株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


フランスやイギリスの教科書は、日本の戦争がアジア・アフリカの解放
にはたした役割を認めて、同じ意味のことを書いております。西尾幹二


2012年5月15日 火曜日

歴史教科書著者の想い 代表執筆者 西尾 幹二(電気通信大学名誉教授)

戦争の世紀と日本の苦悩

西尾 日露戦争については、通例の教科書では反戦運動が強く語られて、概ねご承知のように内村鑑三、幸徳秋水、与謝野晶子を代表的な反戦論者として掲げて、ある教科書では戦争に反対する人々と戦争に賛成する人々の見解が並べられていて、どっちが正しいだろうかという誘導尋問のような現代の反戦平和主義の感情で子供たちを操っている教科書もあります。我々の教科書はそのような見えすいたことを子供たちに与えたりしません。浅知恵はなによりも教育の敵です。小村寿太郎が日本はイギリスと同盟を結ぶべきか、ロシアと同盟を結ぶべきかという選択に迫られたときに書いた小村意見書というのがあります。これはイギリス側についた時の利点や欠点、ロシア側についた時の利点や欠点を冷静に分析したもので、日本が厳しい国際情勢の中に立たされたときに必死に問題を考えながら如何に的確に対処したかを物語るものです。当時の状況が、今からでは想像もつかないような厳しいものであったことが中学生にもわかるように対比的に書かれています。またコラムでは日露戦争に対する外国人の肯定的評価をいくつか紹介しました。

慰安婦問題についてはもちろん1行たりとも書かれていません。南京事件については東京裁判の記述のところで東京裁判に突如初めて出されたテーマとして紹介しました。我々は日露戦争の直後から第2次世界大戦の時代までをひとくくりのものと捉えました。これは全体を大きく把握した時に妥当な考え方だと思います。日露戦争終結後に日本は列強の仲間入りをしてすぐに、カリフォルニア移民排斥など様々な国際問題にぶつかったわけですから。我々は、第二次世界大戦時代の冒頭に1860年代から1912年の間にアメリカが獲得した主な領土や植民地の一覧図を掲げました。アメリカは日本の立ち上がりの時期に、日本列島の太平洋側の地域を封鎖した形になったわけです。この封鎖だけで日本にとって脅威であった。日米戦争は必然のものであったことが今になって思われるわけです。戦争というものは正義でもなく不正義でもなく、道徳とは無関係におこりえるものなので、日本が正しいとかアメリカが正しいとかはあり得ないわけです。

それからファシズムの台頭と題したところで、今まではナチズムやファシズムは一方的に悪者視され、共産主義には肯定的な評価が与えられていましたが、我々はファシズムも共産主義も秘密警察や強制収容所による党支配のものであり、全く同質のものとして描きました。ヒトラーとスターリンは同時代人で、互いに相手のやり方を学習しあっていたという観点が提起されています。また、
南京事件にしても、第一次南京事件つまり中国国民党が外国領事館及び居留者にたいして暴行略奪を働き、多数の死者を出した事件について書きました。当時の日本は無抵抗を貫きました。

心を打つ教科書

西尾 大東亜戦争については、4ページにまとめられていますが、最初の2ページは東南アジアにおける緒戦の大勝利を描いています。僅か100日ほどでアジアから白人支配を追い出したので、東南アジアやインドの人々、さらにはアフリカの人にまで独立への夢と勇気を育んだ、と記述しています。後半2ページはミッドウェーからの敗北への悲惨が描かれています。

我々の教科書で自分で言うのもなんですが、日本人の心を強く打つものがあります。おそらくこれまでの教科書で初めてではないかと思われますが、神風特別攻撃隊について叙述的に写真と隊員の家族への手紙入りで書かれています。そしてその章のしめくくりに「戦争は悲劇である。しかし、戦争に善悪はつけがたい。どちらかが正義でどちらかが不正という話ではない。国と国とが国益のぶつかりあいの果てに、政治では決着がつかず、最終手段として行うのが戦争である。アメリカ軍と戦わずして敗北することを、当時の日本人は選ばなかったのである」とあの時代の日本人の決意と自己認識をまとめています。この部分は我々の志を強く訴えたものであり、「つくる会」の原点とも言えるかも知れません。

また、次の章で我が国が開戦直後から戦争の目的の一つとして掲げていたアジア解放について具体的に述べ、昭和18年11月に東京で開かれた大東亜会議について言及しています。大東亜会議では各国の自主独立やたがいの提携による経済の発展、各民族の伝統文化の尊重、そして人種差別撤廃を強くうたう大東亜共同宣言を満場一致で可決しました。これは後に1960年の国連総会で決議された植民地独立宣言と期せずして同じ趣旨のものになりました。

新しい教科書は日本が様々な迂余曲折や困難を経ながらも、インド仮政府、ビルマ(ミャンマー)、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオスなどの国々を独立に導いたということを伝えています。また、インドでは我が国が敗北した直後、イギリス軍が日本軍とともに戦ったインド国民軍を処罰しようとしたのに対し、インド人が民衆をあげて激しい抵抗をして、これを契機に全面的にインドが独立をなしえたのだと描いています。更にインドネシアでは、PETAと呼ばれる日本軍によって組織された3万8千人の軍隊が、2千人の日本人義勇兵とともにオランダ軍を相手に独立戦争を開始し、それによって、4年後の1949年インドネシアが350年間続いたオランダ支配から独立したということに言及しています。このように日本軍の南方進出がきっかけとなり、アジアからアフリカまでヨーロッパの植民地だった国々の独立の波はとどまることがなく、「第二次世界大戦後の世界地図は一変した」としめくくられています。これは事実が証明したまぎれもない歴史の足跡です。フランスやイギリスの教科書は日本の戦争がアジア・アフリカの解放にはたした役割を認めて、同じ意味のことを書いております。

誤解を正す教科書

西尾 よく誤解されるのですが、ジェノサイドと戦争犯罪は別です。ある民族や人種の文化的集団に対する組織的計画的な殺戮をジェノサイドというのですが、わけてもその中で代表的なナチスのユダヤ人大量殺戮はホロコーストと別によばれます。ジェノサイドはより広義の概念で、ナチスだけでなく、スターリン、毛沢東、ポルポトの大量殺人も含まれます。われわれの教科書はこのことをはっきりさせています。「これは戦争犯罪ではない。戦争とは無関係におこなわれる、おそるべき犯罪であり、20世紀に人類が生んだ最大の悪である。」と記し、数千万の規模で殺戮をおこなったスターリンと毛沢東の人類史的犯罪をも明記しています。

日本はたしかに戦争犯罪は犯したかもしれません。しかし戦争をして戦争犯罪を犯さない国はなく、戦勝国も例外なく戦争犯罪を犯してきました。しかし日本の歴史にジェノサイドもホロコーストもありません。それどころかわれわれの教科書は、日本がドイツと同盟を結びながら人種差別反対というベルサイユ会議以来の国の方針によって、ユダヤ人を助けたことをも伝えています。他方、広島、長崎の原爆投下ははたして単なる戦争犯罪だろうか、それともジェノサイドに当てはまる「人道に対する罪」だろうか、との問いをも立てて、子供たちに概念の相違を考えさせるようにしています。概念の混乱をふせぐのが大切です。なにもかも一緒くたにして、日本とドイツの戦争を同じに扱うようなばかげた誤解はもうここいらで終わりにし、教育現場からもぬぐい去ってもらいたいと思います。

さらに今まで、侵略戦争ということばの定義もはっきりしないまま、このことばを用いていたずらに感情論に終始していました。われわれの教科書では「『侵略戦争』とは」というコラムをもうけ、1928年のパリ不戦条約から1974年の国連総会決議までの、このことばをめぐる国際法理上の流れを、子供にも分かるように要約して伝えました。

コラムにはこのほかに「出土品から歴史を探る」「日本の国歌と国旗」「明治維新と教育立国」などがあります。



大東亜戦争が、白人による植民地支配からの解放戦争であることは日本や世界の新聞報道から見ても直接的反論が無いのは事実だ。 2008年11月3日  株式日記

◆Japan air force chief faces sack Friday, 31 October 2008 BBC
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7702374.stm

World War II in the Asia-Pacific region is referred to as the Greater East Asia War by those who saw it as Asian nations seeking independence from Western powers.


◆Japan to sack air force chief over WWII views Friday, 31 October 2008  Independent
http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japan-to-sack-air-force-chief-over-wwii-views-981051.html

Tamogami said in the essay that Japan's military actions in China were based on treaties, and that the Korean peninsula under Japan's 1910-1945 colonial rule "was prosperous and safe".


◆Japan's air force chief faces sack over second world war comments Friday October 31 2008 guardian
http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/31/japan-secondworldwar

He said the Korean peninsula had been "prosperous and safe" under Japan's 1910-1945 occupation and that Roosevelt had "trapped" Japan into attacking Pearl Harbour in December 1941. He went on to accuse the then US leader of being a puppet of the Comintern, the international communist movement founded in Moscow in 1919.

◆Japan Fires General Who Said a U.S. ‘Trap’ Led to the Pearl Harbor Attack  October 31, 2008  NYTimes
http://www.nytimes.com/2008/11/01/world/asia/01tokyo.html?_r=1&ref=world&oref=slogin

Few politicians have spoken as comprehensively as General Tamogami did. Instead they have telegraphed their sympathies with the rightist view of history. The current prime minister, Taro Aso, in the past publicly praised Japanese colonial rule on the Korean Peninsula. Mr. Aso, whose family’s mining business used forced laborers during World War II, also said Koreans gladly adopted Japanese names.

◆Japan's air force chief sacked over WWII comments 31 Oct 2008 THE TIMES OF INDIA
http://timesofindia.indiatimes.com/World/Rest_of_World/Japans_air_force_chief_sacked_over_WWII_comments/articleshow/3659583.cms

China, the two Koreas and other Asian nations still have searing memories of Japan's aggression and colonial rule, and there had been speculation that General Toshio Tamogami's comments would create antipathy.


(私のコメント)

大東亜戦争は1945年に終わったのではなく、現代まで続いている戦争なのである。その証拠に在日米軍の基地が日本全国に100箇所以上も点在している。戦争が終わったとするならば占領軍は引き揚げなければなりませんが、在日米軍がそのままいるという事は、日本人が完全に敗北を認めるまで米軍は日本を占領し続けるつもりなのだろう。

東京裁判は日本人の思想改造の為に行われた洗脳裁判であり、東京裁判によって大東亜戦争が侵略戦争であるという定義を植えつけてしまった。自民党はCIAによって作られた政党であり、イラクにおけるマリキ政権と同じ役割を果たしている。イラクが独立国なのかアメリカによって占領されている国であるかは見解によって分かれる。

日本の学界もアメリカによって思想統制がなされ、左翼の反米は許されるが、米軍は右翼の反米に対しては神経質のようだ。田母神論文は自衛隊トップの書いた論文であり、左翼やポチ保守系の学者も小学生並みと評価しているが、自衛隊がお飾りの軍隊であり戦力なき軍隊である矛盾を一番感じている自衛官の率直な意見表明なのだ。

田母神論文が、左翼やポチ保守派の学者からこき下ろされるのは当然のことなのでしょうが、左翼もポチ保守も反日である事では一致しており、愛国的な言動に対しては右翼的と評されてしまうから田母神航空幕僚長のように罷免されてしまう。文部省教育において反日教育をしてきたのは歴代の自民党政権であり、日本は侵略戦争をした犯罪国家として教え込んできたのだ。

靖国参拝でも自民党議員でも首相の靖国参拝に反対する議員も多く、安倍元首相も福田前首相も参拝しなかった。国のために死んでいった兵士を祀る神社に日本の首相が参拝しないというのは先祖に対する侮辱であり、大東亜戦争で死んだ兵士は無駄死にだと言うのだろうか? 麻生首相も天皇陛下も靖国神社には参拝されないがどういうつもりなのだろうか?

田母神論文は確かに識者が言うように小さな間違いもあるが、アメリカによって日本の歴史を抹殺された危機感は正しい。新聞記者なの中には日の丸に反発する人物もおり、朝日新聞や北海道新聞の記者は財務大臣の記者会見室の日の丸に抗議した。日の丸が軍国主義の象徴と捉えて掲揚を拒否する学校の先生もいる。

しかし不思議でならないのは、論文の主旨は「大東亜戦争が白人国家の支配から開放される戦争」という指摘に対する反論や否定が無い事だ。大東亜戦争は大規模な戦争であり様々な戦争が一気に起きたとも言える。中国を侵略したとも言えるし、中国からロシアや英国の勢力を駆逐したとも言える。同じく東南アジアからアメリカや英国やオランダやフランスを駆逐して独立したとも言える。

しかしアメリカの反撃によって原子爆弾の攻撃を受けて敗北したが、大東亜戦争の目的は達成されたとも言える。しかし大東亜戦争の歴史的評価はまだ定まってはおらず、だから学校の歴史教育においても歴史教科書の検定で揉めたりする。本当のことを教えると反米につながることを恐れるアメリカは中国や韓国を背後から煽っているが、アメリカの国務省の陰謀だ。アメリカの下院で従軍慰安婦に関する対日非難決議が可決した事からも明らかだ。反日の総本山が国務省内にある。

日韓では“慰安婦”日中では“尖閣”野田総理は… 5月14日 テレビ朝日

また、日韓首脳会談では、李明博大統領から従軍慰安婦問題について、「前向きに検討をしてもらいたい」と言及があったのに対し、野田総理は「知恵を絞って前向きに対応したい」と述べました。引き続き人道的見地からの対応を検討していく考えです。両国とは北朝鮮への対応や経済面での連携を確認した野田総理ですが、一方で、領有権や歴史問題の溝を改めて突きつけられた形です。


(私のコメント)

韓国の李大統領が首脳会談のたびに従軍慰安婦問題を持ち出して来ていますが、その意図は何なのだろうか?中国や韓国とは講和条約の時点で解決済みなのですが、事あるごとに持ち出してきます。それは90年代における朝日新聞のキャンペーンが功を奏して日本は謝罪外交を強いられてきた。事実関係を十分に調べることもせずに、日本の政治家は政治決着で解決を図ろうとしたことが問題をこじらせている。朝日新聞がこのようなキャンペーンを繰り返しているのは、日本軍は悪の集団であり彼らによって言論が弾圧されて、戦意高揚記事を書かされたと言いたいのだろう。

 
政治家たちは右往左往するばかりで、未だに河野談話、村山談話が踏襲されている。その為に藤尾正行、奥野誠亮、江藤隆美、中山成彬は失言で大臣を辞めなくてはいけないような事態が続出した。最近では河村名古屋市長のように「南京事件はなかった」発言しても首が飛ばなくなっただけ進歩したのでしょうが、最初から講和条約で解決済みと相手にしなければ中国も韓国も騒がなかったはずだ。しかし大臣の首が飛ぶような事態は中国や韓国にとってはまたとない外交手段となり、李大統領も持ち出しているのでしょう。





一般に「業務用電力は安い」と言われるが、実際は基本料金でかなり分捕られ
ている。基本料金を減らすためのもっとも有効な対策はピークカットとなる。


2012年5月14日 月曜日

オフィスビルが電力会社を見放す日(後半) - 山田 高明 5月10日

ビルの電力消費と電力料金について
典型的なのが靖国通りだが、都心の4車線以上の幹線道路には、ちょうど10階建て前後のオフィスビルがずらりと並んでいる。一方、その裏側というか、一方通行の小道で区切られたブロックの内側になると、5階建て前後の小さなビルがひしめいている。都心がなぜこのような光景になってしまったのかというと、建築規制のためだ。接する道路幅に応じて、敷地面積に対する延床面積の比(容積率)が決められている。都内の大半を占めるのはこのような中小ビルであり、超高層ビルは東京や大阪にも数百棟程度しかない。

では、ビルというものは、いったいどれくらいの電力を消費し、どれくらいの料金を支払っているのだろうか。入手ルートは明かせないが、私は都内の数十棟のビルに関する詳しいデータを持っている。延床面積は約5千から2万u、契約電力は約400から800kW、月々の平均電力使用量は約8万から22万kWhの間なので、すべて中規模クラスのオフィスビルである。一口に電気代といっても、セントラル方式の冷暖房の場合、冷温水発生機を電気式かガス式にするかで、かなり違ってくる(ちなみに、エアコンの省エネが急速に進んだため、今では各フロアに業務用エアコンを入れて個別空調方式にするのが中規模ビルの主流である)。光熱費でいうとそんなに違わないが、その点を補正する必要がある。そうして平均値を割り出すと、月々の電力消費量は1uあたり約13kWhだった。これはマンションのちょうど倍くらいである。

あくまで値上げ前の話だが、東電の場合、オフィスビルの電力料金は、契約電力500kW未満ならば、基本料金が1kWあたり1638円だ。つまり、470kWなら毎月約77万円である。ちなみに、商用向けは500kW超えでもさして違いはないし、電力会社間でもほとんど違いはない。厳密には基本料金に「力率」というものが関わってくるが、説明すると非常に長くなる。大まかに計算する場合は、実態として考慮しなくてもよい。

一方、従量料金は季節によって異なるが、平均すると1kWh=13円程度である。家庭より10円前後も安い。よって、月々の使用量が平均17万kWhならば、221万円だ。ここに小額の雑費や燃料費調整が関わってくるが、これも無視してよい。以上の基本料金と従量料金を足すと、月々の電力料金は「約300万円」となる。年間に直すと、3600万円だ。実は、これは延床面積が約1万u超の、都内に実在する某ビルの例である。

このように、一般に「業務用電力は安い」と言われるが、実際は基本料金でかなり分捕られている。契約電力はそのビルのデマンド値から求められるので、基本料金を減らすためのもっとも有効な対策はピークカットとなる。つまり、年間の電力消費量は同じでも、負荷曲線を平準化すると、基本料金をぐっと下げることができる(*実はこれは家庭でも同じであり、分電盤に記された「30A」などの数値がそれに当たる。電力の「見える化」が実現すれば、各自で容量の最小化の道筋が見つけられると思う)。

以上、大通りに面している10階建て前後のビルがあったら、よほどペンシル型や横長でない限り、需要規模としては、ほとんどこれとドングリの背比べであると見なしても差し支えない。(中略)

いずれ市場は、このようなハイブリッド型のビル自家発システムを生み出すと思う。あるいはこの記事を読んだどこかの会社が作ってしまうかもしれない。実のところ、日本の総合電機メーカーの中には、これとよく似たことを、自社内で試験的に実施しているところもある。個々の技術は日本企業の得意分野ばかりだが、やはりシステムを一つの商品として売っていくことを考えるべきだ。すると、億円オーダーの商品となる。導入後にメンテ契約もできれば、二重においしい。ビルオーナー側としても、技術ごとにバラ売りされるのは面倒くさいはずだ。はじめからシステムとして購入し、メンテ契約もして、その上、総コストベースで買電よりも経費節減になれば、確実に導入に踏み切れる。

しかも、日本以上に世界市場でヒットするかもしれない。北米はガス代が非常に安いし、欧州は電気代が高騰している。両者とも停電の増加などの問題も抱えている。電源自立による経費削減のニーズは高いはずだ。ぜひとも、欧米市場で成功してほしいものである。(後略)


(私のコメント)

最近ではテレビのコマーシャルでスマートハウスをよく目にします。太陽光パネルを屋根に設置して、さらには燃料電池やEVの蓄電池などを利用した自立した電気システムですが、1キロワット42円で買ってくれれば太陽光発電も普及するでしょう。東日本大震災では地震や津波の被害を免れても停電が長期化したことで生活が出来なくなってしまった。
 
携帯電話すら使えなくなりテレビももちろん見ることができず、携帯ラジオも電池の買占めで使えなかった。それほど東北地方ではソーラーパネルが普及していなかったそうですが、付けてい家では近所の家庭に携帯電話の充電や電気炊飯器などに使ってもらって喜ばれたそうです。これからの電力供給体制が原発のような大規模集中発電から、個別住宅では自立型の給電が普及していくのだろう。
 
問題は大都市部のビルの給電をどうするかですが、ビルは照明や空調などで大量に電気を使う。とてもソーラーパネルや風力発電では間に合いません。六本木ヒルズなどでは地下で発電してビル全体の電気を賄っていますが、停電が許されないインテリジェントビルでは自家発電が必要条件になるだろう。大型のビルなら地下などに大型の発電機を設置することが出来ますが、中小ビルではそれは難しい。
 
ビルと言えども最小限度の電力と水の確保が欠かせませんが、水が無いとトイレも使えなくなります。5,6階までの中層ビルではエレベーターが止まっても階段を利用できますが、10階以上の高層ビルではエレベーターが使えなくなると仕事にならない。東日本大震災のときのように発電所自体が被害を受けて長期化する恐れもあります。
 
私の経営する中小ビルなら水は井戸を掘れば何とかなるでしょうが、発電機も地下室に設置しようと思えば出来ますが、ガスやガソリンを使う発電機では燃料の確保が難しい。大震災ではガスも止まってしまうだろうし、ガソリンの流通も止まってしまう。超小型の原子力発電機が出来れば別ですが、まだ夢物語だ。ガスやガソリンの供給が止まらなければビルの規模に応じた発電機を据え付ければいいのですが、短時間の停電用にしか使えない。
 
大病院などには非常用発電機が用意されていますが、数日間しか持たず東日本大震災では非常用発電機も燃料切れで使えなくなってしまった。むしろ臨時の移動式のソーラーパネルを用意して最小限度の照明や通信手段などに役に立った。だからソーラーパネルも通信用電源や小型テレビなどの電源にはなる。しかしいずれにしても費用がかかり、数百万円はかかる。
 
東日本大震災では、様々な教訓が得られましたが、万が一の災害に備えた災害対策が脆弱だった。意外なのがビルやマンションの被害が少なかったことであり、津波に対しても2,3階が津波が被っても上階が無事だった。先日の北関東の竜巻でも一戸建てが家ごと吹き飛ばされても、直撃を受けたマンションは窓や手すりが破壊されただけで済んだ。
 
来るべき関東大震災や東南海大震災でもビルの被害は少なく、木造住宅密集地帯に被害が集中するだろう。新基準のビルの場合においての耐震性が今回の大震災で証明されましたが、長期間の停電や断水が東北地方で起きた。広く分散した住宅は電気ガス水道などのインフラの被害の復旧が難しい。地方においても集合住宅化して老人世帯などの弱者向けの集合住宅が必要だと感じましたが、仮設住宅を作るより最初から災害に強い公営住宅を作るべきだろう。
 
