株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


大槌町の加藤宏暉町長もその死が“美談”として報じられた。職員の
死者・行方不明者は25人になっている。「美談」として扱うのは避けたい。


2011年6月30日 木曜日

メディアは報じる、「震災で亡くなった人=美談」と 5月13日 吉田典史

 90年代前半から後半にかけて東北、北関東、中部地方の60ほどの市町村役場を取材で訪れた。テーマは「町おこし」だったが、災害課、危機管理課などの職員に防災対策なども聞いた。そのときの記憶で言えば、「災害のときは住民のために死を覚悟して職務を遂行せよ」と教え込んでいる役場は1つもない。ほとんどが危機管理マニュアルに沿って粛々と進めることを方針としていた。

 私はこのような経験があった。だから、遠藤さんはきっと強い責任感を持ち、公務員として市民を守るためにギリギリのところまで仕事をしようとしたのだろう。そして、忠実に上司の指示を守ったのではないだろうか。

 それならば、上司や町長らは少なくとも次のことは明確にしていくべきではないか。それが、死んだ人へのせめてもの弔いだろう。

 町長も津波が来たときに庁舎にいた。屋上に上がり、手すりにしがみつき難を逃れたという。ギリギリのところまで職務を遂行したのだから、それは称えられていい。だが、地震が発生し、津波が押し寄せてくるまでの30分間の対応や、その瞬間の状況が分からない。遠藤さんの父親は『週刊新潮』の取材にこう答えているが、意味の深い言葉に思えた。「津波が来るまで30分はあった。だから、逃げる時間はあったはずなんだ。放送を切り上げて、せめて10分でもあれば…」

 町長らには当日のそれぞれの職員の対応や役割分担、権限と責任、さらに役場としての危機管理マニュアルや避難訓練のあり方などを含め、明らかにしてほしい。それが遠藤さんの死を無駄にしないことだと思う。

最悪の事態を想定

 大槌町の加藤宏暉町長もその死が“美談”として報じられた。町長らは、地震発生後、役場前の駐車場で災害対策会議を開いた。そこでは20〜30人の職員が机などを持ち出し、準備を始めていた。そのときに波にさらわれ、役場から500メートルほど離れた国道沿いで、遺体として見つかった。課長級の7人も亡くなり、4月21日現在、職員の死者・行方不明者は25人になっている。

 加藤町長は、行政の長として職務を完遂したと言える。しかし、部下である町役場の職員が多数亡くなっている以上、「美談」として扱うのは避けたい。当日の実態はきちんとおさえたほうがいい。

 朝日新聞(4月21日)によると、役場の周辺で「津波だ」という叫び声がしたとき、町長は東梅副町長らと一緒に庁舎の階段を駆け上がり、屋上に上がろうとした。だが、押し寄せる波に飲み込まれたという。

 この様子から察するに、「死を覚悟して職務を遂行していた」のではなかったのだろう。きっと生きたかったに違いない。部下である職員らも津波から逃げている以上、死ぬことを前提に会議を開いていたとは思えない。

 災害対策会議を開いた場所が庁舎の前であったことが、この町役場の防災意識を物語っている。大槌町では、震度5以上の地震が発生したり、津波警報が発令されたときは、町長を本部長とする災害対策本部を設けることを定めていた。そして地震などで役場の庁舎が使えない場合は、高台にある公民館に対策本部を設けることを決めていた。ところが、職員たちは高台に避難することなく、役場の前で会議を開いた。

 高台へ避難する住民が、町長や職員らが庁舎の前で会議を開いている様子を見たという。朝日新聞の取材に「こんな時に何をしてるんだと思った」と答えている。生き残った副町長は、「これまでの避難訓練では役場に本部を置いてきた。当日も訓練と同じことをした。高台への避難は思いつかなかった。庁舎に本部を設置することで頭がいっぱいだった」としている。

 私は、地震後に総務課長になった平野公三総務課長の言葉がすべてを言い表していると思う。

 「防災計画や訓練そのものが最悪の事態を想定してこなかった。想定を超える災害でも命が助かる防災計画でなくてはいけない。『未曾有』という言葉で覆い隠すのではなく、きちんと検証し、実効性のある計画をつくることが必要だ」(4月21日 朝日新聞の記事の一部を抜粋)

 遠藤さんや加藤町長らの死に至るまでの状況を知ろうとしない人が、“美談”として取り上げているようにしか、私には見えない。この2人に限らない。震災で多くの人が亡くなっているが、彼らの死を「かわいそう」「よくやった」「仕方がない」といった表現でまとめていいのだろうか。



東日本大震災における死者・行方不明者数及びその率 5月29日 警察庁・総務省


(私のコメント)

日本のテレビや新聞の報道は横並びであり、個性と言うものがほとんどない。記事だけを読んで新聞を特定することは難しいし、テレビをつけていてもチャンネルを特定することは内容で区別することは難しい。日本のマスコミは記者クラブで統制されているからそうなるのですが、それだけ政府の見えない統制の縛りがきついと言うことだ。
 
おまけに一つの広告代理店が各局の番組を仕切っているから横並びになるのが当然だ。日本では個性と言うものはネガティブに捉えられて、独自の見解を表明すると変人奇人呼ばわりされることがある。日本では全会一致が原則であり、異論を挟むことは許されない。そうすると「水をさす」と言われる。
 
「株式日記」はそのような横並び報道を批判してきましたが、できるだけ異なる視点の記事を書くように心がけてきた。東日本大震災の報道もマスコミは横並び報道であり、ネットでは各新聞記事を読み比べることが出来るから余計に目立つようになった。新聞記事の多くが通信社の記事そのままであり、独自取材の記事は1割程度だ。
 
「株式日記」はニュースと言うよりもニュースの分析が主体になるから、同じ事を書いていたら読む価値がない。だから記事などを資料として掲載して、それに対する感想や分析コメントになる。マスコミの東日本大震災に関する報道で明らかに誤報と分かるようなものもそのまま報道されてしまうことだ。記者たちが現場の雰囲気の飲まれてしまって誇大に報道する事があるだろう。
 
町が一面瓦礫の原になってしまって、町で1万人が行方不明と報道されるとびっくりしますが、最近のデーターで調べると、死者行方不明者の割合は一番多い大槌町で11%台であり、多くの町や村は1%以下の割合だ。だから大槌町の11%や女川町の10%や陸前高田の9%や南三陸町の7%は突出して多いことが分かる。なぜ特定の町に被害が集中しているのだろうか?
 
三陸の多くの町はリアス式の海岸であり、入り江の一番奥に町がある。つまり地形的に似たような地形であり津波の規模も同じくらいのはずなのに、四つの町が死者行方不明が突出して多いのは何か原因があるのだろう。大川小学校のことについては二度にわたり書きましたが、やはり最高責任者の判断に過失があったのではないだろうか。
 
三陸海岸はほとんど山ばかりで平地はごく限られている。限られた平地部分に多くの町や村が点在していますが、歴史的に津波の被害に何度も見舞われてきた地方であり、津波に対する防災訓練が行なわれていた。特に大槌町では25名もの役場の職員が亡くなり、その後の災害復旧もままならないほどの被害を受けてしまった。
 
南三陸町も7%の死者行方不明者を出しましたが、鉄骨だけになった防災庁舎は防災対策が不十分だった事を示しています。津波が5分10分で来たのなら逃げ遅れることも考えられますが、30分の間に高台に避難する事ができたはずだ。しかし停電で通信が断たれて情報が入らなくなり市町村は孤立してしまったのだろう。
 
限られたネットやワンセグ放送は受信できたようですが、電話や無線やテレビが使えず気象庁などの情報も入らない。そのような状況で大槌町長は役場の駐車場で対策会議をしていたようですが、津波に呑まれて亡くなった。状況判断としてあれだけ大きな地震があったのだから津波も大規模なものを想定できなかったのだろうか?
 
避難を呼びかけるべき役場が津波に襲われたこと自体が油断していた証拠であり、死を覚悟して役場に踏みとどまったとは考えにくい。大槌町役場は二階建てであり、南三陸町の防災庁舎も三階建てで、10メートル超えた津波には役に立たない。だから町役場も真っ先に高台に逃げるべきであった。問題なのは危機管理マニュアルや避難訓練はどのようなものであったのかであり、記事ではそれが分からない。
 
大川小学校でも防災訓練そのものが行なわれていなかったことが避難場所をどこにするかも決めていなかった事で被害を大きくしてしまった。福島原発にしても全停電状態を想定しないとしていたように、対策マニュアルに不備があったことが被害を大きくしてしまった一番大きな要因だ。実際に起きるかどうかは抜きにして、もし来たらどうするかぐらいは考えておくべきだったのだろう。
 
「災害は忘れた頃にやって来る」という諺は昔からの戒めなのですが、中には「そのような状況は当分ないから考えなくていい」といった油断があったのだろう。死亡行方不明者の絶対数では石巻市がダントツに多くて6000人近い被害者を出している。人口16万人の小都市ですが率にして3,6%の被害だ。石巻は大川小学校があるところであり防災計画が不備なのも市の行政に原因があるような気がする。
 
石巻市ぐらいの都市になると、まとまって防災訓練も出来ないのでしょうが、阪神大震災並みの死者行方不明者を出した。ほとんどが地震ではなく津波による被害だろう。市のホームページを見ても津波の被害は具体的には何も書いてない。住民は高台に避難しようにも近くにはない場合は高層ビルに避難するしかありませんが、避難場所になりそうなビルが写真を見ても少ない。
 
マスコミの取材も三陸のほうの町が多くて、石巻市の取材は少ないのですが、ネットなどで見る事が出来る。石巻市の住民にしてみれば津波といってもピンと来ないのかもしれませんが、それが6000人もの被害を出した原因でもあるのだろう。人口16万人の都市が高台に引っ越すなんて無理であり10メートルの防波堤を作ることも無理だろう。
 
このように被害の大きなところを分析してみましたが、対策は金のかかることばかりで打つ手がない。役所を責めても金がないから対策も立てられなかったのだろう。金がかからなくて打てる対策は逃げることだけであり、日ごろからの防災訓練しかない。しかし中規模な都市以上ともなると防災訓練もままならない。東京などは逃げたくても交通渋滞で逃げることも出来ずどうにもならない。
 
 




渡邊親子が警告を発し続けたプルサーマルが本格稼働した1997年、泰子は
売春婦として殺され闇に葬られた。翌年、勝俣は常務取締役になった。


2011年6月29日 水曜日

東京電力がエリートOLを追い詰めて売春婦にしたのか?
◆東電OL殺人事件:佐野眞一著


東電株主総会大荒れ!「お前ら原子炉に飛び込め」 6月29日 スポーツ報知

東京電力の株主総会が28日、都内のホテルで行われた。過去最多の9309人が出席し、最長の6時間9分に及んだ総会は、開始15分で勝俣恒久会長(71)の議長解任動議が出されるなど大荒れ。福島第1原発事故の責任を追及する株主からは、経営陣に「お前ら原子炉に飛び込め!」などの怒号が飛び交った。原発事業からの撤退を定款に盛り込むよう求めた一部株主からの議案は、反対多数で否決された。この日は、中部、九州、北陸の各電力会社でも株主総会が開かれた。

 会場となった東京・港区のホテルの周辺には、総会開始1時間前の午前9時頃から長蛇の列ができた。例年は3000人集まる程度の株主総会が、この日は過去最多の9309人に膨れ上がった。

 総会の冒頭、原発事故や計画停電について「心より深くおわびします」と頭を下げる勝俣恒久会長ら経営陣には、容赦のない罵声と怒号が浴びせられた。「人生を絶たれている人がいるんだ」「役員は全資産を売却して償え!」。さらに「お前ら、原子炉に飛び込め!」。開始15分後には、株主の女性が「本当に責任を感じているなら議長は務められないはず」と涙声で、勝俣会長の議長解任動議を提出。否決されたが、拍手が巻き起こった。

 株主402人から提案された、「原発事業からの撤退」を定款に盛り込む議案には次々と「賛成」の声が上がったが、大株主や機関投資家の大半が反対に回った模様で、東電は議決権の大半を委任されていることを理由に否決。「脱原発」議案への賛成は全体の約8%で昨年の5%を上回ったが、60代の主婦は「最初から結論が出ているみたい。茶番だわ」とあきれ顔だ。

 過去最長6時間9分にわたった総会は、株主と経営陣が対立したまま終了。引き揚げる役員たちの背中に、株主の「お前らはオウム真理教と同じだ」という声が刺さった。


東電OL殺人事件の被害者は反原発の為消された? 6月28日 メルマガ激裏GATE

渡邊女史の父も東電幹部であったが在職中に病死。この父娘の死には原発の影がつきまとうという。渡邊女史の父は東電公務部統括する幹部だったが当時「明るい未来のエネルギー」として期待されていた原発事業にも関わる立ち場にいた。しかし高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ、社内で原発の危険性を説くようになり、副部長という役職からたった1年で降格。翌年ガンで急死・・。その2年後に予測されたかのようにスリーマイル事故が起る。

 当時慶応2年生だった泰子を、東電に引き入れたのはあの勝俣だったという。そして泰子は勝俣が当時企画部長を務めた企画部経済室へ。そこには現在副社長を務める企画管理課長藤原氏もいる花形部署だった。しかし勝俣、藤原の思いとは裏腹に泰子は父の意思を継ぎ、反原発へ。そのリポートは賞を取る程すぐれたものだったという。

 そして・・渡邊親子が警告を発し続けたプルサーマルが本格稼働した1997年、泰子は売春婦として殺され闇に葬られた。泰子の死の翌年、勝俣は常務取締役になり、原発推進事業が加速し、今に至るという。

  泰子を殺した犯人は売春客だったネパール人(実刑確定済み)とされているが、冤罪の可能性が高く、捨てられた泰子の定期など矛盾点も多い。東電の圧力で報道規制をかける事も可能だったろうこの事件。OLではなく管理職だったにも関わらず「売春婦」として報道が垂れ流された、その理由は何なのだろうか。

 そして事件の真犯人、深層は。



『東電OL殺人事件』著者 表題の“東電”外すよう工作された 6月25日 週刊ポスト

実は震災を取材するなかで、特に福島を歩く俺の脳裏から離れなかったのが、かつて『東電OL殺人事件』(2000年)に書いた渡辺泰子のことだった。慶応から東電に入り、通産大臣の渡辺美智雄ら政界との連絡役も務めた泰子は、娼婦として街角に立つ夜の顔を持ち、そして殺された。

 当時、俺はせめて表題から“東電”の二文字を外させようとする広報担当者からやけに豪奢な鯛釣り旅行に誘われたり、慇懃で狡猾な懐柔工作の標的になったから、その隠蔽体質はイヤになるほど肌で痛感しているけどね。

 隠蔽体質の最たるものは泰子が夜の商売をしていることを、東電の連中がみんな知っていたことだよ。それでいて社員が身体を売っているなんて認めるわけにいかないから処分するでもなく、ロクに寝てないから会議中にウトウトする泰子を、同僚はみんなでバカにして笑っていた。どれだけ陰険な会社かわかるだろ。

 つまり今回露呈した東電の隠蔽体質は昨日今日始まった話じゃない。底意地が悪くてどこか他人事な無責任体質の化けの皮が、多少剥がれたってだけなんだ。



(私のコメント)

東電は日本を代表する巨大企業であり、日本のエリートをかき集めたような会社だ。その中でも出世コースに乗るには激しい出世競争に勝ち残らなければならない。東電は終身雇用と年功序列の典型的な会社であり、能力よりも会社にどれだけ忠誠を尽くすかで出世が決まるようだ。勝俣会長や清水社長もその典型的な社員の一人だろう。
 
「東電OL殺人事件」の渡辺泰子も親子そろっての東電社員でしたが、父親は役員一歩手前まで出世したエリート社員だった。最近では高級官僚の子が高級官僚になり、民間会社でも会社の幹部の息子が出世して幹部になるような身分の固定化が進んでいる。最近では金さえあれば一流大学を出られるし、コネがないとは入れない大会社も多くなりました。
 
テレビ局や広告代理店などには政治家や大企業幹部の息子や娘でいっぱいだ。こんな事をしているから日本企業の停滞が起きるのでしょうが、誰もが自分の息子や娘がかわいいからゴリ押しでコネ入社させる。渡辺泰子もその一人なのかもしれませんが、父親が東電幹部だったが反原発派になったことで副部長から降格された。そしてまもなく病死した。
 
渡辺泰子を東電に引き入れたのが勝俣会長であり、渡辺泰子は出世コースを歩んで管理職になった。その彼女が売春婦として殺されたのだから、裏には何かあると考えるのが普通だ。女子OLとしてのストレスから夜の売春に走ったというのが一つの推理ですが、東京電力と言う悪徳会社に毒されて身を落としたと言う見方もできる。
 
ここから先は私の想像だが、渡辺泰子は勝俣会長の愛人となり、社内では知らぬ人がいないほどの関係になっていたような状況だ。だから日中から居眠りをしていても誰も注意が出来ない。東電と言う会社はそういう会社であり、会社の幹部ともなるとやりたい放題の事が出来るのだろう。一般的にも会社の幹部になれば愛人の二人や三人いるのが当たり前であり、いまどきの女は高額なお手当てがもらえれば愛人になる女はいっぱいいる。
 
原子力安全保安院の西山審議官も愛人騒動で週刊誌をにぎわしていますが、テレビでは全く報道されません。ワイドショー向きの話題ですが「みのもんた」も取り上げない。
 



タイトル:原発対応「スポークスマン」愛の日々 経産省「美人職員」を弄ぶ「西山審議官」

中身:
 ――6月17日深夜、西山審議官は都心ホテルのバーで妙齢の女性と密会していた。
 店を出て手をつなぎ、嫌がる素振りの彼女にキスを迫る。
 実は、彼女との不倫が始まって1年が経過していた
 危急存亡の時にも愛人と大人の関係を続けるスポークスマンの裏の顔。
 2人を知る経産省関係者が打ち明ける。
「実は、彼女は経産省に勤める職員です。
 以前から西山さんお寵愛を受けており、1年前から特別な関係にあります。平たくいえば愛人ですね。
 (愛人と2人で)大手カラオケチェーン店に行くことが多かったそうです。
 決まって使っていたのは、8階のVIPルーム。
 西山さんは、【古いカツラを使っているので激しい動きをするとカツラがズレてしまう】。だから、ゴルフなんかやらない。
 【セックスする際、上の肌着を脱ぐとカツラが引っ掛かってズレてしまう。
 そのため、パンツは脱いでも上は着たまま、しちゃうそうです】」(強調カッコ【 】ホンマ)
    (週刊新潮 2011.6.30 26〜29ページ)


(私のコメント)

