株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


医療費をGDPの伸びに合わせる、ということは、極論すれば、景気が
悪いから医者にかかるな、というに等しい。財務官僚はいかに冷血か。


2008年8月15日 金曜日

財政健全化して、国滅ぶ 8月13日 愉快痛快(^_^)奇奇怪怪(*_*;)

「医療費削減の戦犯は誰だ」という文章を、元財務省課長補佐の村上正泰氏が月刊文藝春秋に書いている。以下要約。

問題は、特に小泉改革以降、あたかも「歳出削減」がなによりも優先すべき至上命題であるかのようにとらえられていることだ。その結果、医療のように、本当に国民にとって必要な行政サービスまでもが削られてしまったのでは、国民の安心感、社会の安定性が失われ、「財政健全化して、国滅ぶ」といった事態になりかねない。

私が大蔵省に入省したのは1997年。19人いた時のうち、私も含めすでに7人が役所去った。

こうした大蔵省の姿勢を端的に表しているのが、97年11月、橋本内閣のもとで制定された財政構造改革法だ。金融機関が次々につぶれ、景気がどん底にまで落ち込んでいるさなかに、より一層の緊縮財政を目指す、と言うのだ。それに基づいて組まれた98年度予算も緊縮型のものだった。これでは景気の冷え込みがますます深刻になるばかりだという批判が巻きおこり、橋本総理が慌てて景気対策を発表したが、その後、財政赤字が急速な勢いで伸びていった。金融危機のさなかでの財政健全化優先政策が景気をますます悪化させ、それがまた財政赤字を拡大させるという悪循環が起こったのである。

もちろん、当時、ここまで財政赤字が膨らむとは予測できるはずもなかったが、これだけ景気が冷え込むなかで、大蔵省が財政健全化だけ考えていていいのだろうか、という疑問を感じていた。私が重大な失政ではないかと危惧したのは、大蔵省が、日本経済全体にとって必要な対策を講じるのではなく、財政健全化という自らの関心を最優先させた政策をとったことだ。

これから高齢化に伴って、社会保障給付がどんどん延びていく。そうなるとやがて従来の社会保障制度では成り立たなくなるから、持続可能な制度にするためには、名目GDPの伸びに合わせて社会保障給付費を管理すべきだ―。これは「伸び率管理」と呼ばれる議論で、財務省もこの立場に立った。しかし、少し考えてみれば、これは医療というものの実体を無視した討論であることが分かる。

そもそも国民は病気になれば医療機関にかかるほかない。これは景気の動向とは無関係だ。医療費をGDPの伸びに合わせる、ということは、極論すれば、景気が悪いから病院にかかるな、というに等しい。また医療とは不確実なもので、例えばインフルエンザの流行や不足の病が蔓延したりする可能性もある。その場合には当然、いつもの年より医療費はかかるが、GDPの伸びが低いからといって、こうした医療費を抑えることはできないし、すべきでない。

これまで、今の官僚システムが専門主義の罠にはまり、政策の全体を見られない視野狭窄に陥っている、と指摘してきた。では、霞が関の役人は自分の担当分野に関しては、豊富な知識と見識を持った本物の専門家と言えるのだろうか?残念ながら、それさえも答えは否定的なものにならざるを得ない。

国会での説明など目先の必要に迫られ、付け焼き刃的に文献などから、自分たちの主張にとって都合の良い数字を探してくる、という場合がほとんどではないだろうか。

むしろ自前で政策のアイデアを考え出すよりも、外部の研究機関などで発表されたアイデアを後追いで検討し、自分たちに都合の良い物、できそうなものを取り入れる、というのが、政策づくりの実体により近い。

では、霞が関官僚は一体何の専門家なのか。法案などの作成や解釈、国会や審議会などへの対応、政治家への説明と根回し、他省庁との折衝など、一言で言えば、政策そのものというよりも、政策を実施していくプロセスの専門家なのである。

とくに法案などの細かい文言の違いに省益を潜ませる「霞が関文学」に関しては、他の追随を許さない。そうした「技術」を駆使して、政策を骨抜きにしたり、自分たちの権益を確保するすべにはきわめてたけている

財政支出を大幅に削減するならば、財政支出の中で、国民にとって本当に必要な行政サービスを充実させ、一方でいかに不必要な部分を削減するか


小泉政権の「改革」は誰のためか 2001年7月 日本大学名誉教授 北野 弘久

八〇%をこえる小泉内閣支持率。これをみて私が子どもの頃、日米開戦前夜の近衛内閣に期待した国民の空気を思い出します。それから一九三〇年代初頭に登場したナチスドイツに熱狂的な期待を抱いた状況と非常に似ています。国民の価値観が多様化している時代なのに、八〇%以上という支持率は異常であり、恐ろしさを感じます。第一次世界大戦に負けて誇り高いドイツ民族は自信を失った。賠償金を課せられるなど経済も含めて社会全体に閉塞感があった。そういう時にヒットラーが酒場などで憂国あふれる演説をぶち、熱狂的な支持を得る。ヒットラーなら何かやってくれるという期待、いまの小泉内閣と同じです。日本はバブル崩壊後、十年以上も経済が停滞している。消費税引き上げなど自民党政治の失政に反省もせず「改革」を叫ぶ小泉に多くの国民が期待する。マスコミが小泉人気をあおっている。これは非常に危険です。

