株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


公明党は・・・いずれ民主にすり寄っていく 。学会員がどうやら民主に
票を入れた・・・それは、池田大作の小沢に対する命乞いと同じ意味を持つ


2009年8月31日 月曜日

総選挙が終わる 8月31日 きょうも歩く

選挙が終わる。私が応援してきた候補が圧勝して、少し驚く。その選挙区の今までのやり方を完全に変えたことの勝利だったのではないかと思う。

民主党300議席という数字が出た。いいのかなと思ったりもする。関東、東北、東海、近畿では圧勝。しかし、北陸、中国、四国では勝てない。九州も課題が多い、そんな結果だった。

●民主党は北陸、中国、四国で弱いということが改めて確認された。これらの地域の候補者が決して怠け者ではない。しかし今回のような風が吹いても勝てなかったという事実の前に、党としての選挙のあり方を考えなくてはならない課題があるように思う。青森、福井、鳥取、島根、山口、四国の太平洋側、熊本市と大分県の向こう側の九州で小選挙区で勝てないところが目立つ。太平洋ベルト地帯や新幹線の通っているところ以外でどのように勝利していくか、勝てないと判断するなら、そういうところにチャレンジする候補者をどのように処遇していくかが民主党の課題になるだろう。
今回、珍奇な選挙運動をやっている人が少なかったことが興味深い。党本部の指導が厳しいという話を聞いていて、足を動かすクセ、細かいことをきちんと積み上げていくクセ、そういうものが各陣営に根付いたのではないかと思う。

●社民党は、重野幹事長が大金星であった。小選挙区で3議席を取れたことは大きい。愛媛の岡平さん、熊本の中島さん、東京の保坂さんが足りなかったとはいえこれまでの社民党では考えられないような水準の得票をしたことから、拠点を決めて小選挙区で勝てる政党にしていくことが必要だろう。一方で比例区は惨敗。比例区でふみとどまるたたかいをやっている限りにおいては、じり貧傾向は脱出できない。

●国民新党の亀井幹事長が落選したのはほんとうに残念。民主党がもしどうしようもなくなってしまったときに、亀井さんのような冷静な人がものを言うことの意味は大きい。

●みんなの党については、これでいいんかい、という感じがしている。

●自民党は歴史的大敗をしてしまったことがどう影響するのか。身ぎれいになって、さっぱり新しい考えを入れられるようになるのか、今までどおり身内に顔を立てるようなことばかりやらなくてはならない政党であるのか、小泉構造改革をどう総括するのか、そんなことが問われるのではないか。

●夏の選挙はもうかなわんなぁ、と思う。



不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から110番 2ちゃんねる

485 :闇の声:2009/08/31(月) 08:06:10 ID:eYfuxPwD

選挙結果を見て、一言で言って自民党はますます悪くなるだろう・・・
これは終わりの始まりとしか言えない
小泉の倅の言う事、しきりとみんなで、とか全員で党を立て直すとの言葉があった
つまり、佐川人脈は生きていて今回も小沢との間で取引があり、大きな商売になった
文字通りの新生右派自民党の発足式が昨日であり、その中心にいるのは間違いなく
森であり安倍晋三だ・・・そして、いずれ小泉の倅も関わってくる
小泉が「野党になっても」とにやにやしていたのは、敗退後に安倍中心とした
保守主義・・・強烈な愛国精神(あくまで表向き)と国防政策に裏打ちされた
対中国強硬姿勢と国粋主義・民族主義を標榜する新政党としての自民党にする
必要があったからだろう

それがいわゆる組織の意向であり、そうする事で一定の影響力を持ち続けられる
だから、自民党は何も変わっていない

おそらく、加藤ー谷垣ー与謝野ー園田ー野田毅らのグループは安倍グループと一線を画すだろう
その中核に鳩山邦夫が座る構図になるか、谷垣になるか・・・
谷垣では線が細すぎるので、鳩山の気がするが・・・
森ー安倍晋三を中心にした自称国士グループが積極的な発言をして、民主党に不安を感じる
保守的な人々を糾合しようとするだろう・・・その動きを小沢がどう見るかであり
これにその組織が絡み、良い商売をするだろう

◆しかし、この加藤以下のラインは金がない・・・安倍一派には引き続いて
竹中の投資家ラインがある
検察を使ってそのインサイダーぶりを挙げるのか、或いは個人的に献金させて
見て見ぬ振りをするのか、全ては小沢に一蓮托生だが、佐川のラインがあるから
それは見て見ぬ振りなんだろう

公明党は・・・いずれ民主にすり寄っていく
かなりの数の学会員がどうやら民主に票を入れた・・・それは、池田大作の
小沢に対する命乞いと同じ意味を持つ

つまり、現執行部の自己批判を落選という形で行い、新執行部は自民党と距離を置きますよと
その代わり政策提案からさせてくださいとして、徐々にすり寄っていくだろう

桝添は・・・どっちに行くか、しばらく様子を見て新党も視野に入れると思う
もともと自民党の中では新参者であるし、人間的にもあまり魅力のある人物ではない
政策本位と麻生内閣繋がりで与謝野とは近いらしいが、かと言って沈みゆく与謝野とは
組みたくないだろうね・・・
そうなると、マダムスシと何かやる事は有り得る
マダムスシは、中川秀直と近かった時期もあるが、さすがにバリバリの右派的な存在には
思われたくないだろうし、是々非々の対応をすると言うのであれば桝添同様自民党から
離れていく方向だろうと見る
最終的に、自民党は三分割くらいになり、中核を保守強硬派が占めて組織仲介で小沢のお目こぼしで
金儲けするんだろうな


◆これから組織がさらに良い商売をするよ
郵政やオリックスを延命させるかどうか、小沢と差しで話が出来るのは組織しかないからな
金融関係も一緒だろう
だから、不良債権はそのままであるし、人脈としての不良債権もそのままだ
それが今回の選挙の総括であるし、政治は何ら変わらないとの結論になる


(私のコメント)
まさかと思いましたが、民主党が300を超える大勝利で自民党は110議席台で大惨敗しました。自民党にはいざとなれば政権交代を避けて自民の大敗はないと油断していたのだろう。今までも政権交代を掲げて民主党は自民党に挑んでも跳ね返されてきた。だから参議院で大敗して地方選挙で敗れても衆議院では勝てるという驕りがあったのだろう。

今回の選挙でも投票率が69%と非常に高くて公明党などの組織政党が大惨敗して公明党の幹部は皆落選した。自民党のベテラン議員も軒並み落選したのは後援会組織なども効果が無く、無党派層が民主党に票を入れることで、自民党の重鎮が民主の新人の女性議員に敗れるケースが続出した。

テレビなどの解説でも言っていましたが、自民への批判票で民主が大勝利したのであり、自民党は本格的な組織の建て直しにかからなければ、野党に転落した自民党は利権も失って分裂を繰り返して消滅してしまうだろう。自民党本部には陳情団が大勢やって来ましたが野党になるとそれがパッタリと来なくなる。自民党は利権という求心力を失って空中分解するだろう。

しかし落選を期待した森元首相や中川秀直や平沢勝栄などヤクザと繋がりのある議員は選挙でも強くて当選した。ヤクザもしのぎの為には警察や検察などに対して顔を利かせる必要がありますが、民主党はこのようなヤクザと自民党に繋がりを徹底的に掃除をする必要がある。おかしな動きをした東京地検や麻布警察署など徹底した綱紀の粛正が必要だ。

それに対して保坂展人候補や西村眞悟候補など、ネットでも紹介した議員が落選してしまった。いずれも小政党で風だけでは当選は難しい。ネットでも活動も票にはなかなか結びつかないようだ。小選挙区で勝てるくらいの戦いをしないと比例区での当選を目指しただけではジリ貧になってしまう。

民主党にしても鳩山由紀夫が党の代表ですが、308議席の半分近くが小沢チルドレンであり党の実権は小沢氏が持っている。鳩山首相が表の顔なら裏の顔は小沢氏だ。これから民主党政権が続く限り実質的に小沢氏が日本を動かしていく。小沢氏はアメリカの恐さも十分に知っているし、これからどのようにアメリカが手を出してくるかもよく知っているだろう。

小沢一郎は田中角栄の直弟子でありアメリカの恐ろしさをよく知っている。アメリカ政府の高官がやってきても鳩山首相が表の顔だから小沢一郎は隠れている事ができる。細川内閣の細川護煕首相と小沢氏の関係を彷彿とさせるのですが、歴史は何度でも繰り返す。民主党でヤクザとの話ができるのも小沢氏だけであり、ヤクザにとっては森喜朗から小沢一郎に窓口が変わっただけなのかもしれない。

霞ヶ関では官僚たちが戦々恐々としているようで、民主党では国会議員を100人霞ヶ関に送り込むようだ。自民党政権では自民党と官僚は持ちつ持たれつで来ましたが、民主党は官僚の既得権益にどれだけ切り込めるだろうか? 財源を確保する為には埋蔵金を探し出して福祉予算に回さなければならない。管直人あたりが官房長官になって官僚利権に切り込めば面白いのではないかと思う。

小沢一郎は「第七艦隊だけで十分」という意見の持ち主であり、対米外交も一線を画したものになるだろう。アメリカもそれに対してCIAを通じて様々な反撃をしてくるだろう。自民党はCIAやヤクザと組んで民主党内閣に対して揺さぶりをかけて政権から引き摺り下ろす事ができるだろうか? 

自民党は派閥の領袖の多くが落選して派閥らしい集団は清和会ぐらいになってしまった。自民党を立て直そうにも中心となる人物がおらず、次期総裁候補の名前も浮かんでこない。河野太郎がテレビで言っていましたが、自民党はもっと負けたほうが再建はやりやすいのかもしれない。そのためには党を民主化して候補者選びの透明化が必要だ。

自民党にしても民主党にしても候補者選びの手続きなどがはっきりしていない。小泉元首相の次男の進次郎氏も結局何の手続きも無く後継候補者に決まってしまった。民主党の小沢チルドレンの多くが女性の新人候補者でしたが若手の男性候補者がいなかったのだろうか? 地方議会などには国会を目指している地方議員が沢山いるはずですが、挑戦する若手の議員はいないのだろうか?

今回の選挙で自民党には落選で多くのベテラン議員が引退するようだ。その後を新人の候補者を擁立する為には、将来性のある議員候補を立てる必要がある。イギリスでブレア首相が出て来たのも労働党が野党時代に抜擢したからですが、自民党もそのような人材を抜擢する必要がある。そうしなければ自民党が政権に返り咲く事は無く、闇の声氏が言うように分裂して自民党は無くなるだろう。

民主党に対する期待は、55年体制からの脱却であり、民主党は記者クラブ制度の解体や情報の公開制度に積極的であったので、パンドラの箱を開ける事であり、アメリカとの密約も公開して、自民党のしがらみだらけの政治から脱却する事だ。自民党では結局、官僚とのもちつもたれつの馴れ合い政治になってしまった。官僚は天下り先を作っては税金を食い物にして行った。

自民党も公務員制度改革に取り組みましたが、官僚たちの抵抗にあって法案も宙に浮いてしまった。民主党政権は衆院では安定多数であるし、参院でも連立与党は多数派で、ねじれ国会も解消されて運営もスムーズになるのでしょう。自民党はどの程度抵抗できるか分かりませんが、与野党が逆転した国会はどのようになるか楽しみでもありますが、外国人参政権や人権擁護法案など自民党は闇の声氏が言うように強烈な愛国主義と排外的保守主義の政党となって抵抗するだろうか?

今回の衆院選挙で感じた事は、4年前に熱狂的に自民党の小泉改革を支持した人が、4年後には民主党に300議席を越える大勝利させるように、極端から極端に振れる国民性だ。戦前は鬼畜米英といっていた国民が終戦になると一億総懺悔になってしまう。このような光景は明治維新にもあり、今回の選挙でも日本の国民性は変わっていないようだ。




リズム感に乏しい日本語を、官僚作成の文を棒読みする我が国の政治家
の演説、ましてや漢字の読み違いする演説にそっぽを向くのは当然である。


2009年8月30日 日曜日

本を読むのが早い人は、文字から意味へと直接変換ができるらしい 3月13日

本というか文字を読むのが早い人というか、本をたくさん読む人と、そうでない人の違いというのはずばり「文字から意味(イメージ)への直接変換ができるかどうか」にあるのだそうだ。それができるかどうかで、全然読む速度が違ってくる。

そうなると、特に表意文字である"漢字"と言うのは、もはや読み方など関係なく、文字だけで意味を拾えてしまうのでやはりこの場合は漢字の読み間違いなどは関係なく意味が読めてしまう。

これができない……読んだ文字を一度頭の中で再生して、それで意味を読んでいる人にはイメージしにくいかも知れないので例を出すと「中国語と日本語で漢字は同じで意味は同じで筆談である程度話ができてしまう」と言うことがある。このときには発音は関係なく直接文字から理解しているのであるが(むしろ読み方が違うので発音すると通じない)これを常にやっていると言ったらわかるだろうか。

そうなると、一度脳内で読み上げてるとオーバーヘッドがあるなしでは全く読む速度や効率が変わってくるのである。また、音声に変換する手間だけではなく、入力デバイスたる体から脳へつながる神経の帯域幅は、おそらく耳よりも目のほうが圧倒的に広く、入力できる情報量は目の法が圧倒的に多いはずだ。もしかしたらつながっている部位も処理の方法も異なって、直接入力ができる人と、頭の中で描いているイメージすら異なるかも知れない。

パソコンに例えると、ビットを直接ストリームで送れるデジタル通信と、一度音響カプラで音声に変換しなければならない通信との違いと言ったら(一部の人には)わかりやすいだろうか。

おそらく麻生氏を初めとした「意味は読み取れるけど発音すると上手くできない」人はそういう脳の構造になっているのではなかろうか。

もちろん中には異常に高性能で超広帯域でつながった音響カプラを持っていて、脳内で超高速音声通信を可能にしている専用回路を持つ人もいるかも知れない。そういう人はおそらく読み上げる文章を書く仕事をしているのではないかと思う。つまり脳内で言葉の響きをシミュレーションできる人だ。たとえば劇作家とか、脚本家とか、放送作家とか。

そして、優秀なスピーチライターとか。

日本の政治家の演説は何故つまらないかについて - スピーチライターに求められる能力
日本には答弁書を書く役人や政策秘書はいても、スピーチライターと言うのはあまり聞かない。これは何故かというと、スピーチライターに必要とされている能力が、政策を策定するために大量に文章を読んで咀嚼する能力と、言葉に出して読む、響きがいい言葉を音楽のようにつなげる能力は、わりと相反するからではないだろうか

しかし、日本語は漢字という表意文字を用いる言語である。そのため、政治に携わる者、エリートとして国を動かす者などは、どうしても自然と言葉を頭の中で響きよくシミュレーションする能力ではなく、言葉を意味に直接変換する能力が強くなっていってしまう。意識せずに当たり前に文章を読み、文章を書くと、文字から直接意味を読み取り、意味を込めた文章を紡ぐ。しかしこれではどうしても響きのよい言葉は生まれにくいのではないだろうか。

また、下手をすれば、文章を一度音声に変換してから理解するように、耳で聞いた音を一度言葉に直してから意味に変換している可能性はないだろうか。もしそうだとすると、音から直接意味を拾うことのできる人とは、頭の中で描いているイメージすら異なるかも知れない。また、これだと声に出して呼んでも一度脳内で文字に変換しているため、上手く処理できないのではないか。

さらにこれは、政治家だけの問題ではなく、どうしてもスピーチが堅く強ばったものになってしまう人に共通すると思う。

では、以上の仮説からスピーチをよくするにはどうしたらいいのか。当然それは音楽のように響きを組み合わせてスピーチを作れるスピーチライターを呼んでくる、と言う解決策もあるだろうが、それはすぐにできるわけではない。

ならどうするか。それは、文章を書かない事ではないかと思う。

つまり文章を書くのではなく、ICレコーダでも何でもよい、声に出して文章を作り録音し、それを編集することで原稿を作る、つまり口述筆記だ(いや、この場合は筆記は最後にしかしないのでこ筆記ですらないかもしれない)。こうすれば自然と音声でスピーチが作成できるし、文章を読み上げているような堅い文章にはならず、音声で相手に届くものができるのではないだろうか。

いかがだろうか。


オバマ次期大統領の名演説・英語と日本語の違い 2008年11月18日 網干より

住宅密集地のせいか、秋の虫の声を聞くことがなくなり寂しい思いをしている。一茶によると虫の鳴き声にも上手下手があるらしい。虫の種類によるのか、人間の精神状態によるのかは分からない。「なく虫」を「政治家」に読み替えると面白い。

 オバマ氏をはじめ米国政治家の歴史的名演説は言われるが、日本の政治家の名演説については聞いたことがない。これをもって「日本の政治家は演説が下手だ」と断じるのは間違い。言葉の性質が違う、欧米語は「リズム言語」で語や文の抑揚が明確である。日本語を初めて聞いた外国人は異口同音に「日本語は単調」と言う。抑揚感あふれる語に馴染んだ人には日本語を話す人は、無感動、無表情に見え、社交性がないと言うことになるのだろう。

 「英米単語のアクセントを間違えたら、彼らには分からない」という迷信を信じている人が多いが、名詞は兎も角、長い副詞や形容詞などで後ろにアクセントがあるものは、第一音節を強める語と結合するときは、それが移行することがある。「ジャパニーズ ピープル」は言いにくいので「ジャパニーズ ピープル」とリズム化される。

 日本語は表意文字から成り立っているので、読んだり書いたりする時に独特の美しさが発揮される、特に文語の詩や文は声にしても得も言えぬ味わいがある。50年以上、聖書を読んでいるが口に出るのは一昔前の文語聖書の言葉である。「幸いなるかな・・・・」と「あなた方は幸いである・・・・」を比較すれば納得いただけると思う。外国映画の字幕に出る聖書の言葉が文語体になっているのはそれなりの理由があると思う。

 リズム感を重視する欧米語は聞いていても心地よい、それに個性が加わると聴衆は感動し熱狂する、名演説が生まれる。リズム感に乏しい日本語を、官僚作成の文を棒読みする我が国の政治家の演説、ましてや漢字の読み違いする演説にそっぽを向くのは当然である。

 話し言葉としての感覚的魅力を欠く現代日本語を用いて話さなければならない人たちの中に牧師がいる。毎週日曜日、約10000のプロテスタント教会では、同数の牧師たちが「話すこと」に生命を懸けていることはあまり知られていない。話芸で飯を食っている中では最大の数である。米国の多くの神学校では「演劇」が必修科目になっているそうだ、話す技術を重視しているからだろう。説教も演技(パフォーマンス)の一つと割り切っている米国合理主義もあるのだろう。

 かつて名説教家と言われた人の中には、寄席通いを絶やさなかったと言われる人たちがいる、日本語にリズム感を与えるため「引き語り」や講談、浪曲調、演歌風の演技を取り入れるのも悪くはない。聖書には豊富な内容と教えがあるから自信を持って大胆な表現法を用いれば楽しんで教会に行く人が増えるだろう。オバマ氏の名演説を聞きながら、そんなことを考えました。


(私のコメント)
選挙もようやく終わりましたが、半世紀以上も続いてきた自民党政権がいよいよ崩壊する。崩壊の引き金を引いたのは小泉政権であり、刺客を送り込むような政党ではなかったはずだ。小泉純一郎は稲川会系の国会議員であり後援会長が稲川会のれっきとしたヤクザだった。そのような人物が首相になって6年近くも政権を握っていたらどうなるかは、結果は今日の選挙で分かるだろう。

森喜朗元総理も清和会の重鎮として自民党の黒幕として活躍してきましたが、今回の選挙は厳しいようだ。森元総理は小泉、安倍、福田、麻生と次々と総理として引き立てましたが、どれもカスばかりで1年ともたない内閣になってしまった。私も期待はしてきましたが、村山談話や河野談話を継承すると言ってみたり、靖国神社を参拝を見送る腰抜けではいっぺんに支持する気を無くしてしまった。

最終的には自衛隊の田母神航空幕僚長を罷免するにいたって自民党を中道左派政党だと看做すに至った。左派政党であることと親米政権である事とは矛盾しない。東京裁判は左派の歴史観を日本人に植えつけたものですが、自民党は東京裁判史観を肯定している。だから村山談話を肯定しているのだ。東京裁判史観はアメリカが植えつけたものだ。

だから自民党政権が崩壊して民主党政権が出来ても、私から見れば同じ事であり、民主党へのネガティブキャンペーンをしている人がいるが、自民党も民主党も親中親韓の政党であり親米の度合いが多少違うだけだ。だからこのまま自民党政権が続いても外国人参政権や人権擁護法案などのおかしな法律が親中親韓勢力によって作られて行くだろう。森元総理の韓国の美人女優とのツーショット写真を見れば分かるでしょう。

日本には本来の意味での本物の保守政党が無い。東京裁判史観を植えつけてきたのは日教組だと言うよりも自民党政権なのだ。だから新しい歴史教科書を作ろうとしても自民党の親米派がそれを潰してしまう。岡崎久彦氏が反米的な内容を書き換えてしまった事がそれを物語っている。

本来の保守派は大東亜戦争をアジアの解放戦争とみなしているし、米英仏欄の帝国主義をアジアから駆逐した。だからアメリカは中国や韓国を背後からけしかけて反日を扇動している。それが東京裁判史観にとって都合がいいからだ。冷戦体制が崩壊して、日米の同盟が揺らぎ始めて、アメリカは90年代に入って日本を本気で潰しにかかってきた。

自民党政権はアメリカのバックアップがあって成り立ってきた政党であり、中曽根内閣や小泉内閣は親米を鮮明にする事で長期政権が維持できた。ちょうどアメリカも共和党政権であったことも共通している。しかしアメリカ民主党は親日ではなく反日であり、オバマ政権の対日政策が注目されますが、アメリカのバックアップがなければ自民党政権が崩壊するのは当然の話だ。

日本に民主党政権が出来て外交防衛政策がどのように成るかは分からない。民主党内にも親米派がいるし反米派もいる。アメリカがもし90年代のクリントン政権のようなジャパンバッシングしてくれば日本は中国よりにならざるを得ない。自民党内でも野中広務のような親中派が力を持った。それに対してアメリカ共和党は清和会をテコ入れして小泉首相を使って野中広務の追放に成功した。

日本に民主党政権が出来るのもアメリカ民主党のシナリオ通りなのだろう。アメリカがなぜ日本に反米政権が出来るのを画策するのだろうか? 自民党みたいにアメリカにべったりくっ付かれても困るからであり、日本に対して自主独立路線を求めているのかもしれない。それは中国にとっても都合がいいことだ。

アメリカの権力中枢は自民党の議員の質の低さにあきれて、自民党を立ち直らせるには荒療治になるが、一旦下野させるのが良いのだと判断したのかもしれない。民主党政権に対しても反米外交はさせないだろう。だから小沢一郎に代えて鳩山由紀夫を党首に据えた。つまり政権が交代してもアメリカの植民地である事は変わりがない。


昨日は池袋で自民と民主の党首が直接対決がありましたが、東京10区は小泉チルドレンの小池百合子と小沢チルドレンの江端貴子の対決になった。おそらくテレビの開票速報も東京10区が注目選挙区になるでしょう。昨日の直接対決はテレビでもやっていましたが、日本の政治家の演説はどうして下手糞なのだろう。麻生首相の演説は声が聞き苦しく不快にさせる。鳩山代表の声は力に欠ける。

小泉総理が高い支持率が維持できたのも演説が上手かったからですが、小選挙区制で政権交代がかかったような選挙では党首の力量が選挙の勝敗を左右させる。自民党にはすでに選挙の勝敗を逆転できるような人材がいなくなってしまった。だから自民党も民主党も首相にふさわしい人材をスカウトして育てないと選挙の勝敗を左右されるだろう。

オバマ大統領も民主党がスカウトして育ててきた人材なのでしょうが、演説も若い時に十分仕込まれてきたのだろう。演説内容も党のスピーチライターが書くので分業化が進んでいる。日本では官僚が書いた原稿に少し手を加えるだけのものであり、首相はそれを読み上げるだけだ。麻生総理は漢字の読み違いで支持率を一気に落としてしまった。

政治家にとって演説とは歌手が歌を歌うようなものであり、仕事の一部であり国民を説得するのが政治家の仕事だ。だから非常に重要なのですが、日本の政治家には街頭演説が出来ないような議員がいる。ほんらい議員というものはマイクを持たせれば何時間でもしゃべり続けるような人物が外国では多いのですが、外国でよく行なわれるフィリバスターは少ない。

街頭演説では候補者の話術がどれだけ聴衆を集められるかが腕の見せ所ですが、ほとんどの候補者が紋切り型の演説であり、非常に下手糞だ。日本語が演説に不向きな言葉かというとそうではない。日本には落語という話術の芸があるし、フーテンの寅さんの口上は不特定多数への話術で人を集める。聞いていてもリズムがあり、オバマ大統領の演説顔負けだ。


小泉純一郎応援演説@佐藤ゆかり必勝総決起大会 5分38秒

小泉元総理は演説の上手さで総理大臣になったのではない。しかしもともとタレント性がありテレビなどにもよく出ていた。自民党の総裁選挙でも橋本龍太郎が本命であり、あまり発言することも無かった。しかし橋本元総理の評判があまりにも悪くて票が小泉純一郎に流れた。小泉純一郎は田中真紀子と街頭演説を重ねていくうちに小泉フィーバーが起こる様になり党員投票で圧倒的な票を集めた。

ユーチューブの演説を聴けば分かるように、小泉元総理も演説はリズムがあり強弱があり間を取る事がうまい。聴衆は話の内容よりも演説の調子に巻き込まれてしまって、内容はともあれ納得してしまう。郵政選挙の時の演説を聴いていても、内容がデタラメでも自信たっぷりな態度に大衆は騙されてしまう。アドルフ・ヒトラーも演説の名手でしたが、大衆を扇動するような演説は劇薬なのだ。




日銀のデフレ政策で自民党政権は窮地に陥り、野党に転落する。民主党
政権の産みの親は白川日銀総裁であり、日本の最高権力者である。


2009年8月29日 土曜日

日銀、CPIマイナス幅拡大でインフレ期待動向を注視 8月28日 ロイター

[東京 28日 ロイター] 7月全国消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)が前年比2.2%低下し、過去最大の下落率となったが、日銀は予想の範囲内として冷静に受け止めている。物価下落と景気悪化の悪循環であるデフレスパイラルに陥るリスクは小さいとみており、現時点で政策対応が必要とは考えていないようだ。
 ただ、物価の下落幅拡大が続き、企業収益の悪化が鮮明になってくれば、デフレスパイラルに陥るリスクが増大するだけに、企業収益の動向や世の中のインフレ期待の下振れリスクを注視していく方針とみられる。
 <インフレ期待はアンカーされていると認識>
 日銀は、デフレスパイラルに陥るかどうかについて、1)金融システムの安定性が維持されるかどうか、2)中長期的なインフレ期待が下振れることがないかどうか──の2点が重要とみているが、この2点を現在の情勢に当てはめると、金融システムは他国に比べ安定的に推移しており、インフレ期待もしっかりアンカーされているため、現時点ではデフレスパイラルに陥るリスクは小さいと日銀は判断している。(後略)


日銀は現状がデフレスパイラルであることを認めよ 8月4日 森永卓郎

消費者物価指数が過去最大の下落を記録した。総務省が7月31日に発表した6月の全国の消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合が100.3(2005年の平均を100とする)となり、前年同月比で1.7%下落した。これは、先月(5月)に記録したマイナス1.1%という過去最大の下落を大きく上回り、比較可能な1971年以降の数字では過去最大の下落を更新した。

