ページを繰り越しましたので
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JSF氏の話し方には、議論が冷静に展開する余地がほとんどない。
そこだけに不毛な応酬が集中するだろう要素が整い過ぎている。
2009年11月30日 月曜日
◆高速戦艦は空母の直衛をすべきもの? 11月28日 週刊オブイエクト
・・・話題逸らしと誤魔化しの数々、もう見ていて反吐が出ます。自分で最初に設定していた限定(戦艦という条件)を後から外してしまう(民間船とか言い出す)だなんて、ルールも何もあったものじゃないですね。
TORA氏、貴方の一連の主張はデタラメそのものです。
それと仮にH級戦艦が出来ていても、それだけでは1国の採用例に過ぎませんので、「蒸気タービンからディーゼルへの時代の流れ」とは認められません。世界各国が採用するような流行にならない限り、「流れ」ではないのです。
たらればを言い出したら何でも言えてしまいますが、現実は変わりませんよ?(中略)
ド素人の妄想はもう止めて下さい。というか潜水艦がディーゼルエンジンだった事を忘れていませんか? 戦艦用の巨大なディーゼルエンジンよりも民間船向きでしょうに。
TORA氏、貴方の言い訳は見苦しくて、何もかも的外れです。もう黙っていた方が宜しいでしょう。それと私のハンドルネームはJFSではなくJSFです。
(私のコメント)
私は軍事評論家ではないし軍事オタクでもない。ましてやスーパーコンピューターの事も専門家ではないので間違った事を書くこともありますが、間違いは間違いとして指摘していただければありがたいと思います。何しろアメリカの新鋭戦艦をジーゼルエンジンを使った戦艦だと勘違いしていたくらいのレベルなのですが、週刊オブイエクトで間違いを指摘していただきました。
しかし、間違いを指摘していただくのはいいのですが、「TORA氏の主張は過去・現在・未来の何れに置いても存在しない事象であり、思い込みと妄想から来る完全な捏造であり、口走るべきではありませんでした」と侮辱的な言葉で非難されるのは心外に思います。私は軍事評論家ではないしプロのジャーナリストでもない。ましてや「株式日記」は無料でプロではなく素人のブログだ。
だから読んでバカバカしいと思えば読まなければいいのだし、どうして間違った事に対して侮辱的な言葉を浴びせて避難するのかわかりません。軍事兵器の事は素人だから書くなとでも言うのでしょうか? 大和は作られたとたんに旧式化して戦争では使いものにならなかったと言うのは何故か、戦艦らしい働きも出来ず最後は特攻艦として海に沈んでしまったのは何故か? それを考えなければ意味が無いでしょう。
今開発しているスーパーコンピューターも戦艦大和と同じ運命をたどるのではないかと言う事で、どうしたら同じ間違いをせずに済むかという事が主題です。それに対してJSF氏は当時の戦艦のことについてはこと細かく書かれて入るものの、戦艦大和には問題はあったのかなかったのかが書かれていない。どうして活躍も出来ず海の藻屑になってしまったのか、どこに原因があったのかの反省が無ければスーパーコンピューターでも同じ間違いをするかもしれない。
戦艦大和についての「もし〜たられば」論を私なりに書いてみたのですが、JSF氏によれば「ド素人の妄想はもう止めて下さい」との事です。要するに私の知識は「自分の良く知らない分野で必死に言い訳を試みた所で、付け焼刃の知識では上手く行く筈がありません。」と言う事であり、いろいろ反論が述べてあります。全体から見れば戦艦大和の性能には問題は無いと言いたいらしい。
ならばどうして戦艦大和は活躍できなかったのか、問題は当時の帝国海軍の運用に問題があるのではないか。それは現代に問題になっているスーパーコンピューターも性能よりも運用方法に問題があるということが言えるのかもしれない。事業仕分け人のように海外から安いスーパーコンピューターを買ったほうがいいということなのだろうか?
JSF氏のブログを調べてみたら様々な人に噛み付いている。間違いを指摘するのは結構だけれども、私に対して浴びせたように罵声を浴びせて噛み付いている。多くの軍事評論家がヤリ玉にあがっていますが、間違いを指摘して言いたい放題の嘲りを言うのが目的なのでしょうか? 戦艦大和の何が問題であったのかが一番の主題でしょう。それが書いてないのだ。
当時の日本の技術では戦艦大和が限界だったのでしょう。アイオワのような高速戦艦だったらどうだったろうか? ドイツのジーゼル戦艦の様な航続距離があれば通商破壊作戦も出来ただろう。しかしこれは私なりの「たら〜れば」論であり、事細かに間違いを指摘してないが言いたいのだろう? 私に侮辱的な言葉を浴びせるのが目的なのか?
戦艦大和の性能に問題が無ければ、当時の海軍の作戦に問題があったという結論が考えられますが、JSF氏は結論的なことは述べていない。戦艦大和がなぜヤマトホテルと呼ばれるような汚名で呼ばれるのか? 1942年6月のミッドウェー海戦でも敵の存在を無線傍受で確認しながら機動部隊に知らせなかったのか? トラック島に移動してもソロモン諸島の激戦には参加しなかったのは何故か? 結局1944年6月のマリアナ沖海戦まで2年間大和は何をしていたのか? 短期決戦でなければ勝てないのに敵が反撃に出てくるまでのんびりと待ち構えていた。
それに比べればアメリカの戦艦は、空母の護衛から艦砲射撃から上陸参戦支援から敵との艦隊戦にいたるまで最新鋭戦艦をフルに使っている。つまり日本帝国海軍にとっては戦艦大和は宝の持ち腐れであり運用に問題があったのだ。スーパーコンピューターにしても作っても宝の持ち腐れになる事は無いのだろうか? 作るにしても設計を間違えれば戦艦大和になってしまう。
JSF氏は大石英司氏にも噛み付いていますが、今回は私が噛み付かれてしまった。大石氏が持った感想を紹介させていただきますが、軍事オタクと軍事論争をするのは不毛な論争なのだろう。軍事オタクは相手の軍事的な間違いを指摘して罵声を浴びせかけるのは趣味なのだ。
◆JSF氏のブログに関して 2007年8月2日 大石英司
※ 作家・大石英司さんのロシア軍とフランス軍に対する認識はおかしい
http://obiekt.seesaa.net/article/49970735.html?reload=2007-08-01T22:16:51
↑先日の中国軍の空母保有に関する私への反論です。フランス製カタパルトが実質米国製であるというのは、私が知らなかったことで、これは貴重な情報を有り難うございました。
ただ、JSF氏の文章は、全体的に非常に既視感のある光景でして。FDRやFAEROで良く見た光景です。
私のブログのコメント欄でのやりとりをして、私がそれを主張しているかのように解釈されるのは困るわけですね。ただこれも昔からしばしばあることで、筆者Aの主張にBが反論した。それにC&Dが反論すると、筆者B氏の思考では、筆者A&C&Dの主張が同一線上に並んでしまうというのは良くあることです。しかしこれは言うまでもなく、筆者Aがそれらの発言に同意する旨表明しない限りは、全く別個の主張です。
これは、最初にコメント欄で連投なさったシア・クァンファ氏も同様の錯誤をなさった様子で、私は、「ほうほう……」と感心しながらそのコメントを読んでいたのですが、何故か私がコメントする前に、私への捨て台詞を残して去っていかれた(~_~;)。
ネットでは起こりがちなことだけれど、他人が書いたことまでフォローは出来ません。
また、誰かが1しか書いていないことをして、5から7を推定して批判するというのも良くあることです。その手の拡大解釈は困るのですが? と申し上げると、それを言われた側としては、当然、どれがそれに当たるのか明示せよ、ということになるわけですね。
私としては、ご本人がそれに気付かないのなら致し方なしと思っています。ギャラリーがそれを説明せよと言うに至っては無視ですよ。だって少なくとも第三者の視点で読み比べれば、ここは本人が言っていること、ここは言ってないことというのは明瞭なわけで、それを判読できないレベルの人間に何を説明しても理解が得られることは永遠に無い。それを判読できるにも拘わらず、熱いバトルを期待して煽るギャラリーに付き合うのも御免です。
私としては、ギャラリーの幾ばくかに、「私が書いたことはここまで、ここから先は相手様の推論に過ぎませんから」ということが伝われば良し。あちらのコメント欄を見る限りは、それはまま伝わっているように思える。
私は常日頃、誤った情報は、より正確な情報を持った人間が正せば良い。そのためのコメント欄でもあります、と表明しています。
何故喧嘩腰というか糾弾調なのか理解しかねる部分はあるわけですが、上に書いたような理由での早とちりがある。こういう人とフレームを抱え込むのは私にとって何ら利益にはならない。夏休み中のギャラリーには格好のネタにはなっても、それだけです。
たとえば、あちらのブログのコメント欄#39に見られるような着眼点があれば面白いと思うわけですね。いろんな前提条件や細部の議論が冷静にできると面白いだろうなとは思う。たとえばなぜ英国海軍は空母を通常動力で行くのか等、論じると面白いと思いますよ。そこを理解すると、中国が今後空母の機関をどう考えるかの議論がまた新たに始まる。それを補足しようかと思ったけれど、止めた(~_~;)。いつもなら、せめてそれはメルマガだけでコソーリと書くんだけど、もうしょうがない。
私のブログのコメント欄で、「ロシアは海戦の経験が無い」と書き込んだ人がいた。これに対して「あるじゃないか?」というのは一見正論です。では、今中国を初めとして、諸外国の海軍がお手本とすべき経験なり海戦の経験があるだろうか? という命題になると、これまたちょっと違った、面白い議論に発展するでしょう。
JSF氏のブログのコメント欄の名無しさんの大部分はハンドルを見る限り、軍板からそっくり流れて来た人々なのでしょうか。私は普段ちゃねら〜に対して厳しいけれど、昨夜の流れを読む限りは、その名無しさん集団の相当数から面白い話が聞けそうな気がするわけです。
ただ、JSF氏個人と、そのような対話が出来るか? と言えば、私はその見込みはまず無い、と思わざるを得ない。JSF氏の話し方には、議論が冷静に展開する余地がほとんどない。双方が書いたことが正しいか否かという、それはもちろん大事なことではあるけれど、そこだけに不毛な応酬が集中するだろう要素が整い過ぎている。後に残るのはしばしば誰それが勝ったという自己満足とぺんぺん草だけですよ。一部のギャラリーはそれを望むかも知れないけれど、こちらが乗る必要はない。
私が書いたことをして、それは間違いだと指摘なさるのは大いに結構なことです。それで私も知識が深まる。ただ、JSF氏個人のTPOに合わせて、私が話せることは何も無いし、それは全く不毛なフレームにしかならないだろうと思うわけです。
それが自分の流儀であり、他者の過ちを糾弾すること以外に興味は無いということであれば、それは個人のスタイルの問題ですから批判すべきでは無いのかも知れないけれど、若干建設的な要素に欠けるのは、せっかくの知識をお持ちのご本人にとってもあまりプラスにはならないのでは? と愚考する次第です。
(私のコメント)
大石英司氏のブログのコメント欄にもあるように、「ネトウヨ界でも古参の荒らし屋軍団の棟梁格のJSFですからね。」と言う事で相手にしない方がいいようです。私が間違った事を書いていれば指摘していただければコメント欄も公開しているのだから指摘していただければいいだけです。アラシ屋軍団の書き込みは誹謗中傷は無条件で削除させていただきます。こんな事を続けていればJSF氏は誰にも相手にされなくなるでしょう。
「事業仕分け」を予算の決定機関と過大評価しているかのような批判が
あるが、予算案を決める手前の「パフォーマンス」に過ぎないのである。
2009年11月29日 日曜日
◆事業仕分け評価9割 内閣支持率もアップ 11月23日 産経新聞
産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が21、22両日に実施した合同世論調査で、鳩山内閣の支持率は62.5%と前回調査(10月17、18両日)より1.6ポイント上がり、引き続き6割を超える高水準だった。平成22年度予算の概算要求の無駄を削る行政刷新会議の事業仕分けを評価する回答が9割近くに上るなど、鳩山内閣の取り組みが評価された形だ。ただ、不支持率も前回より2.2ポイント上昇し22.9%となった。
政党支持率は民主党が39.7%と前回より0.9ポイント下げたが4割近くを維持、自民党の17.3%を倍以上引き離した。民主党と連立を組む社民党は3.0%、国民新党は0.9%とそれぞれ低調、公明党は4.5%、共産党は3.2%だった。来夏の参院選で与野党どちらに勝たせたいかでは「与党」が64.3%と「自民党などの野党」の27.7%を大きく引き離した。
鳩山政権が「総選挙での期待に応えている」との回答は60.3%、「官僚に対する政治主導は進んでいる」との回答も50.2%で、発足から2カ月の鳩山政権の姿勢を評価する声は多い。一方、民主党が掲げた公約を「必ず守るべきだ」との回答は8.5%にとどまり、「守れないものが出てきても仕方がない」、「公約にとらわれず柔軟に政策を実行すべきだ」を合わせると9割を超え、現実的な政権運営を望んでいることが分かった。
事業仕分けについては、「行政の無駄の洗い出しに役立つ」が88.7%、「毎年行うべきだ」との回答も85.2%に上り、予算編成が透明化されたと評価されたようだ。ただ、結論を先送りしている沖縄の米軍普天間飛行場移設問題への対応については「評価しない」との回答が56.0%。天下りや渡りとの批判がある「日本郵政社長への元大蔵事務次官の起用」も60.3%が評価しなかった。
鳩山首相の政治献金問題への対応は64.8%が「評価しない」と答え、説明責任が果たされていないとの見方が強い。鳩山政権で命運を左右する「キーマン」は、小沢一郎民主党幹事長が41.9%で最も多く、鳩山首相(18.9%)の倍以上。政権運営を実質的に握っているのは小沢氏だと国民は見ているようだ。
このほか、政権に最も期待する政策は、不況の深刻化を受けて「景気対策」が25.6%でトップ、「行政の無駄づかいの見直し」(23.6%)を上回った。
◆「事業仕分け」で大騒ぎ 11月25日 田中良紹
行政刷新会議が行っている「事業仕分け」に日本列島が揺れている・・・と言っても過言でないほど鳩山政権の「事業仕分け」に注目が集まっている。連日のニュースは「事業仕分け」でもちきりだ。この動きに既得権益の方々は苦々しい思いのようで、「1時間程度の議論で結論を出すのは乱暴」とか「仕分けの基準が分からない」とか「大蔵省に操られているのではないか」などの批判が出ている。
しかしそれらはいずれも「事業仕分け」を予算の決定機関と過大評価しているかのような批判である。私には谷川秀善自民党参議院幹事長の発言が最も的を得ていると思えた。「ただのパフォーマンスやけど、国民には新鮮に見えるやろうな。自民党は何でこれをやらなかったんだろう」と谷川氏は言った。その通りで「事業仕分け」は予算案を決める手前の「パフォーマンス」に過ぎないのである。
従って結論を出す時間が短かろうが、仕分けの基準が分からなかろうが、それを過大に批判しても始まらない。ノーベル賞学者が「歴史の法廷に立つ覚悟があるか」と批判したそうだが、予算を決める作業はまだこれからである。「事業仕分け」の結論を「参考」に鳩山政権の閣僚によって予算案が決まり、それが来年の通常国会で与野党によって議論されて予算は正式に決定される。日本の予算が「歴史の法廷に立つ」のはその時である。
正式に予算を決める作業でもない「事業仕分け」が何故これほどに注目されるのか。それは予算を作成するプロセスの一部が初めて国民に公開されたからである。これまでは既得権益の方々と官僚と与党政治家とによって霞ヶ関の内側で作られてきた数字が表に出て来て、数字の根拠を巡るやりとりが生で公開されたから面白くなった。既存メディアも取り上げざるを得なくなり、追加取材までするようになって、国民はこれまで知らなかった建物や施設を見て税金の使い道を実感した。
メディアは「事業仕分け」によっていくら予算が削られるかばかりを話題にしているが、これもピントが外れている。「事業仕分け」の結論は大事でも何でもなく、予算案を作るための「参考」に過ぎない。むしろ大事なのはこの「パフォーマンス」によって、「事業仕分け」の対象にならない分も含めた予算の削減が可能になる「効果」の方である。
予算について最も良く知っているのは仕分け人でも政治家でもない。各官庁の官僚である。何が無駄かを知っているのも官僚である。しかし何もなければ官僚は無駄だと思っても予算を削る事が出来ない。正義感で削ったりしたら霞ヶ関で出世する道は永久に閉ざされる。
予算を削るのは、削られる側からすれば糧道を断たれる話だから大変である。ある人々にとっては生活権を奪われる話になる。その人々は死にものぐるいで抵抗する。その抵抗に負けると予算は既得権益化する。いったん既得権益化すると切るのは容易でなくなり、そのうち政治家や業界とのしがらみも出てきて予算は固定化される。これが積もり積もると財政は破綻する。だから時々政権交代でしがらみを断ち切る必要があるのである。
政権交代はしがらみを切る絶好のチャンスだが、日本では政権が代わっても官僚は古くからのしがらみに縛られている。アメリカのように政権交代によって官僚が数千人規模で入れ替わるなら容易にしがらみは切れる。しかし日本では法律を変えない限りそれが出来ない。そこで官僚にしがらみを断ち切らせるには第三者の力を利用するしかない。官僚の意思ではなく新たな仕組みが予算を切るとなれば官僚は誰からも恨まれない。それなら官僚も前から無駄だと思っていた予算を削る提案が出来る。
「事業仕分け」の現場を見れば仕分け人と官僚は敵対している。そして実際に敵対するケースは多いと思う。しかし実は敵対しているように見せながら、官僚がこれまで出来なかった無駄の削減を可能にする仕組みが「事業仕分け」だと私は思っている。その上で国民に予算の使い道に対する関心が高まれば、国民の声がしがらみを断ち切らせる力にもなる。「事業仕分け」という「パフォーマンス」の持つ意味はそこにある。
今回の「事業仕分け」によって税金の使い道に対する国民の関心は高まった。それは良い事だが手放しで喜ぶ気にはなれない。本来は国会の予算委員会と決算委員会がその役目を果たすべきだと考えるからである。予算委員会できちんと予算の議論をしていれば、国民は税金がどのように無駄に使われそうになっているかを知る事が出来、決算委員会を見ればどれだけの無駄があったかを知る事が出来たはずである。(後略)
(私のコメント)
今日の報道番組は事業仕分けでにぎわっていましたが、結局は無駄な予算を削る事ができるのは選挙で選ばれた議員か首長しかない訳であり、今までは財務省の官僚が切ろうと思っても自民党の族議員が圧力をかけて予算を通してしまう。八ツ場ダムにしても前原大臣が中止をしようとしても、あちこちから反対の声がでてくる。
しかし今度の事業仕分けで八ツ場ダムを取り上げたら、ばっさりと切られて国民も拍手喝采だろう。しかし今までの自民党政権では切るに切れず工事はだらだらと続行されていただろう。国土交通省の官僚にしてみれば作るのは無駄だと思ってはいても、予算要求は出さざるを得ず、財務省は切りたくても切れない。結局は前原大臣が決断するしか工事は止められない。
今日の報道2001でも大阪の橋元知事が出ていましたが、大阪府に職員の給料をカットするのは大阪府民に選ばれた橋元知事しか決断は出来ない。国家公務員の給料もカットするには鳩山総理大臣が断固として決断しなければ出来ない事だろう。それが出来なければやる気がないと言うことであり、支持率が高いうちにやらないとうやむやになるだろう。
しかし民主党も自治労が支援組織になっているからカットすることができるだろうか? 野田財務副大臣も出ていましたが、なかなか苦しい所だ。今度の事業仕分けでもカットできたのは1兆8000億円程度であり、公務員の人件費まで切り込まないと財源は出てこない。そうでないと今度の事業仕分けは国民への単なるパフォーマンスになって終わってしまうだろう。
今までは民主党がムダをカットしろと言っても、政府は無駄はないと突っぱねてきましたが、事業仕分けで一部をやっただけでもこれだけ出てくる。結局は無駄な予算をカットするにも政治決断でないと出来ないのですが、自民党では族議員が蔓延ってどうする事もできない。そこに政権交代の意味があるのですが、しがらみが無いうちにばっさりとやることだ。
鳩山首相や小沢幹事長の政治資金スキャンダルが連日報道されていますが、それでも支持率が60%を保っているのは事業仕分けのパフォーマンスのおかげだろう。政治献金の問題も国民は評価していませんが、無駄な予算を削る事が出来なければ、安倍、福田、麻生といった自民党の歴代内閣のように支持率を落として鳩山止めろコールが出てくるだろう。
「株式日記」でも書いてきたように、民主党政権がやるべき事はパンドラの箱を開けることであり、少なくとも自民党と官僚の癒着を断ち切ることだ。3ヶ月でひっくり返して見せると豪語した官僚も当面は無理なようだ。むしろ事業仕分けで見せたような官僚たちのプレゼンテーション能力の無さはどうしてなのだろう。
少なくとも局長課長クラスは担当事業のエキスパートのはずだ。想定問答集を念入りに作って仕分け人たちをきりきり舞いさせるのが官僚だと思っていたのが、公開された場所だと十分なプレゼンが出来ないようだ。それで廃止や事業見直しが相次ぎましたが、官僚たちが天下るのも担当分野の専門家だと言う理由が白々しく見える。
事業仕分けで天下りの特殊法人の役員の給料の高さや、基金を無駄に貯めこんでいた事がよく分かりましたが、自民党でこのような事業仕分けは出来なかった。予算を削られる方にしてみればたまったものではないはずであり、事業が廃止になれば今までの利権が消えてしまう。今まで頼みにしてきた自民党は野党でどうする事も出来ないから、どのような反撃をするのだろうか。
税収入が40兆円も無いのに一般予算は95兆円にもなるそうですが、税収は落ち込む一方だ。明らかにどこかがおかしいのですが、デフレでますます税収は落ち込んで行く。
赤字国債は800兆円にもなり、それらのカネはどこに消えたのだろうか? 公務員の給料や建設会社や天下り役人の給料だろう。
小泉内閣があれほど高い支持率があったのも構造改革で財政の無駄をカットしてくれると言う期待があったからだろう。今度の仕分け人の中にも構造改革論者が多くいたのは皮肉な結果ですが、小泉総理でも公開された仕分け作業は出来なかったようだ。
結局は小泉内閣は自民党政権の延命装置にしかならず、結局は民主党にやらせてみようと言うところまで来てしまった。
同時多発新興国バブル崩壊が始まった。アイスランド、ドバイ、そして
アジアに飛び火して、ベトナムの外貨準備は165億ドルしか残っていません。
2009年11月28日 土曜日
◆宮崎正弘の国際ニュース・早読み 11月28日
「ドバイ・ショック」ーー砂漠の楼閣は蜃気楼だった
リーマン・ショックから一年、そして次は「上海ショック」?
