株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎え
がきたら、早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、急ぐなといえ。


2015年8月15日 土曜日

不良老人でいよう 女好きな経営者は元気で会社もうまくいく  8月13日 渡辺喜太郎

 昔から暑さに強く、炎天下にゴルフをしても平気だった。しかし、さすがに81歳になると、この猛暑はこたえる。それだけではない。80代になって、特に感じているのが、70代に比べ、女性に興味を持てなくなってしまったこと。

 先日、仲よくしている大手企業の社長からナイト・クルーズに誘われた。その社長所有の船には若い女の子がけっこう集まっていた。社長は私より10歳以上年下。「女性を追いかけなくなったら、終わりですよ」と女性への好奇心は旺盛だった。10年前の自分を見ているようだった。

 いろいろな経営者とおつき合いさせてもらったが、私の知る限り、いつまでも女好きな経営者は、年を重ねても元気だ。そして、会社経営もうまくいっている。

 金融出身で、潰れそうだった会社を業界トップクラスに引き上げた某一部上場企業の経営者は、80歳を超えても役員を続け、ほぼ毎日出勤していた。この人は60歳前後で40歳年下の神楽坂の芸子を身請けし、以後、長きにわたって面倒をみていた。

 そして、80代になっても、会うたびに「渡辺クン、月イチぐらいはちゃんとできるよ」と豪語していた。

 
また、某病院の院長は80歳過ぎても週2回はゴルフをし、背中もまったく曲がってない。最上階にある院長室に行くのにもエレベーターを使わない。この人も、若いときから、女性には目がなく、いまも「女性が元気の源だよ」と語っている。こういう人は、見た目も頭も若い。

逆に、女性に対してまじめだった人は、老けるのも早い。某巨大メーカーの社長で、奥さま一筋、浮いた話ひとつなかった人が、晩年、病に倒れて入院した。世話になった私は、すぐに見舞いに行った。

 そのとき、この人が病院の廊下をヨレヨレになって歩くのを目撃して、思わず目をそらした。本人もこんな姿を見せたくなかったと思う。この人は学生時代からスポーツで体を鍛えていた。それなのに…と、少し悲しかった。

 私たちの年齢になると、自然食品がいいとか、無理をしない枯れた生活がいい…という考えに向かいがち。しかし、少しはスケベおやじのニオイを漂わせたほうがいいんじゃないか。「あいつ、いい年をして、恥ずかしくないのか」と後ろ指を差されるぐらいがいいんじゃないか。

 江戸後期の禅僧で画家の仙●(=がんだれに圭)(せんがい)和尚が唱えた教えがある。

 「60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎えがきたら、早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、急ぐなといえ。100歳で迎えがきたらぼつぼつ考えようといえ」。事務所の壁に張っていたが、これに「いつまでも不良老人でいよう」を加えたい。

 ■渡辺喜太郎(わたなべ・きたろう) 麻布自動車会長。1934年、東京・深川生まれ。22歳で自動車販売会社を設立。不動産業にも進出し、港区に165カ所の土地や建物、ハワイに6つの高級ホテルなど所有し、資産55億ドルで「世界6位」の大富豪に。しかし、バブル崩壊で資産を処分、債務整理を終えた。現在は講演活動などを行っている。著書に『人との出会いがカネを生む/ワルの交遊術50』(仁パブリッシング)。



(私のコメント)

「株式日記」では有能な人ほど独立自営を勧めていますが、独立自営業にはサラリーマンとは違って定年が無い。男の人生は60歳からが華であって、生活も安定して金も使い放題で遊び放題ならば天国だろう。私もビルのローンがもうすぐ終わるので、そうなればカネの使い道に困るだろう。

私は結婚はしていないので、若い女の子と遊んでも誰も咎める人はいない。現代ではカネさえあれば、いくらでも若い女の子と遊べるし、バブルの崩壊で愛人の相場も下がって来て5万10万でも愛人になる女性が沢山いる。女性の方も掛け持ちすれば真面目に働くよりもはるかにいい収入になる。

最近では、「交際クラブ」と言うお金持ちの男性と若い女性を紹介するクラブが沢山出来ていますが、安いクラスなら入会金が2万円でセッティング料金も2万円だそうです。最高級となると入会金が30万円でセッティング料金が10万円になるそうですが、風俗に通うよりかは安くつく。

若い時に結婚して子供も出来てしまうと、生活に追われてサラリーマンでは一生がうだつの上がら無い人生を送る事になる。結婚して共稼ぎで疲れ切ってセックスレスになったといった人生相談を見ると気の毒になる。私も銀行員時代は20歳代でも疲れ切ってセックスレスに近い状態だった。

更に住宅ローンなどの長期の負債を抱えると、一歩間違えばホームレスに一直線だ。それに比べれば独立して起業すれば上司に怒鳴られずに済むし時間も自由になる。事業が軌道に乗れば、結婚してもゆとりの生活が出来て、年金などの心配も無く老後の生活も安泰だ。

渡辺喜太郎氏も麻布自動車の会長で不動産業界の帝王と呼ばれた人で、世界の長者番付でも5位になった大富豪だ。渡辺氏によれば70代まではバリバリ現役であり女の子を追いかけ回していたそうです。私もあやかりたいものですが、金が無い事には遊べない。

デリヘルや愛人クラブのサイトを見ると若くて美人の女の子が沢山登録されていますが、現代ではお金さえあればいつでも彼女たちと遊べる。結婚して不倫騒ぎするくらいなら、別れて遊んだ方が良いと思うのですが、結婚すれば只で出来ると考える事が間違いの元だ。

もちろん理想の女性と巡り合えて一緒になりたい思えば結婚すればいいのですが、そんな女性は現代ではなかなか見つからなくなりました。見た目は抜群でスタイルも外人並みになり、アダルトビデオではどうしてこんなにかわいい子がわずかなギャラでAVに出るのかと思う。

外見の可愛さとは逆に我がままで性格も悪い娘が多くなり、こんな娘と結婚したら人生もお終いだ。それでもカネさえあれば割り切って遊べばいいのだと思う。以前は「たかじん」の嫁さんの事を書きましたが、カネさえあれば財産目当てで寄ってくる若い子が沢山いる。

それはそれでいいと思うし、「たかじん」も「さくら」さんを財産目当てと見抜いていたから遺産相続では全財産ではなく一部に限ったのだ。遺産のほとんどは学校などに寄付したそうですが、それを放棄させようと百田氏が動いた。それでも「さくら」さんは多額の遺産を手にしたのだ。

百田氏の「殉愛」は一種のファンタジーであり、「たかじん」も「さくら」さんを財産目当てと見抜いていたから結婚は最後まで延ばした。実の娘もいたが絶縁状態で遺産騒動で揉めている。現代では若くて美人で心優しい女などいるわけがなく、割り切って遊ぶしかない。




今後も断続的に切り下げ幅を拡大させなければ十分な効果
は得られない。今後も断続的に切り下げられる可能性が高い。


2015年8月14日 金曜日

突然の「人民元切り下げ」は何を意図しているのか? 〜マーケットの反応と中長期的な展望 8月13日 安達誠司

人民元は今後も断続的に切り下げられる

8月11日、中国人民銀行は対ドルレートでの事実上の人民元切り下げを発表した。市場関係者にとって、これは全く予想外の出来事であり、この日、世界の株式市場はほぼ全面安の展開となった。

7月9日付けの同コラム(『ギリシャ問題よりもっと怖い!「中国株バブルの崩壊」』)で、筆者は、中国の政策当局が、中国株の暴落を起点とした金融危機を未然に防止するためには、中国人民銀行による量的緩和(QE)政策が必要であり、そのQE政策が効果的に機能するためには、人民元の(大幅)切り下げが実施される必要があると書き、切り下げの可能性がある点を指摘した。

統計で確認することは困難だが、今回の人民元切り下げに先立って、すでに中国人民銀行は、QE政策を実施しているとの話が一部から伝わっていた。筆者が伝え聞くところによると、中国人民銀行は政府系の金融機関に対して、地方債の購入を通じて資金を供給し、政府系の金融機関は、その資金を政府系のファンドに融資し、政府系金融機関が中国株を購入することで、株価を下支えしている。そして、その規模は現時点で1兆元に達し、不十分であれば、さらに4兆元程度まで上積みする腹積もりであるらしい。

つまり、このようなQE政策が機能するためにも、中国当局は、人民元の切り下げを行う必要があったのだと考える。いくらQE政策を拡大させても、為替レートを固定したままでは、中国当局は非不胎化介入を余儀なくされ、流動性供給は相殺されてしまうからである。

株式市場に直接、資金が注入されたとしても、別のところで資金が吸収され、それが信用収縮を起こしてしまえば、瞬く間に株価に波及してしまう。このところの中国株市場が非常に高いボラティリティを伴って上下動を繰り返している理由は、そこにあったのではないだろうか。

そう考えると、今回の人民元レートの切り下げは、うまくいけば中国株市場のボラティリティを幾分低下させる可能性がある。ただし、昨日の切り下げ幅はわずか2%なので、今後も断続的に切り下げ幅を拡大させなければ十分な効果は得られないだろう。よって、逆にいえば、人民元は今後も断続的に切り下げられる可能性が高いと思われる。

今回のマーケットの反応は「条件反射」

ところで、人民元レートの切り下げに対する昨日の市場の反応は、筆者の考えとは裏腹に、全世界的にネガティブなものであった。

その反応の理由としては、以下の2点が指摘されているようだ。

1) 人民元切り下げによって、中国経済の低迷が再確認されたこと
2) 人民元安による自国の輸出への悪影響(通貨高懸念による輸出減)

1)については、今回の切り下げ自体とは直接的な関係はない。当コラムでたびたび指摘してきたように、中国経済の潜在成長率の低下(従来の実質10%超の"高度経済成長路線"から3〜4%程度の"安定成長路線"への転換)は経済の発展段階から考えて「必然」である。しかも、これは、経済のサプライサイド(供給要因)から生じる「構造問題」であり、財政出動や量的緩和といった金融政策でこの流れを止めることはできない。

この点は、多くの市場関係者は理解済みかと思っていたが、海外も含め、市場関係者の多くが、いまだに中国経済の「需要サイド」のみを重視しており、単純な景気循環ばかりに目を向け、金融財政政策による景気の底打ちを期待している点は、筆者にとってはある意味、驚きであった。

中国経済についての短期的な問題は、高度成長から安定成長への移行期において、過剰な資産価格変動による構造調整の増幅を如何にして軽減するかという点であり、その意味では、人民元の切り下げは本来、プラス要因となるはずである(一方、財政支出拡大の効果は極めて小さいはずである)。

次に2)についてだが、日本の場合、2015年1-6月期において、人民元建ての輸出比率は全体の0.8%、輸入比率は0.7%に過ぎない。よって、今回の人民元切り下げが直接、貿易、ひいては輸出産業の業績に大きな影響を及ぼすとも考えにくい。

また、人民元切り下げによる中国企業のドル建て債務負担の増加とデフォルトリスクの拡大を懸念する声も聞かれる。だが、これが理由で、中国株市場が再び崩れた場合、中国人民銀行は、企業の社債を購入することによってQE政策を拡大させればいいのであって、現時点で大きな懸念材料になるか否かは疑問である。

以上より、今回の人民元切り下げに対するマーケットの反応は、「条件反射」的な側面が強く、中長期的なスタンスをとる投資家は、この動きに追随せずに冷静に対応した方が良いのではないかと筆者は考える。(後略)



(私のコメント)

中国の突然の人民元の切り下げは、アジア諸国の通貨切り下げに直結している。アメリカに対する影響も大きなものであり、アメリカの貿易赤字の72%は中国からのものだ。だからアメリカから見れば人民元はまだまだ切り上げて行かなければならないはずだ。しかし中国はアメリカの言う事は聞かない。

中国は再び元安で輸出をテコにして景気の拡大を目指すようですが、人件費の上昇や資材の高騰などでコスト高になっている。どうせななら為替を自由化すれば金融緩和によって自動的に人民元安になるはずですが、管理通貨制度の元では自動調節は効かない。

先進国となるためには情報の公開と金融の自由化や自由貿易体制を取らなければなりませんが、中国はいずれも対応が出来ていない。共産党一党独裁体制と資本主義とが相容れない面がある。天津では大爆発事故がありましたが、ロシアにおける倉庫の大爆発事故を連想させる。

日本でも工場の大爆発事故がありますが、熟練工が解雇されて未熟な工員に代わって操作ミスや管理の未熟さが事故を引き起こす。天津では化学物質に水を掛けて二次爆発を引き起こしたようですが、安全対策で不備があったのだろう。

独裁国家では何から何まで中央統制だから、末端組織では自由な対応が難しい。金融も中央統制であり為替相場も政府や中央銀行が決める。判断が遅れれば景気の後退や株価の暴落が起きてしまう。情報の公開が十分でないからどうしても自由化された国と比べると対策が遅れる。

「株式日記」でも中国は7%成長では無くてゼロ成長に近いのではないかと書いてきました。中国政府はそれに気がついて人民元の切り下げに踏み切った。株式市場も情報を操作して株高に持って行きましたが、景気が後退しているのに株高では無理が出る。

株価の暴落にも100兆円規模で買い支えをするようですが、独裁国家でも株価の操作には限界がある。金融緩和して金をばら撒いても人民元が固定相場では市場が機能しない。人民元が相場に対して高いか安いか分からいでいれば為替市場で歪が出る。

遅ればせながら人民元の切り下げに踏み切りましたが、投機筋が先物を売って中央銀行が買い支える結果になる。だからまだまだ人民元は細かく切り下げが続くだろう。政府はこの投機筋を取り締まろうとしていますが「悪意がある」と見ている。

中国は日本などの先進国の金融政策を十分に研究して対策を打っているのでしょうが、このような状況では先進国に追いつくことは出来ても追い越すことは出来ない。さらにアメリカと中国の特殊な関係は、中国が期待を裏切ればアメリカは見えない形で手を打ってくる。

今まではアメリカの思惑で人民元とのリンクが認められてきましたが、巨額な貿易赤字が続けばアメリカは人民元の切り上げを要求してくる。中国が切り上げないのなら日本やEUやアメリカが切り下げて来て来る。今回の中国の切り下げは世界の切り下げ合戦につながりかねない。

中国が人民元の切り上げに耐えられないのは、資本も技術も先進国から与えられたものであり、価格の安さしか世界と競争が出来ないからだ。輸出で外貨を稼いで、外貨を元に代えて国内に流通させてきた。それが逆流すれば中国国内はカネ詰まりとなり不況になる。

それをカバーするためにAIIBや株高で投資を呼び込もうとしましたが、中国は在庫が積み上がり過剰生産が問題になっている。天津に工業材料が山積みになっていたから爆発事故が起きた。傍では売れない自動車が燃えていましたが、それが過剰在庫だ。




新国立競技場以上に愚策なのは、1兆円もかけて400キロに
及ぶ高さ15メートルの防潮堤建設であり、現代の万里の長城だ


2015年8月13日 木曜日

海の見えない復興でいいの 総延長400キロの「巨大防潮堤」は総事業費1兆円 8月11日 木村正人

[福島県、宮城県、岩手県]岩手県から宮城県、福島県まで総事業費約1兆円、計約600カ所、総延長400キロメートルの防潮堤が建設される。400キロメートルと言えば直線距離にして東京―大阪間に匹敵する。そこに最大高さ15.5メートルの防潮堤を築く計画だ。

津波で1万8466人(警察庁調べ、7月10日現在)の死者・行方不明者を出した東日本大震災を受け、内閣府の中央防災会議は数十年〜百数十年に一度の津波をレベル1とし、海岸防潮堤や海岸防災林で防ぎ、東日本大震災のような数百年から千年に一度の巨大津波をレベル2とし、避難を軸とする津波対策をまとめた。

