株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


ソニーは、インターネット戦略に乗り遅れてアップルのiPodやiTunesに
先んじられた。アマゾンはどうもさらにその先に戦場を作り出している。


2011年9月30日 金曜日

ジェフ・ベゾス最高経営責任者。「キンドル・ファイア」は
7型のカラー液晶画面を採用している。価格は199ドル(約1万5000円)


iPadの先を行くアマゾン「キンドル・ファイア」の革新性 9月29日 瀧口範子

アマゾン・ドットコムが、とうとうタブレット型の多機能情報端末を発表した。

 まだか、まだかと業界関係者が何ヶ月も前から待ちわびていたが、これでアップルのiPadの真の競合機が出現したというところだろう。

「キンドル・ファイア」と名付けられたそのタブレットをまだ実際には触っていないので、使い心地などについての評価は今後にまわしたいが、非常にアマゾンらしいアプローチでタブレットに取り組んだと思う。

 今回発表したのはアンドロイドOS搭載のタブレットで、価格が何と199ドル。iPadの499ドルと比べると6割も安い。もちろん、カメラがついていないとか、マイクロフォンがないとか、削られている要素はある。しかし、電子書籍リーダーとしてはもちろん、他のメディア視聴、それ以外のメール、ウェブ利用なども十分にできる。

 しかも、タブレットだけでなく、今回は電子書籍リーダーのキンドルも新機種を2つ発表した。電子インクのモノクロ画面のキンドルが、ボタン操作のもので79ドルから、タッチパネル操作は99ドルからだ。

 ただ、今回の発表の核は、そうしたタブレットのハードウエア機器にあるのではない。

 日本でアマゾンと言えば、書籍や日用品を販売するオンライン・ショップという位置づけだろう。アメリカでも、確かに数年前まではそうだった。だが、現在のアマゾンは以前とはすっかり異なった企業になっている。物販とメディア配信の両方を手がけるメガ・ハブになったということだ。

 メディア側では、電子書籍購入だけでなく、映画のストリーミングもできるようになっている。音楽もMP3のダウンロードに加えて、クラウドから楽曲を再生するクラウド・プレーヤーも提供し始めた。物販側では、オムツからファッション、カヤック、エキササイズ・マシーンまで、ありとあらゆるモノがそろっている。マゾンのサイトにアクセスさえすれば、いながらにして欲しいモノだけでなく、視聴したいメディアも手に入るというわけだ。コンピート・ドット・コムの調べでは、アマゾン・サイトへのアメリカの1日のユニークビジター数は8134万人に達する。

 今回のタブレットは、そうしたアマゾンのサービスのすべてをこのタブレットひとつでやってもらおうということである。CEOのジェフ・ベゾスが「タブレットと呼びたいのならそれでもいいけれど、僕たちはサービスと呼びたい」と言ったが、まさにこのタブレットはそうしたサービスへの入り口、サービスの一環であるということなのである。

 私は、アマゾンという会社はアップルのように格好よくはないものの、革新性ではかなりすごいと見ている。このタブレット発表ではっきりわかったのは、アマゾンはハードウエア機器、インターネット、物理的なモノ、デジタル・コンテンツのすべてをサービスという概念の下に組み替えるという、新しいことをやっている点だ。

 そのひとつの現れが、たとえば電子書籍の価格設定だろう。アマゾンの電子書籍は10ドル以下という激安価格で売られているのだが、これはひとつの商品の中で採算を合わせようとするのではなく、サービスという大きな枠組みで捉えて元が採れるようにしているから可能なことだ。そのサービスの中には、テクノロジーの助けを借りてロジスティックスを究極まで効率化していることも含まれる。

 これを紙の書籍と値段がほとんど変わらない日本の電子書籍と比べてみると、日本では従来のモノがデジタルに切り替わったものの、それがただ同じ枠組みの中で平行移動しているだけではないだろうかと見えてくる。アマゾンが描き出そうとしているような、組み替え後の新しい枠組みのようなものは感じられないのだ。

 一気に3機種も発表したというのも、なかなかにすごい。家庭に一台、いや一人に一台配って、アマゾンのサービスにアクセスしてもらおうというわけだ。その面では、ハードウエア機器はすでに汎用品という扱いだろう。

 ハードウエア好きの日本人は、たとえばアップル製品のもつ美しさに見とれてしまいがちかもしれない。だが、ハードウエアはもはやモノとしての価値よりも、その背後の何にアクセスできるか、どんな枠組みの中に配置されているかの方が重要だということだ。

 かつてウォークマンで一世を風靡したソニーは、インターネット戦略に乗り遅れてアップルのiPodやiTunesに先んじられたというのは、よく知られた話。だが、アマゾンはどうもさらにその先に戦場を作り出しているように見えて仕方がない。



(私のコメント)

アマゾンが超低価格のタブレット端末を発表しましたが、「キンドル・ファイア」は7型のカラー液晶画面を採用して価格が15000円程度だそうです。機能的にはカメラやマイクは付いていませんがインターネット端末としての機能はすべて備えている。だから電子書籍や音楽・映画など幅広いコンテンツがダウンロードして再生が出来るし、メールももちろん出来る。
 
日本の家電メーカーは、アップルのアイパッド2を上回る製品が作れていないし、シャープなどはタブレット端末から撤退するようだ。価格面でもアイパッド2に比べても安くはないし性能面でも負けているから売れるわけがない。アマゾンの「キンドル・ファイア」は15000円と言う超低価格を打ち出してきましたが、これはビジネスモデルが違うから打ち出せた価格だろう。
 
15000円なら騙されて買ったとしても損はない価格であり、同時に発表された普及品は白黒電子ペーパーですが7000円程度の超低価格だ。日本のメーカーはとてもこのような低価格では作れないし、ビジネスモデルも打ち出せていない。日本のメーカーは二言目には円高でどうのこうのと言いますが、アップルやアマゾンの端末程度のものすら作ることが出来ない。
 
シャープの「ガラパゴス」は価格はアイパッドと変わらず重たくて機能が限られている。ソニーの新型のタブレットPCも薄さや軽さや価格でも負けている。シャープやソニーでもこの体たらくだから早々に撤退して諦めたほうがいいのだろう。アップルやアマゾンが違うのはサービスで儲けるビジネススタイルを既に作り上げていることであり、シャープやソニーはサービス体制が作れていない。
 
「キンドル・ファイア」は、アンドロイドOSを使っており、開発条件的には変わりがありませんが価格が破壊的だ。タブレットPCや電子書籍端末はソニーなどが数年前に作って販売していましたが、サービス体制を作る事に失敗して撤退している。しかしアップルがアイパッドを売り出して、慌ててソニーは電子書籍端末やタブレットPCを販売しましたが、iTunesのようなサービス体制作りに失敗している。
 
電子書籍も未だに利害調整が出来ずに、アマゾンやグーグルのような「電子書籍購入だけでなく、映画のストリーミングもできるようになっている。音楽もMP3のダウンロードに加えて、クラウドから楽曲を再生するクラウド・プレーヤーも提供し始めた。」といった体制作りが出来ていない。著作権などの既得権を持った人との利害調整が出来ないためだ。
 
このままならいずれはアマゾンやiTunesなどに流通も握られて、美味しいところはみんな持っていかれるのではないだろうか。本を買うのも音楽を買うのもみんなネットストアからダウンロードして買うようになり、書店やレコード店や印刷や製本業は衰退していくだろう。アップルやアマゾンに出来ることがなぜ日本の情報家電産業は出来ないのだろうか?
 
それはソニーのウォークマンがたどった道を探れば分かりますが、既得権のシガラミがあるとそれを手放すことが出来ずにアップルのiPodやiTunesに先んじられた。これはタブレットPCだけではなくデジタル液晶TVでも、アップルTVやグーグルTVなどに放送の主流が変わって、既存のテレビ放送とインターネット動画配信とが一体化して、これも一番美味しい流通サービスで負けるだろう。
 
今はアップルやアマゾンのサービスは、音楽や書籍などに限られていますが、やがては一般商品の流通にまで手を伸ばしてくるだろう。それらには金融決済機能が伴っているからネット金融決済機能まで範囲は広まるだろう。日本でも楽天のようなネット流通企業がありますが、情報家電メーカーではネットが分かる人材がいない。だからアイパッドやキンドル・ファイアのようなネット端末を作る発想がないのだ。
 
携帯電話もスマートフォーン化が進んでいますが、日本の情報家電メーカーはこの流れにも乗り遅れている。軽薄短小化した商品作りは日本のお家芸でもあったのですが、インターネットと言う技術に対する壁があるために対応が遅れてしまう。インターネットはもともとは軍事技術だから日本にはそのような技術基盤がない。
 
アマゾンは格安のキンドルを販売して一気に流通の主導権をとり、流通から金融にいたるまでのサービス産業を独り占めする可能性がある。アップルも同じ狙いだろう。現在では単なるオンラインショップでも将来はメガハブ企業になって既存の産業分野に手を広げてくるだろう。しかしそこまで見通している人がどれだけいるのだろうか。日本のメーカーは物作りに閉じこもってしまって、流通や金融などのサービス産業化に乗り遅れてしまったのだ。
 




藪中次官の米国大統領に依る広島訪問反対意見のの背景には、
欧米に対する卑屈さと省益防衛に走る外交方針が見え隠れする。


2011年9月29日 木曜日

35年前のアメリカ大統領、広島訪問計画 2009年9月17日 JANJAN

9月15日の朝日新聞の一面にスクープ記事があった。
 朝日の記者が米国立公文書館分館を兼ねるフォード大統領図書館で見つけたという。
 それは35年前の米大統領の幻の広島訪問の記事。

 以下朝日の記事です。(部分)

 1974年に当時のフォード米大統領が現職として史上初めて訪日した際、広島訪問をホワイトハウスが検討していたことが、フォード政権の内部文書で分かった。
 
(引用開始)――
 大統領補佐官の一人が、日米和解で傷を癒やし、軍縮を世界に呼びかける場にしようと提案。2週間にわたり「真剣な検討」があったが、最終的には日本国内で反発を招きかねないとして見送られていた。
 広島訪問を提案したのは、ホワイトハウスと各種団体などの窓口役となる「渉外担当大統領補佐官」だったウィリアム・バルーディ氏。96年に死去した。
 大統領あての覚書は74年9月16日付。「大統領の和解の哲学をさらに広げる方策として、訪日する際は広島訪問を含めた方がいい」。第2次大戦で敵同士だった仏独の和解の努力に匹敵すると強調。国際的軍縮の意思表明の舞台としても広島を選ぶよう進言した。
 しかし、同月23日にホワイトハウス内部の検討文書草案を作成した国家安全保障会議(NSC)スタッフは「何人かは賛成だったが、大部分は否定的だった」と記した。(後略)



米国大統領の廣島訪問を断る不思議 ― 再考を要する終戦処理のあり方 9月29日 北村隆司

「オバマ米大統領の2009年11月の初来日に先立ち、当時の藪中三十二外務事務次官がルース駐日米大使に対し、オバマ氏が第2次大戦中の原爆投下を謝罪するために被爆地の広島を訪問することに否定的な姿勢を示した上で、謝罪を目的としない訪問自体も「時期尚早」との考えを伝えた事実が、内部告発サイト『ウィキリークス』が公開した米外交公電で明らかになった。日本政府は一貫して『米政府の判断』との立場を示していたが、公電が事実なら、訪問を控えるよう暗に働き掛けていたことになる。」と言う新聞記事を読み、我が目を疑った人は多いに違いない。

この報道を読んで、日本政府が1964年にカーチス・ルメイ将軍に勲一等旭日大綬章を授与した事を思い出した。ルメイ将軍は、日本の都市の無差別絨毯爆撃を立案、実行した人物として知られ、1945年3月10日に行われた東京焦土化作戦では、死亡者:8万3793人、 負傷者:4万918人 、被災者:100万8005人 被災家屋:26万8358戸 と東日本大震災や原爆を超える犠牲者を出している。

この空襲は女性や子供、老人など多数の非戦闘員を狙っていた点が最大の特徴で、これが現代であれば、人類に対する犯罪者としてハーグの国際刑事裁判所で裁かれるべき人物である。非戦闘員を何十万人も焼き殺した作戦の立案者である人物に叙勲とは、ご冗談を!と言いたくなるが、藪中次官の米国大統領に依る広島訪問反対意見のの背景には、何となくこの叙勲に通ずる日本の外交官の欧米に対する卑屈さと国民や国益を無視しても省益防衛に走る外交方針が見え隠れする様に思えてならない。

歴史上の事実を語る時「もし・・・だったら」と言う話はご法度だが、「人道に対する罪」と言う現行の国際基準が第二次大戦時代にも適用されていたとしたら、その典型的な人物にジョン・デウイット将軍とカーテイス・ルメイ将軍が入る事は間違いない。

日本には馴染みの薄いデウイット将軍は、12万人に及ぶ日系人(その内3万人は日本人)の土地財産を奪い、強制収容所に放り込んだ米国史上でも恥ずべき行為の実行最高責任者であった。ルーズベルト大統領の承認の下に始まったこの行為の裏には、日本人として忘れてはならない人物がいた。1938年からコロラド州知事を務めた、真の民主政治家の名に相応しいラルフ・ローレンス・カーである。

彼は反日一色に染まった米国世論に抗して、米国憲法を指し示しながら、日系アメリカ人と在米日本人の擁護を主張し、日系人の強制収容に一貫して反対しただけでなく、コロラド州民に日本人と日系アメリカ人達を歓迎するよう呼びかけた人物である。

第二次大戦中にユダヤ人が狙い打ちされて、多数のユダヤ人が人道上の被害を受けた事は誰もが知る事実だが、非ユダヤ人でありながら自分を犠牲にしてユダヤ人を庇った人も多くいた。その英雄的な活動に対して、イスラエル政府は国家英雄として特別の顕彰をしている。その中には、唯一の日本人として、外務省の意向に反して数千人のユダヤ人にVISAを発行して彼らの生命を救った杉原千畝も含まれている。

それに反し日本政府は、米国で狙い撃ちされた日系人や日本人の人権を守る為に職を賭して闘ったカー知事を無視しながら、日本全土で数十万人の非戦闘員を焼死させたルメイ将軍に勲一等を与えて平然としている。我々はこの日本政府の行動を、後世にどの様に説明したら良いのであろうか?(後略)


(私のコメント)

日本の対米従属外交は自民党の専売特許ではなく、民主党政権でも対米従属外交は継続されている。外務省と防衛省は対米従属派の牙城であり、アメリカ政府の意を借りて日本を動かしている。しかしそれがアメリカ政府の意であるかどうかは不明であり、要するに外務省と防衛省の官僚たちが好きなようにしているだけだ。担当大臣はお客様であり何の判断も下すことが出来ない。当然、大臣に反抗的な事務次官も首にすることが出来ない。
 
連日書いているように、外務省の一事務次官が重要な外交案件を仕切るのは越権行為であり、外交重要課題は外務大臣か総理が下すべきことだ。鳩山内閣の外務大臣は岡田氏はこの事を知っていたのだろうか? 「時期尚早」発言は外務省は全面否定しているが、ルース駐日米国大使が藪中次官の名前を勝手に語って公電で送ったのだろうか? 
 
35年前のフォード大統領の時も広島訪問が検討されたと言う朝日新聞の記事がありますが、それを潰したのもおそらく当時の外務次官だろう。本来は日本政府自身がアメリカ政府に大統領の広島訪問を要請すべき事柄ですが、このような状況から要請を行なってこなかったことは明らかだ。ブッシュ大統領の時も靖国神社参拝を打診されましたが、これも小泉総理の判断と言うよりも当時の外務官僚が断ったのではないだろうか?