世界的規模の株安はドバイが引き金となった。
予想された通りである。あの砂漠の「楽園」は海を埋め立てて巨大なリゾート開発。世界最高級七つ星ホテル。豪邸が林立し、世界の巨富が集中し、享楽の中心地にして、奢侈品も流れ込み、もちろんマフィアも高級売春婦のなだれ込み、インド、パキスタン、フィリピンから労働者が押し寄せた。
林立する摩天楼は中東産油国の巨額の資金を当て込んで、欧米、そして日本、韓国のデベロッパーが受注し、覇を競い、そして破局を迎えた。
邦銀の債権は1000億円程度、ゼネコンの未回収資金は数百億円と見積もられる。
ドバイ・ショックによる世界同時株安は、香港が最悪の影響をうけて株価下落、日本も例に漏れず、くわえて鳩山政権の経済無策は次の暴落(おそらく日経平均は8500円あたりまで一度下落するだろう)を呼び込みそうである。不気味な円高、前にも報じたように、来年後半に一ドル=70円に向かうとチャートが示唆している。
さて筆者はあることを思いだした。
四半世紀前、いやひょっとしたら30年以上前かも知れない。台湾の友人だった特許弁理士Aさんと、日曜日だったので、日月譚へ登って湖畔の宿にとまった。台中の顧客Bさんが一緒だった。Bさんは、事業があたり、多少は裕福、付近の茶畑農家を案内してくれた。
台湾名物ウーロン茶の最高級品を、その生産農家の茶室で振る舞ってくれるというのである。
そのウーロン茶は農林大臣賞を受けたかのシロモノで、100グラム二万円。一口飲んで酔った気分になる。ほんのりとした味ではなく、口の中でぼわって独特の香りが拡がり、うっとりとなる。Aさんなど、酒に酔ったように酩酊している。
そういう贅沢を楽しめるようになった余裕のBさんは得意顔だった。
▲投機がピークを打って衰滅に向かうとき
二年前に雲南省名物のプアール茶が中国で一大ブームを引き起こした。それまでにもプアール茶の最高級品は100グラム=百万円という、とてつもないシロモノがあり、それは江沢民に献上された。
皇帝に献上する伝統があればこそ、こうした豪勢豪華なものを造る。庶民とは無縁の世界が拡がる。
プアール茶ブームはお茶をたしなむのではなく、中国でははじめから投機だった。
付近の茶畑が猛烈な投機資金で買い占められ、プアール茶の価格は天井知らずの高値を連日更新し、そしてある日、破局を迎えて多くの茶畑は無惨にも潰えた。
オランダのチューリップ投機を彷彿させる出来事だった。
ドバイの不動産ブームと暴落は、おなじ投機のパターンである。
そして同様な投機行為を国をあげて展開しているところがある。
この国では権力者と悪徳デベロッパーが組んで土地を取得し(住民は軍隊を使って立ち退かせる)、高層ビルは手抜き工事、棟上げ前に宣伝し投機家に売り払い、その箱ものは結局のところ投機目的だから実際の住民がいないまま、コンクリートが腐植し、或いは倒壊し、いずれ廃屋となる。
この国は銀行に命じてGDPの25%前後ものカネを市中にばらまき、株と不動産と、プアール茶と怪しげなアートと骨董品のブームが現れ、これらの価格は天文学的に高騰し、それが世界不況のなかで回復エンジンの役割をはたしていると豪語している。
次にくるのは?
◆なぜ4兆人民元の景気刺激策のような人工的な需要創造に依存し続けることはできないか? 11月26日 外国株ひろば
ベトナムが11月25日にドンを5.2%切り下げて1ドル=17961ドンとしました。同時に1%の利上げをして金利を8%としました。なぜベトナムはドンの切り下げに踏み切ったのでしょうか?
それは人民元が原因です。
中国の人民元は米ドルにリンクされています。このところドル安が続いているわけですから、これはとりもなおさず人民元安になっていたことを意味します。このため韓国やベトナムなど、中国と輸出で競争している国々はとても苦しい戦いを強いられてきました。
実際、ベトナムが今回ドンを切り下げたのは10月の貿易収支が赤字の19億ドルと去年の5月のレベルに達し、投資家が不安になり、お金を自国にリパトリエーションしようとしたことから引き起こされたのです。外貨準備は165億ドルしか残っていません。
自国の通貨を切り下げると輸入品の価格が上昇するので普通インフレになります。折からベトナムでは食品を中心にインフレ懸念が出ていました。11月の消費者物価指数は4.35%増加しました。そこで今回、ドンの切り下げとともに1%の利上げが発表されたのです。
もう一つ悪いことにベトナムは去年の金融危機以降、中国を真似て積極的な景気刺激策をしてきました。
ベトナム政府は高金利で借り入れをしてしまった企業を助けるために金利補助金制度により低利の貸し出しを実施しました。これは去年、物価が沈静化したとき企業の金利負担だけが高止まりしていたので資金繰り困難に陥るところが出たからです。
この低利借換えを促進する融資は政府系金融機関経由で貸し出されました。加えてベトナム政府はGDPの8.3%に上る景気刺激予算を組みました。これは中国、マレーシアに次いで大きい予算です。
さて、ベトナムの積極的な融資は不動産市場にお金が向かってしまい、不動産バブルを誘発しました。今回、利上げに踏み切るひとつの理由はバブル潰しです。ベトナムの場合GDPの8.3%でバブルが起きてしまったのですが、中国の場合、GDPの12%の景気刺激予算を組んであります。すると心配になるのは、中国の不動産バブルもコントロールがきかなくなるのではないか?ということです。
中国の銀行監督当局はこのことをとても心配しています。銀行監督当局は5大銀行に長期資本計画の提出を求めました。また増資計画案の提出を要求しました。なぜなら今、増資しておかないと後で焦付きが増えた時、困るからです。この一連の指示の中で銀行監督当局は過小資本の銀行については@新規ビジネスの許可をしない、A海外進出を許さない、B新規支店出店の制限、Cその他業務拡張を制限するなどの方針を打ち出しました。
これは何を意味するかというと、中国の銀行融資は先ず相次ぐ大型増資で体力をつけてからしか融資は増やせないことを意味します。若し大型増資をしない場合は融資自体をぐっと絞り込む必要があります。これはどっちにしても株式市場にとってはマイナスです。
さて、金融危機以降、アメリカや中国は財政出動や緩和的な金融政策によって不況に立ち向かってきました。(後略)
(私のコメント)
当ブログは「株式日記」と言う名前の通り経済ブログなのですが、大きな経済ネタは年中あるわけではなく、大きな動きが無い時は政治ネタや外交ネタを書いていますが、久しぶりにドバイショックは大きな経済ネタになりそうだ。なぜならドバイショックは新興国バブル崩壊が本格的に始まった事を意味するからだ。
「外国株ひろば」のブログにも書かれているように、ベトナムが外貨危機に陥って通貨ドンの切り下げとインフレがより激しくなり始めている。中国の人民元がドルとリンクしている為にドルが安くなれば元も安くなり、同じようなものを輸出しているベトナムなどが競争に負けてしまう。その為に貿易赤字が酷くなって外貨準備が底をついてきた。
人民元が安くなれば他のアジア諸国の通貨も切り下げられて、石油が70ドル近くにまで暴騰しているのだから不況下の物価高でベトナムのみならず他のアジア諸国も経済状況が厳しくなり始めている。アメリカが超低金利政策でドルキャリートレードが起きて世界的に株価などが持ち直していましたが、ドバイショックが株価を直撃している。
リーマンショックに始まる金融恐慌は政府の梃入れである程度は先送りが出来ても、しばらくするとまたぶり返す。90年代からの日本のバブル崩壊も、景気対策が打たれるたびに一時的に持ち直しても再び銀行の不良債権が頭をもたげてきて再発する。しかし銀行の不良債権を強引に処理しようとすれば銀行が参ってしまう。
2000年代は世界的なバブル景気に沸いていましたが日本だけがカヤの外だった。日本人はバブル崩壊の恐ろしさを身に浸みて知っているから世界のバブル景気に乗れなかったのだ。ドバイもまさに超高層ビルが林立して、世界から投機マネーが集まってバブル景気に沸いていましたが、日本からの投資は少なかった。だからドバイがヤバイとなっても日本だけが無傷で円高になっている。
日本の銀行は不良債権の処理に追われていたから、世界のバブル景気に乗れなかったのですが、それがリーマンショックでもキズが軽かった原因だ。アメリカやヨーロッパの金融機関は新興国に積極的に投資をして莫大な金融収益を上げてきた。ファンドマネージャーなども数億円の年収の人も珍しくは無く、ウォール街やシティが中心になって世界が回っていたような感があった。
しかしリーマンショックによって、CDSなどのデリバティブの金融商品の欠陥が明らかになるにつれて、欧米の金融機関は多額の不良債権を抱える事になり、FRBなどの中央銀行が大胆な金融緩和に乗り出している。日本のバブル崩壊が長引いたのは多額の不良債権を銀行が処理しきれずにいたのですが、FRBは銀行の持っているCDSなどを積極的に買って銀行を救済している。
「株式日記」では銀行の不良債権を簿価で100兆円で買い取れと主張してきたのですが、FRBはまさにその事を行っている。しかしその事はFRBが不良債権を抱え持つことになり、それがドル不安をより大きくしていく元になるだろう。それとは反対に日本は円高で苦しんでいるのだから日銀は大胆に金融緩和すべきなのですが白川総裁は慎重だ。
日本の銀行がそうであったように、欧米の銀行も不良債権を抱える事で投資に慎重になってしまうことであり、ヘッジファンドなども資金が集まらなくなれば動きも鈍くならざるを得ない。リーマンショック前は投資銀行やファンドが資金を集めては新興国に積極的に投資をして莫大な利益を稼いで来た。しかしドバイショックなどでも欧米の金融機関は大きな不良債権を抱え込む事だろう。
結果的に日本の銀行は大きく動く事が出来なかった事で傷も浅くて済む事だろう。それに対して欧米の金融機関は増える一方の不良債権で、金融不安が断続的に起こるようになる。FRBはドルをばら撒いて一時しのぎは出来ますが、麻薬のようなものでありインフレを招いて不況と金利高で企業は窒息死をする。
新興国のバブル崩壊は始まったばかりであり、欧米の銀行を追い込んで行く事になるだろう。その度に中央銀行が不良債権を買い取って粉飾決算も認めれば急場は凌げますが、通貨不安が起きて国全体が危機に陥っていくようになる。
日本のバブル崩壊は、日本だけが悪くて世界は好景気だったから輸出産業が長引く日本の不況を支えることが出来た。しかしリーマンショック以降の不況は世界中が不況になるから救いようがない。
日銀はトンチンカンですから、市場に催促されて嫌々動くのではないかと
思います。市場へのインパクトは『サプライズがない分』だけ低くなります。
2009年11月27日 金曜日
◆ドバイ・ショックで円急騰 政府系企業の資金繰り悪化 11月27日 朝日新聞
27日の東京金融市場では、円相場が対ドル、ユーロとも急騰し、それぞれ一時1ドル=84円台、1ユーロ=126円台を付けた。対ドルで95年7月以来となる円高水準を嫌気して、日経平均株価は一時、今年7月以来の9100円台まで下落し、長期金利も急低下。これまでの円高ドル安基調に加えて、アラブ首長国連邦(UAE)の不動産バブル崩壊の懸念が世界の金融市場を大きく揺さぶっている。
【ロンドン=有田哲文】UAEのドバイ首長国で、政府系企業の資金繰り問題が表面化した。欧州系銀行がドバイ向け債権を多く抱えているとの見方から円高ユーロ安が加速し、対ドルでの円高を誘う展開になっている。
欧州メディアによると、ドバイ政府が25日、政府系企業「ドバイワールド」と関連の不動産会社「ナキール」が抱える債務について、債権者に対して返済の延期を要請。ドバイワールドは590億ドル(約5兆円)の債務を抱えているとされる。
ドバイ政府の要請は、一定の期間、期限が来た融資について返済を待ってもらうもの。債務不履行(デフォルト)には至らないものの、債権者にとっては不利益になる。債権者が一斉に資金を引き揚げるような事態にならないようにした上で、リストラ案を作る。経営不振に陥った企業で行われる手法だ。ただ、ドバイワールドは政府系企業で、債権者の信用が高かっただけに、市場に広がった衝撃は大きい。
ドバイワールドは、富裕層向けのリゾート開発などを進めてきた。しかし、米国発の金融危機後に資金調達が苦しくなっていたとされる。
ドバイワールドへの貸し出しに対する懸念から、欧州の銀行株の下落に引きずられる形で、26日の欧州各国の株式相場が下落。ロンドンのFTSE100種平均株価指数は前日比3.18%下落して、5194.13となった。
ロンドンの金融機関の間では「ドバイに限らずUAE全体に対する信用が揺らぐ恐れもある」との声が出ている。
◆アラブ諸国政府保有のガルフ国際銀行、起債延期−ドバイの返済延期で 11月26日 ブルームバーグ
11月26日(ブルームバーグ):アラブ諸国6カ国の政府が保有するガルフ国際銀行(GIB、バーレーン)は、5年債の発行を延期した。アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ首長国の政府系投資持ち株会社ドバイ・ワールドが25日、債務返済延期の計画を発表したことを受け、起債を見送った。
GIBによると、同行は40億ユーロ規模の中期債発行計画の最初の起債に向けて、バークレイズ・キャピタルとGIBファイナンシャル・サービシズ、HSBCホールディングス、UBSを起用していた。事情に詳しい関係者は、GIBが5億ドル相当のドル建て債をスワップレートに2.5ポイント上乗せした利回りで発行する計画だと述べていた。
590億ドルの債務を持つドバイ・ワールドの返済延期発表は世界の債券市場を揺るがせた。格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスとスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は延期がデフォルト(債務不履行)に相当する可能性を示唆し、複数の政府系企業の格付けを引き下げた。
GIBは発表文で「当行債を購入する投資家の利害を考慮して発行延期を決めた」とし、「GIBは市場をモニターし続け起債の好機を探る」と表明した。
発表によると、GIB債には60件以上の注文があり、応募は発行予定のほぼ2倍だった。湾岸協力会議(GCC)加盟国やアジア、欧州の投資家を対象に説明を行っていたという。
ドバイ・ワールドの発表を受けて新興市場国のソブリン債の保証コストが上昇。CMAデータビジョンによると、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)によるドバイ債の保証コストは26日、131ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)上昇の571bpとなった。バーレーン債のCDSスプレッドは30.5bp上昇の225bp。アブダビ債のCDSスプレッドは18.5bp上昇し155bbp。ベトナム、インドネシア、ロシア債の保証コストも上昇した。
◆新ソフトで連日シグナルが点灯【森田レポート】 11月26日
鳩山政権と日銀を動かす新たな材料が出た?!
菅副総裁の『デフレ宣言』に続き、約14年ぶりに1ドル86円台の円高に!
鳩山政権は、日銀は、そして株式市場はどうなるのか?
森田流の視点でレポートします。
このパターンは2004年以降では、2008年のリーマンショックの時しかありませんでした。リーマンショックの時は11日連続でシグナルが点灯した後、数日明けて1回、更に数日明けて5回点灯した3回目が大底となっていました。
今回は17日から5日連日でシグナルが点灯しておりますので、これでは『まだ足りない』と思う方もいらっしゃると思います。
しかし、リーマンショックは80年に一度の世界恐慌であり、今回は日本国内の問題です。つまり、民主党政権と日銀に対する不信感の問題、その結果として日本経済の先行きが見えず、二番底を形成するのではないかという不安感の問題ですから、リーマンショックの時のように1ケ月間、ほとんどシグナルが点灯し続けるということはないと思います。
また、これまで『どうなれば、株式市場が上昇に転じるか』が分かりませんでしたが、ここにきまして『政府の第二次補正の規模が大きくなれば、株式市場が上昇する可能性が高い』『日銀が量的緩和を行なえば株式市場が上昇する可能性が高い』という二つのキーワードが出てきました。
ということは、このキーワードに政府か日銀が反応すれば、株式市場は上昇に転換する可能性があるということになります。
では、どちらが動くのか
(1)日銀の方が先に動くのではないか
デフレ宣言に続きまして、今度は円高進行というもう一つの『日銀が動かなければならない理由』が出てきました。米国のFRBが金融緩和を続けることが分かったことで、米国の金利は日本の金利を下回り、「米国のドルでお金を借りて、借りたドルを売って他国の通貨に換え、その国の高い金利の債券に投資する」という『ドルキャリー取引』が行なわれ始めたたことで円高が進みました。
ということは、デフレと円高のダブルパンチでは日本経済は耐えられないと思いますので、早晩、日銀は金融緩和に追い込まれると思います。
昔、グリーンスパン前FRB議長が言っていましたが、市場に催促されて中央銀行が動いた場合には、常に市場に翻弄(ほんろう)されて、中央銀行のコントロールが効かなくなるので、中央銀行総裁は『市場に先回りして動かなければならない』と言いました。
しかし、今回の日銀はトンチンカンですから、市場に催促されて嫌々動くのではないかと思います。この場合には市場へのインパクトは『サプライズがない分』だけ低くなります。(後略)
(私のコメント)
円高が昂進していますが、例によって輸出企業が騒いでいます。2007年ごろは1ドル120円台で笑いが止まらず輸出企業は最高益を出していた。しかし内部留保で貯めこんでしまって従業員や下請け企業にはコストを下げ続けて内需による景気拡大には繋がらなかった。輸出企業は円高の時ばかり「大変だ」と騒ぎまくりますが、90円台でも儲かるのに120円台だったら空前の儲けになる計算だ。
なぜ円高ドル安になっているのかは22日23日にも書いた通りなのですが、アメリカや中国が紙幣を刷り散らかして世界にばら撒いているからですが、投機筋は金を買ったり円を買ってドル安損を回避しようとする。中国もドルにリンクさせていますが、石油が年初の30ドル台から76ドルまで倍に急騰している。これでは中国もインフレをアメリカから輸入してしまう。
ドルが基軸通貨として信用が出来なくなればユーロがそれに取って代わるだろう。円もそれに加わるべきなのでしょうが、政府日銀は円の国際化に消極的だ。国際化させるには円を大量に世界にばら撒く必要がありますが、その為には日銀が円を大量に印刷しなければならない。そして円建ての米国債を発行させたりしてそれを買えば円の国際化が進む。民主党では円建ての米国債発行を主張していた。
民主党の経済対策が不透明なのは問題であり、亀井金融大臣が10兆円の補正予算を出せと言っている位で具体的なものはない。亀井大臣もTVタックルで赤字国債をもっと出せと言っていましたが、これだけ国が財政赤字なのに円が高くなるのはどうしてなのだろうか? もっと円を発行してばら撒く事を市場が要求しているのだ。
アメリカと中国が通貨の切り下げ合戦をしているのだから世界はえらい迷惑なのですが、ドバイなどの新興国もバブル崩壊の波が押し寄せている。だぶついたドルが新興国へ流れ込んでいましたが、新興国バブルも崩壊し始めているようだ。ドルもダメ、ユーロもダメ、新興国もバブル崩壊でダメとなると投資先は無くなって来る。中国も人民元の切り上げを迫られるだろうが、世界中から人民元に買い殺到すれば中国もドルを買いきれずに切り上げざるを得ない。そうなると中国もバブル崩壊だ。
ドルの超低金利は世界的なドルキャリーが起きてドルがばら撒かれますが、ドバイのような新興国破綻が続発すればドルは逆流する。それがますます新興国の破綻につながりドミノ倒しになるだろう。ドバイの状況はNHKの特番でもやっていましたが、かなり前から状況は悪くなっていた。返済も半年や一年は待てるのでしょうがそれ以上になると銀行も手を打ってくる。
90年代から始まった金融立国のビジネスモデルが次々と行き詰まってきている。最初はソ連崩壊に伴う東ヨーロッパへの投資ブームに始まり、中国へと世界の投資資金は回った。良質な労働力が豊富にあれば先進国からの資本と技術を持ち込めば急速な経済成長が望める。その中心になったのがアメリカの投資銀行でありワールドワイドな投資戦略でアメリカの金融立国を支えた。それが破綻し始めたのがリーマンショックであり、投資銀行という旗振り役がいなくなり、むしろ投資の回収に追われるようになった。
ドバイも金融立国を目指して国家建設を行なってきましたが、海と砂漠しかない所をリゾート地として開発してきた。世界から投資が集まれば計画は上手く行くが、投資が集まらなくなれば破綻する。ゴールドマンサックスはBRICsを投資の中心にしてきましたが、資金の流れは逆流し始めている。問題は投資資金が引き揚げた跡に何が残るかだ。
ブルームバーグの記事にもあるように、新興国の保証コストが急騰して投資は止まる。リーマンショック以降アメリカ政府は大胆な金融の緩和で超低金利と金融の緩和でドルを世界にばら撒いて新興国バブルの破綻を防ごうとした。しかしドバイのように金融立国を目指した所はアイスランドのように破綻する。借金が返せないからだ。
中国のような所はバブルの余熱が残っているから破綻するのはまだ先のことですが、立ち並ぶ超高層ビルを眺めるとドバイの光景によく似ている。中国はグローバル企業が資本と技術を持ち込めば世界の工場となることができた。しかし世界一の黒字大国になってくれば元の切り上げしないとバランスしなくなるが、中国が固定している為に世界のどこかに歪みが出る。
ドバイから上がった火の粉はアジアにも飛んでくるだろう。
円高ドル安も日本政府はどのように動くのだろうか? しかし90年代からの教訓からすれば政府が介入すればするほど投機筋が売り浴びせてくるから放置しているのがいいのでしょうが、日銀が変に動かなければ円がだぶついてドル円相場が反転するはずだ。90年代から日銀は政府がドル買い介入しても不胎化介入で円を回収してしまったから円高になった。本来ならば政府がドル買いすれば円がだぶついて円安要因になるはずだった。
日銀白川総裁はデフレではないとがんばっているが、円高になれば輸入物価はますます安くなる。600円台のジーンズは明らかに異常なのですが白川総裁はなんとも感じていない。これからの投機マネーは安全なところを求めて動き回るようになり、ドルもダメ、ユーロもダメなら日本に帰ってくるしかないだろう。今のうちにドル債券は売り払って金などに投資しておいたほうがいいのかもしれない。
TORA氏の主張は過去・現在・未来の何れに置いても存在しない事象であり、
思い込みと妄想から来る完全な捏造であり、口走るべきではありませんでした
2009年11月26日 木曜日
◆良く知らない分野で知ったかぶりをする人間の大失敗 11月26日 週刊オブイエクト
そして一方こちらは「東葛人的視点」とは逆に、スパコン仕分けに批判的な立場から記事を書いて、最終的に意味不明な事を口走ってしまった例です。
NECも日立も、スパコンを止めてしまった。一番喜ぶのは米国メーカーである。 -
株式日記と経済展望
蓮舫参院議員が中国のスパイだからではないかと言う意見もありますが、そうだとすればスーパーコンピューターを戦艦大和だという池田信夫氏もアメリカのスパイなのだろうか? 戦艦大和は蒸気タービンエンジンでジーゼルエンジンではなかった。だからアメリカ(ドイツのに訂正)の新鋭戦艦はジーゼルエンジンで速力も速くて航続距離も長かった。だから大和は作られたとたんに旧式化して戦争では使いものにならなかった。当時のエリート海軍技官も蒸気タービンからジーゼルへの時代の流れが読めなかったのだ。
・・・誰がスパイなのかは知りませんが、TORA氏、貴方の主張は完全に出鱈目な捏造です。日本の戦艦「大和」と同時期以降に建造されたアメリカの戦艦(ノースカロライナ級、サウスダコタ級、アイオワ級)は、全て「大和」と同じく蒸気タービン機関です。世界的な技術の流れとして「蒸気タービンからディーゼルへ」などというものはありません。
当時の各国の戦艦は殆ど全て蒸気タービンであり、ディーゼル機関はドイツがポケット戦艦ドイッチュラント級に採用したのが例外的にあるくらいで、これも次に建造したシャルンホルスト級巡洋戦艦やビスマルク級戦艦では蒸気タービン機関に戻っています。ドイツのZ計画ではO級巡洋戦艦やH級大型戦艦にディーゼル機関を採用する計画もありましたが、全て中止されました。「大和」級も最初はディーゼル機関を採用する予定でしたが、他の艦で試験的に搭載されたディーゼル機関の不具合が続発して、採用を見合わせています。なおドイッチュラント級は公試運転で28ノット、実用上は26ノットを発揮しましたが、大和級は公試運転で29ノット、実用上は27ノットを発揮しています。当時のディーゼル機関は高速力を発揮するには蒸気タービン機関よりも劣っていました。
軍艦でディーゼル機関が主流だったのは潜水艦ぐらいです。これは蒸気タービンが始動に時間が掛かるのと給排気に大きな煙突が必要な為で、イギリスのK級潜水艦が蒸気タービンを採用した(フィッシャー提督の発案)以外は、潜水艦は殆どディーゼル機関でした。
結局、戦艦や空母などの大型戦闘艦にディーゼル機関が採用されるような時代の流れは来ませんでした。ディーゼル機関の性能と信頼性が高まった時には、戦艦は過去の遺物と成り果てて、空母は蒸気カタパルトを運用する都合上、蒸気タービン機関(原子力機関も蒸気タービンを回す点では同じ)でなければなりませんでした。そしてその間にガスタービン機関が発達し、現在の水上戦闘艦の主流はガスタービンへという流れになっています。潜水艦についても、イギリスのBMT社がガスタービン機関を採用するSSGT
(Ship Submersible Gas Turbine)
という提案を行っており、低速の輸送艦にディーゼル機関を採用する以外では、軒並みガスタービン化の波が押し寄せています。空母についても、スキージャンプや電磁カタパルトを用いて蒸気カタパルトを使わないのであれば、蒸気タービン機関である必要が特に無く、事実イギリスの新型空母は6万トン級の大型艦ですがガスタービン機関を採用しています。
今後もし高速大型戦闘艦にディーゼル機関が採用される事があったとしても、例外的なものに止まり、ディーゼル機関が主流となるような流れにはならないでしょう。TORA氏の主張は過去・現在・未来の何れに置いても存在しない事象であり、思い込みと妄想から来る完全な捏造であり、口走るべきではありませんでした。
(私のコメント)
調べてみましたら確かにアイオワ級の戦艦は蒸気タービン機関でした。戦艦大和が27ノットしか出ないのは事実であり、アイオワ級の戦艦が33ノットも出るので、てっきりジーゼルエンジンだと勘違いしていました。戦艦大和は池田信夫氏が例えに出していたので船舶エンジンに例えてみたのですが、アメリカの新鋭戦艦が33ノットも出るのに戦艦大和が27ノットでは、実際に戦艦同士の海戦が行われた場合不利になったら逃げられてしまう。
ドイツのポケット戦艦が大西洋を単独行動で作戦が出来たのもジーゼルエンジンの長い航続距離があったからであり、戦艦大和が7200海里しか航続距離が無いのにドイツのポケット戦艦は20,000海里もの航続距離がある。だから大西洋を縦横無尽に通商破壊作戦が出来ましたが、戦艦大和は空母機動部隊に随行するには速度不足であり、単独行動で通商破壊作戦も出来なかった。