神戸大震災でも新基準のビルはなんとも無かったのに、古いビルが倒壊したり潰れたりしている。あるいは埋め立て地に建てられたマンションは地盤が軟弱で給配水管がやられた。水道やガスなどは復旧に時間がかかりますが、高層の集合住宅などを建ててインフラを強化すべきなのだろう。そうすれば水道やガスや電気の復旧は早くて済む。
 
私の経営するビルは、どちらかと言うとペンシルビルであり、屋上に太陽光パネルを設置する場所が無く、空調機の屋外器や受変電設備や高架水槽やエレベータ機械室などでスペースが無い。非常用の発電機なども考えましたが、大容量のものは設置場所が無い。いずれにしても水道と電気が無ければビルの機能が止まってしまうから設置するだけの意味は無いだろう。
 
結論的には住宅部分の電気と水が確保できればいいわけであり、戸建て住宅程度のソーラーパネルと蓄電池と井戸を掘って給水できればいいのではないかと思う。地下室があるのでそこに井戸を掘れば水は確保できると思う。最近では地方でも水道の普及が進んで井戸が少なくなりましたが、東北では病院ですら井戸が無くトイレや洗濯が出来なかったところが多い。それだけ災害に対する対策が立てられていなかった。
 
特に老朽化した木造住宅は災害に弱く、被害が集中しやすいのですが、東京でも木造密集地帯は集約化して鉄筋コンクリート製の高層住宅に立替えるべきだろう。しかし実際にはそのような事が出来る都市計画すらない。やはり住むのなら木造の一戸建てがいいと言う人が多いからでしょうが、災害対策を考えれば鉄筋コンクリート住宅は火災にも地震にも強くメンテナンスをきちんとすれば100年でも持つ。
 
 
 




今日の輿石発言で解散は遠のいたし、野田の退陣もそう遠くないなと感じた。
自民党はこのまま野党でいてくれと言う人の方がまだ多い気がする。


2012年5月13日 日曜日

不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から174

闇の声:2012/05/12(土) 09:00:18
福島の問題は、これは東奥日報だったか、それと赤旗の指摘を避けては通れない。
イデオロギーがどうの、会社の規模がどうのではなく、二紙の指摘は正しかったと思う。
古い機械の運転延長を許可したのは政治決断であり、その政治決断には当然政治責任がついてまわる。
原因究明とはその直接的な様々な原因だけではなく、政治は正しく機能したのか、そこまで含めて語られるべきだろう。
その意味では自民も民主も公明も一緒なのだ・・・敢えて言えばこの問題で責任を問われないのは共産党くらいだろう。

社会学について言えば、宮台の言ってる事は単なる評論に過ぎず、その評論を社会学と関連付けて考えるのは無理があると思っている。
メディアは何かを語る上で肩書きが欲しい・・・だから肩書きのある人間を探して答の書いてある台本を読ませたい・・・
それを繰り返してきたから学者はメディアから距離を置いてしまい、結果伝えるべき内容を持っている学者とメディアは背中を向ける様になった。
自分がキチガイ帽子の事を批判するのは、そのキャスティングと台本を書いたのがキチガイ帽子だからだ。
現場で暴力の限りを尽くすキチガイ帽子にしてみれば学者に言う事を聞かせるなんて容易い事で、そのくせ自分より喧嘩の強い・・・
例えば力也相手には逃げ回っていた・・・だから病気になって死んでホッとしただろう。
そんな奴が世の中を語るから世の中がおかしくなる。
テレビ屋はキチガイ帽子の手法で学界に接している・・・それでは良いコンテンツなど出来る訳も無いね。

◆ところで、この孫崎と言う人は細川や鳩山を持ち上げているけれども、この程度の政治認識で
情報局長って出来るんだって、そこに驚きを感じるよ。
細川内閣の迷走ぶり、これは何もアメリカが何かしてもしなくても・・・と言うか、辞める時の経緯を知ってるのかね・・・
あれは勝手に放り出したんだ。
それと、民主党に対しても誰をどう応援するのかしないのか、関わらないなら黙ってろと言うべき人物で、そんな資質の人間が
首相やったって事が大問題なのだ・・・アメリカの陰謀だの言う前にあんな近衛文麿の二番煎じ相手に陰謀仕掛けるかちがあるもんかね・・・
鳩山だってそうだ・・・マニフェスト見れば判る通りで、マニフェストで政権取ったんだからあの通りやれば良い
小澤だって政策的にどうなのか、彼はマニフェストで政権取ったんだからその通りやれと筋論を言ってるだけで、個別に政策を提言してる訳じゃない。

小澤は何度も書いてる様に、簿外の金を自由に扱える・・・
政治とは集金力だと言っても過言じゃない。
だからあんな奇人と言うかキチガイの一歩手前の鳩山が総理代表になれた訳で、単純な話なんだ。
逆に言えば単純なほど強いんだ・・・金がありますよ、その一言は強力なんだ・・・これは商売をやった人なら判るだろう。
官僚は政治の数の力には逆らえない。
だから官僚は小澤を恐れるんだ・・・政策より数の政治家を恐れる訳だ。
政策論議しても意味が無いからね。

弁護士が言ってたが、小澤事件の公訴はあれは法律家の意地の突っ張り合い的な話で、負けたくないからやってるだけと
そう考えた方が判り易いと言う・・・と言うのも、小澤は政治的に弾圧されていると思わせた方が民主党にとっては都合が良い。
無傷のまま置いておける訳で、もっとも効果的なのは任期満了選挙を仕掛け、政治的に弾圧されている小澤を
柱として政権交代の成果を得ましょうよ皆さんとやる事だろう。
控訴されてへこむ様なタマじゃないよ。
むしろ判官贔屓も手伝って小澤人気は高まるんじゃないかと思うし、民主党政権が続く為にはもはや小澤しかいないだろう。
その意味で小澤代表就任が早すぎるとボロが出て支持率が低下する可能性が高い。
今回の控訴はそれほどの痛手でも無いのが本当の処で、司法改革を政治が行うんだとの口実を得た事は大きいね。
橋下への手土産になるよ。

ところで、今日の輿石発言で解散は遠のいたし、野田の退陣もそう遠くないなと感じた。
野田に遺された道はこのまま消費税を決めずに時間稼ぎをして代表選で負けるか、或いは
消費税を決めないまま解散をしようとして代表の座から追われるか、政局の混乱の責を負って
自ら退くか・・・自民党との話し合い解散は無いと思う。
と言うのも、解散して得になる事等何も無いし、小澤は待ってましたとばかりに橋下と組んで矯激な
改革案を示すだろう・・・それは恐らく官僚制度を根底から木っ端微塵にする内容になるし、前にも書いたが
司法制度改革も当然盛り込まれる・・・
党中央に権力を集中させる事は橋下も当然望む事であり、その上での公務員や選挙制度改革は当然の事ながら
国民の支持を(選挙で)得られるだろう。
民主党が民主党として生き残る為には野田や前原は守旧派であり自民党と裏で繋がっていたエセ改革者だと断じなければならない。
それが嫌なら政権を禅譲せよという方向が出てくる気がする。
何となれば自民党と合流出来そうな民主党議員は極めて少ない。
前原は双方で御免蒙りますだろう・・・人間的にも人気は無いし。
野田とて民主党だからでかい顔が出来た・・・岡田もそうだ。
つまり、政治家ですよと言えるのは民主党だからで、民主党を出ての政治活動は有り得ない。
そうなるとこの先十年くらいは臥薪嘗胆して雌伏する他無いって事だ。

自民党への支持は回復していないし、むしろ自民党はこのまま野党でいてくれと言う人の方がまだ多い気がする。
それだけ自民党には人材がいないし、新鮮味に欠ける。
しかも衆院選の立候補予定を見ると相変わらずの世襲傾向が強い。
そうなると既成政党への批判も加わって自民に入れないぞと言う傾向が続くだろうと思う。
維新の勢いは停滞気味だが、何かのインパクト・・・例えば小澤―橋下会談等で改革路線を打ち出し、明確に消費税増税を
否定した場合は一気に流れが変わる事も予想される。
輿石発言はその辺の調整を織り込んでいるのではと自分は考えている。
つまりこのままズルズル行って、野田は退陣し一年間を改革案作りと維新との連携を模索して選挙前に一気に仕上げる・・・
そんな感じがするね。
一つには原発と夏の電力需給問題を見定めたいと言うのもあるだろうが。


(私のコメント)

昨日のウェークアップで松下政経塾の事をやっていましたが、松下政権塾では議論ばかりして結論は先送りのようなことばかりしていたようだ。野田内閣は松下政権塾内閣と言われるくらいですが、結局は議論ばかりして何も決められない。大飯原発再稼動にしても国民の反対世論が多いということで先送りにしている。確かに安全対策が行われていないと言う問題があるが、万が一ブラックアウトが起きれば政治責任を問われる。国民世論が反対したからと言うのは理由にならないだろう。
 
大阪の人は、関東の人が経験した計画停電のことが分からないから原発再開にクレームをつけていますが、結局は今の民主党内閣は議論ばかりして災害復興対策も、夏の電力不足問題も全てが先送りだ。もちろん福島原発周辺の人が受けた被害は相当なものであり、事故を起こした東京電力の存続は許されないものだ。東電と言う組織そのものが腐りきっているので結局は国有化かされましたが、地域独占経営の傲慢経営がそうさせたのだろう。
 
昨日も書いたように安全対策が十分ならメルトダウンや水素爆発は防げたと事故調は暗示しているようですが、適切な操作を行なっていればメルトダウンや水素爆発まで行かなかっただろう。しかし東電は事故調の調査に非協力で何も述べていない。関西電力の安全対策をしなくとも電力不足で再稼動は出来ると見ていたのでしょうが、周辺自治体の抵抗が激しくて全部の原発が停止した。
 
野田政権の関心は消費税増税であり、電力供給問題は二の次のようだ。火力発電所を増設して原発を全部止めるにしても2,3年はかかる。原発を停止しても燃料棒はそのままだから止めたところで大震災が起きれば停電が起きて福島の4号炉のように爆発する危険性がある。原発を解体処分するにしても40年かかる作業であり、原発を全部止めれば安全と言う話ではない。
 
学者の言うことも「闇の声」氏が言うように、テレビの都合がいい事を言わせているだけで、学者はそれがいやになってテレビに出なくなってしまった。ならば学者がブログなどで見解を述べてくれればいいのですが、そうしている人は武田氏ぐらいで、原発反対派の学者は講演会などで忙しいようだ。
 
小沢裁判については、「闇の声」氏は法律家の意地の張り合いと断じていますが、小沢氏の手足を縛ることで、小沢氏がいじめられていると言ったイメージを作り上げて、逆に小沢人気を盛り上げているような側面があります。しかし解散は先送りにして小沢期待を高めてから代表選挙に出るつもりなのだろうか? そんな事が出来るのも自民党が民主党以上にだらしがなくて国民の支持が集まらない。
 
だから第三極としての橋下人気が高まりますが、マスコミは訳の分からない女性記者を使って橋下市長に絡んでいますが、橋下下ろしの一環なのだろう。しかしネットで一部始終放送されて女性記者の非常識ぶりが浮かび上がっている。結局は新聞記者は我々が国民世論を作っている気持ちになっているのでしょうが、ネット化社会では既存のマスコミも既得権益者であり、意図的な報道はネットから批判の対象になっている。
 
12日の興石発言で野田退陣が早まったと「闇の声」氏は述べていますが、予算関連法案が通らなければ辞任するか解散しなければならない。民主党政権としては解散はとんでもないから、捩れ国会のまま何も出来ずに来年の夏までこんな状況が続くのだろうか? それこそ日本にとって災難ですが、自民党の与党ボケが治らないからズルズルと行ってしまうのだろう。
 
自民党も民主党も親米政権であり、親米政権である限りどちらが政権をとっても外交はもちろん内政も変わらないわけであり、消費税もTPPもオバマ大統領にせっつかれている。正面きって言わなくても忖度してアメリカの為に尽くす政治家が後を絶たない。鳩山首相が辞任に追い込まれたのも官僚の嫌がらせとアメリカの圧力で潰されてしまったわけであり、鳩山・小沢内閣はマニフェストで国民の信任を得た政策を速やかにやるべきであった。
 
民主党政権では、4年間の間に次々と総理や大臣を代えて大臣経験者を量産するのだろう。しかし何もしないまま半年あまりで交代して行く。安住大臣も玄葉大臣も国際会議に出て写真を撮ってそれが実績だと思い込んでいるのだろう。しかしやっていることは官僚任せであり、公務員制度改革などは綺麗に忘れてしまっている。自民党も同じようなものであり総理も大臣もコロコロと代えて何も変えられなかった。
 
マニフェストを掲げて結局何も出来ませんでしたでは、政治のへの信頼が無くなり官僚独裁国家になってしまう。官僚は選挙によって選ばれるわけではなく、原発を爆発させても経産省や安全保安院は何の責任も取らなかった。戦前においても軍部は戦争を拡大して危機的な状況にしても責任は取らずに逆に戦争を拡大することで誤魔化そうとした。
 
原発政策でも軽水炉型という欠陥の多い原子炉を採用してしまいましたが、停電しただけで爆発したのでは安心して使えない。海岸沿いにあることも国防上問題であり燃料の最終処分もどうしていいかわから無い状況だ。政治判断で決断されたのでしょうが、大災害が起きたのに政治家も誰も責任を取る人がいない。自民党も民主党も安全だとして原発をエネルギーの主力にしようとしていた。
 
核燃料サイクルも見通しは絶望的なのに、官僚たちは一度決めた事は止める事はしない。その事が高温ガス炉の研究の妨げになり研究が遅れた。現在の国会では専門家でなければ分からないようなことを国家戦略として決めなかればなりませんが、国会議員をサポートする専門家が少なすぎて、官僚たちがそこに付け込んで利権を拡大していく。
 
最終的には国民が決めることなのでしょうが、専門的なことは学者でなければ分からないし、マスコミはそれを周知する役割を担わなければならないのに、記者たちも不勉強で原発が作られ続けてきた。結局は福島第一原発の4基が爆発したことで天と地がひっくり返ってしまったような状況になり、混乱した議論が続けられている。
 




原子炉建屋内での水素爆発を予測できなかったことは、予測能力の
欠如を示す深刻な例である。燃料棒が融けると水素が発生する


2012年5月12日 土曜日

「システム思考」の欠如が招いた原発事故 5月11日 木村英紀

予測能力の欠如を示す深刻な例

 事故の対応で現状の推定に次いで重要なのは予測である。対策を実行するための準備に時間がかかる場合は予測によって時間をかせぐことは不可欠である。原子炉建屋内での水素爆発を予測できなかったことは、予測能力の欠如を示す深刻な例である。燃料棒が融けると水素が発生すること、さらにそれが格納容器から漏れて建屋内に充満する可能性は当時報道されていたが、現地の対策本部でそれを現実のものと受け止めていなかったことが「中間報告書」では示唆されている。

 対策本部では1号機が爆発した時の地響きを余震と勘違いした人が多かったようである。もし水素爆発の可能性が予測されていればその時間を予測しそれを防ぐための手だて(たとえば建屋の壁にウォータージェットで穴を空けるなど)ができたと思われる。

予測が不十分であるために深刻な帰結を導いたもうひとつの例を述べよう。2号機の担当者が独自の判断で原子炉隔離時冷却系(RCIC)の水源を非常用タンクから圧力抑制室(SC)に変更したことである。このために圧力抑制室の水温と圧力が上がってしまい、SCの本来の役割である圧力容器の減圧が困難となり、その結果消火系からの給水が不可能となった。そしてベントにも失敗し2号機は給水の方法が途絶えた。

 その結果圧力容器の内圧が設計限界を大きく超え原発技術者が最も恐れる圧力容器破壊の危機に直面した。東電が現地から撤退することを経産省に申し出たのはこの時である。実際にはSCが破壊されることによって圧力が下がり最悪の事態は免れたが、2号機からは桁違いに大量の放射能が放出されてしまった。SCをRCICの水源に利用することのマイナスを予測できなかったことの帰結である。

 「測れる量を通して測れない量を推定する」のは計測の原理でもある。その原理を適用すべき事態は今も続いている。燃料棒の状態や所在が今でも明らかになっていない。燃料集合体は依然として極めて強い放射線の発生源である。新しい線量計の配備や現在稼働中の冷却水の温度変化、炉内の画像計測や地中の温度計測などあらゆる手段を尽くして燃料体の状態推定に努力を傾けることが必要である。現代の計測と推定の技術を駆使すればそれなりの結果が得られるはずである。

繋がらなかった「決定」と「実行」

 現状を推定し来るべき事態が予測できたとすれば、それに対応する手段を決定し実行するのが次のステップである。もちろん、手段は実際にできることから選ばなければならない。3号機の爆発はこの点での致命的な錯誤によって引き起こされた。3号機は直流電源が生き残っていたことはすでに述べたが、それを使って高圧炉心スプレー系(HPCS)が作動していた。

 作動環境が指示書通りではないことを憂慮した運転担当者は独断でHPCSを停止して、それに代わるディーゼル駆動消火ポンプ(DDFP)を駆動しようとした。しかしDDFPの吐出圧が炉の内圧に勝つことができなかったためにDDFPは働かず、また炉の減圧にもHPCSの再起働にも失敗、2号機と同様給水の手段を失ったHPCSを停止する前にDDFPによる注水が可能であるかどうかを確認することを怠った結果である。なお3号機の爆発については、燃料プールでの核反応を誘発したという説も根強くあり、まだ分かっていない部分が多い。

 IC、RCIC、HPCS、DDFPなどそれぞれの炉に常備されている幾つかの非常用の冷却装置は、2号機3号機では地震発生後かなりの時間動いており、1号機でも作動可能の状態にあった。これらの装置のうちIC、RCICは電源を必要としないので、津波による電源喪失に事故の原因のすべてを押し付けるのは違和感を拭い切れない。非常用の装置で時間を稼いでいる間に次の手を早急に打たなければならなかったのに、それが遅れてしまったのが事故の真の原因ではないかと私には思われる。

次の手としては消防車による消火系からの注水以外にないことは対策本部の首脳部も早くから意識していたようである。実際使用可能な消防車が3台あり、後に他の発電所や自衛隊からの救援も届いて消防車の数は充足した。しかしさまざまの障害が発生し、消防車による給水は順調に行かなかった。

 障害の中には瓦礫の散乱や取水口の数が足りないなどやむを得ないものもあったが、専任の担当班が作られなかったり、注水のための炉の減圧ができなかったり、淡水にこだわったり、燃料切れで給水が長時間停止したり、さらに経験のある運転員が不足するなどオペレーション上のミスも少なくなかった。図1のループの「決定」と「実行」が繋がらなかったのである。

 炉に比べて使用済み燃料プールへの注水は比較的スムーズに進んだ。水素爆発により建屋の屋根が破壊されたので放水が可能となった。警察、自衛隊、消防などによる放水の試みの後コンクリートポンプ車が導入されひとまずの解決を得た。コンクリートポンプ車の導入は優れたアイデアであり、このような臨機応変の「決定」と「実行」がもっと欲しかったと思うのは筆者だけではあるまい。



(私のコメント)

「株式日記」では福島第一原発で、対処が適切ならメルトダウンも水素爆発も防げたのではないかと書いてきましたが、事故調の報告書を見るとその事が伺える。一次的には現場の作業員の過失や判断ミスなのでしょうが、原発全体のシステムに対する理解不足が伺える。福島原発でも全停電状況になっても「非常用腹水器」が働くようになっていた。
 
「非常用腹水器」は非常に大きな装置であり、安全装置の一つですが、それがどのように動くのかも弁がどのように動くのかも現場の作業員は分からなかったようだ。3号機では動いている「非常用腹水器」を止めてしまって水素爆発が起きた。1号機でも停電すれば弁が閉まることを現場の作業員は知らなかった。2号機にしても冷却水の切り替え判断ミスが起きていた。
 
このように1号機から3号機までの「非常用腹水器」の操作ミスが揃って起きていた。現場の作業員の「非常用腹水器」の普段からの操作点検をやっていなかったことが伺われますが、ベント作業に関しても手動で動かす方法を現場の作業員が知らなかった。テレビで見ると直径30センチ程度のハンドルを回すだけなのですがそれが出来なかったからベントが遅れた。
 
このようの現場の作業員が判断ミスをするのは、中央制御室からの適切な指示がなかったから起きた事だろう。中央制御室も停電でメーターが読めず状況の把握が出来なかったのだろう。現場との連絡も付かなくなり中央制御室の指示を仰ぐことも困難だったのかもしれない。普段から全停電事故が起きた時の対処マニュアルが出来ていればこのような間違いは防げたはずだ。
 
しかし地震で送電線が倒れて、津波で非常用発電機が水没して動かないと言った想定は考えられなかったのだろう。つまり福島では地震も津波も同時に起きないと言う前提で原発が運転されていたことになる。これは日本は「神国」だから戦争には負けないと言った「神話」を信じたこととよく似ている。戦後でも土地神話が起きて土地は絶対に値下がりしないと言う「神話」が出来た。数十年間同じことが続くと「神話」が出来るようですが、「原発安全神話」も40年間大事故が起きなかったからできたのだ。
 
私は不動産屋でしたが「土地神話」を信じていなかった。土地もいつかは暴落すると見ていたから土地は最小限しか買わなかったし、買った土地も早めに処分してしまった。原発安全神話も30年40年も経てば原発も故障が多くなり材質劣化による亀裂や破断も多くなる。マンションにしても30年も経てば大規模改修が必要になりますが、原発では大規模改修は放射能などの影響で難しいだろう。
 
緊急事態における現場作業員の操作ミスや判断ミスは普段からの訓練で防げますが、福島第一ではそれが出来ていなかったことが伺われます。中央制御室でも状況の把握が出来なかったか、「非常用腹水器」の重要性の認識が出来ていなかったのだろう。東電は停電対策にばかり対策が集中して移動電源車を用意しましたが、配電盤が水没して万事休すだった。
 
