株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


日本の株主は株価が10%上がる度に70兆の財産が増える。
日本の地主は不動産が10%上がる度に100兆円の財産が増える。


2009年12月31日 木曜日

東証、既存株主重視で増資図る 上場規則を改正 12月29日 共同ニュース

東京証券取引所は30日から上場規則を改正し、既存株主を重視した増資の仕組みを企業が利用しやすくする。大型の公募増資で株価が値下がりし、既存株主が損失を受けるケースもあることから、株主の利益を保護し、市場活性化につなげる考えだ。

 規則改正では、新株を買う権利(新株予約権)を既存株主に無償で割り当てる「ライツ・イシュー」の使い勝手をよくする。既存株主すべてに新株を割り当てるのではなく、増資に応じるかどうかを既存株主が判断できるようにする。増資に応じる場合は新株予約権を行使して株式を購入し、増資を引き受けたくない場合は予約権を市場で売却できる。

 これまでの規則では、企業が割り当てた新株予約権1個につき1株を購入する権利を付ける決まりになっていた。規則改正ではこのルールを廃止し、予約権1個につき、0・4株を割り当てるなど企業が柔軟に増資や新株発行の規模を決められるようにする。企業の資金調達をやりやすくするためだ。



ジャブジャブ金融が日本を救う。 12月28日 山本清治

(一)ドバイショックで日銀が変身。

(1)ドバイショックに直面して、日銀は遅まきながらジャブジャブ金融に踏み切った。第1弾として10兆円の過剰流動性を金融市場に投入、うち1兆円を即日実施した。私は日銀の変身を評価し、12月7日付で、「ドバイショックは神風になる」と述べた。

(2)次いで12月14日に、「ヘッジファンドの大変身」の見出しで、ヘッジファンドがポートフォリオを組み替えたと指摘した。第1に、日経平均先物は売りから買いへ。第2に、新興国株買いから日本株買いへ。第3に、石油・金買いから株式買いへ。第4に、円カイから円売りへ。第5に、優良株、輸出株は売りから買いへ。

(3)果たしてその後の2週間に株価が急騰し、ヘッジファンドの狙いは見事に的中した。

(4)ヘッジファンドに情報と資金を提供しているのは投資銀行である。日本にはゴールドマン・サックスやJ・P・モルガンのように自らリスクを取って資金を運用する銀行は存在しないが、欧米の投資銀行は日常的に自己責任で自己資金を運用しているから、重要な相場の転機を見逃さない。

(5)その報酬として彼らは、10億円単位のボーナスを取るが、失敗すれば首が飛ぶ。投資銀行こそ、あくなき利益を追求する資本主義の牙城である。

(6)ジャブジャブ金融の効果で新春は大いに期待できる。

(二)ジャブジャブ金融の効果・その1。

(1)ミスター円と呼ばれた榊原教授は先週、「円は来年前半に80円まで暴騰し、景気の2番底が必死だ」と述べた。ヘッジファンドの円安シフトに対して、榊原教授には日銀の決断がもたらす変化が理解できなかった。プロとアマの差、真剣勝負と竹刀競技の差である。

(2)リチャード・クー氏も常々「日銀がいくら過剰流動性を増やしても、企業に資金需要がないのだから設備投資は起こらない」と、金融政策の効果を否定している。

(3)しかし現実には日銀の決断は即座に日本を変えた。第1に、ヘッジファンドが日本の資金で日本株を買い、株価が急騰した。第2に、12月15日に米系不動産投信セキュアードが日本で1,500億円を調達して丸の内のパシフィックセンチュリーを買収し、不動産株が一斉に反騰に転じた。間もなく欧米の買収ファンドが日本でマネーを調達し、日本の企業を次々に買収するだろう。

(4)私は終始一貫「不景気の株高」を主張してきた。現に米英は中央銀行がこれでもかとばかりジャブジャブの過剰流動性を供給し、株価と地価を底入れさせた。現在は2番底論よりもジャブジャブ金融の出口論に注目点が移っている。米英でジャブジャブ金融の威力を体験した投機資金が、ドバイショックで腹をくくった日銀の変身を日本買いの好機と見たのは当然である。

(三)ジャブジャブ金融の効果・その2。

(1)投機資金を軽視してはいけない。日本の株主は株価が10%上がる度に70兆の財産が増える。日本の地主は不動産が10%上がる度に100兆円の財産が増える。

(2)鳩山政権は低所得者に92兆円の大型予算をばらまいたが、お金は貯金に回るだけで、景気刺激効果は期待できない。

(3)しかし日銀がジャブジャブ金融で土地と株式を10%押し上げれば、170兆円の資産効果が絶大な威力を発揮する。財産が増えた金持ちは消費を増やし、担保力が増えた企業は設備投資を積極化するからである。そんなことをすればインフレが起こるという批判が出るが、今日本が必要としているのはデフレを脱却するためのインフレである。

(4)資本主義社会は緩やかなインフレを前提として成り立つシステムである。年金は企業が発展し株価が上がることを前提としたシステムである。鳩山政権がデフレを放置すれば、株価と地価が下がり、設備投資が後退し、年金が崩壊し、恐慌にいたる。鳩山内閣は政権内部の左翼勢力の圧力に屈して社会主義の亡霊を呼び込むリスクがある。

(5)米国の金融市場は昨年、リーマン・ブラザーズの破たんをきっかけに連鎖倒産の危機に直面した。長期にわたる金融緩和で米国に空前の繁栄をもたらしたグリーンスパンFRB議長は過大融資の責任を問われたが、後任のバーナンキ議長は屈せずにジャブジャブ金融を断行し、危機を凌いだ。国家の資本注入を受けた企業と金融機関は1年を待たずに大半を返済し、国家は緊急出資の利益を確保するだろう。

(6)日銀は「アツモノに懲りてナマスを吹き」、ジャブジャブ金融をためらっていたが、ドバイショックに直面して変身した。景気対策不在の鳩山政権下では、日銀の大胆な金融緩和がデフレ脱出の唯一の鍵となる。

(一)みずほ銀行が穴株。

(1)東証が欧米に準じて時価発行増資から株主割り当て増資に転換すると表明した。

(2)一方、日本の三大銀行は自己資本の評価基準変更に対応するために連続増資を迫られていたが、国際決済銀行は基準の変更を10年間先送りした。

(3)その結果、みずほ銀行は、予定していた増資を延期するか、又は時価発行増資を株主割り当て増資に変更する可能性が生じた。

(4)株価はすでに時価発行増資を折り込んで急落し、配当利回りが4.6%に達している。増資方針が変われば株価は急騰するだろう。

(5)増資をしてもしなくても、現行の会計基準が10年間据え置かれたのだから超割安の修正が期待できる。

(6)大手3行の株価は皆再評価されるが、順位は 1.みずほ、2.三井住友、3.三菱UFJかと私は思う。



(私のコメント)
「株式日記」といいながら政治や外交のことなどを書いてきましたが、今年はリーマンショックを引き継いで今年はドバイショックで暮れた。日銀の政策を見ていると日本の景気回復はさせてはならないと世界の奥の院から指図されているとしか思えないものだった。銀行がドンドン信用を収縮させているから信用通貨がそれだけ減ってしまう。

その減った分は国が国債を発行して残高が800兆円以上にもなりましたが、日銀が金融の量的緩和をして株や不動産の価格が10%上がれば170兆円の財産が増えるのであり、そこから税金を取れば40兆円の赤字財政など一気に無くなる。しかし官僚や政治家にはそのような大胆な政策は思いつかない。

今年は政権の交代やドバイショックがあったにもかかわらず、株価は8000円から10000円に上げて引けましたが、株価は底堅い動きをしている。世界的な金融緩和の中では日銀はスタンスをほとんど変えず、円は1ドル=84円にまで上げてきましたが80円を切るのは時間の問題と考えられてきました。

しかし12月1日に日銀は10兆円の資金供給で流れが変わって92円台にまで戻し、株価も10000円台を回復した。このように金融緩和は円高を止めて株高にする事は経験上分かるようになってきました。しかし日銀はインフレを恐れてデフレにしてしまうほど金融の引き締めが大好きだ。日銀にとっては金融の引き締めは勝利であり金融緩和は敗北なのだ。

日本経済が根本的に景気が回復するには土地の値段が底を打つ事なのですが、当面は鍋底状態が続くだろう。日本の製造業は国内の工場を処分して海外にもって行ってしまった。都内の工場用地なども処分されてマンション用地になった。バブル前は土地さえ持っていれば銀行が土地担保にカネを貸してくれたから不用でも持っていましたが、値上がりのしない土地は税金がかかるだけだから処分が進んだ。

株式は時価発行増資が主流になって株主は冷遇されていましたが、株主割当増資に転換すると言う事は、今までのやらずぶったくりの時価発行から既存株主にも増資の利益を分配する制度に変わることで株主の安定化と株高が見込めるようになるだろう。昔は無償増資や額面発行増資で持っているだけで株が増えていって資産家になることが出来ましたが、時価発行に変わってやらずぶったくり増資が横行した。

日本が金詰りになってデフレ状態になったのは日銀のせいばかりでなく、銀行の極端に慎重な融資姿勢があるのですが、バブル前は土地さえ担保に取っておけば焦げ付く事は少なかった。しかしバブル崩壊後は担保を7割で評価してもさらに下がってしまって10分の1にまで商業用不動産などは下がってしまった。比較的住宅価格は堅調であり半値程度に下がる程度で済んだ。

住宅ローンは一種の大衆革命であり、一般庶民でも数千万円ものカネを借りる事ができるようになった。それが一気にバブル崩壊で半値にまで下がってしまえば住宅を処分しても借金だけが残る。サブプライムローンがアメリカで破綻したのも住宅価格が上がり続けることが前提のローンであり、究極のバブル金融商品だった。

日本のバブル崩壊もアメリカのバブル崩壊も金融緩和の行きすぎと金融行政のミスで出来たものだ。適度な規制と規律が保たれていればバブルの発生は小さくて済んだはずだ。政府や日銀はその批判に懲りてなますを吹き続けていますが、政府や日銀は土地の値上がりに対しては無関心を装い続けてきた。不動産ころがしで巨万の富を稼ぐヤンエグが当時のヒーローでしたが、アメリカのファンドマネージャーも同じようなものだ。

今では誰も株や不動産投資には手を出さなくなり、だからいくら金融を緩和しても資金需要が出てこない。株や不動産で大火傷で借金はもうこりごりという人ばかりになって誰も株を買おうという人がいなくなってしまった。90年代末期にIT株ブームがありましたがYAHOO一株が1億円にもなって一時的株式ブームが起きましたが、小泉竹中構造改革で株式は7000円台にまで下がってしまった。

昔は金融緩和をすれば銀行などの機関投資家が株を買って不景気の株高が起きたのですが、今では銀行の株式持合いが規制されて思うように株が買えなくなってしまった。ゴールドマンサックスなどの投資銀行も今回のバブル崩壊で持ち株会社になって規制されるようになりましたが、金融の緩和は一時的なカンフル剤に過ぎず、日本のように立ち直りかけては落ち込む事が続いて長期化するだろう。

日本の長期不況とデフレはいつまで続くのだろうか? もちろんバブル期のような好景気になる事は二度とないだろう。アメリカはITバブルや住宅バブルで梃入れしてきましたが、日本には新たなるバブルは無いのだろうか? あるとすればエコバブルですがリチウム電池株や電気自動車関連株などが面白いだろう。「株式日記」では4月14日にトヨタ自動車について書きましたが、このような大型株は株主割当増資でますます値上がりする可能性が大きくなった。

リチウムイオンバッテリーについては「株式日記」でも書いてきましたが、本格的な普及が進めばエコロジー革命の柱になるだろう。山本清治氏も次のように述べています。


(三)三洋電機の新大株主に注目。 12月28日 山本清治

(1)乾電池で世界2位のパナソニックが世界1位の三洋電機を買収した。三洋電機は次世代のリチウムイオン電池で独走態勢を固めている。

(2)太陽電池でも、大津工場を始め、米、欧で新鋭設備を投入し、すべての工場がフル操業を続けている。

(3)実力でGSユアサや新神戸電機を圧倒した三洋電機が、全面高した電池関連株の中で唯一100円台に下落した。大幅な株価修正は必至だろう。

(4)当面の株価の焦点はゴールドマン・サックスと大和証券が取得した12億株の行方にかかっている。現在までに開示された情報によれば、両社は1.3億株を株式市場で売却し、10.7億株を市場外で売却している。

(5)10.7億株を取得した企業名が明らかとなれば株価急落の謎が解明される。その時反騰が始まると私は思う。


(私のコメント)
三洋電機もエコロジーバブルの主役株であり、今なら100円台で買える。リチウムイオン電池は日本ばかりでなく韓国や中国やアメリカなどでも研究が進んでいますが、大量生産することはかなり難しいようだ。だから自動車メーカーでも自前でリチウム電池を作れるメーカーが当初は有利になるだろう。大量生産が軌道に乗れば安くなって電気自動車やハイブリッドカーが主流になりガソリンエンジンは廃れていくだろう。

このような新エネルギー革命では日本が先頭を走っているのですが、中国や韓国やアメリカがすぐに追ってくる。電気自動車自体は簡単に作れますがリチウム電池やモーターの改良競争でメーカーは限られるだろう。中国製や韓国製であっても中の主要部品は日本製というような構造の自動車が増えるだろう。

(株式投資は自己責任でお願いします。)




『When China Rules the World』 英国のマーティン・ジャック氏によれば、
中国は西洋化することなく、逆に世界が中国化することになるという。


2009年12月30日 水曜日

When China Rules the World


世界の新秩序は「中国は西洋化せず、世界が中国化することで形成される」―ロシア紙 10月18日 レコードチャイナ

中国を筆頭に新たなリーダーが台頭する中、世界はどう変わるのか。今夏、英国のマーティン・ジャック氏が出版した「中国が世界を支配する時:西洋世界の終焉と新世界秩序の誕生」がその問いに答えを出した。

ジャック氏によれば、中国は西洋化することなく、逆に世界が中国化することになるという。上海が新たな世界秩序の中心地として、ロンドンとニューヨークに代わり国際金融センターに。また人民元が世界通貨として米ドルの地位を奪う。中国語は英語と並ぶ言語となり、儒教が世界中に広がると予測している。

また、発展途上国は中国モデルによる成長を目指すことになるという。中国モデルとは西洋思想から市場経済と法治社会を取り入れつつも、多党制や三権分立、普通選挙などの西洋的民主主義は導入しないというもの。かつては中国モデルは他国に適用することはできないと考えられてきたが、中国の専門家は今、その普遍性を説くようになった。

世界はこうした中国の挑戦を迎える準備が出来ているのだろうか。世界が中国と平等かつ互恵的な関係を築くことが出来るか。この問題の解答に人類の未来が大きく左右されることになる。


自虐史観で“精神的移民”した日本 12月30日 加瀬 英明

今月はアメリカの新聞の書評で『When China Rules the World(中国が世界を支配する時)』(マーティン・ジャック著、ペンギン社刊)が取り上げられていたのを求めて、読み始めた。大著である。

 そのなかに、気にかかる一節があった。著者はどうして日本が第2次大戦後、アジア諸国の敬意をかうことがなかったのかと、問うている。そして、日本が19世紀末からアジアの規範であってきたのに、戦後、日本が自国の歴史に対する誇りを失ったために、アジアの人々にとって魅力が失われたと、断じている。

 日本は明治維新後、アジアの諸民族にとって手本となって、アジアを西洋の圧制から解放したのに、第2次大戦に敗れてからは、自らを尊ぶことがなくなった。アメリカの従属国となって、物質的な生活を第一として享楽を貪るようになったからだ、というのだ。

 だから、日本はアジアの大国になれないといわれると、私には返す言葉がない。

 もっとも、著者は戦後の日本の経済興隆なしには、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシアなどの “アジアのタイガース” と呼ばれる新興諸国の発展も、中国の目覚ましい経済発展もなかったと、説いている。

物質文明と引き換えに貴い歴史を捨てる
 日本はこの140年あまりのうちに、アジアの解放とアジアの経済発展という、2つの興亜の大業を成し遂げた。それなのに、アジアにおいて敬意を払われることがない。

 かつて日本はアジアの民によって、尊敬された。アジアの光であった。ところが、私たちは物質の繁栄と引き換えに、亜流のアメリカ人となって、「アジアの盟主」としての責任を負った貴い歴史と、アジア解放の夢のために生命を捧げた同胞の記憶を捨ててしまった。


私はインドや、インドネシアに、多くの親しい友人を持っている。先の大戦を体験した世代は、日本が立ち上がったことによって、西洋による植民地支配から解き放たれたことを知っていて、日本に感謝しているが、若い世代となると、村山談話や、河野官房長官談話をはじめとして、日本が侵略戦争を戦ったとか、非道な行為を働いたとして自国を辱めてきたために、日本に対して暗いイメージをいだくようになっている。

 戦勝国のせいにしてはなるまい。独立を回復した後に日本人自身がつくりだした自虐史観が、日本観を歪めてしまった。

 先人を敬うことなく、歴史を忘れた民は軽んじられる。

60代以上がアメリカ製の国へ“移民”
 先月、雑誌に頼まれて、俳優の津川雅彦氏と対談した。津川氏は歴史と文化への洞察力に富む優れた論客だ。そのなかで私はこう述べた。

 「アメリカは移民の国ですよね。ヨーロッパから新天地にわたってきて、アメリカという国をつくったわけだから、その歴史はまだ浅いものでしょう。一方、日本はこれだけ長い歴史を持ちながら、昭和20年8月の敗戦によって、国民が国を捨てたり移民したりすることはなかった。でも、精神的にはアメリカ製の新しい国へ “移民” してしまった。

 「その結果、それ以前の歴史にはまったく関心を持たなくなった。だからアメリカと同じようにまったく歴史の浅い国になってしまいましたね。日本でいちばん具合の悪い世代というのは、たしかに団塊の世代、60から上じゃないですかね。その点、いまの20代、30代というのはかなり健全ですよ。昭和20年8月前の歴史を知ろうとしていますからね。」

 どうして、日本はこのような腑抜けの国家になってしまったのだろうか


(私のコメント)
「株式日記」では、自民党は村山談話や河野談話を継承する事で保守政党ではなくなったと書いてきましたが、輝かしい日本の歴史を否定する事は保守政党のすることではない。日本の戦後には保守政党を名乗る政党はないのであり、日本の歴史の正当性を主張すれば右翼として歴史学界からも排除されてしまう。

60年以上も続くアメリカの占領統治によって日本の歴史は書き換えられてしまったのであり、7000冊以上もの歴史書がアメリカ占領軍によって焼かれてしまった。それに協力したのが日本のマスコミであり、東京裁判史観は日本の現代史の基準になっている。教科書の検定シーズンになれば韓国や中国を始めとして日本のマスコミも騒ぎ立てる。

「坂之上の雲」と言うテレビドラマでさえ東京裁判史観が反映されていますが、大東亜戦争は日本の侵略戦争という見方でいいのだろうか? 大東亜戦争がなければ現在のアジアはどうなっていたかを考える人はいないのだろうか? 英国のマーティン・ジャック氏の「中国が世界を支配する時」と言う本によれば、日本はアジアの近代化のモデルであったのに中国の台頭にお株を奪われつつある。

しかしジャック氏によれば中国は西洋化することなく、逆に世界が中国化することになるという。中国は香港などの一部を除いて民主主義を体験した事がない。文化的にも民主主義を受け入れれば中国は空中分解してしまうだろう。そして開発独裁体制で市場経済を取りつつも多党制や三権分立、普通選挙などの西洋的民主主義は導入しないだろう。

それで西洋的な近代化が出来るかと言う事ですが、追いつく事は出来ても追い越すことは難しいのではないかと思う。情報の公開と透明化が無ければ技術開発競争に勝つことが不可能だからだ。西洋的民主主義が受け入れられなければ情報は統制されて見えない鎖国体制となるのは明らかだ。

中国がこのまま超大国となった時は、近代的な民主主義国家ではなく、中国的な帝政政治が実現されているだろう。世界はこのような中国を受け入れる用意があるのだろうか? 欧米から見れば日本人と中国人は同じに見えるから中国も経済発展すれば民主化が進むと見る人が多い。しかしそれは実際に中国で生活したことが無い人の見方だ。

見かけは日本人と中国人は見分けがつかないほどよく似ています。漢字も使うから文化的にも同じように見えるのでしょうが、歴史も文化も民族性もまるで違う。ハリウッド映画では中国人も日本人も韓国人も台湾人もごちゃ混ぜですがアメリカ人はアジアの事を知らない。だからウォール街の投資家たちは中国に投資すれば日本のように近代的民主主義国家となると考えても不思議ではない。

日本の影響が強く残る台湾や韓国などではそのような投資戦略は成功した。しかし中国本土は西洋から見れば魔界の世界だ。観光旅行で北京や上海を見ても中国は分からないだろう。しかし数年間彼らと仕事をしてみれば分かる事です。最近では中国で何年も仕事をしている日本人が増えましたが彼らに聞いて見れば分かるでしょう。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたエズラ・ヴォーゲル氏は中国に長期滞在していますが、中国は日本に追いつけないと語っています。しかし現代の日本の若者の能力の低下は何が原因なのだろうか? ヴォーゲル氏は「特に若者が社会への帰属意識や責任感を持てなくなっているのは心配です」「最近の日本を見ると、社会への真の責任意識を持った傑物がいなくなったなあと感じます」と指摘しているが、その通りだ。


「今こそ日本人は松下幸之助、土光敏夫を思い起こせ」 「週刊ダイヤモンド」 2006年11月11日

じつをいうと、私は今、中国に長期滞在しています。“次はチャイナ”と言い出すのかと思うかもしれませんが、それは見当違いです。ここに住んでみて、私はある確信を得ました。それは、20〜30年後にも、中国は多くの面で日本に追いつけないということです。

 まず中国には、能力の高い人材にイノベーションを促すようなきちんとした知的財産保護の法的基盤がありません。現状を考えると、整備にはまだ時間がかかるので、世界のリサーチセンターになるのはそうとう先のことでしょう。中国企業の国際進出も当面はさほど進まないと思います。そして、なにより中国人は米国人から見ても、会社に対する忠誠心が低過ぎる。転職は日常茶飯事で、これでは堅固な組織は望むべくもない。

 確かに、GDPの潜在規模でいえば、日本はかなわないし、ローテク分野も中国にほとんど持っていかれるでしょう。しかし、日本がその強みであるハイテク分野の競争力、堅固な組織、そしてなにより個々人が仕事への熱意を失わなければ、30年先にも非常に重要な“専門的役割”を世界経済において果たしていると私は確信しています。(中略)

ただ、日本についてなにも心配ないのかといえば、それは違います。特に若者が社会への帰属意識や責任感を持てなくなっているのは心配です。これは万国共通の悩みであり、日本はまだマシなほうですが、この問題を放置すれば、当然、日本繁栄の前提が崩れます。