 しかも、下落自体が4カ月連続しており、前月比でもマイナス0.2%を記録している。まさに、デフレの状況が、はっきりと数字に表れているといってよいだろう。わたしは、この問題をどう処理するかが、今後の日本の命運を握っているとさえ考えている。

 それだけではない。給与もまた下落し続けているのである。7月16日に厚生労働省が発表した5月の現金給与総額(確報)は、前年同月比で2.5%の下落となった。しかも、賃金の下落は12カ月連続で、その率は今年に入って加速している。まもなく、6月分の速報値が発表されるころだが、おそらく「6月ショック」と呼ばれるほどの恐ろしい数字になるのではないかと予想されている。なぜなら、現金給与総額はボーナス込みで計算されるためだ。今年のボーナスは前年比2桁減ともいわれる悲惨な額であることから、どう考えてもかなりの下落になることは間違いない。

※原稿脱稿後の8月3日に発表された6月の速報値によると、7.1%の大幅な下落となった)

 それにしても、これだけ物価も給与も下落しているのに、メディアがあまり騒がないのはなぜだろうか、わたしは不思議でならない。まさか、1990年代以降に味わったデフレ不況と経済停滞のつらさを忘れたわけではないだろう。物価の下落と賃金の下落が連鎖するデフレスパイラルは、いったん陥るとその解消が容易ではない。早く対策を打たないととんでもないことになりかねないのだ。

日銀総裁、副総裁の信じられない現状認識

 消費者物価、現金給与総額という2つの数字の下落を見れば、誰がどう考えても、これはデフレスパイラルに陥っていると見て過言ではない。逆に言えば、これをデフレスパイラルと呼ばずに、何をデフレスパイラルと呼べばいいのか。

 それにもかかわらず日銀は一切手を打とうとしない。驚くのは、現状に対する日銀の認識である。なかでも、6月29日の参院決算委員会における日銀の山口広秀副総裁の発言には凍りついてしまった。「日本経済はデフレスパイラルには直面していない」と言い切ったのである。いったい全体、何を見てそう断言できるのか。

 山口副総裁の主張によれば、消費者物価下落の最大の要因は、昨年の原油価格高騰の反動であるとのこと。そのため、夏場以降になれば次第にマイナス幅が縮小するというのだ。だが、ここにきて原油価格がじわじわと上がっているにもかかわらず、やはり消費者物価はほぼ一本調子で下落している。

 事実、6月の消費者物価について、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合でみると、前年同月比で0.7%の下落となっている。エネルギー要因を除いても、物価はマイナスなのだ。明らかに、一般の製品価格やサービス分野の価格が下落しているのである。

 そんな山口副総裁も、6月の消費者物価指数を見て少しは認識を改めただろうと思っていたら、それも肩すかしに終わった。7月22日の記者会見では、「われわれが物価情勢についてもっとも注意しているのは、物価下落と景気後退の相乗作用的なことが起きないかどうかだが、そこについては現状、そうした状態に陥るリスクは小さいと思っている」というのである。こうした認識には唖然とするほかない。

 副総裁が副総裁ならば、総裁も総裁である。少し前になるが、白川方明総裁は6月16日に会見を開いて考えを述べている。それによれば、現在の「極めて異例」な金融緩和策について、「企業金融の動向、効果なども点検し、9月末までの適切な時期に判断していく」と述べた。白川総裁のいう「極めて異例」な金融緩和策とは、社債やコマーシャルペーパーを購入して資金供給をしていることを指している。早い話が、こうした緩和策を、可能ならば9月末までにやめて、金融引き締めへの政策転換を図るというわけだ。

 だが、それは逆ではないか。現在のような景気の状態で金融引き締めをしたら、大変なことになってしまう。いまやるべきなのは、間違いなく金融緩和である。(後略)



(私のコメント)
選挙がいよいよ明日になりましたが、民主党の大勝利は間違いないようだ。二大政党制では政権が政策運営に失敗すれば選挙で政権交代が起きるのは当然だ。自民党は前回の参議院選挙でも大敗して少数与党になり、日銀総裁の承認議決が野党の反対で得られなかった。福田総理と民主党の実力者との間では武藤氏で決まりかけていたのですが、民主党の参議院の強硬派の反対で武藤氏は承認されなかった。

武藤氏は財務次官であり日銀を天下り先とするのはけしからんという民主党の意見が通って否決された。従来は日銀総裁は日銀と大蔵省の交代で総裁人事が決められていましたが、ねじれ国会がその慣行を崩してしまった。これで日銀総裁は速水、福井、白川と三代続いて日銀出身者が総裁を勤める事になった。

財務省の権威の失墜が今になっても響いていますが、それだけ財務官僚の質が低下してきているのだろう。武藤氏などは英語もしゃべれず国際金融の博士号も持っていない。日銀総裁は国際会議が毎月のようにあるし、G7などでは情報交換で英語ぐらいは話せないと務まらないだろう。

問題は白川総裁ですが、日銀出身であり、現状が森永卓郎氏が指摘するようにデフレスパイラル状態なのにインフレの再発を恐れている。街を見回せば値下げ合戦が行なわれていて、賃金の低下が進んでいる。公務員も賃金カットされるようになり、手取り収入は減少し続けている。これでどうしてインフレを心配する必要があるのだろうか? むしろデフレである事をどうして認めないのだろうか?

サラリーマンの年収は10年間で30万円も減ってしまっていますが、若い人にしわ寄せが行っている。麻生総理大臣は「金が無いなら結婚はするな」ということですが、若者を貧しくしているのはデフレ経済だ。しかし金融政策でデフレを問題にしている政治家は少ないのはどうしてなのだろう? マニフェストでも金融政策に触れている政党はない。

民主党はとくに金融に強い議員がおらず、それが日銀総裁人事にも現れているのですが、民主党のマニフェストにも金融政策に対する言及が無い。しかし民主党が政権をとれば政治責任を問われるわけだから知らないでは済ませられない。結局は今の自民党のように財務省や日銀に丸投げして、彼らの言いなりになってしまう。

だから日銀がおかしな金融政策をとっていても国会議員は何のクレームもつけない。麻生首相も政局よりも政策と言っていますが、日銀のデフレ政策が自民党を苦しめている事に気がついていないようだ。リチャード・ヴェルナーの「円の支配者」ではないですが、日本の本当の権力者は日銀総裁であり、彼に逆らえば首相は選挙に敗れてクビが飛ぶ。

中川昭一財務金融大臣が辞任の原因となったG7の記者会見にも白川総裁が隣に座っていましたが、普通なら大臣に代わって白川日銀総裁が記者会見していれば済んだ話だ。にもかかわらず財務審議官も白川総裁もヘベレケの大臣を記者会見させて世界に配信されてしまった。100%中川大臣に責任はありますが、白川総裁には中川大臣をサポートする気はなかったようだ。

麻生内閣も15兆円の緊急経済対策を打っても、影で日銀が金融を量的に引き締めてしまえば効果は無いだろう。政府紙幣の発行も高橋洋一氏が「国策捜査」で嵌められて以降は旗振り役がいなくなってしまった。「国策捜査」の下手人は日銀なのだろうか? このように日銀は伏魔殿であり、注意深く監視をしていないと何をしているのかが分からない。

自民党が選挙に敗れるきっかけは安倍首相や福田首相の政権投げ出しや、中川大臣のヘベレケ記者会見が大きな原因なのでしょうが、緊急経済対策も失業率が拡大して失業者が増えては政権与党が勝てるはずが無い。このように首相が日銀にとって好ましくないと人物と見られれば金融を引き締めて不景気にさせれば選挙に敗れて失脚する。だから日銀総裁は事実上の最高権力者なのだ。


明日の選挙では最高裁判所裁判官に対する国民審査があります。そこでは一票 の不平等を肯定した那須弘平裁判官と涌井紀夫裁判官に、不信任のX印をつけましょう。


「一人一票実現国民会議」アンケート参加のご案内とお願い

最高裁判所は、2007年最高裁判決で、「一票の不平等を定める公職選挙法を憲 法に違反せず有効」と判断して、一票の不平等を肯定しています。

この2007年最高裁判決で一票の不平等を肯定したのは、那須弘平裁判官と涌井 紀夫裁判官です。

”二流市民”扱いの私たちは、次の国民審査で、この2007年最高裁判決で一票 の不平等を肯定した
那須弘平裁判官と涌井紀夫裁判官に、不信任のX印を付ける ことができます。




日本人が片時も忘れては次らないことは、日本は自由貿易によって利益
を得る国であり、しかも「世界最大の利益」を得る国になってしまった。


2009年8月28日 金曜日

『国民のための経済原論 (U) アメリカ併合編』 著者 :小室直樹

イギリスに自由貿易を押しつけられた国ぐにの哀れな末路

さて、ここまで比較優位説、その後ろ楯たるヘクシャー・オリーン・サムエルソンの定理、さらに国際収支表の読み方まで講義をしてきた。どうです。しっかり身につきましたか。とっくりこと腑に落ちましたか。

これさえ理解すれぱ、読者諸君も立派な国際エコノミスト。その肩書を名刺に刷れるほど。では、いよいよ、これらの理論を総動員して、国際経済の読み方に入っていきましょう。タームもはや、いちいち用語の説明はしませんぞ。

比較優位説は、社会的機能という点から論ずると、イギリス帝国主義のイデオロギーであった。論理的に間然するところがない(文句のつげようがない)というのは、最大の説得力。リカードによって唱えられた比較優位説は、論理的に完全である。当時の人びとは、そう思った。

自由貿易がいちぱんいいんだ。双方とも利益を得るんだから。関税などの障壁をもうげて自由貿易を阻害する奴は愚の骨頂。許すべからざる無知蒙昧の徒。国賊、じゃなかった経済賊だ。双方の国から貿易による利益を奪い去るんだから。こういってイギリスは外国に自由貿易を押し付けていった。

気の毒なのは、この論理に説得されて自由貿易に踏み切った国ぐに。当時、世界に冠たるイギリスエ業との競争に負けて、みるみる没落していった。資本主義の勃こうだ輿期に工業を失った国の末路は哀れである。何しろ、たちまちイギリスの経済的植民地に堕せざるを得ない。

植民地も自国もひっくるめて、帝国ごとイギリスの植民地にされてしまったという、哀れな元世界帝国もあるほど。ちなみに、これ、ポルトガルのストーリー。比較優位説は、つい最近までのマルクシズムのごとく、経済的破壊力を発揮したのであった。

アイルランドは、いくたび工業化を試みてもムダであった。生まれたぱかりのアイルランド工業は、イギリスの最先端工業との競争に敗れて、揺藍の中で圧死した。


十九世紀の中ごろ、アイルランドの労働者がどんな生活をしていたか。彼らのほとんどは小作農であった(地主、雇い主はイギリス人)。

時は大英帝国の極盛期。イギリスの富は世界を圧しているというのに、アイルランド人の圧倒的多数は、ジャガィモを主食としていた。北の方は、少しはましで、ときたまオートミールが口に入ることもあった。が、南の方のアイルランド人のほとんどは、ジャガイモだけで生活していた。新鮮な肉なんか、一生食べたことのない人が多かった。

それだげではない。アイルランド労働者の多数は、貨幣賃金なんかもらってはいなかった。彼らは入札小作人制度と呼ぱれる制度で生活していた。彼らが地主のために働いて受け取る報酬は、すみっこのほうの小さな土地の切れっぱし。彼らはここにジャガイモを植えて、もっぱらジャガイモで生活する。彼らの労働で生産された小麦は、イギリス人の地主や資本家が持ち去る。アイルランド労働者の口に入るなんていうことは滅多にないのであった。

イギリス工業との競争に敗れて自国の工業が潰滅すると、ざっとこんなありさま。石器時代の、氷河時代のというのでなしに、十九世紀の中ごろの話です。ポルトガル帝国といい、アイルランドといい、ほんの一、二の例。比較優位説の呪い、か。

比較優位説の教えに忠実に、自由貿易に踏み切れぱ。イギリスも自国も双方ともに、よりよくなるはずであった。そのはずなのに阿鼻叫喚の地獄へ落ちた。そのような例が頻発した。双方ともによりよくなるはずなのに、よりよくなるのはイギリスぱかりなり。

これはどうもおかしいぞ。人びとは感づきはじめた。しかし、リカードの比較優位説に理論的誤りを発見することはできなかった。英国古典派の権威は圧倒的であった。


アメリカが、比較優位を無視して驚異の成長を遂げたのはなぜか

他方、比較優位説の呪いを受げなかった国ぐにもあった。比較優位説なんかくそくらえ、とぱかり自由貿易どころか、関税障壁をますます高くして、イギリス工業製品を排斥した国である。アメリカは、その最大の好例。

ナポレオン戦争がはじまると、当時、世界最大の海軍国イギリスは、アメリカ船の強制徴用を行なった。あれやこれやで、アメリカは一八一二年六月、イギリスに宣戦。米英戦争のはじまり。戦争はアメリカ軍に不利であった。

首都ワシソトンも一時、イギリス軍に占領された。一八一四年八月二十四日、イギリス兵がアメリカ兵の抵抗を押し切ってホワイトハウスに侵入。マディソン大統領夫妻は身をもって逃れたが、夕食はイギリス兵に食べられてしまった。ホワイトハウス、議事堂、官街(役所)は、ことごとくイギリス兵に焼き払われた。

一八一四年十二月のガン条約まで、アメリカ軍は大勝をあげることはできなかった。しかしこの戦争、アメリガにとって経済的な効果は大きかった。アメリカ経済が独立してゆく契機となったからである。(『世界の歴史』中央公論杜「十一 新大陸と太平洋」中屋健一)

経済史家のたかには、この戦争を「第二次独立戦争」と呼ぶ人がいるほど。これ、いったいどういうことか。この戦争がはじまる前まで、イギリス産業の生産力は高く、アメリカの幼稚産業の生産力は比較にもなんにもなりっこないほど低かった。だから、アメリカ経済がイギリスから独立するなんて、あるいは、夢のまた夢であるかもしれなかった。

ところがどうだ。一八一二年からはじまった米英戦争の結果、米英間の貿易は杜絶した。こうなるとどうか。アメリカの幼稚産業はメキメキと成長し、その結果、アメリカ経済はマァなんとか自立できるところまできたのであった。

これを、もう少し正確にいうと。アメリカ産業は、自由貿易をしている間はイギリス産業と競争できるまでには育っていなかった。しかし、関税障壁を高くすること、つまり保護関税を設けることによっ.て、なんとかイギリスに拮抗できるような産業が、いくつか育ってきたのであった。とくに、それが顕著だったのが木綿工業。

アメリカの木綿工業は米英戦争を機に急速な発育をとげてきたが、まだストレートにイギリスと対抗できるほどまでには育ってはいなかった。ところが保護関税の登場で、なんとかイギリスの木綿工業に対抗し得るほどまでに育ったのである。(中屋、同右)

米英戦争は、経済的意味においては、アメリカの大勝利であった。これによって、アメリカ経済の基礎はすえられた。そしてさらに、南北戦争によって、アメリカ経済の基礎は確乎不動のものとなる。とはいえ、これはもう少し後の話。

ここまでのストーリーで大切なことは、自由貿易ではなく保護貿易をしたほうが、国家は発展する。うまくゆく。このことである。これ、リカード大先生が唱えた比較擾位説とまったく正反対。

幼稚産業は、関税障壁を設げるなどして保護すれぱ、スクスクと発育するかもしれないが・自由貿易によって、幼稚産業が潰減させられれぱ、これはもうどうしようもない。アイルランドのごとく、ポルトガルのごとく。(P142〜P147)

アメリカが幼児体験への退行を開始するとき、日本は崩壊する

しかし、しかし。さらに特筆すべき大問題は、さらにその先に潜んでいた。日本経済、いや、日本そのものが拠って立つ基盤。それは自由貿易しかない。あり得ない。これである。日本こそ、収穫逓増の利益を、最大限に受げている。

日本人が片時も忘れてはならないことは、日本は自由貿易によって利益を得る国であり、しかも「世界最大の利益」を得る国になってしまったということである。現在日本の繁栄は、白由貿易という前提においてのみ可能であり、自由貿易が否定された刹那に、きん花一朝の夢と化す。

いま、日本にとって必要なのは、十九世紀、大英帝国がとったのと同じ行動。つまり自由貿易で自国だげが利益を被りつつも、これを決して認めず、外国を説得すること。自由貿易を押しつげることである。

このことの重要性。宮沢とかいうオッサン、日本の無能経済学者、グータラエコノミ又ト。いったいぜんたい気づいているのか。否、断じて否である。

自由貿易は、あたかも自然現象のごときものだと思い込んでしまっている。そうに決まってる。しかも、より致命的なのは、この日本にとって生命線である自由貿易が、アメリカの決意、ただそれだげによって維持されているという事実である。

もし、アメリカがその決意を変更すれぱ、一夜にして日本という国は崩れ去る。無能教授、グータラエコノミストが好んで口にするフレーズに、日本は石油を止められたら生きていけない国だ、というのがある。なんたる無知、なんたる無能。

筆者だったらこういう(ただし、外国人の前では決していわない。英語でも書かない)。日本殺すにゃ油はいらぬ、自由貿易やめれぽいい。

ところで、アメリカが自由貿易を続けているのは、それがアメリカのためにいちぱんよいと信じているからである。その根拠は、一にかかって比較優位説にある。

ところが、この比較優位説、無条件で成立するものではなかった。大量生産の利点(前述した、収穫逓増)を享受する国が存在する場合、自由貿易はぞの国だげを利して、他国の利益を徹底的に害するのである。

その国とは、まさに日本ではないか。ここに日米最終決戦の致命的キーポイントがある。

日本の存在そのものが、日本の存立条件である自由貿易を壊しつつあるのだ。日本が繁栄すれぱするほどその矛盾は拡大され、アメリカの立場を脅かす。そのときアメリカはどうする。

保護貿易という幼児体験、出生の秘密がアメリカにあったことはすでに述ぺた。アメリカがもし、自由貿易のチャンピオンから滑り落ちそうになったら…。そのときこそ、アメリカは出生の秘密をかなぐり捨てて、幼児体験への退行を開始するかもしれない。(P193〜P195)


(私のコメント)
選挙もいよいよあさってになりましたが、農業政策は「株式日記」でも何度も書いてきましたが、民主党の日米FTA締結のマニフェストについて書いているブログが少ない。見回してみても「株式日記」で紹介した国際派時事コラム極東ブログぐらいだ。民主党の政策責任者はいったい誰なのだろうか? 

日米FTAについて賛成か反対かと言われても、問題が重大問題すぎて誰も答えられないだろう。小沢一郎がなぜ農家への戸別所得補償制度を言い始めたのか? 民主党でも農林族議員がいますが、よく政策が刷り合わされていないようだ。日米FTAがあるから小沢一郎は戸別所得補償制度を言い始めたのでしょうが、民主党の農林族議員は聞いていなかったらしい。

族議員というのはその分野のことしか知らないから視野が非常に狭い。日本の農業を減反政策を維持したままでは良い訳がない。日米FTAとは農産物の自由化を意味するから農林族議員は条件反射的に反応する。民主党の農業政策がどうなっているのかマニフェストを見ても何も分からない。スローガンすらふらふらしているから内容が固められない。

WTOの体制は今やガタガタになり有名無実化している。中国はWTOに参加しても中国はWTOを守るつもりはない。コピー商品が溢れかえって世界にばら撒いている。人民元も為替介入で固定されたままであり、アメリカもそれを黙認している。自由貿易体制は危機に瀕しているのに、日本は自由貿易体制が当たり前のものだと思い込んでいる。

小室直樹氏の「経済原論U」では、国際経済のことが分かりやすく書かれていますが、この本は1993年に書かれて出版されたものであり、本屋に行っても売られていないしネット書店でも無い。古本屋で見付けるしかなく、出版社も再出版するつもりは無いようだ。本の題名が「アメリカ併合」となっているから圧力がかかっているのだろう。

経済原論を論じた本なので内容的には今読んでも十分に読める本であり、経済常識的にこれくらいの事は知っておかないと、国際経済の事は手も足も出せなくなる。だからネットでも日米FTAの事に触れたブログが少ないのだろう。リカードの比較優位説などと聞いてもチンプンカンプンの人は小室直樹氏の「経済原論U」を読んで欲しいのですが、本屋には無い。

財務省や日銀などのキャリア官僚なども東大ではマルクス経済を学んでいて、資本主義経済を知らないようだ。だからレーニンの「帝国主義論」がまかり通ってしまった。戦前においてももはや植民地獲得が無意味なものになっていたのですが、戦前のエリート達は満州や中国へと植民地獲得に突っ走ってしまった。

それよりも自由貿易体制を主張すべきであったのであり、リカードの比較優位説に例えるならば、日本は工業製品を輸出するイギリスであり、アメリカは農産物を輸出するポルトガルに例えられるだろう。その後イギリスとポルトガルはどうなったか? ポルトガルは自由貿易を信じたが為にイギリスの工業力に圧倒されてしまった。アイルランドもイギリスの工業力に圧倒されて経済植民地になってしまった。

このようにリカードの比較優位説に基づく自由貿易体制は帝国のプロパガンダであり、論理的に完璧でありポルトガルやアイルランドはそれに反論が出来なかった。それに対して反論ではなく武力で立ち向かったのがアメリカであり、イギリスとの戦争を繰り返しながら独立を勝ち取り、ついにはイギリスを上回る大帝国となってしまった。つまりアメリカは別の保護貿易の経済理論を持っていた。

アメリカの歴史教科書では南北戦争は奴隷解放めぐっての戦争と教えられているらしいが、イギリスとの貿易摩擦が引き起こしたものだ。北部では綿織物産業が育ちつつあったが南部では綿花をイギリスに輸出していた。そしてイギリスの綿織物がアメリカに輸出されていたが北部はそれに反対した。南北戦争は南部の自由貿易と北部の保護貿易との戦争であり、北部が勝利してイギリスの綿織物が入らなくなり国産の綿織物が育った。

だからアメリカは本来保護貿易立国であり、自由貿易を主張し始めたのはイギリスから世界覇権を引き継いでからだ。自由貿易とは帝国主義の理論でありアメリカが帝国である間は自由貿易を守るだろう。しかしアメリカはリーマンショック以降、金融も大打撃を負って自動車などの生産も大打撃を負った。だからいつアメリカが保護貿易を主張し始めるかわからない。

だから日米FTAで先手を打つ必要がある。しかし日米FTAで障害になるのが農産物交渉ですが、日本の自民も民主もいずれもが保護貿易派だ。日本の農業を守る為に自由貿易を棄てるべきなのだろうか? しかし減反政策をいくら続けても日本の米は安くはならない。むしろ農業は全面開放して専業農家には戸別所得補償をして農業の大規模化を図るべきだ。

日本の農業の8割は兼業農家であり、兼業農家の農業所得は15%に過ぎない。つまり日本の農家は土地持ちサラリーマンであり、農地は税金逃れの手段になっている。農地であれば固定資産税も安く相続税も安くなるからだ。このような土地持ちサラリーマンを保護しても意味はないのであり、大規模専業農家を保護育成すべきなのだ。民主党政権はこのような思い切った政策が出来るだろうか?

小室直樹氏が「経済原論U」で述べているように、日本は自由貿易の恩恵を世界で一番受けている国家だ。もし日本の自動車が輸出できないようになったらどうなるか考えている日本人がいるのだろうか? アメリカがGMやクライスラーが倒産して、自国の自動車産業を再建する為に自動車に高い関税をかけたらどうなるか? 日本の政治家は総合的な判断を迫られるだろう。アメリカの歴史を見れば保護主義に回帰する可能性が十分にある。

日本が農業を開放したら日本の農業は壊滅するだろうか? 米などの生産には大量の水を必要としている。アメリカやオーストラリアなどには広大な農地があるが水が無い。オーストラリアなどは慢性的な旱魃で小麦も輸出できないほどになってしまった。アメリカの地下水を汲み上げていますが近い将来涸れるだろう。それに対して日本は農地は狭いが水は豊富だ。耕作を大規模化して品種を改良すれば国際競争に勝てる可能性が十分にある。

日本にとって自由貿易がプラスかマイナスかを考えれば圧倒的にプラスでしょう。日本が円高で苦しめるのも自由貿易のおかげですが、世界が保護貿易に走れば日本は工業製品の輸出が出来なくなり円安で苦しむ事になります。石油や食糧はどこから輸入するのでしょうか? 外貨が無ければ輸入できないし、輸出国が輸出を停止したら日本人は餓死するしかない。兼業農家は自分だけの米を作って倉庫に隠してしまうでしょう。都会の人は買出し列車で闇米を買わなければならなくなるでしょう。(笑)

アメリカはかつての世界帝国であったイギリスやスペインと戦争して世界覇権をもぎ取った。その裏にはアメリカの経済力が拡大したからですが、現代では武力による戦争によるよりも資本の戦争が行なわれている。マネーが実弾なのであり、マネーを生み出すのが経済力であり、物量よりも技術力が経済戦争の勝敗の分かれ目だ。自由貿易の世界では比較優位の技術競争力のある国が勝つ。

広大な植民地を持つイギリスが、植民地を持たないドイツに追いつかれたのは技術力でドイツに負けたからであり、アメリカがドイツに勝ったのは技術力でありメッサーシュミットよりもP51ムスタングの方が優秀だったからだ。ドイツはB29のような戦略爆撃機を作る能力が無かった。イギリスはドイツに勝つために人材も技術もアメリカに売り渡してしまった。

アメリカが世界帝国になれたのもヨーロッパから優秀な技術者を奪いとるように連れてきたからですが、ヨーロッパや日本が戦災から復興すると圧倒的な技術優位は無くなりアメリカの覇権にも影が生じ始めた。アメリカの自動車産業の没落は軍需産業の没落を予言するのもでありアメリカは軍事優位も失うだろう。

太平洋戦争は米英戦争のようなものであり、アメリカはイギリスに大勝利は出来なかったが経済的に大勝利した。日本も戦争には負けたが経済で大勝利して技術力でアメリカを圧倒しつつあるのであり、日米FTAでアメリカは日本の経済植民地になるだろう。




国内市場では自由な競争市場が出来ているとしても、世界には、まだまだ
自由市場は出来ていない。世界自由市場というのは、実はまだ無いのだ。


2009年8月27日 木曜日

『国民のための経済原論 (U) アメリカ併合編』  著者 :小室直樹

この本は、『国民のための経済原論U』である。なんとしてでも、国際経済がわかりたい。この緊急要請に応えるために書かれた。主人公は比較優位説、さらにこの理論を護持するヘクシャー・オリーン・サムエルソンの定理。及び、この定理のその後の発展。

いっこうに減らない貿易黒字。とくに、対米貿易黒字。おかげでアメリカはカンカン。アメリカの対外赤字は積もりに積もる。長びく不況に七転八倒している日本は、貿易黒字でかろうじて息がつながっている。日本はアメリカの対日政策に、その背後にある双子の赤字(貿易赤字、財政赤字)に、すすんでは三つ子の赤字(それに加え得るに対外借金)に一喜一憂せざるを得ない。

この状況は、アメリカに対してだけではない。ロシア、アジア、ヨーロッバに対しても。欧米は、寄ってたかって日本に膨大なロシア援助を押しつけそうである。いったいぜんたい、その経済的効果はいかほどなのか、日本人は知らない。

このことからも明らかなように、いまほど日本人にとって、国際経済学の知識が渇望されている秋はない。むしろ、必要不可欠ではないか円高は、あなたの家計を直撃しようとしている。輸出で辛くも生命をつないできた企業は、円高に直撃されて息も絶えだえ。

首切りをもっともっとやらなけれぱ。辛くもつながっているあたたの首も、いつか切られるかもしれない。円高は首切り浅右衛門より恐ろしい。就職ができないかもしれない。できた就職も、取り消されるかもしれない。