アメリカの空母機動部隊が何重もの防御ラインを敷くことが出来たのも33ノットの快速戦艦だったからであり、大和や長門や武蔵は出来た当初から使いものにならない戦艦だった。海軍は艦隊決戦を夢見ていたのでしょうが、空母機動部隊と随行できるような快足戦艦にすべきだった。だから戦艦大和は根本的な設計思想が時代遅れだったのだ。
最近になって海上自衛隊の護衛艦はジーゼルエンジンやガスタービンが主流になりましたが、ジーゼルエンジンの航続距離と高性能なガスタービンを折衷させている。だから蒸気タービンからジーゼルへの流れと言う意味では間違いではないのですが、ドイツのポケット戦艦とアメリカの新鋭戦艦とを間違えたのは私として恥ずかしい。
しかし大和がジーゼルエンジンを断念したのは確かであり、重装甲で蒸気タービンでは設計の段階から時代錯誤だった。航続距離をとるならばジーゼル戦艦を作るべきだったし、高速戦艦を作るのならば軽量にすべきだった。重装甲で鈍足の不沈艦は米機動部隊の攻撃目標になるだけであり十数発の魚雷を食らって武蔵も大和も沈んでしまった。池田信夫氏がスーパーコンピューターを戦艦大和に例えたのは時代の流れから外れていると言う意味であり、スパコンもベクター型からスカラー型になっているのに、公共事業式に折衷型のスパコンを作ろうとしていた。
民間の船舶を見れば熱効率が優れたジーゼルエンジンが主流になり、蒸気タービンからジーゼルへの流れは常識だ。高速大型戦闘艦にディーゼル機関が採用される事は結果的にありませんでしたが、JFS氏に「思い込みと妄想から来る完全な捏造であり、口走るべきではありませんでした」と書かれるほど見当はずれでもないと思うのですが、戦艦大和もジーゼルエンジンが完成して改良が続けられていたら、護衛艦の「くらま」も蒸気タービンではなくジーゼルが使われていただろう。
軍艦では経済性よりも性能が重要視されるからガスタービンが主流になりますが、民間の船舶は燃費で低回転型ジーゼルエンジンが主流であり巨大タンカーですら経済性が優れたジーゼルエンジンが使われている。だから大型戦闘艦に関しては結果的にジーゼルは主流にならなかった。
しかし民間船舶に関してはジーゼルが主流になりJFS氏が怒り狂うほどのデタラメを言っているつもりは無い。もしドイツのH級大型戦艦が出来ていたら、私が言っていた事の方が正しかったかもしれない。
◆H(39)・H44プロジェクト(BB)未完成
この「Z計画」の主力艦として設計されたのが「H」級戦艦6隻であった。Hという略号は、第一次大戦以降の主力艦にアルファベット順を振っていたからで、A〜Cが「ドイッチェラント」級(ポケット戦艦または装甲艦、後に重巡とされた)、D、Eが「シャルンホルスト」級、F、Gが「ビスマルク」級であり「H」級は「ビスマルク」級の次に計画された戦艦となる。「H」級の基本的デザインは「ビスマルク」級にそっくりであった。ただし、主砲を38センチから40.6センチに大型化したのに伴って船体も拡大している。
特徴的なのは機関部で、「ビスマルク」級が蒸気タービンだったのに対し、ディーゼル3軸と大型艦でありながらディーゼル機関としている。3軸推進というのは、世界的には珍しい配置だが前述の通りドイツでは伝統的な配置で、巡航時は中央一軸を動かすだけで済むからであった。
ディーゼル機関の採用は、航続距離を延ばすためのものである。ディーゼル機関は蒸気タービン機関に比べて燃費が良く、航続距離を延ばすことが可能で、先に建造されたポケット戦艦では20,000海里という長大な航続力を得ている。これは通商破壊艦として非常に有利な事だが、ポケット戦艦に搭載された初期段階の大出力ディーゼル機関は、振動が激しいという欠点が有った。そのため、つづいて建造された「シャルンホルスト」級・「ビスマルク」級では、航続距離を犠牲にして蒸気タービン機関を採用している。
日本でもポケット戦艦に影響されてディーゼル艦を開発したが、どの艦も不調だった。一時はディーゼル機関の併用も検討された「大和」級も、全機関蒸気タービンとされている。しかし、「H」級用に改良されたMZ65/95型ディーゼル機関は、こうした欠点を克服した新型機関で、直列9気筒13,750馬力、1軸当たりに4基を配置55,000馬力/1軸、3軸合計165,000馬力の大出力を得た「H」級は、max30ノット、巡航19ノット(中央軸のみ駆動)で19,200海里という航続距離を発揮し、艦隊決戦にも通商破壊にも向く万能艦であった。
(私のコメント)
日本海軍には通商破壊作戦と言う概念が無く、潜水艦部隊ですら通商破壊作戦を行う事は少なかった。空母機動部隊がアメリカの機動部隊に比べて脆弱だったのも護衛艦隊が弱体だったからですが、戦艦大和がアメリカのアイオワ級の高速戦艦だったら機動部隊の護衛も出来ただろう。これは結果論であり戦艦大和は使い道がなく最後は特攻作戦に使われた。
戦艦大和とピラミッドと万里の長城はムダの代名詞になりましたが、戦艦大和は、ドイツの「H」級用に改良されたMZ65/95型ディーゼル機関を日本が作る事が出来ていれば、max30ノット、巡航19ノット(中央軸のみ駆動)で19,200海里という航続距離を発揮し、艦隊決戦にも通商破壊にも向く万能艦として活躍できただろう。たとえ大和が沈んでもジーゼルエンジン技術が残って戦後の船舶エンジンの主流技術になったはずだ。
長妻昭厚労相が、幹部たちの説明能力不足を指摘した。確かに
テレビでも、仕分け人の指摘に動揺する官僚の映像が多い。
2009年11月25日 水曜日
◆事業仕分け人VS官僚 11月125日 朝日新聞
事業仕分けでは、官僚たちの説明をベースに、仕分け人がその是非を判断する。各事案で1時間の攻防だ。ネットでも公開されている。1時間では不足とする声もあるが、そんなことはない。この攻防をみて長妻昭厚労相が、幹部たちの説明能力不足を指摘した。確かにテレビでも、仕分け人の指摘に動揺する官僚の映像が多い。すべての事案を見ていないので、説明能力不足について正確な評価はできないが、かつて官庁発注の調査を仕事にしていた経験からすれば、さもありなんと思う。
プラザ合意の円高不況を境に、景気対策を理由に財政規律が緩んだという実感がある。特に小渕政権以降は、調査予算がいくらでもつく状態が強まっていった。はやりのキーワードが入ったテーマであればなんでもありで、同一省庁内でも似たようなテーマが次々に発注されていた。調査分野に限らず官需全般がこうだったのではないか。納税者としては大いに疑問に思っていた。
今の官庁幹部たちは若いときから長期間にわたって、このような予算のつき方が当たり前として育ったに違いない。大蔵省、財務省の査定の厳しさが言われるが、これにしても三、四十年前とは様変わりだったろう。劣化する前提条件が整っていたのだから、説明能力不足は当然であるし、そもそも本来の事業構想力も鍛えられていない。
今後も事業仕分けは継続すべきだし、地方自治体でも推進したら良い。さらに、同様な方法で過去の事業の査定を強めるべきだろう。こうした活動を通して、不要な事業の抑止力となると同時に、説明力以前に、真に必要とされる事業の構想力が官僚たちに醸成されることを期待する。(龍)
◆聞こえてこない現場の声 事業仕分け 教育予算めぐる攻防 11月24日 朝日新聞
国の予算の無駄を削る、行政刷新会議の「事業仕分け」。11〜17日に実施された第1弾では、教育関係の予算についても「仕分け人」が切り込んでいった。学校教育、大学、生涯教育――「国の基盤をつくるため」と文部科学省が積み上げた来年度予算の要求額は、科学技術関係も含めて総額5兆7562億円。どんな攻防が展開されたか。
■満場の傍聴者、ネット中継も
「聞こえません。何とかしてくださいっ」
事業仕分け初日の11日朝。埼玉県から東京都新宿区の会場にやって来た女性(64)が声を荒らげた。傍聴用のイヤホンが足りず、議論が全く聞こえないことにいら立っている。
冒頭の議題は、文科省所管の三つの独立行政法人のあり方だった。女性は対象法人の一つ、国立女性教育会館(埼玉県嵐山町)でボランティアを10年間続けており、この日は雨の中を2時間かけてやって来た。「無駄遣いは無くして欲しいけど、実情を知って議論して欲しい」
事業仕分けは3班に分かれ、文科省分を担当したのは第3ワーキンググループ。民主党議員のほか、大学教授や元中学校長らを含む19人の「民間仕分け人」が加わった。満場の傍聴者と報道陣。インターネットの中継もあり、会場はさながら「劇場」のようだった。
「女性教育会館で指導を受ける人数は?」。強い調子で尋ねたのは、民主党参院議員の蓮舫氏だ。会館側の説明が終わるのを待たずに「何人?」と何度もただす。「幅広いと思っています」との答えに、「分からないということですね」とたたみかけた。途中で会館の理事長が叫ぶ。「心外ですっ」
事業仕分けでは、「英語ノート」も俎上(そじょう)に上った。小学5、6年生では11年度に外国語活動が完全実施されるが、それがスムーズに進むよう冊子をつくって各校に配布している。
ここでも蓮舫氏は「デジタル化し使いたいところが使えばいい」。ネットにデータを置き、必要な学校がダウンロードして印字すればいいという考えだ。
「(小学校の英語には)教科書がないため、他の教科が無償で教科書を配るように、同等の価値のものとして……」。文科省の担当者が言いかけると、「全くわかりません。これは教科書じゃないですよね」。
「音声教材としてCDも配っています。紙媒体にCDを加えて授業をするというのが現実の姿だろうと……」
「現実の姿って何ですか。どうして決めつけるのですか」
議論は「なぜ小学校から英語を?」という「そもそも論」に広がる。会場には「耳がやわらかいうちに」という説明に納得がいかない空気が流れた。
02年度から学校に配布されている道徳教材「心のノート」も議論に。現行の中学版には特大文字で「この学級に正義はあるか!」と書かれたページがあるが、民間仕分け人の一人は「正義を振りかざすのがどれほど危険か」「教条的な決めつけが多く、『あるべき心の見本市』ですごく気持ち悪い」と言った。
事業仕分けでは主に予算の妥当性を検討することが想定されているが、議論が政策全体に拡散する場面は多かった。
政権交代により、スタートしたばかりで見直しの方向が固まった教員免許更新制。移行措置で講習は10年度いっぱいは続けることが想定されており、今回は山間地や離島で開くための補助事業のあり方が議論された。
だが、仕分け人からは「制度そのものが必要か」「先生に向かない人は向かない。いくらやってもしょうがない」と重ねて「不要論」が続く。見かねた文科省の高井美穂政務官(民主党衆院議員)が「私たちは更新制廃止を前提に検討している。それを理解した上で議論を」と軌道修正に入ることもあった。
■公開で議論 高まる関心
「パフォーマンスが先に立っている」「強引だ」。こんな批判が上がっている事業仕分け。しかしそれでも、民間が入って公開で国の予算を議論したこと、一般市民の目線で「素朴な疑問」を官僚に投げかけたことを評価する声は多い。
「素朴な疑問」から、官僚の視野の狭さが透けてみえることもあった。例えば、将来どんな仕事に就きたいか、そのためにどうしたらいいかを若いうちから考えさせる「キャリア教育」をめぐる事業。文科省の担当者は、地方では総合的な計画を立てきれないとして「国がやる意義」を強調した。
しかし一方で、仕分け人が国の事業として「教育にあたる地域の人材を全国規模で流動化させては」と提案しても担当者は答えない。回答を促され、「国の役割は先導役だが限定的」「そういった役割を果たすのにどういう事業がいいかと考え提案した」と聞く側にはよく理解できない答弁を繰り出した。
他の事業の説明でも、現場の教員や子どもの話がほとんど出てこないことも多かった。
教育行政の研究が専門の亀田徹・PHP総合研究所主任研究員は「仕分け人と文科省のやり取りはわかりやすかった。こんな事業もあるのかと初めてわかった人も多かっただろう。公開された意義は大きい」と言う。「文科省としても議論を仕分け作業の中だけで終わらせず、今後の予算編成や地方への財政措置にいかしてほしい」
16日昼から文科省がホームページで呼びかけた意見募集には、19日午後1時現在で約4400件のメールが寄せられた。役所に同情的な意見が多いというが、今回のことで国の施策に一層関心が高まったことは間違いない。
事業仕分けの第2弾は24〜27日。今度は各地の義務教育費の3分の1を国が負担している制度をどうするか、国立大学への運営費交付金が今のままでいいかという、教育行政の根幹にかかわるテーマが議論される。
■文科・農水両省が別個に食育冊子
事業仕分けでは、文科省と農林水産省が「食育」について似たような子ども用冊子を別々に作っていることが取り上げられた。学校では食べ物の働きを3色で教えているが、農水省のガイドで使っているのは5色。文科省側が「農水省のガイドは難しすぎる」と力説すれば、農水省側は「分かりやすい内容になっている」と反論。結局、仕分け人の判断は、両省とも「予算の大幅削減」と「重複部分の見直し」だった。
文科省は「食生活を考えよう」という学習教材を03年度から小学校の低、中、高学年向けに作ってきた。08年度は387万部を配り、予算は1億円余り。
冊子では、様々な食べ物について、体をつくる▽体を動かすエネルギーになる▽体の調子を整える――という働きの違いで3色に分類して説明している。
一方の農水省は、1日に何をどれだけ食べたらいいのかを示す「食事バランスガイド」を厚生労働省と決めて、子ども、若者、中高年、高齢者など、年齢層別に冊子を発行。主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物を5色に分けて示す内容になっている。(見市紀世子、星賀亨弘、中村真理子)
(私のコメント)
事業仕分けも後半に入りましたが、報道されている様子を見ると担当官庁の幹部たちの説明能力があまり無いようだ。担当局長だからといって担当業務のプロと言うわけではなく、事業仕分け人から切り込まれても十分な説明が出来ない。担当局長が内心ではこのような事業はムダだと思っているのなら別ですが、想定された質問にしどろもどろの返答では予算の見直しの判定が下るのは仕方がない。
「株式日記」でも先日はスーパーコンピューターの事を書きましたが、文部科学省の担当者はスーパーコンピューターの現場をよく知らなかったのだろう。開発現場ではいったん研究を止めてしまうと追いつくのが不可能になり脱落する。パソコンの世界でも同じであり、OSにしてもCPUにしてもいったん脱落したらおしまいだ。負けがはっきりすれば撤退するのは当然ですが、負ける前に予算をカットして研究を止めてしまうのは馬鹿げている。
問題なのは担当官庁の高官が現場を知らない事だ。現場の担当者を連れてきて説明させている所もありますが、彼らはプレゼンテーションの専門家ではない。だから政治レベルの事も分かり現場の事もよく知っている人材が予算折衝で必要になる。今の中央官庁にはそのような人材が育っていないのは問題だ。
後半の事業仕分けには「思いやり予算」なども対象になりますが、高度な政治判断が必要な分野だ。しかし「思いやり予算」には米軍家族のレジャー費用まで含まれている。かといってばっさりと削れば日米安保体制にまで影響が出てくる問題だ。このような問題は予算委員会などでも何度も取り上げられてきた事ですが、自公政権で継続的に行なわれてきた。
民主党に政権が交代したことで日米安保体制の見直しが行われるのは当然なのでしょうが、親米派にとってはアメリカ様のご機嫌を損ねるような事は恐ろしくて出来なかった。金で国防をまかなうのは根本的に間違っているのであり、アメリカ軍を傭兵扱いしていると終いには傭兵たちに国家が乗っ取られる事を覚悟すべきtだ。
マキャベリの政略論においても、マキャベリは傭兵制を批判して自国の市民軍の創設を訴えている。傭兵部隊ではいざと言う時には胡散霧消して役に立たないか、裏切って敵になりかねない危険性がある。在日米軍も同じであり、普段は日本を守る為にいると言っていますが、いざとなれば逃げてしまうか敵となる存在になるだろう。だからマキャベリは警告しているのだ。
◆マキャベリ語録 塩野七生
金銭で傭(やと)うことによって成り立つ傭兵制度が、なぜ役立たないか、の問題だが、その理由は、この種の兵士たちを掌握できる基盤が、支払われる給金以外にないというところにある。
これでは、彼らの忠誠を期待するには少なすぎる。彼らがその程度のことで、傭い主のために死ぬまでいとわないほど働くと期待するほうが、甘いのだ。
だから、指揮官に心酔し、その下で敵に勇敢に立ち向かうほどの戦闘精神は、自前の兵士にしか期待できない。
いかなる政体をもつ国家であろうと、それゆえ、国家を維持していこうと望む者は、自国民を武装させ、自国民による軍隊をもたねばならない。
これは、歴史上、力を使って大きな効果をあげたすべての人に、共通して見られる特色である。 ─『政略論』─
(私のコメント)
例えば日本が中国から核攻撃を受けたとして、アメリカ政府は本土に核報復を受ける事を覚悟してまで中国に核の報復を行なうだろうか? だから「思いやり予算」で米軍と言う傭兵部隊を置く事は間違いである。しかし親米派たちは米軍は日本から引いていく事を恐れているようだが、
それは米軍が彼らの権力の後ろ盾になっているからだ。
米軍と言う傭兵部隊は戦争のプロであり、事実アメリカは年中戦争をしている。ならば彼らを金で雇って国防を担わせるのは合理的に見える。しかし傭兵部隊は危険であり日本国そのものが米軍によって乗っ取られる事をなぜ考えないのだろうか? 歴史を見れば分かる事なのですが親米派は歴史を知らない。
西ローマ帝国はゲルマン人のオドアケルを傭兵隊長に雇っていたが、やがて彼の乗っ取られしまったし、15世紀のイタリアの時に傭兵隊長フランチェスコ・スフォルツァはミラノ公国を乗っ取ってしまった。もし日本が「思いやり予算」で米軍と言う傭兵部隊を雇い続ければ西ローマ帝国やミラノ公国のように乗っ取られるだろう。その場合直接支配するのではなく、日本人の顔をもった竹中平蔵や川口順子のような代理人を使うだろう。
事業仕分けから脱線しましたが、鳩山民主党は「思いやり予算」をカットして自主防衛の覚悟を固めるべきである。マキャベリが警告するように国内に傭兵部隊を置く事は危険であり、自衛隊のような国民軍で国家を防衛すべきだ。自衛隊は負けても戦い続けなければならないが、傭兵部隊は負けそうになれば逃げて行ってしまう。
だから国防を金銭で損か得かを判断すべきでないのであり、長期にわたる外国軍の駐留は国民に自立の精神を失わせるだろう。だから自民党をはじめとする親米派は西ローマ帝国やミラノ公国の例をよく考えるべきだ。
ネットウヨたちは外国人参政権で日本が乗っ取られる事を言っていますが、その前に米軍に乗っ取られる危険性のほうが高いだろう。
◆川口元外相、新政権に「対米従属」を指南 11月10日 とだ九条の会
自民党の川口順子議員(元外相)は、11月6日の参院予算委員会で質問に立ち、鳩山内閣に対し「対米従属の作法」を延々と“指南”しました。
川口議員は、鳩山政権の米国に対する姿勢について「ものの言い方に不安を感じる」と述べ、「唯一の同盟国」に対しては「静かに、水面下で見えないような形で言うことが大事だ」などと諭しました。
また、川口議員は、鳩山首相の所信表明演説で、日米安保体制について言及がなかったことに対し「びっくりした」と述べ、「安保体制の強化の重要性」を明言するよう鳩山首相に重ねて要求しました。
さらに、沖縄の米軍普天間基地「移設」問題では、圧倒的多数の県民が反対しているにもかかわらず辺野古沖の新基地建設が「唯一の道」と主張。鳩山政権が「さまざまな選択肢を検証中」としていることに対し、米議会の日程など米国側の事情を細々と“説明”(代弁)したうえで、11月12日に来日するオバマ大統領に「12月までに検証を終えると約束」するよう執拗に要求しました(オバマ米大統領は、米南部テキサス州米陸軍基地「フォートフッド」で起きた銃乱射事件の追悼式典出席のため、13日に来日を延期)。
自民党・川口議員のこの質問は、今回、自民党が下野せざるを得なかった国民の審判が下った原因の一つに、“対米従属”の異常さがあったにもかかわらず、野党になっても「対米従属の作法」がしみついて離れないとはあきれ果てた質問だったとの批判があがっています。
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 加藤陽子著 むずかしいのは未来
がどうなるかわからない時点で、何が起きるかを適切に推理することである
2009年11月24日 火曜日
◆『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 加藤陽子著 プレジデント 内田樹
これは東大の歴史学の先生が中高生20人を相手に5日間で日清戦争から太平洋戦争までを通覧したときの講義ノートである。一読して深く印象に残ったのは歴史を読むうえで必要なのは、知識よりもむしろ知性であるという著者の信念である。
著者が生徒たちの前に差し出すのは、「知識」ではなく、ましてや「史観」でもない。もっとずっと生々しいもの、すなわち「史料」である。個人の書簡、報告書、日記、地図、統計数値、そういうものがごろりと生徒たちの前に投げ出される。生徒たちはそれが何を意味するのかについて推論することを求められる。
事後的にはどれほど愚かしく邪悪なものと思えるような歴史的選択も、リアルタイムでの主観からは合理的で倫理的なものとして映現することがある。私は経験からそれを学んだが、著者もこの点についてはたぶん私と同意見だろうと思う。どのような理不尽と見えるふるまいにも主観的には合理性がある。
「あとぢえ」で、すでに起きてしまったことの理非について判定することはたやすい。むずかしいのは未来がどうなるかわからない時点で、何が起きるかを適切に推理することである。
太平洋戦争の大敗の理由の一つは日本がアメリカの航空機生産について見通しを誤ったことにある。1939年時点で日本はアメリカの2倍以上の航空機生産能力を誇っていた。しかし、2年後にはアメリカは年間2万機、日本の4倍に逆転した。
前例に固執する知性はしばしば未来予測を誤る。同じく、東条内閣が開戦決定の論拠としたのは、ドイツがソ連と休戦協定を結べば、西部戦線に戦力を集中できて、イギリスを屈服させ、その結果アメリカが継戦意欲を失うだろうという戦争終結シナリオだった。「希望的観測をいくえにも積み重ねた論理」ではあったけれど、その予測通りにことが進む可能性はゼロではなかった。開戦を決定した人々に欠けていたのは倫理性ではなく適切な推論をなす力であった。
その半面、国民党政府の駐米大使であった胡適はすでに35年の段階で、日中戦争の最初は中国軍が負け続けるが、戦線が広がり、日本軍の兵站線が延び切ったとき、ソ連が北方の手薄に乗じ、英米が南方の自国植民地への脅威を感じ、太平洋を主戦場にした戦争が始まるだろうと正しく予測していた(この話はこの本ではじめて教えてもらった)。
著者は講義の中で、近代史上の事件について、中高生たちに未来がどうなるかまだわからない時点に仮想的に身を置いて、「これから起きること」について推論させるということを何度か試みさせている。歴史的知性とは、歴史的事実の堆積から「鉄の法則性」を引き出す知性のことではなく、未来がまだわからない時点においてなお蓋然性の高い推理ができる知性の働きのことであるという著者の信念に私は深く共感するのである。
◆加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
刺激的なタイトルの本で、この前朝日新聞の広告をみたら12万部とあったので、売れているのだろう。大手の新聞でも書評でとりあげてられていた。
高校生を相手に、歴史学者の加藤陽子が近現代の日本の戦争史を講義するというスタイルで書かれている。
結論からいえば、面白い本だった。
ひとことでいえば、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」ではなく「それでも、日本の指導者層は『戦争』を選んだ」という視点で歴史をみていく、ということである。
このタイトルですぐに思い描くのは太平洋戦争における日米開戦だろう。
なぜ物量差が圧倒的にあるアメリカに戦争を挑むなどという馬鹿げたことを日本の指導層は実行に移してしまったのか、日本の指導層はアホが勢揃いしていたのか、それとも合理的で知性的なメンバーがそれなりにいたとしても誤謬を積み重ねて修正不可能にいたったのか……。
この本は、太平洋戦争だけに限らず、日清戦争以来、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争などそのときどきの「戦争」をなぜ日本の指導者層は選択していったのか、ということを、いわば指導者の視線に立って高校生に説いているのである。
表紙にはこうある。
〈普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか? 高校生に語る??日本近現代史の最前線。〉
裏表紙はこうだ。
〈生徒さんには、自分が作成計画の立案者であったなら、自分が満州移民として送り出される立場であったなら、などと授業のなかで考えてもらいました。講義の間だけ戦争を生きてもらいました。そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を簡潔にまとめる必要が生じます。その成果がこの本です。〉
あれ? 指導者層だけからの視点じゃないじゃん……と思うかもしれない。
たとえば、満州事変と日中戦争にのめりこんでいくうえで、国民がなぜ戦争を支持したかという記述が出てくる。そこでは農民は小作として貧しかった上に、29年恐慌で大打撃をうけているのに、当時の政党である政友会も民政党も非常に冷淡な態度しかとらないというような話が書かれている。
そのとき陸軍統制派が出すパンフレットには、義務教育の国庫負担、肥料販売の国営、農産物価格の維持、耕作権などの借地権保護、さらに労働組合法の制定、適正な労使紛争解決機関の設置などが満載なのである。
〈政治や社会を変革してくれる主体として陸軍に期待せざるをえない国民の目線は、確かにあったと思います〉(p.317)
たしかにこうした視点は「国民視点」なのであるが、加藤は、ここからすぐに陸軍統制派はなぜそうしたスローガンを掲げたのか、という話に移ってしまうのである。彼らはドイツが第一次世界大戦に敗北した理由を分析し、武力戦では優位に立っていたのに、封鎖戦に耐えられず国民生活が瓦解していった、とみたのだ。〈そのうえで、今後の戦争の勝敗を決するのは「国民の組織」だと結論づける〉(p.318)。
国民の状況というのは、政治指導層が政策を選択するさいの「土壌」という扱いをうけている。
だから、この本を読んでうける印象は、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」ではなく、圧倒的に「それでも、日本の指導者層は『戦争』を選んだ」なのだ。(後略)
(私のコメント)
本の題名だけを見れば歴史修正主義者の書いた本というような題名ですが、今後の事を考えれば、当時の指導者の視線に立って考えてみる事も必要なのだろう。戦後の歴史教育は東京裁判史観のイデオロギーで見た歴史であり、無謀な侵略戦争をした軍部を批判していればそれで済むのだろうか?