このような状況があると、勝俣会長と渡辺泰子が愛人関係であってもおかしくはない。しかし出世していくにつれて愛人の存在をばらされると邪魔になるから始末したのではないだろうか? 渡辺泰子が夜は売春婦になったのも東電社内でセクハラにあって挫折したと言う見方もできる。
 
愛人も全く個人的に持つのなら個人の自由なのかもしれませんが、社内のOLに手を出すようになると会社もモラルが問われます。西山審議官の愛人は経済産業省の女子職員であり、柳原可奈子似の女子職員だ。このようなことは大企業ならば当たり前のようになり会社のモラルは乱れっぱなしだ。
 
東電OLの殺人事件の真相は知る由もありませんが、一つ一つの状況証拠を繋ぎ合わせていくと、殺人事件の裏にはとんでもない事がありそうだ。社内で受けたセクハラが原因で会社に復讐のために身を持ち崩していったと言う事もあるかもしれない。なぜ絞殺されたかは全くの謎ですが、容疑者のネパール人も冤罪かもしれない。
 
東京電力は金のある会社であり、マスコミにも毎年数百億円もばら撒いてコントロールしている。原発問題も3・11の前は原発は脱炭素社会の切り札のようにマスコミは報道していた。そして反原発の声は封じられてしまって、原発に対する安全性の問題は封印されてしまった。渡辺親子も反原発で出世が断たれて非業の死を迎えた。
 




中国に技術を提供すれば、こんな展開になることは最初から分かって
いる事であり、事が起きてから問題視しても仕方のない事であるのです。


2011年6月28日 火曜日

期待と不安…中国高速鉄道、30日開通 6月28日  読売新聞

中国の2大都市、北京と上海を結ぶ高速鉄道が30日開通する。(北京 幸内康)

 投資総額は約2200億元(約2兆7500億円)と、中国の公共事業としては過去最大規模だ。沿線自治体などが高い期待を寄せる一方、巨額の建設費による高い運賃に反発も出ている。高速鉄道の輸出をもくろむ中国と日本メーカーの特許紛争も懸念されるなど、急ピッチで進む中国の鉄道政策はひずみもはらんでいる。

最高速度306キロ

 27日午前9時、外国メディアが試乗する車両が北京南駅から上海虹橋駅へ向かって滑り出した。出発後、わずか6分で最高速度300キロを超える306キロに達した。直線が多いこともあり揺れはほとんどない。車内は明るく、シートもソフトで快適だ。

 1時間10分後、山東省北部の地方都市・徳州市に到達した。新駅「徳州東駅」の前では、農地を削って東京都足立区の面積に相当する新市街地「高鉄新区」(約56平方キロ)の開発が始まったばかりだ。市政府で都市計画を担当する?雲衝氏は「人口2万人のこの地区を、35万人の都市にしたい」と意気込む。

 その約20分後に着く山東省の省都・済南市の新駅「済南西駅」では、不動産の値上がりが激しい。周辺120平方キロの範囲で再開発が進んでおり、駅から3キロの距離にある分譲マンション(105平方メートル)は約68万元(約850万円)と、半年前に比べて約20%も値上がりした。

汚職事件相次ぐ

 中国の高速鉄道網は、開業済みの総延長が10年末で8000キロを超え、20年には1万6000キロ以上にのびる計画だ。国内にとどまらず、中国南部の雲南省昆明からラオスの首都ビエンチャン、タイを経てシンガポールまで結ぶ路線が計画されている。

 しかし、巨費を投じて路線拡大を急ぐ中で、公金横領など汚職事件も相次いで発覚した。環境面の審査を通らず環境保護省から営業停止を命じられた路線も出た。突貫工事に伴い、線路など設備の完成度に対する不安の声も少なくない。

 北京―上海間は8割が高架であるため、とりわけ建設コストがかさんだ。鉄道省の王勇平報道官は「投入資金をいつ回収できるか分からない」と話す。この結果、最高時速300キロの場合、一番安い2等席でも555元(約6900円)となった。飛行機の割引価格と同水準で、列車の運賃としては「高すぎる」との声が旅行会社などから上がっている。

特許紛争の火種

 国際的な特許紛争に発展しかねない火だねもある。中国は国をあげて海外の高速鉄道プロジェクトに参加しようとしているほか、北京―上海間を走る主力車両「CRH380A」を製造する国有企業「中国南車」は、米国で台車と車体先端部分の特許申請を検討している。

 中国はそもそも、日本やドイツから技術供与を受けて高速鉄道の車両の製造を始めた。南車には川崎重工業が技術供与している。これらの技術は、契約で「中国国内での使用に限定されている」(関係者)とされる。海外で車両製造を落札したり特許申請をすれば、技術供与をした企業は対抗策を迫られることになる。



中国新幹線は脅威か? 6月28日 S氏の相場観

日本とドイツの技術が提供されて作られた中国新幹線ですが、完成してみれば彼らは自国の技術だと言い張り、これを世界に輸出すると意気込む姿は、何とも滑稽ではあるのですが、かつて世界から入ってきた技術を自国のものとし、世界に売っていた日本とどこが違うと言うのでしょうか?

中国に技術を提供すれば、こんな展開になることは最初から分かっている事であり、事が起きてから問題視しても仕方のない事であるのです。

おそらく、日本の新幹線技術は世界一でしょうし、提供した技術よりも上の技術を持ち、それが世界のニーズに合っていれば、今後もその技術を売ることは可能でありましょう。
しかし、残念な事にニーズがずれている可能性が高く、このままでは負けてしまう可能性は高いのです。

そもそも、世界の電車は時刻通りに運行される事はなく、時刻通りに運行されている日本はかなりレアな存在なのです。
定時運行をする為の技術にもお金がかかっている訳で、定時運行を目的としていない他国と競争した場合に、この部分だけでもコストオーバーとなっているのです。

その他にも、揺れの大きさだったり、防音性だったりと、様々な点で世界のニーズに合っていない為のコスト差がある訳で、良さだけを売りにしても売れないのです。
中国の台頭は計算内であるべきであり、これが計算外であるとすれば、世界に新幹線を売れる訳はありません。

世界のニーズをしっかりと見極めれば、中国は敵ではなくなると思いますし、真似されたと悔しさいっぱいに報道しても仕方がないでしょう。
技術力はあるのですから、こんな事に目くじらを立てず、前向きに行動して行くしかありません。

まあ、目くじらを立てているのはメディアだけなのかも知れませんけどね・・・



(私のコメント)

最近は原発がらみや菅総理の退陣問題のようなグダグダした問題が多く、書いていても憂鬱になります。日本はいつの間にか中国並のいい加減な国家となり、大事故が起きても独裁国家並に情報は隠蔽して、政府は国民を信用していない。違うのは東北の人たちがあまりにもおとなしくて、政府や東京電力に対して怒りを露わに示さないことです。
 
私ならテレビカメラの前で怒り狂って見せるのですが、そういう事は中国人は天才的です。自分が悪くても人のせいにするし、造反有利の国ですから国をまとめるのは大変だ。福島県の学校の校庭の放射能汚染土を、ゴミ袋に入れて東京電力本社や経済産業省の前にばら撒いたらどうでしょうか。もっとも政府は警戒して警察官があちこちに立っているから無理でしょう。
 
デモなどをしても警察官に囲まれて、国会周辺はデモをする事が出来ない。日の丸を持ってデモをしてもマスコミはそれを報道しない。それくらい日本のテレビは自主規制で中国と似たり寄ったりの国になりつつあるような気がします。原発事故もなぜ東電や政府は事前に対策を立てていなかったのでしょうか。事前に警告する人がいても政府はそれを無視してきた。
 
中国も公害問題や乱開発で国土が荒れ放題ですが、異常気象で旱魃と洪水で水危機が起きるだろう。これも情報公開が十分ではなくて、むやみなダム開発や食糧増産などの自然の破壊が気象に異常をもたらしているからでしょう。それに対して中国政府は北京や上海あたりの大都市開発して近代国家をアピールしていますが、林立している超高層ビルが中国の現状を物語っている。
 
超高層ビルに新幹線が走れば、日本を追い抜いて先進国の仲間入りをアピールするのが中国政府の狙いだろう。自動車生産高であっという間に日本を追い抜き、GDPでも日本を追い抜き、新幹線でも日本を追い抜いたと言うアピールなのだろう。しかし超高層ビルでも新幹線でも金さえあれば作ることが出来ますが、維持して運用していくほうが難しい。
 
超高層ビルにしても費用は世界中から借りられるし、資金があれば世界の建設会社に注文すれば建てられる。だから新興国ほど超高層ビルのラッシュであり、ヨーロッパやアメリカでは建築制限などで超高層ビルはさほど建てられてはいない。むしろアメリカのマイクロソフトの本社のように広大な敷地に低層の建物を広げて建てているほうがステータスになる。
 
新幹線にしても異常なスピードで新幹線網を建設していますが、採算は度外視しているのだろう。果たして航空機並より高い運賃でどれだけの人が乗るのだろうか? 北京ー上海間で約5時間かかりますが、飛行機なら2時間で着く。日本の新幹線のように大都市が並んでいれば採算が合いますが、中国の都市は広く分散している。
 
日本の新幹線は総合的にみれば飛行機よりも早く着くし安いから乗る人がいますが、北京ー上海間では距離がありすぎて飛行機のほうが断然有利だ。世界的に見ても新幹線が黒字になりそうな路線は限られているし、500キロ以上になれば飛行機のほうが早くて安くつく。にも拘らず中国は新幹線網を巨額の費用をかけて建設しましたが、赤字の垂れ流しになる可能性がある。
 
鉄道は車両そのものよりも運用のノウハウが大切であり、時間通りに走る鉄道は日本ぐらいなものだ。20世紀は鉄道が廃れて車の時代になりましたが、近距離は車で遠距離は飛行機で、鉄道は利用者が減って日本でも廃線が続出しました。しかし大都市間の高速大量輸送で新幹線がJRのドル箱になり世界から注目されるようになった。
 
東海道新幹線のように3分から10分間隔で走るようになると、まるで山手線並みですが、一編成で1000人から1600人が乗る。東京と大阪のように大都市が500キロ以内にあるようなところは新幹線向きですが、世界でもそのような立地条件は限られる。中国でも都市化が進んで人口の集積が進めば都市間交通で新幹線も生きるのでしょうが、中国の国土は広くて飛行機向きだ。
 
JRは山手線と東海道新幹線で稼いでいますが、それは5分間隔で満員電車を走らせれば黒字になりますが、それ以外の新幹線はみな赤字だ。中国みたいに時速350キロで走らせれば莫大なコストがかかって中国政府も音を上げるだろう。フランスのTGVでも黒字なのはパリとリヨン間ぐらいなもので、中国は一気に1万6000キロも作ってしまう。
 
新幹線にしても超高層ビルにしても完成してからの、維持運用管理が大変なのであり、むしろ日本の新幹線が例外的なのだろう。韓国の新幹線も台湾の新幹線も赤字の垂れ流しであり、中国でも北京ー天津間の新幹線も7億元の大赤字だ。もちろん新幹線はインフラでもあり赤字でも地域の振興策として覚悟はしているのだろう。
 
 




検察と警察と記者クラブによって、次々と識者やジャーナリストの口が
封じられている。「国策捜査」の乱用で官僚たちの暴走が止まらない。


2011年6月27日 月曜

恐慌は日本の大チャンス 官僚が隠す75兆円を国民の手に 高橋洋一:著

霞が関に刃向かった者の末路

油断はあった。落ち度も私にあるかもしれない。二〇〇九年三月二四日夜、私は窃盗容疑を受けた。事実だけを述べる。その日、私は二晩の徹夜明けで、なお書きあがらぬ原稿に苦悩していた。その夜、近くの日帰り温泉施設に妻と出かけた。そこは週一度、定期的に訪れる、私にとってのいわば都会のオアシスで、鉄のように凝り固まった身体と砂漢のように干上がっているであろう脳をもみほぐす場所であった。

ロツカーを使おうと見ると、先客が忘れていったのか、何かが目に止まった。この時点では、徹夜明けで朦朧としていた私は、それが何かを認識する前に、何か忘れ物があると思っただけだった。このときは、マツサージの時間に遅れたくないという気持ちが強く、後で届けようと、その程度に意識していた。ところが、マッサージを受けている間に気持ちよくなり、その後寝込んでしまった。おおよそ二時間近くも。気がつけば、温泉施設の閉店時刻だった。

つかの間の熟睡が記憶を私の頭のなかからすっかり消し去っていた。そのまま急いで着替え、外に出ると……。待ち受けていた警察によると、「『犯行』の現場に設置されていた防犯カメラに私によく似た人物が写っていた」とのことだった。その時点で、やっと自分の失態に気づいたが、もう遅い。もちろん防犯カメラがあることは、私も知っていたが。

私は「自分のものにするつもりはなかった」といった。私が「持ち去った」ものは持計。ブランド品の高級時計だったそうだが、私はブランド品を知らない。ましてや時計にこだわりがあるわけでもなく、私の腕時計は、大学に入学したときのお祝い、セイコーの腕時計、ひとつである。

さらに財布。そのなかにはカネが入っていたという事実も私は知らなかった。だが、警察は、そんなガキのような言い方をすると、ちょっと面倒だな、というようなことをいう。ひょっとして逮捕ということになり、この一件がマスコミに報道されると、多方面に迷惑をかけることが気にかかった。警察は、外には漏らさないともいう。結果として了解した。

それから六日後……。私が書類送検された三月三〇日、マスコミ各杜は一斉に私の事件を報じた。その担当ではなく、上層部の者から情報を得たのであろうが。警察での「外には漏らさない」というささやきは、当たり前だが、意味はなかった。

事件の報道内容は、読んでもいないし、どのような報道のされ方をしたのかは知らない。後で知人に聞かされたところによると、「このような高級時計の持ち主がどのような人物なのか、興味があり、盗んだ」というのが私の犯行理由になっていたそうだ。

先ほども書いたように、私はブランド品にも時計にも関心がないし、そもそも知識はない。私をよく知る多くの知人も、「新聞の記事を読んだだけでも、話が違う」といっている。冤罪ならば、堂々とインタビューに応じて、反論すればいいのではないかと思われるかもしれない。公務員制度改革・天下り規制などで私は霞が関から蛇蜴の如く嫌われている。私の事件が発覚すると、「霞が関の謀略、国策捜査だ」との憶測も飛び交ったようだ。

私自身、あらぬ誹諺中傷を受けてきた。それだけに、自分なりに用心はしてきたつもりだったのだが……。ただひとつ明白なのは、事件は私のミスから始まったという事実だけである。ミスを犯した私が、根拠もない邪推で被害者面をして自已弁護するのは許されない。

事件が表ざたになって、大学教授という職も失った。当初、私は大学の関係者に事実を包み隠さず報告し、どのように対処すればよいか、指示を仰いだ。最初は、「始末書を提出してくれ」とのことだったが、報道の大きさなのか、結果として免職となった。当然であるが、そのほかの職もすべて失った。

また私は、当時、数冊の書物の出版を予定していた。なかには既に原稿が書き上がって校正段階まで進んでいたものもあった。これらは本来の形で日の目を見ることはなかった。その他のマスコミでの活動も一切やめた。

恨んでいるわけではない。世間の風評が気になる各方面にしてみれば、当然の対応だとは思う。その後、不起訴処分になったが、自分のミスはいかんともしがたく、多くの方々にご迷惑をおかけしたことを深く反省し、お詫び申し上げたい。このたび、事件のことについても一度は語り、けじめをつけておいたほうがいいとの意見もいただいたので、本書で初めて私の身に降りかかった一件に関する嘘偽りのない状況を書かせていただいた次第である。

官僚にとって^もおいしいのは基金

本書で初めて事件の真相に触れたのは、本書が事件前に既に出版が予定されていて、しかも原稿が書きあがっていたこととも関係がある。本書で私は未曾有といわれる大不況をいかにすれば乗り切れるか、その政策を理路整然と述べると同時に、麻生太郎政権以降、突如、激しくなった構造改革つぶしについても触れた。ただし、八月三〇日、歴史的な政権交代があった。その時点で必要最小限度の加筆をした。

二〇〇九年三月一八日、私は参議院の予算委員会に参考人として招致され意見を述べた。そのわずか六日後に、先述の事件は青天の霹靂のように降りかかった。しかし、政権交代を除けば、そのとき語った内容も、本書で書いたこととほぽ同じである。

この大不況で、おおよそ八○兆円のGDPギャップが見込まれる。それを埋めないと一〇%という深刻な失業率が現実になり、国民は塗炭の苦しみをなめる事態になる。そうならないようにするためには、政府紙幣の発行・政府の財政支出・金融政策・埋蔵金の活用を総動員し、少なくとも七五兆円規模の思い切った経済政策が必要だ。また、日本の体質を強化するためには構造改革を今後も進めていくべきだーーこういう主張だった。

私が参考人招致された時期は、政府の追加経済対策が議論されている最中で、少なからず一石を投じたようである。そして、その後、私が沈黙を余儀なくされた二〇〇九年四月以降の動きを見ると、構造改革つぶしはさらに勢いを増し、とても国民のためとは思えない追加経済対策が国会を通ってしまった。

その間、起きたことを一言で断ずるならば、「官僚専制体制の復活」である。加えて政権交代である。

まず約一五兆円の追加経済対策。規模にしても、足りないが、その内容がいかにもお粗末だ。霞が関が経済対策に便乗して、埋蔵金の埋めなおしを画策しているとしか思えない。

この追加経済対策には赤字国債一〇兆八○○○億円を追加発行して原資にあてるという。当初予算と合わせた二〇〇九年度の国債発行額は四四兆円を超え、一九九九年度の三七兆五〇〇〇億円を上回って過去最大となる。小泉政権では、財政赤字の改善を目指して、二〇一〇年にプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字への転換を目標として掲げていた。この目標はもはや反故にされて、増税の時期が早まるのは確実だ。増税が悲願である財務省にとっては、この追加経済対策は、増税をいい出す、格好の口実になる。

それでも、実効力の高い政策ならまだ国民は救われる。ところが、補正予算に便乗して何が行われたか。麻生首相の肝煎りで盛り込まれた国立メディア芸術総合センターは、国立のマンガ喫茶と批判されているが、こうしたとても経済対策と関係があるとは思われない予算も数多く計上されている。

しかし、それよりも問題なのは、そのひとつひとつの政策に対応して基金が創設されることだ。この追加経済対策で創設される基金は四六。基金の総額は約四兆円で、その使途についても具体的な使い道は決められておらず、今後、官僚の裁量によって使途が決まっていく。

追加経済対策が、衆議院を通過したとき、霞が関では快哉を叫んだに違いない。というのも、基金ほど彼らにとっておいしいものはないからだ。いってみれぱ、彼らにしてみれば、大型ボーナスを懐にしたに等しい。

