者(conscientious objectors:訳注3)となろうとしている。彼らは軍事法廷にかけられ,収監されるかもしれない。しかしメディアでは彼らのことは問題にされていない。ジョージ・ギャロウェイは,ブッシュに同じ質問をして槍玉に挙げられている。彼と英国下院のタム・ダリェル議長は,英国労働党院内幹事(Labour whip)の引退を迫られている。

下院議員歴41年になるダリェル議長は,首相はハーグ(のICC)に送られるべき戦争犯罪人であると述べている。これは不当な言い分ではない。明白な証拠によりブレアは戦争犯罪人であり,どのような形であれ彼を助けた者は,ICC(国際刑事裁判所)に報告されなければならない。今では真に受ける者も少なくなったさまざまな口実のでっち上げに協力しただけでなく,彼らはイラクにテロリズムと死をもたらしたのである。

この新しい裁判所(=ICC)には義務があるということには,世界中の多くの法律専門家が同意している。例えばブリストル大学のエリック・ハーリングは,「政権だけでなく,イラクの人権を大いに蹂躙した国連の爆撃も経済制裁も」調査する義務があると書いている。今おこなわれている一方的侵略戦争(それは将来的にアラブの民族主義とイスラムの武装とを結びつけるかもしれない)を加えよう。ブレアとブッシュによって巻き起こされた旋風は,始まりにすぎない。彼らの犯罪の規模とは,このくらいに大きなものなのである。

人道に対する罪 2993年4月10日 ジョン・ピルジャー


ジョン・ピルジャー氏は英国のジャーナリストですが、日本ではもはやこのようなリベラルなコラムは見られなくなった。ベトナム反戦運動で活躍したジャーナリスト達はどこへ行ったのだろうか。インターネットを探せばいるのかもしれないが、彼らはリベラルだったのではなく、ソ連共産主義運動の活動家に過ぎなかったのだ。

ソ連が崩壊すると同時に、日本の反戦活動家はいなくなった。このように日本における政治活動は外国からの支援を受けないと活動が出来ない。最近の反戦デモの低調さは、日本国民の政治意識の低さを物語っている。アメリカのイラクに対する先制攻撃は明らかに国際犯罪なのだ。

ナチを裁いたニュールンベルク裁判や日本における東京裁判は、侵略戦争を犯したから裁かれたのだ。だから米英によるイラク侵略戦争は軍事法廷で裁かれなければならない。ヨーロッパではこのような意見が出ているが、日本のジャーナリズムからは全く聞こえてこない。日本も米英の情報統制下に入ってしまっているのだろう。

野党の国会議員たちも、辻元前議員の逮捕によって活動が縮こまってしまった。CIAによって国会議員や高級官僚のスキャンダルは掴まれているから、いつマスコミにリークされるか怖いのだ。有力政治家だった鈴木宗男前議員ですら、怪文書が共産党の事務所に送られて明らかになった。中央官庁内にはCIAのエージェントが潜り込んでいるのだ。

米英においてもリベラル派の議員に対する締め付けは激しい。イスラエルのモサドやその配下のCIAの工作員がやはりスキャンダルネタを掴んでいるのだろう。なければ罠を仕掛けて掴まれる。このような事はナチのゲシュタポがよくやったことだ。CIAのテネット長官ですら詰め腹を切らされるのだろう。それほどアメリカはイスラエルのモサドに支配されている。




「前の人よりましだから」小泉を支持する不幸
民営化され資産の切り売りでハゲタカが買う


2003年7月22日 火曜日

先週のこのコラムで、ボクは小泉首相の「改革を進める」を、バカのひとつ憶えと書いた。かりにも一国の総理に対する形容としては、いかがなものかと思われる向きもあろうと思っていたが、何の抗議も非難も受け取っていない。ということは、ほとんどの日本人は(もしかしたら首相自身も!?)その通りだと考えているのかも知れない。そんな状態を2年以上も(実際は3代前ぐらいからだが)続けている日本は不幸なくにだ。何もしないまま、「他に代りが居ないから」、「前の人よりましだから」(本当にそういう理由で小泉内閣を支持しているのを新聞の調査で読んだ)というだけで、ずるずると時の経つのを見ていても良いのだろうか。すぐに死んでゆくわれわれの世代はともかく、若い人たちはどういう将来を夢みているのだろう。

 第一その「改革」なるものが、万一達成されたとして、日本は今より良くなり、皆が幸せになるのかと考えたことはないのだろうか。ただ「改革」というひびきの良い言葉につられて認めているだけではないのか。現代の世の中の動きは速い。ソ連時代の改新派は今のロシアでは保守派と言われる。ホメイニ時代の改革派は、最近のイランでは守旧派になりつつまる。たしかに一時の日本では構造改革は必須と思えたが、ぐずぐずしているうちに、もう処方箋が古くなっているのではないか。

 '80〜'90年代に行財政改革を進め、「改革の先進国」とか「世界のお手本」とか言われたニュージーランドも、このところ民営化した大企業を、「国営」に戻す動きが目立つ。ボクは実際毎年あの国に3ヵ月も住んでいるので、知識には事欠かないつもりだ。ニュージーランド空港の民営化も大失敗で倒産寸前、昨年政府がほとんどの株を(国民の税金で)買収し、事実上の国営に戻った。隣国オーストラリアのアンセット空港(倒産)への投資が失敗だった。小泉首相の「改革の原点」である郵政も民営化したが、国民は国営をのぞみ、(今は一応併立だが)民営の利用率は低い。近い将来全部国営に戻るだろうと言われている。(ところがここを訪れた首相は、二つ並んだ郵便ポストを見て御満悦だったという。「ダメだこりゃ」とボクは叫んだものだ)。

 そして今月の初め、ついに最大の民営化産業と言われたトランツレール(全国鉄道)の再国有化が、政府から発表された。つまりJRが国鉄に戻るわけである。これは保守連立政権が'93年に、アメリカの鉄道会社に売ったものだが、経営危機が噂されていた。会社は利益率を良くするため、リストラやオーストラリアの企業に旅客部門を売ってしまったり、車両や駅舎も売って逆にリースするとかしていて、そのたびに国民のブーイングが聞こえていた。そして今年ボクが日本に帰ってすぐの4月、巨額の負債が表面化して株価が暴落、倒産必至との報道に接していた。保守政権の民営化の尻を、現労働党内閣が国営化で拭ったことになるのは、皮肉とばかりは言えない。民営ともなれば、利潤追求のために資産の切り売りは予想されるところだし、それが鉄道や医療、学校、郵政などと馴染むかどうか、別の意味での「お手本」を示したとしか言えまいか。

 ここカナダでもブリティッシュ・コロンビア州(以下BC州)で、連日マスコミを賑わしているのは、民営化の是非である。先週の日曜日のプロビンス紙の記事は「ハイウェイ・ロバリー」(高速道路での強盗の意)であった。強盗と呼ばれているのは、ゴードン・キャンベル首相率いるBC州の自由党政府である。事の発端はこの政府が、州の中央を走る「コキハラ高速道路」の民営化プランを発表したことにある。

 この道路は、バンクーバーの東約150kmにあるホープ市から、北東にあるメリット市まで約135kmを走っている。出来たのは'86年である。このあたりは大河フレーザーが峡谷となり「地獄の門(ヘルズ・ゲイト)」などという観光の名所もある難所で、峡谷沿いに曲がりくねった道が走っていた。ところがこの高速道の建設で州中央部はおろか、カナダ横断交通も大変便利になったと好評であった。ボクは走った事はないが、店のスタッフは1〜2時間短縮されたと喜んでいた。因にこれは、カナダ横断の国道1号線に直結している。

 それを州政府は民営化すると決定し、最も高い入札をした企業に55年間リースすると発表したのだ。そして民営化すると、現在10ドル(約900円)の通行量が13ドル(約1170円)と3割も高くなると報道されると、市民は立ち上がった。週末になると道路の料金所付近に1000人単位の人が集まり、「コキハラを売るナ!」「この道路は市民のもの」などのプラカードを並べた。その一つに「ハイウェイ強盗」というのがあったのである。又「民営化のプリンス、キャンベル、実は永久の搾取王」というのもあった。

負担が大きい「民営化」

 日本の読者のために書くと、欧米では高速道路は原則として無料である。料金を取るのは例外で、その目的のため市民(市議会など)の同意を得た場合に限られる。ニューヨークのマンハッタン島への地下道とか、ゴールドコーストの空港への近道橋などがその好例だ。ここも最初は無料の予定だったが、'86年のバンクーバー万博に間に合わせるための緊急工事代として徴収が了承されたという経緯がある。だから市民は怒っているのだ。

 ある評論家によると、政府は高速にかかるコストを理由にしているが、全くのウソだという。'84年当時の州の建設省が証言している。「万博用の緊急予算は4000万ドル、開通以来の通行料はすでに5億5000万ドルに達している」。政府の新聞広告には、「5億5000万ドルは、25億ドルのコスト(建設費、管理費及び利子)には全く及ばない」とあるので市民は怒るのだ。「首相の二枚舌は許せない。われわれは交通を便利にしてくれた州のために料金を払っているのだ。企業の利益のためじゃない」。

 最初は「予告通り」と強気の姿勢を崩さなかったキャンベル州首相の態度も、今週に入って微妙に変化しはじめた。「現時点では予定取通り」との発言がそうだし、「満足のゆく入札が行われなければ……」などという声も聞かれる。理由は度重なるプロテストばかりではない。先週行われた世論調査では、民営化反対が92パーセント、賛成は僅か5パーセントだった。もっと怖ろしいのは、このあたりは自由党の金城湯池と言われる地区なのに、議員たちが、強行すれば次の選挙は必敗と泣きを入れているらしいのだ。

ボクは決して民営化に全面反対しているのでもなければ、自民党のいわゆる「抵抗勢力」に肩入れしている訳でもない。彼らは既得権を守ったり、既得権組からの票を期待して反対しているのだ。ボクは何が民営化で有効になり、何は国営の方が良いか、あくまで消費者の立場で考えてからやれと言っている。失敗したから又国営にというのでは二重に国民に負担がかかる。そんなのは銀行で沢山だ。

内遊外歓 「前の人よりましだから」小泉を支持する不幸


国会内は自民党の総裁選挙と衆議院の解散はいつかで先生方は大変らしい。このままでは小泉総理の再選は間違いないだろう。抵抗勢力も対抗馬を一本化できないらしい。亀井氏が名乗りを上げているがイメージが悪く、経済政策に関しては亀井氏のほうが良いと思うのだが、ルックスが小泉氏より劣るから女性の支持が集まらないのだろう。

一般国民にとっては「構造改革」といっても何のことか分からないから、総理の顔の良し悪しで判断するのだろう。あながちそれも間違ってないかもしれない。自民党の抵抗勢力の先生方はそろって人相が悪く、まさにヤクザそのものだ。日頃ヤクザ顔負けの事をしているから人相が悪くなる。

以前、小沢一郎幹事長の頃、一声掛けたら財界から300億円もの政治資金が自民党に集まった。財界も喜んで出しているのではなく、政治資金を出さなかったら報復が怖いから出しているのだ。出せば公共工事で国からの仕事がもらえる。日本一のヤクザの親分でも一声で300億円もの上納金は集まらない。

だから巷のヤクザの親分は小物であり、本当の大物ヤクザは議員バッチをつけている。そして警察や公安を自分の子分のようにして使っている。このような世界にクリーンさを売り物にしてこの世界にはいってもたちまち怖い先生方の迫力によって子猫のようになってしまう。起訴された辻本清美前議員も彼らの策略に引っかかった一人だ。

小泉首相の先々代は刺青をしたれっきとした横須賀かいわいのヤクザだった。ヤクザでなければ選挙地盤を仕切れない面があるのだろう。ヤクザたちはあらゆる汚い罠を仕掛けて政敵を追い落とす。同じ議員秘書給与をネコババしても、起訴されない議員もいれば、起訴されて実刑判決食らって1年半も監獄に入れられたりする。

このような政界で生きてゆこうとすれば自分がヤクザになって選挙地盤を仕切るか、小泉首相のようにアメリカの力を借りてヤクザたちを威嚇するしか方法がない。マスコミもヤクザたちには怨念があるから小泉内閣を支持している。アメリカの金融資本家達も日本の資産買取にヤクザが障害になっている。

そのヤクザを取り締まるために盗聴法とか住基ネット等の法律が制定され、ヤクザ派の政治家はだいぶ旗色が悪くなってきた。それに対してアメリカと手を組んだ官僚達が勢力を伸ばしている。小泉内閣はまさに親米官僚内閣だ。民間人を名乗る大臣もみんな官僚出身だ。

私はヤクザ政治家も排除しなければなりませんが、親米売国官僚政治も排除しなければなりません。真の愛国的政治家の出現が望まれていますが、石原慎太郎が政治家としての理想だったのですが、ヤクザと親米派によって国会から排除されてしまった。ヤクザにも強く、アメリカに対しても反論できる政治家が日本にはいない。

しいて言うならば親米売国官僚政治よりかはヤクザ政治のほうがマシだ。ただし野中広務や森喜朗のようにヤクザでありながら中国や北朝鮮の手先になる政治家は一番性質が悪い。ヤクザに詳しい宮崎学氏は次のように述べている。

事実、俺の知り合いにも、小泉に投票した横須賀在住のヤクザは大勢いる。もっとも小泉の場合、祖父は背中に彫り物を背負った立派な「関係者」という説もある。そうだとしたら、これほど密接な関係のある人間が総理人臣を務めているとは、いかがなものだろうか。それができないといなら、いっそヤクザの投票権は剥奪する、とでも発表すればよかろう。