津波で防潮堤がすぐには壊れない「粘り強い構造」を持たせるため、人工的に大きな台形の土手を造るよう国から指示が出された。

レベル1の1896年の明治三陸地震、1933年の昭和三陸地震、1960年のチリ地震の津波からそれぞれの地域ごとにシミュレーションを実施して、津波を防げる防潮堤の高さを算定した。

津波が防潮堤にぶつかった際のせり上がりを想定して、防潮堤の高さを設定する。岩手県では高さ6.4〜15.5メートル、宮城県で2.6〜14.7メートル、福島県では7.2〜8.7メートルの防潮堤が造られることになった。

水色が被災前の堤防の高さ(岩手県は被災前の計画の高さ)を示しており、赤線で囲まれた枠が新しく建設される堤防の高さを示している。黄色の丸印は東日本大震災の津波の高さ(堤防付近で測定)だ。

福島県南相馬市の建設会社「石川建設工業」の石川俊社長と海岸線を見て歩いた。「福島県では新しい巨大防潮堤の計画はなく、以前の堤防に1メーターのかさ上げ(原発周辺は2.5メーター)が計画され、6.2メートルから7.2〜8.7メートルになりました」

「福島の場合、地域住民も避難者も防潮堤に反対や懸念を示す人はいません。もともとあったものの改良だからです。相馬の漁港地区や沿岸部の住民はむしろ『低すぎる』という人も多くいます。どちらかというと、防潮堤裏側の防災林・防災緑地の工事について本当に必要なのと思っている人の方が多いと思います」と石川社長は言う。

360億円の巨大防潮堤で守られるのはわずか37億円

しかし、岩手県や宮城県ではそれぞれ事情が異なる。岩手県では最大2.4倍、宮城県では最大6.5倍というかさ上げとなることや一部の地域で住民との合意が十分でなかったことが背景にある。

宮城県七ヶ浜町の編み物クラブ「ヤーン・アライブ」でメンバーの主婦、星まゆみさん(54)らから話をうかがった際、「防潮堤で逆に海が見えなくなって、怖い」という不安の声が聞かれた。

宮城県気仙沼市の小泉海岸。松原の前に白い砂浜が広がり、絶好の海水浴場だった。サーフィンにも最適で、「白砂青松100選」や環境省の「快水浴場百選」に選ばれたこともある。しかし東日本大震災の影響で現在も休業している。

小泉海岸は東日本大震災で高さ20メートルもの津波に襲われた。同地区の小泉海岸では海岸線が200メートルも後退し、松原や砂浜が消失した。そこに高さ14.7メートル、底辺90メートルの巨大防潮堤を建設する計画が進んでいる。

しかし、「総工費226億円をかけて巨大防潮堤を建設しても、守ることができるのは国道や農地など約37億円だ」という問題点が東京大学公共政策大学院のレポートで浮かび上がった。住宅は高台に移転されるため、防潮堤で何を守ろうというのかはっきりしない。建設費は建設資材や人件費の高騰でさらに6割増し(約360億円)になるという。

「小泉海岸及び津谷川の災害復旧事業を学び合う会」の阿部正人事務局長(47)はこう振り返る。

「防潮堤をつくらなければ住宅の高台移転は進まないと思い込んで、防潮堤計画に賛成した人もいます。とにかく目の前の自分の生活や家をどうするかが先になって、10年先、100年先より、どうでも良いから早くやってくれという流れになってしまいました」

大規模な公共工事では費用対効果が分析されるが、復旧・復興の一環として行われる防災事業では安全が最優先され、費用対効果は二の次だ。

阿部事務局長はこれから建設される盛り土構造の三陸自動車道や国道45号を防潮堤代わりに使用する代替案を出した。が、宮城県の地元説明会では阿部事務局長ら少数の慎重派を押し切る形で議事が進行され、地元の多数形成が優先された。

壊れた「万里の長城」

岩手県宮古市田老地区では1934年から陸側の防潮堤が建設され、その後、海側の防潮堤も78年ごろまでに完成した。総延長2433メートル、海面からの高さ10.45メートルというX字型、二重の防潮堤は「万里の長城」と呼ばれた。

チリ地震の津波は防潮堤を越えず、世界中から注目を集めた。しかし、東日本大震災の津波は海側と陸側の防潮堤を越えて田老地区をのみ込んだ。海側の防潮堤は破壊された。今回は巨大津波だったとは言え、防潮堤をつくるだけでは万全ではないということだ。「万里の長城」に安心し切って、逃げなかった人もいる。

田老地区ではどこにいても山に向かって真っ直ぐ避難できるよう避難経路がつくられ、誘導標識が整備されていた。「万里の長城」は巨大津波を防ぐことはできなかったが、住民が避難する時間を稼いだという指摘もある。

田老地区の人口に対する死亡率でみると、明治三陸地震は83.1%、昭和三陸地震は32.5%、東日本大震災は3.86%と最も低くおさえられた。

1993年の北海道南西沖地震による津波で被災した北海道・奥尻島には津波対策として最高10メートル、総延長14キロの防潮堤が築かれた。しかし、風光明媚な海岸線が一変し、観光業が打撃を受けた。漁業も高齢化や後継者不足に苦しめられている。このままでは「限界集落」になる恐れがある。

「海が見えない復興でいいの」

安倍晋三首相の妻、昭恵夫人は2013年12月、自民党の環境部会で「防潮堤で覆われた海が見えない復興でいいんだろうか」と発言。「必要ないところはやめればいい。景観が崩れ、海の生態系が変わって環境も破壊され、漁業にも影響するかもしれない」と巨大防潮堤の建設に慎重論を訴えた。

昨年3月の参院予算委員会で、安倍首相も「景観も重要で、震災直後とは住民の意識も相当変わってきた」と答弁した。国は海岸法を改正し、防災を検討する際、住民や識者を加えた「協議会」を都道府県が設置できるようにした。

しかし…。「宮城県の村井嘉浩知事はとにかく安全第一で、海岸をコンクリートで固めようという考えです。行政と住民がきちんと話し合ってやろうというスタンスがありません」と阿部事務局長は言う。「もう地元だけではダメです。小泉海岸を利用する人はたくさんいるわけです。もっと幅広い声を集めていかなければ」

被災3県以外でも、津波対策として防潮堤の建設が進められている。大震災から約4年半。景観や環境、地元の産業と暮らし、住民の安全と財産保全のバランスをもう一度考えてみる必要がある。コンクリートの海岸構造物は寿命が50年程度。半世紀後、被災3県では老朽化した総延長400キロの巨大防潮堤の建て直しや保全を迫られる。



(私のコメント)

3000億円の予算の新国立競技場は白紙になりましたが、1兆円の予算で巨大な400キロに及ぶ防潮堤が作られようとしていますが、これは現代の万里の長城であり、海が見えなくなり陸地と海岸とが遮断されてしまう。

田老地区の10メートルの防潮堤も今回の津波には役に立たず被害を出した。根本的に防潮堤だけで津波被害を防ぐことは無理であり、避難場所や避難経路の整備が重要だ。近くに高台のある海岸ならいいが、平野部では避難場所を作る必要がある。

津波の予測体制も整える必要があり、そちらの方にカネをかけるべきだろう。もちろん原子力発電所や釜石市などのような都市の海岸には高い防潮堤も必要でしょうが400キロに及ぶ海岸線に万里の長城のような防潮堤は必要が無い。

釜石市にも巨大な防潮堤がありましたが今回の津波で壊されてしまった。もちろん津波の襲来を遅らせる働きはありましたが、防ぐことは無理だった。東日本大震災の復旧工事は遅々として進みませんが、住民の住まいや仕事場の復旧を急がなければ住民が離散してしまう。

「株式日記」では、元の場所に住宅や仕事場を作り直せばいいと書き続けてきましたが、高台への移転や住宅地の造成には巨額な費用と時間がかかる。今回の津波で被災した東北の町の多くが漁村であり、高台に住宅を作っても仕事場が港になるから通勤する事になり不便になる。

仕事中に津波が押し寄せてきたら同じ事であり、時間が経てば現在のように職住が一緒の形に戻ってしまうだろう。今回のような20メートルを超す巨大津波を防潮堤で防ぐことは無理であり、避難場所を作る事を「株式日記」では主張してきました。

今回の津波ではビルの屋上に避難して助かった人が沢山いますが、20メートルの津波でも6階建て以上のビルがあれば屋上に逃げれば助かる。ビルが無理なら鉄骨でタワーを作れば安くできる。東北以外でも津波対策が急がれますが、地方の町では高層のビルを作る事がなかなかない。

町営住宅のような形で高層マンションが出来れば一番いいのですが、過疎地では鉄骨でタワーを作るしかない。いずれにしても大津波はいつ来るか分からず、50年も経てばコンクリートの防潮堤も壊れるし、マンションやタワーも作り直さなければならない。

海岸沿いの町も50年も経てばどう変わるかもわかりませんが、高台の無い平野部で鉄骨タワーなら1億円程度で100人程度が避難できる施設が出来る。あるいは用地があれば人工的な山を作って避難場所に出来る。それに対して宮城県の小泉海岸では底辺が90メートルで14,7メートルの高さの防潮堤が建設されるようですが、地元住民からも反対が出ている。

新国立競技場でも3000億円の費用で作られる事がいつの間にか決まってしまって作られようとしていましたが、1兆円で400キロにわたる防潮堤の建設が進められようとしている。東京でもスーパー堤防が問題になっていますが、予算は天井知らずに上がって行く。比用対効果の計算が役人ではできず、政治家も介入してくる。

政治家は「2500億円も出せないのか」と言った感覚だから予算は限りなく膨らんで行く。新国立競技場は東京では身近な問題であり、騒ぎが大きくなって白紙撤回されましたが、東北の400キロもの巨大堤防建設はあまり話題になっていない。しかしいったん決まれば役人たちはどんどん進めてしまう。役人に常識が無く責任も問われないからだ。




中国が目指していた「人民元の国際化」と「人民元経済圏」構想も、
人民元切り上げによって自ら摘み取ってしまう結果になりました。


2015年8月12日 水曜日

中国の人民元切下げが世界の資本市場に激震を与える理由 8月12日 Market Hack

昨日中国が人民元を1.9%切下げました。この切下げ幅は一見すると小さいように見えるけど、過去20年で最大です。

この切下げのニュースは中国のマーケットよりドイツ、米国、その他新興国に大きなインパクトを与えました。

海外の投資家が慌てているひとつの理由は、人民元切下げが信用市場に悪い影響を及ぼすことを懸念しているからです。

まず背景を説明します。

リーマンショック以降、米国以外の場所における米ドル建ての債務は急膨張しました。現在の残高は約9兆ドルです。

そのうちの3.3兆ドルは新興国(青)の主体がカウンターパーティーとなっています。リーマンショック当時は1.9兆ドルだったので、短期間に1.4兆ドル増えたことになります。

このうちのかなりの部分が中国のノンバンクの債務です。もっとざっくばらんな言い方をすればペーパー・カンパニーを使ったスキームです。

このような米ドル建てでの借り入れを行った背景には(どうせ人民元と米ドルはゆるくペッグされているから、為替リスクは無いに等しい!)という横着な考え方がありました。

もし人民元がどんどん切下がるのであれば、それは返済額が膨張することを意味するので、その中には返済できなくてデフォルトするものも出てこないとは限りません。

それから別のシナリオになりますが、人民元が切下げられたことで、中国以外の新興国の通貨も売りプレッシャーを浴びています。ブラジル、インド、その他の新興国は近年、米ドル建ての借金を増やしていました。それらの国々も上の説明同様、返済負担が膨張するリスクに晒されているのです。

つまり今回の中国の利下げ断行は、主に経済成長の問題に対応するための措置だったわけだけど、それが全面的な新興国通貨安を誘発すれば、それは信用リスクに姿を変えるというわけです。


人民元切り下げ 〜 小さな切り下げが与える大きな衝撃 - 近藤駿介 8月12日

ドル高の副産物といえるのかもしれません。中国人民銀行は11日、人民元を2%切り下げると発表しました。

この1年間、米ドルはFRBのテーパリング、利上げ観測を背景にドル指数ベースで約17%上昇して来ました。人民元レートは基本世界で最も強い通貨米ドルに連動するよう為替介入によってコントロールされて来ましたので、この1年間で対円では約16.5%、対ユーロでは約15.6%上昇する結果となりました。

こうした人民元レートの動きを反映して、中国の1〜7月の貿易額は対米国は2.8%増であったのに対して、対日本では11.0%減、対EUでも7.5%減となり、中国経済の足を引っ張る結果になりました。

今回人民銀行が人民元の切り下げに踏み切ったのは、こうした国内要因があったことは間違いないところです。

しかし、中国の国内要因として人民元切り下げはあり得る政策的選択肢だと言えますが、世界第2位の経済大国であり、世界第2位の経常黒字国である中国(2014年、第1位はドイツ)が国内要因だけで元切り下げに踏み切るというのは、国際秩序を乱す行為だと見做されても仕方がありません。

中国が国内要因を優先する身勝手な政策を打ち出したことで、国際金融市場は不安定な状況に陥る可能性が出て来ていることには注意が必要です。

米国の2015年1-6月期の貿易赤字は前年同期比0.6%の拡大でしたが、中国に対する赤字は前年同期比で9.8%拡大しており、6月単月の貿易赤字438億ドルのうち対中の貿易赤字は315億ドルと72%を占めています。

米財務省は4月に公表した半期為替報告書で、中国の為替政策は米国をはじめとする貿易相手国への打撃になると批判したうえで、中国は過去10年にわたり人民元を切り上げてきたが、人民元は依然として「著しく過小評価」されていると指摘していました。

こうした状況下で人民銀行が人民元の切り下げに踏み切ったということは、世界最大の経済大国と、世界第2位の経済大国の間のすきま風が強くなることを意味することです。これまで国際経済は、世界最大の経済大国米国と、世界第2位の経済大国であった西ドイツ、そして日本が協調してその秩序を保ってきました。

しかし、政治体制の異なる中国が世界第2位の経済大国になったことで、世界最大の経済大国と第2位の経済大国が強調して国際秩序を保つということは期待できなくなりました。

同時に、中国が目指していた「人民元の国際化」と「人民元経済圏」構想も、今回の国内要因に基づいた人民元切り上げによって自ら摘み取ってしまう結果になりました。

僅か2%の通貨切り下げですが、その衝撃は「強い人民元」「人民元の国際化」「人民元経済圏」といった世界の金融市場の前提を崩壊させかねない大きなものになるかもしれません。


(私のコメント)

このところの習近平政権が打ち出す経済政策は、まさにオウンゴールであり、経済の低迷は我慢のしどころであり、100兆円を株式の買い支えに投入したり、人民元の2%の切り下げをしたりと、なりふり構わぬ政策を打って来ています。

この事は記事にもあるように、「中国が目指していた「人民元の国際化」と「人民元経済圏」構想も、今回の国内要因に基づいた人民元切り上げによって自ら摘み取ってしまう結果になりました。」という事になります。中国は国家自体が巨大なので、世界第二位の経済大国は大きいだけで近代化されていない。

為替の自由化もしないで「人民元の国際化」など良いとこ取りをしようとしましたが、人民元はドルの裏付けがあって初めて通貨価値が認められている。だから外貨準備高も過大に公表しているようですが、それは見せかけであり、ドルの多くは海外に流出してしまっているようだ。

人民元はドルに連動させているので為替リスクが無いと思われてきましたが、1日で2%の切り下げは新興国通貨の信用を揺るがせるものだ。やはりドルで持っていた方が良いと人民元や新興国の通貨からドルへの回帰が進むだろう。

中国はアメリカへの輸出でドルを稼いでいますが、アメリカから見れば「6月単月の貿易赤字438億ドルのうち対中の貿易赤字は315億ドルと72%を占めています。」という事で、人民元はドルに対してまだ安すぎる事が言える。アメリカは日本に対しては円高で対応して来たのに、中国は人民元高に耐えられない。

それでも中国は以前よりかは人民元が高くなり人件費や資材費も高くなりコスト高になってきました。チャイナプラスワンで外資の中国からの流出が止まりませんが、これを引き戻すためには人民元の切り下げしか手は無い。中国の外貨準備高がこの数か月で激減していますが、輸出から国内需要への切り替えが出来ていない。

人民元がドルへのペグでEUや日本への為替が割高となり、貿易額で「対日本では11.0%減、対EUでも7.5%減となり、中国経済の足を引っ張る結果になりました。」特に日本に対しては中国人観光客の爆買いにみられるように日本製品は半額になってしまった。

構造的には、日本から部品を輸入して組み立ててアメリカに輸出する構造となっていますが、中国が組み立てたスマホの主要部品が日本製であり、それをアメリカやEUに売っている。自動車などもエンジンなど主要部品が三菱製であり、中国でも部品は作っているが品質的に劣っている。

人民元が割高になって来た事で、製品の作り過ぎが問題となり輸出が不振になって来た。国内では株の暴落や不動産のバブルも弾けてきましたが、過剰な在庫が不良債権となりつつある。伊藤忠商事は6000億円もの対中投資は1日で2%の損失となる計算であり、伊藤忠商事は1日で120億円損した事になる。

中国は国内的にもノンバンクがドル建てで資金を調達していますが、元の切り下げは債務が膨らむことを意味します。新興国もドル建てで資金を調達していますがドル高で債務は膨らむ一方だ。韓国なども事情は同じですが、どうやってドルを調達して返すつもりだろうか。




コスト増の犯人は『開閉式の屋根』かなと思います。あんな
8万人規模のところで、ど真ん中を塞ぐというのは難しい


2015年8月11日 火曜日

コスト増の“犯人”は開閉式の屋根である 新国立競技場“騒動”の虚と実(4) 千田善 8月11日 

千田 結局、白紙撤回されましたけど、これからどうなりますか?