そのからくりは、こうだ。。基金ができれば、上前をはねることができる。基金はおよそ三〜四年の間に使い切るのが普通だ。四年とすれば、一年に換算すれば一兆円の予算である。そのうち、彼らは一〇〇〇〜二〇〇〇億円をちょろまかす。一年に二〇〇〇億円上前をはねれば、八○○○億円の埋蔵金を埋め直すことができるではないか。(P18〜P23)


上杉隆氏 記者クラブによりテレビ出演を降板させられていた 2010年10月13日 週刊ポスト

 昨年3月、フジテレビ系報道番組『報道2001』に出演したときのことだ。

「記者クラブにリークを繰り返している樋渡検事総長と佐久間特捜部長は堂々と記者会見で名前を出して話したらどうか」

 そう発言した私はその後、番組を事実上下ろされることになった。そしてある社会部記者からは、こんな電話が入ったのだ。

「お前まずいぞ、検事の実名を出しただろう。『調子にのりやがって』と、検察は怒っていたぞ」

 記者は私の身を案じて連絡してきたのだが、正直、呆れて返す言葉も見つからなかった。そもそも、検察官は起訴権とともに捜査権、逮捕権を持っている国家権力だ。世界中のジャーナリズムにおいて、これほどの権力を持った公人を匿名で報道することなどありえない。匿名にしてしまえば政治利用され、情報操作される可能性が生じるからだ。

 ところが、記者クラブメディアには、検事の氏名を出して、批判してはならないという暗黙のルールがあるのである。

 仮に当時から検事の実名報道をしていれば、検察という国家権力に対するメディアのまっとうな監視機能が働き、厚生労働省の村木厚子元局長の冤罪事件のような証拠改ざん事件を防ぐことができたかもしれない。私は逮捕された前田検事についても、以前から実名でその捜査の強引さを批判してきた(拙著『暴走検察』参照)。

 村木氏の事件をめぐって、記者クラブメディアは大々的な検察批判を展開している。だが、私にいわせれば、官報複合体として検察権力と同衾し、共犯者としてリーク情報を垂れ流してきた記者クラブメディアこそ批判されるべきなのである。



(私のコメント)

最近の警察や検察は腐敗していると書いていますが、「国策捜査」が連発されるのも腐敗の為でしょう。部外者の私ですら最近の警察はおかしいと感ずるほどですから、内部の正義感ある警察官はもっと感じているはずです。のり塩事件にしても麻布警察署はどこまで真相に迫れるのでしょうか? それは選挙次第なのでしょうが、売春に手を貸している警察幹部もいるのだろう。

「国策捜査」というと植草一秀氏の事件や高橋洋一氏の事件が思い浮かびますが、誠に不可解な事件であり、詳細は警察から発表された記事ぐらいであり、真相は分からないのですが、植草氏にしても高橋氏にしても最初は罪を認めれば書類送検だけだという罠にかけられたのだろう。これは仙波敏郎氏が内部告発しているとおりなのだろう。

初犯でやっていなくても名前を書くだけで罰金で済むのだから、多くの人は罠にかかってしまう。否定すれば新聞に名前が出て長期間の拘留が待っている。裁判でも無罪を立証するのは難しいだろう。痴漢事件の場合は被害者にこの人がやったと証言すれば認められてしまうのに、やっていない事を証明するのは目撃者がいないと認められない。

高橋氏の事件でも、窃盗事件ですが、被害者は高級時計や現金を入れたロッカーにカギをかけていなかった。そして高橋氏のロッカーの中にそれが入っていたところを現行犯逮捕された。高橋氏の事件も植草氏の事件も防犯カメラなどがあったはずなのですが、その映像は公開されていない。著名人なのだからマスコミも独自の調査報道もあってもおかしくないのですが、高橋氏も友人にはやっていないと言っている。

植草氏の場合は実刑判決が出て収監中ですが、警察が罠を仕掛けてやろうと思えばこれくらいの事が出来るという事はあるのだろう。ロシアなどはジャーナリストは殺されておしまいですが、日本なら社会的地位を抹殺するだけで十分だ。仙波氏が言うように警察官はみんな犯罪者であり偽の領収書を書いている。

これはりっぱな公金横領であり、これに協力しないと出世はできないと言うことです。これはヤクザのやり方と同じであり、裏切りはゆるさないと言う警察とヤクザの掟なのだろう。ばらせば自分も罪をかぶるし、拒否すれば出世は出来なくなる。役所なども平気で裏金を作っているようですが罪の意識はないようだ。実際に公になっても公金横領は重い犯罪なのですが、皆でやれば罰せられない。

佐藤優氏も「国策捜査」で有罪になりましたが、上司の許可を得た金を使っただけだ。それが政治闘争に巻き込まれてしまって巻き添えを食ったのですが、個人で公金を横領すれば犯罪であり、外務省ぐるみで裏金を作れば減俸で済む。警察も警察ぐるみで裏金作りをやればかまわないのだろう。


世の中には多くの団体や企業で成り立っています。しかし、日常の業務の中で、犯罪行為をしているのは、警察とヤクザだけです。2009年8月23日 株式日記より




局所的な土壌汚染は福島第一原発から200km以上離れた東京にも
存在したのだ。放射性セシウムがこの3ヵ月間でさらに蓄積されている


2011年6月26日 日曜日

放射能汚染ここが「ホットスポット」だ! 土壌と水のセシウム値はどこまで深刻なのか東北6県と300km圏内を徹底調査東京・千葉・埼玉・神奈川・・・全17都県 6月25日 現代ビジネス

「私には1歳、3歳、4歳の3人の娘がいます。5月に民間が調査した結果、亀戸(江東区)の土壌から高い数値の放射性セシウムが検出されたと新聞で目にし、衝撃を受けました。福島ではなく、東京にもホットスポットはあるのだと思い、山内教授にお願いして、江東区内の11エリアを調査したのです。その結果、江東区内の下水処理施設『東部スラッジプラント』の周辺地域で2000ベクレルもの高い放射性セシウムが計測されました。この地域には子供たちがサッカーや野球をして遊ぶグラウンドもあります。都に除染するよう要望書を出しました」(石川代表)

 それは、下水道局の調査で表に示した脱水汚泥のセシウム汚染が明らかになったわけだが、この汚泥を焼却した灰の汚染数値はさらに高かった。石川代表らが問題にした「東部スラッジプラント」で排出された焼却灰からは、1万2000ベクレルのセシウム137と、1万1000ベクレルのセシウム134が検出されたのだ。

この焼却灰が風に乗って飛び散った結果、東部スラッジプラント周辺の放射線量が都内の平均値よりも数段高い0・25マイクロシーベルト近くになったと思われます」(前出・石川代表)。

 局所的な土壌汚染は福島第一原発から200km以上離れた東京にも存在したのだ。

 本誌は今回、福島第一原発から300km圏内に位置する全17都県の、土壌と水の汚染度を調査した。各自治体が発表しているモニタリングポイントで検出された放射性セシウム(セシウム137と134を合算したもの)の量を取材し、まとめたものが1ページの図表だ。各県とも1回もしくは数回しか土壌調査を実施していないが、福島第一原発は爆発後も放射性物質を放出し続けている。

 放射性セシウムがこの3ヵ月間でさらに蓄積されているのは容易に想像できるだろう。各県のホットスポットはどこか。以下、順に見ていこう。

 福島を除いて深刻な数値なのが栃木県だ。150km圏内にある酪農の町・那須塩原市は1826と突出して高い。日光市・1037、矢板市・1128も目を引く。「JAなすの」の担当者が言う。

「酪農家の方たちは、もう怒りを通り越しています。このままいけば、生活できるかどうかも分からない状況ですから。一番困っているのは牧草の問題です。やむを得ず、輸入物の牧草や穀物を使っている農家もあります。せっかく育てた牧草を使えず、悔しい思いをしています」

 同じく福島の隣県で高数値が記録されたのは、宮城県の白石市・684、柴田町・693、丸森町・557。いずれも、8286ベクレルを記録(4月16日)し、現在、放射線量の急上昇でホットスポットとして注目されている福島県伊達市に近い。

  200~250km圏にある群馬県も高い数値が出ている。下仁田町・569、嬬恋村・485、高崎市・236など、土壌調査した8ヵ所のうち5ヵ所で200ベクレルを超えた。下仁田町を管轄する「JA甘楽富岡」の担当者がこう話す。(中略)

4月6日の調査以降、学校の校庭の土壌調査は一切やっていない。モニタリングだと言って、学校に線量計を置いて、積算値を測っている。これは被曝実験じゃないのかと憤りを覚えます。心配なのは、最近、福島市内の複数の親から、『子供が鼻血を頻繁に出すようになった。こんなことはなかった』という相談が続いていることです。本当に福島県内に住んでいていいのでしょうか」

 文部科学省は今月に入って、福島県内11ヵ所の土壌からストロンチウムも検出されたことを発表した。最も多かった浪江町ではストロンチウム90が250ベクレル、ストロンチウム89が1500ベクレル。飯舘村でもそれぞれ120ベクレルと1100ベクレルを検出した。

「ストロンチウムはカルシウムと似た構造をしており、骨にまで到達する。骨髄でβ線を出し続けることになり、白血病になる恐れがある」(前出・山内教授)

 本稿は、各県がこの3ヵ月間に実施した土壌調査を元にまとめたが、やはり注視すべきは、調査後に蓄積されたであろう放射性セシウムの蓄積量である。前出・山内教授がこう指摘する。

放射能汚染には、汚染地に長く住み続けることで多大な影響を受ける低線量被曝のリスクがある。その危機を避けるためにも、住んでいる地域の実際の数値を知る必要がある

 現在、市民レベルの調査のほうが行政より先行してしまっている。世界的な事故を前に、このていたらくでよいのか。



(私のコメント)

福島原発からはいまだに放射能が流出し続けて止まらない。水素爆発による放射能の爆発的拡散は収まったが、建屋が吹き飛んだことによる水蒸気の拡散で少なくはなっても、放射能は風に乗って毎日のように東北から関東一体に撒き散らかっている。それが長期化すればホットスポットに溜まってきて問題になって来ている。
 
民主党政権は菅総理の辞める辞めないで、放射線対策はほったらかしであり、学校の校庭などの放射線調査が4月以来行なわれていない。仕方がないから市町村が計り始めていますが、政府はなぜ動かないのでしょうか。枝野官房長官は「今のところ問題ない」と繰り返していましたが、長期化してきた現在では問題が起きつつあります。
 
福島原発にしてもメルトダウンからメルトスルーの段階まで悪化していて、溶けた核燃料は圧力容器や格納容器を溶かして外部に漏れ出してコンクリートを突き破って地中にまで達しているらしい。そうなると水で冷却のしようがなくなる。だから水を毎日かけ続けていますが、2000度以上の核燃料は水の届かない地中に達していれば冷やしようがない。
 
最近では福島原発の敷地の地中を鉄板で囲って地下水の流出を食い止めようとしているようですが、詳しい報道がない。もっぱら汚染水の浄化装置の話ばかりだ。これは当初の電源さえ回復すれば冷却装置が働いて問題は解決するといった思い込みとよく似ている。これだけ長期化すれば二次災害や三次災害が起きてきて手遅れになりますが、政府の動きが鈍い。
 
このまま100日経ち200日経ちしているうちに、200キロ離れた東京も汚染地域になってしまうだろう。しかし政府はろくに放射線測定もせず放置しているのが分かりませんが、増税だけは一生懸命のようだ。このまま菅政権を放置していれば放射能は拡散し続けて止まらないだろう。数年経てば子供たちに甲状腺ガンが増え始めるかもしれませんが、政府の動きが鈍いのは国民を人体実験してみようと言うつもりなのだろう。
 
福島原発から拡散している放射能は微量でも長期化すれば蓄積されてホットスポットが都内の各地で出来始めるだろう。そうなれば東京も子供が危ないとして避難しなければならなくなるかもしれない。放射能の拡散を止めるには原子炉を建物で覆わなければなりませんが、冷却は出来るのだろうか? 核燃料が地中にまで達していれば水をかけても冷やせない。
 
国民を守ることが政府の役目なのですが、枝野官房長官は確定したことしか報道してはならないとして、放射能汚染が広がっているにも拘らず発表を控えた。その為に飯館村などの汚染が広がっているにも拘らず被曝している。更には伊達市にまで広がっていても実態の調査が進んでいない。汚染レベルが高くても避難すれば助かる人でも放置されていればどうなるか分かるだろう。
 
原発安全神話を広めてきたのも政府でありマスコミも協力してきた。脱炭素社会をスローガンにして原発が次世代のエネルギーとして柱となってきた。その反面では自然エネルギーは脇にやられて来た。最近ではそうした事実が隠しきれなくなって発表されてきましたが、それが逆に国民の過剰反応を招いている。
 
菅政権では行き当たりばったりで、消費税だ、TPPだ、浜岡原発だと打ち上げ花火だけで、深く考えてはいないようだ。最近では電気の全量買取だとか言い出していますが、それも深く考えてはいない。脱原発にしても同じであり、原発を停止するにも解体するのも新たな問題が出て来る。海江田大臣は原発安全宣言をしていますが、福島が片付いていないのに安全宣言が出せるのが無責任だ。原発は一度大事故になれば止めようがなくなってしまう。汚染の問題は半永久的に残ってしまう。
 
農家や酪農家などは放射能汚染に戦々恐々としていますが、放射能は一度広がってしまうと除染するのが大変だ。原発の専門家は圧力容器や格納容器で守られているから安全だと言い続けてきましたが、水で冷却できなければ圧力容器も格納容器も穴が開いて核燃料が漏れてしまう。だから全停電が起きたら直ぐにでも海水を注水する用意すべきですが、水素爆発するまで放置された。
 
軽水炉型の原子炉の致命的な欠点は、停電しただけでメルトダウンしてしまうことであり、専門家たちはそのような状況を想定できなかった。国防上でも問題であり周辺設備を破壊しただけで原爆並みのダメージを負ってしまう。朝生でも沖縄に原発がないのは米軍基地があるからだと上杉氏がいっていましたが、厚木や横須賀に原発を作れば米軍は出て行くのではないだろうか?
 
 




少数の権力者たちは、国民を信頼せず、国民によって選ばれる政治家を
警戒すべき対象とした。官僚が日本ほど放任されている大国はない。


2011年6月25日 土曜日

日本の官僚制度の特殊性がある 6月24日 Electronic Journal

ウォルフレン氏のいうところの「管理者たち/アドミニストレーターズ」の中心は官僚です。日本の官僚制度は、何度もいうように、政治的野心を持った明治の強力な指導者──主として薩長重鎮たちによって作られたのです。

 しかし、彼らは民主主義の信奉者ではなく、独裁的な支配者であったのです。彼らは自分たちの作った「天皇の下僕」の機構を少数の人間で支配する寡頭制を選んだのです。しかし、それを次世代に受け継ぐシステムを構築していなかったのです。

 そのためその権力者たちが死ぬと、彼らに任命された各省や枢密院、それに軍の官僚たちは、そのあとを引き継いだのですが、彼らは政治的に統一された新しい寡頭制度を構築しなかったのです。そのため、それぞれの職務に権力が分散し、全体を取り仕切る権力者がいなくなったのです。

 もとよりかたちのうえでは、最高の権力者は天皇ということになっており、官僚は天皇の下僕として位置づけられたのですが、実際はそうではなかったのです。官僚たちは天皇の意思と称してさまざまなことを勝手にやったのです。しかし、官僚を管理するシステムがないので、国全体としてはまるで政策の整合性がとれず、ばらばらになってしまったのです。

 こういう日本の官僚制度について、ウォルフレン氏は次のように述べています。

―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の官僚制度が注目を余儀なくさせる側面、同時にきわめて恐ろしい側面は、それを管理するものがいないことだ。日本の市民は、なかなかこれを実感できない。私は、日本が他の国と異なると主張しているとしばしば批判される。日本で見られる政治現象は、たしかに他の国でも見られる。だが、強大な権力が公的な権力として規定されないまま闇のなかに据えおかれている度合いや、日本の社会が政治化されている度合い、また官僚の権力が管理されていない度合いは非常に大きく、その点で日本はまったく異質である。日本の市民は、官僚が日本ほど放任されている大国はないという事実に気づくべきだ。
      ──カレル・ヴァン・ウォルフレン著/鈴木主税訳
   『人間を幸福にしない日本というシステム』/OH!文庫
―――――――――――――――――――――――――――――

 しかし、明治の権力者たちは議会制度を導入し、国民の選挙で選ぶ政治家を登場させています。これは民主主義の制度です。これと官僚制度をうまく組み合わせて機能させることは可能だったのですが、彼らはそれをあえてしなかったのです。なぜなら、日本の議会制度と法の仕組みは、日本を近代国家に見せかけるためだけのものでしかなかったからです。

 明治の指導者たちの中には、巨大化する官僚機構の規制を強化すべきと唱えるものもいたのですが、少数の権力者たちは、国民を信頼せず、国民によって選ばれる政治家を警戒すべき対象としたのです。そのため、自由民権運動をはじめとする初期の政治活動に対して徹底的に弾圧を加えたのです。これでは、徳川時代の封建体制と何も変わらなかったわけです。

 ウォルフレン氏は、官僚の権力を野放しにして日本に起こった悲劇として太平洋戦争を上げています。この戦争は、軍の官僚が仕組んだものであり、それらの官僚へのコントロールが効かなくなった結果起こったものなのです。

 日本が、当時の日本の国力の10倍以上の工業力を持つ米国に対して戦争を仕掛けても勝てるはずがないのです。しかし、官僚が暴走すると、こういう悲劇が生まれるのです。それはまさに自殺行為であったとウォルフレン氏はいっています。「国民が慈悲深いはずの権力者に裏切られたまさに悲劇である」と。

 問題なのは、日本の官僚制度は現在も野放しであることです。なぜなら、官僚に対して政治的な管理がなされていないのは、昔と何ら変わっていないからです。彼らは、強固な組織と情報と資金を有しており、自分たちの身分と生活は法律で安全を保証されているのです。そして、彼らは日本を事実上コントロールしているのです。しかし、国民にはその姿が確認されず、姿なき権力者になっているわけです。

 そのため、政治家が革新的なことをやろうとすると、官僚側はそれが彼らにとって都合の悪いことであると、徹底的にそれを潰そうとします。現在の民主党がやろうとした政策がことごとく実現しないのは、野党ではなく、官僚──とくに財務省の協力が得られないからなのです。自民党によって「バラマキ4K」と名づけられた民主党の主要政策は、それが継続されると、官僚が使えるカネが減少し、財務省が危機感を感じたからなのです。

 かかる官僚機構に立ち向かうことは非常に困難なことです。公務員改革制度が進まないことにそれがあらわれています。これについては改めて取り上げるつもりです。

 1945年の終戦後において官僚制度はますます強固なものになります。それまで彼らの上には、絶対の権力者としての天皇が存在していたのですが、終戦によって天皇は象徴天皇になったからです。それでいて、アメリカの占領軍は官僚制度をそのままのかたちで残しています。これについて、ウォルフレン氏は次のように解説しています。