円はどこまで上がるんだ。円高利潤の還元はどこいった。あるいは、反転して円安になるのか。あなたが日本人のうちの誰であっても、国際経済の知識がないことには、二進も三進もゆかない。そういう時代になってきた。

そんな時代にエコノミストのいうことは信用できるのか。政府は。いいえ、誰も信用できません。とくに信用がないのが政府、なかでもいちぱん信用できないのが宮沢喜一。でも、人格が信用できないといっているんじゃありません。この人、まじめで真撃で愛国者。ただ、経済がまったくわからないのが玉に瑕。いや瓦に暇。

いまは昔、第一次円高騒動のときのお話。秋に入るや、円はキリキリキリって、一気に捧上げ状態になった。日本中、大騒ぎになった。こんなに円が上がったんじゃ日本経済は破減だと、エコノミストも役人もマスコミも、たいがいこう思った。

円高なんかちっとも怖くない。日本経済が強い証拠だ。こう嘯いて動じなかった人は畏き辺りと。政治家では田中角栄。エコノミストとしては長谷川慶太郎。

そのとき、宮沢喜一、経済企画庁長官であった。つまり日本経済の舵取り。この宮沢舵取り氏、円高で日本経済はもうダメだと、絶望のあまり自殺しそうになったとか。本当か噂か知らないけど、こんな噂が流れるだけ、宮沢長官の苦悶の状、知れるではないか。この人、世の評判とちがって、経済音痴。円高ということの経済的意味が、少しもわかっちゃいないんだから。

舵取りが、急死したら、日本丸はどうなると思う。明治三十七年八月十日の黄海海戦のとき、舵取りに急死されたためにグルグル回りしかできなくなった、ロシア旗艦リトヴィサンのような目にあうかもしれないって気はしなかったの。

円高なんて心配する必要はないのが、経済の論理というものだ

それにしても、宮沢長官はじめ、官庁エコノミストのお粗末ときたら、目を覆うものがある。その後の日本経済はどうなった。右の人びとの予想を裏切って、角栄のいうとおり、より大きく、より逞しく高度成長していったのでありました。日本国民のためには、めでたし、めでたし。が、ちっともめでたくないのが、日本の経済学者、エコノミスト。予想が外れて、無能を天下さらこに晒した。でも、これらの人びと、ちっとも懲りなかった。同じ誤りを何回でも繰り返す。しずのおだまきじゃあるまいのに。

円高がくるたびに、サァたいへんだ。.これで日本経済はおしまいだ、ど騒ぎまくる。何回、同じ騒ぎを繰り返したら気が済むんでしょうねえ。これらの懲りない面々。

問違った見とおしを立てても、牢屋に入れられない、まして、死刑にはされないからか。日本は罪刑法定主義の国でよかったですねえ。「経済予測ヲ誤リタル者ハ死刑若クハ三年以上ノ懲役二処ス」なんて刑法のどこにもありませんからねえ。関連法令のどこにもありません。ま、それもあるけれど、経済学者、エコノミスト諸君が懲りない真の理由は、経済学を知らないから。

円高は、日本が強いから起こる。円高で日本経済が潰滅するっていうんだったら、潰減の前に日本経済は、以前より、より弱くたるでしょう。となれぱ、輸出は減り、輸入は増える。日本の国際諸収支は、黒字方向から、グッと赤字方向へと引き寄せられる。

その結果、円安になる。このように、円高は円安を内包する。だから、円高を心配する必要はない。これ、経済の論理。

,そんなこといったって、それは日本全体の話でしょう。一消費者たる私は、一企業である私は、どうすれぱいいのですか。こういう質問、当然、出てくるでしょうね。筆者が答えてあげよう。国際経済学を学びなさい。

では、国際経済がわかるための秘訣は、国際経済学を理解するために突破する関門は。これも、よく質問される。

第一に、比較優位説を理解することである。さらにその後ろ楯になっているヘクシャー・オリーン・サムエルソンの定理及び、この定理から発展した諸理論を理解することである。

第二に、国際収支表が、完全に読めるようになることである。といってしまえぱ、簡単なようであるが、どういたしまして。これができる経済学者、エコノミスト、まず、いない。そこで本書では、まず、比較優位説の講義からはじめよう。(P8〜P12)


アイアコッカは、何故、いても立ってもいられないのか。いつでもいつでもなんでそんなにいきり立っのか。その理由は。日本が先進国。アメリカは後進国に成り果ててしまったからである。そんなことまでいい募る根拠が絶対優位説。日本はアメリカヘ自動車などの工業製品を輸出してくる。そうするとアメリカは日本へ原料を輸出する。

これ、アメリカが後進国、目本が先進国であることの何よりの証拠。アイアコッカの脳裏にあるのは、古典的な先進国、後進国模型であった。だからこんなことをいう。しかも、この骨がらみの絶対優位説信奉者に対して、日本人はなんら有効な反論をできない。

このように、絶対優位説もべつに棄てたものではなく、効用はもつ。でもこの説、リカード大先生に教えてもらわなくっても誰にでもスソナリわかる。俗耳に入りやすく、常識的なのである。こんな説しか生産できないというのであれぱ、経済学の効用っていってみたところで、それ、あんまり大きたものではない。

印東太郎教授は、「科学の効用は、常識ではいえないことをどれだけいえるかにある」といった。経済学だってそうだ。絶対優位説のような常識に毛の生えた程度のことしかいえないようであれぱ。なにもリカード大先生に教えてもらう必要なんか、これっぽっちもありはしない。

日本は、工業生産物一単位をつくるためには、某国よりも少ない労働日をようし、原料一単位をつくるためには某国より多い労働日を要する。こういうことであれぱ、結論は知れたことでしょう。日本は工業生産に特化し、某国は原料生産に特化する。これ以外に考え方がない。

リカード大先生に教えてもらわなくても、サムエルソン大先生に敷衍してもらわなくても。まして筆者がこと改まって本書を書かなくても……。ところがリカードは、はるかにそれ以上のことを発見し、サムエルソンは、そのまたはるかに以上のことを発見した。筆者は、さらにそれ以上のことを読者に語ろうと思う。

比較優位説。これから語ることは常識に反する。よくよく吟味しながら読まれよ。

「うんと」と「ちょっと」のちがいが、比較擾位説の理解の急所

比較優位説がリカードによって唱えられた当時、イギリス経済は極盛期。イギリスの生産力は、高かった。どの分野においても。他方、ポルトガルはすっかり衰退して昔日の悌はない。生産力もすっかり低くなってしまっていた。これまたどの分野においても。

イギリスもポルトガルも、衣料もつくれぱワインもつくる。衣料をつくるのにもワインをつく
るのにもイギリスの生産力は高く、ポルトガルの生産カは低い。

となると、イギリス人はこう考えるだろう。イギリスの生産力は、衣料においてもワインにおいてもポルトガルより高いんだ。衣料もワインもイギリスでつくっちまったほうがいいだろう。ポルトガルの出る幕なんか、ありはしないのだ、と。

この考え方は誤りだ、とリカードは喝破した。リカードは論ずる。、たしかに、イギリスの生産力はポルトガルの生産力よりも高い。衣料生産においてもワイン生産においても間違いなく。が、高いとはいっても、その高さの度合いがちがう。衣料生産においては「うんと」高い。ワイン生産においては「ちょっと」高い。

この「うんと」と「ちょっと」のちがいこそ、比較優位説の理解の急所。函谷関だ。天下第一関だ。マルクスなら「ここがロードス島だ、踊ってみろ」というところ。

ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したるがごとく、リカードはこの「うんと」と「ちょっと」とのちがいに瞠目して比較優位の理論を発見した。

同じ高いにしても、「うんと」高いほうを比較優位(この場合は衣料)といい、「ちょっと」高いほうを比較劣位(この場合はワイン)という。ちなみに、これはイギリス側から見たときの話。

ポルトガルのほうから見れぱ、衣料生産においても、ワイン生産においても生産力はイギリスよりも低い。が、低いとはいってもその低さの度合いがちがう。衣料生産においては「うんと」低い。ワイン生産においては「ちょっと」低い。したがって、ポルトガルでは衣料は比較劣位。ワインが比較優位。ぶどう「ポルトガルの葡萄酒」といえぱ、劣ってはいるのだげれども、その劣りかたが「わりと少ない」というわけだ。

なお、「うんと」と「ちょっと」のちがいという表現は、誤解を招く恐れがたきにしもあらず、あくまでも印象を鮮明にするためにこの表現を用いた。誤解の余地を少なくするためには、「比較的に多く」「比較的に少なく」たどの表現を用いるといいかもしれない。まわりくどい印象を与えるかもしれないけど。

比較擾位説は国際分業の理論である

話を元に戻す。これからが第二の関門。最大の関門。そこには地獄の入口のように額が掲げられてある。「ここで、すべての危倶が死ななげれぱならない」(ダンテ、神曲『資本論』に引用)なんていったら半畳が入る(ヤジが飛ぶ)だろう。座布団が飛んでくるかもしれない。「あまり恰好つけなさんな。この本は『国民のための経済原論』なんだから」って。

いや、他意はありません。日本の大学における経済原論の授業のときには、たいがいの学生が寝てしまうように、いちぱん大切なところで読者に寝られると困るので。まず、ドキっとさせでおかないといけたいと思っただけの話。

さて、第二の関門。比較優位(比較劣位)があれぱ、貿易は起きる。これが比較優位説の最大の収穫の一つ。星辰と共に永遠なる経済学の金字塔。絶対優位があれぱ、貿易は起こる。これは誰でもわかる。が、絶対優位がなくても、比較優位があれば、貿易は起こるのである。

これこそ、リカード大先生の教えであり、サムエルソン大先生の教えである。なお、以後、とくに断わらなげれぱ、「比較優位」といえぱそれは「比較劣位」をも含み、「絡対優位」といえぱ「絶対劣位」をも含むものとする。

そして第三の関門。これまた、第二の関門のごとく大切な定理である。このとき、双方の国は利益を受ける。比較優位によって貿易が起きたとする。これを貿易後と呼ぶことにする。まだ、貿易が起きでいないときを貿易前と呼ぶことにする。

右の命題(文章)を換言すれぱ、双方の国はいずれも貿易後は貿易前よりもよくなる。ここでまた、用語の使い方について。「よくなる」とは数学的に厳密にいうと、「より悪くなることはない」という意味である。「悪くなることはない」とは、数学的にいうと実は「まったく等しい場合」も含む。したがって、今後は「よりよくなる」とは、貿易前と「同じ」という場合も含むことにする。

第一「第三の関門をイギリスとポルトガルの話で説明すれば、両国間で衣料とワインの比較優位と比較劣位がかくのごとくなった場合、イギリスは衣料だげを生産し、ワインの生産をやめる。ポルトガルはワインだけを生産し、衣料の生産をやめる。そしてイギリスは衣料をポルトガルヘ輸出してポルトガルのワインを輸入する。反対にポルトガルはワインを輸出してイギリスの衣料を輸入する。これが、両国にとってベストである。

しかも、イギリスとポルトガルの双方ともが、衣料の生産もワインの生産もする場合に比べて、両国ともよりよくなっているということを、比較優位説は証明したわげだ。これは、リカードが挙げた歴史上、有名な例。

さらに第四の関門。比較優位説は、国際分業の理論になる。双方の国のいずれも、自国が比較優位である財だけを生産するように特化し、他財はすぺて輸入する。これが双方の国にとってベストであることを比較優位説は教える。が、比較優位説はただに国際分業の理論であるのみならず、また国内分業の理論でもある。

分業は、何故行なわれるか。その結果どうなる。分業論は社会科学の最大テーマの一つだ。よく知られた分業論としては、デュルケムの連帯説がある。その他の分業論としては、マルクスの疎外説がある。マクス・ヴェーバー、大塚久雄の分業論は、やはり疎外説の一種ではあるが、マルクス説とは異なる。これらの諸説にっいては、別に論ずる。

サムエルソンは、比較優位説が国内分業論でもあることに気づいた

比較優位説は国際分業論のみならず、国内における分業論としても威力を発揮する。その理論的切れ味たるや、絶対優位説の比ではない。サムエルソンはこのことに気づいている。が、このことに気づいた社会学者はまだいない。少なくとも寡聞にして知らない。比較優位説は社会学においても絶大な威力を発揮し、豊かな成果を生む。

そこで次にサムエルソンによる、社会学におげる経済学の効用の一例を紹介しよう。

ある町でいちぱん有能な弁護士(女性)が、同時にいちぱん有能たタイピストでもあるとする。ここで、サムエルソンは借問する。この女性は弁護士として生きるのが得か、タイピストとして生きるのがいいか。はたまた弁護士をしながら、タイプも自分で打つのがいいか。結論をいうと、この女弁護士は、タイピストを雇うべきである。彼女は弁護士の仕事だげをして、タイピストは別に雇った場合に、いちぱん収入が多くなるのだ。

彼女は法律の仕事もタイブの仕事も一般人よりすぐれている。両方の仕事において絶対優位である。だから弁護士をしながら、自分でタイプも打つのが能率がよさそうだ。タイピストに給料を払うのは、バカげていそうである。

しかし、比較優位として考えれぱどうか。彼女は上手とはいっても、タイプの仕事は比較優位をもたない。タイプの仕事をするために、大事な時間を比較優位が非常に大きい法律の仕事から割くべきではない。法律の仕事に特化して、タイプの仕事はタイピストにまかせるべきである。

タイピストの立場からこの問題を考えるとこうなる。タイピストは女弁護士よりも両方の仕事において劣る。しかし、女弁護士と比べてタイピストの相対的劣位はタイブの仕事においてより小さい。相対的にいえぱ、タイピストはタイブの仕事に比較優位をもっている。

どうです。分業を説明するのに見事な切れ味でしょう。絶対優位説が錠か鈍刀だとすると、比較優位説は正宗か村正か。絶対優位説だと、ある人がすべての能力においてすぐれ、他の人はすべての能力において劣るとき、分業を説明できなくなってしまう。だから、アダム・スミスは熟練の契機を導入しているではありませんか。(P20〜P27)

時代遅れになりつつあった帝国主義

それではなんで、帝国主義諸国は、植民地獲得のためにトチ狂ったのか。心も身もないほどに、狂い争ったのか。その理由は、ヘクシャー・オリーンサムエルソンの定理を知らなかったからである。もし、この大定理を知っていたならば。帝国主義ものうしと、必ずや先進諸国は気づいていた事だろう。どうせ、利潤率は同じになってしまうんだ。どの国だって。

良寛的表現を用いるならぱ、移民、投資、ものうしということになる。となると、帝国主義もものうし、ということにならざるを得ない。どこに資本輸出をする必要があろう。どこに植民地を求めて外因と戦争をする必要があろう。レーニンの『帝国主義論』はあがったり。

事実、冷静に歴史を眺めるたらぱ、掘り下げて歴史を考えるならぱ、帝国主義は実は幻想であったようである。

実のところ、帝国主義は、実は引き合わないものになりつつあった。それが何より証拠には、十九世紀中葉のころまでは、イギリスの国力は全世界を圧していた。ところが、その後、しだいに後発先進国が追いつき、追い越すところとなった。イギリスの工業生産は、まずアメリカに抜かれ、次いでドイツに追い抜かれた。二十世紀に入ると、英独仏の経済力は大ざっぱにいうと、ほぽ拮抗。

これ、帝国主義的に考えれぱ、まことに不可解なことではないか。帝国主義のチャソピオソとナソバーツーが、植民地らしい植民地を持たない帝国主義後発国たるドイツと経済力がほとんどちがわないとは。

植民地が無用の長物と化していた、その何よりの証拠ではないのか。このことは、大日本帝国の植民地を想起しただけでも、思い半ぱにすぎよう。朝鮮経営は赤字であった。台湾経営も赤字であったが、砂糖が辛くもこれを補うことがあった。南洋経営も、鳥糞がなけれぱ赤字であった。

帝国主義は、しだいに時代遅れになりつつあった。

この時代の大激変の背後に、ヘクシャー・オリーン・サムエルソンの定理が働いていたのである。高い利潤率を求めての植民地経営であったが、肝心要の利潤率が、貿易をするだけで先進国、後進国同じになってしまったのでは、軍艦を送ったり、大量虐殺をするコストの分だげ損。英仏はババ抜きのババを握んだのである。


(私のコメント)
日本は失われた20年を強いられていますが、その原因は何なのだろうか? 小室直樹氏の「経済原論アメリカ併合編」を読むと、自由貿易によって日本が一番利益を得ているはずなのですが、そうなっていない。その理由を考えているのですが、コメントは明日また書きます。




環境車の本命はプリウスインサイトのようなハイブリッド車だ。それらの
構成部品は皆、特許製品であり、日本企業のライセンスなしには作れない。


2009年8月26日 水曜日

日本の自動車部品は絶対に負けない 8月25日 橋本 久義

(3)日本車は激安カーに負けてしまうのか

 心配の第3は、激安カーの出現で、日本車がダメになるという説だ。

 タタ・モーターズの20万円カー「ナノ」など激安カーが出てきているが、自動車は電気製品と違って、壊れれば人が死ぬことがある。例えば夜中に森の中で点火系にトラブルがあって走れなくなり、「寒さで死ぬ」ということもあり得る。「価格が高くても信頼性が何よりも大事」という客がいるのは当然だ。

 また自動車は今もってステータスの象徴だ。価格ばかりが選択の決め手ではない。かつてクライスラーが日本車キラー「ネオン」を売り出し、マスコミは大騒ぎをした。それが今、どうなっているかを思い浮かべてほしい。

(4)自動車生産の中心は中国に移っていくのか

 心配の第4は、自動車生産の中心が中国などに移るという説だ。

 これもそう簡単にはいかない。現在、ほとんどすべての自動車メーカーが中国で生産しているが、日本に逆輸入しようという動きはない。熟練工が育たず、愛社精神も薄い中国でトップ品質の製品を安定的に作るのは難しい。

 ほぼすべての日本自動車メーカーが中国生産を増やそうとしているが、日本での生産も増やす体制を採っている。そもそも中国人自身が中国製を避ける傾向がある。

(5)部品生産の中心は中国に移っていくのか

 心配の第5は、自動車はともかく、自動車部品は中国生産が中心になるのではないかという説だ。これも簡単にはいかない。先ほども述べたが自動車は故障すれば人が死ぬ。安全性の考え方のレベルが電気製品とは全く違う。

 自動車メーカーは時々リコールをするが、その際、リコールに該当する部品を作った企業は共同で補償させられている。中国系部品企業が「保証期間が過ぎた部品」に責任を持つだろうか。そして、リコール費用を負担するだろうか。それは、かなり疑わしい。日本の協力企業のように親身になって対策を考えてくれるか、ということになると、さらに疑わしい。

(6)電気自動車の時代が来て、従来の部品メーカーはお払い箱か

 第6の心配は電気自動車の時代が来て、従来の部品メーカーはお払い箱になってしまうのではないか、というものだ。

 確かに電気自動車になれば減速ギアは簡略化されるだろうし、デフギアも不要になる。スターターも燃料噴射機構も、マフラーも、排ガス処理用の触媒もいらなくなる。部品点数は大幅に減るだろう。しかし、残念ながら当分そんな時代は来ない。

 地球から石油資源が全くなくなれば実用化するかもしれないが、現在のようなガソリン事情なら(ガソリン価格が5〜6倍になっても)、実用化は難しい。

 電気自動車の最大にして唯一のネックは電池だ。電池にどれほど問題があるかは、あなたの携帯電話の電池を考えて見ればよい。1年ほど前に買った携帯電話の電池は、買う時に「1週間くらい持ちます」という説明を受けたはずだ。ところがその電池は、今はたぶん2日くらいしか持たないのではないだろうか。

 携帯電話だから、腹は立つが、命にかかわることはないから我慢できる。しかし自動車はバッテリーが切れると、乗るはずの飛行機に間に合わなくなる、契約に間に合わず違約金を取られる、親の死に目に会えなくなる。山奥で車が動かなくなり死にかける・・・。(中略)

「行く先々に、標準化されたバッテリーセットが置いてあって・・・」というシステムを提案している人もいるが、なにせ1セット200万円もして、しかも劣化が著しく、外形が同じでも性能に著しい差がある製品である。そんなシステムが成り立つはずもない。

 こうして見ると環境車の本命はプリウスインサイトのようなハイブリッド車だ。これは日本の独占市場だ。普通のガソリン車に比べて部品点数がめちゃくちゃ増え、しかも非常に精度の高い部品ばかりだ。それらの構成部品は皆、特許製品であり、日本企業のライセンスなしには作れない。日本の独壇場だ。

 「燃料電池はどうなんだ?」という声が聞こえてくるが、これは高性能蓄電池よりもっと難しい。水素という、途方もなく危険な気体を高圧で大量に蓄積した施設が都会の真ん中のあちこちにできて、水素を積んだ車が走り回るのだ。水素は普通の鉄板は通り抜ける。スースー抜けるわけではないが、普通の鉄板のボンベでは、1日置いておくと水素がほとんど残らない。保険会社は保険をたぶん引き受けないだろう。水素吸蔵合金も開発されつつあるが、高価だし重い。

 ガソリンがなくなれば電気自動車の出番であるのは間違いない。ただ、電気自動車はバッテリー以外の開発要素はほとんどないから、今から技術開発を進めてもあまり意味がない。実用化されて、インフラストラクチャーの状況がはっきりしてから開発しても、充分間に合う。

(7)車台・部品の共通化で、下請け企業の仕事は減っていくのか

 第7の心配は車台・部品等の共通化が進み、下請企業の仕事が減るというものだ。

 まず、「車台の共通化」は、大した話にならない。

 車台を共通にして、男の子向けにはちょっと尖ったデザインのボディー、女の子向けには柔らかいデザインのボディー、お年寄り向けにはちょっとワイドでゆったりとしたボディーと、いろんなボディを載せれば安くできて儲かるじゃないかというアイデアだが、そんなアイデアは大昔からあった。

 ところで、日米欧合わせれば数十社の自動車メーカーがあって、同じ車台に種々のボディを載せて成功した会社が、何社あるだろうか? 実は、1社もない(派生車種のような形で車台が一緒ということはある)。

 どうしてか? 理由は簡単、売れないからである。自動車は安い買物ではない。何カ月分の給料、発展途上国であれば何年分の給料で買うものだ。

 ところで、自動車というのは売り出した時にはガッと売れる。半年ぐらいで半分ぐらいしか売れなくなって、1年経つと4分の1しか売れなくなる。販売数のグラフはいつも鯨の胴体のような形になる。そうすると、ディーラーとしては、新車が欲しくなる。

 ところで、「新車を出しました。でも、見かけは違ってますが、フレーム、エンジンなどは前の車と全然変わらないんです」で、売れると思いますか? 売れるわけがない! だから、誰もやらないのである。

 そもそも自動車各社が取り組んでいるデジタル化は、車台であれ部品であれ、どんどん設計を変えられるようにするシステムだ。私は、流れとしてはむしろ車台数は増える傾向にあると思う。

 「部品共通化」も景気が悪くなると出てくる流行病のようなもんだ。部品共通化は絶対に進まない。なぜなら日本の会社は、設計の人たちをクビにしないからだ。

 例えば私が設計技術者であれば、給料をもらわなくたって設計する。自動車というのは速くしたい、軽くしたい、安くしたい、スマートにしたい、居住面積を広くしたい・・・。要求は、限りなくいっぱいある。新たに設計するのはより良いものに決まってる。そうすると部品も新しいものが必要になってくる。

 例えば、「おーっ、ちょっとこの部品じゃダメだな」「この部品のここを5ミリだけ削ってくれると、全体としては3センチ追い込めるんだが」という具合だ。

 すると、部品共通化本部の人が、「ダメダメダメ。エンジン取付部品はこの20種類の中から1個選べということになってる」と言ってくる。「どうして共通の部品を使わなきゃいけないんですか?」「部品がいろいろあるとコストが高くなるからだ」「じゃあ、同じ値段でやればいいんでしょうが」「そう言われればそうだなあ」。かくして、新部品が誕生する。

 日本はみんな競い合って設計をしている。いつも新しい工夫がなされる。そしてデジタル化というのは、設計変更を容易にするシステムだ。だから、むしろ部品のバラエティーは増加する。そのような多品種少量の部品を海外に作らせるのは合理的でない。日系の大企業で作るのも合理的でない。必然的に日本の中小企業の出番が多くなる。

(8)大企業の内製化で、下請け企業の仕事は減っていくのか

 第8の心配は大企業が内製化を進めるため、下請け企業の仕事が減るのではないかというものだが、これも杞憂だ。すごく長い目で見れば日本の製造業の歴史は外製化の歴史だ。アウトソーシングする方が合理的なのだ。

 多くの企業が「需要に即応する体制を作るため」内製工場を作るのだが、ほぼ100%失敗している。理由は簡単、「言うことを聞かなくなる」からだ。なぜかって? 理由はあなたが発注者の立場に立ってみればすぐ分かる。自社内工場であれば発注する相手は先輩・同僚・後輩である。怒鳴りつけるわけにはいかない。下請けさんだったら、怒鳴りつけていればよい(怒鳴りつけることの是非は抜きにして)。その差だ。

 いかがだろうか。要するに、日本の自動車部品産業は今後も発展を続ける。つまり自動車以外であっても、機械系中小企業は大丈夫だ。根拠のない自信を持って努力を怠ってはいけないが、決して悲観的になる必要はない。生き残れる。



(私のコメント)
今年は電気自動車元年であり、メーカーからも電気自動車が発売されました。しかしこのまま電気自動車が普及するのかというと、大きな壁がいくつも立ちはだかっている。それは性能の壁でありコストの壁だ。確かにリチウムイオン電池は従来の電池よりも高性能ですが、アイミーブの電池も200万円以上もするし、一回の充電で最高でも160キロしか航続距離がない。

だから用途は買い物用のセカンドカーであり、軽自動車で400万円以上もしたのでは買う人も限られる。電池の開発も進んできていますが原材料もリチウムという希少資源を使うのでコストダウンも難しい。欧米のようにハイウェイを数百キロも走るような用途には向かない。しかし環境規制も厳しくなりガソリン価格が高くなり、従来のガソリン車では環境規制を守る事は不可能だ。

自動車産業は非常に裾野の広い産業であり、自動車を見ればその国の産業技術力がわかるほどだ。日本の経済評論家の中には、日本は物作りを止めて金融立国を目指せと言う人もいれば、自動車もモジュール化するから中国のような新興国に負けるという人もいる。しかし自動車は組み立てればそれで終わりという製品ではなく信頼性が必要だ。

アメリカで自動車産業が滅んだのも日本車やドイツ車に負けたからであり、アメリカでは燃費が良くて信頼性の高い高性能な車を作ることが出来なかったからだ。最近では中国やインドが自動車大国に名乗りを上げていますが、中国人は安くても中国製の車は買いたがらない。自動車は安くても故障したらただの鉄の粗大ゴミに過ぎなくなる。

白物家電製品やバイク程度の製品なら安物でも故障すれば買い換えればいいかも知れない。それらは中国ではコピー商品として安く出回っている。東南アジアではホンダやヤマハのバイクのコピー商品が溢れている。しかし故障したら部品を取り替える必要があるから、日本国内でホンダやヤマハのバイクがよく盗まれるようになった。部品として輸出されるのだ。

中国では日本製品の設計図面をそっくり盗んで同じものを作っている。家電製品やバイク程度ならそういう事も可能だろう。経済評論家では自動車も同じようにコピーされて日本の物作りはダメになるという論理ですが、自動車は同じ部品を作って組み立てればそれでいいという商品ではない。中国では日本車やドイツ車そっくりな車が作られている。

中国や韓国ではこのような偽ブランド商品で溢れていますが、これでは中国産のブランド商品は出来ないでしょう。苦労して新商品を開発するよりも他のヒット商品をパクッタ方が効率がいい。自動車にしても技術を積み上げ積み上げしながら改良してできるのであり、図面を盗んで同じものを作っても同じものは出来ない。

車なんてものは見栄えが良くて走りさえすればいいといった気持ちで作って、国民もそれを喜んで買うのならアメリカの自動車メーカーの二の舞いになるでしょう。アメリカも燃料バカ食いの大型車が売れたのがメーカーにとって命取りになった。それに対して日本では中国車も韓国車も全く売れず、アメリカ車も全く売れなかった。自動車は数百万円もする高価な商品だから消費者の目は厳しい。

トヨタやホンダも中国に進出して車を生産しているが、中国からの逆輸入車はほとんど見かけない。人件費も安く距離も近いからあってもおかしくありませんが、同じメーカーで同じ設備で同じ物を作るのだから問題はないはずだ。パソコンなどでは日本のメーカー品でも中国製や台湾製のパソコンが売られていますが、自動車で同じ事が起きるのだろうか?