この期間、政府は画一的な規制緩和や自由競争を押し進めてきました。私的独占禁止法の形骸化、つまり財閥の復活。大型店舗法の廃止、中小企業の倒産は放任、競争に負けた人は死ねと、そういわれている。コメを含む日本農業の崩壊、労働法制の空洞化も進みました。

 さらにバブル崩壊後の十年間、大企業の法人税や高額所得者の所得税を大幅に減税した。かつて七五%だった高額所得者の最高税率は、「直間比率是正」等の名目で減税され現在では三七%です。大企業の法人税も大幅に減税が行われた。こうした不当な減税のため、十年間で地方税を含めると年平均十一兆五千億円も税収が減った。歳出面では、冷戦崩壊後も防衛費が増加しています。財政赤字六百六十六兆円の大きな原因です。一方、低所得者に負担の重い消費税引き上げが行われました。

 バブル崩壊後のこうした政治の結果、日本経済は深刻な不況、財政赤字を抱えました。アメリカの財政再建に学ぶべきです。アメリカでは、大企業や高額所得者に対して累進課税を強めて日本規模に置き換えると年十兆二千億円の歳入を増やした。歳出面では米ソ冷戦崩壊による軍事費などの大幅削減、年十四兆三千億円(うち軍事費は七兆円)を行った。さらに九〇年代に好景気が続いたことでアメリカは財政再建に成功しました。日本には六百六十六兆円の財政赤字がありますが、全体で見ると日本には借金を支えるだけの貯蓄や資産がある。大事なのは、これ以上借金を増やさないことです。


(私のコメント)
8月15日は終戦記念日ですが、福田総理は中国や韓国が嫌がる靖国参拝は行なわない。戦後教育で日本は侵略戦争を行なった犯罪国家と言う刷り込みが行なわれて、大戦で戦死した死者を祀る靖国神社は福田総理から見れば戦犯の巣窟に見えるのだろう。これでは大戦で死んだ死者の霊は浮かばれない。

小泉総理は支持率80%の圧倒的人気を得ましたが、これは北野教授が指摘しているように、小泉総理なら何とかしてくれると言う期待人気が高支持率に繋がったのだろう。福田総理でははっきりしたことは言わないから人気は低迷する一方だ。しかも小泉内閣の悪政の残務処理に追われて気の毒な面もある。

先の内閣改造ではっきりと小泉政治からの決別が行なわれましたが、小泉総理は改革の弊害が現れる前に逃げてしまった。大企業に減税をして労働法の改正を行なって非正規雇用を増やせば大企業の業績が回復するのは当然だ。人件費を削ればそれだけ利益が増えるのだから業績回復はバカでもできる。

しかし人件費を削った結果は消費が低迷して景気は回復せず、大企業減税で税収も落ち込んだままだ。財務省は消費税の増税で税収を増やそうとしていますが、これではますます消費が減って景気は低迷して税収が落ち込む。このような悪循環は財務官僚の頭の悪さからこのようになってしまった。

「愉快痛快」でも指摘しているように財務官僚は財政再建しか頭になくて歳出をカットして増税すれば財政再建が出来ると思い込んでいる。財務官僚は頭が悪いからマクロ経済のことが理解できないのだろう。ミクロ経済から見れば歳出を減らして歳入を増やせば財政は健全化するが、マクロ的に見れば消費が減れば景気が低迷して税収が落ち込んでしまう。

景気を車に例えれば、ガソリンタンクには満タンなのにエンジンが不調で走らない状態だ。ところが財務省はオーバーヒートだと思い込んでいるような間違った政策をとっている。どうしたらエンジンが快調に動き出すかと言う知恵が湧かない状態なのだ。

麻生幹事長が300万円までの株の配当には無税にしようと言う構想を発表しましたが、1500兆円の金融資産を預貯金から株などの投資に向かわせるような政策が必要だ。ところがバブル潰しの政策のために税制などが改悪されて、大企業の業績が回復してもあまり株価は上がらなかった。

株式投資などに積極的な人はバブルの崩壊で致命的な打撃を負って株式投資をしなくなってしまった。長引く不況の原因の一つに証券税制や不動産税制の改悪があって株式投資や不動産投資のメリットがなくなり、預貯金に金融資産が偏在する状況が生まれている。

官僚的な発想としては株や不動産で財産を築くなどと言うのはけしからんと言った考えがあり、バブルを潰せと言う事で株や不動産税制が改悪されて長期の不況をもたらしてしまっている。麻生幹事長の発想はそれを変えようということであり、財務官僚はこれにどう反応するのだろうか?