  やや厳しいことをいえば、若者の意欲低下は、中高年層の意識の鏡映しではないのでしょうか。最近の日本を見ると、社会への真の責任意識を持った傑物がいなくなったなあと感じます。27年前にはたくさんいました。土光さんも、松下さんもそうだった。党派やせせこましい利害関係を超越したすごい人たちでした。(後略)



(私のコメント)
マーティン・ジャック氏が出版した「中国が世界を支配する時:西洋世界の終焉と新世界秩序の誕生」では、「中国は西洋化することなく、逆に世界が中国化することになる」と予想していますが、欧米や日本はそれを受け入れられるだろうか? 18世紀までは中国は世界の超大国だった。トルコ帝国も18世紀までは中東から東ヨーロッパ北アフリカまでの世界帝国だったのですが西洋に遅れをとるようになった。

中国もトルコ帝国も専制的な政治で民主主義的な政治体制がとれなかったのが原因の一つであり、近代文明は民主的な政治体制でないと機能しない。しかし無理に民主国家になっても政治が不安定になっては国が発展する事は無い。だから専制的な独裁体制でないと国家が維持できず、情報の公開も行なわれない。

中国が一番恐れるのが自由な情報が海外から入ってくることであり、新聞やテレビやインターネットなどの規制が続いている。これでは最新の情報すら国民は共有できずに世界から遅れてしまう。中国や韓国が日本の歴史に口出ししてくるのも閉鎖的な教育がそうさせるのだ。その影響が日本にも及んできて日本の中国化がNHKなどのテレビドラマにも反映してきている。




強い人民元と米ドルが固定相場を維持すれば、米ドルの価値もまた
固定される。90円台を回復したおかげで日本の輸出産業も中国様様。


2009年12月29日 火曜日

温家宝首相、「人民元の切り上げには絶対に応じない」−中国 12月28日 サーチナ

中国共産党の温家宝首相は27日、新華社通信のインタビューを受け、人民元の切り上げに対して「絶対に応じない」と述べた。中国政府の公式サイトが伝えた。

  インタビューでは新華社通信の記者から、温家宝首相に対して「金融危機以来、自国の貿易を保護しようとする動きが各国の間で見られ、とくに一部の国は中国に対して人民元の切り上げを要求しているが、こうした難局に中国はどのように対応するのか」という問いが寄せられた。

  これに対し、温家宝首相は、中国の輸出型産業に対する圧力は非常に大きなものがあると語り、第一に産業構造を転換し、輸出品の質とグレードを高めることで、輸出総額を維持していくと述べた。

  続けて温家宝首相は、「人民元の切り上げ圧力はますます大きくなっている」と語りながらも、金融危機によって主要通貨の相場が下落し続けるなかで、人民元が安定していることは国際社会に貢献するものだと指摘した。

  また、人民元の切り上げについて、温家宝首相は、「われわれは絶対に応じない」と語り、具体的な国名は出さなかったものの、「外国はわれわれに人民元の切り上げを要求する一方で、さまざまな手段をもって自国の貿易だけを保護しようとしている。その本質は中国の発展を阻害するものであり、2010年の対外経済政策の重要な課題となる」とした。

  そのほか、温家宝首相は「政府は一部都市で高騰する不動産価格を非常に懸念している」と語り、不動産への投機的投資を抑制するための措置を打ち出すとした。

  これに対し、中国のネット上では「中国政府ならできると信じている」、「温家宝首相がいればどのような困難でも乗り切ることができよう」、「国家の政策は素晴らしいが、それを執行する地方政府がどうしようもない」などとするコメントが寄せられている。(編集担当:畠山栄)


温家宝の野望(中国の大いなる戦略) 12月29日 江草乗の言いたい放題

今、世界で一番経済発展してる国である中国の通貨である人民元が強くなるのは当然である。そこで当然起きてくるのがその人民元を切り上げしようとする動きだ。これはかつて円の対ドルレートが360円で固定されていたのが、変動相場制になったとたんにどんどん円高になったことを考えればいい。もしも人民元の対ドルレートが上昇すれば、中国の輸出産業は大打撃を受けるだろう。中国はなんとかそれを避けたいのである。今はまだ時期尚早と見てるのだろう。

 だから温家宝首相が「人民元の切り上げには絶対に応じられない!」と発言するのも当然である。しかし、この発言によってもう一つの為替相場の動きが起きることに気付いてるだろうか。つまり、米ドルと人民元の交換レートの固定は、米ドルの下支えになるということである。世界一強い人民元と米ドルが固定相場を維持すれば、米ドルの価値もまた固定されるということなのだ。円に対して瞬間的に84円まで下げた米ドルは今91円台半ばである。おそらくこの水準をしばらく維持し続けるだろう。ドルが90円台を回復したおかげで日本の輸出産業も一息つき、それが最近の株式市場の上昇につながっているわけだ。どうせこれも一時的なもの、いわゆる「だまし上げ」に過ぎないとオレは思っているのだが。

 中国は世界最大の米国債保有国である。ドルの下落はそのまま中国の持つ資産の目減りにつながる。だから中国としてはまだドルの価値を維持したいし、人民元を安いままに固定することで自国の輸出産業を守りたいのわけだ。しかし、いつか中国は保有する米国債を売ってくるだろう。価値を維持したいのはその時に少しでも高値で売るためだ。あるいはもう売り抜けは開始されてるのかも知れない。いずれアメリカ政府がデフォルトを宣言して紙切れになる米国債を、中国はできるだけ高値で売り抜けておきたい。だから今は固定相場がいいということなのだ。今のドル相場は人民元の価値によって支えられてるのである。

 中国にはいずれ新幹線網が広がるだろう。時速350qでの営業運転がはじまったがあの広い国土を高速鉄道が将来縦横無尽に結ぶようになるのは確実である。高速道路も全土を覆って広がるだろうし、クルマもすでに世界でもっとも売れている。中国の内需拡大が本格的になって自国経済が自立的な成長モデルとして確立されたとき、つまり輸出に依存する必要がなくなった時、中国はあっさりとアメリカを切り捨てるだろう。その日にはもう米国債は売却後かも知れない。そうなれば人民元の対ドルレートを固定している必要はない。どんどん人民元を切り上げて、世界から安く資源を輸入し、富をかき集めることを目指すだろう。そのときすでにアフリカの豊かな資源の権益はほとんど中国に奪われてるだろうし、人民解放軍は世界一強大な軍隊になってるだろうし、アメリカとロシアの核軍縮なんて中国にはどこ吹く風だろう。

 外国人参政権なんて馬鹿なことを導入しようとしてる民主党政権の中には、中国の手先が入り込んでるのかも知れない。チベットやウイグル自治区にどんどん漢民族が流入して住み着き、中国化をはかるように、日本の過疎の村もいつのまにか中国の植民地のようになっていくだろう。政治家が全く危機感を持ってないことに驚くのだが、今から100年も経てば中国語が英語に代わって世界の共通言語の地位を獲得していてもおかしくないと思うのである。

 人民元が米ドルとの固定レートをやめたときがドルの終焉である。おそらくドルは円に対しても暴落して30円くらいになるだろう。ドルの価値が下がって何も輸入できなくなくなり、ひどいインフレが起きたアメリカは世界最貧国に成り下がり、おそらく米国債のデフォルトを宣言するだろう。日本政府がそのときにうまく立ち回ってる保証はない。とうかむしろ絶望的である。日本がその時に生き残る唯一の方法は、中国の属国化かも知れない。それが何十年先なのか、もう目の前に来てるのかオレにはわからない。しかし近い将来確実にそうなるような気がするのだ。

 サブプライムショックでアメリカを支えた金融業が崩壊しなければ、中国の覇権なんてはるか未来のことだっただろう。敵失につけこんで中国は一気に自国の発言力を高めたのである。日本の株式市場は為替相場の影響をモロに受けて世界一下がったわけだが、政府はなんら有効な株価対策ができなかった。そのために世界の投資家は日本から資金を引き揚げてしまった。いつのまにか上海市場の規模は東証を超えてしまった。これも必然的な流れである。国益の拡大に血眼になってる権力者たちと、政権交代できただけで安堵してる田舎政治家とはプレーヤーの格が違うのだ。

 日本が生き残る唯一の道は中国の属国にされることなのだろうか。経済成長した中国がその富を日本で浪費や散財してくれることを願い、そのおこぼれに預かることでしか喰えなくなるのだろうか。子どもの頃、いつか国境なんてものがなくなって世界は一つの世界連邦になるということを思い描いたことがあった。それはもしかしたら実現するかも知れない。形は違うが、世界中が中国に飲み込まれるという形でだ。


(私のコメント)
90年代は日本がドルを一手に買い支えていましたが、現代では中国がドルを買い支えて人民元を固定レートにしている。円は一時84円台まで急騰しましたが91円台にまで落ちてきました。高くなった円を売ってドルや人民元を買っている人もいるのでしょうが、中国がドルを買ってドルの価値を高めている為だろう。だから80円台まで円が急騰しても90円台に戻す動きが続いている。

ドルの基軸通貨体制が揺らぎ始めて、その代わりに円やユーロや人民元が買われるようになって基軸通貨の多極化が始まっている。だから90年代の時のようにドルが安くなっても円の独歩高になる事は無くなってきた。特に最近は中国がドルを一手に買い支えてくれるおかげで円ドル相場も91円台にまで円安になってきました。まさに日本の輸出産業にとっては中国様様でしょう。

為替はこれ以外にも日米の金利差などが広がった事や日銀の10兆円の金融緩和などが重なっています。しかし政府日銀がドル買い介入しなくても中国がドルを買ってくれるのだから大助かりでしょう。中国が買ってくれているうちにドルを売りぬけるチャンスなのですが、ユーロや人民元などに分散しておけばリスクは少なく出来る。

しかし時間が経てば人民元に対する切り上げ圧力は強まるばかりであり、今年に入っての中国の外貨準備高は急増している。投機的な資金も流入してくるから中国が元売りドル買い介入もいつまでも続けられるわけは無く、いつかは人民元の切り上げが行なわれるだろう。続ければ続けるほどドル資産の残高が増えてドルの暴落が起きればそれだけ損失額が大きくなるからだ。

アメリカは金融危機を乗り切るために大量の資金供給を続けているし、中国もドルの買い支えのために人民元を大量に供給してドルを買い、公共事業などで国家予算をばら撒いている。ドルを買い支えればそれだけ人民元が市場に出回るからインフレになる。それに対して日銀が金利は下げても量的な供給は絞ってきたからデフレになってしまった。ドバイショックで日銀は10兆円ほど金融緩和しましたが100兆円規模で行なわないとデフレは治らないだろう。

人民元の固定相場は一種の輸出補助金であり、中国製品の輸出競争力がそれだけ強くなる。だから他の東南アジア各国も人民元に引きずられる形でドル買い介入している。だからアメリカの緊急の経済対策が効果を上げて金融も安定してきましたが、株などは空売りの買戻しでリーマンショック前の水準にまで上げている。

日本のバブル崩壊の時もアメリカのように素早く資金注入して不良債権を買って銀行を救っていれば長引く不況は無かっただろう。しかし当時はバブルに踊った銀行は潰せという市場原理主義がまかり通ってしまって金融庁は銀行に対して厳格査定を行なった。外資の銀行株売り叩きもあったからダメージは大きくなってしまった。

中国の温家宝首相は人民元の切り上げに対して「絶対に応じない」と述べましたが、切り上げが出来ない事情があるのだろう。切り上げが出来るようになる為には産業構造を転換し、輸出品の質とグレードを高めていかなければなりません。しかし20%ほどの切り上げで中国製品の競争力は大きく失われてしまって工場の倒産が相次いでしまった。

為替介入は一種の輸出補助金だから、補助金に頼った産業構造になってしまうと改善がなかなか進まなくなる。それに対して日本は1ドル=360円から90円にまで4倍もの切り上げでも輸出競争力は落ちてはいない。中国の経済発展は日本を追い越して世界第二位になりますが、規模は大きくなっても質の向上が伴っていないようだ。

日本は日銀がマネーサプライを絞っているから株も不動産も上がらずに低迷が続いている。80年代に起きた事は資産インフレであり物価の上昇はそれほどでもなかった。銀行が過剰な融資を続けて資産インフレを起こしたのですが、ドル買いに伴うインフレも含まれていた。

中国の人民元の固定相場を長いこと続けていれば歪みもそれだけ溜まる事になり、切り上げた時のダメージも大きくなるだろう。産業構造の高度化も進まず高付加価値化も進まない。中国は外国資本と技術を取り入れて人件費の安さで競争力をつけて世界の工場とまで言われるようになった。インドやブラジルなども同じように外国資本技術を積極的に入れて高度成長が続いてきた。

先進国がこれ以上の市場の拡大が望めない以上は新興国の市場を開拓して行かなければグローバル企業の成長は望めない。自動車の市場もアメリカよりも中国の方が大きくなり日本企業もアメリカよりも新興国向けの輸出が割合を大きくしている。中国市場を輸出市場として伸ばすには人民元の切り上げがアメリカや日本やEUにとって必要だ。

しかし中国は今年になって輸出が低迷して元の切り上げどころではなく元の切り下げ論まで出てきている。それだけ中国の輸出競争力がついていない事を証明するものですが、中国がさらに経済成長を続けるにはさらに外国から技術導入が不可欠なのだろう。それだけ自立的な経済発展が取れていない。

中国が輸出依存経済から内需主導の経済になるには元の切り上げが必要だ。しかし都市部と農村部の格差が広がっており、政治的混乱の火種も大きくなってきた。高度成長が続いている時はうまくまとまっていてもバブルが崩壊してくると今までの不満が一気に爆発するだろう。いずれにしても日本経済はアメリカ離れが進み中国を相手にする割合が増えてくる。




もし台湾が中共に統一されてしまえば、それはASEAN諸国全てが
雪崩を打って自動的に中共の勢力圏下に組み込まれることを意味する。


2009年12月28日 月曜日

坂の上の雲 (5) 12月27日  FujiiHの部屋

さて、今回の目玉はマハンと米西戦争ですね。
マハンは、ドラマではアメリカ海軍の教官か参謀みたいな印象でしたが、彼と言えばシーパワー、つまり制海権の重要性を世に広めた人ですね。
シーパワー理論は別にこの時代だけのものではなく、当然現代の戦略にも影響を与えています。
この時代より半世紀後の太平洋戦争で、アメリカのとる戦略はこの制海権を順に抑えていくモノであり、マハンの理論の影響下にあることは当然のことです。
もちろん、現在の日本、沖縄をめぐる戦略でも制海権の概念が忘れられるはずもありません。
ちなみに、今回はちらっとしか登場してなかった山本権兵衛も、秋山真之よりも遙か前にマハンの講義を受けていたそうです。
そのマハンがドラマの中で日清戦争の黄海海戦で、連合艦隊の伊東長官が艦隊を分けたことを批判しましたね。
しかし、実際の黄海海戦に参加した艦船を見ると艦速はバラバラだし、まだまだ艦隊の連携がうまくいっていなかったことを考えると、マハンの言うようなことは難しかったのではないでしょうかね。
ネルソンタッチなんてね。
ところで黄海海戦の話を出すなら、前回ちっとは触れろよ、まったく。
それにしても、レポートの重要性を説くなどこのドラマのマハンも良いこと言うね。

米西戦争は、渡辺謙さんのナレーションでは低俗なイエローメディアがかき立てたことにより始まったと言いましたが、これは続にイエロージャーナリズムと呼ばれるものです。
ドラマでも出て来たメイン号爆破事件でも、軍人は冷静の対応を求めていたのに、スペインがやったことにしたイエロージャーナリズムにより世論は海戦を傾けることになったのです。
売上のためには何でも書くイエロージャーナリズムは、現代でも起きてもおかしくないと思います。
米西戦争は、「歴史群像」No.90に詳しいです。
キューバ周囲の海上制圧のためにアメリカ海軍は哨戒を続けますが、あっさりキューバ、サンチャゴ湾の要港にスペイン艦隊は入港します。
スペイン艦隊が自由な出入りができないようにするために閉塞作戦をするのですが、スペイン砲台の砲撃により失敗します。
後に、日露戦争で旅順港で応用されるのですが、これは成功と言えるのでしょうか?
しかし、ドラマの説明は結構詳しいですね。
ドラマは海軍の視点で米西戦争を見ていますが、実際にはアメリカ海軍が閉塞作戦に失敗した後に、結局アメリカ陸軍がサンチャゴ湾周囲を攻略にとりかかるのも旅順と同じです。
また、サンチャゴ湾周囲を攻略するために多大な犠牲を払った点も、艦隊のトドメを刺すきっかけも陸軍であったのも、旅順と同じです。
実際、ドラマでもあったように米西戦争の詳細なレポートを報告した秋山真之も旅順では違いすぎることを理由に反対しています。
それにしても、このときの戦況が日本陸軍でも報告されているのに、旅順で役に立った形跡がない点は、確かに思い当たりますが、残念なことでもあります。

それにしても、前回の日清戦争の開戦における軍部と外務省の独走といい、「戦争はきっかけがあればよい」というマハンといい、太平洋戦争はこの時代に種は蒔かれているといわんばかりですね。
歴史はまさしく連続であるということです。


地政学から導かれる日本のとるべき道 2007年7月22日 一君万民

北朝鮮問題をアメリカ主導の下に解決できれば金正日体制崩壊後も日本にとっての東アジア地勢状況は大きく変化しない。しかし、もし中共主導で体制が核開発中止によって生き残った場合、もしくは中共主導で北朝鮮に代替政権が樹立された場合、北朝鮮の中共依存を深めることになる。

また既に反日はもとより反米親中が大勢となっている韓国も中共の支配圏に入ることは確実だ。

つまりかつての日本が日清戦争で戦って守り抜いた朝鮮半島は再び支那の勢力圏下に組み込まれるということだ。韓国軍69万人、それに北朝鮮の120万人を加えるとその総勢力はアメリカを抜き、中共に次ぐ世界第二位になる。

盧武鉉政権が狙う南北連邦国家が成立すれば、世界第二位の兵力と核ミサイルを保持する中共の第一子分が日本の喉元に刃を突きつけることになる。つまり対馬海峡が新しい「38度線」になるということだ。

国際力学の変動が台湾の統一派を有利に導き、もし台湾が中共に統一されてしまえば、それはASEAN諸国全てが雪崩を打って自動的に中共の勢力圏下に組み込まれることを意味する。

つまり東アジアにおいて存在するのは、中共とその勢力圏下の衛星国、そして唯一孤立する日本、そのような状態が出現する。

韓国保守言論界の重鎮である李度○(王へんに行)朝鮮日報元論説委員は、この現状についてこう述べている。

朝鮮半島は有史以前から19世紀末まで、あらゆる面で中国すなわち大陸勢力の絶対的な影響下にあった。ところが19世紀末から始まった日本の大陸侵攻によって、朝鮮半島は海洋勢力の元で近代化を歩むことになった。日本敗戦後も南半分はアメリカという海洋勢力の影響下に残った。(略)

しかし現在の韓国は、とくに若い世代の情緒的な反米・親中感情とナショナリズムへの顕著な傾斜によって合理性を特徴とする海洋勢力に別れを告げ、情緒と非合理性(専制主義等)を特徴とする大陸勢力の影響下に入りつつある。中国を背景とする共産化した統一韓半島像を思い浮かべるだけでも、日本にとってこうした事態が国家存亡に関わる脅威であることは容易に想像できるであろう。

朝鮮半島を中共圏に取られるか否かが、日本の国家存亡を大きく左右する最大のファクターであることを、対中謝罪外交を重ねているような大多数の日本の政治家は全く気づいていない。

日本の未来を左右するものは東アジアとりわけ朝鮮半島が米中いずれの勢力圏下にあるかということであり、それは日本自身が日米同盟を対等な堅固なものにして中朝同盟と対決できるか否かということにもかかっている。

日本の敵は常に北の方角からやってくるというジンクスがある。北のロシア(ソ連)、北西の支那(元、清、中共)、そして北朝鮮も北に位置している。従って日本では敵に敗れることを「敗北」という。

国境の島の防人たる武家を主な出自とする北島姓や西島姓は多いものの、西島姓や東島姓が少ないのも同じ理由だ。日本の東方は海であり南方にも日本を敵視する国は存在しない。

日本の南方には、台湾を筆頭にインドネシア、フィリピン、パラオ、サモア、トンガ、キリバスなど50カ国近くの島国があり、これらの島国は独自の海洋国サミットを形成しており、日本にそのリーダーたるよう強く推している。外交の基本は「遠交近攻」と言われるが、日本は北方を敵である北京と一切手を切り、南の親日海洋国とASEAN諸国、そして東のアメリカ共和党勢力と堅く手を結んで「北」を常に警戒する構えを維持するべきだ。

日本で「敗北」という言葉が使われてきたことは、地政学的な日本の位置を先人が正しく理解していたことを裏付けている。

常に国境を幾つもの隣国と接するストレスから大陸国家は、必然的に対立・嫉妬・闘争・復讐・弾圧・殺戮等からなる「争いの文明」を生み出す。ロシアや支那などはその典型だ。

中京在住の日本人翻訳家の方が支那人気質について次のように述べている。(平成16年6月号「諸君」より)

中国人とは、お人好しで平和愛好の日本人とは全く違う荒々しい民族である。上昇志向の強烈な悪く言えば強引強欲で、しかし天才的商才=悪知恵に長けた民族である。

その自己主張の激しさには到底我々日本人が及ぶところではない。絶対に自分の非は認めないで、逆に徹底的に相手を攻撃する。何千年来、彼らが先祖から受け継いできた生活信条は「水に落ちた犬は叩け」なのである。

これは大陸文明の特徴を実に的確に言い尽くしている。



(私のコメント)
NHKのスペシャルドラマの「坂之上の雲」の第一部が終わりましたが、現代の極東情勢は日清戦争前の状況とよく似ている。違っているのは当時は日本は新興国であり清国は老大国であったが今は中国が新興国であり日本が老大国だ。国家の勢いは逆転してしまっている。明治の日本人はよくがんばったが今の日本人は気の抜けた抜け殻のようだ。

未だに大戦の敗北の後遺症から抜け出せず、東京裁判史観を刷りこまされて「坂之上の雲」と言うドラマにさえ中国や韓国の目を気にしながら作っていることが分かる。当時の歴史が分かれば侵略者はロシアであり日本はそれに抵抗してロシアの南下を防いだ。当時の中国や朝鮮はロシアに全く抵抗できず満州はロシアの支配下に入ってしまった。旅順は満州の南端にある港になる。

米英にとって見れば旅順がロシアの港になれば太平洋の出口となり厄介な事になる。だから当時の米英は日本をバックアップして日露戦争は勝利する事ができた。このような地政学的な分析が出来ていれば日露戦争後はどうすべきであったか分かるのですが、日本は軍事大国に突っ走ってしまった。

昨日のドラマでは日清戦争後の状況が描かれていましたが、秋山真之はアメリカに留学する。このドラマでは海外ロケがふんだんにありますが、僅か数カットのために海外ロケをするのは大変な費用だろう。「海洋権力史論」のマハンが出てきますが、黄海海戦の評価を話す場面も出てきますがドラマでは黄海海戦のシーンがまったく無かった。中国を刺激しない為だろう。

CGを使えば海戦シーンを再現する事も楽に出来るようになりましたが、あえて黄海海戦の場面が無いのはドラマの構成上も不可解だ。それに対して米西戦争は観戦武官として参加した秋山真之の目を通してCGを使って描かれていた。キューバの港に立て篭もったスペイン艦隊をアメリカの艦隊が封鎖をする。最終的には陸上からの攻撃でスペイン艦隊は港を出たところをやられるのですが、日露戦争でも同じような戦いになった。

NHKの「坂之上の雲」を見ていると大東亜戦争を暗示するような場面がありますが、ドラマを通じて戦争批判をしようとしているのだろうか? 米西戦争にしてもアメリカが仕掛けた戦争であり、アメリカのマスコミも戦争を煽っているのは今も同じだ。このような好戦的なアメリカにパールハーバーを空襲すれば飛んで火に入る夏の虫ですが、山本五十六もアメリカに留学しても気が付かなかったのだろうか?