中国はなぜ靖国参拝に反対するのか?背後には米国民主党あり。ブッシュはなぜ靖国へ参拝を望んだのか? 2004年12月2日 株式日記

二〇〇二年二月の来日前にブッシュは「靖國神社へ参拝したい」と打診してきた。これは米国歴代大統領としては初めてのことだ。ブッシュの靖國参拝希望は、「対等な同盟国となるべき日本の主権を尊重し、日本の英霊へ敬意を表する」という意味合いと、「ともに中共と闘おう」という意志表示の現れに他ならなかった。

つまり靖國参拝を中共に叩かれて苦慮している小泉首相への「援軍」でもあったのだ。しかし残念なことに中共の顔色をうかがう外務省チャイナスクールや親中派政治家のせいでブッシュの靖國参拝は結局見送られるに至った。

ブッシュの参拝が実現していれば、おそらく中韓の靖國への外圧・内政干渉は終わりを告げたことであろう。日本はまたとない好機を自ら捨ててしまったのだ。この靖國参拝をプッシュに強く進言したのはアーミテージ国務副長官だが、共和党政権のこの「友情」を自ら辞退した馬鹿な日本の姿を見て中共はさぞや大喜びしたことであろう。

結局、来日したブッシュは靖國神社のその代わりに明治神宮に参拝した。しかし小泉首相は、明治神宮においてさえ、中共への遠慮からブッシュと肩を並べて昇殿参拝しようとはせず、烏居の外で待つていたのだ。

中共に媚びるために国家の主権を放棄する臆病な首相の姿は、ブッシュの目にはどのように写ったのであろうか。過去においては共和党レーガン大統領、そして民主党ではありながらも珍しく親日派であったカーター大統領が、明治神宮に参拝している。

これはGHQの発した「神道禁止令」を明確に撤回、否定した行動である。五十有余年の時代が過ぎて世界情勢の変化に伴い、GHQがっくった対日政策は崩壊を起こし始めているのだ。そしてそれは、共和党がニューディーラーのつくった日本の「戦後体制」も含めての戦後世界秩序を一新しようとする大局的な動きとも連動している。

プッシュは単に気まぐれから靖國参拝を望んだのではなく、それは世界秩序再編の一環として、歴史カードで中共に叩かれ続ける日本の「戦後体制」の一新をも狙った政治的行動であったのだ。

現在左翼のみならず保守陣営の一部も「一極支配」だの「イラク侵略」だの何だのと相変わらず反ブッシュを唱えているが、中共が「靖國へ行くな」と「厳命」する状況下に、アメリカ歴代大統領の中で初めて日本の首相に「一緒に靖國神社に参拝しよう」と誘ってくれた真の親日派大統領をなぜ罵倒しようとするのか。

国連なる戦勝国連合による世界秩序ど日本の「戦後体制」とを全て一新しようとする共和党大統領を罵倒するならば、それは民主党のグローバリズムや対日封じ込め体制を肯定することと同義となる。

小泉首相の靖國参拝が前倒しになった平成十二年のことであるが、七月三十一日に加藤紘一と山崎拓は自民党本部で中共の武大偉駐日大使に「八月十三日に前倒しさせる」と約束して、参拝の「許可」をくれるように頼んでいる。これを内々に「許可」した中共は米民主党を通じて、民主党系のニューヨーク・タイムズ紙に「小泉首相の靖國参拝は中国を警戒させる先鋭なナシヨナリズム」と題する大々的な批判記事を掲載させた。

つまり中共、日本の中共シンパ政治家、米民主党という日米中の反日ネットワーク連携の合作による圧力をかけて、小泉首相が十三日の前倒しに応じざるを得ないように仕向けたわけである。

民主党は東京裁判を行った手前もあり靖國神社に対する認識は中共と大差なく、民主党の大統領が靖國参拝を申し入れることも考えられない。大統領が靖國神社に参拝することは東京裁判の否定に繋がり、目本封じ込めの大きなカードを失うことになるからだ。

つまりこの一件で日本が自ら捨てたのは、対中抑制のチャンスだけではない。もう一つ、取り返しのつかない大きなチャンスを日本は逃したのだ。もし仮にブッシュの靖國参拝が実現していたら、それはすなわちアメリカ大統領が東條英機以下大日本帝国の英霊に敬意を表する行動を取ったことになり、従って先の大戦の「日本悪玉史観」をアメリカが改めるターニングポイントになっていたことであろう。

ブッシュがナチスSS兵の軍人墓地やムッソリー二の墓所に参ることはありえない。それは前述のように共和党の歴史認識は本音のところでは、日本とドイツを区別して「日本は侵略国ではなく安全保障のために戦った」という意見が根強く存在しているからである。

大東亜戦争の大義と功積を世界史に刻むには、アメリカがそれを認めることこそが全てだといっても過言ではない。前述したように共和党は「人道に対する罪」の存在は認めても「平和に対する罪」の存在は認めないという党是を持っている。

ブツシュ自身が二〇〇二年五月に米陸軍上官学校で述べた「国家は自衛のためには先制攻撃も辞さない」という国防理念は、まさに東京裁判で東條英機の述べた真珠湾攻撃理由と一致するものだ。

また今回のイラク攻撃についても「自衛のための先制攻撃」であり、それを是とするならば日本の真珠湾攻撃も是としなければ辻棲が合わなくなる。(後略)



(私のコメント)

外務省は従米派であると同時に親中派の牙城でもあり、従米親中である以上は当然反日的な傾向になるわけであり、中国や韓国に対する謝罪外交の主導権を持っているのは外務省であり、謝罪外交で対中ODA利権や対中賠償利権で外務省は予算を獲得することが出来る。その為には外務省にとっては日本は戦争犯罪人国家でなければならない。
 
それを明確にしたのが、小和田外務次官であり、東京裁判を受諾した意味を日本を戦争犯罪国家として認定しているのも外務省なのだ。だから日本を無差別爆撃したカーチス・ルメイ将軍を勲一等旭日大綬章を授与したのも不思議でもなんでもないのであり、外務省はもともとから反日的な省庁なのだ。だからオバマ大統領が広島にやってきて謝罪でもされたら外務省の面目は丸つぶれだ。
 


小和田恒条約局長(雅子妃の父君)は、A級戦犯は『戦争犯罪人』であると断言した女系天皇の仕掛け人? 2006年1月12日 株式日記

小和田政府委員
 一般論として申し上げますと、極東軍事裁判の評価については学問的にはいろいろな意見がございますけれども、先ほども申し上げましたように、国と国との関係におきましては、日本国政府といたしましては
極東軍事裁判を受諾しているわけでございます。その裁判の過程におきまして、先ほども申し上げましたような「平和に対する罪」ということが起訴理由になっておりまして、その訴因の第二十七で、被告が中華民国に対し侵略戦争並びに国際法、条約、協定及び保証に違反する戦争を行ったということが挙げられておりまして、御承知のような判決が出ているわけでございますので、そういうものとして政府は受けとめておるということでございます。

土井委員
 したがって、侵略戦争は国際的に犯罪であるということを認めるということに相なりますね、もう一度お尋ねしますが。

小和田政府委員
 この極東軍事裁判において問題になった戦争あるいはこの被告の行動につきましては、それが極東軍事裁判所に言うところの「平和に対する罪」を構成するという判決、そういう
裁判を受諾した、そういうものどして認めたということでございます。

○土井委員
 ポツダム宣言というのがございますね。ポツダム宣言を日本が受諾したということ、これはイコール敗戦ということに相なったわけでありますが、このポツダム宣言の十項というところに「一切の戦争犯罪人」云々というのが書かれております。「平和に対する罪」で裁かれた者は、当然この中に含まれますか、いかがでございますか。

○小和田政府委員
 御質問の趣旨を私、正確に把握したかどうかよくわかりませんが、ポツダム宣言十項には御指摘のとおり「一切の戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加へらるべし。」という規定がございます。我が国はポツダム宣言を受諾しておりますので、この内容を受諾したということでございます。




権力を絶対化する朱子学の伝統は明治以降にも継承された。日本が
近代化する上で、国家を安定させて産業化のスピードを上げる役に立った。


2011年9月28日 水曜日

現人神の創作者たち:山本七平
徳川幕府から天皇への平和的な「大政奉還」は世界史的に珍しい現象である。
その原動力となったのは「慕夏思想」から転じた朱子学的理想主義だった。
二重の「回心」はどのように進められたのか。


朱子学と日本軍と反原発派 9月23日 池田信夫

日本の官僚制度は明治時代にプロイセンの行政法をまねてつくったものといわれているが、官僚のみなさんと話していると、ドイツ的な伝統より儒教の伝統を強く感じる。これを指摘している人は少なく、私の知るかぎり坂本多加雄と本書の著者、山本七平ぐらいだ。

これは政治改革を考える上で大きな違いだ。日本の政治体制が西洋的な三権分立によるものだと考えると、その原則どおり「政治主導」でやろうということになるが、もともと「現人神」がその権力を官僚に委任していると考えると、むしろ官僚が政治家であり、国会議員はそれにたかる大衆の代表にすぎない。自民党政権は暗黙のうちにこういう儒教的な伝統に従っていたが、それを「前近代的」だと批判した民主党も、野田政権ではすっかり自民党と同じ官僚主導になってしまった。

なぜこのように儒教の影響がいまだに強いのか、という謎に本書は一つの答を出している。本来の朱子学は皇帝の正統性を絶対化する国家理論で、官吏は皇帝の権力を委任された代理人=士大夫である。朱子学が日本に輸入されたとき、それを教条的に理解すると、漢民族以外はすべて「夷狄」なので、日本の天皇家にも正統性がない。ところが山崎闇斎は「朱子学は原則論であって、どこの国でも昔からある王朝には正統性があるのだ」と解釈し、日本の場合は1000年以上続いている天皇家が正統だとした。

徳川幕府の正統性は、その天皇家から征夷大将軍という官位を授かる代理人としての権威にすぎないので、それが天皇家の正統性を脅かす場合は「革命」によって倒すべきだということになる。これが「大政奉還」の思想である。特に江戸末期には、幕府が「夷狄」である西洋諸国に妥協して開国したことが「逆臣」のふるまいだとして「尊皇攘夷」をスローガンにして明治維新が行なわれた。

ところが革命の過程で、いつの間にか本来の目的だった尊王攘夷は消えてしまい、むしろ明治政府は朱子学の代わりに西洋の官僚制を丸ごと輸入した。しかしそれは、いわば儒教という幹に西洋の制度を接ぎ木しただけで、権力を絶対化する朱子学の伝統は明治以降にも継承された。これは後進国である日本が近代化する上で、国家を安定させて産業化のスピードを上げる役に立った。

本来の朱子学は機能主義的な国家論で、日本でいう天皇機関説に近いものだったが、これが江戸時代に輸入されたとき「日本化」されて、天皇家という家系を正統とする「家産制」になった。特に平田篤胤などの国学では、現人神による天皇親政を理想とし、これがのちの「皇道派」青年将校の思想になった。そこにみられる国家を道徳的に絶対化する理想主義が日本軍の暴走の原因になった。

軍が敗戦によって壊滅したあとも、儒教的秩序の「本流」である霞ヶ関はほぼ無傷で残ったが、こちらは天皇機関説に近く、よくも悪くも現実主義だ。これに対して戦前の軍に似た「非武装中立」などの理想主義を掲げたのが、社会党などの「革新勢力」だった。それは軍と同じで、権力を批判しているときは美しい原則論なのだが、何かの間違いで権力を取ると、菅政権のように暴走する。(後略)


(私のコメント)

一昨日から、なぜ政治家よりも官僚が実権を持ってしまっているのか書いてきましたが、池田信夫氏は山本七平氏の「現人神の創作者たち」の著書をあげて説明しています。政治家は国民に選ばれた庶民の代表に過ぎず、それに対して官僚たちは現人神からその権力を官僚に委任していると言う朱子学的な思想があるのだろう。
 
戦前における「現人神」は天皇陛下でしたが、戦後においては「アメリカ政府」が現人神になっているのではないだろうか? 官僚は外務省、財務省をはじめとして防衛省までアメリカ政府の権威を借りて日本を統治している思想的な構造が浮かび上がってくる。思想的な構造とは朱子学であり、現代では皇帝=アメリカ政府なのです。
 
在日米軍の存在がある限りその構造は変わらないのであって、「株式日記」では駐留なき安保を主張しています。在日米軍がある限り日本の政治家は官僚とアメリカ政府には頭が上がらないのであり、官僚たちはアメリカ政府から権力を委任された政治家となっている。国会にいる政治家は単なるタレントであり首相や大臣と言う役を演じているに過ぎない。
 
西洋の三権分立の考えからすれば国会が一番の最高権力で無ければならないのですが、制度上はそうなっていても、朱子学的な思想から言えば官僚機構が現人神から委任された統治機関なのだ。だから官僚たちがマスコミを使って田中角栄を失脚させても、政治家たちはどうすることも出来ないのは国会を最高権力機関とする思想的なバックボーンが無いからだ。
 
本来ならば自民党から民主党に政権が交代すれば政策も変わらなければなりませんが、官僚統治機構はなんら変わる事がない。大臣が事務次官の言いなりだから自民党だろうと民主党だろうと変わりが無いことが分かった。アメリカなどでは政権が代われば幹部官僚なども交代して政策も政治主導が徹底されますが、民主党政権では局長クラス以上の辞表すら取り付けることが出来なかった。
 
昨日も藪中事務次官の出すぎた行為を書きましたが、藪中次官は処分されることは無くアメリカ駐在大使に出世する。だからこそ総理や大臣などは飾りに過ぎず、誰もが大臣になれるのは実権がないからだ。それでは何のために国会議員選挙を行なっているのか分かりませんが、西洋の制度を表向きに取り入れただけであり、実態は日本古来の権力思想で成り立っている。
 
戦前の軍部の暴走も、政治が無力だったためであり、帝国陸海軍は現人神から委任された軍隊であり、五一五事件や二二六事件を起こそうが、政府は大粛清することが出来なかった。政府は天皇の輔弼機関に過ぎず、軍隊は天皇陛下を最高の長とする機関だから、政府は手を出すことが出来ない。このような日本の統治システムを指摘したのは山本七平氏であり坂本多加雄氏ぐらいだそうだ。
 
このような朱子学的な見方からすれば、天皇機関説は矛盾しないのですが、天皇陛下は現人神でなければ軍部や官僚たちの権威が保てないから批判された。戦後は天皇陛下の人間宣言がなされて現人神ではなくなりましたが、アメリカ政府が現人神として官僚機構の権威となっている。だから外務省の藪中事務次官が総理や大臣に成り代わって出すぎたまねをしても処分することが出来ない。
 
 




「ウィキリークス」は、藪中外務次官が、アメリカ政府に対し、大統領の
広島訪問は「時期尚早だ」として、これに否定的な考えを伝えていた


2011年9月27日 火曜日

オバマ大統領の広島訪問「時期尚早」 9月27日 TBS

 2009年11月のオバマ大統領の初めての訪日を前に、当時の藪中外務次官が、アメリカ政府に対し、大統領の広島訪問は「時期尚早だ」として、これに否定的な考えを伝えていたことが明らかになりました。

 これは、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した2009年9月3日付のクリントン国務長官あての外交公電で明らかになったものです。

 この中で、当時の藪中外務次官はルース駐日アメリカ大使に対し、日本国民、とりわけ反核団体の中でオバマ大統領の広島訪問への期待が高まっていると指摘。その上で、「原爆投下に対する大統領の謝罪が現実的でない以上、国民の期待を抑えなければならない」と述べ、広島訪問は「時期尚早だ」との考えを伝えたということです。

 日本政府は、広島訪問見送りは「アメリカ政府の判断」と説明していますが、発言が事実であれば、日本側の働きかけも見送りの一因だったことになります。(


オバマ大統領に広島を訪問させなかった藪中前外務事務次官 9月27日 天木直人

またもやウィキリークスが超ど級の情報を開示してくれた。

 藪中前外務事務次官がオバマ大統領を広島に訪問させないように米側に働きかけていたことが米機密外交公電で明らかになったのだ。

 その理由がふるっている。

 オバマ大統領の広島訪問が実現すれば、日本国内の反核グループが喜び、勢いづく、だから日米両政府はそのような世論の期待を抑え込まなければならないと、ルース駐日大使に伝えていた、というのだ。

 まるで画に書いたような対米迎合外交だ。

 国民よりも日米同盟を重視した外務官僚の姿だ。

 このような外務官僚がもうすぐ野田民主党政権によって次期駐米大使に任命されるというのである。

 さすがにメディアはこれを一斉に報じた。

 ところがこのウィキリークスの情報を報じないメディアがある。

 それが朝日新聞だ。

 ウィキリークスからの情報を独占入手した朝日新聞は、それをすべて検証した上で、その一部だけを公表して終わらせようとした。

 その後ウィキリークスがそのすべてを公表したため、このような驚愕の情報がボロボロ出てくることになった。

 そして、その都度、ジャーナリズム精神に背を向けた朝日の対米迎合が露呈されていく・・・



オバマ訪問「時期尚早」発言、広島の被爆者憤る 9月27日 読売新聞

オバマ米大統領の初来日を前に、藪中三十二・外務次官(当時)が大統領の被爆地訪問を「時期尚早」と米側に伝えていたことが、内部告発サイト「ウィキリークス」で明るみに出た。

 訪問を望んでいた広島の被爆者からは、発言を疑問視する声が上がった。

 日本原水爆被害者団体協議会の坪井(すなお)代表委員(86)は「発言が本当であれば非常に残念。被爆者は原爆への憎しみを乗り越え、一人でも多くの人に被爆地を見てもらい、ともに平和について考えたいと願っている。藪中氏は平和を望むヒロシマの心がわかっていない」と憤った。

 「被爆国の外交官として、なぜそのような発言をしたのか、真意を測りかねる」としたのは、オバマ大統領や家族に広島訪問を求める手紙を送ってきた広島市東区の岡田恵美子さん(74)。「大統領の広島訪問は核兵器廃絶への大きなステップとなる。今後は政府として、実現に向けて働きかけてほしい」と話した。



(私のコメント)