アホらしい松波秘書給与問題 宮崎学





在日朝鮮人・創価学会ー公明党ー小泉政権
キリスト教右派ー共和党ネオコンーブッシュ政権


2003年7月21日 月曜日

(前略) ――キリスト教右派とネオコンとはどんな関係なのですか。

★実際にネオコンの手足になって、彼らを支えているのはキリスト教右派です。キリスト教右派の力については、日本ではきちんと認識されていないように思います。今私のいる同志社大学神学部一神教学際センターの森孝一先生が面白いことを言っています。アメリカのキリスト教右派の政治勢力を日本の政治シーンの中に置き換えると創価学会─公明党の約2倍の政治勢力になるというのです。政治というものは、足し算・引き算ではなく、むしろ掛け算・割り算のようなところがある世界ですから、創価学会の2倍の勢力というのは、政権取りを十分争えるだけの勢力です。
 私のイメージとしては、キリスト教右派をいわば手足とし、その頭脳部分をネオコンが握っている。ブルドーザーの運転手がネオコンで、キリスト教右派がブルドーザーの本体みたいな感じですかね。

──大衆を前衛が指導するボリシェビズムみたいですね……(笑)。

★それは私も感じています。でもキリスト教右派とネオコンの接点は、本来それほど無いはずなのです。まずキリスト教右派とネオコンは思想においては全く相容れない。例えばネオコンは国際主義、キリスト教右派は基本的にアメリカ一国主義です。もうひとつ、これは当たり前ですが、キリスト教右派は宗教勢力。ネオコンは世俗勢力です。
 さらに言えば、キリスト教右派の人たちは一般的に「ユダヤ人嫌い」ですが、ネオコンの多くは在米ユダヤ人です。キリスト教右派の中のウルトラ右派の人たちは、今でも南部などではミリシア=自警団と呼ばれる民兵組織を持っています。この人たちに至っては、アメリカを悪くしたのは黒人とユダヤ人だと言って憚らない。
 そもそも相容れないネオコンとキリスト教右派がくっついたのには、やはりいくつかの要件がありました。ひとつにはネオコンが道徳主義・倫理主義を訴えるようになったことです。60年代中盤から後半にかけてのことですが、当初アメリカでは非常にショッキングに受け取られました。
 というのは、激しい差別をうけてきたユダヤ人は人権問題などには鋭敏で、特にニューヨークのブルックリンといった貧乏人街出身のユダヤ系知識人は、非常に進歩的と当時一般に思われていました。その人たちが突然、国家がポルノに対する検閲を行うべきだとか言い出した。ポルノが悪い理由というのが、さすが元トロツキスト――これについては後で話します、ポルノは資本主義の腐敗を最も象徴しているものだから悪いというのです。アーヴィング・クリストル――今のウィリアム・クリストルのお父さんはそう語っている。
 アメリカのキリスト教右派の人たちの理想郷は、NHKでも放映している「大草原の小さな家」ですから、ネオコンの道徳主義と共鳴するところがある。少なくとも悪くはない。理解し合えるところがあるわけです。  第2点目。これが一番大きいと思いますが、ネオコンもキリスト教右派も、イスラムの脅威を強調します。イスラムの世界的な復興運動の流れはずっとあるわけですが、79年のイラン革命を一つの転換点に80年代、90年代と急速に拡大していきます。そうしたイスラム復興の流れに対して、キリスト教右派は宗教的な意味で危機感を持ち、ネオコンはイスラエルの防衛という立場から危機感を持った。イスラム復興の脅威、それがネオコンとキリスト教右派を結びつけたわけです。
 第3のポイントは、これは『ネオコンとは何か』にはあまり書かなかったのですが、ネオコンが在米ユダヤ人の現状について非常に不安を覚えている点です。在米ユダヤ人は、世俗主義(secular)の人が大部分ですから、他宗派との婚姻がどんどん進んでいます。ユダヤ教というのは基本的に母系で、一般にユダヤ教徒の母親から生まれた人がユダヤ人です。他宗派との婚姻が進み、将来的にアメリカ国内のユダヤ人コミュニティが弱体化した場合、今みたいに活発なロビー活動が不可能となる。そうするとイスラエルに対する保障ができなくなりかねない。そこでユダヤ人コミュニティの代替物としてキリスト教右派に眼をつけた。これがもう一つの理由としていわれていることです

(中略) ――ネオコンは日本についてどう考えているのでしょうか。

★最近のネオコン系知識人の新聞インタビューを読んでも、日本なんてどうでもいいといいますか、そもそも関心がないという印象を受けました。ネオコンは非常にリアリストですから、今の日本がアメリカに従順だからその世界戦略上、「助かる。もっと手を貸してくれ」といっているだけです。
 小泉首相はアメリカのイラク戦争を全面的に支持した理由として、アメリカときちんとおつき合いしておかないと、北朝鮮有事の際に日本を守ってくれないと言っていました。けれどもネオコンが北朝鮮問題で一番気にしているのは日本ではなくて中国です。ネオコンは北朝鮮問題も対中国戦略の一つのベクトルと考えています。
 いずれにしてもネオコンは、日本のことなんか大して眼中にありません。ネオコンが親身になって日本を守ってくれるわけがない。日本にテポドンが何発か飛んでくる恐れがあるとしても、本気になればためらわずに北朝鮮を攻撃するでしょう。ネオコンはそのくらいの荒っぽさはなんとも思っていない人たちです。
 欧州諸国は、そうしたネオコンの恐さを理解しています。ネオコンに逆らうと木っ端みじんにやられかねないと非常な緊張感を持ってネオコンに対応している。ところが日本の政治指導部は、ネオコンの恐さを理解していない。
 別に反戦平和の立場から言うのではありません。日本の国益や安全保障について考えたとき、日本政府・外務省がネオコンについてきちんとリサーチして対応しているとはとても思えないのです。イラク戦争開戦の前夜まで、日本の外務省は「開戦は回避される」と判断していたと聞いています。完全に判断を間違っている。日本の外務省に入ってくるアメリカからの情報は旧来の中道派情報に偏っていて、それに引っぱられている。
 政治的に右とか左とか、戦争か平和かといった選択以前の問題として、情報収集能力があまりにも情けない状態の日本の外務官僚は官僚失格でしょう。こうしたことでは日本の未来は本当に危ないと思いますね

たはら・まき 1962年生まれ。95年から1年間、カイロ・アメリカン大学アラビア語専科に留学し、97年から2000年まで東京新聞カイロ特派員。現在、東京新聞社特別報道部勤務。同志社大学一神教学際研究センターの客員フェロー(イスラーム地域研究)。近著に『ネオコンとは何か』(世界書院)。田原拓治名での著作に『イスラーム最前線 記者が見た中東、革命のゆくえ』(河出書房新社)。

田原牧さんに聞く ネオコンの出自はトロツキスト


3月11日の株式日記で田原拓治名の東京新聞の記事を紹介しましたが、ネット上でネオコンがトロツキストの流れであることを紹介したのは初めてだろう。反スターリン主義のユダヤ人がアメリカに集結して世界革命を実行しようとしている。

まず最初にネオコンが行ったのは、レーガン・ブッシュ政権時代にソ連を崩壊させたことだ。ネオコンの恐るべき執念と言えるだろう。従来の世界権力中枢の戦略としては、アメリカとソ連の二頭立てで世界支配を実行することだったが、ネオコンはそれを覆しアメリカの一極支配を打ち出した。

3月ごろにはキリスト教原理主義やキリスト教右派について解説しましたが、彼らの教義からすればユダヤ人とは敵対関係にある、と指摘しましたが、ネオコンは道徳倫理を前面に押し出すことにより、キリスト教右派との連帯に成功した。妊娠中絶反対運動などが有名だ。

私はアメリカとソ連とは兄弟国家だと何度か指摘しましたが、世界革命を目指していることは両国に共通している。ソ連は共産主義というイデオロギーを旗印にしていたし、アメリカは民主主義をイデオロギーにしている。今回のイラク攻撃もイラクを民主化するという目的のためだ。

田原牧氏によるとネオコンの狙いはイスラエルによる中東支配の手助けをするということだ。この事に関しては私も、イスラエルはユーフラテス川からナイル川に到るまでの中東を、大イスラエル建国を目指していると指摘してきました。それはイスラエル国旗を見れば二本の水色の線は二つの川を現している。

アメリカは今や共和党も民主党もユダヤ勢力に乗っ取られている。しいて言えば民主党系ユダヤはリベラルであり金融による世界支配を目指しているのに対し、共和党系ユダヤは軍事力による世界支配を目指している。アメリカは本来WASPが権力を握っていたが、最近は僅か2%に過ぎないユダヤが権力を握っている。

WASPの中軸であるアングロサクソンもゲルマン民族も馬鹿ではないのだが、ユダヤ人から見ると能力的な格差は隠せない。医者や弁護士や大学教授やシンクタンクの研究員などわずか2%のユダヤ人が多くを占めている。いまやアメリカの政権中枢は共和党政権が出来ようと、民主党政権が出来ようとユダヤ支配には違いない。

僅か2%のユダヤ人がなぜアメリカを支配できるかと言うと「民主主義」だからだ。とにかく多数の支持を集めれば支配できるのだから、国民世論をいかに操作するかがポイントとなる。だからユダヤ人たちはマスコミや映画などのエンターテイメントや教育などの社会に集中している。だから2%の少数派でもアメリカを支配することが出来るのだ。

日本でも同じ事が言える。キリスト教右派に相当するのが創価学会だ。その創価学会とキリスト教右派ユダヤ勢力とが統一教会を経由して手を結んでいるらしい。池田会長の動きを見れば推測できる。創価学会がこれらの勢力の日本代理店となって活動している。だからマスコミや映画などのエンターテイメントや教育界などに創価学会員が多く集まっている。

さらには警察や自衛隊や中央官庁などにも創価学会員が食い込んでいる。「民主主義」の名の下に信教の自由が保障されていれば自由に活動が出来るのだ。創価学会単独なら単なる宗教団体で問題はないのだが、キリスト教右派ユダヤ勢力と手を組んでいるとなるとかなり問題だ。

日本のマスコミが創価学会の影響力に動かされているのも、多くの活動員がもぐりこんでいるからだ。だからマスコミが親米、親韓国なのはそのためだ。そして日本の戦争責任をいつまでも煽ってナショナリズムの台頭を押さえ込んでいる。このように日本をいつまでも弱体化させアメリカの支配下に置くことによって、韓国も中国も日本からの金や援助をせびり取って行くのだ




洋泉社 「天皇の戦争責任・再考」
自主憲法制定上結論を出すべきだ


2003年7月20日 日曜日

また八月がめぐってくる。この国にとって、八月は(十二月とともに一いまだに特別な月である。忘れられていたあの戦争がにわかによみがえり、肯定と否定、伝承と風化、加害と被害、慙愧と反省が渦まく中、またぞろ戦争責任問題が蒸し返されるのだ。われわれはそれにおびやかされる。アジア、とくに中国や韓国から、事あるごとに投げかけられる戦争責任、、問題をわれわれはどう考えるべきなのか。はたして、あの戦争は今にまでつづく日本の原罪なのか。外国からの政治的な攻勢に終止符をうつために、われわれが取るべき妥当な態度・手段ははたしてあるのか。

アジアからの戦争責任追及はひとつの強力な外交カードとして使われ、定見なき日本政府はその対応に右往左往しているのが現状だ。だが、他国から難詰されるまえに、はたして現在のわれわれは本当に戦争責任問題に向き合い、それを自らの問題として総括し得ているのか、という疑問を持たざるを得ない。

かつての日本帝国が行った「侵略」は、あくまでも日本「帝国」が遂行したものであり、今はその「帝国」がもう消滅してしまったのだから、「平和を希求する」現在のわれわれに戦争責任などあるはずがないと言えたらどれだけ楽だろう。またドイツのように、すべての悪を「ナチス」という一政治組織(一軍事組織)に負わせてすますことができるのなら、これまたどれだけ楽だろうか。

しかし、そうはいかないのである。日本人はかつて行った戦争を、戦争を経験しなかった人間であるがゆえに関係ないとはとても言えない。戦後に生まれ、現在を生きるわれわれも、一国の歴史的連続性という一点において、あの戦争に向き合わなけれぱならないのである。

そこで、本書のテーマである。いまなぜ昭和天皇の戦争責任なのか? このテーマはかつて保守・革新をはかるリトマス試験紙の役割をはたしたものだが、いまさらわれわれはそのような陳腐な意味でこのテーマを蒸し返したいわけではない。また昭和天皇糾弾のためにこのテーマを追求したいわけでももちろんない。そうではなく、ステレオタイプ化し硬直したイデオロギーから離れ、右でも左でもない立場から、いまだに日本人のあり方を本質的に象徴する固有の問題としてこのテーマを考えたいのである。

日本断罪でもなく、日本全面肯定でもない、われわれの態度はどこに求められるのか。たとえば、A級戦犯を裁いた東京裁判に批判的でありながら、東京裁判が天皇を訴追しなかったから、天皇には戦争責任がないなどと主張する人がいる。裁判の正統性を認めない人間が同じ裁判を拠り所として天皇の無罪を証明していることの滑稽さ。あるいは、一億総幟悔したのだから責任は当時の日本人全員にある、と事態を「あいまい」化してしまう無責任な言説。

言うまでもなく、一般国民の責任と指導者の責任を同じものと考えることはできない。われわれは「天皇の戦争責任」問題に敢えて目をつぶり、できるだけ不問に付そうとしてきたのではなかっただろうか。一部の人たちな言うように、本当に、われわれは「天皇の戦争責任」を問うことに飽きてしまったなどと言えるのだろうか。まったく時代遅れの、なんの現実味もないテーマなのだろうか。けれどじつは、まだなにも始まっていないのではないか。

われわれは明言する。戦争を経験しなかった現在のわれわれ(戦無派)も、あの戦争の責任から免責されているわけではない。日本人(日本国)という連続性において、責任はある。少なくとも、限定責任はある(なにが限定かは議論の余地があるが)。だが戦無派に責任があって、もしも当時の元首であり、統帥権を持つ天皇には一切の戦争責任がないということ になるのなら、それはあまりにも冗談がすぎるというものであろう。