前にも書いたように自動車では一つの欠陥車の事故でも起きれば命にかかわる事になる。三菱のトラックが車輪の固定ボルトが折れて人身事故が起きてマスコミに叩かれましたが、おかげで三菱自動車は潰れかけた。自動車自身の安全性でも中国製や韓国製の車は問題がある。日本の自動車メーカーは安全性の為に何百台もの車の衝突実験を繰り返しながら作っているが、そのノウハウは簡単には身につかない。

家電製品なら故障してクレームをつけても交換しておしまいだ。だから家電製品と自動車とを同じに見るのは根本的な間違いだろう。電気自動車になれば車も家電製品並みになるという人も居ますが、やはり人が乗って時速100キロ以上で走るのだから家電メーカーが自動車を作るような訳には行かないだろう。製品作りの根本から異なる商品だからだ。

アジアやアフリカやロシアなどでは安い中国製の車が売れているということですが、故障したらどうするのだろうか? アフターサービスは十分でないだろうし部品すら確保するのが難しい。ロシアなどでは日本車の中古車が売られていますが、やはり自動車は信頼性が無ければ実用品にならない。

最近では家電製品やパソコンなど台湾製や中国製品が多くなった事をもって自動車も同じようになるというのは間違いだ。日常品などはアジアの新興国に任せて戦略的な商品を守り育てていく事が大切だ。価格競争になってしまった日常品まで日本で作る事はなく、中国や韓国で作られている情報家電の中の中核部品の多くが日本製だ。

おそらく電気自動車の時代になっても部品の多くが日本性の部品が使われるようになるだろう。電気自動車になると少しでも軽くて丈夫なものが必要になる。欧米のメーカーがなかなかハイブリッドカーが出来ないのも、部品レベルから従来の自動車とは異なる部品であり、自動車用バッテリーにしても一から作らなければならない。それに対してトヨタでは10年前から作り始めている。

橋本久義氏が、「日本のマスコミは日本がダメになる話が大好きで、次から次へと「日本はダメになる」ネタを探して、不安を煽り立てる。」と最初に書いていますが、マスコミや経済評論家は日本はダメと書きたがるのはなぜなのだろう。そのように書けば記事が売れるからであり日本人は悲観論が大好きだ。「株式日記」で強気な事を書けばコメントに悲観論で溢れる。

最近の自動車の流れから見てもエコカーの主流はハイブリッドカーであり、電気自動車の時代は革命的な電池でも開発されない限り無理だろう。ベンツやポルシェににしてもハイブリッドカーを出すのは来年になる。GMのボルトはハイブリッドカーですが電池を多く積むのでかなり高い自動車になる。そのバッテリーは日立製になるようですが、世界の次世代自動車部品の多くが日本製になるはずだ。




こんな悪魔のような政治家どもは落選させるべきだろう。政権交代に
よってご都合主義の警察組織は即刻、解体すべきではないだろうか。


2009年8月25日 火曜日

押尾被告が捨てた?死亡女性の携帯発見 8月25日 スポニチ

東京地検は24日、合成麻薬MDMAを飲んだとして麻薬取締法違反(使用)の罪で俳優押尾学被告(31)を起訴した。押尾被告は、逮捕当初こそ警視庁の調べに容疑を否認していたが一転、罪を認めて「うそをついていました。ごめんなさい」と話しているという。また、使用現場の東京・六本木ヒルズのマンションで死亡した飲食店従業員の女性(30)の携帯電話が、マンション外の植え込みから見つかっていた。

女性の血液からはMDMAの成分が検出され、警視庁は死因との関係を捜査中。警視庁は押尾被告が心臓マッサージをしていることなどから、女性を放置して必要な保護をしなかった保護責任者遺棄致死容疑での再逮捕はしない方針だ。

 また、女性の紫色の携帯電話が押尾被告の逮捕翌日の4日にマンション外の植え込みで捜査員によって見つかっていた。警視庁関係者は「押尾被告が隠したのではない」とみている。ただ、MDMAの入手先や女性の交友関係の判明などを恐れ、何者かが捨てた可能性もあり、警視庁は、なぜこの場所にあったかなどを調べている。


当局がひた隠す押尾事件の闇 8月21日 内外タイムス

「葬儀の際、実母はTさんの形見として彼女の携帯電話を棺に入れたい、と思ったようなのです。そのため、警察(所轄の麻布署)に遺体の横にあっただろう携帯電話の返還を求めたのです。事件性がないなら、すぐ返してくれるでしょう? ところが麻布署の対応は『ケータイ? あったかなぁー。部屋中、くまなく探せば見つかるかもなあぁー』とだけ言い、最終的に戻してくれなかった。事件性が本当になかったら、彼女のすぐ脇にでも置いてあるでしょう。それが『ない』と言うのは、少し考え難い。警察はハナから相手にしていなかったのです」(スポーツ紙デスク)

 とはいえ、遺族の頼みであるわけだから「事件じゃないんだから、そんな面倒くさいことはしたくない」では済まされないはず。「もしかしたらこの時点で『何か』をつかんでいる可能性があったのかもしれません」(前出・スポーツ紙デスク)。
 結局、遺族の願いもむなしく、遺品の返還はゼロ。あまりのショックでTさんの実母は「東京は怖い。もう誰とも話したくない」と、参列者にこぼし「葬儀以降、家に閉じこもったまま」(関係者)になったという。

 さらに警察発表に疑問が残る点も。Tさんが住んでいた東京・港区のマンションから発見された覚せい剤の量だ。「警察(麻布署)によると、彼女が住んでいた部屋は暴力団関係者が借り主になっていたそうです。で、部屋から覚せい剤が見つかった…つまり、Tさんはヤクザのオンナで覚せい剤中毒だった、と警察は言いたかったのです。しかし、これには無理があします」と全国紙の記者が語り、核心をこう語る。
 「部屋から発見された覚せい剤は一般人の間では、ほぼ取引きされない、純度100パーセントに近い高濃度品。しかも、価格にしたら1億円相当なのです。いくら銀座で人気があったホステスだとはいえ、時価1億の覚せい剤を買うことは困難です」
 Tさんは、暴力団関係者と同棲をしていただけで「ヤク中だったかは定かではない」(前出・全国紙記者)という見方ができるのだ。

 当初、腰が重かった麻布署も押尾の拘置期間を延長し、ようやく本格的な捜査に乗り出した。が、Tさんの遺族を思うと、遅きに失した感は否めない。もちろんTさんが「完全なる被害者」だとは誰も思っていない。それにしても「死人に口なし」とばかり、全責任を押し付けるような結論だけは避けてもらいたいものだ。


【田中香織】 死の直前にかけた電話 8月16日 週刊現代

【週刊現代】2009年8月22・29日合併号

殺人マンション部屋もフェラーリも銀座の豪遊もタダで提供
逮捕された押尾学と遊んでいた会社社長たち

 違法薬物の使用で逮捕された「問題児タレント」押尾学は、多くのタニマチ社長たちと飲み歩き、支援を受けていた。「謎の人脈」の全貌。

死の直前にかけた電話

 タレント・押尾学(31歳)が8月2日、六本木ヒルズ(東京・港区)の一室に銀座のクラブホステス田中香織さん(30歳)を全裸のまま放置し、翌日、麻薬取締法違反で逮捕された事件の事実関係が、徐々に明らかにかなりつつある。

 「3日の夕方すぎ、香織さんの大親友の女の子が、動転した様子で電話してきました。『あげは(香織さんの源氏名)ちゃんが死んだよ!』というのです 

 彼女は、2日夜になくなる直前の香織さんから電話をもらっていた。

 『いま、六本木ヒルズに押尾学といるんだけど、押尾が逃げちゃったの。具合が悪くてやばい。助けてほしい。いますぐ来て』と言われたというのです」(香織さんがかつて在籍したクラブの経営者)

 親友が六本本に向かう途中、再び香織さんから電話があった 彼女は呂律が回らない様子だったが、苦しそうにこう話したという。

 「押尾に(携帯)電話を隠されてた(ので連絡できなかった)。『警察に電話するなよ。救急車も呼ぶな。絶対にバカなことはするなよ』と脅されて、怖かった。でも(具合が悪くて)、もうダメかもしれない」

 親友が六本木ヒルズに着くと、部屋には蒼い顔をした男性がいた。押尾が在籍していたレコード会社・エイベックスのマネシャーだという。そして、香織さんはすでに息絶えていた――。

 マネジャーらが消防に通報したのは2日午後9時19分だが、その直後、押尾の所属するエイベックス関係者にいっせいに連絡が入った。

 「押尾がトラブルを起こし、マネジャーとケンカしている。六本木近辺にいるスタッフは、全員六本木ヒルズに集合しろ」 というのである。

続けて、「押尾が逃げようとしているから、絶対に逃がさないように包囲網を張れ」という指示も出た。

 すでに報じられているとおり、押尾は香織さんと2日夕方、六本木ヒルズ23階にある部屋に入った。二人は時間を空け、別々にマンションに入ったことが確認されている。部屋は60uで、15畳ほどのリビングルームと8畳程度のベッドルームという間取りだった。

押尾は警察の取り調べに対し、「香織さんから薬物を渡されて、二人で飲みました。ところが、2錠目を飲んだところで、香織さんが急に苦しみだした。心臓マッサージをしたが、蘇生しないので知人に電話し、自分は部屋を出ました」と供述している。

 押尾は翌3日に麻布署に出頭し、尿検査の結果、違法薬物MDMA(通称エクスタシー)が検出され、そのまま逮捕された。

 亡くなった香織さんは岐阜県出身で、高校中退後、
金沢などで働き、上京。新宿、六本木、銀座のクラブでホステスをしていた。

 「すごく派手で、身長が高くてスタイルもよく、顔は浜崎あゆみのような印象の子でした。いつも元気で、常に周りを盛り上げようとする感じでしたが、彼氏がちょっと怖い人だということは聞いたことがあります。彼女が短めのTシャツを着ているとき、背中に刺青があるのがチラッと見えましたし、一度背中全部を見せてもらったことがあるんですが、背中一面に彫り物が入っていた。

 それから、胸から目、鼻まですべて整形しているんだ、と言っていましたね。

薬の話も聞きました。『私、大体のことは全部やったよ』と。覚醒剤、マリファナ、エクスタシーとか、そういうのは全部使ったことがあると言っているのを聞いたことがあります」(銀座のクラブの元同僚)

 事件後、東京・港区内にある香織さんのマンションから薬物が発見されている。


暗黒国家・日本!! 押尾学を「麻薬取締法違反」で起訴するも田中香織さん「保護責任者遺棄致死容疑」は立件せず!! 8月24日 ギョウカイヘッドロック

予想通り、とんでもない幕引きとなった。
押尾学の六本木ヒルズレジデンス2307号室での事件は、闇に葬られた。
東京地検は24日、合成麻薬MDMAを使用したとして「麻薬取締法違反(使用)」で起訴した。しかし、同室で変死した田中香織さんに対する「保護責任者遺棄致死容疑」については立件せず、再逮捕しない方針を固めたという。
要するに、押尾が、田中さんを素っ裸のまま放置して逃亡したことに関しては、当初の通り「事件性なし」と判断したことになる。早い話が田中さんは「勝手にMDMAを服用して死んだだけ」というわけだ。
だいたい、警視庁も麻布署も、田中さんの死亡に関しては、ほとんど発表してこなかった。おそらく、最初から調べる気がなかったからだろうが、これほど誰から見ても納得できない事件は前代未聞だろう。法治国家・日本で、こんなことが許されてしまうとは、もはや日本は暗黒国家である。
やはり、今回の事件は、揉み消す勢力の圧勝ということなのか? 東京17区から衆院選に出馬する平沢勝栄も、元総理の森喜郎も、今回の事件では「(警察に)圧力をかけた政治家」として疑われているんだから、もし身が潔白だったら「もっと、徹底的に捜査をしろ!」と言うべきだろう。「自分には関係のないこと」とか言って、知らん顔している自体が実は怪しい。
少なくとも、こんな悪魔のような政治家どもは落選させるべきだろう。そして、出来ることなら政権交代によってご都合主義の警察組織は即刻、解体すべきではないだろうか。


(私のコメント)
25日のニュースで押尾事件の被害者の田中香織さんの携帯電話が見つかっていたという事ですが、携帯から電話番号リストやメールの中身などの分析がすんだということだろうか? 携帯が誰がどのようにマンションの植え込みに棄てたのか分かりませんが、警察に見つけさせるために棄てたように見える。押尾容疑者ではないだろう。

田中香織さんの最後の様子は週刊現代に記事で分かりますが、MDMAなどを飲んで具合が悪くなり友達に電話したが、押尾と一緒にいて具合が悪くなり、押尾が逃げてしまったようだ。その際に警察や救急車は呼ぶなと言われたらしい。押尾はマネージャーを呼んでマネージャーに任せたが、死ぬまでには時間があったようだ。

もし押尾容疑者やマネージャーが救急車を呼んでいれば助かったのかもしれない。つまり死ぬまで救急車は呼ばれなかったのであり、田中香織さんを始末する工作でもあったのだろうか? 田中香織さんは長身で浜崎あゆみふうの美人で六本木の高級クラブでホステスをしていた。

田中香織さんは高校中退後、金沢でホステスとして働き、自民党の大物政治家の息子と親しくなり銀座や六本木のクラブで働くようになった。だから田中香織さんの携帯からは大物政治家の息子の通話記録やメールなどが残っている可能性がある。その事を仄めかす為に警察は携帯が見つかっていた事を発表したのだろう。

田中香織さんは多くのVIPなどと野口美佳の部屋を借りて覚醒剤や売春をしていたのだろう。部屋からは1億円相当の麻薬が見つかっているから、ヤクザに頼まれて保管していたのかも知れない。おそらく田中香織さんの携帯からは客のリストやヤクザなどとの通話記録があるはずだ。警察はそれをまだ隠している。

警察は今後どのように動くのだろうか? ギョウカイヘッドロックに書かれているように、押尾容疑者を薬物だけで起訴して、女性の死亡事件は事件性なしで封印されてしまうのだろうか? おそらく30日の選挙が済むまで警察は様子見をするだろう。自民党の大物議員や警察出身の議員が落選すれば、女性の携帯のリストから捜査の手が伸びるだろうし、議員が当選すれば警察に手が伸びて捜査は打ち切りになるはずだ。

テレビではもっぱら酒井法子容疑者のニュースでいっぱいですが、押尾容疑者の事件はほとんど発表がない。押尾事件を隠す為に酒井法子が煙幕として使われて、警察はニュースを小出しにしてテレビもそれを報道する事で、選挙の話題がどこかに消えてしまった。押尾容疑者の所属していたエイベックスは稲川会系の芸能プロダクションであり、自民党の大物議員との繋がりもある。

それが政権の交代で警察に対する押さえも効かなくなり、押尾事件も表沙汰になったのでしょうが、本来なら単なる女性の事故死で封印された事件だ。この事件を暴露している勢力があって携帯などもわざと警察に提供する為にマンションの植え込みに置かれたのだろう。警察内部でも稲川会系の警察幹部もいれば山口組系の警察幹部もいて、選挙を挟んで様子見の状況なのだろう。

麻布警察署は事件性がないのなら田中香織さんの遺品は全部返されたはずだ。しかし一つも返されていないから警察自身は事件性があると見ているのだろう。しかし警察出身の議員から圧力がかけられているので様子を見ている。酒井法子容疑者の携帯も棄てられたようですが、警察は携帯を確保しているのかもしれない。今は携帯を解析して電話リストやメールの内容を分析しているのかもしれない。携帯は女性にとっては分身みたいなものだから全てがわかる。

ヤクザにとっては覚醒剤や売春が主なシノギですが、選挙を仕切るのもヤクザの仕事だ。日本の選挙ほど有権者を馬鹿にした制度も無く、選挙カーで名前を連呼するしか方法がない。インターネットがなかなか選挙に解禁にならないのもヤクザのシノギにとっては邪魔だからであり、政策で選挙が行なわれるようになればヤクザの出番が無くなる。

自民党の大物議員が芸能界にも顔が広いのも息子を通じて暴力団系の芸能プロダクションとつながりがあるからであり、六本木の高級マンションは多くの芸能人も出入りする。マンションに出入りするには車で地下駐車場からしか入れないから、外部の人にはどのような人物が出入りしているかが分からない。だから芸能人も政治家も財界人も安心して出入りが出来る。まさに六本木ヒルズは悪の巣窟だ。

自民党の大物議員は、押尾事件や酒井法子事件に影を落として選挙でも苦戦が囁かれている。石川県民の良識が問われる選挙でもありますが、大物議員も韓国から美人女優を招いて選挙活動をしている。最近はテレビでも韓国のドラマや歌手などが大活躍ですが、ヤクザ系の芸能プロダクションと韓国の芸能人とは相性がいいのだろう。


自民党の大物議員とツーショットの韓国の美人女優のユンソナ
今回の選挙でユンソナは大物議員の応援に駆けつけた。



不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から109 2ちゃんねる

616 :闇の声:2009/08/25(火) 08:22:52 ID:HEZpj6jz

押尾の話は・・・麻布署が出張って全て終わりだ
麻布署は六本木のモザイク模様を組織に処理して貰って以来、全く
警察の体を為してないからな
早い話、麻布署自体治外法権の組織の犬だ
酒井も、昨日聞いた処じゃあ残暑と共に収束で誰もこれ以上捕まらない
自民党を追い込む代わりに色々取引があったらしい
だから、守られる人は落ちない・・・それが何よりの証拠だ
つまり、特権階級は民主政権でも残るんだ





世の中には多くの団体や企業で成り立っています。しかし、日常の
業務の中で、犯罪行為をしているのは、警察とヤクザだけです。


2009年8月24日 月曜日

「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(上) 三上英次 2009/08/14

群馬県警には3300人がいます。県内20の警察署と警察本部に約100人の管理職がいます。現場の警察官は雨風をいとわず、連日一生懸命働いています。

 しかし、その100人の管理職は・・・・・・全員が〈犯罪者〉です。

 世の中には多くの団体や企業で成り立っています。しかし、日常の業務の中で、犯罪行為をしているのは、警察とヤクザだけです。

 私はこれまで64回の講演をして来ました。裁判所での陳述まであわせると、約70回、その中枢の人間が日々裏金作りに励んでいるという意味で「警察は〈犯罪者〉集団だ」と言って来ました。誤解の無いように言っておきますが、私は、日本の警察官すべてが犯罪者だと言っているのではありません。まだ警察官になったばかりで、ニセ領収書を書かされていなかったり、その存在を知らなかったりする者もいます。また、大河原さんのように、そのからくりを知らずに、文字通り書かされてしまった、つまりうまく利用された警官もいるでしょう。私が言うのは、その組織(警察)の管理職以上が、日常的に犯罪行為(裏金つくり)に精励しているということです。

 しかも、私は「警察は〈犯罪者〉集団だ」ということを、在職中から言って来ました。そんな私が、在職中、一度も訓戒や注意などの処分を受けていません――。みなさん、これは変だとは思いませんか。

 自分の属している組織や会社を、行く先々で「犯罪者」呼ばわりですからね。それでどうして、何のおとがめも無いのか――。それは、私の言うことが事実だからです。


「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(中) 三上英次 2009/08/15

足利事件の菅家さんは、17年半もの間、刑務所などで自由を奪われた生活を送りました。多くの人は「やっていなかったら認めるものか」という感覚でいます。

 そうではありません。3日もあれば、どんな人間も必ず「やった」と言うのです。例えば「この人から痴漢をされた」との訴えを受けて、ある人が逮捕されたとしましょう。まず警察はマスコミに対する「警察発表」という形で、逮捕事実を公表します。その段階では、本人はまだ「やっていない」と言うでしょう。

 そこで警察はこう言うわけです。

 「新聞に出とるで。『やってません』を言い続ければ、『反省の色なし』で、実刑は確実や。逮捕記事は1段だったが、実刑ともなれば、4段の新聞記事で顔写真は出る、親や親族にも迷惑かかるでぇ。『やった』と言って必要な書類に名前を書けば、5万円で何も無しや。どうだ?」


〈警察署に常備してある数百本もの印鑑〉

 そして、警察にとって1人逮捕できるということは、どれだけ嬉しいことか、わかりますか。「○○の事件で逮捕したから、△◇さんに捜査協力費3万円支払いました」と、お金を払ったことにできるのです。

 警察署には、そういうニセ領収書つくりのための印鑑が数百本もあるのです。

 私も24歳で巡査部長になった時、ニセ領収書を書けと言われました。

 「これを書かせて、仙波に赤信号を渡らせよう」ということです。そのことはあらかじめ聞いて知っていましたから、私は書きませんでした。書くことを拒否すると転勤、また転勤…と、本当に厳しい報復がありました。

 巡査部長に昇進してから後、警部補になるための試験には通りませんでした。なぜか――。ニセ領収書を書いていないからです。

 そこで私は考えました。

〈犯罪者〉になって、警察署長になるのがいいのか――。それとも
〈正義の警察官〉として駐在所勤務がいいのか――。

 私は駐在所勤務であっても〈正義の警察官〉であることを選びました。

「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(下) 三上英次 2009/08/17

私が42年前に警察官になった頃、刑法犯の検挙率は60%を超えていました。今は30パーセント台です。やがて、警察の裏金について知ることになり「こんなことをしていたら大変なことになる」と思いました。ところが、上からは「組織を維持するにはお金がいる。君は組織の敵か?」と言われました。

 警察用語で、「てんぷら」という言葉があります。世間で言う「下駄をはかせる」わけです。からくりは簡単です。犯罪発生件数を下げて、検挙数を水増しするのです。

 例えば、被害届の代わりに「現場臨場簿」を作る手法があります。これで書類を作れば、事件は犯罪認知件数にカウントされないのです。でも、そういうことは、警察署を訪れて書類を書かされる人にはわかりません。被害届を出そうと思って警察署を訪れ、「○△◇△簿」と書かれた書類を差し出されて「これに記入して下さい」と言われれば、それが被害届に関係する書類と思って、そのまま何の疑いも無く書類に記入するはずです。

 そうやって、被害届とは異なる書類へ記入させ、犯人が捕まった時点で、被害届を作り直して、事件を処理するのです。そうすれば、必然的に検挙率はアップします。

 もう一つは、一人の犯人を捕まえたら、それに類似した事件も、みんなその人間がやったことにしてしまうという方法もあります。

 例えば、ある警察署で、犯罪に対する検挙数が4万件あったとします。検挙者数を見ると1万人になっているわけです。そうすると、検挙者が平均して、ひとり4件ずつやっていたということになります。しかし、実際にそんなことはあると思いますか。100の犯罪が起きたら、ふつう、犯人は100人、それぞれの事件ごとにいるのが自然ではないでしょうか。

高知県では、いわゆる「高知・白バイ事件」(注・06年3月)がありました。

 警察用語では、「第1当事者」「第2当事者」という言葉があります。簡単に言えば「第1当事者…加害者」、「第2当事者…被害者」です。事故で言えば、「警察官が第1当事者となって起こした事故」は、幹部が責任を取らされるのです。

 それを自分の任期中に起こしたら、次の異動時に、もうひとつ上のポストには昇進できない。だから指示が出るわけです。

 「白バイを第2当事者(=被害者)にしろ」

 バスの中にいた生徒たちは「バスは止まっていた。そこに白バイが高速でぶつかってきた」という内容のことをはっきり証言しています。

 それらの証言を、裁判所は採用しませんでした。片岡さんは「自分に非がある」と認めていれば、執行猶予がついたでしょう。


 「罪を認めていない(反省していない)」という理由で、片岡さんは刑務所に収監されました。これなども、さきほど痴漢事件で話した「認めれば、釈放してやる」と同じロジックなのです。



(私のコメント)
最近の警察や検察は腐敗していると書いていますが、「国策捜査」が連発されるのも腐敗の為でしょう。部外者の私ですら最近の警察はおかしいと感ずるほどですから、内部の正義感ある警察官はもっと感じているはずです。のり塩事件にしても麻布警察署はどこまで真相に迫れるのでしょうか? それは選挙次第なのでしょうが、売春に手を貸している警察幹部もいるのだろう。

「国策捜査」というと植草一秀氏の事件や高橋洋一氏の事件が思い浮かびますが、誠に不可解な事件であり、詳細は警察から発表された記事ぐらいであり、真相は分からないのですが、植草氏にしても高橋氏にしても最初は罪を認めれば書類送検だけだという罠にかけられたのだろう。これは仙波敏郎氏が内部告発しているとおりなのだろう。

初犯でやっていなくても名前を書くだけで罰金で済むのだから、多くの人は罠にかかってしまう。否定すれば新聞に名前が出て長期間の拘留が待っている。裁判でも無罪を立証するのは難しいだろう。痴漢事件の場合は被害者にこの人がやったと証言すれば認められてしまうのに、やっていない事を証明するのは目撃者がいないと認められない。

高橋氏の事件でも、窃盗事件ですが、被害者は高級時計や現金を入れたロッカーにカギをかけていなかった。そして高橋氏のロッカーの中にそれが入っていたところを現行犯逮捕された。高橋氏の事件も植草氏の事件も防犯カメラなどがあったはずなのですが、その映像は公開されていない。著名人なのだからマスコミも独自の調査報道もあってもおかしくないのですが、高橋氏も友人にはやっていないと言っている。

植草氏の場合は実刑判決が出て収監中ですが、警察が罠を仕掛けてやろうと思えばこれくらいの事が出来るという事はあるのだろう。ロシアなどはジャーナリストは殺されておしまいですが、日本なら社会的地位を抹殺するだけで十分だ。仙波氏が言うように警察官はみんな犯罪者であり偽の領収書を書いている。

これはりっぱな公金横領であり、これに協力しないと出世はできないと言うことです。これはヤクザのやり方と同じであり、裏切りはゆるさないと言う警察とヤクザの掟なのだろう。ばらせば自分も罪をかぶるし、拒否すれば出世は出来なくなる。役所なども平気で裏金を作っているようですが罪の意識はないようだ。実際に公になっても公金横領は重い犯罪なのですが、皆でやれば罰せられない。

佐藤優氏も「国策捜査」で有罪になりましたが、上司の許可を得た金を使っただけだ。それが政治闘争に巻き込まれてしまって巻き添えを食ったのですが、個人で公金を横領すれば犯罪であり、外務省ぐるみで裏金を作れば減俸で済む。警察も警察ぐるみで裏金作りをやればかまわないのだろう。

白バイ事件も詳細は分からないのですが、バスと白バイの衝突事件でバスに過失があるとされてしまった事件だ。バスの乗客はバスは止まっていたという証言があるのに、捜査ではバスが横から急に飛び出してきた事にされた。もし白バイが過失があった事になれば警察の上司の出世に影響が出る。裁判でも司法は警察や検察の味方であり立件されれば99%に有罪判決が出る。


