株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


被災者に現金を配って自由な自主再建を促したほうが、現状より
安上がりで、かつ集住も進み、持続可能性ある町づくりになった


2016年3月15日 火曜日

オーバースペックの復興 1100億円で12mかさ上げる陸前高田『月刊Wedge』 2015年5月号

 陸前高田の巨大ベルトコンベヤーはいったいどんな町をつくるのか。震災が一気に進めた人口流出に、市町村ごとの分散投資で抗えるか。

 かの有名な「奇跡の一本松」のほど近く。岩手県陸前高田市の中心、高田地区には、全長3キロものベルトコンベヤーが空を覆うほどに張り巡らされている。

毎日ダンプ4000台分の土砂を運ぶ巨大ベルトコンベヤー。12メートルのかさ上げ造成に使われる(陸前高田市) 気仙川の向こう側に見える、海伐130メートルほどの愛宕山は、宅地などを造成する高台とすべく、8機の巨大破砕機で50メートルまで削られている。発生する大量の掘削土は、ふもとの今泉地区と川向かいの高田地区に運ばれて、最大12メートル、大半が10メートル超という膨大なかさ上げのために使われる。両地区合わせて約300ヘクタールに上る土地区画整理事業は被災地最大規模だ。

 事業主体のUR都市機構によれば「ベルトコンベヤーは毎日2万立方メートル(ダンプ4000台分)の土砂を運べるので、ダンプなら10年かかる工期が4年で済む」。気仙川を跨ぐ土砂専用吊り橋は、市の公募の結果「希望のかけ橋」と名付けられたが、「神への冒涜」と評する人もいる。現地に立つと、津波に流された気仙川の三角州一帯に鳴り響く「ガンガン……」という大型重機の轟音に身震いする。

1世帯5000万円もの?造成費をかけて…

 人口2万4000人の陸前高田市では、震災で約1800人が犠牲になった。住宅約8200戸のうち、約4割にあたる約3400戸が被災。いまも約1600世帯が仮設住宅で暮らす。区画整理の最大の目的は住宅再建だ。

 事業費はなんと約1100億円。地権者は約2200人のため、単純計算で1世帯あたり約5000万円もの造成費がかかっている。しかし、この巨額投資で生まれる町の持続可能性には疑問符がつきまとう。

(中略)

 ある地域のまとめ役はこんな話をしてくれた。

 「津波の被害を受けた集落がそれぞれ防集を使って、少し奥地の高台に移転したのだが、地域外への転居も発生しているから、各集落が小さくなりながら不便な奥地へバラバラに引っ込んだような形になっている。私自身は、まとまって集住しないと診療所もスーパーも来てくれないと思うのだが、隣の市はおろか、隣の集落とも仲が悪いのが田舎。合同でニュータウンをつくろうなんてとても言えなかった」

 かくして三陸では震災から4年が経った今、土木工事が本格化し、多くの町がもとの場所かそれに近い場所に戻る、現地再建型の復興を進めている。

 集中復興期間5年間に用意された復興予算26兆円のうち、インフラ工事には10兆円が使われた。「浸水域すべてに居住制限をかけ、ニュータウンをつくって広域から集住。もしくは逆に、被災者に現金を配って自由な自主再建を促したほうが、現状より安上がりで、かつ集住も進み、持続可能性ある町づくりになったのでは」(ある被災者)という意見はずしりと重い。


(私のコメント)

東日本大震災から5年が経ちましたが、「株式日記」では復旧が第一で高台に造成する事や盛り土をする事など費用と日数がかかるばかりで現実的でないと批判してきた。確かに大津波に襲われた現実を見れば元の場所に住む気など起きないだろう。

しかし仕事場の再建が出来なければ住民たちは仕事を失い、各地にちりちりバラバラになってしまう。インフラの再建が出来た時点で元の場所に職場を再建して生活圏の復旧が第一であり、高台の造成や盛り土をしていたら5年から10年はかかってしまって住民はバラバラになる。

WEDGEの記事でも、一世帯に5000万円もかけているそうですが、政府や役人たちは頭が狂っているとしか思えない。そのカネは税金で負担されるのであり、造成工事がいかにカネのかかる復旧であるかを物語っている。三陸沿岸は水産業が主体だから、港の復旧と道路や鉄道の復旧ができ次第職場を再開しなければ従業員たちはバラバラになってしまう。

テレビで見てれば瓦礫の除去や道路の再建は1年で出来た。港の再建もほとんど終了している。しかし職場は再開されても従業員の多くが仮設などに住むか各地に散らばってしまってしまった。商店街も仮設であり宅地の造成の完成はいつになるか分からない。これでは復旧計画も上手くは行かないだろう。

私が主張する元の場所に住むと言うのは、津波に襲われた直後ではとても元の場所に住む気にはならないから誰もが高台に移転する事や盛り土をする事に賛成した。しかしそれにはカネと時間がかかる事が5年もかかって分かってきた。一番優先されるべきは復旧の時間であり5年以内に復旧させなければ住民はチリジリバラバラになる。

大防潮堤についても先日書きましたが、現代の万里の長城であり無駄であり海が見えない海岸にしてしまって政府は何を考えているのだろうか? それよりも高層マンションを建てて避難場所にすれば、万里の長城を作る必要はない。あるいは近くに山があれば避難通路を作り、なければ小山を作って避難場所にすればいい。住宅地全部を盛り土にしたら巨額な費用がかかる。

陸前高田では、山を切り崩し平地を埋め立てて盛り土をしていますが、ダンプやベルトコンベアーで大工事が行われている。換算すれば一世帯に5000万円が使われているそうですが、元の住所に住むか高台に移転するかは住民の自主判断に任せて1000万円くらいずつ配った方が安く早くできる。

これは一種の景気対策なのだろうか。ケインズでも公共事業の例として穴を掘る事もその穴を埋める事も公共事業になりますが、それと同じ事が陸前高田で行われている。しかしそんな事をしても商店街は元には戻らないし、住宅も住民が居なくなれば野原になってしまう。




「メルトダウン、88時間」 当初の段階で冷却装置が止まっているという
認識が共有されていれば、事故の対応は変わっていた可能性もある


2016年3月14日 月曜日

福島第一原発 冷却装置停止の情報 現場で共有されず 3月10日 NHK

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、最初に核燃料が溶け落ちた1号機では、原子炉の冷却装置が止まっていることに気付くのが遅れたことが大きな問題と指摘されています。ところが、複数の運転員が東京電力の内部調査に対して、当初から冷却装置は止まっていたと認識していたと証言し、事故から5年を経て現場の情報共有の課題が改めて浮き彫りになっています。
福島第一原発1号機はすべての電源を失ったあと、核燃料が冷却されずに溶け落ちていて、事故の翌年に政府や国会、それに東京電力がまとめた調査報告書では、いずれも運転員は事故発生当初、電源喪失によって表示灯が消えたなか、冷却装置が動いているかどうか「分からなかった」と結論づけています。

ところが東京電力が去年、そのときの状況について改めて聞き取り調査をした結果、運転員の1人は電源を喪失する直前に、自分が冷却装置を止めたと話したほか、別の運転員も、冷却装置は当初から動いていないと認識していたと証言し、その理由として、電源が失われた時点で原子炉の圧力が上昇中だったことを挙げています

1号機では電源喪失の直前、原子炉を徐々に冷やすため冷却装置の起動と停止を繰り返していましたが、運転員のトップの当直長は「冷却装置が止まった状態で全電源を喪失したという報告を受けた記憶はない」と証言していて、東京電力は、電源喪失という大混乱のなかで重要な情報が共有できなかった可能性があるとしています。

事故後の解析によりますと、1号機では3月11日の夜には核燃料が溶け落ちる「メルトダウン」が始まったとみられていますが、当時の吉田昌郎所長をはじめ福島第一原発の対策本部は、その日の深夜まで冷却はできていると考えていて、この認識の遅れは事故対応のうえでの大きな問題と指摘されています。

仮に当初の段階で冷却装置が止まっているという認識が共有されていれば、事故の対応は変わっていた可能性もあり、事故から5年を経て現場の情報共有の課題が改めて浮き彫りになっています。

当時の広報文「1号機冷却中」

問題の1号機の冷却装置は、「非常用復水器」=「IC」と呼ばれ、原子炉の蒸気を冷却用のタンクに引き込み、水に戻して原子炉に注水することで原子炉を冷やす仕組みです。起動のために弁を開けるときは電気が必要ですが、弁さえ開いていれば電気がなくても原子炉を冷やし続けることができます。

東京電力が報道機関に配った広報文には、事故発生当日の3月11日の午後7時の時点で「1号機は非常用復水器で原子炉の蒸気を冷やしている」と記されています。
こうした表現は、12日の午前0時時点の広報文まで続いています。

東京電力から国への通報でも、1号機については午後8時半の時点で「IC動作中」と記され、その後も午前0時すぎまでこうした表現が続いていて、現場の認識が現地の対策本部や本店との間で共有されていなかった実態を示しています。

運転員の証言と報告書で大きな相違

東京電力が事故発生の翌年にまとめた報告書では、運転員はすべての電源を喪失した時点で1号機の冷却装置の動作状態が「分からなくなった」と証言したとしています。

ところが今回の調査では、運転員5人のうち2人が「動作していない」と明言し、ほかの2人も「動作していない可能性が高い」とか、「ほとんど動作していない」と認識していたと話していて、報告書の結論とは大きく異なっています。

これについて東京電力は、報告書をまとめた当時と今回で運転員の証言の内容は変わらないとしたうえで、「ほかの運転員から同じ証言が得られなかったり、本人の記憶が変わったりしていて、のちに公表された事故の調査結果の影響を受けていることが否めないため、事実と認定しなかった」と説明しています。

さらに今後については、当事者の記憶が薄れていくため追加の聞き取り調査は行わないとしています。

専門家「東電報告書の内容は不正確」

原子炉の制御が専門で新潟県の技術委員として福島第一原発の事故の検証を続けている京都大学の吉川栄和名誉教授は、今回の調査結果について「冷却装置が動かなければ、格納容器内の蒸気を外部に放出する『ベント』しかない。冷却装置が止まっている情報を共有できていれば、もっと早く事故の進展に対応できたかもしれない」と話しています。

また、非常用の冷却装置の状況を巡る運転員の証言と東京電力の報告書の結論が異なっていることについて、「現場は『動いていない』という認識だったのに、東京電力は報告書の中で運転員が『分からない』と証言したと記している。しかし、その理由を掘り下げて書いていないため報告書の内容は不正確だ」と話しています。

事故を教訓に東電は情報共有を強化

福島第一原発の事故では、1号機のほか3号機でも非常用の冷却装置の運転状況がすぐに共有されず、対応の遅れにつながったと政府の事故調査・検証委員会などから指摘されています。

このため東京電力は1年余り前から、事故対応の最前線である中央制御室で当直長が部下に指示したり問い合わせたりしている内容を、対策本部の所長や担当者が同時に聞くことができるシステムを導入しました。

また中央制御室の発話をもとに、パソコンに入力した原子炉の圧力や水位などの値や電源などの確保の状況を1つの画面で表示したり、会議での発言を班ごとに分けて文字化して表示したりして、重要な情報を対策本部や本店で共有するシステムも取り入れています。これらは、新潟県にある柏崎刈羽原発で実際に訓練などで使われていて、柏崎刈羽原発原子力安全センターの宮田浩一所長は「設備についてはある程度備えたつもりだが、今後も訓練を重ねながら課題を見つけ、よりよいやり方があれば導入するなど改善を続けていきたい」と話しています。


(私のコメント)

昨日のNHKスペシャルで「メルトダウン・88時間」をやっていましたが、やはり初動のまずさが大事故につながったようだ。メルトダウンについては初日に早くも起きていたことが最近発表になりましたが、原発には電源が無くなっても冷却できる非常用冷却装置がついていた。だから2日間ぐらいはそれが働いて冷却できたはずなのに出来ておらずメルトダウンしてしまった。

当初は、全停電でIC(非常用復水器)がランプも消えて作動しているか分からなかったとされているが、一時的に止めた時点で全停電が起きた事が最近分かってきた。ICの弁を開けるには電気が必要ですが停電してしまったままとなり非常用復水器が働かなくなりメルトダウンしてしまった。

2号機は弁を開けた時に停電したのでICが作動していて二日間持ちましたが、それで水素爆発は免れましたが、1号機や3号機でICが作動していれば水素爆発も数日遅れたかもしれない。全停電しても翌日には電源車が到着して冷却装置も動かせたかもしれなかった。

いずれにしても、緊急事態には現場は混乱して情報が錯そうしている最中なのに菅総理大臣が現場にやって来て応対に追われてしまった。その為にベント作業も遅れて大事故につながった可能性もある。当時の「株式日記」を読み直せば当時の状況がよく分かりますが、初動の24時間で大事故が防げるかどうかが決まってしまう。

その為には、日頃から事故の可能性を検討しながら訓練を重ねる必要がありますが、全部の電源が使えなくなる事態は検討の対象外だったようだ。10メートルも超えるような大津波も検討の対象外であり、東電の勝俣会長は知らなかったととぼけている。問題が起きれば責任は現場に押し付けられる。

しかしこのような事は会社のトップが方針も予算も決めるのだから「知らなかった」では済まされない。現場でも同じような事が起きていて、1号機の監視センターではICが作動していない事が分かっていたはずなのに、IC弁を開けるなどの指示が下されなかった。

原発には安全装置が何重にも施されていますが、その事が措置の複雑さを招いて現場作業でも困難なものにしてしまう。「メルトダウン・88時間」でも消防車による海水の注入でも、いくつもの弁を開け閉めしなければならず格納容器に水は届かなかった。弁には自動的に開閉してしまう弁がありそこから水は他に行ってしまう。

安全性を高めるために何重もの安全装置を付ける結果、現場の作業員が混乱して誤操作をしてしまう可能性が増える。ICもその一つでありICが作動しているかどうかが現場と吉田所長との情報の行き違いが生じたようだ。吉田所長も東電もICが稼働していると思っていたのに実際には弁が閉まったままだった。

その辺が大事故になったかどうかの分かれ目になりますが、ICのプログラムでは停電になると弁はしまってしまうと言うプログラムであったと言う情報もある。昨日の「メルトダウン・88時間」でも吉田所長は「水蒸気爆発」と言っていたが、実際は「水素爆発」で「水蒸気爆発」とは違う。だから水素爆発の事を現場は知らかかった可能性がある。