保守派からは、当時の明治憲法下では、天皇といえども、自らの意思に関係なく(意思に反して)政治情勢(国家意思)に従わざるを得なかっただけであり、天皇自身は一貫して平和主義者だったという指摘がなされてきた。その証明として、終戦の「ご聖断」が挙げられ、またマッカーサーとの会見で語ったとされる《私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたが代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした》(『マッカーサー回想記」)という発言がその決定的な証拠として提示されてもきた。

しかし、本当にこのとおりの発言があったか否かは、ほとんど証明されていないのである。2002年に発表された外務省の文書にも宮内庁の文書にも、その片一言すら見当たらないのだ。いささかうがった見方をすれば、野心家のマッカーサーが自らの威信を高めるために作文したのではないか、という疑念なしとしないのである。

その反証(というには若干薄弱かもしれないが)として、後年、「戦争責任」について記者から質問されたときの天皇の答え、「そういう文学的質問は、その方面の研究をしていないので暗いので云々」は、自分の弱さ(戦争責任意識の希薄さ)を逆に認めているのではな いか。また、平和主義者であったとされる天皇白身が、本当は国体護持の念しかなく、それに比べて国民のことをどう考えていたかを幾分、疑わせる文章が残されている。

《戦争をつづければ三種神器を守ることも出来ず国民をも殺さなければならなくなつたので涙をのんで国民の種をのこすべくつとめたのである》(天皇裕仁「明仁へ」一九四五年九月九日〈『新潮45』一九八六年五月号掲載〉)。ここには国民の生命よりも三種の神器の守護を優先的に考えていたことが示されていはしないだろうか。あるいはまた、もしも天皇が国民の幸福を希求していたというのが本当だとすれば、あまりにも遅い「ご聖断」が、結果として、広島、長崎の原爆の悲劇を食い止め得なかった、という事実はどのように理解したらいいのか。

現在、ハーバート・ビックス著『昭和天皇』が評判を呼んでいる。本来ならば、こうした本は日本人によって書かれるべきものなのに、外国人によって書かれ、それを日本人が読むという事態にわれわれは甘んじている。われわれを口ごもらせ、手を縛り、気を萎えさせる「自己検閲」から、いまだにわれわれが自由ではないということか。それとも、ただ怠惰なだけなのか。

それはともかく、この『昭和天皇』によれば、天皇自身は軍部のいいなりだったのではなく、もっと能動的な政治君主であった、ということである。さきに述べた、戦争を経験しなかったわれわれにも戦争責任があるにもかかわらず、当時、現人神であり、元首 であり、統帥権を総攬する人間に戦争責任ナシとはどうしても考えられない。政治的にはもちろん、倫理の問題としてもなおさらである。

「天皇の戦争責任」問題はややもすると矯激な感情問題になりがちであるが、本書では、あくまでも冷静にこの問題を考えたいと思う。そのためにわたしたちが設定した問題構成はつぎのとおりである。

A対内的責任としては
 a敗戦責任があり、それは
  イ政治責任
  ロ道義責任として検証されるべきであり

B対外的責任としては
 b開戦責任があり、それも
  イ政治責任
  ロ道義責任として検証されるべきである。

GHQの思惑と日本を占領統治するうえで天皇の利用価値が高いとの理由(政治的判断) で戦犯問題が解決されたという議論があるにしても、それは本書の意図とは関係ないことである。昨今の日本国民のモラルハザードが云々されるとき、たとえば百歩譲って、戦争時には形式的地位にあったにすぎないとしても、開戦の詔勅の署名者であり、元首だった人間の戦争責任があいまいにされながら、戦争を経験しなかった人間の戦争責任が問われるのは、はなはだ気持ちのよいことではなく、いつまでもこの問題が蒸し返される原因とも言えよう。

洋泉社 「天皇の戦争責任・再考」


天皇の戦争責任を考える上で、私は明治憲法上で責任は免れないものと思っていた。ところが本書によれば、明治憲法を基に天皇の法的な戦争責任を議論することは成り立たない、と論じている。条文をよく読むと明治憲法第五条には「国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任ず」と書いてあり、内閣の大臣が最終責任者となっている。

だから明治憲法で天皇の戦争責任は問うことが出来ない。しかし「上官の命令は天皇陛下の命令」と叩き込まれて死んでいった兵士は「天皇陛下万歳」と叫んで死んでいった。つまり日本の軍隊は嘘を兵士に教えていた。正確には明治憲法上は「上官の命令は陸軍大臣の命令」と解すべきだった。

美濃部博士の天皇機関説は憲法解釈上は問題ないはずであるが、戦前の日本においては大正期は定説となったが、昭和にはいり国家主義者たちによって排斥された。つまり明治憲法を捻じ曲げたのである。明治憲法の条文に国務大臣が責任者と書いてあるのだから、国家主義者は明治憲法を空文化してしまったのだ。

この事は国家主義者たちが一般国民を騙したのであり、騙された国民にも責任があるのだろう。つまり定着したはずの「天皇機関説」をひっくり返した国家主義者や軍部は、「天皇の統帥権」をでっち上げ、天皇を憲法を無視して最高権力者に仕立て上げた。少なくとも愚かな国民の間では現人神と奉られ、天皇のために死んでいった。

このような作り話がなぜ国民の間に普及したのだろうか。「天皇は現人神」であるとか「日本は神国」であるとかの神話はいつ誰によって作られたかはよく分からない。戦前の国家主義者に同調したマスコミによって作られたと思う。少なくとも国家の最高法規が憲法であることは国民の誰もが知っているはずであるが、その条文に反することを軍部が言い始めても、それを指摘できなかった。

昭和3年には普通選挙が実施されており、国民は戦争に反対していたならば、軍部が何を言おうと戦争は出来なかったはずである。つまり国民世論がタカ派的であり、大陸進出を支持していたと思われる。それは515事件や226事件などを起こした青年将校たちに対する国民の反応は、助命嘆願の山が出来たことでもわかるとおり異常だったのだ。また反戦運動も弾圧されていたとは言えほとんどなかった。

日本国民のこのような体質は現在でも変わってはいない。現在の憲法は九条を初めとして空文化が進んでいることは明治憲法と同じだ。国家の最高法規が空文化して平気なのも戦前と変わらない。「日本は戦争と言う犯罪を犯した国家」という神話が信じられているのもおかしなことだ。戦争が犯罪なのならばアメリカは戦後だけでも20回以上犯罪を犯している。

日本国民はいわゆる「空気」によって物事を判断しているようだ。その「空気」を作り出しているのがマスコミ・ジャーナリズムだ。どんな大問題がおきてもマスコミが騒がなければ国民も騒がない。逆に、何もなくてもマスコミが騒げば国民も同調して騒ぐ。戦前の「天皇は現人神」も、戦後の「戦争は犯罪」もマスコミが作り出した神話だ。戦争が犯罪なのならば、ジュネーブ条約や国際法などの法律は犯罪の犯し方の法律と言うことになる。国民はマスコミに騙されてはならない




米国は決して日本の友人ではない
あまりに従順な日本人は抹殺の対象となる


2003年7月19日 土曜日

1. 米国に従うしかないという心の貧しさ

 最近の日本の進歩的文化人の発言を散見しますに、読むに耐えないものが多発し 始めています。現ブッシュ政権のあまりの横暴さに、日本文化人の判断力が大きく 狂っているとしか言い様がありません。  その発言とは「米国にひたすら従うのが日本の正しい道である。米国を批判する ことは許されない。」という論調です。

 今の日本は確かに北朝鮮の脅威に曝されています。軍事的に無防備で、憲法で戦 争を放棄した国として、米国に守ってもらうしかない。だから米国を怒らせる発言 や反米的行動を絶対避けるべきだという考えが国民の無言の支持を得ています。

 イラク戦争勃発直後、米国の武力行使を支持すると表明した小泉首相は、結構、 国民から支持されているようです。日本国民の多数は米国に従うしかないと考えて いるようです。  しかし、このように米国のペースにすっかり嵌められたのは、戦後日本の対米外 交エリートの対米戦略に根本的問題があったせいです。日本エリートの人為的失敗 に起因します。

 この責任追及は、別途、議論する必要のある深刻で重たい課題です。 それはさて置いても、現在の日本に蔓延している対米隷属容認主義には、救いがた い心の貧困さを覚えます。その貧困な発想の二大根拠は以下です。

(1) 日米安全保障条約が存在する限り、米国は日本を軍事的に守ってくれる はずである。
(2) 日本の軍事力の弱さを考慮すれば、軍事大国の米国に従うのが一番安全 である。
そして米国隷属主義こそが日本の国益にかなっている。

2.米国は決して日本の友人ではない

 進歩派を気取る日本の文化人や経済人の対米観は大体、想像がつきます。 「戦後、日本は米国の協力と支援により世界第2位の経済大国に成長した。米国は 日本に友好的な国家であり、米国人は友人である。多くの米国人は日本人を友人と して扱ってくれている。」

 この発想ほど、ノー天気でお人好しの発想はありません。これは偉大なる幻想、 救いがたい片思いです。  現実に、多くの米国人の間では日本のことは話題にも上らない。マスコミの関心 も低い。彼らから見れば日本は既に攻略して落とした国です。日本がどうなろうが 知ったことではない。これが彼らの本音です。

 米国の陽の面だけ見て対米観を確立させた進歩的文化人の浅はかさを眺めると虫 唾が走る思いです。「わかってないなあ」と思うばかりです。  9.11テロ事件以降、米国が本性を剥き出しにしてくれたおかげで、日本の文 化人がテロ以降の米国の話題に触れただけで、その発言者の対米観の程度がすぐに わかります。

 日米安保があれば、米国人が日本人のために戦ってくれるはずであるという底抜 けの楽観的発想はどこからでてくるのでしょうか。  これは精神年齢の未熟な子供の、独りよがりの発想ではないでしょうか。

エリー ト米国人は、自国民の安全を確保するために、日本人をどれほど犠牲にしてもかま わないという冷徹な発想をします。また、それこそが、米国の国益であると考えま す。日本人の安全を守るために米国人が犠牲になったら、時の米国大統領は即刻、 クビでしょう。

 世界の常識は、自分の国は自分で守ることです。米国は日本の軍事大国化を阻止 したいばかりに、日本を軍事的に全く無防備な国にしてしまった。  ただそれだけのことです。米国人が日本のこと考えて何かしてくれたことは一度 もない。

3.あまりに従順な日本人は抹殺の対象となる。

 戦後の日本は「自分の国は自分で守る」と米国に言い続けなくてはならなかった。 国際外交では、相手から一目を置かれることがいかに重要かということです。 過去、こういう発言をする官僚は、米国からクレームがついて出世できなかったの でしょう。

今の日本人はサムライ精神を取り戻すことがもっとも重要な課題です。 もし日本人エリートがサムライとなれば、はじめ、米国人は日本人のサムライ化に 警戒心を強めるでしょう。しかしながら、ノーの言える反抗的日本人こそに、一目 を置くのです。それより、あまりに従順な日本人は、反抗的日本人よりも、実はも っと警戒されるのです。

 米国人から見れば、日本人はスキあれば、米国の傘から抜け出して自立しようと するはずだと思っています。なぜなら、米国人は自分が日本人の立場に置かれたら きっとそうするはずだからです。  刑務所に入れられた人間は誰でも脱走を企てるでしょう。たとえ、朝昼晩、食事 が提供されても自由の方がはるかに良いと思うのが人間の本能だからです。

 自分の国を守る自由を奪われた日本人が、なんとかして米国の支配から脱しよう と思うのは、実に健全で正常な精神のはずです。だからあまりに従順な日本人は、 なんらかの企みを持っているのではないかと、逆に邪推されるのです。  そこで、あまりに従順な日本人とは、なんと気味が悪いやつらだ。抹殺してしま え、となるのです。

 北朝鮮に攻撃されるのが怖くて、怖くてどうしようもなく、米国から明らかに不 条理な状況に置かれても、ひたすら我慢するとは、なんたる臆病なやつらだと軽蔑 されます。こんなやつらはどうなってもよいという考えに正当性を与えてしまいま す。  米国人から、これほど馬鹿にされた日本人を彼らがまともに守ってくれるはずが ないでしょう。

 米国からいくら嫌われようと、言うべきことは言うのが正しい態度です。 彼らの機嫌をとる言動ほど、愚かしい行為はありません。軽蔑の対象となるだけで す。 米国人は、自分に有利なことしか言わないし、自分に有利なことしかしない。お互 いが自分の有利性を高めるべく自己主張することで初めて外交が生まれるのです。

外交では利害が対立するのが当たり前です。利害の対立を回避すると、そのツケが どこかに回される。  米国人には、何を考えているかわからない相手のことを慮って行動するほどの、 気配りも、繊細さのカケラもありません。

 一方、お人好しの日本人は相手のことに気を使いすぎるのです。日本型組織で は、長い間、「気配り」人事管理を美徳として尊重してきました。この特性が国際 外交では、決定的な誤解を生んでいる。しかも、日本人の国際的信用を著しく下げ ている。

ベンチャー革命 対米感の甘い文化人 山本尚利


山本尚利氏は東大工学部を出て石川島のエンジニアを経て、アメリカのシンクタンクに14年間在籍したキャリアの持ち主です。だから日本のエリート達も良く知っているし、アメリカの頭脳集団の内幕もよく知っている。山本氏から見れば小泉首相の外交姿勢に大いに疑問を持っている。あまりにも親米隷属的なのだ。それに対して国民も過半数が支持している。

経済政策もアメリカの国際金融筋の言いなりになっているし、外交防衛もアーミテージ国務副長官の言いなりだ。あまりにも日本政府がアメリカの言いなりになっているので、アメリカ自信が気味悪がるほどだ。このままアメリカのお付き合いをしてゆけば、アメリカと運命を共にする事にもなりかねない。

小泉首相は「日本を北朝鮮の攻撃から守ってくれるのはアメリカしかない」と公言している。これに対しても国民の反応は何もない。それが当たり前のことだと思っているのだろうか。憲法9条に対しても改正せよと言う国民の意見は驚くほど少ない。それ以前に国民の無気力さと政治に対する無関心さがひどくなってきている。選挙の度に投票率は低下して、組織政党が勝ちやすくなってきている。