―――――――――――――――――――――――――――――
 日本にとって不幸だったのは、1945年の終戦後、アメリカの占領軍が日本の実情を完全に誤解していたことだ。占領軍は日本の政治家もアメリカの場合と同様に官僚を支配すると思い込んでいた。(中略)そして民主主義の実現のために日本が何 よりも必要としているものは中央政府の強力な指導力だという ことに、まったく思いいたらなかった
        ──ウォルフレン著/鈴木主税訳の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――



(私のコメント)

朝まで生テレビを見ていたのですが、猪瀬直樹、上杉隆、古賀茂明、長谷川幸洋、三橋貴明と言ったメンバーなので期待してみていたのですが、ほとんど自民党議員と民主党議員の泥仕合ばかりに終始して、ゲストたちはただ聞いているだけと言った状況になってしまった。法案を通す通さないといった駆け引きは国会内でやってもらえばいいのであり、政治家たちの品位のなさを知るいい機会になっただけだ。
 
政治家たちがこんな具合だから、総理大臣が何人代わっても日本が良くならないのであり、官僚たちは自分たちの利権をますます拡大してきて、国家財政は官僚たちの利権獲得の場になってしまっている。古賀氏が現役官僚として「朝まで生テレビ」に出ていたのですが当日肩たたきされていたそうです。
 
民主党は政治主導で政権を獲得したのですが、政権をとったとたんに官僚の味方になり、仙谷氏は国会の予算委員会で古賀氏に対して脅しに近いようなことを言った。政治家が選挙の前に言ったマニフェストを選挙の後に平気でひっくり返されたのでは投票する方もばかばかしくなりますが、民主党は開き直ってしまっている。
 
民主党の渡辺周議員は、古賀氏に対して平気で自由な身分になって発言すれば言いと言うくらいであり、翻訳すれば「早く辞めろ」とテレビの前で言ったようなものだ。本来ならば公務員制度改革に内部から改革しようとした人材だけに、民主党は露骨に圧力をかけている。
 
本来ならば官僚の人事権は内閣や大臣にあるはずですが、人事を決めているのは官僚たちだ。つまり大臣と言えども事務次官以下の人事を発動することは、大臣と言えども出来ない仕組みになっている。人事権のない大臣では官僚たちは露骨に馬鹿にされてしまうだろう。だから給料の2割カットすらする事が出来ない。
 
民主党議員は菅総理に騙されたわけですが、マスコミも菅総理に騙された。確かに菅総理は辞めるとは言っていないが、若い人に引き継いでもらって四国にお遍路しますとまで言えば辞めると受け取った。鳩山氏もやめるという意味と受け取ったと発言して念を押して菅氏は異論を挟まなかった。それでも菅総理が辞めないと言うのは、総理大臣を辞めさせるには不信任決議を可決するしかない。
 
ならば鳩山氏や小沢氏は菅氏に騙されたことになりますが、政治家は騙したほうが勝ちであり騙されたほうが負けなのであり、鳩山氏と小沢氏は騙された責任を取って国会議員を辞めるべきなのです。政治家はぶれたらお仕舞いであり、一度決めたら貫き通さなければ政治生命が終わりになる事が鳩山氏や小沢氏は分からないのだろう。
 
菅氏は総理大臣になった限りは嘘をつきまくってやりたい放題だ。鳩山氏も小沢氏も政治力を失って、見事に菅氏に騙された。鳩山氏はペテン師だといって非難しましたが、騙された鳩山氏がお人好しなのだ。騙されやすくてお人好しは政治家になってはいけないのであり、騙されなくて現実的な人が政治家にならなければならない。
 
民主党は政党としては寄せ集めであり、政党とはいえない。朝生でも山本一太が言っていましたが、政府と政党がまったく別になっている。これは小沢一郎が決めたことであり、300名の民主党衆議院議員は政府の政策に関与できない。だから福島や宮城や岩手の国会議員に言っても政府には全く伝わらない。玄葉大臣の選挙区は福島のはずですが、福島の人の声が政府に伝わらない。
 
自民党が官僚丸投げ政治なら、民主党に代われば政治主導になるかと思ったら同じ事だった。つまり政権が交代しても官僚主導政治が変わらないのであり、だから自民党政権でも民主党政権でも官僚とアメリカが政府を運用して総理大臣が誰に代わってもどうすることも出来ない。総理大臣が一年ごとに代わるのも官僚が足を引っ張るからであり、官僚の言うことを聞かない総理や各大臣はスキャンダルを流せばいつでも代えさせることが出来る。
 
明治の指導者たちは、国民も国民に選ばれた政治家も信用していなかった。明治の元勲がいなくなった後は官僚が暴走して大戦に敗北しましたが、戦後はアメリカ政府が明治の元勲の後を引き継ぐような形になったのだろう。だから総理に選ばれるとアメリカに就任挨拶に行くことになっている。菅総理があそこまでがんばれるのもアメリカ政府の意向があるからだろう。
 
それで泣いているのが東日本大震災で被災した人たちであり、いまだに義援金が渡っていない。渡辺周民主党議員は市町村が忙しいといっているが、責任転嫁であり官僚たちが手続きに拘って被災者たちに渡さないのだ。官僚たちは国民を信用していないから手続きを経ないと金は渡せない。しかしハンコも通帳も流されて何もないのに、誰が死んで行方不明か確定しないと渡せないと言うことだ。
 
官僚たちは国民を信用していないから、助けることよりも公正な手続きに拘る。既に3ヶ月も経っているのに2割しか渡っていない。政府も官僚任せだから政治家がいくらテレビではやるやると言っても出来るはずがない。野党はもとより民主党議員ですら政府にものが言えない。菅総理は辞める辞めないで手一杯であり、被災者のことなどほったらかしだ。
 




鳩山といい菅といい、岡田たちといい、民主党政治家がどれもこれも
「辞めるのやめた」の連発では、あきれるのも当然だ。長谷川 幸洋


2011年6月24日 金曜日

「菅が辞めないなら俺が辞める」という大見得はどこに 「他力本願クーデター」失敗に見る民主党政治の本質 6月24日 長谷川 幸洋

 与野党を巻き込んだ「菅降ろし」が完全な失敗に終わった。

 先週のコラムで「このままなら2011年度2次補正どころか、秋から本格化する12年度予算編成さえも菅の手に委ねかねない展開である」と書いたが、まさにそうなりつつある。

 仙谷由人官房副長官や岡田克也幹事長らは「虚脱感にひたっている」などと報じられているが、これくらい見事に失敗すれば、そうなるのも当然だ。彼らは菅降ろし失敗の責任を問われこそすれ、しばらくは党内でも身動きできないだろう。

 それどころか、菅が近く断行するとみられる内閣改造、党執行部人事で更迭される可能性もある。政権の中枢にいながら「首相退陣のクーデターを画策した」と批判されても仕方がないからだ。

 少なくとも、国民新党の亀井静香代表は菅に大幅改造を進言するに違いない。

亀井静香が復興担当相に?

 もしも小沢一郎元代表のグループが党を追い出される一方、仙谷らの菅降ろしクーデターが成功し、自民党との大連立が出来ていたら、亀井が率いる国民新党は与党内で一挙に発言力を失い、下手をすれば連立与党から野党に転じる可能性もあった。

 亀井が心底から菅を支持しているとは到底、思えないが「敵の敵は味方」である。仙谷らが政権運営の主導権奪取に失敗したからには、亀井とすれば、ここは菅を支えて影響力強化を狙うはずだ。

 辛くも生き延びたとはいえ、政権内で本気で菅を支え続けようと思っている人間はほとんどいない。そういう状況は小政党を率いる亀井にとって、存在感を高める絶好のチャンスなのだ。

 亀井を長年、よく知っている自民党の実力者が私に語った。

「亀ちゃんは情に厚く『義』に生きる政治家だ。人に『オレを助けてくれ』と頼まれて、見捨てるような男じゃない。いい悪いじゃなく、そんなことは絶対にしない。そういう場面は何度も見てきた。菅はきっと亀井さんに助けを求めたんだろう。それで亀井さんは菅を助けてやる気持ちになったんだ、と思うよ」

「おそらく亀井は復興担当相に就くんじゃないか。そういう仕事は彼に適任だね。自民党でも閣僚をやって、霞が関も知ってるし腕力もある。いまの民主党は人材がいないからなあ。復興担当相に細野豪志? とても無理だろう」

「ただ、亀ちゃんが助けてやる気持ちになったとしても、問題は菅のほうだな。菅は人に恩義を感じるようなところがまったくない。事情が変われば、後で平気で裏切るかもしれない」(中略)

 内閣不信任案の採決に先立って、岡田や仙谷が総理に表立って辞任を求めた場面はただの一度もない。仙谷は舞台裏で倒閣・大連立樹立を画策しながら、表舞台では内閣を支持した。本来、菅政権を支える立場と承知しながら、それゆえに「断腸の思い」で総理に自発的辞任を迫った亀井とは大きな違いである。

 こういうところに、民主党生え抜きの政治家と自民党出身の政治家の違いが出ている。「謀略政治」と「義の政治」の違いとでも言ったらいいだろうか。間違えてほしくないが、私は亀井流の「義の政治」がすばらしいと言っているのではない。観察者として「スタイルの違い」を指摘したいだけだ。

 さて各紙で報じられたところによれば、岡田に仙谷、さらに玄葉光一郎国家戦略相兼党政調会長、野田佳彦財務相、安住淳国対委員長らは菅が退陣しなければ、役職を辞任する意向を示唆してきた

 菅の居直りがはっきりしたいま、彼らはどうするのだろうか。虚脱感にひたるのは勝手だが、政治家として発言にはけじめをつけてもらわなくてはならない。

 なかには、第三者を介した得意の「オフレコ発言」として伝わっている場合もあるので「オレはそんなことは言ってない」と言う向きもあるかもしれない。まあ、菅を追い込む作戦の一つだったのだろう。

 しかし、国民を甘く見ないほうがいい。鳩山といい菅といい、それから岡田たちといい、民主党政治家がどれもこれも「辞めるのやめた」の連発では、あきれるのも当然だ。本当に辞めたのは、松野頼久議院運営委員会理事ただ1人である。これではやがて、だれも相手にしなくなる。



(私のコメント)

菅総理がぬらりくらりと生き残りを図っていられるのは、策士策に嵌るのたとえが当たりますが、仙谷一派のクーデターは失敗に終わったようだ。岡田に仙谷に玄葉に野田に安住と辞任をほのめかして菅を辞めさせようとしましたが、菅総理はいまだに時期もはっきりさせずに居直っている。それが出来たのは亀井氏の入れ知恵があったからですが、大幅な内閣改造がそのポイントになるだろう。
 
仙谷、岡田一派は辞任は撤回して小幅な改造を求めていますが、菅総理は裏切りを許すだろうか? はっきり言って玄葉も野田も安住も仕事が出来ない。東日本大震災でも瓦礫もほったらかしで復興のめどすら立っていない。さらに通さねばならない法案が山積みなのですが、ねじれ国会で野党との駆け引きも出来なくては菅内閣も立ち往生だ。
 
自民党時代なら、官房機密費を野党に配って法案を通させたりも出来ましたが、枝野や仙谷にそれが出来るわけがない。野党との話をつけるには義理や人情や恩の貸し借りなどで打開してきましたが、民主党政権内にはそれが出来る人がいない。そこで亀井氏が菅氏に恩を売る形で大幅な内閣改造を進言しましたが、流れが変われば菅総理は亀井氏も裏切るだろう。
 
亀井氏は、小泉総理とのバトルでも裏切られて自民党から追い出されましたが、小沢氏ほどの悪ではないから小泉総理を引き摺り下ろすことに失敗した。非情な男の小泉はさらに刺客を送って亀井を追い落とそうとした。その刺客とはホリエモンでしたが、ホリエモンは今塀の中にいる。小泉竹中のような人物は義理があっても平気で切り捨てますが、菅総理も同じだ。
 
政治家のスタイルが変わってきたのでしょうが、義理や人情よりも金や利権が第一で、嘘も謀略もなんでもする政治家が増えつつあるのでしょうか。新興ヤクザと落ちぶれつつある任侠ヤクザの違いとよく似ていますが、新興ヤクザとは関東連合のようなヤクザで山口組や住吉は古いヤクザなのでしょうか。その山口組や住吉もかつては新興ヤクザだった。
 
新興ヤクザはネットの集合体のようなもので、親分がなくてアメーバ組織のようなものだ。暴力団新法で子分の不始末でも親分を取り締まる事が出来るようになりましたが、関東連合のような暴力団は親分がいないからそれが出来ない。政界も同じようなもので派閥の組織が解体されて、連合体のようになって誰がボスだか分からない。
 
ホリエモンにしても新興ヤクザの一人であり、社長とヤクザの二つの顔を持っている。彼らに義理や人情は通用しないから、嘘をつかれたり騙されたりは当たり前であり、恩の貸し借りも通用しない。政界にもそのような風潮が広まってきて、菅総理も小泉総理もタイプが良く似ている。日本人自体も変わってきて義理や人情は映画の中の世界の事であり、今では家族ですら信用が出来ない世界になって来ている。
 
そうなると駆け引きや謀略が先にたって、約束や恩の貸し借りは通用しなくなり、騙したものが勝ち騙されたものが負けの世界で、ホリエモンも結局は小泉竹中に騙されて利用されて捨てられた。企業文化も変わりつつあり、年功序列、終身雇用から非正規雇用や派遣労働の導入で義理や人情の通用しない社会になった。
 
時代の変わり目には新興勢力と旧勢力の摩擦が起きて、嘘や謀略がまかり通りやすくなる。新興勢力は旧勢力の利権を騙し取ることで利益を得ますが、騙す相手がいなくなればそれで終わりだ。民主党自身も騙し騙されが闊歩して幹部への不信感が強まり、党内はばらばらになるだろう。そして鉄の団結を誇る集団が最後には主導権を持つことになる。
 
孫正義も新興勢力ですが、投資家を騙しながらここまで大きくなってきた。口先ばかりが上手でありタレント性もあるところはホリエモンそっくりだ。楽天の三木谷社長も同じであり、ホリエモンは二人のようになり損ねただけだ。そして孫正義は政界へも影響力を強めて菅総理と手を組もうとしている。彼らは外資と手を組んで日本のインフラ産業を手に入れるつもりだ。しかし彼らも最終的には外資に裏切られて捨てられるだろう。闇の声氏は次のように言っている。
 
 
◆574 :闇の声:2011/06/24(金) 07:25:59.15 ID:t4qqk/lz
 
電力問題に目が行ってしまっている間に、将来有望な企業やビジネスを孫正義や三木谷経由で
外資に買われてしまう事をどう防ぐか、真剣に考えないと日本自体が巨大な詐欺国家になってしまうだろう。

ついでに言うと、三木谷の経団連脱会は当然の流れで、居酒屋等も追随するのでは?
つまり、民主党は金を動かせそうな連中を唆して経団連から奪回させ、ニューエコノミーと称する
貯金箱を作ってそれで政治をしようと言う事なんだろうさ。

これで見えてきたのは、菅直人が鳩山を蹴飛ばした理由と言うか、バックグラウンドだな。
つまり、菅直人は貯金箱を孫や三木谷から貰って、財界にも盾突くぞと宣戦布告一歩手前って事だ。
送電分離と新エネルギーでニューエコノミーバブルを煽って、金の流れを変えてしまう・・・
これで財界は菅直人と孫や三木谷に頭が上がらなくなる・・・ある意味財界クーデターだね。
同時にこれは、政商の新たなスタイルが出現したと言う事だろう・・・
現代版松永安左エ門って事だが、松永翁と違う処は外資頼りである事と、実業をバックにしてる訳では無く
虚業が実業を呑み込む構図を孫達は創ろうとしている・・・それも政治をバックにしてだ。
電力を抑えてしまえば実業・・・特に製造業は手も足も出なくなる。
通信を孫の言う通りにしなければ通信手段にも事欠きますよ・・・その位の脅しは掛けてくる奴らだ。
既に孫はD経由で主だった文化人に新エネルギー構想を脱原発をセットで説明をし、かなりの
数が賛同をしている・・・それが菅の耳に入っていて、菅は思い切って解散しても
鳩山に頭を下げて金を出して貰う必要は無い・・・むしろ、金を使わない理想の選挙で脱原発と新エネルギーは
耳触りが実に良い・・・



(私のコメント)

菅政権がずるずると続いているのは外資の意向でもあるのだろう。外資は日本のインフラ事業を手に入れて産業界全てを支配するつもりだ。それに対して亀井氏は郵政を守ることで自民党から追い出された。郵政の民営化と外資化とは別問題なのですが、小泉郵政改革の目的は郵貯簡保を外資に売り渡すことだった。そして新たに出てきた問題は電力の自由化であり送配電分離問題だ。これにも外資は虎視眈々とチャンスを狙っている。自由化や分離には賛成するが外資には反対だ。




アメリカは何を考えて、何をしているのか」という問いそのものをメディアは
禁じている。アメリカはつねに自国の国益を最優先させて戦略を起案する。


2011年6月23日 木曜日

ひさしぶりに授業をしました 6月22日 内田樹

みんなが「新聞もテレビももう終わりだ」となんとなくわかっている。
「みんながわかっていること」をメディアが報道しない。分析もしない。解決策を提言もしない。
そうやって、メディアの「知性」への信頼をメディア自身が掘り崩している。
端的な事例は平田オリザさんの「汚染水の廃棄はアメリカの要請」発言である。

そのあと、平田さんは「そのようなことを知る立場になかった」という謝罪のステートメントを発したが、言ったことが「口から出任せ」だったと言ったわけではない。官邸周辺の「どこか」で聞いたのだが、それは「言わない約束」だということまでは確認しなかったのである。

当然、メディアとしては、「アメリカの要請」があったのかどうかについて、発言の真偽について裏づけ調査をするはずだった。
どの新聞もしなかった。
続報は一行もなかった。

鳩山時代から内閣参与として長く官邸に詰め、さまざまな情報を「知る立場にあった」平田オリザさんが「ぽろり」と漏らした情報について、「もしかすると、それに類する指示がアメリカからあったのかもしれない」と仮定して「裏を取る」という作業をした新聞もテレビもなかった。
一つもなかったのである。

それどころか、アメリカは今回の福島原発の事故処理に、どのようなかたちでコミットをしているのか、どのような処理プランを提言しているのか、それはアメリカの中長期的な原子力政策とどういうふうにリンクしているのかといった射程のもう少し広い解説さえ、私は読んだ覚えがない。