またろ いまは静観しています。でも出てくる情報が裏を取ってないものが多いのではないかと思います。政府は、コンペはせざるを得ない。国際貿易機関(WTO)の規定があって、1000億を超える公共施設はコンペをしなければいけないというものがあります。コンペをご破算したら、もう一回しなければいけないらしいですね。ただ、逆算すると2月には着工しなければいけない。どんなコンペにしてどうするのかも決まらず、新しく見なおした計画概要はこれから頑張って作って秋口に発表。これではあまりに遅いです。

千田 コンペの2位案3位案ではどうなるでしょうか?

またろ 検討したとは思うんですけど、ザハ案より高くなる可能性が高いと、そういう検証結果が出ているんですよね。それぞれ夢の様な絵を描いているのだけど、それぞれコストがかかるものがあって。それを積み重ねていくと、ザハ案よりも高くなると。

――今までは、ザハ案のキールアーチが主犯だと言われていましたが……。

またろ キールアーチ自体が犯人ではないでしょう。僕は、犯人は『開閉式の屋根』かなと思います。あんな8万人規模のところで、ど真ん中を塞ぐというのは難しい。スタジアムのボリュームがでかくなると、真ん中に柱は立てられないわけですよね。その大規模な建築物の上に、ドンと重いものを乗せるそもそも無理な構造です。しかも、その重いものが動くというわけですよね? 両方の屋根を、均等に動かさないといけないわけですよ。

――ただでさえ屋根を付けるのは大変なのに、それが開閉となると難易度が跳ね上がると。

またろ 動く装置というのは許容限度の位置のブレを抑えないと絶対にひっかかります。風のチカラだけでも、使いものにならなくなる。台風が来るときに閉まらなくなる。そんなのは、使いものになりません。そして、そんな苦労をして作ったところに入る興行収入が3億とかなら、いやいやそこは見直しましょうよと。

あるいは逆に雨の日もやるか、日にちを長く取るかですね。日本の雨って梅雨時期を外せばそんなに長く続かないので、場所を1週間を取っておけば順延日も組める。そういう前提でできるので、運用の仕方は色々とあります。屋根がかかってない球場のコンサートのノウハウも、すでにあるわけじゃないですか。

千田 コンサートが夜10時までしかできないなら、観客席だけを覆う屋根にすればいいと。

またろ それで300億位は下がると思います。なぜかというと、閉めるからこそ空調が必要なわけです。閉める前提でなければ、空調はいらない。自然換気でいける。空いているところは煙突効果と言って、空気がそこに向かって上がっていくんですよ。ここを閉じてしまうと、行き場所がなくなる。

――湿った空気が滞留してしまうと。

またろ そうです。なので、閉じると空調装置が必要になってくる。屋根を閉じるからこそ、そういうコストがかかるわけです。なのでキールではなく開閉式屋根が犯人。キール案じゃなくても、他の案でも同様にお金がかかる。

千田 2万トンの鋼鉄がどうっていうのではないんですね。サッカー専用の小さいスタジアムであればともかく、8万で陸上トラックがついているようなところで開閉式屋根をやるからお金がかかると。

またろ 誰かがtwitterでつぶやいていたんですけど、8万規模で開閉屋根がついていてトラックがあるスタジアムは世界では存在しないと。

千田 8万と陸上トラックを活かすのであれば、屋根を外すしかないわけですね。スポーツ以外のイベントとかをどう使うか。音楽のイベントで22時以降もがんがんやりたいから、屋根を閉めたいんだというのが都倉俊一氏の意見でした。

またろ でも、あの屋根をかけるからって騒音が住民との協定以下になるかというそういうシミュレーションをしたら、”だめなんじゃない?”っていう声もあるんですよ。というのは、屋根というのは膜なんです。音を止めるのは質量で、重さがないとだめだと。

千田 音楽以外の使用方法を考えるというのも、どういうスタジアムを作るかということに関係してくると。ただの箱ではない。

またろ 昼間のイベントに限れば夜の騒音規制って通常15から20デシベル違う。昼はここまでできる、夜はこれまで、というのでどこでもやっているので。

千田 それをやって300億節約して、ランニングコストを考えてと。

またろ そうです。次にメスを入れるとすれば8万を7+1にするのか、ということ。仮設スタンドじゃだめなのかと。ただ、小倉さんは常設8じゃないと言いはっている。ただそれが違うんじゃないの?って言っていかないといけない。(後略)



(私のコメント)

新国立競技場は白紙になりましたが、建設計画は予算と費用との鬩ぎあいであり、1300億円と決めたからにはそれを基準にして設計変更して行かなければならない。しかし文部科学省はそのような作業には不得手であり経験がない。

そこに政治家が関与して来ると、あれもこれもで注文が多くなり費用ばかりが膨らんでくる。予算が1300億円なのに3000億円以上に膨らんでしまった。常識的には何処を削ればと言う話になりますが、以前にも書きましたが、8万人規模の大競技場に開閉式の屋根を付けると言うのは費用的に難しい。

それでも難しいとなれば移動式スタンドが対象になる。一つの競技場で陸上競技もサッカーもラクビーもとなるとスタンドを移動式や仮設式になる。それでもダメとなれば8万人規模から5万人程度の競技場となる。自民党内では作らないといった事も検討されているようだ。

日本の建築技術で言えば8万人規模の巨大スタジアムでも開閉式屋根は可能でしょうが、費用を考えれば出来るだけシンプルな屋根にしなければならない。デザインを凝れば費用は天井知らずになってしまう。政治家や官僚が絡めばオリンピックを名目に予算は膨れ上がる。

だから1300億円と決めたらそれを基準にすべきであり、伊藤豊雄氏のプランなら1300億円でも開閉式屋根や8万人規模の競技場も可能と見ましたが、安藤忠雄氏がデザインだけでザハ案に決めてしまった。建築家は運営費用までも含めて総合的に判断しなければなりませんが、その点が考慮されなかった。

ガンバ大阪の新スタジアムは4万人収容で国際規格の競技場で140億円で出来たという例を紹介しましたが、設計目的をはっきりと決めて不必要なものから削って行けば1000億円以下でも8万人規模の競技場は出来るはずだ。開閉式屋根は出来れば付けたいが、空調設備も備えなければならない。そうなればメンテナンス費用も膨れ上がる。

新国立競技場は建設期間も4年ほどしかないから、極力シンプルで作りやすい設計で、まさにガンバ大阪の新スタジアムのようなプレキャスト工法なら職人が6分の1で作れたそうだ。新国立競技場周辺も空き地が無いから工場でコンクリートを成形して現場でつなぎ合わせて行けば短期間で出来る。

ザハ案のような奇抜なデザインで驚かすのもいいが、費用も職人も少ない人数で出来て、短期間で完成させることも技術力であり、鉄筋工や型枠工などの人海戦術で巨大建築物を作るのは時代遅れだ。プレキャスト工法の写真を以下に紹介しますが、これなら作る事も解体する事も簡単であり、躯体自体も軽量化できる。

ガンバ大阪の新スタジアムは格安なコストで作ることが出来て、日本各地で寄付金を募ってサッカー専用スタジアムを作る運動が広がっている。今までなら200億円以上かかっていたものが140億円で出来れば運用コストも安くて済み、商業的にも採算に合うのではないだろうか。




安倍総理は、70年談話で謝罪は絶対にしてはなりません。
歴史を捏造し、韓国の古代専制国家への回帰を強めるだけです。


2015年8月10日 月曜日

安倍首相は戦後70年談話で謝罪してはならない 古田博司氏に聞く「続・東アジア3カ国との付き合い方」 8月10日 井本省吾

井本 観光旅行やビジネスで海外に赴く韓国人も多く、彼らは海外の実態をかなりわかっているはずですが。

古田 だから、韓国を脱出する韓国人も多い。移民は今に始まったことではなく、いつの時代も国民の1割は海外に出て行っている。今も米国に300万人、満州(中国東北部)に120万人、日本に70万〜80万人いますね。「日本にもっと大量にやって来る恐れはないか」と不安がる日本人も少なくありません。

 でも、大丈夫だと思います。日本人の「嫌韓」感情の高まりと韓国側の「反日」意識の強さが壁となって日本への流入を抑えています。

井本 嫌韓は最近の現象でしょう。

古田 李明博・前大統領の竹島上陸と天皇への侮辱的発言。これで日本人の嫌韓が決定的になりましたね。

井本 韓国を民主主義陣営にとどめるには、安倍首相の70年談話で「反省」のみならず「謝罪」を表明した方がいい、という声も強いですが。

絶対に謝罪してはいけない

古田 謝罪は絶対にしてはなりません。歴史を捏造し、韓国の古代専制国家への回帰を強めるだけです。中国や北朝鮮もここを先途と日本への批判を強め、3カ国の連携を強めるでしょう。欧米の対日イメージも悪化こそすれ、良くなることはありません。それに中韓は謝罪がなければないで「日本は反省していない」と批判する。謝罪しないに越したことはありません。

 第2次大戦を日本と戦った米国は「正義は米国にある」と思いたいので、日本の謝罪を期待するでしょう。ドイツも過去のナチス批判をそらすため、日本を悪者にしたいでしょうね。

 しかし、「反省」を表明するだけで十分。日米同盟の強化を考えている米国は、それ以上は望まないし、ドイツも強く言える立場ではない。安倍首相は先見性があるから、その辺をにらんで、お詫びはしないと思います。

井本 「仲良く、仲良く」というマスコミや野党、リベラル派の「お詫び」攻勢にはどうしたら、いいのでしょう。

古田 ネッターたちにガンバってもらいたい。彼らがネットに情報をアップする力はすごい。私が徴用工問題で楽観的なのはネットの力に期待しているから。慰安婦問題の時も戦前の慰安婦の募集ビラなどがネットに掲載され、高給で雇われた実態が知れ渡った。

 均衡中立主義でカッコばかりつける偽善的なインテリよりも、彼らの方が情報を正確につかんでいるし、庶民の常識で判断している。

 江戸の昔から日本にはインテリをからかい、茶化す庶民文化の伝統があった。ネッターはその伝統に則っている。リベラルの似非インテリは彼らを「反知性主義だ」と慨嘆したり、批判したりします。しかし、茶化すには相当の知性と教養が必要で、僕は「反知性主義、大いに結構だ」と思っています。

日本周辺は準戦時下にある

井本 集団的自衛権の世論調査で安倍政権の支持率は下がっています。

古田 マスコミがこぞって集団的自衛権は危ないと書くものだから。劣化した均衡中立主義の弊害は大きい。

 僕は今、日本周辺は準戦時下にあると思っています。中国は「漢代には南シナ海も東シナ海も中国のものだった」と本当に思い込んで南シナ海の岩礁に人工島や軍事拠点を築き、尖閣諸島の領海侵犯を繰り返している。

アジアのみならず、ウクライナ、中東など世界的にも熱戦にはならない「黙戦」が始まっている。同盟を結んでは他国や他の同盟と摩擦や小競り合いを起こし、少しずつ自分に有利な方向へと動かしていく。

情報戦もその1つで、日本は中国、韓国、北朝鮮の東洋的専制国家群から70年談話で謝罪する方向に圧力をかけられているのです。

 お詫びすれば、彼らの結束力を強め、日本は不利な戦いを強いられる。そのことに気付かず、相変わらず均衡中立性を保とうとするのは愚かです。

 重ねて言います。安倍首相は70年談話で絶対にお詫びしてはなりません。



(私のコメント)

現代は情報戦の時代であり、情報戦も戦争の一種であり悪質なプロパガンダが飛び交っています。日本は情報戦に弱かった国であり、新聞やテレビやラジオはその道具でしたが、ネットの登場で日本は情報戦で決して負けないようになって来ました。

新聞やテレビやラジオなどは買収しようと思えば簡単であり、経営者一人を買収してしまえばやりたい放題できる。しかしネットを買収するのは対象が多すぎて買収しきれない。しかもスポンサーとも関係が無いから圧力のかけようがない。

中国などでは数万人規模で監視員がネットを監視していますが、なかなかイタチゴッコで情報統制も難しいようだ。口論などでは中国人や韓国人の迫力に圧倒されてしまいますが、ブログなどの文字情報の世界では質量ともに英語圏よりも多いと言ったデーターがある。

日本語は多様な文字を用いて表現力が豊富だから、直接口論するよりも文章でやりとりしたほうが早く情報が伝わる。「株式日記」を書く上でも多くのブログに目を通しますが、一目見て漢字などを拾い読みするだけで内容が分かる。英語などは読んでもいったん頭の中で発音して意味を理解するからアルファベットの組み合わせでは意味を理解するのに時間がかかる。

中国や韓国などからは歴史認識でからまれてきていますが、ネット化社会になって情報戦では負けないような形勢になっている。直接の口論などでは嘘やはったりでもばれない事もありますが、文章の世界では嘘やはったりを書けば「2ちゃんねる」でたちまち「祭り」になってしまう。

テレビや新聞で嘘を報道すれば「2ちゃんねる」で叩かれて逆効果になってしまう。左翼が集団的自衛権で徴兵制になると書いたところで、現代では徴兵制を廃止する国が続出している状況で「徴兵制」と騒いだところで国民の支持は得られない。

国会前で何日間もデモをしても、左翼団体が動員をかけただけのデモでは支持は広がらない。安倍内閣に支持率が下がったと書きたてても自民党の支持率は下がっておらず、アンケートのとり方に問題があるからだろう。確かにマスコミが煽れば世論も多少は動くのでしょうが、ネットでのアンケートでは安倍内閣への支持率は高い。

niconico「ネット世論調査」に9万5千人が回答では、集団的自衛権の行使容認に「賛成」49.4%、「反対」28.7%と言う結果ですが、2ちゃんにしてもニコニコにしてもネトウヨの総本山だから、マスコミのアンケートとはがった結果が出る。