日本政府にとっては選挙民は「眠っていてくれたほうがいい」とまで言う首相もいたし、パフォーマンスだけの首相に拍手喝さいしている。マスコミは国民世論の代弁者としての役割を放棄して、政府の広報機関としての役割しか果たしていない。最もマスコミも無気力な国民に愛想が尽きたのだろうか。

アメリカもイラク問題が拗れれば厭戦気分が高まってくるだろう。大帝国が僻地の戦争に負けて滅び去った例は沢山ある。アメリカも例外ではないだろう。厭戦気分が高まり、北朝鮮問題に対してもアメリカは手を引くということも考えておく必要がある。そうなった場合日本はどう北朝鮮に対するのか。

アメリカが中東にどっぷりと浸かってしまい、動きがとれなくなることもありうる。ソ連におけるアフガニスタンのような状況が考えられる。すでにラムズフェルド国防長官と、中央軍司令官との意見の違いも浮かび上がってきた。

毎日のように報道される戦死者の報道に、アメリカ国民が切れるのは時間の問題だ。アメリカが急転回した場合日本はどのように対応するのか。日本政府も国民も思考停止状態になり、催眠術に掛かったかのようにアメリカに付き従っている。日本国民が目を覚ますのはいつのことだろうか。




ゆれるアメリカの外交戦略、世界を敵に回した
ネオコンの軍事力による世界支配は失敗する。


2003年7月18日 金曜日

前略) 筆者のウィリアム・パフは、アメリカ人でありながらパリを拠点に長く執筆活動をしており、ヨーロッパの知性を背景に、遠くからアメリカを客観的に分析できるためか、アメリカの世界戦略が抱える欠陥について、以前から鋭い指摘をしてきた。

 たとえば、ブッシュ政権が誕生した2001年初め、アメリカで最高権威を持つ外交雑誌だったフォーリン・アフェアーズに載った記事では「アメリカは、世界で最も正義を重視する道徳性の高い国なので、圧倒的な軍事力を使って世界を民主化していく義務がある」という考え方に基づくアメリカの世界戦略が、アメリカ自身を危うくする可能性がある、と指摘している。

 この論文には「ナチズムとマルキシズムが引き起こした世界危機は1914年から1989年まで続いてようやく終わったが、この2つの思想に共通するユートピア思想への衝動は、今も(正義のための世界戦争という)アメリカの思想の中に息づいている」とまで書いてある。つまり、アメリカが掲げる正義の戦争の思想は、ナチズムなどと同じぐらい危険だと示唆している。

 私の読解では、パフの論文は以下のようなことを指摘している。アメリカでは冷戦終結以来、一強主義のネオコン(共和党系)と、力で民主主義を世界に広めるのだと主張する「国際主義リベラル」(民主党系、オルブライトなど)の両勢力が結束して「アメリカの絶対善」を前提とした軍事的な世界支配を推進してきた。2001年の大統領選挙ではネオコンを取り込んだ共和党のブッシュが勝ったが、もし民主党のゴアが勝っていたとしても、外交戦略は似たようなものとなっただろう。

「アメリカだけが軍事力で世界を民主化できる」という考え方は、ウィルソン大統領が第一次大戦に参戦したときからあった(それでネオコンなどは「新ウィルソン主義者」を自称している)。だがアメリカのこの考え方は、しばしばひどい失敗をもたらした。朝鮮半島に民主的な国を作ろうとしたが現実的に動けず、朝鮮戦争の発生を招いたり、共産主義の独裁支配からベトナム人を解放するといって泥沼のベトナム戦争の引き起こしたりした。

 冷戦の終結とともに、アメリカの世論は「正義感に基づく世界軍事支配はもう必要ない」と考える方向に傾いたが、冷戦の永続を前提に肥大したアメリカの官僚組織や軍事産業(これらを総称して「産軍複合体」という)は、失職を回避するため、世界軍事支配を何としても続けたかった。

 それで、ソ連に代わる「巨悪」探しが続けられた。イラク、イラン、リビア、北朝鮮など反米意識の強い国々を「ならず者国家」と呼んで敵視したり、コロンビアやミャンマー、アフガニスタンなどの麻薬栽培を取り締まるための「麻薬戦争」(もともと麻薬栽培を奨励したのは冷戦時代のCIAなどだったので、この「戦争」には自作自演性がある)、オサマ・ビンラディンやチェチェン人など「テロリスト組織」と戦う戦争、イスラム世界と西欧との「文明の衝突」などが企図されたが、いずれも米国の世論を十分納得させられなかった。

 パフは2001年1月の論文で、このような「正義の戦争を通じた世界支配」には無理があるので、アメリカは一強支配の方針を捨て、EUや中国、ロシアなど他の大国との違いを認めて共存する多極主義に移行した方が良い、と主張している。

(中略) アメリカの中枢に、自国の一強主義の暴走を止めるには、EUだけでなくアジアにも地域同盟が作られることが望ましいと考えている人々がいるのかもしれない、と私は推測している。ハーバード大学のジョセフ・ナイも、中国を重視する姿勢が強い。(彼は自分が学長を務める大学院の卒業式で台湾国旗の掲揚を認めなかった。

 アメリカにとって、アジアの中心が日本ではなく中国なのは、戦後の日本があまりにアメリカべったりの外交政策をとってきたため、911後の昨今のようにアメリカが内部から危機に陥ったとき、イラク戦争直前にEUが見せたような、アメリカのことを突き放して忠告し、修正させることが期待できないからだと思われる。

 日本はアメリカの「良い部下」になろうとしてきたが、アメリカの多極主義者(中道派)は、アメリカが間違った方向に進みそうなときに警告してくれる「友人」や「良質なライバル」を求めていると感じられる。この件については改めて書くことにする。

「良きライバル」を求めるアメリカの多極主義 田中宇


昨日はル・モンドの記事を紹介しましたが、日本のマスコミに流れる記事はアメリカ発のものが多く、国際情勢の分析にはあまり役に立たない。アメリカ自体の分析には役に立つが、ワールドワイドな分析はイギリスのFTやフランスのル・モンドなどの高級紙が役に立つ。日本には定評のある高級紙はないし、優れた記事を書ける人もいない。

最初に引用させていただいた田中宇氏の記事は国際情勢の分析に役に立つのでいつも読んでいる。一流大学を出て一流新聞社に入ったエリート記者たちはいったい何をしているのだろうか。編集長達から御用記事ばかり書かされていくうちに才能まで腐らせてしまうのだろう。

ブッシュ政権のタカ派やネオコンの政策に陰りが出始めている。軍事力でもってアフガニスタンを民主化し、イラクも直接軍事介入によってフセインを倒し民主主義政権を作ろうとしているが、様子を見ていると米軍自身が自分を守ることに精一杯で、とても民主主義政権が出来るような状況ではない。

もともとアメリカのイラク攻撃の戦略的目的は石油の確保にあるが、石油が狙いなら金を出せばフセインはいくらでもアメリカに売ると言っていた。フセインはアメリカに対し石油のエンバーゴをしたわけではない。石油代金の決済をドルからユーロに切り替えただけである。同じようなことはイランもしているし、ベネズエラのチャベスもしている。

だから問題の本質はアメリカのドルの基軸通貨の地位を守るための経済戦争であったと分析できる。しかしその目的は達成されたであろうか。むしろイラク攻撃はアメリカ軍を砂嵐に巻き込み、アメリカ経済に影を投げかけている。ドルの基軸を守るためならクリントン流の経済政策を続けていればよかった。

ブッシュ大統領はもともと産軍複合体とネオコンに支持されて大統領になった。だからどこかで戦争をすることを求められていた。私も近いうちにアメリカは中東で戦争を始めるだろうと予測記事を911の前に書いた。それはアフガニスタンで達成されたはずだ。アフガニスタンは何もない国であり、タリバンだろうが北部同盟だろうがどうでもいい国である。

ところがイラクはそうではない。中東の中心であり水も石油も豊富で、それを異教徒のアメリカに蹂躙されることは全アラブ諸国の怒りをかうことははっきりしていた。ヨーロッパにとってもイラクとのつながりは深く、アメリカとEUの対立を決定的にした。それはドルとユーロの対立をもはっきりとさせた。

さらにはサウジアラビアのアメリカ離れを招き、トルコとも決定的な離反を招いた。イラクも制圧は難しそうだ。南ベトナムですら制圧に50万の軍隊を送ったが失敗している。アメリカがもしイラクの制圧に失敗したらどうなるのだろうか。中東の油田地帯からの全面撤退を余儀なくされるのは確実だ。

アメリカは石油に浮かぶ帝国である。アメリカの盛衰は国内石油の産出量に比例している。アメリカは買い物一つでも自動車がなければ生活できない。ソビエト帝国が滅んだのは石油の増産に失敗したからである。トラックの燃料の欠乏はソビエトの国家機能を麻痺させた。農地には作物の山が出来ているのに、モスクワには空の商品棚があるだけだった。

アメリカ石油帝国の国内の巨大油田は枯渇しようとしている。残る油田もアラスカとかメキシコ湾岸上であり採掘コストが高い。これはチェイニー副大統領自ら作成したレポートで言っていることである。今もって石油に代わるエネルギーは開発されていない。だからアメリカ帝国の衰退は時間の問題である。ドルは限りなく安くなっていくであろう。


このような分析をしているのは私ぐらいで、親米派のエコノミストなどは1000年もアメリカ帝国の繁栄が続くと思い込んでいる。兄弟国家ソビエトの崩壊があっという間であったように、アメリカの崩壊も考えられる。その場合、日本は国防も外交もアメリカにおんぶに抱っこの状態では危機にさらされる。だからこそ日本の自立を訴えているのだが、誰も理解できないようだ。




米帝国はかつてない苦境に立たされている
米軍はサウジアラビアから”追い出される”


2003年7月17日 木曜日

5月16日、モロッコのカサブランカで連続テロが起こり、40人以上の死者を出した。その数日前には、サウジの首都リヤドの中心地を狙った自爆テロにより、34人が犠牲となった。米軍のイラク侵攻は、紛れもない成果があったとは言い難いばかりか、過激派グループを刺激することになると予測されていたが、こうした暴力の奔流はそれを裏づけるものとなっている。新アメリカ帝国は、かつてない苦境に立たされているのだ。サウジアラビアでは、2001年9月11日以降アメリカと緊張関係にある中で、政府に対する社会的な圧力が強まりつつある。急進化したイスラム主義勢力に加え、少数派のシーア派などが訴える改革と開放という社会的な要求に、サウジ政府は対処していかねばならない。

両国の関係は順風満帆だった。しかしながら、サウジアラビア皇太子は米大統領に宛て、きわめて率直なメッセージを送りつけた。「もし私が貴方の立場だったら、我が国に置いた軍事基地を自主的にたたむことでしょう。必要となれば、また使わせてさしあげますから」。数年来、サウジ東部のダーラン米軍基地の存在は、中東全域で激しい非難の的となっていた。数年来というのは1960年の終わり、ケネディ大統領がファイサル皇太子からこの書簡を受け取った時のことである。それから数カ月後、アメリカはダーランから引き揚げることになる。

 サウジのある王子が語ったこのエピソードは、2003年末までに米軍がプリンス・スルタン基地から撤退するという決定に手がかりを与える。この決定は最近発表され、専門家が解釈に躍起になっている。両国の関係が根本的に見直されつつあるということなのか、と

 我々の取材相手は、そのようなことはないと一蹴する。「1991年のこと、サダム・フセインは敗北しても依然として脅威だった。イラクに飛行禁止区域を創設することが決定され、アメリカ、イギリス、フランスが作戦に参加した。我々もサフワン合意に調印し、これら諸国の戦闘機が領内から飛び立てるようにした。それは、厳密な意味での『基地』とは異なっていた」。この王子は微笑みを浮かべて言葉を続けた。「しかし、我々には秘密主義がある。国民にはそのような説明はしていない。多くの者は、我々が米軍基地を常設したのだと素直に信じ込んできた」

 50年代には、ダーランの基地がアラブ民族主義者の批判の的となっていたが、90年から91年の湾岸戦争後は、サウジに展開する約4500人の米軍兵士が、急進イスラム主義組織やウサマ・ビン・ラディンの標的となった。95年11月、そして96年6月には米兵を狙ったテロが発生している。

 フセイン政権の崩壊以後、アメリカとサウジは、米軍の存在に対する国民の反発を考慮せざるを得なくなった。この反発は、第二次インティファーダの弾圧に直面するパレスチナ人への連帯意識によって、いっそう増幅されている。とはいえ、今回の米軍撤退が、両国政府の軍事協力の終焉を意味するわけではない。基地がアメリカに提供されていることに変わりはない。アメリカ人の軍事顧問は増員される見込みで、2001年夏以来開かれていない共同参謀会議も再開されることになっている。サウジ政府の説明によれば、1990年以前は米軍基地というものはなく、「彼方に見える」米軍の存在が王国の安全を保障していた。

 公式には否定されているが、イラク戦争の最中にサウジがアメリカに対して密かに、しかし効果的な支援を行っていた事実も、両国の共謀関係を証明するものだ。開戦前の数週間に、王国内の米兵数は1万人近くに達し、プリンス・スルタン基地は航空作戦の総司令センターとなっていた。これと並行して、サウジ北西部のアラール、タブーク両基地には精鋭部隊が配備され、ここを拠点としてイラク国内への軍事行動が遂行された。「サウジの支援なしには、対イラク戦争をこんなふうに運ぶことはできなかっただろう」と、ある米外交官は簡潔に述べた。 (後略)

サウジアラビアが直面する外患と内憂 ル・モンド・ディプロマティーク


イラクにおいて連日のように米軍がムジャヒディンに襲われて死傷者を出している。一番恐れていた事態になってきている。このような状況では、アメリカのテレビなども取り上げざるをえず、米軍がイラクで歓迎されていないことをアメリカ国民は知らされた。ブッシュ大統領の支持率も911以前の支持率に落ちてしまった。