「アメリカは何を考えて、何をしているのか」という問いそのものをメディアは自分に禁じている。
そうとしか思えない。


アメリカはつねに自国の国益を最優先させて戦略を起案する。
その「国益の最大化」路線の中で日本の原発事故はどういうふうに位置づけられているのか。
ブログでも繰り返し書いたように、日本の脱原発、段階的廃炉、火力発電への緊急避難、代替エネルギーへの切り替えは、どれもアメリカの国益の増大に資する。
だから、必ずアメリカはそのような方向に向けて日本を誘導するはずである。

その過程で必要とあらば原発処理を技術的に支援して「恩を売り」、必要とあらばあえて日本政府が失敗するに任せて「日本人には原子力テクノロジーをハンドルする能力はない」という国際的評価を定着させるだろう。

そういう大きな文脈でとらえたときにはじめて、浜岡原発の停止も、汚染水の海洋投棄も「アメリカからみると合理的なソリューション」だということがわかる。
アメリカは日本に憲法九条と自衛隊を同時的に与え、それによって日本人を思考停止させることに成功した。

「アメリカは自分たちがしていることの意味をわかっているが、私たちはアメリカがしていることの意味がわからない」という知の非対称によって、私たちはアメリカの属国というステイタスに釘付けにされている。
グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論そのままである。

日本政府をコントロールするのはアメリカにとってたいへん簡単なのである。
あるときは「優しい顔」を向け、まったく無文脈的に「無関心な顔」や「怒りの顔」を向ける。
それをランダムに繰り返すだけでいい。
それだけで日本人は思考停止し、アメリカへの全的依存のうちに崩れ落ち、ひたすらアメリカの「指示待ち」状態に居着いてしまう。

アメリカの植民地支配のうちでもっとも成功したのは日本支配である。
だから、マスメディアは「日本の対米従属の集団心理的メカニズム」については絶対論じない。
論じることができない。
マスメディア自身がその思考停止の「症状」そのものだからである。

何度も書いたことだが、2005年にEU議会がロシアに北方領土の返還を命じる決議をしたとき、日本のメディアは一紙を除いてこれを報道しなかった。
日本の外交政策を側面支援する決議を欧州議会がしたときに、なぜそれが全国紙の一面トップにならなかったのか。

それは「そのニュースを日本人が知ることを好まない国がある」とメディアが忖度して、その怒りをはばかって「自粛」したからである。
その理路については、何度も書いたので、もう繰り返さない。ブログの記事か、『最終講義』の第三講をご参照願いたい。

私たちの国は過去66年間ずっと、そうやって「アメリカの気持ち」を忖度して、右往左往してきた。
そして、マスメディアはそのもっとも際だった症状である。
自分が病んでいるということ自体を自覚できないほどに深く病んでいる。
だから、たぶん私の書いていることの意味をジャーナリストたちはうまく理解できないだろう。
というような話を学生たちにする。

そのあと、「尖閣諸島問題」や「竹島問題」や「沖縄問題」について、さまざまなご質問をいただく。
これらの問題が解決しないのは、「領土問題が解決しないstatus quo から最大の国益を得ている第三者が解決を妨害しているからだ」という、「いかにもありそうな」仮説については誰も検証しないからであるとお答えする。

どうして他のイシューでは「いくらなんでもそれは無理筋」なヨタ仮説を飛ばしまくる週刊誌も月刊誌も、この「いかにもありそうな」仮説については、そのようなものが存在すること自体を無視するのか。
それについて学生諸君はよく熟慮していただきたい。


(私のコメント)

「株式日記」は注目した新聞記事やブログに対して自分の感想を書いているわけですが、それは自分の思考を文章にすることで思考力を高めていることになります。株式日記を書き始めた13年前は数行のコメントも書くにも多くの時間を要しました。毎日そんなに考える事など無いのでしょうが、考えなければ考える能力は発達するはずがありません。
 
ネットの時代になって、自分の考えを世界中の人に知らせることが出来るようになり、毎日一万数千人もの人がアクセスして来ます。株式日記を読むことで多くの人が考えるようになってくれればいいのですが、内田氏が書いているように、「日本人を思考停止させることに成功した」事で、日本人は考える事をやめてしまった。
 
「アメリカは自分たちがしていることの意味をわかっているが、私たちはアメリカがしていることの意味がわからない」と言うのは、在日米軍がなぜいるのかといった疑問を持たなくなったことからも明らかであり、日本国内に外国の軍事基地が存在することの意味を日本人の多くが考えない。それが当たり前と思っている。
 
「アメリカの植民地支配のうちでもっとも成功したのは日本支配である。」と内田氏は書いていますが、日本国内にアメリカの軍事基地が85ヶ所もあるのにアメリカに支配されていることに気がつかないのは思考停止してしまっているからだ。アメリカに日本軍の軍事基地がある事が考えられるだろうか? ワシントン郊外やロスアンゼルスの郊外に日本の自衛隊基地があって、そこが租界地になっていればどうだろう。
 
「2005年にEU議会がロシアに北方領土の返還を命じる決議をした」と言うことですが、私はそのようなニュースを目にした事がない。新聞社もその事に気がつかなかったのだろうか? あるいは報道することを自粛していたのだろうか? 日本がアメリカの植民地であり、日本のマスコミはアメリカの広報機関だと解釈すれば理が通る。
 
「自分が病んでいるということ自体を自覚できないほどに深く病んでいる。」のは、マスコミばかりでなく国会のほうが重症だ。憲法の改正手続きにしても国民投票法の内容すら店晒しにされてきた。自民党は憲法改正が党是のはずですが、アメリカ軍の軍事基地がある限り不可能に近い。アメリカ軍がなかなか出て行かないのはアメリカにとってそれが利益であるからだ。
 
株式日記でもそのことを書き続けてきたのですが、思考停止してしまった日本人は死んだふりをしてアメリカ軍が立ち去ってくれるのを待つしかないと諦めているのかもしれません。中国の侵略を言う人もいますが、中国に一番近い沖縄県民がアメリカ軍基地に反対しているのは矛盾する。だからアメリカの国務省あたりが中国に命じて尖閣で騒動を起こさせた。
 
中国や韓国で反日を背後から煽っているのもアメリカであることは見え見えだ。それは従軍慰安婦問題で議会決議したことからも明らかだ。「アメリカはつねに自国の国益を最優先させて戦略を起案する」から、先日も書いたように英国とドイツを反目させ、日本と中国とを背後から操って対立させることがアメリカのリアリズム外交だ。
 
ヨーロッパや日本で反原発運動が盛んなのに、アメリカ国内ではそのような運動は小さいのは、アメリカの戦略と考えれば分かりやすい。「日本の脱原発、段階的廃炉、火力発電への緊急避難、代替エネルギーへの切り替えは、どれもアメリカの国益の増大に資する」と内田氏は書いていますが、浜岡原発を停止させたのはアメリカの指示だからだろう。
アメリカの政府高官が『あるときは「優しい顔」を向け、まったく無文脈的に「無関心な顔」や「怒りの顔」を向ける』のは、それが彼らの植民地統治手段だからだ。菅総理があそこまでがんばれるのもアメリカの指示が国会内で効果を発揮しているのかもしれません。菅内閣はTPPを成立させることでアメリカの支持を取り付けていると考えられます。
 
霞ヶ関も国会もマスコミもアメリカのスパイだらけで、アメリカの悪口を言えばいっぺんにテレビに出られなくなります。つまり日本人の顔をしたアメリカ人が沢山いるということであり、協力者には甘い飴をあげるが、真実をばらすものは飴を取り上げて追放する。このようにしてアメリカは日本を統治してきた。




夏の停電説は、原発が必要なことをアピールするプロパガンダではないか?
東電や政府は、その情報を正確に伝えずに、世論を操作したのではないか?


2011年6月22日 水曜日

「節電しないと今夏、大停電」はウソ、火力・新エネルギーで電力需要は賄える(1) 6月22日 東洋経済

原子力発電所の停止で大停電がやってくる――。今夏は原発事故を起こした東京電力だけでなく、九州電力「玄海」のように、定期点検中の原発も再運転が危ぶまれており、全国的に電力不足に陥るという予想が台頭。東電管内などでは、家庭や企業に対して「一律15%」の節電を要請する構えだ。
 
 が、一部では「夏の停電説は、原発が必要なことをアピールするプロパガンダではないか」との見方が広がっている。

 というのも、電力会社が発表する供給能力が、徐々に、だが確実に拡大しているからだ。東電の場合、今夏のピーク時電力需要予測は5500万キロワットとしたうえで、震災直後に「供給能力は7月末時点で4650万キロワット程度。約1000万キロワットも足りない」と発表。家庭や企業間で恐怖心が広がった。

 ただその後、休止中の火力発電所などを立ち上げることで供給能力が回復。現状では、8月末の供給力予測は5620万キロワットと、すでに想定需要を上回っている。

事故当初は、被災した発電所をどの程度再開させられるかわからなかったにせよ、「こんなハイペースで引き上げられるのは、もともと能力を隠していたと勘繰られても仕方ない」(業界関係者)。

そもそも、3月に行った計画停電は、原発に加え火力発電所が被災したことによる供給能力の低下の影響も大きかった。「頑張れば停電しなくて済む日もあったはずだ。東電や政府は、その情報を正確に伝えずに、世論を操作したのではないか」と、名古屋大学大学院環境学研究科の高野雅夫准教授は指摘する。

原発依存が招いた停電

 一方、政府の要請によって浜岡原発の全原子炉を停止した中部電力では、2011年度に占める原子力の電源構成はわずか12%。「原発を止めたとしても水力と火力だけで3000万キロワットの設備容量があり、今年のピーク容量見通しは賄える」(高野准教授)。

 原発停止による電力供給への影響は、各電力管内でも微妙に異なるが、「全国でかなりの原発が止まっても、火力で賄える」と、原子力資料情報室の西尾漠共同代表は言い切る。

 西尾氏によると、昨夏のピーク需要量約1.8億キロワット(原発を持たない沖縄電力を除く9社合計)のうち、原子力が担ったのは計算上、わずか1500万キロワットで、約1.6億キロワットは火力や水力が担った。今夏は需要が昨年を下回ると見られるほか、火力を増強しており、原発による発電量が相当絞られても堪えられる計算になる。冷夏だった09年は、原発をまるで使わずに最大電力が賄えたという。

 夏場のピークといっても、「実際は夏場の数日間、しかも数時間程度。その9割は事業所が使用する。工場の休み時間を1時間ずらすなど、ピークを下げるやり方はいくらでもある」(高野准教授)。一方、近年電力消費量が増えてきた家庭部門でも、「電気湯沸かし器など電力消費量の多いものを使うのをやめればバブル期の水準にまで消費量を落とせる」。

風力で原子力を賄える?

 とはいえ、原子力の代わりに石油を使った火力発電量を増やすことは、二酸化炭素(CO2)の排出量の増加にもつながる。こうした中、新たなエネルギー源を模索する動きも出そうだ。

 風力発電の発電量ポテンシャルは19億キロワット――。4月末、環境省が発表したある調査結果が、関係者の度肝を抜いた。タイトルは「再生可能エネルギーポテンシャル調査」。風力や太陽光など日本における再生可能エネルギーの潜在発電力を試算したところ、風力発電は現状の約760倍という驚愕の結果が出た。

 もっとも、日本風力発電協会によると、潜在力が高い地域は北海道や東北で、可能な設備容量なども加味すると、「50年までに2500万〜3000万キロワットというのが妥当な数字」(斉藤哲夫企画局長)。加えて「補助金がなくなってからは風力の採算は厳しい」(電力会社)。ただ、足元では電力の買い取り制度の見直しも進んでおり、今後、利用が伸びる潜在性を秘めている。仮に2500万キロワット発電すれば、100万キロワット程度の出力を持つ原発の25基分に相当する。

 火力発電所や新エネルギーで電力消費が賄えてしまえば、原発の必要性は一段と訴えにくくなる。「反原発」「脱原発」の波が全国的に広がる中、電力政策は今夏、新たな岐路を迎える。


(私のコメント)

最近の株式日記のコメント欄を見ると、ブログに書いた内容とは関係のないコメントばかりで、関係のあるものは数えるものしかありません。一つ一つ見ながら消すのも面倒なので放置状態なのですが、みずほ銀行のシステムトラブルに関係ないものを消してみたら、69件のうち残ったものは9件だった。「株式日記」は掲示板ではないし2ちゃんねるでもないから、関係ないコメントは2ちゃんねるに投稿願います。
 
だから多くのメジャーなブログではコメント欄を無しにしているところが多いですが、それでは読者の動向が分からなくなる。以前はアクセス解析で分析していましたが、細かな事が分からない。昨日のことでも、みずほ銀行のシステムトラブルは、日本企業にとって根の深い問題ですが、そのトラブルによって頭取の首が飛んだ。頭取はコンピューターシステムのことなど分からないのでしょうが、それでいいのだろうか?
 
日本の総理大臣も次から次へと交代しても日本の状況はちっとも良くなりません。銀行の頭取も同じであり、銀行のオンラインシステムは銀行経営の根幹の問題だから、「私はコンピューターのことは分かりません」では通らない。頭取と言えどもオンラインシステムの専門的な知識がなければ根本的な解決にはならないでしょう。
 
東京電力にしても、現在の社長は資材畑の社長であり原子力発電の事など分からない。もし社長が原子力発電専門家であったのなら、柏崎の原発事故で問題を認識して手を打っていたかもしれない。専門家でなければ何を忠告しても「原発は安全だ」と応えて問題は放置されてしまう。それが事故が起きると経営幹部は辞任するだけで終わってしまうから、同じ問題が繰り返される。
 
昨日のNHKのニュース9でも、送配電の分離問題をやっていましたが、電力業界でも競争原理が必要であり、地域独占企業は殿様商売であり、コストに利益を上乗せした商売をしてきた。「電力が止まったらお前たちはこんなに困ることになるぞ」と言う脅しのために計画停電や、一律15%の節電などが呼びかけられていますが、地域独占企業だから出来ることだ。もし自由化されていれば他の電力会社に切り替えられてしまう。
 
電力会社の横暴を防止するには、送配電を分離して電力事業への新規参入を促さねばなりません。各地域の電力会社は送電線の管理会社となり、原子力発電からは撤退させるべきだろう。経営陣に原子力発電の専門家がいなかったという事でも、電力会社の経営が杜撰であったと言えます。原子力安全保安院も原子力安全委員会も機能せず、現場の技術が分からない者によって経営されると言う事は現在ではあってはならない。
 
日本の総理大臣しても、経済の事が分からない総理や軍事外交の事が分からない総理大臣ばかりで、原子力に詳しい菅総理でさえ福島原発事故に対しては手も足もでなかった。国会議員を10年もやっていればシャバの事が分からなくなり、国会議員でいることが目的化してしまって、社会で起きている変化に疎くなり、原発事故が起きて初めて実態を知るようになる。
 
民主党政権でも原発の危険性を認識せず、原発の発電割合を50%にしようとしていた。知らないと言うことは恐ろしいことであり、みずほ銀行のオンライントラブルも、ソニーの情報漏えいも、経営幹部が現場の最新情報に疎いから大事故が起きてしまう。もちろん政治家や会社の幹部にしても専門家をつければいいではないかと言う意見もありますが、原子力行政にも専門家が沢山スタッフとしていた。しかしトップがバカだと何の機能もしない。
 
「株式日記」では自然エネルギーにしても次世代原子力発電にしても、経済問題から軍事問題にいたるまで最先端の事を書いて来ていますが、読者にその事が理解できる人が少ない。だからブログと関係のない事ばかりがコメント欄に溢れることになるのだろう。一昨日も高学歴でも仕事が出来ない人が多くなったことを書きましたが、東京電力の社長もみずほ銀行の頭取も日本国の総理大臣も不勉強なバカばかりなのだ。
 
社会人になっても、一週間に一冊ぐらいは本を読まないと時代についていけなくなるし、仕事に関してもグローバル化が進んだら英語ぐらい話せるくらい勉強しないと会社の社長や総理大臣になってはいけないと思う。大学を出て社会人になったとたんに本も読まなくなり、英語も勉強しなくなる。これでは東大出ても何の意味もない。
 
「風力発電の発電量ポテンシャルは19億キロワットと、環境省が発表した」そうですが、洋上発電など考慮すれば大げさな数字ではないのだろう。火力発電も年々進歩して発電効率は昔の2倍から3倍にもなっている。それにも拘らず国は原子力発電に拘りましたが、国会議員こそ不勉強の塊だ。





みずほ銀のシステム担当役員が障害発生を知るまで、最初のトラブル
から17時間かかった。再発する恐れはまだ残ると、本誌は断言する。


2011年6月21日 火曜日

システムを熟知する要員がおらず、みずほ銀行のトラブル処理は
混乱に混乱を重ねて30もの不手際を重ねた。東京電力の原発も同じなのだ。


第1回 重なった30の不手際  6月13日 ITPRO

東日本大震災から3日後の2011年3月14日。この日の午前に最初のトラブルは発生した。テレビ局が東日本大震災の義援金を番組などで呼びかけたところ、みずほ銀行東京中央支店のテレビ局の義援金口座(以下、口座a)に、振り込みが殺到した。

午前10時16分、振り込みによって生じた「取引明細」の件数が上限値を超え、口座aに対する「預金・取引内容照会」ができなくなった。取引明細は通帳の記帳に使う。

 みずほ銀は口座aを、格納できる取引明細の上限値が小さい「個人・通帳口」として間違って設定していた表-1)。

 みずほ銀は口座の種類を二つの属性の組み合わせによって区別している。一つは「個人」か「法人」か。もう一つは、取引明細を通帳に記帳する「通帳口」か、記帳しない「リーフ口(ぐち)」かである。

 これら二つの属性によって、格納できる取引明細の上限値が変わる。通常、義援金口座のような大量振り込みが予想される口座は、リーフ口として登録する。リーフ口の場合、取引明細が上限値を超えることはない。取引明細を保存しないからだ。

 みずほ銀が口座aの開設手続きを実施したのは2005年9月のことである。この際、みずほ銀は口座aを「個人・リーフ口」にしていた。ところが2007年12月、テレビ局から「振り込み明細を通帳で把握したい」との要望を受け、「個人・通帳口」に変更した。

夜間バッチでも上限オーバー

 午後3時以降に受け付けた振り込み依頼は、夜間バッチで入金処理する。午後10時7分、口座aの夜間バッチが異常終了した。

 実は夜間バッチでも、一つの口座につき何件まで処理できるかを示す上限値の設定があった。口座aは、振り込み処理の前に明細を退避する準備処理で、この上限値をオーバーした。このとき、現場にいたシステム担当者は、このような上限値が勘定系システム「STEPS」に存在することを知らなかった表-2)。

 担当者は異常終了時のエラーメッセージなどから上限値の存在を突きとめ、上限値を拡大した。その後バッチ処理を再実行したが、また異常終了した。先の異常終了によって、一部の振り込みデータが欠落していた表-3)からだ。