昨日は官僚が実権を握っていることを書きましたが、外交においてもそれを裏付けるニュースがウィキリークスによって明らかになりました。外務省は行政官庁であり政治的な判断は担当大臣や総理が行なうべきものですが、外務官僚がアメリカ当局と交渉して、オバマ大統領の広島訪問を「時期尚早」として取りやめになったようだ。
 
このレベルの話なら、時の総理や外務大臣が判断すべき問題ですが、昨日も書いたように総理や担当大臣は何も分からないから、すべて官僚たちに丸投げだ。このような事はウィキリークスで明らかになりましたが、外務官僚たちは政府部内の情報もアメリカ政府高官にぺらぺらと喋り捲って情報が筒抜けだ。これに対して担当大臣や総理はどうすることも出来ない。
 
昨日も「たけしのTVタックル」を見ていましたが、政治家たちはテレビカメラの前では威勢のいい事は言っても、彼らには決定権がなく官僚を動かすことも出来ない。桜井前財務政務官が官僚を被災地に行かせた事を自慢げに語っていましたが、それまで官僚たちは被災地に行くこともしていなかった。これでは災害復旧も進むわけが無いのであり、官僚たちのサボタージュも大臣がだらしがないからそうなってしまう。
 
オバマ大統領の広島訪問も、当時の藪中外務次官が、アメリカ政府に対し、大統領の広島訪問は「時期尚早だ」として断ったそうですが、国民世論を無視した判断は問題だろう。このような事は新聞やテレビで報道されたのだろうか? ウィキリークスから発表されたから分かった事であり、本来ならば朝日新聞が報道されるものだった。
 
新聞テレビでは今日のニュースで小さく報道されたようですが、藪中前外務事務次官はだんまりを決め込んでいる。外務省にとっては外務大臣は単なるお客様であり1年も経たずに交代して行く。だからアメリカの外交当局も相談事は大臣や官邸よりも官僚たちと交渉をする。大臣や総理は決められた外交文書にサインするだけで、責任を取らされる事が役目だ。
 
鳩山総理の沖縄基地移転問題も結局は外務省に梯子を外された訳ですが、外務省にとっての実質的な最高決定権者はアメリカであり、アメリカの顔色を伺いながら外交をしなければならない。鳩山総理は自分が総理になったことで何でも決められると思っていたのでしょうが、官僚たちに実権は移ってしまっている。
 
法律上いくら内閣や総理に権力を集めてみても権限を行使できる能力がなければ機能しない。逆に何の権限が無くても情報と能力で実権を握ってしまえば自由に権力を行使できる。情報を一番持っているのが官僚であり、情報を餌にマスコミを手懐けてしまえば官僚は大臣の首を切ることもできる。逆に大臣は事務次官の首を切ることができない。
 
当時の藪中外務次官が、アメリカ政府に対し、大統領の広島訪問を中止させたところで、このような越権行為を外務大臣は処分することが出来ない。処分すれば外務省全体を敵に回すことになり、大臣は単なるスポークスマンとなり政務の日程をこなすだけなのだ。総理も各大臣も1年足らずで交代してしまうのだから誰も真剣に仕事をしようとはしない。
 
官僚たちは国民に対しては責任を負わないから、オバマ大統領の広島訪問を断っても藪中外務次官が処分されることは無い。その証拠に薮中氏は次期駐米大使に「出世」が決まっているようですが、このような人物を駐米大使を任命していいのでしょうか?  
 




「財務省を味方にすれば総理になれる」という神話が、すでに民主党には
植え付けられている。未熟な民主党の政治家を動かすのは簡単だ。


2011年9月26日 月曜日

財務省 菅氏に「普天間で鳩山躓くので関わるな」と忠告した 9月26日 ポストセブン

「最強官庁」ともいわれる財務省。だが、国家の予算を握っていることだけが最強官庁・財務省の権力の源泉ではない。むしろ、この役所の情報収集力と組織の結束の強さこそ、官僚主導政治を根付かせてきた秘密だろう。「政治主導」を掲げて政権交代を果たした民主党政権の3人の総理大臣が、次々に財務官僚に籠絡されていった軌跡はそのことを浮かび上がらせる。

2010年1月に当時の菅直人副総理が財務大臣に横滑りすると、財務官僚は菅氏を取り込みにかかった。

菅氏を本来嫌っていたはずの財務官僚たちが、その頃からすでに「次は菅政権」と吹聴し始めた。さらには菅氏に対し、鳩山政権を窮地に立たせていた普天間基地の県外移転問題についてアドバイスまで行なっていたという。

菅氏側近が振り返る。

「とにかく財務省の情報能力はすごい。『普天間問題は鳩山政権の命取りになるから、大臣は決して関わってはいけない。待っていれば海路の日和がある』と菅さんに忠告し、日米交渉はその通りになっていった。現実主義者の菅さんは、財務省を敵にするより頼りにした方がいいと判断した」

実際には、普天間基地をめぐる日米交渉は、外務省や防衛省が裏に回って鳩山方針をつぶしにかかっていたわけだから、“霞が関の盟主”である財務省には鳩山政権の命運が手に取るように見えていたのは当然だった。

「財務省を味方にすれば総理になれる」という神話が、すでに民主党には植え付けられている。仙谷由人氏をはじめ、玄葉光一郎氏、枝野幸男氏、安住淳氏らが財務省の与党となり、「マニフェスト撤回」に動いてきたのも、二匹目のドジョウを狙っているからだ。

財務官僚にとって、未熟な民主党の政治家を動かすのは簡単だ。近づいてくる政治家に増税は必要だといわせ、「あの大臣はすごい」「首相候補だ」とメディア工作で評判を上げれば、その気になって忠誠に励む。


霞ヶ関を去る改革派官僚の特別手記 9月26日 古賀茂明

私はもともと幹部官僚に身分保障は必要ないというのが持論ですから、辞めさせられること自体は構いません。しかし、クビにすることが大臣の意志ではなく、事務方が大臣の名前を使ってできるとなったら、官僚主導をますます強めることになる。そんな前例を作るわけにはいかない。そう思ったのです。事務次官が気に入らない部下を大臣の名前を使って勝手にクビにできるのであれば、私のように現職官僚が公務員改革を主張するなど一切できなくなる。だからこそ、大臣が直接判断する、そこだけは守ってもらわないと困ると考え、直接大臣自身の考えを確認することにこだわったのです。  

枝野大臣自身の判断を聞くため、事務方に一旦辞意を撤回することを連絡しました。それを事務方が大臣に伝えたのでしょう、先週火曜日(9月20日)の記者会見で、大臣は、「(私と)直接会うつもりはない」、「歴代の大臣の判断を引き継ぎ、それを了とする」「手続きは事務方に任せた」と話したのです。つまり大臣の最終判断は、このまま私が辞めてしまうことを前提に、辞める手続きを事務方に任せたということです。これで私には大臣と直接話をする道は閉ざされました。事務方に任せるとおっしゃたので、仕方なく官房長と話をしましたが、事務方の考え方は一貫していました。もちろん「待っていても仕事はない。辞めてくれ」ということでした。

私は公務員という職にしがみつくつもりはありません。ただこの国のために仕事をしたいと考え、いままではその可能性が残されていたので待っていたのです。しかし、これでその可能性が完全になくなりました。絶対に仕事ができないと分かっていて、税金で給料をもらっているわけにはいきません。辞めるならぐずぐずしていても仕方がないので、先週22日に辞表を提出したのです。(後略)


(私のコメント)

最近の民主党政権を見ると、官僚主導がますます酷くなって来ています。野党時代はアレだけ政治主導を主張していたのに、政権に付くや否や古賀茂明氏を行革担当から外し経産省の官房付きとして宙ぶらりんにしてしまった。経産大臣が何らかの仕事を与えればいいのでしょうが、大臣は人事には手が付けられないようだ。
 
人事権は各大臣にあるはずですが、大臣がコロコロと代わるので事務次官が人事権を握っている。議員にしてみれば大臣になって肩書きを飾るのが目的であり、例え3日間でも大臣をやっていれば元大臣の肩書きが付く。本来ならば政権が代われば幹部官僚の辞表を取り付けて忠誠を誓わせるべきなのでしょうが、それすら出来なかった。
 
野田政権が誕生すれば財務省主導の政権になることは明らかだった。これでは何のための国会なのか分かりませんが、国会は単なるセレモニーであり権力は霞ヶ関と横田基地にある。選挙でマニフェストを信じて投票しても民主党はマニフェストを破り捨てててしまった。これでは何のための選挙か政権交代なのかわかりません。
 
国民に選ばれない官僚が一弁権力を持ち、国民に選ばれた国会議員は大臣になっても担当省庁の人事権が無い。これでは官僚は大臣の言うことを聞きません。これはマスコミの記者クラブも官僚の言いなりだから大臣を首にしたければスキャンダルを垂れ流して首にすればいい。鉢呂大臣が数日で辞めさせられたのも記者クラブのせいだ。
 
ウィキリークスによれば、外務省の官僚や前原氏のような党幹部が民主党政権の内部情報をアメリカ当局に垂れ流しているから、アメリカも民主党政権を意のままに扱える。本来ならばスパイ防止法で取り締まるべき対象ですが、日本にはスパイ防止法も国家反逆罪も無い。だから国会は売国奴の巣窟であり、国のために働くよりも私利私欲によって動く連中ばかりなのだ。
 
だから、内政は官僚に丸投げして外交防衛はアメリカに丸投げだから、日本の国会議員は仕事をしなくていい。やっていることは利権の獲得と勢力争いだけだ。実質的に国会はお飾りだから衆議院は200名くらいにして参議院は50名くらいにしたほうがやりやすいかもしれない。国会審議など実質官僚答弁だから事務次官は大臣を兼任すればいいだろう。
 
そして事務次官会議が菅政権で復活しましたが、閣議も事務次官会議に統合すればいい。これは自民党政権でもあまり変わりがありませんでしたが、官僚を使いこなせる政治家がいない。部下である官僚が上司である大臣を動かしているのだから、会社などの組織に比べて、いかに異常であるかが分かるだろう。
 
今日も予算委員会がテレビ中継されていますが、何を議論しても無駄なのだ。民主党が如何にいい加減であっても議会を解散させて選挙をするようにしなければなりませんが、選挙になれば民主党は大惨敗するから解散はしない。予算委員会でも野田総理や各大臣を追及したところで実権を持っていないから何の意味も無い。政治が責任の無い官僚が動かしているからだ。
 




市場関係者の間で、米経済がすでに日本型の「失われた10年」に突入
したのではないかとの見方が浮上している。しかし米国は貿易赤字国。


2011年9月25日 日曜日

〔焦点〕米経済、「失われた10年」に突入か 市場で悲観論広がる 9月20日 ロイター

[ニューヨーク 19日 ロイター] 米市場関係者の間で、米経済がすでに日本型の「失われた10年」に突入したのではないかとの見方が浮上している。

 同国では景気後退(リセッション)観測が浮上、政治不信も高まっている。

 市場の見方が正しければ、米国経済は長期にわたって厳しい局面が続く恐れがある。日本と異なり、米国では貯蓄率が低く、家計の負債が高水準に達している。財政赤字は巨額で、バブル崩壊後の日本のような巨額の財政出動も難しい。

 債券運用会社パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(PIMCO)のポートフォリオマネジャー、スコット・マザー氏は「(日本と同じような)方向に向かっているとの確信を強めている」と指摘。「日本よりも厳しい状況に直面する可能性さえある」と述べた。

 すべてのエコノミストが日本型の長期不況を予想しているわけではないが、市場の警戒感は強い。

 10年物国債利回りは、住宅バブル崩壊から3年経った今も2%前後で推移。株価.SPXは4月以降、月間ベースで毎月値下がりしている。

 国内総生産(GDP)は今年第2・四半期時点でも2008年の危機前の水準を回復していない。ロイターのエコノミスト調査では、約3分の1の確率で1年以内に景気後退に逆戻りする可能性があるとの予想が出ている。

 ロンドン・ビジネス・スクールのアンドリュー・スコット教授(経済学)は「過去3─4カ月の金融市場の混乱で、低成長が長期化するとの見方が強まっている」と指摘。

 「家計は負債を圧縮し、消費を控えている。成長の原動力を探すのは難しい」と述べた。

 <輸出促進は困難>

 オバマ政権は発足後、輸出拡大を目標に掲げたが、先進国の大半で景気が低迷しており、実現は難しい。

 日本、英国、スイス、中国などは、過度な自国通貨高を警戒。欧州債務危機でユーロも下落しており、米国は安定したドル安をあてにできない状況だ。

 マザー氏は「(1990年代の)日本のケースでは、海外経済が好調で、輸出に依存することができた」と指摘した。

 また日本の場合は家計の純貯蓄がプラスだったが、米国では住宅価格の値上がり分が消費に回されていた。

 サンアメリカ・アセット・マネジメントのマイケル・チェア氏は「日本のようにうまく行けばラッキーだ。日本のケースでは少なくとも貯蓄があった」と述べた。 

 <政治の停滞> 

 野村総合研究所のリチャード・クー主席研究員によると、日本は大規模な財政出動で民間の需要不足を補ったが「政策の迷走で回復まで15年を要した」。

 同主席研究員は「もし米国が3─5年間財政刺激を維持できれば(日本よりも)早く不況から抜け出せる」と指摘するが、投資家にとって、これは大きな仮定だ。

 米国の財政赤字はGDP比で戦後最大の水準に達しており、財政出動への政治的な反発は根強い。

 オバマ大統領は今月、4470億ドル規模の景気・雇用対策を発表したが、共和党の議会指導部は富裕層増税を財源の一部とする計画に反対している。

 格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)は8月、長期的な財政赤字削減計画への懸念を理由に米国をAAAから格下げした。

 S&Pのソブリン格付け委員会のジョン・チェンバース委員長は先週、格下げ後の株価急落について「財政政策で景気を刺激する余力が低下するとの見方」が一因だと指摘している。

 米国債発行残高の約半分は外国人が保有。財務省が発表した7月の対米証券投資は、3カ月連続の売り越しとなった。

 <インフレリスク>

 ベアリング・アセット・マネジメントの債券・為替担当責任者、アラン・ワイルド氏は、米経済が「日本型の失われた10年」に向かっていると「引き続き確信している」と語る。

 同氏は、米連邦準備理事会(FRB)が日銀よりも迅速に資産買い入れに動き、デフレを阻止したと指摘。債券市場はむしろインフレに注意する必要があるとしている。

 8月の消費者物価指数(CPI)は、コア指数が前年比2.0%上昇と、上昇基調が続いている。 

 同氏は「インフレは今後さらに大幅に進行するのではないか」と予想。市場では、インフレの進行がFRBの手足を縛るとの懸念も浮上している。

 FRBについては、20─21日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、長期金利の低下を促すため長期国債の保有比率拡大を決定するとの見方が出ているが、一部の市場関係者は効果を疑問視している。

 センティエル・アセット・マネジメントの債券担当責任者、デビッド・ブラウンリー氏は「長期金利が2%で景気刺激効果がないのであれば、1.5%でも同じことだ」と指摘。

 「2008年までは負債比率を上げて景気を拡大してきたが、今は負債の圧縮に動いている。低成長の時代が続くことは容易に想像がつく」と述べた。



(私のコメント)

現在起きていることは財政恐慌であり、ECBは動きがとれず、FRBは金融緩和を続けることが難しくなり株価は波乱を呼んでいます。オバマ大統領は富裕層への増税を叫んでいますが、富裕層はアメリカから逃げて南の島に避難するでしょう。結局は国内に残された貧しい人たちが税金を支払って政府の借金を返済しなければならないのでしょうか?
 