「非常用腹水器」が働いている間に、ポンプ車で海水を流し込む用意をしていれば間に合ったのでしょうが、現場の作業員がベントの方法が分からなかったと言うのが致命傷になった。ベント出来なければ原子炉本体に注水が出来ない。私はボイラ技師の資格も持っていますが、ボイラの配管は複雑でバルブ操作もコツがいります。バルブを一気に開けると蒸気が配管に爆発的に流れ込んで配管を壊してしまう。だから手動のバルブ操作は難しい。
 
原発の発電プラントとインテリジェントビルの管理は規模が違いますが、現場で働く人材の質の低下が感じることがありました。インテリジェントビルも様々な機器が使われているから使いこなすには分厚いマニュアルを読まなければなりませんが、一生懸命勉強して覚える気が無い人が多くなった。原発でもこのような現場の人材の質の低下が起きているのではないだろうか? あるいは経費を安く上げる為に下請けを使っているから質の低下が起きているのだろう。
 
所長と幹部は東電の社員でも、それ以外は下請けや孫受けであり、当然勤労意欲も学習意欲にも欠けた作業員だから操作ミスが重大な事故を起こした原因になってしまったのだろう。このような事は政治家や官僚や感謝の幹部たちは分からないことであり、小泉構造改革によって正社員が減らされて派遣や下請け作業員が多くなり工場などの事故が多発するようになった。派遣や下請けを使っていては質の低下は免れない。
 




チェルノブイリではあの悲惨な事故があったとき17基あった原発を
全て停止しました。しかし3年も経たないうちに国の経済が崩壊しました。


2012年5月11日 金曜日

10股交際女の「殺しのテクニック」 5月8日 村西とおる

日本の原発全50基「停まりました」。マスコミはまるで吉永小百合さまが「閉経」なされたごとく「停まった」「停まった」と大騒ぎをしております。

マスコミは危険をあおって部数や視聴率を稼ぐ商売でございます。自分たちが儲かるためには国民や国がどうなろうとかまわないのでございます。

鬼畜米英と大衆をあおり立て戦力、国力を比べれば万が一にも勝ち目のないことがあきらかであった太平洋戦争に突入にさせた「あのヤリ口」と一緒でございます。

当時のマスコミは8月15日の敗戦の前日まで「神風が吹く」ことを信じさせ竹槍での本土決戦をたきつけ一億総玉砕を叫んでいたのでございます。

竹槍で襲って来る飛行機を撃ち落とす、などとパプアニューギニアの奥地に棲む未開人のようなことを本土防衛に燃える当時の日本人は真面目に考えていたのでございますから「一億人すべて催眠術に患かっていたといってもいいのでございます。

このたびもマスコミの口車にのって多くの国民の間では原発全停止がなにか「おめでたいこと」であるかのような風潮がございます。70年前の太平洋戦争を思いおこさせる「日本人の精神の破綻」でございます。

5月4日韓国政府は日本海に面する慶尚北道、ウルチンで2基の原発の起工式を行ないました。韓国の「エネルギー正義行動」なる「反原発グループ」は「原発推進を強める李政権の姿勢は遺憾だ」との抗議声明を出しました。

これに対して李明博大統領は「新たな原発は地震、津波などのあらゆる災難に耐えられるものである」とし「原油が一滴も出ない韓国にとって、原発は、選択ではなく必修だ」と今後とも国のエネルギーの基本として「原発を推進」していくことを断固として言明したのであります。

韓国政府は現在21基の原発を30年までに17基多い38基に増やす方針を持っております。

「原油が一滴も出ない韓国にとって、原発は、選択ではなく必修だ」の李大統領の言葉はまさしく日本及び日本人に突きつけられた言葉でございます。

先の太平洋戦争も国の独立を担保する石油エネルギーを求めての戦いでありました。エネルギーの確保は国の独立を左右する、は国の安全と独立を考える上での「最低の常識」であります。

「原発が停まってオメデタイ」と騒いでいるオメデタイ人達はこれから先石炭、石油、ガスの90%のエネルギー源を海外に依存していくことのどこが「オメデタイ」と大喜びしているのでありましょうか。

人口500万のデンマークなどの小国などは別にして、世界の国々の趨勢は「原発推進」にあります。お隣の中国では今後20年間に約100基の原発の着工が計画されています。

チェルノブイリのウクライナではあの悲惨な事故があったとき17基あった原発を全て停止しました。しかし3年も経たないうちに国の経済が崩壊しました。

ウクライナ政府は国民の生活が第一である、と原発の再開を決定しました。チェルノブイリ当時17基あった原発は現在では19基と「2基」増えております。現在ウクライナはEU圏への加盟をうかがうまでに国の経済をもち直しております。

ウクライナエネルギー担当の責任者は「これから10年から15年先、原発に替わるエネルギー源は考えられない。国民の生活を守ることを第一にしている我々の選択は決して間違っていない」と語っています。

私たちは福島第一原発が世界に与えた影響を「原発の事故は恐ろしい」との認識を持っているのでございますが世界の受け止め方はそうではありません。

福島第一原発の事故は同時に大地震と大津波にあい4基の原発がアタックされるという未曾有の事故でした。が「原発」の事故では一人も死者が出ませんでした。

このことで原発にたずさわる世界の専門家や官僚、政治家に「原発は安全である」との認識を植えつけたのであります。

皮肉なことに福島第一原発の事故によって「原発の安全神話」が揺るぎないものになったのです。

福島第一原発の事故以降、避難住民が一年以上も経つのにもかかわらずまだジプシーのような放浪生活を強いられています。これは福島第一原発のせいでなく、責任を担うべき行政と政治家の怠慢によるものです。

橋下徹大阪市長さまはマスコミの神輿に乗って「大飯原発は危ない、安全性が担保されていない」と鬼の首を取ったような騒ぎをしております。

橋下大阪市長さまは地震の専門家の間で1000年に一度やってくるといわれる大地震を根拠として「大飯原発は危ない」とヒステリックに声を上げているのでございます。

(中略)

福島第一原発の事故で「自分さえ良ければ他人などどうなってもかまわない」という本性のあさましい根性の人間を見ることが出来ました。

その最たるあさましくもエゲツナイ者たちは「メガソーラービジネス」に名乗りを上げた者達でございます。

彼等は「政府」と交渉して大手電力各社が1キロワット10円前後の原価で発電している原子力、水力、火力、ガス、石油、石炭の電気を1キロワット42円で買い取りさせることに成功したのでございます。

それら「メガソーラー」企業が発電した1キロワット42円で買い取った電力を日本の電力各社は送電網使用コスト、技術料、諸経費等を加えて一般の消費者が使う電力代金にプラスして販売されるのでございます。

ちなみに「メガソーラー」電力各社から買い取った1キロワット42円の電気代金は消費者に売り渡される電気代となりますと約100円近くになるのでございます。

42円で買ったモノがどうして100円になってしまうのか、何とも納得できないものがございますが、電力各社にはそれでなければ「電力の安定供給が出来ない」との主張でございます。

「メガソーラービジネス」は貧乏人イジメのビジネスでございます。一般の貧しい庶民が負担を強いられることになる「ベニスの商人」のようなアコギな商売に参入した守銭奴どもの厚顔無恥ぶりにはあきれるばかりでございます。

孫正義さまは「メガソーラービジネス」の旗手としてもてはやされております。孫正義さまはことあるごとに「日本を愛している、日本に恩返しをしたい」と愁傷なことを口に出されているのでございますが、その本当の腹のウチは「利用できるなら愛国心だって競売に出す」でございます。

孫さまにお聞きしたい、あなたのお名前の「正義」とは如何なる意味の「正義」なのでありましょうか。

こんなテライに影響され「メガソーラー」ビジネスに参入して「弱い者イジメ」に真の日本を愛する日本人なら決して加担することがあってはならないのでございます。

政府は「計画停電など視野に入れて」などと久しぶりに一晩に3発イタしたオヤジのごとく腰の定まらないことを言い出しておるのでございますが、あの昨年の関東での計画停電の悪魔をもうお忘れなのでありましょうか。(後略)


(私のコメント)

原発の再稼動問題で意見をはっきり述べているブログは少なく感じますが、「再稼動すべし」と書くと東京電力の手先とか、福島の住民の事を考えろとか、袋叩きに会うことを恐れているからだろうか? 「株式日記」では条件付再稼動派ですが、関西電力では大飯原発の安全対策にまだほとんど手が付けられていない。1年も経っているのだから対策のいくつかはされているはずですが、4月12日の株式日記の古賀氏の記事にもあるようにほとんど対策がなされていない。
 
関西電力が安全対策への資金が無いから数年がかりで安全対策を行なうようですが、電源車を数台用意しただけで後は着工すらされていない。マスコミの取材もさせずに情報公開もしないでは不安になる一方であり、これで住民投票だといっても判断に困るだろう。しかしこのまま原発を全面停止させて行くならば、夏場にブラックアウトを起こし可能性がある。
 
原発反対派の学者たちは、電力が不足するのは日中の数時間のピークの時だけだと言うことですが、計画停電でもさせるつもりなのだろうか? 計画停電がいかに弊害の多いものであるかは去年の関東地方での計画停電で明らかですが、大口需要者への給電を止めるだけでも済んだのではないかと思う。おかげで電気屋の店先からは乾電池が無くなってしまって、米の買占めすら起きた。
 
今年夏の電力見通しを見ても全国的にぎりぎりの状態であり、関西地方は半数近くが原発の電力だったから止めれば15%の電力不足になると予想そうされている。原発反対派は福島原発の事故でこの時とばかりに再稼動に反対して国民投票まで呼びかけている。しかし実際にブラックアウトが起きれば大阪の橋下市長や野田総理の政治生命にも関わると思うのですが、来月になれば真夏の陽気が来れば問題が表面化するだろう。
 
国では原子力規制庁すらまだできずにいますが、国も電力会社も何もかもが遅すぎる。野田総理や枝野大臣の政治力が欠けているからこのような事になるのですが、世論調査でも63%が原発再稼動反対になっている。電力制限もやむなしという意見が同じように多数を占めていますが、本当に停電騒ぎが起きても国民は理解するのだろうか? 
 
村西とおる氏は「マスコミは危険をあおって部数や視聴率を稼ぐ商売でございます。」と書いていますが、原発においても実態以上に不安を煽っているように見えます。政府や電力会社の情報公開が
十分でないから流言飛語が飛び交いますが、今は福島第一の4号炉が危ないと不安を煽っている。不安を煽るのなら事故が起きる前に煽るべきであり、事故が起きてから不安煽るのは売らんかなのマスコミの体質なのだろう。
 
これは戦争が終わってから「戦争反対」運動をしているようなものであり、マスコミは3,11以前は地球温暖化で大変だと騒いでいましたが、今では忘れ去られたようだ。その点では自然エネルギーが一番筋が通りますが、原子力村が予算を独占して自然エネルギー開発には予算は僅かしか行かなかった。このような原子力一極集中的な投資が行なわれてきましたが、それを煽ったのもマスコミだ。
 
福島第一の教訓を十分に取り入れて安全対策を施せばいいと思うのですが、電力会社の対策の動きが鈍い。しかし福島第一が今どうなっているのかの情報も無く、記者会見の報道をするのみで現地取材するマスコミが無いのは東電が取材をさせないからだろう。以前の取材もバスで周囲を一周させるだけの取材であり、これだけの事故を起こしていながら隠蔽体質が変わらない。
 
ソ連の崩壊は、チェルノブイリ事故が原因の一つになっていますが、原発を全部止めた結果、経済が破綻してソ連が崩壊してしまった。日本がこのまま原発を全部止めてしまったら、どのような影響が出るのかわからない。当面は火力発電に頼らなければなりませんが、火力発電所も直ぐにできる訳ではない。また火力は長時間の運転には向かず、トラブルで停止しやすい。
 
世界的な常識から言えば5年kら10年は原子力を稼動して繋いでいかなければならないだろう。太陽光風力も一長一短があり発電も不安定だ。きのうはNHKの「クローズアップ現代」海洋発電についてやっていましたが、国からの補助が十分ではなくベンチャー企業も苦労しているようだ。安定した電源としては原子力発電並みのポテンシャルがあるのですが、黒潮の一部で発電しただけでも原発並みの安定した電力を作ることが可能だ。
 
東京電力が国有化されたように、全国の電力会社の原発を買い取って国営で原子力発電を管理していくべきだろう。「株式日記」ではこのような提言を毎日しているのですが、政府の反応は鈍く将来に向かってのエネルギー構想が見えてこない。3,11の前は原子力で54%賄うと言っていたのだから原子力発電が全面停止したらどのような影響が出るのだろう。電気代が高くなるのは避けられない。
 
韓国や新興国では原子力発電で行くようですが、中国では100基の原発を建設するようだ。日本でも原子力ルネッサンスと言っていましたが、それくらい原発安全神話が一人歩きしていた。ところが3,11の後は自然エネルギーのオンパレードになり、メガソーラー発電では1キロワット42円で買い取ることが決まりました。しかしドイツのソーラー発電事業は転機を迎えており電気の買取料金の見直してブームは終わったようだ。
 
「株式日記」では、しばらくは原発再開やむなし派であり、村西とおる氏も再稼動派ですが、ブロガーでははっきりとした意見を言う人が少ない。私の意見も阿修羅ではぼろくそに叩かれていますが、ブラックアウトが起きたら彼らに責任を取ってもらうべきだろう。
 


自動車と原発とはどちらが危険か? 自動車が危険で毎年数千人が死んでいるのに自動車を止めろと言う人がいない。原発事故は対策を打てば防げる。 5月8日 株式日記

(コメント欄より)

・福島で東日本の住民は壊滅の可能性がある。下手をすれば日本全部または北半球が終わりだ。北米の汚染は西日本より酷いそうだ。自動車より危険はあきらか。乗り手と付随者他が危険な自動車と比べることは詭弁も甚だしい。愚民化は止めなさい。

・車は、国土、海洋を数万年数百万年とわたり死の土地、死の海にはしない。
投稿記事を書いた者は車死者と放射能の恐怖を同列に語るバカ。

・呆れました。
いまだにこんな考えの投稿者が阿修羅にいるんですか。原発という代物の危険性を全然わかっていないうえに、「電気が足りない」という
向こうのプロパガンダを鵜呑みにしているのだから。

未だに自動車事故と比較するような大馬鹿者がいるんだねぇ。
自動車事故が起きたら、100キロ先で何の関係もない人がガンになったり、
農作物が汚染で食べられなくなったりするか?
どっちが危険か、幼稚園児でもわかる。

・無くても済む原発をさも有用なものと仮定しての議論は詭弁としか言いようがない。

・自動車と原発がどっちが安全かだって?
TORAお前はアホやな。電気つくるだけだったら原発などいらんわ。原発でなくても電気などつくれるわ。
いまだに原発事故の怖さをわからんとは、余程の脳タリンだな。スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故
福島第一原発事故、原発が存在する限り事故は起きるわ。それも東大の馬鹿教授の大橋が言っていた1億年に1回ではなく
10年20年に1回は起こるぞ。どんどん地球は放射能汚染されていくぞ。
今までに放射能汚染ではものすごく大勢の人間がガン・白血病・諸々の病気で死んでいるわ。
ただ単に因果関係がわからないだけの話で、わからないから死なないのではなく、わからないうちに殺されているんだよ。
ただちに健康に影響はないが、知らず知らずのうちに原因もわからず発病して死んでいくんだ。
枝野も詐欺師だけあってうまいことを言ったもんだな。「ただちに健康に影響はありません」(笑)

・原発と自動車が同じものだと思ってるの?ばかだねこいつ。
なんで、原発と自動車と比べるの?ほんと頭悪いね東大放射脳は


(私のコメント)

福島第一原発がもっと安全対策を打っていれば冷温停止に出来たはずだ。あるいは現場で早く適切な対応を取っていればメルトダウンは防げたと言う分析もあります。原発は危険なものと言う認識が徹底してれば、対応マニュアルも整えられていたはずだ。しかしベント方法も分からず、緊急冷却装置の弁の操作もおかしかったことで1号炉は24時間でメルトダウンをぉ起こした。海水注入をもっと早く決断していればメルトダウンは防げただろう。災害マニュアルが無かったことが大災害に繋がった。

コメント欄には感情的な罵声が溢れていますが、このままでは関西地方でブラックアウトが起きるだろう。あるいは関東でやったような計画停電が行なわれるだろう。その為に二次被害が出ても責任は原発を止めた原発反対派にある。政府や電力会社に対する不信感が彼らを感情的にさせているのだろう。





今は、愛国心を強調するほうがポピュリズムになっている。だから構造改革を
進める時に小泉が保守を取り込むために取った戦法も、靖国神社参拝だった。


2012年5月9日 水曜日

橋下徹の愛国度を仕分けする 4月30日 SAPIO

小林:わし、橋下徹の「維新の会」は小泉構造改革と同じ流れだから、「どうせまた改革派だろ」のひと言で済むと思っていたんだよ。しかし今は政党政治が混沌とした状態で、自民党も構造改革路線を総括していない。すると国民は橋下徹の新しさに注目してしまう。その影響力を考えると、やはり一度仕分けしておく必要があるね、

中野:「維新の会」の政策は、90年代から00年代初頭にかけて流行して失敗した構造改革の焼き直しです。「維新の会」に集まった60代や70代のブレーンが40代、50代の時から主張し続けてきた政策で、時代遅れも甚だしい。そのせいで「失われた20年」になったわけですが、たしかに構造改革の総括をしていないから、再びこれが台頭してくるんでしょうね。

小林:彼らの主張は、憲法9条改正や国旗国歌の問題、靖国参拝など、わしが過去に取り組んできたテーマばかり。で、すでに自虐史観を相対化するところまでは成功したわけ。だから、保守と称する連中がいまだにその話をしていると「まだそれが好きなのか」とウンザリするんだ。

中野:今はそれを、リスクなしで主張できるんですよ。敵が強大だった時には戦わず、先駆者が切り開いた道を勝ち馬に乗って進んでいる。

小林:昔は、河村たかしみたいな南京虐殺否定発言をしたら、袋叩きだったよ。絶対に辞任しなきゃいけなかった。「愛国心を持っている」と言うだけでも叩かれたんだから。ところが今は、愛国心を強調するほうがポピュリズムになっている。だから構造改革を進める時に小泉が保守を取り込むために取った戦法も、靖国神社参拝だった。

中野:靖国参拝をすれば、日本の市場をアメリカに売り飛ばしていいのかという話ですよね。小泉政権も民主党政権も橋下市長も、「国民に選ばれたのだから、自分の政策はすべて信任された」と言いますが、有権者は全部の政策に賛成したわけではない。たとえば「自民党にお灸を据える」という意味で民主党に投票した人は、外国人参政権にまで賛成したわけではないでしょう。「維新の会」も同じで、「彼らは愛国心が強い」と思って投票した人は、改革路線まで受け入れたわけではない。数多くの政策を並べたマニフェストを丸ごと支持できる政党はないのですから、政策で選ぶのは無理です。だから、結局は「この人なら大局的に判断を誤らないだろう」と人品骨柄や政治手法で選ぶしかありません。橋下を「独裁的だ」と批判すると、「政策で判断すべきだ」と反論されますが、ナンセンスです。

小林:ただ、小泉も橋下も、その人品骨柄に魅力を感じている人が多いんだよ。そもそも、テレビのバラエティ番組に出てこないような地味な政治家は、国民が人品骨柄を見極める材料さえない。

中野:タレント弁護士としてテレビで下品な発言をくり返し、政治家になってからもツイッターで他人の悪口を垂れ流している人に魅力を感じるようでは、救いようがないですよ。橋下徹は『まっとう勝負!』(小学館)という著書の中で、「(政治家は)自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければならないわけよ」「ウソつきは政治家と弁護士の始まりなのっ!」とまで書いている。政策である「船中八策」のレベルも低い。「参議院っていらないよな」とか「首相はみんなで選んだほうがいい」とか、政治に興味を持った中学生が考えるようなレベルのことでしょう。大学生がこんなレポートを書いたら、私は不可をつけますね。

伝統や文化をぶち壊している

小林:今は「君が代」の強制みたいな話ばかり注目されるけど、それだけだと政策の底の浅さが見えにくくなる。本質を見極めるためには、もう「日教組を批判していれば保守」と単純に仕分けする風潮はやめたほうがいいね。

中野:日本の伝統的な文化や立ち居振る舞いを尊重するのが保守の立場ですが、単に「君が代」を歌えば守れるというなら、その伝統や文化は相当に軽いですよ。たとえば多数派が間違っていると思えば負け戦を承知してでも戦うのがサムライとか、公の場で下品な悪口を垂れ流さないのが礼儀とか、それが日本人らしい振る舞いだとすれば、橋下はむしろそれをぶち壊している。それ以前に、急激な改革を断行しようとする人間は、保守にとって最も警戒すべき存在です。保守とは、簡単に言えば「成熟した大人の知恵」でしょう。世の中の酸いも甘いも知り尽くした大人が、社会がそんなに急に良くならないことをわかりつつも、地道に改善の努力を重ねていく。だとすると、保守はそう簡単に道州制や首相公選制を主張できないはずです。

小林:「大阪都構想」という言葉遣いも歴史認識が保守らしくないよね。東京都への嫉妬心や対抗心から「大阪だって都だ!」と子供のように言ってるだけで、「都とは何か」をまるで考えていない。ところが誰も「大阪に遷都するつもりか?」とツッコミを入れようとしない。

中野:「維新」という言葉の使い方にも、歴史認識のズレを感じます。明治維新の時、日本は欧米列強と戦うために地方分権的な幕藩体制をやめ、廃藩置県によって中央集権体制に変えました。ところが「維新の会」は地域主権を主張している。

小林:逆さまだよね。

中野:もちろん、今が明治維新に匹敵する転換期だという認識はまんざら間違いではないですよ。しかし世界がグローバル化したからこそ、これからは国家が強化して、国民が一致団結しないといけません。TPPが典型ですが、グローバル化は多様な社会を画一化するので、北海道から沖縄にいたる地域の多様性が奪われる。だから、地域を大事にしたいなら、中央政府が力をつけて国にシールドを張り、外国資本や海外市場の変動から国内の多様性を守るべきでしょう。しかし「維新の会」が提唱する道州制は、国の権限を地方に移すので、国家が弱体化します。超大国のアメリカですらグローバル金融市場を制御できなくて困ってる時に、日本を分割して対抗できるわけがない。ところが彼らは道州制を掲げて国家を弱めつつ、TPPのようなグローバル化は受け入れる。

共産党のほうが愛国者かもしれない

小林:要するに、グローバリズムにどう対処すべきなのか、国民も知識人も政治家もわからなくなっているんだよ。たとえば大学教育でも、グローバリズムに対応できる人材を育てることが正論になっている。橋下徹にも、学校教育を予備校化させるような感覚があるよね。新自由主義に合わせて、ひたすら競争させるのが正しいと思い込んでいるわけ。だから本当は、グローバリズムとは違う生き方があることを、もっと強く言わなきゃいけないんだ。今は、むしろ左翼のほうがグローバリズムへの警戒感を持っているよね。それによって地方が疲弊することを左翼は直観的に理解しているし、資本の暴走を止めなきゃいけないことも、共産党のほうがわかっているかもしれない。そうなると、どっちが愛国者なのかわからないよ。一方でマスコミに代表されるリベラル派は国家を否定して「世界市民」とか言ってたから、グローバリズムで国境がなくなると「イマジン」みたいに戦争がなくなると思い込んでいる。だからリベラル派はグローバリズムの論理を否定できない。共産党ぐらい「きれいな左翼」のほうが、グローバル化に抵抗できる。

中野:そうなんですよ。中途半端なリベラルは、国家権力を否定すればいいと思っていますが、グローバル化は国家権力よりも強い。「ど左翼」はそれに気づいているので、ヨーロッパでも左翼のほうがグローバリゼーションに強く反発しています。そろそろ、「靖国参拝したから右」みたいな発想はやめてほしい。冷戦が終わった直後はみんなグローバル化が正しいと考えましたが、それは20年かけて失敗したことが明らかになった。だから違う発想でいくべきなのに、「維新の会」には90年代初頭のままの連中が集まっているんです。いいかげん、「アメリカ寄り=保守」という流れを遮断しなきゃダメですよ。

小林:小泉構造改革の時は、NHKや朝日新聞も派遣村などに注目して、格差拡大をしきりに特集していた。ところがTPPに関しては、朝日新聞も賛成してるわけ。だったら最初から、弱者に同情するようなことは書いてほしくないよ。

中野:ガチガチの保守派は、弱者に目配りするのは左翼で、それを毅然として切り捨てるのがマッチョな保守だと思い込んでいますよね。でも、格差の拡大は国民の分裂を招くので、国を守る上で極めて危険です。だから、たとえばイギリスで産業革命が起きて貧富の格差が広がった時、労働者を保護するために世界で最初に工場法を制定したのは左翼政権ではなく、ディズレーリ首相の保守政権でした。また、19世紀のドイツで社会福祉政策を先駆的にやったのは保守的なビスマルクです。すべて平等にするのは嫌うけれど、あまりに格差が拡大することは警戒するのが保守の立場。だから私も、派遣労働に関するリベラル派の主張にはそんなに異論がありません。ところが「維新の会」は、労働市場の自由化や流動化を目指しています。

代替案なき脱原発はポピュリズムだ

小林:中野さんはどちらかと言うと原発を擁護しているんでしょう?