 再実行には欠落データの復元が必要だ。結果的に、この復元に8時間を費やした表-4)。復元作業の過程で、翌朝のオンライン起動に向けたタイムリミットの午前6時までに夜間バッチが完了しないのは確実になった。

 みずほ銀のシステム担当役員である萩原忠幸常務執行役員は、15日午前3時30分頃になって初めて、IT・システム統括部から障害の報告を受けた。担当役員が障害発生を知るまで、最初のトラブルから17時間かかった表-5)。(後略)



(私のコメント)

3・11の東日本大震災は、日本の大企業が抱えている問題点を幾つも浮かび上がらせている。福島原発の大事故を防げなったのは人災的なものであり、東京電力は、そのような場面を想定した防災訓練も行なっていなかった。同じくみずほ銀行は、システムトラブルを引き起こして手作業で窓口業務を行なうようになり、頭取の辞任の大トラブルになってしまった。
 
東電の役員の中に原子力発電の専門家がおらず、みずほ銀行の役員の中にも情報システムの専門家がいなかったことが、トラブルを大きくしてしまった原因の一つにあるだろう。そして現場とトップとの距離が非常に大きくて、経営幹部は起きたトラブルに対して適切な対策をとることが出来ない。これらは災害が起きてからでは遅いのであって、システムを熟知した者によって指揮が取られなければ防げないだろう。
 
Tproの記事を読んでも、原因の始まりは『テレビ局から「振り込み明細を通帳で把握したい」との要望を受け、「個人・通帳口」に変更した。』事であり、そのことで上限値がオーバーしてしまった。そして現場では『現場にいたシステム担当者は、このような上限値が勘定系システム「STEPS」に存在することを知らなかった』『担当者は異常終了時のエラーメッセージなどから上限値の存在を突きとめ、上限値を拡大した。その後バッチ処理を再実行したが、また異常終了した。』事が混乱を拡大していく。
 
システムを現場担当者が熟知していれば、変更操作をせずにシステムを止めて混乱を最小限にすることが出来ただろう。最初からシステム設計が顧客の要望に応えられないのにリーフ口から通帳口に変更した事がそもそもの始まりだ。最初から通帳口では直ぐに上限値に達することは予想が出来たことだ。しかし現場は上限値のことを知らなかった。
 
考えてみれば、テレビ局の口座を通帳で見たいと言う注文が無茶なのであり、テレビで義援金を呼びかければ数十万件の振込みが殺到する。それを通帳で記帳することなど最初から想定していなかったのだろう。つまりシステム設計の段階からリーフ口から通帳口に設定の変更は出来るよう設計されていなかった。
 
問題の根源はこのような巨大システムの管理体制が杜撰なことであり、「みずほフィナンシャルグループなどによるシステムに関する内部・外部監査が機能していなかった」「みずほ銀はシステム監査において、「システム運用管理体制」のリスクを最高レベルとしていないなど、リスクの大きさを正しく把握することができていなかった。」と言う指摘は、電力会社の原子力発電のリスクの甘さも共通している。
 
現場の担当者はエラーのメッセージを読み誤り同じ間違いを繰り返した。更には設定変更などの誤操作を繰り返して対策を誤った。このようにコンピューター操作はシステム全体を熟知した者でないと、一旦トラブルと誤操作が回復を不可能にしてしまう。「TARGETやSTEPSの改良といったシステム上の手当が遅れたのは、システムの基本構造や処理方式などを熟知するシステム要員が決定的に不足していたのと、銀行実務を知る要員が減少していたためである。」
 
東京電力の福島原発事故にしても、全停電状態になればどのようなことが起きるか分かっている者がいれば、8時間以内に冷却水を入れなければメルトダウンを起こす事をに手を打っていれば大事故にならずに済んだのでしょうが、現場も東電本社も適切な手が打てなかった。社長や会長がそのことを知っていれば他に手はなかったはずだ。
 
私自身も外資系保険会社のコンピュータセンターに勤務していたことがありましたが、現場のオペレーターが出来るのは日常業務だけであり、トラぶったらおしまいだ。技術者もシステム全体を知らず根本に原因があれば小手先では解決は不可能だ。「3月の障害では経営陣のリーダーシップの欠如が被害を拡大させたからだ。 」と記事にもありますが、東電の福島原発でも同じことだ。
 
問題の根本解決は最高経営幹部自体が根本原因が分かる専門家である必要があり、自前で養成しても上手くは行かないだろう。外部から専門家を呼んで根本から再構築して立て直さないと同じ問題が起きるだろう。それは人事に問題があるのであり、年功序列人事では外部から専門家をスカウトすることは難しい。
 
日本の人事体系は年功序列であり、入社時の学歴で出世コースとその他に分けられる。出世コースに乗ると様々な部門を歴任してゼネラリストになりますが、スペシャリストは作らないようにしている。スペシャリストは専門家であり外部でも通用するから、会社側は転職されることを恐れるから社内で専門家を作らないような人事システムになっている。
 
メーカーなどでは最初から技術者として専門家を採用しますが、経営幹部になる事は極めて少なく、一流大企業で技術者が社長になる事は少なくなっている。調べると3割程度が理系出身者であり文系の社長が圧倒的に多い。理系の技術者は視野が狭く専門分野に閉じこもるからなのだろうか。「みずほ」にしてもITの事が分かる人材がいない。東電も原子力の専門家が経営陣にいない。マネジメントも分かり技術も分かる人材は非常に少ない。
 
欧米のようにマネジメントや技術の専門家を外部からスカウト出来れば新しい状況に対応が出来るのでしょうが、年功序列の大企業ではマネジメントの専門家も技術の専門家も育たない。「みずほ」のトラブルも福島原発災害も日本的なシステム障害でもあるのだ。
 
 




高額の教育投資が行える親は、子供を海外留学させて、帰国子女枠で
大学に入学させる。塾に通わせて有名大学に入学させようとする。


2011年6月20日 月曜日

なぜ、高学歴でも仕事がデキない人が増えているのか 6月20日 吉本佳生

企業が人材を採用する際に、学歴という情報を重視することがある。受験戦争を勝ち抜いて、有名大学を卒業した人は仕事を遂行する能力が高いはずで、採用すべきという判断からだ。「有名大学を卒業した人は仕事もデキるはず」という部分が「学歴シグナル」だ。

 日本は、高い学歴が、高い収入をもたらすという学歴社会であった。しかし、この学歴社会と学歴シグナルは崩壊しつつあるようだ(図参照)。

 高学歴=高収入の時代が終わったことは、過去10年の日本の歩みを見ればわかる。有名大学を卒業した高学歴グループに占める「高い能力」を持つ人の割合も減っている。

 理由はいくつかある。例えば、一般の入学試験によらないAO入試(アドミッションズ・オフィス入試)で入学する学生が増えている。入試の科目数を減らす大学も多い。また、受験テクニックを重視する塾や予備校も増えている。こうした中で、受験生は勉強にさほど労力と時間をかけなくても有名大学に入学できてしまうのだ。

 高額の教育投資が行える親は、子供を海外留学させて、帰国子女枠で大学に入学させる。あるいは、子供を小さいころから塾に通わせて有名大学に入学させようとする。これは、お金をかけて高学歴を買うのであって、「高い能力」を養っているわけではない。

 これまでは、高学歴は「仕事上の能力の高さ」を示すシグナルだったのが、「親などの教育投資が高額なこと」のシグナルになってしまった。

 こうして高学歴を獲得して社会人になっていくのだが、彼らは、社会人になってからの勉強が苦手だ。例えば、コミュニケーション能力である。社会人になれば、幅広い年齢の人たちとの間でこの能力が求められるが、同世代の間では可能でも、世代間のコミュニケーションはおぼつかない。激しい受験戦争によって、そうした能力を鍛える場所が非常に少なくなっている。

 また、私が社会人になって身近に見てきた例をあげれば、エリートコースに乗る人は、必ず勉強している。一橋大学を卒業している先輩は、土日はいろいろな女の子と遊びに行くような人だった。しかし、仕事でどんなに疲れていても、夜中に必ず勉強していた。睡眠時間を削って勉強していたのだ。

 もう一人は、上智大学を卒業した後輩である。英会話能力の高い人だったが、やはり必ずNHKラジオの英会話放送を録音していた。英語力を落としたくないと、仕事でどんなに遅くなっても録音を聴きながらテキストをめくっていた。

 二人とも、その勉強に関連した仕事をしているかどうかとは別問題で、社会人になった自分が勉強すべきことを学んでいたのだ。

 社会人になれば、受験生のときのように、勉強に集中できる環境が整えられ、勉強だけをしていればいいというわけではない。たとえ肉体的に、そして精神的に大変な状態であったとしても、勉強を続けられるかどうかが重要になってくる。社会に出て体育会系が重宝されることがあるが、これには一理ある。社会人になってから必要な勉強をするには、体力が必要なのだ。

 
仕事のできない高学歴者が増えているのは、こうした勉強をしなくなっているからだ。入社がゴールではないことに気づいてほしいものである。


(私のコメント)

最近の日本の停滞は教育に問題があるからだろう。「ゆとり教育」はそのいい例ですが、大学生の質的な低下は明らかだ。企業側も大卒の新卒者の採用を控えているのは経済が低迷しているばかりでなく、採用してもなかなか期待したほどの人材がいないことが原因でもあるのだろう。昔は受験戦争の勝者が有名大学に入りましたが、今では有名大学でもAO入試で入学する者が半数近くにもなり、成績が良ければ受験勉強しなくても入学が出来る。
 
四当五落という言葉がありましたが今では死語に近くなってしまっている。家庭学習の時間は減る一方になり、国際学力比較テストでも学力の低下が止まらない。このようになってしまったのは文部省の政策にも原因がありますが、家庭や社会環境の変化も原因があります。今では高校全入、大学も選ばなければ何処かの大学に入学が出来る。これでは学生は勉強しなくなるのは当然の成り行きだろう。
 
私の経験では、大学までの教育でも卒業してしまえばほとんど忘れてしまって、微分や積分など今では全く分からない。勉強しなおせば思い出すかもしれませんが、ほとんど忘れてしまう。だから社会人になってからも勉強は続けなければ何の意味も無いのであり、大学を出て5年10年と本も読まなくなれば大学を出た意味が無くなると言うことだ。
 
社会人になっても勉強を続けるか否かで能力の伸びは大きく違ってくるのであり、大学を出て10年20年も経てばその違いははっきりとしてくる。東大を出て遊んでばかりいる人と三流大学を出て勉強し続けた人では能力において逆転しているだろう。だから年功序列で入社した時の学歴で出世が決まるような会社はろくな会社ではない。
 
欧米のように能力主義社会では、キャリアを上げたければ転職して地位を上げるシステムができていますが、日本では転職は出世コースからはずれることを意味する。先日も西尾幹二氏の書いていたように、大学でも同一学内招聘禁止法と言う慣習法で出世のエレベーターはない。これほど能力主義が徹底しているから他流試合を繰り返しながら出生して行く。
 
日本では逆に年功序列で、入社した時の学歴で出世コースが決まるから、有名大学を出て一流企業に入社したものが勝ち組になる。だからトップクラスの学生は今でも進学競争は厳しいが、有名進学塾での受験術で金のある家庭は有名一流大学に入ることが出来る。中にはわざわざ海外留学させて帰国子女枠で有名大学に入る人もいるようだ。
 
もちろん能力主義にも欠点はありますが、能力を公平に計ることは難しく、本当の実力が発揮できる機会も無いことが多い。本当は能力のある人ほど起業してビジネスを立ち上げるべきなのでしょうが、日本では優秀な人ほど一流企業に集まってしまって、才能を自ら潰してしまうことが多いようだ。本当に能力があれば中小企業のほうが実力は発揮しやすく、意地悪な上司に潰されることもない。
 
能力主義の欧米社会では、大学教育でも能力主義が徹底していて、大学教授でも数字でランク付けされるようだ。日本では学生を集めることが大学教授のバロメーターですが、欧米では卒業生の平均初任給まで評価される。大前氏の話では学部長の全米ランキングまであるそうです。
 


卒業大学と学部で給料に差つくため米の受験戦争激化と大前氏 2月9日 ポストセブン

中国、韓国、日本、そして米国……。各国の教育事情には大きな隔たりがある。大前研一氏が解説する。

 * * *
 アメリカで受験戦争が激化したのは、どこの大学のどの学部を卒業したかで給料に大きな差がつくようになったからである。

 私は母校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)の取締役会メンバーを5 年ほど務めたが、米経済誌『ビジネスウィーク』が毎年発表する学部ごとの全米ランキングが学部長の評価に使われた。順位が落ちた学部は改善計画の提出を求められ、極端な場合には学部長を代えたり、上位校から引き抜いてきたりする案も検討された。卒業生の就職先、年俸などに基づいてランキングが付けられるため、入学志望者にとっても大きな指標となる。
 
 ビジネススクールについてはもっと極端で、卒業生の平均初任給(オファー)はいくらだったかのランキングが出る(アメリカの会社では入社時期が同じでも、学歴と能力によって個々人の給料は大きく異なる)。それを基に、ビジネススクールの授業料の差が何年分の給料の差で取り戻せるかを計算し、志望校を決める。

 つまり、仮に2年間の授業料が一流ビジネススクールは20万ドル、二流ビジネススクールは7万ドルの場合、それに対する投資利益率が何%で回収期間は何年かを比較するわけだ。その結果、授業料が高くてもハーバードやスタンフォードなどの一流ビジネススクールを卒業したほうが得だということになり、そちらに殺到することになる。

 こうした背景から大学が給料を稼ぐための“道場”となり、かつての日本と同じくカネのかかる受験勉強に励むようになってしまったのである。





20日にも内閣改造を断行するとの見方が広がり、国民新党の
亀井静香代表(74)を副総理兼復興担当相に充てる案が浮上している。


2011年6月19日 日曜日

亀井副総理、急浮上!菅「延命ベクトル」仙谷切り人事 6月18日 ZAKZAK 

菅直人首相(64)が週明けの20日にも内閣改造を断行するとの見方が広がり、国民新党の亀井静香代表(74)を副総理兼復興担当相に充てる案が浮上している。亀井氏は菅首相に秋までの続投と大幅な内閣改造を進言しており、実現すれば菅首相の延命ベクトルが強まる。一方、岡田克也幹事長ら民主党執行部は、菅首相が辞任時期を明言しない場合には、「自分たちが辞任する」と首相に伝える方向で調整を始めた。週明けに向け、ポストをめぐる駆け引きが激化している。

 「どうやら菅内閣は月曜日(20日)に内閣改造するみたいだね。私の得たかなりの情報では、亀井が副総理格になって、災害復旧の責任を引き受ける。大変結構なことだと思って亀ちゃんに電話したら『そんなことはない』って」

 東京都の石原慎太郎知事は17日の記者会見の冒頭で問わず語りを開始。そのうえで「改造したら半年か1年もつだろうね」との見解を示した。

 20日には東日本大震災の復興基本法案が成立し、復興担当相が新設され、直ちに任命される公算が大きい。これに伴う内閣改造となるか閣僚の横滑りにとどまるかは不透明だが、亀井氏のほか、被災地の福島県が地元の玄葉光一郎国家戦略担当相や蓮舫行政刷新担当相を推す声もある。

 亀井氏が起用されるとすれば、これはズバリ菅首相の延命策だ。民主党関係者が言う。

 「内閣不信任案否決以降の政局は、菅首相の早期退陣と自民党との大連立を目指す仙谷由人官房副長官と、当面は続投させて少数政党・国民新党の存在感を守るために大連立を阻止したい亀井氏の戦いだ。菅首相は『秋口までの続投』という亀井氏に乗ったうえで、亀井氏を政権に取り込めば、さらなる延命も視野に入る。脱原発を争点に、衆院選を打てる段階までやるかもしれない。一方の仙谷氏は官房副長官を更迭される可能性が高い」

 その亀井氏は17日、東京都内で記者団に対し、菅首相に近く大幅な内閣改造をするよう進言したことを明らかにした。亀井氏によれば、13日に首相と官邸で会談した際に「怨念を解消するには、大改造して次(の代表選)に手を挙げたい人に加え、小沢(一郎元民主党代表)系からも入閣させるべきだ」と挙党態勢を築くよう要請。首相は「その通りにする」と答えたという。亀井氏は「自分は入閣しない」と語ったが、週末にも菅−亀井会談が行われる予定で、人事が話題となるとみられる。

 一方、仙谷氏率いる党執行部側も黙ってはいない。18日の朝日新聞によると、岡田幹事長と仙谷代表代行、玄葉政調会長らは、菅首相に対し具体的な辞任時期を明らかにするように自らの辞任と引き換えに説得することで調整に入ったという。退陣するか、四面楚歌の裸の王様となるか、を迫る自爆作戦だ。岡田氏は19日に首相と会談する。

★世論は続投に難色…週明け正念場

 執行部が想定するリミットも週明け。民主党は22日に会期末を控える今国会を90日程度延長する方向で調整しており、20日にも与野党党首会談を呼びかけているが、野党は菅首相の退陣時期が不明確であることから難色を示しており、週明けが正念場になる。

 民主党は22日に両院議員総会を開く方向で調整中。表向きのテーマは統一地方選の総括だが、小沢系を中心に退陣時期の表明を求める声が続出するのは確実だ。小沢グループの若手の中には「党執行部が舞台を整えるだろう。菅首相はここで観念してくれる」との希望的観測もあるが、「首相は屁とも思わず、粛々と党役員人事で(反菅の執行部を)交代させるだけでは」(中間派)との見方もある。

 しかし、世論は菅首相の続投に難色を示している。時事通信が10−13日に実施した世論調査によると、菅首相の進退については「直ちに退陣すべきだ」が31・1%で前月から倍増。東日本大震災への「対応に一区切りつけたら退陣」(50・6%)と合わせると81・7%に達しており、有権者の圧倒的多数が首相の長期続投を望んでいない実態が浮き彫りになった。

 いまや「延命学の大家」(みんなの党の渡辺喜美代表)と妙なほめられ方をされている菅首相だが、この週末に新たな“ペテン”を思案するのだろうか。



亀井氏、首相に「小沢元代表も納得の内閣を」 6月16日 読売新聞

菅首相が今月下旬にも内閣改造に打って出るのではないかという警戒感が与党内にじわりと広がりつつある。

退陣表明した首相が内閣改造に踏み切るのは非常識というのが一般的な見方だが、「前例無視、永田町の常識にとらわれない菅首相だけに、何をやるかわからない」という疑心暗鬼が背景にある。

 関係者によると、国民新党の亀井代表は15日夜、首相公邸で首相と1時間余り会談した際、「内閣改造しかない」と進言したという。

 亀井氏は16日、記者団に「(改造は)首相がやること」とかわしたが、民主党のベテラン議員に対しては、「首相と対立する小沢一郎元代表も納得する内閣を作り、挙党一致の体制を作るべきだと進言した」と語り、首相も前向きな反応を示したという。



(私のコメント)

政界は複雑怪奇の世界であり、魑魅魍魎が住む世界で、菅総理は延命のためならなんでもする覚悟を固めたのだろうか? 仙谷氏は野田財務大臣を総理にする構想だったのでしょうが、菅総理は反小沢をかかげて総理になったのですが、今度はその小沢ー亀井ラインと手を組んで延命を図ろうというのだろうか?