当時の軍部は日本全国からエリート中のエリートを集めて指導層を形成していたはずだ。しかしながら彼らには戦略的な観方を見る目が無く、行き当たりばったりの事を繰り返していたように見える。現代の視点から見ればそのように見えるのですが、当時の状況を判断すれば、見通しを誤った事も仕方がないことなのかもしれない。
東京裁判は連合国側から見た歴史観からの解明ですが、裁判とは言っても政治ショーであり、今国会で行なわれている事業仕分け的な一方的な断罪である。中央省庁の官僚たちは自民党政権が倒れると言う事など想定もしていなかったのだろう。自民党政権が半永久的に続くのならば自民党の先生方と利権を山分けしようと考えてもおかしくはない。
満州事変や日中戦争も軍部だけの判断で出来る事ではなく、国民の支持が無ければ出来る事ではない。五一五事件やニニ六事件の際の国民の反応はどうであったのか、日露講和条約を巡る国民の反応はどうだったかを見れば推測はつくのですが、戦前における国民の熱狂的な強硬派は終戦と共に記憶の彼方に消え去っていってしまった。
圧倒的な物量を誇るアメリカと戦争をして長期化すれば負ける事は誰にでも分かる事だ。当時の戦争指導層はナチスドイツの電撃的な勝利にのって、硬直した当時の状況を打開しようとしたのだろう。ナチスドイツが勝つという判断は当時なら当然の判断かもしれない。ヨーロッパ全土を電撃作戦で制圧してロシアに対しても連戦連勝を続けていた。
当時の日本は中国で泥沼にはまっていた。朝鮮半島も満州国も中国も国防上からの進出なのでしょうが、東アジア全土を制圧して大帝国でも作ろうとしていたのだろう。「大東亜共栄圏」と言う言葉がありますが、欧米列強の植民地支配から開放して大アジアを建設しようという事は、鳩山総理の提唱する東アジア共同体とどう違うのだろうか?
その後の歴史展開を見れば欧米列強の反撃を食って日本は大敗しましたが、ナチスドイツが勝利していれば歴史は大きく変わっていただろう。ヨーロッパにしてもナチスドイツは消滅しましたがEUとなってヨーロッパの統一は実現している。東アジアも日本が積極的に動けば東アジア共同体も夢ではないのだろう。
戦前の日本は軍事力で強引に大東亜共栄圏を建設しようとしましたが敗戦によって泡のように消え去った。アメリカによって日本は骨抜きにされて日本全土にアメリカ軍の基地が建設されてしまった。日本に代わって中国が超大国となり東アジアの盟主として頭角を現してきましたが、アメリカはそれに同調している。
アメリカと中国が手を組む構図は戦中も今も変わらないようだ。アメリカの視点から見れば、ヨーロッパが統一されてしまうとつけ入る隙が無くなり、アメリカとしてはアジアに活路を見出すしかないのだろう。だからオバマ大統領もアジア重視を打ち出して、アメリカは太平洋国家として中国と手を組む事に決めたのだろう。
日本による「大東亜共栄圏」は否定されて、中国による東アジア共同体が作られる事でアメリカはG2戦略を打ち出した。大英帝国の時代も東南アジア支配は中国人を使って支配した構図があり、中国人は大英帝国の代理人としてマレー人やインドネシア人を使ってきた。現在のG2は米中による東アジア支配の宣言であり、日本はアメリカに手足を縛られたまま弱体化していく。
日本もドイツのように不屈の精神があれば、日本が中心となった東アジア共同体も作れたのでしょうが、日本は未だにアメリカによって占領されたままだ。軍事力による東アジアの統一は破れましたが、経済共同体としてヨーロッパのように出来ないものだろうか?
日本は確かに大東亜戦争に敗れましたが、軍事で破れただけであり明治維新からの200年戦争はまだ続いている。アメリカは国力が衰退してきていずれアジアから手を退いて行くだろう。日本はそれまでじっと我慢して見ているしかない。
日本は一時的にしろ全東アジアを統一しましたが、アメリカの妨害によって粉砕されてしまった。しかしインドやインドネシア始めとして欧米列強からの独立は達成されたのであり、大東亜戦争はムダではなかったのだ。もし将来東アジア共同体が出来る事があるとすれば、日本軍が占領した地域が東アジア共同体の地域になるだろう。
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と言う本を読んだわけではないので、書評は書けないのですが、
戦前の日本がどのようなわけで大東亜戦争に踏み切ったのかの研究が疎かになっている。東京裁判史観が研究を停滞させてしまってその枠を超えていくことがいまだにできない。でなければ鳩山総理の東アジア共同体の夢は絵に書いた餅になるだろう。
日銀は日銀資金の大量発行は「インフレ」を引き起こすと反論するが、
いったいデフレ不況が深刻なときにインフレをなぜ心配するのだろうか。
2009年11月23日 月曜日
グラフのようにデフレと税収の落ち込みは関係がある。
◆デフレの国庫破壊 11月22日 田村秀男
◆日銀資金大量創出で日本再生を
デフレは家計と企業を直撃したあげく、国の金庫を破壊する。政府はちまちました「事業仕分け」に明け暮れている場合ではない。
グラフをみてほしい。1998(平成10)年から経済全般の物価指数である国内総生産(GDP)デフレーターの下降にほぼ連動して一般会計の税収は細ってきた。税収は消費税を5%に引き上げた1997年(9年)度で53兆9000億円だった。翌年からデフレが始まり、税収は2008年(20年)度には44兆3000億円まで減り、デフレが加速した今年度は38兆円前後まで落ち込む見通しだ。12年ものデフレの間、約16兆円も税収が吹き飛んだ。
◆弱い日本は世界のお荷物
理由は簡単である。デフレは経済実体規模(名目GDP)を縮ませる。つまり企業収益、個人所得、消費が減る。税率が変わらなければ、法人税、所得税、消費税の収入が減る。財政赤字が膨らむ。苦し紛れに増税すれば、デフレ不況が進む。97(9)年の消費税増税はデフレを引き起こし、結局消費税収入が先細った。
鳩山由紀夫政権は、ならば歳出削減しかないとばかり、手当たり次第に予算を削ろうとする。八ツ場(やんば)ダムなど「無駄な公共事業」中止ばかりでなく米軍への「思いやり」削減や政府開発援助(ODA)削減に動く背景でもある。「事業仕分け」では効果に時間がかかるという理由で次世代のスーパー・コンピューター開発予算までやり玉に挙げる。テレビ向きの話題を提供しても、デフレ病解決への本筋の道からはほど遠い。騒ぎの大きさに比べ、予算削減達成規模はいかにも小さい。
まさに貧すれば鈍す、国内経済が混迷するばかりでなく、日米同盟までおかしくなる。対外関係は縮小、撤退が相次ぐだろう。弱い経済が弱い国をつくる。じり貧の国庫が政府に正気を失わせ、民間から活気を奪う。弱い日本は世界のお荷物扱いされよう。
宍戸駿太郎日米・世界モデル研究所所長は「欧米の経済学者たちは日本がどうやってデフレから脱出するのか、かたずをのんでみている」と証言する。日本のデフレ不況はせっかく回復しかけた世界経済の足を引っ張る。パリに本部のある経済協力開発機構(OECD)はとうとうたまりかねて、鳩山政権に代わって日銀にデフレ脱出策をとるよう注文した。
国際社会から言われるまでもない。国庫がガラガラの状況では発券銀行である日銀の役割はとてつもなく大きい。脱デフレには、財政と金融の一体化しかない。
政府は国債を発行して財源に充当できる。国債などを引き受けるのは銀行など民間金融機関なのだが、巨額発行となると消化不良に陥り、国債利回り(長期金利)が大幅に上昇してしまう。すると住宅ローン金利などが上昇し、家計や企業の負担を増やし、デフレ圧力となって跳ね返る。これを避けるためには、日銀が積極的に新規に資金を発行して金融市場から国債を買い上げるしかない。
◆「インフレ」2%は妥当
ところが日銀は国債保有残高を日銀券発行残高以内にする、という上限を「内規」にしている。世界では他に例のない防御ぶりである。米国政府は平時の4倍もの米国債を発行しているが、連邦準備制度理事会(FRB)が市場から買い上げることで長期金利上昇を防いでいる。
日銀は国債購入を拒絶するなら、せめて国債とは別分類の政府短期証券(FB)を引き受けるべきだ。FB発行残高は6月末現在、119兆円ある。この大半は外国為替市場でのドル買い介入のために発行され、米国債で運用されている。日銀がFB100兆円分を市中から買い上げ、日銀資金を供給すると、政府は市場から建設国債で100兆円を無理なく追加調達できる。日銀は日銀資金の大量発行は「インフレ」を引き起こすと反論するが、いったいデフレ不況が深刻なときにインフレをなぜ心配するのだろうか。しかも米欧主要中央銀行は年2%程度のインフレ率が妥当としている。健全な成長と税収の安定をもたらすからだ。発想を逆転させてみればよい。デフレは平時には不可能な日銀資金大量創出のゆとりをつくり出している。羽田空港のハブ空港化にしても少子高齢化対策も新規環境産業の創出も政府の役割だ。デフレは日本を強くするチャンスなのである。
◆デフレ不況と円高助長 10月11日 田村秀男
≪カネの価値アップ 国民はダウン≫
おカネの価値には2つの尺度がある。まずは物価、もうひとつは他国のカネとの交換レートである。
物価が下がり続け、円高も進む日本のおカネはどちらの面からみても強い。これがデフレである。
一見すると結構だが、これで私たち日本人の暮らしはよくなるだろうか。
答えは以下の通り。おカネ持ちはますます豊かになり、持たざる者は一層困窮する。カネの価値が上がると国民の大多数が不幸になり、社会は閉塞(へいそく)する。
あなたの地元もそうだろう。商店街で空き店舗が目立ち、ゴーストタウンになる寸前だ。理由は、消費が減っているからである。
値打ちの上がるカネは使わないほうがよい。だから多くのかみさんが1円でも安いモノを買うために遠くまで出かける。おかげでお小遣いも減らされた。居酒屋さんに運ぶ足がすっかり重くなった。
対照的に、知り合いの初老カップルは所有ビルの賃貸収入のおかげで、連日のように都内のすし屋や高級レストランめぐり。2人とも輸入ブランドものをさりげなく身に着け、月に1度は海外ツアーに参加する。そこまで行かなくても、金融資産を多少なりとも持っている退職者の多くは、デフレに不平を言わない。
こうして有権者の多数が現状を容認するのだから、政治家は自公政権時代から一貫してデフレに鈍感であり続けた。ところが、あらゆる消費者の行動が合成される一国の経済全体で切り直すと、デフレは災厄をもたらす。
消費が不振なのだから、企業は価格を下げ、雇用を減らし、賃金をカットする。設備投資は先送りするので、雇用の場も生まれない。消費需要はますます減退する。物価はさらに下がる負の循環になる。
1930年代の「大恐慌」からの脱出策を論じたJ・M・ケインズは「デフレは労働と企業の双方にとって貧困化を意味する」と断じた。日本ではこのデフレがもう10年以上も続いている。
≪鳩山政権も脱出意識欠如≫
鳩山由紀夫政権も自公政権と同じくデフレについてほとんど言及しない。代わりに育児支援、高速道路無料化など家計支援により個人消費を促し、おカネの裏付けのある需要(経済学用語では「有効需要」と呼ぶ)を喚起するという。
前例のない内需拡大実験である。実施する価値は否定しないが、デフレ脱出という目的意識が欠如している。
カネの価値が経済実体から遊離して上がるデフレとは金融の錯乱である。中央銀行の役割が大きくなるのは当然だ。
グラフをみてもらいたい。米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)のドル資金と日銀の円資金の各供給量、さらに円の対ドル相場動向である。
世界の通貨の基軸であるドルに対して円の発行量がはるかに少なくなれば、需給関係からみて円高になる。円高は輸出産業の収益を下げ、デフレをひどくする。
昨年9月の「リーマン・ショック」以降、FRBはドルの発行量を一挙に2倍以上も増やし、米国経済が「金欠病」に陥るのを防ごうとしてきた。
平時なら悪性インフレを招く禁じ手なのだが、日本円換算で1000兆円相当の金額が金融市場から消えたのだから、金融の最後のよりどころであるFRBがドル札を新規に大量発行してばらまくのは理にかなっている。
≪かたくなに量的緩和拒否≫
日銀は、平時の政策にちょっぴり味付けしただけだった。資金繰りに困った企業からCP(コマーシャル・ペーパー)と呼ばれる債務証書を買い付けてきた。
ところが日銀資金の発行量は今年9月末で前年比5%強しか増やしていない。余っている設備や労働を動かすためのカネが回らない。
カネの流れを仲介する銀行など金融機関は民間に貸そうとしないので、不況がひどくなる。
その金融機関に日銀が資金を流し込めば、金融機関は有り余るカネを放出せざるをえなくなる。
これが量的緩和と呼ばれる政策なのだが、日銀はかたくなに拒否する。
日銀の白川方明(まさあき)総裁は物価下落が激しくなっているのに、デフレではないと言い続ける。揚げ句の果てにCP買い上げの打ち切りなど「出口戦略」までも口にする。
雇用に配慮するのも中央銀行の使命という国際常識が欠如している。
鳩山政権は財政と連動して日銀の金融政策を機能させない限り、公約通り国民生活をよくはできないだろう。
アメリカと日本の資金供給量の差はは円高ドル安になる。
(私のコメント)
政府もデフレを認めた事により日銀への金融政策への批判が高まっていますが、日銀サイドの納得の行く説明がない。マスコミの経済記者たちも日銀官僚からの解説がないと記事が書けないのだろう。大手マスコミの記者たちは1000万円以上の年収があるからデフレと言う実感がわかないのかも知れない。
公務員のように民間の倍近くも貰っていればデフレ天国で、負け組は一生懸命働いて税金をもっと納めろと言う事なのだろう。白川日銀総裁は現状をデフレとは認めず物価の値下がりが続いているだけと説明するが、もはや100円ショップでも高すぎて90円台の品物が並ぶようになった。マックのハンバーガーも土日は100円から80円に値下げされる。
鳩山民主党は自ら選んだ白川総裁の頑迷な態度で経済政策が対往生していますが、日銀出身の総裁では政治的な判断が出来ないから日銀の金融政策の頑なになってしまう。「株式日記」は基本的に経済ブログなので経済記事を書くことが多いのですが、経済問題は非常に難しいから、理解できる人は国内でもわずかしかいない。日銀総裁になるような人でもデフレが判断できないのだからどうしようもない。
物価と給与の引き下げがいたちごっこのように続いている。それでも白川日銀総裁はデフレとは認めない。認めれば日銀の責任を認めたことになり口が割けてもデフレとは言わないだろう。
◆日銀、金融政策を維持…デフレ言及せず 11月20日 読売新聞
日本銀行は20日、金融政策決定会合を開き、政策金利を年0・1%に据え置くとともに、現状の金融政策を維持することを決めた。
白川方明総裁は会合後の記者会見で、政府が日本経済の現状をデフレ状態にあると認定したことについて、「持続的な物価下落という意味では、(10月末に示した)日銀の展望リポート(経済・物価情勢の展望)と同じ」との見解を示した。
ただ、「デフレの定義は様々」とも述べ、日銀としてデフレ状況にあるとの認識については言及を避けた。
白川総裁は、日本経済が物価下落と景気悪化が連鎖する「デフレスパイラル」に陥る懸念は現時点では小さいとの見方を強調。政府内で上がっている追加的な金融緩和策については、「需要自体が不足している時に、流動性(市中に出回る資金)を供給するだけでは物価は上がらない」と述べ、否定的な考えを示した。
決定会合では、景気の現状をこれまでの「持ち直しつつある」から「持ち直している」に上方修正した。物価の現状は、「下落幅が拡大している」から「下落している」に表現を改め、下落幅は拡大していないとの認識を示した。
白川総裁は、景気の先行きについては下振れリスクを指摘しながらも、「物価安定の下で持続的な経済成長に向かう姿が開けていく」と述べ、展望リポートで示した「11年度には潜在成長率を上回るペースまで成長率は高まる」とする日銀の回復シナリオに変更がない点を強調した。
(私のコメント)
デフレの要因は昨日も書いたように一つではなくそれぞれが関連して影響して起きていることですが、為替の変動相場制の影響で日本が持つドル資金がアメリカに滞留しているせいで日本が金詰りになってしまう。その分を日本政府が国債を発行して残高が800兆円にもなりましたが、おそらくアメリカに滞留している日本のドル資産も800兆円ぐらいあるのだろう。
日銀総裁が言うような、買いたい物が無いというような需要不足はバブルの頃の日本を良く知らないからであり、カネさえあればマンションだってもっと広いマンションが欲しいだろうし、車だって軽自動車からレクサスに買い替えたいだろう。つまり金が無いから買いたい物がないだけであり、不況慣れしてしまったのだろう。
円高やデフレは日本の経済競争力の現われとも言えるのですが、円高を生かす政策を政府や日銀がどうしていいかわからないのだ。一番簡単なのは国債を発行して財政を拡大してカネをばら撒く事ですが、一番公平なのが定額給付金だ。それをデフレが無くなって2%のインフレになるまで続ける事だ。買うものが本当に無ければ銀行に預金が貯まるだけになるかもしれないが、インフレ傾向になれば誰もがカネを使い出す。
しかし高齢化社会になって年金生活者が増えて、高齢者は物価の値上がりを何よりも恐れる。年金しか収入が無ければ物価の値上がりは年金の目減りになるのであり、デフレ社会は年金生活者の天国だ。日本には年金生活者が3000万人もいるが決して少数派ではない。そして年金生活者は年々増える。だからデフレ政策のほうがいいと考える人も多いだろう。しかしそれでは日本経済は窒息死してしまう。
日本がデフレ社会になるのも年金を貰っている高齢者が政治に関心があり、年金を賭けている若い人は政治に無関心だからだろう。だから若い人に不利な派遣労働が認められたり最低賃金が600円台に抑えられたままになるのは若い人が投票に行かないからだ。「株式日記」でいくら政治や経済を解説しても、今の若い人はゆとり教育で学力や思考力が低下して、本にして10ページほどの文章も読む事が出来ないようだ。つまり普段から本も買わずに遊んでいるから三行以上の長い文章が読めない書けない。2ちゃんねるを見ればそれが良く分かる。
長引く日本経済の停滞は、戦後世代が引退して、無気力で無能力でやる気のない若い世代のせいなのかもしれない。派遣労働や最低賃金が不利に決められても若い人は抗議すらしようとはしない。若い人の学力の低下はブログなどを見てもよく分かる。質問ばかりぶつけてきて自分で考えようともしない若い人が多い。政治集会やデモを呼びかけても参加せず自分の部屋に閉じこもってネットばかりして暮らしている。
これでは年金生活者によって政治が左右されてデフレの方がいいという事になってしまう。
日本の雪だるま式に膨れ上がる対外資産、日本が実際には使うことの
できない対外債権こそが、デフレの根本的原因であると位置づけている。
2009年11月22日 日曜日
◆日銀・白川総裁、政府のデフレ状態宣言に「認識に差異はない」との見解示す 11月21日 フジテレビ
日本銀行の白川総裁は政府が経済の現状について、物価が持続的に下落する「デフレ状態」と認定したことに対して、「認識に差異はない」との見解を示した。
金融政策決定会合後の会見で、日本銀行・白川方明総裁は「持続的な物価下落としてデフレを定義した場合、(政府の)判断と同じであると」と述べたうえで、持続的な物価下落の原因は「需要の弱さ」にあるとして、金融政策だけでは物価は上がらず限界があるとの認識を示した。
日銀は今後も緩和的な金融政策を継続するとして、政策金利は現行の0.1%を維持した。
◆円デフレ―日本が陥った政策の罠 ターガート,R.マーフィー・三国陽夫:著
使うことのできない対外債確
大量のドルの堆積を保有することがデフレ的であるという考え方は、直観的には抵抗があろう。通貨量が多いのになぜ通貨収縮的なのだろうか。確かに日本は過去一〇年の間、一九三〇年代以来どこの国でもみられなかった著しいデフレ圧力を最初に経験している。これはこの期間の卸売物価の推移が証明するところだ。
本書は、日本の雪だるま式に膨れ上がる対外資産、日本が実際には使うことのできない対外債権こそが、デフレの根本的原因であると位置づけている。日本は対外債権を輸入財貨・サービスまたは円に十分に交換できない。対外債権残高は日本に必要な輸入額をはるかに上回っている。また、もし円に交換されれば円は強くなり、ほとんどとまでは言わないにしても輸出に依存する多くの日本企業は、破滅への道をたどることとなろう。
対外債権残高が日本に課しているディレンマとデフレ的である理由を理解するには、統計やグラフなどで示される単純化された世界から、これらの統計が反映している生産、販売、キャッシュ・フローなどの現実に目を転じることが有益だろう。ソニーのような日本の製造企業が海外に製品を販売したとき、企業はドルを受け取る。ソニーはこのドルで、以下の四つのことのうちの一つができる。
@ドルを海外で外国人が保有している円に直ちに替える」
A日本以外で生産され、しかも生産がドル資金で行われている(すなわち、必要な労働と部材供給などはドル建てで支払われている)資本財または他の製品を輸入するためにドルを使用する
B海外投資のためにドルを保留する
C日本の銀行にドルを売って円に替え、受け取った円を国内での賃金や部材供給者への支払いに充てる
最初の二つの選択肢は、金融的な問題を生みださない。しかし、日本の製造業者は、ほとんどこうした選択をしない。もし最初の二つの選択肢がとられていたなら、今日ほどにまで経常黒字が累積されることはなかっただろう。輸入が急激に増加するか、円が天井を突き破って上昇し、日本の輸出ドライブにブレーキがかかっていただろう。
第三の選択肢であるドルの保留を実現するためには、日本国内での賃金支払いのために、企業は銀行から円資金を借りなければならない。一九八○年代においては、多くの日本企業がそうした行動を実際に取りはじめた。しかし、大部分のケースでは、企業は稼得したドルを日本の銀行に売却して円に替えた。
しかし、ソニーがドルを円に替える取引をした日本の銀行も、ソニー同様に国内でこのドルを使うことはできない。銀行は通常はドルではなく、円で顧客に貸し出さなければならない(もちろん、銀行が外国の財貨を輸入する日本の企業に対して、円をドルに交換するか、ドルのまま貸し付けることは可能である。
しかし、日本は貿易黒字を続けているため、輸入のために必要な以上にドルを稼得しており、しかも年々、稼得額は増大している)。したがって、銀行は入手したドルのほとんどを日本銀行に売却する。そして日本銀行はこのドルを外為特別会計に転売する。
外貨準備額は、輸入資金を賄うために必要である。ドルの稼得額がその必要額を上回るまでは、日本銀行は銀行のドル保有額を引き取り、円の信用創造によって通貨を供給することができた。円の信用創造は、ある意味では、第一に輸出を行う日本の企業に円を支払うためだった。しかし、経済活動が日銀券の追加発行を必要とする以上にドルの保有額が増大していくと、なんらかの対処策を採らなければならなくなった。
ドル滞積を円負債によって賄う
一つの選択肢は、ドルを売って円を買うことである。しかし、日本の外で流通している円資金はあまりに少ない。もし日本の銀行がドルの大量売却を始めたなら、円は強くなり、日本製品が外国市場で割高となるため輸出業者の競争力に打撃を与える。代替策として日本の公的.民間機関は、ドル資産を海外に保有した。
その多くはアメリカ政府や政府機関の債券保有の形をとった。ニューヨーク連邦準備銀行が海外の中央銀行のために保管している七〇〇〇億ドル以上の債券の主要な持ち主は、日本銀行も含めた日本の政府部門となっている。他の部分は融資、債券または株式投資の形をとり、海外諸国の経済活動を賄った。こうした経済活動のなにがしかは、日本の輸出に対する需要を増加させる結果となった。しかし、一九七〇年代初めには、日本のドル保有額は輸出以上の増大を続けていた。
一九七三年のOPECによる原油価格引き上げのあとでは、原油代金の支払いが巨額にのぼったため、日本は稼得したドルすべてを有益に使うことができた。しかし、一九七〇年代央に始まり、とりわけ一九八○年以降は、日本が蓄積したドルは輸出をすらはるかに上回って増加した。これは対外資産(すべての融資残高、債券、株式、企業や工場など海外に所有する資産一残高に対する年問の輸出額の割合をみれば一目瞭然である。輸出額は対外資産の二割程度にすぎない。
輸出超過によって稼得されるドルは、生産が国内消費を上回っていることから生じている。これは日本国内の必要を充足する以上に大きい生産能力から派生したものだ。実際、日本の生産能力は国内で必要水準を超えているだけでなく、一九八○年代初めからは日本が輸出できる水準すら超えてきていた。これだけ大規模な過剰設備は、それ自体が本質的にデフレ的である。デフレーションに立ち向かうために政策当局者は、二つの方法で、生産に関係しない円負債の創造に頼った。資産バブルの創造と、不毛な公共事業支出である。