中野:エネルギー安全保障の観点からすぐにはやめられないだろうなと思っています。私の橋下の原発政策に関する考え方はこうです。原発を維持するにしろ、推進するにせよ、減らすにせよ、止めるにせよ、エネルギー安全保障の政策は国家レベルで対応すべきもの。原発がなくても電力は供給されるから問題ない、と言い張っても、その分化石燃料への海外依存度が高くなればエネルギーセキュリティ上の問題がある。

原発立地県や地域の声を聞かなくていけないのは当然ですが、国全体の安全保障の問題だから、最終的な決定と責任は中央政府にある。だから大阪市のレベルで脱原発をしようというのはおかしい。さらに、そのやり方は関西電力の株主として主張するというもの。関西電力の株を大阪市が保有しているのは、日本のエネルギー政策全体を地方から変えることを想定してのものではない。これは完全な悪用です。

小林:原発はまさに安全保障上の問題で、原発そのものがテロの対象になる。海岸にある原発に工作船が近づいてバズーカで狙えばそれで終わり。敵に狙われなくても地震1つで失敗すれば東京にも住めなくなる。しかし、脱原発を言うならば、代替エネルギーをどうするかという案まで出さなければ意味がない。だからわしは原発をなくしたほうがいいと思っているけれど、代案もなくただ反原発を唱える左翼には絶対に与しない

一体何が安全保障なのか、ということを考え直さなくてはいけないと思う。原発をなくす前提でエネルギー問題を一から考え始めると。基地問題も同じで、米軍なしで自国だけでやらなくては、となったら日本は目覚めると思う。そういう意味では基地と原発の問題はかなり似た感覚でわしの中にある、そして橋下を見ると、もう極めてポピュリズムに近いんじゃないかと思う。脱原発と言えば票を集められる。安全保障をポピュリズムに則ってやられたら危ない。

君が代や靖国参拝は愛国心の証明にはならない

小林:有権者の側にも大いに問題があって、地道に議論を積み重ねながら落としどころを探るタイプの政治家は、世間的に注目されないんだよな。マスコミに出てきても、小泉や橋下みたいに大衆にウケるような喋り方ができない。それに、いろいろな利害に目配りしながら責任を持って議論を進めている政治家は、公の場で喋れないことがたくさんあるんだよ。だから、オフレコの場ではいろいろと話してくれるんだけど、メディアの前では歯切れが悪くて、曖昧なことしか言えない。ポピュリズムとの戦いは、そこが難しいんだよね。

中野:そういう真っ当な政治家の話が難しくてわかりにくいのは、社会そのものが難しくてわかりにくいものだからです。物事を簡単には決められないから、国会も衆議院と参議院の2つを用意して、議論に時間をかける仕組みになっている。しかし大衆は「わかりやすい話」が好きですからね。非ポピュリズム的な手法でポピュリズムを潰すのは難しい。民主主義における永遠の課題でしょう。

小林:品位や品格では対抗できないんだよな。

中野:だから、いったんポピュリズムに陥ると、救済はほとんど不可能だと思います。

小林:だからこそ、いかにも愛国者らしいお題目を威勢よく唱えるからといって、それだけで政治家を信用してはダメ。「君が代」や靖国参拝は、もはや愛国心の証明にはならない。アメリカ追従の新自由主義的な政策は間違いだったことが明らかなのだから、まずはそれを総括すべきなんだ、

中野:道州制や首相公選制も、要はアメリカの大統領制や連邦制に憧れているだけ。そのうち「大阪都」では飽きたらず、「大阪合衆国」とか言い出すんじゃないでしょうか。そんなのは、USJの中だけにしてほしいですよ。(『SAPIO』5/9・16号より)



(私のコメント)

BBSや掲示板や、最近ではツイッターなどがネットにおける論争手段になっていますが、掲示板やツイッターなどは時間で流れてしまった過去の発言を読むことが難しい。むしろ[株式日記」のように日記形式で書けば日付で遡ることができるから、私は掲示板やツイッターを使ってはいません。
 
過去の発言も「キーワード 株式日記」でググレば直ぐに探し出せます。最近では右翼とか左翼で分けることは時代遅れになり、親米派と保守派との論戦が主戦場になっています。左翼はもはや政治勢力とななりませんから、政界も親米派と保守派の二つになります。しかし冷戦時代は親米派と保守派はひとつだった。
 
だから自民党も民主党も親米派と保守派とが混ざっており、定義すら曖昧で新自由主義ですらどちらに組するのか分からない。しかしグーローバリズムは親米派であり、反グローバリズムは保守派である。[株式日記」は保守派であり小泉構造改革を批判して来た。しかし郵政の民営化自体には賛成であり、アメリカ資本に郵政を売り渡していいのかが対立点だった。
 
TPPにおいても[株式日記」では農業改革には賛成でしたが、TPPが23項目に及ぶ改革内容を見るとグローバリズムそのものであり、国内法よりも国際法が優先される国際条約は非常に危険な内容になっている。いわば内政干渉を条約として認めるようなものであり、アメリカとTPPを結ぶことは自治権すら危うくなるような危惧を覚える。
 
親米派はもちろんTPPに全面賛成だし、郵政の民営化も100%民営化でアメリカ資本に乗っ取られることも賛成のようだ。原発問題も昔は右翼と左翼では賛成と反対が別れましたが、福島第一原発が大災害になる前は原発がエネルギーの主役になるような勢いだった。原発問題は中央と地方との問題であり、東京や大阪には原発は無く、東北や山陰の貧しい地方に原発が作られている。つまり中央と地方の対立なのだ。
 
小林氏や中野氏は、橋下徹(公人なので敬称は略)を小泉純一郎のようなポピュリズム政治家と見ているようですが、国民世論の動向を見ながら政策を変えていくタイプなのだろう。だから愛国主義を前面に出して日の丸君が代で日教組と対決していますが、橋下徹は筋金入りの保守派ではない。だから意見のブレは当然あり、原発政策も現実的に対応するタイプだろう。
 
私は小泉純一郎を全面否定しているわけではなくて、靖国参拝や、北朝鮮問題では金正日に拉致を認めさせることで成果を上げている。小泉純一郎にも叩けは埃が出ることがたくさんありますが、政治家というものはやるべき事をやればいいのであり、田中角栄は「政治と金」で失脚しましたが、小沢一郎も「政治と金」で叩かれている。政治資金はもともとグレーなものであり、賄賂になるかは微妙な問題だ。
 
「維新の会」が大阪で大勝したのは、公務員制度改革で支持されてきたからですが、国政レベルになると「維新の会」の政策にもいろいろ問題が出て来るようだ。支持グループには「みんなの党」も入っているから公務員制度改革には一致していてもTPPには賛成の立場になります。公明党にも協力を呼びかけているから外国人参政権も賛成と言うことになります。これには保守派が大反発するのは当然でしょう。
 
だから橋下徹を左翼だの反日だのと騒ぐのは、短絡的だと思う。ネットでは自分と少しでも意見が異なると過激に攻撃する論調が目立ちますが、ポピュリズム政治家は支持世論に敏感だから、まずいとなれば意見を変えるでしょう。小泉純一郎も世論動向に常に気を配っていたからこそ5年半も政権が持った。それに対して野田総理は国民世論に背を向けて財務省に言いなりだから支持率が落ちる。
 
[維新の会」が政治勢力を獲得していく為には国民世論の動向に柔軟に対応していかなければならない。原発再稼動の問題も一つの掛けですが、ブレーンである大前研一氏の言うように脱原発でブラックアウトを起こしたら政治家として失格だろう。世論としては脱原発に動いていますが、関西地域では原発を全部止めれば大停電が起きる可能性が高い。
 
橋下徹が現実的な政治家なら、ブラックアウトを避ける為に原発は再稼動させる方向で決断すべきだ。その為には関西電力を多くの注文を付けて安全対策に鞭打たなければならない。長期的には脱原発でも短期的には正反対に再稼動させなければならない。このような矛盾した行動をしなければならないのが政治家の辛いところだ。野田総理の消費税にしてもシロアリ退治なき消費税増税だから批判されるのだ。
 
ネット上や掲示板やツイッターなどで目立つのは、レッテル張りや決めつけが多いことだ。言っている事の整合性がないと鬼の首を取ったかのように騒ぐ人がいますが、時間が立てば状況が変わるし柔軟に対応していかないと政治の世界では対応が出来ない。民主党政権にしても政権を取る前と現在とでは評価はまるで違いますが、マニフェストを守らないと言うのは国民世論を無視した事になる。
 
野田総理は財務省の言いなりになる事が現実的対応と心得ているようですが、原発再稼動も国民世論が反対しても断行しなければ関西地方はブラックアウトが起きるだろう。現在では原発政策が間違っていたことは明らかですが、安全対策を十分にとらせるには東電が国営化されたように、原発は国営化して廃炉にしていかなければならない。そして高温ガス炉のような新型の原発を開発していくことも検討すべきだろう。
 
 




「橋下首相」は日本の歴史教育と歴史教科書をどう変えるだろうか。戦前日本
の「正の側面」について記述することも目指す。橋下徹を批判する人は売国奴


2012年5月9日 水曜日

維新の会思想反映されれば教科書から「従軍慰安婦」消えるか 5月9日 NEWSポストセブン

中央政界も無視できない存在となった橋下徹大阪市長。もしも将来、国政に進出し、「橋下首相」が誕生すれば、歴史教育、歴史教科書はどう変わるだろうか。高崎経済大学教授で、教育問題に取り組む日本教育再生機構理事長の八木秀次氏が論じる。

 * * *
「橋下首相」は日本の歴史教育と歴史教科書をどう変えるだろうか。

 もちろん、一朝一夕で教育委員会制度を廃止することはできないし、教科書は国定ではないので、政権の歴史観がそのまま教科書に反映されるわけではない(左翼政権の歴史観をそのまま反映させないためにも、国定であるべきではない)。だが、少なくとも目指す方向としては次のようなことが考えられる。

 まず、教育の基本として、健全な愛国心を育む。安倍内閣時代の2006年に教育基本法が改正され、「我が国と郷土を愛する」という文言が入ったが、あらためてその方向性を確認する。

 実は今年2月、私が理事長を務める日本教育再生機構が開いたシンポジウムに安倍晋三元総理と松井一郎大阪府知事に登壇していただいたのだが、その際、安倍氏は維新の会が目指す教育改革を評価し、松井氏は安倍内閣の教育基本法改正を現場に反映させるのが教育行政基本条例の目的だと語った。保守本流たる安倍氏と維新の会は思想的に気脈を通じている。

 その思想が反映されれば、教科書の記述も変わる。例えば、「従軍慰安婦」に関する記述は、今年度から使用される中学教科書からは全て消えたが、来年度から使用される高校教科書ではいくつもの社で記載され、「かりだされた」「働かされた」といった強制性を想像させる言葉が使われている。橋下政権はこうした記述がなくなることを目指す。

「南京事件」「南京(大)虐殺」については、多くの中学と高校の教科書で記述され、高校教科書の中には「約20万人を殺害」「略奪・放火や女性への暴行」といった日本軍の残虐性を強調する記述もある。こうした記述もなくなることを目指す。

 ちなみに今年2月、河村たかし名古屋市長が「南京事件」の存在を否定する発言をした時、橋下氏は、「歴史に関する知見や外交関係を踏まえて発言するべきだ」という趣旨のコメントをした。これを河村氏への批判と解釈するメディアもあるが、橋下氏は「南京事件」「南京(大)虐殺」の存在を認めたわけではない。一地方首長が発言することの損得を合理的に判断した、というのが私の解釈だ。

 この他、「沖縄集団自決」「A級戦犯」など、戦前日本の「負の側面」を誇張、捏造した記述についても再考する。

 その一方、彼の過去のツイッター発言に見るように、戦前日本の「正の側面」について記述することも目指す。(そのツイッター発言とは、大阪府知事時代の2011年6月にインドネシアを訪問した時、その独立に果たした日本の貢献を感謝されるなど、想像以上の親日感情を示された。

 この体験を受けて当時のツイッターに次のように書いている。「僕の世代が受けてきた教育は、こういう事実を全て捨象した極めて一面的な歴史評価だ」「第二次世界大戦について過ちを反省すべきところは反省する。しかし、評価されるべきところはしっかりと評価する。次世代の日本の子どもたちには、しっかりとした教育がなされるべきだ」)

 具体的に言えば、明治以降の日本が果たしたアジアの解放、発展への貢献である。例えば日本統治時代の朝鮮半島に鉄道を始めとする重要なインフラが敷かれ、「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の経済成長を日本からの巨額の円借款が支えた事実などを正当に評価する記述に変える。


橋下市長:「原発ゼロ無策は国家危機」 5月3日 毎日新聞

市長は2日、北海道電力泊原発3号機が5日に停止し、全国で稼働する原発がゼロになることについて初めて言及し、「原発が再稼働できなかった場合の対策を国が講じていないのは重大な国家危機だ」と政府を批判した。4日に開かれる大阪府・市のエネルギー戦略会議などで、関西としての節電策を早急にまとめる意向も表明した。

 橋下市長はこれまで、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働について「専門家の意見が公表されないまま、政治家が安全宣言するのはおかしい」と政府批判を繰り返してきたこの日は再稼働の是非については「政治判断がありうる」と留保したが、「再稼働できる場合と、できなかった場合との二つのプランを持っておかないといけない。それが国家運営だ」と述べた。

 また、夏の電力需給を検証する国の第三者委員会が関電管内の電力不足の見通しを15%と縮小したことについて「数字が変われば変わるほど信用性がなくなる。最初から政治が一定の方針を示さないと、15%と聞いても本当かよと思う」と批判した。【藤田剛】



(私のコメント)

政界では小沢一郎の無罪判決で政局はにわかに流動的になって来ましたが、野田総理は野党と小沢グループの板ばさみにあって立ち往生しています。消費税増税はシロアリ退治が終わらなければ国民の理解は得られないでしょう。しかし野田内閣ではシロアリ退治は行われそうもない。東日本大震災の復興もなかなか進みませんが、消費税増税以外は関心がないようだ。
 
シロアリ退治は政治の強力なリーダーシップが必要ですが、民主党政権では行政担当能力がなく結局は官僚任せになってしまった。小沢一郎も以前に民主党には政権担当能力がないと言っていましたが、自民党のような族議員もおらず官僚を使うことに不慣れだった。逆に、しがらみが無い事が改革を断行できると見ていましたが、官僚に説得されてしまうと何も出来なくなってしまう。
 
なかなか進まない公務員制度改革に国民の怒りが爆発して、大阪の「維新の会」に国民の期待が高まっていますが、小沢一郎が民主党代表選挙で勝利して小沢内閣で「国民の生活が第一」路線が復活するか注目されます。でなければ野田内閣は立ち往生して予算関連法案が成立せず、6月頃には辞任か解散総選挙になるだろう。
 
解散総選挙になれば「維新の会」が台風の目になりますが、民主党は大敗して自民が第一党になる可能性があります。もし自民が過半数が取れなければ公明や「維新の会」が加わった連立政権になるでしょう。6月ごろになれば「維新の会」も選挙体制が出来上がってきますが、野田総理は解散せずに辞任の道を選ぶのだろうか? 
 
そうなると民主党政権で4人目の交代になりますが、総理が代われば選挙で信任を問うべきだといっていた民主党は裏切ったことになる。野田総理が辞任すれば後任の代表選挙には前原氏と小沢氏の一騎打ちになるのでしょうが、無罪判決の後だけに小沢氏が選ばれる可能性が高い。もし小沢内閣が出来れば検察やマスコミなどへの報復が予想されますが、検察の腐敗も追及されなければなりません。
 
あるいは野田総理が解散を道を選べば、「維新の会」が台風の目となり50〜200議席を獲得するだろうと言われています。それに対してマスコミによる橋下攻撃が行なわれると思いますが、ネット上でも橋下攻撃をしている人がいます。しかしそれらの多くはレッテル張り程度の内容であり、外資の手先とかパチンコ利権の手先とか、河村市長の南京事件発言を批判したといった根も葉もないものであり、為にする批判に過ぎない。
 
ニュースで小沢無罪裁判を不服として指定弁護団が控訴したそうですが、検察が二度起訴を断念したことに対して裁判して無罪だから控訴すると言うのは無理筋ではないだろうか? 最初から小沢一郎の足を引っ張るだけの目的で行なわれているものだろう。しかし控訴によってかえって検察の捏造文書問題が脚光を浴びることになって検察のほうが慌てているのではないだろうか?
 