小泉構造改革でが歳出削減が先にありきで、医療分野の支出まで削られるようになり、「75歳以上は早く死んでくれ」法案が強行採決された。国民が長生きされると医療費がかさんで予算を食うというのがその理由ですが、だから老人達は余計に不安になって金を使わなくなってしまう。

不景気だから病気になっても医者にかかるのは止めようという事にならないのに、歳入が減れば医療費もカットするやり方は滅茶苦茶だ。確かに年寄りや病人が早く死んでくれれば医療負担は減るだろう。小泉総理らしい考え方ですが、そんな小泉内閣を国民は80%もの高支持率で支持した。

内閣の支持率と言っても国民は政策の一つ一つを理解して支持しているわけではない。小泉総理なら何とかしてくれるだろうと言う期待だけで5年半ぐらいは持たせることは出来た。郵政解散選挙でも郵政の民営化がどのようなものか国民が理解するのは無理だ。理解できるのは実際にそれが実行される状況にならないと分からない。

国会で審議される法案もほとんどが霞ヶ関で作られて国会議員たちは法案の中身が分からないままに可決して行く機関に過ぎない。「愉快痛快」でも書かれているように国会議員には理解できないような日本語で書かれた法案は官僚の裁量でどうにでもなるようなものが多い。裁量の余地があれば官僚はそれを利用して利権を増やしていく。

法案は本来は国会議員が作るべきものですが、実際には霞ヶ関の官僚が法案を作っている。だから官僚は国会議員が理解できない「霞ヶ関用語」で作られて、一般国民は法案を見ても内容が分かるはずがないのだ。郵政民営化法案にしても小泉首相が法案の中身を全部読んで理解しているはずがない。膨大な分量もある法案など誰が読んでもわからない。それを選挙で国民に賛否を問うのは無理なのだ。

小泉改革で行なわれた法案の改正がどのような結果をもたらすか、秋葉原で起きた無差別殺人事件を見れば分かるだろう。テレビを見ていると毎日のように人身事故で電車が止まるテロップがよく出る。このようになったのも「負け組は早く死ね」という構造改革のせいなのだ。




サッカーの中継の2日間に解説に登場した山本、相馬両氏の
珍ないしは迷コメントには情けない以上に落胆させられました。


2008年8月14日 木曜日

日本スポーツ界の反省点 8月13日 前田 正晶

先ずはサッカーの中継の2日間に解説に登場した山本、相馬両氏の珍ないしは迷コメントには情けない以上に落胆させられました。どちらが言ったかは別にして「アメリカ選手はこの中国の暑さと湿度は経験していないだろうから、何れは体力を消耗してきて日本が優位に立つ」と言いだしたのには恐れ入りました。

ものを知らなすぎるし、事前の勉強が不足だったことを問わず語りに全国に披露していました。この2人はアメリカ選手のスタミナ不足をしきりに希望的観測で言い募りましたが、これも認識不足の表れですが、詳細は別途。
 
アメリカの南部、と言ってもカリフォルニア、テキサス、ルイジアナ、ジョージア、アラバマ、フロリダ等々があり、夏ともなればそれぞれの州で我が国に負けず劣らず暑くて湿度が高くなるのですが。

アメリカの代表に南部出身者がいるかも知れないし、彼らが北京に備えて南部で練習してきたかも知れないではありませんか。
 
最も根本的な問題は、我が国の体育会制度の中で育つと、普通は中学からプロになるまでその一つの種目以外を本格的に経験することがないのです。

その結果、当人の責任にするのは酷ではあっても、どうしても「視野狭窄」に陥りやすいのです。ここでは「勿論、例外はあるが」くらいの逃げ道は用意しておきますが。
 
アメリカでは学校教育で彼らの3大スポーツの野球、フットボール、バスケットボールをそのシーズンごとに経験させられるので、自分の専門以外への視野が開けています。

特に最も合理的にできているフットボールは、我が国で受け止められている以上に国民的な競技で、一般人でもその経験と知識は想像以上に深いものがあります。
 
次に敢えて取り上げる問題点は「我が国では本来はしっかりとした土台を築き上げた後に習得あるいは訓練するべき高度な技巧、ないしは基礎体力不足を補うための技巧を、子供の頃から教え込む。

また、それに長けた者を礼賛する傾向が特にマスコミに顕著です。これは良くありません。これは本末転倒で、本来スポーツではしっかりとした基礎体力、身体能力を作り上げてから技術と技巧に進むべきなのです。
 
この例として上げておきたいのが「16年振りに出場した男子ヴァレーボールが惜しくもイタリアに敗れた」際に目立った現象でした。それは各選手のイタリアと比較した場合の腕の細さでした。

私は植田監督が週刊誌の対談で「栄養士やスポーツ科学の知識を持ったストレングスコーチなどをスタッフに加えました」と誇らしげに語っているのを読んで「これは駄目だ」と見切りました。

これは何十年も前にやっておくべきことで、2008年のオリンピック出場に備える一国代表監督が言う台詞ではありません。この監督と言い、女子の柳本監督と言い、マスコミ好みですが、何れも古き良き精神主義を尊重している前時代の指導者です。
 
さて、サッカーです。何がウンザリさせられた落胆の材料だったかと言えば、前回のオリンピックでアメリカにやられた時と全く同じ戦法で男女とも負けてしまったことです。

4年間全くあの敗戦に学んでいなかったのです。しかも男子の場合はアメリカと当たることは事前に解っていたはずなのです。

それなのに、何ら対策が講じられておらず、無為無策で破れました。反町監督がこの日を目指して調整してきたと言っていたのは何だったのでしょうか?