中韓北の三か国は人種的には日本人とよく似ているが文化が異なり、古田氏の意見では「日本は中国、韓国、北朝鮮の東洋的専制国家群から70年談話で謝罪する方向に圧力をかけられているのです。」という事ですが、パククネ大統領は大統領府に引き籠り記者会見もめったに行わず、議会で討議する事も無い。逆に日本では安倍首相が一日中野党議員からの追及を受けていますが、中韓北にはこのような制度が無い。

情報が公開された国家と、情報が閉ざされた国家が情報戦をすれば、公開された国家の方が圧勝する。情報を閉ざすのはそれだけ不利だからであり、彼らの攻撃的な態度は受け身になれば国家が持たないからだ。日本は終始受け身であり批判を交わしてきた。

中韓北に「お詫び」をする事は彼らの術中に嵌る事であり、世界に宣伝して日本を陥れようとしている。これも戦争と見做して三か国はプロパガンダ戦争を仕掛けているのであり、みずからは情報を閉ざしておきながら、朝日新聞が提供した反日記事に反応して攻撃してくる。つまり朝日新聞は中韓北の広報部隊なのだ。




2012年8月に李明博大統領が竹島に上陸し「韓国がやりたい
放題やっても、手も足も出ない日本」を国民の前で示しました。


2015年8月9日 日曜日

韓国人の「自嘲」が生んだ「卑日」 今度は日本が見下される番だ 8月7日 鈴置高史

羽田行きのモノレールで

 興味深いのは「ジャパンスクール」の記者こそが「卑日」を先導したことです。日本報道が「卑日モード」に入った以上、当然ではあります。同時に、それまでの「崇日」を一番、苦々しく思っていたのも彼らだったからだと思うのです。

 この傾向は記者だけではなく、韓国の外交官も同じです。1965年の日韓国交正常化の際に結んだ一連の条約が「不平等条約だった」として見直しを求める外交官や記者が「ジャパンスクール」に目立つのも、それを示しています。

 悪化する一方の日韓関係を懸念するのも「ジャパンスクール」の人々が中心ではあるのですが。いずれにせよ「日本ってたいした国じゃなかったんだねえ」と確認し合うのが韓国の空気となったのです。

 複数の韓国人から同じ話を聞きました。浜松町から羽田空港に向かうモノレールの中で、韓国に戻る観光客が「日本と言ったって、我が国の水準と変わらないじゃないか」と言い合うのを見かけるようになったとのことです。2010年頃からだそうです。

「卑日」に手も足も出ない日本

 こうなると、韓国政府も「たいしたことはない日本」を国民が実感できるよう「卑日ネタ」を豊富に提供する必要があります。それは「反日」に代わる、新たな国民的娯楽となったからです。

 2012年8月に当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸し「韓国がやりたい放題やっても、手も足も出ない日本」を国民の前で示しました。

 数日後の「国際社会の日本の影響力も昔ほどではない」との発言が、彼の“心意気”をよく示しています(「韓国の主な『卑日』」参照)。

 李明博大統領は以下の趣旨の話をしてもいます。「貧しかった頃、自分を見下す男がいた。私が出世した後、この男が近づいてきたが、自分は許せなかった」。これこそは多くの韓国人の日本に対する率直な心境でしょう。

 次の朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が世界を舞台に「告げ口外交」を展開し「卑日」のアクセルを踏んで見せたのも、国民のニーズを見抜いていたからです。さすがに「究極のポピュリスト」と呼ばれる人です。

まだ、自信のない韓国人

「卑日」の動機と構造がよく分かりました。最後の質問です。韓国人はなぜ、「卑日」を世界で繰り広げるのでしょう。羽田行きモノレールの中でのように、韓国人同士で言い合えば十分な気もしますが。

鈴置:いい質問です。そこがポイントです。答えは、韓国人がまだ、日本を見下すほどの自信を本当は持っていないからです。

 世界の人々が「韓国が日本より上だ」とはっきり言ってくれるまで、韓国人はその確信が持てないのです。結局、慰安婦像は世界で立てられ続けることでしょう。



(私のコメント)

韓国人から見れば、台頭する中国と20年間も低迷し続ける日本を比べれば、韓国人が日本を見下すようになったことは、李明博大統領が竹島に上陸しても日本は抗議しかできなかった。更には天皇陛下への謝罪要求発言は完全に日本を見下した言い方だ。

韓国の日本に対しての見下した発言や行動は、これからも続けられるだろう。サムスンがソニーを凌駕して、世界でテレビやスマホで世界一となり韓国の得意の絶頂となり日本を見下し始めた。これはアメリカによるジャパンバッシングで円高でコスト競争で勝てなくなったからだ。

アメリカから見れば、日本を抑え込むために中国や韓国を日本のライバルに育て上げる事がアメリカの狙いであり、米中G2同盟関係が作られていた。日本はそれに気がつかず「死んだふり」で耐えるしかなかった。

鈴置高史氏の韓国の「卑日」は、アメリカのジャパンバッシングの亜流であり、米中による日本包囲網は韓国をも「卑日」に走らせた。90年代からアメリカのジャパン・バッシングは2000年代に入ってジャパン・パッシングからジャパン・ナッシングまで行きましたが、アメリカはなぜ同盟国の日本を「卑日」したのでしょうか?

アメリカから見れば、韓国の方がベトナム戦争や湾岸戦争などで同盟軍として戦いましたが、日本はアメリカ軍には参加しなかった。その事がジャパン・バッシングの原因となっているのですが、アメリカは中国の方が大国となると見て日本は切り捨てられてしまった。

確かに中国は、2010年にはGDPで日本を追い越して経済大国となり、米中の経済関係は密接になった。韓国も米中と手を組んで日本を叩く事に参加し始めて従軍慰安婦問題や靖国参拝問題など米中韓の三国による日本叩きは2000年代に本格化した。

しかし中国で習近平が国家主席になると米中関係に暗雲が差し始めて来て、AIIB参加問題や南シナ海の埋め立て軍事基地化などで米中関係は一気に対立関係へと変化した。アメリカの外交は非常に荒っぽくて劇的に変化しますが、日本は死んだふりをしていたのにアメリカに叩起きこされてしまった。

今度は集団的自衛権で中国に対抗せよとアメリカは言ってきていますが、アメリカの御都合外交の変化には付いて行けない。アメリカのこのような変化に付いて行けないのは韓国も同じであり、パククネ大統領は中国に接近して「卑日」外交を展開している。

パククネ大統領にしてみれば、米中韓による日本叩き同盟を結成して日本を叩くつもりだった。韓国はアメリカ国内で反日を煽って慰安婦の銅像を建てようとしていますが、韓国はアメリカを裏切ってAIIBに参加して、南シナ海問題にもアメリカには同調しない。

韓国のパククネ大統領は米中関係の変化に気がつかないのか分かりませんが、米韓同盟に安住してアメリカに守ってもらいながら外交は中国の言いなりになっている。アメリカも気がついたらアメリカに付き従っているのは日本だけとなり、AIIBでは英独仏伊などに裏切られてしまった。

このような状況から米中韓の日本叩きからアメリカが離脱して、韓国は事実上中国の同盟国となり、アメリカは指揮権を韓国に返上する。在韓米軍は空洞化していなくなり、そうなれば北朝鮮が韓国に襲い掛かるのも時間の問題だ。韓国は自ら中国の罠に嵌り込んで孤立してしまった。

韓国の「卑日」外交は自殺行為なのですが、安倍総理の集団的自衛権はアメリカからの要請によるものであり、パククネ大統領と習近平とは会談で日本の集団的自衛権に反対している。アメリカはこの発言にカンカンに怒っていますが、パククネ大統領は動きが取れなくなってしまった。




人民元は事実上、ドルの裏付けがあるという意味での信用を
獲得し、増発が可能になった。しかし外貨が減少し始めている


2015年8月8日 土曜日

崩壊する中国“成長の方程式” 不動産ブーム支えた外準の減少が止まらない  8月7日 田村秀男

中国では不動産市況の低迷や景気の停滞を受けて、流入していた投機資金などが逃げている。資本逃避が目立ち始めたのは昨年秋からで、習近平政権は株価を押し上げることで、資金をつなぎ止めようとしたが、株価暴落でそのもくろみがつぶれた。

 景気てこ入れのためには、大幅な金融緩和と人民元安誘導しかないが、そうすると資金流出がさらに加速する。設立を急いでいるアジアインフラ投資銀行(AIIB)などを通じて、海外からの借り入れを増やさざるをえない。


 グラフは昨年後半以降の中国の外貨準備(外準)と株価の推移である。外準のピークは昨年6月で3兆9932億ドル(約495兆円)と4兆ドルを目前にしたが、9月から急減し始めた。

 今年に入って、前年比の減少幅は大きく増え、1月は531億ドル減だったのが、6月は2993億ドル減を記録した。

 日米欧の場合は通常、外準は自国通貨が暴落するなどの非常時に備えるためで、大規模である必要は必ずしもない。しかし、中国の場合、特別の意味がある。中央銀行である中国人民銀行は流入する外貨を買い上げて外準とし、その額を基準にして通貨人民元を発行し、その元資金を商業銀行に供給している。人民銀行はこの6月現在、元資金供給残高(マネタリーベース)の92%相当の外貨資産を保有しているが、2005年から12年まではその比率は100%を超えていた

外貨資産の大半はドルであり、残りはドルと交換できる国際通貨のユーロや円などである。つまり元は事実上、ドルの裏付けがあるという意味での信用を獲得し、増発が可能になった。

 08年9月のリーマン・ショック後、米連邦準備制度理事会(FRB)はドル資金を大量発行する量的緩和政策に踏み切ったが、米国からあふれ出たドル資金は中国に大量流入し、人民銀行はそれを吸い上げることにより、やすやすと元資金を大量増発できた。

 元資金は国有商業銀行を通じて不動産開発投資用に振り向けられ、不動産ブームを支えた。中国経済は投資主導で二ケタ台の経済成長に回帰し、リーマン後の世界でいち早くショックから立ち直った。10年にはデフレ不況が深刻化する日本の国内総生産(GDP)を抜き去って、米国に次ぐ経済超大国となった。

 中国の成長モデルはいわば豊富な外準によって支えられてきたわけだが、その外準が増えずに急速に減少することで、成長資金を供給する方程式が成り立たなくなった。停滞感が強まる景気の刺激に向け、人民銀行はもっと大量の元資金を発行する必要があるが、人民銀行の外貨資産は外準の減少を反映して減り始めている。

 しかも、米国は昨年秋に量的緩和政策を打ち止めし、今年秋には利上げに踏み切る見通しだ。それを受けて、外に流れたドル資金は米国に還流する。人民銀行がドル基準を放棄すれば、元の信用が揺らぎ、資本逃避に拍車がかかる恐れが十分だ。 (産経新聞特別記者・田村秀男)



(私のコメント)

いよいよお盆休みが今日あたりから始まりましたが、夏休みは一斉にとるよりも分散化して取るべきだ。正月休みもゴールデンウィークも日本全国一斉に休むから行楽地が混雑して、高速道路も新幹線も渋滞ラッシュになる。日本社会では他の人が休まないと休みがとりづらいからだ。だから日本全国一斉に休みにしてしまう。

特にお医者さんなど一斉に休みになると、病人は何処に行ったらいいのか命懸けだ。世界はグローバル化してコンビニもスーパーも24時間年中無休が普通になり、昼も夜も無くなって来たのに、公務員や大企業は祝祭日や土日は一斉に休みを取る。

私などは24時間年中無休であり海外旅行もままならない。一度くらいは中国などにも行ってみたいものですが、海外旅行も国内旅行も縁がない。日本の円安で中国から見れば日本の物価が半値になり、中国からの爆買い旅行がニュースになっている。

外国からの観光客が落とすカネは日本にとっては純利益であり国内産業の活性化にもなる。円高の頃は国内観光地は火の消えたような光景となり、古くからの旅館などは廃業するところも相次いだ。最近では地方の観光地にも外国人観光客が来るようになって、地方の活性化にも刺激になっている。これもアベノミクスの成果だ。

中国が世界の工場となって外貨を稼いだおかげで中国からの爆買い旅行が出来たのですが、これからも続くとは限らない。中国のバブルもいよいよ崩壊の兆しが出てきて中国政府もだいぶ焦っているようだ。株式相場を上げる事で経済を活性化させようとしたのでしょうが、中国政府が株式の買い支えにつぎ込んだ金は20兆円にもなるそうだ。

このような中国政府の常軌を逸した株式買い支え策は欧米を驚かせている。アメリカなどではリーマンショックで株が大暴落した時などはFRBが資金供給して株式を支えてきましたが、日本でもアベノミクスで金融緩和で円安株高に誘導した。しかし中国はインフレなどで金融緩和はしづらく、外貨事情も外資が中国から逃げ始めているので減少し始めた。

中国は外貨をかき集めてそれを人民元に変えて資金供給してきた。ドルが人民元の通貨価値の源泉であり、異常なほどの外貨残高は400兆円に迫っていた。中国が外国からの投資資金も外貨準備高に組み入れており日本とは違うようだ。

外貨準備高を通じて生み出された人民元は銀行を通じて不動産投資に使われてきましたが、その不動産が不良債権化する可能性が大きくなって来た。テコ入れのために中国政府は株式相場を上げて外国からの投資を得ようとしたのだろう。

AIIBもその視点で見れば外貨獲得のために手段であることが見えてくる。今までは高度経済成長で海外からの投資は黙っていても集まって来て外貨準備高を増やして行った。本来ならば輸出から輸入を引いた残りが外貨準備高になるのですが、海外からの投資まで入れているから中国の外貨準備高は異常な増え方をしていた。

中国の人民元の信用は、ドルの残高から生み出されたものであり外貨準備高が減れば人民元の信用にも瑕がつく。国内経済が実力のあるものなら経常黒字で外貨準備高が増えて行く。しかし中国は金融の自由化が進んでいないから自然調節が効かない。本来ならば人民元が高くなり輸出にブレーキがかかるはずだ。

「人民銀行はもっと大量の元資金を発行する必要があるが、人民銀行の外貨資産は外準の減少を反映して減り始めている。」と田村氏は書いているが、中国の経済発展は海外からの資金と技術で高度成長してきましたが、自力での発展は難しいようだ。




85歳以上の日本人はなぜ対米戦争に賛成したのか? 
B29に爆撃されて、はじめて間違いに気がついた。


2015年8月7日 金曜日

武藤章:日中戦争と太平洋戦争の引き金を引いた男 8月7日 森 永輔

東條に対米開戦を決意させた民意の力

井上先生は『昭和史の逆説』というご著書の中で、対米戦を開戦する時の東條英機首相(当時)の苦悩を書かれています。武藤が下した決断に日本は引っ張られていくわけですが、それでも、東條が頑張れば対米戦を止めることはできたのでしょうか。東條は一夕会において、武藤の先輩格でもあります。

井上:ぎりぎりまで可能性はあったと思います。東條は首相になるとこれまでの政策や発言を白紙に戻し、和戦両様の可能性があるとしましたから。けれども、彼は首相になる直前まで近衛内閣で陸軍大臣を務め、好戦的な発言をしています。だから、周囲にすれば「これまでの発言はいったい何だったのだ」という話になりますよね。

 天皇が組閣を命じるべく東條を呼んだ時、東條はそれまでの自身の発言から「お叱りを受ける」と思っていました。彼としても、強硬な発言を後ろめたく思っていたのでしょう。ところが「首相をやれ」と言われてびっくりした。