これで当面は「維新の会」への期待が高まりますが、橋下徹大阪市長は記者会見やツイッターなどをフル稼働させてアピールしていますが、新しいタイプの政治家なのだろう。記者会見だと新聞やテレビで編集されてしまうから、本来の意思とはかけ離れた記事や報道をされることがありますが、ツィッターを自分で書いているのなら書きたい放題のことが出来る。
 
橋下氏は様々な人に論争を仕掛けていますが、これも注目を浴びる為の手段なのだろう。文章で論争をすることはなかなか難しく、私も何度か論争してみたこともありますが最後はグチャグチャになります。最終的には物量作戦になって書きまくったほうが勝ちになるようですが、疲れるだけだ。しかし私の言論活動を封じようとするものには徹底した反撃を行なって来た。
 
文章による論争は記録が残るから、言った言わないの水掛け論は防ぐことも出来るし、時間が経って私の主張が正しかった時には、ねちねちと締め上げるように反論してきた者に止めを刺すこともします。小泉構造改革を批判してきた時も、小泉信者から攻撃されましたが、最近では小泉信者もおとなしくなってきたようだ。ブログ自体も消えてしまったのもあります。
 
橋下氏の政治姿勢は柔軟であり、原発問題でも稼働派でも全面停止派でも無い。政府に対して再稼動できなかった時の対策を考えておくべきだと言う全うな意見であり、専門家の意見も反映されていないという批判だ。大阪市が大停電になれば大変なことだから当然考えなければなりませんが、関西電力は情報を公開せず再稼動させようとすることに批判しているのだ。
 
小沢裁判が控訴されたことで、政局の動きはまた違ってきましたが、橋下氏の手腕に期待するしかなくなりました。橋下大阪市長の下には多くのブレーンが集まっている事であり、従来の横山ノックとか青島幸男と言ったタレント議員とは一味違います。人望が無ければスタッフは集まらないし、柔軟性が無ければ勢力をまとめることが出来ません。だからこれから選挙に向かって「維新の会」どれだけの事が出来るか注目されます。
 





自動車と原発とはどちらが危険か? 自動車が危険で毎年数千人が死んで
いるのに自動車を止めろと言う人がいない。原発事故は対策を打てば防げる。


2012年5月8日 火曜日

原発再稼動の是非 4月25日 S氏の相場観

夏場に電力が足りない!?各地で原発が停止した状態では、とてもこの夏は乗り切れないと言う話で、特に節電意識が低い関西では原発を稼働させなくては命にも関わる事態だと言う事で、政府は何としてでも原発を稼働させたい様です。

これに対し、橋下大阪市長は8つの提言をし、稼働に慎重な姿勢を示しましたが、事はそんなに複雑なことではないのです。稼働するかどうかの判断は、単に誰が責任を持つのか?それだけです。

福島原発の事故が起こり、東電だけでその賠償が出来ないのは明らかであるのですから、後押ししていた国が面倒を見るのは当然であるとしても、国はそれを認めようとはしません。それが故に福島で被害に遭われた方々は、未だにまともな救済を受けられていないのです。

もし事故が起こったら、誰の責任で、どうやって処理していくのか?まずはこれをハッキリさせて、その事故処理方法で住民や国民が納得すれば再稼働すれば良いし、納得させられないならば再稼働は無理と諦めるしかないでしょう。

そして、再稼働が無理な場合は、このぐらい電力が足りないので、節電をしてくれと要請し、出来るだけ早い段階で代替えの発電所を建設していけば良いのです。優れた安全性の高い発電施設は他にある訳ですし、ちゃんと説明すれば関西の人も節電に協力するでしょう。

何せ直接被災していないものですから、どうしても危機意識が薄いのは仕方がない事であると思いますが、話せば分かるとも思いますし、そうした努力を惜しんではならないでしょう。

そもそもですが、絶対安全がないと言う事は、既に全ての国民が理解したことです。明らかに地震の回数が増えておりますし、原発事故は、誰しもが明日は我が身かと不安を抱えているのです。絶対安全がない以上、たとえコストが上がったとしても、原発は止めてくれと思って居る人が過半数を超えているはずであるし、それを覆す必要は無いのです。

50年以上も原発を動かし続けてきて、そこから出る放射性廃棄物の処理が、未だに決まらないのです。これ以上処理不能の核のゴミを増やすなんて事があってはならないのです。いずれ化学が進歩して・・・それが、彼らの言い分でありますが、そうまで言うならば化学が進歩してから使えば良いでしょう。現時点で人間の手に負えるものではない。それが原発なのです。

その証拠に、核廃棄物の最終処分方法が確定している国はどこにもありません。あの広大な土地を所有する米ですら、核廃棄物は押しつけ合っているのです。この狭い国である日本で、一体どこに処分しようというのでしょう?まあ、こう言うと、最後はカネよ!と言うのが、彼らの言い分ですけどね・・・。

さて、絶対安全がないのは投資の世界も同じです。本当は誰もが知っているはずの事なのですが、あり得ないと思っていても、何故か安全と言う言葉に弱い人が多いためか、カネの魅力に惹かれてか、毎年毎年多くの人が投資詐欺の餌食になって行きます。目新しいところではAIJの事件がありますが、あれも高利回りで安全であると錯覚させられたから起こった事です。

また、本当に色々な詐欺がありますが、多くの投資家が引っかかったのが未上場株の売買です。上場したら凄いことになる!とほのめかされ、偽の株券を買わされたり、本物であっても上場出来る見込みなど全くないどころか、配当すらない・・・。買った時は潰れない、安全だ等と言われていたケースが多いのですが、どうも欲望が絡むと正常な判断が出来なくなるのでしょう。結果はご覧の通りで、未上場株のセールスを受けて利益を出した人など見たことがありません。

何故?それはまあ、そんなに儲かるなら誰にも売らないで自分のものにする・・・。それが当たり前というものでしょう?何故にそんな簡単な事に気づけないのか?気づかないのが悪いのか?それとも、騙す方が悪いのか?騙す方が悪いのは当然ですが、気づかない方も悪い・・・。何せ使うのは自分のお金ですからね。

さて、原発の話に戻りますが、原発は安全と言っていたのは誰か?電力会社、政治家、官僚、メディア・・・もちろん異を唱えているメディアもありましたが、かなりの少数派でありますので、一部反論はあるかも知れませんが、謝罪が必要なところには謝罪しますので、この場は一括りにすることをお許し下さい。

こうした日本の中枢とも言えるところが一致団結して原発を推進してきたのですから、証券詐欺で騙されるレベルを遙かに超えた詐欺であるのは確かなのです。安全ではないものを安全と言った!実は、これだけで十分詐欺と言えるのです!今は想定外の地震と津波が・・・と、言い訳をしておりますが、想定外なら何でもありだと言うのでしょうか?

自分の身は自分で守るのが常識ですし、原発という脅威から自分の身を守るのもまた、個人の責任であるように思うのです。

絶対が約束されているもの。それは、私も貴方も、必ず死ぬと言う事だけなのです。ですが、死に方ぐらいは選べると思いますし、原発で放射能を浴びて死ぬと言う選択はしない方が良いでしょう。また、証券詐欺にやられて財産を失って失意で自殺も選択すべきではありません。

騙している方は、誰が死のうと関係ないと思って居るのかも知れませんが、こうした問題は必ず人の生き死に関わっている事を知らなくてはならないでしょう。安い電気の為に命を危険に晒す人が、一体どれ程居るというのでしょう?

原発の電気が安いのは、事故の際の賠償を考えないから出来る事であり、賠償のことまで考えたならば、どう考えても安い電源ではないのですからね・・・。メディアは一生懸命色々な情報操作をして来ますが、是非、正しい知識と意見を持って、正しい生き方をなさって頂ければと思います。

正しい生き方であれば、必ずや投資からも良い成果が得られるようになることでしょう。


(私のコメント)

関越のバス事故では45人の乗客が死傷しましたが、ゴールデンウィーク中も多くの自動車事故で亡くなっています。私もかつては乗用車を乗り回していましたが、電車のほうが早くて時間に正確なので電車を利用しています。都内なら確実に電車のほうが安くて早くて時間も正確だ。にも拘らず多くの人が自家用車を運転していますが、私の実感からして事故を起こさないほうが不思議だ。
 
学童の行列に突っ込む自動車事故も発生していますが、自動車はハンドル操作を少し間違えただけで大事故になります。自動車事故を起こして一生を台無しにした人も多いことでしょう。関越のバス事故も新幹線なら早くて時間も正確なのに、バスに乗った人は3500円と言う安さで利用したのでしょう。しかし規制緩和以来このような夜行の高速バスの事故が絶えません。
 
自動車は危険だと分かってはいても利便性の為に廃止することは考えられてはいません。それに対して原発事故は全面停止されていますが、十分な安全対策が打たれれば再稼動すべきだと考えますが、誰が責任を取って決断するのでしょうか。政治家も専門家も責任を取りたくないから誰も再稼動を決断できないでいる。
 
問題の根本は、何度も書いてきましたが、「国策民営」と言うシステムが大災害の原因であり、電力会社も民間会社だから安全性よりも利益を最優先してしまう。「国策」で原発を運用するならば「国営会社」が責任を持って運用すべきでしょう。民間会社では今回のような大事故が起きた場合、補償能力がない。東電の社長がまた代わるようですが、潰れないうちに退職金をもらおうと言うのでしょう。
 
福島第一原発の大災害で原発村の信用は一気に失墜しましたが、誰も過失事故で逮捕されていない。福島第二や女川原発は地震や津波に耐えたのに福島第一はこれと言った災害対策が打たれてはいなかった。揚水ポンプはむき出しであり非常用発電機も水没してしまった。津波に対する被害が想定されていなかったからですが、高台に発電機や揚水ポンプがあれば防げた事故だ。
 
原発はオシャカになっても冷温停止は出来たはずだ。詳しい状況が分からないから断定は出来ませんが東電も情報を出してこない。結局は「国策民営」で原発を押し付けられて漠然と運転されてきたのだろう。もし国営で原発が運転されていれば費用がかかっても安全対策が打たれていたはずだ。感電も安全対策が未だに手が付けられていない事は先日書きましたが、関西電力には安全対策を打つ費用が無い。
 
福島第一も結局は費用の問題で安全対策が打たれなかったのだろう。安全神話だけが一人歩きをして、問題を指摘する人がいてもタブーになってしまって原子力村からはじき出されてしまった。しかし原発が絶対安全だという神話が崩れてしまったのだから、原発廃止論者は勢いづいていますが、私も長期的には廃止論者ですが短期的には稼動させて、電力不足による大停電などのリスクを回避すべきだろう。
 
野田総理も枝野産業大臣も再稼動を決断しても、責任を取りたくないから先送りにしてしまった。専門家も判断が出来ないと逃げてしまいましたが、「国策民営」体制が問題の根本にある。原発が国営会社なら原発を廃止すること政府判断で出来ますが、民間会社では原発が不良債権になれば債務超過で倒産してしまう。しかし野田民主党政権では今後どうするのか先が見えてこない。
 
原発を全部止めたところで安全になるわけではなく、燃料棒は冷やし続けなければならず、それが止まれば福島第一の4号炉のように水素爆発を起こす。原発の専門家も停止中だった4号炉の危険性を誰も指摘していなかった。冷却が止まれば水は沸騰して水素ガスも発生したのだろう。専門家たちは「想定外」と繰り返しましたが、原発の事が良く分かっていない事がよく分かった。
 
日本人は「空気」で物事を判断するから、原発再稼動などとんでもないと言う「空気」が充満している。「株式日記」は電力会社から金をもらっているのかまで言われそうですが、自動車も飛行機も船も安全運転を怠れば大事故が起きる。原発も安全運転対策が十分に取れれば再稼動すべきと考えますが、今の状況では袋叩きされるだけだろう。
 
原発が危険なものであると言う認識を持っていたならば、福島第一も安全対策が行なわれて事故が回避できたはずだ。原発の再開には地元の賛成が必要ですが、どこまでを地元と見るかで問題になっている。大阪の橋下市長も判断に苦しむところですが、専門家でも判断が下せないのだから困ったことだ。つまり原発事故の責任は東電には責任能力がなく、政府は運用者で無いから責任の存在が曖昧になる。原発は国家管理に一元化すべきなのだ。
 
電力も九社体制から自由化して送配電の分離なども検討されるべきであり、電力会社の地域独占経営体制が監督官庁や専門家たちを金で買収して原発行政をダメにしてしまいましたが、原発が大事故が起きれば国家が面倒見てくれるのだから、原発の運用にルーズになる原因があったのだろう。
 
この数日間に日本企業は専門家を育てないと書いてきましたが、原発行政も同じであり寺坂安全保安院院長は原発に対して素人だった。しかし対外的には原子力のエキスパートとして業界団体に天下るのだろう。このような無責任行政と無責任無能力政治が福島第一原発事故に繋がったのであり、ニュース報道を見ても、日本全国の原発の防潮堤のかさ上げ工事もまだ着工していない。土木工事だから直ぐにできるはずだ。
 
 




イギリス人が韓国紙に寄稿:「韓国の『東海!』主張、本当の理由は反日
感情ではないですか?」 多くの韓国人が常軌を逸した興奮を見せる。


2012年5月7日 月曜日

イギリス人が韓国紙に寄稿:「韓国の『東海!』主張、本当の理由は反日感情ではないですか?」 5月4日 Korea Times

<<No sea change for East Sea>> By Andrew Salmon

世界を揺るがす国際的重要性のあるニュースについて語ろうと思う。先週モナコで、国際水路機関(IHO) (海図に記載する公式名称を定める機関)は、「East Sea」を「Sea of Japan」に併記するよう求める韓国の 主張を斥けた。日本海単独表記が、次回会議のある2017年まで続くことになる。

驚いたことに、このIHOの決定で、新聞各紙が社説でわめき立てたり、日本大使館の前にデモ隊が登場 したり、自称「PRの達人」が米国紙の広告欄を買い占めたり、韓国系の特別エージェントがモナコの王宮 に火矢を撃ち込んだりすることは起きなかった。

なぜ「驚いたことに」かって? この名称問題は、多くの韓国人が常軌を逸した興奮を見せる事柄だからだ。

国際的視点から見てみよう。ほぼ一世紀にわたり、「Sea of Japan」という名称は最も普遍的で公式の 名称となっている。世界の国々、学術機関や出版社にとって、地図などの出版物の中の名称を変更する には多大の努力と投資が必要となる。だから呼称変更の議論は何であれ確固たる基礎が必須だ。

私は韓国に住み、地元の女性と結婚しており、(一般論としては)韓国が好きだ。私は日本とは何の関係 も無い。要するに、韓国の肩を持つ要素の方が多い。だが本件に関する韓国側の主張は、私に対して、また、韓国人でない友人たちの反応から判断する限り国際的世論に対しても、訴求力を持つものではない。

韓国の主たる主張は、「East Sea」という呼称のほうが歴史的により一般的だった、というものだ。これは 問題ある主張だ。17世紀以降の世界地図の多くは、「Sea of Japan」と表記しているのだ。韓国は、米国 議会図書館の古地図のうち66%が「East Sea」表記だったと言っている。ところが日本は、同じ資料を調 べた結果として、77%が「Sea of Japan」を用いていたと主張している。

この議論は、単に疑問の余地があるというのではなく、見当はずれだ。今は21世紀であって朝鮮王朝 時代ではない。この問題は地理に関するものであり歴史に関するものではない。私の知る限り、前近代 の地名に回帰すべきだとする国際的方針は無い。これには多くの証左がある。イラクは「メソポタミア」に 戻るべきか? イランは「ペルシャ」か? ソウルは京城(Keijo)とか漢城、あるいは慰礼城に改称すべきか?

歴史と言えば、私は、外国人は「正しい歴史」とか「本当の歴史」を学ぶべきだという韓国人らの説教に 辟易している。「正しい歴史」とか「本当の歴史」とは、実は「韓国人の歴史解釈」という意味だ。なぜなら 歴史というものは自然科学とは違い、いくつかの基礎的事実を除けば歴史上の出来事や趨勢は様々な 解釈を許すものだからである。私は今まで、異なった見解を認める韓国地元メディアを見たことが無い。 韓国メディアのやりかたは、「反対意見など無視しろ。韓国側の主張を復唱しろ」だ。

これは議論としては下手な方法であるうえ、議論に長く堪えうる主張にもなっていない。韓国が日本から 独立したのは1945年だが、(私の知る限り)この海域の呼称問題が取りざたされたのはやっと1997年に なってからだ。すなわち、35年間の植民地統治が終わってから52年も経っているのである。

韓国側のもう一つの主張は、韓国人が「東海」という名称を用いてきたのは韓国人以外が「日本海」と いう名称を用いるのよりも古くからだ、というものだ。「東海」という言葉が韓国の国歌の中でも歌われて いる、という指摘もある。結構だろう。韓国人が自国の東にある海域を、自分たちの地図や本や歌の中で どう呼ぼうと自由だ。だが、世界のほかの国々が、どうしてそれに従わなくてはいけないのか?

また、「Sea of Japan」という呼称は植民地支配の結果だという主張もある。つまり、当時韓国は日本の統治下にあり、自らの主張が出来なかった、というわけだ。この主張は、近代以前の地図が示すとおり、 一部しか当てはまらない。「日本」というブランドは、18世紀末ないし19世紀初頭の段階で、「韓国」より 良く知られていた。日本は明治維新で近代化し、地域的・世界的な強国となった。地図の名前を書き換 えたところで、この事実を消すことはできない。

「Sea of Japan」という名称は韓国の独島(訳注:竹島のこと)領有権を脅かすものだと言っていらだつ人 もいる。この意見には先例の裏づけも論理性も無く、反論の必要すら無い。

私の見立てでは、韓国人が名称変更を望む真の理由は、単純だ。民族主義は東アジア全般において、 そしてとりわけ韓国において、強力な感情的な力である。韓国の民族主義の中核は、日本に対する 不信や嫌悪である。思うに、これこそが、「East Sea」キャンペーンの背後に潜む真の力である。

傷ついた自尊心から生じた独善的キャンペーンが、国際的支持を受けるはずもないではないか。逆に、 控えめで自制的な手法のほうが有効であろう。日本のやり方は、もっと攻撃性を抑えたものである。 韓国政府はIHOに16人の代表団を送り込んだが、日本政府は9人だけだ。Googleニュースで検索して みると、韓国発の報道は30件以上ヒットするが、日本発のニュースは1つだけだった。

韓国の製品や大衆文化は世界中でファンを獲得しているが、民族主義感情がそうならないのは確実だ。 「East Sea」問題が沈静化し、韓国人が民族主義的(nationalist)問題よりも国内(national)問題に目を 向けるようになってくれることを望む。

だが、多分そうはならないだろう。あまりに感情に捉われた状況なのが現実だ。だから、もしあなたが 世間の注目を集めることを望む学者や、スタンドプレー好きの議員や、自称「広報の達人」や、狂信的 民族主義者なら、愛国主義的憤激を解き放つ新たなキャンペーンをすることをお勧めする。キャッチ フレーズは、「『EAST SEA 2017』か、さもなくば戦争だ!」でどうだろう。


ソウルに「慰安婦」博物館が開館 慰安婦像に続き「反日」の象徴2つ目 5月5日 産経新聞

【ソウル=加藤達也】日本統治時代の慰安婦に関する資料などを集めた「戦争と女性の人権博物館」がソウル市内に完成し5日、開館式が行われた。来賓の韓国の金錦来・女性家族相はあいさつで日本政府に慰安婦問題の解決を求めていくことを宣言。このほか朴元淳・ソウル市長や国会議員らも来賓として出席、在日韓国人の歌手が歌を披露したほか、日本からも市民団体などが参加した。(後略)


(私のコメント)

日本は中国やロシアやアメリカと言ったろくでもない国に囲まれており、中国やロシアやアメリカは核兵器まで持って日本を威圧している。韓国も同じ立場ですが、大陸と地続きと言う半島国なので中国の王朝に長い間支配され続けて来た。しかしその事は韓国の歴史教育ではタブーになっているようだ。
 
地政学的に見ても、在韓米軍が韓国から撤退すればどうなるかは歴史を見れば明らかなように、再び朝鮮半島全体が中国の支配下に置かれるだろう。朝鮮戦争でも釜山の一部を残してあっという間に制圧されてしまった。韓国が中国の支配下に置かれれば北朝鮮並みの国家になることは明らかだろう。しかしそのような歴史から目をそらせる事は韓国の存続にとって有利なことなのだろうか?
 
韓国の歴史教科書によれば、韓国は”5000年間”どこの支配も受けていないかったそうですが、それが「正しい歴史」や「本当の歴史」なのだろうか? ならば日本に対してでなく中国に対して歴史の書き換えを要求すべきだろう。「わが中国は朝鮮半島を何度も征服しようとしたが、ことごとく韓国軍に撃退された」と書き換えを中国に要求すべきだろう。
 
冒頭の記事を書いたイギリス人も、「歴史と言えば、私は、外国人は「正しい歴史」とか「本当の歴史」を学ぶべきだという韓国人らの説教に辟易している。「正しい歴史」とか「本当の歴史」とは、実は「韓国人の歴史解釈」という意味だ。なぜなら 歴史というものは自然科学とは違い、いくつかの基礎的事実を除けば歴史上の出来事や趨勢は様々な 解釈を許すものだからである。」と書いていますが、韓国人のゴリ押しにへきへきとしている。
 
韓国は「日本海」という名称を「東海」と呼ばせる運動を世界的に展開していますが、韓国政府は反日感情を煽ることで行き詰まった国内の政治から目をそらせようとしているのだろうとイギリス人は指摘している。そんな運動をされても外国人にとっては戸惑うばかりで、なぜ「日本海」を「東海」に変えるのか理解に苦しむだろう。たとえ「東海」に変わったとしても竹島の領有権がどうのこうのと言った論理性はないとイギリス人は指摘している。
 
韓国と北朝鮮はアメリカとソ連と中国の都合で二つに分断されて現在に至っていますが、外国の支配を受ける構造は今も変わっていない。大国に挟まれた小国の宿命ですが、日本に八つ当たりすることで鬱憤を晴らしているのだろうか? 自国の歴史を正当化することは、どこの国でも行なっている行為ですが、それを他国にまで強制することは余計な外交摩擦を招きます。
 
日本は大戦の敗北によってアメリカによって日本の歴史を書き換えてしまいましたが、韓国や中国もそれを見て日本に対して歴史の書き換えを要求してくる。これらの分野は歴史家の仕事であり、政治家が決めることではなりませんが、河野洋平という政治家が河野談話を発表して政治的に決着させようとしたことが問題を拗らせてしまった。
 
小泉純一郎も謝罪と反省を繰り返していますが、これらは歴史家の仕事であり政治家の仕事ではない。歴史を外交問題として蒸し返せば、パレスチナ問題をはじめとして世界中が大混乱してしまう。自国の歴史を一番客観的に見ることができるのは日本ぐらいのものではないだろうか? どの国にでも後ろめたい暗黒史がありそれを消し去ることは難しい。
 
日本の朝鮮支配や中国支配は戦略的に見ても間違いであり、結果的に国益を大きく損なった。しかし従軍慰安婦問題や南京大虐殺や朝鮮人強制連行は、今までも「株式日記」で何度も書いてきましたが
中国や韓国のプロパガンダであり、日本としてはそれが本当かどうかは歴史家が学術的、実証的に究明していけばいいことだ。政治家が出てくれば外交的にややこしいことになる。
 
しかし中国や韓国にとっては、学術的実証的に究明されても、嘘だったことがばれれば逆効果になるだけだ。90年代頃までは新聞やテレビを買収して、従軍慰安婦問題や南京大虐殺問題などが朝日新聞などから何度も仕掛けられましたが、中国や韓国の工作員が新聞やテレビなどの業界に入り込んでいるからだろう。しかし現代ではネット化社会ではそのような事はできなくなってきている。NHKでも「JAPANデビュー」で批判されて日の丸デモ隊にNHKが取り囲まれてしまった。
 
韓流のゴリ押し問題でも電通と韓国の工作員による仕掛けなのでしょうが、フジテレビが10000人の日の丸デモ隊に取り囲まれる事態になって、韓流ドラマは放送しなくなった。このように日本の政治家やマスコミは買収が出来ても、日本国民は買収が出来ないから逆効果になる。

いま問題にしなければならないのはアメリカによる日本の歴史書き換え問題であり、7700冊もの書籍がGHQによって焚書されて歴史が抹殺されてしまった。従軍慰安婦問題も2010年10月10日にアメリカの下院で非難決議が出されましたが、従軍慰安婦問題の仕掛け人をたどればアメリカの国務省が朝日新聞を使ってやらせたのだろう。つまりアメリカによる思想検閲は今も続いているのだ。
 
 