しかしスリーマイル原発事故の事を検証すれば「水素爆発」の危険性は認識されていなければならない。しかし現場はそれが情報共有されていなかった。斑目委員長も「水素爆発」の危険性を認識していなかった。専門家でもそれを指摘する人はいなかった。メルトダウンしている事すら現場も東電も官邸も認識されていなかった。

基本的には「株式日記」でも何度も指摘していますが、軽水炉型原発は安全装置が複雑になりすぎていて現場の操作員も緊急事態に対応が出来ない可能性がある。原発を緊急停止させても冷却水が止まれば爆発してしまう。ICが作動しても作業員が止めてしまえば爆発してしまった。

2号炉が大爆発しなかったのは幸運であり、むしろ危険性は燃料プールに保管されていた大量の使用済み燃料にあった。炉の隣に大量の使用済み燃料を保管する事自体が危険であり、軽水炉型原発の根本的な欠陥である。プールの水が無くなるか循環しなくなるだけでも大爆発してしまう。そのような欠陥が安全対策として施されているのだろうか。




総合職正社員というのは、有給放置、全国転勤徹夜上等で会社の
ために粉骨砕身してくれることを前提に制度設計された身分である


2016年3月13日 日曜日

なんで最近の若者ってやる気がないの?と思った時に読む話 3月10日 城繁幸

今週のメルマガの前半部の紹介です。
先日、以下の記事が話題となりました。

「欲ない、夢ない、やる気ない」……現代日本の最大の危機はこの「3Y」にある

筆者自身、同様の話はいろいろな企業の人事担当者から耳にします。「グローバルに活躍したいです」と言って錚々たる大企業から内定をもらった新人であっても、入社後の配属アンケートでは「出来れば国内勤務が希望」とする人間が一気に過半数を超えてしまい採用担当者が頭を抱えている、なんて話は珍しくありません。猫も杓子も海外に行きたがっていたバブル世代とは隔世の感があります。

今の若者は特殊な世代なんでしょうか。だとすれば、その理由はどこにあるのでしょうか。人間のモチベーションというものを考えるいい機会なので、簡単にまとめてみましょう。

いま、日本企業は意欲のないオジサンであふれている

意外に知られていませんが、企業が直面している意欲の低いグループというのは若者以外にもう一グループいて、実は企業にとってはそっちの方が大問題だったりします。それは「40歳以上のオジサン社員」です。

「若いころに働きためた年功でもって40歳以降にポストについて報われる」というのが年功序列制度であり、結果として終身雇用が成立してきました。ただ、実際に「報われる」かどうかは微妙な時代になっていて、恐らく過半数のビジネスマンは課長にすらなれない時代が到来しているという点は、筆者がこれまで何度も指摘してきたことです。

そして、その報われるかどうかの白黒がつくのは、だいたい30代後半です。つまり日本企業の40歳以降のオジサンには、課長以上に昇格して「よしこれからもバリバリ働くぞ」という士気旺盛なオジサンたちと、あと20年くらいヒラのまま飼い殺しされることが確定して「あーなんかもうボチボチでいいわ」と達観しているオジサンの二種類が混在していることになります。後者が意欲の低いオジサンの正体です。

人間は報われると期待しているからこそ頑張れるわけで、その芽が無くなると適当にやっつけて労力を減らすことで「労働対価>労力」を実現しようとする生き物です。要は将来のリターンに期待するのではなく、今あるものに満足するように上手く自己調整してしまうわけです。

まして出世という単線型キャリアパスしかない日本型組織で出世競争から脱落してしまった人間に「あきらめるな頑張れ」というのはどだい無理な話で、こういう意欲の低いオジサンは日本型雇用の副産物みたいなものですね。

ただし、“副産物”というのは数が少ないうちは許容されるものですが、過半数に迫る勢いで増殖してしまうとそれはもはや“主産物”であり、組織にとっては由々しき大問題です。というのも(オジサンたちの属する)総合職正社員というのは、有給放置、全国転勤徹夜上等で会社のために粉骨砕身してくれることを前提に制度設計された身分であり、それがボチボチでいいやと割り切っちゃうと組織としては非常にマズイことになるからです。

というわけで、意欲を喪失したオジサンたちをいかに奮い立たせて再戦力化するかというのは、実は日本企業の人事界隈ではもっともホットなテーマで、人事系の専門誌などではしばしば特集が組まれていたりもしますね。彼ら中高年社員のモチベーションを上げる研修ビジネスみたいのもちょっとした盛り上がりを見せています(個人的にはあんまり効果はないと思いますが)。

ちょっと前までは意欲の無いオジサンの代名詞は大量採用されたバブル世代が代表でしたけど、最近は団塊ジュニアも足を踏み入れつつありますね。筆者の友人の中にも

「会社から異動の提示を受けたけど忙しそうな部署だったので断った」
「食べログ等を見て今日のランチをどこで食べるか決めるのが午前中の最大のミッション」


というほれぼれするような人間がぼちぼち出現し始めています。もともと優秀だっただけに「人材って制度次第でこうも変わるのか」と驚くことしきりですね。

さて、本題に戻りましょう。なぜ、日本では今、意欲の低い若者が出現しているのか。実は日本企業内で意欲の低いオジサンが出現した構図と同じだというのが筆者の意見です。「若者はまだ組織で働いてないじゃないか」と思う人もいるかもしれません。でも日本全体を大きな組織だと考えてみてください。

生まれてこの方、ずっとバブル崩壊後の失われた20年の中で過ごし、社会保障の世代間格差は60歳以上と彼ら20歳未満では一億円を超えているにも関わらず与野党とも完全スルー。GDPも出生率も頭打ちの中で唯一伸びているのが国債発行残高というお寒い状況。

首都圏はまだマシですが、ちょっと地方に行くと状況はもっと寒くて、駅前なのにガラガラの空きビル、たまに新規開店する店が全部街金とか介護サービス関連で、公立小中学校は続々と老人介護施設にリニューアル……

うちの地元は一応新幹線も止まる駅ですけど、それで↑な感じですね。田舎帰るたびに思いますが、そういう状況で「将来は成功してでっかい家とフェラーリ買うぜ」みたいな人も、まあ探せばいないではないでしょうが、現実には「多くは望まない、今あるものに満足したい」と考える若者の方が圧倒的に多い気がします。そう、これから頑張ってもリターンは望み薄なのでボチボチでいいやというオジサンたちと同じですね。

というわけで、中高年再戦力化セミナーの講師みたく「死ぬ気で頑張ろうよ!お前ならやれるよ絶対!」ってオジサン煽り立てるのも「若者はもっと大志を抱け」といって若いのの尻蹴飛ばすのもあんまり効果はなくて、その前にまずは頑張ればしっかりリターンがついてきそうな諸々の制度に変えるのが筋だろうというのが筆者のスタンスなわけです。



(私のコメント)

昨日も書いたような詰め込み教育は、学習嫌いを産んで生きる意欲さえも無くさせる弊害があります。そのような新卒者が会社に入社してきたらどうなるでしょうか。私の経験からも言える事ですが、新人を教える事は大変めんどくさくて、先輩は何も教えてくれず新人は一日中放置されるはずだ。

最近では会社でも新人を教育するゆとりが無くなり即戦力を求めている。暇な時は自分たちだけで仕事をして早く終わらせてしまうし、月末で忙しくなると新人にあれをやれこれをやれと言われますが教えられていないから出来ない。教育係の人でもいればいいのでしょうが普通はいない。

新人は初めてだから仕事が出来ないのが当たり前ですが、先輩社員たちはあいつは何も出来ないとバカにされて放置されます。学習塾で手取り足取り教えてくれた世界とは真逆の世界であり、一種のいじめに遭います。大学生の頃のたるんだ生活から、朝早くから夜遅くまで拘束されるから体がきつい。

最近ではブラック企業と呼ばれるように、新人ほどこき使われるようになり社会問題化しています。何も教えてもらえないまま客の応対をさせられて、まごまごしていると上司からどやされる。大学では実務に関係の無い学問ばかりだったから仕事には何の役にも立たない。

だから新人は最初の数か月や数年は周囲や上司からどやされながら一人前になって行きますが、最近では多くの新人が3年で3割が辞めて行く。中には精神を病んで引き籠りになる若者が多くなり社会問題化している。家庭や学校で甘やかされて育って社会に出てショックを受けてしまうのだ。

私なども銀行に入って顔つきまで変わってしまったと家族から言われた。本当に仕事がきつくて毎日のように会社を辞めたいと思いながら仕事をしていた記憶があります。サラリーマン社会と言うのは人材を磨り潰す社会であり、入社した時は優秀な人材でも歳と共に消耗して行ってボロ雑巾のような役立たずなサラリーマンになって行く。

東芝やシャープのように会社幹部には人材がいなくなり外部の事が分からなくなる。社内倫理と社会倫理の乖離が大きくなって企業モラルが不祥事を生じさせている。ばれなければいいと不正を働いて業績を上げようとする。終身雇用と年功序列人事が終わったと言われながら会社の社長は社内政治で選ばれている。

成果主義も取り入れられているが営業ノルマ主義に置き換えられている。会社の幹部たちは人件費節約の為に正社員を減らして派遣社員に切り替えて利益を上げるようになり、東芝やシャープは画期的な新商品が作れなくなった。派遣社員に新商品を作れと言われても出来るわけがない。

ダメ中高年サラリーマンのつけが若年サラリーマンにしわ寄せされている。シャープも買収されて40歳以上のサラリーマンはリストラされるようですが、日本の会社はダメ中高年サラリーマンを大量に抱えているから高コストな会社になってしまう。

新しい会社がどんどん出来て新陳代謝が進めば日本も活性化して行くのでしょうが、ベンチャー企業が育たない。本来ならばダメな会社に見切りをつけて独立起業すべきなのに若者の大企業志向は変わらない。本当に伸び伸びと仕事がしたければ自分で会社を経営すべきであり、優秀なサラリーマンは会社にいても磨り潰されるだけだ。




日本の学力低下は著しいですが、詰め込みと塾の増加
が続けば、これはさらに徹底的なまでに進むはずです。


2016年3月12日 土曜日

シュタイナーが「子どもへの詰め込み教育は絶望的な社会を作る」といった100年後に、完全なるその社会ができあがった日本。その日本人の生命エネルギーは驚異的なまでに低下しているかもしれない 2015年10月7日  In Deep

「詰め込み教育は、さらに深刻な影響をもたらす可能性がある

ことを最近知りました。

下は、約 100年前に、ルドルフ・シュタイナーが人智学協会の会員向けに行った講演の一部です。

シュタイナーの『人間の四つの気質―日常生活のなかの精神科学』というものに収録されています。

シュタイナーの 1912年の神智学協会会員に向けての講演より

『大学には多くの学部があり、教授たちが思考と研究以外のことに、一年中かなり駆り立てられています。学生が試験のために知らなくてはならないことを、二、三週間で習得させます。つまり、最も必要なものを詰め込むのです。そのような詰め込みが最悪なのです。

小学校でも詰め込み教育が行われるようになると、その害は想像を絶するものになるでしょう。詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきが、まったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。

習得したものをしっかりと自分のものにしたい、という気持ちがないのです。人間の心魂と自分が習得するものとのあいだに、興味の絆がわずかしかないのです。

その結果、活動的に公的生活に関わることができなくなります。詰め込まれたものが、自分の職業の課題と内的に結びつかないからです。心魂が、頭の活動から遠く離れているのです。』


人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。

戦後の日本の教育は、上の 100年前の講演でシュタイナーが述べていた、

> 小学校でも詰め込み教育が行われるようになると

を具現化したものですが、

> その害は想像を絶するものになるでしょう

とシュタイナーは言っていて、今の日本は、学校だけでも詰め込みなのに、そこに加えて、小学生の 40%が塾に通い、中学生の 70%が塾に通う。

シュタイナーは上のことを述べた後、エーテル体などの単語を使った言葉を述べますが、難しい言葉はともかく、シュタイナーが言うには、詰め込みは、ただ知識が身に入らないだけではなく、

「人間の生命エネルギーを弱くする」

と言っています。

それが問題なのです。
シュタイナーの言っていることが、あまりにも今の日本の「健康的状況」とリンクするからです。

人間の生命エネルギーが弱くなっているかもしれない現在

先ほど、「塾に行くと成績さえも悪くなる」と「さえも」と書きましたが、成績が悪くなることなどはどうでもいいのです。小学生の時の成績など将来の何に関係があるものかと思います。

そんなことより、この「生命エネルギーが弱くなっていく」ことがコワイのです。

生命エネルギーという言い方ではなく、単に「生命力」でもいいですが、確かに、私たち日本人は年々、弱くなっています。

どうしてそうなってしまったのかはわからなくとも、弱くなっています。

身体そのものも弱くなっているでしょうが、「精神系の疾患」の増え方が著しいです。

精神疾患別増加数

・現代日本でなぜ精神疾患が増えているのか

理由はともかく、ものすごい増加であることは確かです。

ただ、上のグラフで、赤い部分は「うつ病」ですが、これがに関しては、過去記事「ふと思い出す世界を支配する医薬品ビジネス」の後半の方に書きましたが、うつ病が増加した理由は「うつ病啓発キャンペーン」と、抗うつ剤投与を無理矢理上昇させた、ということが大きく、ビジネス的な理由によるものだと思われます。

なので、うつ病は除外しましても、多くが 1999年との比較で、何倍という単位で増えています。

たった 10年ほどの間にどうしてこんなに増えたのか。
さまざまな理由が考えられて、実際のところはよくわからないですが、とにかく、

「日本人は心も体も弱くなっている」

ということは言えるかと思います。

それに加えて、少子化が止まる気配はありません。
その少ない子どもたちも、詰め込みで勉強を「心から憎む」ようになり、そして、時間的余裕もない。
心も弱る。体も弱る。

冷静に考えてみれば、子どもに対して最も大事なことは、

・その子の身体の健康
・その子の心の健全
・生きている上での安心感

くらいでいいわけで、何より、詰め込みが「現実的に成績さえも悪くする」ことは、上のほうの通塾率の分布でもわりと示されていて、詰め込みを続けていると、実際に「知能的にも日本人はどんどん劣ってきてしまう」と思います。

日本の学力低下は著しいですが、詰め込みと塾の増加が続けば、これはさらに徹底的なまでに進むはずです。なので、現実の社会的にも損失の部分が大変に大きいように感じるのです。