アメリカのゲーム・プランは女子の場合に顕著でした。兎に角、アテネで男子を破った時と同様に、最初から深いところと言うかディフェンスの裏側にパスを蹴りこみ、それを追いかけてそのボールをコントロールして所謂クロスを上げて、チャンスにしていくというごく単純な戦法でした。

それを繰り返されている間に体力を消耗していったのは日本側でした。結局はこの戦法からとられた後半の1点で負けてしまったのです。

そういうゲーム運びを、おそらく日本の戦い振りのヴィデオを何回も見たコーチ陣に十分に教え込まれていたのでしょう。そして、フットボール等の他のスポーツを経験していれば戦術眼も備わってきますから(女子でも普通にバスケットボールをやっていますし、フットボールも経験しています)ピッチ全体を広く見回して、日本側のディフェンスでは何処が空いているかを見極めて走り込み、そこに的確にパスが出てくるのでした。この戦術眼の不足は一つの競技しか経験していないことが大きな原因と考えています。

そして、日本の男女に共通した欠陥が「パスを弱く蹴るので、それと知った相手は狙い澄ましてインターセプトを仕掛けてくる」ことに対する備えができていないこと。次はパスが自分の足下に到着するのを待っているので、すなわち球に寄っていかないので、守る相手に素早く寄せられるとパスのレシーヴァーはなすところなく横取りされるか、見事なバックパスとなって前進を阻まれてしまうこと−を挙げたいのです。

今回は余りにも露骨に出てきました。アメリカは全てと言いたいくらいフットボールで言うパスプレーと同様に前の方に蹴りこみ、それを相手とともに追いかけさせ競り合わせていました。

次にスタミナの問題を考えてみます。私は極端に言えば、身体の大きさも大いに関係しているとすら考えています。彼ら欧米人の体力とその持続力は並大抵ではありません。

すなわち、大きな体を合理的な方法で鍛えてあるのですから、小さい我が国の選手を古き良き精神主義に立脚した方法で鍛えたのでは追いつかない結果になると言いたいのです。

その体力の差が「集中力の維持」に問題が生ずる。解説者が言うように「我が国の選手のスタミナが優れている」とは言えないと断定します。簡単に言えば、もしそうだったら負けていなかったのではありませんか?

すなわち「本末転倒することなく子供の頃から基礎体力を築き上げて土台を作り上げ、その上に技術と技巧を積み上げるように訓練されたのがアメリカで、(体力不足を)精神力も鍛えて補い、その上に厳しい練習を課して何かを掴ませていくように訓練されてきたのが我が国の選手です。

その体力と集中力は、アメリカよりも限界に到達するのが早くなる」とは考えられませんか?

そもそも体格が優れた側が持っている体力とスタミナが大きければ、それが体格に劣る我が国の選手と同じ速度とペースでスタミナを消耗するとすれば、元の数字が大きい方に余分にスタミナが残っていることになるのです。

これすなわち、基礎体力と身体能力を先に鍛えた結果です。およそ、全ての種目で試合が長引くと我が国に不利なる現象が現れていると見ています。

私は我が国のサッカーのレヴェルは我々の時代とは比較にならないほど、世界的なところまで上がったと何回も賛美しました。だが、それも今回の敗戦で明らかになったように「基礎体力と身体能力が欧米人並みではないことを補うべく細かい技巧と技術を磨くことに主眼を起きてきただけだったかも知れない」ことが浮かび上がってきました。

確かに球扱いの技術は一流でしょう。一説には「サッカー選手たちは筋肉隆々というような身体を作り上げることを嫌う」とあります。それでは体力と体格に優れた外国人と試合をすれば「当たり負け」するのは仕方がないことです。これは代表ティームの監督の責任ではなく、中学→高校、あるいは大学、あるいはクラブの指導者の視野狭窄から来る問題でしょう。

であるが故に、私は基礎体力と応用力から考え直すべきではないかと主張したいのです。目下オリンピックの陰に隠れた感がある甲子園の野球でも、明らかに基礎体力の訓練を怠った球児が数多く活躍しています。

だが、彼らは変化球、バント、牽制、ダブルプレーのようなスキルを要求されるところではすでにプロ並みの水準に達しています。それに私が忌み嫌う一塁へのヘッド・スライディング(正しくはヘッド・ファースト・スライディング)のような非合理的なことをやって見せます。

だが、これはあの聖なる祭典では「精神力の高まり」を示す行為であり、礼賛されるのです。あれをやるくらいならば、正しいランニングを専門家に依頼して教えて貰い、1秒でも早く駆け抜けられる走力を養う方が先決問題です。

ここでも私は精神主義を排除します。野球部も部員たちに野球だけではなく、他の競技を経験させて視野を広げるべき時代です。

そのためには50歳を超えた指導者を排除して新時代に育ち、専門以外のスポーツも経験した視野が広い指導者の要請が急務ではありませんか?


(私のコメント)
最近は朝から晩まで北京オリンピック中継を見ているのですが、テレビは視聴率を優先するせいか日本人選手が出る競技しか中継しませんが、私としては一流選手の出る競技を中心に見たいと思っているのですが、見ることが出来ない。

バスケットのアメリカチームも見れなければ、サッカーのロナウジーニョが出ているブラジルの試合も見ることが出来ない。柔道などにおいても日本人選手の試合ばかりで金メダルのかかった優勝決定戦すら見れないことが多い。テレビはどうして日本人選手の試合ばかり中継をするのでしょうか? 