菅家氏の冤罪と有罪率99%の闇 6月8日 心に青雲

日本の裁判が実に99%が有罪になるのは、警察、検察、裁判所がみんな公務員で、グルになって身内をかばい合い、警察がクロだと判定した人間を、メンツを重視して無罪にはしないのだという説がある。
 それはきっとそうだろう。周防正行監督の映画『それでも僕はやっていない』を見るとよくわかるが、まず警察に睨まれたら最後、確実に冤罪でいくら証拠があろうとも、いったん裁判所に送られたら、「疑わしきは罰せず」なんて夢物語になる。

 実際、足利事件では無実の菅谷氏が不当な取り調べと、ずさんな裁判所のやり口で有罪とされ、17年も刑務所暮らしを強いられた。

個人の認識でいえば、「認識とは問いかけ的反映である」という原点がある。警察も司法関係者からもいったん犯人ではないかと目をつけられると、もう問いかけ的に見られることから逃れられなくなる。「あやしいヤツ」と問いかけられるのだ。
 例えば松川事件とか、三鷹事件とかの場合は、アメリカの謀略であっただろうが、それはともかく共産党員がまずは警察から問いかけ的に見られ、犯人に仕立てられていった。
 そのほか、八海事件、徳島ラジオ商事件などさまざまな冤罪事件になったものは、警察はまず町のチンピラを狙う。あるいは内縁の妻、再婚した夫、朝鮮人…というように、どうせ普通の人間じゃないと警察が思う人間が「問いかけ的」に犯人と見られ、仕立てられていく。
 足利事件では、気の弱そうな菅家氏が狙われたかと思う。


 だからわが国では起訴された人間の99%が有罪にされるのは、この問いかけ的反映で犯人にされていくメカニズムを見てとらねばなるまい。
 日本だけが起訴後の有罪率がバカ高いのかどうか、とある弁護士に尋ねたことがあるが、有罪率といっても、一概に言えないようである、アメリカの場合は司法取引が常態と化していて、有罪を認めれば刑が軽減される特典があるため、裁判で無罪を争うよりはさっさと罪を認めて刑を軽くしてもらって、娑婆に早く出るほうを選ぶヤツもいるらしい。

裁判官は、支配階級に入りたいかどうかで、その出世が決まる。松川事件も三鷹事件もそれを裁いた裁判官は出世した。なぜこんなふざけたことが起きるのか。

 そもそも日本の法は国民生活のためにつくられたものでもなければ、社会の必要があったからでもない。幕末に徳川政権が結ばされた不平等条約の改正のためであった。そう論証したのが、法学博士の川島武宣だった。
 国家としての西欧列強から受けた屈辱を晴らすためである。急ぎに急いで議会をつくり、憲法を制定し、軍隊を持ち、義務教育を実施し、鹿鳴館で踊ったのも、全部そのためである。

だから、今もってなお、法律は庶民の味方ではない。足利事件の菅家利和氏の場合に、いくら弁護側が最新のDNA鑑定を持ち込んで再審請求をしても、ド阿呆の裁判官に無視されるのは、日本が真の意味で法治国家になっていないからである。
 夏木広介さんがブログ「夏木広介の日本語ワールド」で「足利事件を担当した検事や警察官を召還して、菅谷氏と同じ17年、刑に服させろと言っているのは、気持ちは同感だが感情論である。



(私のコメント)
日本では警察官や検察官や裁判官が間違いを犯しても罰せられない伝統があるようだ。だから中央省庁や地方自治体が裏金を作っても公金横領なのに誰もクビになる事はない。裁判所も立件されたものは99%有罪判決を下すのだから裁判の意味がないのですが、のり塩事件も立件するかしないかは警察や検察次第だ。

足利事件でも最新のDNA鑑定をすれば真相がはっきりしたのでしょうが、裁判官も判決が覆されるのを恐れて認めなかったのだろうか? なにしろ植草氏にしても高橋氏にしても警察から睨まれて犯罪をでっち上げられれば99%で有罪が確定だ。刑事事件の弁護士はピエロであり人形でしかない。

裁判員裁判が今月から始まりましたが、素人の裁判員が検察の立証を覆せるのだろうか? 裁判員制度が入れられたのも裁判官が検察官に逆らえないから素人の裁判員を入れて99%有罪という世界でも希な裁判を是正しようというのだろう。それとも誤審をした場合の責任逃れに使われるのだろうか?

日本は警察独裁国家であり、警察を取り込んでしまえば酒井法子だろうと押尾学ぶだろうと無罪に出来るし、植草氏や高橋氏のように罪をでっち上げて犯人に出来る。最近では警察官の天下りで警察官僚は引っ張りだこだ。最近は駐車違反の取り締りも厳しくなりましたが、警察が駐車違反を取り締る民間法人を作ったからだ。


警察OB、36法人に 駐車違反取り締まる民間74法人 2006 年 5 月 31 日 朝日新聞

6月1日から、民間人が駐車違反の取り締まりを始める。警察から任務を託される全国74法人に朝日新聞がアンケートしたところ、回答を寄せた法人の7割が警察の再就職先だったことがわかった。14法人は、今回の業務にあたり54人を新規採用していた。小泉内閣の「官から民へ」の掛け声とは裏腹の実情が浮かび上がった。

東京・新宿では、警備会社「ジェイ・エス・エス」が取り締まる。警察官僚出身の亀井静香衆院議員が自ら「生みの親」と公言し、設立当初、亀井氏が顧問、元警視総監が代表取締役についた。今回、新たに5人の警察OBを採用した。「経験者が必要だ。幹部としてではなく、全員現場で働く」(担当者)

 委託先が天下りの温床になる恐れは、道路交通法が改正された04年の国会審議で指摘されていた。当時の小野清子国家公安委員長は「警察に都合のいいところに委託できない仕組みにすることと、委託手続きの透明性を確保することが重要だ」と答弁している。



(私のコメント)
政治家といえども官僚の手先であり、天下り先を作っているのは政治家だ。民主党は天下り先を無くすといっているが、警察はインターネットもいずれは取り締りだすだろう。インターネットを取り締る民間団体を作ってそこに天下るのだ。小泉構造改革は官から民へと言いますが、駐車違反の取締りのように警察利権を広げただけだ。




次期鳩山民主党政権は、中国がドル債の売りに転じる前に、日本の
国益のために、約100兆円のドル証券を、周到に売り抜けることです。


2009年8月23日 日曜日

米国経済の実情と、控えるデリバティブの危機 8月17日 吉田繁治

結論から言えば、
(1)3月来の世界の株価(金融経済)の同時回復(15%〜30%幅)はあったが、
(2)実体経済(生産・消費・設備投資)は、底這いのままです。
(3)特に米経済(1300兆円のGDP)のうち、70%を占める世帯消費(商品+サービス)は、世帯信用(ローン消費)の収縮のため、悪化を続けています。世帯信用の元になる住宅価格は、下落を続けています。

そして、次の危機が損失を先送りする機能を果たしている「デリバティブ」の危機です。今回、この構造を基本的なところから解きます。

【500兆円規模の、世界の政府対策費】
思い起こせば、世界の政府と中央銀行は「08年、09年(今年)、10年の3年間で、500兆円の対策費」を使うことを表明しています。(09年3月) 3月以来の株価は、それに反応したものです。

その概略を言えば、[政府の緊急対策資金]→[米英系金融機関・証券会社への注入]→[金融と証券による自己売買の増加]→[株価上昇]という構図です。

■2.危惧は、夏〜秋の3度目の危機

こうした中での、最大の危惧は、2009年の8月〜9月に予想できる「デリバティブ(金融派生商品)の価格崩壊」による金融危機の第3弾です。

【現状】
今、金融機関は、あらゆる手段を使う政府公認の「粉飾決算」で、偽装されています。その損は、数か月後の決済日が来れば、P/L(損益計算とキャッシュフロー)の実損として、明らかにならざるを得ません。

大手金融機関の経営者は、その前に、偽装決算を元に増資し、高いボーナスをもらって、遁走(とんそう)でしょう。ゲンキンなものです。権限がある経営者がもつべき経済倫理は、欠けてしまっています。背任や犯罪で摘発される違法でないなら、どんなに汚い手段も、いいとする。


1997年の山一証券等の、不良債権の子会社への飛ばし発覚から来た、急な破産と、善良な野沢社長の記者会見を思い出してください。

●危機が終わった、景気が底打ちと言われるのは、政府容認の、公表B/Sの粉飾からです。これは、政府・中央銀行によるマネーの輸血(貸付)と血圧の偽装で、突然死に至る激しい出血を補ったという意味です。

見えない内部(本当のB/S)に空いた空洞は、埋まってはいません。会社でごく少数のトップマネジメントは「空洞の所在」を知っているはずです。社員は、幹部を含めて知りません。実は、理由が分からず、株価が下げるときが危ない。

●デリバティブ(主は金融保険)の、迫りくる決済日を知るトップマネジメントが逃げるための(インサイダーの)、「自社株の大量売り」がその兆候です。デリバティブは、多くが「オフ・バランス」であり、表面が偽装された金融機関のB/S(貸借対照表)では全く見えません。

(補注)米国の中央銀行であるFRBすら、200兆円($2兆1526億)と昨年来2倍になった信用(資産・負債)とは別に、500兆円ものB/Sに記載されないオフ・バランスの保証勘定を持っています。英語ではありますが、ここの、「Memo」が、簿外でFRBが保証している証券です。つまり、マネー供給、信用供給での700兆円規模の「全開」です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Federal_Reserve_System

デリバティブには限られた当事者(相対取引者)しか、中身を知らない双務契約があります。当事者も退職し、外部者や上司には意味が不明な時限爆弾に似た契約書が残っているだけかもしれません

こうした、不動産や債権、あるいはキャッシュフローを担保にしたデリバティブ(Asset Backed Security)が、次の危機の、引き金になるでしょう。原資産(住宅ローンや他の債権)の価値下落が止まらないと、デリバティブの隠された損は、拡大し続けるからです。

【低い自己資本比率】
今、米欧の金融機関の自己資本比率では、政府が、将来のストレスに対し「4%基準で健全」とハードルを低めています。4%は自己資本に対し、負債が25倍であることを示します。

1億円の手元資金で、25億円を借り、投資しているのと同じです。わずか、4%の投資証券の価格下落、あるいは所有証券の、4%の損失の表面化(決済日到来)によって、連鎖危機が再発します

連鎖になる理由は、金融機関の間の、CDS(債務保証保険)やCDO(債務担保証券)のデリバティブが、その相手先と双務契約であるためです。

それに、もっとも巨額な、長短の金利をリスク率の算定で交換する金利スワップ(長短金利交換取引:$50兆)がある。

いつまで、ロールオーバー(決済の延期)が可能か?

実勢価格が下げた住宅証券やデリバティブは、今はまだ時価評価されず、価格が膨らんだままになっています。

米欧の不動産価格が上がり、ローン債権が健全化する時期が来ない限り、損は回復できません。つまり不動産価格が下げ止まって、上がるのはいつかと、債権・債務(=借金)の質がよくなるのはいつかということです。

こうした巨額含み損は、いつまでもは、隠したまま続けることができません。09年3月来の株価の、約30%上昇によって、その損を埋める策がとられたのですが、空洞は埋まっていません。

金融商品での、時価評価のない利益計上は、無意味なものです。生理的食塩水の点滴で、血圧の下落が止まったというにすぎない。

●戦前の基軸通貨国だった英国と、戦後の基軸通貨国である米国で、非公式に伝承される金融の経済学は、「基軸通貨国である限り、貿易赤字と経常収支の赤字は、国益になる。貿易黒字が損になる。相手国は輸出する商品の代わりに、「政府や企業が紙に書いた数字(=$証券)」を、いくらでも喜んで受け取るからである。」ということです。

ここを知らねばならない。日本と中国が、$証券を増やして持ち続ければ、国民に損を与えます。

●今まだ、ドルの暴落が起っていない原因は、最大の経常収支黒字国になった中国が、ドル国債と社債を買っているからです。(09年7月時点)。中国がドルを売らない理由は、元高になると輸出が激減し、失業が増え(08年末で9%:1億人)、政権に打撃を与える社会不安(暴動)が高まるからです。

中国が、日本より先に、将来の損を恐れた売りに転じれば、米ドルとドル債は暴落し(円では20%は下げ)、米国の長期金利は上がります。

次期の民主党政権は、中国がドル債の売りに転じる前に、日本の国益(=国民益)のために、政府(財務省)が外貨準備としてもつ約100兆円のドル証券を、周到に売り抜けることです。

それが、新政権の最大の「財源」になります。これが、対米での自由の意味です。そしてドルを買う中国を「国際社会に対する大いなる貢献」と讃えればいい。理由として、政権に就(つ)いて、本当の政府の金庫を見ると、日本政府は、自民党が作った財政赤字の累積(1000兆円)のため、ドル債を持つ余裕はないと言えばいいのです。(提言)

以降では、今後の推移を想定するため、前記のようなデリバティブである「資産担保証券(Asset Backed Security)」の、発展経緯と構造を基礎から見ます。

起点は、1970年代に始まった住宅ローンの証券化と転売でした。わが国では、なじみの薄いものですが、

●これを知っていないと、金融における危機の本当のところが見えないからです。

わが国のバブル崩壊は、不動産と株の値下がりで単純なものでした。

米国バブルの崩壊は、今はまだ隠れていますが、いずれくる複雑なデリバティブの崩御に帰着するでしょう。

以降では、それを、可能な限り単純化して見ます。今、早ければ8月にも迫り来る「第3次の危機」を感じているからです。(後略)


(私のコメント)
昨日のベルリンで行なわれた男子マラソンでは、トヨタの新型プリウスが伴走車になっていましたが、自動車王国のドイツで日本車がマラソンの伴走車になっていたのは、トヨタが世界陸上のスポンサーにでもなっていたからだろうか? ドイツ車で環境に優しい車は思い浮かびませんが、ジーゼルエンジン車は高速ではいいが低速では性能ががた落ちする。

つまり自動車の時代の流れはベンツやBMWではなくてトヨタのプリウスやホンダのインサイトなのです。アメリカのリンカーン・コンチネンタルは時代錯誤の鉄の箱に過ぎない。一昔前ならリンカーン・コンチネンタルに乗って会社のCEOが颯爽と降りて来れば十分な威厳を保てたが、今ではマスコミに叩かれる時代になった。

つまり根本的に時代が変わったのであり、アメリカのような巨大恐竜の時代が終わり、日本のような哺乳類の時代になりつつあるということです。巨大恐竜がどうして滅びたのかは謎ですが気候の変動によって餌となる植物や獲物が滅んでしまったからだろう。アメリカの無敵を誇る軍事力もアメリカの経済破綻で立ち枯れしようとしていますが、原子力空母一隻で一兆円もの維持費がかかる。

アメリカの不動産価格がバブルの崩壊で下がり始めたのも、石油の高騰で自動車文明が崩壊し始めたからだ。自動車で高速道路を使って自宅と会社を通勤するようなライフスタイルが近いうちに出来なくなるだろう。そして通勤電車で会社に通うようになるだろう。広い芝生の庭とプールのあるような自宅は車の使用が前提になりますが、車は金持ちしか使用できなくなる。

日本にしても欧米にしてもバブルの崩壊は不動産価格の下落から生じていますが、不動産が通貨の価値を裏付けしているのであり、不動産価格が下落している限りGDPの拡大は起こらない。バブルから抜け出すには日本にしても欧米にしても不動産価格の上昇が無ければ無理だろう。

現在は世界の株価も上昇していますが、大出血を緊急輸血で止めただけであり、アメリカが日本に対して要求してきた時価会計は自分の都合が悪くなると棚上げしてしまった。もともと時価会計制度は間違っているのであり、売買もしていないのに値段をつけて評価する事が間違いだ。だから欧米でも売ることが出来ない債券は棚上げされている。

しかし時間が経てば債券でも償還される債券が出てくるし、買い手が出てくれば売買されて売買損を計上しなければならなくなる。吉田繁治氏が指摘しているように「金融機関は、あらゆる手段を使う政府公認の「粉飾決算」で、偽装されています」。経営者は粉飾決算でボーナスをもらってルービン元財務長官のように逃走するでしょう。

基本的にはアメリカの金融機関やファンドが持つデリパティブは評価のしようが無く、新たな買い手が現れなければただの紙切れだ。利払い以上の評価損が出て紙切れよりも性質の悪いものかもしれません。アメリカの投資ファンドは「1億円の手元資金で、25億円を借り、投資しているのと同じです」。だから高利回りだったのですが、僅かな相場の下落でファンドは破綻してしまう。だから株や不動産の値下がりは日本ほどでないのに金融機関の破綻が相次いでしまった。

アメリカでも日本のようにタクシーの客待ちの光景が見られるようになったということですが、実質的な失業率はタクシーの客待ちの光景を見れば分かります。アメリカ政府はドル札を大量発行してFRBが買っていますが、最終的には中国に買ってもらわないと大インフレが起きてドルが暴落してしまう。しかし中国も馬鹿ではないからいつかは売ってくるだろう。


中国が米国債保有減らす、民間の海外投資支援で 8月19日 ロイター

[香港 18日 ロイター] 中国は現在、民間セクターによる海外進出に必要な資金を確保するため、保有している多額の米国債の一部売却を迫られているようだ。

 中国による米国債の保有残高は5月に8000億ドル台に達し、1年以内に1兆ドルに達する可能性があるとの観測が強まった。しかし、17日に発表された統計によると、6月は7764億ドルと3.1%減少した。減少率は過去9年間で最大となった。

 海外で戦略上重要な資源供給を確保するため、中国が外貨準備資産をこれまで以上に積極的に活用していることが浮き彫りになった。世界的な経済不均衡の巻き戻しは、中国にとって投資に充てるドルが減少している可能性も意味する。7月の中国貿易黒字は前年比で50%以上減少している。

 これまで中国からの資金流出は、ほとんどが政府による米国債の購入だった。しかし現在は、民間セクターがこれまで以上に外貨を必要としている。

 今月も中国の国有石炭会社ヤン州煤業(1171.HK: 株価, 企業情報, レポート)(600188.SS: 株価, 企業情報, レポート)がオーストラリアの同業フェリックス・リソーシズ(FLX.AX: 株価, 企業情報, レポート)を29億ドルで買収することで合意したほか、中化集団公司(シノケム)が英石油・ガス開発のエメラルド・エナジー(EMEN.L: 株価, 企業情報, レポート)を8億7800万ドルで買収した。

 中国政府自身も一段と積極的な投資姿勢を示しているようだ。

 2000億ドルを運用する中国の政府系ファンド、中国投資有限公司(CIC)はポートフォリオのほぼ90%をキャッシュで保有したまま08年を終えたが、今年は積極運用方針を決めている。

 今週のロイターの報道によると、CICは不動産市場の回復を見込み、近々米住宅ローン市場に最大20億ドルの投資を行う。またロイターは先週、豪鉄鉱石鉱山開発のフォーテスキュー・メタルズ(FMG.AX: 株価, 企業情報, レポート)が資金調達のため、CICと10億ドル超の転換社債発行案件について協議していると伝えた。

 中国は6月に米国債を売却したが、すべてが現金化されたわけではない。売却された短期債の半分が長期債に替えられており、中国政府が、従来よりも利回りに留意していることが示された。これまでは投資対象の安全性が重視されていた。

 中国の米国債保有残高に関する月例報告などではロンドン市場での仲介取引が除外されており、全体の流れは分かりにくい。正確な数字は来年2月に発表される年間報告まで待つ必要がある。しかし、中国が米国債保有を減らし、外貨準備資産の多様化を進め、民間投資家にドルへのアクセスを容認するといった傾向は今後も強まりそうだ。



(私のコメント)
世界中の国が札を刷りまくってばら撒いていますが、それだけの巨額なマネーを運用できるのはドルだけだ。しかしアメリカの投資銀行もかつての運用能力を失い、新興国への巨額投資も焦げ付きが回収できない。新興国の経済発展も投資資金の流れが続いていれば大丈夫なのでしょうが、資金の流れは逆流している。だからアメリカでもドルがだぶついて超低金利だ。

問題は中国がいつまでドルや米国債を買い続けるかですが、日本はその前にドルを売り逃げないと巨額な損失を被る。自民党政権であり続ける限りまたドルを買い始めることでしょう。しかし民主党政権が出来れば今までの密約も意味がないから鳩山民主党はドルを売りぬけることも出来る。そうしなければ85年のプラザ合意の失敗を繰り返す事になる。今はアメリカが倒産してドルが紙切れになってもユーロがその代わりになるだろう。




未来の選挙では、候補者は選挙期間中、ひたすらPCと向き合い、有権者
と直接、政策と公約についてインターネット上で議論を交わし尽くす。


2009年8月22日 土曜日

竹原市長のブログ「法に触れず」  選管が判断 8月21日 共同通信

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログに、30日投開票の衆院選で特定の候補者と政党を支持する書き込みをしていたことについて、阿久根市選挙管理委員会は21日までに、公選法には抵触しないと結論付けた。

 公選法では、選挙期間中に特定候補者や政党を支持する文書などの頒布や掲示が制限されているが、同委員会は「投票を呼び掛けたのではなく、あくまで個人の主張を述べたもの。選挙活動とはみなされないと判断した」としている。

 竹原市長は19日のブログで、対立している市職員労働組合を支持基盤とする政党の候補者への不支持と、対抗馬の候補者への支持を明記。比例代表についても支持政党名を挙げていた。



インターネットを使って選挙運動を変えよう 8月10日 中井伸二

近未来の選挙運動
 おととしの参議院議員選挙のとき、僕はある候補者の選挙運動に、生まれて初めて加わった。選挙運動とは何かを、少しだけ垣間見た経験がある。ボランティアの運動スタッフが従事する仕事は、もっぱら……

*公職選挙法に基づいた大量の「選挙ビラ」を家々の戸口へ配り歩くこと。また、繁華街の駅頭などで道行く人たちに配ること

*公職選挙法に基づいた「候補者推薦ハガキ」を書くこと。(このハガキに、信頼を置く知人友人/家族親族の宛名〔枚数制限なし〕を書いて、選挙事務所へ届ける。選挙事務所から一括で郵便局へ持ち込まれ、宛名の先へ配達される。)

……で、あった。まさに物量だけの勝負で、ひたすら人海戦術のみだった。善意のボランティア運動員は、のべ人数で、いったいどれほどになったのだろう。けっきょく、さほどの活躍もしないまま捨てられたであろう紙資源の量を考えると、選挙運動の物量作戦が、如何に多くの無駄を費やしていたか、その計り知れなさで途方に暮れる。

 ほかに、選挙運動で行われることと言えば、街宣カーで、ひらすら屋外を廻りに廻って、お決まりの「連呼連呼」や、白い手袋をはめた手を空しく振りまくり、併せて空しい笑顔をも振りまきまくることに尽きる。公認をもらった政党から、大物の応援が振り分けられるかどうかも、その日・そのときの情勢やら、臨機応変な流れの中で決まったり/決まらなかったり。政策や公約を訴えたくても、ちっとも実のある選挙広報になど、なるはずがなかった。有権者との具体的な議論など、言うに及ばずだ。

 有権者の手応えなど、元来なおざりな候補者の握手を握り返される、お義理の圧力だけで推し量れるわけがない。しっかりと「言語」を交わし、ある程度の議論をしなくては駄目だ。有権者が何を求めて候補者が何を提案するか、その丁々発止のやりとりを通じ、選挙ポスターや政見放送だけでは絶対に分からない候補者の心のうちにまで、有権者の感覚が届いて触れるに至る。そこまでを経て、「この人に投票すべきなのか、それとも、あの人に……」といった取捨選択の段階まで、ようやく進む。

 そうした一連を、インターネットで行うように、「近未来の選挙運動」(できるだけ早く)は、そのあり方を一変させようではないか。候補者は、もはや街頭へ出ることが、ほとんどなくなる。街宣カーの「連呼連呼」は禁止。白い手袋をはめた手を、むやみに空しく振る行為も禁止だ。候補者は選挙期間中、ひたすらPCと向き合い、有権者と直接、政策と公約についてインターネット上で議論を交わし尽くす。ブログのコメント欄でも、ツイッターでも、あるいはビデオチャットでも、あらゆる手段を駆使して。もちろん、総務省あるいは各自治体の選挙管理委員会が開設する、「公共選挙運動専用サイト」の中だけで行われるようにするのでも構わない。(グーグル社は、インターネット選挙運動で、有権者の意想集約に効果を発揮するシステムの開発に取り組んでいると聞く。)

 居住場所や職場にインターネット環境を持たない人たちのために、やはり公共(無償)の「インターネット選挙運動閲覧専用端末」を用意しなければならないだろう。当然、ケータイからもアクセスできるようなシステムを、どの政党/候補者も、いずれは求められることになる。(現在、衆院選での政権獲得をアピールするため、民主党がケータイゲームを提供しているようだが、あのレベルでは到底、お話にならない。)(後略)


「若者にアクセスしたい」〜民主党がインターネット座談会 8月14日 田中龍作

読者諸氏もご存知のように公職選挙法は選挙期間中、政党や候補者がインターネットを選挙活動に使うことを禁じている。マニフェストを掲示することさえ許されないのだ。遅れているというよりお笑い草だ。しかも薄ら寒ささえ覚える。

 ネット後進地域の永田町にあって「政権を取ったらインターネット選挙を解禁する」と公言している民主党が13日、都内でブロガーなどと座談会を持った。Yahooは座談会のもようをインターネット動画でライブ中継した。

 座談会は民主党のマニフェストをめぐる質疑応答形式。ブロガー側から出された最初の質問は「若者の投票率を上げるために民主党はどう取り組むのか?」。

 岡田克也幹事長は「民主党は若い世代に何とかアクセスしたいと考えている。『投票(できる)年齢』を18歳に引き下げようとしている」。

 この他にも「財源」「農政(FTA)」「年金問題」などについて質問が出された。有権者の関心は共通していることがよく分かる。党内きっての政策通である福山哲郎、大塚耕平両議員が将来展望を交えながら答えた。

 圧巻は大塚議員だった。30〜40年後の日本の将来像を聞かれて「この40年間は道路資本主義だった。これから30〜40年は人間資本主義。生まれて、育って、学校に行って、家庭を持って、子供を生んで、年を取り、介護の世話になる。これらの過程で消費活動がある。そこをバックアップすることで経済活動を大きくする」と答えた。

 老後まで安心して暮らせる社会作りに向けたビジョンを示したのだ。バラ撒きでなく、福祉に投資することで経済活動が成り立つ、とした。福祉や医療が事実上破綻している日本には、こうした国家像が必要だ。

 新聞、テレビでは「自民、民主ともにマニフェストで国家像を明らかにしていない」との批判がある。だが今回有権者と双方向で話すなかで、明らかな国家像を示したといえる。

 PC持参で出席した会社員(男性30代・都内在住)は「活字やテレビを通した話より生の声で政策を聞けてよかった」と満足げな笑みを浮かべながら話した。


(私のコメント)
選挙もあと一週間になりましたが、大新聞が世論調査で民主党が300議席を超えるという予想を発表している。私自身も本当なのかと思うくらいなのですが、マスコミの世論調査は信用していない。しかし候補者の反応を聞いてみるとやはり民主党の方に流れは来ている様だ。どうしてこれほどの流れが出来たのだろう。

一つは自民党の失政ですが、自民党は地方の選挙地盤が固くて第一党を譲るような大敗は無かった。しかし小泉自民党は地方の選挙地盤を自らの手で壊してしまった。前回は都会の浮動層の票を集めて300議席を超える大勝利でしたが、今回は100議席台に落ちてしまうという予想が出ている。