そして何より、今以上、日本人の心と体が弱くなった場合、それはもはや日本という国の死活問題になると思うほど、現状の「病気の増加」ぶりはひどいです。(後略)



(私のコメント)

私の自慢になりますが、私は一度も学習塾にも通った経験がありません。もちろん中学高校などでも進学塾などと言った所にも通った事はありません。しかし現代では子供の塾通いや習い事などでの詰め込み教育が行われている。それがどのような結果をもたらしているのか In Deep と言うブログに書かれている。

小学校から高校までの勉強は自宅で自習すればいいだけの話であり、どうして子どもを学習塾に行かせるのか私には分かりません。私自身は勉強しなくてもテストでは良い点が取れたし、教科書を読みなおす程度の勉強であり、予習や復習もほとんどしたことが無い。

しかし英語や漢字の書き取りなどは覚えなければ出来ないから成績が悪かった。数学も公式さえ覚えてしまえば後は応用なので比較的楽だった。その当時から学習塾にどうして行くのか疑問に思っていましたが、学習塾に行っても自分で勉強しなければ結局は身につかない。

確かに中学や高校の授業など教師の教え方に問題があると思えましたが、実際に教師の教え方がまずいと抗議した事もあります。教師は学校内では絶対的な権威者であり威張り散らす事で生徒たちを抑えにかかります。しかし教師も全能ではないから、学習内容に間違いなどを指摘するとむきになります。

要するに私はバカな教師を見下していたから教師からはいやな生徒だった。だからつけられたあだ名は「天才」だった。しかし私は大学は二流大学卒業であり一流大学に行くには受験勉強しなければならないから行かなかった。大学に行っても試験用の勉強はせず、自分の好きな分野の本ばかりを読み漁った。だから大学の成績も落第しない程度の成績だった。

私自身は勉強などは、自分の好きな科目は教師を上回るほど勉強して嫌がられたが、語学などの記憶中心の科目はやらないから成績は悪かった。今でも子供の学習塾に疑問を感じていますが、そんなに学校で教えている教育内容に問題があるのだろうか? 確かに勉強のできる子はレベルが低すぎて退屈だし、勉強のできない子にとっては難しすぎてわからない。

だから私自身は、受験勉強に大反対だし、受験勉強して覚えた事など試験が終わればすべて忘れてしまう。学習などは必要があれば勉強すればいいのであり、好きな分野を通じて学習の必要性を認識して勉強すればいいのではないだろうか。英語なども社会に出て海外駐在員などになってからでも勉強すればいいのではないだろうか。

だから私自身は詰め込み教育を受けた自覚も無く、自由時間を学校で失われる事が苦痛だった。土日の休みや夏休みなどは本屋や図書館で過ごす事が多く、神田の古本屋で中古本を買い漁った。自分の好きな事しか頭に入らない事を自覚していたからであり、今でもブログを書く事は自分の好きな事しか書いていない。

自分が興味を持ったから(私のコメント)も書けるし頭にも残る。しかし学校や塾で覚えた事は直ぐに忘れてしまうし学習塾は勉強嫌いにするだけだろう。 In Deep に書かれているように詰め込み教育が子供の生きる意欲も失わせてしまうかもしれない。

詰め込み教育は子供にとっては拷問であり学校は強制収容所のようなものだろう。しかし現代の親たちはそれに何の疑問も持たない。自分は勉強嫌いだったけれども、自分と同じように学習塾に通わせて勉強嫌いの再生産を行っている。だから最近の大学生は一冊も本を読まない学生が半数近くもいる。

In Deep では読書感想文を書かせるようになって読書嫌いになった事が書かれていますが、他人から強制される事は苦痛であり、他人からやるなと言われた事をやる事は快楽に繋がり碌な事が無い。だから子供には「勉強するな」とか「大学には行くな」と言った方が良いのだろう。




可能性の芽を潰してきたベテランを放置した佐々木監督
とサッカー協会が、リオ五輪予選敗退の元凶でもある。


2016年3月11日 金曜日

「先輩が怖い…行きたくない」と若手選手が泣き言 3月10日 日刊ゲンダイ

なでしこジャパン凋落の原因に「世代間で軋轢があった」。そう話すサッカー関係者は少なくない。

 なでしこは11年ドイツW杯優勝メンバーと代わり映えせず、そのマンネリ感のツケが一気に噴出したとはよく言われるが、正確とは言えない。

 GK福元(32)、DF近賀(31)、DF岩清水(29)、MF宮間(31)、MF阪口(28)、FW大野(32)、FW大儀見(28=当時・永里)は、08年北京五輪の主力メンバーだった。昨年12月に引退したMF沢(37)も北京五輪に出場。さらにバックアッパーとしてDF熊谷(25)、MF鮫島(28)も帯同している。

 08年1月、なでしこの指揮官に就任した佐々木監督(57)も含めて8年以上、同じようなメンバーで熟成が図られ、それが11年W杯と12年五輪で結実した。しかし、その後は世代交代が進まなかったことでチームの雰囲気はよどみ、それが今リオ五輪予選で噴出した。

もちろん佐々木監督自身、世代交代の必要性は感じていた。14年秋のアジア大会、15年3月のポルトガル・アルガルベ杯でMF澤穂希を外し、若手や中堅を多く招集した。ところがそこで、イジメともいえる光景があちこちで見られた。

 たとえば若手が練習後に報道陣に囲まれていると、あるベテランが「調子に乗るなよぉ〜」と嫌味を言ったり、写真撮影に応じていると他の中堅が「偉くなったもんだ」と小バカにしたようなことを言う。

 ピッチ上でもそうだった。ゲーム形式の練習で若手が好ポジションを取っても、ベテラン同士でパスを回すことが多く、ゴールチャンスでシュートを外すとベテランFWが「(ゴール)枠に飛ばせよ」と呆れた口調で言い放つ。澤穂希が、ベテランと若手との間で潤滑油の役目を担っていたが、その澤がいない大会でベテランたちはやりたい放題。

「精神的プレッシャーに耐えかね、一部選手が所属クラブ幹部に『なでしこに選ばれたくありません。先輩が怖い……』と言い出して問題になったこともあるのです」(放送関係者)

今予選前の沖縄合宿に参加したが、予選メンバーから外れたDF村松(21)、MF杉田(23)、MF猶本(22)、MF増矢(20)といった有望株は、所属クラブではハツラツとプレーするのに、なでしこでは消極的なプレーに終始。女子リーグ関係者が「なでしこのユニホームを着た途端、パフォーマンスがガタ落ち。どうしてなのか?」といぶかっていたものだ。

 沖縄合宿から“生き残った”ドリブラーFW横山(22)は今予選、スペースにボールを出されることが多く、必死になってボールを追い掛けてガス欠になり、横山得意の足元でボールを受けて鋭くターン。DFを置き去りにするシーンがほとんど見られなかった。

 先輩からのプレッシャーを乗り越えられなかった若手にも問題はあるにせよ、可能性の芽を潰してきたベテランを放置した佐々木監督とサッカー協会が、リオ五輪予選敗退の元凶でもある。


(私のコメント)

リオ五輪の女子サッカー出場予選で日本チームは敗退して出られなくなりましたが、明らかに世代交代に失敗した結果だ。佐々木監督ではベテランを切る事も難しく、若手を育てる事も立場上難しかったのだろう。その点では日本サッカー協会に問題の根源があり、佐々木監督の続投では世代交代が難しかった。

ワールドカップで優勝してオリンピックで銀メダルだから栄光のチームであったことは間違いありませんが、30代から20代後半のベテラン選手ばかりでは負けるのが当然と言った見方も出来る。対戦相手も日本チームを研究して来るし、実戦を重ねてきた。しかし日本チームは現行チームでの試合がなくコンビネーションに問題が起きた。油断していたのだろう。

佐々木監督のなでしこジャパンは、紫綬褒章が与えられて数々の選手賞や監督賞をもらって大スター軍団となりましたが、今回の出場予選ではNHKのゴールデンタイムで全試合中継されるのに、試合会場では観客は半分も埋まらずガラガラなスタンドで盛り上がりに欠けていた。25000人のスタンドで観客は6000人台ではテレビ中継するほどの試合なのだろうか。

もともと女子サッカーは人気が無く、オリンピック競技になったから各国は力を入れていますが、プロサッカーリーグとしても成り立たず、これでは常勝軍団として成り立つはずがない。それはワールドカップで優勝したりオリンピックでメダルをもらったからマスコミが盛り立てた。しかしテレビ中継するほどでもないだろう。

勘違いしてしまったのは監督も選手も同じであり、それがリオ五輪予選に現れてしまった。ベテランを使い続ける佐々木監督に対して日本サッカー協会は選手の若返りを断行させるべきでしたが、紫綬褒章をもらったチームを引き摺り下ろす訳には行かなかったのだろう。

男子ならプロサッカーリーグが出来ているから、選手同士の競争は激しくベテランが若手をケズル事など当たり前であり、その試練に耐えて若手は育っていく。その点では女子サッカーはなまぬるな世界であり、佐々木監督は名士となってしまって地方の講演会に引っ張りだこになった。選手もマスコミの取材でスター気取りになり勘違いしてしまった。

女性の団体スポーツはいろいろありますが、女性選手は監督や先輩選手に怒鳴り散らされる事に慣れていない。だから感情的に反応してしまって団体スポーツでは内紛が絶えない。佐々木監督は選手にフレンドリーに接してきてチームを作り上げた。

女性が団体スポーツに向かないのは、先輩や監督などからのシゴキに感情的になってしまう事であり、なかなか団体の統率を取る事が難しい。私なども銀行で若い女子社員に囲まれて仕事をしたことがあるが、かなり神経を使って仕事がやりづらかった。ぞし社員同士のドロドロを垣間見てしまった。

佐々木監督はフレンドリーにチームを纏めて行くタイプだから、女子選手同士のゴタゴタには対応が難しいだろう。むしろ独裁者的なカミナリ監督で憎まれ役を一気に引き受けて女子選手を一つに纏める方が良かったのかもしれない。最近の佐々木監督はむしろ選手から引いてしまって、選手同士の軋轢には無関心だったようだ。

これらの問題はビジネスでも同じであり、女子社員を纏めるにはフレンドリーにっ接する時と鬼監督として恐れられる時とを使い分ける必要があるのだろう。しかし佐々木監督は鬼監督にはなれず、バッサリとベテランを切る事も出来なかった。もっともプロリーグにもなれない薄い選手層では世代交代も難しいだろう。しばらくは女子サッカーは冬の時代になる。




普段は威張っているのに、困難に遭うと我が身かわいさ
からすぐ逃げる。これが日本の中枢にいる「リーダーたち」だ。


2016年3月10日 木曜日

福島原発「国会事故調」元委員長の告発!「日本の中枢は、いまなおメルトダウンを続けている」 3月10日 黒川清

国会事故調委員長としての偽らざる思い

志が低く、責任感がない。
自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事のようなことばかり言う。
普段は威張っているのに、困難に遭うと我が身かわいさからすぐ逃げる。

これが日本の中枢にいる「リーダーたち」だ。

政治、行政、銀行、大企業、大学、どこにいる「リーダー」も同じである。日本人は全体としては優れているが、大局観をもって「身を賭しても」という真のリーダーがいない。国民にとって、なんと不幸なことか。

福島第一原子力発電所事故から5年が過ぎた今、私は、改めてこの思いを強くしている。

日本人は福島第一原発事故から何を学んだのかー?続々進む原発の再稼働、遅々として進まぬ安全対策。このままでは、日本人はまた同じ災いを経験することになるかもしれない。

そんな状況に警鐘を鳴らすのが、国会事故調元委員長の黒川清氏だ。原発事故を「エリートたちによる人災」と暴いた黒川氏はいま、「揺り戻しが起きている原発政策をみていると、日本の未来に著しい危機を感じている」という。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震から9ヵ月後の12月、福島第一原発事故の根本的な原因を調査するために、国会に調査委員会が設置された。「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」、通称「国会事故調」だ。

国民の代表である国会(立法府)に、行政府から独立し、国政調査権を背景に法的調査権を付与された、民間人からなる調査委員会が設置されたのは、我が国の憲政史上初めてのことである。

私は、この委員会の委員長を務めた。冒頭に記した嘆きは、国会事故調委員長としての、また、一人の国民としての、偽らざる思いだ。

日本の脆弱さは、世界にバレていた

国会事故調は、私を含めて10人の委員から構成された。それぞれの専門分野で調査を進め、その結果を、マッキンゼー出身で郵政民営化等にも関わったコンサルティング経験豊かなプロジェクトマネージャーが統括し、ほぼ6ヵ月で、本編だけでも600ページ近い調査報告書にまとめ上げた。

2012年7月に国会に提出した報告書では、福島第一原発事故は地震と津波による自然災害ではなく、「規制の虜」に陥った「人災」であると明確に結論付けた。

「規制の虜」とは、規制する側(経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会など)が、規制される側(東京電力などの電力会社)に取り込まれ、本来の役割を果たさなくなってしまうことを意味する。その結果、「日本の原発ではシビアアクシデント(過酷事故)は起こらない」という虚構が罷り通ることになったのである。

たとえば、2001年の9・11アメリカ同時多発テロの後、燃料を満載したジャンボジェット機が原発に突っ込んできたらどうなるかについて、アメリカやフランス等の原発先進国では真剣に論じられた。

その防御策を、アメリカ側は日本の原子力規制機関に2度も伝えたが、日本は何の対策も取らなかった。もし、その対策を実行していたら、福島第一原発事故はギリギリのところで防げた可能性もあるのだ。

また、日本がIAEA(国際原子力機関)の指摘する「深層防護」(原子力施設の安全対策を多段的に設ける考え方。IAEAでは5層まで考慮されている)をしていなかったことは、国内外の関係者の間では広く知られているし、今もってその備えのない原発が幾つもあることも指摘されている。

IAEAの日本の担当者は、経産省の役人に「どうして深層防護をやらないのか」と聞いたところ、「日本では原発事故は起こらないことになっている」と言われ、まったく納得できなかった、と語っていた。

こうしたことは国民にはほとんど知らされていなかったが、世界の関係者の間では以前から知られていた。卑近な言い方をすれば、日本の脆弱さは世界中にバレていたのだ。

しかし、日本の「リーダーたち」にとっては、「不都合な真実」は「存在しない」か「記録等がなくて確認できない」ことが多い。「国民を欺いている」と海外で言われても、しかたのないことであろう。(後略)