極東においてもランドパワーとシーパワーが衝突する場所であり、朝鮮半島は両者が衝突する現場になる。日本はシーパワーであり清国やロシアというランドパワーと対決する。それは現代でも同じであり、中国が台湾を併合すれば東南アジアはドミノ現象を起こすだろう。韓国にしても中国の台頭に対して風前の灯であり、アメリカ軍は韓国から2012年には撤退するだろう。

韓国はアメリカが介入してはじめて成り立つ国であり、米軍が撤退すれば朝鮮半島は中国の勢力下に入るだろう。日本は大陸に進出して失敗した教訓があるから韓国が危なくなっても支える事は出来ないだろう。韓国のマスコミは盛んに反日世論を煽っていますが、中国の勢力がそれだけ韓国に介入しているのだ。日本のマスコミが米中の代弁者である事と共通しますが、テレビなどでも世論工作が行なわれていますが、「坂の上の雲」などでも親中派の影響が感じられる。

NHKは台湾に対しても反日を煽っていますが、「日台戦争」と言う言葉まで捏造している。まさに「坂之上の雲」はまさに「アジアの一等国」と同じ時代を扱っているのですが、NHKは中国共産党の代理店のような所だけにドラマでもどうしても色目で見てしまう。日清日露戦争にしても米英に踊らされていた面もあり、秋山真之と高橋是清や小村寿太郎との話でもそれが出てくる。ロシアや中国から見れば日本はアメリカの手先だからだ。

シーパワーについては今は軍艦で海を支配する時代ではなく、空や宇宙を支配するものが世界を支配する時代になった。しかし交易などでは海が圧倒的な割合を占めているからシーレーンを守る事は日本を守る事は海を守る事でもある。それに対してロシアや中国は陸の交易が中心であり鉄道やパイプラインで物を運ぶ事が多い。

アメリカがイラクやアフガニスタンに米軍を駐留させているのも中央アジアの石油を運び出す為でもあるのでしょうが、大陸内部の戦争はアメリカといえども不利になる。日露戦争でも日本は奉天では何とか勝ちましたが大陸内部に引きずり込まれれば負ける。それが分かっていたから日本はロシアと講和して終わった。それは今でも変わりは無い。

最近では中国も海軍力の増強が著しく外洋に進出し始めた。東シナ海や南シナ海は中国の内海化して船の航行もままならい時が来るかもしれない。海低ガス田も中国のやりたい放題ですが、日本政府はビビッて試掘すら出来ない。台湾が中国の手に落ちれば西太平洋はアメリカにとっても脅威になるはずですが、アメリカは台湾については中国に遠慮している状態だ。




日本の地方都市はなぜ再生しないのか? その土地の伝統や文化を
尊重しようとはせず、○○銀座や巨大SCを作って地域を破壊したからだ。


2009年12月27日 日曜日

観光立国は幻想か 3月31日 CNET Japan

単なる寂れは、伝統や哲学とはほど遠い

地方都市を観ていて、どの街もその寂れ方が美しくない。また訪れたくなる雰囲気は少ない。それは何故だろうか?例えば江戸や明治の建物なら、その時代背景や社会情勢、そこに住んだ人となりが語れる存在感があるが、戦後の建物や施設には歴史を語る史世観は難しい。そこに住んでいる人達の長い間の営みが伝わるにはある程度の年月と共有化した時代的変遷が必要だと想う。京都が今でも観光立国たる地位を確立しているのは、地元の人達の意識に負う所が大きい。語る出来事もふんだんにあるからだ。今でも自分達の街にプライドと愛情を持ち続けているからこそ生き続けていられるのだと実感した。 京都の知人と話していて、極普通に幕末の池田屋事件の場所の話や、新撰組の話が昨日のように話される姿勢を観ていて、伝統とか歴史観などの有形無形の価値を大事にする土着性は、一人一人の気持ちの中に刻み込み、学習する場創りがなければそうは簡単に出来ない。

故郷を捨てたくなるのは、街が荒廃し、愛着を持つ土壌がないから

暴論を吐けば、単なる経済至上主義で街並みを維持する考え方はサスティナブルな社会にはそぐわない。飽きたから壊し、又新たな建造物を創り上げ、儲からなくなったから、メンテしないでほったらかしにする。そんな事を繰り返して来た地方経済は、体力が無くなった今、曲がり角にある。観光で人を呼ぼうにも観光のネタすら乏しい。温泉を掘り、温泉センターを乱立させ、土産物を並べて、人を呼び込もうとしても、最初の時だけ活気はあるが、時間と共に風化して行く。 もはやそこには誇りとか、愛情といった持続性のある言葉は無い。関西から九州にかけて街並みを眺めていると本当に遊戯施設、ホームセンターなどの郊外型大規模施設の乱立に目を奪われる。ちょっとしたアメリカのモール街によく似て来た。確かに便利かも知れないが、100年200年の風雪に耐える街並みだろうか、、皆が皆ラスベガスを望んでいるのだろうか、、、海外から来たお客様が、感動して帰ってくれる街創りになっているのだろうか、、、観光の本質を今一度考え直す時期に来ていると想う。 



人員を約半分にしてもサービスの質は上げる 2008年4月21日 飯村 かおり

100年以上の伝統を誇る老舗旅館ですら、いとも簡単に経営難に陥ってしまう――。その理由は、団体客が減ったことなど市場の変化ばかりが原因ではない。経営革新が全く行われてこなかったことが実は最大の問題だった。

 「日本の旅館やリゾートは、ゴールデンウィークといった繁忙期はどこも満室。一生懸命やっているところも、そうでないところもどこも満室です。すると、競争する意味がなくなる。かえって、いまひとつのサービスにしておいたほうが得をするという、観光業界の構造があった」と星野佳路社長は指摘する。

 繁忙期をターゲットにした経営に頼るとどういうことになるか。忙しい時に合わせて人手を集める。その結果、どんどん作業が細分化され、布団を上げ下げするだけの人、宴会でお酒のお燗をするだけの人、というように、1つの作業に専門の人を当てるようになる。

 作業の平準化と効率化が進んだ製造業に勤める人には理解できないかもしれないが、これが日本の温泉旅館の現実だった。20年、30年と同じ仕事だけをやるような業界には、旅館全体を見渡し、将来の経営を背負って立つような人材が育つ土壌はなかった。

 星野リゾートが旅館の再生事業でまず取り組んだのは、この点だった。単能工から多能工へ――。自動車産業はじめ、製造業界では生産性向上のために当たり前のように取り入れられてきた方法を旅館に取り入れた。

従業員をチーム化して生産性アップ

星野リゾートでは、まず、サービスに関わる従業員全員を「サービスチーム」と名づけて、一人ひとりをチームのメンバーとして捉えた。従業員の間にあった仕事の境界線をなくし、フロント、清掃、レストランなど食事処のサービス、調理といった各業務すべてを全員がローテーションで体験。各自、複数の仕事を覚えていく。

 新しいスタッフにとっては自然なことかもしれないが、長年の慣習に従って旅館で働いてきた人の中には、サービスチームの働き方に抵抗を覚える人もいる。このため、星野リゾートでは新たにサービスチームを導入する旅館には、すでに経験を積んだスタッフを派遣。初めての働き方に慣れない従業員を指導する。(中略)

手形の「契り」を1枚の布にしるす

 若い支配人の情熱は、来るべき観光大国を見据えた星野リゾートの野心に伴走する。衰退した旅館の再生が地域の活性化を誘引し、ひいては日本の観光業の未来を切り開くのか、星野リゾートは大きな期待を背負っている。

 2008年3月27日、星野リゾートの本拠地、軽井沢のホテルブレストンコートで入社式が行われた。新入社員は83人。その中には中国人と韓国人が4人いる。

「日本の食文化や温泉の良さを中国の人に伝えたい」。中国吉林省出身の金海英さんは、星野リゾートでの抱負を語る。日本の大学で学んだというだけあって、金さんは日本語を流暢にしゃべる。

 入社式では、全国の旅館やリゾートから集まった総支配人と新入社員が個性的な自己紹介と抱負を語る。スピーチが終わった順に、テーブルに広げられた大きな白い布に手形を押していく。星野社長はこれを「契りの手形」と言い、その意味をこう語った。

 「お互いに何らかコミットし、契約関係になる。特別な関係にあるという象徴です。みなさんは何のために契りの手形を押したか覚えていてほしい。会社を簡単に辞めないということを約束したと、覚えておいてほしい」

 星野社長の言葉には気迫すら感じられる。日本の観光産業を世界に比肩する、競争力のあるものにしなければならない。さらには、日本の地方経済を支えるだけの産業に育てなければならない。そのためには、将来の観光業界を背負って立つ人材の育成が何より必要だ――。気迫の裏にあるのは、星野社長のこの強い思いだ。

 10年で日本の観光を劇的に変える――。星野リゾートが描く未来は、決して夢物語ではなさそうだ。



(私のコメント)
今日のフジテレビの報道2001では、前原国土交通大臣をゲストに招いて観光立国日本を討論していましたが、大臣は地方を再生していくには観光産業と第一次産業だと言っていました。せっかく道路や橋を作ってもどうやってそれを生かしていくかといった事を地方の人は考えようとはしないで公共事業にばかり要求し続けている。

これでは高速道路を無料化したり新幹線を作ったところで観光客はやって来ないだろう。長引く不況で老舗の旅館やホテルが次々と潰れている。過剰な設備投資や時代に合わなくなった経営方法などが原因なのでしょうが、経営方法を改善していけば観光などの産業が地方再生のカギになるはずだ。

私自身も不動産業者であり、都心でオフィスビルを経営して千葉でアパートマンションを経営している。不動産賃貸業も旅館やホテルと似た面があるのですが、地域の特性を生かしていかないと全国一律の経営では上手く行かないだろう。日本の観光シーズンは100日ほどしかないのだそうですが、どうしたら通年での観光客が増やせるかが経営改善のカギだ。

ゴールデンウィークやお盆休みや正月休みのシーズンはどこも満員で交通機関も満員だ。だから観光客は近場の海外旅行に行ってしまう。グアムやサイパンなら国内の旅行より安いかもしれない。グアムやサイパンは一年中夏だから一年中観光シーズンだから安くホテルが経営できる。それが日本では青森ではねぶた祭りでは観光客が押し寄せるがそれ以外ではオフシーズンで客が来ない。

星野リゾートの旅館の再生事業では、青森の文化や祭りを思う存分体験してもらえる旅館にしようというアイデアを取り入れた。青森の3大祭り、青森ねぶた、弘前ねぷた、八戸三社大祭を食事をしながら体験できるという趣向を取り入れた。いわば青森のディズニーランド化させる事で祭りにシーズン以外でもねぶた祭りなどが楽しめるようにした。

さらには日本国内の観光客ばかりではなく海外からの観光客を集める事に対しても手を打っている。東京の家電量販店でも中国や韓国などからの客が多くなって従業員なども中国人や韓国人を雇って対応するようになった。文化や習慣が違うのだから日本人客と違ってトラブルも起こす事は多いのですが、言葉が分からない事や習慣が違うことは対応策をとればいいだけの話だ。

日本から海外へは1600万人も観光客が出かけるのに、海外から日本への観光客は800万人に過ぎない。イタリアやフランスなどは数千万人もの観光客が訪れますが、観光は地域産業の活性化の切り札だ。このように言うと私の地方は畑と山しかないと言って諦めている地方もありますが本当にそうなのだろうか? 無ければ作ればいいだけの話です。

ハワイも世界的な観光地ですがハワイヤン音楽やアロハシャツなどは後から作ったものだ。地方にはその地域の文化や伝統や祭りなどがあったはずなのですが、それを観光に生かすだけの頭が無いだけの話だろう。東京ディズニーランドも埋立地を活用して作ったものですが、失敗が確実視されていた。ところが今では日本一の観光名所になっている。

ラスベガスにしても砂漠だけで何も無かった所だ。ところが今では世界中から観光客が押し寄せている。最初はカジノなどで集客していたのでしょうが、今ではホテルがテーマパーク化して大きなイベント会場にもなっている。東京ディズニーランドもラスベガスもリピーターを増やす為にいろいろな努力をしている。

日本の地方が衰退しているのは、地方の人が無気力で痴呆化しているからだろう。25日に若い人がマニュアル人間化して言われた事しかやらないと書きましたが、報道2001でも星野社長が訪れたホテルはまさにゾンビのような若者が漠然と仕事をしているだけだった。星野社長が様々な経営上の問題点を指摘しても何の反論も出てこない。何も考えていないからだ。

地方の駅前商店街が軒並みシャッター通り化していますが、なぜ地方の人は地方の文化や伝統を大切にしないで、東京からやってきた大企業に土地を提供して巨大ショッピングセンターを作って地元の商店街を破壊してしまった。つまりその地域のコミニティーも破壊してしまったわけで、東京資本は商売にならなくなれば店をたたんで引き揚げてしまう。

以前は日本中の駅前商店街が○○銀座になりましたが、今では廃墟になりつつある。巨大ショッピングセンターもいずれは廃墟になるだろう。地方はあまりにも中央に依存しすぎて全国一律のことばかりしているから廃墟になってしまうのだ。リゾート法などで日本全国にリゾートマンションやゴルフ場が出来ましたがほとんどが失敗している。これでは中央がいくら地方にカネをばら撒いても無駄だろう。

前原大臣といえば八つ場ダム中止が問題になっていますが、3000億円も投入してダムは全く建設されていない。日本中がダムだらけになって土砂が海に流れなくなって日本の海岸から砂浜が消えている。つまりそれだけの観光資源を自ら壊しているのだ。それでも地方の人はダムを作れと叫んでいますが、ダムの作る時代は終わって観光と農業で地方を再生すべき時代が来ている。




21世紀においては国債を大量に発行しても通貨安にならない国が
経済規模に合わせてマネーサプライを増やして行かなければならない。


2009年12月26日 土曜日

日銀、新たに10兆円規模の資金供給策 12月1日 朝日新聞

日本銀行は1日午後、臨時の金融政策決定会合を開き、新しい資金供給手段による金融緩和の強化を決めた。10兆円を追加で供給する。急激な円高や株安を受け、政府の経済対策と歩調を合わせて景気を下支えするという。白川方明(まさあき)総裁は「広い意味で『量的緩和』と言っていい」と説明した。


日銀の10兆円の量的金融緩和は日本のデフレには有効か?  12月23日  藤井まり子

(前略)
マネーが国境を越えて瞬時に動く21世紀に一国の量的金融緩和が意味するものとは?
あるいは、グリーンスパン・前アメリカFRB議長は、在任中に何をしたのか?

グリーンスパン前FRB議長は、本来、アメリカ国内の「物価と失業率」にだけ注意を払うべき「役目」しか背負っていなかったはずにも関わらず、確信犯的に、アメリカ国内のマネーサプライを増やし続けた「疑惑」が、大変強いのです。グリーンスパン前FRB議長は、一国の中央銀行の議長ならば、決して犯してはならないはずの「越権行為」を、1990年代半ばから犯し続けて、大成功した疑いが、大変濃い。その結果、グローバル規模で、10年以上もの資産(株式・不動産・資源コモディティー)インフレを巻き起こすことに、グリーンスパンは成功し過ぎてしまったのです。

グリーンスパンは、東西冷戦の終結後、一瞬にして国境を超えるようになったグローバル時代が始まるや否や、大量のマネーサプライを必要以上に増やすことで、グローバル規模での三つの資産クラス(株式・資源・不動産)を、Win?Winの関係に10年以上も保つことに、成功し過ぎてしまったのです。

この時期、日本を除けば、アメリカのみならず、中国・インド、ロシア、ブラジルでも、世界中で大金持ちが大量に出現しました。こういった現象が世界規模で如実に起きたのが、1995年から2006年夏までの世界経済だったのです。

グリーンスパン退任後、世界同時不況が起きたことは、周知のことです。グリーンスパンの後継者に、世界恐慌論の研究の第一人者であったバーナンキが指名されたことを、「偶然」「奇偶」と考えるには、あまりに無理があります。

21世紀こそは、資産インフレこそが、貨幣現象
各国中央銀行の量的金融緩和を、あるいは、12月1日の日銀の追加的量的金融緩和の発表も、手放しで喜んでいたのは、海外の投資家たちか海外の資産家たちでしょう。

日本政府が「デフレ宣言」をしても、なかなか動こうとしなかった白川日銀総裁が、「ドバイショック」をきっかけに、迅速に「10兆円の追加的なマネーサプライ供給」を宣言したことは、海外の投資家にとっては、「絶妙のタイミング」だったのでした。

マネーが一瞬にして国境を越えて行く21世紀では、日銀の10兆円のマネーサプライの追加は、ドバイ首長国連邦の関係者にとっても、ひとまずは、ほっと胸をなでおろせる「朗報」だったのです。なぜなら、実は、マネーが瞬時に国境を超える21世紀では、「インフレは貨幣現象(マネーサプライ現象)」ではなくなっているからです。21世紀では、「資産インフレこそは貨幣現象(マネーサプライ現象)」になっているからです。

まずは結論から
結論から言えば、マネーが一瞬にして国境を越えて行く21世紀の今では、一国のマネーサプライの増加は、その国の物価下落には、ほとんど「微弱」程度にしか、効果がありません。それよりも、巡り巡って、海外の資産インフレを引き起こすという「副作用」のほうが強いです。21世紀では、日銀の量的金融緩和は、実は、低所得者層あるいは若年失業者向けのデフレ対策としては、効果がはなはだ疑わしいのです。

特に、資源の少ない日本国内では、日銀の量的金融緩和は、副作用として、世界規模での資源コモディティー・バブルという「火」に、「油」を注ぐことにもなります。日本国内の若者を中心にした比較的低所得者層にとっては、今回の日銀の追加的量的金融緩和には、「資源コモディティーの値上がりによる生活必需品の価格上昇」といった「危険」が厳然と存在しているのです。

ですから、『デフレ対策、若年層の失業対策』と称して、日銀に量的金融緩和を期待している勝間和代女史、およびその大勢の支持者たちは、実は今の日銀に対して、かなり「ナンセンスな期待」「二律背反の期待」を強要していることになります。

グローバリズムがマネーの国境を消し去ってしまっている21世紀の日本では、若年層の失業率や勤労世帯の所得対策と称して、「まず、デフレを止めよう」と、日銀に量的金融緩和を期待することは、「かなり間違ったポピュリズム」であり、まったくの逆の効果(スタグフレーション)しか期待できない危険性が、かなり高いのです。

では、こういった「かなり間違ったポピュリズム」は、どこから沸いて(わいて)来るのでしょうか?