政界は、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵と言う世界であり、なんでもありの世界だ。菅総理にしてみれば延命になるとなれば小沢ー亀井ラインと手を組んで、仙谷ー野田、岡田、枝野を切るかもしれない。昨日も書いたように民主党は野党の寄せ集めであり、政策理念はばらばらだ。いわば民主党内でクーデターが起きるような出来事が進行しているのだろうか?

菅内閣は既にレイムダック状態であり、今月中にも辞任の方向は確定的だった。しかし後任の総理は野田氏が急浮上してきたとたんに、菅総理は亀井氏と会談を組んで、亀井氏の内閣改造で延命を図ることを決断したように見える。つまり敵であった小沢氏と手を組んで仙谷ラインを切り捨てる。菅氏にすればどっちみち後がないから、内閣改造で中央突破を図るつもりのようだ。

最終的には民主党の両院議員総会で決まるのでしょうが、「一定のメド」とはいつの事になるのか全く分からなくなってきました。「株式日記」ではポスト菅は亀井内閣を期待してきましたが、実現性は全くない。鳩山内閣の時には鳩山ー小沢ー亀井の三氏が政権を仕切っていましたが、菅内閣では反小沢で三氏は外されていた。

しかし菅氏と仙谷氏は必ずしも一体ではなく、仙谷氏の政治手腕は小沢氏や亀井氏に比べると必ずしも大きくはない。自民党との大連立も模索していたようですが、小沢氏や亀井氏に比べると自民党とのパイプは無きに等しい。政界は蛇の道は蛇で裏では何が起きているかわからない。国会では法案を通すためには自民、公明と話をつけなければなりませんが、仙谷、野田、岡田ラインでは無理だろう。

菅総理自身は政治理念も何もなく総理でいること自身が目的化してしまっている。果たして菅内閣は内閣改造で乗り切れるのか乗り切れないかは20日の内閣改造と22日の両院議員総会で決まるだろう。このような中突破策は中間派がどう動くかによって決まるだろう。ポスト菅は前原氏や原口氏なども名前が上がっていますが、仙谷氏の押す野田氏との後継争いもからんでいる。

亀井氏は菅総理に「救いの手」を出すことで小沢路線との和解を申し出ましたが、菅総理はこの話に乗るような雰囲気だ。本来ならば鳩山氏が小沢路線との和解をすべきなのでしょうが、不信任騒動で政治力を失い、亀井氏が仲介役に乗り出してきたのでしょう。マスコミでは小沢氏も政治力を失ったと書くところもありますが、菅氏が小沢、亀井ラインと協調すれば中間派はまた小沢路線にどっと集まる。

民主党の新人議員にとっては党の公認がもらえるかどうかが最重要課題であり、誰が党運営をするかで中間派の取り込みが決まる。亀井氏が復興担当大臣になると言う話もありますが、辞任するも内閣改造するにも菅総理の腹一つで決まってしまう。総理大臣を途中で「辞めさせる」には国会で不信任になるしかない。

現状では参議院で法案がストップしてしまうから、自公の協力がなければ国会の機能はストップしたままだ。仙谷氏はいろいろと策を模索したようですが、仙谷氏は野党を取り込めるだけの政治力がない。菅氏が辞めない意欲を見せているのは亀井氏の内閣改造を受け入れて突破する覚悟があるからだろう。

菅総理は延命になるのなら、野党も取り込んで仙谷一派を排除する内閣改造に賭けるだろう。一番切られる可能性の高いのが玄葉光一郎国家戦略担当相であり、追い込められているのは菅総理ではなく仙谷氏や玄葉氏のほうだろう。今日の朝からの報道番組を見てもこのような動きを報道していないのは不思議だ。

あまりの想定外の動きにマスコミがついて行けないのだろう。また政治評論家も発言していませんが、内閣改造が成功して菅政権が生き延びたら小沢氏の報復が怖いからだろう。玄葉氏は菅総理が辞めなければ辞任すると言ったそうですが、菅総理には渡りに船になる。


玄葉氏「首相辞めないなら閣僚辞任」刺し違え作戦の行方は… 6月18日 産経新聞

玄葉光一郎国家戦略担当相(民主党政調会長)が、首相が退陣時期を明確にしないなら閣僚を辞任する意向であることが分かった。自民党の石原伸晃幹事長が18日に山口県内で行った講演で明らかにした。土俵際で粘る首相と、辞表片手に刺し違え作戦に出る閣僚−。政権内部の駆け引きはさらに激しくなってきた。(坂井広志)

 「玄葉氏が(自民党の)石破茂政調会長に『子ども手当修正の3党合意を首相に持っていき、首相が辞めないと言ったら私は辞表を出す』と言ったそうだ」

 石原氏の講演は“暴露大会”の様相を呈した。

 民主党の岡田克也幹事長については「『暇になるから、これからもよろしく』と言った。首相と刺し違えるかもしれない」とあおり、仙谷由人官房副長官が「『辞める、辞める』と言っている」とも明かした。(後略)





私が民主党の政治家にいちばん欠けていると感じるのは、「仮説」を立てる
能力である。どこを変えればよいのか、道筋と順番をつけられる力のことだ。


2011年6月18日 土曜日

性急な政治主導が招いた官僚たちの士気喪失/古賀茂明(経済産業省大臣官房付) 6月13日 Voice

◇互いに不信感を募らせる悪循環◇

 なぜ菅首相は、今回「空回り」をしつづけ、「人災」といわれるような悲惨な状況を招いてしまったのか。霞が関のなかからみえたことを、本稿では論じたいと思う。

 まず、菅首相が「空回り」した原因は、明らかに官僚をうまく「使いこなせなかった」ことにある。いざ有事において、官僚組織を迅速に動かすためには、現場に臨機応変に対応できるような権限を与える代わりに、責任は自分が取るという強い覚悟が、政治家には求められる。上の立場の人間が、「俺が全部責任を取る」という態度を示さねば、現場はなかなか思い切り動けない。

 だが、菅首相が示した態度は、「とにかく情報を早く上げてこい。決めるのは俺だ。決めたらいったとおりにやれ。それができない無能者は承知しない」というものであったように感じる。そういわれれば、官僚としては、さまざまな情報を上げ、判断を仰ぐ。しかし、これだけの非常時に、現場の細かい情報を集中させても錯綜するだけで処理しきれるものではない。

「官邸、しかも総理本人に情報を上げ、そこでの判断を待たなければならない」となれば、どうやっても時間がかかる。官僚からみれば、「急げというくせに、官邸に上げたら時間がかかるじゃないか。われわれを信頼してやらせてくれればもっと進められるのに」という苛立ちと焦燥感が募るばかりである。それでいながら、「できなかったらおまえの責任だぞ」などといわれれば、あっという間に士気喪失である。

 もともと菅首相が非常に厳しく官僚に当たり、感情を露わにするという話はよく聞いていた。そのような地合があるところに、このような混乱状況が生まれてしまったら、周りを固める人たちからすれば、「何なんだ、この人は」という不信感の悪循環が生まれるだけになってしまう。

 東電福島第一原発の話でも、ベントのタイミングが遅れたのではないか、といわれている。現場の状況をよく知らないくせにという批判を承知であえて指摘すれば、菅首相が「全責任は政府が取る」と明示して「命令」すれば、事故現場の暗闇で手探りで作業せねばならなかった事情はあるにせよ、もう少し早く行なうことができたのではないか。

「絶対に放射能を外に漏らしてはいけない」といわれつづけてきた原子力事業者からすれば、放射能を撒き散らすことになるベントは、精神的にきわめてハードルの高い決断である。しかも、運よく原子炉がすぐに安定状態になったとしたら、「なぜベントなど行なったのだ」と批判される恐れもあるのだ。そういうなかで、「おまえの責任だ」といわれそうな雰囲気の下、「早くやれ」と尻だけを叩かれても、それが正式な命令ではなく、ただの言葉の指示だけでは、現場としては必要以上に慎重にならざるをえないことは目にみえている。

 もちろん、以上は民主党政権の「政治主導」の姿勢そのものを批判するものではない。民主党は「官僚は国民のためよりも、省益のために動く。放っておくと、縦割りで勝手なことばかりやる」と考え、政治家が、少し緩んだたがを締め直し、手綱を引っ張っていこうと考えていたのだろう。霞が関がその弊害にまみれていることは、まさにそのとおりである。

 だが、今回の震災では、死者・行方不明者3万人以上という想像を絶する被害と、福島での原発事故という大きなリスクにさらされた。これだけの有事であれば、普段は惰性で仕事をしがちな官僚たちもさすがに危機意識を抱き、政府から的確な指示さえあれば、いつでも動ける体制をとっていたはずだ。そこにおいて、むしろ性急に「政治主導」の政治ショーをみせるためにギアを入れたのは、明らかに逆効果であったように思われる。

 さらにいうならば、阪神淡路大震災や新潟県中越沖地震の教訓から、官邸と官僚組織には危機管理のノウハウがそれなりに積み重ねられていた。要するに、すでに大枠のルールがあり、それに従えば、末端の組織まで動く仕組みがすでにあったはずなのだ。

 しかし、民主党政府は、それらをすべて白紙に戻してしまった。自民党時代のものは何でも否定したいという動機からであろうか。一方で、震災対応に向けた会議をたくさんつくったが、組織というものはいきなりゼロから立ち上げて、思いどおりに動くものではない。むしろ、指揮系統が複雑になって現場は混乱するばかりである。

 おそらく民主党の政治家は、これまで危機管理というものを真面目に勉強してこなかったのではないか。だから、「政治主導」という空虚な概念を振り回すだけで、指示や命令に一貫性がないという状況になってしまったのだ。

◇民主党の勘違い◇

 震災の話から一般論に戻そう。

 私が民主党の政治家にいちばん欠けていると感じるのは、「仮説」を立てる能力である。つまり、一つの問題を解決するために、どこを変えればよいのか、道筋と順番をつけられる力のことだ。

「仮説」を立てれば、結果が想定どおりにならなかった場合に、なぜそういうことになったのか、自分がとった考え方と行動がはっきり整理できるので、その原因の分析ができるはずだ。しかし、民主党はどんな仮説に立ってどう行動したのか、自分でも理解していないのではないか。それでは、いつまでも場当たり的な対応を繰り返すしかない。

 そうなってしまうのは結局、民主党の政治家が政策に関する体系的な勉強をしてこなかったからであろう。野党時代の民主党は、与党の自民党の政策のアラを探して、そこを徹底的に追及していく、という政治手法を多用した。ところが、その分野について幅広い見地から勉強し、問題解決のための「仮説」を出して政策を推し進めていくのは、不慣れなようだ。

 たしかに「消えた年金記録」など、民主党の粘り強い追及によって明るみに出た事実もある。これなどは、自民党の大半が気づきもしなかった問題だろう。だが、それだけで年金問題のすべてを理解したことにはならない。

 自民党が、「そんなものはない」と言い続けてきた「埋蔵金」についても同様だ。民主党はマニフェスト(政権公約)で、予算の組み替えと「埋蔵金」で政策に必要な財源は十分に捻出できるとした。埋蔵金はもちろんまだあるが、民主党には全体像がみえていない。おそらく一部の予算の無駄だけをみて、単純にいくらでも財源は見つけられると勘違いしたのであろう。

 一方の自民党だが、政策立案の場として、党内に「財務金融部会」「経済産業部会」「環境部会」といった専門の部会を設けてきた。これら部会は体系的に政策を学ぶことができる、若手議員の勉強の場でもあった。しかし、その先生役を務めるのは官僚だ。言い換えれば、自民党の議員は官僚に育てられて一人前の政治家になるという仕組みであった。だから、役所の枠をはみ出せない政治家になってしまう。

 国民の利益よりも、省の利益の代弁者である「族議員」は、このシステムが生み出す弊害そのものであった。自民党政権時代には、こうした政官が一体となった「複合共同体」ができあがっていた。民主党政権になれば、それらは一度、ご破算になるはずであった。ところが、民主党政権には、官僚と新たな関係を構築し、政治を運営していくだけの能力はなかった。

 思えばかつて民主党が自民党のアラを徹底的に追及できた背景に、自らの思惑を通したい官僚側の「リーク」があったことも、事実である。与野党ともの、このしがらみの構造を解きほぐさねば、真の改革は実現しない。(後略)


(私のコメント)

民主党政権は点々ばらばらで各自が勝手なことを言い散らかしている。もともと民主党は野党の集合体であり、政権をとったとたんにばらばらになる事は予想が出来た。政策がばらばらになって収拾がつかなくなり、どちらに進むにしても八方塞になってしまった。自民党と官僚とが一体化した政権では消費税増税で福祉切捨てで国民の反感を買った。

特に自民党政権末期には「75歳以上は早く死ね」法案や、毎年2200億円もの社会保障費カットが国民の反発を招いた。そこで小沢一郎は「国民の生活が第一」と言うスローガンを掲げて政権奪取に成功した。政権奪取に成功したのだから鳩山・小沢政権はマニフェストに掲げた政策を素早く実施することが政権維持に欠かせない事ですが、鳩山内閣はそれを躊躇してしまった。

それが出来なかったのは、古賀氏の言う「一つの問題を解決するために、どこを変えればよいのか、道筋と順番をつけられる力」が不足していたことだ。農家への個別所得補償にしても、一定規模以上の農家への補償ならば国際競争力をつける上でも整合性があるが、結局は零細な兼業農家にまで広げてしまったから「ばらまき」と批判されてしまった。

民主党は政権をとっても予算を編成することが出来ず、財務省にべた折れしてしまった。財務大臣になった菅直人はまったくの無能大臣で財務官僚の言いなりにならざるを得なかった。野党でいるうちは攻撃するだけでも良かったが、内閣の大臣になれば政策の立案遂行能力がなければ務まらない。特に国際会議に出ると財務大臣は個人の力量がもろに出てしまう。

だから菅氏が総理大臣になっても上手く行かないのは、財務大臣の頃から想像できたことでしょうが、、「とにかく情報を早く上げてこい。決めるのは俺だ。決めたらいったとおりにやれ。それができない無能者は承知しない」というのでは内閣が機能しなくなるだろう。だから3ヶ月経っても瓦礫の山は15%しか片付いていない。

このようになってしまうのは官邸に権限を集中しているにも拘らず、官邸がなかなか決断が下せず、下した時点で手遅れになってしまってる。情報が集まってきても情報が何を意味しているのか官邸がわからなければ決断の下しようがない。さらに「もともと菅首相が非常に厳しく官僚に当たり、感情を露わにするという話はよく聞いていた。」と指摘していますが、これでは官僚は官邸に寄り付かなくなる。

株式日記でも菅総理は性格的に問題があると指摘してきましたが、民主党議員はこのことは誰よりも知っていたはずだ。菅総理は責任は自分でとらずに失敗すれば、「おまえの責任だ」と言われたのでは文書で指示されなければ誰も動かなくなるだろう。ベントの問題にしても放射能を大気中に放出するのだから政治的判断が求められる。

海江田大臣は何度も東電に「ベントをお願いした」と言っているが「お願いした」では、後で政治問題になったときに東京電力が独断でやったと逃げられる恐れがある。だから命令が出るまで東京電力はベントをやらなかった。同じ事は汚染水放出でも繰り返された。しかも政府が公海に放出するにも拘らず海外への通知も怠っていた。これはソ連がチェルノブイリでやっていた事だ。

つまり、政府の責任でやらなければならないことを東京電力の判断でやらせようと言うことは無理なのであり、ベントの遅れや汚染水の無断放出は政府が責任を取ろうという覚悟が無かったから起きたことなのだ。普通ならばこれだけでも政府が吹っ飛ぶような大問題なのですが、自民党もマスコミも批判の声は小さい。ソ連はこれで国際的な信用を失い崩壊した。菅政権はソ連と同じ事をしてしまったのだ。

古賀氏は民主党に対して「その分野について幅広い見地から勉強し、問題解決のための「仮説」を出して政策を推し進めていくのは、不慣れなようだ。」と批判していますが、宮崎の口蹄疫でも、農林大臣は海外に視察に行ってしまったように、問題が起きてもそれを理解する能力がなく、対策も後手後手に回る。福島原発でもそれを繰り返している。

民主党も我が「株式日記」を読んで勉強していてくれれば多少は改善するのでしょうが、消費税の問題も野田財務大臣は増税することが財政再建になると本気で考えているようだ。財政の赤字が拡大する一方なのは税収が60兆円から40兆円へと減ってしまっているからですが、公務員の給与は増える一方であり税収が落ち込んだら公務員の給与もカットしないとそれだけ赤字になる。

高度成長時代の給与体系が公務員にはそのまま適用されて年々昇給されてきた。民主党は公務員の給与20%カットを公約していたのにどこかに消えてしまった。税収の落ち込みと公務員給与の高騰が財政赤字の原因と言う仮説は間違っているのだろうか? 古賀氏が公務員制度改革で立役者になっているのもこの原因が分かっているからだ。




「コンバインドサイクル発電」の発電効率はおよそ50%で、1950年代
の火力発電に比べると、なんと約2倍〜3倍という水準に達します。


2011年6月17日 金曜日

燃焼温度を1500℃までアップさせた「MACC」と呼ばれるタイプ。
発電効率は59%まで高まり、もちろん世界最高レベルです。


知事 天然ガス発電所を検討 東京港埋め立て地に新設 5月28日 東京新聞

 石原慎太郎知事は二十七日の定例会見で、東京港の埋め立て地に発電効率が高い天然ガス発電所を新設する計画を検討していく考えを示した。川崎市にある「川崎天然ガス発電所」を猪瀬直樹副知事らが二十三日に視察。比較的狭い土地に建設可能で、送電距離も短くて済むことから、都が目指す都市型電力の確保にもつながると判断した。

 川崎天然ガス発電所はガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた最新のコンバインドサイクル方式により、一般の火力発電所の発電効率40%を大きく上回る59%で発電。二基で八十五万キロワットと原発一基並みの出力を誇っている。また敷地は六万平方メートルと小さく、排熱回収ボイラー内の装置で窒素酸化物(NOx)を水と窒素に分解し、環境への負荷も少ないという。

 猪瀬副知事は視察時に「分散型発電により電力の安定供給が確保でき、リスクもほとんどない」と評価。報告を受けた石原知事は「一基二百億円くらいでできるそうで、財政状況によっては防災と東京の経済の維持を考えて、実現可能なプロジェクトの一つと考える」などと述べ、経済界にも協力を要請していく考えを示した。