3年前のリーマンショックの時は国や中央銀行が金融機関を救いましたが、今回は国や中央銀行が危なくなり始めていると言うことだ。日本やアメリカは経済力があるから財政余力がありますがユーロ経済圏はECBが中央銀行の働きが出来ない。PIIGS諸国の国債をECBが買い取るにも限度がある。ドイツが反対しているからだ。
 
ドイツが最後までPIIGS諸国を支え続けることは不可能だ。国家が倒産すればどうなるのか一番良く知っているのはロシアだろう。蓄えた預金は限りなく減価して紙切れ同然になった。公務員の給与も軍人の給与も支払われず、金持ちたちはロンドンに逃げた。そしてロンドンからロシアの国有財産を買い占めて新興財閥が出来た。そのような状況になってプーチン大統領が登場して新興財閥を締め上げた。
 
果たしてEUやアメリカが、ロシアのようなコースをたどるか日本のようなコースをたどるかどちらかでしょう。彼らにしてみれば日本のような長期低迷でも何とか持ちこたえられればいいのでしょうが、貿易黒字国は限られる。貿易赤字国は結局はロシアのようなコースをたどるようになるだろう。しかしロシアには石油があったがEUやアメリカには売れるものがあまり無い。
 
日本はバブルが崩壊しても世界に売るものがあり、世界はバブル景気で湧いていたから何とか今まで持ちこたえてきた。円が高くなっていたから国債を発行して財政を支えることが出来ましたが、ドルやユーロをどんどん発行すれば金利が上昇してデフォルトの危険性が出て来ます。PIIGS国債やアメリカ国債を買って売れるところがいればいいのですが、売り始めたら金利が急騰する。
 
日本、アメリカ、EUとどこまで国債を買い続けられるかが問題ですが、ギリシャ国債すら買い支えられなかったEUが一番問題だ。アメリカはもうしばらく買い支えられるだろう。日本ももうしばらくは大丈夫だ。しかしEUが崩れればアメリカや日本に影響が及んでくる。盲点になっているのが新興国バブルであり、欧米諸国は新興国にかなり貸し込んでいる。
 
日本にしても、韓国の経済状況が心配な状況になって来ていますが、世界経済がこのような状況だからウォンを切り下げても輸出品が売れなくなれば、貿易赤字が大きくなりインフレで経済が酷い状況になる。ウォン安で石油や原材料や食料価格が上がってしまう。中国も同じような状況になるだろう。早めにウォンや人民元を切り上げてインフレを退治していればいいのですが、世界経済が酷い状況になると輸出も増えない。
 
アメリカ経済は消費が7割以上で支えているから、消費を減らさないような手を打たなければなりませんが、アメリカもバブル崩壊で資産デフレで銀行もカネを貸さなくなり、消費者も購買余力がなくなってきた。富裕層は減税でますます豊かになっていますが、中産階級がローン地獄で厳しくなって来ています。
 
FRBのバーナンキ議長は、ヘリコプターから金を撒けば景気は回復すると言う持論の持ち主でしたが、結局は日本のようにゼロ金利にして時間をかけてローンの返済を進めなければならないことが分かってきたようだ。理論的には中央銀行が国債をいくらでも買うことは可能ですが、ドルが暴落して国債の買い手がいなくなり金利が上がらなくてもドルが紙切れになればアメリカは破産する。
 
結論的には通貨の一番強いところが生き残るのであり、基軸通貨だから大丈夫と言うことは無く、中国が米国債を買ってくれなくなれば、米中の抱き合い心中になる。しかし中国も米国債を買うペースが落ちてきており、米国債の格下げ問題は命取りになりかねない。FRBが米国債を買い続ければ当面は何とか凌げるが、ドルは石油の決済通貨ではなくなるだろう。
 
そうすればドルの需要はますますなくなりドルは誰も持とうとはしなくなる。ユーロが一足早く紙切れになり始めていますが、その前にドイツがユーロから離脱するだろう。ドイツもユーロ安で潤ってきましたが世界経済が不況になればユーロ安も意味が無くなる。むしろユーロ安によるインフレの方が心配になる。ドイツは自分の国しか救えないと覚悟を決めているだろう。
 




国全体の金融資産が一定額を超えると、借りた側の借金も一定額
を超えて、一定額を超えれば、いずれ利払いと返済ができなくなる


2011年9月23日 金曜日

緊急テーマ: いよいよソブリン・リスクへ 8月14日 吉田繁治

緊急号、<いよいよ、ソブリン・リスクへ>をお送りします。 今、金融は、白煙を出す液体窒素のような、冷温沸騰です。 今回は、国債リスク(ソブリン・リスク)の勃発ではない。8月の 第2週に、約14%暴落したのは世界の株である。日本と米国の国債 は「安全資産」として買われ、金利も一層下がっているという向き もあるでしょう。

事実、マスコミは、この解釈と報じ方をしています。確かに、米国 の国債は、「歴史上初めての格下げ」にもかかわらず、表面上は上 げて、米国の長期金利(10年物国債の金利)は2%台という最低水 準に下がっています。日本の10年債は、国債が買われているため、 1%に下がって、これ以上はない極低金利です。

【8月第二週】 8月第二週の月曜・火曜の、一瞬、底なしのパニック売りに思えた 株価下落で、最初、大きく下げたのは、ドイツとフランスの銀行株 でした。両者とも、世界の市場平均の、約2倍(30%付近)も下げ ています。 欧州の銀行株の急落を起点に、欧州株全体、米国株、日本株、イン ド、中国とマイナスの津波のように波及しました。(注)津波を例 えに使うのは、不遜のそしりをうけますが、数時間をおかず伝わっ たマネー収縮の勢いは、似ていました。

CNNとBBCのキャスターは、欧州と米国市場に向かい「Don't  Panic」と、呼びかけていました。底なしの売りへの恐怖からです。 株価の暴落は、その信用収縮が大きいと、経済恐慌を生みます。日 本はその点、のんびりしていました。

【原因】 ドイツとフランスの銀行株が下げた理由は、両国の大手銀行が、 ユーロ成立以来、南欧のPIIGS国債を多く買っているためです(ポ ルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシア、スペインの国債)。 PIIGS国債の下落、言い換えれば、「PIIGSは、公的支援にもかかわ らず、財政は悪化している。近々、国債をデフォルトし財政破産に むかうのではないか」という懸念からの売りが、フランスとドイツ の銀行を直撃しました。

ドイツ・フランスの銀行株下落は、高まるPIIGS国債のデフォルト への懸念の高まりからのものです。

▼世界の金融資産と、金融負債は、国を超えて連結している

今、世界は、金融でつながっています。例えばPIIGS債は、2007年 までは、デフォルトの恐れがなくしかも高金利(これは矛盾)とし て、
・フランス・ドイツ・英国がその国債や民間の社債を買い、
・貸しつけ(海外投資と言う)をしていました。 PIIGS債は、08年9月15日以降、まず米国、次に欧州の金融を危機に 陥れたサブプライム・ローンと住宅証券に、似ているのです。

21世紀の世界は、金融(ファイナンス)で、相互に連結しています。 このため、ある国の危機は、即日に、他国に波及します。一国で、 シールドできない。日本や中国は米国債を買い、米系ファンドは日 本や中国、アジアの株を買って、アジアを含む新興国は米国債や株 を買っています。

●世界の金融資産は、$120兆(1京3000兆円:08年;マッキンゼー :当時の$1=100円換算)と推計されています。もちろんこれは、 株価や債券価格、そしてドル、円、ユーロ、元などの為替レートの 変化によって、日々大きく変わる金額ですが。

【金融資産は、世界のGDPの約3倍=3年分】
集計されたのは、預金が$34兆、株が$33兆、社債$35兆、国債$ 18兆です。 目処を言えば世界のGDP($60兆)の約3倍が、世界の金融資産でし ょう。日本人の世帯の金融資産(預金+生保+年金基金+株+社 債)が約1500兆円で、名目GDPは469兆円(11年3月の年率換算)で すから、3.2年分です。ここからも世界の金融資産も、GDPのほぼ 3倍付近(3年分)というのは、首肯できます。

実際は、マッキンゼーの集計より多く、08年9月からの世界金融危 機(株価と債券価格が大きく下落)の前(2008年)は、$180兆付 近(1京4400兆円)だったでしょう。世界の株価だけでも、暴落前 は$56兆5900億(WFE:11年6月末:4530兆円)だったからです。

この株価総時価が、2日間で$8兆(640兆円)下げ、下落率は14% でした。2日で640兆円も消えた。その含み損の、今後への衝撃は巨 大です。株の保有者(銀行、ヘッジファンド、企業、個人投資家) が、640兆円の含み損をしているということです。追い証(追加の 証拠金)を迫られ、2日で破産した人は、世界に多いに違いない。

【重要:金融資産は、別の人にとっては金融負債】
この金融資産は、別の人、別の国の金融負債です。例えばあなたの 預金(個人金融資産)は、銀行が借りて、それを誰かへの貸し付け か、国債(政府の借金)を買って運用されてます。

このため、金融資産の価値は、借りた人、企業、そして国家が、 利払いをし、返済できるかどうかにかかっているのです。世界の、 あるいは日本人の金融資産が、GDPの3年分あるということは、世界 の国、企業、個人が、GDPの3年分を借りているということです。

金融資産がある一定ラインを超えると、借りたところの借金も一定 ラインを超えて、利払いや返済が困難になって行きます。借りた側 が利払いや返済ができないことは、昨年からのPIIGS国債のように、 その国債の持ち手の資産に、大きな損を与えます。 金融資産は、別の人の金融負債であるという基本構造を、理解して おかねばならないのです。

国全体の金融資産が一定額を超えると、借りた側の借金も一定額 を超えて、一定額を超えれば、いずれ利払いと返済ができなくなる ので、金融資産の価値縮小が起こります。

(注)誰かの金融負債でない金融資産は、ゴールド現物です。金の 価格は、誰の負債でもない。ただし価格変動はあります。残念です が、恒常的に価値を保つ財は、ない。

<いよいよソブリン・リスクへ>のテーマに移ります。最初は、国 家のデフォルトとは何か。それは、どうやって起こるのか、です。 国が国債の利払いと返済ができなくなることですが、それは、どう やって起こるのか、です (後略)



(私のコメント)

アメリカの株価がまた急落していますが、一時527ドルも下げています。アメリカ政府も、米国債の信用維持の為には株価を下げさせて債権を買わせる様にしてゼロ金利を維持しなければなりません。金利が上がれば国債の利払い金も増えてしまう。景気が良ければ金利が上がっても税収も伸びるから心配はありませんが、税収が伸びない時は金利が上がれば命取りになる。
 
日本も国債の残高が950兆円もあり、金利が上がれば利払いも出来なくなる可能性があります。にも拘らず銀行などは1%そこそこの利息の国債を買いまくっています。預金を現金のまま置いておいても利息が付かないから国債を買って利息を稼いでいます。リスクの高い投資先ならいくらでもあるのでしょうが、銀行はリスクに敏感になり危ないところには貸さない。
 
FRBが日銀化したと言う記事は良く見かけますが、金利がゼロ金利に張り付いたままの状態を長期間維持しなければならなくなるのかもしれません。バーナンキFRB議長はヘリコプターからドルをばら撒けば景気や雇用は回復すると言う持論の持ち主でしたが、金融危機は回避できても景気や雇用には効かないようだ。
 
日本も何回もの景気対策は打たれましたが、すぐに息切れして景気はなかなか回復しなかった。景気対策として公共事業などにカネをばら撒いてもどこかに消えてしまう。これは銀行などがリスクに敏感になる事で貸しはがしや貸し渋りで信用通貨が回収されたまま国債のほうに回ってしまうためだ。これはBIS規制逃れの意味もあるのですが、欧米からの圧力でBIS規制が敷かれた。しかし今度は欧米の金融機関もBIS規制に苦しむようになって来た
 
昨日のニュースでも土地価格が20年も下がり続けていると言うニュースがありましたが、これも銀行の貸し渋りと貸しはがしによるものであり、借りた借金を土地などの売却で返済している流れが続いているためだ。企業のリストラでも工場の跡地などを売却しているから土地の価格は一部を除いて下げ続けている。
 
アメリカのFRBは紙切れ同然になった不動産担保証券などを80兆円も買いこんで金融機関を救いましたが、一時しのぎであり不良債権が増えればまた信用不安が再発する。安全だと思われていたPIIGS諸国の国債が危なくなってきてドイツやフランスの銀行に信用不安が生じていますが、ユーロも暴落してユーロ建て債の価値も減価する。
 
ユーロ債は中国やアメリカや産油国などで買われていたから影響は大きいだろう。ユーロ債はダメでドル債も危ないとなれば残るのは日本国債しかない。ドルもユーロも日に日に下落しているのだから円だけが買われる。FRBは国債を買い支わせるためには株価も下げて、不景気策をとってカネをだぶつかせて国債を買わさせなければ、金利が上昇してしまう。
 
FRBやECBが国債を買い支えれば可能ですが、中央銀行はいくらでも国債を買うことが出来る。しかしそんなことをすればドルやユーロが暴落してマネーが国外に逃げ出す。国債自体は利払いも償還もなされるがドルやユーロ自体の価値がなくなっている。いずれ日本もそうなるのだろうか? しかし日本の円は円高で苦しんでいるのだから、国債の買いオペしても円が暴落することは無い。
 
円とドルとは一日に50兆円も売買がなされていますが、日銀が4兆円のドル買い介入しても効果が長くないのは当たり前であり、円はそれだけ国際的に売買されている。為替市場は何十倍のレバレッジがかけられるから取引量も膨大であり金融取引は5京円もあり、中央銀行が介入しても意味が無いほど大きくなってしまっている。
 
5京円ものマネーが動くのだから、情報を操作すれば先物などで儲けられる金額は膨大だ。だから中央銀行の動きは逐一ヘッジファンドなどが監視しているから、中央銀行のほうも年中G7会議を開いて対策を練っている。しかし日本の財務大臣はバカぞろいで酔っ払った記者会見が世界中に報道されてしまう。これでは日本政府の信用にも関わるのですが、安住大臣では務まらないのは明らかだ。
 
いずれは5京円にも膨らんだ金融取引はクラッシュすれば何割かは消えてなくなる。多くがレバレッジがかけられた信用通貨であり、デリバティブで複雑に組み合わさっている。それがクラッシュすれば決済不能となり金融システムそのものが機能しなくなり、リーマンショックの時にそうなりかけた。FRBやECBが国債を買い支えることが無意味になりつつあり、通貨の暴落を阻止できない。
 
逆に日銀が金融緩和しないというアナウンスをし続ければ円がますます高くなる。為替先物取引は一日に数百兆円も取引されるから、中央銀行の動きよりも情報のほうが市場を動かす材料になる。だから為替に4兆円程度の介入はあまり意味が無く効果は数日で消える。だからスイスのような無制限の為替介入も不可能であり、やるとすれば百兆円規模でしないと意味が無い。
 
問題なのは日本が国債による財政がいつまで続けられるかですが、GDPの三倍の規模が目安だろう。利払い能力からしてそれが限界であり、政府日銀が一番注視しているのが金利動向だろう。だからわざと増税の情報を流して金融機関を脅かして国債を買わせているのではないかと思う。円高増税では景気回復の目処は立たないから、銀行は国債を買い続ける。
 
アメリカ政府も増税して歳出カットで不況にすることでマネーが国債に流れるように誘導しているのだろう。株価が下がり失業者も増え続けるから人気の出る政策ではなりませんが、そうしなければ金利をゼロにし続けることが出来ない。問題はどれだけの期間それができるかと言うことだ。日本は既に20年近くもしていますが、日本とアメリカの我慢比べが続くのだろう。しかしアメリカは多民族国家でありイギリスでも暴動が起きたように失業者の暴動が起きて破綻するか知れない。
 
 




文化的に同化させてしまうか、最低限、何かの絆をつくって、
文句を言わせないようにする。それが「最強国」への最低限の条件だ


2011年9月22日 木曜日

最強国の条件 エイミー・チュア:著
一時代を築いた歴史上すべての”“最強国”は、人種・宗教・文化を問わず、
世界の優れた人材を受け入れ、寛大に遇したが故に最強たりえた。
そして寛容すぎたが故に不寛容が生まれた結果、
ほぼ例外なく最強国は衰退し、滅んだのである


【書評】『最強国の条件』(エイミー・チュア著/徳川家広訳/講談社/2940円) 9月22日 【評者】山内昌之(東大教授)

現在の国際関係を考える上でも有益な書物である。強国のなかにも「最強国」とそうでない強国があるという筆者の議論は正しいだろう。漢やローマは最強国であったが、アステカ帝国は最強国でなかった。この差異はどこから来るのであろうか。

 筆者は、最強国の条件として三つを挙げている。その第一は、国力全般において同時代の既知のライヴァルを上回っていることだ。第二は、軍事力と経済力で同時代の地球のどの国家よりも勝っていることである。第三は、地球的な規模で影響力を発揮する強国だということであろう。

 こうした条件を考えると、意外なことに、ルイ14世のフランスや冷戦時代のアメリカは最強国でないことになる。また、いちばん大事な条件は寛容さだという指摘は間違っていない。それは、いまのアメリカやアケメネス朝ペルシア、さらにモンゴル帝国や大英帝国を意識すれば正しいからである。

 オスマン帝国もこのカテゴリーに入るに違いない。人種構成の多様さを逆手にとるしたたかさをもたないと最強国になれないのは、いまのアメリカに限ったことではない。たとえば紀元前500年のペルシアの首都ペルセポリスでは、ギリシャ人の医師、エラム人の書記、リュディア人の木工職人、イオニア人の石工に加えてサルディア人の鍛冶師も住んでいたというのだ。まるでいまのニューヨークのようではないか。

 日本が最強国でなかった理由は何か。それはあまりにも人種的な偏見が強く、「ヤマト民族」のエリート性と優秀性を強調しすぎたからだという指摘は示唆に富んでいる。征服と支配を正当化するために、自分たちの純粋さを強調するようでは、「最強国」にはなれないのだ。優秀な人材の忠誠心を奮い起こし、かれらに全力を発揮させることができるのは寛容さだけだというのは歴史的な教訓に充ちた言葉であろう。