 天皇から戦争回避のことも考えるように言われたら、素直に受け止めて「分かりました。では外交と戦争準備の両方をやります」と答えています。このように対米戦を回避する可能性も残っていたと思います。

 そうはいっても、対米戦に至った責任は東條自身にもあります。

 加えて東條が開戦を決断した背景には、世論の影響もありました。当時は、戦争回避の努力をしようとすると、抗議の手紙が来たりしたのです。一方、日米開戦に至ると激励の電話や手紙がたくさん舞い込んだ。そうなれば、東條も国民の支持を得たいので、うれしくなりました。「ああ、やはり開戦してよかったのか」と思ったことでしょう。

 だから、東條が開戦回避に努力した時に、「東條頑張れ」「アメリカと戦争したら大変なことになるから何とか避けろ」という投書がたくさん来ていたら、東條も励まされて頑張っていたかもしれません。しかし、現実には「何をやっているのだ」といったものばかりでした。これでは、気持ちが開戦に流れてしまいます。

世論も対米開戦にすごく傾いていたのですね。

井上日米開戦の当日はともかく、数日後には、多くの国民が「やっぱりこれでいいんだ」と思ったようです。小説家の伊藤整の日記を読むと、真珠湾攻撃のその日は非常に静かであると書いてあります。日常生活に大きな変わりはなくて静かだと。しかし数日後、日本が戦果を挙げていると知らされると「この戦争はいい」と言い始める。周りの人たちもみんな喜色満面で、よかった、よかったと言っていると書いてあります。

 一般の国民は、「自分たちが中国とずっと戦争をしてきたのは、このようにアジアを解放するためだったのだ」とそれまでの経緯を後づけで合理化した。しかも勝っていると思っていましたからね。国民は、対米戦争が終われば日中戦争も終わるだろうと考え歓迎しました。

 為政者は、やはり、こういう世論に動かされるものです。

そのあたりが現代を生きる我々には分かりづらいところです。日中戦争が泥沼化する中で、日米戦争が始まった。さらにひどい状況になることが予想されます。なのに、日米戦争の開戦を歓迎している。なんとも不思議。当時の日本人はどのように考えたのですか。

井上アメリカを短期間のうちに叩いて戦争を終わらせれば、蒋介石を支える欧米勢力がいなくなる。そうなれば、蒋介石も和平に応じてくるだろうと見通したのではないでしょうか。

戦争が起こった時、それを押さえるのではなく、広げることで解決しようとした。こうしたことが、盧溝橋事件の後も、日米開戦の時も起こったのですね。

井上:戦争は始めることよりも終わらせることのほうが大変です。だから始まる前に抑えないといけないのです。

川田:私もそう思います。



(私のコメント)

大東亜戦争の終戦記念日が近づいてきましたが、一体誰が開戦を推し進めたのでしょうか。少なくとも東条英機首相は天皇陛下の命を受けて、対米戦争を押し留めようとした。しかし時局の流れに押し流されて止めることが出来なかった。

アメリカと戦争をして勝てない事は陸海軍共に分かっていた。負けると分かっていてどうして開戦したのかと言うと、私が考えるには国民世論が強硬だったからだ。朝日新聞をはじめとして戦争を煽っていたから国民は扇動に乗っかってしまった。

だから誰が開戦の責任者かと言えば朝日新聞ではないだろうか。それを指摘されるのが嫌だから従軍慰安婦問題や教科書問題など左翼的な扇動をして、戦前における戦争の扇動記事を誤魔化しているのだ。しかしGHQは朝日新聞などを戦犯で追及する事はしなかった。

戦後になって大人たちは開戦原因について黙りこくってしまったのは、当時の多くの大人たちが対米開戦に賛成か中立であり、戦争に反対の意思表示をする人はごく少数だった。大橋巨泉のお父さんは写真屋でライフなどのアメリカの写真誌を見ていたからアメリカの国力を知っていた。だから「アメリカに戦争して勝てるわけない」と言ったら密告されて憲兵隊でぼこぼこにされたそうです。

戦前の世論などの状況は新聞などで見れば分かりますが、国民自身が日本の国力を分かっておらず、日露戦争ですらロシアからの賠償が少ないと日比谷で焼き討ち事件が起きたほどだ。それくらい戦前の国民世論は強硬一辺倒であり、戦争がどんどん拡大して行くのに、それに反対する論調はなかなか見つからない。

当時の国民は新聞でしか国際情勢を知ることが出来ませんでしたから、新聞が戦争を煽れば容易に世論はそれに影響されたのだろう。もちろん陸軍の中堅若手将校が一夕会を結成していましたが、当時は宇垣派をはじめとした対米協調派であったが、満州事変でそれをひっくり返してしまった。

満州事変は515事件や226事件と同じクーデターであり、宇垣派を追放して一夕会が陸軍を占拠してしまった。だから石原莞爾や板垣征四郎などの首謀者を政府は取り締まるべきだったのが、若槻内閣は逆に解散辞任してしまった。石原莞爾による軍部中央へのクーデターは成功したのだ。

石原莞爾にしても武藤章にしても陸軍のエリート将校であり、中堅若手将校のリーダーだった。石原莞爾は満州事変を成功させて一躍英雄となり彼のやり方を真似する中堅若手将校が続出して陸軍は収拾がつかなくなってしまった。今でも石原莞爾を英雄視する見方があるが、戦略的地政学的に彼の考えは間違っている。

たとえ満州を手に入れても資源をどうやって日本に持ってくるのか? 南方に進出してもどうやって石油を日本に持ってくるのか考えていない。当時の日本海軍には船団を護送する海防艦が無く、アメリカの潜水艦隊に対する認識が欠けていた。第一次世界大戦でイギリスがドイツのUボートに苦しんだをの知っているはずだ。

当時の陸軍では「輜重兵が兵隊ならば蝶々トンボも鳥のうち」と言われていましたが、輸送を無視した作戦は参謀たちの無能さを証明するものだ。武藤章の中国一撃論にしても身の程をわきまえないものであり、日清戦争の時のような感覚で戦争を始めた。

日経の記事でも、南京が陥落して国民は提灯行列をして祝いましたが、当時の日本国民もプロの軍人も国家総力戦争がどんなものか分かってはいなかった。海軍にしても艦隊決戦で勝てばいいと考えていたから巨大戦艦を作り続けましたが、作るべきは1000トン足らずの海防艦だった。

日本海軍が、ガダルカナルやレイテ湾で商船団を目の前にしてUターンしてしまったのは通商破壊作戦が分かっておらず、艦隊決戦に拘り駆逐艦や潜水艦などを輸送に使って作戦は滅茶苦茶だった。こんなバカ軍人ばかりでは戦争の負けるのは当たり前であり、国民が国際情勢や戦争について無知だったから負けたのだ。

当時のエリート軍人たちは、視野が狭く軍事以外の事には無知だった。朝鮮を併合したり満州を支配したところで何の得も無い。確かに自給自足は理想だがアメリカですら自給自足は難しく、世界最大の輸入国家だ。昭和初期までは陸軍もアメリカ協調派の宇垣派だったが、石原莞爾が見事に彼らを追放してしまった。それから日本はおかしくなった。




東芝事件はこ統治改革論議に痛烈な一撃を与えましたし、
新国立競技場騒動は政府の「統治力」に不安を抱かせました。


2015年8月6日 木曜日

新国立、東芝、岩手中2いじめ自殺に見る「統治不在の日本」 8月6日 齋藤精一郎

例年にない猛暑に襲われてタガが緩んだわけでもないのでしょうが、お粗末というか無責任というか、噴飯ものの騒動や事件が耳目を集めています。いずれも、組織の「統治(ガバナンス)の不在」に根差す点で、日本社会の構造的な問題につながっていると言えそうです。

 その代表格は、5年後に開催される東京オリンピック・パラリンピックの新国立競技場建設計画にかかわる、すったもんだのお恥ずかしい大茶番劇です。

●国から企業、地域レベルにまで及ぶ「統治の欠如」

 新国立競技場騒動で露呈した「統治の欠如」は国レベルの呆れた組織的な齟齬や欠陥と言ってよいでしょうが、合理性・透明性・公正性で成り立つ市場をベースとする企業レベルでも考えられない不正会計が露呈されました。言うまでもなく、日本を代表する老舗・東芝の「不適切会計」と報道される不正決算事件です。

 この東芝事件より少し前に、東洋ゴム工業と子会社の東洋ゴム化工品による「免震装置の性能偽装事件」が表面化しましたが、東芝にせよ、東洋ゴムにせよ、東証第一部上場の代表銘柄だけに、日本の株式市場全体にとってマイナスイメージを与える点で、「国辱的ダメージ」を持つ、由々しき企業統治の欠落事件として捉えておかなければなりません。

 「統治の不在」は国の次元、企業の次元に止まらず、身近なレベルでも起きています。子どもを持つ多くの家庭があらためて耳目を疑ったのは、岩手県矢巾町(やはばちょう)の中学2年生の「いじめ自殺」事件でした。当該学校や教育委員会はいじめ防止の「ルール、仕組み」をつくっているにもかかわらず、しかも少年が「助け、苦痛」を吐露していたのに自殺に追い込んだ事件でした。何とも言えない、寂寥感というか怒りがこみ上げてくる事件ですが、身近な学校という地域社会の次元でも、「統治の欠如」がかなり頻繁に新聞やテレビに取り上げられるようになって久しいと言えます。


 こうした国・企業・地域で噴出する各種の齟齬は日本社会の「統治不在」を意味するのでしょうか。それとも偶発的に生起する例外的な問題でしょうか。

 政府は成長戦略の目玉として「企業統治改革」をクローズアップし、民間に取締役会を含む最高意思決定の制度改革や新ルール設定などを強く求めつつあります。東芝事件はこうした統治改革論議に痛烈な一撃を与えましたし、新国立競技場騒動は肝心の政府の「統治力」に不安を抱かせました。今夏の国・企業・地域レベルの事件を通して、日本の統治問題に潜む根因を探りたいと思います。

「船頭多くして船山に登る」の新国立騒動は組織論以前の大茶番

 新国立競技場建設計画がすったもんだした揚げ句、白紙に戻った根本的な原因は一言でいえば、「船頭多くして船山に登る」に尽きるでしょう。

 仕組み的(組織図的)には、文部科学省が意思決定ピラミッドの頂点に位置しますが(文科省の最高責任者は下村博文大臣)、実態としては日本スポーツ振興センター(JSC)が競技場の事業主体になっています(JSCの最高責任者は河野一郎理事長)。ただ、JSCは文科省の下部団体ですので、やはり最終責任者は組織的に考えると文科省の下村大臣ということになります。

 問題は、実際の計画推進において、この組織的な指揮系統が機能しなかったことです。

 国際コンペはJSCが実施主体となりましたが、このコンペでイラク出身の建築家ザハ・ハディド氏を推奨したのは審査委員長の建築家・安藤忠雄氏でした。当初予算は1300億円でしたが、デザインの特異性から総建設費が2520億円にまで膨れ上がることがわかると、安藤氏は「選定ミス」で糾弾されるに至りましたが、「デザインの選定までが自分の責任で、建設費がどうかは自分にはまったく関係ない」と反論。

 一方、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(元首相)は、「50年先に残る遺産(レガシー)」にすべきと述べ、2520億円の建設計画が白紙撤回になったときにも、「国はたった2500億円も出せなかったのかねえ」と不満を口にしました。ただし、その“失言”が世論の反発にあうや、記者会見で「組織委員会は新競技場建設について何の権限もなく、責任を問われるのに大変に迷惑している」と弁明しています。だが、IOC(国際オリンピック委員会)で日本代表として正式に競技場建設の変更につき陳謝したのは組織委員会代表の森会長でした。(中略)

「社長は常に正しい」は会社人間の組織無謬性信仰に由来する

 「不適切会計」と呼ぼうと「粉飾決算」と呼ぼうと、東芝が利益をかさ上げ、改ざんしたことは、資本主義のインフラである株式市場を毀損させたという点で、「経済犯罪」を犯したと見なされるべきです。

 また、1500億円を超す巨額の利益かさ上げに弁明の余地はありませんが、偽装金額の多寡や有無にかかわらず、経営に最適な意思決定をさせるうえで、東芝組織にチェックアンドバランス(牽制を通じた決定の最適化)機能が備わっていたかどうかについても改めて考える必要があります。

 というのは東芝にかぎらず、日本の企業にはまだまだチェックアンドバランス機能を備えるところが少ないからです。だからこそ、日本政府や海外投資家はチェックアンドバランス機能を重視し、「企業統治(コーポレートガバナンス)の確立」を強調しているのです。

 チェックアンドバランス機能が不在の企業では、社長など経営首脳の意向や決定は「常に正しく、逆らってはならないもの」とされます。というのも基本的に終身雇用型仕組みによって立つ、大部分の日本企業の成員には会社は「わが社」と呼ぶに値する、家族同様な「心情的集合体」に近いため、そのトップの判断や決定はいわば神聖不可侵なものと暗黙の了解が成り立つ企業文化が根付いているからです

 東芝の場合では、「必達利益額」への「チャレンジ」が天の声、神の声となります。「会社人間」にとってトップの意向や決定に「誤りがないこと(組織の無謬性)」は自明の真理で、それに異を唱えるのは「非会社的」さらには「反会社的行為」になります。これが「経済犯罪」につながリやすい根因になっているのです。(中略)

タテマエだけで、魂欠く学校や地域行政の事なかれ主義

 岩手県矢巾町で起きた中学2年生の「いじめ自殺」事件は、身近な地域レベルで起きた「統治の不在」問題でした。人間的絆の希薄さを思い知り、状況把握力だけでなく、状況対処力が失われつつある地域社会の現実に、怒りを通り越し、悲しくなるばかりです。

 今回の事例では、被害者少年が「生活記録ノート」で追い詰められた苦しみや痛みをかなり率直かつ頻繁に書き記しているのに、教師がほとんど見当違いの「慰め」を記すのみでした。また、当該学校が「いじめ防止の仕組み」を作っていながら、いじめ情報の共有がまったくなされていなかったこともわかっています。

 文科省は2013年6月に「いじめ防止対策推進法」を公布し、学校、教育委員会、児童相談所、警察などに対策協議会の設置を呼びかけ、関係機関の連携推進を行ってきましたが、まさにタテマエで終わっていると言わざるを得ません。法律や条令を制定すれば問題が的確に把握され、迅速かつ適切に対処されるとの発想は、「事なかれ行政」の裏返しで、企業統治問題の「仏作って魂入れず」と同然の誤りです。

 今年2月に生起し、耳目を集めた残虐な川崎中1殺害事件も、地域社会の関係性が瓦解している典型と言えるものだったかもしれません。中学校、教育委員会、警察、課程、隣近所での情報共有や連携が皆無に近く、日常生活が営まれる地域社会に行政上の「統治不在」が広がる現実を浮き上がらせました。(後略)



(私のコメント)

新国立競技場の問題や東芝の問題などを「株式日記」で書いてきましたが、いじめ自殺の問題もなかなか無くなりません。しかし問題の根幹は共通しており責任者の不在であり、責任者以外の元総理大臣とか相談役とかいった存在が運営を仕切っており、いったんトラブルが大きくなると責任者は何をしているといった事になる。

いじめ自殺の問題にしても、学級の担任が責任を持つべきなのでしょうが、責任者が能力が無くてトラブルが起きても誰も処分されない。責任を追及して辞任させたところで組織が機能していないのだから同じ問題が起きる事になる。

東芝の問題にしても歴代の3人の社長を処分したところで、組織全体が不正を正せなかったのだから同じ問題はいずれまた起きるだろう。責任者が無能だと権限が宙に浮いて実権が他に移ってしまう。組織としてはちゃんと整っているのに機能しなくなる。