◆規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす  黒川清(著)


(私のコメント)

福島原発災害から5年が経ちますが、徹底した事故対策が取られなければ再稼働はすべきではありませんが、徹底した事故対策が取られていないようだ。「株式日記」でも十分な事故対策を取ってから再稼働すべきだと書いてきましたが、それが5年経っても行われていない。

川内原発でも免震重要棟が再稼働が決まると白紙撤回されてしまう。川内原発以外でも免震重要棟の白紙撤回が相次いでいるようですが、事故が起きた場合の現場対策本部になるところだ。福島第一原発でも免震重要棟があったおかげで何とかなりましたが、同じような事故が起きて免震重要棟が無ければ対策のとりようがないだろう。

柏崎の原発被害の時は、事務棟が使いものにならず、その教訓から福島原発に免震重要棟が作られましたが、このように実証された事も対策として行われないと言うのは無責任だ。時間が経てば騒がれなくなり、なし崩し的に再稼働して行けば同じ事がまた起きるだろう。

事故後に様々な事故調査委員会が出来ましたが、問題点が指摘されて対策が実行されなければなりませんが、もはや「原発事故は起きない」と言う言い逃れは通用しない。しかし柏崎原発災害での教訓は十分には生かされておらず、防潮堤の建設は先送りされてしまっていた。

もともと日本の原発は、ミサイル攻撃など想定されておらず、「起きてはならない事は起きない」と言った確信が通用してしまう。日本のエリートたちは何もない普段の時は威張り散らしているが、いったん問題が起きると蛸壺の中に閉じこもってしまって役に立たない。原子力保安員の委員たちは真っ先に現場から逃げてしまった。

東電は経済産業省の有力天下り先であり、監督官庁の経産省は東電の言いなりになり監督機能が骨抜きになってしまっていた。政治がいくら天下り禁止を言ったところで役人たちは政治家の言う事など聞くわけがない。原子力担当の役人たちは普段は権限を振りかざして専門家のような顔をしているが、いったん事故が起きれば馬脚を現してしまう。

マスコミの記者たちも普段は知る権利などと大きな口を叩いているが、原発の事などまるで知らず科学担当の記者すらいないマスコミもある。そして爆発が起きて放射能が広がって来ると、住民たちを置いて真っ先に逃げたのがマスコミの記者達だった。そして朝日新聞などは東電職員の9割が逃げたと報じた。

原子力には普段から多額の予算が計上されて使われているが、安全対策や事故対策に使われずにマスコミにばら撒かれる。電力会社は以前は一社独占だからCMを流す必要はないのに大量のCMを流して金をばら撒いている。原発は普段から国民世論がうるさいからマスコミを使って不都合な事は報道されてこなかった。

海岸に原発を作る以上は、大津波の事は当然対策が打たれるべきがなされていなかった。地震だけでは警報も出なかったから地震で壊れたのではなく津波で水没してしまったから大事故になった。原発本体は安全でも周辺設備が壊れれば原発はメルトダウンしてしまう。

原発対策は「株式日記」で何度も書いてきましたが、軽水炉型原発は50年前の技術であり最新の高温ガス炉なら停止ボタンを押せば自然停止する。しかし軽水炉型原発は停止させても水の循環が止まればメルトダウンしてしまう。このような基本構造では安全対策にカネがかかり、電力会社はカネのかかる事を嫌がる。




韓国人の学業能力ランクが年齢を重ねるごとに沈んでいくのは、
小中高校での暗記中心の詰め込み教育による学習意欲の低下が原因


2016年3月9日 水曜日

韓国経済低迷は「詰め込み教育」のなれの果て!?…大学入学時は世界トップの学力も、55歳で最下位に転落 3月7日 産経新聞

韓国経済の低迷が顕著である。2015年の国内総生産(GDP)成長率は前年比2・6%と、3%台の政府目標は未達だった。朴槿恵(パク・クネ)政権は中国経済の失速など外的要因を強調するが、苛烈(かれつ)極まるこの国の「大学入試」や「詰め込み教育」のなれの果てという見方もできる。中高生の学習到達度が世界トップ層なのに、55歳以降の学業能力、学習意欲は経済協力開発機構(OECD)最下位層にまで落ち込む。大学入学時に韓国のエリートがそのピークを迎えているようでは経済成長も心許ない。

「大学入試」がヤマ場という不幸

 韓国紙、朝鮮日報(電子版)によると、韓国開発研究院国際政策大学院の李周浩教授(元教育科学技術部長官)が、OECD加盟21カ国などを対象に11〜12年に実施された「国際成人力調査(PIAAC)」の資料と、12年実施の「学習到達度調査(PISA)」の資料を基に、韓国人の学業能力を分析。中学生、高校生の学習到達度は世界トップレベルを誇るが、大学生になった20歳以降は徐々に低下し、35歳からはOECD平均以下に下がり、さらに55歳以降は最下位レベルにまで落ち込むことが分かったという。「大学入試」というヤマ場を越えた後は低下の一途をたどるという現実が浮かび上がる。

 具体的には、韓国の学生は06年以降、3回行われたPISAで、数学的応用力と読解力でOECD加盟国のうちいずれも1〜2位を記録している。政府はこれを「韓国教育の成果」とアピールしてきた。

 一方でPIAACの得点を年齢別に分析した結果、韓国人は20歳以降、学業能力が相対的に低下し続けていた。高校生では数的思考力(数学)と読解力はそれぞれオランダと日本に次ぐ順位だったが、20歳からは順位が急落し、35〜44歳はOECD平均を下回った。55歳以上は調査対象のOECD21加盟国のうち20位に沈んだ。

ニートのレベルも世界トップ

 つまり、韓国人の学業能力ランクは、40年の年月を経てOECDトップレベルから最下位レベルに落ちてしまうわけだ。年齢を重ねるごと、新しいことを学ぼうとする学習意欲、職場内の学習指標ともに乏しくなっていくのである。

ただ、そうした現実の背景に韓国の厳しい就職戦線があることも見逃せない。あまりに極端な学歴社会のため、就職活動も熾烈(しれつ)だ。せっかく猛勉強して一流大学に入っても、思うような職に就けないという若者がわんさかいるのである。

 必然的に青年無職者(NEET、ニート)も増えてしまう。韓国紙、中央日報(電子版)は、OECDの調査を引用して韓国のニートの学業能力は2位だと報じた。1位は日本だった。OECDによれば加盟国全体で見るとニートは3900万人に達し、日本と韓国のニートは読解力・数的思考力が「低い水準」に該当する者がそれぞれ3%、5%で、最も少なかったという。

 学業能力が高いにもかかわらず、進学や就職、職業訓練をしない、あるいはできない若者が多いという現実。学習意欲を失い、やる気も削(そ)いでしまうことだろう。韓国で自殺者が多いのもうなずける。

低質な大学の増加がもたらす弊害

 朝鮮日報は、韓国人の学業能力ランクが年齢を重ねるごとに沈んでいくのは、小中高校での暗記中心の詰め込み教育による学習意欲の低下と、国際的水準に満たない低質な大学の増加が背景にあるという識者の分析を紹介している。

 特に1990年代後半以降、韓国で大学が急増したものの、質的な成長を遂げられなかったことを指摘する声が大きいという。韓国開発研究院国際政策大学院の李周浩教授は「上位レベルの大学よりも、相対的に質の低い下位レベルの大学への進学が増え、大学が社会に必要な人材を育てられなかった」と説明する。優秀な若者が入学しても、きちんとした教育を受けられないのである。

 このままでは、韓国人の能力が年を取るにつれ低下するという悪循環が続くことは避けられない。政府、大学、さらには企業がこうした現状に真剣に向き合わなければ、経済の低迷は止まらないし、社会のゆがみもひどくなるだろう。努力が報われない社会。ニートの学業能力の順位が韓国を上回った日本に対するメッセージととれなくもない。



(私のコメント)

大学の粗造乱造で大学生の質的低下が問題になっています。極端な事を言えば大学の卒業証書はお金を出せば買えるようになり、中学生レベルの大卒者が送り出されている。一流私立大学もAO入試で学生を確保するようになり、大学は経営危機を迎えている。

これは世界各国共通の問題であり、韓国でも同じらしい。大学卒業の証書は有料大手企業に就職するためのライセンスであり、就職シーズンになると黒いスーツに身を固めた就活生を見かけるようになります。大卒者が1,2割程度だった時代には大卒はホワイトカラーの職業に就くことが出来ましたが、現代では大卒者は5割を超えるようになっては、誰もがホワイトカラーの職場に就職は無理だ。

しかも優良大企業は、職場のOA化によって事務職員は要らなくなり、大規模な本社のリストラを行うようになっている。私が銀行員になれたのも未だOA化が進んでいなかった頃だからですが、銀行や証券会社は駅前に支店を並べていた頃は過ぎ去り、ネット化で業務は大幅に縮小した。

銀行や証券会社で今求めている人材は資金運用が出来るファンドマネージャーであり、日本ではそのような人材が育てられなかった。バブル崩壊でファンドマネージャーは首になり資金運用で大穴をあけてしまった。特に優秀な人材は教育によって育成出来るものではなく、経験を積み重ねる事で選抜されて行く。

学校教育では記憶力で学業成績を付けて行きますが、正解の無い問題を試行錯誤で追及して行くような教育を行っていないし出来もしない。正解が分かっている問題なら記憶力で覚えればいいが、正解のない問題は記憶しようがない。教える方も正解の無い問題は教えようがなく、学校教育には向かない。

社会に出て、このような正解の無い問題を解いて行かなければなりませんが、どれが正解かを一つ一つ潰して探り出して行かなければならない。その為には膨大な資料を読み漁ってヒントをつかんで試して行かなければならない。それでも文化系の学部なら、語学や法律学や歴史学のような記憶力で何とかなる学部がありますが、自然科学系などは記憶力だけでは問題は解けない。

日本も韓国も中国も記憶力重視型教育であり、正解のある問題に向いていますが、正解の無い問題に思考力を必要とする学問は教育に向いていない。テストに問題と出しても教師が採点のしようがないからだ。正解のある問題はネット化社会になりググれば正解が出て来るから記憶する必要もあまりなくなった。

もちろん小中校ぐらいは記憶力重視型教育でもいいが、高校大学ともなれば思考力や創造力を養う教育に切り替えるべきであり、現状ではマークシート方式でテストが行われて採点の手間がかからない教育が行われている。これでは思考力や創造力を養う教育が出来ない。

思考力や創造力を身に付けた学生ならば、大企業に就職する必要は無く自分で道を切り開いていく能力がある。それに対して記憶力型秀才はいったん大企業に就職が失敗してしまうと引き籠りになってしまう。自分で事業を始めようと言った考えが浮かばないようだ。

ネット化社会になり、ユーチューバーなどと言ったネット動画でアクセスを稼いで1億円以上のカネを稼ぐ人も出てきましたが、アイデア次第で多くのチャンスも生まれてきている。「株式日記」もテキスト版のユーチューバーみたいなものであり、10000回再生で1000円の報酬があるそうです。「株式日記」は1日に5万アクセスくらいあるから5000円の収入になる計算です。




大騒動となった五輪エンブレム騒動と、まったくいっても良い失態を、
東京五輪の関係者たちは、再び新国立競技場でも犯そうとしている。


2016年3月8日 火曜日

新国立「聖火台」問題はエンブレム騒動と酷似する危険な兆候 3月7日 藤本貴之

東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場で、「聖火台」の置き場がない状態で設計されていたことが今更になって問題になっている。

「大きな競技場なんだから、設計やデザインが狂わない程度に、ちょこっと組み込んだらイイんじゃない?」と感じてしまうが、問題はそう簡単ではない。

まず、聖火台の設置には国際オリンピック委員会(IOC)により、「全観客から見える位置に設置」という規定が定められており、その設置場所にもIOCの承認が必要だ。

一方で、取り下げとなったザハ・ハディド氏に代わり採用となった隈研吾氏の設計案(A案)では、木材がふんだんに利用されているため、消防法上の問題からも、競技場の上部に聖火台を設置することは難しいという。

大会組織委員会は聖火台の設置について、政府や事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)へ事前に伝達済みだとしている。しかし、当のJSCはそういった要望は事前に聞いていないとしたり、「自分たちは競技場を作る立場で、聖火台は大会組織委員会が検討、設置」という反応。

そうかと思えば、東京都・舛添要一知事は「聖火台の設置場所はJSCが考えていると思っていた」と発言したり、大会組織委員会・森喜朗会長が「一番悪いのは馳浩文科相と文部科学省」となじり始めるなど、責任のなすりつけあいになる始末だ。

つまり、「なんでいまさら?」といった愚かすぎる議論から、「言った、言わない。お前が悪い、俺は悪くない」という悲しすぎる議論にまで病状は進行している。

設計者である隈研吾氏にいたっては、NHKの取材に対して、次のように答えている。

「聖火台は『どこにでも置ける物』だと思っている。演出家が決まらない今の段階で大騒ぎするよりも、開会式の演出が決まったときに議論すればいい」

確かに、一見、正論であるようにも聞こえるが、この発想は、エンブレム騒動で佐野研二郎氏が巻き起こした空前の「炎上」にもつながる危険性を内包しているように思う。しかも今回はメインスタジアムが舞台であるだけに、東京オリンピックの成否にも大きく影響する。

後付けの言い訳であれ、それを「どこにでも置けるから問題じゃない」という隈氏の発想には、トラブルを生み出す本質的な問題があるように思う。

そもそもオリンピックの象徴である「聖火」とそれを安置する「聖火台」の置き場所などは、誰に言われなくとも、最初期の設計段階から重要事項の一つとして組み込まれるべきものではないのか? 不採用だった「B案」(伊東豊雄氏案)には、しっかりと聖火台は設定されている

聖火によって象徴され、世界中アスリートたちがしのぎを削るオリンピック。その本来の意義や目的を考えれば、メイン会場の設計には、聖火や聖火台が不可欠である。そのことが想像できなかったとすれば、信じられないほどの想像力の欠如だ。オリンピックに本来期待され、求められているものとの大きな乖離も感じる。

しかも、「(開会式・閉会式の)演出家と演出が決まってから議論すればいい」という発言に関しては、巨額の税金を投入して行われる大事業の担当者の発想としても理解に苦しむ。