米軍は爆弾の雨を降らせることは出来るが、占領するには歩兵による制圧が必要であり、そこに弱点を持っている。米軍がパトロールする車両に対して、ムジャヒディンがロケット弾を打ち込んでくる。米兵による刀狩が行われているが14万の兵力では無理だ。その兵力もそろそろ本土に帰還させなければならない。

歴史的に帝国として一番効率的な支配方法は、現地を支配する支配者を支配すれば、少数の兵士を駐屯させておくだけで済む。その一番良い見本は日本である。米国にとって日本ほどおいしい植民地はないだろう。まず第一にアフガニスタンやイラクのように米軍を襲撃するだけの武装勢力がない。現地の支配者も米国の言うことを良く聞く。

そして「思いやり予算」という毎年6000億円もの駐屯費用まで出してくれる。すでに憲法9条で再軍備化という牙は抜いてあるから、日米安保が破棄される心配はない。もしその気配があれば北朝鮮を挑発してミサイルを数発打たせればいい。臆病な日本国民は震え上がって米国にすがり付いて来る。現にそのようになっている。

日本が北朝鮮のような小国に震え上がらなければならないのはどうしてだろう。日本が本格的に再軍備に取り組めば、北朝鮮はもとより、中国の主要部分とロシアの東半分は日本の勢力下に入るだろう。日本に飛んでくるミサイルはMDで叩き落すが、日本からの「核ミサイル」は中国やロシアには落とせないだろう。それくらいの潜在的軍事能力が日本にはある。

日本と同じような立場にサウジアラビアがあるが、2003年末までにプリンス・スルタン基地から米軍が撤退する。イラクのフセインの脅威が取り除かれた以上、サウジアラビアとしては当然の判断である。国内に米軍基地などあってはアラブ民族主義者たちからの批判が起こる。だからサウジアラビア政府も米軍の撤退を要請するのは理に適っている。

ひるがえって日本はどうだろう。そもそも民族主義者が日本にはいない。私は大学生時代からの民族主義者なのだが、ほとんど組織化されたことはない。戦後の日本では民族主義=軍国主義と刷り込まれ、さらに右翼と同一視されて隠れ民族主義者とならざるをえなかった。

日本の右翼は暴力団の隠れ蓑であったり、児玉誉士夫のようにアメリカから金貰って、政治家に取り入った利権ブローカーであり、民族主義者とはいえない。日本の国会を見ても親米派と親中派がほとんどで、日本の国益を代表する政治家はほとんどいない。日本の政治家は、アメリカの大統領や中国の主席の手下になることが日本の国益と考えているようだ。

弱小国ならいざ知らず、日本のような大国が米国や中国の家来であっていいのか。日本に外国の軍隊が我がもの顔でいることに何の疑問も持たない国民はどうかしている。日本はすっかり教育によって米国の植民地根性を植え付けられてしまったのだ。





大手5銀行に改善命令へ 金融庁3割ルール初適用
「不良債権物語」 金融庁に孝行息子は殺される


2003年7月16日 水曜日

金融庁は15日、公的資金を投入した銀行が、経営健全化計画の利益水準を達成できなかった際に発動する「3割ルール」を初適用し、みずほホールディングス、UFJホールディングス、三井住友フィナンシャルグループなど大手銀行5グループや地方銀行10行程度を対象に、月内にも業務改善命令を発動する方向で最終調整に入った。
 同庁は、今回業務改善命令を発動する銀行が、04年3月期で再び計画を達成できなければ経営トップの退陣を迫る方針。経営責任を問う厳しい手段を使い、収益改善のためのリストラ加速などを促す姿勢に方針転換することになる。
 改善命令発動の対象とするのは、金融機能早期健全化法に基づいて公的資金を投入したにもかかわらず、今年3月期決算で最終赤字を計上するなど業績低迷が続いている銀行。大手では三井トラスト・ホールディングス、住友信託銀行も対象とする方向。(共同通信)
[7月15日11時20分更新]

◆不良債権物語◆

昔々、港町があったとさ。そこにはたくさんの港湾人夫がいた。仕事は重たい荷袋を、一日に 100袋運ぶことである。
 親子そろって港湾人夫である家もあった。父親の方はさんざんギャンブルをしてばかりいたが、親子の仲はよかった。あるとき、父親は、借金をためこんだまま、病気になり、長患いのすえ、死んでしまった。借金だけが残った。
 律儀な息子は、その借金を引き継いだ。父親の借金を返そうとして、前の2倍も働いた。自分の分と、借金返済の分で、一日に 200袋運んだ。楽ではなかったが、若くて丈夫だったので、いくら辛くとも、しきりに働いた。「立派な若者だ」という評判が立った。
 あるとき風邪が流行した。まわりの者が風邪になったので、律儀な息子もまた風邪をうつされた。たいていの者は貯蓄があったので、貯蓄を崩しながら療養した。しかし律儀な息子は、貯蓄がなかった。ここで債権者が押し寄せた。
「金を返せ! 金を返せ!」
 息子は弁解した。
「今、風邪を引いているんです。もうちょっと待ってください。」
「待てば返すんだな?」
 債権者はいったん引き上げた。しかし二日後にまた押し寄せた。
「二日待ったぞ。さあ、金を返せ。手元に金がなければ、すぐに働け」
 息子は、病み上がりだったが、とにかく働いた。しかし、まだ十分治っていなかったので、一日に 200袋運んだあげく、体をこわして、前よりもひどい病状になった。高熱になって、ほとんど死にそうである。
 そこで債権者会議が開かれた。まず司会者が宣言した。「彼は不良債権になった。これから不良債権をめぐる議論をする」と。
 さっそく評論家が登場して、「不良債権処理をするべきだ」と主張した。「この息子には、返済する見込みがない。返済する見込みがないのだから、不良債権処理をするべきだ。つまり、彼を『破産』させる。借金のうち、大部分は免除する。残りの返済できる分だけを返済させる。もちろん、甘やかすわけには行かない。大部分を免除するかわりに、後見人をつけて、以後、彼の生活は、後見人の管理下に置く。これならモラルも保たれる。どうだ、これがベストだ。」
 息子は質問した。「で、免除されて、引き継がなかったら、元の借金はどうなるんです?」
 法律家が登場して、説明した。「借金は相続する必要はないのだ。相続放棄できる。」
 息子はさらに質問した。「そりゃ、法律論ではね。で、実際にはどうなるんです?」
 評論家が答えた。「きみは心配することはない。まわりの債権者が、損金処理をするんだ。」
 息子は呆れた。「損金処理? そりゃ、帳簿の話でしょ? 実際には、どうなるか、わかっているんですか? 債権者には貧しい家庭もあるんです。金を返してもらえなかったら、それらの家庭では一家で首をつらなくてはならない。私が親の金を返さなかったせいで。いいですか。私は父親の息子なんだ。義理にはずれる不人情なことはできない」
 みなは沈黙した。なかなかうまく説明できなくなったのである。
 そこに、ヒゲもじゃの変人が登場した。「大丈夫。いい方法がありますよ。息子には、病気がすっかり治るまで、寝てもらうんです。それまでしばらく、返済を待ちましょう。どうせ今は、ゼロ金利なんだから、利子がたまるわけじゃない。返済を待っても、損はない。── 体が治ってから、返してもらう。これで万事、問題なし」
 しかし、この意見には、評論家たちから、雨あられのような反論が襲いかかった。
「山のような借金があったのが、すべての元凶なのだ。この元凶を排除しない限り、風邪は治らない!」
「息子が風邪を引いて倒れたのも、元はといえば、山のような借金があったからだ!」
「風邪の特効薬は、借金を免除することだ! 借金がなくなれば、風邪はたちまち治る!」
「借金がなくなってしまえば、彼の気分は明るくなる。働こうという気分も出てくる。今のように借金がいっぱい溜まっていては、やる気をなくすから、風邪は決して治らない!」
 ヒゲもじゃの変人は反論した。「へえ。病気の原因は、借金だったのですか? 私は、風邪のウィルスと思っていましたがね。それとも、借金というのは、新種の風邪のウィルスなんですかね」
「いったい、何が言いたいんだ!」と評論家たちは怒り狂った。
「私は、違うと思うんですよね」とヒゲをなでた。「息子が体をこわして倒れたのは、借金のせいじゃない。なぜなら、息子はそれまで、ちゃんと健康に働いていたじゃないですか。彼が体をこわしたのは、借金のせいではない。風邪のせいです。風邪がまわりで流行したせいです。そういう状況のせいなんです。もうすぐ春になる。春になれば、風邪のウィルスもなくなる。暖かな空気のなかで、彼はちゃんと健康に働ける。だから、状況が良くなるまで、待てばいいんですよ。」
 しかし評論家はみんな、この説を無視した。彼らは口をそろえて、「不良債権処理をせよ、これが元凶だ」と唱えるばかり。
 ところで、同じころ、隣町でも、似た事件が発生していた。ここでも別の息子が倒れたのだ。スーパー・マイケルという名前の男である。ここでは、彼は、評論家の意見を受け容れて、破産を宣言した。評論家たちは快哉の声を上げた。「これですべては片付くぞ」と。さっそく、当日、株価も上がった。それを見て、旭新聞は社説で称えた。「不良債権処理こそ本道である」と。港町のボスも叫んだ。「最初のうちに耐えれば、あとできっと良くなるということだ。米百俵!」と。
 しかし翌日には株価も下がった。なぜか事情はちっとも良くならない。日がたつにつれ、港町には暗い雰囲気が立ちこめた。評論家の話では、破産しても、それを埋める金はどこからか湧いてくるはずだったのだ。しかし、現実には、そうはならなかった。で、どうなったか? 彼の赤字は、踏み倒されたが、そのことで、結局、彼の赤字は、港町全体に拡散することとなった。風邪が流行しているさなかで、誰もがいくらかの赤字を背負った。なかには、その赤字のせいで、破産する家庭も出てきた。そのせいでまた破産が……港町は真っ暗になった。事情は良くなるどころか、どんどん悪くなっていったのだ。
 もうひとつの町でも、同じ出来事が起こった。この町では、風邪が流行しているだけでなく、取引先のビルに飛行機が墜落したことで、いっそう事情が悪くなっていた。破産の対象は、誰か一人だけでなく、何十人も何百人もいた。
 ここでまた、評論家が現れた。「今度は、本格的にやり直しましょう。対象となる人々を破産させるべきですが、その赤字を、みなさんがかぶる必要はない。『公的資金』を投入すればいいんです。」
 人々は喜んだ。公的資金! なんとうまい手だろう。自分たちは赤字をかぶらずに済むのだ。たぶん、お金は空から降ってくるのだろう。そう信じて、彼らは評論家の言うとおりにした。
 評論家の指導を受けて、港町はRCCという新たな特殊法人を設立した。そして、そこに公的資金を投入して、破産者の赤字を引き受けさせることにした。(実は、それまで「特殊法人の廃止」「無駄な税金投入の廃止!」と言っていたのだが、それをけろりと忘れてしまったのである。)
 かくて、「公的資金」投入の方針が決まった。ところが、先立つものは金である。「公的資金」というのは、空から降ってくるものとばかり思っていたのだが、今になって、そうではないとわかったのだ。金はどこかから出さなくてはならない。人々は急にあたふたとして、評論家に尋ねた。
「ちょっと。公的資金は、空から降ってくるんじゃないんですか」
「いや。そうは言わなかったけど」
「じゃ、私たちが出すんですか」
「そうだね」
「そんなこと、聞いていないぞ!」
「私も、言った覚えはないね」
 評論家はすたこらさっさと逃げ出した。あとに残された人々は、公的資金の出所に迷うことになった。二つの意見が対立した。
  ・ 増税する
  ・ 増税しない
 この二つの意見である。カンカンガクガクのすえ、人々は、東町と西町に区別された。
 東町では、増税した。人々は増税の負担に喘いだ。結局、これでは、赤字を町全体でかぶるのと同じことだった。これでは何にもならなかった。彼らの財布の金は少しずつ奪われ、町は真っ暗になった。彼らは計算違いを後悔した。
 西町では、増税をしなかった。かわりに、赤字債券を発行した。かくて流通するマネーが増えたが、その結果、インフレが起こった。人々は、直接的には金を奪われなかったが、物価が上がったので、結局、金を奪われたのと同じことだった。彼らも計算違いを後悔した。
 東町と西町の人々は集合した。評論家を呼び寄せて、文句を言った。
「どういうことだ。公的資金を投入すれば、すべて片付くはずだったはずではないか。なのに、ちっとも良くならないぞ」
 評論家は答えた。「それでもとにかく、問題は一応、片が付いたじゃないですか。あんたたちが損をするのは、仕方ない。無から有は生まれない。痛みに耐えることが大事です。」
 人々は怒り狂った。「何が『痛みに耐える』だ! 結局、何も変わっていないではないか。あんたの言うことを聞いて、良くなったことなど、何ひとつないではないか!」
「いや、ひとつありますよ」と答えた。「帳簿がちゃんとつけられるようになったことです。帳簿をきちんとつけることが一番大事です。私はそう教わりました。」
 人々は呆れはてた。「こいつ、何を言っているんだ」と思ったが、口には出さなかった。何を言っても無駄だと思ったのである。評論家というのは、結局、人々の生活のことなんか、何も考えてはいないのだ。単に帳面の数字だけいじっていればいいのだ。
 そこで彼らはふたたび、ヒゲもじゃの変人を呼び寄せた。そして現状について、質問した。
「私たちはなぜ、失敗したのでしょう?」
「そりゃ、簡単です。最初に、息子が赤字を作った。この赤字は、どこにも消えたりしないんです。評論家は、赤字がひとりでに埋められるようなことを言っていましたがね。まさか、お金が空から降ってくるわけじゃあるまいし」
「じゃ、どうすりゃいいんです」
「赤字はある。赤字はどこにも消えない。『不良債権処理』をしたって、帳簿をどういじったって、赤字が消えてなるわけじゃない。となると、誰かが払わなくちゃならない。では、誰が?」
「誰です?」人々は不安そうに質問した。 
「金を借りた息子か、金を貸した人たちか、世間の人々か。……そのいずれかだ。」
「で、誰が払えばいいんです?」と小声で質問した。 
「私は最初に、こう提案したはずだ。『息子に払わせよ』と。……もちろん、今すぐには、払えないだろうね。でも、払えないのは、彼が無能だからじゃない。まわりの状況が悪いからだ。だから、状況が良くなるまで、もう少し待てばいい。そう説明したはずだ。」
「なるほど。だけど、どうして、その忠告を聞かなかったんでしたっけ?」
「たぶん、評論家がこう言ったからだろう。『いくら待っても、待つだけ悪くなる。赤字がどんどん溜まるばかりだ。息子が病気なのは、息子自身のせいだ。こういう劣悪な人間は、退出してもらった方がいい』とね」