小選挙区制度では勝敗が一方的になりやすく政権の交代も起き易い。無能な党首が首相をして失政を重ねれば政権から転落する事が今回の選挙で実践されるだろう。自民党では人材がいなくなりやる気のない世襲議員ばかりになって活力が失われてしまった。それに対して民主党は新人候補が多くて自民党ではねられた人が民主党に鞍替えして立候補している人が多い。

国会議員では平均年齢で自民党よりも民主党が10歳も若いが、今回の選挙で民主党の新人が多数選ばれればさらに差が出るだろう。政権の交代ばかりでなく議員の世代交代でもあるのだろう。しかし自民が大敗して落選して引退する人が多くなれば、今度は自民党で新人議員が多くなる事も予想される。今の自民党から世襲議員と小泉チルドレンを一掃して総入れ替えをする必要があるだろう。

自民党が時代遅れの政党になってしまったのは年齢ばかりでなく、インターネットに対する扱いからも分かる事ですが、インターネットを選挙で解禁すると民主党に有利になるという党利党略でインターネットを選挙に使わせないと言う方針では自民党が選挙で負けるのは必然なのだ。

民主党も旧社会党からの民主党に鞍替えした人も多く日教組や労働組合の出身議員もいる。しかし今回の衆院選では小沢チルドレンが大量に当選して従来の野党時代からの議員は少数派になり、民主党も国民政党になりつつある。むしろ自民党の方が組織政党化して投票率が少ない方が有利だったりしている。

インターネット選挙もなし崩し的になってきていて、選管でも個人のブログに関しては個人の政治的見解を書いてもかまわないという判断をしたようだ。民主党政権になればインターネットも選挙活動に使えるようになって、ネットに強い議員がこれからは大量に生まれてくるようになるだろう。

ネットに強い議員というのは政策に強い議員ということであり、政策に強くなければブログを書くことが出来ない。それだけ実力が試されるのですが、現在の現役の議員ではブログを有効に使っている人は少ない。国会議員ホームページ評価 総合ランキングを見ても上位には野党系の議員の名前が多く、ワーストのランキングには自民党議員が圧倒的だ。


国会議員ホームページ評価 総合ランキング

ベスト10
1位 武正公一 衆 民主 78点
2位 福岡資麿 衆 自民 77点
2位 鈴木寛 参 民主 77点
4位 伊藤渉 衆 公明 76点
4位 小川淳也 衆 民主 76点
4位 小沢一郎 衆 民主 76点
7位 河野太郎 衆 自民 74点
8位 亀井静香 衆 国民新 71点
8位 福島みずほ 参 社民 71点
10位 佐々木憲昭 衆 共産 70点
10位 深谷隆司 衆 自民 70点

ワースト10
1位 杉村太蔵 衆 自民 8点
2位 福田康夫 衆 自民 9点
2位 亀井郁夫 参 国民新 9点
4位 三ッ林隆志 衆 自民 12点
4位 浅野勝人 参 自民 12点
6位 田中直紀 参 自民 13点
7位 清水清一朗 衆 自民 14点
7位 水野賢一 衆 自民 14点
9位 池田元久 衆 民主 15点
9位 鳩山邦夫 衆 自民 15点



自民党議員の中には赤坂の料亭での会合などで顔を出すのが政治と思っている人が多いのでしょうが、ネット社会においてはブログやメールを駆使して直接有権者に訴えかける政治家が主流になって行くだろう。実力のある議員なら党の都合で選挙区を代わる事があっても対応できるだろうし、地元の後援会頼みの選挙をしていては議員の質が低下して選挙で負ける事になる。

サイトを見てみると最近では動画を使っているサイトが多くて、街頭で選挙演説しなくともネットで演説を聴くことができるサイトが多くなりました。選挙カーで名前を連呼するだけの候補は淘汰されて行って、ネットを駆使した金のかからない選挙でも当選する人が出てくるだろう。政治献金でも一部ネットで献金が出来るようになりましたが、企業献金は禁止されて個人献金を集める事ができる議員が当選するようになる。




民主党がマニフェストにうたった農畜産業・漁業の 「戸別所得補償制度」は、
社会主義の末期症状である。そうなれば農協は農薬と化学肥料で儲ける。


2009年8月21日 金曜日

民主党の「戸別所得補償制度」を批判する  百歩譲って「農業損失保険」の創設なら許せるが……  8月17日 泉 幸男

ポーランドの農村で飼い牛に、麦のかわりにパンを食わせていた時代がある。

 都市では肉不足で暴動が起きていたが、そこは 「弱者の味方」 の社会主義である。
 低品質のパンを大量生産し、政府の補助金によって格安の価格で販売した。

 原料の麦よりも製品のパンのほうが安い、夢のような世の中が実現した。
 農民は麦を売り、格安のパンを買って飼い牛の餌にした。

■ 人災も、忘れたころにやってくる ■

 パンを食う飼い牛は、市場原理による経費コントロールを拒絶した社会主義の末期症状。
 麦よりパンが安くても、国民はしあわせになれなかった。

 人災も、忘れたころにやってくる。

 日本の民主党がマニフェストにうたった農畜産業・漁業の 「戸別所得補償制度」 の内容を見て、社会主義の末期症状を思い出した。



 日本人の大部分は農業と縁遠くなってしまったから、ニュース報道が 「農業」 のイメージをつくりあげている。

 価格が大暴落し、畑で土に埋められてゆくキャベツ。
 あるいは台風一過、売り物にならなくなったリンゴの山。

 ああ、かわいそうに。
 お百姓さんたちは何も悪いことしていないのに所得が激減するんだから、その分だけ政府が補ってあげる (補償する)のは、当然だよね。

 そういう情緒が支えるのが 「戸別所得補償制度」 だ。

 民主党のマニフェストをそのまま引用しよう。

≪農畜産物の販売価格と生産費の差額を基本とする 「戸別所得補償制度」 を販売農家に実施する。

所得補償制度では規模、品質、環境保全、主食用米からの転作等に応じた加算を行う。

畜産・酪農業、漁業に対しても、農業の仕組みを基本として、所得補償制度を導入する。≫


■ 豊作貧乏の究極の解決策 ■

 農業・漁業の悲劇を大別すれば

(1) 収穫・漁獲があっても、市場価格が低すぎてモトが取れない (コスト割れ)

(2) そもそも収穫・漁獲が得られない (収益源の欠如)

の2つである。

 民主党のマニフェストに従えば、市場価格が低すぎる場合でも 「販売価格と生産費の差額」 が補償される。
 利益は得られないにせよ必要経費だけは回収できる。

 豊作貧乏の悲劇がなくなる。
 画期的なすばらしい政策だ!
 何で今まで誰も思いつかなかったのだろう!

 台風で農作物が売り物にならなくなったときも、販売価格をゼロと見なして (あるいは帳簿上はトン当たり1円と見なして)、生産費との差額を国民の税金で補償する。

 まったくの不漁のときだって漁船の燃料は国民の税金でまかなう。
 オーナー以外の船員の労務費も国民の税金でまかなえる。
 民主党のマニフェストにいう 「生産費」 だから。

■ 日米FTA締結も問題ない ■

 民主党のマニフェストにいう 「販売価格」 に下限はない。

 タイや米国、オーストラリアから安い農産物や畜産物が関税なしで入ってきても、こわくない。
 外国産の安い農畜産物に対抗できるような販売価格で、国産の農畜産物を売ればいいのである。

 コスト割れでも、こわくない。
 だって、「販売価格と生産費の差額」 は民主党政権が国民の税金を湯水のごとく使って補償するから。


 日米の自由貿易協定 (FTA) 締結が民主党の公約となる予定だったのをご記憶だろうか。

 米国の安い農畜産物が関税障壁なしで入ってくると、国内の農畜産業が潰れる!  と農業団体などが反対し、民主党がこれを取り下げたのは記憶に新しい。

 そのとき、ひとり小沢一郎氏が
「日米FTA締結を公約から外す必要はない」
と言っていたのを覚えておいでだろうか。

「戸別所得補償制度があれば、日米FTAを締結しても何の問題もない」

 なぜかといえば、米国の農畜産物がいくら安値で入ってきても、日本の農家・畜産業者はコスト割れの部分を国民の税金で補償してもらえることになるからだ。

■ 知恵は別のところに働く ■

 戸別所得補償制度が導入されると農家も畜産・酪農業者も好きな生産物を作り放題となる。
 売れようが売れまいが、キャベツも牛乳も生産のし放題だ。

 市場原理が働いていたころは、作りすぎると市場価格が暴落するから、自主的に生産調整せざるをえなかった。
 少しでも儲かる生産物を作るべく、作る品種を変えたり、品質向上で差別化を図ったりした。

 そういう工夫や努力が不要になる。
 国民の税金で、販売価格と生産費の差額が補償されるから。



 生産費の分を国民の税金でまかなってもらっても、利益分までは支払われない。
 だから、農民も漁民も今と同様に知恵をしぼって、稼げる農業・漁業を目指すはずだ!

 そう思われるかもしれない。

 甘い……。
 戸別所得補償制度が導入されると、農民・漁民の知恵は別のところに働くようになる。

■ 農薬と化学肥料でもうける農協 ■

 キャベツをつくる田中さん。
 今年も豊作貧乏で、生産費を国民の税金でまかなってもらった。
 さあ、田中さんには収益はないのだろうか。

 田中さんは、農薬や肥料、農業機械、燃料など、およそ農作業に必要な資材を農協から買っている。

 戸別所得補償制度が始まってから、農協の資材販売価格があれよあれよという間に高くなった。

 でも、田中さんには不満はない。
 高い農薬代も肥料代も、農機代も燃料代も、すべて 「生産費」 として政府に請求できるからだ。

 国民の税金は、いくらでも食いつぶせるのだ。

 農協は販売価格に利益を乗せ放題だ。
 農協の収支は劇的に改善し、農協職員の給与は都市の大企業並みになる。

 じつは、田中さんの奥さんも弟も農協で勤務しているのである。

 田中さんの営む農業じたいは、ほとんど利益を生まない。
 しかし農薬は律儀に、必要量以上に使うようにしている。

 化学肥料も大量に使うことにしている。
 すべて、農協が利益をあげるためだ。

 以前は、自前で汗をかきかき堆肥をつくっていた田中さんだったが、自家生産の堆肥では「生産費」として費用請求ができない。
 もう、無駄なことはしない。堆肥は使わない。

■ 農水省も大喜び ■

 補償金は垂れ流し。
 農産物市場は過剰生産作物であふれる。
 有機農業は崩壊。


 さあ、どうする。

 戸別所得補償制度を廃止するのがいちばんだが、民主党が政権についている限り、制度は続く。

 解決のために役所は、市場原理の代わりにきめ細かな規制を立案・実施することとなる。
(まさに役人冥利というものだ!)

 キャベツやレタスの生産過剰となっても、これまでは市場原理によって農家が自主規制することで解決されていた。

 ところが 民主党政権のもとでは、「米の減反」 に並んで 「キャベツの減反」 や 「レタスの減反」 など、過剰生産作物ごとに 「減反」 のための補助金ばら撒きを行って生産調整を行う。

 農薬や肥料の使いすぎも、作物ごとに細かく規制を設けて制限し、規制が守られているか細かく監視する。
 農民が常識を働かせて節約することは望めなくなったから。

 高騰する農産物 「生産費」 をどう抑制するかが、農政の重要課題となる。
 農水省は、表向きは遺憾の意を表明するが、内心は大喜びだ。


 戸別所得補償制度のおかげで、農水省の予算は大幅に増えた。
 政府の規制項目も激増し、所得補償のための手続き書類をチェックする人員も膨大。


 農水省は、今をときめく存在となる。

■ 一に貯蓄、二に保険、三に経営規模拡大 ■

(1) 収穫・漁獲があっても、市場価格が低すぎてモトが取れない (コスト割れ)

(2) そもそも収穫・漁獲が得られない (収益源の欠如)

 こういうときの解決法は本来、一に貯蓄、二に保険、三に経営規模拡大である。
 それが自己責任による解決法だ。


 農業も畜産業も漁業も、 商業や工業と同じく さまざまなリスクにさらされる。
 儲かるときもあれば、そうでないときもある。

 辛くても自己責任で解決。
 市場原理がコントロール役となってきた。

 たとえば造船業に、民主党のいう 「所得補償制度」 を取り入れたら、どうなるか。

 韓国・中国並みの安値の受注価格と、日本人の高コスト積み上げ放題の生産費の差額を、国民の税金で補うとしたらどういうことになるか、さすがに誰でも想像できるから、いかなる政党も公約には掲げない。

 だから日本の造船業は自己責任で解決すべく、製造技術の高度化と血のにじむようなコスト低減の努力を積み重ねている。
 日本の経済は、そういう努力により発展してきた。

 ところが、農業・畜産業・漁業となると、国民の想像力は麻痺してしまうらしい。

 民主党のマニフェストでは 「戸別所得補償制度」 の所要額を1兆4千億円と見込んでいるが、とても収まらないだろう。

 衆院選の投票は、どうかご自分の財布と相談しながら行っていただきたい。

 民主党マニフェストを、再読してみましょうか。

≪農畜産物の販売価格と生産費の差額を基本とする 「戸別所得補償制度」 を販売農家に実施する。

所得補償制度では規模、品質、環境保全、主食用米からの転作等に応じた加算を行う。

畜産・酪農業、漁業に対しても、農業の仕組みを基本として、所得補償制度を導入する。≫



(私のコメント)
前回の参議院選挙で民主党が大勝利したのは農家への「戸別所得補償制度」が支持されたからでしょうが、私自身も減反政策廃止して「戸別所得補償」したほうがいいのではないかと考えた。休耕田を荒地にして放置するよりも小麦や大豆やトウモロコシを作った方がいいのではないかという発想だ。

しかしこれでは、とんでもない高コストの小麦や大豆やトウモロコシを作りたいだけ作って補償したらどうなるのだろうか? 民主党のマニフェストをそのまま実施したらとんでもない事になるだろう。発想としてはいいが欠陥のある政策は議論をして補正していかないと、せっかく良い政策でもとんでもない事になってしまう。

同じような例は高速道路の無料化ですが、確かに使われない高速道路を遊ばせておくより無料化して使ったほうがいいと考えた。高速道路はもともと無料化を前提に作られてきたからだ。しかし道路公団はガソリン税や高速道路料金を徴収して、そのカネを新しい高速道路建設に当ててきた。しかし熊が出るような所に高速道路を作っても税金の無駄使いだ。

今年から限定的な高速道路1000円の料金が実施されましたが、主要な高速道路の渋滞が発生して高速道路が高速道路にならなくなってしまった。だから私も民主党のマニフェストの高速道路無料化は、これも良く議論しないと問題が起きるだろう。そもそも無料化しないと利用者が増えないようなところに高速道路を作るのは税金の無駄使いだ。

「戸別所得補償制度」も民主党のマニフェストは対象が広すぎて、1兆4000億円ではとても収まらないのは明らかだ。だから一定規模の以上の米作り専業農家に限定しなければこの制度は機能しないだろう。民主党のマニフェストは誇大広告であり欠陥のある事は明らかだ。

だから民主党が政権をとって政策を作る段階になれば大幅な修正が加えられることは明らかだ。そうしなければ泉幸男氏が指摘したような欠陥が起きてしまうだろう。農家はこの制度を利用して農薬や肥料や飼料を使い放題使って、大型の耕作機械も沢山買いこんで農産物を生産しても所得が保証されるのだから、それらを売る農協が大喜びだ。

高速道路無料化にしても同じ事であり、高速道路が無料化すれば自動車メーカーやタイヤメーカーやガソリン販売店が大喜びだろう。しかし地方にとっては地域の活性化に結びつくのだろうか? 高速道路や一般道路を整備すればするほど地方は車がないと生活できない事になり、老人や子供や車が持てない経済弱者は大都会に逃げ出してしまう。

地方の衰退は自民党の政策が招いた結果なのであり、高速道路や巨大ショッピングセンターが出来れば地域経済は中央に吸い取られてしまった。農業政策でも食料自給率は40%を割るまでになりましたが、これも農業政策の失敗が原因だ。だから自民党が野党に転落するのでしょうが、民主党も政策を良く検討しないと、とんでもない事になって国民の批判を浴びる事になるだろう。

民主党のマニフェストも「戸別所得補償制度」は明らかに誇大広告なのだ。果樹野菜農業・畜産業・漁業にまで範囲を広げたらまさに社会主義政策であり、ポーランドのような牛にパンを食わせるような事になるだろう。そうなれば日本もソ連のように崩壊するだろう。

あくまでも「戸別所得補償制度」は大規模米作り専業農家を育てる為の政策に限定すべきだ。現在の日本の農業は8割が兼業農家であり、赤字で米作りをしている。米作り専業農家の大規模化は日本では基本的に無理なのだろうか? 目的が正しくても手段が間違っていれば正しいとは言えない。

日本の農業も世界の市場と競争していかなければならないし、米作りも大規模化してコストダウしていかないと日本の農業は崩壊してしまう。主要な穀物を全部自給するのはとても無理だが、米だけでも国際競争に勝てるような体制に持ってか無ければならない。そのためには減反政策を実施していては米農家の専業化と大規模化は進まない。

「株式日記」では政治家の世襲を批判してきましたが、日本の兼業農家も世襲であり、世襲だから農業従事者が高齢化してしまう。兼業農家は農業以外に仕事があったから成り立つものであり、地方経済が疲弊して仕事が無くなると兼業農家は農業以外に仕事がなくなってしまう。だから高速道路や巨大ショッピングセンターが出来れば地方が活性化して仕事が出来ると考えた。

しかし実際には地方経済はますます疲弊して大都市に経済は吸収されていった。これは長期的に見れば避けられない現象であり、ほとんどの住民は大都市に住むようになり、地方は大規模化した農業に集約化されるのだろう。つまり兼業農家は自給的農家しかなくなる。自給的農家は農業政策の対象外だ。


農家切り捨て論のウソ 2007年9月21日 日経ビジネス

NBO 農業政策は次期政権の重要課題です。参院選ではマスコミや野党が格差問題に絡めて「零細農家、切り捨て」と政府を批判し、民主党は農家戸別所得補償を打ち出しました。選挙で民主党が大勝したことで、自民党内でも同様の農家保護策を求める機運が高まっています。一連の動きをどう見ますか。

神門 まず、「零細農家、切り捨て」などという論議は、農業問題に長年取り組んできた私のような立場からすれば、ちゃんちゃらおかしい話です。第一、あれは大衆迎合的なマスコミが作り上げた“お涙頂戴”のストーリーでしょう。そんなマスコミのストーリーに政党が便乗しているだけです。零細農家が切り捨てられるなんてことはあり得ません。

 マスコミは「零細農家イコール弱者」のような形で描きたがりますが、現実には彼らほど恵まれた人たちはいない。農地の固定資産税が軽減されているうえに、相続税もほとんどかかりません。たとえ“耕作放棄”をしていてもですよ。
 そのうえ、農地を売却すれば大金を手にできる。「田んぼ1枚売って何千万円も儲けた」なんていう話はザラにある。しかも、そうした農地の多くは敗戦後の米国主導の“農地解放”を通じて国からもらったようなものです。濡れ手で粟なんですよ。

 最近、「仕事がなくて生活に行き詰まり、一家心中した」という悲惨なニュースを耳にしますが、あれは都市部の話です。「農業に行き詰まり、生活苦のために零細農家が一家心中した」などという話は聞いたことがありません。零細農家には切迫感がないのです。

農家は戸別所得補償に期待していない

NBO しかし、参院選では小沢(一郎)さんが打ち出した戸別所得補償政策が零細農家の圧倒的支持を集め、その結果、民主党が地方で圧勝したと言われています。やはり零細農家の生活には苦しいところもあるのではないですか。

神門 だから、そういうマスコミの見方が間違っているんです。

 いいですか、日本の零細農家の大半が兼業農家なんですよ。兼業農家の全所得に占める農業所得がどのぐらいか知っていますか。たった15%程度ですよ。兼業農家の家計収入の大半は、世帯主らが役所や企業などで働いて得る、いわゆる“サラリーマン収入”なんです。だから、本当は彼らのことを兼業農家ではなく、“農地持ちサラリーマン”と呼んだ方がよいのかもしれません

 繰り返しますが、彼らは農家と称しながら、実は農業所得に依存していない。ハナから農業所得なんか家計の当てにしていませんよ。なのに、そこに国が所得補償するのはおかしい。それに、民主党のマニフェストを読んでも、小規模農家が受け取る補助金がどれだけ増えるのかは、はっきりとしない。

農家が本当に求めているのは公共事業だ

NBO では、なぜ農家は参院選で民主党を支持したのでしょうか。

神門 農家は自民党を試しているのだと思います。あるいは、自民党にプレッシャーをかけていると言ってもよいかもしれません。

 農家が望んでいるのは、小沢さんの所得補償政策のようなチッポケなお金ではありません。彼らが本当に求めているのは公共事業なんです。公共事業で道路などを作ってもらえれば、自分たちの田んぼや畑が高く売れるでしょう。

ところが、小泉(純一郎)さん以降の自民党政権は公共事業を大幅に削減してきた。農家にとっては、公共事業を通じて農地を高く売る機会がグンと減ってしまったわけです。この状況に農家は不満を持っている。だから、今回の選挙で民主党を勝たせることで自民党に揺さぶりをかけたのです。「自民党さん、このまま公共事業を減らし続けるなら、民主党に付いちゃいますよ」と。

 さすがに、小沢さんはウマイですよ。地元が岩手県ということもあって、その辺の機微をよくわきまえている。自民党から離れる“口実”さえ与えてやれば、農家は確実に動くと踏んだのでしょう。ただ、あからさまに公共事業拡大とは言えないので、格差問題に絡めて戸別所得補償を打ち出したんだと思います。実は、小沢さんにとっては、政策の実現性なんかどうでもいいのではないですか。とにかくブラフでも何でもいいから、自民党と違うことを言えば、それが農家の口実になると考えた。(後略)



(私のコメント)
民主党のマニフェストも票をかき集める為の手段であり、自民と民主の政策論争など無意味なのだ。いずれにしても自民党が地方経済を疲弊させたのは事実であり、小沢代表が「戸別所得補償」を打ち出したのは自民党の政権地盤の切りくずしだ。本当の弱者は大都会のアパートで生活するワーキングプアであり、地方の兼業農家は土地持ちサラリーマンであり、高速道路や巨大SCが出来れば土地を高く売る不動産業なのだ。




森元首相と富永義政・元弁護士との関係は法曹界で有名でした。不動産、
産廃の法律事務所だけに、強力な後ろ盾が欲しかったのかもしれません。


2009年8月20日 木曜日

「週刊誌だろ」「フィルムも出せ」と頭から湯気 日刊ゲンダイ2009年8月11日掲載

「姫の鮫退治」として全国的に注目されている石川2区が過熱してきた。先週末の8日には舛添要一厚労相、翌9日には公明党の漆原国対委員長が現地入りし、森元首相と並んで応援演説をしたのだが、これには地元住民も驚いていた。

「元首相であれば、選挙区は盤石。全国を応援で飛び回るのが普通なのに、逆に人気大臣や公明の応援まで受けている。それほど追い込まれているんですかね」(地元住民)

 焦る森陣営は、10日の集会でもゲストを呼んだ。「森のファン」とかいうタレントのユンソナが駆けつけたのだ。森は感激したのか、手を握り合っていたが、外タレ頼みとは、藁(わら)をもつかみたいのだろう。

 森の苦しさは世論調査にも表れている。保守王国・石川県で比例区の投票先は民主が自民を上回っているのだ。石川2区でも異変が起きている。

「田中美絵子候補が森さんをとらえましたね。これまでは猛追している状態でしたが、ついに横一線に並んだ。ある世論調査の数字では2、3ポイントしか離れていません。地元紙も『両氏が競い合っている』と報じています」(地元事情通)

 イラつく森は最近、報道関係者にもブチ切れている。

 小松市役所前で行われた街宣(8日)では石川2区の報道にケチをつけ、街宣車から降りる姿を撮影しようとした記者に「撮るな」と一喝。

 続く“握手タイム”でも、見慣れない記者がカメラを向けたことに反応。「週刊誌だろう」と敵意をあらわにし、スタッフが「フィルム(画像データ)を出せ」と迫る場面があったという。

 一方の田中陣営は、秘書時代に“上司”だった河村たかし名古屋市長が10日、選挙区内の加賀市に入った。これが2回目の応援だ。市内を自転車街宣をした後、市役所前と大型商店前で応援演説。お馴染みの名古屋弁丸出しの演説で聴衆を沸かせた。

 ますます、カリカリしている森が見えるようだ。



酒井法子が「社長」と呼んでいたのは元弁護士の実弟。担当弁護士事務所のバックに大物政治家の影…。8月18日 ギョウカイヘッドロック

“のりピー”こと酒井法子の覚せい剤事件での失踪、逃亡の全貌が分かった。
前回書いたものは、やや勘違いがあった。しかし、取材の結果、酒井と高相が「社長」と呼んで、酒井を道玄坂から連れ去ったのは、酒井の“代理人”となっている富永義政・元弁護士の弟で、建設会社「トミナガ」の取締役・富永保雄であることが分かった。富永保雄は、平成17年ごろまで同社の社長だったと思われる。現在は取締役だが、実質的には「会長職」に退き、社長は保雄氏の長男・保裕氏が就任している。
「トミナガ」は「解体工事」や「産業廃棄物収集」の事業を行っている会社で、昭和47年に設立された。本社は、何と、酒井と高相の担当弁護士が所属する「みやび法律事務所」の入る東京・虎ノ門「みやびビル」5階【写真】にある。要するに、建設会社も法律事務所も“富永一族”が経営しているのである。まさに“富永一族の陰謀”である。
構図としては、酒井の失踪・逃亡を手助けしたのは、継母Tさんと親しい関係にあった富永保雄氏で、その保雄氏が、元弁護士である兄の義政氏に“代理人”を依頼し、警視庁組織犯罪対策5課と渋谷警察署との交渉に当たった。その結果、出頭で話し合いがつき、保雄氏が酒井に同行する形で警視庁の施設に出頭したというわけだ。つまり、酒井の一連の逃走劇は、富永兄弟によって行われた。
酒井の覚せい剤揉み消しも、元弁護士である義政氏だったら朝飯前である。しかも、「みやび法律事務所」の事務局長も義政氏の弟(四男)の忠男氏が務めている。まるで、マッチポンプのような展開である。それだけではない。取材の中で、とんでもない事実が発覚した。何と、この「みやび法律事務所」のバックには森喜朗元首相がついているというのだ。
「森元首相と富永義政・元弁護士との関係は法曹界で有名でした。やはり、不動産、産廃事業の法律事務所だけに、強力な後ろ盾が欲しかったのかもしれません。今回の酒井の覚せい剤事件でも、裏で森元首相が動いている可能性が十分にあります」(関係者)。
酒井の事件は、19日の拘留期限を前にとんでもない方向に動き出してきた。しかし、これで酒井を「不起訴」や「起訴猶予」にしたら、それこそ酒井にとっても不幸なことだと思うのだが…。


(私のコメント)
選挙戦もいよいよ大詰めに入りましたが、にもかかわらずテレビでは酒井法子事件一色の報道ぶりです。しかし酒井法子というアイドルタレントは正体がばれてみるととんでもないタレントだったようで、山口組系の暴力団組長の娘だった。しかも覚醒剤をやっていたので山口組からも破門されて住吉会系に鞍替えしたらしい。

酒井法子の父親が亡くなった葬儀は、まさにヤクザの葬儀一色でありマスコミ関係者も酒井法子がヤクザの娘だった事は誰もが知っていたはずだ。サンミュージックの社長も23年もの関係なのにヤクザとの関係は知らなかったととぼけまくっていますが、芸能プロダクションと暴力団とはコインの裏表だ。マスコミも暴力団の事は一切報道しませんが、芸能との関係で暴力団とのズブズブの関係は断ち切れない。