最強国の条件 エイミー・チュア著 「寛容」が大国の盛衰決める史観 7月3日 東京大学教授 宇野重規

アメリカで話題になった「タイガー・マザー論争」をご存じだろうか。子どもの自発性を尊重しようなんてとんでもない。学力でも芸事でも、ひたすらスパルタ式に叩(たた)き込むしかない。それが「中国式」だという、エール大学の中国系女性教授に対し、賛否両論がわき起こったのだ。

本書は同じ著者による世界「最強国」の興亡史。要は、世界史において、優れた多様な人材を引き寄せ、活用した国が台頭するし、そのような寛容さを失ったときに没落する。シンプルな歴史観に基づいて、アケメネス朝ペルシャからアメリカまでを大胆に論じたのが本書である。日本は失敗例としてのみ登場する。

正直いって、大国盛衰論は汗牛充棟だし、その鍵を「寛容」に見いだす論も珍しくない。それでもこの本に意味があるとすれば、ひとえに著者の視点のユニークさであろう。並外れた努力でアメリカに適応し、それを許したアメリカを評価しつつ、中国に対しても微妙な思いを持つ現代のエリートアメリカ人女性。彼女があらためて世界史をどう見るか。

 ヨーロッパ系の男性知識人の文明論とはひと味もふた味も違う。漢人とトルコ系の混血王朝として描かれる唐の事例などがいい例だ。太宗皇帝、則天武后や安禄山の叙述が精彩に富む。「モンゴル・グローバリズム」というのも新鮮だ。

ちなみに、本書のいう「寛容」はそんなに品のいいものではない。人権や多文化主義といった概念とは無縁で、ありていに言えば、外国人だろうが何であろうが、使える人材は使った方が勝ちだということである。文化的に同化させてしまうか、最低限、何かの絆をつくって、文句を言わせないようにする。それが「最強国」への最低限の条件だ。

「タイガー・マザー」も同じだが、この著者はあえて「身もふたもない」ことを言って、世の常識をかく乱し、議論を引き起こすのが狙いに見える。今なお世界でもっとも「寛容」な国だが、曲がり角に来ているアメリカ。非寛容に見えて、実は多様な人材を使いこなす文化も持つ中国。周回遅れの日本は、この競争に再び参入できるだろうか



(私のコメント)

国家の勢力は軍事力と経済力と文化力で計られますが、現在の最強国家はアメリカと言うことになります。ドルが基軸通貨であり世界各地に軍事基地を展開している。11隻の原子力空母と80隻の原子力潜水艦を運用できるのはアメリカしかない。1隻の原子力空母を維持するためには1年に5000億円の費用がかかる。日本はそれだけで軍事予算をオーバーしてしまう。
 
アメリカはいつまで強大な軍事力を維持していけるのだろうか? 金融危機が起きてアメリカの国家財政が破綻して、アメリカが強大な軍事力が維持できなくなる時はそう遠くではないだろう。次の世界覇権国家の座を中国が狙っていますが、中国は再び世界最強国家に戻れるのだろうか? 世界最強国家とは必ずしも国土面積や人口の多さは関係が無い。
 
特に最近においては、核ミサイルの時代となり、軍事力は使うに使えないものとなり、経済力や文化力が決め手になりつつあるように見える。おそらくアメリカでも数百発もの核ミサイルを一時に打ち落とすことは不可能だろう。そして世界覇権国家の主力の舞台は経済力や文化力に移りつつあります。経済力において中国は2016年にはアメリカを追い越すとIMFが予測している。
 
つまり次のアメリカ大統領は中国に追い越される不名誉な大統領になるわけですが、世界一の経済超大国になればそれに比例して軍事費も拡大するから軍事大国になる可能性がある。後5年でアメリカは中国に追い越されると言うことですが、日本人はアメリカ依存症にかかって東アジアの状況変化を予測する事は考えていないようだ。
 
このまま何もなければ中国の軍事力は世界一となり、アメリカは経済破綻でソ連崩壊のように内部分裂を起こすかもしれない。そのようになればアメリカは世界中の軍事基地を撤収して北米大陸に引き篭もるだろう。そのようになることを前提に日本は核武装を決断しなければならないし、アメリカも暗黙の了解をするだろう。そうしなければ日本は中国に対抗できない。中国は既に軍艦の数でアメリカを追い抜いた。
 
中国が世界最大の国家になる事は数年後に迫っていますが、果たして中国は世界最強国家になれるのだろうか? 経済規模で言えば世界最大になれるのでしょうが、中国が経済大国になれたのはアメリカのサポートによるものだ。アメリカは資本や技術を中国に提供して中国は世界の工場となった。アメリカは自ら没落させる決断をしたのはなぜなのだろうか? それともアメリカはよほどのお人好しなのだろうか?
 
エイミー・チュア氏は親が中国系フィリピン人で、法学者であり歴史学者ではない。だから私も本屋で本をめくってみたら歴史認識で違和感を感じた。むしろアメリカ政府に対する政策提言であり、少数民族や異民族に対してもっと寛容であれと言いたいのだろう。つまり歴史書ではなく社会問題を歴史的に語ったものだ。
 
だから日本に対する記述も甘いものがあり歴史学者のレベルで書かれたものではない。いわゆるアメリカのプロパガンダをそのまま流用してしまっていて、日本とナチスドイツを同一視している。確かに八紘一宇とか世界制覇を意味するような言葉もありますが、歴史学者なら日本が世界統一をしようと戦争を始めたとは書かないだろう。人種差別問題も朝鮮人や中国人やアジア人に対するものも、華僑にとっては腹立たしいものがあるでしょうが、人種差別と言うよりも文化摩擦だろう。
 
これはアメリカや中国に対する提言であり、少数民族や異民族に対して寛容であれと言う歴史を用いた提言であり、寛容だから最強国になれるのではなく、最強国は寛容でなければならないという提言なのだ。その観点から見ればアメリカもイスラム系に対する扱いやメキシコ移民などの扱いも非寛容的になり、アメリカは余裕を失ってきている。
 
中国の台頭はアメリカにとって懸念材料ですが、キッシンジャーやバーグステンは外交論文でもG2サミットを提言していますが、その意図は不明だ。中国はチベットやウイグル問題を見れば分かるように少数民族に対する弾圧を続けていますが、アメリカン外交戦略家にとってはそんな事など問題外なのだろう。
 
むしろ中国における漢民族の優秀性を証明するために、上海などを超近代的な都市に作り上げていますが、高速道路を走る車や新幹線などは外国からの借り物だ。最新の軍事兵器等もロシアなどの兵器のコピーであり、民族的な優秀性や文化力などはとてもあるようには見えない。また中国政府自身も世界の覇権国家となって世界的な貢献をしようという意欲も見えない。この辺が親中派のオバマ大統領にとっては歯がゆいかもしれない。
 
日本は世界的に診ればますます影が薄い存在となり、中国の存在感が大きくなりその陰に隠れるような形になっている。日本の世界戦略として死んだふりをして目立たないようにすることが重要だろう。そしてアメリカと中国を背後から操って動かせばいい。実質的に日本が世界の最強国家となっても世界はそのことを知らない。円高になっても困ったふりをしていればいいだろう。
 
昨日も書いたように、日本が世界の資金供給国であり、日本の金融政策が世界経済を動かしている。円が一番高いという事は、日本が世界最強国の証でもあるのですが、誰もその事に気がつかない。他民族に寛容であると言うことは他民族に対して謙虚に振舞っている事と同じである。だから日本の死んだふり戦略は有効に作用している。
 


第三段階では、隷属民達が帝国に忠誠心を抱くとともに帝国と自己同一視するようにさせなければならない。日本のエリートたちも同じだ。 2010年8月4日 株式日記




学術的に白川、バーナンキ両氏のどちらが正しいかは不明だが、少なく
ともお札を大量に刷ればデフレ病にかからないという事実は明らかだ。


2011年9月21日 水曜日


超円高の底流にみえる日銀総裁とFRB議長の確執 9月19日 田村秀男

未曽有の金融危機「リーマン・ショック」から3年が過ぎた今、外国為替市場は超円高局面に突入している。その底流には、ともに学究肌の白川方明(まさあき)日銀総裁(61)と米連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長(57)の間で垣間見える確執のドラマがある。金融政策をめぐる両氏の対照的なスタンスを検証した。(編集委員 田村秀男)

 世の中、おカネが回れば景気がよくなる。銀行がカネを貸さなくなると、モノの値段が下がり続けるデフレ不況になる。ならば、中央銀行が思い切ってカネを刷り、金融機関に流し込めばよい−。

 これが、バーナンキ氏の基本的な考え方だ。同氏は、FRBによるおカネの供給量が足りなかったことが1930年代の大恐慌の原因だとする経済学者、故ミルトン・フリードマン教授の学説の信奉者だ。

 バーナンキ氏はFRB理事になった2002年、フリードマン氏の90歳の誕生パーティーで「FRBは二度と同じあやまちは繰り返しません」と誓った。さらに「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」とまで言い切り、市場から「ヘリコプター・ベン」とあだ名されるようになった。

 対する白川氏はお札を刷っても景気や物価の刺激効果は乏しいとみる。効き目があるのは、不良債権問題などで金融不安が生じているときだとしている。

 白川氏は東大経済学部卒業後に日銀に入行。留学先はフリードマン氏を始祖とするシカゴ学派の本拠、シカゴ大学大学院だ。担当教授から大学に残るよう懇請されたほどの秀才だが、日銀に戻る道を選び、「シカゴ」とは決別した。

以来、「趣味は金融政策だ」と伝えられるほど日銀独自の理論に固執する。東大時代の恩師であるエール大学の浜田宏一教授に「日銀流理論は世界的には非常識」と批判されても、「最新の理論を教えてあげましょうか」と言い返すほどの自信家である。バーナンキ氏には「違和感を覚える」と周囲に漏らす。

 バーナンキ氏にとって十数年もデフレが続く日本は格好の教材だった。プリンストン大教授時代(1985〜2002年)から日銀の政策がいかに間違ってきたかを研究。FRB入りした02年には「デフレを米国で起こさせないために」、翌年には「日本の金融政策に関する若干の考察」との表題で講演した。

 趣旨は、思い切った規模での量的緩和政策(継続的なお札の増刷)による脱デフレだが、その内容は、02年に理事に就任した白川氏ら日銀幹部を驚愕(きょうがく)させるのに十分な激しさだった。

 バーナンキ氏は、01年3月に量的緩和を導入した日銀の金融政策を中途半端だと一蹴、物価がデフレ前の水準に戻るまでお札を刷り続けるべきだと迫った。さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を引き受けるべきだと訴えた。「長期国債の買い切り、あるいは引き受けはごめんこうむりたいというセントラルバンカーとしての宗教」(当時の速水優総裁)の路線の全面的な否定だ。

 日銀はガードを固めた。長期国債保有額を日銀券発行額の限度内に収めるという内規「日銀券ルール」を徹底。06年3月に4カ月連続で物価の上昇率が0%台になると、すかさず量的緩和政策を解除した。

 ただ、その後、デフレの方はバーナンキ氏の指摘通り、今も解消していない

徹底した量的緩和を通じた脱デフレの“大実験”を日銀に迫っていたバーナンキ氏がFRB議長に就任したのは06年2月だった。やがて自身の手で持論を実行するときが訪れる。08年9月のリーマン・ショックである。

 世界経済が大混乱に陥る中、FRBは09年3月から1年間、紙くずになりかけた住宅ローン担保証券などを1・75兆ドル買い入れる量的緩和第1弾を実施。10年11月から今年6月には米国債を8千億ドル買い上げる量的緩和第2弾を行った。

 FRBの資産はリーマン前から3倍に膨張、バーナンキ氏のもくろみ通り、米国はデフレに陥らずに済んだ。だが、ドルは金融機関を経由して株式、さらに原油や穀物、金市場に流れ出て、世界的に物価を押し上げた。一方で景気はそれほど改善しない。この点ばかりは、今のところ白川氏の主張に分がありそうだ。

 白川氏は、米国流の量的緩和以外に解を探そうと模索してきた。リーマン危機が起きても米欧にただちに同調せず、利下げは遅れ、資金供給も小規模だった。ようやく昨年10月、脱デフレのための包括緩和策を打ち出し、「実質的にゼロ金利政策を採用していることを明確化した」と回りくどく宣言した。

 実質金利とはインフレ分を加味した金利だ。デフレ下の日本の場合は名目の金利よりデフレの分だけ上乗せされて高くなる。米国は量的緩和の結果、インフレ率は3%台だ。短期市場金利は日本とほとんど変わらないので、米国の実質金利はこの数カ月間、実にマイナス3・5%前後で推移しており、日本は米国を4%前後も上回る。

他通貨と比べて実質金利が高いということは、その国の通貨による預金や国債などの金融資産の価値が高いことを意味する。だから国内外の投資家はドルを売って円を買う。超円高はこうして起きている。FRBが今月、量的緩和第3弾に踏み切れば、さらに超「超円高」へと向かう。デフレ下の増税が重なり、企業は国内を見切る。雇用機会もなくなる。

 学術的に白川、バーナンキ両氏のどちらが正しいかは不明だが、少なくともお札を大量に刷ればデフレ病にかからないという事実は明らかだ。デフレから抜け出ることが確実になるまで大規模な量的緩和に打って出る。物価を年2〜3%程度まで上げると宣言して市場に実質金利低下の決意を示し、円高是正を促すことこそが日銀総裁の義務ではないか。


「なぜ日本経済だけが一人負けなのか、
鳩山政権は日銀に「デフレターゲット」を捨てさせろ」より


(私のコメント)

昨日の続きになりますが、問題はどのようにしたら景気は回復するかですが、2007年当時は円は1ドル=120円になり輸出産業は空前の好景気になりトヨタなどは2兆円の利益を上げた。今現在は1ドル=76円だから44円もの為替差益が稼ぐことが出来た。しかしこれらの輸出産業の好景気は国内に広まることはなかった。トヨタやホンダの従業員の給与が上がれば国内にそれだけの波及効果はあったのでしょうが、トヨタやホンダは逆に非正規社員を増やしてコストカットしている。
 
人件費は一度上げると下げるのは難しいから下方硬直性になる。2007年当時になぜ円安になったのかは、以前にも書いたことがありますが福井日銀総裁は金融緩和政策で1ドル=120円まで持っていった。国内ではミニバブルになりビルころがしが発生していた。その為に日銀は2006年頃から金融を引き締め始めたことで2008年にリーマンショックを誘発して世界経済は大混乱を起こしている。
 
「株式日記」では日本の金融政策が世界経済に及ぼしている事を何度も書いてきましたが、日本銀行が金融緩和すると世界的な金融バブルが生じて、日銀が引き締めると世界同時株安が起きるようになりリーマンショックまで引き起こすようになった。白川日銀総裁はアメリカやEUがギブアップするまで金融を引き締め続けるつもりなのだろうか? 
 