メダル争いの観点から見ればテレビの視聴者の関心は日本人選手の試合に集中する。しかしそれだと日本人選手が予選敗退する試合ばかり見せ付けられることになります。それではあまりにも視野が狭くなってしまってオリンピックと言う一流選手の競技がほとんど見れないままになってしまう。

せめて人気スポーツの決勝ぐらいは見たい気もするのですが、水泳ですら決勝種目で日本人選手が出ない時は見れないときがある。このように日本人選手中心のオリンピック中継は種目が偏ってしまってまったく見られない競技が沢山ある。もちろん日本人選手が出なければ視聴率が上がらないことも分かってはいるのですが、それでいいのだろうか?

テレビでも元代表選手などがかり出されて解説していますが、前田正晶氏のメルマガに書いてあるようにひどい解説が多い。山本氏は代表監督でもあったのですがもっと適切な辛口の解説が出来なかったのだろうか? テレビを見ていても分かるようにアメリカのサッカー選手に日本人選手は走り負けてボールを取られてしまう。基礎的なトレーニングがプロ選手でもできていない。

昨日の男子のサッカーでもオランダチームと対戦しましたが、日本のファウルプレーが多くて、結局ペナルティーキックを取られて負けました。解説者は当たり負けしていないと解説していましたが、ファウルの笛を鳴らされることが多かった。アメリカには基礎体力で負け、オランダにはテクニックで負けていた。

夜は星野ジャパンの野球を見ていましたが、日本人投手は空調の整ったドーム球場に慣れてしまって、ダルビッシュ投手は汗びっしょりになってコントロールが定まらない。これではデーゲームの多いメジャーリーグでも活躍は難しいかもしれない。体力をつけないとアメリカのプロスポーツには通用しない。

甲子園の高校生野球を見るとプロ野球選手に比べると驚くほど体が細い。体が発育途上だから仕方がない面もありますが基礎体力をつけるトレーニングはあまりしていないのだろう。プロ野球でも新庄選手のように筋肉を付けたがらない選手もいたくらいで、サッカーになるとこの傾向が大きい。

試合などを見てもパスなどの蹴りが弱くて、受けるほうもパスされても反応できない選手がいたりとボールに対する執着心に負けるのはどうしてだろうか? もちろん北京の8月の蒸し暑さで堪えますが、それは外国チームも同じだ。むしろ時差や気候などは日本が有利なのですが、勝負に対する執念が外国に負けている。

日本チームはなぜオーバーエージを使わなかったのだろうか? オリンピックなどよりもJリーグを優先するサッカー協会の体質や選手の態度が問題だ。反町監督もオーバーエージを使いたかったのだろうがJリーグチームが拒否すれば使えない。またオーバーエージに名前があがると怪我をしたりして選手自身も消極的だ。

Jリーグの論理からすればオリンピックよりもJリーグ優先という考えも分かりますが、日本のサッカーファンを馬鹿にした態度だ。確かにオリンピックに出たからと言って金になるわけでもないからシーズンオフは休んでいたいという気持ちもわかりますが、決勝リーグに勝ち進めば日本のサッカー人気にプラスになる事は間違いない。

プロ野球がダルビッシュのような人気選手を出しているのだから日本サッカー協会もオーバーエージを出してベストメンバーにすべきだったと思う。真相はよく分かりませんが選手自身もたるんでいるとしか言いようがない。世界のロナウジーニョやロビーニョやメッシやリケルメなどが出ているだけにJリーガーの意識はたるんでいる。

確かにロナウジーニョクラスになればクラブ側も数十億円の選手だけに怪我でもされたら大損害だが、それでも国の名誉の為に出るのだ。今のJリーガーは実力もないくせに意識だけはスーパースター並みだ。クラブ側も選手を出し渋ることで日本のサッカーファンの期待を裏切ったことになる。

日本の男子サッカーが三連敗したことで、ワールドカップ予選にも悪い影響が出てくることだろう。反町監督もOAを使いたいのは山々だがクラブが協力してくれないのではどうにもならなかったのだろう。Jリーグは腐りきっている。


反町JAPAN迷走!オーバーエージ枠に23人!Jが反発 5月15日  スポーツ報知

 今月下旬のトゥーロン国際やJリーグで負傷者が出る可能性などもあり、「6月中には決めたい」と反町監督も迷っているが、クラブ側としては早くしてほしい。五輪代表選手は、本大会期間中の7〜8月にJリーグ2〜4試合を欠場する。ましてフル代表の選手なら、6月のW杯3次予選4試合と9月上旬の最終予選2試合が続き「いつ休むんだ」と、あるJ担当者は声を荒らげた。

 23人という“大枠”の状態なため「補強を考えることも含め早く決めてほしい」「打診がないからうちは無いと思った」と、ぶ然とする強化担当者も。会議中には「若い選手の強化の意味でも(OAは)使わない方がいいんじゃないか」など、小野委員長に意見が浴びせられたという。選手本人の意思もあり一筋縄ではいかないこの問題。会議の紛糾を見守った反町監督は、さらに頭を痛めることになりそうだ。





現代の世界情勢は、戦前に似てきている。私にはそう思われる。戦前
の植民地支配の代わりに、ソフトな支配が優越してきただけである。


2008年8月13日 水曜日

石油問題のウソの顔=F養老孟司(東京大学名誉教授) 8月12日 GOOニュース (抜粋)