賃貸物件の空室率は全国平均で約20%。入居者を獲得
するため礼金、敷金を抑えるなど家主間の競争も激化している


2012年5月6日 日曜日

不動産投資の落とし穴 空室・老朽化、リスクに  5月5日 日経新聞

伸び悩む給料の補填や将来の年金不安に備えようと、会社員ら個人投資家の間でマンションなど不動産投資に関心が高まっている。ただ、不動産は投資金額が大きく、空室発生や家賃下落、老朽化などのリスクもある。不動産投資の注意点をしっかり学んでおこう。

 4月の週末。都内の雑居ビルの会議室に数十人の個人投資家が集まり、講師の話に真剣に聞き入った。席を立つ人はおらず、終了後も物件選びなどに関する質疑応答が延々と続いた。

 不動産投資に関心を寄せる個人が増えている。ただ、一部には不動産特有の仕組みやリスクについて十分な知識を持たないまま、投資に踏み切る個人もおり、専門家からは懸念する声も出ている(表A)。

■入居者獲得争う

 その一つが利回りだ。値上がり益狙いで投資した1980年代と違い、最近は家賃収入をベースにした利回りで投資するのが主流。投資用物件のパンフレットなどには、年間の家賃収入を購入価格で割った「表面利回り」が表示されている(図B)。

 表面利回りは借り手がついた前提で計算されたもの。賃借人が退去すれば収入はゼロ。空室を避けるため家賃を下げざるを得ない事態もありうる。賃貸物件の空室率は全国平均で約20%。入居者を獲得するため礼金、敷金を抑えるなど家主間の競争も激化している(グラフC)。

 コストも無視できない。購入時には仲介手数料、登録免許税などが価格の10%程度かかるうえ、毎年、固定資産税などの税金が発生する。管理や家賃保証などを専門業者に委託すれば手数料が月家賃の10%前後必要だ。賃借人が退去したら修繕費が10万円以上かかる。「様々なコストを含めた『実質利回り』も見るべきだ」(不動産情報会社のネクスト)。当然、実質利回りは表面利回りより低くなる。

 不動産の売買は相対取引であり、物件選定に目利きが欠かせない。管理がいい加減だったり、修繕積立金が少なかったりすれば、多額の修繕費を求められることもある。ファイナンシャルプランナー(FP)の久谷真理子氏は「エントランス、ポスト、自転車置き場など共用施設のチェックが不可欠」と指摘する。

■ローンは高金利

 ローンの利用にも注意したい。会社員は返済能力が高いとされ、金融機関の審査に通りやすい。「退職金や相続などで資産に余裕がある50〜60代は現金で買う。一方、20〜30代は頭金が少ないもののローンで購入している」(マンション販売会社)

 マイホーム購入の際に利用する住宅ローンと違い、不動産投資で使うのは主に事業用ローン。金利は一般的に住宅ローンに比べて高く、大半が変動金利だ。金利上昇も大きなリスクになりうる。

 資産価値の下落もリスクの一つ。家賃下落などで想定していた収入が得られず、ローンの返済や経費が重荷となる。売却という選択肢もあるが、こちらも簡単ではない。

 例えば新築物件は一般的に購入直後に数%、10年後に20%程度価値が下がるといわれる。数年保有後に売却すると多額の損失が発生、負債が残る事態もよくあるという。FPの久谷氏は「不動産は修繕費や返済額などコストが膨らみやすい。資金計画を保守的に立てたうえで投資するのが鉄則」と強調する。

 もっとも、不動産投資で成功する可能性がないわけではない。セミナーの講師などを務め、「カリスマ大家さん」と呼ばれる個人もいる。

 ただ、会社員が仕事の合間に物件探しなどに時間を割くのは難しい。不動産をもとにした資産運用なら、上場不動産投資信託(REIT)も有力な選択肢になるだろう。

 メリットばかりに目を奪われるのは禁物。リスクやコストを徹底的に検証したうえで、ライフプランや資産運用の目的、資金計画、性格を考えてから臨んでも遅くない。


<ここが反省点>税・費用との闘い、震災で修繕費も 5月5日 日経新聞

2006年から資産運用を目的にマンションへの投資を始めた。首都圏の中古マンションを7戸(約8000万円)、約6000万円を銀行から借りて買った。

 不動産は税金や費用との闘いだ。当時は会社員。不動産所得は給与と総合課税され、確定申告時に納税を迫られた。修繕費の計上が過大と税務署から指摘され、修正申告したこともあった。

 空室の発生、家賃の引き下げや滞納も経験した。東日本大震災で修繕費もかかった。

 4戸を売却し、3戸を所有している。ローンの残額は約1800万円。様々なコストを差し引いた実質的な手取りは月3万円。ローンを抱えてリスクを取ったものの、期待したほど収益が上がらないと思う。

(神奈川県、自営業、40代)


(私のコメント)

日経新聞に不動産投資のことについて書かれていたので、私の体験談を元に書いてみたいと思います。「株式日記」でも不動産投資については何度も書いてきましたが、超低金利時代においては不動産投資は上手く行けば8%以上の利回りで運用が出来ます。しかし失敗することも多いからなかなか手が出しにくいことも確かです。
 
しかし、サラリーマンを定年まで勤め上げることは、ストレスも多く何時リストラに遭うかも知れません。そんな時に不動産からの収入があればリストラに遭っても困ることは無いでしょう。むしろ不動産投資が軌道に乗れば脱サラして専業にすることもいいでしょう。その為には若い時から自己資金を貯めて少なくとも1000万円くらいの自己資金を銀行に預金して信用を得ましょう。
 
若い時なら、サラリーマンをしながらアパート経営も可能でしょう。アパートの一室を自己で使いながら家賃収入も得ることも出来ます。マンション投資なら都心に物件が豊富だから普段から見て回れば掘り出し物があるかもしれません。私もサラリーマン時代でも土日は物件を見て回りましたが、当時は良い物件が無かった。利回りよりも値上がり益を当てにした投資が主流だったからだ。
 
だから借金も資産のうちと言われて、借金してマンションを買って節税することが流行った。しかし不動産投資は政府が途中で税法を変えてしまうことがあるので注意が必要だ。私のときもバブル崩壊で不動産の値上がりを目的とした投資はダメになり、利回り採算の合う物件を残して、買っておいた土地は全部売り払ってしまった。そして自己資金をプールしておいたおかげで助かった。
 
だから不動産投資は、失敗だったと分かった時には最低でも転売できるように物件であることが必要条件だ。しかし日銀が資産デフレ政策をとったことで不良化した資産の売却が非常に出来にくくなってしまった。アメリカではFRBが日本の失敗を見て大規模な金融緩和してデフレを防いで資産の流動化だけは確保している。そうしなければ銀行が不良債権を処分できないからだ。
 
デフレ経済が続いたことで、家賃相場も保証金も大幅な引き下げが行なわれた。ビルの保証金は大きな金額だから資金ショートしたところもあるようですが、自己資金を確保しておいたおかげで私の場合は何とか助かった。アパートの場合は20年以上経って減価償却も終わって銀行ローンも済んでいるので、家賃=収入になる。しかし老朽化が激しくメンテナンスが必要になる。
 
昨日一昨日と、日本の会社は専門家を育てないと書きましたが、不動産会社のサラリーマンに聞いたところで不動産運用のプロではないから、彼らの話を真に受けたら失敗することが多いだろう。株式投資も証券会社の営業マンの言うとおりにやっていたらスッテンテンになるのと同じだ。銀行にしても資金運用の相談をしたところで彼らは素人だから何も分かってはいない。
 
日経新聞の記事に、「4月の週末。都内の雑居ビルの会議室に数十人の個人投資家が集まり、講師の話に真剣に聞き入った。席を立つ人はおらず、終了後も物件選びなどに関する質疑応答が延々と続いた。」とありますが、講師の話しを聞いても一般的な話だけで実践的な話しを聞くことは難しいだろう。講師も必ずしも専門家ではないからだ。
 
不動産も満室経営が続けば高利回りになりますが、空室が続出した時の対策が適切でないと失敗することになる。ローンを抱えている時ではローンの支払いで家賃の引き下げもままならない時もあります。そのような時は物件の用途を変えて賃貸に出すのがいいだろう。都内のオフィスビルも最初は事務所ビルとして賃貸に出していましたが、事務所だとどうしても競争が激しくて空室が出る。
 
そのような時には、場所が良ければ飲食ビルや店舗ビルに用途変更して、逆に家賃の引き上げにも成功することもある。アパートにしてもメンテナンスをまめにして新築同様の品質を保つことが経営の秘訣だ。その為にはリフォーム業者だけでなく自分でも出来る事をしている。さらいは周囲の清掃やペンキの塗り替えなど自分でやるくらいでないと管理が行き届かなくなる。
 
日経新聞の記事でも、「エントランス、ポスト、自転車置き場など共用施設のチェックが不可欠」と指摘していますが、共用部分の管理が行き届かないと空室の要因になる。このように個人の経営だと管理できる物件の件数も限られるから手を広げすぎないことも大切だ。さらにはトラブルが起きた時には即断即決で解決する能力も必要であり、この点がサラリーマンとは大きく異なるところだ。
  
「ここが反省点」の記事にしても、8000万円の資金で一気に7戸のマンションを買ったことが失敗の原因だろう。おそらくワンルームマンションなのでしょうが、マンションの場合は広いほうが潰しが利くから家族向けのマンションを買うべきだったのだろう。広くて場所もよければ事務所として貸すことも可能だろう。ワンルームマンションでは客層が限られるから失敗する。




日本政府の心ある国際派は、自らの役所にいる先輩や同僚の英語力が「どれ
ほど貧弱で、このままでは国益を害してしまうか」と外部に訴え始めている


2012年5月5日 土曜日

【X氏のメッセージ】日本政府の英語力は危機的だ 5月4日 産経新聞

■「国益損ねる」 エリート官僚が警鐘

 日本の国会では防衛・国交の2大臣に問責決議が出された。さて、世界では日本の官僚に問責がされたような状態だ。

 「(大学の)学部からアメリカに行くような若者を増やさないといけない!」「日本の大学入試をTOEFL必修とすべき!」

 この論の主は、日本政府の高官たちである。日本の顔として国際報道に頻繁に顔を出す日本外務省のエース、経産省から国際機関へ出向している出世頭、あるいは財務省を退職し国際派弁護士として活躍する人々だ。彼らは日本政府の語学力に警鐘を鳴らす。

 ◆国際交渉に悪影響

 「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や基地問題など、国際交渉で日本が苦労するのは交渉内容の難しさだけが理由ではない。恥ずかしながら、政府の英語力不足もかなり交渉の足を引っ張っている」。霞が関官僚はこう漏らす。

 かくいう私も、昨年の震災直後、米CNNテレビの生放送で日本の駐米大使がやりこめられる映像を目の当たりにして絶句した。みのもんたや田原総一郎も真っ青の百戦錬磨のアンカーたちを前に生放送というシチュエーションは、どんな外国人たちにとってもきついが、とはいえ日本の代表である。英語を母国語としない中国や韓国の政府高官も引っ張り出されて攻撃されるが、もっと効果的に反論したり、ジョークで切り返す英語力を持っている。

われわれは官僚を批判しながらも、そうはいっても彼らは「ちゃんとやっているだろう」と期待を寄せる。まさか語学力が理由で日本政府が国際舞台で苦戦しているなどとは思っていないだろう。

 しかし、日本政府の心ある国際派は、自らの役所にいる先輩や同僚の英語力が「どれほど貧弱で、このままでは国益を害してしまうか」ということを外部に訴え始めている。実はこれは今に始まったことではない。ずっと前からそうなのだ。

 ◆ライシャワーが酷評

 以下に駐日大使をつとめたエドウィン・ライシャワー氏の言葉を引用する。

 「日本の対外接触にとって言語的障害がどれほど大きいかを本当に認識している人は、日本人にも少ないし、外国人になおさらである」

 「日本と外部世界を隔絶する言語的障壁が、基本的には厳しい言語的現実に起因することは明白だが、それにしても、日本人がそれを乗り越えるために、従来もっと努力を払ってこなかったことは驚きに値する」

 他にも、満州事変を調査するため、日中両国に赴いて両国の政府指導者と面談したリットン調査団は「中国の指導者たちの英語は実に正確であった。フランス語もよく話した。しかし、日本の指導者ときたら、英語の単語を一つ一つ取り出すたびに、外科手術が必要だった」と日本の英語力を酷評している。

太平洋戦争直前の日米交渉の破綻も、日本の外交官の英語力不足が一つの原因であったようだ。当時の国務長官コーデル・ハル氏は戦後に出版した回顧録で、日本側の代表であった当時の野村吉三郎駐米大使の英語力を「野村の英語はひどかった。私は彼がこちらの話していることを本当に理解しているかどうかしばしば疑問に思った」と指摘し、「交渉では彼(野村大使)が深刻なお荷物だった」と書いている。このあたりは舟橋洋一氏の「あえて英語公用語論」(文春新書)に詳しい。

 ◆非主流派の“国際畑”

 「どんな国際会議でも、先進国から新興国までほとんどの国は、決定権を持つ政府の国内主流派が、英語で責任を持って意見を述べる。日本だけが、決定権のない非主流派の“国際畑”の人間を送り出す。そして責任のない努力目標のような迷言をひっそり述べて帰ってくる。多国間外交では人的ネットワークができているが、日本だけがはじかれている」。霞が関官僚たちはそう嘆く。

 「政府の機能や書類の英語化は相当遅れている。このままでは英語が壁になって日本は東南アジアや北米との自由貿易等国際的枠組み造りから外されるかもしれない。合意の内容や交渉より一番大きな壁は、政府の英語力だ」とも現役官僚たちは指摘する。

通常考えられている以上に、日本政府の英語力のなさは致命的な障害となっている。大量のメールの送受信を他国政府の同僚と同じスピードでこなし、英語で茶飲み話にも入っていって討論で相手をやり込めるくらいの語学力がないと、情報は入ってこないし、交渉で一目置かれない。かなり危うい。

 霞が関で国際派が“国際派”といわれず、“国内畑主流”を歩くようになれば本物だ。“国際派”と呼ばれる人間がいる時点で、その組織は全然グローバルではないのである。組織自体がグローバル化しないと意味がないのだ。

 「霞が関は腐っても鯛。国際交渉の場では、語学堪能な官僚がちゃんと仕切っているから大丈夫」という幻想は成り立たない。国際交渉の場では読み書きに加え、聞き、話す総合力が求められる。もっとも、足りないのは“聞き・話す”能力だけではなく、実は今欠落しているのは“読み・書き”の能力。特にちゃんと書ける能力が政府に欠落している。日本の役所のサイトの英語版を見てほしい。どれくらい内容が英語化されているか? それを他国と比べてみてほしい。それが日本政府の英語力のバロメーターだ。

 このままでは日本の有効な言い分がちゃんと伝わらない時代が続くだけだ。日本人は「誰かがちゃんとやってくれる」と思っている。残念ながら「ちゃんとやるべき人間」も、「誰かがちゃんとやってくれる」と夢想しているだけだ。

◆存在感のなさの原因

 学生の留学くらいなら「英語は気合で何とかなる」なんてレベルでいいかもしれない。しかし、政府間交渉は「気合」だのなんだのってレベルではできない。もっと言えば、語学ができない人間が国際舞台で国を背負って気合を出せるわけがない。スピーチと交渉は違う。皆が黙って聞いてくれるスピーチはたどたどしくていいが、ちょっと口ごもったら突っ込まれる交渉はそうはいかない。一気通貫の語学力がいるのだ。国際舞台で意味があるのは交渉であり、スピーチはセレモニーなのだ。

 「通訳がいればいい」というのは甘い。政府間の重要交渉は、外部通訳に任せられない。

 日本の存在感のなさは英語力のなさからきている。多くの企業が企業派遣留学制度を廃止する中、人事院派遣では毎年多くの霞が関官僚が欧米に留学している。

 まじめにやっている者もいるが、「役所がくれた休日だ」とばかり、旅行やゴルフに精を出しているものもいる。言語道断である。留学後語学力がついていない者には費用を全額返還させるべきだ。日本政府の英語力に国民レベルで危機感を持たないといけない!



(私のコメント)

2011年9月11日の株式日記で、「NHKの番組で日米中の大学生が討論していましたが、中国の大学生は全員英語で意見を述べていたのに、日本の大学生はほとんど英語が話せなかった」と題して書きましたが、日本の大学生はなぜ英語が話せないのだろうか? 英語が出来なくても大学レベルの高等教育ができるというのが一番大きな理由なのでしょうが、それでいいのだろうか?
 
成毛氏は「日本人の9割に英語は要らない」と言う本を書きましたが、残りの1割の人は英語が必要であると言う意味を持っている。産経新聞の記事にもあるように国際会議に出ることが多いエリート官僚に英語が出来る人材がいないことだろう。各官庁でも語学留学などさせているようですが、遊んでばかりいて帰ってくる不心得者が多くなったようです。
 
何しろ外務省ですら、外務事務次官が英語があまり話せない人もいるようですが、元外務官僚だった佐藤優氏も外務省でロシア語が満足に話せる人は一人しかいないと述べています。外務省は公の情報を集める官庁だから外国語が出来なければ仕事が出来ないでしょう。駐米大使にしてもアメリカのテレビに出て厳しい追求を英語でスマートに返答が出来る人はいないようだ。
 
政治家や高級官僚は国際会議に出ることが多く、外国語の一ヶ国や二ヶ国語ぐらいは出来なければ仕事にならないでしょうが、少なくとも総理大臣や外務大臣や財務大臣くらいは話せなければ情報の収集にすら影響が大きい。しかし英語の出来る政治家に限って政治力の無い人が多くて、以前なら官僚出身の政治家は宮沢氏や大平氏のように英語が出来たのですが、最近では官僚出身の総理大臣がいなくなってしまった。
 
それだけ政治家が官僚出身政治家を総裁選で選ばないという事もあるのでしょうが、政治家仲間からもエリート官僚出身の政治家は嫌われていることが多い。民主党でも岡田克也氏は通産省出身のエリート官僚ですが総理になるチャンスはあるのだろうか? 自民党でも清和会の代表の町村信孝氏が総理に一番近い存在ですが総理になれる可能性はほとんど無い。
 
エリート官僚から政治家に転身する政治家が少なくなったわけではないのでしょうが、宮沢総理以降の官僚出身の総理はいなくなった。以前なら民間企業でも若手社員を語学留学させていましたが今は少なくなったようだ。国際会議で英語くらい通訳無しで話せなければ外国の代表との交流すら出来るはずも無く、国際会議での日本の存在はますます薄くなる一方だ。
 
問題なのは日本人の英語力と言うのではなく、英語を話せなければ仕事にならないクラスの人が英語ができないと言うことだ。テレビのニュースキャスターでも通訳無しでインタビューが出来る人は数えるほどしかいない。ワイドショーなどでも外国の映画スターなどインタビューしなければなりませんが、ワイドショーの司会者で英語ができる人がいない。
 
大学教授ですら同じようなものであり、学校で英語を教えている日本人英語教師が間違った英語を教えている。ネイティブな英米人がそう言っているのだから日本人の英語教師は全部首にすべきだろう。だから米英から帰ってきた帰国子女が日本の英語教育に戸惑ってしまう。日本の英語教育は翻訳に重点が置かれているからだろう。
 
産経新聞の記事は英語に関する官僚の能力低下を嘆いているのでしょうが、専門分野における能力の低下も同じようなものだろう。ゆとり教育の影響が官僚にも及んできて英語の出来ない外務官僚や経済の事が分からない財務官僚など、「株式日記」を書きながら痛感することがあります。公務員はいったん就職すれば首になる心配が無いから公務員のよい待遇に安住して勉強しなくなってしまう。
 
昨日も書いたように、日本の会社や官庁は専門家を育てない。組織内に専門家が出来てしまうと上司としては扱いにくくなり、専門家を上手く使いこなすことが出来なくなるだろう。佐藤優氏はロシア語の専門家であり鈴木宗男氏に抜擢されて情報分析官となりましたが、スキャンダルに巻き込まれて辞職させられた。佐藤優氏はノンキャリですがロシア語を生かしてロシア政権内部に情報源を得た。しかし上司のキャリア官僚にとっては扱いに困ることになり弾き出されたのだろう。
 


語学のできない外務官僚が普通なら、経済政策を立てられない経産官僚も普通です。要するに現状に対応する思考力がないんです。 2012年1月16日 株式日記

佐藤 同感です。能力問題というのは官僚にとってタブーで、傲慢だとかツラ構えが悪いと批判されても平気ですけど、能力がないと指摘すると官僚の逆鱗に触れる。外務省の役人は、語学の話をされると怒るんですよ。外務官僚は語学ができるという世間常識は大ウソ、大誤解ですからね。

古賀 少なくとも英語だけは達者なんじゃ・・・・・・。

佐藤 とんでもない。私が入省した当時は公電などの書類に日本語訳なんか一切ついてなかったですけど、10年くらい前から抄訳がつくようになった。それも、新聞記事にですよ。

古賀 じゃあ、ロシア語はもっとひどい?