隈研吾氏の建築家としての能力やその設計は素晴らしいものであろうが、自分たちが設計しているものが、「オリンピック・パラリンピックを成功させるためのパーツ」であるという意識が抜けているように思えてならない。

新国立競技場という「作品への想像力」は溢れているが、オリンピックを成功させるための「公共的な想像力」は欠けているのではないか。隈氏(や、オリンピック事業関係者たち)は巨額の税金を使って、いったい何を作っているのか?と。

最も懸念されることは、五輪エンブレム騒動と同じ行程で過剰な「炎上」をしてしまう危険性だろう。すでにザハ・ハディド氏の設計で一度、取り下げが行われているが、一部報道によれば、隈氏デザインの変更も視野に入っているという。

この一連の流れ見て、五輪エンブレム騒動を思い起こす人は少なくないはずだ。エンブレム騒動と現象も行程も問題点も酷似する。

筆者は、五輪エンブレム騒動の流れとその「炎上」の過程について、拙著「だからデザイナーは炎上する」(中公新書ラクレ)にて詳述したが、そこでは以下のようなフローチャートを持ちいて説明した。

エンブレム騒動で佐野研二郎氏が陥った「炎上」は、専門家の立場とその狭い視点から、一見して正論と思える反論をし、理解を求めようとする説明(釈明)を試みたことで、それが結果として次々と新たな問題や疑惑を発生させ、反証されたことが要因だ。

庶民感覚から乖離した当事者(専門家)や関係者たち(狭いコミュニティ)の「正論」がかえって退路を断たせ、炎上を加速させていったのである。

エンブレム騒動と聖火台問題の共通点は、オリンピックに取り組むという「当事者意識の欠如」と「庶民感覚からの乖離」だ。オリンピックを盛り上げるためのパーツでしかない競技場やエンブレムを作ることが、専門家たちや関係者によって自己目的化され、一部の人たちの自己満足(と第三者には見える)になっているのではないか、という不信感でもある。

大騒動となった五輪エンブレム騒動と、まったくいっても良い失態を、東京五輪の関係者たちは、再び新国立競技場でも犯そうとしている。

「何のために、誰のために2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催するのか?」ということ自体が、大きく揺らいでいるように思う。



(私のコメント)

またしても新国立競技場の問題が起きましたが、オリンピック組織委員会の体質が腐っているから同じ問題がいくらでも出てくる。本当ならエンブレム問題や国立競技場の設計プランのゴタゴタで、森委員長の引責辞任が適当なのでしょうが誰も森氏の首に鈴がつけられない。

森氏は設計プランでもザハ氏の設計で押し切ろうとしたが、世論の予算に対する批判が厳しくて撤回された。「2500億のカネも出せないのか」と言った発言は国民の感情を逆なでするものだ。森会長がチャランポランでそろえた人材が武藤事務局長ではこれからも問題は続出するだろう。

決定権は自分にあるが問題が起きれば他に責任を転嫁する。これでは組織として機能しなくなり東京オリンピックが近づくにつれて、隠れていた問題が表面化して来るだろう。オリンピックは新国立ばかりでなく多くの競技場が整備されますが、それぞれに問題を抱えているだろう。

しかしエンブレム問題でも新競技場問題でも森会長は責任を取らなかった。聖火台の問題も馳文部大臣のせいと言っていましたが、前任者が新国立競技場問題で責任を取らされたばかりだ。少し頭のおかしなのは森会長であり会長が会長としての責任を取らないから同じような問題が続出する事になる。

聖火台の問題は、設計コンペの段階で基本計画がなされなければ、設置場所で困る事になる事は分かっていたはずだ。いったい最終審査で聖火台の事が出た気配が無くB案の伊藤豊雄氏のプランには聖火台があったのに、A案の隈氏の案には聖火台が無かった。審査員たちは何を見ていたのだろうか?

「株式日記」ではエンブレムにしても、ネットで公開して国民の意見を問えといった事がありましたが、一部の専門家だけで決めてしまう。だからその専門家の選定は選び方次第で森会長の思いのままに決めることが出来る。最初の新国立競技場のデザインも安藤氏の一存で決められたようなものであり、建築物の設計では第一人者なのでしょうが、技術上の問題が多発した。

オリンピックと名がつけば予算はとり放題であり政治家たちが利権に絡んでくる。それでオリンピック予算は限りなく膨らんで行って税金と言う付けは私たちに回ってくる。最初はスモールオリンピックで既存の施設を使うという事だったのに多くの競技場が新設される。スモールオリンピックは何処に消えたのでしょうか。

当初のオリンピック予算は3000億円だったのに、今では1兆8000億円になり、最終的には数兆円規模にまで予算は膨らむのでしょう。国会では小さく決めて大きく育てる事が予算獲得の常套手段であり、いったん決めてしまえば国民には分からないまま予算は膨らませられる。

A案で決まった新国立競技場も、ザハ氏から設計を盗まれたと訴えられていますが、確かにA案ではザハ氏のデザインから開閉屋根を取り払って解放屋根に変えただけに見える。エンブレム問題も外国から盗用だと訴えられましたが、専門家たちはこれをよく検討したのだろうか? B案の伊藤豊雄氏のデザインでどうしてダメなのか。

このように問題が拗れるのは、政治家が利権に関与してきて、業界内部でその利権を分け合うような利権体質であり、有識者会議や専門家の裁定は誤魔化しにすぎない。エンブレムや競技場の設計は分かりやすい問題だから明らかになりましたが、ボスが腹黒ければ問題はこれからも起きる。




米国は「可哀そうな中国」ではないが、同盟国である日本と天秤に
かけ、時には中国に肩入れして日本敵視政策をとる状況もあった。


2016年3月7日 月曜日

中国の南シナ海要塞化を見逃す米国の凋落と歴史観 このままでは日本、台湾、ASEANとの同盟関係維持も困難に 3月7日 森清勇

南シナ海における中国の傍若無人の行動を見るにつけ、アジア重視にピボットしてリバランスしたはずの米国に疑問が湧いてくる。

?カリブ海と南シナ海では米国にとっての意味が異なることは分かる。しかし、ソ連がキューバにミサイルを持ち込んだ時の対応に比して、中国の南シナ海における行動に対しては余りにも対応が鈍い。

?軍首脳たちは対応が遅れれば遅れるほど、大きな犠牲が伴うことを進言しているようであるが、2回ほど「航行の自由」作戦を行っただけでる。「世界の警察官ではない」と宣言した大統領には別の思惑があるのかもしれない。そうした米国の対応を見越して、中国は急ピッチで南シナ海の軍事拠点化を進めている。

?内向きのバラク・オバマ政権で、果たして日本の安全は保障されるのか。日本はどういう立ち位置で行動すればいいか、今一度真剣な考察が必要であろう。

台湾の政権交代を追い風に

?台湾では先の総統選挙で親日的な蔡英文氏が大差で勝利し、5月に8年ぶりの政権交代が行われる。同時に行われた立法院選挙でも民進党が過半数を超す議席を確保し、与党による安定した議会運営が期待される。台湾の現状維持は日本のシーレーン維持のためにも不可欠である。

?しかし、中国が主張するように南シナ海が中国領となり、内海化して対空ミサイルや戦闘機・戦闘爆撃機を配備し、さらに防空識別圏を設定すると、海上自衛隊や米第7艦隊は通りにくくなる。それはとりもなおさず台湾の孤立化であり、その先にあるのは台湾の香港化であろう。

?その結果、台湾海峡とバシー海峡の自由航行が阻害されることになれば、南シナ海を通る日本のシーレーンは遮断され、ASEAN(東南アジア諸国連合)との通商は大きな打撃を受けることになる。

?もちろん、中東からの原油輸送も南シナ海の航行ができなくなれば迂回が必要で、長大な航路となり、経済的損失は計り知れない。また、台湾を拠点に東シナ海における中国の活動は一段と加速され、尖閣諸島が大きな影響を受けることは必定である。

?このように考えると、日本と価値観を同じくする台湾が健在することは、何よりも日本の安全保障にとって不可欠の要件である。

?いまは台湾が頑張ってくれているから海峡通過が可能であるが、中国の影響下に入ったならば、万事休すである。中国は尖閣を自国領にして、台湾に影響を及ぼしたいと思っている。そうした意味で、尖閣諸島の重要性も浮かび上がってくる。

?台湾の命運は日本の安全保障にもかかわる。リチャード・ニクソン政権(当時)の動きに慌てて、台湾をあっさり切り捨てた日本であるが、中国が国際社会の声を無視する形で南シナ海の内海化を図っていることに対応して、日本は対台湾関係で新たな施策を取るべき時ではなかろうか。

?先の国会での安保法案が理解されにくかったのは、緊迫している国際情勢についての議論を野党が避けて憲法論議に持ち込んだからである。

?南シナ海の現実に照らして、一段と法案の重要性が認識されなければならない現在である。破棄法案を提出する野党の無責任はいくら批判してもし過ぎることはないであろう。

日本の立ち位置

?中西輝政・京都大学名誉教授は「愚かにも、ここ20〜30年、日本では政府も国民もケ小平以後の中国は平和志向に変わった、と妄想した」(『正論』2015年3月)と悔しがる。

?日本が自国に都合がいいように妄想したこともあろう。しかし、日本が独自にとり得る中国に関する情報が少なく、米国がもたらす情報で行動せざるを得なかったということが大きい。

?その米国には前科がある。戦前の米国は「日本帝国主義に痛めつけられた中国」という認識が強く、南京攻略戦を中国が南京大虐殺に仕立てるのに多大の協力もした。中国の報道はおかしいと米国民に呼びかけたラルフ・タウンゼント元上海副領事などは戦争中、フランクリン・ルーズベルト大統領によって牢獄につながれたほどである。

?戦後の米国は「可哀そうな中国」ではないが、しっかり支援してやれば米国に応えてくれるといった認識から同盟国である日本と天秤にかけ、時には中国に肩入れして日本敵視政策をとる状況もあった。

?日本人の中国専門家、もっと広く国際問題専門家と言われる人たちの講演をいくつか聞いたが、米国は中国をこう見ているという話が主体で、日本も米国と同じ視線で中国を見ておれば大丈夫だろうと言った論評がほとんど。独自に10年後、20年後を語る話はあまり聞けなかったように思料する。

?中国の政治的状況や軍政関係など、内部からしか得られないような内容の話をすれば、自国民でさえ容赦なく逮捕する国への入出国が難しくなることもあり得よう。そうした配慮から話を控えているのかも知れないと惻隠の情で聞いていたが、根本的な情報が欠落しているというのが実態のようであった。

?そうしたところに、米国から次々に対中警戒の声が上がってくると、日本の報道機関はそうだったのか、それほどまでに中国の傍若無人ぶりが増大して危険な状況になりつつあるのかとびっくりし、慌てて報道し始める仕儀である。(後略)



(私のコメント)

中国が「歴史戦」を仕掛けてきた背景には、歴史的にアメリカは中国の味方をしてくれると言う計算が有ったからだろう。アメリカは今さら東京裁判史観を否定するわけにはいかず、南京大虐殺をでっち上げたとは言えないだろう。確かに日本軍は揚子江河畔で捕虜を虐殺したが、司令官が逃げてしまって交戦中であり、敵司令官が降伏しない限りは兵士は殺されても違法ではない。

戦争末期の日本軍も司令部から徹底抗戦を命令されていたから、司令部は前線の兵士に降伏を認めず、だから捕虜となる事も出来なかった。このような命令を出す事は軍の士気を落とすだけであり、捕虜となった日本兵は非国民であり敵に協力するような兵士も現れた。

日本の国内法上は戦犯はおらず、靖国神社のA級戦犯を戦犯と呼ぶのは間違いであり、サンフランシスコ講和条約で絞首死刑にされた事を逆告訴しないという意味での受け入れであり、東京裁判を認めたわけではない。昭和28年に国会では赦免決議が行われているが、連合国は特にそれを批判はしていない。講和条約とはそういう条約のはずだ。

しかし中国は講和条約に参加していないし、終戦時は中華人民共和国は存在していなかった。しかしアメリカ政府は日本叩きの一環として中国の反日運動を煽って来た。最近でも安倍総理が靖国参拝した事に対して国務省は「残念だ」と述べた。それいらい安倍総理は靖国神社参拝をしていない。

中国の狙いは、歴史戦を仕掛ける事で日米の分断を図る事であり、米中のG2体制で太平洋を東西で分割支配する事にある。このような事を言い始めてアメリカは初めて中国の野心を知る事となり慌てはじめているようだ。南シナ海の岩礁を埋め立てて勝手に自国領土として軍事基地化を進めていますが、オバマ大統領は放置してきた。

中国の同盟国は北朝鮮とラオスぐらいであり、国際的に協調が出来る国は無く国家間でも上下関係しかなく中国との友好関係は成立しない。それはソ連との関係でもアメリカとの関係でも言える事であり、中国は明らかにアメリカよりも上位の国を目指している。習近平は大軍事パレードをしてアメリカを威嚇した。

中国の狙いは、第一列島線を内海化してアメリカを追い出す事であり台湾を自国領として日本を中立化する事だ。日本が中立国となればアメリカは太平洋の橋頭保を失い本土西岸にまで中国やロシアの勢力が迫る事になる。アメリカはまさかそんな事は無いと見ていたのでしょうが、民主党の鳩山政権が出来て沖縄の米軍基地を追い出す動きが出て慌てた。

今年の大河ドラマの「真田丸」は視聴率もいいようですが、主人公の真田氏は北条や上杉や徳川といった大国に囲まれた小国であり、時には北条と組み、時には上杉と組み、時には徳川と組んで、信濃甲斐から大国を追い払って独立国とした。まさに昨日の敵は今日の友であり、権謀術数を謀って大国を操った。

現在の日本も、ロシアや中国やアメリカと言った大国に囲まれた小国であり、生き残るには敵をよく見定める事であり、バカ殿なら武田勝頼のように直ぐに滅ぼされてしまう。勝頼も本当はバカ殿ではないのですが敵を見る目が無かったのだ。現在の安倍総理が米中露を操れる器がどうか分かりませんが、アメリカがトランプ大統領でダメとなればプーチンと謀略を図るくらいの器量が欲しいものだ。




映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」 バブル崩壊は日本から
見ればよく見えたが、アメリカ人はアメリカの恒久的繁栄を信じた。