いつの間にか日銀が世界の中央銀行のような役割を担うようになったのか? 本来ならばユーロがドルの座を奪おうと狙っていたのでしょうが、ユーロ圏内にはPIIGS諸国のような経済弱者を抱えていた。その結果ドルもユーロも共倒れして国債のデフォルト騒ぎを引き起こしていますが、どういう訳が財政が一番厳しい状況の日本の円が一番強くなっている。つまり円が最強の通貨であり日銀が世界の金融の元締めになっていた。
 
ドルやユーロが円に対して暴落している事は、円の強さが日本経済の強さの元であり、最強の通貨が世界の資金の供給元になっている。もし日本の円が1ドル=120円とか150円になったらトヨタやホンダの輸出産業は一人勝ちになってしまう。4万ドルで売られているトヨタ車が2万ドルで売られるようになったどうなるか? トヨタが世界のトップメーカーになったのは2008年だ。これは2007年の円安がもたらしたものだ。
 
もし日銀が金融緩和して1ドル=120円の水準にまでもって行ったらトヨタやホンダの一人勝ちになり、家電産業も韓国や中国の家電産業が潰れる。だから世界にとっては日本の金融政策に神経質になり、日本の国内事情だけで金融緩和する事が出来ない。現在では円が一番信用がある通貨であり、円で持っていれば実質金利でドルよりも有利になっている。
 
中国も人民元の基軸通貨化を狙っていますが、GDPで日本を上回るようになっても中国が切り上げが出来ないのは輸出競争力がないからだ。日本の円が1ドル=360円から400%以上も切り上がっても貿易黒字国なのは、それだけ技術力があり価格競争力があるからだ。だから中国や韓国は日本企業の移転させようとしていますが、NHKはそのキャンペーンを続けてる。
 
それだけ経済力や技術力があるから円が高くなっているのであり、ならば日銀はそれだけ円を供給しても信用は維持されて使うことが出来る。それに対してドルやユーロはいつデフォルトするか分からない状況だからドルやユーロで持っていると減価するから、世界の資産家はキャッシュを円で持つようになる。ドルとユーロの切り下げ合戦に円が加われば切り下げた意味が無くなる。
 
このような構造が分かれば、世界が好景気なのに日本だけが不況だった意味が分かりますが、日本が円を切り下げれば逆の構造になる。日本だけを考えれば金融緩和して円安にして財政を刺激すれば景気は良くなるのでしょうが、世界がショック死する。そんなことをすれば90年代のアメリカの日本叩きが復活するだろう。だから政府日銀はアメリカの言うなりになっているしかないのだろう。
 
財務省は、昨日の國枝氏に記事にあるように、通常ならば増税して財政を再建することが正論なのですが、需要の減少で税収が減り増税すればさらに税収が減る状況においては、国債で財政を賄わなければならない。もちろん無駄な行政費をカットして、公共工事も効果的なものに投資をしないと赤字国債ばかりが溜まることになる。しかし行政のスリム化や公共投資は進んでいない。
 
最近の野田総理や安住財務大臣の発言は、財務省のまんまであり、安住大臣は選挙区が被災地の宮城県でありながら、国債整理基金や外国為替資金からの復興資金に反対している。これでは次の衆院選挙では落とされるのではないでしょうか。被災地の復興よりも財政再建を優先する安住財務大臣は地元の宮城県を裏切り、財務省に洗脳されてしまった。
 




積極財政論者の怪しげな議論の論理的誤りを見抜けるよう、国債の
負担を巡る議論を正しく理解することが求められている。國枝繁樹


2011年9月20日 火曜日

「内国債は将来世代の負担ではないから積極財政を実施すべし」のウソ 9月20日 國枝繁樹

このように、現在の「国債の負担」を巡る議論は、ラーナーらの議論ではなく、中立命題に関するものであり、その成否についてはまだ研究が進められている状況にある。しかし、「中立命題に基づけば赤字国債は将来世代の負担ではない。従って、将来世代の負担にこだわらず、赤字国債を増発して内需拡大を図るべき」とする議論については、現在でも全く誤りだと断言できる。

 中立命題においては、減税や現金給付の増加により可処分所得が一時的に増加しても、合理的な家計は将来の増税に備えて、全額、貯蓄に回してしまう。逆に言えば、減税や現金給付の増加があっても、全く消費は増加せず、内需は一切増加しない。従って、中立命題に基づき赤字国債は将来世代の負担にならないと主張するのであれば、積極財政については効果がないと認めるべきなのである。

 それでは、中立命題が成立する場合には、財政政策はどのような指針に基づき運営していけばよいだろう。バロー教授は、その場合、課税が経済にもたらす歪みを最小化することを目標とすべきと主張した。そのためには、税率が時間を通じて一定であることが望ましい。これが、以前の記事でも紹介した「課税平準化の理論」である。

 この理論に従えば、少子高齢化のさらなる進展で構造的財政赤字が拡大し、将来の大幅な増税が不可避な我が国においては、段階的に増税を行うのではなく、今すぐ増税を行い、財政赤字を減少させ、将来必要となる増税幅を圧縮させることが望ましいことになる。従って、中立命題の主唱者のバロー教授に従えば、我が国の場合、中立命題に基づき赤字国債は将来世代の負担ではないと主張するのであれば、早急な増税を主張すべきということになる。

 逆に言えば、中立命題を否定し、赤字国債発行による積極財政の内需拡大への有効性を主張するのであれば、赤字国債が将来世代の負担であることを認めなければならない(ケインジアン財政政策を支持するため、赤字国債は国民の負担ではないと主張したラーナーの議論とは方向性が全く逆であることに気をつけられたい)。

 その場合、積極財政の可否は、景気への影響のみならず、世代間の公平などの観点も踏まえ、将来世代の負担増とのトレードオフで判断される必要がある。しかし、現在の我が国の債務残高は世界的に見ても異常な高さであり、将来世代の負担は、「財政的な児童虐待」(コトリコフ・ボストン大学教授)とも呼ばれる過酷な状況にある。従って、我が国には、これ以上、将来世代に負担を負わせる余地はほとんどなく、積極財政が望ましい政策とは考えられない。

 結局のところ、中立命題の成否についていずれの説をとるにせよ、「赤字国債は将来世代の負担ではないから、赤字国債による積極財政を実施すべし」との主張は論理的に破綻していることになる。実は、中立命題に基づき赤字国債が負担ではないと唱えながら、積極財政を説く主張(もしくはその逆の主張)の論理的矛盾は、サマーズ・ハーバード大学教授が、ハーバード大学長時代に、学部生に対して行った特別講義のトピックの一つであった(余談だが、学長時代のサマーズ教授は、最近の映画「ソーシャル・ネットワーク」にも登場する。むろん、俳優による演技だが、本人や学長室の雰囲気がよく出ていた)。ちょうどボストンに滞在していた筆者も聴講したが、さすがによく勉強しているハーバード大学の学生達は、そうした主張が論理的に破綻していることをすぐに理解して、サマーズ学長の指摘にしきりにうなずいていた。

 大量の国債を抱えた日本に暮らす我々にも、積極財政論者の怪しげな議論の論理的誤りを見抜けるよう、「国債の負担」を巡る議論を正しく理解することが求められている。



リカードの中立命題

政府が財政政策を行うための財源を公債発行に求める場合、その利子支払いや償還は結局は将来の租税収入によるのであるから、財源を最初から租税に求める場合と経済的効果は等しいとする考え。



(私のコメント)

國枝氏の記事は、経歴からして財務省の見解でもあると思われますが、安住財務大臣はこの記事を読んで理解できるのだろうか? 國枝氏は東大経済学部を卒業して大蔵省に入り、ハーバードで博士号をとり、大蔵省の税務署長を歴任して、一橋大学の準教授をしている人です。公共政策が専門ですから財政の専門家でもある。
 
國枝氏の日経新聞の記事は欧米の学者の名前の羅列と、専門用語の多用で非常に難解だ。経済学部の学生向けに書いたものなら分かりますが、一般人向けに書いたものとしては専門用語の羅列や欧米の経済学者の名前を並べられても、分からないのだから不親切だろう。「ボーエンらの定義」「モジニアーニの定義」「ポンジー財政政策」「中立命題」「プライマリー黒字の現在価値」などの意味がわからなければ文章が理解できない。
 
国会内でも、林芳正議員が菅財務大臣に「消費性向と乗数効果の違い」の意味を問いましたが、これらは財務官僚の嫌がらせであり、官僚たちは専門用語を並べ立てて一般人を煙に巻くことが好きだ。「乗数」と言う数学用語を使うから意味がわかりませんが、要するに「景気波及効果」のほうが分かりやすい。菅財務大臣は経済学者ではないのだから専門用語を知らなくとも当然なのですが、官僚たちは専門用後を並べて煙に巻く。
 
官僚たちが本当に頭のいい人たちなら、大臣や一般の人たちにも分かりやすい説明が出来るのですが、専門用語や○○の定理とか言い始めたら一般人を煙に巻こうとしてるととるべきだろう。國枝氏の使っている「中立命題」の意味も分からなければ記事全体の意味がまるでわからないのですが、公債の発行と租税とは経済効果が同じかと言うことだ。
 
しかしこれは議論の始め方が不適切であり、経済状況などを前提条件にしなければ議論しても意味が無い。財政が所得税などで賄えれば問題はありませんが、景気が落ち込んで税収が落ち込んだ時には、増税すべきか国債で賄うべきかと言うと置き換えたほうが分かりやすい。つまり國枝氏の議論の進め方は前提条件を欠いており、増税しても税収が増えなければ、論理的には正しくても現実的には間違った答えになる。
 
つまり國枝氏の記事の書き方は、結論先にあり気で増税することが望ましいと言う結論を導き出すための記事であり、だから専門用語や学者の名前を並べ立てて、極めて分かりにくい文章で説明することでもっともらしい結論を導こうとするものだ。易しく分かりやすく書くと内容の不適正が指摘されることがあるから難しく書くことで煙に巻こうとする。
 
難しく難解な文章を書く人は、おそらく書く人自身が分かっていないから、文章を難解にすることで誤魔化そうとしているのだろう。「利他的遺産動機」と言う用語も難解ですが、「遺産動機の仮説」も「チャールズ・ホリオカ大阪大学教授らの実証研究」も何のことだろうか? これらの研究論文は一般の人は読んでいないだろうし、これらの意味不明なことを並べ立てれば意味がつかめない。
 
要するに、国債で財政を賄うより増税で財政を賄ったほうがいいという論理を証明するためのものなのでしょうが、景気が低迷してデフレ状態で増税すべきかと言う論点が欠けている。民間に担税能力があれば増税して税収を増やせば問題は解決しますがそれが出来ないから問題なのだ。ならば銀行でだぶついている預金を政府が借りて財政を賄ってきましたが、預金がだぶつくほど景気は低迷している。
 
だから現状では、国債を発行して国が借金してマネーを回さなければ経済が収縮してしまう。国債で財政を賄えば利払いや償還の問題があるから、1000兆円の国債をどのように償還するか問題が残る。この場合1000兆円の政府紙幣を発行して買い取れば問題は一気に解決する。95%が国内証券だから所有している国内の銀行や機関投資家から買い取ればいい。
 
国債から政府紙幣に変わるわけですが、それらはいずれ日銀持ち込まれて日銀券に交換されるだろう。最終的には1000兆円の国債を日銀が買い取る形になり、買いオペと同じだ。FRBやECBが行なっている金融緩和は国債の買取であり、それだけ市中にマネーが溢れる形になる。だからドルが安くなり円が高くなる。しかも日本もアメリカもゼロ金利状態であり、マネーがだぶついている。
 
オバマ大統領は、昨日のニュースでは富裕層への増税と大幅な軍縮で財政を立て直そうとしていますが、日本も富裕層への増税と高額な報酬を貰っている公務員の給与カットで財政を立て直すべきなのだ。財務省が消費税増税に拘っているのは自分たちの給与を消費税で賄うためであり、國枝氏が例に上げている銀行強盗にあたる。公務員は毎年40兆円もの人件費を使っていますが、国と地方を合わせた税収の実に50%に達する。これに切り込まなければ財政再建問題は解決しない。
 
「株式日記」ではこのことを何度も書いていますが、財務省からの返答は無しのつぶてだ。自分たちの給与をカットすることは問題外であり、消費税増税しか頭にない。つまり公務員は強盗であり、國枝氏は次のように書いている。「窓口で数十万円の預金をおろして銀行から出ようとすると、そこに運悪く拳銃を持った銀行強盗が現れる。強盗は、銀行にいた客からも金を奪っており、あなたがおろしたばかりの数十万円もそのまま、強盗に取り上げられてしまう。」
 
しかし。「お前が銀行に入ってきた時はこの数十万円は持っていなかった。今、お前はやはりこの金を持たずに銀行を出ていく。銀行に来る前と出た後で何も状況は変わらず、何も損していないのだから怒る必要はないだろう」。ということですが、税金と言う形で強盗すれば罪悪感はないのだろう。




最近5年ほどの円ドルレートの動きは、両通貨の総量比との関係で
9割近く説明できる。この理論をまずはベースにするべきだろう。


2011年9月19日 月曜日

円高容認論の根本的な間違い/ドクターZ 9月18日 現代ビジネス。

 歯止めのきかない円高に業を煮やしてか、円高容認論、円高メリット活用論が叫ばれている。だが、なぜ円高になるのかという根本部分が間違っているため、展開される論も必然的に頓珍漢にならざるを得ない。『週刊東洋経済』の記事「日本は円高受け入れへ政策の大転換をすべき」(8月13・20日号)はその典型だ。

 この記事は大まじめに欧米の財政危機を通貨安(=円高)と関連づけている。しかし、ギリシャなどが財政危機に直面しているのは事実としても、米国は違う。単に格付け会社が米国債を格下げしただけで、金利や国債の危険度を測るCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)レートに変化はなく、今でも世界一安全な債権だ。つまり、財政危機を円高要因とする分析に根拠はない。

 また、この記事では日本の経常黒字を円高の理由としているが、これは20年以上前の議論だ。かつて大学の経済学では、為替レートは経常収支で決まり、黒字なら円高になると教えていた。収支が黒字の場合、輸出で稼いだドルを円に替える額のほうが、輸入代金支払いのために円をドルに替える量より多くなるので、円の需要が高まって円高になるという理屈だ。

 しかし今の時代、貿易の実需が為替に与える影響はほとんどなく、様々な思惑が渦巻く金融取引が影響の大部分を占める。従って、円ドルレートを決定づけているのは、円の総量とドルの総量の比率なのである。

 実際、米国は現在、金融緩和でドルを刷り続けるが故にドルの価値が下がり、逆に緩和に慎重な円は相対的に希少価値が出て、円高になっているのだ。この原理は今や国際経済学のスタンダードで、特に最近5年ほどの円ドルレートの動きは、両通貨の総量比との関係で9割近く説明できる。円高を論じるのであれば、この理論をまずはベースにするべきだろう。

 ところで、当然ながら円高にはメリットとデメリットがある。海外製品の購入や海外旅行が安くなるのがメリット。他方、輸出企業---日本が世界に誇るエクセレントカンパニー群---が打撃を受け、企業閉鎖や海外移転を余儀なくされるのがデメリットだ。その副作用として、雇用まで奪われるから、日本全体を考えれば、デメリットのほうが断然に大きい。

 また、日本の対外債務は円建てが多く、対外資産は外貨建て(ドル建て)が大部分を占める。従って、円高はトータルで見ると損となって対外純資産を減らしてしまう。その典型が政府の外国為替資金特別会計(外貨準備)だ。円高によってすでに30兆円程度の為替差損が出ており、過去に利息収入はあったものの、結果としては国民の資産を減らした計算になる。

 困ったことに、こうした理屈を理解していないのが、どじょう総理こと野田佳彦新首相だ。野田氏は代表選の最中、円高対策として外為特会の1000億ドルをJBIC(国際協力銀行)を使って外貨建て融資すると言っていた。これは円高メリット活用策のように見えるが、金融緩和をしないまま外貨建て融資を行えば、円高進行に伴ってさらなる為替差損が出る愚策だ。そもそも、円高対策にはまったくならない

 この「対策もどき」は、天下り先であるJBICに金を回すために財務官僚がひねり出したものだ。その筋悪のプランに、野田氏はまんまと乗せられたのである。外為特会のカネを財務官僚の天下り先に流して損を出すくらいなら、被災者のために使うべきだろう。



(私のコメント)

新聞やテレビなどのマスコミは、相変わらず1000兆円の借金で大変だと騒いでいますが、これは財務省がそう報道しろと言う政治宣伝なのだ。むしろ1000兆円の借金がなぜ出来るのかという根本的な原因の認識が間違っているから議論がおかしなことになる。銀行がバブル以前の時のような積極的な貸し出しが出来なくなり、資金運用に国債が一番安全な投資先になっているからだ。
 
儲かる業種が見当たらなくなれば、銀行は融資しなくなり貸し渋りや貸はがしなどで預金残高が増えて、仕方なく国債を買って金利分を稼いでいる。だから国債の金利は限りなくゼロに張り付いてしまった。バブル崩壊後は減税してその分を民間の銀行から金を借りて財政を回すことがベストな選択であり、民間に資金需要が出てくれば国債の金利が上がって来る。
 
金融緩和や景気対策をしても景気が回復しないと言うのは正しくなく、政府が借金して財政を回さなければ日本経済は収縮してしまう。問題はいつまでそれが続けられるかですが、銀行の金がだぶついている限り続けられる。それだけ有望な資金需要がないからですが、政府が本腰を入れた国家戦略プランを打ち上げて方向性を示せば流れは変わるだろう。
 
橋や道路を作るだけでは景気波及効果がなくなり、橋や道路が使われなければ効果が無い。その為には地方経済の活性化が問題ですが、「株式日記」ではコンパクトシティー構想やエネルギーの地産池消など提言してきましたが、その頃は風力発電機も太陽光発電所も見かけることはなかった。地方の産業誘致のためには高速道路や新幹線もも大切ですが、人が集まってくるような都市づくりが大切だ。
 
私は、東日本大震災の前から車がなくても生活が出来る都市づくりを主張してきましたが、大震災によって東日本一帯がガソリンの供給が止まり生活に支障をきたすようになってしまった。場合によっては生命の危険性さえ生ずるようになりましたが、地方の中核都市は歩いて生活が出来る生活圏がなければ、食料や水の供給も出来なくなる。ガソリンのない車は何の役にも立たないことが大震災で証明された。
 
しかし地方はますます車社会になり、ガソリンをめぐってスタンドには長い行列が出来て、長いことそのような状態が続いた。コンビニやスーパーも車が止まれば商品棚がカラになった。東京も米やガソリンや乾電池が一瞬で無くなりましたが、インフラを車だけに頼るのは危険だ。食料や水や電気も地産地消方式に改めるべきであり、大規模施設から供給するやり方は効率的だが一つ間違うと生活が破綻する。
 