こうした施策は、経常収支の黒字を維持するために必要だった。黒字の継続には、生産が消費を超え、貯蓄が投資を超える必要があるからだ。黒字の継続を確実なものとするために、日本はドルによる受け取りを甘受しなければならなかった。しかし、黒字を創り出すための過剰生産も賃金や部材も、すべては円貨で支払わなければならなかった。経常黒字をもたらす原因となる国内貯蓄が投資を上回る部分は、国内勘定での取引であるから円建てでなければならない。政策当局者は日本のドルの累積を円負債によって賄うことを余儀なくされた。
輸出超過に相当する国内総生産の部分は、国内での消費に充てることはできない。しかし、輸出超過分を生産するために、その分の賃金は支払われていった。日本の黒字の蓄積が続くかぎり、日本が黒字をドルで保有しつづけるかぎり、日本の経済活動に要したコストは「総販売代金から輸出代金を差し引いた額」から支払われなければならない。それゆえ、生産に従事して支払いを受けたものは、収入のすべてを費消することはできない。その分だけ所得を減少させる方法を見いだし、減少額で消費を上回る生産を支援しなければならない。
日本の支配者である官僚たちは、このディレンマに第一次世界大戦の時に初めて遭遇した。その時以来、財貨・サービスの生産に実際に携わる人たちの所得を故意に減少させることによって対処する方法を、官僚たちは学びとっている。第一に、高い地価は高い家賃や天文学的な価格での土地の販売によって、日本の勤労生産者から所得を移転させることに役だった。
一九八O年代の土地バブルは、生産者から所得を移転させ、現実の経済活動に関係のない預金を生みだすことに、とてつもない成功をおさめた。しかし、バブルの崩壊が生じたために、逆進的な消費税の引き上げと所得税の累進性の緩和とキャピタル・ゲイン課税の引き下げとで、勤労者から消費性向の低い富裕層へ所得を移転せざるをえなくなった。
第二に、不毛な公共事業の浪費もまた、実際の富の生産者が入手できるはずの所得を減少させ、預金するだけで支出しない人たちに所得を手渡した。そして官僚たちの精一杯の努力にもかかわらず地価が下落すると、経常黒字のぺースを維持するために財政支出をさらに増大させなければならなかった。
貨幣機能を除去された円預金
蓄積されたドルの退蔵から生ずるいろいろな問題点は、会計面から光を当てることによっても理解することができる。日本が保有するドルは、会計上の定義により資産である。これらの資産は、それに対応する負債を必要とする。日本のデフレ現象のディレンマ物語が展開されるのは、金融当局者がドル保有のための負債を創造する方法を見つけだし、実行していく過程にある。
日本の場合、これらの負債は圧倒的に円預金の形をとる。円預金が融資や株式投資を通じて日本経済の内部で機能を果たすように創造されるのではなく、少なくとも日本に関するかぎり使用されることのできないドルの蓄積を支えるために用いられる。すなわち、国内金融システムからその分だけが貨幣としての機能が除去されていることになる。
預金の形をとった貨幣は、輸入代金の支払いには使われていない。国内財貨・サービスヘの支出にも費消されない。工場や設備への投資にも用いられていない。単に遊休状態にあるドル資産を支えているだけである。遊休ドルにより生ずる貨幣機能の喪失は、通貨供給量(M2十CD)のうち経常黒字の蓄積額に相当する残高と定義することができる。金融システムから多くの貨幣の漏出が生じていれば、価格の下落を意味するデフレが生じ、同時に経済の鈍化が起きる。
日本が直面するディレンマを別の形で表現してみよう。労働者や供給者の中で輸出超過分に相当するドルを稼得したものは、その対価を円で支払われる。しかし、国内の他の労働者や供給者に提供される財貨・サービスは、彼らは最終的には生産していない。彼らは外国人のために生産している。
もし外国人が日本人によって購買される財貨を生産しているのであれば、そこには問題は生じない。しかし、現実は日本人が購入する財貨・サービスを外国人は生産していない。それゆえ、日本は絶えることのない貿易黒字の累積を保有することになる。そして、輸出のために一方的に財貨を生産する人々への支払いに用いられる預金は、日本経済からの貨幣機能の流出となる。(P40〜P46)
(私のコメント)
日本で起きているデフレの原因は消費が低迷しているからですが、なぜ消費が低迷するかの因果関係を説明している記事が少ない。根本的な原因を追究していくと輸出産業が売った商品のお金をそのまま海外(アメリカ)にプールしてしまって日本に返ってこないからだ。輸出企業がドルを売って円を買えば円が上がってしまってしまうから日本に金は返ってこない。
それだけ日本に流通するマネーが減るからデフレが起きる。逆にアメリカでは日本のマネーが滞留して再投資されるから金回りが良くなって好景気が続いてきた。アメリカは経常赤字が続き日本は経常黒字が続いてきた。日本は国内で必要とされる物を生産するほかに輸出用の物を別に生産してきた。しかも最近ではどちらも過剰な設備を抱えている事がデフレをさらに悪化させている。
日銀では需要が少ないから物価の値下がりが起きていると当たり前の事を行っていますが、消費がなんで落ち込むかの原因が分かっているのだろうか? それは労働者の可処分所得が落ちてしまっているからですが、輸出企業が稼いだマネーが日本に還流して来ないから金詰りが起きている。それをカバーする為に日本政府は借金して公共工事などでマネーをばら撒いていますが、それでもまだ足りない。
日本の円が1ドル=360円で固定されていた頃は輸出すれば輸出しただけ円は還流してきた。ところが為替が変動相場制になってから輸出企業は円高になるのを避けるためにアメリカに滞留させたままにするようになった。国内用に作られる物は労働者は働いただけ売上げとして戻ってきますが、輸出用に作られる物は海外に売ったきり労働者には戻ってこない。
だから輸出に励めば励むほど代金は海外にプールされて国内は金詰りになる。石油ショックなどがあって石油は高騰してドルの使い道があればいいのですが、石油価格は長い間低迷していた。70年代のオイルショックや2007年の石油の高騰はドルの使い道が出来て円安傾向になり日本経済はかえって復活して強さを増した。
バブルの崩壊もデフレの大きな要因ですが、1500兆円の金融資産が国内の株や不動産に再投資されていれば金詰りも収まるのですが、1500兆円の金融資産の多くが海外に投資されているのも金詰りの原因だろう。現在では株は利回りで買えるほどだし不動産も利回り採算で買っても預金利回りよりはるかにいいのですが買われる事は無いようだ。
税制でも以前は所得の再分配システムが働いてマネーは回っていたのですが、最近では累進税率が緩和されて高所得者にマネーが滞留するようになったのもデフレの原因だろう。このように日本のデフレには様々な要因が重なっているのですが、長期間続いた経常黒字がデフレの主な要因になっているのだろう。
もし為替が固定化されていれば日本経済が一人勝ちになって日本中にカネがあふれていたかもしれない。株や土地も上がりっぱなしになってバブルの崩壊は起きなかったかもしれない。だから為替の変動相場制に合った経済に切り替えていれば良かったのでしょうが、日本政府は輸出産業にばかり優遇してきた。
日本は資源も食糧も自給できないから輸出産業を強化しなければいけない理由もあるのですが、ドルをいくら貯めこんでも使い道がない。出来る事は新興国に投資をして金融収益を稼ぐ事ぐらいですが、日本は金融産業には不向きなようだ。だから1500兆円ある金融資産も国債を買うぐらいしか能が無く、積極的な新規産業に投資するようなベンチャーキャピタルが出来ない。
日本の人材教育方法も優れたサラリーマンを作るような教育に特化してきた。日本人でもゴールドマンサックスやモルガンスタンレーで働いているような人もいるし、ファンドを立ち上げて運用している人もいますが少数であり、金融立国にはかなり時間がかかるだろう。むしろ物作りに特化して行ったほうがいいのかもしれない。
ターガート・マーフィー氏はハーバードを出てゴールドマンサックスなどを経た筑波大の教授ですが、円デフレの状況を詳しく解説している。素人にはドルを大量に抱え込む事がどうしてデフレの原因となるかがわからないだろうが、使うことが出来ないドルが増えれば増えるほどデフレになるのは当然だ。
どうせなら中国みたいに輪転機を回してドルを買いまくればいいのでしょうが日銀にはそれだけの事をする蛮勇が無い。
本来ならば円も国際通貨として基軸通貨化を目指すべきなのでしょうが、日本政府にはそれだけの覚悟が無い。円が国際通貨として流通していれば輸出企業のドル売り円買いも吸収できるのでしょうが、円の流通量が少ないから少しの買いで円は急騰してしまう。中国は着々と人民元をばら撒いて国際通貨としようとしている。
日本が官民が持っている数百兆円のドル資産はドルが暴落すれば大損害を被る。だからユーロなどに分散しておくべきなのでしょうが、日本人には金融的なセンスが無い。だから金融立国もとてもハゲタカにはかなわないから無理だろう。問題なのは政府や日銀にも金融的なセンスが無く、デフレに対する適切な対応が取れないことだ。物価の値下がりが「需要の弱さ」で片付ける事が問題なのだ。
金融的なセンスがあればリフレ政策にも取り組むべきなのでしょうが、日銀はリフレに取り組む姿勢が見えない。本来ならば海外に固定されたままのドル資産の分を政府日銀が国内で使うべきなのでしょうが、日本も輪転機を回して財政出動すべきなのだ。それをしないからますます円が高くなりデフレも酷くなる。日銀が株を買うのも輪転機を回すのと同じであり、政府が国債を発行するのも同じ事だ。
問題は政府が財政でどうやって使うかですが、100万円の定額給付金を国民にばら撒けば一番手っ取り早い政策だ。そうなれば円が売られて安くなって輸出産業が生き返る。しかしそのような事は政府では出来ないだろう。民主党幹部も金融が分かっていないからムダ撲滅ばかりやって大胆な財政出動が欠落している。
アメリカや中国が輪転機を回しているのだから日本も輪転機を回すべきなのだ。
公立保育所は、一つずつが社会保険庁のように出先の独立王国であり、
お手盛りで職階を上げているために、急速な賃金の上がり方となる。
2009年11月21日 土曜日
◆週刊ダイヤモンドの保育記事を考える 11月21日 鈴木恒
週刊ダイヤモンド11/21号に掲載されている記事「新規参入は断固拒否!! 保育園業界に巣くう利権の闇」という記事が話題を呼んでいる。この記事が巻頭ページを飾っているということだけでもかなり目立つが、ダイヤモンドオンライン(http://diamond.jp/series/closeup/09_11_21_001/)として、WEB上で記事を読むことができ、Yahoo
Japanのニュースで紹介されたため、賛否両論、大変な反響のようだ。私のコメントが引用されていることからもわかるように、ダイヤモンド誌は、記事を書くにあたって、私のところにも取材に来た。
タイトルからしてまさに過激であり、書きぶりもやや煽るようなものとなっているが、冷静に読めば、記事の内容自体は、実はごく常識的なものであることがわかる。記事の内容を大まかに要約すると、
(1)現在、待機児が深刻な社会問題となっているが、このように保育に対する需要が非常に大きいにもかかわらず、保育所の供給がなかなか増えない背景には、認可保育所が抱える構造的問題がある。
(2)構造的問題の一つは、認可保育所、特に公立保育所が、人件費をはじめとして非常に高コスト体質になっていることである。また、認可保育所の保育料は平均的に非常に低く設定されているため、保育所の運営費のほとんどは補助金で賄われており、各自治体とも財政難のおり、簡単に認可保育所を増やすことができない。
(3)また、この高コスト構造は、すでに強固に利権化している。そのため、利権を守るために、保育業界(日本保育協会、全国私立保育園連盟、全国保育園協議会連盟のいわゆる保育3団体)は、政治活動を通じて、株式会社やNPOなどの主体が保育業界に参入することを拒み続けており、それが保育所の新規参入・供給増が進まない大きな原因となっている。
というものである。特に最後の点については、まさに今、待機児童問題の解決を中心に、保育制度の改革を目指して議論を行なっている厚生労働省の社会保障審議会・少子化対策特別部会(http://www.mhlw.go.jp/shingi/hosho.html#shoushika)及び、その下にある専門部会(保育第一専門委員会(http://www.mhlw.go.jp/shingi/hosho.html#hoiku1)、第二専門委員会(http://www.mhlw.go.jp/shingi/hosho.html#hoiku2))における保育3団体の傍若無人なハイジャック振りを見ても明らかであろう。議事録も上記HPに全て公開されているが、自己の利権を守るための発言ばかりであり、待機児童問題の解決にはほとんど関心がないことがわかる。
彼等の利権保持のロジックは、「保育の質を下げるべきではない」というものであり、今後、待機児童対策のために緊急に作られるべき新しい保育所にさえも、認可保育所並みの高い基準を求めている。保育の質とは、本来は、ハコモノの施設基準や人員基準といったハードウェアと、保育内容のソフトウェアの2つの面があるはずであるが、彼等の定義はハードウェアのみである。ハードウェアには高コストの費用が生じ、それが彼等の利権となっているのであるから、彼等の「現在の保育の質を下げるべきではない」という主張は、「(待機児童が生じようと、無認可保育所に不本意に入っている人がいようと、働きたくても働けない母親が居ようとも)、我々の利権を守れ!」ということと同義である。
特に最近は、「認可保育所並みの『保育の質』が保たれないと、待機児童の母親達ですら安心して保育所に入れない。」「保育の質が無認可保育所で保たれていないことが、待機児童が起きている一因である」という主張がされ始めているが、この「論理のすり替え」は許しがたい。待機児童の親たちのほとんどは、認可保育所に入れないので「やむなく」無認可保育所を選んだり、働くこと自体を諦めているのであり、保育所の質云々をみて、自発的に現状を選んでいるのではない。認可保育所、特に公立認可保育所の「ハードの質」を保つために、莫大な費用と補助金がかかり、限られた予算の中で、いわばそれにはじき出される形で、待機児童問題があるのである。認可保育所の利権保持は、苦しい財政状況の中では、待機児問題の解決を、これまで同様、延々と先送りさせることになる。
ダイヤモンドの記事は、こうした利権に関連して、保育業界内では有名であるが政治的に絶対的タブーとなっていた話題(認可保育所の高コストぶり、私立認可保育所の一族経営の状況、その旨味と利権、東京都23区の「正規」保育士の高給ぶり、保育3団体の異常な政治活動と労働組合活動、それに対する厚労省と自治体の弱腰ぶり等)にも踏み込んでおり、やや不正確な記述や、若干の勇み足があるものの、全体として非常に勇気ある内容となっている。ダイヤモンドの記者には大いに敬意を表したい。
今までの自公政権下では、ほとんどこうした正論は押しつぶされ、こうした記事を書くマスコミもなかったので、こうした動きが出てきたことは大変望ましいことである。ダイヤモンド誌や他の経済誌にはもちろん、保育業界からの異論・反論も当然あるだろうが、これは大いに歓迎して、オープンな保育改革論議にすることが重要である。これまでは、保育3団体や保育労組、自民党「保育族」が暗躍し、厚生労働省の審議会を牛耳ったり、密室政治の中で保育政策が決まってきた。これからは、公論の場でオープンな改革論議がなされ、これまで議論に参加する余地がなかった待機児童の親たちや、働くことを望んでいる専業主婦たちにも納得できる形で、保育改革論議が進むべきである。
さて、この種の雑誌記事では仕方がないことであるが、わかりやすさを重視、あるいはインパクトを重視のため、ややバランスを欠いている点や、不正確な記述がある。その点を補っておこう。
まず、認可保育所には、公立認可保育所と私立認可保育所があるが、両者は運営コストや利権構造、内容が相当に異なる。運営コストの異常な高コスト体質を非難されるべきは、公立保育所、特に都市部の公立保育所であり、私自身は、私立認可保育所は、おおむね健全な財政規律が保たれていると考えている(これは、フォーサイトの私の記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)でもきちんと述べている)。
特に、私立認可保育所の保育士における給与の「低さ」や年齢層の歪みは、それ自身、かなりの問題がある。これは、私が行ってきたいくつかの研究調査(http://www5.cao.go.jp/seikatsu/price/hoiku/)、(http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis040/e_dis034a.pdf)からも明らかであるが、この背景には制度的な問題がある。つまり、私立認可保育所の人件費は、公立保育所のように公務員として自治体の一般会計からの充当が行われず、基本的に国の「保育単価」という補助金の枠内で決められる。
一般的に賃金は、保育士年齢や勤続年数が高まるほど高くしてゆかなければならないが、この保育単価は、保育士の年齢や勤続5年程度の20代後半の保育士を「モデル賃金」としており、実際の保育士の年齢や勤続年数にかかわらず、このモデル賃金に人数を掛けたものが人件費補助金(措置委託費の中に含まれる人件費)となる。このため、私立認可保育所の経営者にとっては、保育単価よりも実際の賃金が低い20代の保育士を採用している場合には採算が合うが、それを超える30代、40代のベテラン保育士の場合にはむしろ人件費は赤字となってしまう。
私立認可保育所の経営者の最も重要な仕事の一つは、20代後半の保育士に良縁を紹介して退職してもらうことであるという笑い話があるほどであり、退職しない場合にも、年齢別賃金の伸び率は公立保育所をはるかに下回る横ばい状態とせざるを得ない。私立認可保育所の保育士の賃金が安く、若く勤続年数の低い保育士の割合が多いことは、実は、こうした制度上のゆがみが背景にある。ダイヤモンドの記事では、この話が、こうした仕組みを使って私立認可保育所の経営者が金儲けしているという話になってしまっている。しかし、現状の保育単価を考えると少なくとも人件費分でそれほど儲ける余地は少なく、むしろ私は、記者に対して、私立認可保育所の保育士賃金の低さの理由として、この制度を説明したつもりである。
第二に、地方と都市の問題がいっしょくたに議論されてしまっている。待機児問題は、都市部の問題であり、したがって、待機児童があるために発生する高コスト構造や経営努力不足といった利権も、大部分は都市部限定のものといってよい。実際、地方の私立認可保育所の経営者たちには、規制改革会議でもきちんとお会いしているが、定員不足の中で利用者集めに努力しており、都市部のような地方単独の補助金もほとんどない中で、かなり高い経営能力を発揮している。実際、規制改革会議の提案していた直接契約や保育に欠ける要件見直しなどにずいぶん早いうちから理解を示されており、保育3団体とは一線を画すべき存在である。今回の記事も都市部の問題と限定する必要があったのではないか。
第三に、保育士給与の問題は、正規と非正規の差、年齢・世代間の差が大きく、これもいっしょくたには議論すべきではない。現在、公立保育所でも、朝夕の早朝・延長保育では、非正規(非常勤)の短時間保育士たちが多く働いているが、彼女ら(彼ら)の賃金は派遣労働並みの低い賃金であり、同情すべき存在である。まさに、解雇がなく、福利厚生充実・高給とりの大企業正社員と、何もない派遣労働者という一般の労働市場の構図と同じか、むしろそれ以上の格差構造となっており、非正規保育士については、むしろ低賃金問題としてとらえるべきかもしれない。
また、公立保育所の正規(常勤)保育士の賃金俸給表(年齢、勤続年数に応じて急速に賃金が高まる俸給表)も、これまであまりに高いと批判されてきた行政職俸給表から、2000に、低く改められた福祉職俸給表に改められており、それが適用されている20代の保育士たちの賃金は、かなり妥当な水準になっている。したがって、正規保育士の中でも、年齢・世代によって、その賃金はかなり異なるのである。
さて、ダイヤモンドの記事で、私の発言として、「東京23区の保育士の平均年収は800万円を超え、園長の給与は約1200万円。園長は都庁の局長レベルだ」ということが引用されている。これは私のフォーサイトの記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)でも紹介したことであるが、ダイヤモンドの記事は、やや不正確な引用で、正確には、東京23区の「正規(常勤)」保育士の賞与や手当てを含めた年収である。あまりの金額の高さに驚かれた人々もいるようであるが、この金額は、私達の研究班が以前行なった内閣府「保育サービス価格に関する研究会」の調査(http://www5.cao.go.jp/seikatsu/price/hoiku/)で調べた厳密な大規模データに基づいている。
この研究会では、私が各自治体を一つずつ訪問して説得し、公立保育所の保育士の賃金台帳を提出してもらい、それを統計的に厳密な手法で分析した。特に東京都については、研究班のメンバーとして、東京都の福祉局子ども家庭部子育て推進課長(当時)に入っていただき、全ての区市町の公立保育士の賃金を「全数」集めて分析しており、2003年とやや古いが、未だにこれ以上、大規模で厳密な調査は無いであろう。2003年以降、福祉職賃金が20代の保育士に広がっているが、公立保育士の中心は行政職賃金が適用される中高年であり、彼女達は2003年時よりもさらに高齢化が進んで賃金が上昇しているため、平均賃金は現在もほぼ変わらないと判断した(もちろん、いくつかの区について現状を確かめた上で判断した)。
公立の正規保育士賃金が年齢に応じて余りに急速に高まる理由は、単に行政職賃金が高いことにあるだけではない。公立保育所は、一つずつが社会保険庁のように出先の独立王国であり、お手盛りで職階を上げているために、東京都庁の通常の職員よりもはるかに急速な賃金の上がり方となるのである。職階とは、主任、係長、課長、部長、局長などの職位のことである。通常の公務員は厳密な人事考課の元に職位が上がってゆき、そのほとんどの職員は低い職位で退職を迎える。しかしながら、23区の公立保育所では、勝手に職位がどんどん高まって行き、最後の園長は局長並みとなってしまうのである。高い俸給表とお手盛り職階の組合せとして、異常な賃金水準となる。
ちなみに、私のフォーサイトの記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)で紹介した東京都各区の0歳児1人当たりにかかっている保育運営費平均が月50万円程度であるということについても、余りの高さに驚かれた方が多いらしい。しかし、これは経済学の分野では以前から学術論文がいくつも書かれており、良く知られている事実である。各区の保育課とも、議会に予算案を掛ける際に、0歳児の1人当たりの運営費を算出して資料提出を行なっており、また、決算後の外部監査の資料でも詳細な報告がなされている。私自身は、墨田区の保育料改定委員会の委員長をしていたので、墨田区に各区の議会提出資料を集めてもらったが、誰でも各区に資料提出を要求すれば(あるいは情報公開を依頼すれば)、容易にその資料が見られるであろう。
(私のコメント)
11月17日の「株式日記」で「保育園業界に巣くう利権の闇」と言う週刊ダイヤモンドの記事を紹介しましたが、これも民主党に政権交代が行われて、自民党の族議員の圧力がなくなったから書ける記事なのだろう。しかも大手新聞やテレビ局では待機児童の問題は取り上げてもなぜ保育園が作られないかの原因を分かっていても書こうとはしなかった。
表向きには東京都などの財政が厳しいと言う事ですが、本当の理由は利権団体や自民党の族議員が圧力を掛けてきたからだ。「保育3団体や保育労組、自民党「保育族」が暗躍し、厚生労働省の審議会を牛耳ったり、密室政治の中で保育政策が決まってきた」と鈴木恒氏も指摘している。これらの利権団体がスクラムを組んでいる限り待機児童の問題は解決はしない。
自民党政権下では、国や地方が認可保育所に補助金を出してきましたが、公立の認可保育所ではそれが利権化して社会保険庁のような独立王国になってしまっている。いじくろうとすると利権団体や族議員が妨害する。社会保険庁のように解散させて、認可、非認可を問わずに保育児童全員に補助金を出して人数ごとに保育所に割り振ったらどうだろうか?