2016年3月6日 日曜日 

映画「マネー・ショート」どこまで金融危機の真実に迫れたか 3月4日 ウォールストリートジャーナル

世界金融危機を題材にした本は数えきれないほど出版されているが、映画はごくわずかしかない。住宅ローンは映像化するのが難しいからだ。

 日本で4日公開される映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(原題は「The Big Short」)は敢えてその難題に挑んだ作品だ。作家マイケル・ルイスのベストセラー小説「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」を下敷きに、米国の住宅バブルの背後で住宅ローンの値下がりに賭けて大もうけしたトレーダーたちの姿を描いた。

 監督のアダム・マッケイはコメディ映画で知られるが、2010年のアクションコメディー映画「アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!」(原題は「The Other Guys」)で金融詐欺を扱ったことがきっかけとなって金融に関心を持つようになり、ルイスの著作にたどり着いた。「マネー・ショート」の監督を務めることが決まると、マッケイは金融危機に関する本や記事を読みあさり、債券取引会社も訪問した。

 マッケイ監督は金融について「プロや専門家と一般の人々の間に大きな溝があると思う」と話す。「一般の人々は自分の頭が悪いか、銀行の仕事が退屈だと考えている」。

 「マネー・ショート」はこうしたギャップの解消に一役買っている。観客は住宅バブルの原因となった金融エンジニアリングについて楽しみながら学ぶことができる。

 ただ、金融危機の全体像を描いているとは言えない。住宅ローンに多くの時間を割いているため、住宅バブルを生み出し、金融危機に拍車をかけた複雑な経済的要因にはあまり触れていない。ウォール街の腐敗に責任のほとんどをなすり付け、なぜこれほど多くの人がバブルの到来に気付かなかったのかという疑問には答えていない。

 映画は1970年代にソロモン・ブラザーズのルイス・ラニエリ氏が住宅ローンの証券化を始めた経緯を説明するところから始まる。映画の中で、俳優ライアン・ゴスリング演じるトレーダーのジャレッド・ベネットは住宅ローン担保証券(MBS)について「単純で価値がある」が、「突然変異を起こして怪物と化し、世界経済を崩壊させた」と語る。ベネットは架空の人物だが、モデルはドイツ銀のトレーダー、グレッグ・リップマン氏だ。

 2000年代になると、「サブプライム」という信用度が低い顧客層に貸し付けた多額のローンがMBSに組み入れられるようになる。05年、一握りのトレーダーがMBSの担保になっている住宅ローンと住宅を調査、格付けAAAとされているMBSがデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高いことに気付く。そこで彼らはMBSを空売りする手段を思いつく。

 マッケイ監督は面白くもない金融の実務を巧みに解説している。たとえば、銀行がリスクの高い住宅ローンをMBSに組み込み始めた理由を女優のマーゴット・ロビーがバブルバスに入っているシーンで表したり、ベネットに木製ブロックのタワーを使って証券が「トランシェ」に分割される仕組みを説明させたりしている。

 アカデミー賞にデリバティブ(金融派生商品)のドラマ化部門があれば、行動経済学者のリチャード・セイラー氏と歌手のセレーナ・ゴメスが受賞していただろう。2人は本人役で出演、ブラックジャック・テーブルで人々が賭けに興じる様子を使って合成債務担保証券(CDO)――住宅ローンを一切含まない複雑な住宅ローン証券に基づく金融派生商品――の仕組みを説明している。

 映画を通じて問われているのはウォール街を牛耳る人々を駆り立てたのはなんだったのかという疑問だ。愚かさだろうか。それとも犯罪行為か。映画の中でベネットは言う。「愚かであることと法律に違反していないことの違いを教えてくれ」。

 映画では犯罪がウォール街を駆り立てたと結論付けている。マッケイ監督は銀行関係者の中には明らかに愚かな人間もいるが、それは言い訳にはならないと語る。

 ウォール街が人の道から外れたと断罪すれば金融機関が救済されたことに後味の悪さを感じていた人々の共感は得られるだろう。ただ、それもあまりに短絡的だ。

 住宅ローン業界の関係者が破綻を承知の上で住宅ローンを販売し、組織的に利益を得ていたという構図は実際とは異なる。米連邦準備制度理事会(FRB)の3人のエコノミストは12年に発表した論文で、業界関係者や金融機関の経営陣が住宅ローン市場と一蓮托生の状態にあったため、こうした損失が「2008年末に金融システムを崩壊寸前に追いやった」と指摘した。大もうけしたのはヘッドファンドマネージャーのマイケル・バリー氏やジョン・ポールソン氏などアウトサイダーだった。映画では俳優クリスチャン・ベールがバリー氏を演じた。

 俳優スティーブ・カレル演じるトレーダーのマーク・バウムは銀行が救済されることを前提としていたと語るが、これもおかしな話だ。実際に自ら救済候補となる銀行などあるわけがない。それまでに株主の資産は失われ、経営陣はクビになっているはずだ。

 前述のFRBの論文でも指摘されているが、実際は業界のインサイダーが多額のMBSを抱えたのは、彼らもまたほとんどの住宅取得者と同様に、住宅価格が下落することは絶対にないと考えていたからだ。だからこそ住宅ローンの適用基準は崩壊し、担保の売却で融資額を回収できることを見込んで所得証明は重視されなかった。

 映画はこの点については同じ意見だ。ある投資家がバリー氏に「誰もバブルが起きていることに気付かない」と語る場面がある。「だからバブルなんだ」。

 ただ、「マネー・ショート」は最大の疑問には答えていない。それはなぜバブルが起きたのか、なぜ人々はバブルが崩壊しないと思い込んだのかという点である。答えはマクロ経済や社会に関わる要因――ナスダックバブルの崩壊後のFRBによる低金利政策や米債券市場への海外資金の過剰流入、長年にわたる経済的安定による慢心、金融のイノベーション、経済の安定による規制基準の緩み――にあるのだが、映画ではほとんど触れられていない。こうした要因は世界のあちらこちらに見られた。多くの国で住宅バブルが起き、銀行が救済された。

 おそらくどんな映画でもこうした疑問全てに向き合うことはできないだろう。マッケイ監督も2時間の映画でできることに限界はあると話す。監督は「この映画が経済や金融、バブル崩壊、規制については話し合うきっかけとなって、金融というテーマに少しでもおじけづかなくなるとうれしい」は語っている。



(私のコメント)

「株式日記」は1997年から書き続けていますが、それはアメリカによる「日本叩き」に対する抗議の意味からだ。当時のアメリカはソ連との冷戦に勝利して、今度は経済的脅威だった日本に対して攻撃の矢が向けられていた。しかし多くの日本人は同盟国の日本を本気で潰しにかかってきた事に気がつかなかった。

特にビル・クリントン政権は、中国と手を組むことで日本は米中の包囲体制によって圧殺された。それは最近でもトランプ候補が言っている事でも証明されている。アメリカの製造業の衰退はウォール街が仕掛けた事でもあり、ウォール街は中国への投資を進めて、中国は世界の工場となった。

アメリカは自ら仕掛けた政策に対しての反動がどのようなものになるかの想像力に欠けており、金融立国でアメリカの恒久的繁栄を信じるようになっていた。アメリカにおいてはファンドマネージャーはスーパースターであり、数億円の年収を稼いでいた。そうなれば誰もが工場で油まみれになって働く事などばかばかしくてできなくなる。

日本でも財テクと称して、企業も個人も金融で稼ぐことがこれからのトレンドとしてもてはやされた時がある。80年代の日本はアメリカをしのぐような勢いがあり日本の恒久的繁栄が当たり前に思えていた時期だ。しかしバブルが崩壊して見ればその反動は大きく日本人はみんな鬱病になってしまったような気持になった。

アメリカも2008年のリーマンショックで、アメリカの投資銀行は無くなり、ほとんどのファンドが破たんしてファンドマネージャーは失職した。今のアメリカの金融業はかつてのような勢いは無くなり、スーパースターはいなくなった。日本の年金や大学はアメリカの投資ファンドに多額の資金を運用させていたが数百億円のカネは消えて無くなってしまった。

「株式日記」では、早くからサブプライムローンの破綻に警鐘を鳴らしていましたが、これはぐっちー氏の受け売りであり、映画の「マネーショート」でも早くからこの破綻に気がついていた人が居た。だから銀行から金を借りてCDSで大儲けをした人が居るのは事実だ。

ジョージソロスは今度は中国売りを仕掛けているようですが、イギリスのポンド売りで大儲けした人だ。アメリカ人から見れば中国のバブルは良く見えるが中国人たちは未だに7%成長が続くと信じている。中国の全人代では7%成長を続けると首相が演説した。

結局は、リーマンショックまでのアメリカのバブルも、最近までの中国のバブルも安全な投資先を探している世界の投資マネーが作り上げたものであり、永久に世界の投資マネーが入り続ける事は無く、いつかは売られて出て行かなければならない。日本のバブルの発生も日本の省エネ産業革命で世界の投資マネーを集めましたが、冷戦崩壊と共に世界の投資マネーは日本から引き揚げてしまった。ソ連を崩壊させたのは日本の省エネ技術だった。

ウォールストリートジャーナルの記事は、ウォール街の弁明とも取れますが、当時の金融システムの全貌を一つの映画で描く事は不可能だ。ウォール街が世界を金融で支配する事をしていたのは事実であり、2008年まではそれは実現しかけていた。しかしそれをサブプライムローンが打ち砕いた。正にウォール街の自爆テロであり、「マネーショート」はそれを描いている。




米国社会に根ざした『恐怖』と『失望』がトランプ旋風を巻き起こしており、
低学歴の白人中年世代で死亡率が急上昇していることが関係している


2016年3月5日 土曜日

トランプ旋風をドラッカーの処女作で読み解くと? 米国民は今どんな心理状態なのか 3月5日 藤和彦

?3月1日のスーパーチューズデーで米共和党のトランプ候補は11州のうち過半数で勝利をおさめ、同党の大統領候補に選出される可能性が高まった。

?知名度は高いものの選挙戦当初は「泡沫候補」とみなされていたトランプ氏が躍進している理由は「米国民の怒り」だと言われている。

?3月2日付ブルームバーグは「米国民は怒り心頭:トランプ氏善戦の陰には大恐慌以降の『最悪の景気回復』」と題する記事を発信した。全米の有権者は、1930年代の大恐慌以降で最悪の不況とその後の最も弱々しい回復を目の当たりにし、「貿易の影響で雇用が失われる」と猛然と攻撃するトランプ氏の主張に耳を傾けるようになったという。

?米国の製造業の就業者数は1999年末に1730万人を誇っていた。それが2015年末には1230万人に減少し、かつては30%を超えていた非農業部門の就業者数に占める割合も、現在では約9%となっている。その影響を最も受けたのは白人中年男性だとされている。

米国社会に蔓延している「恐怖」と「失望」

?世界的な言語学者であり、現代米国社会を厳しく批判しているマサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー名誉教授は2月25日、ハフィントンポスト米国版とのインタビューで「米国社会に深く根ざした『恐怖』と『失望』がトランプ旋風を巻き起こしており、低学歴の白人中年世代で死亡率が急上昇していることが関係している」と述べた。

?ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のアンガス・デイートン教授らの調査によると、中年層(45〜54歳)の死亡率は、フランスやドイツなど先進6カ国と米国・ヒスパニック系で低下しているが、それに対して米国・白人のみが1990年代後半から上昇している。その直接的な原因は自殺やアルコール・薬物中毒などである。背景には米国社会にストレスや抑鬱、絶望が広がっている兆候だと推測されている。

?1928年生まれのチョムスキー氏は「1930年代の貧困は今よりはるかにひどかったが、貧しい労働者や失業者には現在にはない希望があった。現在にはそれがない」と言う。その上で、「彼らの怒りは彼らを脅かす制度を解体しようとするのではなく、もっと多くの犠牲を払うような方向に向いている。欧州でファシズムが興った時と状況が似ている」と現在の米国への危機感を露わにしている。

?2月27日、メキシコのカルデロン前大統領がトランプ氏を痛烈に批判した。トランプ氏がメキシコからの不法移民を性犯罪者呼ばわりしたことを取り上げ、「ヒトラーがやったことと同様に社会の不安につけ込んでいる」と怒りをあらわにする。(後略)



(私のコメント)

トランプ氏の事については3月2日にも書きましたが、実際に本人に会った人によれば演説している彼とは全くの別人であり、おそらく計算づくの演技なのだろう。ぐっちー氏のブログでも本人に2度ほど会ったそうですが、洗練されたビジネスマンであり冷静で誠実な男だそうです。

少なくともオバマ大統領よりは真面であり、酒のたばこもクスリもやらないだけでも私と共通してる。本当に頭のいい男は酒もたばこもクスリもやらない。織田信長もテレビでは酒豪のような描かれ方をしている事が多いが、酒は飲まなかった。ヒトラーも酒タバコはやらず神経質で過剰なほど健康に気を使っていた。

もちろん酒は一滴も飲まないと言うのではなく、つき合いで飲まなければならない時もある。このような天才肌の男は能力を最大限に発揮するには酒やタバコは有害だと認識していたのだろう。トランプ氏は非常に体力的にもタフネスであり、プライベートジェットで全米を飛び回っている。

トランプ氏は非常に頭の切れる男であり優秀なビジネスマンであり野心家だった。だからやる事も計算づくであり大統領選挙も計算づくなのだろう。それでもリーマンショックでは大ダメージを負って倒産してしまった。

アメリカの変調は製造業の衰退にあり、1999年の1730万人から2015年には1230万人にまで減ってしまって500万人の白人中年男性の職場が消えてしまった。それは日本や中国やメキシコなどに工場が移ってしまったり日本製品に取って代わられてしまった。

トランプ氏の選挙ターゲットもそこに絞られているから、メキシコ国境に壁を築けとか、中国や日本の経済侵略を批判している。GMやクライスラーが倒産したのは日本のせいだと言う訳だ。これらの主張はアメリカの中年白人男性のブルーカラーには分かりやすい主張だ。

トランプ氏は優秀なビジネスマンだから本当の事は知っているのでしょうが、あえて白人男性の貧農層に受けそうな事を言ってマスコミを騒がせている。だから共和党の主流派やマスコミがトランプ攻撃をしても、それも彼の計算のうちなのだろう。

藤氏が書いているように、アメリカの白人男性のみが90年代後半から死亡率が悪化している。自殺やアルコールや薬物中毒でやられてしまっているのだ。おそらくこの事は日本にも起きて来るのではないだろうか。日本の男性の自殺や薬物の蔓延は広がり始めている。