このように地方の都市建設は方向が間違っているし、岐阜市にいたってはLRTを廃止して超高層ビルを建ててしまった。このように都市づくりからインフラの整備まですべて間違っているから地方は停滞してしまうのであり、東京に人口が集中してしまう。東京に人口が集中するのは車がなくても生活が出来るからであり、地方は道路ばかり作って車がないと生活が出来ない地域にしてしまった。
 
日本には内需がないといいますが、地方の国土開発の根本が間違っているからであり、地方には観光資源が沢山あるのに画一的なリゾート施設が作られて、それらがみな廃墟になっている。地方には様々な補助金が配られているのに豊かにならないのは雇用を生む産業の創造がないからだ。各県には空港が作られても滑走路にはぺんぺん草が生えている。
 
日本はバブルの崩壊以降、地方の衰退が進んで資金需要がなくなってしまった。その余った資金が国債の購入に回ってしまっている。つまり円高と地方の衰退には関係があるのであり、バブル期の画一的な地方開発が頓挫してその後始末に追われている。「株式日記」はその答としてコンパクトシティーを提案しましたが、日本の地方は車社会化がますます進んでいる。
 
現在の日本で経済が活性化しているのは東京だけであり、なぜ東京に人が集まるのか理由が分かっていないのだろう。地方の中核都市も地下鉄やLRTを作って歩いて生活が出来る都市づくりをすべきだ。そうすれば雇用も増えて老人や子供たちも安心して生活が出来る。東北の被災した都市もガスや水道の復旧には町のコンパクト化が欠かせないのであり、車社会化で広がってしまうと水道の復旧は費用と時間がかかる。
 
円高の問題から地方の衰退との関係を述べてきましたが、財務省の官僚にはこのような総合的な政策を考える頭がない。彼らにはなぜ日本が円高になるのか分かっていないからですが、地方に対しては箸の上げ下ろしにまで干渉して地方をダメにしてしまった。地方の衰退が経済の衰退を生み資金需要がなくなり、そのカネが国債の購入に回っている。
 
今回の東日本大震災では、地方のインフラなど考えさせられましたが、電力から物流にいたるまで中央依存型であり、広範囲にインフラが遮断された。被害がなくてもガソリンがないだけで生活が成り立たなくなった。それでも地方は車社会化への流れを止めようとはしませんが、ガソリンの流通網の脆弱さが浮き彫りになった。車の普及が公共交通を衰退させて地方を丸ごと衰退させてしまう。
 
これでは地方にいくらカネをばら撒いても、砂漠に水を撒くようなもので無意味だ。確かに鉄道は赤字の垂れ流しで地方は次々と赤字路線を廃止している。利用者がみな車に乗り換えてしまったからだ。しかし自動車社会がいかに脆弱か大震災でガソリンが止まっただけで生活が出来なくなる事が分かったはずだ。東京もガソリンスタンドがらガソリンがなくなりましたが、鉄道があるから生活には影響が少なかった。
 
財政の再建は間違いであり、地方の活性化のためにも地方が自立した生活が成り立つ地域にすべきであり、積極財政で正しい地方政策を行なうべきだ。そうすれば地方に資金需要が生まれて銀行も国債の購入から融資へ回すようになるだろう。表題にあるように日本の円高は緊縮政策にあるのであり、アメリカがドルをばら撒いているのなら、日本も積極財政で円をばら撒いていかないと円高になってしまう。コンパクトシティーの建設でインフラの低コスト化を計るべきなのだ。
 
 




日本社会で「立派な大人」、「まともな人間」として生きるには周りと同じでなければ
いけません。「自分の考え」を作り上げたり、述べることは歓迎されません。


2011年9月18日 日曜日

なぜ日本では『自分で考えない子ども』が育つのか?  9月17日 MadaneRiri

海外で出会った日本人に、「あなたは日本とフランスのどちらで子育てをしたいか?」と質問すると、大半の人が“フランス”がいいと答えます。国の子育て支援や、教育費の違いなどその理由は多岐に及びますが、意外なことに『日本だと“考えない子ども”になってしまうから』という理由が一番多いです。

ここでいう、『考えない子ども』とはどんな子どもを指すのでしょうか。

それは、やりたいことがわからず、自分の人生に何の責任も持たない子どものこと。日本で社会問題になっているニートの存在も、『考えない子ども』の最たる例です。やりたいことがあるからニートになっている者もいるでしょうが、大半はやりたいことがみつからず、何をしていいのかわからないと答える人が多いようです。 

「やりたいことがわからない」という若者が増えたと言われる昨今ですが、これはよく「みんな同じが大好きな日本社会」に起因していると指摘されます。日本社会で「立派な大人」、「まともな人間」として生きるには周りと同じでなければいけません。子どもの時からみんなと同じ制服を着せられ、みんなとどこか違う子はいじめられる。そんなクラスの危うい和という社会では雰囲気やノリの良さが最重要項目であり、「自分の考え」を作り上げたり、述べることは歓迎されません。「出る杭は打たれる」ということわざからもあるように、集団のなかから目立つことは決していい結果をもたらさず、「当たり障りなく生きる」ことが日本社会で生きる人の“賢い生き方モデル”とも言えます。 

しかし、この日本社会を別の方向から捉えてみると、「みんなと同じように行動していれば何とかなる社会」だと言えます。つまり、自分で考えなくていいのです。生まれた時から、とりあえず周りと同じように生きればいい。みんなと同じ制服を着て、みんなと同じような発言をして、みんなと同じモノを好きになればいい。「異」を排除する社会では、みんな同じにしておけば問題は起きないのです。みんな塾に通ってるから私も塾に行こう。クラスのほとんどみんなが○○高校に行くから、自分もそこに行こう。みんなが課外活動に入るというから私も何か部活に入ろう。みんな大学に行くから、自分も大学に進学しよう。このように、他の人のレールに合わせた生き方をすれば、世間では「常識的な人」と評価されるでしょう。

しかし、社会にでる時になってその子は思うのです。

「私は一体何がしたいんだろう?」

これが個性が生まれにくい日本社会の弱点であり、日本では『考えない子どもが育つ』と言われる所以です。みんなに合わせることを徹底的に教え込まれる社会で育つと、自分というものが掴みにくくなってしまうのです。反対にフランス社会では、みんなと同じ意見ばかり言っていれば周りの人になめられたり、馬鹿にされてしまいます。子どもの時から、自分の考えを、自分の言葉で論理的に説明することを求められるフランス社会で育つ子どもとの差がここに表れるわけです。もちろんフランスも完璧な国ではないので、日本にはないフランス特有の問題を抱えていますが、日本は「自分で考える力」が育ちにくい社会であることは多くの海外を知る日本人が挙げることです。 

小さいころ、クラスの劣等生として疎まれていた女の子がきちんと整列しなかったとき、先生に怒られてこんなことを言っていました。

「だって、みんなおにぎりみたいで面白くないもん。」

今思えば「おにぎりみたいだ」と語ったその子こそ、個性があって自分で考える力があったのかもしれません。 

『考えない子どもが育つ』、ニッポンの社会で一番苦しんでいるのは「考えない子ども」そのものなのです


世界初の創造性テスト(創造的な人材の見極め方)

心理学者のJ.P.ギルフォードが創造性の研究に身を捧げたのは、あるきっかけからでした。

第二次世界大戦中、アメリカ空軍から依頼されて爆撃機のパイロットを選ぶことになり、知能検査や学業成績、個人面接の結果をもとに適任者を選抜しました。

空軍はまた、退役した元空軍司令官にも同じ任務を与えました。ギルフォードは心理学をまるで知らない素人が携わることを苦々しく思い、また、司令官のベテラン・パイロットとしての知識や経験をさほど評価しませんでした。案の定、ギルフォードと元司令官はまったく違うタイプの人間を選びました。

しばらくして、二人の任務が査定されました。すると、ギルフォードが選んだパイロットはことごとく撃墜されていたことが判明。大勢の兵士を死に追いやってしまったことを知り、ギルフォードは悲嘆にくれました。そしてようやく悲しみの底から立ち上がると、自身の失敗を検証するとともに、なぜ司令官の選んだ人材が抜きん出ていたのかを徹底的に調べようと決意したのです。

ほどなく、元司令官は全員に「ドイツ領空で敵機に対空射撃にあったらどう対処するか」と質問し、軍のマニュアル通り「上昇します」と答えた兵士を落していたことが判明しました。選ばれたのは、「その場になってみないとわかりませんが、おそらく降下します」「ジグザグ飛行を始めます」「左右に機体を揺らして砲火を避けてみます」など、いわゆる「間違った」回答をしたパイロットばかり。その理由は、マニュアル通りに行動する兵士は意外性に欠けており、予測されやすいからでした。

ギルフォードが失敗した原因はそこにありました。マニュアル通りに機体を上昇させる兵士ばかり選んでいたのです。お決まりのパターンを敵側のドイツ軍は察知しており、雲の上で上昇してくるアメリカ機を待ち伏せていました。つまり、知性が高くても常に規則通り動くパイロットより、機知に富んだ考え方ができるパイロットの方が危険をうまく切り抜けられるということです。

違う考え方ができる能力、枠の外で考える能力---。そこではたと、ギルフォードは創造性や独創性というものに気づき、以来、その研究に没頭しました。また、より適性のあるパイロット、すなわち新しい問題を提示されたとき、予想外の解決策を即座に見出すことのできる創造的な人材を見極める方法も考案しました。

ギルフォードが空軍用に考案した最初の創造性テストは、「レンガ一個の使いみちをできる限りたくさん考える」というものです。すぐに何通りも浮かぶ人もいれば、いくら考えても五通りくらいしか思いつかない人もいるでしょう。このテストはいまでは広く一般的に使われており、個人であれ、グループであれ、創造性を刺激するよい訓練となっています。


(私のコメント)

日本が長い停滞の社会に入ってしまったのは、壁に突き当たった時にそれを打開できる人材が出ないことであり、それは日本の社会風土や教育環境に原因があるからだろう。高度成長期には大量生産の時代であり、大衆社会でも画一的な人材が使いやすかった。国民の多くが右に倣え式で行動してくれれば、一つの目標がある時は真価を発揮する。 

企業の新卒一括採用も、均質な労働力を一括採用して、年次ごとに昇進させていくことで年功序列社会が維持できた。そのような状況では企業に忠誠を誓う社員が育成しやすく、会社内で独自の生きたかたをする社員は仲間からは排除されて出世コースから外される。それは背広からヘアスタイルまで規則で決められていたかのように同じ格好をしていないと上司から注意される。
 
最近の若いサラリーマンを見ていると、決められているかのように黒一色の背広を着ていますが、私服でもジーンズが多くて個性がない。会社内では個性があるというのは決して褒め言葉ではなく、扱いにくいヤツといった感じで扱われる。休みの日もパチンコや会社仲間とマージャンをやって月曜日などはその話で盛り上がる。
 
現代では定年まで勤め上げる人は少数派になり、3年以内に三分の一が会社を辞める。新卒社員を使い捨てにする風潮は嘆かわしいものですが、いったん出世コースからはずれると正社員に戻れるチャンスは少なくなり、会社への忠誠心も崩壊しつつありますが、会社の幹部たちは会社への忠誠心で這い上がってきた人ばかりだから、会社の業績も停滞する。
 
しかし有能でも個性の強い人物は真っ先に排除されてしまうし、だいたい出世頭も足を引っ張られて出世コースから外される。で残るのは協調的で調整型の人材が最後まで残るようになる。調整型の社長では思い切った業態の転換もリストラも出来ないから、無事に勤め上げる事が最優先になる。テレビ業界でも番組がつまらなくなったのは面白い番組が作れる創造型の社員がいなくなったからであり、他局の物まね番組でそつなくやっていればいい。
 
学校でも会社でも会議の席で自分の考えを主張することはタブーであり、KYだと言われるようになってしまう。それが正論であればあるほどKYだと言われるから厄介だ。「株式日記」も正論を述べ続けていますが、コメント欄にはアラシや嫌がらせコメントで溢れるようになってしまう。人と違うことを言う人がいると不安になるから否定したくなるのだろう。
 
私自身は、小学校の頃から異端者扱いであり、あだ名は「天才」と言われた。頭がいいから天才と言うのではなく、今で言うのなら「オタク」に近い意味なのですが、天文学や地球物理学などに興味を持って、太古の恐竜や原始人類などあらゆることに興味を持って専門書を読み漁った。小学校の教科などはほとんど勉強せずともクラスでいつも10番以内の成績だった。
 
中学校でもそんな調子だったから、自分が興味を持ったことはとことん追求していったが、英語などの記憶力型の勉強はまるで興味がなかった。今でも英語などの語学は教科としてではなく、必要が出来たら集中的にやればいいのであって、高校や大学や就職の入試テストには向かないと思う。大学時代も中国や日本の古典などを読んで、大学の教科のテストはほとんど一夜漬けで間に合った。
 
学校の勉強は興味を持って学ばなければ頭に入らないのであり、現代の子供たちは進学塾に通って自由時間もないままに進学している。私にはとても出来ないことであり、興味を持った事しか頭に入らない。銀行に入ってもこんな調子だから変人奇人に見られたが、上司からはもっとバカになれと説教された。確かに私は同僚や上司を小ばかにしていたのかも知れない。
 
私はいろいろな株や経済の本も読んでいたから、バブルが崩壊すれば銀行も潰れるだろうと予想して、潰れる前に銀行を辞めて独立自営業を始めた。株でも少し儲かってアパート経営もオフィスビルも順調に行きましたが、三重野のバブル潰しで私の人生はどん底に突き落とされてしまった。しかしバブル崩壊は事前に予想していたから手を広げずに自己資金もあったから助かった。
 
「株式日記」もそれらの経験談を元に書いているのですが、政府日銀の学校秀才官僚は没個性の金太郎飴であり、彼らでは現在の状況は打開できないだろう。なぜならば経済の最前線のことが分からないから、税率を上げれば税収は上がると考える。どうすれば景気拡大が出来るかと言う事は財務省の官僚には関心のないことであり、その答は教科書には書いていない。
 
J.P.ギルフォードの創造性の記事に関しても、非常時における創造力の大切さを指摘していますが、最前線の現場を知らなければ正しい答を出すことは不可能だ。記事にもあるように『元司令官は全員に「ドイツ領空で敵機に対空射撃にあったらどう対処するか」と質問し、軍のマニュアル通り「上昇します」と答えた兵士を落していたことが判明しました。選ばれたのは、「その場になってみないとわかりませんが、おそらく降下します」「ジグザグ飛行を始めます」「左右に機体を揺らして砲火を避けてみます」など、いわゆる「間違った」回答をしたパイロットばかり。その理由は、マニュアル通りに行動する兵士は意外性に欠けており、予測されやすいからでした。』とあるように、学校秀才型は実戦では役に立たない。
 
官僚の天下りと言う問題も、学校秀才の官僚では実戦では役に立たない人材であり、独立行政法人の理事にでもなって新聞でも読んでいるしか能のない人材ばかりだ。福島原発の大災害は、現場を知らない原子力安全保安院の安全対策に問題があったのですが、想像力に欠けた秀才官僚は国家の運営に対して有害だ。
 
問題の根本は政治家が官僚を使いこなせないことが原因であり、バカな官僚以上に政治家がバカだから官僚に嫌がらせされて辞任させられてしまう。教育の基本はテストで優れた成績を取ることではなく、社会に出てからも生涯学習を続ける方法を身に付けることであり、学校秀才は社会出ると勉強をしなくなり5年も経てば大学で教わったほとんどのことは忘れてしまう。
 
私は学校の勉強はしなかったが、興味が向いた事の勉強は続けてきたから、それを生涯続ければ「株式日記」程度のことは書けるようになる。その為には本を読んで考える時間を作ることであり、「株式日記」を書いているのは読者のためと言うよりも自分のために書いている。そうしなければ考える習慣が身につかないからだ。





当面は、「キャッシュ・イズ・キング」です。欧米金融危機の
嵐が止むまでは、円預金が最良の運用手段だと思います。


2011年9月17日 土曜日

ドゥーム(破滅)シナリオ後退までは、キャッシュ・イズ・キングがベスト 9月12日 藤井英敏

欧州がヤバイですね。9日、欧州中央銀行(ECB)は、首席エコノミストであるシュタルク専務理事が個人的な理由で退任すると発表しました。

?しかし、実際の辞任の理由は、市場では、8月以降のイタリア・スペイン国債買い入れに対する抗議の辞任とみられています。

■EFSFによる国債購入がないと金融危機は一服しない

?シュタルク氏は、ドイツ連銀の前総裁であるウェーバー氏や現在の総裁バイトマン氏と同じ見解を持っているそうです。彼らのようなドイツの要人たちが、ECBの方向性に「ノー」というスタンスを明示していることはメチャクチャ、ネガティブですね。

?ところで、トリシェ総裁は8日、記者会見で、ドイツがユーロを捨ててマルクに回帰するべきではないかとのある記者の問いに声を荒げたそうです。

?総裁は「13年近くにわたりドイツに物価安定をもたらしてきたECBをたたえる言葉を聞きたいものだと強く思う」と、同総裁らしからぬ大きな声で答えたということです。

?なお、次期ECB総裁のドラギ氏は5日、ECBによるユーロ圏諸国の国債購入は「財政規律の原則の回避を認めるためではない」と警告し、各国政府にEFSF(欧州金融安定基金)の改革に本腰を入れるよう求めています。