フィッシャーの「貨幣の中立命題」の亡霊が歩いている!
1911年にアービング・フィッシャーが開発した「貨幣の中立命題」というシンプルかつ旧型の数式が、既に「すっかり時代遅れの数式」になっているにも関わらず、未だに「フィッシャーの数式」が日本国内での一部の知識層の間で堅く信じられているのからなのです。これこそは、「間違ったポピュリズムの根源」です。

フィッシャーの「貨幣の中立命題」とは、「一国の経済(特に名目GDP)および物価(インフレおよびデフレ)は、その国のマネーサプライ(お金の供給量)によって、大きく影響を受ける」という内容のものでした。そして、確かに、このフィッシャーの「貨幣の中立命題」は、1980年代末までは、その国の貨幣現象を説明するには、大変有効だったのです。

古典的な「フィッシャーの中立命題」が、成り立たない時代
けれども、さまざまな実証研究では、マネーが国境を越えて自由に、しかも瞬時に世界中を動き始めた1995年からは、全く持って、この「フィッシャーの貨幣の中立命題」は成り立たなくなってしまっていることが、既に実証されています。しかも、いかなる先進国においても、成り立たなくなってしまっているのです。

これに関しては、テーラー・モデルなどの実証研究が有名です。「テラー・モデル」によれば、「1980年代までは、先進各国が、その国内で新規のマネーサプライの伸び率を1単位増やすと、その国では、国内物価上昇率が、およそ0.7単位ほど上昇し、フィッシャーの貨幣の中立命題はかなり効力を発揮していた。ところが、マネ―のグローバリゼーションが進んだ1995年以降からは、先進各国では、新規のマネーサプライの伸び率を1単位増やしても、その国の国内物価上昇率は、わずか0.13単位だけしか上昇しなくなった」とのこと。


今回の日銀の10兆円の追加的マネーサプライは、どれくらい一般物価のデフレを止められるの?
今の日本国内の「M2+CD」の合計は、日銀統計によると、2009年10月時点では、およそ782兆円。今回、白川日銀が「マネーサプライ10兆円を新規に供給」すると、「テラー・ルール」によれば、一般の物価上昇率への寄与分は、およそ「10/782(782分の10)×0.13」程度ということになります。

今回の日銀の10兆円の新規のマネーサプライは、日本国内の一般物価には、およそ0.17%程度の上昇「寄与分」しかないのです。10兆円で、たったの0.17%です!これでは、今現在の日本国内のデフレを止めるには、とてつもなく小さい金額です。この10兆円が、日本国内のデフレを止めるには、どれくらい少ないかと言えば、十分の一程度、少ないのです。

ですから、この10倍程度の「日銀あるいは財務省は、年間規模でおよそ100兆円をバラマケ」という学者の方々が、日本国内でも一部存在しています。(竹森俊平氏や高橋洋一氏などなど)。

私自身も、「構造改革は必要だけれど、今の日本で一体全体、誰が構造改革を進められるのか?今の日本国内では、かつての小泉政権の前半のような、改革を強力に進められるような政治家は、存在しないのではないか!?だったら、100兆円くらいのバラマキ(量的金融緩和)を実施して、今の日本でも、デフレをとりあえず止めたらどうか?経済学的には邪道(無茶苦茶)なのは十分承知だけど、一か八かで、確信犯的に、世界の今現在日進行中の資産インフレに「火に油」を注げばよいのではないか? マネーサプライをじゃぶじゃぶにしたら、円安も起きて、輸出型依存度の大きな企業も、とりあえず潤う。結果として、スタグフレーションが巻き起きそうになったなら、その時になってから、また考えればよいではないか?」と、時々思ってしまうのは、こういった理由からです。

なにはともあれ、1995年を境に、今や21世紀では、いかなる先進各国においても、「インフレは貨幣現象」ではなく、「資産インフレのほうこそが貨幣現象」となってしまっているのです。



(私のコメント)
日銀が12月1日に10兆円の資金供給して以来、1ドル=86円だった円が91円にまで戻しています。このように日銀の資金供給と円相場とは非常に深いつながりがあります。中国などは人民元とドルとをリンクさせていますが、中央銀行が人民元を刷ってそれでドルを買っているから外貨準備高は飛躍的に増えています。

日本が国債発行高800兆円になり大変だとマスコミが騒いでいますが、経済力が強い国ほど国債を発行させて資金供給していかないと、世界経済の発展に伴う通貨供給が追いつきません。国債を発行して中央銀行がそれを買えばそれだけ通貨は増える事になります。その発行残高が増えても円は安くなるどころか07年の120円台から80円きるまで高くなってしまった。

そのような構造を政府日銀で理解している人がどれだけいるのでしょうか? 国債発行残高が多いと言う事はそれだけ日本経済の力が強いという事であり、日本経済の力が弱まれば円が安くなり国債を買う人が少なくなり金利が上昇してきます。中央銀行が買い支えても円が安くなって輸入物価が上がるから低金利を保つ事は難しい。

このような資金供給できる国は日本とアメリカやEUぐらいで超低金利状態が続いています。中国も為替介入で資金供給しているようなものですが、人民元高を見込んだ投機資金が流入しているからだろう。ジンバブエのような国が同じような事をすればハイパーインフレになって経済が破綻します。経済が破綻しているからハイパーインフレになると言ったほうがいいでしょう。

北朝鮮も経済が破綻状態だからハイパーインフレで先日デノミを行ないました。だから為替相場を見ればその国の経済力がわかるのであり、日本は世界一の経済強国なのです。だから国債をジャンジャン発行して通貨供給をして行かなければ世界経済の発展が止まってしまいます。実際にはドル基軸通貨体制だから日本からアメリカに円が流れて、アメリカから世界に投資がされて世界経済が大発展をしてきました。

日本が40兆円ほどしか税収入が無いのに92兆円もの財政が組めるのも国債を発行しても円が安くならないほど経済力があるということです。実質的には国がそれだけ通貨を供給してる事になりインフレになってもおかしくないのでしょうが実際にはデフレが起きている。円が高くなっているから輸入物価が安くなりデフレになる。

政府のデフレ宣言で日銀も急遽10兆円を供給しましたが、ドバイショックはそれで収まった。これほどマネー流通がグローバル化したのはドル基軸通貨体制とウォール街の金融力のおかげでしょう。そして日本が世界に資金供給してきて世界的なバブル経済ができた。日本が短期金利を0,5%まで引き上げた結果がリーマンショックが起きました。だから日銀は慌てて0,1%まで下げて何とか落ち着きましたが、それほど日本の金融政策が世界に与える影響は強い。

経済が発展する為には、それに伴った資金供給が必要だ。しかしどの国でも出来る事ではなく資金供給が出来る国は日本やアメリカなどの経済大国に限られる。アメリカはリーマンショックでよたよた状態ですが、日本が金利を少しでも引き上げたらアメリカはショック死するだろう。このような世界の金融構造を分かりやすく解説してきたのは「株式日記」だけだろう。

日本の財務省やマスコミは国債残高を大変だと騒いでいますが、国債は借金ではなくそれだけマネーを供給しているという事だ。毎年30兆から40兆円も発行残高が増え続けているのだから大変なのはわかりますが、日本がそれだけマネーを供給しなければ世界の経済成長がストップしてしまう。

だから財務省が増税をして財政再建しようというのは国内経済だけを見ればそうなのですが、それだけ通貨供給してアメリカの金融機関やファンドに預けられて投資されている。日本から直接投資してもいいのでしょうがアメリカに預けた方が軍事力があるから焦げ付いた時に回収がしやすい。しかしドル安でそれだけ踏み倒されますが保険料なのだろう。


2006年4月、日銀はゼロ金利と量的緩和を停止します。それが、世界の金融連鎖の中で最大400兆円相当のマネーを抜くことにもつながった。 2009年1月6日 株式日記

吉田繁治氏がメルマガで書いているように、日本の超金融緩和で日本からアメリカに毎年40兆円ものマネーが流れ込むようになった。その40兆円がアメリカに流れ込めば信用乗数で10倍の400兆円のマネーが流通するようになり、アメリカは空前の消費景気に沸いた。

金余り終焉を懸念 BRICsも急落、世界同時株安日本銀行が世界経済の動向を左右する時代が来ていた 2006年5月25日 株式日記

株式日記では日銀の金融緩和解除は少し早すぎるのではないかと書いてきましたが、日本経済だけを見れば日銀の決定は正しかったのかもしれませんが、インドやロシアやブラジルや中国の株価が暴落を始めてIMFやOECDといった世界機関が慌て始めている。日本銀行総裁の世界経済への視野が狭すぎるのではないかと思うのですが、いつの間にか日本の中央銀行の影響力がこんなにも大きくなってしまった。

(英紙)対外資産$3兆を抱えた日本は、まだまだ世界のトップ債権国だこの5年間、国際的な資産ブームの流動性の最大ソースは日銀だった 2008年1月8日株式日記

日本銀行は2006年夏にゼロ金利を解除して0,25%ずつ二度にわたり短期金利を上げましたが、その度に世界同時株安が起きた。そして円キャリーの逆流が原因なのですが、アメリカでサブプライム問題が原因で金融に異変が起きてから円キャリーの規模が大きく縮小してしまったようだ。明らかに金融異変を警戒しているのだ。

ドルの孤独な下落は、世界経済の不安に直結する。すでに円は、日本人だけの円ではなく、世界の信用創造を担う通貨なのです。 2007年8月14日 株式日記

サブプライムが発火点となった信用不安は、世界の中央銀行が無制限の資金供給する事態にまで発展してきていますが、今月にも日銀の利上げが行われるかもしれないと言う観測が流れています。本来なら7月に利上げをすべきところを参院選のために翌月に延ばした。しかし本当に利上げをしたらどうなるのか、円キャリの逆流が巻き起こってまたしても世界同時株安を引き起こしかねない。

アメリカ経済終わりの始まり』 松藤民輔(著) ゼロ金利解除が意味するもの 2006年現在、円は世界の基軸通貨になった 2007年3月9日 株式日記

欧州中央銀行が金利を0,25%引き上げて3,75%にしましたが、ユーロが独歩高の中での利上げは日本銀行の常識では考えられない事ですが、欧州中央銀行の本当の狙いは何だろうか? 更なるアメリカからの資金流出を加速させているのだろう。

日本も二度にわたる金利の引き上げで徐々にアメリカから資金を引き揚げさせようとしているように見える。日銀と欧州中央銀行が共同歩調で金利を引き上げればアメリカも金利を引き上げる環境が出来ましたが、実はアメリカは「松藤民輔の部屋」で指摘されているように、サブプライムローンが破綻の危機にある。




「自分で考える」ことのできる人間が、現代の社会において不当に低く
評価されてしまったり、厄介な人間と見なされて排除される風潮がある。


2009年12月25日 金曜日

マニュアルがないと何もできない――「自分で考える」力のない人々 12月24日 泉谷閑示(精神科医)

――言われたことはやれても、応用がまったくできない部下がいて困る。

――1年前のデータをもとにした入力作業で、人がそれから1歳年をとっていることを、わざわざ言ってやらなければ気がつかない職員がいる。

――昇進試験の勉強は完璧なのに、実務が全然できない人がいる。

――マニュアルはパーフェクトに覚えられるのに、マニュアルのないことはお手上げという人が多い。

 いろいろな組織の中で、このように「自分で考える」力のない人が増加していることが問題になっているようです。

 記憶やパターン思考などのコンピュータ的な情報処理ばかりに「頭」を使うことは、人間にとってはかなり不自然なことであり、次第に「自分で考える」ことができない状態に自分を追い込んでいってしまうものです。そしてそれが、のちのち「心」(=「身体」)側からの大きな反発を招く原因にもなってしまうのです。

 現代の「うつ」の中には、このように偏った「頭」の使い方ばかりしているうちに、「自分がわからない」といった行き詰まりに陥ってしまったケースが少なからず存在します。

 そこで今回は、「人間らしい思考力とはどういうものか?」というテーマについて考えてみたいと思います。

「記憶力が良い」=「頭が良い」ではない!

 人間の「頭」は、「心」(=「身体」)と密接に連携した状態で働くことによって、「自分で考える」ことができる仕組みになっています。この、人間ならではの理性の働き方は、物事を鵜呑みにしない懐疑的精神を備えており、オリジナルな発想ができる創造性と臨機応変に考えられる柔軟性があるものです。

 しかし現代の社会では、どうも「自分で考える」ことよりも、与えられた情報を無批判に受け入れて記憶し、それを器用に処理する能力のほうばかりが評価される傾向が強いようです。

 記憶力やパターン思考に長けた者が高得点を得るような試験制度の存在が、私たちの思考力を偏った方向に歪めている大きな要因の1つであることは間違いありません。そんな中で、いつしか「頭が良い」ということが、「記憶力が良いこと」「従順にパターン化された思考ができること」だとすり込まれてきてしまいます。

 しかしそのような能力は、人間の知的能力の中では、実のところあまり高次元のものとは言えないのです。(中略)

 このように、従順ではない自我の特質とは、人間の「心」(=「身体」)の特質に由来するものだと考えられます。

 「心」は何ものにもとらわれずに、対象に興味や関心を向けたり向けなかったりする自由な働きをします。ですから、外部から何かを強いられることは、「心」(=「身体」)にとっては苦痛なことなのです。

 一方の「頭」はコンピュータ的な情報処理をおこなう場所で、「心」との間の蓋が閉まった状態では「心」の関与がなくなってしまい、かの従順なモズ的記憶力やパターン思考などの低次元の知性が前面に出てくることになります。

 逆に言えば、従順にモズ的記憶力やマニュアル思考だけが働いているような状態は、「頭」と「心」(=「身体」)の間の蓋が閉まっているということなのです。これは、前連載でも幾度となく取り上げてきたように不自然な状態であり、「うつ」の予備軍的状態でもあるわけです。

マニュアル重視で「自分で考えられる」人は厄介者に…

 「自分で考える」とは、「頭」と「心」(=「身体」)の間の蓋が開き、「心」が自発的に示す知的好奇心や関心にもとづいて、「頭」が活動することです。

 その際、「心」は、既存のマニュアルに従ったり仕入れた知識や情報を鵜呑みにしたりすることを好みません。必ず一度吟味を加えて、自分自身で本当に納得した場合にだけ情報を取り入れ、しかもそこに何らか独自のアレンジを加えたがります。

 そのため「自分で考える」人は、マニュアルに従わされることには多大な苦痛を感じるものですが、むしろ、マニュアルを作ることは自在にできるものです。さらに、オリジナルな発想をしたり、マニュアルでは対処不能なことを解決したりできる高いポテンシャルを持っています。

 今日では、教育現場、医療現場、商業店舗、会社、行政組織などの様々な場所で、マニュアルを用いたサービスの均質化や効率化が図られています。これによって質の悪いサービスが減り、サービスの質が底上げされるという効用があることは認めざるを得ません。

 しかし、マニュアルにただ従うような人間が増えることは、管理者側にとっては都合の良いことかも知れませんが、人間の在り方としてはとてもいびつなものでもあると言えるでしょう。

 「自分で考える」ことのできるような自然な在り方の人間が、現代の社会において不当に低く評価されてしまったり、従順でないために厄介な人間と見なされて排除されてしまったりする風潮があることは、私たちの社会の大きな問題です。オリジナリティの点でどうしても日本が精彩を欠いてしまうのも、このような風潮によるところが大きいのではないかと思われてならないのです。



(私のコメント)
学校や会社などにおいては自己主張する事は反逆行為とみなされて先生や上司に叩かれる結果を招きます。自己主張というと少しオーバーですが自分の意見を言う事は勇気がいるような行為になってしまう。学校や会社においては先生や上司が絶対的な存在であり、彼らと違う意見を持つと言う事は彼らに反抗的と思われることが多い。

私自身にとっても学校や会社は非常に窮屈な世界であり、規則規則で非常に退屈な世界だった。学校で教えられる事や会社で行なっている仕事は定型的なものばかりで創造力を要求されることがほとんど無くて、創造力を評価するシステムが組み込まれてはいないことが多い

もちろん学校などでは創造力を養うというスローガンが蔓延っていますが、実際にやっている事は創造力を持たない記憶力重視の教育だ。その為に創造力豊かな子供が潰されてしまって記憶力だけの子供が優等生として東大などに進学する。なぜペーパーテストだけで入学試験が行なわれるのか? その結果テストでは非常に優秀なのに実務では全く使いものにならない指示待ち族が量産される事になる。

泉谷氏が言うように「記憶力が良い」と「頭が良い」とは別の能力であり、○○オタクと呼ばれるような人は特定分野の事を非常によく記憶しているが、それで頭がいいとは言わないだろう。東大を出たキャリア官僚でも正解のない未知の問題に出くわすと能力の限界を出してしまう。しかし天下りや利権などの拡大には優秀な能力を発揮しているのは能力の使い方を間違えている。

最初に言ったように、学校や会社などの閉鎖された社会で自分の意見をいうと言う事は反抗していると見られやすい。ネット上でも「空気が読めない」事が非難の対象になる。自分の意見を言うには、周囲の視線を気にしながら言わなければならないような雰囲気が出来るのは日本が閉鎖された社会だからだろう。

ブログなどを見回しても自分の意見を言う人が非常に少ないのですが、普段から自分で物事を考える事が少ないからだろう。書いてあることもメモ書き程度の数行しかないブログがほとんどだ。ある問題についてまとまった意見を文章にして書くことが出来ない。「株式日記」も最初の頃は数行の文章しか書けず、30分経っても考えが浮かんでこない状態が続いた。

文章を書くことに慣れていなかったからかもしれない。しかし書き続けているうちに意識しなくとも文章が浮かんでくるようになり、考えを文章にできるようになった。本来ならば学校などでレポート提出などで文章作成力は付くはずですが、最近の日本の学校では宿題も出ないしレポートを書かせることもあまり無い。国語の授業でも作文よりも漢字の書き取りばかりやらせている。

漢字の書き取りなら点数もつけやすいし検定試験もあるくらいですが、作文となると評価が難しい。しかし作文を書くためには自分の考えがしっかりと作れなれば書くことが出来ない。そのためには考える事が欠かせない。だから学校教育では作文やレポートなどジャンジャン書かせるべきなのですが、国語の先生が読むのが大変だから書かせないのだろう。

アメリカの学校などではスピーチなどが課題になって意見発表など積極的にやらせている。しかし日本の学校などでは自分の意見を教壇に立たせて発表させることは記憶が無い。自己主張をさせないと言うのが日本の学校教育であり、規則やマニュアルに従う事が絶対と教えられる。

学校などではあれも禁止これも禁止ばかりで生徒の自発性を高めるという一番大切な教育を殺してしまっている。いくら音楽的才能があっても絵画的才能があっても進学テストには反映されないから評価されない。ひたすら記憶力重視の丸暗記教育だ。

最近においてはパソコンなどの情報機器の発達で、情報などのデーターはこれらの機器に任せておけば良くなった。漢字の書き取りなどもパソコンが自動的にやってくれるから漢字が書けなければ文章が書けないと言うことは無くなった。しかし学校では漢字の書き取りばかりやっていて文章を書かせることはやっていないようだ。

ブログや2ちゃんねるなどを見ても自分の考えを分かりやすく文章に書ける能力が欠けている人が多いようだ。「株式日記」も自己流の文章を書いているのですが、学校教育などで文章の徹底的な添削ができる先生があまりいないのだろう。大学などでも論文を書かせる事はほとんど無く遊んでいても卒業ができる。

これでは一般常識が身に付かないのであり、記憶力でマニュアルばかり暗記して、それに疑いを持たない若者が出来上がる。思考力があると思っている人でもパターン化した思考に慣れてしまって基本原則などを考える能力が全く無い。このような若者が会社に入れば言われた事はやるが、後はぼーっとして何もやらない。これでは使いものにならない。

例えば、今年は新卒の高校生や大学生の就職状況が悪いようですが、何故なのか、どうしたらいいのかを考える能力が無い。就職できなかった若者はそのままフリーターか派遣になっていくしかないのだろうか? マニュアル化したことしか出来ないから使い道がなく就職も出来ないのであり、優秀な人材なら企業から引っ張りだこになるはずだ。私自身も30代で銀行に見切りをつけて不動産業で独立しましたが、不景気で就職できないと言う前に有能ならば独立して起業できるはずだ。

確かに起業するにも楽ではなく、仕事もうまくいくとは限りません。私などもバブル崩壊の波をもろに食らって開店休業状態なのですが、フリーターや派遣にならずにすんだ。最近捕まった千葉の市橋容疑者は大阪で建設労働者をして100万円貯めたそうですが、やる気があれば正社員に就職できなくても金は貯められる。

大学を卒業したら会社に就職をするというマニュアルを作ってしまったからそうなるのですが、優秀な学生なら起業して稼ぐべきなのだ。ところが日本の学生は優秀な学生ほど大企業に就職してサラリーマンになってしまう。マイクロソフトのビル・ゲーツは大学を中退して会社を興した。パーソナルコンピューターという創造力を生かせる仕事を見つけたからですが、現在の日本の停滞は創造力や自発性に欠けたマニュアル人間ばかり作ってきたからだろう。




日本もいよいよ中国海軍に対抗して本格的航空母艦を建造するようだ。
艦載型無人偵察機を開発して22DDHに搭載して運用したらどうだろう。


2009年12月24日 木曜日

大きさは第二次大戦時の正規空母やアメリカの強襲揚陸艦と同じクラスになる。


新型戦車、護衛艦導入へ 10年度防衛関連予算 12月23日 共同通信

政府は23日、2010年度防衛関連予算編成の自衛隊主要装備品調達をめぐり、新型戦車の整備費や「空母」に近いヘリコプター搭載護衛艦の建造費を計上する方針を固めた。独自の抑止・対処能力が低下しかねないとの判断が働いたとみられる。ただ主要国で新型戦車を調達している国はなく、政府の判断には異論も出そうだ。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設関連経費のうち、キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市)への代替施設に関する工事費など288億円は10年度予算案への計上を明示せず、使途を特定しない「国庫債務負担行為」に盛り込む方向。日米合意に基づく現行計画を明確化すれば、社民党の反発は避けられない。一方、米側は合意履行を求めており、結論先送りに伴う「玉虫色」の措置となる。

 新型戦車の導入は現在約900両ある戦車のうち1970年代に導入した74式戦車約200両が今後5年で老朽化するのに伴う措置。

 新型艦は中国の活発な海洋活動を念頭に置き、約1万9500トン、全長約248メートルと海上自衛隊で最大となる。防衛省は海自部隊の中核として運用し、大規模災害や国際平和協力活動、緊急時の在外邦人輸送での活用も想定している。



ヘリ搭載護衛艦からヘリ空母に近づいた22DDH  9月2日 環球閑話時事の徒然

          22DDH    16DDH
基準排水量   19500t   13950t
全長        248m     198m
全幅         38m      33m
速力         30kt      30kt
CIWS         2基       2基
SeaRAM        2基        無
VLS           無 16セル(Mk41)
FCS-3改         無        有
アスロック装置     無       1式
3連装短魚雷発射管  無       2基
搭載ヘリ
哨戒ヘリコプター   7機       3機
輸送・救難ヘリコプター2機

ヘリ搭載能力      14機      11機
同時発着能力      5機       4機
同時運用可能ヘリ数  9機       4機

輸送力
 3.5tトラック約50台
洋上給油能力
価格(概算要求時)1166億円   1164億円
                (ひゅうが1057億円)
                (いせ   975億円)

新聞報道に書かれていたスペックを16DDHと並べてみましたが、ここからだけでも、新しい22DDHの性格が判る様に思われます。つまり、16DDHが主砲こそないものの、その武装が、従来のヘリコプター搭載護衛艦の延長線上にあったのに対し、22DDHでは、よりヘリ空母としての運用と特性に合致した仕様に変化していると言えます。

例えば、16DDHではヘリがあっても無くても単独で潜水艦を探知、攻撃できる武装になっていますが、22DDHでは、アスロックも短魚雷もないので、ヘリなくしては単独で潜水艦を攻撃する事ができません。また、完成予想図から見る限りソナーシステム(OQQ−21)も16DDHに比べ簡素化が図られているようです。更に、16DDHではFCS3改とESSMにより限定的な艦隊防空も可能でしたが、22DDHでは、個艦防御用の装備のみとなっています。

その代わりに、22DDHが得たのは、16DDHに比べ40%も大きな船体と、二倍以上(4機→9機)となるヘリコプター同時運用能力と整備能力、そして、船体の大きさの割に安価な建造コストです。

16DDHの運用構想では、DDHは対潜グループの中核艦として、DDG1隻、DD2隻からエスコートされる事になります。艦隊防空指揮機能はDDGが担いますが、対潜指揮機能は、データリンクで結ばれる事で、22DDHが持つ充実した司令部機能が担う事になります。

22DDHでは、16DDHと比べ、船体の全長が52m長くなった他、舷側エレベータの採用やVLSを搭載しない事で、16DDHと比べ、エレベータ部分を除いた艦内ヘリ格納庫は、16DDHと比べて二倍以上になる筈で、そこに収容可能なヘリ数は、表面上の収容数の増加よりは、更に大きくなる事は間違いありません。また、これが整備能力の一段の向上に繋がると考えられます。加えて、この大きくなったヘリ格納庫の活用方法として車両輸送を想定しているのだと思われます。

価格面では、船体規模が40%大きくなったにも係わらず、船価は略同じです。船価の安さはDDと比べると一段とはっきりします。19DD(750億円)と比べ、船体の大きさが4倍であるにも係わらず、取得費用は、五割増に過ぎないのです。

言い換えれば、22DDHはDDのエスコートによる運用を前提とする事で、16DDHの過剰な機能を削ぎ落とし、より航空機運用に最適化した艦になったと言えるのです。


(私のコメント)
大手新聞の記事にはなっていませんが、共同通信の記事によれば22DDHの予算が通過しそうだという記事がありました。ヘリ搭載護衛艦という事ですが、見た目や大きさからすると強襲揚陸艦か軽空母なのですが、飛行甲板が約250メートルもあるのだから第二次大戦時の正規空母クラスの大きさだ。気がつくのは基準排水量の少なさと建造費の少なさだ。