現代社会に起きている一番の問題は、自動機械化やコンピューター化によって産業で人手は必要とされなくなり、それに代わるサービス業につかざるを得ませんが、ハンバーガーショップの店員とかウォルマートの店員くらいしかない。誰もが医者や弁護士になれるわけでもなく大学を出ても事務職に就けるわけではない。

トランプ氏はTPPにも反対しているが、アメリカ国民のほとんどがTPPの事を知らない。このような事はインテリにしか分からないからTPPで職場が奪われると演説すれば大喝采をする。分かりやすく言えばグローバリズムの否定ですが、世界的に市場閉鎖的な流れが生まれるだろう。




このように、スマホを使い過ぎると、テキストの読み方が
自然と“浅い読み”ばかりになり、集中力も低下してしまう。


2016年3月4日 金曜日

スマホ依存が人間の脳に与える2つの悪影響 3月4日 岸博幸

?兵庫県は、スマホ利用のルール作りを学校や保護者に求める条例を県議会に提出しました。この条例は今月成立する見通しですが、既に兵庫県以外でも幾つかの自治体が、小中学生のスマホ利用を午後9時までと制限しています。

?これらの動き自体は正しいと思いますが、子どものスマホ利用を制限する理由となると、スマホ依存が過ぎると朝起きられなくなる、学校の成績が下がるといった抽象的な説明に終始しており、ちょっと説得力に欠けると言わざるを得ません。そこで、今回はスマホ依存がもたらす本質的な問題点について考えてみたいと思います。

米国の研究で明らかになった
スマホがもたらす2つの影響

?米国での様々な研究からは、スマホの使い過ぎは二つの影響を人間の脳にもたらすと考えられます。

?第一は、テキストの読み方が“浅い読み”ばかりになるということです。

?人がテキストを読むとき、その読み方には“浅い読み”と“深い読み”の二種類があります。“浅い読み”とは、例えば電車の車窓から見える看板などの文字を読むときがそうであるように、無意識のうちに短時間でさっと読んで内容を認知はするけれど、特に記憶に残すこともないという読み方です。

?それに対して“深い読み”とは、じっくりと読む過程で、テキストから取得した新しい知識が読み手の個人的な知識や経験と統合され、新たな洞察を生み出すという読み方です。

?平たく言えば、“浅い読み”が受動的な行為であるのに対して、“深い読み”は能動的な行為であると言えるでしょう。

?そして、スマホでコンテンツを読む際の眼球の動きなどについての研究から分かることは、スマホ上でテキストを読むときは“浅い読み”が圧倒的になっているということです。

?第二は、スマホ上でのマルチタスクは人間の集中力を大きく低下させるということです。

?スマホを使う際にはマルチタスクが当たり前です。電車の中で熱心にスマホを使っている人の行動を見ると、様々なウェブサイトやブログを見て、友人のFacebookやTwitterの更新をチェックして、LINEで友人と会話して、YouTubeで様々な動画を見て、と大忙しです。

?それ自体非常に効率的に新たな情報を摂取しているように見えますが、逆に言えば、マルチタスクは一つの情報に集中することを妨げていると言うことができます。

?更に言えば、ウェブサイトに貼られているリンクをどんどんクリックしている人も多いですが、こうしたリンクはテキストの拾い読みを促進しています。検索サイトはテキストを断片化しています。動画サイトはたくさんの関連動画を提示することで動画のつまみ食いを促進しています。SNSはフォローしている友人の更新を教えることで、頻繁にチェックすることを要求します。

?要は、マルチタスク、そしてそこで利用可能な様々なネットサービスは、人間の集中力をどんどん低下させているのです。ページビュー数を増やしてこそ広告収入も増えるという今のネットビジネスの構造からは、一つのコンテンツに集中して長時間とどまるより、集中力を低下させて何度もアクセスさせるのが合理的ですので、これはやむを得ません。

?そして、人間の脳は環境への順応性が非常に高いということを忘れてはいけません。脳の基本構造はほとんど変わっていないにも拘らず、人間の思考や行動の方法は過去数千年の間に原型をとどめないほど大きく変化している位です。

?特にスマホを使っていると、視覚(コンテンツの閲覧)、聴覚(新着メールなどのお知らせや音楽)、触覚(画面のスクロール)と五感のうち3つを独占しますので、脳は容易にマルチタスクの環境に順応します。

?すると、脳は常に新たな情報やコンテンツという刺激を求めるようになってしまうのです。これが集中力の低下に他なりません。

スマホだけではなくネットも同じ

?このように、スマホを使い過ぎると、テキストの読み方が自然と“浅い読み”ばかりになり、集中力も低下してしまうという、人間の脳にとって望ましくない事態が引き起こされることになります。

?もともと人間は他の動物と同様に注意散漫でした。“浅い読み”が当たり前だし集中力もなかったのです。それは幼児の行動を見れば明らかです。(後略)



(私のコメント)

最近の電車に乗ると、ほとんどがスマホを見ている人ばかりであり、本を読んでいる人はあまり見かけなくなりました。私はスマホをほとんど持ち歩かないし、長時間電車の乗る時は本を持ち歩きます。千葉のアパートに行く時は往復5時間かかりますが本1冊読むのにちょうどいい時間です。

ネット環境はパソコンで間に合っているからスマホは使わない。パソコンなら20インチ程度のディスプレイを5台並べて表示させていますが、放送局のスタジオみたいな光景になっています。手のひらサイズのスマホでは表示が小さくてとても見る気になりません。

だからいまだにスマホの使い方は通話とメール以外は分からず、もちろん格安SIMのスマホを使っている。将来的にはスマホもパソコン並みの性能になり、マルチディスプレイも可能になりテレビに繋げて動画を見るのが主流になるでしょう。スマホでも4Kのスマホが発売されています。

岸氏が言うように小学生からスマホ三昧の生活をしていれば、スマホで読む内容は記憶に残らず使い読みが出来なくなる。精神集中力も無くなり1冊の本を読むような精神集中力がつかなくなるだろう。1冊の本を読むには数時間の集中力が必要であり、習慣づけていないと身につかない。

日頃から本を読んでいる人と読んでいない人との違いは話をしていても分かりますが、精神集中力を持っている人からはオーラを感じますが、本を読まずスマホでゲームばかりしている人には軽さを感じます。本を読む事ばかりでなく長い文章を書く事でも読む事の数倍の精神集中力が必要であり、「株式日記」を書く事に慣れるだけでも大変だった。

スマホでも短い文章は書けるが長い文章は無理だ。キーボードは付けられるが画面が小さいからスクロールがめんどくさい。スマホではとても数千文字もの文章書くことは不可能であり、考えをまとめて文章にする能力も身につかない。何度も読み返す事よりも自分で文章を書く事で覚える方が身に付く。

現在の学校では作文は国語の一部として教えられているが、自分の考えを文章にする能力は作文でしか身につかない。話し言葉では世間話は出来ても深い内容の話は文章にしてみないと論理的な展開が出来ない。何度も読み直しながら書かなければならないからだ。

スマホの一番の弊害はパソコンの利用を排除してしまう事であり、最近の若い人はパソコンが使えない人が多い。だから企業でも新入社員にパソコン実習をしなければならないほどだ。いずれはスマホとパソコンの違いは無くなり、最近ではスマホよりも小さなパソコンが売られている。

タブレットパソコンは外見上は大型スマホとほとんど変わらなくなっていますが、問題は使い方だ。最近では通話するよりもラインでのやり取りが普通になり、国会議員の不倫スキャンダルもラインからばれたらしい。酷い時には一日に400回もラインでやりとりしていたようですが、これでは国会審議も空洞化するわけだ。




銀行が土地を評価しないのは、バブル崩壊後の不良債権処理で頭取ら
が逮捕されたからだ。検察は「返せないことを承知で貸した」と主張した。


2016年3月3日 木曜日

銀行のトラウマで日本の土地は動かない マイナス金利と不動産編  3月3日 渡辺喜太郎

 100万円預金していたら、かつては利子で孫への小遣い銭ぐらいは出ていた。ところが、いまは10円そこそこ。確かに、こんな金利じゃ銀行に預けるより、消費や投資に向けたくなる。しかし…。

 日本銀行は民間銀行が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス0・1%の金利を適用した。民間銀行は顧客から預かった預金の一部を日銀に預けて金利を得ていたが、マイナス金利導入により、預けた金額の0・1%分を逆に日銀に対して支払うことになった。1兆円預けて10億円。この政策の狙いは、銀行の貸し出し金利をさらに低くして、消費や企業の設備投資を拡大させること。効果はあるのか。

 「バブルの生き証人」の私がかかわる不動産分野では、住宅ローンを借りたい人、不動産投資をしたい人にとっては朗報だろう。周囲にも「ミニ・バブル到来か」と喜ぶ人もいる。しかし、マイナス金利で銀行にたまっていたカネが世の中に回るのか

 日本では普通、銀行は土地と建物に抵当権を設定し、返済できないと抵当物件を処分して回収する。それでもローン残債が相殺できない場合、未払い分の返済を求めることになる。つまり、担保物件を売却処分しても借金が残ったら、債務者にはその後も返済の義務が生じる。これを「リコースローン」という。

 
一方、「ノンリコースローン」は返済が担保の範囲内に限定される。担保さえ出せば、借金残額は帳消しになる。その分、高めに金利が設定される。企業のメリットは、これまでの事業とは切り離して、新規事業の融資が受けられること。銀行も上乗せした金利で貸し付けることができる。

 米国ではほとんどが「ノンリコースローン」だ。日本でも「ノンリコースローン」が一般化すると、金の回りがよくなって、不動産市場の活性化につながるはずだ。しかし、この方法、日本では定着していない。銀行がリスクを負おうとしないからだ。

 知人が土地購入のために銀行から借りようとしたら、銀行は土地価格を安く見積もったうえ、半分程度しか貸さないという。銀行が土地を評価しないのは、バブル経済崩壊後の不良債権処理で頭取らが逮捕されたからだ。裁判で検察側は「返せないことを承知で貸した」と主張した。

 本来なら、銀行は企業に事業の収益性のプランを提出させて、それを正当に審査して貸すわけだが、この不良債権トラウマから、そういうことはほとんどしない。

 一方、日本は土地を差し押さえられても借金はチャラにはならないので、私たちの世代がバブル崩壊でひどい目に遭ったことを知る現役の経営者の多くは、「借金して土地を購入するのは、やめたほうがいい」と思っている。これでは、マイナス金利でも土地は動かないのではないか。

 ■渡辺喜太郎(わたなべ・きたろう) 麻布自動車会長。1934年、東京・深川生まれ。22歳で自動車販売会社を設立。不動産業にも進出し、港区に165カ所の土地や建物、ハワイに6つの高級ホテルなど所有し、資産55億ドルで「世界6位」の大富豪に。しかし、バブル崩壊で資産を処分、債務整理を終えた。現在は講演活動などを行っている。著書に『人との出会いがカネを生む/ワルの交遊術50』(仁パブリッシング)。



(私のコメント)

「株式日記」では日本とアメリカとでの銀行の融資制度に違いがある事を書いてきましたが、結局いくら日本が金融緩和をしても銀行は現金をブタ積みするばかりで金を貸そうとはしないからだ。銀行は不良債権処理で悪者にされて、担保を十分に取らないと不正融資で捕まるようになった。

しかし金の貸し借りは商行為であり、借りた金が返せなくなっても契約を守れなかったと言うだけで犯罪行為にされてしまう。確かに無担保無保証で借りれば不正融資の疑いは出ますが、ヤクザなどが銀行から無担保無保証で金を借りてドロンする事が横行した。

ヤクザが銀行から金を借りる事自体が暴対法で違反になりますが、銀行とヤクザの癒着は大きな問題となった。今でも融資先に暴力団員がいる事が問題になって銀行役員が捕まってる。私が経営するビルにも暴力団事務所が入っていた事がありましたが、銀行は政府保証を付けて5000万円金を貸して暴力団はどこかに消えてしまった。

銀行の融資の5000万円は政府保証で損害は無かったが、暴力団に5000万円与えた事になってしまった。しかし一度でも事務所に来て見れば暴力団事務所であることは分かったはずだ。暴力団が突然消えてしまったので後始末に苦労したが、最初は通信販売の会社で入居したのに金融の看板を出してはじめて暴力団だと分かった。

入居者が暴力団かどうかは社長本人を見て判断しなければなりませんが、社長が日本人なので貸したら実際は中国人の会社だったこともある。私は元々銀行員だったから銀行の体質をよく知っていますが、人を見て判断すべきを書類で判断してしまう。人相などは誤魔化せないが書類はいくらでも誤魔化せる。

銀行員は人で会社を経営した事が無いから、会社の事業計画を良し悪しを判断する事は難しいだろう。最近では世界の経済情勢まで見て判断しなければなりませんが、銀行員は夜遅くまで仕事をしているので情報収集には疎いところがある。「株式日記」を読んでいればリーマンショックだって予測できたはずだ。

政治家たちだって経済の最前線の事が分からないからズレテいますが、「株式日記」でいろいろ書いても政治家にはなかなか伝わらない。本来ならば渡辺氏が書いているように銀行もリスクを取って融資すべきと思いますが、日本の銀行員は事業計画が判断できない人が多い。だから担保や保証人を取り条件が整わないと貸さなくなった。

商業用の土地などはバブル崩壊で10分の1になってしまったから、検察などは「返せないことを承知で貸した」と起訴されてしまう。しかしバブル崩壊の責任は政府日銀にあり、銀行がバブルを作ったわけではない。80年代半ばに景気が過熱しているのに日銀は金融をなかなか引き締めなかった。ブランクマンデーなどでアメリカから圧力があったからだ。

これからの日本の銀行は渡辺氏が言うようにノンリコースローンで、金利を高めにとってリスクを取りながら経営するようにすべきだ。だから事業意欲があり事業計画を立てても銀行がノンリコースでは金を貸さないから、日銀の金融緩和も効果が出ない。政治家も銀行も経済の最前線が分からないから判断できないのだ。




日本のメディアには、トランプ氏の事を暴言王の頭の悪い
成金というような扱い。実際のトランプ氏は真逆だと思います。


2016年3月2日 水曜日

インテリ評論家を倒したトランプを、もう誰も倒せない 3月1日 渡辺龍太

本日、3月1日はスーパーチューズデーで、アメリカの大統領選の予備選・党員集会がテネシー州、ジョージア州など11の州で行われます。したがって、トランプ氏が共和党の大統領候補になるかどうかの、ヤマ場となる日です。