国や地方の補助金はこれ以上増やすわけには行かないから、一人当たりの補助金は減る事になる。東京都の公立の保育所はそうなると成り立たなくなるかもしれない。それらは民間に払い下げて私立の認可保育所にすればいいのだ。そうなれば保育士に年収800万円とか園長に1200万円の年収などといった事はなくなる。だから既存の保育3団体や保育組合が反対するのだ。
待機児童の問題は都市部の問題であり、非認可の私立保育所に6,7万円も支払って児童を預けている事が報道されている。費用の安い公立の保育所に入るには審査があって多くの児童が入れない。なのに公立の保育所が出来ないのは補助金の問題もあるが利権団体の分け前が減るのがいやだから公立の保育所が増えない。
このような構造は保育所の問題ばかりでなく、教育業界などはより多くの利権団体や自民党の文教族議員が補助金にまとわり付いているだろう。その中の最大の利権団体が日教組であり公立学校の教諭の平均年収は760万円であり保育士の平均と並んでいる。平均年齢が36歳だから公立の教諭や保育士の年収がいかに恵まれているかが分かる。
公立私立の認可保育所にも正規の保育士のほかに、非正規の保育士が採用されており、年収は300万円ほどで格差が大きい。早朝や延長保育などは非正規の保育士がいるが派遣社員並みの低い賃金であり、派遣切りにあえば退職金も無く失職する。東京都では私立認可保育園で約30万円、公立では約50万円を、0歳児1人当たりの保育費用として毎月補助している。児童が50人いれば1500万円から2500万円の補助金が毎月付く。これほどおいしい利権があるだろうか?
問題はすべて非認可の私立保育所にしわ寄せがされて、父兄たちは3倍も高い保育料を支払っている。特に東京都の月に児童一人当たり30万円から50万円と言う補助金は本当なのだろうか? 東京は特に待機児童が多いから補助金が沢山出ているのでしょうが、認可保育所が増えなければ既存の認可保育所に金が流れ込んでいるからだろう。
国の事業仕分けでも保育所の補助金にもメスが入りましたが、会場には保育士の女性が沢山詰め掛けていましたが、この時の状況を書いている人がいました。公立の認可保育所と私立や非認可の保育所とは天国と地獄の差があるようだ。しかも国の補助金はカットされてそのしわ寄せは地方に来ているらしい。事業仕分けでも必殺仕分け人も仕分けられる方も現場を良く知らない人が受けている。
こうなるのもマスコミの記者が何も書かないからだ。でなければダイヤモンドの記事がこれほどの反響を呼ぶ事はない。
◆国の事業仕分け:保育所運営費補助金が安すぎる、保育士の待遇改善をせよという展開に 11月17日 黒川滋
国の事業仕分けの「保育所運営費補助金」で何がやり玉にあがるのかと聴いた。(中略)
●構造改革系の経済学者たちは、保育所が規制業種で子ども1人あたり月50万かかっているというようなデマを流し続けた。215万人もの子どもに月50万円を配っていたら、年間12兆円、話半分でも6兆円を超える保育予算になるはずだが、そんな話はない。たった3600億円、子ども一人あたり年30万円も使っていない。
●もちろん保育費用の国費負担をそれだけ低い水準においてあれば、しわ寄せは自治体に来るわけで、自治体が新たに保育所を作りたがらなくなるような構造ができている。朝霞市のようにマンション売りまくって固定資産税をガバガバ集めておきながら、保育所の整備を率先してすることもなく、基地跡地の自然破壊や地主たちが働かずに食べるために政治的圧力で土地を買うために税金を使おうというのがいちばんひどい例。
分権で保育所のことを何もかも自治体に権限持たせる危険はここにあると言ってよい。事実、公立保育所は、財源の地方移譲をしてから、臨時やパートの保育士ばかりになった、延長保育を新たにやるところがなくなった、などの弊害が出ている。
●厚生労働省の児童家庭局長、21世紀職業財団から今回まで見ていて、悪い人ではなさそうだが、不勉強なところが目立つ感じがしている。今の保育料体系についてうまく説明できなかった。1997年の児童福祉法の大改正による保護者負担の増加をもって形成されたもので、ここ数年保育政策に関わっている人には調べるまでもない話だと思う。まぁ、仕分け人みたいにだからダメ官僚みたいなレッテルを貼るつもりはない。
(私のコメント)
小泉構造改革で日本は大きく変わりましたが、非正規社員が多くなり、それは保育所でも同じで、国の補助金がカットされて、そのしわ寄せは地方に来ている。公立の認可保育所でも臨時やパートの保育士ばかりになっているようです。東京都のような財政が豊かな所は50万円もの補助金が出せても、朝霞市のような貧乏自治体では公立の認可保育所でも悲惨な状況らしい。
保育所を切り口にして補助金行政を見ても、補助金をカットすれば弱いところにしわ寄せが行って、特殊法人の天下り役人は1600万円の年収で優雅な生活がおくられては意味がない。すべての保育所に児童数に応じて直接配る方式にすれば、保育利権3団体は用がなくなるから廃止だ。これが本当の構造改革だ。
NECも日立も、スパコンを止めてしまった。富士通だけがやってくれている。
世界一の競争ができなくなれば、一番喜ぶのは米国メーカーである。
2009年11月20日 金曜日
◆スーパーコンピューターを復活してほしい -11月17日 西 和彦
先日のNHKテレビの報道を見ていて、ソファから転げ落ちると思うほどびっくりしたことがあった。蓮舫参議院議員が鬼のような顔をして、「スパコンで世界一になる意味はあるのか?」と仕分けしていたからである。仕分けされているときに、それに反論している文部科学省の役人を有り難いと思った。日本のスパコンのために頑張ってくれている!官僚をこんなに有り難いと思ったのは久しぶりだ。しかし、スパコンは「来年度の予算計上の見送りに限りなく近い縮減」つまり中止に仕分けされてしまった。
私は、このプロジェクトに直接の利害関係はない。民主党員ではないし、自民党員でもない。週末にこのことに対する論調をネットで読んでいたが、誰も反論しないので、民間人として、スーパーコンピューターの世界に関係があるものとして、この文章を書くことにした。
日本のスパコンは世界一であった
日本はかつて世界一のスパコンを作った国であった。NECが地球シミュレーターとして作り、スポンサーは国であった。私は当時、学術・産業用のコンピュータを作るベンチャー会社、ビジュアルテクノロジー社の仕事をしていた。私はこのスパコンが世界一に選ばれているときに、ドイツのハイデルベルグであった学会の会場にいた。その世界一のスパコンを作って賞をもらった日本人はうれしそうであった。そのスパコンはベクトル計算方式という、いわばこれから無くなると私は思っていた方式なので、「お金さえ掛ければ世界一になれるよな」と思い、そのようなお金を使うことのできる研究者とNECがうらやましかった。その日の晩御飯で同僚とやけ酒を飲んだ。
その会議の最終日、私は少なくとも日本一の新しい方式のスパコンをお金を掛けないで作りたいと思ったのである。新しい方式とは、スカラー方式といい、マイクロプロセッサを多く使うのである。2003年、私達の作ったスパコンは同志社大学に納入が決まり、10月 同志社大学知能情報センターにAMD Opteron Cluster 512 プロセッサシステムが設置された。一瞬ではあったが、11月にAMD Opteron Cluster 512 プロセッサシステムがスーパーコンピューティングサイトTOP500 にて世界第93 位、日本国内PC クラスタ第1 位、AMD Opteron クラスタ世界第2 位になった。NECのスーパーコンピューターに負けたくないという気持ちが、われわれの原動力になったのであった。
日本の世界一を超えたのは米国
この時に私が目をつけた競争相手がいた。それがアメリカのブルックヘブン国立研究所(BNL) と日本の理研が共同で行なっていた研究であった。当時、値段の安かったDSPというプロセッサを数万個使ったQCDシステムを考えていた。後にブルックヘブン研究所のメンバーはIBMワトソン研究所に移る。IBMでIBMのパワーPCのCPUをコアにしたカスタムのLSIを作って、同じ考えのスパコンをIBMが作ることになった。これがIBMのBlueGeneである。今、世界中のトップのスーパーコンピュータはこのIBMのBlueGeneが独占している。
このたびの理研のスーパーコンピューターは、このIBMのBlueGeneのもうひとつの流れを正統に汲むものである。そして、それは世界でIBMと理研しかできないシステムである。日本でするならば、理研がやらなくてはならないのである。
経済産業省の配下に産業総合研究所というのがある。ここのスーパーコンピューターの受注を争ったことがあった。われわれは同志社大学という実績があった。敵はIBMであった。IBMは台湾製の部品を安く仕入れて、入札に勝った。私はこのとき、この競争で、まさか産総研がIBMから買うとは考えていなかった。お金のある会社の力にはかなわない。IBMは戦略的な値段で入札を取っていった。産総研のスパコンはその後いろいろなトラブル続きで、世の中には大きなインパクトにはならなかった。お金がいくらあっても実現できないこともあるのだ。
IBMのBluegGeneより早いスパコンは理研が作ることができる
BlueGeneが世界一になってから、ある国立大学の研究所から名指しで呼ばれた。「西さん、IBMのBlueGeneより速いスパコンが作れないか」と聞かれた。「なぜですか?」と問うと、「BlueGeneは32ビットである。できないことが沢山ある。そのうち10年ぐらいしたらIBMは64ビットのBlueGene64を投入してくるだろう。でも、私はそれまで10年間も待てないんだよ。」
このたびの理研のスーパーコンピューターは大体において、このIBMのBlueGeneを64ビットにしたような機械である。理研はこのコンピュータを富士通から買うという意識ではないはずである。理研が作っているという気概があるであろう。これを速やかに実現すれば、数年は世界一がとれる。そしてその後、IBMが必ず取り返すであろう。そしたら日本はまたそれより速いのを作ればいい。
世界の競争のために、日本も世界一を取るのだ
日本のために世界一を取るのではなく、世界の競争のために、日本も世界一を取るのだ。IBMに対抗して、それが取れるのにもっとも近いのは、もともとの兄弟分であった理研だけである。NECも日立も、スパコンを止めてしまった。富士通だけがやってくれている。富士通には日本のために頑張ってもらわなくてはならない。富士通のスパコンは最後の希望ではないか。少しぐらい儲けてもらってもいい。世界一の競争ができなくなれば、一番喜ぶのは米国メーカーである。日本が世界一になるから、その次の競争がある。米国は当分世界一を続けるであろう。しかし、競争はそこで停滞する。(中略)
文部科学省はパブリックコメントのWEBを作成
まさに、このコラムを送ろうとしていた今、文部科学省のWEBを見に行ったら、パブリックコメントを求める掲示が11月16日付けで出ていた。私のこのコラムに賛成いただける人は、「スパコン賛成」というコメントを是非、文部科学省のパブリックコメントに送って欲しい。もちろん私もコメントを送りたい。文部科学省に送らないで、このBLOGにコメントを付けていただいてもいい。心からお願いします。はっきりとした民意を示すということが、今、我々に求められていると思う。それがないと閣議にも予算委員会にも上げようがない。それが今の私の最後の希望である。
◆遠ざかるスパコン世界一の座 5月20日 伴大作
科学技術行政の投資の問題点
日本の科学技術行政、中でもコンピュータに関する支出判断には違和感が残る。次世代のスパコン、それも、世界一の性能を目指すのであれば、金に糸目をつけないぐらいの覚悟は必要だ。
NECがこれまで蓄積したベクター型スパコンのノウハウを結集した最先端のシステムを国費で構築するのなら、あるいは既に世界の主流となったスカラー型で世界一を目指すのなら、それはそれで納得できる。どちらかを選択することが重要なのだ。
問題は、両者の長所を引き出して融合させようという狙いからか、ある意味で水と油の関係にある両者で合同のプロジェクトを組ませようとしたことにある。それほど潤沢とはいえない予算で、このような試みを行うなど暴挙に近い。公共建築を建てるときに業者を集めて談合する感覚なのかもしれないが、ノウハウの結晶であるスパコンでは、どの会社も技術情報の流出を極端に嫌う。共同プロジェクトなど不可能に近いのだ。
それにしてもなぜ、理化学研究所のプロジェクトは2つのアーキテクチャのどちらかを選択するのではなく、両者の長所を取り入れようとしたのだろう。同研究所の意欲は買うが、結局「二兎を追うものは一兎をも得ず」という結果は見えていた。
日本の科学技術行政ではこのようなケースがかなり多く見受けられる。関係者の意向を尊重するあまり結論を出さず、三方一両損のような進め方をする場合が結構多い。今回の件では、スカラー、ベクターいずれかを選択すべきではなかったのだろうか。
(私のコメント)
蓮舫参院議員が「一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか」と言う事で、スーパーコンピューターの開発予算をばっさり切ったことが話題になっていますが、その問題点はどこにあるかが素人には分からない。しかし科学者たちも必殺仕分け人に対しての説明の仕方が悪くて予算の削減が求められてしまった。
スーパーコンピューターと言うから特殊なコンピューターと考えがちですが、パソコンと原理は同じだ。日本はNECが開発したベクター型のスーパーコンピュータの「地球シュミレーター」が有名ですが、世界のスーパーコンピューターの主流はスカラー型に代わりつつある。
最近のパソコンでもCPUが分散型になってきていますが、スーパーコンピューターでもCPUを並列に並べて高速化を図るほうがコストも安く作る事が出来る。だからNHCや日立の開発してきたベクトル型のスーパーコンピューターは撤退を余儀なくされた。性能がいくら良くても高ければ誰も買わないし開発も行き詰まってしまう。
理研では富士通のスカラー型の開発一本に絞るようですが、文部省では当初はNECや日立などを加えたジョイントベンチャー方式で折衷させようとした事に問題がある。これは池田信夫氏が批判するようなITゼネコンのやり方であり、戦艦大和になってしまう。文部官僚が技官であってもスーパーコンピューターの主流がベクター型からスカラー型に変わる事が理解できていないからこうなるのだ。
西氏が書いているように理研が開発しようとしているのは、32ビットのCPUを使ったスーパーコンピューターから64ビットのCPUのコンピューターを開発しようと言う事であり、完成すれば数年は世界一のスーパーコンピューターになる。蓮舫参議院議員は世界一になる必要があるのかと発言しましたが、パソコンを操作していてインターネットを表示するのに数分もかかる様なパソコンでいいというのだろうか?