そういう話 を聞いた気がします」
「呆れる話だよね。彼は優秀な働き者だった。ただ親が借金をこさえただけだった。彼は借金を引き受けただけだ。彼が倒れたのは、風邪のせいだった。なのに彼を『劣悪』と呼ぶのなら、町中の人間はみんな『劣悪』になってしまう。評論家の言うことは、つまり、町中の人間について『破産させよ』と言うようなものだ」
「まったく、ひどい理屈ですね。評論家ってのは、まったくひどい。」
「それというのも、彼らが進化論を信じているからだ」
「どういうことです?」
「優勝劣敗。苛酷な環境のなかでは、優秀な者だけが生き残る。そうして全体が進化していく。── そう信じているんだ」
「で?」
「だから、社会の環境を、わざと苛酷にする。病原菌をばらまいて、健康な人間まで次々と病人だらけにする」
「それじゃ、テロリストじゃないですか。彼らは、テロリストなんですか?」
「いや、そうは言えない。彼ら自身は、病原菌をまきちらしてはいない。ただね、病原菌が広がるのを、大歓迎しているのだ。あえて社会をひどい状況に導くのだ。」
「どういうことです?」
「社会をひどい状況に導く。そういう状況において、元は一箇所だけにあった赤字を、どんどん拡散させ、どんどん増殖させていく。かくて、社会のなかで、赤字を雪だるま式に拡大させる。ついには町全体を覆い尽くすまでに。── そういうことさ。それが今の現実だよ。現実を見るがいい。」
「なるほど。たしかに、現実はそうなっていますねえ。……ふうん。社会をひどい状況にすれば、社会は良くなる、と信じ込んでいるわけか。……すごい理屈だ。そういえば、アメリカでも、飛行機や炭疽菌が騒がれていましたね。ひょっとしたら、あれも、同じ理屈で……」

不良債権物語 南堂久史


金融庁は最悪の大臣の下で最悪の政策を行っている。銀行に対し不良債権の早期処理を強制しながら、早く利益を上げろと命令を出した。不良債権を処理すれば巨額の赤字を出す。そのために手持ちの株式や不動産を処分する。そうすると株や土地は値下がりをしてまた自己資本は目減りする。目減りするとBIS規制に掛かるので、よけいに手持ちの資産を処分せざるを得ない。

このようなことを、バカ大臣の下で金融政策が実行されている。このバカ大臣を任命したのは変人総理である。この変人総理はどういうわけか国民の支持率が高く、抵抗勢力も辞めさせるわけにはいかない。さらには変人総理はアメリカのバカ大統領と仲がいいから手出しが出来ないのだ。

この不良債権の早期処理もアメリカのバカ大統領の命令によるものである。この命令を守らせるために目付け役としてバカ大臣が任命された。日本は独立国のはずだがどういうわけか総理大臣から各大臣に到るまで任命権はアメリカにあるようだ。だから英語の出来る民間人を登用される。アメリカからの電話一本で指示が下せるからだ。

日本の国民は日本が独立国であると錯覚させられている。日本はアメリカの植民地なのだ。だからアメリカの大統領からイラクへ兵を出せと言われれば二つ返事で兵を出す。日本には憲法と言うものがあるはずなのだが、どうも機能していないようだ。この憲法自体がアメリカから押し付けられたものだが、植民地だから憲法すら改正することが出来ない。

経済政策一つとっても、1985年のプラザ合意で日本独自の金融政策が取れなくなり、金利の上げ下げ一つとってもアメリカの指示に従うようになった。だから日本を景気よくさせるか悪くさせるかはアメリカの指示一つで決定される。日本は円安にすれば景気は良くなることは分かっているが、日銀とFRBとの秘密協定で円は120円前後に固定されている。

このような事は政治経済に詳しい者なら誰でも知っていることなのだが、誰も指摘しようとしない。指摘したところで国民一人として立ち上がろうとしない。国民は完全に牙を抜かれ洗脳されてアメリカの奴隷としての教育を施され、若者はTシャツにジーンズをはき頭の毛を金髪に染めている。これを誰もおかしいと思わない日本人は洗脳されているのだ。「自分はアメリカ人だと」

野球でイチローや松井がアメリカで活躍している。これは本国で活躍するのを植民地人が喜んでいるのと同じだろう。イチローや松井は試合のたびにアメリカ国家を斉唱している。何かがおかしい。イチローや松井は日本人でなかったのか?。彼らのユニホームや帽子にはアメリカの星条旗が縫い付けられている。ほんとに日本は独立国なのか?。慶應大学の金子勝教授は次のように嘆いている。

いまや若いモンは携帯電話がないと友達さえできない状況に置かれている。朝飯も食わずに、電車の中で「元気?」とか「どこにいる?」とか何本も携帯メールを打って学校や会社に行く。みんなから返事が来ると「友達」がいると安心し、昼は59円ハンバーガや280円牛井を餌として食らい、電話代を支払うために漫画もゲームもCDも買わずにフリーターとしてアルバイトに明け暮れ、夜になって家に帰ったら帰ったで、インターネットの2チャンネルに「おまえ死ね」といった普段は口にできないような書き込みをして、欝憤を晴らす。
 みんな、動物園の檻に閉じ込められた動物みたいになっている。あるいは養鶏場のニワトリかもしれない。それでも、せめて「いい餌を出せ」くらいは口に出して言ってもいいだろ?若いモンがこれじゃ、この国は確実に死ぬしかないだろう。

 こんな状況で、この国に誇りを持てる人間が一体どれだけいるのだろうか。オツムが弱い連中なら、日の丸掲げて君が代歌っていれば、それで済む。だが、こいつらも、腐ったヤツらの手先だ。戦争犯罪者たちの戦争責任を問えなかったことに、戦後日本社会における無責任体質の起源があるからだ。なのに、彼らの多くは、アメリカのブッシュと一緒になって、日本の軍備増強や憲法改正に夢中になっている。端的に言っておこう。ブッシュはバカだ。それも相当に重症だ。


ワシはゴッツウ怒っとる 金子勝 青木雄二著「火事場の経済学」




近衛文麿・ゾルゲ・尾崎秀実は共産主義者
中国共産党と朝日新聞は尾崎以来の同志


2003年7月15日 火曜日

(a)ゾルゲとの出会い

 尾崎秀實は朝日新聞社の特派員として上海に駐在中に多くの左翼人士と交わり、マルクス主義の信奉者になった。尾崎はアメリカ人左翼ジャーナリスト、アグネス・スメドレーを通じて、ゾルゲと知り合った。

 コミンテルンは第6回大会で、「帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめ」、「戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」と決議していた。日独と米英の間での「帝国主義戦争」が始まれば、共産主義者の祖国ソ連は安泰であり、また敗戦国ではその混乱に乗じて、共産主義革命をすすめることができる、という戦略である。

 1935(昭和10)年8月の第7回コミンテルン大会では、中国共産党と国民党が手を組み日本と戦うという方針が決定された。蒋介石はもちろん、毛沢東でさえも知らない決定だった。中国共産党に対して、日本帝国主義打倒のための民族解放闘争をスローガンとして抗日人民戦線運動を巻き起こすことが命ぜられた。中国共産党は8月1日「抗日救国宣言」を発した。一切の国内闘争の即時停止、全面的抗日闘争の展開を企図したのである。これは中国を使って日本軍をソ満国境から遠ざけようという戦略である。

 1936(昭和11)年12月に、突如として西安事件が起こった。共産軍掃討を続けていた蒋介石が、「抗日救国宣言」に呼応した腹心・張学良に西安で監禁されたのである。周恩来ら中国共産党幹部が西安にやってきて、蒋介石との交渉を行った。以後、蒋介石は共産軍との10年におよぶ戦いを止め、国共合作が実現した。その後、日華事変、太平洋戦争(大東亜戦争)と事態はソ連の思惑通りにすすめんでいくのである。

 コミンテルンの指示を知っていた尾崎は、監禁された蒋介石の安否が不明の段階から、「中央公論」に「蒋介石が今後の国共合作を条件に、無事釈放されるだろう」と予測する論文を発表した。この予測が見事に的中して、尾崎は中国問題専門家としての地位を固めた。

(c)尾崎らによる国家中枢世論の誘導

 1937年(昭和12年)の4月ごろから尾崎は「昭和研究会」に入り、「支那問題研究部会」の中心メンバーとして活躍していた。この「昭和研究会」は軍部とも密接な関係を持って、近衛新体制生みの親となり、大政翼賛会創設を推進して、一国一党の軍部官僚独裁体制をつくり上げた中心機関である。

 昭和13年4月、尾崎は朝日新聞社を退社、近衛内閣の嘱託となる。首相官邸の地階の一室にデスクを構え、秘書官室や書記官室に自由に出入りできるようになった。
 尾崎は「中央公論」14年1月号に「『東亜共同体』の理念とその成立の客観的基礎」を発表した。これに呼応して、陸軍省報道部長・佐藤賢了大佐も、「日本評論」12月号に「東亜共同体の結成」を発表する。

 尾崎は「中央公論」14年5月号での「事変処理と欧州大戦」と題した座談会のまとめとして次のような発言をしている。「僕の考へでは、支那の現地に於て奥地の抗日政権(重慶へ移転した蒋介石政権)に対抗し得る政権をつくり上げること、・・・さういふ風な一種の対峙状態といふものを現地につくり上げて、日本自身がそれによって消耗する面を少なくしていく・・・さういう風な条件の中から新しい---それこそ僕等の考へている東亜共同体−−本当の意味での新秩序をその中から纏めていくといふこと以外にないのじゃないか。」

 尾崎は、中国に親日政権を作り、それをくさびとして、あくまで日本と蒋介石を戦わせようとしたのである。中国共産党は蒋介石を抱き込み、尾崎グループは親日政権を作らせて、日本と国民党政権をあくまで戦わせ、共倒れにさせて、日中両国で共産革命を実現しようという計画であった

 1940年(昭和15年)6月、近衛は本格的に新体制運動に乗り出す。麻生久の社会大衆党、赤松克麿の日本革新党、中野正剛の東方会などの革新勢力を結集し、前衛政党的な新政党を結成しようとした。7月に第二次近衛内閣が成立し、10月に新体制運動の中核体として、「大政翼賛会」が発足した。

(d)尾崎らによる日中和平妨害工作

 尾崎は国内世論を誘導するだけでなく、和平の動きそのものも妨害した。蒋介石以下の国民党首脳部と親しい間柄にあった茅野長知は、上海派遣軍司令官・松井石根大将の依頼により、昭和12年10月ごろから、日中和平に乗り出した。昭和13年4月には即時停戦、日本の撤兵声明発表などの合意にいたった。近衛首相も板垣陸相も承認して、この線で和平実現に努力することになった。茅野は国民党政府と接触し、5人の代表を東京に派遣することとなった。

 しかし、茅野が再び帰国して、交渉の結果を報告すると、板垣陸相の態度は急変「支那側には全然戦意はない。このまま押せば漢口陥落と同時に国民政府は無条件で手を挙げる。日本側から停戦声明を出したり撤兵を約束する必要はなくなった」という。
 茅野が「それはとんでもない話だ。国民政府は長期抗戦の用意ができている。そんな情報はどこから来たのか」と問いつめると、板垣陸相は、同盟通信の上海支局長をしていた松本重治が連れてきた国民政府の外交部司長・高宋武から直接聞いたという。松本重治は尾崎の年来の友人であり、共に「朝飯会」のメンバーとして近衛首相のブレーンともなった人物である。

高宋武は、日本側に「国民政府はもうすぐ無条件降伏する」と伝え、蒋介石には「中国があくまで抗戦を継続すれば、日本側は無条件で停戦、撤兵する」という偽りの電報を打っていた。こうした謀略によって、茅野の和平工作は水泡に帰し、その後、高宋武、松本重治、尾崎らによる汪兆銘政権樹立の動きとなっていく。

 国民党副総裁であった汪兆銘は、蒋介石にコミンテルンの謀略に乗った抗日戦争を止めさせるよう願っていた。尾崎らは、その汪兆銘を担ぎ出して親日政権を作らせ、それを以て日本と国民政府の戦いを続けさせようというたくみな謀略をしくんだのである。

 近衛首相は、事変が始まった後、早期停戦を目指してドイツを仲介国とする交渉を行ってきたが、昭和13年1月には新たな親日政権の成立を期待して、「今後国民党政府を相手にせず」という第一次近衛声明を発表していた。同年11月、近衛は日本・満洲・支那3国の連帯を目指した「東亜新秩序」建設に関する第二次声明を発表。これは尾崎らの「東亜共同体」構想そのものである。この声明のなかで「国民政府といえども従来の指導政策を一擲し、その人的構成を改替して更生の実を挙げ、新秩序建設に来たり参ずるに於ては、敢へてこれを拒否するものにあらず」と汪兆銘の動きに期待した。