組織が整っていても責任者が無能であれば、組織の機能はマヒする。日本は総理大臣も各省の大臣も頻繁に交代しますが、担当省庁の業務の事が分からなくても、誰もが務まるように官僚が国会答弁を書いてくれる。企業の社長にしても任期が4年程度で交代して行く。

年功序列制度では多くがトップになれるようにするには、短期間に交代させて行かなければならない。創業社長なら終身社長も可能ですがサラリーマン社長では短期で交代せざるを得ない。能力で選ばれるのではなく会社に対する忠誠心で選ばれるから企業業績は頭打ちになって行く。

学校の先生も公務員だから滅多な事では首にならず、給料も良くて産休も取り放題だから女の先生が多くなる。しかし中学校ともなれば悪餓鬼を抑え込むことは出来ず学級は崩壊していじめが起きても対応が出来ない。いじめを受けた生徒も先生に救いを求めたが何もしてくれなかった。

校長や教育委員会が機能しなくて生徒が自殺するまで問題は放置されてきた。学級崩壊が社会問題化しても対策が取られてもいじめ自殺は次々起きている。いじめは昔からあっても鬼教師が悪餓鬼を殴りつけても問題にならなかったのに、今は体罰禁止で教師は鉄拳はふるえない。

学級崩壊が起きるのは先生の統率力の問題であり、不良グループが出来そうになったら教師が教室からつまみ出さなければ真面目な生徒が被害を蒙る。今時の先生にしてみれば生徒は1年も経てば進級して行くし、その間問題を起こさなければいいわけだ。

政治も企業も短期で最高責任者が交代して行くから、自分の任期だけ何も起きなければいいわけであり、問題があっても先送りにして後任に押し付ければいい。東芝の不正会計も後任に押し付けて行くうちに長期化して問題が大きくなってしまった。

齋藤精一郎氏によれば組織の統治の不在を指摘していますが、いったい誰が責任者なのかが分からない事例が多くなった。みんなの責任は無責任と言う言葉があるように、無能なトップは会議ばかり開いて決断が出来ない。前例を踏襲して自分の任期だけは無事で収めようとする。

総理大臣も同じであり、自民党は憲法改正が党是なのに何もやらない。憲法改正が無理なら憲法の解釈を変えて集団的自衛権を法律にしようとしていますが、防衛問題となると国民の思考が停止してしまって憲法を守れという事に戻ってしまう。集団的自衛権に反対と言うのなら日米安保にも反対しなければ筋が通らない。

新国立競技場もようやく白紙に戻りましたが、ハコモノ行政の悪しき面がでつぃ待った。新国立競技場に限らずオリンピックの各施設が建設費の高騰で2兆円もかかるようだ。その金は何処から出るのでしょうか? 財政再建と言いながら数千億円単位の無駄遣いが行われようとしている。

国民は増税で消費を切り詰めている状態なのに、森元総理はたったの2500億円が出せないのかとぼやいた。必要の無いハコモノを日本全国に作り、作ったらそのまま放置されている施設が沢山ある。茨城でも300億円の運動公園が住民投票で否決されましたが、政治家には国民の生活の苦しさが分からないのだ。




アベノミクスほど雇用政策と金融政策の密接な関係をはっきり
示したケースはめったにない。教科書に載せてもいい具体例だ


2015年8月5日 水曜日

民主党政権と安倍政権、日銀変われば雇用も増える 教科書に載せたい緩和効果 8月4日 高橋洋一

アルバイトやパートの時給が上昇しているようだ。三大都市圏の平均時給が2006年の調査開始以来最高になったと、リクルートジョブズから発表になった。

 2015年6月の「アルバイト・パート」募集の求人情報を抽出し、募集時平均時給を集計したものだ。それによれば、6月の平均時給は967円で、前年同月比10円増(+1・0%)となった。職種別では「専門職系」で37円増(+3・4%)となったのをはじめ、すべての職種で前年同月比プラスとなった。

 首都圏の平均時給は1003円で、同10円増(+1・0%)。東海の平均時給は908円で同10円増(+1・1%)。関西の平均時給は934円で同12円増(+1・3%)だった。三大都市圏とも似たような状況で、アルバイト・パート時給の上昇が見られている。

 本コラムでは、金融政策が雇用政策であることを強調してきた。金融政策はすべての業種に薄く効果があるため、業者ごとでは認識できない場合もある。しかし、雇用をすべての業種で足し合わせて見れば、その効果は歴然となる。

 金融緩和すると、第一段階として、少しタイムラグ(時間のずれ)があって、まず就業者数が増加する。初期段階では、それまで職のなかった人が非正規やアルバイト・パートという形で雇用増加に貢献する。

 新たに就業者に加わった非正規やアルバイト・パートの賃金は、既に雇用されている人より低いため、それまでの就業者を合わせた全体の平均賃金を押し下げる。

この点だけをとらえ、就業者数が増えたことを無視して「賃金が下がっている」とあげつらい、金融緩和を否定する人もいるが、経済の波及メカニズムをまったく理解していないだけで、反論にもなっていない。

 第二段階として、就業者数が増えてくると、失業率が下がり出し、もうこれ以上就業者数が増えないような完全雇用の状態に近くなる。

 そこで賃金が伸び始める。特に、アルバイト・パートの時給や残業代などが上がる。そうなると、下がっていた賃金も反転し上がり出す。雇用形態も徐々に非正規やアルバイト・パートの割合が減り、正規雇用が多くなってくる。

 今回、アルバイト・パートの時給が上昇してきたということは、いよいよ金融政策の効果が第二段階に入ってきたことを意味する。

 民主党政権と安倍晋三政権の雇用政策の差が出た。民主党は白川(方明総裁)日銀の路線だったが、安倍政権は黒田(東彦総裁)日銀でやってきた。そこで、これほど雇用政策と金融政策の密接な関係をはっきり示したケースはめったにない。教科書に載せてもいい具体例だ。

 ただし、この実例を教科書に載せると、日本の経済学者には困る人が続出するだろう。ちなみに昨年の消費増税が日本経済に与えた悪影響についても教科書に載ると困る人が多いというのは情けない。
 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)


(私のコメント)

私の経営するビルは駅に近い店舗ビルですが、一回の飲食店には従業員募集のチラシが張りっぱなしであり、時給も1300円で募集している。上の店舗のリラクサロンでもアルバイト店員を募集していますが、時給は900円で売り上げの50%が手取りになる。

アルバイト店員でも台湾旅行や韓国などに旅行に行っているくらいだから、それなりの給料にはなっているようだ。しかし仕事はきついから若くないと体力が持たないし、30歳過ぎると難しいようだ。一日中立ちっぱなしだし客商売だから気が抜けない。

このような体力仕事は20代でないと出来ないし、30代でアルバイトで応募しても体力が持たずに数日で辞めてしまう事が多いようだ。だから20代で金を貯めて自分で店を持って経営する方に回らないと続けられない。飲食店や美容室の店長も従業員から独立して店を持つようになった人で、自分の店なら体の無理もきく。

サラリーマンも同じであり、20代でカネを貯めて30代で独立して起業家になる道を目指すべきだ。だから20代で遊んでしまって貯金も出来なければ店も持てないし独立もできない。私は20代で貯金だけでなく国家資格などを取って遊ばなかった。

遊ぶのは60歳70歳になってから遊べばいいのであって、若い時は体の無理もきくから、きつい仕事でも耐えられるように体を鍛えておくべきだ。私は学生時代はバレーボール部に入って体力には自信があったが、それでも銀行員時代の営業は体力仕事で堪えた。30代で体を壊しましたが仕事が辛いのは今も昔も変わりがない。

20代は仕事も覚えるのも早くて一番戦力になる世代ですが、フリーターやアルバイターでは何も身につかないし体力が落ちてきたら出来る仕事も限られてしまう。アルバイト・パートでも専門職なら生かせる技術も身につきますが、私なども電気工事の技術が今でも仕事に生かされている。

高橋洋一氏の記事では、アルバイト・パートの賃金も上昇して6月には首都圏では1003円になったそうです。アベノミクス以前の絶望的な状況から改善してきていますが、安倍内閣の支持率は集団的自衛権などで落ちている。しかし経済面での業績は確実に上がってきている。

平均賃金では下がって来ていますが、新規の従業員の給料は低いから平均賃金では低下してしまうそうです。更に完全雇用に近くなれば人手不足が問題になって給料を上げざるを得なくなって行く。しかし正規雇用が増えて賃金が上昇するまでには数年かかる。

アベノミクスを批判する人も多くが消費税増税による消費の落ち込みであり、消費税増税は8%から5%に戻すべきだ。その方が景気にプラスになり所得税や法人税などで歳入増になって消費税増税は要らなくなるだろう。ポール・クルーグマン教授も消費税増税に反対していた。




多くの事例から得たデータを使って確認されてきた。最低賃金の
引き上げで職が失われるという証拠は、一切見られなかったのだ。


2015年8月4日 火曜日

クルーグマン「最低賃金を引き上げよ!」 労働市場は他の市場と違う。常識を覆した経済学の”知的革命”The NewYork Timesより 7月17日 現代ビジネス

これまでは、多くの経済学者たちが、労働市場とそれ以外の市場を同じように考えてきた。さまざまな種類の労働価格、つまり賃金は、需要と供給によって決まるという考えだ。多くの労働者の賃金が停滞する、もしくは低下するとしたら、それは、そのサービスに対する需要が減っているからだというわけだ。

特にこれまでは、技術の変化によって格差の拡大がもたらされるという見方が常識だった。高い教育を受けた労働者への需要が高まる一方で、ブルーカラーの仕事の価値は下がる。そして、政策がこのトレンドを変えるためにできることは、勤労所得控除で低賃金労働者を援助する以外にほとんどないという考えである。

それがまるで自明の理であるかのように、いまだに、この説を引き合いに出す解説者もいる。しかし、「スキル偏重の技術上の変化」が賃金停滞に拍車をかける主な要因であるという説は、すでにほとんど破綻している。特に注目すべきは、高等教育は賃金上昇を保証するものではなくなってきているという点だ。たとえば、インフレ調整後の大学新卒者の賃金は、ここ15年間で変化していない。

一方、賃金の決定要因に関する理解は、知的革命により一変した。「知的革命」というのは決して大げさな言葉ではない。それは、政府が最低賃金を変えた時に起きた現象を対象とした一連の優れた研究によってもたらされた。

カードとクルーガーによる労働市場の実験

およそ20年以上前に、経済学者のデービッド・カードとアラン・クルーガーは、個々の州が最低賃金を引き上げた際、それが実質的に労働市場の実験となると気が付いた。さらによいことに実験によって自然とその対照群がわかる。つまり、最低賃金の引き上げをしない近隣の州が対象群となるわけだ。

カードとクルーガーは、ニュージャージー州が最低賃金を引き上げ、その近隣のペンシルバニア州で引き上げなかった後で、ファストフード業界で見られた状況を調査するという形で、この知見を実践した。ちなみに、ファストフード業界は最低賃金の影響が最も顕著に出る業界である。

カードとクルーガーの研究が行われる以前は、私も含めほとんどの経済学者が、最低賃金を引き上げれば、明らかに雇用にマイナスの効果がもたらされると考えていた。

しかし研究の結果、効果があるとすれば、それはプラスの効果であることが判明した。この研究結果は、以降、多くの事例から得たデータを使って確認されてきた。最低賃金の引き上げで職が失われるという証拠は、一切見られなかったのだ。少なくとも元の金額が今現在のアメリカくらいに低いレベルの賃金である場合にはそう言える。

なぜ、そんなことがあり得るのか?――この問いにいくつかの答えはあるが、おそらく最も重要な点は、労働市場は小麦などそれ以外の市場とは異なるということだ。なぜなら、労働者は人間だからだ。

人間だから、より多くの賃金を支払えば、モラルの向上、離職率の低下、生産性の上昇など、雇用主にとってさえも重要なメリットがもたらされる。これらの利点により、労働コストの増大が生む直接的な影響が相殺されるため、最低賃金を引き上げたことで必ずしも職を失うことにならないのだ。

この知的革命からじかに学ぶべき点は、言うまでもなく、最低賃金は引き上げるべきだということだ。しかし、これが示唆することは、それに留まらない。最低賃金の研究から学んだことを真剣に受け止めれば、これが最低賃金で働く労働者だけに該当するものではないとに気づくだろう。

雇用主は、常に低賃金戦略と高賃金戦略がもたらす、それぞれのメリットとデメリットに直面する。たとえば、最低限の賃金を支払い、高い離職率と低いモラルを容認するこれまでのウォルマートのようなモデルと、高めの賃金と福利厚生により安定性の高い労働力を実現するコストコのモデルの違いだ。

公共政策は、より多くの企業が高い賃金戦略の導入を奨励できると確信する理由は、数え切れない。その方法は、労働組合の組織化を容易にすることをはじめとし、さまざまある。

ということで、ヒラリーのスピーチは、おそらく大半の評論家が気づいているよりも、はるかに多くのことを示唆している。彼女が言ったことの中には、夫が大統領だった時に主流となっていた考えとは違う点があることを指摘して、間違い探しをしようとする人々もいる。

しかし、多くのリベラル派の人々は、新たな証拠を踏まえて考えを変えたのだ。これはなかなか面白い経験なので、保守派の人たちもいつか試してみるべきだろう。



(私のコメント)

多くの理論は、実験データーを通じて証明されるものであり、理論がいくら正しくても実験データーで異なる結果が出れば、その理論にはどこかに間違った欠陥があるはずだ。しかし社会科学分野では実証実験を行う事が難しく理論だけで論争が行われがちだ。

経済理論では、異次元の金融緩和をすればハイパーインフレになるという理論を言う経済学者がいましたが、実際にはハイパーインフレにはならず円安と株高が起きた。雇用環境も良くなり新卒者の就職率は上昇してアルバイトの賃金も上がった。円安に伴う輸入物資の値上げがあったが石油や鉄鉱石などが値下がりしている。

「株式日記」でもインフレターゲット政策を主張してきましたが、世界的なデフレ傾向があって石油の暴落等もあり物価は思ったほど上がってこない。食品などは小麦やバターなどの値上がりがあって上がっていますが、想定されている値上げだ。建築資材も値上げですが人件費の値上げの方が大きい。とび職や鉄筋工など募集かけても集まらない。

金融緩和は失業率の低下や新卒者の就職率の向上やアルバイトなどの賃金などには効果が出ているが、全体的には平均賃金は上がっていない。正社員から非正規社員への流れがあり、若年労働者の賃金が下がり続けている。ならば同一労働同一賃金にして非正規社員の賃金を上げて行くようにすべきだろう。

ポール・クルーグマン氏の記事によれば、最低賃金を大幅に上昇させても失業は増えないという実験結果があるそうですが、経済理論からすれば最低賃金が大幅に上げれば企業側は雇用を減らす事が想像される。中小企業などでは倒産や廃業なども出てくるから雇用が減るという事ですが、実際にやってみると賃金が上がった事で労働モラルが上がり退職者も減って、定着率が高まれば生産性も向上して、雇用減にはならなかったそうだ。

日本でもそのような実験を雇用特区などで試してみたらどうだろう。しかし法律で最低賃金の大幅な上昇を決めても雇用市場で守られるのだろうか? 今でも800円程度の最低賃金が1500円になったらどのような影響が出るかやってみなければわからない。

今まで10時間働いても8000円にしかならなかったのが、15000円になれば給料は倍増近くなり労働者にプラスになるが、雇用する側は商売にならないと反対するだろう。今でも企業は人件費を削って利益を出してきた。正規社員から派遣に切り替えるだけで費用は3分の1で済む。だからブラック企業が高収益を上げてきた。