佐藤 私が知る範囲でロシア語で外交交渉ができる駐露大使は一人しかいませんでしたね。忘れられないのは、ユジノサハリンスク日本総領事館が開館したときのことです。総領事がロシア語で挨拶をしたんですが、私の隣にいたロシア人に、「ロシア語で通訳してくれないか」って頼まれたんですよ。それくらいデタラメなロシア語だった(笑)。





ジャーナリストというのはネットワークや人脈を築いたり、常識的な物の
考え方を身に付けたり、20年、30年と経験を積んで開花していくものです


2012年5月4日 金曜日

佐々木俊尚×牧野洋「『当事者の時代』とジャーナリズム」対談 第2回「メディア経営が厳しい時代だからこそ、新聞記者を専門家として育てる仕組みが必要」 5月4日 現代ビジネス

牧野: そういうふうに"リーク依存型"の報道ばかりやっていると、当局が発表したことについて、疑問を差し挟んで検証するということがなかなかできなくなります。たとえば、私はたまたま福島の原発事故についての日本とアメリカの新聞報道を見比べる立場にあったんですが、東京で取材していたアメリカのメディアの記者は人数が少なかったはずなのに、それでも「なるほど」と思わせる記事が多かったですね。

 ニューヨーク・タイムズのサイエンスリポーターのウィリアム・ブロードという記者は、30年以上も環境問題や原発問題をフォローしていて、50代か60代のベテラン記者。そういう記者が日本の新聞社にはなかなかいないんです。佐々木さんがおっしゃった「ネタ屋」ばかり重宝して、専門性を育てるという努力をしてこなかった結果ですね。担当をコロコロ変えたりしますし。

 社会部で事件ばかり追いかけていた記者がいきなり原発問題を担当にされ、記者会見で専門用語の洪水を浴びる。そうすると、専門知識がないからで発表された内容を検証できず、発表されたことをそのまま書く以外にない。たとえ紙面に余裕があったとしてもそれ以上踏み込んだことは書けない。「福島原発報道は発表報道のオンパレード」と批判されたのも、記者の専門性の欠如と関係しているのではないかと思います。

佐々木: 専門性ということでは、僕も思い出すと恥ずかしい話が山のようにあります。たとえば、1995年に中華航空機が名古屋空港で墜落して250人くらい亡くなった事故がありましたよね。あのとき僕は、東京社会部の一線の記者だったので、現場に行ったりました。

 発生直後には東京で紙面を作らなければならなかった。しかし、現場にはまだ誰も行っていない。墜落したのはエアバス社の機種だから、その話で原稿を作れということになって、その場にいた宿直の記者たちがみんなして原稿を作るわけです。でも、この「A300-600R」という型番がどんな機種なのか、専門知識がないから誰にもわからないんです。

 しかたないから古いスクラップを見て、そこに「最新鋭機」と書いてあったから、そう記事に書いてデスクに渡したんですが、受け取ったデスクもエアバスの機種のことがまったくわからないものだから原稿をそのまま通してしまった。当然「最新鋭機A300-600Rが墜落事故」という見出しになったわけですが、翌朝他社の新聞を開いてみたら「老朽機」となっていて(笑)・・・。

 よくよく調べてみると、参考にしたスクラップの記事は20年前のもので、20年前の「最新鋭機」だったんですよ(笑)。そういった今から考えると本当にひどい話がたくさんあって・・・。専門性がない記者というのがものすごくあちこちに蔓延しているんでしょうね。

 特定の部署に長くいる人も例外的にはいるんですが、それは会社で数人とか、そのくらいですよね。僕のいた毎日新聞では、長くいるのは皇室担当記者だけでした。

牧野: 日本では長く編集の現場にいる人は論説委員になり、社説を書くと立場になります。社説を書くというのと、第一線で取材して記事を書くのとではまたちょっと違います。例外はあるにしても、50代になっても第一線で働き続けるというシステムが日本の新聞社にはないんです。

 ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルを見ると、50代の経験豊かな記者が第一線で働いていて、イラク戦争なんかでは従軍記者として戦地にも行っています。この本のなかでも書いたんですが、ジュディス・ミラーというピューリッツァー賞も受賞したニューヨーク・タイムズのスター記者がいて、結局この人は「ブッシュ政権の御用記者」ということで業界追放の憂き目に遭いましたが、最後まで第一線にいました。

佐々木: ああ、映画のモデルにもなりましたね。

牧野: ええ。『グリーン・ゾーン』という作品のモデルになった女性記者です。今でこそ批判されていますが、50才を超えていながら従軍記者としてイラク戦争を報道したわけです。そういうシステムが日本の新聞社に根付いていません。15年も働くとだいたいみんなデスクになって、どんなに特定の分野に強い人でも管理職になるか子会社に行くか・・・。いずれにせよ記者卒業です。

佐々木: そうですね。僕は39才で新聞記者を辞めました。辞めた理由はいろいろあったんですが、そのなかのひとつに、40才を超えると現場に残り続けるのが難しい、ということがありました。

 人事部とか総務部に行って2年くらいいて、戻ってきて厚生労働省なんかを1年くらい担当させてもらったら、またすぐに青森や静岡の支局のデスクとか支局長なんかをやらされて・・・。10年をひとつの単位とするなら、そのなかで7年くらいは意にそぐわない仕事をやらされて、残りの3年は少しだけ現場をやらせてもらえる、ということのくり返しになってしまいます。

牧野: 佐々木さんもよくご存じだと思いますけれど、ジャーナリストというのは経験が物を言う世界です。科学者なら20才でかなりの業績を達成してしまうことはあるかもしれませんが、ジャーナリストというのはネットワークや人脈を築いたり、常識的な物の考え方を身に付けたり、20年、30年と経験を積んでいくなかで、だんだんスキルが進化し開花していくものです。そう考えると、日本の新聞社は本来の新聞記者を育てる仕組みにはなっていません。(後略)



(私のコメント)

「株式日記」を書き始めて15年近くになりますが、「株式日記」は自分ひとりで書いているので現場取材もインタビューも出来ません。だから分析記事が主体になり、一次情報は新聞記事やブログなどの記事になります。一人で書いているので情報の裏もとることができません。しかしニュース記事を拾い集めて分析すればかなりの事が見えてきます。
 
「株式日記」はブログの表題からして経済が専門になりますが、政治や文化や歴史なども手を広げて書いています。経済記事を書いているとどうしても政治や歴史や文化にまで手を広げないと経済の動きの裏が読めません。消費税やTPPの問題なども政治や外交の事まで分からなければ切り込んだ記事が書けません。
 
今日の記事にしても、日本の会社組織が抱える問題ですが、日本の会社は専門家を育てる仕組みになってはいません。日本の会社は入社してから4,5年後とのローテーションで、様々な部署の勤務に付くことになり、一つの事に20年から30年も担当することはまずありません。建前上はゼネラリストを育てると言うことで、営業から経理から総務から庶務に至るまでクルクルと部署を変えたり転勤で地方各地を回されたりします。
 
新聞社も同じであり、佐々木氏は指摘するように専門的知識を持った新聞記者を育成しません。それがあからさまになったのが福島第一原発の大災害で、取材する記者たちは原発の事が分からない。大手マスコミなら科学部の記者はいますが、原発のエキスパートと言うわけではなりません。だから福島第一原発が水素爆発することも分からない。
 
「株式日記」では普段から原発のことも書いていたから、電気が復旧しても直ぐには冷温停止できないことを指摘してきました。私は電気工事士の資格を持っており、配電盤が水を被ったら復旧は難しいことはすぐに分かった。以前からトリウム型原発や高温ガス炉などの原発の事も何年か前に書いたことがあります。
 
大手マスコミなら原発問題を担当する専門の記者が一人ぐらいいてもおかしくは無いのですが、日本の大手マスコミは専門家を育てることはしない。NHKには科学部の記者がいましたが原子炉の専門家と言うわけではなく、メルトダウンしている事は十分に想像ができたことだ。しかしそれでも水素爆発まで予測することが出来なかった。
 
牧野氏によれば、「ニューヨーク・タイムズのサイエンスリポーターのウィリアム・ブロードという記者は、30年以上も環境問題や原発問題をフォローしていて、50代か60代のベテラン記者。そういう記者が日本の新聞社にはなかなかいないんです。」と指摘していますが、日本はどうして専門家を育てないのだろうか? それは日本は年功序列組織だから上司より詳しい専門家がいると年功序列組織が崩れてしまうからだ。
 
例えはこの分野の事は○○が専門家だから、首に出来なくなるし転勤させることすら出来なくなる。○○の事は○○に聞かないと分からない、と言ったことが多くなる。そうなると会社の幹部にとっては使いづらくなる。だから日本の会社組織では4,5年ごとに転勤や配置転換を行なって、いろいろな仕事を経験させるようになる。新聞記者も15年も経つと現場を離れて管理職になる。
 
デパートがダメになったのも、各売り場での商品の専門知識を持った店員を育てなかったからだろう。4,5年おきに配置転換されてしまうから、その売り場の商品の勉強が疎かになってしまう。パソコンショップにしてもパソコンオタクのような店員は少なく、少し技術的なことを聞くとまるで分からない店員が多い。これはベテラン店員が少ないからだろう。
 
これが欧米のようなモジュール化した組織なら、経理の専門家が欠員が出来れば経理の専門家をスカウトするなり募集して欠員を埋める。だからライバル会社の専門家を引き抜くこともある。そうなると会社の機密が保てなくなる。ジャーナリストにしても経済の専門家や政治の専門家やスポーツや芸能の専門家でなければ、面白い記事がかけませんが、日本の新聞やテレビが面白くないのは専門知識のある記者が少ないからだろう。
 
外国の特派員にしても、その国に20年から30年くらいは腰をすえて駐在しなければ、言葉も分からないし人脈も築けない。しかし多くの大手のマスコミ記者は外国の特派員になっても4,5年で帰って来てしまう。これでは取材すらまともに出来ないまま終わってしまう。大手メーカにしても同じであり、韓国のサムスンなどは最初から担当国の専門家に育てて現地化を図っている。
 
日本のジャーナリズムの底が浅いのは専門的な知識を持った記者がいないためであり、記者クラブ制度で画一的な記事を書くしか出来ない記者が多いからだ。それに対して最近ではネットで記事を書く記者はフリーの人間が多いから詳しい記事を書ける人が多い。「株式日記」にしてもプロの記者では書けないような事も大胆に書いていますが、大手マスコミの記者が不勉強だから「株式日記」が読まれているのではないだろうか?
 




橋下大阪市長、石原都知事に小沢軍団が加われば強大な挙国内閣が誕生
します。衆参両院3分の4と国民の過半数で第9条改正が成し遂げられる


2012年5月3日 木曜日

ニューヨーク・ワシントン情報 5月2日 増田俊男

ニューヨークとワシントンD.C.間を飛び回っていますが、実は私は今回ほど興奮したことはありません。明日午後ニューヨークにあるシンクタンクで会議がありますが、私への質問が多く用意されているようです。

日本の国民は日米安全保障条約(日米安保)と憲法第9条をどう考えているか、一応は分かっていますが、日本人の気持ちやマスコミの考えなどを聞きたいようです。

アメリカは今まで、日本はマッカーサーに第9条を押し付けられ、第9条を不本意ながら受け入れてきたと解釈していました。だからアメリカが第9条破棄または改正すべきと日本に促せば日本は罪を終えて牢屋を出る囚人が囚人服を脱ぎ捨てるように一瞬にして第9条を葬るだろうと言うのが今までのアメリカのオピニオンリーダー達の常識でした。第9条は「専守防衛」ですから敵から攻撃されるまで武力行使が禁止されている、いわゆる「丸腰」条項ですからアメリカは敗戦国日本にとって屈辱条項だと思っていました。第9条と日本の行政管区内(日本の国土内)におけるアメリカ軍の軍事行動の自由を保障している日米安全保障条約(日米安保)の両方で事実上日本を軍事支配してきたというのがアメリカの常識なのです。

私の仲間のシンクタンクは、勿論現在の「日本の常識」を知っています。
だからこそ如何に日本人を現実に直面させるかで私の意見を求めているのです。
アメリカの常識と日本の常識の違いはすでに多くのシンクタンクで論議され、多くのアドバイスが提案されています。

今まで多くの日本人にとって第9条は平和憲法の名のもとに「日本の平和のシンボル」となってきましたし、日米安保は「日本の安全の要」が常識でした。

アメリカの常識は事実に基づいていますが、日本の常識は戦後の教育とマスコミによって不正に誘導された結果ですから、事実を直視し、目を覚まさなくてはならないのは日本側なのです。今後北朝鮮はもとより中国の対日軍事攻勢が強化されるでしょうがアメリカは一切関与しないと思った方がいいでしょう。

4月27日、日米で沖縄の米海兵隊約19,000人の内約半数をハワイ、グアム、オーストラリア等へ移動させることの合意がなされました。アメリカの常識とアメリカの今後の大胆な対日戦略を知らない玄葉外相は「一石三鳥」と喜んでいますが実はとんでもないことなのです。

今回の日米合意はこれからのアメリカの対日戦略の第一歩と考えるべきでしょう。
20世紀中アメリカは日本を政治(軍事)・経済支配する必要があったのですが21世紀の矛先は日本ではなく中国なのです。

アメリカは現在片務条約である日米安保を双務条約に変えアジアにおけるアメリカの軍事力に日本の軍事戦力を加える戦略を遂行しようとしています。
アメリカは、アメリカ、中国に次ぐ日本の軍事力を戦力にするためには日本の第9条改正が必要となります。

橋下大阪市長、石原都知事に小沢軍団が加われば強大な挙国内閣が誕生します。
衆参両院3分の4と国民の過半数で第9条改正が成し遂げられ、晴れて日本が独立国に戻る日は近いと思われます。


日本の国民が第9条改正に立ちあがるようになる事件が決まったら事前にお知らせします。



(私のコメント)

アメリカが防衛ラインをハワイ〜オーストラリアのラインまで引き下げることを書きましたが、現行憲法が廃止されるか改正されるかすれば、在日米軍基地もハワイ〜オーストラリアのラインまで引き下がることになるでしょう。中国の中距離ミサイルの拡充は沖縄の軍事的役割が大きく減少することを意味しています。ハワイ〜オーストラリアのラインなら中国のミサイル迎撃も可能になる。

北朝鮮のミサイル実験でも分かるように、中国や北朝鮮からのミサイルが10分足らずで沖縄に着弾してしまいますが、日本の防衛省は発表までに40分もかかった。これではとてもミサイル迎撃などできるはずが無く、アメリカはハワイ〜オーストラリアのラインまで後退する事を決断したのでしょう。それに対して日本の外務省や防衛省は在日米軍を引き止めるために必死なようで、司令部だけでも残してくれと泣きついている。

最近のニュースを分析すればそこまでの事が見えてきますが、マスコミは普天間基地移転問題だけを報道して大きな流れが見えていないようだ。中国側も防衛ラインを第一列島線から第二列島線まで広げようとしていますが、アメリカの動きに呼応したものだ。中国の中距離ミサイルは移動式であり発射基地を叩くことは不可能だ。

アメリカは日本に対して中距離ミサイルの開発を禁止していますが、核ミサイルに対しては核ミサイルで報復するしか防衛手段はありません。数百発ものミサイルを一時に発射してきたらミサイル迎撃など不可能でしょう。そうさせない為には日本も数百発の核ミサイルを打ち返す構えを見せなければ抑止できない。PAC3やSM3など何の役にも立たない。

現状では在日米軍基地など何の役にも立たず、中国が核ミサイルを撃ち込んできてもアメリカは反撃しないだろう。私がアメリカ大統領でも米本土を危険に晒すような中国への反撃は禁止するのが常識だ。昨日も書いたようにアメリカの目的は「憲法の最大目的は日本を永久に非武装にすること」であり日本をただの島国にする事にあった。しかし米ソの冷戦でアメリカは対日外交を大きく変えた。

現在でもアメリカは中国に弱みをぎられており、米大使館に亡命を求めてきた陳氏を追い返して中国に引き渡してしまった。これでは中国との対決姿勢を示していてもパフォーマンスに過ぎないことがわかりますが、アメリカの中国への弱腰外交は変わらないだろう。鳩山・小沢政権ではこのようなアメリカの対中姿勢を見て、アメリカ抜きの東アジア共同体構想を打ち出しましたが、これはアメリカへの牽制なのだ。

中国の中距離ミサイルの射程と第二列島線とは重なりますが、米中との秘密協定で第二列島線を勢力圏として既に認め合っているのかもしれない。多くのニュースを分析すればそのような推測が出来る。アメリカはイラクやアフガニスタンに深入りしている間に中国はミサイルや潜水艦などの近代化に努めて、中国近海はアメリカの第七艦隊も張子の虎になりつつある。

このような状況において、日本を非武装化したままで置くことはアメリカの国益になるのだろうか。このまま行けば日本は中国の勢力圏になり、親中政権が出来て本当にアメリカ抜きの東アジア共同体が出来るかもしれない。このような危機感がアメリカでも大きくなってきて、昨日も書いたようなアメリカからの憲法改正や核武装容認論が出てくるかもしれない。

しかし66年の長きにわたる日本国民の「平和憲法を守れ」と言う声を変えるのはなかなか難しいだろう。しかしアメリカ政府は防衛ラインをなし崩し的にハワイからオーストラリアまで後退させているから、日本、韓国、台湾、フィリピン、インドネシアまで軍事的空白地帯が生じてきている。アメリカ政府は慌ててアジア重視を打ち出していますが外交的なリップサービスに過ぎない。アメリカが中国に強く出れないのは陳氏への対応でも明らかだ。

日本が憲法の改正ないしは廃止に踏み切るのはアメリカの了解が要りますが、それが出来る政治家がいるのだろうか? 自民も民主も憲法改正を一時言っていましたが、いつの間にか消えてしまった。それならば橋下徹のような独裁者が出て来て、公務員制度改革と憲法改正を一気にやる必要があります。石原氏や小沢氏とも連携して「維新の会」が選挙で大勝して挙国一致内閣が出来るかもしれません。

昨日の古森氏や今日の増田氏はアメリカのシンクタンクの動向を伝えていますが、アメリカの東アジアからの戦略的な後退は海兵隊の動きからも明らかだ。在韓米軍も在日米軍も基地はあっても空っぽであり、三沢のF16部隊も引き揚げようとしたら日本の外務省が必死に引き止めたようだ。沖縄の普天間基地問題も必死に引き止めているのは外務省と防衛省であり、アメリカのハワイ〜オーストラリアまでの後退は既定路線になっている。

現状では台湾も韓国も戦わずして中国の勢力圏に組み込まれるだろう。ASEANと日中韓の経済的な結びつきが出来れば、それはすなわち中国を中心とした東アジア共同体が出来ることになる。アメリカは世界の成長センターであるアジアから排除されて、気がついたときは後の祭りだ。重慶市でも副市長が米国領事館に亡命を求めましたがこれもアメリカは妥協して中国に引き渡してしまった。米中の対決など茶番であり、アメリカの対中弱腰外交が目に付きます。


米中双方が妥協、異例の決着 活動家の中国残留 5月3日 産経新聞

【北京=川越一】北京の米国大使館の保護下に置かれていた盲目の人権活動家、陳光誠氏が2日、国外に脱出せず、中国国内に留まることになった。中国政府が米国を非難する一方、米国が陳氏と家族の身の安全などが約束されたとしているのは、3日から始まる米中戦略・経済対話への影響を避けるために、双方が選択した妥協策とみられる。

 米国務省高官によると、中国政府は陳氏を今後、「大学で勉強・研究できる安全な環境に移す」と確約。山東省当局による陳氏一家への暴力や迫害についても調査を約束したという。クリントン米国務長官は2日午前に北京に到着した後、陳氏と電話で会談。中国政府に対し、陳氏の安全確保を求める声明を発表した。

 当初、陳氏の渡米が米中双方にとって、落としどころになるとの観測が流れていた。米国内では、重慶市の王立軍前副市長が四川省成都市の米総領事館に駆け込んだ後、中国当局に拘束されたことで、オバマ政権に対する批判が噴出、陳氏の保護が重要な課題となっていた。中国政府にとっても、過去の例に従い、病気療養を名目に国外に“追放”した方が、陳氏の影響力を排除しつつ、国際社会の非難を避ける上で、得策とみられていた。





日本の憲法は米国製であり、だから憲法の改正も米国の意向を
まったく無視して進めるというのは、あまりに乱暴な手法となる。


2012年5月2日 水曜日

今や日本に憲法改正を望む米国 5月2日 古森義久

法を巡る論議が高まりそうである。焦点はもちろん憲法を改正すべきか、どうか、だろう。

 では、日本の改憲への動きに米国はどう反応するのだろうか。日本の憲法は日本自身が決めるという大前提は揺るがないにせよ、それでもなお米国の意向は日本側の論議ではどうしても大きな要因の1つになってしまう。

 結論を先に述べてしまうならば、今の米国では日本が憲法を改正しようとしても反対はなく、むしろ改憲が日米同盟の強化に役立つとして歓迎する向きの方が多くなった、と言えよう。

◆日本の憲法改正に関してなぜ米国の態度を考えるべきのか

 自民党が4月28日、憲法改正草案を発表した。サンフランシスコ講和条約発効の60周年記念日にタイミングを合わせての発表だった。この条約の発効は戦後の日本の独立を画していたからだ。

 4月16日には東京都の石原慎太郎知事が訪米中の演説で日本の現憲法の破棄を提唱した。石原知事が米国側に対して正面から今の憲法の欠陥を訴えたために、改憲論議は日米関係での論題としても浮上したと言える。

 では、日本の憲法改正に関して、なぜ米国の態度を考える必要があるのか。

 その第1の理由は、今の日本国憲法の起草者は米国だったという歴史的な事実である。周知のように、日本の憲法は日本を占領する米国が占領軍の総司令部であるGHQを使って1946年2月の10日ほどの期間に書き上げた。

 第2の理由は、憲法によって大幅に制限される日本の防衛の不足部分を日米安保条約に基づく同盟によって補ってきたのは米国だという実態である。

 分かりやすく述べれば、日本の憲法は米国製であり、日本の安全保障は米軍によって支えられてきたから、その安全保障の根幹を左右する憲法のあり方は米国の対日政策と密接にからみ合っている、ということなのだ。

 だから憲法の改正も米国の意向をまったく無視して進めるというのは、あまりに乱暴な手法となる。

◆憲法の最大目的は日本を永久に非武装にすることだった

 私は日本国憲法案作成の実務責任者だったチャールズ・ケーディス氏に長時間、インタビューして、その草案づくりの実情を詳しく聞いたことがある。1981年4月のことだった。(中略)

「日本の憲法が日米防衛協力への障害となる」

 ところが日本の独立から60年、今では米側のそうした態度はすっかり変わってしまった。

 石原都知事が4月16日にワシントンでの討論会で憲法廃棄を提唱した時、米側の討論者のリチャード・ローレス元国防副次官は、「日本の憲法は確かに米軍占領時代の遺物であり、日本はそれを変える権利も自由も有している」と述べたのだった。日本の憲法改正に今の米側には抵抗がないことを明示したと言える。同じ討論者のジム・アワー元国防総省日本部長はさらに「米国が反対することはまったくないだろう」と確言した。

 もっとも米側の日本の憲法への対応について、知っておくべき基本がある。それは、米側では日本の国家体制や統治機構について露骨にああすべし、こうすべしという言辞は避けるという点である。

日本の憲法はあくまで主権国家としての日本自身が決める課題であり、米国が是非を表明する立場にはない、という建前に近い大前提だと言える。前記の2人の元高官もその点を強調した。