まさに「見えない力にあやつられてゐたような気がする」という近衛の述懐通り、近衛内閣は尾崎の描いた筋書きに完全に乗せられていたのである。

(e)売国奴の正義

 尾崎は、当時の近衛の嘱託という立場を利用して政策決定に影響を加えた。ゾルゲ・グループのもたらした情報はソビエトが対独戦を戦うえで不可欠であった。1941年10月、日米開戦の予告をモスクワに通信したのを最後にして、彼とそのグループは検挙され、彼らのほとんどが終戦をまたずに刑死・獄死した。ゾルゲには1964年「ソビエト連邦英雄」の称号が贈られた。

 ゾルゲや尾崎秀実や日本共産党の戦前の反日活動が、反戦平和活動だったなどと言う笑止千万なことをいう輩がいるようだが、彼らはソ連の野望のための下働きにすぎなかったのである。

 尾崎は「中央公論」昭和14年1月号に「『東亜共同体』の理念とその成立の客観的基礎」を発表した。そのなかで尾崎は、「東亜に終局的な平和を齎(もたら)すべき『東亜における新秩序』の人柱となることは、この人々の望むところであるに違ひないのである。」とのべている。

 尾崎の狙う「東亜共同体」とは、共産革命後に成立するソ連・日本・中国による「赤い東亜共同体」であった。尾崎には、革命後の「終局的な平和」のために、国民をだまして「人柱」にすることなど、なんともなかったのである。

歴史のウラ ゾルゲ事件

歴史と世間のウラのウラのホームページ 


篠田監督の「スパイ・ゾルゲ」と言う映画が上映されている。映画は見てはいないがテレビの予告編のCMを見ただけでも駄作であることが分かった。篠田監督は「極道の妻たち」のようなヤクザ映画が似合いで、歴史大河ドラマは無理なのだろう。予算的にも20億円では難しい。着眼点は面白いのだが監督自身の歴史認識が限界があったのだろう。この映画の映画評で面白いのがあったので紹介します。

この映画は、近衛文麿(このえ・ふみまろ)を「善玉」として描いてい る。  「戦争回避のために動こうとしたが、軍部の暴走ゆえに満足に動けなか った失意の政治家」としての近衛文麿、である。  これが、この映画の致命的な欠陥である。  実はこの「近衛文麿善玉史観」、今日に至るまで昭和史を極めて分りに くくしている最大の元凶なのである。  (この点では扶桑社の『新しい歴史教科書』も落第だ。)

 コラム子と長くお付き合いいただいている読者なら、コラム子が事ある ごとに近衛文麿を取り上げて、昭和の日本を誤らせた非道の政治家として 言及していることを思い出していただけるかもしれない。  中川八洋(やつひろ)著 『大東亜戦争と「開戦責任」 近衛文麿と山本五十六』(弓立社 ゆだち しゃ) という本がある。  コラム子一押しの名著だ。

 日中戦争拡大、対米開戦、統制経済(日本の社会主義化)が、近衛文麿 の大構想のもとに着々と進められたものであること。  表面は和平主義者を装いつつ、戦争の罪は陸軍に巧みになすり付けたこ と。  戦後も60年近く経ちながら、いまだにNHKでも善玉として描かれる 近衛文麿の実像を、中川八洋氏の著はみごとにえぐっている。  探偵小説のように読める、といってもよい。

 バラバラに見えた昭和の歴史の糸がつながり、司馬遼太郎のいう「魔法 の森の時代」の秘密が、ようやく解き明かされる。  同書を読めば、近衛文麿も尾崎秀実も、日本国そのものをソ連に貢いで 共産主義化することを夢見ていたことを知らされる。  近衛文麿首相を特高が逮捕しておれば、日本は救われたであろうに。


国際派時事コラム 映画「スパイ・ゾルゲ」はなぜ愚作か


コラム子によると駐日ドイツ大使館やモスクワの場面も役者が英語を話している。これだけでも歴史映画としては失格である。アクションものや恋愛ものならかまわないのだろうが、ドイツ人やロシア人が見たら怒り出すだろう。この辺がハリウッド映画の悪いところを真似ている。

最も致命的欠陥はゾルゲや尾崎秀実を理想的平和主義者として描いているらしい。ラストシーンにジョン・レノンのイマジンが流れるらしい。共産主義のプロパガンダ映画ならこれでもいいかもしれない。さらに近衛文麿も失意の政治家として描かれているそうだ。しかし近衛文麿こそ「蒋介石を相手にせず」と日中戦争を泥沼化した張本人だ。

ゾルゲと尾崎の二人は近衛首相に働きかけ、日本の国家的戦略だった対ソビエト政策を変更させて、南下政策に切り替えさせることに成功した。さらには日中戦争に対しては、何度も和平の機会があったにもかかわらず、強硬論をはいて戦争を拡大した。陸軍内部でも和平派が話し合いに持ち込んでも近衛首相がぶち壊しにした。

つまりゾルゲと尾崎と近衛首相は共産主義者の同志であり、日本を日中戦争に引きずり込む事によって、蒋介石の国民政府軍と日本軍が消耗するのを待って共産主義革命を日本と中国に起こすことを狙っていた。中国は狙い通り共産革命が成功したが、日本は戦争に負けたが共産革命を引き起こすことには失敗した。

近衛文麿首相は当時の日本国民に絶大な人気があったが、その実像は日本を日中戦争に引きずり込み、日本が疲弊したところを共産主義革命を起こすことを狙っていた。少なくともゾルゲと尾崎はソビエトの指令に基づき、日中戦争、太平洋戦争を引き起こし、東アジアを戦乱に巻き込むことにより共産主義の拡大を目指していた。近衛自身はどの程度それを自覚していたかは不明だ。あるいは国家戦略が読めないピエロだったのかもしれない。

朝日新聞のゾルゲ事件報道に見る朝日の狂気

東亜連盟戦史研究所のホームページ





ジム・キャリー主演 映画「トゥルーマン・ショー」
50年代の古き良きアメリカを夢見るテレビショー


2003年7月14日 月曜日

テレビのワイドショーにしても、インターネットに溢れている個人の日記ページにしても、他人の人生を覗き見る好奇心から栄えているコンテンツですよね。
自分が見ていることを相手が気付いてないって状況は、無防備で素の状態をさらけ出している滑稽さと、そこからわき起こる妙な親近感が入り交じってきます。ストーカーへの第1歩ですね。

「トゥルーマンショー」は、トゥルーマン・バーバンク(ジム・キャリー)の人生をまるごと覗き見るエンターテイメント番組。
望まれずに生まれてきた赤ん坊を、テレビ番組が養子にして、24時間彼の行動をオンエアし続けています。世界中の人間が、テレビの向こう側で生活しているトゥルーマンの人生を覗き見て、人生を共有しています。
自分の人生がテレビ番組になっていることを、トゥルーマン自身は知りません。彼が無防備に素の状態でいられるよう、彼以外のあらゆることが番組制作者側でコントロールされているからです。

舞台となる小島の街シーヘブン、街の住人、テレビやラジオ番組など、すべては「トゥルーマンショー」のために造られたもの。
トゥルーマンがどういう行動をとるか、5000台に及ぶカメラがあらゆる場所で彼の姿を捕らえ続けます。
これほど大がかりな装置、スタッフ、キャストを使っても十分に採算があうほど、この「トゥルーマンショー」は大成功している番組なのです。
この番組を創り出したのは、TVプロデューサー・クリストフ(エド・ハリス)。
彼は、シーヘヴンという楽園とそこに生きる人々を支配する神のような存在であり、モニターに映るトゥルーマンを見つめる目には父親のような慈しみさえ感じられます。

ただし、すべては番組としての成立していることが大前提のこの世界。
いかに完璧にコントロールされた世界といえど、その土台にはコントロールしきれない現実と人間がいるわけです。しかもハプニングがつきものの生番組。
突然空からライトが降ってきたり、雨が半径数メートルのシャワー状に降ってきたり。
そして、海で死んだはずの父親が浮浪者姿で現われ、すぐに数人の人間に連れ去られてしまったことから、トゥルーマンの中にこの世界に対する疑問がはじまります。そしてある日、カーラジオのチューニングがずれて聞こえてきたのは、エキストラに指示を与える無線の声。

SF的な発想をする人だったら、この映画に似た設定を思いつく人が他にもいたかもしれませんね。ただし、そのアイデアをこのようなストーリーで映画にできた人はいなかった、ってことでしょう。

同じ設定でも、プライベートが一切ないトゥルーマンの人権に重点を置いてしまったら、かなりつまらない映画になっていたかもしれません。
トゥルーマンに関わる人々のちょっとしたボロ、不審な言動から、じわじわと自分を取り巻く世界に対する疑問へつながる展開が見事でした。
とくに生活を共にする妻のメリル(ローラ・リニー)の作り物めいた接し方。仕事として夫婦をやっているのだから凄いですよね。ただし、仕事を超えたトゥルーマンへの感情を持ってしまうと、番組進行上の妨げになるとしてキャストからはずされてしまうから、みんなウソっぽい接し方しかできないようなのですが。
そんな中、幼なじみで親友のマーロンさえも、たんにキャストの1人なんだと思うと、やりきれない想いがわき起こってきます。

ウソで固められた世界。ただしそこは、凶悪な暴力が存在しないアメリカが恋い焦がれる40〜50年代の古き良き時代を模倣した世界。
皮肉ですね。たとえ憧れの時代を模したとしても、そこは天国じゃないんですから。
なんか、ディズニー・ランドにもそういう気配がありますよね。コントロールされた天国という


さらにアメリカ的だなぁと思ったのは、テレビに釘付けになっている人たちのリクアションが、間々に挟みこまれるところ。
これ、「奥様は魔女」に代表されるアメリカのテレビ・ドラマで、観客の笑い声が入るのと同じ効果ですよね。観客をストーリーから一歩引かせて、次の展開のリアクションそのものを誘導させているんです。画面の中の画面に感情移入させるテクニックですね。

オーストラリア出身のピーター・ウィアー監督は、視覚的な幸福感ときめの細かい人物描写によって、上質なエンターテイメント作品に仕上げました。役者や美術や撮影も、一流の仕事をみせてくれました。素晴らしい作品です。
ジム・キャリーがこれまでの芸風からは想像できないほどの好青年で、しかもシリアスな心理状態を明るいトーンのまま演じきったところが驚きでした。往年のハリウッド・スターであるジェイムズ・スチュワートを目指しているという彼が、一気にそのレベルに近づくことができた役柄だったと思います。
そして、物事の中心に位置する人物を演じさせたらこの人以外にはいない、クリストフ役のエド・ハリス。「アポロ13」の指揮官役が印象に強いせいか、世界の創造主のようにコントロール・ルームにいる彼は、ハマっていました。
体の動きがほとんどなく、顔と声だけの演技。それが、ラストの神話的なシーンに深さを与えているんですよね


そう。人間は所詮、エデンの園から旅立たなきゃいけない存在なんです。

シネマ・クリップス 「トゥルーマンショー」より


先週テレビのNHK-BSで映画「トゥルーマンショー」を放映していました。最初は古き良き時代の50年代のアメリカのホームドラマに見えたのですが、実はSF映画だったと気が付きます。主人公のトゥルーマンも「真実の男」と言う意味も洒落ですが、当時のトゥルーマン大統領を洒落ているのです。敗戦後の日本に入ってきた世界も当時のアメリカ社会でした。

出演者は主人公もまわりの人もWASPの白人ばかり。白い町並みはまるで映画のセットのよう。主人公は美人過ぎる金髪の奥さんと母親が同居している。そして早く子供が出来ることを望んでいる。まるで一昔前のアメリカのホームドラマを見るよう。しかしそれはまさしく真実のテレビのホームドラマだった。

映画の「マトリックス」は主人公だけが真実の世界に気付くのですが、「トゥルーマンショー」では主人公だけが真実の世界に気付いていない映画です。主人公を演ずるジム・キャリーは、典型的なWASPを演じている。保険会社に勤めてはいるが、水を恐れるトラウマに掛かって島から一歩も出ることが出来ない。しかしそれはテレビの演出による洗脳でそうなってしまったのだ。

自分の奥さんから親友に到るまで全て役者であり演技している。テレビドラマの中に巧みにコマーシャルが施されている。これは日本でもトレンディードラマでスポンサーの商品が使われているのと同じだ。さすがに主人公も、奥さんの挙動に不審を抱き問い詰めると、ココアのCMタレントだったことが分かる。なんとも恐ろしい映画だ。

主人公は真実の世界を目指して、ヨットで外洋に出ようとする。そこをエド・ハリスが演ずるTVプロデューサーがコントロールルームから嵐を起こさせたり、風を起こして妨害する。まさに神と人間との戦いの世界を描いているようだ。

以前にも書きましたが、ユダヤ・キリスト教徒にとっては、「世界」と言うものは神が創った「人工物」のことだ。いずれは現実の世界も、人類が神に成り代わって全て支配できると思い込む根拠は旧約聖書が原因だろう。そのような事が出来るのはユダヤ人なのか、アングロサクソンなのか。

キリスト教原理主義を信ずるWASPたちは、当然自分達こそ旧約聖書のごとく最後に生き残り、自分達だけの天国を夢見ている。この点でユダヤ人たちとは同床異夢を描いている。我々日本人が欧米のユダヤ・キリスト教徒に接する場合、このような世界観を持った人たちであることを念頭においておくべきだろう。






朱前首相が激怒した国有資産の巨額流出
GDPの6%のカネが海外に逃げていく中国


2003年7月13日 日曜日

朱前首相が激怒した国有資産の巨額流出

01年4月1日に「実名預金」法が公布され、匿名・偽名口座が凍結された(引き出しは政府証明書が必要)はずだが、全く実効力がないようだ。.また昨年7月、央銀は行内に資金洗浄を取り締まる「反洗銭課」を設け、商銀にも関連組織をつくらせたりもしている。事態は深刻である。なにしろ、中国では毎年GDPの2%に相当する2000億元(約3兆円)がマネーロンダリングされているといわれるからだ。