高性能パソコンでなければ動画も見れないし音声も再生できないようなパソコンでは今では使いものにならない。確かにワープロや表計算が出来るからいいではないかといった理屈ですが、科学計算で早いかどうかは致命的であり、スーパーコンピューターでは早ければ早いほどいい。今の計算機でも何年もかかるような計算プログラムがあるようですが、次世代機では数時間で計算できるようになれば不可能が可能になる。
中央官庁の技官でも専門分野では取り残されているのであり、新型インフルエンザでも厚生省の医療技官は全く対応が出来ていない。それが数千億円の予算を握ってしまっているから無駄に国家予算が使われて赤字財政になってしまうのだ。文部省の官僚がスーパーコンピューターの意義を説明が出来ないのも現場を知らないからであり、実権だけを握りしめて離さない。
蓮舫氏らの「スパコン、世界一になる必要あるのか」の発言にソファから転げ落ちそうになった西氏の気持ちが分かりますが、池田信夫氏のスーパーコンピューターは戦艦大和だというほうが素人には分かりやすい。しかし池田氏が批判するのはベクター型とスカラー型を折衷させようとして巨額な費用がかかるやり方を批判したのだ。
ベクター型にはベクター型のよさがあり、現在NECや日立のスーパーコンピューターを使っているユーザーはスカラー型の計算機を使うことが出来ない。64ビットのパソコンは64ビット用に作られたプログラムでなければ意味がない。もちろんパソコンもソフトが無ければただの箱でありほどほどの性能のパソコンで優れたソフトを開発した方がいいという意見もある。
しかし科学計算は早くなければ実用にならないのであり、世界一でなければ新しい発見も出来ない。32ビットの計算機を64ビット化する事はプログラムもそれ専用のプログラムを組む必要があり実機が無ければ作ることが出来ない。ITもソフトとハードがあって役に立つようになるのですが、スーパーコンピューターは金で買えばいいは暴論だ。
ITもかつては日本が最先端を行っていたのですが、国産OSがアメリカの圧力で潰されて情報産業では遅れをとるようになってしまった。NEC、東芝、富士通、日立と各メーカーがバラバラに開発したパソコンは皆ダメになってしまった。スーパーコンピューターも同じ道を歩むのだろうか? 技術革新のスピードが非常に速いから世界一のものを作っても直ぐに追い抜かれるから無駄だと言うのは技術を知らない人が言うことだ。
NECも日立も業績不振で理研のプロジェクトから撤退した。技術革新競争に遅れを取れば日本の科学技術立国は成り立たなくなりますが、今回の事業仕分けでは科学技術予算がばっさりと切られてしまった。必殺仕分け人の質問に答えられない科学者もだらしがないのですが、国民もある程度の理解がないと話が進まない。
旧社会党は宇宙開発ロケットの開発にも反対してきた経歴がありますが、蓮舫参院議員は旧社会党の亡霊が甦ったようだ。コンピューターにしても今ではあらゆる物に組み込まれて使われていますが、戦争だって兵器にはコンピュータが組み込まれている。ミサイルが飛びかう時代にはスーパーコンピューターの性能が無ければミサイルの迎撃すら出来ないだろう。
蓮舫参院議員が中国のスパイだからではないかと言う意見もありますが、そうだとすればスーパーコンピューターを戦艦大和だという池田信夫氏もアメリカのスパイなのだろうか? 戦艦大和は蒸気タービンエンジンでジーゼルエンジンではなかった。だからアメリカの新鋭戦艦はジーゼルエンジンで速力も速くて航続距離も長かった。だから大和は作られたとたんに旧式化して戦争では使いものにならなかった。当時のエリート海軍技官も蒸気タービンからジーゼルへの時代の流れが読めなかったのだ。
事業仕分けは、民主党が政権政党であることを見せしめるために
行なわれたもので、民主党を通さなければ予算は付かないという事だ。
2009年11月19日 木曜日
◆「公開処刑」それとも「人民裁判」? 11月18日 王武史
筆者は少なからぬ時間を仕分けが行われている東京・市ヶ谷の国立印刷局体育館で過ごしたが、マスコミや役所の関係者ばかりか、社会問題に関心の高そうなお年寄りや、たまたま立ち寄っただけと思われる若い人が意外といるのに驚いた。
仕分け対象となった時点で、当該事業の廃止や抜本的な見直しはまず避けられない。とはいえ議論自体は筋書きなく進み、なかなかスリリングだ。仕分け人たちは時に脱線し、時には声を荒らげながらも、多くの場合は的確に事業の問題点をあぶり出していく。
絶句する農水省職員、「何を言ってもムダ・・・」
仕分け人は巷間言われているほど素人ではない。農業問題だったら土地改良区の役員経験者や林業経営者であり、霞が関の官僚たち以上に現場を熟知していることもままある。
例えば、2日目の11月12日午後に議論された都市と農村の交流を推進する事業。総額327億円ものプロジェクトだが、実際には「そば打ち道場」といったハコモノに多くのカネが消えている。「公募で選ばれた民間団体」と称する天下り法人が事業実施主体として血税を吸い取っている様が、次々と浮き彫りにされた。
小学生の農村体験宿泊を国が支援する事業(要求額7.4億円)では、財団法人・都市農山漁村交流活性化機構という「民間団体」(唯一の常勤役員は齋藤章一・元関東農政局長)が国の委託を受け、派遣を希望する小学校と受け入れ側の農村のマッチングを行っている。
これに関しては、「農村では都市側のニーズや要望を把握しきれない」という農水省の主張と、「自治体や教育委員会、ITを使ってカネを一切かけずに挑戦したらどうか。必要額が2ケタくらい違うのではないか」という仕分け人の主張が真っ向から対立していた。
初日にいきなり農道整備のための公共事業予算(168億円)で「廃止」判定を受けた農水省職員は、呆然とした表情で「・・・絶句です」と言うのが精一杯。国土交通省や厚生労働省と並んでやり玉に挙げられている感のある農水省からは、「何を言ってもムダ。どうせなら主文(結論)から言って、『最後に何か言いたいことは』と聞いてくれた方がまだいい」と怨嗟の声が聞こえてくる
随所に財務省主計局の「影」、作業グループの判定を主導
いろいろな意味で画期的と言える事業仕分けだが、聞いているうちに疑問も浮かんでくる。
まず、全体を通じて指摘できるのは、随所にちらつく財務省主計局の影だ。そもそも仕分け対象の事業を選んだのが主計局なら、不要とする理由を列挙しているのも主計局。各作業グループの判定は、ほぼその主張に沿って出ている(時には担当主計官の思惑を超えてラジカルな結論が出ることもあるが・・・)。行政刷新会議を事実上取り仕切る事務局次長の宮内豊氏(大蔵省1981年入省)は、小泉純一郎政権時代に地方財政三位一体の改革を主計官として支えていた。
要求省庁が持つ予算に関する知識に対抗し得るのは、査定当局の財務省しかない――。という事情はあるものの、元はと言えば彼らが要求官庁との馴れ合いで認めてきた予算ではないか。長年、主計局では「要求官庁の言いなりになるのは無能と言われるが、落とし所を考えないのもバカと呼ばれる」(OB)という独特のカルチャーが支配してきたのだ。
予算編成、査定プロセスの徹底公開を
派手な議論に隠れがちだが、事業仕分け自体の位置付けも極めて曖昧だ。ここでの「判定」は政府としての結論ではなく、年末にかけて本格化する主計局による通常の査定の際の参考にされるに過ぎない。
行政刷新会議の判定が覆されるようだったら、何のための事業仕分けだったのかということになる。逆に行政刷新会議の判定が最終的なものだとしたら、彼らは何の権限があって国家の財政を差配しているのかという問題になろう(仕分け人たちは辞令すら交付されていない)。
国レベルでの事業仕分けは、鳩山由紀夫首相も認めるように恐らくは、政権交代の過渡期にある2009年だけの例外的な手法となるだろう。
本来、予算査定は財務当局が責任を持って行うのが筋だが、その責任を放棄したために積み上がったのが800兆円を超える財政赤字だ。国民は事業仕分けで吊し上げに遭う官僚を見て溜飲を下げるのではなく、本番の予算編成こそ注視していかなければならない。
財務省は、事業仕分けで得られた知見や考え方を仕分け対象以外の事業にも適用するというが、どこまで徹底されるのか。全く予断を許さない状況だ。
藤井裕久財務相は査定プロセスの公開にも前向きな姿勢を示しているが、これまで出てきている公開案は極めて限定的だ。事業仕分けの成果を生かし、国民が広く納得する予算編成を実現するには査定プロセスの徹底した情報公開しかない。
(私のコメント)
民主党の事業仕分けは公開して行なわれていることからも分かるように、民主党が政権政党であることを見せしめるために行われている事であり、民主党議員の必殺仕分け人がばっさばっさと切り込んでいく。やっている事は財務省がやっている査定を公開して民主党議員が踊っているだけなのでしょうが、財務省が切れなかった事業や基金をあぶりだして、民主党議員がそれを切る判定を下す。
自民党政権では族議員が付いているから切ろうとすると族議員が反対して通してしまう。必殺仕分け人の背後には財務省の主計官がいるから、各省の局長などもなかなか抵抗しきれないようだ。受ける側としては人民裁判に掛けられているような気にもなるだろう。しかしニュースなどで見る範囲ではどうしてこんな事業が行なわれているのか分からないような事業があるのも事実だ。
年月が経てば次々と特殊法人が作られて基金を管理して天下り役人が増えていく。それが最近では12兆円もの予算規模になってきている。先日も認可保育園の事を書きましたが、補助金のあるところに利権が生まれて、おいしい蜜をすする団体や役員が増えていく一方だ。財務省の役人では無駄だと言う事業も切れないのは、族議員が関与している為であり、族議員は関与する団体を増やすのが仕事みたいなものだ。
八ツ場ダム一つとっても周辺に多くの関連団体が出来て工事を受注する。50年以上もの年月が経ってもダムが出来ないのは、出来ない方がそれだけ長い間おいしい蜜がすすれるからだ。事業が一度始まってしまうとなかなか中止される事は少なくて、毎年のようの予算が付いてくる。
予算が付けば建設会社を通じて政治献金がキックバックされて来るので、族議員の先生方も関連団体を沢山作らせて予算を配分していく。それが民主党に政権交代したことで族議員がいない事で予算がばっさりと切る事ができるようになった。予算をばっさり一旦切ったとして今度は民主党に政治献金を回すようにするのかもしれない。
このような仕組みで国家予算はドンドン膨らんでいくのですが、予算を切った所で国家の運営には何の支障も生じないだろう。中央官庁の役人たちはやらなくてもいいような無駄な事業を次々と立ち上げては特殊法人を作って天下って行く。無駄な事業とは分かっていても族議員の先生方に働きかけて作らせてしまえば何でもできる。
民主党にしても政権が長くなれば自民党と同じような利権団体を沢山作って政治資金としてキックバックしてくるような仕組みを作るだろう。アフガニスタン支援に民主党は4500億円も支援するようですが、腐敗したカルザイ大統領に入った支援金は困窮するアフガニスタン国民には行かずに途中で消えてしまうだろう。その内の一部が民主党にキックバックされて来る。
中国へのODAもキックバックされて経世会の資金となりましたが、国家予算に群がるアリ達は利権を独り占めして国家の力を弱めていく。政権交代した民主党は自民との利権に切り込んで事業仕分けが行なわれたのであり、政権が交代したからこそできる事なのだ。八ツ場ダムにしても作っても意味の無い事業なのですが既に4000億円の金が使われましたが、多くのアリが群がっていた。
◆八ッ場ダム受注企業に国交省の93人再就職 11月11日 日本テレビ
群馬・長野原町の八ッ場(やんば)ダムに関する工事を受注した企業や団体に、去年3月までの5年間で国交省から93人が再就職していたことがわかった。
これは民主党・村井宗明衆議院議員の調査で明らかになったもので、国交省は「法律に基づき、適正に手続きを進めた結果だ」とコメントしている。
(私のコメント)
ダム事業一つとってもこの有様だから、事業仕分けで叩ききる事業は3000もある。今回はその内の450ほどを対象としただけなのですが、一兆円もの金が出てきた。沖縄の普天間基地の問題もアメリカとの外交問題とは別に基地建設に伴う4000億円の利権が問題なのだ。自民党は利権の一つとして辺野古に海兵隊基地を作ろうとしたのでしょうが、嘉手納に統合したほうが金はかからない。
もちろん景気対策としては公共事業としてカネはばら撒いた方がいいのですが、ダム建設のような建設事業では建設会社や関連団体に留まってしまう。それよりも子育て支援や戸別所得補償のように直接配ったほうが効果があるだろう。これも中央から地方への所得再分配システムであり、民主党はそれで選挙で勝利した。
民主党は今まで出来なかったパンドラの箱を開けるのが一番大きな役割であり、八ツ場ダム建設中止はパンドラの箱の一つだ。普天間問題もパンドラの箱であり、もっと大きなパンドラの箱が沢山ある。90年代から続く日本経済の低迷は経済政策の失敗から来るものですが、民主党にも打開策があるわけではない。
緊急を要するのは医療と福祉ですが所得再分配システムを元に戻して累進課税にすることだ。
◆日本の貧困と所得再分配について(志村建世さんのブログへのコメントを再掲します) 11月10日
このなかで最も深刻なのが母子家庭です。日本の母子家庭の母は84.5%が働いているにもかかわらず(先進国中でも高い就労率です)、年間就労収入は171万円と低額で手当や年金などを含めても年収わずか213万円です。母子家庭の子どもでは貧困率は66%に上るそうです。母親は時給750円や800円という仕事を長時間かけもちせざるを得ず、親子が接したり学力に関心を持つ時間はなくなります。その結果、中学や高校でも「小学校の九九から覚えてきていない子がいる。以前なら考えられないことだ」(教員の方の言葉)というような事態が起こっています。母子家庭に限らず、いわゆるワーキングプア層も含めて年収200万円以下の人は1000万人にのぼっています。
その解決法は一つではなく多面的に考えなくてはならないと思いますが、とても重要なのが所得の再分配機能です。税や社会保障を通じて高所得者層から低所得者層へと所得を移転する機能で、これはどこの資本主義社会でも富の不平等是正策として行われていることです。日本はこの所得再分配機能が先進国中でもたいへん低いことが知られています。例えば「ドイツでは再分配により低所得層の所得と平均所得の格差は20.5%も縮小したが、日本では、米国の5.4%より小幅の2.0%の改善にとどまった」というデータもあります。さらに、低所得層では所得区分によっては税や諸経費による支出の方が大きく、再分配後の格差が逆に広がったという統計もあります。
(私のコメント)
冒頭の記事に「公開処刑」とか「人民裁判」と言った言葉が使われていますが、政権が交代した事は鳩山首相が言うような「無血の維新革命」が行なわれたからだろう。所得格差が広がれば取り残された人の不満が増大するのであり、特権階級が引っ張り出されて事業仕分け人によって「人民裁判」に掛けられている。このようになったのも自民党ではどうにもならなくなってしまったからであり、鳩山革命政権でどれだけのことが出来るだろうか。
「中美共治」という傲慢な言葉が中国のマスコミに登場した。「G2」とは、
中国と米国で世界を統治するという意味であり、米国の衰退を鮮明にした
2009年11月18日 水曜日
◆オバマ米大統領の訪中、さらなる米中「蜜月」? 11月16日 サーチナ
「1979年の国交正常化から30年、米中関係はこれから第二段階に入る。そこにはルールブックはない。キーワードは、『互相幇助、互相発展』(相互に助け合い、相互に発展する)だ」
8月に着任したばかりのハンスマン駐中アメリカ大使は、先日、流暢な中国語で私にこう語った。
11月15日(昨晩)深夜、オバマ大統領が中国へやってきた。歴代のアメリカ大統領の中で、就任以来、最も早い訪中である。しかもオバマ氏にとっては初訪中で、アジア歴訪8日間のうち、実に半分の4日間を中国で過ごす。貿易摩擦、通貨統制、地球温暖化、北朝鮮・・。オバマ訪中で取り上げられる議題は多々あるが、米中ともに、より高次元で両国関係を捉え始めている。中国の外交関係者が明かす。
「9月24日、アメリカのスタンバーグ国務副長官が、『今後の米中は、‘戦略的保証‘(Strategic Reassurance)の関係になるべきだ』と発言した。『アメリカは中国の台頭を歓迎し、中国は他国の安全と利益を脅かさない。米中は共に戦略的に保証しあうべきだ』というのが主旨だ。以来われわれは、オバマ政権の提起した『戦略的保証』の概念の真意を探ろうと、あらゆるルートを通じて研究を開始した。これはブッシュ前政権が中国を『利益相関者』(Stakeholder)と提起して以来、アメリカ政府の4年ぶりの方向転換を意味する」
少し説明が必要だろう。2005年9月に、当時のブッシュ政権随一の親中派と目されていたゼーリック国務副長官が、「今後アメリカは中国を利益相関者(Stakeholder)とみなす」と発言。これが中国外交当局者の間で、大きな波紋を呼んだ。つまり、これまで自分たちを敵視しているとみなしてきたアメリカが、初めて「利益を共有する者」と評価してくれたと受け取ったからだ。実際この「ゼーリック発言」以降、中国のアメリカ外交は大きく協調路線に転換していった。
そして今回、オバマ政権は新たに、「戦略的保証」なる外交方針を掲げたわけだ。これは冒頭のハンスマン大使の発言にも連なる、「30年ぶりの対中政策の大方向転換」を意味する可能性があるのだ。だが中国は、警戒心を解いていない。前出の中国の外交関係者が続ける。
「確かに『戦略的保証』の概念は、21世紀にふさわしい中米関係の構築という意味で、大変重要である。いまや米中関係は、単に2国間の関係から、よりグローバルな全地球的な関係へと進化・発展しつつあるからだ。しかしその一方で、『戦略的保証』の概念は、『我明彼暗、我優彼劣、我対彼錯』(我が方は明るくて優位で正しい、先方は暗くて劣っていて誤っている)というアメリカの伝統的な中国蔑視政策から抜け出ていないという指摘も、われわれの中である。中国が今回、オバマ大統領を手放しで‘熱烈歓迎‘しているわけではないのも、まあしばらく様子を見てみようということだ」
9月11日にオバマ大統領が中国製タイヤに3年間の報復関税をかけると宣言して以来(これを中国の外交関係者たちは「9・11事件」と揶揄している)、米中は貿易問題に関して、水面下で‘死闘‘を繰り返してきた。中国メディアは「オバマとの60日戦争」と煽動するなど、マスコミを巻き込んだ‘総力戦‘となっている。
そんな中、訪中したオバマ大統領に対して、中国はアメとムチをそれぞれ用意した。まずアメとは、上海ディズニーランドの許諾だ。米企業としては史上最大の35億ドルを初期投資して、上海万博後のオープンを目指す。今回オバマ大統領が超多忙のスケジュールの中、わざわざ上海まで足を伸ばしたのも、この一件が大きい。「中国のディズニー」を、アメリカの金融危機の救世主にしようというわけだ。他にも、アメリカの航空技術投資を決めている。
逆にムチとは、オバマ大統領訪中直前に、温家宝首相をアフリカに派遣したことだ。11月8日、温首相はカイロにアフリカ49ヵ国の代表を集め、対中債務の免除と、新たな100億ドルの借款を約束し、アメリカの度肝を抜いた。「遠交近攻」(遠くの国と組んで近くの国を攻める)とは、古代からの中国外交の常套手段だ。中国は、アフリカを取り込んで、国連を始め多国間外交においてアメリカを包囲しようという長期戦略を抱いているわけだ。
いずれにしても、世界を遍く巻き込む米中外交が、ますます「日本抜きで」進んでいくことだけは確かだ。。
◆宮崎正弘の国際ニュース・早読み 11月18日
米中新時代のどこか「新しい」のか。オバマ訪中の意義とは?
オバマの米国も「中国様」に平身低頭。「中美共治」という美辞麗句も登場
オバマ大統領の訪中は「多大な成果」を挙げられず、12年ぶりの「共同声明」を出して終わった。「戦略的信頼」を謳った米中共同声明の中味に新味はなく、1998年の米中共同声明を塗り替えただけのものである。
これでは日本の媚中外交も霞んでしまいそう。
米国は人権批判もチベットもウィグルも議題に持ち出さず、唯一、共同声明に「人権で意見の相違がある」と文章化したのみ。
地球温暖化との協力を一応は提議したが、もっぱら専心したのは「人民元」「貿易不均衡」だった。ただし、北京での記者会見の席上、オバマは「台湾関係法」の維持を明確に言い切った。
「周到に慎重に手配された」(ヘラルドトリビューン、11月18日付け)中国訪問だったが、オバマがのぞんだ「民主活動家」「ブログの言論人」「学生活動家」らの対話は実現せず、上海でのタウン・ミィーティングは共産党が指名し、動員された「やらせ」の聴衆だった。
中国のマスコミは、いつものように都合の良い報道しか許可せず、北京の学生は、上海で行われた大統領との対話集会を知らなかった。
「つまり自由民主をのぞむ学生、知識人との対話や軍視察、研究所視察というオバマの事前の訪問希望はすべて断わられ(警備の都合という理由がついた)、かわりに用意されたのが紫禁城と万里の長城見学。これで合計六時間。まるで観光旅行に終わった」(ディビッド・シャンボー、前ブルッキングス研究所シニアフェロー、IHT=11月18日コラム)。
「中美共治」という傲慢な言葉が中国のマスコミに登場した。
文字通りに解釈すれば「G2」とは、中国と米国で世界を統治するという意味であり、ロシアもEUも、もちろん日本も入らない。
「米ソ冷戦」から「米中共治」。
嗚呼、米帝国の衰退によって状況はかくも鮮明に変貌した。
(私のコメント)
米中関係の力の変化は今回のオバマ大統領の中国訪問でも現れてきている。アメリカは債務国であり中国は債権国なのだ。日本もアメリカに対する中国に次ぐ債権国なのですが、軽視されて全く相手にされていない。民間も含めれば日本はアメリカに対して400兆円以上のドル債券を持っており、それらが売りに出ればアメリカ経済は破綻する。
しかしアメリカは日本を軽視し中国を重視している。それくらい日本はアメリカにバカにされているのですが、そうさせているのは日本の政治家とマスコミだ。日本の政治家は田中角栄のようになりたくなければアメリカの言う事を聞けといった脅しに屈してアメリカに従属政治を行なってきた。中曽根政権や小泉政権のように対米関係がよければ長期政権となり、悪ければ短期政権になる。
アメリカに対する貿易摩擦問題でも、日本に対してはスーパー301条をかざしながら制裁を辞さない圧力外交できましたが、中国に対してはアメリカは及び腰だ。今回のオバマ訪中でも人権問題や民主化問題は全くスルーされて台湾との関係も中国は一つといった事が再確認されてクリントン大統領以上の媚中ぶりだ。
人民元のドルペッグに対してもこれと言った成果が見られず、貿易不均衡は酷くなる一方なのにオバマ大統領は「戦略的保証」と言った中国を喜ばせる美辞麗句を連発した。「戦略的保証」が何を意味するかは謎ですが、ステークホルダーをより強化したものだろう。
アメリカの国力の衰えを中国の力を利用する戦略なのでしょうが、中国の周辺国にとっては迷惑な話だ。鳩山首相がアメリカ離れを模索するのは当然であり、米中の力関係が変化している以上は当然だ。
90年代頃まではアメリカの第七機動艦隊は中国の沿岸を悠々と航行する事ができましたが、今では米機動艦隊の周りには中国の潜水艦が出没するようになった。通常型の潜水艦でもリチウムイオン電池の実用化で1週間程度の潜行活動が出来るようになって発見が難しくなったのだ。その事によって南シナ海は中国の内海化している。
アメリカの軍事力はこれ以上の増強は無理であり、イラクやアフガンで陸上戦力は釘付けにされている。イラクやアフガンでアメリカ軍の陸上戦闘能力の限界を見せており、中国の周辺地域ではアメリカ軍は中国軍に勝つ事は出来ない。だから日本は今までならアメリカ様さま外交で用が済んでいましたが、アメリカは戦略的に東アジアから撤退せざるを得なくなっている。
そこで問題になるのが沖縄の普天間基地問題であり、鳩山首相の抵抗がアメリカ政府をビックリさせている原因だ。鳩山首相はアメリカ抜きの東アジア共同体を構想している。このような鳩山政権の構想はアメリカにとっては大きな痛手であり、「G2]構想そのものも成り立たなくなる事になる。アメリカが中国に「G2]と言えるのも日本がアメリカについていればの話であり、日本が中国に付けばアメリカは西太平洋インド洋から追い出される。
それでアメリカからゲーツ国防長官がやってきて日米合意を守れと高圧的な脅しをかけてきましたが、鳩山民主党政権はぬらりくらりと引き伸ばしを図っている。鳩山首相がこのような強気でいるのはアメリカの奥の院と裏取引があるからだろう。
アメリカにしても東アジアから軍を退くには軍部の抵抗がある。それに対して日本政府が出て行けといえば軍縮派としては渡りに船だ。
アングロサクソンの伝統的な戦略は分断して統治する事ですが、中国をこのまま強大化して日本を弱体化させることはアメリカとしても得策ではないだろう。自民党政権時代のようにアメリカに従属的なら「思いやり予算」などでアメリカが直接関与できますが、鳩山内閣では「思いやり予算」も見直しの対象だ。「思いやり予算」がカットされれば米軍基地は縮小されていくだろう。
つまり日本の3000億円あまりの「思いやり予算」がアメリカの「G2」構想を支えるものであり、
沖縄の普天間基地問題が今後の日米中の力関係を左右するものになりかねない。中国から見れば鳩山政権の動きは中国の超大国化に力を貸すものかもしれないが、中国にとっては痛し痒しであり、アメリカに対しては「思いやり予算」中国に対しては「ODA]と金で米中を操っている事になる。
◆中国は世界最強国になりうるか、鍵を握るのは日本の民主党政権? 9月7日 サーチナ
昨年あたりから、米中の2大国首脳が定期会談を行い国際社会をしきっていこうという「G2論」が一部米国の専門家の間で話題になり、チャイナメリカという言葉もできた。辛亥革命から約100年、新中国建国から60年。中国の大国崛起物語は最終章に入ったという見方は国内外で広がっている。
次期外相の岡田克也氏は「中国重視でいく」と言明している。アメリカと距離をはかり、米軍の太平洋におけるフォーメーションの要である沖縄の普天間基地を県外移設したい考えも持っている。これに加えて中国が着々とすすめている「真珠の首飾り」戦略(インド洋をめぐる港建設・増築計画、中国海軍の制海権強化が目的とされる)が完成した暁には、中国も米国と肩を並べる軍事的影響力をもつかもしれない。
かりに日本が中国の同盟国にでもなれば、今のアメリカの地位に中国を押し上げることは可能かもしれない。鳩山由紀夫氏が月刊誌に書いた“反米論文”に対して米国側が示した過剰なまでの反応は、日本人に自分たちがキャスティングボートを握りうる立場にあることに気付かせた、かもしれない。
問題は、独裁国家・中国がそういう形で世界最強国になったとしても、世界中の誰ひとり、日本人はもちろん中国人ですら、おそらく喜ばないだろうということだ。民主党政権はくれぐれも血迷わないでほしい。
(私のコメント)
「株式日記」では
アメリカが唯一の超大国でいられるのは日本がアメリカについているからであり、大英帝国が最強だった時も日英同盟が支えていた。もし日米が普天間問題で拗れて日米同盟が解消されればアメリカは急速に超大国の地位から転落していくだろう。中国はドルの基軸通貨体制を批判しているし、日本もそれに同調すればドルは紙切れになる。それくらいアメリカにとっては日中が同調する事は脅威になる。