先日NHKが、新聞でいえば論説委員に相当する中堅を集めて、温暖化問題に関する数時間の討論番組を放映した。私はたまたまそれを見てしまった。NHKの意見はいわば公論で、世間の一般的意見を代表すると考えていいであろう。

こういう場合、私が気にするのは、そこで語られた内容の是非ではない。「何が語られなかったか」である。当然関係があるはずなのに、何かが語られていない。それならそれは、ここで語るに値するかもしれない。

そこで語られなかったこと、その典型は石油問題である。石油は10年以内にピークアウトする。専門家はそういう意見のはずである。しかしそれは、これまで世間の表にほとんど出てきていない。むしろマスコミが扱わないというべきか。関心のある人は、デヴィッド・ストローンの『地球最後のオイルショック』(新潮社)、あるいはポール・ロバーツの“The End of Oil”(Mariner Books)などをお読みいただければいい。

もちろん石油問題は温暖化問題、エネルギー問題のすべてではない。しかし石油がもっとも重要な要素であることは、論を俟たないであろう。日本人が原子力に関してきわめて敏感なのに、原発が推進されてきたのは、日本がまったくのエネルギー消費国であることに加えて、「石油の一滴は血の一滴」という戦争の教訓があるからに違いない。

石油のピークアウトとは、どういうことか。需要増に供給が追いつけない状況が起こることである。石油の需給曲線は、これまでひたすら右肩上がりを描いてきた。需要は増えつづけ、供給はそれをきちんと補ってきた。おかげで原油価格はほぼ一定に抑えられてきた。それが不可能になるのがピークアウトである。

アメリカ一国をとるなら、ピークアウトが生じたのは1970年ごろである。だから73年には第一次オイルショックが発生する。アメリカはそれまで自国産の石油で需要を賄うことが可能だった。それが石油の輸入国に転じた。石油がなくなったわけではない。国内需要を国内供給では満たせなくなったのである。おかげで原油価格が高騰し、ひいては世界的不況となり、今度は原油価格が下がった。まだ石油の供給には世界的に十分な余力があったからである。

それ以後、世界の60カ国がすでにピークアウトした。ストローンはそう書く。「地球最後のオイルショック」とは、いわば地球全体が「輸入国」になる日のことである。もちろん地球に石油を輸出してくれる星はない。

実質的なピークアウトは、すでに生じている。私はそう思う。5、6月に私は2度ラオスに行って不在がちだったが、帰国後にたまたまテレビで見た最初のニュースは、日本海のイカ釣り漁船が燃料高騰で仕事にならない、操業をやめるというものだった。さらにこの夏、ブータンに行こうと思って予約を頼んだら、ここ数年は毎日飛んでいたブータン航空が週2便に戻ったので、予約が大変だといわれた。燃料費が直撃する分野では、ピークアウトで予想される出来事が、すでに始まっている。原油高のかなりの部分はヘッジファンドのせいにされているが、現代のように情報化が進んだ社会では、実質的なピークアウト以前に、仮想ピークアウトが来てしまうのがむしろ当然であろう。

いわゆる温暖化問題は、知恵者が考えた、ピークアウトに掛けた煙幕ではないか。私はそれを疑っている。クリントン政権の副大統領だったゴアが大声を出し、それに対してノーベル平和賞が出たのもにおう。いわば欧米がグルになっている。ゴア自身は自宅の過大なエネルギー消費を批判されたが、そもそも炭酸ガスを出さないようにするのが「倫理」だというに至っては、笑うしかない。政治家に倫理を求めるのは「八百屋で魚を買おうとするようなもの」だからである。政治は倫理ではない。現実の取り扱い方である。その政治家が「倫理」だというのでは、本気のはずがない。何かの宣伝に決まっている。

ゴアの書物を読めば、あれが一種のデマゴギーであることは、明白である。たとえば後半は禁煙キャンペーンになっている。いまは世界的に禁煙運動ブームで、喫煙の味方をするのはアホだけだが、ここでの議論は、喫煙問題自体には関係がない。ゴアの考え方の是非である。

石油消費、エネルギー消費が急速に増えたのは、中国やインドが「発展」しはじめたからである。個人当たりのエネルギーを世界でいちばん消費するのはアメリカ人である。日本人の4倍になる。それならゴアはアメリカ人に説いているのか。一見そう見える。

しかし、政治家が不人気な倫理だけを選挙民に説くはずがない。ゴアの倫理は、アメリカを透過して、インドや中国に向いているに違いない。少なくともブッシュの任期満了まで、アメリカのエネルギー政策は実質として変わらないはずだからである。アメリカにおける石油の使い放題は、当面は安心していていい。だからゴア自身はエネルギーの使い過ぎでも平気なのである。一方にその安心がなけりゃ、アメリカの政治家が、炭酸ガス排出を制限すべきだなどというわけがない。脚下照顧。

そのブッシュが、つい先ごろ、鎧の陰から衣の袖を見せてしまった。「昨年の穀物不足は、インド人の中産階級3億5000万人が余分に穀物を食べ出したからだ」といい、ただちにインド政府の強い抗議にあった。「アメリカ人は個人当たり、インド人の5倍の穀物を消費しているではないか」と。