?ドイツがいつまでも、ECBによる国債購入を認めることはない可能性が高いため、一日も早く、EFSFによる流通市場での国債購入を実現することが必要です。これが実現しない限り、欧州金融危機は一服しそうもありません。

■外国人投資家の日本株売りは止まらない

?欧州に関しては、最終的には、ヨーロッパ合衆国を建国し、財政と金融の一体化を図るか、それとも、インフレにタカ派のドイツがユーロから離脱し、事実上ユーロが消滅するかのシナリオを考えています。

?ですが、どちらの結果になるにせよ、欧州の一般国民が、「そうなるのは仕方がない」と諦める(認める)ような、ショッキングなイベントが必要です。

?つまり、今回の欧州の危機が本当の意味で終了する最終局面では、欧州内の超大手金融機関の破綻、もしくは、公的管理などが発生するとみています。日本で、山一證券、長銀、日債銀が97年〜98年にかけて破綻したように。

?このような状況下、東京株式市場では、外国人投資家の日本株売りが鮮明になっています。8月の外国人の日本株売越額は1兆656億円と、リーマン・ショック直後の2008年10月の1兆695億円に匹敵する規模に膨らみました。

?この背景は、当然のことながら欧米の債務問題・金融システム不安でしょう。しかしながら、前述のように現時点において、その不安は全く解消されていません。

?むしろ、今回のシュタルク専務理事辞任で不安の度合いがワンステージ上がった感があります。当然の帰結として、日本株の割安感に着目した外国人投資家の買いは全く期待できません。今後も、売り越し姿勢を続けることでしょう。 (中略)

■欧州危機収束まで投資家のリスク回避スタンスは続く

?ちなみに先週の市場では、米証券大手、ゴールドマン・サックスのトップ・アナリストが、「欧米経済の崩壊」を分析した54ページの悲観的な内容の極秘レポートを、ヘッジファンドなど重要顧客(VIP)向けに出したことが話題になっていました。

?市場の一部では、これを「Doom(ドゥーム)(破滅)シナリオ」と呼んでいます。当然このリポートでは、欧米経済は崩壊の可能性があり、「投資家は、市場の混乱に備えたポジションをとるように」と勧めているそうです。

?少なくとも、欧州の金融危機が収まるまでは、この「ドゥーム・シナリオ」に沿った動きが予想されます。つまり、投資家はリスク回避スタンスを継続することでしょう。

?よって、日本株はもちろん、世界各国の全ての株式はとてもじゃないが、安心して保有できないとみています。

?当面は、「キャッシュ・イズ・キング」です。幸いなことに、我々日本人は、「STRONG・YEN」が母国通貨です。欧米金融危機の嵐が止むまでは、円預金が最良の運用手段だと思います。


(私のコメント)

ヨーロッパの金融危機は、ドイツがどう動くかにかかっていますが、ドイツがユーロを見捨てて離脱するか、ドイツがヨーロッパの盟主としてPIIGS諸国の財政破綻を救うのか見守る必要がありますが、ドイツ人の偏狭な国民性からしてユーロから離脱する可能性が高いと思う。PIIGS諸国の巻き添えを食うのは真っ平だという世論が圧倒的だからだ。

イギリスもそのような傾向がありますが、ポンドは独立しているから、このような問題に巻き添えを食らうことはない。EUやユーロを作った時にはドイツはヨーロッパの盟主としての覚悟があると見ていましたが、実際に落ちこぼれが出始めると逃げ腰になっているようだ。ユーロが持つメリットについては語られることはあってもデメリットについてはドイツ人は自覚していなかったのだろうか?

ユーロが導入されたことで、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアといった国はユーロ建ての債券を発行して資金を得て国内開発に打ち込んできましたが、不動産バブルが発生して、それが今破裂して、その尻拭いをドイツにさせようとしている。しかし経済的規模からしてドイツ一国で出来るはずもなく、ドイツ国内でも銀行が潰れかねない状況になっている。

ヨーロッパ合衆国という理想はナチスドイツの理想でもあったのでしょうが、ユダヤ人への偏見から分かるように、ドイツ人の偏狭さではヨーロッパ合衆国はとても無理なことは最初から分かっていた。ローマ帝国が大帝国を作ることが出来たのは寛容さによるものであり、アフリカ出身の黒人皇帝すらいたほどだ。

ドイツ人がアフリカ出身の黒人の首相を選ぶことがあるだろうか? ドイツ国内のイスラム系住民への偏見問題でも分かるようにドイツ人はヨーロッパ合衆国を作れるだけの寛容さがない。アメリカが史上空前の超大国でいられるのは、黒人のオバマを大統領ににするだけの寛容さがあるからであり、そうでなければ3億人の多民族国家は一つにまとまれない。

日本の民主党政権では東アジア共同体などを言う人がいますが、緩やかな政治同盟ならともかく通貨を共通化することなど無理だろう。戦前における朝鮮半島や台湾統治なども考えると、日本人にそれだけの寛容さがあるだろうか? 戦前の日本の国力から見ても経済的な投資負担ばかりで、市場拡大などのメリットはあまりなかった。終戦で朝鮮半島と台湾を失ったことは結果的には日本にプラスになった。

だからドイツも、PIIGS諸国とは離脱してマルクを復活させるだろう。ギリシャだけを離脱させるというのは難しい選択であり、イタリアやスペインなどが順次問題化すればややこしいことになる。それに比べればアメリカはドルが基軸通貨であり、中国や日本が米国債を買ってくれますが、PIIGS諸国の国債を中国や日本が買うだろうか? 

当面は欧州金融安定基金などが金融支援するのでしょうが、その資金はどこが負担するのでしょうか。ドイツやフランスの銀行が持つ国債が不良債権化して、それらの銀行がバタバタと倒産すれば金融危機はあっという間に世界に波及してしまう。アメリカやイギリスはドイツに支援しろと圧力をかけていますが、アングロサクソンはずる賢い。

ドイツ人はいまやヒステリー状態であり、反原発でもヒステリー爆弾が爆発している。日本が放射能汚染されて被曝を恐れてドイツ大使館は欠員状態が続いているようですが、ドイツ人の偏狭さには驚いてしまう。日本の原発災害の状況把握が出来ていないようだ。イタリアも反原発が国民投票で決まりましたが、訪日キャンセルが相次ぐような状況は理解に苦しむ。

日本人はアングロサクソン的な冷静さを持つべきだと思うのですが、困難な状況でも最善の判断力を持って対応すべきであり、ドイツ人は集団ヒステリーにかかりやすい。脱原発も集団ヒステリーなら金融危機にも集団ヒステリーになっているようだ。最善を尽くしてダメなら改めればいいといった冷静さを持つ必要がある。

戦前の日本の間違いは、ドイツやイタリアの集団ヒステリー国家と同盟を組んでしまったことであり、極端に走りやすい潔癖性は偏狭さを生みやすい。原発にしても安全性を高めて運転すればいいと思うのですが、ドイツとイタリアは原発撤廃にまで行ってしまった。中世ヨーロッパの魔女狩り裁判や宗教戦争も集団ヒステリーであり、異教徒に対する偏狭さは、まさに集団ヒステリーだ。

「株式日記」のコメント欄にも、執拗に嫌韓コメントをつけてくる人がいますが、このような偏狭さが日本を誤った道に導いてしまうだろう。確かに韓国人や中国人の振る舞いは腹立たしいものがありますが、冷静にずる賢く対応すべきであり、韓国人中国人の集団ヒステリーに付き合ってはダメだ。

本来の日本人は、日の丸デモに見られるように冷静なものであり、韓国人のように大使館の前で国旗を燃やしたり、中国人のように反日で暴動まで起こすようなことはしない。韓国が金融危機になれば日本政府は資金援助で救ってきたし、中国へもODAで援助してきた。これに対して弱腰外交だという批判もありますが、中国や韓国の挑発に乗ってはダメであり、冷静に抗議して反論すればいい。

ドイツ人が今回の金融危機に際して、適切な救済手段に手を打てるかが疑問視されていますが、ドイツ人は集団ヒステリー状態だから、ユーロ離脱に走ってしまって、ユーロは解体に向かうだろう。そうなれば世界的な金融恐慌も起きて、通貨や国債の暴落が起きるだろう。そのような時は最強通貨のキャッシュで資産防衛すべきであり、円で持っている事が資産防衛になる。




民主党政権は、なぜ古賀茂明さんを使えないのか? 答えは、公務員
制度改革、電力自由化など全くやる気がないからだ。 渡辺喜美


2011年9月16日 金曜日

「改革派官僚」古賀氏が辞職意向 9月16日 読売新聞

公務員制度改革の必要性を訴え続ける「改革派官僚」として知られる経済産業省大臣官房付の古賀茂明氏(56)は15日、9月中に辞職する意向を明らかにした。

 古賀氏は自民党政権時代の2008年7月、経産省から国家公務員制度改革推進本部事務局に審議官として出向し、急進的な改革を主張した。民主党政権となった09年12月に経産省に戻ってから1年半以上、次の役職が決まるまでの待機ポストである「大臣官房付」にとどまっている。

 古賀氏によると、同氏が枝野経産相に「仕事を与えられないのならば、退職の手続きをする」との内容の電子メールを14日に出したところ、15日に官房長から「大臣は『辞めてもらってもいい』と言っている」と言い渡されたという。今後については「改革の重要性を民間から訴えたい」としている。



「古賀氏を使うべき」と進言していた鉢呂前大臣は辞任したが、枝野経産相が本気なら改革派を抜擢し「裏方チーム」つくれ 9月14日 渡辺喜美

民主党政権は、なぜ古賀茂明さんを使えないのか? 答えは、既得権やしがらみを断ち切った改革、例えば、公務員制度改革、電力自由化など全くやる気がないからだ。

 民主党が政権を獲った2年前、改革派と目されていた仙谷由人行政刷新大臣(当時)は、古賀さんを補佐官にしようとしたが、1週間でつぶれた。その後の仙谷氏は、「霞が関の守護神」の道をひた走る。

 今回、経産大臣を事実上クビになった鉢呂吉雄氏は、私と同じ衆議院第2議員会館に部屋があり、本会議から戻る時、よくエレベーターで一緒になった。私は「古賀さんを使いこなせない民主党」の話を2回ぐらいしたと思う。

 鉢呂氏が大臣就任のあいさつに来た時も「古賀さんを使うべきだ」と強く申し上げた。鉢呂大臣が古賀さんに仕事を与える検討をしていたかは不明だが、総合エネルギー調査会の原発政策にかかわる人事の見直しに強く言及していたという。つまり、脱原発派の委員をもっと増やせということだ。

 鉢呂氏のオフレコ懇談で「放射能つけちゃうぞ」と言ったという話が、各社異なる表現で報道された。果して先の委員人事見直し方針との因果関係はあったのか? 鉢呂氏の大臣辞任会見は、記者が命令口調で迫ったり、それをなじる怒号が飛びかったり、異様な雰囲気で行われた。

就任会見の前に事務方のレクを拒否した姿勢を貫けるか

 古賀さんがこの2年間で仕えた経産大臣は、枝野幸男氏で5人目。前4人は直島、大畠、海江田、鉢呂の各大臣。誰ひとり正面切って古賀さんを使おうとしなかった。海江田氏などは、松永事務次官を使って肩たたきまでやった。しかし、2人とも古賀さんより先にやめてしまった。

 古賀さんに仕事を与えれば、守旧派官僚との軋轢や抵抗が生ずる。これを乗り越えて政権運営をできる実力が民主党にはない。官僚の抵抗3大手法「リーク・悪口・サボタージュ」攻撃にあったら、民主党の大臣などイチコロだ。

 結局、官僚路線に乗るしかない。改革マインドなどとうに消えうせているが、その批判も受けたくないので、古賀さんを官房付きとして2年近くも幽閉しているのだ。

 鉢呂氏に最後通牒をつきつけた古賀さんは、もう一度やり直し。枝野新大臣に「仕事をくれないのなら、辞めます」とメールするしかない。

 枝野氏は官房長官時代、東電賠償問題で金融機関に「債権放棄をしろ」とか、口では威勢のいいことを言っていた。しかし、結果ともなわず。口先だけで終わっている。

 今回も「地域独占の見直し、発送電分離についてゼロベースで議論する」と言ったそうだが、就任会見の前に事務方のレクを拒否した姿勢は、どこまで貫けるか。相手は巨大な官僚機構である。いくら枝野氏が弁舌さわやかで聡明な弁護士であっても、多勢に無勢。
本気の覚悟があるなら、絶滅希少種の古賀さんや、すでに退官している改革派を呼び戻して裏方チームを作るしかない。こういう人事ができるか否かが鍵で、枝野氏の本気度はここ1両日で分かるだろう。

 官房長官時代のアドバルーン実績から見ると、口だけに終わる可能性が残念ながら高い。財務大臣当時の菅氏の二の舞か。(後略)



(私のコメント)

経済産業大臣に枝野氏が就任しましたが、果たして東京電力の地域独占見直しや送配電の分離などの改革に取り組めるのだろうか? 経済産業省と東京電力の関係は一心同体であり、取り締まり官庁と電力会社が一体化して天下りの受け皿になっている。これでは電力の自由化など出来るわけがないのですが、電力の自由化が出来なければ電力会社の地域独占と経済産業省の関係はますます強化sれることになるだろう。

古賀氏は、経済産業省の中では改革派官僚として、電力の自由化を主張してきましたが、経済産業省の中では改革派は少数派であり、守旧派の官僚たちは電力会社の言いなりになって電力行政を仕切ってきた。しかし電力行政は一社地域独占体制では、電力料金は高騰する一方であり、殿様商売が温存されることになる。

官僚も電力会社も既得権益を十分に享受しているのですが、行政改革で公務員改革をしようとすると渡辺氏が指摘するように、官僚の抵抗3大手法「リーク・悪口・サボタージュ」攻撃にあう。鉢呂大臣の失言も記者クラブにしてやられたようなものですが、記者クラブも担当官庁の言いなり体質だから、守旧派官僚の差し金によるものだろう。

安部内閣以来、公務員制度改革に取り組んだ内閣は、官僚の抵抗3大手法「リーク・悪口・サボタージュ」攻撃にあって短命政権になってしまった。だから民主党政権になってからも官僚たちの抵抗は続いて自民党政権時代よりも公民制度改革は後退している。民主党政権になれば従来のしがらみがないから公務員制度改革は進むと見られていましたが、逆に後退してしまった。

そのことは枝野新大臣も良く知っているのだろうから、守旧派官僚と手を組んで、改革派官僚の古賀氏を辞職を認めるようだ。民主党は政権担当能力がないから官僚の抵抗に遭えば簡単に潰れてしまう。枝野氏が行なった行政仕分けにしても結局はご破算に終わってしまって官僚たちにひっくり返されてしまった。蓮方行政改革担当大臣もお飾りであり何も出来ない。

民主党も野党時代に主張してきたことを、政権をとったとたんに官僚に迎合してしまって自民党よりも後退してしまった。天下りの全面廃止も真っ先に反故にしたのも民主党であり。官僚にしてみれば民主党政権さま様だ。こんな事を繰り返していれば公民たちは高給をもらって財政赤字がますます膨らんでいく。

国家公務員と地方公務員と準公務員の給与を20%カットすれば12兆円の節約になるのですが、民主党政権はそれをするつもりはないようだ。これでは政権交代した意味が無いのであり、むしろ政党政治の無力化を証明したようなものだ。法律上は大臣が一番の権力者であるのですが、大臣が事務官に使われてしまっている。

大臣になるくらいの政治家は官僚よりも能力がなければなりませんが、そうでないと官僚に操られて使われてしまう。先日の野田新総理の国会演説も官僚たちが書いた作文を繋ぎ合わせたものであり、やろうという具体策がよく分からない。菅政権の時のように1日でも長くやることが目的化してしまうのだろう。

政治が上手く行っている時は官僚の言いなりでもいいのでしょうが、壁に突き当たると官僚任せの政治ではうまく行かなくなってしまう。壁を壊すには相当なエネルギーが必要だし、逆風を突き進む決意がなければならない。官僚たちがサボタージュ、リークすれば犯人を突き止めて処分すべきであるし、記者クラブを廃止して官僚と記者クラブの癒着を断ち切るべきだ。

枝野氏は官房長官時代、東電賠償問題で金融機関に「債権放棄をしろ」と言っていましたが、前原氏と同じであり言いっぱなしで責任を取らない。最高権力者であっても周囲から反対されるとそれに従ってしまう。これでは既得権益が守られるだけであり、社会の歪は増大していく。国会議員自体が既得権益の塊であり、国会議員を一日でも長くやっていたいというのが本音だろう。



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