用途が多目的となっているので、護衛艦としての装備は少なくしてヘリの搭載数や燃料補給艦としての機能に重点を置いたのだろう。ヘリ搭載護衛艦としては「ひゅうが」や「いせ」が建造されているが、見た目からもクラスの違うタイプになる。ミサイル戦争の時代なのになぜ空母なのかという疑問がありますが、平時における海上警備や災害救助などにはヘリなどの航空機が欠かせない。

さらに輸送艦としての機能もあるのですが、速力が30ノットと輸送艦としては速くて空母の用途として船首にジャンプ台を設けて固定翼戦闘機も発進ができるように考えているのだろうか? 用途がはっきりと定まらないから多目的大型護衛艦なのでしょう。しかし戦時になればミサイル一発で海の藻屑になってしまう時代では高価な本格的空母は無駄だろう。

アメリカにおいても大型の強襲揚陸艦は実用性が高くて席の温まる閑もないくらいであり、搭載するヘリなどの性能の向上などで対潜哨戒やハリアーなどの固定翼機も積めば洋上防空もできる。実際に作ってみると「ひゅうが」では搭載するヘリが少なくて多用途性に不足があるのだろう。

ロシアなどでも強襲揚陸艦の関心が高まってきて、フランスのミストラル級揚陸艦を輸入するというニュースがありましたが、グルジア紛争でも黒海艦隊が 26 時間かかって実施した任務を 40 分で達成できると揚陸艦を評価している。第二次大戦中においてもガダルカナル上陸作戦でも兵士は上陸できても物資が陸揚げしている時にやられている。

22DDHやフランスのミストラル級強襲揚陸艦は建造費が1000億円程度であり、用途が多用途に使えて潰しが効くので世界の主要な海軍で保有される事が多くなってきてる。イージス艦の「あたご」の建造費は1400億円ですがイージスシステムだけで750億円もかかっている。つまり船そのものよりも積んでいる装備で護衛艦の建造費用が違ってくる。

22DDHも基準排水量2万トン程度の大型艦でも1000億円程度で出来るのですが、問題は何を積み込むかで用途が違ってくる。3,5トントラックなら50台積み込んで港があれば一気に上陸させる事が出来る。港が無い所でも大型の輸送ヘリで揚陸できるし、数百名もの人員を輸送が出来る。30ノットの速度は時速55キロで海をハイウェーのように走りまわる事ができる。

対潜哨戒ヘリを積めば対潜護衛になるし、固定翼機を積めば洋上防空用空母にも使える。未来的には無人偵察機を積んで公海上からの情報収集船にも使えるかもしれない。アフガニスタンでは無人偵察機がゲリラ退治に成果をあげていますが、無人偵察機のプレデターはリアルタイムで世界中のどこでも操縦が可能らしい。空軍はすべてアリゾナ州の中央管制センターで衛星を使って電波を飛ばし遠隔操縦しています。

アメリカ軍のように世界各地に基地があれば別ですが、日本などでは22DDHのような母艦から発進させて世界各地の情報を収集したらどうだろうか? 無人機だから小型軽量で高高度を長時間にわたって滞空が出来てステルス性も高いから北朝鮮のような国を偵察するにはもってこいだ。アメリカが開発したMQ-9 リーパーは次のような性能だ。


航続距離が6000キロもあれば相手国の奥地まで偵察できるし、15000メートル上空からステルス性能を持った小さな機体だから発見が難しいし、撃墜されても痛くも痒くもない。昔のプロペラ機程度の大きさなので着艦も可能だろう。場合によってはミサイルや爆弾を1,7トンも積む事ができるから無人攻撃機にもなる。

空母艦載機のパイロットを養成するには非常に長い期間と費用がかかりますが、無人艦載機なら2名のオペレーターを養成するだけで済む。
有人の対潜ヘリなどよりも無人対潜機などを開発すれば非常に広範囲に索敵が出来る。日本はアフガニスタン戦争には直接参加していないが、インド洋上から無人偵察機を飛ばしてアフガニスタンのゲリラを見つけるような作戦に参加できるようになる。

MQ-9 死神、無人戦闘リーパー


このような事を書けば、軍事オタクや兵器オタクから「知ったかぶりの事を書くな」と嫌がらせのコメントが必ず付くのですが、当方は素人のブログであり間違いを指摘していただくのはかまいませんが、罵声を浴びせて嫌がらせをするのは止めていただきたい。




東欧においてソ連軍が引き揚げて行った事によってNATOが拡大してEU
も拡大した。だから東アジア共同体においても米軍基地の存在は邪魔
だ。


2009年12月23日 水曜日

クリントン長官、駐米大使を異例の呼び出し 普天間問題 12月22日 朝日新聞

【ワシントン=伊藤宏】クリントン米国務長官は21日午後、藤崎一郎駐米大使と米国務省内で会談し、米軍普天間飛行場の移設問題などについて意見交換した。クリントン長官が同日朝急きょ、藤崎大使を呼んだもので、こうした形で国務長官と大使が会談するのは極めて異例。クリントン長官は、新たな移設先を探す鳩山政権の動きに不快感を表明し、現行計画の早期履行を改めて求めたと見られる。

 会談はクリントン長官の執務室で約15分間行われ、キャンベル国務次官補らが同席した。この日は、記録的豪雪の影響のために、連邦政府機関は原則休業となっており、休業状態にある同省に呼び出す異例ずくめの対応となった。

 藤崎大使は会談後、記者団に対し、「長官が大使を呼ぶということはめったにないが、日米関係を重視しているという考え方を改めて伝えたい、ということで、先方から話があった。お話は日米関係全般についての長官の考え方だった」と述べた。

 藤崎氏は、普天間問題も議題になったことを認めたうえで、現行計画の履行を求める米側の立場に変わりはない、という認識を示した。米側の危機感のあらわれか、との質問には「重く受け止めている」と語った。ただ、会談の詳細については「内容を大臣、総理に報告する必要がある」として、明らかにしなかった。

 鳩山由紀夫首相は17日、コペンハーゲンで開かれたデンマーク女王主催晩餐(ばんさん)会で、クリントン氏と隣席になった際、普天間問題の決着を先送りした経緯を説明し、理解を得られたとしている。クリントン氏が藤崎大使を呼んだ背景には、米国の姿勢に変化がないことを念押しする狙いがあったと見られる。



普天間基地移設問題 韓国で懸念広がる 沖縄返還時の憂慮が現実に 12月20日 産経新聞

【ソウル=水沼啓子】米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題は、日米間の問題だけではなく、北東アジアの安全保障上の重要な懸案となっている。朝鮮半島有事の際は、沖縄駐留の米海兵隊が即応部隊として展開することから、韓国内では懸念が広がっている。沖縄返還の際、米軍基地に反対する党が政権をとることを憂慮していた韓国にとって、約40年後にその心配が現実となった形だ。

 韓国にとって沖縄の米軍基地がいかに重要かは、韓国政府が1999年に公開した外交機密文書からも伺える。文書によると、69年の沖縄返還合意の際、朴正煕大統領(当時)は沖縄に核兵力を備えたまま米軍基地が残ることを望んでいたほどだった。

 返還されれば沖縄が“核抜き、本土並み”状態になることを韓国政府は懸念し返還に反対していた。これを説得するため、金山政英駐韓日本大使(当時)が朴大統領と会見した際、有事の際は米軍が核兵器を持ち込めることに言及し、日米間の「核密約」をほのめかしている。

 金山大使から説明を受けた朴大統領や丁一権首相(当時)は、米軍基地に反対している社会党(当時)が政権をとることに憂慮を示していた。40年前の指摘通り、社民党(旧社会党)と連立を組み、対等な日米関係を唱える鳩山政権の誕生で、韓国の安全保障の影響が現実的なものになった。

 韓国政府関係者は、普天間移設問題について「関心を持ってみている」とのみ話し、具体的な言及を避けた。柳明桓外交通商相も16日の記者会見で普天間移設問題については触れておらず、これまで韓国政府の公式見解は示されていない。

 しかし、韓国のメディアや安保専門家は危機感を強めている。今月10日付の韓国紙、東亜日報は1ページを割いて、この問題を特集し「普天間の移設計画が支障をきたせば、米軍の再編作業もドミノ倒しのように影響を受ける」と、北東アジア安保への影響を懸念した。

 韓国外交安保研究院の尹徳敏教授は、「沖縄基地問題に関しては韓国も当事者で対岸の火事ではない。朝鮮半島有事の際は、沖縄の海兵隊がまず最初に投入されることになっている。もし普天間の移設先がグアムになった場合、韓国の安保上深刻な影響が出る。日本の考えを問いただすべきだ」と指摘している。


台湾:民進党主席、普天間問題で日米関係悪化を懸念 12月16日 毎日新聞

訪日している台湾の野党・民進党の蔡英文主席は15日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について「日米両政府が決めること」と断りながらも、「米海兵隊の存在は(台湾を含む)地域住民に安心感を与えている。この問題により、地域の平和と安定に死活的な日米同盟が弱まらないことを望む」と述べ、日米関係の悪化が台湾に与える影響に懸念を示した。

 また、来日中の習近平・中国国家副主席と天皇陛下との会見が特例的に設定された問題について、背景には中国政府の強引な要求があったとの見方を示し、「こうした態度は台湾も経験したし、今後もアジアの周辺国に対して繰り返されるだろう」と中国側の姿勢を批判した。

 台湾の内政問題については、今月5日に投開票された統一地方選で民進党の得票が伸びたことに触れながら、「現政権への不信任というだけでなく、民進党への信頼も高まっている」と述べ、党内の結束を維持できれば政権奪還の可能性が高まるとの分析を披露した。【米村耕一】



(私のコメント)
オバマ大統領は「世界のどの2国間関係より重要だ」と述べて、中国を21世紀のパートナーと位置づけましたが、クリントン国務長官も同じ考えだ。しかしそんな事を言えば東アジアの外交関係が大混乱する事は目に見えている。日米安保は中国を仮想敵国としており、米中接近で日米安保が空洞化してしまう。他の米国と同盟を結んでいるアジアの各国も米中接近に危機感を持っていることだろう。

沖縄の普天間基地問題は移転先の問題であり、民主党の公約として県外移設をマニフェストに掲げて政権を取る事に成功した。それに対してアメリカ政府は辺野古への移設を要求してきましたが、環境問題もあって移転先が宙に浮いている。もともと沖縄の海兵隊はグアムへの移転は軍事戦略上の問題であり、沖縄では中国に近すぎて中国からのミサイル攻撃に耐えられないからだ。

しかしアメリカは中国へミサイル技術を供与しており不可解極まりない。中国が国防予算を二桁の伸びで増強しており、ミサイルも毎年増強されている。特に対艦ミサイルはアメリカの第七艦隊への脅威となり、南シナ海や東シナ海は中国の内海化しており東アジアにおけるアメリカの軍事プレゼンスは中国の台頭と共に低下している。

当のアメリカはイラク戦争やアフガニスタン戦争にかかりきりであり、東アジアの事まで注意が及ばないようだ。つまりアメリカはアジアの覇権国として中国を容認して、アメリカ軍は東アジアから退いていくのではないかという見方が出ている。「株式日記」でもそのような見方を書いてきました。日本に政権交代が起きたのもこのような外交状況が影響しているからだろう。

日本が恐れなければならないのはアメリカと中国が手を組んで日本が挟み撃ちに遭うことだ。経済では現実にアメリカの金融と中国の元安の挟み撃ちに遭って長期にわたる低迷が続いている。軍事においても米軍の勧告からの撤退や海兵隊のグアムへの移転などによってアメリカは東アジアから退きつつある。沖縄の普天間問題が解決した所で基地が残るだけで海兵隊はグアムに駐留して沖縄には留守部隊が残るのみだ。

オバマ大統領は東京演説で中国を封じ込めるつもりはないと演説しましたが、それならば日本の米軍基地も要らなくなるはずだ。しかし普天間基地問題はアメリカ側も当初の計画遂行を強力に求めている。アメリカ大統領が中国を封じ込めないと宣言しているのだから、それが本当ならばアメリカ側から日米安保を解消してもおかしくは無い。

一昨日の「たけしのTVタックル」で三宅氏が「日米安保は無くなる」と言う発言で驚きましたが、オバマ大統領が中国重視政策をとる以上は日本でこのような意見があちこちから出るのは当然の話だ。このようになれば韓国や台湾は風前の灯であり、中国に平和裏に併合されるか属国化されて行くだろう。そのような事を米中間で秘密裏に話し合われているのかもしれない。

アメリカの戦略としては、日本が駐留軍経費を払ってくれるのならいてあげてもいいよという事なのでしょうが、毎年2000億円も支払っているのだから、日米の地位協定改定なども強く出て不平等条約を改定しなければ、思いやり予算も出さないくらいの駆け引きがあっていいはずだ。沖縄の普天間基地問題も外交駆け引きの一部なのでしょうが、自民党政権は何もしてこなかった。

鳩山首相自身は駐留なき安保論者ですが、「株式日記」も自主防衛力を強化して駐留なき安保論者だ。東欧においてソ連軍が引き揚げて行った事によってNATOが拡大してEUも拡大した。だから東アジア共同体においても米軍基地の存在は邪魔なのであり、1990年代に起きた事が東アジアでは2010年代に起きることなのかもしれない。これによって日本の真の独立が達成される事になるだろう。




天皇陛下を私的に利用する小沢一郎は、憲法も知らず、政治と皇室
のデリケートな距離感も知らない小沢一郎という政治家は危険だ。


2009年12月22日 火曜日

天皇陛下より偉い小沢幹事長の発言に凍りつく民主党議員(TVタックルより)

小沢幹事長はいつから天皇会見の優先順位を決めるようになったのか?


内閣の判断で天皇陛下が行動なさるのは当然 12月21日 産経新聞

−−先週の記者会見で幹事長は、天皇陛下と習近平中国国家副主席の会見は、国事行為であり、特例的に会見が認められるにいたったまでの内閣、首相官邸の対応には問題なかったとの認識を示した。しかし、憲法を読んだが、外国賓客と陛下との会見は、国事行為とは書いていない。岡田外相も「国事行為でなく、公的行為だ」との認識を示している。共産党の志位和夫委員長は「小沢幹事長こそ憲法を読むべきだ」と批判している。この際伺うが、外国賓客との会見は国事行為だという認識か。その一点だけ伺う。

 「憲法で規定している国事行為にはそのものはありません。しかし、その憲法の理念と考え方は天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって、行われる、おこなわれなきゃならないという基本的考え方は、天皇陛下にはまったくのプライベートちゅうのはないに等しいわけですから、日本国の象徴、日本国民統合の象徴というお立場にあるわけだから、その意味では、ご自身で自由にあっちいったり、こっちいったりちゅうことはできないわけで、その、天皇陛下の行動の責任を負うのは内閣なん(だ)。国民の代表、国民が選んだ政府内閣が責任を負うということなんですから、内閣が判断したことについて天皇陛下がその意を受けて行動なさるということは私は当然のことだと思いますし、天皇陛下にお伺いすれば、喜んで、私はやってくださるものと、そのように思っております」


小沢一郎の幼稚なデモクラシー観 12月21日 宮島理

 また民主党の小沢一郎幹事長が、天皇陛下の“お気持ち”を勝手に述べている。

 相変わらず何もわかっていない。ビジネスや地方自治レベルの規制は可能な限り緩和していくべきだが、天皇や国家統治に関わるルールは次元が違う。法律の条文だけを絶対視して、慣習、慣例、法解釈を無視する姿勢こそが「いつか来た道」なのである。

 戦前も、「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」「天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム」という条文を絶対視した軍部および軍部の後押しを受けた国会議員によって、統帥権干犯問題が起こり、天皇機関説が捨て去られ、議会政治は死んだ。天皇の“お気持ち”が勝手に作られ、政治は超法規的に進み、統制経済と一億総玉砕の道を歩むことになった。

 法律の条文だけを絶対視して、慣習、慣例、法解釈という法の支配を無視する姿勢こそが、結果的に法律をなきものにする超法規的政治につながったのだ
 今回は、軍部ではなく民主党が暴走するのではないか。そういう不安があるからこそ、小沢幹事長への批判が強まったのである。

 最初は宮内庁への対抗心で熱くなっただけかと思ったが、相変わらずの発言を見ていると、小沢幹事長は自分こそが一般意志を体現していると信じているようだ。その驕りから、国家機関としての天皇への敬意を示さず、単に天皇を道具として扱うような、旧軍でもここまであからさまにしなかった態度をとっている。

 選挙による一般意志が暴走した悪しき前例は、ナチスだけでなく世界的にいくつも見られる。また、民主党内には、見かけは国会議員だが、中身は「革新官僚」や「青年将校」の劣化コピーのような人たちが結構いる。今回の「天皇の政治利用」が、新たな全体主義デモクラシーの兆候でないことを心から祈るばかりだ。

 デモクラシーの暴走を止められるのは、法の支配を象徴する君主と、その意味を知る自立した国民である。


卑劣で傲慢な小沢一郎 12月21日 玄倉川の岸辺

憲法も知らず、政治と皇室のデリケートな距離感も知らず、小沢一郎という政治家はいったい何なのだろう。

「憲法を知らず」前の会見で威勢のいい国事行為論をぶちあげたことはまあいい(いや、ちっとも良くはないが)。
私自身も憲法をよく知らないし、過ちを認めて撤回するのは潔い。とはいえ、小沢氏の国事行為論を支持した人たちはハシゴを外された思いだろう。ちょっぴり気の毒だ。

だが、「政治と皇室のデリケートな距離感を知らず」政権をとったら天皇陛下を好き勝手に利用できると思い込んでいるのは恐ろしい。政治と皇室、皇室と政治の関わりは謙抑的でなければならない。「使えるカードはなんでも使う」のが政治だとしても、皇室は気軽に使えるカードではない。憲法上の問題、国民の理解、これまでの慣習、そういったものをクリアしてやっと「皇室カード」を(多少は)政治的に使うことができるのである。

最悪なのが「天皇陛下にお伺いすれば、(特例会見を)喜んでやってくださるものと私は思っております」と繰り返したことだ。なんなのだろう、この思い上がりは!無神経というか不遜というか、人として最低だと思う。

天皇陛下が生々しい政治的発言をなさらないことは誰でも知っている。誰かが「天皇陛下は喜んで会見してくださるはずだ」と言おうが「きっぱり断りたかったに違いない」と断言しようが、「それは違う、私の考えはこうだ」とは明らかにできないお立場だ。その天皇陛下に勝手に成り代わって自分の意見を述べる、国民に押し付けるというのはたいへん卑劣で傲慢なことだ。

歴史的に見ても、権力者が「大御心を忖度」して自らを正当化するのは危険だ。あまり激しい言葉は使いたくないが、天皇制ファシズムの萌芽を感じてしまう。小沢一郎は統帥権を振りかざす軍人が国政を壟断した昭和初期を再現させたいのか。
そのあたりのことは宮島理氏が厳しく批判している。
まことにその通りでなにも付け足すことはない。

憲法も知らず、政治と皇室のデリケートな距離感も知らない小沢一郎という政治家は危険だ。

天皇を私的に政治利用する小沢一郎の暴走を止めるべきだ。

小沢一郎はいつから天皇陛下になりかわって発言するようになったのか?


(私のコメント)
冒頭の産経新聞の記事にあるように、小沢一郎はいつから天皇陛下になりかわってものを言うようになったのだろうか? 小沢一郎から見れば鳩山首相も天皇陛下も同じような存在なのだろう。つまり小沢の操り人形なのだろう。「鳩山首相はそう言うと思うよ」と言ってしまえば鳩山首相はその発言を追認せざるを得なくなる。

つまり小沢一郎は首相や天皇以上の権力を持つ独裁者なのだ。それについて民主党議員は凍り付いてものが言えないようだ。それでも参議院では国民新党や社民党が賛成しなければ法律を通す事は出来ないが、来年夏の参院選挙で民主党が単独過半数を取れば実質的な小沢独裁政権が誕生するだろう。

幹事長のポストは選挙で選ばれるわけでもなく国会の承認も要らないポストだ。それが最高権力を振るうことが出来るのは鳩山首相が小沢一郎の操り人形だからだ。これは海部内閣時代もそうだったし、細川内閣時代もそうだった。小沢一郎は記者会見で見られるように頭のいい人間ではなく恫喝と脅しで国会を動かしてきた男だ。

ヤクザで言えば武闘派なのでしょうが、人相が悪くてそんな人間から恫喝されると気弱な人間はみんなブルってしまう。恫喝に弱いのは日本人の国民性であり、アメリカも恫喝外交で日本を動かしてきた。会社などにも小沢的な人物がいてカミナリ店長とか鬼部長とか言われている。会社の上層部から見ればそのような人物は統率力があっていいと思われているから始末が悪い。

小沢一郎が本当に頭のいい男ならあのような恫喝的な記者会見はしないだろう。ゴリ押しをするにしろ「先方の都合で天皇陛下にご迷惑をおかけしました」と言う一言で済んだはずだ。軽率な所は麻生前総理によく似ていますが、小沢は性格が非常に暗い。小沢擁護派は宮内庁の羽毛田長官を批判するが、田中良紹氏によればこれは罠なのかもしれない。


?だらけの日本のメディア 12月21日 田中良紹

11月初めに外務省は受け入れ準備に入った。しかし具体的日程は中国の国内事情で決まらなかった。天皇との会見のための1ヶ月ルールは中国側も知っていた。ただしそれがどれほどの重大さと認識していたかは分からない。12月14日からの訪日が非公式に伝えられたのは11月19日である。外務省は宮内庁に連絡した。文書による正式要請の期限は11月15日だから期限はわずかに過ぎていた。

 20日に中国外相が鳩山総理に協力を要請した。つまり特例を求めた。しかし外務省が宮内庁に会見を打診したのは26日と発表されている。このズレはどういうことか。そして27日に宮内庁は外務省に拒否回答をした。しかし外務省が中国側に「会見は無理」と回答したのは30日である。このズレは何を意味するのか。訪日の2週間前に断られて中国側は焦ったようだ。12月3日王光亜外務次官が宮本中国大使を中国外務省に呼びつけて会見を要請した。宮本大使は外務省に官邸を説得するよう要請したが岡田外務大臣がこれを拒否した。7日、駐日中国大使が中曽根元総理に協力を要請した。中曽根氏は平野官房長官に連絡し、官房長官が宮内庁長官に電話で要請したが断られた。9日、遂に中国大使が小沢幹事長に協力を要請する。

 翌10日から訪中予定の小沢氏に、大使は天皇との会見が実現したら訪中団の議員全員と胡錦涛国家主席との握手を約束したと言われている。小沢訪中団が中国で胡錦涛国家主席と握手を交わした10日に断り続けてきた宮内庁が一転して会見を受け入れた。そして翌11日に宮内庁長官が記者会見で「政治利用だ」と不快感を表明した。私が注目するのは宮内庁長官の記者会見のタイミングである。