「俺たちはやってもいいが、おまえらはやるな」。欧米の心理はそれであろう。それには産業革命以来のいわゆる近代文明、私が石油文明と呼ぶものを創り出したのはわれわれだという、暗黙の矜持があるに違いない。アジア人なんて、真似しているだけじゃないか。


要するに庶民は(懐かしい言葉だが)電車に乗ればいい、自転車に乗ればいい。さらには歩けばいい。健康にもそれがいい。省エネを政府つまり官僚や政治家、あるいはマスコミに説教される必要なんかない。庶民は周囲の必然に従って行動するしかないので、その必然の条件をまともにつくっていくのが、政治や行政の真の仕事ではないか。禁煙運動ひいてはタスポ、自動車の後部座席のシートベルトなんぞという、枝葉の先のゴミ払いみたいなことをさせるために、国民は官僚に給料を支払っているのか。来るべき世界のために本気で戦ってほしい。

現代の世界情勢は、戦前に似てきている。私にはそう思われる。戦前の植民地支配の代わりに、ソフトな支配が優越してきただけである。欧州は世界基準を自分たちのものにしたがる。科学の世界でいうなら、ノーベル賞は頑として手放さず、将来にわたって、その権威を守るであろう。誰が立派な科学者か、それを決めるのは「かれら」なのである。京都賞ではない。日本のETCは、アジアにもはや入れない。欧州基準になったからである。欧米が悪いのか、アジアがバカなのか。その構図は戦前と同じではないか。

代替エネルギーだってどうせ同じこと

民族主義なんて、むろん意味はない。大切なことは、何が本質かということである。産業革命以来の高エネルギー消費型の文明に終わりが見えている。好むと好まざるとにかかわらず、その清算に取り掛からねばならない。私はそう信じている。

いわゆる経済発展は、エネルギー消費と並行する。経済学がそれを「発見」するのは1970年以降のことで、しかもそれを発見したのはドイツの物理学者だった。という話をストローンの本で読んで、開いた口が塞がらなかった。素人が口を出す意味があるわけだ。それまで経済学者は、どこを見て、何を考えていたんだろうか。

なぜ文明はエネルギーを消費するのか。その根本はエントロピー問題にある。自然界では、秩序はいわば同量の無秩序と引き換えでしか手に入らない。エネルギーを消費すれば、たとえば石油を燃やせば、秩序正しく並んでいた炭素や水素の原子が、炭酸ガスや水のような小さな分子に代わり、それらの分子がランダムに動き出す。さらに熱が発生し、空気を含めた周囲の分子のランダムな動きを高める。つまり自然界に無秩序が増える。その代わりに、人間社会は何らかの秩序を手に入れることができる。たとえば冷暖房。

意識が秩序的であるなら、意識が一定時間存在したら、その分の無秩序が溜まるはずである。つまりエントロピーが増大する。それは脳に溜まる。意識は脳の働きだからである。だからわれわれはイヤでも眠る。寝ているあいだは秩序活動である意識はない。寝ているあいだに、脳は溜まったエントロピーを処理する。それには意識活動と同じエネルギーが必要だから、寝ていても起きていても、脳はほぼ同量のエネルギーを消費するのである。

文明とは意識の産物である。文明とはその意味でつまり秩序であり、あるシステムの秩序はシステムの外部に無秩序を放り出す。それが炭酸ガス問題、環境問題の本質である。ヒト自身は眠るから自分のなかに環境問題を起こさないが、「意識が外部化したもの」としての文明は遺憾ながら眠らない。ひたすら秩序を生み出す。それを一般には「便利だ、楽だ」という。本当か?

通勤電車が時間どおり来るから、時間どおりに会社に行かなければならない。それが「秩序」だが、おかげでストレスが溜まる。現代の勤め人のご機嫌の悪いこと。たまにはデタラメに行動したらどうかと思うが、それは「許されない」。なにしろタバコを吸って気を変えるのも、「健康に悪いからダメだ」という人たちの集まりなんだから。マクドナルドにかぎらず、食品には「食べすぎはメタボを引き起こし、糖尿病や痛風の危険を招き、ひいては心臓血管障害の可能性を増やします」と、注意書きすべきではないのか。タバコを吸って気が変われば、気が変わった自分が何をするか、必ずしも予測ができない。予測ができない、つまりランダムさを増す可能性があるものを、文明人は許さない。だからゴキブリや雑草が嫌いなんだろうが。ゴキブリの行動は、予測不能だからね。こうした暗黙の秩序の金縛りにあった若者のなかから、ヒステリーを起こして、ついにはトラックで秋葉原に突っ込むやつが出たりする。

人間は意識だけで生きているのではない。なんと、人生の3分の1は、確実に意識がない。でも、その時間なんか「ない」と見なすのが文明である。眠って意識がなくたって、身体は生きているではないか。意識こそむしろ、身体の部分的な機能にすぎない。その意味での「全き人間」を、近代文明は忘れてしまった。

石油文明を生み出したアメリカ人も、当然バカではない。石油の終わりを予感した人たちが「情報」に移行した。それがビル・ゲイツのウィンドウズであり、いまではグーグルである。どうせ意識の世界なんだから、徹底的に意識のみにしてしまえ。それがインターネットである。大してエネルギーも食わないしね。

