日本の地方都市を訪れた際何時も感じるのは、駅前の大通りが何処もまるで金太郎飴の様に驚く程似ている事である。駅中、或いは駅に隣接する、取敢えず要は足りるが特に魅力的とは思えない商業施設。

同じ様な駅前大通り。あるのは、都市銀行、地元地方銀行、証券会社、保険会社そしてお約束のパチンコ屋。それらの間にある全国チェーンの割安な居酒屋。そして大抵の場合大通りに平行してアーケードの商店街がある。人通りは少なく、活気は無い。良くもまあこんなに無機質で空虚な街並みを日本国中に作ったものだと感心する。

とは言え、街としては機能していのだろう。何分、渋谷、新宿、池袋そして上野を足して4で割り、個別商店は地元の老舗を入れ込んだ形だからだ。機能は問題無いとして、どんな街にしたいか?と言うビジョンが感じられないのが根本の問題と思う。東京の平均的な街のカーボンコピーでは所詮劣化した東京の街並みの猿真似でしかないからである。

こう言う街並みは誰が作り、誰が住み、利用しているのだろうか?

地方都市の勝ち組、指導者層は、医師、歯科医師、地方大学の大学教授を別格とすれば、地元の名門高校から地元の国立大学を卒業し、県庁、市役所、教師そして農協に無事就職出来た人間であろう。


国立大学に進学出来ず何処かの私大に入ったとしても「コネ」とか巧く活用出来て上記に潜りこむ事出来た人間は矢張り同様勝ち組だと思う。県や市の外郭団体に潜りこんだ者は差し詰め準勝ち組と言った所か。

彼らは就職と同時に定年までの職が終身雇用、年功序列の慣行に拠り保障され、更に在職中巧く立ち回れば定年後の天下りの職にありつけるかも知れない。例えありつけ無くても民間に比べれば驚く程恵まれた年金の受給は保障されている。


元々、若くしてそういう人生のコースを選択した人達だから只管「税金」を食い尽くす事に何ら疑問を感じる事も無いのであろう。彼らに取っては現行制度の維持こそが全てなのだ。例え、国家財政が破綻しようともである。

こう言った勝ち組支配の地方都市が如何なるメッセージも発信する事出来ず結果旅行者が魅力を感じ無いのは当然である。顔が無いのである。便宜的に東京の平均的な街並みのカーボンコピーを作りその仮面を被っている訳である。

何者かに成りたいとか、人間として成長したいと願う若者に取って地方都市は墓場そのものに違い無い。だから、大学進学をきっかけに東京に出てきたいと思うのであろう。そして結果、地方都市は更に抜け殻に成って行く。

小泉改革に拠って、地方が荒廃したと言う論調をマスコミで目にする機会あるが此れは話が逆である。戦後一貫して地方は生産するより遥かに多くを消費しその差額を地方交付金で調整してきた筈である。無論、地方交付金の原資は企業の納税する法人税や都市住民が納税する所得税である。当時の小泉首相英断により此の薄汚い利益誘導に終止符を打っただけの話であり、荒廃では無く本来あるべき所に立ち返っているだけの話である。

今後、確実に起こるであろう変化は企業誘致や住民税を払ってくれる住民を求めての都市間の競争の激化である。その際、都市としての「ビジョン」、「人材」、「財源」そして「メッセージ発信能力」の不在は致命的と成る筈だ。

最近の僥倖は大阪や名古屋と言った大都市に「しがらみ」や「既得権益」と無縁と思われる比較的若くて優秀な方が首長に当選し実績を挙げて居られる事実である。

是非とも成功して日本の全ての地方都市を成功のオーラで包み込んで戴きたいと切望している。