 外国の賓客の接遇を巡って日本側に問題があった場合、その問題を公にするのは賓客が帰国した後というのが常識である。賓客の来日前に公にして政治問題化させた例を私は知らない。これは普通でない。下衆の勘繰りで言わせて貰えば、申し込み期限をわずか5日過ぎたからと言って断ると断る方が批判される可能性がある。従って日本の外務省と宮内庁は拒否回答をぎりぎりまで遅らせた。焦った中国側が最後に民主党の実力者に頼みに行く事を想定しそれまでは断り続けた。小沢氏の訪中のニュースを国民が見た後で、つまり特別待遇である事を皆が知った直後に、小沢氏が中国側から特別待遇を受けるために取り引きをして天皇との会見を無理強いしたと印象付ける会見を宮内庁長官が行った。これで小沢訪中と特例会見が国民の中で結びつく。そうでなければ宮内庁長官が賓客来日前の11日に公にして政治問題化させる意味が分からない。



(私のコメント)
罠を仕掛けたとすれば誰が罠を仕掛けたのだろうか? 当初の動きを見ると外務省の動きがおかしい。外務省が連絡事項に6日や3日もかかるのはおかしい。岡田外務大臣は宮内庁説得を拒否した。中国大使が中曽根元総理にも働きかけたが宮内庁に断られた。最後は中国大使が小沢氏に協力を要請して会見が実現したと言う事は、小沢のゴリ押しが決定的だ。

これに対して羽毛田長官が記者会見をしたのは11日であり、小沢訪中団の胡錦涛国家主席との握手をした直後である。小沢幹事長が得意満面で帰ってきたら天皇会見のゴリ押し批判で小沢一郎は切れてしまった。「羽毛田はけしからん」と恫喝会見になりましたが、党の幹事長では宮内庁長官をクビにできない。鳩山首相に命じて羽毛田長官をクビにしろと言うしかない。

直接罠を仕掛けたのは羽毛田長官でしょうが、裏で仕掛けさせた黒幕がいるはずだ。普通なら習近平副主席が帰った後に公にするのが常識だからだ。だから小沢は「辞表を提出した後に言うべきだ」と記者会見で言った。しかし羽毛田長官はクビになってはいない。鳩山首相はなぜ宮内庁長官をクビにしないのだろうか? クビにすれば国民の批判はますます強まるだろう。進退窮まって小沢氏と鳩山氏は辞任に追い込まれるかもしれない。そうなれば岡田氏か菅氏が総理になる。つまり深読みをすれば、罠を仕掛けたのはこの二人かもしれない。




司馬遼太郎の「坂の上の雲」は小説であって歴史書ではない。しかし
日本人が近代史をあまり知らないのは、まだまだタブーが多すぎるからだ。


2009年12月21日 月曜日

部下たちの士気を上げようと豪快に酒を飲む好古 (「坂の上の雲」より)

旅順要塞の光景 (「坂の上の雲」より)


日露戦争と司馬史観 12月9日 閑寂な草庵

狙ったのか何なのか、NHKでスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放送されている中、このような記事を見つけた。


日本、ロシア主戦派の同盟案黙殺 日露戦争直前、新史料発見

日露戦争開戦1カ月前、ロシア側の主戦派の一人と考えられていた政治家が戦争を回避しようと日露同盟案を準備しているとの情報を得ながら、日本政府が黙殺していたことを示す新史料を、和田春樹東大名誉教授が7日までに発見した。日露戦争についてはこれまで、作家司馬遼太郎氏が小説「坂の上の雲」で論じた「追いつめられた日本の防衛戦」とする見方も根強く、日露戦争前史を見直す貴重な発見と言えそうだ。


司馬遼太郎氏が主に「坂の上の雲」で展開した歴史観を、俗に「司馬史観」と呼ぶことがある。

「司馬史観」の内容をざっくりと述べると、明治時代の日本(日清・日露戦争)を肯定的に評価し、昭和の日本(主に太平洋戦争)を否定的に評価する立場である。

余談だが、「○○史観」というのは、大抵対立陣営からのレッテル貼りによってネーミングされる。

例えば、太平洋戦争が侵略戦争であったと考える歴史観は「自虐史観」と呼ばれ、逆に、日本の戦争責任を一切否定するような歴史観は、「自慰史観」と揶揄されるのが、その典型だろう。


前者を「東京裁判史観」、後者を「靖国史観」ということもあるが、両者の立場に象徴的な名称を冠しているので分かりやすいっちゃ分かりやすいが、東京裁判も靖国神社も歴史研究の舞台ではないわけで、あまりいいネーミングだとは思わない。

なお、後者の立場に立つ人らの自称である「自由主義史観」なんかは、「自由主義」とは全く関係ないので最悪なネーミングだ。

この点、「司馬史観」ってのは「司馬遼太郎の歴史観」なので、ネーミングとしては非常に分かりやすい。

余談終わり。

昭和期の戦争の評価はおいておくとして、今回は日露戦争のお話。

司馬氏は、これを祖国防衛の戦争であったと肯定的に捉えているわけだが、共同通信の記事にある、「司馬遼太郎氏が小説『坂の上の雲』で論じた『追いつめられた日本の防衛戦』とする見方」というのは、具体的にはどういう意味だろうか。

「坂の上の雲」において、日露戦争の原因についてどのように記されていたか全く思い出せないのだが、残念ながら、今手元に本がない。困った。

まあ、問題は、小説にどう書いてあったかではなく、一般的に日露戦争というものがどのように認識されているかだ。
今回出てきた資料は、その認識と反するような発見なのだろうか。

和田名誉教授が発見したのは、ベゾブラーゾフの署名がある1904年1月10日付(これは西暦?ロシア暦?)の同盟案全文である。

その同盟案の内容は

「ロシアが遼東半島を越えて、朝鮮半島、中国深部に拡大することはまったく不必要であるばかりか、ロシアを弱化させるだけだろう」
「ロシアと日本はそれぞれ満州と朝鮮に国策開発会社をつくり、ロシアは満州、日本は朝鮮の天然資源を開発する」


というものらしい。

日本の外務省が、ベゾブラーゾフが日露同盟案を準備していることを最初に知ったのは1月1日とのこと。
そして、10日に同盟案が完成し、日本の外務省には12日に詳細が報告されたという流れ。

この事実を受けて、共同通信の記事は、

当時の小村寿太郎外相は日露同盟案の情報を得ながら、同月8日、桂太郎首相や陸海軍両大臣らと協議して開戦の方針を固めた。12日の御前会議を経て、同年2月、ロシアに宣戦布告した。


と締めくくっている。

これを見ると、日本はロシア側の同盟の呼びかけを無視して戦争をしかけたみたいに書かれているが、それはおかしい。

小村寿太郎ら日本政府は、1903年以来、日露協定の締結に向けてロシア側と交渉を続けていた。
その相手方は、ベゾブラーゾフではなく、極東太守のアレクセーエフである。

ベゾブラーゾフは、当時、日露交渉の窓口ではなかったわけで、ロシアを代表して同盟を提案できる立場にはない
つまり、日露同盟案なるものは「単なる一政治家の私案」にすぎない。

また、その同盟案の内容も全部が明らかでないので何とも言えないが、この時期に進められていた日露交渉において、対立していたのは、

・満洲において日本が有する権益をロシアが認める
・韓国領土を日本が軍略目的に使用しないことを認める
・北緯39度以北の韓国領土を中立地帯とする

という3点であって、ひとつめはロシアが拒否し、後のふたつは日本が拒否していた。
交渉の最中に、争点となっている事項を完全に無視した(しかも、非公式の)同盟案などありえないので、小村外相が無視するのも当然だろう。

和田名誉教授は、「ロシア側は戦争を望んでいなかった」という主張をしている人なので、「主戦派の筆頭であったベゾブラーゾフが実は同盟を望んでいた」という事実だけが重要なのだろうが、そもそも「主戦派」といっても、戦争そのものが好きなのではなくて、「目的のためには戦争をも辞さない」という立場だ。

直接的な目的は、あくまで満洲権益の防衛と、韓国への影響力の維持であったわけで、主戦派とは「とにかく日本と戦争がしたかったグループ」のことではない。
つまり、「文句があるならかかってこいや!派」なのであって、別に「日本は鬱陶しいからさっさと潰してやろうぜ!派」ではないのだ。

戦争をすれば自国にも多大な負担をもたらすことは常識であり、戦争を避けて同じ目的を達成できるならそれはそれでよいのである。

したがって、「ベゾブラーゾフが戦争回避を望んでいた」「戦争がロシアを弱体化させるという認識を持っていた」というだけでは、別に驚くべきことでも新しい発見でも何でもない。

また、「ロシアは韓国への影響力拡大を目指してはいなかった」という評価は、今回の資料に関わらず誤りだといえる。

もしそれがロシア側の公式見解なら、正式な日露協定案として提案されるべきだが、同盟案作成後においても、ロシア側は依然として、「ロシアは満州から撤退しないが、日本は韓国の軍略目的使用をしてはならず、韓国に中立地帯を作る」という態度を変えてはいなかったからである。

つまり、実際に交渉の場にいなかった(その権限も有していなかった)ベゾブラーゾフという政治家が内心でどう考えていたかは知らないが、日清戦争後に満州を支配し、韓国権益の拡大を図っていったロシアの動きを見る限り、日本に対して脅威を与えるに十分な状況にあったといえる。

和田名誉教授らが述べているのは、銀行強盗が銀行員に実弾入りの銃を突き付けておきながら、「強盗に殺害の意図はなかったので、実際には、銀行員の生命の危険は全く無かった。銀行員は何ら追い詰められていなかったのだから、その強盗をはり倒したのは不当だ」というようなものだろう。

もっとも、もし「坂の上の雲」に、「ロシアは戦争を望んでいた」という記述があるなら、それは誤りだろう。
少なくとも不正確である。
もし本当に「戦争がしたかった」なら、日本側の第四次案に対してロシアが大幅に譲歩した回答(これは、日本側には届かなかった)が作成されることは無かったはずである。
もっとも、この第四次案が出たころには、既に日本は開戦を決意していたようなので、「時すでに遅し」なのだが。

ロシア側もギリギリまで戦争回避に動いていたことは、日露交渉の過程やロシア側の政治家の動きを見れば明らかであり、今回の発見は無くとも分かっていたことである。

それはもしかしたら「坂の上の雲」の記述とは異なっているのかもしれないが、既に実証研究において明らかにされていることだから、今回の発見は、日露戦争前史に何らかの影響を与えるような「新発見」ではない。

当時の状況としては、ロシアが一方的に戦争を望んでいたわけでもないし、日本が一方的に侵略を望んでいたわけでもないと考えられる。
どちらかが積極的に戦争を望んでいたなら、半年も交渉が続くわけがないからだ。

ということは、双方に戦争回避の努力はされていたが、結果的に、超大国ロシアの脅威に対抗する戦争以外の解決策を見いだせなかったために開戦に至った・・・といったところだろう。

そうすると、「坂の上の雲」に事実誤認の記述はあるかもしれないが、「追い込まれた日本が防衛線に打って出た」という「歴史観」に関していえば、誤りとはいえないと思う。

累々と遺体が横たわる悲惨なシーン (「坂の上の雲」より)

戦場を見つめる乃木と伊地知。演じる柄本明さんと村田雄浩(「坂の上の雲」)より


(私のコメント)
NHKのスペシャルドラマの「坂の上の雲」を毎週見ているのですが、明治から大正にかけての大河ドラマが作られないのは、戦国や幕末と違って舞台が国際的になるから制作上なかなか費用などで作りにくいからだろう。大河ドラマとなると歴史ものが多くなりますが日清日露戦争は舞台が朝鮮半島や満州なのでロケでないと作れない。

登場人物も外国人も多くなり言葉の問題も制作上大きな障害になる。日清日露戦争は映画などではありますが、テレビドラマとしてはほとんど記憶が無い。原作となるような小説も明治の元勲たちの伝記などはあるのですが、大河ドラマの原作となるような小説は「坂の上の雲」ぐらいしか思い浮かばない。戦国大名や幕末の志士たちの小説は山のようにあるのに明治から大正にかけての歴史小説はあまり無い。

夏目漱石の小説や森鴎外の小説も明治期が舞台で「坊ちゃん」などもよくテレビドラマにはなりますが、大河ドラマにはならない。明治大正期も戦国や幕末以上に波乱万丈の時期でもあり小説の題材になりそうな人物も沢山いるし、資料もたくさん残っている。逆にそれだからこそ想像力を働かして自由に書けることが出来ない為に小説にしづらいのかもしれない。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は書くうえにおいて大量の資料と格闘して10年かけて書いた大作ですが、司馬遼太郎だからこそ書けたものだろう。テレビドラマや映画になりにくいのも史実を疎かに出来ないし自由な発想で書くことが出来ないし、歴史観も論争のタネになりやすく小説家たちは歴史家ではないから、戦国や幕末ものになってしまうのだろう。

「坂の上の雲」がなかなか映像化がなされなかったのも司馬遼太郎氏自身の遺言などで映画化やテレビドラマかが難しかった。「坂の上の雲」はあくまでも秋山兄弟と正岡子規が主人公の小説なのですが、歴史書として読まれる事を司馬遼太郎自身が恐れたのかもしれない。それくらい日本人にとっては明治大正期は歴史的空白期なのだ。

「坂の上の雲」が小説としてよりも司馬史観として批判されるのも、時代の歴史観がまだ定まってはおらず、日清日露戦争が侵略戦争なのか防衛戦争なのかもはっきりしない。司馬史観では防衛戦争として捕らえて書いているが、それを判断するには当時の歴史的背景を知らなければ判断のしようが無い。

だから学校の歴史教育なども明治維新あたりで終わって後は駆け足になってしまう。一連の教科書論争も歴史論争なのですが、小説家たちはそれに巻き込まれるのが恐くて小説に出来ないし、映画会社やテレビ局は中国や韓国からクレームがつけられるのが怖くて日清日露戦争はドラマ化を避けてしまう。

田母神航空幕僚長が自分なりの歴史観を書いただけで罷免されるような状況であり、NHKにしても「坂の上の雲」をスペシャルドラマ化する上でもかなり神経を使っているようだ。「坂の上の雲」の脚本を担当した野沢尚氏は自殺しましたが、脚本にするにもかなりの困難が伴う事による心労だろう。

昨日の第4話の「日清開戦」にしても中国側がよくこれだけ協力してくれるようになったものだと思う。大勢の中国人エキストラが動員されての撮影なのですが、日本国内では撮影は不可能だ。昨日のドラマを見た限りでは日本兵がバタバタ死ぬシーンが多かったのですが、旅順の戦いでは日本側の損害は戦死40名、戦傷241名、行方不明7名に対して、清国は4500名の戦死、捕虜600名を出して敗退している。

これでは日本が勝ったというよりも清国兵の士気の低さが勝敗の原因であり、清国兵が逃げ去るようなシーンは中国側に遠慮したのだろう。このように「坂の上の雲」は中国ロケ無しには出来ないドラマなので日本兵がバタバタ死ぬシーンばかり出てくる。「坂の上の雲」はドラマでありドキュメンタリーではないからそれでいいのだろう。

だからNHKの「坂の上の雲」を見て史実と違うという事が沢山出てくるのでしょうが、あくまでも創作されたドラマであるという視点で見ることが大切だ。だから司馬遼太郎氏の主観で書かれた小説なのだから「司馬史観」がどうのこうのと言う事は野暮なのだろう。累々と横たわる戦死者のシーンがありますが、それだけでも日本兵の戦死者は40名以上だろう。

日清日露戦争が侵略戦争か防衛戦争かは後世の歴史家が決める事であり、歴史的評価は数百年たってからでないと無理なのだろう。トルストイの「戦争と平和」でもナポレオンは侵略者かヨーロッパを統一した偉大な指導者であるかは国によって異なる。だから中国や韓国が歴史論争で教科書にまでクレームをつけてくるのは国内事情が絡んでいるからだ。

司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」の司馬史観が批判を受けるのも、小説ではなく歴史書と捉えるから出てくるものだ。「株式日記」でも大東亜戦争はアジア開放の戦争だと言う史観も私の主観であり、それらの意見を封印しようとする事は間違いだ。歴史にはその国の歴史があり外国からとやかく言うべきことではないのですが、中国や韓国は歴史を捏造しないとアイデンティティーが保てない。だから「坂の上の雲」でも日本兵が清国兵にやられてバタバタ死ぬシーンが出てくるのだ。

大東亜戦争は主にアメリカやイギリスが相手だから比較的自由なドラマ造りが出来るからいいのですが、アメリカだって映画の「パールハーバー」では日本のゼロ戦が病院を銃撃していましたがそんな史実は無い。アメリカにとっては日本は邪悪な侵略国で無ければならないからだ。むしろそれを観客が史実として捉えるからいけないのだ。しかしこんな映画を作っているからアメリカもお終いなのだ。




池田信夫はたぶん、天皇のことを「高給で雇われた公務員」と思っている
のだろう。だから「公務員としてきちんと振る舞え」と考えているわけだ。


2009年12月20日 日曜日

中国政府、かつての敵に贈る素敵な言葉を見つける 12月18日 フィナンシャル・タイムズ

中国の習近平副主席は、2012年に胡錦濤国家主席の後継者になるだろうと広く目されている人物だ。その注目の人物がこのほど、日本の天皇をふらりと訪問した。天皇との会見は通常、何カ月も前から調整して予定を取り決めるものだが、今回の中国政府が連絡してきたのはほんの数日前。これは皇室のエチケットでいうと、午前3時にご近所のドアをどんどん叩いて「砂糖貸してください!」と頼むようなものだ。

これほどギリギリ直前の要請でも、副主席の天皇会見は認めた方がいい??。日本の新首相・鳩山由紀夫氏によるこの指示は、日本国内の一部から非難された。特に右派の反発は強く、中道左派の新政権が中国政府におもねっているようだと批判している。宮内庁というのは皇室のスケジュールを管理する、厳格で秘密主義的な組織で、その長官はふだんは慎重で控え目な発言をするのが常だが、この時ばかりは公然と抗議し、天皇を外交に利用するべきでないと訴えた。(後略)


天皇会見いったん見送り容認  「健康配慮なら」と中国側 12月18日 岩手日報

天皇陛下と習近平・中国国家副主席の特例会見をめぐり、会見が正式に設定される2日前の今月9日ごろ、中国高官が「陛下のご健康に配慮し会見を見送るなら、やむを得ない」と日本側に伝えていたことが17日、分かった。複数の中国関係者が明らかにした

 11月下旬から特例会見を求め続けてきた中国側が、交渉終盤で見送り容認姿勢を示していたことが判明したのは初めて。10日からの訪中を控えた小沢一郎民主党幹事長の意向を受け、首相官邸による政治判断で方針転換し、特例会見が実現した実態が裏付けられた。

 中国筋によると、この中国政府高官は9日ごろ、日本側と中国国内で協議。日本側が「陛下はご高齢であり、健康状態を勘案してほしい」と説明したところ、高官は「そういう話なら会見見送りは理解できる。共産党指導部を説得できる」と受け入れた。

 中国側は同時に、宮内庁の「1カ月ルール」を守らなかった事実を認める一方で「前向きな対応を求めたい」と主張。「1カ月ルール」を理由とした会見見送りには難色を示したという。

 この中国高官は日本大使館勤務を重ねた日本通として知られる。



「池田信夫の傲慢さ」について。 12月20日 泉の波立ち

池田信夫がまた傲慢さをさらしている。天皇の公務の「1カ月」というルール(慣例)について、こう述べている。
1ヶ月ルールを「宮内庁が勝手に決めた」というのは言い過ぎだったけど、これは法律でも政令でも閣議決定でもない「慣例」で、内閣を拘束するものではない。天皇に関連するものは、ただの慣例でも憲法より重いという感覚が恐いといってるの。
 この人にはやはり、「人間的な思いやり」というのが根本的に欠けているようだ。
 「1カ月ルール」というのは、昔、細川政権(か羽田政権)のころに、鳩山が幹事長をしていて、そのころ、病気だった天皇の健康を守るために作ったルールだ。(今になって自分で作ったルールを破っている。自民党は守ってきたのに。……そう批判されている。)
 池田信夫は「何でも自由がいい」と思っているようだが、とんでもない。天皇の年齢を知っているのか? 75歳である。とても公務などできない年齢であるはずだ。にもかかわらず、あえて公務をしていただいている。とすれば、その健康や都合を、最大点に尊重するのは、人間として当然の思いやりだ。
 池田信夫はたぶん、天皇のことを「高給で雇われた公務員」と思っているのだろう。だから「公務員としてきちんと振る舞え」と考えているわけだ。しかし公務員の定年は 60歳だ。いや、実質、もっと前かな。
 まったく、老人への思いやりとか優しさが、まったく欠落している。「天皇に関連するものは、ただの慣例でも憲法より重い」だって? 何言っているんだか。老人をどれほどこき使えば気が済むんだか。

 自由と市場経済を信奉する信者というのは、これほどにも人間性が欠けているのだ。


(私のコメント)
天皇会見問題は12月12日から書き続けていますが、この問題は憲法にも法律にも書かれていない問題であり、一般的な常識で判断するしかない。この問題は中国がごり押しして来た事であり、フィナンシャルタイムズ紙が書いているように、『午前3時にご近所のドアをどんどん叩いて「砂糖貸してください!」と頼むようなものだ』というのが常識だろう。

しかし「世界常識が通用しない中国様」に対しての意見が分かれている。今日の日曜日の報道番組では素手の過去の問題となって触れている所はありませんが、鳩山首相が小沢幹事長や亀井大臣のような後押しが無いと何も決断出来ない問題が浮上している。天皇会見問題も『自分が決断したんじゃないよ』と言う表情がありありとしている。

岩手日報の記事にもあるように、二日前までは天皇の健康問題ということで会見は断念で決まっていたのに官邸からの強い働きかけで急遽実現がなされた。前原大臣などは「今回の面会は自民党の元総理大臣 から官邸に要請があったものだ」と言っているが、平野官房長官は鳩山総理からの指示と言っている。

鳩山総理にしても平野官房長官にしても自民党の元総理の指示を受け付けるものだろうか? 常識で考えれば訪中を控えた小沢幹事長の指示である事は12日の朝日新聞の記事でも明らかだ。しかし中国側にしてもゴリ押しをすれば日本国民の反発を招いて逆効果になることがわからなかったのだろうか? 中国は独裁国家だから民意という意識が無いのだ。だから反日デモでも失敗した。

中国のような独裁国家では新聞やテレビを統制すれば民意はどうにでもなると考えている。だから中国は日本の新聞やテレビなどに強力な工作を仕掛けてくるが、ネットで民意の情報が広まってしまうから統制が出来ない。「8月15日に靖国参拝しよう」と呼びかけがあれば20万人も参拝者が集まった。こうなる事は中国外交の明らかな失敗だ。