麻布警察も今回の事件では政界ぐるみで腐敗しきっているようですが、押尾事件でも事件性なしで当初は対応していた。おそらく政権交代が無ければ今までどおりに闇に葬る事も出来たのでしょうが、大物政治家も選挙中で警察に圧力がかけられない様だ。だから相次いで押尾事件も酒井法子事件も表沙汰になってしまった。

どちらの事件にも追求していくと森元総理の影がちらついてきます。酒井法子事件の逃亡を手助けしたという富永元弁護士は森元総理と関係が深く、不動産や産廃事業などで関係が出来たのだろう。酒井法子が逃亡で力を借りたのも芸能プロダクションではなく元弁護士だったのはどうしてなのだろう。逃亡先も元弁護士の弟の別荘やマンションで4日間過ごした。

元弁護士だから覚醒剤事件でも、尿検査で反応が出なければ起訴できないことを良く知っての逃亡なのかもしれません。しかし髪の毛から覚醒剤の反応が出て相当な量の覚醒剤を常用していたことが分かりますが、実際には10年以上前から覚醒剤をやっていて、クラブなどでは裸で踊っていたなどという証言もある。親が覚醒剤の売買をやってきたヤクザの組長だから容易に想像ができる。

押尾事件でもPJの野口美佳との関係をたどっていくと森元首相の息子の名前が出てくるし、酒井法子事件でも富永元弁護士を通じて森元首相の名前が出てくる。この二つの事件では底の部分では通じているようですが、麻布警察署管内の高級クラブで覚醒剤の売買が行なわれていたのだろう。警察幹部が関与していたのならばれる心配がない。


895 :闇の声:2009/08/20(木) 11:04:24 ID:l05CXP3e 2ちゃんねる

この期に及んでも・・・と言う言葉がある
まさに、森についてはその言葉その物だな
今回の自民党の為体は、まさに森がその最大の責任者で、自民党の古参党員から
森は腹切って死ねが本音だとの声を相当聞いた


確かに金権政治をやった自民党であるが、自民党党本部や党員にとって自民党に所属している
事は言うまでもなく国政参加であるし、実際に党本部での政策立案の下原稿などは厳しい作業
だったが反面生き甲斐も感じられていた
小渕さんは良かったと言う声が多いのも、彼は総理総裁であっても党本部で頑張っている党職員に
頼みますよと、苦しいけれども一緒に頑張りましょうと言われて徹夜作業も頑張れたんだと言う事だ
その様な下積み党員の努力と、地方の古参党員全てからの汗水垂らしての協力全てを今回失う事になる
これは、二度と戻って来ないしこれだけの組織を構築する事は莫大な金と時間を要するだけに
誰がやっても回復不能と言える
全ては森が、自分の息子始め清和会の子息やプロレスラーなど自分の息の掛かった連中を
政界に入れて、いずれはその連中が息子を総理総裁に押し上げてくれるだろうと考えた事から始まっている

だから今回の押尾事件も、これ以上大きくならないだろうと思ったし、実際あの中に出てこない名前がある
それが出れば本気なんだろうと思ったが、出てこなかったね・・・
動いたのはYだな・・・Yは某愛宕山放送まで抑えてるからどうなんだろうと思っていたが
実際出てこなかった
森が直接政治をやりたまえと肩を叩いて、いつでもオレの処に来いと言ったのだから
罪が重いわね・・・


◆政治は数で、その意味で選対を握った森の力は巨大なんだ・・・
だから、権力の棲み分けを小泉とやったと考えれば良い事だ
つまり、表向きの外交や経済や金融政策は全て小泉に任せ、裏向きの
候補者選びや党総務は全て森が握る・・・
候補者の中には自分が出たいから貢ぎ物を差し出すのもいれば、その候補者に
くっついてくる金持ちもいる

確かに金次第の立候補とも言えるが、そのバランスを取る意味で官僚から優れた
人材をスカウトしていた時代もあった
そのバランス感覚が自民党その物であり、独特の柔軟性を持っていたと言える
小泉が諮問委員会に拘ったのも、党内部がそんな状態だから外部依存になったと
言う人もいるし、そんな自分勝手を森は金を貰って口を噤んだとも言える
森と小泉の金のやりとりで政治が決まっていった事が、最大の不幸であるしその責を負って
政権から滑り落ちるのは致し方ないのだろう・・・何せ、支持者が怒って殆ど降りてしまった
某閣僚の手を握って、今度だけはあんたに入れる訳にはいかないと涙を流した支部責任者がいたと
話を聞いたが、それが象徴的してるわね


(私のコメント)
選挙の時期になって押尾事件が起きたのも酒井法子が捕まったのも、政権交代に関係があるのだろう。森元首相の後ろ盾が無くなれば稲川会も住吉会も警察に対して言う事を聞かせられなくなる。仕掛けているのは山口組で芸能界もエイベックスの稲川会から山口組のバーニングに利権が交代するのだろうか。

ピ−チジョンの野口美佳がキーマンなのですが、政界財界のVIPの名前はまだ出てこない。いわば情報戦なのでしょうが警察が何処まで動くかだ。稲川会と山口組が裏で手を打てばこの事件もおしまいだ。テレビではバラエティ番組が増えて何の芸もないタレントが増えた。ヤクザがバックにいれば芸が無くてもテレビ業界は協力して売り出す。酒井法子も歌が下手でもアイドルとして成功したが、芸能界も腐りきっている。




インターネットが選挙に利用できないのも、時代に合わない法律を放置して
いるからですが、時代遅れの人間が国会議員をやっているからだ。


2009年8月19日 水曜日

日本の賃貸住宅ではなぜ保証人を要求されるのか 「保護」がむしろ「弱者」を生む日本の構造 4月2日 モジックス

asahi.com - 山谷は高くて 窓なし1日9百円「押し入れハウス」増加(2009年3月31日6時7分)
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY200903300370.html

<「押し入れハウス」などと呼ばれる、狭いが格安の宿が首都圏で増えている。先の見えない不況の中、1円でも安く夜露をしのぎたい人たちが身を寄せる。春、夜風はまだ冷たい。狭い寝床で見る夢はいったいどんな夢だろう>。

<家賃は光熱費込みで月2万7千円。1日900円の計算だ。シャワーとトイレ、台所は共同。敷金・礼金はない>。

<一方、東京の日雇い労働者の暮らしを支えてきた簡易宿泊所。山谷の街では、「1泊2200円」「冷暖房完備」「全室カラーテレビ」という古びた看板が目に入る。
 この地区の旅館組合が把握する最も安い宿は相部屋で1泊900円。利用者の約8割が生活保護を受けている。個室を求めれば、1泊2千円台後半から。1カ月暮らせば宿泊料は7万円を超す>。

かつては「ドヤ街」の代名詞だった山谷(さんや)は、いまや安宿を求める外国人旅行者であふれ、1泊2000円以上が相場だという。月にすると7万円以上になる。この記事で紹介されている「押し入れハウス」であれば1日900円、月3万円ということだ。

この記事のはてなブックマークページで、「保証人の問題さえなければ、この値段でもっといいところを借りれる」という指摘がたくさんある。まったくその通りであり、通常の賃貸契約さえできるなら、月3万円出せば、都心でも風呂なしボロアパートが見つかる。

最近は「ハウジングプア」などとも言われる、この「住居の貧困」問題は、お金の問題という以上に、この「保証人が要る」ということが最大の問題なのだ。安い部屋の家賃くらい払える人であっても、保証人がいないと借りられないのだから。家と住所がなければ仕事にもつけないから、この保証人問題は、雇用問題でもある。

私も以前は、なぜ保証人なるものが要求されるのか不思議だったのだが、解雇規制などのからみで「規制緩和」というテーマに興味を持つようになってから、この保証人の問題も解雇規制と同じく、「消費者保護」から発している「日本的な問題」であることが理解できた。

日本の借地借家法では、賃借人(借りる人)の権利がとても強い。これは、貸す側の大家の立場から見ると、悪質な賃借人(家賃を滞納したり、迷惑行為をする人など)が入ってしまった場合も、なかなか追い出せないということを意味している。

つまり大家にとって、貸す相手を選ぶことに失敗した場合のリスクが大きい。だから「入口審査」がキツくなり、保証人を要求することになるのだ。さらに保証人の問題だけでなく、賃貸住宅は物件自体の質も、売買の物件に比べて一般に低いと言われている。借りる人を「保護」した結果、そのコストが、大部分は善良な賃借人全員に跳ね返ってきているわけだ。

これはまさに、解雇規制の話とそっくりだ。解雇規制でも、会社が社員を解雇できないように規制しているために、会社にとって採用失敗時のリスクが高くなり、「入口審査」がキツくなっている。このために、採用基準で「属性弱者」がはじきだされたり、そもそも正社員採用をせずに、派遣や外注で済ませよう、ということになるわけだ。企業が採用を絞るので、雇用流動性も下がり、転職も難しくなるので、いま正社員の人ですら、いくら会社に不満でも辞められないということになる。

借地借家法も解雇規制も、賃借人や社員の側を「保護」した結果、大家や会社側にとって失敗時のコストが上昇し、「入口審査」をキツくしてしまっている。その結果として、賃借人や社員は、規制が本来意図するある種の「保護」も得ていると同時に、善良な人も含めた全体に対して「不利益」が生じている。特に、入居や採用の「敷居」が高くなってしまっているので、どちらかというと「弱者」のほうがはじきだされてしまうのだ。

この「ゆがみ」は、「保護」のために市場の自然な動きを規制したツケなのだ。何ごともタダでは手に入らないわけだ。「保護」によってむしろ「弱者」がはじき出される、というこの皮肉な結果は、経済学的に見れば当たり前のことなのだが、この種の「見方」をいくらか身につけていないと、直感的には理解しにくいところもある。「善意」をもった一般人からすると、保護や規制が悪いのだという経済学的な見方よりも、市場や競争、資本主義が悪いのだ、という通俗的な見方のほうが共感を呼びやすいのだろう。

もし借地借家法の規制がなくなって、家賃を払わなくなったり、迷惑行為をしたら即日追い出してもいい、ということになったら、大家はもっと気軽に貸せるようになり、保証人を要求する例も減るだろう。この話は、もし解雇規制がなくなり、会社がいつでも社員を解雇できるようになったら、会社はもっと気軽に採用できて、いま無職や非正規雇用の人が正社員になる例が増える、という話とまったくパラレルなのだ。

「善意」がつねに正しいとは限らない。それはしばしば間違っていて、「地獄への道」にすらなりうる。保護や規制が大好きな日本という国は、地獄へ向けて転がっていきやすい傾向をもっている。個人の独立心や自由に対する意識が薄く、「お上」依存型なので、独裁政治やファシズムといった全体主義を生みやすいのだ。この「お上」依存の国民意識が、保護や規制というパターナリズムに疑問を持たず、それを追認してしまっている。保護や規制は「代償」をともなうのに、その「コスト感覚」に欠けているのだ。

「善意」を無条件に信じるのではなく、現状の問題を引き起こしている「構造」、問題が生まれるメカニズムを捉える必要がある。大家や会社を「階級史観」的に敵視して、「強者が弱者を搾取している」という通俗的な見方を強めると、この「構造」の正しい理解から逆に遠ざかってしまう。むしろ「大家や会社の立場で考える」ことで、この問題の「構造」が見えてくるのだ。

多くの大家や会社は、この問題の「構造」をおそらく理解しているのだが、問題を解決するつもりで「規制をなくせ」と主張したところで、「お前がもっと儲けたいからだろう」という「階級史観」的なバッシングを受けることが目に見えている。よって、「わざわざ口を開くのは得策でない」という判断になり、正しい指摘をする人間がほとんどいなくなってしまうのだ。

なお借地借家法については、その問題点をカバーするために、平成11年に「定期借家」制度というものができている(一部の事業用物件などではこの契約方式が使われているが、一般の住居物件ではまだあまり普及していない)。この「定期借家」について調べていくと、このテーマのポイントが見えてくると思う(以下に関連リンク)。



(私のコメント)
借地借家法については、私は当事者であり、都内でオフィスビルと千葉でアパートを経営している。モジックスのブログでは保証人制度に対して疑問を呈しているが、不動産賃貸において一番困るのは、賃借人が行方不明になって消えてしまうことだ。そうなると立退き交渉を誰としたら良いのだろう? 保証人がいれば保証人と交渉して部屋の中にある荷物を処分が出来る。もし保証人もいなければ部屋の中の家具や寝具は勝手に処分が出来ない。

もし賃借人が3ヶ月事情滞納して、本人が行方不明になった場合でも契約を解除して、部屋の中のものを勝手に処分してもいいとなれば保証人は必要ない。3ヶ月以上滞納して本人が居座ってしまった場合には立退き交渉に入って家賃を払ってもらうか契約解除するかの交渉になる。このような時は家主の交渉力がものを言うのであって、裁判に訴える事は時間と費用の無駄だ。

不動産事業を行なうにあたって重要な事はいかに優良な借り手を見つけるかであって、トラブルを起こしそうな入居者を見分ける事だ。しかし入居してみてトラブルを起こす人はどうしても出て来る。オフィスビルにも通信販売の会社のはずが暴力団の事務所だったこともある。ゴミを長い間放置してハエがわくような賃借人もいた。このような賃借人は家賃も滞納する事が多く、家賃滞納で出て行ってもらった。

このように経験を重ねれば入居者も見分ける事ができるようになり、トラブルも少なくなった。いちいち法律を持ち出して裁判沙汰にするのは一番まずいやり方であり、腕のいい弁護士は大抵示談交渉で問題を片付けてしまう。だから保証人制度は本人が行方不明になったときの交渉相手であり省くのは難しいだろう。

敷金ゼロや礼金ゼロのアパート業者もありますが、その分は家賃に上乗せされているのだろう。礼金はゼロに出来ても敷金は部屋の補修費用として確保しておかないと、家賃を滞納したりして契約解除になったときの補償手段でもある。5年から10年も貸していると畳みや壁紙など交換する必要が出て来る。

バブルの崩壊以来、家賃は長期低落傾向であり、空室が出たときの新規の入居者を見つけるのが難しくなってきている。年月がたてば建物の老朽化もひどくなってくるからメンテナンス費用もかかる様になってきた。立地条件がいい建物なら家賃を下げれば新規の入居者も見つかりますが、立地が悪いとどうする事も出来ない。

実際に事業を行なっているものにとって一番困るのが、途中でルールを変更されることであり、法律の改正や規制の緩和などが行なわれると対応のしようがない。ビルなども耐震基準や消防法など年々厳しくなる一方ですが、後から変更されると従来の建物は対応が出来ない。大店法などの改正も地方の商店街は対応策が取れずにシャッター通り化してしまいましたが、法律の改正はどのような結果をもたらすか国会議員たちは良く考えて欲しいものだ。

雇用問題にしても、解雇規制は日本では非常に厳しく規制されている。そのために企業では非正規社員を増やして賃金コストを下げようとしている。解雇規制が正社員と非正社員との格差を生むようになりましたが、企業も高度成長が終わると利益が上がらなくなりリストラでコストを引き下げようとしている。今年の大卒者も就職が厳しいようですが、正社員の採用を控えるようになってしまう。

企業は正社員の採用を抑えて、派遣会社から派遣社員を派遣させてコストダウンを図っている。ならば正社員の首切りをしやすくすればいいのだろうか? それよりも同一労働同一賃金を徹底すれば正規非正規の問題は無くなるはずだ。しかし正規社員の賃金を下げて非正規に近づけるのは難しい。

企業にとっても質の高い社員を確保するのが重要なのであり、質の低い社員は余っている。だから質の高い社員を正社員にして質の低い社員を解雇するか非正規で雇うような仕組みを作ればいいのだろう。しかし質の高い社員は何処でも通用するから辞めていってしまって質の低い社員が残るようになってしまう。

だから解雇規制がどうこうというよりも、企業の社員の育成方法が悪いから質の低い社員になるのであり、法律制度の問題よりも運用の問題だ。しかし法律で製造業にも派遣が認められれば企業としては派遣を使うようになる。今までなら期間工で使っていたのに派遣制度が出来ればそれに切り替えるのは当然だろう。小泉内閣はやらなくてもいい改革を次々行い日本を混乱させただけだ。

借地借家法でも保証人は認めないと言う法律が出来れば、大家側はそれに対抗した手段をとるようになる。労働法も解雇規制を設ければ企業は正社員の採用を絞るようになるだろう。その穴埋めに派遣社員を導入するようになったのでしょうが、その際に同一労働同一賃金の枠を嵌めるべきだった。

問題の本質は現場の声が反映されずに法律改正だけが暴走してしまう事であり、国会議員たちは現場の事を知らない。現場のことが分かれば消費税を導入すればどのような結果になるか分かっているはずだ。後期高齢者医療制度も実施の段階で問題が明らかになりましたが、裁判員制度も問題が続出だ。どうして世間知らずの国会議員が改革と称して法律をいじくりまわすから日本がおかしくなってしまうのだ。

本来ならばマスコミは現場を取材して実態を国民に知らせるべきなのですが、最近のマスコミは現場を取材せずに記者クラブ発表ものが多い。規制緩和すれば地方はどうなるか取材すれば分かるはずですが、弊害が現実化するまで放置される事が多い。

法律はいつも適正に作られてはいないし、時代の変化で直ぐに無意味なものになってしまうことも多い。法律の改正が時代の変化についていけないから裁判の判例を変えて行って法律改正の穴埋めをしている。日本は法治国家かという疑問が出てきますが、実際には法律は完全無欠なものではなく時代に合わない法律が放置されている。

昨日から選挙が始まりましたが、インターネットが選挙に利用できないようにしているのも時代に合わない法律を放置しているからですが、インターネットを使えない時代遅れの人間が国会議員をやっているからだ。雇用の問題も解雇規制を緩めれば企業が大量に採用するだろうか? 派遣切りにしてもトヨタやキヤノンは批判されましたが、実情に合わない法律だったのだ。




じつは民主党への積極的な支持などほとんどないに等しい。あるのは2代
連続で総裁が逃げ出した自民党への懲罰的な意味での批判の空気だ。


2009年8月18日 火曜日

民主党の集会で掲げられた、日の丸の旗2枚を切り張りして作った党旗(左上)。
小沢代表代行はこの改造された民主党旗に何の注意もしなかったようだ。


外国人記者クラブ、各選挙区で感じた「鳩山政権」への“消極的な”期待感 8月6日 上杉隆

きのう(8月4日)、一年半ぶりに日本外国特派員協会(FCCJ)で講演を行った。テーマは「総選挙の行方」。
http://www.fccj.or.jp/node/4750

 ところが、会場では、おそらく誕生するであろう「鳩山政権の行方」の方に関心が集中した。

 予備の椅子が用意されるほど多くの聴衆が集まったが、質疑応答でも「鳩山政権」に集中していた。雰囲気としては、すでに「政権交代」が済んでいるかのようだった。

 「鳩山政権」誕生への海外からの関心はきわめて高い。「週刊文春」企画の300選挙区ルポのため、東京滞在はわずかな時間となったが、筆者がFCCJに来て何より驚いたことはそのことである。

 講演後の海外ジャーナリストたちの質問は、一人を除いて「鳩山政権」についてであった。ちなみに紹介すると、例外の質問は「自民党の大物で誰が落選するのか」というものであった。

 海外の記者たちに混ざって、各国大使館の職員の顔が多く見えたのも印象に残った。講演後、筆者と名刺交換をした大使館員をざっと挙げてみよう。

 アイルランド、米国、オーストラリア、オランダ、韓国、シンガポール、チリ、ベルギー。

 さらに驚いたのは、夜、パソコンでメールをチェックすると、海外メディアからの取材依頼が数件、早速入っていたことだ。

 かつてFCCJに毎週のように通い、講演をしたこともあるが、こうした反応は初めてのことである。

 安倍、福田という二人の首相の政権投げ出しの後遺症は、国内よりも、むしろ海外で大きい。無責任なリーダーの振る舞いは、日本という国家の信用を失墜させ、国益を毀損させるに十分であった。

 具体的にはサミットが終わるたびにリーダーが代わる国をいったいどこの誰が信じるというのか。

昨夜、「ニュースの深層」(朝日ニュースター)のゲストで来てもらった渡部恒雄東京財団上席研究員(元CSIS/三井物産戦略研究所)も、同様の意見を持っている。

 「海外から日本に対する不満の声で、圧倒的に多いのは、『いったい誰と交渉すればいいのか』というものです。外交は相手があって初めて成立し、その上で継続性が伴うもの。その交渉相手が毎年換わることに戸惑いがあるのも当然です」

小沢代表に比べれば
現実的な「鳩山外交」

 さて、海外メディアからの関心は、当然ながら「鳩山政権」の外交政策に集中した。

 FCCJでは超がつく名物記者のサム・ジェームス氏からは、次の3点の質問があった。

(1)集団的自衛権について
(2)米海兵隊について
(3)インド洋のガス・ステーション(給油)について

 もちろん、「鳩山政権」になるとそれぞれ、どのような方針を打ち出すのか、というのが質問の趣旨である。それに対して筆者の答えは、だいたい次のような内容であった。

 「鳩山代表の外交方針は、小沢前代表のそれと比較すれば、より現実的なアプローチに傾くであろう。

 日米関係では、これまでの良好な関係を維持していくと思われる。日米関係は自民党政権とそれほど変わらず、むしろオバマ政権の誕生によって、より強固なパートナーシップの構築が可能ではないかも思っている。

 全体的な国際関係においては、小沢氏が、比較的国連中心主義、国連指向であるのに対して、鳩山氏は、よりアジア中心、換言すれば、地政学的な要因を重視する戦略にあるのではないかと思われる。

強いて言うならば、ロシアとの関係改善については大きく進展する可能性があると考えられる。その理由は、鳩山家の“家訓”ともいうべき友愛精神、それに基づく祖父鳩山一郎元首相の成し遂げた日ソ共同宣言がある。

 それに選挙区である北海道の道民の意思と、ロシア問題に精通している鈴木宗男・新党大地代表との関係の改善が要素として加わる。

 ともかく、全体としてはそれほど大きな変化がないと思われるのが、「鳩山外交」ではないか」

 その後も「鳩山政権」についての質問が続いた。そのいずれの質問についても「期待感」があったのは確かだ。しかしながら、それは、前回の郵政解散での小泉元首相に対する熱狂的な「期待」とは違う。自民党政権への「失望感」の裏返し、つまり消極的な「期待感」であるような気がした。

「鳩山政権」の本当の試練は
総選挙後に待っている

 今回、筆者が日本全国を歩いて、各選挙区で感じたことも同様である。じつは民主党への積極的な支持などほとんどないに等しい。あるのは2代連続で総裁が逃げ出した自民党への懲罰的な意味での批判の空気だ。

 おそらく、有権者の投票行動は、自民党への「お仕置き」的な意味合いを持つことだろう。それゆえ、「鳩山政権」の誕生はほぼ確定的だといえる。

 しかし、それゆえに、「鳩山首相」にとっての本当の試練は選挙後に待っている。

 自身の「献金問題」、野党からの攻撃、官僚からの抵抗、マスコミからの反発、なにより身内である党内からの批判――。

 そして、海外からの期待が高い故に、失敗した際の失望感はかえって強まる。

 「鳩山政権」にとっての真の戦いは、総選挙後にはじまる。



(私のコメント)
いよいよ今日から選挙戦が始まりますが、選挙の動向は民主党への政権交代に変わりがないようだ。前回の参院選における民主党の大勝利からも想像はつくのですが、どうして自民党はこれほどの批判を受けても政策の大変換をしようとはしなかった。安倍内閣でも改革続行と言っていたくらいだから、国民世論の動向が読めなかったのだろう。

明らかに小泉改革の失敗が現在の日本の状況を生んでいるのですが、竹中平蔵などは構造改革がまだ途中だからだと言っている。小泉信者の中には小泉さんだけの責任ではないと言うことを言っているが、製造業への派遣を認めたのは小泉内閣からだ。サラリーマン減税を廃止して消費を減らしたのも小泉さんだ。三位一体改革をしたのも小泉さんだ。それでも小泉さんの失政ではないと言うのだろうか?

地方切捨てが露骨になってきたのも小泉さんからだし、郵政の民営化はその象徴だ。日本郵政の社長には西川善文というゴールドマンサックスに近い人物がなり、オリックスという外資に「かんぽの宿」が格安で売却されようとしていた。なんのことはない官僚利権から外資に利権が移っただけなのだ。規制の緩和で儲けたのも輸出企業や大企業だけであり、地方は切り捨てられたのだ。

自民党議員には世襲議員が多くなり宮沢内閣以降は世襲の自民党議員ばかりが総理大臣になっている。小泉首相を除けばいずれも1,2年で政権を投げ出しており、毎年のように首相が代わる。これでは国際的に見ても信用を失うし、上杉隆氏が言うように日本に対して誰と交渉すればいいのだろう? 

世襲の国会議員にとっては総理大臣の重責がとても耐えられるものではなく、総理大臣が務まるのは精神的にも肉体的にもタフな人物でないと務まらないだろう。それでもアメリカの大統領に比べれば気楽なものであり、核のボタンを24時間管理すると言うのは普通の人物ではプレッシャーに耐えられないだろう。だからそれなりの権力闘争で勝ち抜いたものが総理大臣になれるようにすべきなのだ。

世襲の国会議員は親の七光りで若くして国会議員になり、選挙の苦労がない。これで当選回数を重ねれば安倍晋三や福田康夫のようにエスカレーターで総理大臣になれる。しかしそれで総理大臣になっても政治力があるわけでないから、外交や内政で難問にぶち当たると政権を投げ出してしまう。政治家は本来は心身ともに非常にきつい仕事であり高い能力も要求される。命を削るような仕事だ。

事実大平首相や小渕首相など病に倒れる首相が多い。だから要領のいい世襲議員達は出世は望まずに議員という仕事だけを淡々とこなすだけの政党になってしまう。現在の自民党がそんな状態であり、首相が勤まる人材がいない。議員のブログなどを見ても政策についての見識の無さが伺えるのですが、だから国会演説の原稿すら役人任せになるのだ。

麻生太郎首相にいたっては役人の書いた漢字を間違えて読むくらいであり、自分で書いた演説原稿なら間違えるはずがない。街頭演説から叩き上げてきた国会議員なら演説も原稿なしに1時間でも打てるのでしょうが、日本の総理大臣は演説原稿がないと国会演説が出来ない。オバマ大統領のようにプロンプターを見ながらでも手元の原稿を読まずに演説できる人はいない。

民主党の鳩山代表の外交や内政の政策もはっきりしないようですが、国民に分かりやすいように説明すべきなのですが、尻尾を捕まれないような曖昧な表現が多い。行政のトップが政策に暗くては政治にならないのですが、実質的に外交と防衛はアメリカ任せで内政は役人任せで首相はただそこにいるだけで内閣の書類にサインをするだけの存在でいいのだろうか? 