 4月26日にはワシントンで日米同盟についての大きなシンポジウムがあり、オバマ政権を代表するカート・キャンベル国務次官補が、日本の憲法やその解釈の結果としての集団的自衛権の禁止と日米防衛協力の相関関係について「米国は日本の憲法解釈を尊重する」と述べた。これもその建前の延長だと言えよう。

 現実には、なお米国は日本国憲法の起草者であり、憲法による国家の欠陥を補ってきた同盟相手なのである。改憲に絡んでは米国の意向を考えざるをえない歴史と現実が存在するということなのだ。

 なにしろ主権国家が自国の防衛や安全保障の一部に自縄自縛の制限を課すというのは、国家主権の中枢を凍結させるに等しい。国家であって国家ではない。普通の主権国家としては重大な弱点と欠陥を抱えるということだろう。日本を永久に非武装にしておくという本来の米国の狙いがまさにそれだった。

 だが、国際情勢が変わり、米国も日本も変わり、日米関係も変わってしまった。そして今や米側では日米同盟の強化のためには日本の憲法改正をも希望するという状況となったのである。

 近年、日本に安保上の強い役割を期待するのは共和党系、保守系の識者の伝統だったと言える。前述のローレス、アワー両氏も、共和党系の元政府高官である。

 だが、現状では日本の改憲を受け入れる基調は、すでに党派を超えた。2007年4月、訪米した当時の安倍晋三首相が米側主要議員と会談した際、民主党リベラル派のトム・ラントス下院外交委員長は、「日本が安全保障でも大国にふさわしい役割を果たすために安倍首相が憲法を改正しようとすることを強く支持する」と述べたのだった。

 連邦議会の調査機関として中立性を保つ議会調査局も、2010年5月に作成した日米関係の報告書で「日本の憲法が日米防衛協力への障害となる」という見解を記していた。正確には「米国が起草した日本の憲法は、日本に集団的自衛を禁ずる第9条の現行解釈のために、日米間のより緊密な防衛協力への障害になっている」という記述だった。(中略)

◆防衛力が実際の戦闘に使えないのは憲法のせい

 21世紀に入った米国でもなおニューヨーク・タイムズ社説のように「日本の憲法改正は危険な軍国主義志向」とする日本不信の改憲反対論は一部に存在する。だが、大勢は日本の憲法改正の奨励、あるいは容認となった。

 国政レベルでは、日本が日米同盟を堅持し、民主主義国として米国との共通の価値観を保つという前提さえ保てば、米国は日本が改憲を進めることを暗に奨励するだろう、という見解がここ数年、大多数となった。

 そうした見解の識者でも、日本の改憲への賛否を正面から問われると、当面は日本が憲法解釈を変え、集団的自衛権を行使できるようにするだけでも日米同盟強化への効果は十分に大きいと答える向きが少なくない。

 だが、民主党クリントン政権で国防総省日本部長を務めたポール・ジアラ氏は、「日本の現行憲法は、日本の政府や国民に防衛力は保持しても実際の戦闘に使うことは絶対にないのだという政治心理の枠をはめている点で、明白に日米同盟への障壁であり、改憲が好ましい」と述べるのだった。このあたりが米国側識者の本音だと言えるだろう。



(私のコメント)

昨日は、米英のバランスオブパワー戦略について書きましたが、これが分からないとアメリカやかつての大英帝国の意図が分からなくなります。日本に対してもロシアの膨張政策を食い止めるには、朝鮮半島や満州あたりまでの勢力拡大は認めても、中国本土への拡大を認めないことは旧陸軍の幹部は分かっていた。しかし陸海軍の青年将校たちは血気にはやって暴走してしまった。仏印進駐は近衛首相ですら止められない状況になっていた。

現在でも、霞ヶ関の官僚の暴走を政治家が止められないのは、戦前の陸海軍の青年将校の暴走を止められなかったのと構造は同じだ。石原莞爾中将あたりならロシアの南下を防ぐには満州を抑える必要性を感じて満州事件を起こしましたが、米英の暗黙の了解は得られていたのだろうか? 満州がロシアの手に落ちれば朝鮮半島も地政学的にロシアの支配下に入ることは米英にも分かることだ。

現在の満州は中国の一部になっていますが、その事は朝鮮半島は中国の支配下に入ると言うことであり、在韓米軍がいなくなれば韓国は消滅して北朝鮮に吸収合併させられるだろう。韓国が北朝鮮を合併しても結果は同じだ。李氏朝鮮への500年の中国による支配を見れば満州と言う緩衝地帯が必要だ。しかし現在では満州族も満州語も消えつつある。

現在では中国による膨張政策が脅威になっていますが、北朝鮮民族は意図的に餓死させられており、90年代では300万人が餓死した。現在でも数万人が餓死しているようですが、いずれ中国は北朝鮮にも漢族を送り込んで中国の一部にするつもりだろう。チベットもウイグルも漢族を送り込んで中国化が進んでいますが、アメリカやオーストラリアも漢族を送り込んでチャイナタウンが建設されている。

中国の金持ちたちもアメリカに移り住んでいますが、それだけ中国の膨張政策は経済発展と共に勢いを増している。しかし中国人は中華意識が強いからアメリカには同化せずコロニーを作ってアメリカの西海岸は将来は中国の一部になる可能性も有る。東南アジアの華僑のようにリトル中国がアメリカ各地に作られている。それが中国のやり方だ。

だから最近のアメリカは入国や移民に審査が厳しくなりましたが、中国系アメリカ人のスパイ事件が多発している。東南アジアの華僑のように、アメリカに同化せず逆に中国系ネットワークを作って勢力を広げていく。日本でも中国の領事館として新潟に5000平米の土地を買いましたが、リトル中国を作って拠点にするつもりだろう。

アメリカ政府は中国の改革開放政策を支持して、大規模な経済技術援助を行なって世界の工場としましたが、そうすれば中国は洗練された民主国家となることを期待していたのだろう。しかし中国は4000年の歴史を見ても独裁王朝国家であり民主国家であったことは一度も無い。このような中国の危険性をようやくアメリカ政府は警戒し始めたようだ。

アメリカが対中国政策を180度変えてきたのは、日本があまりにも弱体化して中国が強大化してきたためだろう。GDPでも日中は逆転して軍事費では格段の差が付いて国防力では中国に対抗できなくなるだろう。米英のバランスオブパワー戦略を信ずれば対中政策が180度変わるのは基本どおりであり、そしてアメリカは防衛ラインをハワイーグアムーオーストラリアのラインまで引き下げる。

つまり日本ー台湾ーフィリピンーインドネシアは軍事的空白地帯となり、米中による覇権争いが起きることが予想されます。現にフィリピンの西側海域では中国海軍とアメリカ海軍がにらみ合うような軍事演習が行なわれていますが、数年前には考えられなかった事態が生じている。2009年にオバマ・クリントン政権が発足しましたが、米中のG2で21世紀を作っていこうと演説した。これを逆手に取ったのが鳩山・小沢政権であり、アメリカとは距離をとり日本は中国と接近して沖縄の海兵隊基地の海外移転を求めた。

これはアメリカ政府にとっては想定外の出来事であり、平和憲法と日米安保によってがんじがらめにされた日本が中国と手を組むと言うことは狂気の沙汰に見えたことだろう。だからルーピー鳩山と呼ばれたようですが、在日米軍基地が無くなればオセロゲームのように韓国からインドネシアに至るまで中国の手に落ちるだろう。

その結果オバマ政権は対中政策を180度変えて対決路線に変えて来た。あまり日本を叩きすぎれば日本に反米親中政権が出来ることが計算されていなかったのだろうか? 小沢氏も600人の中国訪問団を率いて日中接近をアピールしていたが、小沢氏も検察の強制起訴で失脚した。このようなアメリカによる内政干渉は中南米に対しても行なわれてきましたが、チリのアジェンデ政権はキシンジャーとCIAの工作によって倒されたのと同じだ。

明日は憲法記念日になりますが、護憲だの改憲だのと騒がしくなりますが、石原慎太郎東京都知事が4月16日にアメリカで述べたように、現在の平和憲法はアメリカによって作られた憲法であり、占領期間中に押し付けられた憲法は無効だ。しかし日本では学校教育でも平和憲法として教え込まれてしまって、アメリカの押し付け憲法であることはかわりがない。

つまり平和憲法と日米安保はセットであり、古森氏の記事にもあるように、「日本の永久の非武装こそがこの憲法の最大目的だったのだ。その理由は言うまでもない。第2次大戦で米国や西欧主要国のほぼ全体を相手して戦った日本の軍事能力を、以後は永遠に奪っておくという意図だった。」つまり日本を半永久的な植民地状態において支配することにあった。

その為に、日本は侵略国家であり戦争犯罪国家であると洗脳されて来ましたが、占領政策によって歴史までもが書き換えられてしまった。つまり『日本は軍事能力を持つとすぐ危険な行動に出る侵略性の強い国家だから、新憲法や日米安保条約によって封じこめておくという考え方である。この考えは後に「日米安保ビンのフタ論」へと変形していく。』と書かれているように、アメリカにとって日本を封じ込める事が66年に及ぶアメリカの占領統治の実態であり、多くの日本人はそれに気がついていない。

アメリカは中南米政策を見れば分かるように、民主政権を押しつぶして親米軍事独裁政権を支持して来た。在日米軍がなかなか立ち去らないのも日本に反米政権が出来ることを警戒してのことであり、鳩山・小沢政権は米軍が動くことなく検察によって潰された。しかし鳩山氏も小沢氏も、もともとが自民党議員であり反米でもなければ左翼でもない。

『株式日記」では自主防衛と核武装を主張していますが、いずれはこれがアメリカの国益とも合致するであろう。アメリカはハワイからオーストラリアのラインまで後退すれば、その穴を埋めるのは日本しかない。韓国や台湾やフィリピンやインドネシアには、中国と対峙するだけの国力が無い。ならば日本が中心となって集団安全保障体制を作らなければなりませんが、日本の平和憲法が障害になる。

アメリカが日本の憲法改正に反対してきたのは、日本が極端から極端にぶれる事であり、原発問題でも原発推進から原発全廃にぶれようとしている。日本が現行憲法を廃止すれば軍国主義国家にぶれる恐れがある。戦中戦後も鬼畜米英から一億総懺悔までぶれたのだから心配だ。これはマスコミの責任であり、軍国主義を煽ったのもマスコミなら、原発を地球温暖化と称して煽ってきたのもマスコミだ。鬼畜米英から一億艘懺悔を煽ったのもマスコミであり、無能な政治家と責任を取らない官僚たちがそうさせてきたのだ。

占領期間中にアメリカに押し付けられた憲法であることは誰もが知っていても、護憲だの改憲だのと騒ぐのは茶番であり、もともとが無効な憲法だ。日本人は「空気」に流されるから極端から極端にぶれる。しかしアメリカもバランスオブパワー戦略こそ、敵にしたり味方にしたりとぶれる戦略ですが、柔軟に対応するのが賢いやり方だろう。




米国は、伝統的な信仰や愛の精神を失い、権力と自由だけを信奉する国
になって、地上を弱肉強食の思想で侵略し、収奪に明け暮れている。


2012年5月1日 火曜日

生命体の共生を考える(上) 藤原 肇・スチュアート・アラン・ベッカー

藤原 まず米国の帝国主義からお話しましょう。アメリカ人のあなたは子供の頃から、「リメンバー・アラモ」という言葉に慣れ親しんで、愛国心を掻き立ててきたと思います。だが、その背後に侵略主義を正当化する思想があることに、気づいていましたか。

ベッカー 私の父親は陸軍のパイロットだったし、ベトナム戟争の時はヘリコブターを操縦して、第一線の戦場を飛び回る兵士だった。だから、若かった頃の私は典型的な愛国青年として、米軍の勝利に対し熱狂したものだし、アラモで玉砕したアメリカ人に対しては、強い同情と敬愛の気持ちを持っていた。
 しかし、東南アジアでジャーナリストとして仕事をしてから、米国がベトナムに枯れ葉剤を撒き、カンボジアには爆弾の雨を降らせ、住民に対して無差別爆撃したことを知り、考えを改めました。

藤原 カンボジア内戦における米国の責任に対し、あなたはアメリカ人としてどう考えているのですか。

ベッカー 北爆を停止したという欺瞞の宣伝の陰で、カンボジアをB52で絨毯爆撃して、第二次大戦で使った以上の爆弾を投下し、一〇〇万人近くもの農民を殺戮した事実がある。だから、ナチスと同じ悪質な殺戮犯罪を推進したニクソンやキッシンジャーの犯罪については、裁判で明らかにして責任を追及すべきです。チョムスキー教授が強く訴えたように、カンボジア内戦の悲劇の原因を米国が作った以上は、すべての補償責任を取る義務があります。だから今では、アラモの神話はテキサスを奪っために、必要以上に美化したものだと考えます。

藤原 その通りです。メキシコ領のテキサスに入植したアメリカ人が、独立を叫んだことで戦争が始まり、メキシコはテキサスを失った。カリフォルニアやニューメキシコも同じように、アメリカが隣国から奪った領土です。これが「マニフェスト・デステニィ」の正体です。領土を資源という言葉で置き換えれば、イラク戦争もアフガン戦争もその延長で、海外権益の拡張のための侵略です。

ベッカー 確かに「リメンバー・アラモ」で使った発想は、「リメンバー・ケイン」や「リメンバー・パールハーバー」になった。そして、「リメンバー・9・11」で再び敵愾心を煽って、米国はイラクやアフガン戦争を始めた。

藤原 「リメンバー・ケイン」を大宣伝した時には、ハースト系の新聞である『ジャーナル』紙が、金儲けのために戦争を煽ったので、アメリカの世論は好戦一色になりましたね。だが、ベトナム戦争の時は報道の威力で、反戦機運が高まったために侵略が挫折している。現在のメディアに同じ勇気があるだろうか。

ベッカー 今は、米国の新聞業界は不況で倒産が続き、テレビはルパート・マードックのフォックスTVのように、反動化が著しくなっているし、政府や財界は情報操作を好んでいる。でも、MITのチョムスキー教授をはじめとして、米国には幅広い民主主義の草の根運動があり、権力の横暴に抵抗する伝統があります。

藤原 しかし、アメリカが好む弱肉強食の帝国主義路線は、資源が豊かな発展途上国において、相変わらず猛威をふるっている。最近の米軍のイラク撤退の決定も、民主化の名で傀儡政権を作った失敗の後始末だ。一〇〇万人以上のイラク人を殺戮したが、カンボジアでも米国の手口は同じだった。これは中南米で親米軍事政権を支持し、最後に破綻して追い出された米国の侵略史と共通で、同じパターンを繰り返しています。

ベッカー だから、アメリカは莫大な戦費で財政破綻に陥り、もはやボロボロの帝国主義国家として、悪あがきする状態になってしまった。

藤原 ソ連が崩壊して米国の一極支配になり、ネオコン政治がワシントンを牛耳ってから、米国は犯罪国家と見なされています。九五lのアメリカ人は友好的で善良なのに、残りの五lがワシントン政府を操り、アメリカの富のほとんどを独占しているくせに、もっとほしいと強欲になっている。だから、世界の平和に米国の君臨はマイナスです。だが、多くのアメリカ人はそれに気づいていません。

ベッカー その結果、中南米のほとんどが反米国家になって、アフリカや中東も親米国家が次々と姿を消しており、友好国は東南アジアにしか残っていない。

藤原 米国は常に仮想敵国を必要としており、正義を振りかざして敵に立ち向かうことで、国論を統一し膨張する歴史があった。また、金融と軍事産業に依存する米国は、伝統的な信仰や愛の精神を失い、権力と自由だけを信奉する国になって、地上を弱肉強食の思想で侵略し、収奪に明け暮れている。
 しかも、大地へ働きかける農業をビジネス化し、米国は農業を殺虫剤、肥料、ホルモン漬けにして、自然を金儲けの道具にしてしまった。

(中略)

藤原 特に酷いのは科学技術の濫用であり、農民の手間が省け収穫が多いと宣伝し、遺伝子組み換えの種(GM=genetically modified)が売り込まれている。しかし、自然界に存在しない異常な種は、生態系を狂わせ、ことによると生命が絶滅する原因になる。この悪魔の発明はモンサント社の仕事です。

ベッカー モンサント社の遺伝子組み換え種(GM)のシェアーは世界で九割に達し、病虫害や除草などの耐性効果をうたっていますが、それを食べる生命体への影響に関しては、何世代にもわたる十分な追跡と実証がない。ところが、米国産の家畜用飼料の一〇〇lがこの遺伝子組み換えの穀物であり、それを飼料にして生産した肉や食物が、世界中に商品として輸出されている。 ベトナムやカンボジアに大量に散布した枯れ葉剤の爆弾による土地汚染で、奇形児や奇病が大量発生しましたが、その犯罪行為も放置されたままのことを想起しますね。

藤原 だから、国としての反省をしていない米国は、農業生産の問題に関連した分野において、東南アジアに関与すべきではない。また、化学肥料やホルモン剤を生産し続けている国連の常任理事国や日独伊などは、最後に残った生命の楽園の東南アジアに、市場原理を持ち込まないことです。そして、三八億年の生命の歴史に対する責任から、食糧生産は住民の選択に任せるべきです。

ベッカー それがあなたの生命観と土壌観なのですね。あなたが米国の東南アジア進出を拒む理由が、政治的な反米ではなく共生観で、自然学の立場なのだと納得できましたよ。



(私のコメント)

ソ連崩壊以降のアメリカは、一極支配で世界を支配するようになりましたが、アメリカは常に仮想敵国を必要としている。ソ連崩壊以降のアメリカは、一時期日本を仮想敵国とみなした。しかし同盟国を仮想敵国とするとは日本人はなかなか気が付かなかったようだ。米英の戦略としてはバランスオブパワー戦略がありますが、日本を押さえ込み中国を支援することで日中の均衡を図ろうとしている。

歴史的に見ても、ロシアの膨張政策は英国にとっては脅威でしたが、シベリアから東は対抗できる国が無く自由に西太平洋に進出する脅威が生まれた。清国もロシアに対抗できる国ではなく日本しかロシアに対抗できる国は無かった。明治維新以降や大戦後に日本が高度成長したのは米英などからの技術援助が有ったからだろう。

しかし日本が日清戦争や日露戦争で勝利すると、日本は自信過剰になり米英の意図を理解しない軍人たちが中国進出を図った。当時においても欧米列強は帝国主義の時代であり日本はその真似をしただけなんでしょうが、バランスが崩れれば日本を押さえ込む行動に出るのは当然のことだ。特に中国の市場において欧米と対立することは日本にとってはプラスではない。

だから冷戦崩壊以降において日本が経済大国として勢力を拡大すれば、アメリカは日本を押さえにかかるのはバランスオブパワー戦略から当然なのだろう。いわゆる「日本叩き」が始まったのは80年代半ばからだった。戦前も戦後も日本人は米英の戦略であるバランスオブパワーを理解せず、調子に乗る日本人が後を絶たない。

90年代から現在まで「失われた○○」と言うようになって、「株式日記」では米中による日本封じ込めであると書いてきました。GDPでも日本は中国に抜かれて経済大国から転落してしまった。米中は定期的に会談を開いて米中は「戦略的パートナー」と呼び合うようになった。日本もこれに対抗する戦略を打ち出すべきと思いますが、日本には外交戦略家がいない。

いたとしても「吉田ドクトリン」を墨守するのみであり、対米従属外交を変えなかった。アメリカが一極覇権国家であるうちはそうせざるを得ないと言うのが日本の外交なのだろうか? 参考になるのはベッカー氏が言うように中南米国家であり、中南米はアメリカにやりたい放題の事をされて来た。その結果中南米は反米国家だらけになってしまった。

ベネズエラのチャベス大統領は反米の旗頭となり、CIAも手が付けられないほどになってしまった。民主党の鳩山政権もアメリカからチャベス呼ばわりされましたが、やりすぎれば反米政権が出来るのは当然であり、米中の日本封じ込め戦略は明らかにやりすぎだろう。ベッカー氏はアメリカの友好国は東南アジアしか残っていないと語っていますが、東アジアには未だに冷戦構造が残っている為だろう。

しかし、1997年のアジア金融危機によってアジアの多くの国がIMFの管理下に置かれて、多くの企業が米国資本に乗っ取られてしまった。その結果韓国ではノムヒョン政権が出来て反米国家となりましたが、残る親米国家は日本ぐらいしかない。フィリピンですら米軍基地は撤退させられた。その日本が鳩山政権が出来て沖縄の海兵隊基地の海外移転を求めましたが、鳩山政権はすぐさま失脚させられた。

アメリカは9,11以降、一極覇権主義を露わにしてブッシュ大統領は世界に向かって「敵か味方か二つに一つ」と脅しましたが、今やアメリカは世界を敵に回して友好国と言えるのは韓国とイスラエルくらいになってしまった。中国の脅威に晒されている台湾にすらF16の売却をしないのだから、アメリカは台湾を切り捨てて中国を取ったのだろう。

ベッカー氏は米国資本について、「確かに中南米ではバナナの農園を経営し、キューバでは砂糖の生産基地を作って、ハワイではパイナップル栽培のために、米国資本は独占的な経営を過去に行ってきた。」と述べていますが、フィリピンも主食である米を輸入しなければならないのは、米国資本によってプランテーション化されて、パイナップルやバナナばかり作って米を作れなかった為だ。

アメリカ帝国にとっては農業ですら略奪の対象であり、アメリカの農地はやせ細って砂漠化が進んでいる。藤原氏はアメリカの農業を、「特に酷いのは科学技術の濫用であり、農民の手間が省け収穫が多いと宣伝し、遺伝子組み換えの種(GM=genetically modified)が売り込まれている。しかし、自然界に存在しない異常な種は、生態系を狂わせ、ことによると生命が絶滅する原因になる。この悪魔の発明はモンサント社の仕事です。」と警告していますが、アメリカは自然すら科学力で支配できると思い込んでいるようだ。

日本では民主党政権が出来て、アメリカとは2年半も公式訪問が出来ない状況になっていましたが、野田総理との会談でTPPなどが押し付けられるのだろう。そしてモンサント社の遺伝子組み換え種子を買わされるようになる。まさに遺伝子組み換えは科学技術の暴走ですが、日本に軽水炉型原発を押し付けたのもGEと言うアメリカの会社だ。その結果原発事故が起きて人が住めない国になりつつある。



ホームページへ