問題の根本は中国がこのような常識をわきまえないと言うことであり、天皇陛下が75歳の高齢であり前立腺ガンの手術をしたという健康状態がある。30日ルールは法律でもなんでもないが天皇が激務である事も確かな事だ。常識的に考えれば皇太子が代行しても出来る事もあると思うのですが、それが出来ない事情があるから問題なのだ。

天皇自身の意向は直接言う事は外交上まずいから羽毛田長官が記者会見して苦言を述べたものだろう。それくらい中国政府も小沢一郎自身も常識がなさ過ぎるのだ。病み上がりの75歳の高齢の天皇をゴリ押しをして会見させることは外交上マイナスだと分かっていれば習近平も天皇会見は次の機会にすればいいだけの話だ。だから小沢一郎が気を回しすぎてごり押しをして問題化してしまった。

外務省出身の佐藤優氏は羽毛田長官を批判しているが、法律でもなんでもないマナーを守らない風潮を批判したものであり、昨日も書いたように中国側は皇太子と習近平夫人との鑑賞会出席などの工作を仕掛けてきている事に対する批判だ。黙っていればそれを前例にして次々と要求を出してくるような国だ。


【佐藤優の眼光紙背】羽毛田信吾宮内庁長官は尊皇のまこと心をもっているのだろうか? 12月15日 眼光紙背

そもそも羽毛田長官がいう1カ月ルールなどというものが、どのような根拠によって定められたものなのだろうか? 宮内庁官僚が定めたものではないのか? 天皇陛下との会見は、外交儀礼上、きわめて重要だ。急に組み込まれる外交日程はいくらでもある。公式晩餐会ならば、事前の準備や案内もあるので、突然、日程を組み込むことができないのは当然だ。しかし、会見について1カ月ルールを定め、外交の手足を縛ること自体がきわめて政治的行為であることに羽毛田氏は気づいていないようだ。


(私のコメント)
佐藤優氏は以上のように述べているが、天皇が若くて健康なら多少の無理も利くだろう。しかし病み上がりの高齢の老人に対する思いやりの心が佐藤氏には無いようだ。憲法や法律と一般常識とどちらが上かというのはナンセンスですが、法律に書いていないからといってゴリ押しをするのはヤクザのやり方だ。まさしく小沢一郎はヤクザなのだ。




小沢一郎は、日本が「民主主義人民共和国」になるのが「日本解放」だと
思っていることが分かる。「私は解放のための人民解放軍野戦軍司令官」


2009年12月19日 土曜日

君、日本国憲法読んだことあるの、とは誰のことか 12月15日 西村眞悟

今来日している、中共の副主席が天皇陛下と会見することとなった事態は、許されざる事態である。
 腹に据えかねる思いをもつ国民にとって、図らずも、この事態は、我が国体と天皇の存在について、あらためて認識を深める機会となっている。
 それと同時に、一旦日本側が断っていたこの会見を、中共の意向の元にごり押しして、まさに彼の走狗となって実現にこぎ着けた総理及び党幹事長の「程度」が、極めて低いことも明らかになった。

 昨夜(十四日)の小沢氏の記者会見での発言は聴くに堪えなかった。そして、なるほどなー、かわらんなーこの人はと思った。 彼はぶすっとした顔になって、質問した記者に
「君、日本国憲法読んだことあるの?」と言い放っていた。
 彼のこの発言と北京での発言、「日本解放はまだ」、「私は解放のための人民解放軍野戦軍司令官」を総合すれば、
 先ず第一に、この人物は、日本国憲法が分かっていないということが分かる。
 次に、この人物は、日本が「民主主義人民共和国」になるのが「日本解放」だと思っていることが分かる。

 そして、選挙によって政権を取れば、何でもできると考えていることが分かる。

 先ず、日本国憲法第一章第一条にある「天皇」について
 ここに天皇が日本国と日本国民統合の象徴と記述されていて、「この地位(天皇の地位)は、主権の存する国民の総意に基づく」とある。
 
 では、この「国民の総意」とは何か。
 これがポイントである。これが分からない者は小沢氏のようになる。つまり、国家にとっては極めて有害であり、個人的には恥をさらす。
 この「国民」とは、例えば、今街角を歩いている国民、または家でテレビを観ている個々の国民ではない。つまり、現在の「横の集合体としての国民」ではない。
 日本が誕生して以来、二千年にわたって日本国民であった「縦の集合体としての国民」のことである。歴史のなかで亡くなっていった国民を含めた国民である。
 神話によって伝えられる昔から、つまり二千年以上昔から、途絶えることなく天皇とともに生き、万葉集に歌を遺してきた無量の日本国民が一貫して疑うことなく天皇を戴いてきたこと、これが「国民の総意」である。
 遙か昔、「大君の みことかしこみ 磯にふり 海原わたる 父母をおきて」と万葉集に歌を残し対馬の金田城の長大な石垣の石を運んだた無名の防人、
昭和二十年三月、「国のため 重きつとめを果たしえず 矢弾尽き果て 死ぬぞ悲しき」と打電して硫黄島で玉砕した栗林中将と二万の将兵、
 そして、今も続く宮中歌会初めに天皇皇后両陛下とともに歌を寄せる数万の国民、
 さらに、ご皇室のご成婚や皇子誕生に、こころから喜んで日本を明るくしてきた一億二千万の国民、
 この二千年の歴史の積み重なりがなければ天皇の地位はない。これら全ての国民が戴いてきたのが、世界のなかで我が国にしかおられない万世一系の天皇であり、この地位が百二十五代を経て今にあるということが、即ち「国民の総意」なのだ。

 ところが、小沢氏は、今生きる個々の国民の集まりが「国民の総意」と思っている。そしてその「総意」は、選挙によって内閣を組織した自分たちが「体現している」と思っている。つまり、小沢氏にとっては、選挙結果が「国民の総意」であり、結局、選挙で勝った自分たちが「国民の総意」そのものなのだ。
 従って、極端に言えば、馬の骨であろうとも、土匪、馬賊、蛇頭の親分であろうとも、自分たちが会わせようとと思えば、天皇と会見してもらう、これが「民主主義」であり「日本国憲法」だと小沢氏は思っている。
 だから、彼は、天皇と副主席の会見セットに関して記者から質問を受けて、自分の正当性を強調するために、
「君、日本国憲法読んだことあるの」、「民主主義なんだろう」という反論をしていた。
 昨日も書いたが、また、語るに落ちたのである。
 馬鹿さ加減極まれりだ。与党の幹事長の答弁とは思えない。大学の憲法ゼミでの幼稚な学生の質問でもあるまいに。また、左翼学生が好んだ団体交渉のヤジでもあるまいに。
 
 小沢氏は、自分勝手に憲法を読んでいるだけだ。そして、極めて浅薄な解釈しかなしえていない。
 小沢氏の解釈では、日本は「民主主義人民共和国」である。
今いる国民だけが投票する選挙が「国民の総意」なのだから、国民投票で皇位を廃止することもできる。

 これが小沢氏の「民主主義」である。
 権力を握れば何でもできると思っている幼児性、このような者に限って「民主主義」を強調する。
 何故こうなっているのか。それは小沢氏が、「日本の国体」を理解していないからである。その結果、極めて危険なモデルに合わせて憲法を解釈している。
 そのモデルとは、中国共産党である。従って、北京に行って「日本の解放はまだ」だとか自分は「人民解放軍の司令官」だとか、あきれるようなことを大まじめに言えるのである。
 つまり、小沢氏のマインドは、金正日と同じだ。このような者、つまり「無道の者」は、速やかに掃蕩すべきである。


天皇陛下にも非礼な会見 正視に耐えぬ現政権「朝貢の図」 12月17日 佐々淳行

15日付の朝刊各紙は、第1面で大々的に≪小沢−羽毛田≫論争をとりあげていた。

 天皇陛下の習近平中国国家副主席との「特例」会見が、「天皇の政治利用」につながるかどうかが論点である。筆者は、これは民主党の小沢一郎幹事長と鳩山由紀夫内閣の「天皇の政治利用」だと断ずる。羽毛田信吾宮内庁長官は、国家行政組織法で授権された国家公務員としての任務、すなわち、天皇陛下のご健康を気遣い、一視同仁、政治外交上の中立性を守るべき天皇をお守りする任務を遂行した人物で、記者会見で一党の幹事長に、怒りに任せて公然と辞表を出せといわれる筋合いはない。

 以下、政治利用と断ずる、その理由を列挙したい。

 1、まず一政党の幹事長に宮内庁長官の罷免権はない。いかに役人嫌いであるからといって、天皇の信任を受けている同長官への悪口雑言は、天皇に対しても非礼である。宮内庁長官の任免は、天皇と内閣総理大臣のなすべきことであり、一政党の幹事長が記者会見でいうことではない。

 ≪「国事行為」の理解に誤り≫

 2、小沢幹事長は記者団に「憲法、読んだこと、あるのか」と礼を失する発言をした。確かに、日本国憲法第7条「天皇の国事行為」の項には、「天皇は内閣の助言と承認により、国民のため左の国事に関する行為を行う」とあり、憲法改正、国会の召集、衆議院解散など10項目が限定列挙されている。外交に関しては第8項「批准書や外交文書の認証」と第9項「外国の大使及び公使の接受」だが、要人との会見は明記されていない。

 今回の習副主席はもとよりオバマ米大統領をはじめ外国の元首、首相などと天皇との会見は「国事行為」ではなく皇室外交の国際礼譲であり、さらにその助言役は宮内庁の羽毛田長官である。今回の会談を「内閣の方針」による「国事行為」ということこそ、不勉強による誤りである。

 3、「1カ月ルールは誰が決めた。法律に書いてあるか」「内閣の決定したことに反対なら辞表を出してから、ものを言え」という小沢幹事長の羽毛田氏非難も多分、国民はその傲慢(ごうまん)で高圧的なもの言いぶりに反感を抱いたと思う。宮内庁への全国各地からの羽毛田氏支持の声はFAX、電話など1日で1千件を超したという。

 4、最も妥当性を欠くのは、「天皇の体調がすぐれないなら、優位性の低い行事はお休みになればよい」という発言だが、鳩山総理もこれを支持したという。その大小の決定をするのも内閣なのか。では問うが、中国は大国だからルールに反してもよいが、小国なら接受しなくてもよいのか。身体障害者施設や老人・児童施設への行幸(ぎょうこう)は、大きいことなのか、小さいことなのか。

 両陛下の国民をおもいやる優しい心からみれば、また皇室のため、内閣のためにも「大きなこと」ではないのか。この発言も、大小、強弱を問わず何事も公平にという両陛下の大御心(みこころ)にそわぬものと心得る。この点、国会開会式に「もっと思いが入ったお言葉を」といった岡田克也外相の発言にも、天皇の政治利用の下心を感じさせられた。

 ≪対米関係にも悪影響≫

 5、習副主席が天皇に会うことは東アジアの平和と繁栄のために良いこと、と筆者も思う。だが、そんな大きな外交日程がなぜルール通り1カ月前に決められなかったのか。そこに、600人を率いて行われた小沢訪中とのパッケージ・バーター外交ではないかとの疑念を禁じ得ない。

 中国が天皇を政治外交に利用したいと考えていることは、江沢民前政権以来、明々白々である。そこへ大訪中団を率いて訪れ、国賓並みの歓迎を受け、このパッケージ外交で迎合したのではないだろうか。報道によれば、小沢幹事長は「解放軍の総司令官だ」と自己紹介したという。自民党から「解放」したというつもりなのだろうが、アメリカはそうは思わない。アメリカの占領からの解放ととり、不快感を強めるだろう。

 143人の現役議員全員に、1人1秒足らず、胡錦濤主席と握手させ、写真を撮らせる演出は、まさに宗主国に恭順する近隣国の“朝貢の図”で、誇りある日本人の正視に耐えない。そうすると、先月中旬、学習院大学ホールで上演された中国人民解放軍総政治部歌舞団のオペラを、お忍びで皇太子殿下が観劇したのも、このパッケージの一部だったのかとかんぐりたくなる。総監督の人気オペラ歌手は習副主席の妻だからだ。

 小沢氏の記者会見は、いい気分で凱旋(がいせん)した日本で小役人が反抗したことへの怒りの表れと思うが、天皇を戴(いただ)くのは日本の2千年の政治の知恵であり、世界に比類のない国体である。平時は「権威」として政治に関与せず、民族の存亡にかかわる重大な時に、国民統合の象徴としてお力を発揮していただくというのが筆者の見解だ。ゆめゆめ一内閣の外交、ましてや党利党略に乱用することは許してはならない。(初代内閣安全保障室長・佐々淳行)



(私のコメント)
小沢一郎は日本の開放を目指しているらしいのですが、解放後は日本自治州第一書記にでもなるつもりなのだろうか? 小沢自身も「開放のための人民解放軍野戦司令官」を自認しているくらいなので本気で思っているのかもしれない。鳩山首相の駐留なき安保には賛成できるが、日本を開放して中国の一部になるような事を小沢一郎が持っているとすれば狂っているとしか思えない。

小沢一郎は自民党幹事長時代は典型的なアメポチであり、湾岸戦争の頃はアメリカの手先となって働いた人物だ。彼の「日本改造計画」は年次改革要望書を小沢一郎と北米局の親米官僚グループが本にしたものであり、アメリカの手先となることで権力を握ってきた人物である。それがアメリカと仲たがいして中国の手先となることで権力を掌握しようとしている。

確かにアメリカや中国の手先になれば、豪腕をふるって権力を取るくらい簡単だろう。アメリカや中国は利権を餌に近づいてきて取り込んでは日本の内政に踏み込んで来る。小沢一郎は外国人参政権法案を通して在日中国人のコロニーを作って解放区にするつもりだろう。アメリカにしても日本にある100ヶ所以上の米軍基地は日本の警察権力の及ばないアメリカ人租界地だ。

東京には池袋に中国人解放区が出来つつある。新宿の歌舞伎町も中国人マフィアによる進出ですっかり風紀が悪くなってしまった。マスコミなどこれを国際化と呼んでいるが、正式な方法で滞在しているのではなく不法滞在者たちだ。アメリカにしても入国が厳しくなりましたが中南米や韓国や中国からの不法入国が増えてきてコロニーが出来ている。

小沢一郎が外国人参政権に熱心なのも中国という国家権力を借りて日本を乗っ取ろうという野心があるからであり、600人の大訪中団で本性を現して来た。民主党の幹事長に過ぎないのに外交問題や天皇を自在に扱えるという権力をもたらしている責任は民主党にある。民主党幹部も小沢一郎に一喝されるとものも言えなくなるのは小沢の独裁者的強権政治が始まりつつあるのだろう。

小泉純一郎にも独裁者的強権政治がありましたが、自民党幹部たちは小泉に何もものが言えなくなってしまった。このような強権政治家がいれば中国やアメリカにとっては好都合であり、彼一人を取り込んでしまえば日本が自由自在に扱える。日本は幕末以来権力を分散させて外圧から逃れてきた。信長のような天皇に成り代る独裁者が現れれば明智光秀が彼を討ち取った。

農産物輸入自由化や大店法自由化などを推進してきたのは小沢一郎であり、そのおかげで地方の駅前商店街がシャッター通りにしたのは彼の功績だ。今度は中国の手先になって日本に何を仕掛けてくるのだろうか? 外国人参政権で日本中の大都市にはチャイナタウンが出来て彼らの支持がなければ日本の政治が動かない事になるかもしれない。

小沢一郎の発言を見ても日本の皇室制度の将来も危ういものになりそうだ。彼の憲法解釈によれば「国民の総意」で皇室も廃止できると解釈できる。民主党が政権をとったと言う事は平成の無血クーデターという事なのだろうか? 民主党のマニフェストには外国人参政権も天皇の韓国訪問も書いては無い。

小沢一郎の記者会見における恫喝は民主党政権に対するイメージを一気に損なうものだ。それと同時に鳩山首相の無力振りが明らかになって国民の支持率も50%を切ってしまった。鳩山に代えて誰が首相になろうとも小沢院政が行なわれれば党の幹事長が最高権力者という事になる。党の幹事長は議会の承認も天皇の認証も要らないポストだ。

習近平副主席の天皇会見の前に、皇太子が習近平夫人の中国人民解放軍のオペラに鑑賞に来られた。これは私的活動という事ですが中国は皇室にも深く関与し始めてきている。それが羽毛田宮内庁長官の危機意識から記者会見に及んだのだろう。


イベントご参加慎重に 中国人民解放軍のオペラ 皇太子さまご鑑賞 11月29日 産経新聞

11日、皇太子さまは母校の学習院大学の構内で、中国人民解放軍総政治部歌舞団による中国オペラの特別公演を鑑賞された。宮内庁東宮職によると、このお出ましはいわゆる公務ではなく、私的なご活動との位置づけであった。

ただ、私的なご活動であるとはいえ、中国人民解放軍は中国共産党の軍事部門であり、事実上の国軍である。複雑なる日中関係を考えれば、そうしたイベントに皇太子さまが行かれることには、正直にいって文字通りの「違和感」を禁じ得ない。

 そもそもこうした催しに、皇太子さまが行かれる必要があったのだろうか。宮内庁関係者によると、このイベントは、出演した日本のオーケストラの指揮者が皇太子さまと以前から音楽を通じて深い関係にあるため、その縁で皇太子さまに私的に鑑賞のお誘いがあったのだという。

 しかし、個人的関係に基づくご鑑賞とはいえ、中国人民解放軍のオペラを皇太子さまが鑑賞されたという事実は、さまざまな憶測を呼ぶ。皇太子さまを支える側近の人々には、こうしたイベントへのご参加にはもっと慎重に構えて調整する必要があったのではないだろうか。

 外国の軍隊の歌舞を皇太子さまがごらんになるなら、その前に、自衛隊の吹奏楽コンサートなど、ほかにごらんに入れるべきものはたくさんあるはずである。(白浜正三)





早くも出始めた自民党からの離党議員。今回の衆院選で惨敗した
自民党が党勢を回復するには、新たな人材の発掘が急務だ。


2009年12月18日 金曜日

田村耕太郎参院議員、自民離党へ…衆院選後初 12月18日 読売新聞

自民党の田村耕太郎参院議員(46)が18日、離党の意向を固めた。

 同日午後、東京都内と鳥取市でそれぞれ記者会見して正式表明する。8月の衆院選で自民党が惨敗し野党に転落してから、同党の現職国会議員が離党するのは初めて。

 田村氏は鳥取選挙区選出で現在2期目。来夏の参院選が改選にあたり、自民党鳥取県連はすでに党本部に公認申請していた。

 民主党県連は、同選挙区に新人の医師、坂野真理氏(32)の擁立を決めている。


再生なるか自民党:/中 対民主、次期国会が正念場 毎日新聞 2009年12月17日

93年に下野した自民党だが、当時は223議席を持つ比較第1党だった。これに対し、現在は衆参両院とも民主党が第1党。自民党は先の臨時国会終盤で、与党の国会戦術に振り回されたあげく審議拒否を余儀なくされ、支持者から「昔の野党と変わらない」と不興を買った。通常国会で存在感を示さなければジリ貧になりかねないという危機感は強い。

 だが、議員立法を中心に政策で競う提案型への脱皮は進んでいない。各部会への政府側の出席者は課長クラスになり、与党時代と比べて情報を引き出すのが難しくなった。なかなか法案が作れない以上、党の政務調査会と国会にまたがる新組織「政権政策委員会」が活躍する場も少ない。

 新人ながら環境部会長に抜てきされ、同委員会のメンバーに加わった経済産業省出身の斎藤健衆院議員は、11月の衆院予算委員会で首相に論戦を挑んだ。主なテーマは地球温暖化対策。自分で案を練り、官僚の「質問取り」にも応じなかった。

 「役人だったから分かるが、部会で話したことは役所の大臣まで上がる。情報は取っても、手の内をさらしちゃいけない。でも、今まで役人と10年、20年仲よくやってきた先生方は(役人と)友達なんだよなあ」。斎藤氏は、官僚となれ合う与党気質が自民党には残っていると感じている。



再生なるか自民党:/下 進まぬ育成、切れぬ大物 毎日新聞 2009年12月18日

来夏の参院選の候補者選びが大詰めを迎える中、9月の自民党総裁選で争点になった世代交代論が再浮上している。07年参院選で落選した片山虎之助元総務相(74)と、8月の衆院選で敗れた山崎拓前副総裁(73)。閣僚や党の要職を歴任した2人の処遇が、党再生の行方を左右しそうだ。

 2日、党岡山県連幹部が党本部を訪れ、片山氏を参院選の比例代表候補にするよう要請。山崎氏の地元の福岡市議団も10日に同様の要望を伝えた。ほかにも、保岡興治元法相(70)が17日に谷垣禎一総裁に直談判するなど、落選議員の「就活」が活発化している。ただ、いずれも党の70歳定年制の例外になるため、執行部は言質を与えていない。

 04年参院選の比例代表当選組のうち、72万票を集めた竹中平蔵氏は既に政界を引退。長谷川憲正氏と荒井広幸氏は他党に移り、引退議員を含めると計150万票以上が自民党から消える計算になる。

 日本医師会や農協など有力支持団体の離反が追い打ちをかけ、集票力が期待できる著名人のスカウトもままならない。知名度の高いベテランを定年を理由に切り捨てられない背景には、こうした事情がある。谷垣氏は「(議員に)高齢者代表がいてもいいという議論もないわけではない」と公認に含みを持たせている。

 これに対し、総裁選で森喜朗元首相らに引退を迫った河野太郎元副法相は「世代交代しないという選択はない。山崎さんを公認して10万票取れても、90万票が逃げていく」と言い切る。中堅・若手議員には定年制がなし崩しになることへの警戒感が強い。

 仮に山崎氏らを公認して成功しても、目先の参院選をしのいだに過ぎない。07年参院選、今回の衆院選で惨敗した自民党が党勢を回復するには、新たな人材の発掘が急務だ。党組織運動本部は年明けから、現在17都道府県連にある政治大学校を順次全国に拡大して「政治家の卵」を養成するとともに、後援会活動の強化や、若者に党の理念を広める短期研修に乗り出す。

 浪人中の前議員らをどう支えるかも課題だ。衆院選山梨3区で惜敗率が60%に満たなかった小野次郎氏(当選1回)は、党支部長に再任されず、活動費のやり繰りに追われている。同期の篠田陽介前衆院議員は11月に離党した。「どの政党が高く評価してくれるか考えたい」。小野氏も迷う。

 落選候補を対象にした勉強会を14日にスタートさせた舛添要一前厚生労働相は「候補者教育は本来は党がやるべきだ」と指摘する。



(私のコメント)
民主党政権が4年続くかどうかは来年の参議院選挙がヤマですが、民主党がよほどのヘマをやらない限りは自民党が過半数を取る事はないだろう。今年の衆院選挙でも民主党が勝ったというよりも自民党の堕落振りが酷かった事によるもので、民主党政権が出来て100日が過ぎましたが、あちこちからボロが出始めている。