正社員から派遣に切り替えて、労働賃金を下げるだけ下げてくればモラルが低下して社会問題になっている。低賃金で離職者が多くなれば派遣会社に頼る事になり、派遣会社に給料がピンハネされるからさらに手取りが少なくなる。派遣会社が成り立つのはそれだけ雇用環境が悪いからであり、雇用環境が良くなれば派遣社員のなり手は少なくなる。

同一労働同一賃金が徹底されれば派遣社員の方が雇用する会社にとってはコスト高になり正社員化が進むだろう。しかしこれは実験してみなければわからない事であり、理論だけでは問題は解決しない。企業側にとっても賃金の上昇は反対するだろうが、社会全体が金回りが良くなり売り上げが伸びれば賃金の上昇もメリットをもたらす。




「悪意ある」行動を見つけたら当局への直通電話で報告するよう
投資家に促している。中国共産党が隣人の監視・密告を推奨


2015年8月3日 月曜日

揺れる中国株、メディア総動員でプロパガンダ戦争 それでも投資家は納得せず、「政府が買っているうちに売れ」 8月3日 英フィナンシャル・タイムズ

 中国の株式市場当局は直近の記者会見の冒頭で、国内のジャーナリストが中心の報道陣にこう語りかけた。「推測による報道について、守ってもらわねばならないことがある」

 中国証券監督管理委員会(CSRC)はこう続けた。「その種の報道については、誤った情報の拡散や市場の混乱を防ぐために、まずCSRCの確認を得なければならない」

 この警告は、主に国有企業で構成される「ナショナルチーム」が中国の株式相場をなかなか押し上げられずにいる中で、それと同じくらい重要な、国営メディアを幅広く巻き込んだ応援キャンペーンを中国政府が取り仕切っていることをあらためて示唆することになった。

 政府がプロパガンダ戦争に全力で取り組んでいるにもかかわらず、投資家心理は弱いままだ。その証拠に、CSRCが上記の警告を発した翌営業日に、上海総合指数は過去25年の歴史で2番目に大きな下落率を記録した。

 この8.5%という7月27日の下落により、同指数は政府が本格的な株価救済に乗り出した7月8日の水準(3500)をわずか200ポイント上回るだけになった。

介入開始時の水準を割り込んだら面子丸つぶれだが・・・

 この介入開始時の水準を割り込むことになれば、少なくとも2兆2000億元(3500億ドル)相当と推計される株価救済策をナショナルチームの主将として実行している中国証券金融(CSRC傘下の企業)は恥をかくことになるだろう。

 このチームの主軸の一角を担い、国家が支配する証券会社100社あまりを取りまとめる中国証券業協会は、上海総合指数が少なくとも4500台に戻るまで株を売らないと約束している。

 「市場心理は極めて弱い」。経済調査会社ゲイブカル・ドラゴノミクス(北京)の中国担当エコノミスト、チェン・ロン(陳龍)氏はそう指摘する。「政府は買い入れを続けるだろうが、長期的には、本当の意味で軌道を変えることはできない」

 上海総合指数は7月30日の前場、3760を下回る場面があった。前場終値は3787だった。

 中国政府は、上海総合指数が上昇して証券業協会の目標値4500を超えるよりも、下落して3500という水準を割り込む可能性の方が高いと見ている。

 CSRCはその懸念を受けて7月最終週に、「走資派」やそのほかの「悪分子」を敵視した毛沢東時代のキャンペーンを彷彿とさせる言葉を用いた。

 Q&A形式で簡潔に書かれ、夜遅くに発表された声明文によれば、CSRCは上場企業の大株主および取締役による保有株式の売却を禁止した7月8日の命令に違反して株を「投げ売り」した例がなかったかどうかを調査し、その際には「一味徒党」全員を追いかけるという。

 また、そのような「悪意ある」行動を見つけたら当局への直通電話で報告するよう投資家に促している。中国共産党が隣人の監視・密告を推奨した文化大革命などの政治キャンペーンに逆戻りするような内容だ。

 CSRCは上海総合指数が7月27日に8.5%下落した後、「(悪意ある投げ売りが)見つかった場合には、厳しい罰が下される」と述べている。

いまだ残るレーニン主義

 「中国の政治システムは今でも、その構造、組織、思考、本能において本質的にレーニン主義だ」。英ノッティンガム大学現代中国研究所を率いるスティーブ・ツァン氏はそう語る。

「株式市場は人民と党に尽くすことを求められており、人民を代表するのは党だけだ」

 「したがって、もし市場が間違った方向に進んだり、『非行を働いたり』するのであれば、それは非愛国的であり、正さねばならない。市場の『非行』を推進または助長する輩(やから)は裏切り者なのだ」

「政府が買っているうちに売れ」

 しかし、CSRCや国営メディアの使う言葉がとげとげしくなるにつれ、投資家やアナリストはこれを信じなくなっていく。

 「人民日報も新華社も、仕事だからああいうことを言っているだけ。みんなそれくらいのことは分かっている」。ゲイブカル・ドラゴノミクスの陳龍氏はそう言ってはばからない。「自分のポートフォリオ運用についての決断とはまったく関係ない」

 「私は、使われている言葉ではなく政府の行動に着目している。なぜなら、言葉には意味などないからだ」。中国の証券市場の専門家、フレーザー・ハウイー氏はこう語る。

 同氏は、ナショナルチームが中国の大手乳製品メーカーの株など大量の資産をこの1週間で買い集めたことに驚いている。「政府は今や、ある乳製品メーカーの株を5%持っている。いったい全体、どうして5%も買う必要があるのか」

 中国政府にとって問題なのは、上海総合指数が4500ではなく3500近辺で推移する期間が長くなればなるほど、投資家が今のうちに売り逃げてしまおうと考えがちになることだ。

 北京を本拠地とするある投資アドバイザーは、次のような戦術を推奨しているという。「彼らが愚かしい買いによって市場を安定させているのであれば、売るべきだ」 



(私のコメント)

中国は資本主義の経済体制を取りながら政治は共産党独裁国家であり、共産主義と資本主義とが併存している。上手く行っている時は資本主義の国家のような印象ですが、綻びが出始めると共産党独裁国家に逆戻りをする。株式市場も「悪意」ある犯人を捜すと言っていますが、密告を呼びかけている。

このような事を「馬脚を現す」と言いますが、株式市場の混乱が国家体制を揺るがすと言う恐怖感があるからだろう。共産主義は国家による統制経済であり株式市場も国家によって管理されて順調に上がって行かなければならない。もし空売りをして売り崩す事は「悪意ある投資家」という事になり密告によって捕まるらしい。

株価が大幅に下がりそうになると企業は売買停止にすることが出来て売り逃げる事は難しいようだ。このようにあまり管理を厳しくすると株を買う人がいなくなりますが、しかし自由化を急ぎ過ぎれば混乱が各方面に飛び火してしまう。

中国共産党の幹部は賄賂等によって数千億円単位の蓄財をしていて海外に持ち出している。だから情報も共産党の幹部が独占してインサイダーをやりたい放題できる。報道も国家統制だから株式投資など出来るような体制ではないのですが、形だけは資本主義経済だ。

共産党の幹部が数千億円単位で汚職し放題なのに国民は何も出来ない。習近平は虎もハエも取り締まるという事で支持を集めていますが、賄賂が無ければ政府が動かない事自体が、政治が時代遅れになっている。これではまともな資本主義が育つ訳がなく、強権的株式市場が出来上がる。

情報が公開されず、政府や企業の発表する数字がデタラメでは投資のしようがないのですが、賭博場化した株式市場ではいつかは破綻する。海外からの投資も及び腰になり、投機的な資金しか入ってこなくなるだろう。今までは民主化や情報公開が進むような幻想を振りまきながら世界から金を集めて来た。

AIIBはその象徴のようなものですが、はたして上手く機能するだろうか? 中国は人民元の国際化にも野心を抱いていますが、未だに自由化されていない。自由化されていないのに人民元は共産党幹部たちによって勝手に持ち出されて外貨準備高もかなり空洞化しているのだろう。

中国は経済規模が大きくなればなるほど、機能がマヒして動きが取れなくなる。いまだに金融が自由化できないのは量から質への転換が出来ないからだ。安い労働者を使って海外に輸出すれば経済規模は拡大して中進国にはなれるだろう。しかし先進国になるには情報公開と政治の民主化と経済の自由化が不可欠だ。




このように坪単価でみれば新国立競技場の異常なコストが分か
りますが、政治家も官僚もマスコミも建築の事が分からない。


2015年8月2日 日曜日

新国立競技場「やっぱりザハ・ハディドが必要です」元ゼネコン社員から見た混乱の原因 7月31日 伊東大地

■「そもそも1300億円であの競技場は無理」

――あまりにも今の報道が実態とかけ離れている、とご指摘を受けました。そう感じる点はどこですか。

ザハ・ハディドのデザインのせいだけでコストが増えた、というのはひどい認識だな、ということです。問題はそこじゃありません。

――予算が膨らんだ原因はどこにあると思いますか?

そもそも、1300億円であの要件を満たすスタジアムを造るのは、ほぼ間違いなく無理ですよ。

――当初予算の1300億円というのが、要件の大きさに比べて無理筋だろうと。

そう。1300億という数字自体、「1000億くらいかかるだろう。そこに3割かけて1300億でやれればいいんじゃないか」その程度の認識で決まったものだと思います。坪単価130万円で、8万人に開閉式屋根に可動式座席、加えて大規模な屋内空間、あれだけの要件を詰め込むのはムチャです。

――JSCはちゃんと予算管理を考えていなかった?

ざっくりした予算を立てるには、坪単価に面積をかけて算出できます。当初計画では10万坪だったので、1300億だと坪単価130万円で建てることになる。

この坪単価130万というのがどういう数字かというと、「スタジアム機能だけならなんとか建つだろうな」というくらいのが私の肌感覚です。

たとえば、同じくらいの味の素スタジアムでも日産スタジアムでも、客席から出ると屋外になっていて、その空間に売店が並ぶ、そういう形が一般的ですよね。こういう形式なら比較的安くできるんです。みなさんが見たことのあるスタジアムの作り方です。

でも、新国立競技場はその観客席裏のスペースを室内にして、そこに商業施設やジム、さらに厳密な空調管理が求められる博物館を入れようとしていた。床と壁、加えて空調設備、その分の坪単価が跳ね上がらないほうがおかしい。ザハの当初のデザインのまま造れば3000億円、という試算が出ましたけど、正直、それくらいは絶対に必要だろうなあ、と思いました。

よく新国立と比較されるガンバ大阪の新スタジアム。あれは坪単価70万円くらいで、総工費が140億。なぜそんな破格に安い金額でできるかというと、それはちゃんと理由があって、あれは寄付を集めて作られたもので、予算が最優先の要件だったからだと思います。いくら「工期に間に合わせるためにもう何十億かかります」と言ったところで、お金を出す主体がないので、2倍、3倍にはならないわけです。追加投資はない前提で造られていますから、機能も形もシンプル。サッカースタジアムに最適化され、モジュールを組み合わせることで予算を下げたものです。それでも今の労務費、資材費高騰の流れの中で、坪単価70万、140億円で造り上げ、また全体をコンパクトにすることでサッカーに必要な臨場感も演出している。非常にすごいスタジアムだと思います。できたらぜひ見に行きたいですね。

ただ、3倍以上の規模になる新国立競技場と比べるのは、フェアじゃない。規模、求められている機能、関わる人の数、施工例の数、何もかも違いすぎます。

■「見積りの2倍、3倍になるのは当たり前。でも仕事はそこから」

――とは言っても、「コンペで選ばれた案が、予算の倍になっている、けしからん」というのは、私も含め一般の人たちの感覚にありました。

今回行われたデザインコンペのやり方では、短期間でデザインの部分を中心に募集をしています。なのでコンペの後、実際に要件を全部取り入れてコストを積算したら予算の2倍、3倍ということはよくあることなんです。全然珍しくないし、むしろそれが当たり前。ここに一般の感覚と建築業界の常識の乖離、というのはあったでしょうね。

でも、建築の仕事というのは「これじゃ予算の倍かかります」というところからが腕の見せどころ。要件の削減を提案したり、素材を変更したり、建設会社が持っている特殊な工法を採り入れたり、発注元と相談して予算を増額してもらったり、ありとあらゆる選択肢を検討して「コストと要件」のバランスを詰めていくんです。

家を建てる時もそうでしょう? 「オープンキッチンにしたい」「暖炉がほしい」「ウォークインクローゼットがほしい」「飼っている犬の部屋がほしい」などなど、全部詰め込めばコストはいくらでもかかる。だから何かを諦めましょう、それかもう少しお金を出しますか、という話をしていくんです。

ましてや、8万人収容に開閉式屋根、可動式の座席に、大地震のための免震構造、なんて言ったら、こりゃ高いな、と思いますよ。そもそも、そのスケールのものを何度も建てたことがある人なんてほとんどいないわけです。最初からコストをきっちり割り出すなんていうのは土台、無理な話。半年以上の時間をかけて詳細に設計して、それを積算してみて初めてわかる。そこから要件を詰める。それしかできません。

――その「要件を詰める」プロセスは、なぜ行われなかったんでしょう?

実は、JSCも一度はやってるんです。3000億のものを、1625億に削減したJSC案を作っています。問題はそれがもっとかかるとわかった時に、さらなる見直しをしなかったことです。それはザハ声明でも「コストを削減したプランを提案したのに受け入れれなかった」と言っている部分ですね。

――では、改修案は作れたのに、その後予算が膨らんでもさらに見直せなかった理由は?