進化を遂げる火力発電 2009年6月5日 オールアバウト

天然ガスを燃料にする「複合発電」

前回の記事で触れた「石炭ガス化複合発電」(IGCC)では、まず燃料の石炭を「ガス化」して、複合発電(コンバインドサイクル発電=後述)を行います。そうすることによって発電効率(投入したエネルギーをどれだけ電気に変えられるか)が大幅に向上し、地球温暖化の“主犯”とされる二酸化炭素(CO2)や、石炭火力発電で問題になる硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)の排出も抑制できるというものでした。

ところで、複合発電にははじめからガス(天然ガス)を使って電気をつくるシステムもあり、こちらはすでに稼働しています。今回は、この「ガスコンバインドサイクル発電」を取り上げてみたいと思います。

ガスタービンと蒸気タービンのコラボで発電

コンバインドサイクル発電の仕組みについておさらいしておきましょう。火力発電には大きく言って2つのタイプがあります。主力は燃料をボイラー内で燃やして蒸気を発生させ、その膨張力で蒸気タービンを回転させて電気をつくる方式で、これを「汽力発電」と言います。そしてもう1つは、燃料を燃やした燃焼ガスでタービンを回して発電する方法で、小型で高い出力が得られるといったメリットがあります。

コンバインドサイクル発電は、ひとことで言えばこの2つの方式を「複合」させたものです(図)。最初に圧縮空気の中で燃料(ガス)を燃やしてガスタービンで発電し、タービンを回し終えた排ガスの余熱を使って蒸気タービンによる発電を行うのです。熱を有効利用できますから、同じ量の燃料からより多くの電気をつくることができ、結果的にCO2排出量なども抑えられることになります。

比較的クリーンな燃料=天然ガス

さて、今回の「ガスコンバインドサイクル発電」では、燃料に天然ガスを使います。実はこのこと自体にもいくつかの利点があるのです。

前回、石炭は世界に広く分布する燃料で、価格も割合安定していると述べました。天然ガスも石油に比べれば供給事情は安定しているのが強み。

加えて石油、石炭に比べると燃焼時のCO2排出量が少なく、SOxやばいじんは出しません。化石燃料の中では比較的「クリーンな」エネルギーなのです。環境負荷の少ない燃料を使って、より効率のいい発電を行う――。「ガスコンバインドサイクル発電」の特徴をひとことで表現すれば、そういうことになるのではないでしょうか。

世界最高水準の発電効率

ちなみに、「ガスコンバインドサイクル発電」はこれまでにも確実な進歩を遂げてきました。ガスの燃焼温度は、高い方がより高効率の発電を可能にします。いわゆる「従来型」と言われるものの燃焼温度は1100℃でしたが、すでに普及している「改良型コンバインドサイクル発電」(ACC)のそれは1300℃。このACCの発電効率はおよそ50%で、1950年代の火力発電に比べると、なんと約2倍〜3倍という水準に達します。つまり、同じ量の燃料からそれだけ多くの電気をつくり出せるようになったわけです。

さらに、近年各地に導入されつつあるのは、燃焼温度を1500℃までアップさせた「MACC」と呼ばれるタイプ。発電効率は59%まで高まり、もちろん世界最高レベルです。

現在、全国約22の発電所に導入されている「ガスコンバインドサイクル発電」。いっそうの省エネ、温室効果ガス削減に向けて、その活躍の場は今後も広がっていくことでしょう。


(私のコメント)

軽水炉型の原子力発電の危険性は福島原発で証明されましたが、次世代型の原子力発電などに切り替えていく必要があります。しかしながらそれが実用化されるまでは20年以上かかるでしょう。そのつなぎとしては天然ガス火力発電が期待されています。天然ガスについては4月29日の株式日記でも書きましたが、シェールガスの採掘が可能になったことで数百年分の埋蔵量が見込まれています。

東京電力では原子力発電が一番コストが安いといって推進してきましたが、いったん事故を起こせば東京電力ごと経営が吹っ飛んでしまいます。経済産業省は東京電力の生き残りを図り、補償金賠償金を国が肩代わりして、東京電力の返済金を電気料金に乗せて回収しようとしています。つまり東京電力は補償金賠償金を顧客に負担させて生き残ってしまいます。一番得をするのは株主であり社債の持ち主でしょう。

東京電力は政治力で生き残りを図ろうとしていますが、地域独占経営は経営体質を腐敗させて、競争が働かないからコスト意識もなくなってしまいます。我々需要者も電気は東京電力しか使えないから、べらぼうな電気料金になっても払い続けなければならない。菅民主党政権は東京電力を生き残らせてツケを国民に回してしまうようだ。

東京電力は決して起こしてはならない事故を起こしたのだから、経営体質を改めるにはJALのようにいったん潰してゼロから出直さないと同じ間違いを繰り返すだろう。さらに電力の自由化や送配電の分離で電力業界も新規の参入をしやすくすべきでしょう。そうすれば経産省の東京電力救済スキームは働かなくなり電気料金を上げたくてもできなくなる。

昨日の報道ステーションではガスコンバインドサイクル発電を紹介していましたが、発電効率が60%もある最新式の火力発電所があるそうです。従来の火力発電や原子力発電は発電効率が30%程度であり残りのエネルギーを捨てていた。しかしガスタービン発電とその廃熱で蒸気を発生させての蒸気タービン発電で効率を倍以上に出来たそうです。

燃料を天然ガスにすることでCO2の発生を抑制して発電効率が高まれば、鳩山総理の打ち出した25%CO2を減らすことも可能になるでしょう。一昨日書いたように蛍光灯をCCFL蛍光灯にするだけでも電気を半分に減らせる。発電も効率を2倍から3倍に引き上げることで安くCO2の少ない発電が可能になる。何も原子力に頼らずともCO2の発生を減らすことが可能なのだ。

天然ガスは掘れば掘るほど無限大にあるのだから、危険な原子力発電に頼る必要性は無い。コスト計算にしても原子力発電コスト計算に見るように意図的に作られたものであり、いったん事故れば電力会社が吹っ飛ぶほどの高コストな発電と言うことになる。火力発電所なら事故を起こしても影響が出るのは発電所周囲に限られますが、福島原発は影響は東日本全体に及ぶ。

だから火力発電所はダメだと言う発想は間違っているのであり、技術革新は従来の常識をひっくり返すことが良くあります。もし福島原発が事故らなければ、どんどん原発が作られてとんでもないところになるところであり、いったん作ってしまうと廃炉にも難しいものになり、廃炉にしても10年間は冷却水を回し続けなければ水素爆発を起こす。

冒頭の記事にもあるように、ガスタービン発電所は6万平方メートルあれば出来るのであり、都市近郊に作る事が出来て送電線の距離も少なくすることができる。6万平方メートルは国道沿いのショッピングセンター程度の広さであり、福島原発は350万平方メートルだから60分の1の広さで作ることが出来る。つまり福島原発に敷地に60個のガスタービン発電所が出来るのであり、原発がいかに非効率かわかる。

国の定めるエネルギー基本計画が原子力発電に傾きすぎているのは異常であり、原子力マフィアが政財界を牛耳っている状況が浮かび上がっている。私自身は原発反対ではないが安全な次世代原発が出来るまで増設は停止して、現在の軽水炉は30年過ぎたものは廃炉にして行くべきだろう。現在稼動している原発も福島第二原発や女川原発が無事だったのだから、それだけ安全性が証明されたのだから現在の原発全面廃止運動も間違っている。

見せしめの為に東京電力一社潰せば、他の電力会社も原発の防災対策は一生懸命せざるを得ないから、かえって原発の安全性は高まったと言えるだろう。事故れば潰れるからだ。その為にも東京電力は一旦潰す必要がある。東京電力の社長と会長は鞭打ちの刑に処して銀座通りを引き回せばいいのだ。




日本政府にないのは、最悪の条件を起点にして未来の計画図を立てているか
否かである。つねに最悪を考えるのは、軍事的知能と結びついている。


2011年6月16日 木曜日

原子力安全・保安院の「未必の故意」 6月2日 西尾幹二

日本永久占領 

 震災の起こる直前に、米国務省日本部長のメア氏の沖縄に関する問題発言があった。地震と津波と原発の印象があまりにも強くて、大概の人は忘れてしまったと思うが、沖縄人は「ごまかし」と「ゆすり」が得意という彼のもの言いが侮辱発言だと騒ぎになり、米国政府が平謝りし、メア氏をあっさり更迭したので、もちろん、今さらここで何も取り上げるべきことではない。
 
 ただ、メア氏の発言のなかには「日本は憲法九条を変える必要はない。変えると米軍を必要としなくなり、米国にとってかえってまずい」というもう一つの問題の言葉があった。ここにアメリカの本音が漏れていて、騒ぎが大きくなるのは日本永久占領意志がばれて困るという米当局の思惑からの更迭だろう、と私は推察し、沖縄人侮辱発言のせいでは必ずしもない、と思っていた。
 
 つまりこうだ。日本列島はアメリカ帝国の西太平洋上の国境線であって、いまだに日本に主権はないと考えねばならない。アメリカはここを失えば、かつてイギリスがインドを失った場合のように世界覇権の場からいよいよ滑り落ちる。日本はいわば最後の砦である。
 
 アメリカが必死なのは当然である。ルーピー鳩山以後の日本政府の子供っぽい「反抗」にも我慢して、ぐらつく普天間にも忍耐づよく振る舞っているのは、帝国の襟度を守りたいからであるが、しかし、それが見えている日本人は、だからこそ、真の独立をめざして必死にここを突破しなければ、日本復活のシナリオは生まれてはこないのだと考える。日本の政治が三流に甘んじていてダメなのは、いまだに日本があらゆる点で主権国家であることを放棄して恥じないからに外ならない。そう考えるべきだし、私はそう考えていた──。(中略)

アメリカは、日本が国家漂流の状態になることがあり得るという可能性を想定内に入れているからこそ、大部隊を派遣したのである。しかし、日本が国家喪失の状態になった後には実力を振るうが、そうなるまでは日本の混乱を冷淡に突き放して放置するだろう。自国兵の被曝の危険をできるだけ用心深く避けながら、極東の地域一帯の政治権力の喪失状態を何とかして回避したいと今も考えている。

 しかし、日本では政府も民間人もそこまで考えているだろうか。福島原発がコントロールできなくなるような最悪の事態、国家の方向舵喪失のあげくの果ての、政治だけでなく市民生活全般における恐怖のカオスの状態を念頭に置いているだろうか。

 アメリカ政府にあって日本政府にないのは、地球全体を見ている統治者の意識である。アメリカの政治家にあって日本の政治家にないのは、あらゆる条件のなかの最悪の条件を起点にして未来の計画図を立てているか否かである。つねに最悪を考えるのは、軍事的知能と結びついている。

官僚化した日本社会

 歴史書を繙くと、軍事行動に踏み切ることにいちばん慎重なのは軍人であることに気がつくことが多い。政治家とマスコミは戦争を煽る。軍人は臆病なのではなく、最悪の事態、困難な事態を一番よく知っているのである。軍事と政治を直結させないできた日本の政治的知性は不用心で、楽観的で、細心の注意で選択し、行動しないことが多い。

 そのことを典型的に表すのは、大事故に対する日頃の心の用意の質とレベルである。福島原発の事故が人災かどうかは別として、日本の社会の官僚化の欠陥が表面化したのだということは、軍事不在国の関連においてもどうしても言っておかなくてはならない点である。(中略)

事故の最大の温床

 今回、事故説明にテレビに登場したソフトな物腰の、安全と無害を国民に触れ回る東大教授の諸先生を、私は週刊誌が言うごとく「御用学者」だとからかうつもりはない。だが、東電の元社長や副社長の誰彼も、前原子力安全委員会委員長も、現委員長も、原子力安全・保安院の誰彼も、東芝、日立などメーカーのお偉いさんもことごとく東大工学部原子力工学科の出身者で、いわば「東大原子力村」、あるいは「東大原子力一家」とも名づけるべき閉鎖的相互無批判集合社会を形成していることが明らかになるにつれ、これ自体が今回の事故の最大の温床であり、誤魔化しと無為無策の土壌であったと私は判定せざるを得ない。たとえば、京大系に名にし負う反原発の俊秀がいることは知られている。私は素人で当分野に無関係の人間だが、ネットで主張を聞くかぎり、理筋の通っている人だ。同じテーブルについて互いに学問的に開かれた討議をし、甲論乙駁することが、国民の幸福と安全のためにもなるのではないかと愚考する次第である。

 ドイツの大学の人事に「同一学内招聘禁止法」(Hausberufungsverbot)という慣習法が存在する。教授資格を得た者は、母校である出身大学に就職することができない。必ず他大学に応募しなければならない。いいかえれば、老教授は自分の愛弟子を後任に選ぶことが禁じられている。それだけでなく、准教授から正教授へ昇格するときも、自分の今まで勤務していた大学でそのまま上位の地位を得るのではなく、必ず他大学に応募し、複数の候補者と論文だけでなく講義の実演を公開して、新たに「挑戦」することが義務づけられている。いうまでもなく、馴れ合いを排し、正当な競争が公正に行われるための条件を守りつづけるシステムとして、こうした慣習が確立しているのである。アメリカの大学はドイツとは相互関係が異なるので必ずしもドイツほど厳格ではないが、ハーバード大学の出身者はハーバード大学の教授にはなれない、などの不文律はあると聞く。(後略)



(私のコメント)

アメリカや中国では政治と軍事は一体であり、大統領や国家主席は最高司令官となっている。それに対して日本の総理大臣は自衛隊の最高司令官と言えるのだろうか? 憲法上は自衛隊は軍隊ではないから軍隊の最高司令官であるはずが無い。自衛隊は軍隊ではないから憲兵隊も無く、自衛官が犯罪を犯せば憲兵隊ではなく警察によって逮捕される。

だから日本の総理大臣は憲法解釈から言っても軍隊の最高司令官になるはずが無い。憲法を改正して自衛隊を軍隊とすれば総理大臣は最高司令官ということが出来る。自衛隊は警察の予備組織であり自衛官は特殊公務員であり軍人ではない。分かりやすく言えば日本は独立国ではなく、アメリカの保護領だ。

メア氏の発言のように、日本が憲法を改正して国軍を保有することを認めれば、在日米軍の駐留は難しくなり、だからアメリカは憲法の改正は認めていない。自民党はCIAが作った政党であり、アメリカの言いなりの政党だ。だから政権交代によって憲法が改正されると思ったら、民主党政権は憲法改正の動きを止めてしまった。

憲法改正とは日本独立の言葉をすり替えたものであり、日本には軍隊の最高司令官はいない。いるとすればアメリカ大統領が軍の最高司令官であり、在日米軍が日本に居る唯一の正式な軍隊だ。左翼政党は憲法改正反対運動をしていますが、実際には日本独立反対運動であり、軍隊の無い国など国家とは言えない。

そのような日本の正体を一番知っているのは沖縄の人たちであり、本土の左翼が米軍基地の存在に寛容なのに比べると沖縄の人たちは左翼も米軍基地反対運動をしている。つまり憲法九条と日米安保はセットであり、憲法を改正するには在日米軍が無くならなければ不可能なのだ。親米派は在日米軍が無くなれば中国が攻めてくると言っているが、中国は台湾にすら攻め込んではいない。

日本政府に緊張感が欠けていると見えるのは、日本政府には外交も防衛もアメリカに丸投げ状態だから、外務大臣も防衛大臣も飾り物に過ぎない。外務省の官僚も防衛省の官僚も日本の大臣よりもアメリカの国務省や国防総省に顔が向いている。現に官邸のそばにはアメリカの担当者が事務所を構えており福島原発災害の指揮に当たっている。

アメリカは日本に対して自治権を付与しているだけであり、最小限の支配体制を維持するために日本政府の陰に隠れているのであり、日本国民を欺くために独立国であると思わせているだけだ。そうすれば在日米軍兵士5万人で日本を統治できる。しかも思いやり予算とかドルや米国債を買わせて見えない税金を取り立てている。

私自身も福島原発事故で在日米軍がどのような動きをするか見ていましたが、西尾氏は「アメリカ軍は八十キロ圏外に逃れ、原発の現場の作業に一人の米兵も参加しなかった。米船舶は西日本に移動し、ヘリは三沢基地に逃れた。」と書いていますが、在日米軍基地は日本を守るために駐留しているのではなく支配するためにいるのであり、生命の危険があればアメリカ人は皆逃げて行く。

沖縄にだけ原発が無いのも、米軍の意向なのでしょうが、原発にミサイルが打ち込まれたら沖縄全部が放射能汚染してしまうからだ。だから米軍に出て行ってもらいたかったら沖縄にも原発を作ればいい。水素爆発でも起こせば沖縄の米軍基地は空っぽになるだろう。

先日クローズアップ現代でもやっていましたが、福島原発災害に対して菅政権はこれと言った対策も打てずにいた。だからオバマ大統領から電話が来る前に無理やりヘリによる放水作戦が行なわれましたが、自衛隊だけが命がけで日本を守ってくれるのであり、在日米軍は避難してしまった。一時期無政府状態になり、政府は東電に事故の責任を押し付け菅総理は東電に「撤退するな」と怒鳴り散らした。

東電が原発災害に対応が出来ないのは明らかであり、国が管理監督をしなければなりませんが、メルトダウンした原発に水をかけて危機を脱したのは自衛隊の放水車だった。米軍の横田基地にも放水車はあったのですが米軍部隊が出動することは無かった。ここで問題になるのは総理が軍の最高司令官でもなく、米軍も東日本全域が危機的状況になっても原発には80キロ以上は近づくことは無かった。

つまり国家存亡の危機が来ると日本は無政府状態になってしまう可能性があった。このようの状況が来ても現在の国会には憲法改正の動きは無く、菅政権も自民党と同じくアメリカの支配統治に委ねようとしている。日本は国軍が存在しない官僚統治国家であり、官僚はアメリカを見ながら政治家を動かしている。

しかし官僚では危機的な状況が来ると無能を晒してしまうのであり、経済産業省の原子力保安院は原子力行政の中心なのですが、福島原発災害に際して無能ぶりをさらけ出している。危機的状況に際してはアメリカン官僚も逃げてしまって、最後までがんばったのは自衛隊と消防庁と警察だけだった。学者も御用化してしまって安全対策に対して何の提言もしなかった。

昨日も書いたように日本は人材の育成方法を間違えているのであり、総理大臣から会社の社長まで育成に失敗している。政界も学会も企業も年功序列で馴れ合い社会がダメにしているのであり、欧米のように同一社会からの昇進は認めないようにすれば年功序列は排除することが出来る。会社の幹部もあえて外に出して業績を上げたら幹部に登用するようにすべきだ。



ホームページへ