反洗銭課設置は、昨年7月に朱溶基首相(当時)が紹集した「国有資産・資金の流失を精査する」会議で決められたようだ。席上で朱は、「国有資産一資金の国外流失(外 流)は怒濤の勢いで進んでいる。それは〃禁じても防いでも食い止められない"勢いにあり、金融危機は一触即発の状況だ」と強調し、自ら摘発の総指揮をとったのである。国有資産・資金の海外流出の原因は要するに、社会主義公有制度を残したまま市場経済のレールを敷いたことにある。

中国では現在でも憲法上は、不動産、金融資産を問わず、私有財産権は認められていない。政府はその気になればいつでも資産凍結、没収が可能だ。今年3月の全人代でも私有財産権は結局認められず、私営企業家の不満の種になっている。しかし、公有制と市場経済の二本レールが併存し、市場経済システムで資金が活発に流動する中で、権カ者が国有資金を種々動かしたり、国内から国外に動かすことが容易になり、その資金の全部または一部の所有権は簡単に国家から私有になり変わる。

権力者が在職中にそうしたことをやらなけれぱおかしいというようなシステムになっているのが現状なのだ。同席上で朱はなおも怒った。「調査によれば、00−01年、1年間に外流した国有資産・資金の総額はほぼ6000億元、GDPの約6・2%に相当する。この外流分を差し引くと、一昨年、昨年ともGDPの伸び率は(7%台なので)1・1%とい うことになる。(中略)道理で、わが国は貧富二極化がますます拡大、リストラや失業者が増加し、社会保障が得られず、内需が盛んにならず、社会と人民の怨嵯が高まるわけだ」と吐き捨て、厳しい摘発で臨めと指示したが、結局彼はこの大間題を解決できず、歯ぎしりしながら引退したのである。

中国のお金持ちなかんずく富豪といわれる者たちは、党・政府権力者と癒着がなければ事業を拡大し巨財を築くことができないから、いずれもたたけばホコリが出る者ばかりだ。北朝鮮から新義州特別区長官に任命されたものの、中国政府から経済犯罪容疑で逮捕・起訴された楊斌も中国長者番付2位にランクされた大富豪だ。6月に開かれた裁判の起訴状によると、遼寧省の複数の高官と組んで農地転用でボロ儲けしたとある。

また、日本では報道されていないが、中国長者番付3位にランクされた仰融という富豪も、自動車産業の国有資産をうまく私有化して財を築いたが、昨年5月、党による査問(取り調べ)が及びそうになると6億元を持ち逃げして米国に逃亡している。

冒頭の周は取り調べに対して、自らと関係のあった人物として、上海市党委員会、上海政府関係者、税務高官などの50数名の名前をべらべらとしゃべり出して いるという。なかでも、党中央政治局常務委員の黄菊、上海党委員書記の陳良宇、上海市長の韓正の名前を挙げたことが波紋を呼んでいる。黄菊はこの3月に工尺民が常務委員に強引に押し込んだ人物だが他の2名も江沢民派だからだ。

90年代の上海といえば特区構想とともに建設、大開発ラッシュに明け暮れた。しかし、不思議なことに、これまで中国全土で建設に関わる汚職事件が多数摘発されているにもかかわらず、上海は皆無だった。上海出身の江沢民前国家主席にとって”聖域”だったからである。

調べによると中国銀行の劉は党や政府の上層部と彼らの家族から依頼を受けて外貨口座を開設し、00-02年の3年間で335億米ドル相当を香港法人から海外に違法送金、マネーロンダリングしたことが分かっている。

周・劉事件をきっかけに江沢民旧政権の牙城、上海に胡錦濤新政権はメスを入れようとしているとみられている。党の司直である党中央紀律検査委員会の書記、呉官正は胡の清華大の同窓、同副書記の李至倫は胡の腹心であるからだ。この事件はSARSをきっかけに巻き起こった江・胡権力抗争の第2ラウンドとも言えるだろう。黄菊が引責辞任に追い込まれるか否かが最大のポイントとなっている。 (廖建龍)

SAPIO GDPの6%のカネが海外に逃げていく 7/23 号


日本のエコノミストが書いている中国ものは、中国の大本営が発表しているものをそのまま信じて発表している。中国の内部事情は多くの中国人自身が率直に内部告発をしている。しかし日本は、NHKを初めテレビはいずれも中国絶賛報道を繰り返している。これはテレビ自ら報道機関としての使命を放棄したものとせざるを得ない。

SARSの報道も3月には香港で死者が出て、台湾では大きく報道されたが、日本は4月になって世界が大騒ぎするようになって、後追い報道をしている。その反面中国のSARS沈静報道は毎日のように大きく報道する。このように日本のテレビは中国のネガティブな報道はしないが、ポジティブな報道はひつこいほどする。

このような中国のネガティブな記事は中国国内からは報道されない。中国出身の研究家が外国で発表するのだ。日本の御用学者やエコノミストのちょうちん記事は、どういう意図で書かれるのだろうか。どちらの分析を信用するかは当然、中国出身の研究者の方を信ずるべきだろう。

田原総一郎氏などはどうして中国を大絶賛し、日本を侵略国家だと決め付けるのだろうか。まるで文化大革命を絶賛した当時とほとんど朝日の姿勢は変わらない。日本のマスコミ言論人の多くは外国の情報部の手先となって、日本国民の世論操作を行っている。まともな事を言うとテレビや新聞からは追放され、大学教授のポストも難しくなる。

中国の改革開放政策は急ぎすぎた結果、上海、北京周辺のみが突出した発展ぶりに比べ、農村部や内部の地域が開発に遅れて取り残されている。それに伴い貧富の格差が広がり、革命前の中国が復活してしまっている。中央政府の腐敗も復活した。革命や文革で多くの数千万の国民が反革命分子として殺された。国民同士で殺しあったのだ。

おそらく中国政府幹部の多くは、今後のことを考えて財力を蓄え、海外に脱出することを考えているようだ。だからわざわざアメリカやカナダで出産をしたりして子供に外国籍を取らせている。このような国が果たして国家の近代化に成功するだろうか。こんなことは素人でも分かる。SARS騒動は改めて国家の近代化の難しさを浮き彫りにしている。




「えひめ丸事件」と「第18光洋丸事件」の
あまりにも異なる日本のマスコミ報道


2003年7月12日 土曜日

2003年7月2日未明、福岡県沖の玄界灘で、ある海難事故が発生しました。
貨物船と漁船が衝突した事故です。漁船は大破沈没。乗組員は海に投げ出されました。

テレビでは、NHKを初め民放も各社が第一報を、その日のうちに流しました。

パナマ船籍の貨物船「フン・ア・ジュピター」が鳥取県境港市の巻き網漁船
「第18光洋丸」と衝突。1名死亡、6名が行方不明、その他重軽傷者多数

2年前の「えひめ丸事故」以来の、今年最悪の海難大惨事となりました。

でも皆さんはこの事故を、知っていますか?もしかして、初耳ですか?これほどの海難大惨事であったのに、なぜテレビや新聞ではあまり報道されないのでしょう?行方不明者の捜索中であるにも関わらず、当日はNHK以外は「その他のニュース」程度の非常に小さな扱いでした。翌日の3日昼からは、ほとんどのマスコミから報道は完全に消えてしまいました。いつものマスコミならワイドショーまで総動員してこぞって取り上げる、被害者の証言や家族の怒り、涙、CGや模型を使った原因究明などは、ほとんどなされませんでした

さらに事故の4日後である7月6日朝、6名の行方不明者を捜索している水産庁の取締船「からしま」が、またも別の貨物船にぶつけられ大破、16名が海に投げ出されました。この海域は「第18光洋丸」の救助海域であり、すぐ仲間の取締船が駆けつけたので幸い全員無事でしたが、「からしま」は大きく傾きました。この事故も、その日の昼にテレビで不可解な報道をされた後、全国放送からは完全に消え去りました。翌7日「からしま」は、船体の半分以上が海につかり、曳航は不可能と判断され、やむなく自沈処理の検討にはいります(→画像)。

この2つの事故には、マスコミがろくすっぽ伝えないという共通点の他にも、一致する点が驚くほどたくさんあります。衝突してきた船が「韓国の貨物船」であり、そのどちらもが洋上のルールを無視して事故に至ったこと、救助活動を一切行わずに現場海域から逃走したこと、さらにどちらの関係者も謝罪や遺憾の意を、全く示していないことです。日本のマスコミが持っている一部の国々に対する異常なまでの「配慮」、「自主規制」。それがこうした「偏向」した報道の姿勢に影を落としてはいないでしょうか?

6名の行方不明者の必死の捜索は地元漁師さんはもちろん、水産高校の練習船までも駆り出され、海上保安庁、水産庁の艦艇も協力、7月7日いっぱいまで続きました。しかし懸命な捜索も空しく7月8日、ついに大幅な規模の縮小を余儀なくされました。船体の半分を水に沈めながら曳航されていた「からしま」も、捜索の縮小の報の直後、後を追うように力尽きて玄界灘に沈没。「からしま」の旧船名は「韓島丸」。海の男たちによって、日韓友好を願ってつけられた名前でした。

地元の漁師さんたちはまだ一縷の望みを掛けて、「生活のための漁」を行いながら、ぎりぎりの捜索を続けています。でもマスコミの報道は、ぷっつりと途切れたままです。

「第18光洋丸沈没事件」と「からしま追突事件」の謎?


韓国恥部報道をさせない仕組みとは!

日本のマスコミ。特にテレビがなぜ韓国に関する報道に神経質になるかといえば、韓国の報道で事実だが日本人の多くに知られたく無いことなどをあえて報道すると。そのスポンサーに在日韓国人の組織的な電話やFAXの抗議が山のように来て仕事にならないばかりか、そのスポンサーの商品の不買運動を起こすと脅されます。

それ故民放各社は韓国報道は神経節質にならざるを得無いのです。私の勤めている会社もある番組のスポンサーをしておりますが、統一教会の事を報道特集でやったときに山のような抗議が在日組織から入り仕事になりませんでした。先日のサッカーWC報道はまるで韓国政府の提灯持ちのような報道だったのは、少しでも韓国の恥部的な報道をすればたちまち上記のような状態になるからです。

もし友人や知人にテレビのスポンサードしている企業の方がいらっしゃいましたら聞いて見て下さい。このような事が日常的に行なわれているのです。

えひめ丸の事件と一緒にしてはいけません

アメリカの原潜がなぜ事故を起こしたかという理由は、どれだけ怒られても仕方がないような馬鹿げたものでしたが、少なくとも、その後の救助活動、現地の方たちの献身的なボランティア精神、さらに、当事者の船長の来日謝罪など、その穴を埋めようとする努力は十分にありました。
 それに、問題再発を防止するための検討もされています。

 それに比べ、今回の2つの事故はいずれも、国際法上の操船基準を遵守していればおこるはずもないものであり、さらに、事故後の対処にも、韓国船は参加していません。まさに「当て逃げ」です。また、逮捕された船員も容疑否認ばかりで、誠実な対応が見られません。
 なにより、日本海では、韓国の船主の船による、漁業の違法操業、領海侵犯、事故を起こしかねない危険操業などが日常的に繰り返されているにもかかわらず、きちんとその危険性が報道されてもいないし、国が対策を韓国に迫るという、「ごくごくあたりまえの外交努力」さえも行われていないというのが、問題なのです。
 ここで、なんの世論の盛り上がりもなければ、日本海(彼ら流に言うなら、東海でしょうか)の船舶の危険は、あいかわらず放置されたままです。

 本当に、それでいいのでしょうか?。いいわけはありません。

 この件に関しての日本のマスコミの報道姿勢は、腐りきっています。恥を知れと言いたい。

 しかしそれ以上に、この日本海での韓国船問題は、放置できないレベルにあることを、多くの人に知って欲しいと、私は思います。

大手小町 発言小町 「韓国もう許せない」より


2002年ワールドカップの時にも韓国に対する日本のマスコミ対応は異常だったが、今回の「第18光洋丸事件」の日本のマスコミ対応も異常である。私も他の少年事件にまぎれて気がつかなかったが、7名も死亡・行方不明で大きなニュースにならないのは不思議である。また事故か事件かで報道の仕方も変わってきますが、今回の事は事件性が非常に高い。

この事件は韓国でもほとんど報道されていないようだ。韓国の貨物船が起こした事件なのにその扱いは異常である。韓国に対する不利益報道がなされると、その番組のスポンサーに抗議の電話やFAXが殺到するのは本当なのだろうか。もしそうならば拉致問題に対する朝鮮総連のやってきたことと全く同じである。

マスコミの本来の役割は国民世論を代弁し、正しい方向へ導く社会の木鐸としての役割がある。国民世論といっても様々な主張があるし、何が正しい方向なのかは分からないことが多いのでマスコミの果たす役割には限界がある。ならば中立な立場に立って、賛成反対双方の主張を公平に報道すべきである。ところが日本のマスコミはそうではない。

特に民放テレビの場合にスポンサーサイドからのクレームは絶大であり、なにかテレビ局に問題があっても直接電話をしても相手にされないだろう。ところがスポンサーを相手にクレームをつければテレビ局は二つ返事でクレームを受け入れるようだ。つまり民放テレビの場合スポンサーの意向に沿った報道をする。

日本のテレビ局が親米、親中国、親韓国なのは、そのような圧力がスポンサーを通じて掛かっているからである。対外関係が悪化して政治問題化して困るのは日本の国際企業だ。だから全隣友好的になる。それはそれでよいが不利益になる報道を押さえ込むことは、報道の中立性を犯すことになる。

だから日本のマスコミが中立公平性を欠いた報道をすればするほど、国民は疑いの眼で見るようになり、反米、反中国、反韓国の世論を意図とは逆に反応を煽るようになる。私の意見が反米、反中国、反韓国になるのも、マスコミ報道とのバランスをとるためである。国民世論も馬鹿ではないから、テレビで世論が誘導されるのは一部の人だけだ。

最近はインターネットを通じてテレビなどのマスコミを批判する人が増えた。最初に引用したサイトも2チャンネルからですが、テレビが韓国不利益報道伏せれば伏せるほど、インターネットで大騒ぎになる。まさに逆効果なのだ。アメリカにおける911報道にも同じ事が言える。



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