アメリカ政府が必要以上にナーバスになっているのは鳩山首相が何を考えているかが読めないからだ。鳩山首相はもともと自民党議員であり自民党と同じと考えていたのだろう。しかし鳩山論文を読めば自民党とは異なり脱アメリカの政策だ。日米同盟が機軸とは言っても敵にはならないと言う意味だけだ。
90年代からの日本軽視と中国重視の政策が日本のアメリカ離れを促すものであり、アメリカの中枢にはこのような考えがあるということだ。
東京23区の保育士の平均年収は800万円を超え、園長の給与は
約1200万円。園長は都庁の局長レベル。保育園業界に巣くう利権の闇
2009年11月17日 火曜日
◆新規参入は断固阻止!!保育園業界に巣くう利権の闇 11月16日 ダイヤモンドオンライン
保育園に入れない子どもが増加している。その一方で、保育園の新規開設は遅々として進んでいない。株式会社などによる新規参入に、既存の保育園が政治力まで使い反対してきたからだ。その背景には、既存の保育園の経営が利権化し、職員の待遇が恵まれていることがある。保育園業界の闇を追った。
経営感覚ゼロでも客が万来し、税金はかからず、補助金はジャブジャブ。職員には、高給取りがごろごろいる。100年に一度の不況など、どこ吹く風──。
今どき、そんな夢のような業界がある。保育園業界だ。
なにしろ保育園の需要は急増している。2009年4月時点で、認可保育園に申し込みをしているが入園できない待機児童数は、全国で約2万5000人。しかも、この1年で29.8%増と過去最大の増加を示している。
さらに、はなから諦めて申し込みをしていない潜在的な待機児童数は80万人と推計される。
これだけ需要があるのに保育園はなぜ増えないのか。その答えは、新規参入の難しさにある。保育園業界が、新規参入を断固として阻止しているのである。
保育園には、認可保育園と認可外保育園がある。認可保育園は文字どおり自治体の認可を受けたもので、国や自治体から潤沢な補助金を受け取っている。国費だけでも、年間3000億円程度が認可保育園に投入されている。
認可外保育園には、一部に東京都独自の補助金を受けられる認証保育園などがあるが、多くが補助金をまったく受けられないベビーホテルなどで、設置は自由だ。
認可外保育園が全国で約7300なのに対して、認可保育園は約2万3000。さらに、認可保育園は、自治体による公立認可保育園と社会福祉法人などによる私立認可保育園に分かれ、その数は半々である。
そして、認可保育園と認可外保育園の経営には、天国と地獄ほどの差がある。認可保育園の経営は楽で非常においしいのだ。
認可保育園は認可外保育園がもらうことのできない巨額の施設整備費を受け取っているため、園舎は立派で、園庭も大きい。それでいて、月謝の平均は約2万円と安い。これも補助金のおかげだ。
たとえば東京都では、私立認可保育園で約30万円、公立では約50万円を、0歳児1人当たりの保育費用として毎月補助している。だから、月謝が安いのだ。
一方、都心の認可外保育園の多くは、雑居ビルで運営され、0歳児の月謝は6万〜7万円かかる。
これだけ差があれば、認可保育園には黙っていても園児は集まる。そして、園児が集まれば、それだけ多くの補助金が入ってくる。
おかげで、認可保育園の経営者に経営感覚は育ちにくい。「複数の物品の納入業者から見積もりを取って、値引きさせるという当たり前のことすらやらない園もある」(認可保育園関係者)。
さらに、保育園経営が“利権化”している面もある。
私立認可保育園の多くは社会福祉法人によって運営されている。社会福祉法人は地域の篤志家などが自らの財を提供して設立し、保育園運営を始めたケースが多い。
しかし、補助金事業で公的側面が強いにもかかわらず、後任の理事長も自ら決めることができる。現在では、二代目、三代目と、後を継いでいる保育園も多い。また法人税を支払う必要がなく、一族を職員として雇うことも多い。
儲けの裏技もある。私立認可保育園の職員の給与の支払いにも補助金が投入されているが、その額は、およそ世間一般での“大卒で30歳程度”に設定されている。
ところが、一部の私立認可保育園では、女性職員は30歳までに辞めるように仕向けつつ、なるべく若い職員を中心にして人件費を抑えている。実際の賃金と補助金との差額が、利得になるからだ。
さらに、社会福祉法人の理事長は給与額を自分で決めることができる。こうして「合法的に私腹を肥やす」(認可保育園関係者)のだ。
一方、公立認可保育園に目を向ければ、園長、職員、双方が待遇面で恵まれている。
保育園の問題に詳しい、鈴木亘・学習院大学教授は、「東京23区の保育士の平均年収は800万円を超え、園長の給与は約1200万円。園長は都庁の局長レベルだ」と明かす。他の地域でも、地域の公務員に準じているという。
もちろんすべての認可保育園が、利権ばかりを気にしているわけではなく、熱意を持って保育にかかわっている良質な園もある。しかし、制度全体の設計が、放漫経営や利権目当てを生みやすい構造になっていることは否めない。
そして、これだけの利権や特権をやすやすと手放すわけがない。保育園業界は、団結して新規参入を阻止してきた。
認可保育園の新設は地方自治体が判断し、株式会社の参入など規制緩和は政府が決定する。つまり、あらゆるレベルで政治がかかわってくる。そこで、保育園業界は強い政治力を備えるようになった。
その代表格が保育3団体だ。日本保育協会、全国私立保育園連盟、全国保育園協議会連盟は強い政治力を持ち、厚生労働省の部会などにも参加している。
加えて、23区の公立認可保育園は共産党系の労働組合の影響が強い。また、全国の他の公立認可保育園は自治労(全日本自治団体労働組合)の影響が強い。現在、全国の自治体で公立認可保育園を民間に委託する動きが相次いでいるが、これらの団体を背景に、組織的に委託反対運動を起こしているのだ。
猛反発の成果は上々だ。2000年に、国は株式会社などによる保育園設置を形式上認めたが、その中身は骨抜きだ。特殊な会計基準を強要され、補助金は既存の認可保育園に比べたら利用できないものも多かった。
なにより、政治力を気にしてか、株式会社による申請があっても、自治体が認可しないことも多い。株式会社などによる認可保育園は、全体の2%以下にとどまっている。(後略)
(私のコメント)
保育園の待機児童が80万人いるということですが、保育園がどうして増えないのだろうか。保育園には認可保育園と認可外保育園があるそうですが、認可保育園には国や地方から補助金が出る。国からだけでも3000億円の補助金が出ていますが、地方からも同じくらい出ているのだろう。だから認可保育園の経営は補助金でウハウハの経営らしい。
しかし国も地方も財政が厳しいから保育園を増やせば補助金も増やさなければならなくなるから認可保育所がなかなか増えないのだろう。仕方なく保育園に入れない児童はベビーホテルのような認可外の保育園に子供を預ける。認可外の保育園には補助金も付かないから保育料も月に6万円から7万円もかかる。認可保育所は2万円程度だから申し込みが殺到していますが審査が厳しくてなかなか入れない。
東京都では児童一人当たりに私立認可保育園には30万円が出ていますが、公立の認可保育園には50万円が補助されている。公立の保育所の園長は年収が1200万円で保育士の年収は800万円あまりになるそうです。まさに認可保育園は法人税は払わなくてもいいし補助金は自動的に下りてくるのだから、これほどおいしい事業は無いだろう。
それならば株式会社などが参入してきてもいいはずですが、様々な圧力団体があってなかなか認可が出ないらしい。国や地方は補助金は増やせないし、保育園側は保育園が増えると限られた補助金の割り当てが減らされる恐れがあるから反対する。公立の保育園は自治労の牙城であり、公立学校と同じような問題を抱えている。
私立の認可保育所は社会福祉法人が経営していて、篤志家が資産を提供してはじめたケースが多くて、私立認可保育園は二代目や三代目の園長が継いでいる事も多く、一族で経営している所も多い。人件費などは補助金が出るから人件費を低く抑えれば差額が儲かるらしい。理事長ともなれば自分で自分の給料を決められるから、補助金で資産形成が出来る事になる。
だから国や地方は補助金を増やせない。、既存の認可保育所はおいしい利権を独り占めしたいから新規の認可保育所は作らせない事になる。公的な色彩が強い事業でこのような事は許されるのだろうか? 少子化対策での一環なのでしょうが、補助金は無駄な使われ方をしやすい。いったん利権化すると圧力団体が出来て改革する事が難しくなってしまう。
私立の認可保育所の問題は郵便局の問題と良く似ていますが、篤志家が資財を提供して始められたものが多い。準公務員的な扱いになり園長や職員は一族で固めてしまって利権は独り占めが出来る。株式会社が参入しようとしても認可が下りなければ出来ない所は農業と良く似ていますが、農業も補助金で成り立っているから参入を拒否するのだ。
補助金あるところに利権ありで、事業仕分けなどでも取り上げて欲しいものですが、これらは事業仕分けの対象になっていないようだ。新規参入がなぜ出来ないかは政治的な圧力があるからであり、株式会社の認可保育園は2%しかない。待機児童は仕方なく認可外の保育園で高い保育費を払って劣悪な施設を利用している。施設の整った認可保育園に入るには厳しい審査がある。
民主党の主な政策は所得の再分配制度ですが、認可保育園への補助金は利権となってしまうから、直接利用者に分配した方がいいのかもしれない。子供手当てにしても、農家への戸別所得補償にしても直接給付する事で利権化する事を防ごうとしている。補助金は末端の利用者に行くまでに途中の利権団体にピン撥ねされやすい。
農業補助金なども農協などの団体に配られて消えてしまうのだろう。公共事業なども建設会社や特殊法人に金が回っても一般には回って来なくなってしまった。国家の支出はいったいどこに消えてしまっているのだろう。事業仕分けでも基金や財団が沢山作られて数千億円の資金がプールされて理事などが天下っている。
いわば認可保育所は一種の特殊法人のようになってしまって、園長や理事には天下り役人がなっているのだろう。そうしないと保育園としては認可されないと言うシステムになっているのかもしれない。多くの私立大学なども学校法人として認可されましたが、これらも天下り先として認可されたものだ。補助金が絡んでいるから役人が巨大な権限を持つ事になる。だから補助金は原則的に廃止して子供手当や戸別所得補償のように直接給付した方がいいのかもしれない。
だから保育園への補助金も子供手当てと一緒に配って、自分で保育園を自由に選ばせたほうがいいのかもしれない。新規参入も自由競争でやらせて保育所も競争させてサービスを競わせれば時間外保育の問題も片付く事になる。国や地方の巨額な支出は人件費が大きいからですが、民主党の公約で国家公務員賃金の二割カットはどうなったのだろうか? これも事業仕分けでばっさりとやって欲しいものですが、赤字財政の根源は補助金と人件費にあるのだ。
日本が対米従属をやめて、日米安保体制も事実上破棄すると、米国の
威を借りて日本を支配していた官僚機構の権力が失われてしまう。
2009年11月16日 月曜日
アメリカの威を借りて民主党を脅す外務省出身の森本敏と岡本行夫
官僚機構は、マスコミ報道を動かし、国民の善悪観を
操作するプロパガンダ機能を握っている(NHK日曜討論)
◆ジャパンバッシングから構造改革へ 2005年9月6日 報道写真家から
我々の住む日本が、いまどのような状態にあるかを知りたければ、どうしてもアメリカと日本、アメリカと世界という視点から見る必要がある。日本の国内問題と見えるものが、すべからくアメリカの国益問題でもある。
アメリカ政府は常に、日本をアメリカの国益のために利用しようとしてきた。一昔前は、言うことを聞かない日本に、「バッシング」を行った。しかし「ジャパン・バッシング」を繰り返してもほとんど効果はなかった。たいていの国はそれで屈服するのに。なぜか日本にはバッシングの効果がなかった。
当然、アメリカ政府はその原因を徹底的に研究した。その結果、アメリカ政府は、日本のおどろくべき実態を知る。日本の首相は権力の頂点ではなかったのだ。では、権力の中枢はどこにあるのか。実は、日本には権力の中枢などなかった。そんなものは、日本のどこにもみあたらない。首相でも議会でも官界でも財界でもない。またこれらが全体として権力を形作ることもない。バラバラなのだ。バッシングも、脅しもすかしも通用しないのは、最初からバラバラで命令を下す者がいないからだった。
アメリカ政府は、日本を民主主義国であり、資本主義経済国だと見誤っていたのだ。つまり、自分たちと同じシステムの国と思い込んで対処していた。しかしながら日本とは、中世的ムラ社会であり、共産主義的な統制経済国家なのだ。まさか「同盟国」に、そんな国家が存在するとは、アメリカ政府は夢にも思っていなかった。しかも、自分たちが一度占領し、近代国家としての基礎を築いてやった国が、だ。
かくして、アメリカの頭脳は日本の正体を解明した。ジャパン・バッシングが鳴りを潜めたのはそのためだ。一部の議員の間にはいまだに名残があるかもしれないが、政策としてはもはやない。では、ジャパン・バッシングのかわりに、アメリカ政府があらたに執った政策とは何か。
「構造改革」だ。
日本の構造をアメリカとまったく同じシステムに造り替えることだ。
政治や経済、社会のシステム、そして文化までもアメリカ型にしてしまえば、もはや日本においてアメリカ国内と同じように展開すればいいだけだ。アメリカに都合の悪いあらゆる規制を撤廃させ、あらゆる市場を開放させる。もちろん制度そのものも造りかえる。
その改造計画書が「年次改革要望書」だ。日本のあらゆる分野に「要望」を突きつけている。どこからどうみても、内政干渉だ。したがって、これを突きつけただけでは、今まで同様日本が動くわけがない。1994年以来、歴代首相はアメリカの圧力により「金融ビッグバン」など少しずつ実行はしてきた。
しかし、「年次改革要望書」に沿って日本をすばやく改造するためには、日本国内にもっと忠実な協力者が必要になる。まず何よりも、権力の中枢が存在しなかった日本に、強権を発動する首相を据えなければならない。そこで弱小派閥の長だった小泉純一郎氏に白羽の矢があたった。小泉首相は、中身はまるでないが、決まったフレーズを繰り返して猪突する強引さと冷酷さがある。独裁政治の長には、そういう人物が最適だ。ただ、複雑な政策を忠実に実行するには、もっと頭のいい男が必要になる。竹中平蔵氏だ。その経歴は実に輝かしい。小泉首相自身は、ただ叫ぶだけで、実務はすべて竹中大臣に丸投げしている。
小泉首相を、ヒットラーになぞらえる人もいるが、それは妥当ではない。ヒットラーはアメリカに奉仕などしていない。小泉首相は、朴正煕、スハルト、モブツ・セセ・セコ、フェルディナンド・エドラリン・マルコスらと肩を並ぶべき人物だ。みな、自国民の生活を踏み潰し、自己とアメリカの国益にだけ奉仕してきた人物だ。そして、その末路もみな同じだ。
小泉首相の言う「構造改革」とは、アメリカの国益のための日本改造以外の何物でもない。
◆日本の官僚支配と沖縄米軍 11月15日 田中 宇
85年に米軍が普天間基地を閉鎖返還する計画を持っていたとしたら、なぜ91年の計画では再び恒久駐留の方針に戻ってしまったのかが疑問として残る。この疑問に対する私の答えは「思いやり予算」である。
日米地位協定を根拠に、日本政府が米軍駐留費の一部を負担する「思いやり予算」は70年代に、基地で働く日本人の福利厚生や給料の一部を日本政府が出すことから始まったが、90年代に入って日本政府は負担を急増させ、米軍施設の光熱費や、施設の移転にかかる費用まで日本が負担するようになった。思いやり予算は、冷戦終結前後の10年間で4倍になり、年間約2500億円前後にまで増えた(95年以降は微減傾向)。(思いやり予算
ウィキペディア)
米軍は、80年代に冷戦終結を見越して日本から撤退していく方向を模索したが、それを見た日本政府が「駐留費を負担してあげるから日本にいてください」と頼んだ疑いが濃い。日本は、米軍を「買収」して駐留を続けてもらっている観がある。
世界の中にはフィリピンのように、議会の決議で駐留米軍に出ていってもらったところがいくつもある。フィリピンは日本より米国への依存が強いにもかかわらず、米軍を基地から追い出した。しかも、米軍を追い出した後も、米国とフィリピンの関係は大して悪くなっていない。普天間の基地問題を解決するには、第3海兵遠征軍を日本国外(米本土)に移すよう、日本の国会で決議すれば良いだけである。フィリピンの前例を考えれば、海兵隊に出ていってもらっても、日米関係はさほど悪化しない。
▼米国の威を借りて自民党を恫喝した官僚
私が見るところ、日本政府が米軍を買収してまで駐留し続けてほしいと思ったのは、日本の防衛という戦略的な理由からではない(急襲部隊である海兵隊は日本の防衛に役立っていない)。米国から意地悪されるのが怖かったからでもない(フィリピンの例を見よ)。
日本政府が米軍を買収していた理由は、実は、日米関係に関わる話ですらなくて、日本国内の政治関係に基づく話である。日本の官僚機構が、日本を支配するための戦略として「日本は対米従属を続けねばならない」と人々に思わせ、そのための象徴として、日本国内(沖縄)に米軍基地が必要だったのである。
田中角栄の追放後、自民党は対米従属の冷戦党に戻ったが、外務省など官僚機構は「対米従属をやめようと思うと、角さんみたいに米国に潰されますよ」と言って自民党の政治家を恫喝できるようになった。官僚機構は、日本に対米従属の形をとらせている限り、自民党を恫喝して日本を支配し続けられるようになり、外務省などは対米従属を続けることが最重要課題(省益)となった。
日本において「米国をどう見るか」という分析権限は外務省が握っている。日本の大学の国際政治の学者には、外務省の息がかかった人物が配置される傾向だ。外務省の解説どおりに記事を書かない記者は外されていく。外務省傘下の人々は「米国は怖い。米国に逆らったら日本はまた破滅だ」「対米従属を続ける限り、日本は安泰だ」「日本独力では、中国や北朝鮮の脅威に対応できない」などという歪曲分析を日本人に信じさせた。米国が日本に対して何を望んでいるかは、すべて外務省を通じて日本側に伝えられ「通訳」をつとめる外務省は、自分たちに都合のいい米国像を日本人に見せることで、日本の国家戦略を操作した。「虎の威を借る狐」の戦略である。
日本が対米従属をやめて、日米安保体制も事実上破棄すると、米国の威を借りて日本を支配していた官僚機構の権力が失われてしまう。だから、外務省などはプロパガンダ機能を全開し、マスコミは「オバマは素晴らしいが鳩山はダメだ」といった論調を展開し、鳩山政権を引きずり下ろそうとしている。
これに対する鳩山政権の対抗策は「基地は要らない」とはっきり言い始めた沖縄県民の盛り上がりが本土に飛び火するのを待つことだ。だから鳩山は「普天間問題の解決には時間がかかる」と言いつつ、のらりくらりしている。これは、単なる私の推測ではない。東京の民主党本部が、沖縄県民に立ち上がってほしいと思っているというメッセージが沖縄の側に伝えられてきたという話を、私は今回の沖縄で聞いた。(沖縄から覚醒する日本)
(私のコメント)
日本の権力の源泉はどこにあるのだろうか。戦前においては天皇が最高権威であり、軍事官僚がそれを利用して戦争にまで引っ張って行ってしまった。戦後においては天皇は象徴的存在となり天皇に代わって米軍が権力の源泉となって官僚がそれを利用していると言う構造だ。俗に言う横田幕府ですが、最高権力者であるはずの総理大臣は就任すると真っ先にアメリカに挨拶に行くのが通例となっている。
日本国民は選挙によって国会議員を選んでいますが、自民党政権時代は実際に政治を仕切っているのは官僚であり、首相や国会議員たちは官僚に政治を丸投げして、もっぱら利権漁りに終始してきた。民主党が現在行なっている事業仕分けは予算委員会などで行うべき事ですが、現実には予算委員会は国会議員たちのパフォーマンスの場所になってしまっている。
外交と防衛もアメリカに丸投げしてしまって、自民党政権は日米安保体制の見直しもしようとはしていなかった。日米の地位協定は現代の不平等条約であり、米軍基地は治外法権の場になっている。そのような状況が60年も続いているのですが、民主党政権が行なおうとしている日米同盟もマスコミは外務省出身の評論家などを動員して反対している。
NHKの日曜討論でも親米派の森本敏氏や岡本行夫氏などが出ていましたが、この二人はまるでアメリカの代理人であり、外務省の意向をテレビでプロパガンダするのが彼らの役割だ。NHKも公平をきすなら反米の外交評論家も出して討論しなければ意味がない。民主党は福山外務副大臣と長島防衛政務官が出ていましたが、森本氏や岡本氏の背後にはアメリカがいる。
もし森本氏や岡本氏ではなくて、寺島実朗氏や天木直人氏が出ていたら内容はかなり変わったものになっていただろう。このようにマスコミは中立を装いながらも官僚のコントロール下にある。アメリカ大使館などもテレビ番組を熱心にリサーチしているようだ。そして好ましくない番組があれば様々なかたちで圧力を加えているのだろう。
ネットウヨたちは中国が外国人参政権で日本を乗っ取るとか騒いでいますが、アメリカからの年次改革要望書で内政干渉されていることに関しては何も言わない。国籍法だの外国人参政権もけしからん話ですが、中国人数千人とか数万人が一斉に権力を行使すれば大騒ぎになり、日本が乗っ取られるという事はありえないが、アメリカが小泉純一郎を操って日本を乗っ取ろうとした事は明らかだ。
日本全国に米軍基地が置かれている状態は、冷戦が終結した現在においては明らかに異常なのであり、日米同盟のあり方にも再検証がなされるべきだ。アメリカ政府がジャパンバッシングについで構造改革を要求してきたのは、郵政から裁判員制度や弁護士に至るまであらゆる分野に及んでいますが、ネットウヨはこのような問題には騒がない。彼らの頭は既にアメリカに洗脳された状態であり、中国に侵略される事だけがインプットされている。
以前は反米と言えば左翼の専売特許であり、保守と言えば親米というのが当たり前だった。しかし親米保守と言うのは論理矛盾であり、保守ならば反米反中愛国で無ければならない。保守ならば、いかに日本の自主独立を回復するかを主張しなければならない。しかし自民党をはじめとする親米保守は、田中角栄症候群に陥ってアメリカの力に屈してしまった。
確かに親米派が言うようにアメリカに守ってもらった方が防衛予算は安く付きますが、そんな考えだったら永久的にアメリカの占領を認める事になる。国家の独立を金で買っている事がどんな弊害をもたらすのか分からないのだろうか。朝鮮半島は500年にわたって中国の保護下にあり軍事力を持つことが出来なかった。冊封体制は李氏朝鮮の支配階層にとっては都合が良かったから50年も続いたのだ。
日米安保条約も現代の冊封体制であり、国会議員や官僚たちには都合がいい制度だ。それが60年も続けば中国と李氏朝鮮のような関係になり日本人は独立の気概を失うだろう。ウィキペディア(Wikipedia)によれば冊封はつぎのような意味だ。
◆冊封 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
冊封の原義は「冊(文書)を授けて封建する」と言う意味であり、封建とほぼ同義である。
冊封を受けた国の君主は、王や侯といった中国の爵号を授かり、中国皇帝と君臣関係を結ぶ。この冊封によって中国皇帝の(形式的ではあるが)臣下となった君主の国のことを冊封国という。このようにして成立した冊封関係では、一般に冊封国の君主号は一定の土地あるいは民族概念と結びついた「地域名(あるいは民族名)+爵号」という形式をとっており、このことは冊封が封建概念に基づいていることを示しているとともに、これらの君主は冊封された領域内で基本的に自治あるいは自立を認められていたことを示している。したがって冊封関係を結んだからといって冊封国がそのまま中国の領土となったと言う意味ではない。冊封国の君主の臣下たちはあくまで君主の臣下であって、中国皇帝とは関係を持たない。冊封関係はこの意味で外交支配であり、中華帝国を中心に外交秩序を形成するものであった。
冊封国には毎年の朝貢、中国の元号・暦(正朔)を使用することなどが義務付けられ、中国から出兵を命令されることもある。その逆に冊封国が攻撃を受けた場合は中国に対して救援を求めることが出来る。
ただしこれら冊封国の義務は多くが理念的なものであり、これを逐一遵守する方がむしろ例外に属する。例えば朝貢の頻度には冊封国側の事情によってこれが左右される傾向が見られる。正朔に付いても中国向けの外交文書にはこれを遵守するが、国内向けには独自の年号・暦を使うことが多い。またこれら冊封国の違約に付いて中国王朝側もその他に実利的な理由が無い限りはわざわざ咎めるようなことをしないのが通例であった。
冊封が行われる中国側の理由には華夷思想・王化思想が密接に関わっている。華夷思想は中国に住む者を文化の高い華とし、周辺部に住む者を礼を知らない夷狄と蔑み、峻別する思想である。これに対して王化思想はそれら夷狄が中国皇帝の徳を慕い、礼を受け入れるならば、華の一員となることが出来ると言う思想である。つまり夷狄である周辺国は冊封を受けることによって華の一員となり、その数が多いということは皇帝の徳が高い証になるのである。また実利的な理由として、その地方の安定がある。
冊封国側の理由としては、中国からの軍事的圧力を回避できること、中国の権威を背景として周辺に対して有利な地位を築けること、当時朝貢しない外国との貿易は原則認めなかった中国との貿易で莫大な利益を生むことが出来ることなどがあった。また冊封国にとっては冊封国家同士の貿易関係も密にできるという効果もあった。なお朝貢自体は冊封を受けなくとも行うことが出来、この場合は「蕃客」(蕃夷の客)という扱いになる。また時代が下ると朝貢以外の交易である互市も行われるようになり、これら冊封を受けないで交易のみを行う国を互市国と呼ぶようになる。
冊封の最も早い事例としては前漢初期に南越国・衛氏朝鮮がそれぞれ南越王、朝鮮王に冊封されたことが挙げられる。その後、時代によって推移し、清代にはインド以東の国ではムガル帝国と日本を除いて冊封を受けていた。
(私のコメント)
鳩山首相が「対等な日米関係」と言うだけで問題になりますが、現在の日米関係は決して対等ではない。アメリカはジャパンバッシングを行って首相を何人も交代させてきた。しかしなかなか思いどうりに言う事を聞かないのでアメリカは日本の構造改革に乗り出した。これではとても日本は独立国とはいえないのであり、日米安保がある限り日本はアメリカの冊封から逃れる事は出来ない。
日本の官僚たちはアメリカの威を借りて統治を行う支配階層であり、予算配分すらも官僚たちが決めてきた。鳩山総理が「無血の平成維新」と言うのも「日本の独立」の意味だろう。だからアメリカ政府は沖縄の普天間基地問題でナーバスになっているのだ。日米安保が堅持されてきたのも冊封が意味するように中国(アメリカ)からの軍事的圧力を回避できること、中国(アメリカ)の権威を背景として周辺に対して有利な地位を築けることにある。
ネットウヨが気が狂ったように毎日コメント欄に外国人参政権反対の書き込みをするのも、500年にわたって冊封を受けてきた彼らの血が騒ぐからだろう。冊封国民は進んで帝国の意を汲んだ行動を取る事が支配階層への道であり、これを事大主義と言う。自民党はまさに事大主義政党であり、負け犬根性が染み付いてしまった政党だ。
鳩山首相も普天間基地問題では粘っていますが、どれだけ引き伸ばせるだろうか? CIAの意を汲んだマスコミは鳩山批判を強めていますが、田中角栄の二の舞いになるのだろうか?
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