最近、私はアゴラで トランプが人気の秘密は弱者を対等に扱うからトランプはオバマ大統領よりもマトモな人物だ といった、トランプ氏に関する記事を書いてきました。賛否あるでしょうが割と関心が持たれているようなので、今回も現在のアメリカの動向について、日本の主要メディアとは全く違った視点で書いてみたいと思います。

私は以前、トランプ氏の支持率が高い、南部のテネシーやジョージア州で暮らしていた事があります。なので、南部の一般的な白人と深く関わった事があるため、彼らの考え方は割と理解しています。

そして、数日前、今も付き合いのある主にテネシー在住のアメリカ人に、今回の選挙について色々と話を聞いてみました。その結果、もうトランプ氏の勢いは誰にも止められ無いのでは無いかと感じました。

そう感じた1番の理由は、トランプ氏がすでにインテリ評論家を倒してしまった事です。実際に投票が始まるまで、多くの政治評論家はトランプ氏が躍進する事はありえないと論じていました。しかし、蓋を開けてみると、トランプ氏の勢いは本物だったわけです。

実際、トランプ氏はネバダ州で、「評論家の話を聞いていると、われわれは大勝する見込みがなかった。(しかし)われわれは今、勝って勝って勝ちまくっている」と、ほぼ勝利宣言の様なスピーチを行いました。

その結果、トランプ氏の支持者は「ひょっとしたら、トランプ氏がアメリカを変えるかも!?」という期待感から一歩前へ進み、「誰も実現できないと思っている事をする人物だ」と感じ始めている雰囲気があるようです。

また、そう感じて燃え上がるトランプ支持者に燃料を注ぐのが、大手メディアなどのトランプ批判です。例えば、ワシントン・ポストは、トランプ氏の独走を阻止すべきという社説を書きました。

こういう社説に対して、トランプを支持する田舎の人は、「所得、学歴などに関係なくアメリカ人なら誰でも選挙権があるはずなのに、インテリはポピュリズムという言葉を使って、自分たちの支持する候補以外を大統領にさせないよう、普通選挙制度を壊そうとしている」と感じなくもないようです。

彼らがそう感じる理由の一つに、しばらく、アメリカの都会のインテリ層が、田舎の一般庶民を無視するような態度を取り続けてきた事があります。

例えば、リーマンショックだって都会のインテリ層が引き起こしました。そして、リーマンショックを引き起こした張本人のウォール街には政府の資金が注入された一方、一般庶民には自己責任とされて大きな傷を負った人が大勢いました。

また現在、低賃金で働く不法移民に職を追われて、困っているアメリカ人の庶民が大勢います。その結果、職を失ったり所得が減ったアメリカ庶民の中には、病気になっても医療費が払えずに、病院から警備員に追い出されたり、自己破産してしまったりするほど追い詰められている人がいます。一方で、低賃金の不法移民を雇う事で、大儲けしているインテリ層がいるわけです。

そんな現実に直面している困窮している市民とっては、都会の不法移民に同情的な論調が「都会のインテリは人権ウンヌンと言ってるけど、結局は安い労働力で使える移民を使って金を儲けたいだけなんだろ!」とか、「法律を守る善良なアメリカ国民の最低限度の人権が脅かされてるのに、法律を守らないで入国した移民の人権の方が大切なワケがないだろ!」と、インテリ層が人権という言葉を振り回して、庶民の富を搾取しようとしているだけにしか映らないのです。

そんな風に思っている庶民が、都会の大手メディアによるトランプ氏の不法移民の強制送還論について、「(旧ソ連やカンボジアの)スターリンやポル・ポト以来の強制措置だ」とまでの強い批判を耳にしても、不法移民に同情的にはならないのは当たり前です。むしろ、もっとトランプ氏を支持しようと思うくらいだと思います。

日本のメディアには、トランプ氏の事を暴言王の頭の悪い成金というような扱いをまだしている雰囲気があります。それは、見識が狭すぎるのではないでしょうか。実際のトランプ氏は真逆だと思います。

実はトランプ氏は暴言によって、インテリ層を油断させつつ道化を演じ、常にインテリ層が支配するメディアの話題の中心に君臨しています。しかし、実はインテリにとっての嘲笑の的となる発言により、割と貧しい庶民の支持を強固に集めるという巧みなメディア戦略を編み出した、恐ろしく頭のキレる人物だと私は思います。

今回の記事では深く書きませんが、今までトランプ氏が不動産の開発許可を政府から得るために、メディアを巧みに使ってきた手法を考えると、そうとしか考えられない気がします。なので、もし大統領になっても、色々な奇策が飛び出すのではないでしょうか。というわけで、今晩の選挙の結果は、いったいどうなるのか、非常に楽しみです。


(私のコメント)

私は2月4日の「株式日記」ではルビオ氏が本命だろうと書きましたが、トランプ氏の勢いは止まらない。スーパーチューズデイでも大勝していよいよ本物になってきました。アメリカの政治評論家たちもトランプはいつかは失速すると見ていましたが、その予想は外れている。

トランプ氏が暴言を吐けば吐くほど支持率が高まっている。アメリカのマスコミはトランプ候補を叩いていますが、効果は上がっていない。かつてはアメリカも日本もマスコミが世論を作って来ましたが、ネット化社会になってマスコミ論調は力を失っている。

普通ならマスコミが叩けば人気が失速して予備選挙から脱落するのが当たり前だった。アメリカの共和党支持者はなぜトランプを支持するのだろうか? 共和党の本流の言いなりにもなりそうも無く、カネで操るにもトランプ氏にはカネがもともとある。だから言いたいことが言える。

この背景には、ブッシュ大統領が始めたイラク戦争に対する批判もあるし、オバマ大統領が行った大金を使ってのウォール街救済にも批判が高まっている。アメリカの政治はウォール街のカネによって動かされてきた面がありますが、トランプ氏は不動産王であって金融屋ではなりません。

このようなトランプ氏を支持するアメリカは真面ではないと思いますが、アメリカの大衆は既成の政治家に飽き飽きしているようだ。だから政治に全く関係の無かったのトランプ氏を支持しているようだ。流れが変わって来たのはリーマンショックからであり、ウォール街はかつてのウォール街ではない。

産軍複合体もイラク戦争で失敗してアメリカ国民の批判を浴びている。それで弟のブッシュ候補も早々と辞退に追い込まれましたが、アンチウォール街やアンチ産軍複合体の国民がトランプ氏を支持している。だからそのトランプ氏が攻撃されればされるほど支持が高まり打つ手がないような状況だろう。

テレビでは早くもクリントン対トランプの戦いを想定していますが、暴言王のトランプを既成政治家のクリントンが止められるのだろうか? 早くも共和党内にはトランプ氏に同調する人も現れましたが、選挙スタッフを固めてくればトランプ氏は暴言を止めるのだろうか?

渡辺氏の記事では、トランプ氏は酒もタバコもドラックもやらず受ける印象とはだいぶ違った人物であり、頭のいい切れ者らしい。 アメリカでは差別主義者と思われれば政治生命を失いますが、トランプ氏の暴言はそれに対する当て付けなのだろうか。ローマ法王からの批判も命取りにはならなかった。

今回の大統領選挙では今までの常識が通用せず予想がつかないが、アメリカが抱えている問題は既成政治家には手が付けられず、トランプ大統領でなら出来ると見ているのだろう。ヒラリー大統領なら産軍複合体とも縁が深いから予想が出来ますが、トランプ大統領だと本音が分からないから予想がつかない。




もし消費税を創設しなかったら、現在の日本のGDPは700兆円
や800兆円で、公的債務は400兆円以下だったかも知れません。


2016年3月1日 火曜日

消費増税先送りの公算高まる 消費税創設がバブル崩壊、デフレ不況の原因だった 2月27日 世界のニュース トトメス5世

安倍首相と官邸は、消費増税に関する発言を微妙に訂正し、2017年の増税見送りを検討している。

消費税は1989年に創設されたが消費不況がバブル崩壊の原因を作り、増税するたびに税収を減らしました。


財務官僚だけを気にする安倍首相

安倍首相と政府が消費税先送りに向けて動いていると報じられています。

今までは消費増税を延期する条件として、「リーマン・ショックや大震災のような重大な事態」を挙げていました。

現在は「世界経済の収縮」を延期条件に加えて発言しています。

最近の国会答弁では「予定通り消費税を引き上げる」を連発しているものの、一方で世界経済が縮小しない限り、と付け加えている。

世界経済の状況などを専門的見地から分析し、その時の政治判断で決めると、衆院財務金融委員で発言している。)

衆院総務委員会で株価、市場変動、実体経済への影響を含めて検討する、と急に検討事項を増やしている。


その経済はどうなっているかと言えば、2014年は消費増税のせいでマイナス成長、2015年は(ほぼ)ゼロ成長だった。

2015年の第三四半期と第四四半期は連続してマイナス成長で、安倍首相就任以来プラス成長は7期、マイナス成長が5期だった。

これほど酷い総理大臣を見た事がないし、民主党はおろか戦後の混乱期を除いて一人も居なかったのではないだろうか。


加えて円安によって、野田政権末期よりドル建てGDPは20%から50%もマイナスに成ってしまっている。

全て消費増税のせいだとは言わないが、半分は消費税のせいであり、99%まで安倍首相の間違った政策のせいです。

2014年の消費増税では消費が大きく落ち込んでGDPマイナス成長の原因を作りました。



問題の先送りより消費税廃止

消費税そのものでは税収があった訳ですが、日本全体では消費不況によって、増税前よりも税収が減少します。

「アベノミクス」の株高によって株関連の税収が増えましたが、消費税を増税しなければもっと税収は増えました。

消費税増税によって経済を悪化させ、消費を落ち込ませ、目的だった税収も減らしてしまったのが消費増税でした。


消費税を導入したのは1989年とバブル崩壊の2年前で、増税の結果経済が急激に縮小して崩壊の一因を作りました。

翌年の1990年をピークに税収は減少に転じ、税収が減ったので日本政府は公共事業などを削減し始めました。

ところが公共事業を削減すれば当然、その分日本のGDPは縮小し、公共事業による税収も減ってしまいました。


こうして税収減少のメルトダウンが始まり、政府は減った税収を補う為に、1997年に3%から5%の消費増税を実施しました。

増税前の試算では税収が4兆円増えるとしていたが、実際にはたった1年で税収が4兆円以上減少した。

消費税で消費が縮小した結果、GDPが減少し税収も減少するという、1989年の時と同じ結果を引き起こしました。


2回の増税によって日本は少なくとも、毎年8兆円以上の税収を減らした訳ですが、1989年から累計すると25年間で200兆円に達します。

これに金利が付くので少なくとも240兆円程度の借金を、消費増税だけで作ってしまった事になります。

安倍首相は2014年に8%に消費増税しましたが、この年日本経済は名目マイナス0.3%成長でした。



消費税なければ日本はどうなっていたか


日本のGDPは約500兆円なので0.3%は1.5兆円を失った事になります。

1989年に消費税を導入しなかった場合、毎年少なくとも1%以上はGDPを押し上げたとすると、25年間で30%近くにもなります。

すると現在の日本のGDPは500兆円ではなく650兆円近くあった筈で、日本の借金は1000兆円ではなく700兆円台だった筈です。


しかもこの数字は消費増税、消費縮小、政府支出削減、さらに税収減少といった負の連鎖反応を考慮していません。

するともし消費税を創設しなかったら、現在の日本のGDPは700兆円や800兆円で、公的債務は400兆円以下だったかも知れません。

消費税はどう考えても「延期」ではなく「廃止」するしかない最悪の物です。



(私のコメント)

確定申告のシーズンですが、「株式日記」での読者で確定申告をしている人は僅かでしょう。だから消費税の実態の酷さを書いても反応は薄い。買い物をすれば消費税をその都度支払いますが、最終的に税務署に支払っているのは事業者であり消費者ではない。

消費税は売り上げに対してかかるのであり、利益にかかるのではないから赤字でも税金を支払わなければならない。だから税金の滞納額でも断トツに多いのが消費税だ。この事からも消費税が悪税であることが分かりますが、財務省は消費税増税に血眼だ。

所得税や法人税は利益にかかるので滞納される事は少ないのですが、利益から税金を取るのが筋だ。昨日も書いたような消費不況では8%の消費税を上乗せしただけでもそれだけ売り上げが落ちる。可処分所得が増えていないからだ。しかし財務省のバカ役人はその事が分からない。

「株式日記」の管理人の名前を公表しないのは税務署に睨まれるからであり、以前名前を公表したら税務署から「おたずね」が来た。もっとも不動産賃貸業は売り上げの誤魔化しが出来ないから調査したところで脱税のしようがない。現金商売なら誤魔化せるのでしょうが、振込だからどうしようもない。

今年は不動産業だけ消費税が増税になり、今まで50万円だった税金が60万円になってしまう。簡易課税制度では今までは控除が50%だったものが40%に減らされてしまった。しかし一般の人ではこの事は知る由もない。それで税収が増えていればいいのですが、増税→不況→税収減→増税のイタチごっこだ。

消費税を増税しても全体の税収が増えないのは元記事のグラフでも明らかですが、消費税が出来る前は税収が60兆円あったものが40兆円台にまで減ってしまった。消費税を増税した結果不況になり所得税や法人税が落ちてしまった。増税には限界があり限界ラインを越えてしまうと増税しても税収は増えなくなる。

税金は鳥と卵の関係であり、卵を沢山取るためには鳥を増やして肥やさなければならない。しかし財務省のやり方は業者を倒産させて鳥を減らしているようなものだ。消費税不況の為に会社倒産やリストラで自殺した人は数知れず、その怨霊が財務省香川俊介事務次官に祟っている。おそらくあの世ではさぞかし居心地が悪い事だろう。


香川俊介前財務次官が死去 消費税増税に尽力 2015年8月10日 産経新聞

前財務次官の香川俊介(かがわ・しゅんすけ)氏が、死去したことが9日分かった。58歳。

 平成24年の自民、公明、民主の3党合意による「社会保障・税一体改革」の推進を支え、昨年4月の消費税率8%への引き上げのほか、法人実効税率の引き下げに力を尽くした。

 東大卒業後、昭和54年に大蔵省(現財務省)入省。官房長、主計局長を経て、平成26年7月から財務次官を1年間務め、先月に退官した。




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