JSCが考えていたのは「要件は削れない」「間に合わせる」その2つだけだったからでしょう。

改修案はどうやって3000億円から1625億円に落としたかというと、当初計画の10万坪から、面積を小さくして7万坪にしたことが大きいんです。開閉式屋根や可動式の座席といった、機能面の要件はほとんど削ってないんですよ。

それには理由があって、結局、要件を決める有識者会議自体が、「新国立競技場を使っていただくお客様のご要望を聞く会」みたいなもので、国としてどう造るべきか、という議論がなかったから。スポーツ業界が可動式の座席、エンタメ業界が開閉式屋根を要求し、盛り込みましょう、で終わっています。議事録を読めばわかりますが、唯一削れたのが陸上のサブトラックですよ。

普通は、発注元であるJSCとザハと日建設計らの設計チーム、ゼネコンの三者が、あれはできる、できない、いくらかかる、とバチバチやらなきゃいけなかったのを、JSCが要件を削りたくないから、「これでいきましょう」としたのが原因だと思います。

有識者会議の議事録に「8万人常設席を5.5万人にして、残りは仮設にしてはどうか」と残されています。発言者は黒塗りで誰かはわかりません。でも、あのメンバーで要件を削る主張を言えるのは安藤忠雄さんだけでしょう。安藤さんは2016年の招致活動の時に、限られた予算内で晴海にスタジアムを建てる計画を作っているので、コスト含めて厳しさを知ってるはずなんです。それぞれの業界代表の委員は要件を盛り込むためにいますから、言ったのは安藤さんだろうと思っています。(後略)



(私のコメント)

安倍総理の決断で新国立競技場の建設プランが白紙に戻されましたが、基本設計プランが曖昧なままにデザインだけが先に決まってしまったという事が、コスト高の要因になっているのだろう。確かにデザイン自身は斬新なものですが、あんなものが作れるのかと言った問題があった。

私としては機能性を追求して行くべきだと書きましたが、8万人もの巨大スタジアムで開閉式の屋根を付けるとすれば、従来の陸上競技場よりかはかなり高くなる事は避けられない。さらに天然芝のグランドを維持するためには屋根を付けるとすれば札幌ドームのようにグラウンドを屋外に出せるようにしないと無理だろう。

更に可動式観客席を用意してとなると、従来のオリンピックスタジアムと比較する事自体が無理になる。用地の関係でサブトラックが作れないそうですが、伊藤豊雄氏の設計プランでは地下に造る事を想定していた。機能を追求していけば用地が無ければ地下に造るしかない。

開閉式の屋根にしても遮音性のあるしっかりしたものとなると、テントみたいな屋根ではダメで伊藤豊雄氏のようなパネル状の屋根でないと遮音や雪などに耐えられない。東京ドームはテント式でしかも開閉が出来ないから安くできた。

日本にも開閉式屋根のあるスタジアムがありますが、故障したり修理したりで開閉式屋根はトラブルが多くメンテナンス費用も掛かる。ザハ氏のプランでは開閉式屋根を付ける事自体が無理だろう。サブグランドも無く天然芝を維持するとなれば最初からっサッカー場として建設した方が良いのだろう。陸上競技は味の素スタジアムですればいい。

白紙に戻った構想では、サブトラックも仮設であり開閉式屋根も断念されるようですが、維持管理費を考えれば当然の結論になる。コンサートなどで使うとすれば芝生のグラウンドを一時的にパネルで覆う必要があるだろう。福岡には開閉できるドーム球場がありますが人工芝で4万人弱のスタジアムで半分程度の規模だ。

8万人規模の巨大スタジアムでしかも開閉式の屋根を付けるというのは世界でも初めての試みであり、ゼネコンでもキール屋根でなくとも費用が嵩むことは避けられなかっただろう。今回のトラブルの原因は安藤忠雄氏にあり、機能性を考えずにデザインだけで選んでしまった事だ。

安藤忠雄氏は建築設計家なのだから、コストや機能性なども考慮して決定した責任がある。しかし決めたデザインはUFOのような巨大建築物には不向きな建物だった。だから混乱の原因はザハのデザインに決めた安藤氏に責任がある。安藤氏自身もこのような巨大な建築はしたことが無いと言っている。

担当した文部科学省には建築の専門家がおらずゼネコンとの交渉が出来ず、予算はゼネコンに吹っかけられっぱなしになった。予算にしても森元総理は2500億円も出せないのかと言った感覚であり、政治家の金銭感覚はバブル当時のままだ。

新国立競技場ほどの規模の建築物となると資材の調達も直ぐには出来ない。ゼネコンも労働者も不足して足らないとなれば期日までに出来るのかと言った問題も起きる。まさにザハのデザイン自身がバブルであり、機能性と経済性を最優先して、維持費の安い物を作るべきだ。

「株式日記」では伊藤豊雄氏のデザインを推奨したが、機能性もありコスト面でも1500億円くらいで出来たのではないだろうか? 建築には坪単価が一応の目安になるが、私の建てたビルは坪単価が80万円であり、100万円ならかなり贅沢なビルという事になる。新国立競技場は10万坪であり坪単価は250万円という事になる。

このように坪単価でみれば新国立競技場の異常なコストが分かりますが、政治家も官僚もマスコミも建築の事が分からない。建築に関しては私も経験者だから意見を述べましたが、政治家と官僚が決めずに広く意見を募るべきなのだ。ロゴマークにも盗作疑惑が出ましたが、閉鎖的な環境で何でも決めているからゴタゴタが起きる。

先日はボランティアの制服にも異議を書きましたが、これも閉鎖的な環境で決めてしまったから可笑しなものが出来る。法被なら一着300円で出来るし普段着の上に着たり脱いだりの手間も省ける。ネット上では以下のような法被のデザインがあったが、この方が日本的でいい。




「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」と。人生には意味
など何もない。人の一生など何の役にも立たない。


2015年8月1日 土曜日

人生は冥土までの暇つぶし、だからこそ極上の暇つぶしが必要なんだ 8月1日 島地勝彦

Q私の悩みは、悩みがないことです。もちろん「ちょっとした問題」なんていうのは日々直面していますが、それはたいてい自力で解決できます。でも、どうしていいのか分からず夜も眠れないような大きな悩みを抱えたことがないのです。

よく言うように、悩みが人を成長させるのだとしたら、自分の人生を左右するような悩みを持たない私は、成長できないことになります。夏目漱石のように、太宰治のように悩み抜けない私は、感受性が弱いのでしょうか。人生を真剣に生きていないということなのでしょうか。だいたいみんな何を悩んでいるんですか? 人生に悩みは果たして不可欠なのでしょうか?

(42歳男性・イラストレーター)

人生とは苦しみそのもの

シマジ:「人生に悩みが不可欠か」とは、何にも分かっちゃいないな。悩みなんて必要、不必要を考えて選択するものじゃない。生きていれば、必然的に付きまとうものだ。そんなことさえ分からないというのは不幸な人だな。苦しみも悲しみもないひたすらフラットな人生。そんな人生を生きているこの人の将来が見えるようだ。間違いなく、禿げちょろけた地面のような惨めな晩年が待っている。

アソシエ:今日はいつになく文学的ですね。

シマジ: サマセット・モームの『人間の絆』のことを考えていたんだよ。『人間の絆』はモームの自伝的小説だ。だから主人公フィリップはモーム自身でもあるんだな。幼くして親を亡くし、足に障害を持つフィリップは人生の意味を考え続けている。そして東方の王様の逸話を思い出す。この王は人生とは何かを知ろうと願い、ある賢者にその答えとなる書を注文する。だが、国事多忙な王は500巻に及ぶ書を読む時間がないため賢者に要約を命じる。要約が完成したのは20年後だ。人生の命題は50冊になっていた。だが、既に高齢の王には、その50冊を読む時間もなさそうに思われ、さらに要約を命じた。

 さらに20年が過ぎて、賢者はたった1冊にまとめた本を持参した。だが、死の床にあった王はもうその1冊さえ読めない。そこで賢者は王に、人生の意義をたった一行にして伝える。「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」と。人生には意味など何もない。人の一生など何の役にも立たない。フィリップはそれに気づいて救われるわけだ。

 つまり、人生とは苦しみそのものなわけだよ。だから人は誰しも、フィリップのように、なぜかくも苦しい人生を生きなければならないのかと思い悩む。自分の無力さや小ささに苦悩する。何も為し得ていない自分の人生に苛立つ。

 質問者はイラストレーターだよな。ならば当然、もっといいイラストを描きたい、満足のいく作品を数多く残したいと思っているだろう。だが、人生はそう簡単にはいかない。自分の才能を疑い、理想と現実のギャップに悩むのが普通だ。どんなに成功しているように見える人でも、いやそうした人ほど、何かに真剣であれば悩みは深くなるものなんだ。俺には悩みがないという言葉が信じられない。

アソシエ:でも、シマジさんの座右の銘は「人生は冥土までの暇つぶし」ですよね。ここにはあまり悩みが感じられないのですが。

シマジ:馬鹿を言っちゃいけない。この言葉は今東光大僧正から頂戴したありがたいお言葉だ。フィリップを救った「人は、生まれ、苦しむ、そして死ぬ」と同じように深く悩む者こそが噛み締めるべき教えなんだ。

 この言葉を大僧正から言われたのは、俺が32〜33歳の頃だ。俺は人生の荒れ狂う暴風雨の中にいた。

アソシエ:やっぱり今日は文学的です。

大僧正から言われた「人生は冥土までの暇つぶしや」

シマジ:黙って聞きなさい。その時、俺はある女性と恋に落ちた。年上で美しく頭のいい人で、彼女からは実に多くのことを教えてもらった。彼女はアメリカで仕事をしていたんだ。俺は家庭も仕事も捨てて、彼女と一緒に暮らすためにアメリカに渡ろうと考えた。もちろん考えに考え、悩みに悩んだ。そんな俺の様子を見ていた同僚でかつ親友でもある男が、心配をして声をかけてくれたんだ。

 俺は悩みを打ち明けた。当然、親友は、何を馬鹿なことを考えているんだと諌めてくれたさ。だけど、女を激しく愛している男に向かって「お前は恋愛感情に振り回されて冷静に判断できなくなっているんだ。そんな馬鹿なまねはやめろ」と諌めるのは、荒れ狂う暴風雨に向かって「静まれ」と言うようなものでしかない。聞き入れられるはずがないんだ。

 そこで、その同僚はシバレン(柴田錬三郎)さんに相談したんだな。「シマジがおかしくなっている。先生から意見してやってください」というわけだ。だが、シバレンさんは無頼な生き方を作品に描き、自分もそう振る舞ってきたから、常識的な生き方なんか説けない。そういう相談なら今(東光)さんの方がいいだろうということで、シバレンさんは今大僧正に話を持ち込んだ。

 さすが大僧正で頭ごなしに「やめろ」とは言わない。「シマジ、俺はロマンチックな愚か者というのもいいと思う。でもな、お前にはシバレンも俺もいるやろ。お前には編集の仕事が合っている。日本に残っていい仕事を沢山してもらいたいと思っとる」ってな調子だ。

 「諸君、何でもやりたいことを大いにやるこった。人生とは、何もやらない虚無よりも、たとえ失敗したとしても、傷心の方がはるかに尊いものなのだ」と週プレの若い読者に語った大僧正が、日本に残って仕事を続ける方がいいと言っている意味を俺は考えた

 大僧正自身、波乱万丈の人生を歩んできた怪物だから、荒れ狂う暴風に翻弄される人生も良しと思う気持ちはあるはずだ。なのに会社に残った方がいいという常識的な言葉を投げかけている。その時、今さんは既に最晩年。77〜78歳だ。その起伏に富む長い人生の経験を踏まえて、大僧正には俺の将来が見えているんだろうと感じた。もう、その言葉にうなずくしかなかったよ。

 そんな時に「シマジ、人生はな、冥土までの暇つぶしや」と言われたんだ。これは逆説だよ。人は真剣に生きていれば必ず悩む。自分の人生に満足し切っている奴なんているわけがなくてね。生きている意味は何だ、俺の人生はこれでいいのかと考える。時には悩みにがんじがらめなって身動きが取れなくなることもある。

 そこまで追い詰められた人には「人間は必ず死ぬ。そして死ぬ瞬間までは何とか生きていかなければならない。してみりゃ人生なんて冥土までの暇つぶしだ」という言葉は大きな救いになる。そんなに生き急がなくてもいい、もっと肩の力を抜いてもいいと気づかせてくれるからな。

俺たちは素敵な暇つぶしをしなきゃいけない

 だから、沈香も焚かず屁もひらず、ぶらぶらと無為な日々を過ごす者が「どうせ人生は冥土までの暇つぶしだから」などとうそぶくのは噴飯ものだ。冥土までの暇つぶしだからこそ、俺たちは素敵な暇つぶしをしなきゃいけないんだよ。

 大僧正はよく「極上の暇つぶしをしなくてはあかん」とおっしゃっていた。そう言えば、「人生は誰と出会えたか、その積み重ねでしかないんだよ」という言葉もよく聞いた。この人の言葉をもっと聞きたい。その考えをもっと深く知りたい。そう思える人とどれだけ出遭えるかが大事だと思うな。

 そのためには、面倒なことを避けていてはダメなんだ。誰かと知り合い、親友になる、あるいは恋人になるためには、時間も労力もカネもかかる。ぶつかり合ったり裏切られて傷ついたりすることもあるだろう。だけど、それらをちゃんと引き受けなくては極上の暇つぶしはできないんだよ。

 あの時、大僧正は「遊戯三昧」という書をくれたんだ。これは「ゆげざんまい」と読むんだが、仏の境地のことだ。遊戯は心に任せて自由に振る舞うこと。三昧は夢中になってひたり切ることだ。極上の暇つぶしのためにはひたり切らなければいかんのだ。

アソシエ:相談者は傍観者のようにして生きていると?

シマジ: そう思うな。自分がやがて死ぬということにリアリティーがないんじゃないかな。自分も死を待つ人々の列に連なっているということを真剣に想像してみたらどうかね。今この瞬間も1秒ずつ死に近づいているという想像をするんだ。そうすりゃ、つまらない暇つぶしではもったいなさ過ぎるし、自分の人生が可哀想だと感じるだろう。まずは人生そこからだ。



(私のコメント)

「株式日記」は題名の通り経済や政治などのブログであり、歴史や文化面などにも手を広げて書いています。人生相談的な事にも手を広げて見ようかと考える事もありますが、ネットには人生相談のサイトなどが沢山あります。それらも見てみるのですが、最近では常識をわきまえない人が沢山いるようです。

常識とは、人の迷惑になるような事はしないというのが一番の常識なのですが、非常識な人が沢山いる事が分かります。夫婦関係でも愛し合って結婚したはずなのにダブル不倫などでのゴタゴタが絶えないようです。せっかく結婚したにもかかわらずどうしてセックスレスになるのか分からない。

不倫したりセックスレスになる位なら結婚などしないで、自由恋愛を楽しんだ方が良いともうのですが、なぜ自覚も無しに結婚するのだろう。結局は見栄や体裁の為に結婚して後悔して不倫したりレスになったりする。それだけ真剣に人生を考えていないからだ。

冒頭の人生相談は悩みが無い事の相談ですが、老子の言葉に「学を絶てば憂いなし」と言う言葉がありますが、何も考えなければ何の悩みも無いという事です。何もしなければ何の失敗もしないという事であり、それでは何の為に生きているのか分からない事にもなる。

最近では草食男子と言う言葉がありますが、欲を持たばければ悩む事からも解放されます。「無欲は大欲に似たり」と言う言葉もありますが、草食化して与えられたものだけを食べて、肉食動物のように獲物を追いかけなければ失敗する事も無い。

人生を植物のように生きるのも人生ですが、何歳になったら結婚して何歳で何人かの子供を作って、定年になったら退職して寿命が来たら死ぬだけの人生に何の意味があるのだろう。ネットなどを見るとそのような人生を起こっているようなブログが沢山ある。つまり何も考えずに生きている。

多くの人は結婚すれば幸せになれると思って結婚するのでしょうが、結局は不倫したりレスになってしまう。人生相談を見ても子供が出来てレスになる事が多いようだ。セックスを子供を作るためにするといった考えならば正しいのでしょうが、アダルトビデオにおけるセックスは子供を作るためにしているわけではない。

人間の欲望には食欲と性欲が二大欲望ですが、人生は美味しいものを食べて女とセックスをやりまくる事が幸せにつながる。しかし実際には結婚しても嫁さんは料理が下手でセックスもマグロでは60年の不作になる。人生を真剣に生きているのなら、どうしたら美味しい料理が出来るかとか、どうしたらセックスで逝けるかと言う問題に真剣に取り組むはずだ。

多くの夫婦が不倫に走るのは、相手が代わればセックスで逝けるのではないかと思うからでしょうが、何のために結婚したのか分からなくなる。夫婦が離婚して不幸になるのは子供たちであり、ならば子供を作る前に離婚すべきなのだ。にもかかわらず多くの夫婦は子供が出来てから離婚する。

島地氏も家庭も仕事も捨てて不倫相手の彼女とアメリカに行く事を考えたが、今東光大僧正は「仕事に打ち込め」と発破をかけた。恋愛感情など一時的な感情に過ぎないと見ぬいていたからですが、仕事も家庭も捨ててしまったら人生が破滅まっしぐらだ。

今東光大僧正は、「人生は冥土までの暇つぶし」であり、だからこそ「遊戯三昧」と言う仏の境地を説いた。自由に生きて美味い物を食べて、セックスを究める事が大切だ。しかし世の中はインスタント料理がはびこり、夫婦の半分がセックスレスになる。

テレビなどではグルメ番組があり、タレントが料理自慢をしたりしても、見ている人たちはコンビニ弁当やハンバーガーを食べている。アダルトビデオが蔓延っているのに結婚するとセックスレスになるのは矛盾している。多くの人がニセモノの人生を歩んでいて、本当の人生を知らない。



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