民主党政権が誕生してもその構造は変わらなければ政権交代した意味がないのですが、やはり役人が書いた施政方針演説を国会で読み上げるだけの首相になってしまうのだろう。昨日の「たけしのTVタックル」でも官僚制内閣を批判していましたが、大臣が1年でクルクル代わってしまっては政治ができないのは明らかだ。番組でも大臣は4年くらいやらないと政治主導にはならないと言っていました。

小泉内閣でも当初は一内閣一閣僚と言っていましたが、この方針は二年で崩れてしまった。もともと大臣の能力が低いから何年もやっていると官僚に取り込まれてしまって首相と対立するようになり政治主導にならないのだ。本来ならば大臣は総理に忠実で無ければならないのですが各省の利益を主張する大臣になってしまう。結局は国会議員の資質の低さが問題なのだ。

私自身は民主党政権が出来たのならば、冷戦が終わったのだからアメリカとの同盟関係の見直しが必要だ。そのためには日米地位協定の見直しや在日米軍の基地の見直しを図るべきだ。ロシアや中国が日本に攻めてくることはありえないし、ロシア軍は地続きのグルジアですら苦戦している。中国だって台湾にすら侵攻できないではないか。だからアメリカとの同盟が絶対必要だとは思えない。日米同盟は続けるにしても米軍基地は数ヶ所に限定すべきだ。

ネットサーフィンをしていて思うのですが、日本人は政治的意見をブログに書くことが非常に少ない。あったとしても数行のメモ書き程度のことが多く、国民の間での政策論争が少ない。多くが無党派層であり自民党支持でも民主党支持でもない。多くが日常生活的なことしか興味が無いし、ブログでも芸能やエンタメ系のブログがアクセスを集めている。ブログランキングでも上位はペットの写真を貼り付けたようなものばかりだ。

「株式日記」は政治や経済を論じたブログでは例外的なものであり、日本の世論の動向を探るには「株式日記」を見れば流れが分かるのではないかと思う。海外の情報機関にとっても世論の動向は政治や経済のサイトなどを見て分析しているのでしょうが、「株式日記」を見れば分かるはずだ。マスコミの世論調査などを信じていると自民党のように小泉路線に批判が高まっているのに「改革続行」などとKYになってしまう。

上杉隆氏が書いているように、民主党への支持は積極的なものではなく、国民の空気が読めない自民党への批判なのだ。官僚たちがブロックになってしまって自分たちに都合の悪い事は政治家の報告しないから、国民の世論を読み誤るのだ。だから自民党の転落は必然であり、議員の質を上げて行かないと政権を取り返す事は無く、自民党は分解してしまうだろう。




民主党が日本をよりオープンでフェアな社会に変えていく一環として、
マスメディアを改革の対象としていることは、十分評価に値する。


2009年8月17日 月曜日

大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身 8月13日 神保哲生

・政府の記者会見をすべてのメディアに開放し、既存のマスメディアの記者クラブ権益を剥奪する。
・クロスメディア(新聞社とテレビ局の系列化)のあり方を見直す。
・日本版FCC(米連邦通信委員会のように行政から独立した通信・放送委員会)を設立し、放送免許の付与権限を総務省から切り離す。
・NHKの放送波の削減を検討する・・・等々

 これらの政策はいずれもマニフェストには載っていないが、民主党の正式な政策だ。記者会見の開放はマニフェスト発表の記者会見で鳩山由紀夫代表自身がはっきりと明言しているし、その他はすべて『民主党政策集INDEX2009』に明記されている。

 お読みいただければわかるように、民主党政権では、マスメディア自身が主たる既得権益者として改革の対象となっている。そして、不思議なことにその事実はまだほとんどの人に知られていない。

メディア改革は民主党の主要政策の一部

 知られていない理由は、大手マスメディアが民主党のメディア政策をまったくと言っていいほど取り上げようとしないからだ。これらの政策が自分たちに都合が悪いからなのか、それともこうした政策をそれほど重要とは考えていないからなのか、その真意は定かではない。

 メディア政策は多くの有権者に影響が及ぶし、おそらく関心も高い、けっこう重要な政策だと筆者は思うのだが、どこのマスメディアもそれを良いとも悪いとも言わない。実に不思議なことだ。

 7月27日のマニフェスト発表の会見でのことだ。民主党がこれまで維持してきた「記者会見を記者クラブ以外のメディアに開放する」方針がマニフェストに入っていない理由を問うた筆者に対して、鳩山由紀夫代表は「マニフェストに入れるまでもないと考えた」とした上で、「民主党政権では記者会見はオープンにする」と、政権を取ってからも記者会見を開放する方針を貫く意思を明確に公言している。

 ところが、翌日の新聞やテレビで、この下りを報じたところは、筆者の知る限り、1つとしてなかった。各メディアとも、マニフェストの内容や記者会見のやりとりは相当のスペースや時間を割いて詳しく報じているにもかかわらず、である。全国紙やテレビといった大手マスメディアの報道のみを情報源とする方にとって、そのようなやりとりはこの世に存在しなかったことになっているに違いない。これは民主党が、現在の日本の最大のタブーに手を突っ込もうとしていることを意味するのだろうか。

民主党はすでに2002年から、党が主催する記者会見は、記者クラブに所属する既存の大手マスメディアだけでなく、雑誌、海外メディア、ネットメディア、フリーランスなど、すべての報道関係者に開放している。また、小沢一郎氏以降の代表はいずれも、民主党が政権を取ったときは、政府の記者会見は開放することを公言している。

 実は民主党のこの方針は、岡田克也現幹事長がまだ幹事長代理の時分に、筆者からの進言(というより、「文句」と言ったほうがより正確かもしれないが)を受けて、まず手始めに外国報道機関に記者会見を開放したことに始まる。

 当時、民主党の記者会見に出席できるのは野党クラブ加盟の記者に限定されていた。岡田氏はまず自身の会見をオープンとし、その後、幹事長、代表と党の階段をのぼっていく間もその方針を貫いたために、氏が代表になった段階で、民主党の会見はすべてオープンとなった。また、その過程で、対象も外国報道機関から、雑誌やネットメディア、フリーランスを含むすべてのメディアへと広がっていった。

 前原、小沢、鳩山と岡田氏の後を継いだ代表たちもその方針を踏襲したので、今はそれが党の方針となった。ただし、その方針がマニフェストなどの文書に明記されているわけではないので、私のような非記者クラブ記者は、常に確認を求めていく必要があり、それがわれわれ非記者クラブ記者が、大きな節目の記者会見で毎回しつこくこの質問をし続ける理由でもある(最近はフリージャーナリストの上杉隆氏が、その役割を進んでやってくれているので、私ばかりが憎まれ役をやらなくてもすむようになった)。

なぜ記者会見の開放が重要なのか

 民主主義とフリープレス(報道の自由)を標榜する国で、記者会見への出席が特定の報道機関にしか認められていないことなど、そもそもあり得ないことだ。したがって、いまさら議論をするのも小っ恥ずかしいのだが、政府の記者会見がオープンになることの意味は大きい。記者会見が大手メディアの既得権益、つまり利権の温床ではなくなり、そうなることで、主要メディアと政治家や政党、主要官僚との間の談合が通用しなくなるからだ。

 過去半世紀にわたり、日本には新しい大手マスメディア(全国紙や全国ネットの放送局)が登場していない。そんな業界は他にないはずだ。そんな国も他にはないはずだ。そしてその最たる理由は、記者クラブ制度をはじめとするさまざまなメディア権益が、一部の主要メディアに独占されているためだ。長年権益を独占してきたメディア企業は、いまやいずれも巨大なコングロマリットとして君臨している。日本のメディア市場に新規参入する事業者は、それらの権益なしで、巨大ライバルに立ち向かわなければならない。(中略)

そもそも、放送局が総務省から割り当てられている電波は、国民の資産である。それを一行政機関にすぎない総務省が、誰に与えるべきかを勝手に決めているのもおかしい。そこで、市民の代表たる独立行政委員会を設置し、真に国民の利益に資する形で電波が利用されるよういろいろ工夫しようというわけだ。アメリカのFCC(連邦通信委員会)に見られるような独立行政委員会の形態については、ぜひ別の機会に詳報したい。

 新聞社が再販売価格維持制度を通じて政府の保護を受けていることも、新聞社の経営は大いに助けているが、その分日本のジャーナリズムを政治に対して脆弱にしている。先進国でいまだに新聞社を再販制度によって保護している国は、日本くらいのものである。

 もちろんクロスオーナーシップによって、一握りのメディア企業に力が集中し、結果的に新規参入が不可能になっているという問題もある。
筆者は民主党のメディア改革に関する政策提言は、もう何年、いや何十年も前に行われていなければならなかった、当たり前過ぎるくらい当たり前のものにすぎないと考えている。むしろ、個人的にはまだまだ甘いと思っているくらいだ。

 しかし今のところ、改革対象となっている当の大手マスメディアは、民主党のメディア関連政策をほとんど黙殺し、良いとも悪いとも言っていない。ちょっと不気味である。「触らぬ神に祟りなし」なのか、決戦の狼煙があがるまでは力を温存しているのか。いやむしろ、「できるものならやってみろ」と、高を括っている可能性が濃厚だ。何せメディア利権というものは、過去半世紀にわたり、一度も脅かされたことのない、日本の最後にして最大の権益と言っても過言ではないほど、巨大な利権なのだ。

 その意味で民主党は、大変リスキーな政策を打ち出していると見ることもできる。なぜならば、この政策によって民主党政権は、強大な大手マスメディア全体を敵に回す可能性が大いにあるからだ。(中略)

ウェブを含めた多様なメディアから情報を入手できる時代になり、われわれの多くは大手マスメディアのデタラメな報道についてかなり見抜けるようになってきてはいる。しかし、もし主要メディア、つまり日本中の新聞社とテレビ局と通信社(主に地方紙に全国の記事を配信している共同通信社と時事通信社)が、こぞって民主党の改革に対してネガティブ・キャンペーンを張り始めたとしたら、はたしてわれわれはそれを見抜き、民主党の政策を支持し続けることができるだろうか。

 民主党が日本をよりオープンでフェアな社会に変えていく一環として、マスメディアを改革の対象としていることは、十分評価に値する。今日、日本が多くの問題をなかなか解決できない理由の少なくとも一端には、日本で真に公正で公共的なジャーナリズムが機能していないという事実があると筆者は考えている。おそらくその点には、多くの人が同意されるだろう。(後略)



(私のコメント)
今週からいよいよ選挙戦に入りますが、テレビでは党首討論会が行なわれています。しかしこの時間にテレビを見ることが出来る人は限られており、夏休み中の子供か専業主婦か老人に限られます。また聞いていても政治の細かい事は分からないだろう。それをマスコミは記事を編集して報道している。

だからテレビが小泉改革を支持しようと大キャンペーンを張れば自民党が大勝利した。しかし構造改革の歪みが出てくるようになって誤魔化しが効かなくなって揺り戻しが起きている。小泉総理は痛みに耐えて構造改革と言っていたはずなのに、実際に痛みが起きてみると国民は悲鳴を上げている。マスコミは最初から痛みが分かっていたはずですが警告しようとはしなかった。

だからマスコミの踊らされた国民が一番馬鹿なのですが、マスコミは今でも国民世論に対しては大きな影響力を持っている。「株式日記」がいくら書きたてたところで影響力は知れたものですが、小泉構造改革に対して批判し続けてきて、私の批判が正しかった事が証明された。小泉改革で儲かったのは大企業や輸出企業ばかりであった。

ネット世代は若い人が多いのですが選挙に行かない世代であり、選挙に行かないから若者に不利な法律が次々と作られて行く。テレビなども若者が政治の興味を持たないように馬鹿なバラエティー番組ばかり放送して若者をクルクルパーにしている。その結果が派遣切りやワーキングプアになって結婚も出来ずに歳をとればホームレスになるしかない。

だから今度ばかりは若者も選挙に行って小泉チルドレンを選挙で叩き落す必要がある。自民党が政策の失敗を自覚してもなかなか政策転換が出来なかったのは郵政選挙で大量に自民党議員が誕生したからだ。マスコミが果たすべき役割は国民に政治を分かりやすく放送する事ですが、構造的に政府寄りにならざるを得ない仕組みになっている。

神保哲生氏の記事にもあるように民主党は「メディア改革」を打ち出していますが、マスコミはこれを報道していない。マスコミこそ規制に守られた守旧派であり、新聞も再販制度によって守られているし、テレビやラジオも放送電波を無料でもらって独占的に使用している。だからテレビや新聞業界の社員は年収が1000万円以上もの高給取りだ。

民主党の「メディア改革」は、記者クラブの開放や放送免許の権限の移管やNHKの放送電波の削減など打ち出していますが、自民党では手が付けられない改革だ。記者クラブ制度の弊害は官僚にコントロールされやすい制度であり、記者たちは懇談会などで取り込まれてしまって批判的な報道が出来なくなる。

NHKにしても前に書いたように共産党員がNHK職員になっており、時々おかしな番組が作られる。JAPANデビューの「アジアの一等国」も中国共産党そのままのプロパガンダ放送であり、NHKは電波の削減などで大リストラをする必要がある。民間のテレビ局も放送の質が悪くなってバラエティー番組化が激しい。安く製作できて視聴率のいいものばかり放送して、教養番組や教育番組はほとんどなくなってしまった。

テレビ局などにクレームをつけても冷たくあしらわれるだけであり、視聴者は舐められている。放送電波は総務省が管轄していますが、番組内容に対して勧告する事は難しい。言論に自由に抵触するからでしょうが、放送委員会が監督するようにすれば視聴者からのクレームも反映し易くなるだろう。新聞の再販制度も新規参入の妨げになっているのですが、政府と新聞業界とがグルになっているのだ。

マスコミが政治報道を分かりやすくやらないから国民の政治に対する無関心が増えてきているのですが、批判すべき事が批判できないと小泉劇場型の扇動報道になってしまう。民放などがスポンサーなどの圧力で偏向報道をするのは、報道局として命取りになるのですがテレビなどではその自覚が無いようだ。最近ではパチンコ屋と外資系保険屋のコマーシャルが増えているが創価学会のコマーシャルまでやるようになった。

はたして民主党が政権をとったとして「メディア改革」が行なわれるのだろうか? 政権をとったらやはり記者クラブ制度の方がいいとなって元に戻る可能性もある。インターネットの選挙への開放も民主党は積極的ですが、ネット選挙が実施できるのは何時になるのだろうか? 自民党はネット選挙に否定的であり法案も店晒しになってしまった。

日本が閉塞状態になってしまったのも自民党の長期政権が一因なのだろう。だから小泉総理が自民党をぶち壊すと言うアジテーションに国民は熱狂したのですが、郵政を民営化しただけに終わってしまった。今になってみると何のための民営化なのか分からないのですが、郵貯や簡保を外資に売り渡す為だと言う私の説が信憑性を持って来ている。

私がこのように書けば民主党の手先のように見られますが、民主党を支持して書いているのではない。自民党の60年にわたる長期政権はしがらみだらけになって政策の転換が出来なくなってしまっている。道路造りも今となっては弊害が出て来ているのですが自民党は道路造りを止めようとはしない。米の減反政策もなかなか廃止する事ができないのも、しがらみの為だ。

警察や検索の「国策捜査」も長期政権のなせる弊害であり、政治と警察権力が癒着すると政敵を抹殺する為に「国策捜査」が乱発される。マスコミも「国策報道」が多くなって風通しが悪くなってきた。マスコミは報道すべきニュースが報道されずネットでしか情報が入らなくなってくるようになった。のり塩事件も警察は芸能人だけの事件にしてしまうだろう。そのけっか政界や経済界は覚醒剤によって汚染されてヤクザが関与するようになってしまった。マスコミはこのようなことも報道すべきですが、のりPの報道に終始している。




日米同盟関係は、米国が一方的に決めたものを日本が従うだけの関係
である。自立した抑止力は持たせないのが、対日安全保障政策である。


2009年8月16日 日曜日

米国が日本を見捨てて中国と組むことはない――ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授 8月14日 東洋経済

来年、日米安全保障条約は50周年を迎える。同条約は半世紀にわたって東アジアの安定を支える要であった。しかし今、日本の国内政治が不透明さを増し、北朝鮮の核実験とミサイル発射が日本人の不安感を高めている。

 日本は長年維持してきた「核抑止能力を持たない」という政策を逆転させるのだろうか。日米同盟は終焉を迎えつつあるのだろうか。

 1990年初頭、多くのアメリカ人は日本を経済的脅威と見なしていた。両国の一部の人たちは、安全保障同盟を冷戦の遺物として放棄すべきであるとさえ考えていた。

 こうした傾向は、95年のクリントン政権による「東アジア戦略報告」によって逆転した。「クリントン橋本宣言」の中に「日米安全保障条約は冷戦後の東アジアの繁栄を促進する安定の基礎である」と述べられている。この政策はアメリカでは超党派で引き継がれ、日本でも広く受け入れられてきた。両国関係を詳細に見てきた専門家も、現在の日米同盟は15年前よりはるかに良好であるという点で意見が一致している。

 それにもかかわらず、日米同盟は新しい国際環境の中で三つの大きな課題に直面している。

 一つ目は北朝鮮である。北朝鮮は条約を相次いで破棄している。北朝鮮に対して最も強力な影響力を持つ中国でさえ、レジーム崩壊に伴う両国国境での混乱を恐れ、強い態度に出られない。

 日本は公式には非核世界を実現する目標を支持しているが、同時にアメリカの核抑止力に依存しており、北朝鮮(あるいは中国)の核による脅しの対象となることは避けたいと願っている。日本人は、アメリカが中国と均衡するまで核兵器を減らすことにより、核抑止力の信頼性が低下することを恐れている。

 だが、核抑止力が核兵器の保有数の均衡によって決まると考えるのは間違いだ。核抑止力は核兵器の性能と核兵器に対する信頼感によって決まる。冷戦中、アメリカがベルリンを守ることができたのは、NATO(北大西洋条約機構)がアメリカの約束を信頼し、ソビエトの攻撃に備えてアメリカ軍が欧州の最前線に駐留していたからである。

日本に対するアメリカの核抑止力の保証は、日本に駐留する約5万人の米軍の存在にある。信頼は大陸間ミサイル防衛の開発などの共同プロジェクトの実施で強化されている。

 同様に重要なことは、アメリカが同盟国を重視していることを示し、アジア政策で日本を素通りするような政策をとらないと保証することだ。これが、クリントン国務長官が最初に日本を訪問した理由である。同じく、米中関係において、多角的な協力関係ではなく、2カ国だけのG2を推進することは誤りである。

ジャパンパッシングが杞憂である2つの理由

 二つ目の課題は、中国経済の急速な台頭である。中国は重要な貿易相手国であるが、日本は中国のパワー増大に神経質になっている。90年代に日米安保条約の再交渉が行われたとき、日本の指導者たちは「米国は中国を優先して日本を捨てるのではないか」と個人的に質問してきた。

 そのとき(現在でもそうだが)、私は「そうした懸念はない」と答えた。

 その理由は二つある。まず、中国はアメリカにとって潜在的な脅威であるが、日本はそうではないこと。もう一つは、アメリカと日本は民主主義の価値観を共有しているが、中国は民主国家ではないことだ。

 さらに、中国の国内情勢の行方は依然として不透明である。中国は歴史的に見ればはるかに自由になっているが、政治制度の改革は経済的進歩よりもはるかに遅れている。中国は国民の政治参加の問題をまだ解決していない。中国が国内問題を押さえ込むためにナショナリズムに訴える危険性はつねに存在している。

 同時に中国の台頭が、中国の指導者が言うように、平和かつ調和的なものであれば、日米中の3カ国の利益にかなう。これが、中国を世界へ統合させる戦略をとるとともに、不確実性に対するヘッジを行うことが、日米両国にとって意味がある理由である。ここに日米中による協力や他の地域的協力に取り組む根拠が存在する。

第三に、日米同盟は疫病やテロ、破綻国家からの難民の流出といった、両国の利害にとって極めて重要な新しい課題にも取り組まなければならない。中でも特に重要なのは、地球温暖化による脅威である。この分野では日本が強みを発揮できる。

 一部の日本人は日米同盟の安全保障の内容が不平等であると不満を漏らしているが、こうした新分野において日本は強力なパートナーである。アフリカからアフガニスタンに及ぶ地域への開発援助、世界の保健プロジェクトへの参加、国連支援、海賊掃討作戦への参加、エネルギーの効率化のための研究開発の取り組みで、日本は最前線に立っている。

 現代のこうした課題を前提とすれば、世界全体に恩恵をもたらす国際的な公共財の提供において、日米は協力し、対等なパートナーシップを形成することができるだろう。それこそが、私が日米同盟の将来に関して楽観的な理由である。

Joseph S.Nye,Jr.
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。


日米同盟の正体を明かした外務省OB 3月22日メルマガ第0113号要旨 天木直人

1.日米安保条約は、2005年10月29日の日米外務・国防大臣間の合意(日米同盟:未来のための変革と再編)によってとって代わられた。しかし政府・外務省は、国民には、何も変わらない、といい続けてきた。

2.日米同盟関係というが、実態は、守屋元防衛次官が認めているように、米国が一方的に決めたものを日本が従うだけの関係である。そもそも自主、自立した安全保障政策を持たない日本なのだから、「共通の戦略」などあろうはずはない。米国の戦略に従うほかはない。

3.日本に国際貢献を求める米国の狙いは、政治的に受け入れやすいものからはじめて、最後は軍事協力に行かざるをえない状況にもっていくことである。PKOや人道支援、文民協力を言い出し始めたのはその戦略のあらわれだ。

4.日本人は安全保障問題を軍事的、戦略的に考える事ができないので、経済を絡ませて説得すればいい、と米国は考えている。石油に依存する日本は中東問題に貢献しなければならない、などというのがその好例である。

5.危険の分担は求める。しかし自立した抑止力は決して持たせない。これが米国の一貫した対日安全保障政策である。

6.米国の重要な外交は謀略でつくりだされてきた。南北戦争も真珠湾攻撃も9・11も、それをきっかけに国民を戦争に駆り立てる謀略だった。米国は北方領土問題でみずからの立場をわざと曖昧にし、日本とロシアを永久に争わせる、それが米国の戦略だった。

7.日米同盟を唱える者たちは、米国の戦略が正しいと思ってそう言っているのではない。損得勘定で得だと考えたからだ。「議論で勝って(正しい政策を主張して)、人事で飛ばされる」、それが組織で生き残る知恵だ。なんと寂しいセリフだろう。

8.いまの米国の安全保障政策の要は中東政策である。その米国と軍事的一体化を進める日米同盟強化が、国益なのか。日本国民のためなのか。

9.日本ではいま、ミサイル防衛が国防の柱になりつつある。しかしそれは有効ではない。ミサイルが真に怖いのは核弾頭を搭載した場合である。  そしてそのミサイル攻撃に最も脆弱なのは日本なのだ。日本はミサイル戦争をしてはならない国である。 



(私のコメント)
ジョセフ・ナイ氏の記事を読むと、日本側が考えているに日米同盟とアメリカ側が考えている日米同盟とにズレがあるようだ。オバマ政権は米中によるG2体制を打ち出しているが、それは日本を米中で封じ込める事を意味しているのではないかという懸念があるが、ナイ氏は中国を潜在的脅威であり中国は民主国家ではないと打ち消しているが、米中会談では一切このような議題は出なかった。

米中戦略対話では、アメリカ側から人権問題やチベットやウイグルの問題は一切議題に持ち出さないという事は、アメリカはこのような事を黙認したということを意味するのではないか? もし持ち出せば中国は反発して対抗手段を打って来るだろう。そのような事は中国にとっても利益にならないが、面子を潰されれば中国は外交的利害に囚われずに対抗するだけのプライドがある。

そもそもアメリカにとって中国の台頭は潜在的脅威を増すだけなのに、アメリカの経済界金融業界は中国に対して集中的投資を行なって来た。その結果中国は毎年10%を越す高度成長で日本を追い越すまでに至っている。アメリカが日本を棄てて中国と手を組むというのは既成事実であり、毎年二回行われる米中戦略対話でもそれを裏付けている。

90年代における「日本たたき」が行なわれて日本経済が長期的低迷に陥ったのは、ナイ氏が認めているように日本が経済的脅威になったからですが、中国に対してチャイナバッシングが行なわれる気配はない。人民元の為替問題にしても米中会談で問題にもされないのは、間接的に日本に対する経済的締め上げ行為になるのですが、異常なほどの元安はアメリカに赤字をもたらし中国に外貨準備高を増大させている。

アメリカの中国に対するか偉大な態度と日本に対する要求を絶えず突きつけてくる態度は180度異なる。中国はロシアと上海協力機構を作りアメリカと対決する姿勢を見せつつ、アメリカに妥協を引き出しているが、日本はアメリカに対決する事は考えられないからアメリカは遠慮会釈も無く日本の要求を突きつけてくる。

アメリカの不可解な外交は北朝鮮にも現れており、北朝鮮のアメリカに対する敵対に対してアメリカは驚くほど寛容だ。イラクには大量破壊兵器が隠されていると言う事で戦争まで仕掛けたのに、北朝鮮が核実験をしてもミサイル実験をしてもテロ支援国家を解除するほどの寛容さだ。裏には何かあるのでしょうが、日本をアメリカの核の傘においておく為の謀略なのかもしれない。

クリントン元大統領は北朝鮮に行ってアメリカ人記者を取り返してきましたが、これはアメリカと北朝鮮に見えないパイプがある事を意味しており裏取引があるのだろう。日本はアメリカの外交政策に一方的に協力させられるばかりで、絶えず要求を突きつけられている。日本には日本の主張があるのでしょうが、日本の政治家はアメリカの高官の前に出ると何も言えなくなってしまう。

ナイ氏は「アジア政策で日本を素通りするような政策をとらないと保証する」と述べているが、「2カ国だけのG2を推進することは誤りである」とも述べている。しかし現実にはガイトナー財務長官は日本を素通りして中国に行ったし、ワシントンでは米中戦略対話が行なわれて、オバマ大統領は中国が「世界のどの2国間関係より重要だ」と述べたように矛盾している。

ナイ氏は別にアメリカ政府の高官ではないし、一大学教授に過ぎない。ナイ氏のように日本重視を言うアメリカ人は少なくなり、アメリカにとって日本は軽く見られるようになった。サミットでも麻生首相はオバマ大統領との正式会談も応じてもらえなかったし、アメリカにとって日本は数多くの同盟国の一つに過ぎなくなってきている。

ドイツやフランスはアメリカとは一線を画した外交をするようになり、ロシアとの関係を深めている。そのためにアメリカは孤立して中国と組まなければならなくなりG2を言い出したのでしょうが、これは日本を孤立させてアメリカ不信感を増大させる中国の戦略でもあるのかもしれない。米中が親密になればなるほど日本は米中の圧迫から逃れられなくなる。

日本よりも米中のG2体制に危機を感じているのは台湾や韓国であるのですが、アメリカ軍は韓国からも撤退しつつあり核を持った北朝鮮は韓国を伺っている。中東で手一杯のアメリカ軍は朝鮮半島や台湾海峡で戦争が起きても回せる陸軍はない。イラクに州兵を借り出しているくらいであり、中東と極東で戦争できるような状況にはない。にもかかわらず日本の防衛体制はアメリカに丸投げであり、その点で日米に意識のズレが生じている。

アメリカの戦略は日本に危険の分担は求めるが、自立した防衛体制は取らせないと言うのが戦略だ。アメリカの北朝鮮に対する腰の引けた対応は日本を不安にさせるものですが、金ばかりかかるMDを日本に押し付けてきた。それくらいなら日本が核武装した方が手っ取り早いと思えるのですが、アメリカは日本に対して金だけ出させて核武装はさせない。

在日米軍対する評価も微妙なズレがあり、5万の在日米軍が抑止力になっているというが、中国が中距離ミサイルを大量に持つようになって在日米軍は沖縄の海兵隊などをグアムに移転させようとしている。つまり在日米軍はもぬけの殻になり日米安保は空洞化している。数百発のミサイルが中国や北朝鮮から飛んできたら防ぎようが無い。それにもかかわらず自民党政府はアメリカに防衛を任せきっている。

民主党政権が日本に出来ればアメリカとの密約が明らかになり、摩擦が大きくなるかもしれない。非核三原則もアメリカとの密約で日本に持ち込まれているようですが、知らないのは日本政府だけなのだろう。安保条約にもいろいろ密約があるようですが政府は国民に知らせないままにしている。せめて民主党政権では日米地位協定や在日米軍基地の見直しなどに取りかかってほしいものだ。そうでなければ政権交代した意味がない。



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