先ごろ閉会した臨時国会でも自民党の迫力不足は予想以上であり、与党ボケが酷くて予算委員会の質疑でも自民党の人材不足を感じさせた。当選したばかりの小泉進次郎に質問を立たせるほど人材がいないのだろうか? テレビの討論を見ても山本バカ太や大村秀章では自民党のイメージダウンさせるだけなのですが、それくらい人材がいない。

現在の自民党議員は右を見ても左を見ても世襲議員だらけであり、ひ弱なお坊ちゃん議員だらけであり、見るからに政治家を目指してがんばっているような雰囲気が見られない。父親の後援会組織をそっくりと引き継いで浪人暮らしの苦労も無く、政治資金集めも利権団体から徴収できるシステムが出来ていたから苦労しらずのお坊ちゃん議員が総理大臣にまでなるようになった。

自民党総裁も谷垣氏がなりましたが、線が細くて民主党政権を倒せるような迫力がない。じっと順番を待ち続けていれば首相の座が転がり込んでくると思っていては政治家も迫力が無くなる。今回の中国からの習近平副主席の天皇会見でも小沢一郎のゴリ押しであり天皇の政治利用であるから小沢一郎を失脚させるチャンスなのですが、自民党のボス連中は動かない。自民党には戦闘力が無くなって与党ボケが治らない。

野党議員に転落すると官僚も相手にしてくれなくなるしマスコミも扱いがいっぺんに小さくなる。だから個人でがんばらなければなりませんが、それだけの気力のある議員が自民党には見当たらない。そろそろ政治資金も尽きてきて事務所も維持が出来ない自民党の落選議員は見るも哀れだ。与党議員というだけでちやほやされてきて野党の悲哀が分からない。

自民党が政権を奪回する為には人材をそろえなければなりませんが、現在の自民党そのものが大きく変わらなければ政権が奪還できない。民主党の小沢一郎は地方を回っては人材を集めてきた。無力な新人でも野党に風が吹いてくれば140人以上の新人を当選させる事が出来る事が証明された。

小沢一郎は地方を回って自民党の集票組織を民主党に奪いとる事に成功した。小泉政権の地方切り捨て政治が民主党政権誕生の元になった。自民党が出直すためには反省が必要ですが大ボス議員が残っているからそれも出来ない。河野太郎が言っていたように大ボス議員も落選していれば再生も楽だったのだろうが、森喜朗や中川秀直がいるようではそれも難しい。

渡辺よしみ議員は自民党から出てしまったし、河野太郎は自民党から離党する話もちらほらしているようでは自民党の再生は無理だろう。今日のニュースでは田村耕太郎議員が自民党から離党するそうですが、これからは自民党から離党する議員が続出するかもしれない。利権から切り離されてしまっては議員活動はままならないのであり、小沢一郎も自民党からの引き抜きで勝利を目論んでいるのだろう。

現在に自民党には将来の総理大臣を目指すような人材がいない。衆議院選挙での大敗で若手が落選してしまったせいもありますが、世襲も廃止できないようでは自民党が変わった事をアピールは出来ない。自民党政権時代も事業仕分けを公開しようという意見もありましたが大ボスたちに潰された。

民主党に4年間も政権を維持されたら自民党は消えて無くなっているかも知れない。保守政党も離合集散を繰り返して政権奪還のチャンスを待つしかないのだろう。




アメリカの忠実な仲間だった自民党から対抗勢力に移ってしまったこと
の重大性を、米政府は把握しかねている。 フィナンシャル・タイムズ


2009年12月17日 木曜日

「日中関係をまず強固に」 民主・山岡氏 12月14日 日経新聞

【上海=共同】民主党の山岡賢次国対委員長は14日、上海市で開かれたシンポジウムであいさつし、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題に絡み「日米関係はぎくしゃくしている。まず日中関係を強固なものにして、米国との問題を解決するのが現実的プロセスだ」と指摘した。

 小沢一郎幹事長と胡錦濤中国国家主席との10日の会談では、日米中の3カ国がバランスの取れた正三角形の関係であるべきだとの認識で一致したことも披露。日中関係重視の姿勢を強調した。

 山岡氏は「米政府は新しい世界戦略を打ち立てるべきだ。今の冷戦後の日米体制がそのまま進むと長期的に見れば難しい局面が出てくる」と注文を付けた。

 北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議に関しては「北朝鮮は米国との2国間関係を望んでいるが、われわれは議長国の中国が鍵を握っていると考えている」と中国側の取り組みが重要との認識を示した。(14日 19:04)



首相、駐留なき安保論封印 「議論あるのは当然」 12月16日 日経新聞

鳩山由紀夫首相は16日、日米安全保障体制下での在日米軍の「常時駐留なき日米安保」構想について「現実に首相という立場になった中で、その考え方はやはり今、封印しなければならない」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 首相は旧民主党時代に平時には米軍が日本国内に駐留せず、有事に限って日本への出動を求める内容の「常駐なき日米安保」構想を提唱した。

 首相は同構想を封印する意向を示す一方、「私はかつてそういう思いを持っていたし、日本の将来50年、100年という発想の中で、他国の軍隊が居続けることが果たして適当かどうかという議論は当然ある」と語った。(16日 20:16)



日米関係、楽だった結婚が三角関係に変わってしまった 12月10日 フィナンシャル・タイムズ

最近の東京は、眉間に皺をくっきり寄せたアメリカ人だらけだ。アジアにおけるアメリカの優越性が、中国の台頭に脅かされている。バラク・オバマの政権は、アジア地域における中心的存在としての地位を守ろうと、大戦略を探し求めている。そんな中で今度は日本が、長きにわたり続けてきた米政府との安全保障同盟について、内容の再検討をアメリカに要求しているのだ。

アメリカが懊悩する直接的な原因は、沖縄の米軍基地移設を巡る議論だ。しかし紛糾する議論の背後には、両国のものの見方が乖離しつつあるという事情が横たわる。はっきり言えば、日本で新たに政権を握った新世代の政治家たちは、米政府が自分たちに割り振った従属的な役割を拒否しているのだ。

鳩山由紀夫代表率いる民主党の勝利は、自民党による約半世紀にわたる一党支配に終わりを告げ、日本政治に革命をもたらした。日本の政治権力が、アメリカの忠実な仲間だった自民党から対抗勢力に移ってしまったことの重大性を、米政府は把握しかねている。(中略)

しかしたとえどうであれ鳩山首相は、避けがたい戦略的な転換を言語化しているのだ。つまり中国の台頭によって日本は好むと好まざると関わらず、西洋的な国家である度合いを減らして、今まで以上にアジア的な国家にならなくてはならないのだ。日本は中国を恐れている。しかし同時に、米政府に対して前ほど従順ではなくなっている。鳩山氏がどういう形の新しい日米関係を考えているのか曖昧ではあるが、その基本概念は間違っていないはずだ。

日米中の三角関係において、アメリカと日本はすでに自分たちの役割についてそれぞれ違うことを考えている。アメリカは日本との同盟関係に加えて中国と戦略的な関係を築き、それによってアジアの均衡勢力になろうとしている。一方で日本は、自分たちが米中の間の橋渡しを担うという別の在り方を求めている。こうした単純な図式はもちろん、現実にはなかなかあり得ない。それにはそもそも日中関係が、過去の暗い歴史の影から抜け出さなくてはならない。しかし物事は今まで通りではいられない。アメリカ人の眉間の皺は、当分なくならないだろう。


(私のコメント)
「株式日記」は基本的には駐留なき安保政策の支持者であり、かつては民社党も駐留なき安保を目指していた。しかし当時は冷戦時代であり支持が集められなかった。1996年に民社党は新進党に吸収合併されていった。しかし駐留なき安保は長期的にはアメリカも海外の軍事基地を大幅に整理縮小しなければならない時がやって来るのであり、日本は自主防衛体制を固める時期が来ているように思う。

しかし安保条約がある限り憲法改正も無理だろうし、自衛隊の国防力強化も予算的に難しい。安保条約が無くなり北朝鮮からミサイルでも飛んでくれば国民の国防意識も変わるのでしょうが、日米安保解消と憲法改正はどちらが先になるのだろうか。自民党はCIAによって作られた政党でありアメリカの代理統治政党だ。

自民党はアメリカとの特別な関係によって60年近く政権を維持してきましたが、本格的な政権交代が起きた事はどのような影響をもたらすのかまだはっきりと見えてこない。アメリカ政府は政権交代が起きても大きな変化は起きないと見ていたのだろう。しかし沖縄の普天間基地問題でも米軍基地の海外移転が本音であり、それに対してアメリカは日本で得た特権的な地位を失うまいと考えている。

日米安保の潜在的敵国は中国であり、アメリカと中国とは経済的なつながりが深まり軍事的のも交流活動が進んでいる。オバマ大統領はG2体制で世界を仕切っていこうと呼びかけていますが、これは日米安保の空洞化を意味する。日米安保は日米の主従関係であり対等な関係ではない。鳩山首相が対等な関係という意味は主従関係から脱するという事であり、それが駐留なき安保という意味だ。

アメポチは安保体制のほうが費用も安く付くし安全だというが、アメリカが日本を裏切るという事を全く考えていないようだ。まことにアメポチはおめでたいのですが、米中がG2で手を組むと言う事は日本に対する裏切りだ。それは日米安保が中国が敵国である事が前提だからだ。アメリカと中国とが戦争する可能性がないと言う事は安保も必要がないと言うことだ。北朝鮮ぐらいなら現在の自衛隊でも間に合う。

日米安保が機能しなくなったと言う事は、中国との敵対関係はアメリカにハシゴを外された事を意味する。その証拠にアメリカは日本にF22を売ってくれなくなった。アメリカはそればかりではなくミサイル技術も中国へ供与しているが、これも日本に対する裏切り行為だ。アメリカはどうしてこれほどまで中国に対して寛大なのだろうか?

オバマがG2と言い出した以上は日本は中国との関係をアメリカ以上に深めないと危険だ。中国に核のついた中距離ミサイルがある以上は日本はこれに対抗が出来ない。日中が対立関係に立ってもアメリカが中国に配慮して日本に経済制裁をかけてくる事もあるだろう。だからG2体制は危険だ。

このような日米中関係を英国から見ればどのように見えるだろうか? フィナンシャルタイムズ紙によれば、日米関係の軋みを米英関係にも照らし合わせて見ているのではないだろうか? もしアメリカがロシアとの関係をどの二ヶ国関係よりも重要だと演説したら英国も心穏やかではないだろう。

アメリカは東欧のポーランドやチェコに配備すると約束したMDをオバマ大統領はキャンセルした。アメリカは日本に対しては沖縄普天間基地の約束は守れと言いながら自分はポーランドやチェコへの約束を一方的に破っている。だからアメリカは信用が出来ない。


米大統領、東欧のMD計画中止を表明 米ロ核軍縮に弾み 9月18日 朝日新聞

【ワシントン=望月洋嗣】オバマ米政権は17日、欧州の旧共産圏ポーランド、チェコにミサイル防衛(MD)網関連施設を配備するとしてきた現行計画を中止すると発表した。イランから欧州への中・短距離ミサイルによる脅威を想定し、イージス艦搭載の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を軸に、11年から新たなMD計画を進める。

 米国による東欧諸国へのMD配備は、ブッシュ前政権が「イランの核兵器や弾道ミサイルの脅威から欧州を守る」とうたって進めた。だが、ロシアが「真の目的は我が国の戦略核を無力化することだ」と強く反発、米ロ関係悪化につながっていた。東欧配備の中止によって、年内妥結を目指して進行中の米ロ核軍縮交渉でも、大きな障害が取り除かれそうだ。

 米国防総省は最新の情報として、欧州を射程に入れるイランの中・短距離ミサイル開発が予想より早く進む一方、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発は遅れていると分析した。これを受け、新システムの構築では「すでに能力が証明済みで、費用対効果が上がる技術を使う」(オバマ大統領)ことになった。



(私のコメント)
だから日米中の三国関係だけで考えるよりも、アメリカがどのような国かをよく考えて外交政策をたてなければなりませんが、ポーランドやチェコがいくらアメリカよりの政策をとってもアメリカは都合が悪くなれば一方的に撤回する。オバマはロシアや中国には融和的でも、本来味方である日本やEUには配慮が足りないようだ。EUはNATO軍をアフガニスタンに送ってまでアメリカに協力しているのにポーランドやチェコを裏切る。

だから英国などは驚くほどアメリカに対して冷静な見方をしているのでしょうが、オバマ大統領のスタッフには優秀な人材が欠けているようだ。主な人材はヒラリークリントンが連れて来た人材であり、駐日アメリカ大使もただの弁護士だ。国防もイラク・アフガンで手一杯であり、ロシアや中国には妥協に妥協を重ねて日欧を不安がらせている。

オバマは4日間の訪中でも何の成果もあげられませんでしたが、人民元の問題はドルの問題でもある。ドルを切り下げたくても人民元も付いてくるから思うようにならない。アジアにおける中国の影響力は大きくなるばかりであり、相対的にアメリカの影響力は落ちてきた。このまま行けば日本ばかりでなくASEANやオーストラリアやインドもアメリカ離れを起こすだろう。




外国賓客との会見は国事行為ではない。国民や天皇を恫喝する小沢一郎
諸外国は「理不尽なことも強く要求すれば日本は折れる」と理解する。


2009年12月16日 水曜日

特例会見問題 「国事行為」ではなく「公的行為」 必要ない内閣の助言 12月16日 産経新聞

民主党の小沢一郎幹事長が、天皇陛下と中国の習近平国家副主席との特例会見について、憲法の定める天皇の「国事行為」と断じた発言が注目を集めている。14日の記者会見での「会見は政治利用ではないか」との質問に対し、国事行為をよく把握しないまま「マスコミの理解がおかしい」と決めつけたものだ。護憲派の共産党の志位和夫委員長は15日、記者団に「外国賓客と天皇との会見は国事行為ではない。小沢さんこそ憲法をよく読むべきだ」と小沢氏をさとしてみせた。

 「陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、すべて」

 小沢氏は14日の記者会見でこう明快に主張した。

 憲法は天皇が行う国事行為として、国会召集や衆院解散などを列挙している。外交文書の認証や外国大使・公使の接受も含まれるが、実は外国賓客との会見は国事行為ではなくもっと天皇の意思を反映した「公的行為」に分類される。

 公的行為は、国事行為ではなく純然たる私的行為でもない国の象徴としての公的な活動と解釈される。(1)国政に影響を及ぼさないこと(2)天皇の意思が大きな意味を持つ−の2点を要点としており、具体的には国際親善活動のほか、全国植樹祭や戦没者追悼式へのご出席などが該当する。

 これは、小沢氏がいう「内閣の助言と承認」は必要としない。また、国事行為の場合は天皇に拒否権はないが、公的行為は憲法上の規定はなく、必ずしもその限りではない。

 皇室関係法令に詳しい大原康男国学院大教授は「小沢氏は国事行為をよく理解せずに質問者を恫喝(どうかつ)しているようだ。天皇は政権のいうことを聞けばいいと言っているようにも聞こえる。いずれにしろ不勉強であり、政治利用そのものの発言だ」と語る。(宮下日出男)


陛下特例会見、憲法原理に反する 慶応大学講師・竹田恒泰 12月15日 産経新

中国の習近平副主席の来日に際し、天皇陛下との会見が特例で設定された問題について天皇の政治利用に当たるか議論がある。私は憲法学的な考察を試みる。

 鳩山由紀夫首相は「諸外国と日本との関係をより好転させるため」「政治利用という言葉はあたらない」と記者に語ったが、友好を積み上げる親善ならともかく、諸外国との関係を「好転」させることはそれ自体が外交であり、天皇の政治利用にほかならない。

 本件がもし1カ月の期限を守って申請されたなら、波乱は起きなかったろう。1カ月が長いか短いかの議論はともかく、内規に違反して設定されたことに重大な問題がある。一国のみ特例会見を設定するのは高度な政治判断に違いない。これまで皇室は国の大小や重要度にかかわらず、すべての国を平等に扱い、親善を深めてきた。今回規定に反して中国のみを特別扱いすれば、皇室が長年積み上げてきた国際親善のあり方は根底から覆る。

 平野博文官房長官は「日中関係は重要」と述べ、羽毛田信吾宮内庁長官を説得したというが、それが政治利用の動かぬ根拠である。皇室の国際親善は外務省が行う外交と異なり、政治色を排した文化交流を前提とする。一国を特別に扱う皇室の国際親善は「親善」を超え「外交」の領域に達する。天皇の政治利用というべきで憲法の原理に反し、厳しく非難されなくてはならない。

 そもそも、日本は会見を設定しないとは言っていない。副主席が日程を調整すれば済んだ話で、それをせずに急な日取りに固執したことが既に政治的である。中国の態度は国際社会の一員として礼節を欠いていまいか。中国側は「(会見の成否に)習副主席訪日の成否がかかっている」と述べたという。ならばなおのこと来年1月以降に日程を組み直せばよかった。

もし今回特例を認めたら、諸外国は「理不尽なことも強く要求すれば日本は折れる」と理解するだろう。日中友好を危惧(きぐ)する向きもあるが、特例会見を実行すれば、日本国民の対中国感情は極度に悪化することは必至で、むしろ日中友好に水を差すに違いない。

 中国外交部の高官が特例会見について「日本国民の皆さんに理解を求めたい」と述べたという。理不尽な要求をして「理解を求めたい」とは一体何事か。日本の外務省こそ中国人民に日本の象徴天皇に理解を求めるべきではないか。相互尊重がなければ日中友好などあり得ない。当日でも構わない。断固として拒絶すべきだ。もし特例会見が実行されたなら、1カ月ルールを法制化し、今後の特例を一律に排除しなくてはなるまい。民主党政権の素顔が見えた一件である。(寄稿)


「国民や天皇を恫喝している」政府・小沢氏の対応に批判相次ぐ 12月15日 産経新聞

天皇陛下と中国の習近平国家副主席の特例会見問題について、この問題を報じるイザ!の記事に、多くのブロガーからコメントが寄せられている。大半は、特例の会見を行った政府・与党の対応を批判するもので、宮内庁の対応を強い口調で批判した民主党の小沢一郎幹事長には「国民や天皇を恫喝しているよう」などと、批判が相次いだ。

小沢氏が特例に難色を示した羽毛田信吾・宮内庁長官を批判して「内閣の一部局の一役人が内閣の方針についてどうこう言うなら、辞表を提出してから言うべきだ」と語った記事には、「内閣の方針が完全に間違っているのだから(中略)仕方がないだろ?」という意見や、「恫喝会見は非常に不快です。(中略)観ている国民や天皇を恫喝しているような気さえしました」と小沢氏批判が集中。

 さらに、小沢氏の前にはすっかり影の薄い鳩山内閣には「何で首相になんかなったのだ。そんなひ弱では国民全員が迷惑する」「鳩山首相と岡田外相はどこへ行ったのでしょう。永田町小学校の遠足部隊が、こんな大事な実務外交をやってていいのでしょうか」と小沢氏の“豪腕”に振り回されるように見える姿に批判が寄せられた。


(私のコメント)
民主党政権も100日が過ぎてだんだんとその正体を現してきましたが、党務に専念していると思われた小沢一郎幹事長が中国や韓国に様々な国際公約をしてきた。普通の党の幹事長ならリップサービスで問題にならないのだろうが、国事行為でもない天皇陛下の会見にまで口出しできる権限を持つ小沢氏は天皇以上の権力者に外国からは見られるだろう。

鳩山総理大臣や岡田外務大臣がごり押しをしたのではなく小沢幹事長がごり押しをしたのは朝日新聞の記事からも明らかだ。外務省ルートや元総理ルートもダメだったので、中国は小沢一郎のルートで会見が設定されたのだろう。これでは天皇の訪韓や外国人参政権も小沢一郎の一存で決められていくのかもしれない。しかしこれらは党の幹事長の権限ではない。

民主党がやるべき事はパンドラの箱を開けることであり、自民党政権では出来なかった事をやるべきなのですが、記者クラブの開放も一部に留まっているし、公務員給与の2割削減も全く手についていないし、事業仕分けもどのように生かされるのか全く見えてこない。特殊法人や天下り問題は手を出せば官僚を全部的に回す。ダム工事問題も中止問題も、二重行政問題も未だに見えてこないしゴタゴタしたままだ。

発足当時は期待感を持たせましたが、100日が過ぎて小沢一郎が表に出てきて仕切りだした。鳩山首相が決断を下せないから明確な方針を打ち出せない。児童手当も農家への戸別所得補償も高速道路の無料化も具体的には何も決まってはいない。政権を取るまでには時間があったのだから細かい所まで詰められる事が出来たのに出来ていない。

実際にやろうとすると様々な抵抗や問題が出てきて政策が前に進まなくなる事は予想は出来ていましたが、担当大臣ですら何も決断が出来なくなっている。例外は亀井大臣のモラトリアム法案と郵政民営化見直し法案だけが国会で議決された。内閣で仕事をしているのは亀井大臣だけだ。

総理大臣始め各大臣が仕事が出来ないのは影で小沢一郎が仕切っているからだろう。習近平の天皇会見も外務省ではなく小沢一郎が決めたし、外国人参政権も小沢一郎が進めようとしている。沖縄の普天間問題も鳩山首相は「私が決める」と言ってはいるが決めるのは小沢一郎だろう。何事も小沢一郎のGOサインが出ないと大臣は何も決められない。

まるで小沢一郎は北朝鮮の金正日のようですが、あまり表に出てこないこともよく似ている。民主党の幹部も小沢一郎を恐れるのはなぜなのだろうか? 彼の権力の背後には同和、在日、ヤクザの繋がりがあるからなのだろうか? 小沢一郎は政党の党首が務まらない以上は党の纏め役に専念すべきなのでしょうが彼にはそれが出来ない。だから党を作っても思い通りにならなくてすぐに壊す。

このまま放置していれば民主党政権ばかりでなく日本そのものも壊しかねない。小沢一郎に意見が言える民主党議員はいなくなり彼の独裁体制が暴走を始めれば日本が壊れる。鳩山首相も実権が無く各大臣も小沢氏の指示が無くては何も出来ない。この状況が続けば新生党、新進党、自由党と壊してきたように民主党も壊れるだろう。

民主党がいくら308議席あろうが、彼のワンマン政治は長くは続かない。せっかく政権を奪取しても細川政権のようにワンマン政治で政権をぶち壊してしまう。バカな人間は何度でも同じ間違いをしでかすが、権力を持つと小沢一郎は元に戻ってしまうのだろう。天皇との会見も国事行為と勘違いしてゴリ押しをしたが、外国からの賓客会見は国事行為ではない。にもかかわらず天皇に指図して会見させた。

日本に独裁者が出ないのも天皇の存在があるからであり、クーデターを起こしても天皇の任命が無ければ新政権は認められない。小沢一郎を中国や韓国が自由自在にコントロールできれば日本を思いのままに出来るのだから、これほど痛快な事はないだろう。党の幹事長には天皇の任命は必要ないのだから、平成の無血クーデターは実現されたのかもしれない。



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