残念ながら、その意識は身体機能の一部でしかない。現代人はそれをしぶしぶ認めて、そのうえで何をするかというと、ジョギングをする。意識で身体をコントロールすれば「健康になる」。そう「思っている」。「思っている」のは意識ではないか。身体は意識より大きい。ゆえに根本的には意識は身体をコントロールできない。できると思う人は、自分の命日を背中に書いて歩いてくれたまえ。


(私のコメント)
昨日の「株式日記」で「かつての帝国主義国家と植民地の関係がさほど変わっていないことに気がつくだろう」と書きましたが、東京大学名誉教授の養老孟司氏も同じことを言っている。アジアアフリカの各地は政治的には独立して植民地支配から脱することが出来たが、旧帝国の新自由主義経済で経済的搾取にあっている事には違いがない。

韓国を見ればそれが一番よく分かるだろう。韓国は1997年のアジア金融危機でIMFの管理下に入り、財閥は解体されて銀行も5つのうち4つが外資系になってしまった。多くの財閥系企業も外資の傘下に入り企業利益はみんな資本家と経営陣の懐に入っていく。新自由主義経済とは新たなる見えない植民地支配のイデオロギーなのだ。

改革開放で経済発展した中国も、新たなる植民地支配下に入ったと言うことであり、外資系企業が経済発展の主動力になっている。しかし中国人はバカだから新たなる植民地支配の実態に気がつかないだけで喜んでいる。確かに北京や上海の超高層ビルが立ち並んでいるだけで近代国家になったような気になるのは当然だ。

これは戦前の軍事と政治による支配から、経済による支配に切り替えてきた旧帝国の戦略の切り替えに過ぎない。日本は70年代から外資と熾烈の競争をしてきたから抵抗力はあるが、日本以外のアジアの各国は、資本力や技術力で欧米には敵わない。

日本も90年代の失われた10年は「第二の敗戦」とも言うべき状況でしたが、IMFの管理下に入らずに済んできた。日本のバカなエコノミストは財政赤字を理由に日本もIMFの管理下に置かれたほうがいいという者まで現れた。宮沢大蔵大臣は「日本は破綻状態」とまで言ってのけた。日本国債はボツワナ並みまでに格下げされたりした。

外資はこのように政治家やエコノミストを動員して日本人を洗脳して外資の支配下に置こうと工作していますが、「株式日記」のような反外資プロパガンダ・ブログがゲリラ活動を展開している。それに対して竹中・木村の外資の御用学者がテレビを使ったプロパガンダを展開している。

日本企業が次々と外資の傘下に入れば外資系社外重役が高額な株式配当を要求してくる。新自由主義経済の論理からすれば企業への株主の高額配当要求は当然のことだ。そのため企業は徹底したコストを削るために人件費を圧縮してくる。小泉構造改革で製造業にも派遣社員が認められましたが、構造改革とは外資のプロパガンダなのだ。その為に日本の若年層は3分の1が非正規社員だ。日本の植民地化は着実に進んでいる。

養老教授が言いたいことは旧帝国の勝手な論理であり、アメリカは石油エネルギーを使い放題使ってもいいがインドや中国は使ってはならんという勝手な論理だ。地球温暖化問題と言うのは旧帝国の石油エネルギー独占をカモフラージュした戦略であり、EUとアメリカとのエネルギー分捕り合戦なのだ。

養老教授は「いわゆる経済発展は、エネルギー消費と並行する」という原理は1970年以降に「発見」されたと述べていますが、アメリカが世界帝国になれたのは国内の豊富な石油のお陰であり、国内産石油がオイルピークを迎えたのは1970年であり、オイルショックはアメリカが石油を外国に依存するようになった事で起きた事だ。

現在起きているオイルショックは人口11億のインドと人口13億の中国が経済発展と共に石油をがぶ飲みし始めたことによるものだ。それに対して旧帝国は地球温暖化問題を持ち出して商売にしようとしている。しかし石油がこれだけ高騰すれば省エネせざるを得ないのであり、石油がぶ飲みの帝国アメリカはこれから衰退していくことは物理的にもはっきりしている。

8月4日の「株式日記」エネルギー効率のことを書きましたが、アメリカや中国は日本に比べて非常にエネルギー効率が悪く、特に中国はエネルギー効率は日本の10倍も悪い。北京オリンピックでも停電が心配されていますが、その為に自家用発電機が用意されているほどだ。中国は効率の悪い石炭を炊いて発電しているから大都市はスモッグで覆われている。中国もオリンピック後は無理が祟ってエネルギー不足で発展が停滞することは物理的にはっきりしている。

養老教授が言うには、人間は活動してエネルギーを消費するが睡眠をとることで、脳のエントロピーを処理している。しかし文明は眠ることがないから環境問題という無秩序を作り出してしまう。日本としては中国と言う環境汚染大国が出現したことで経済発展すればするほど酷くなるだろう。水や空気の汚染はもはや取り返しが付かなくなって病気が多発している。

バカな中国人はオリンピックで金を取るたびにお祭り騒ぎですが、環境問題で金を取って欲しいものだ。環境汚染で中国が金メダルならアメリカは銀メダルだ。おそらくオリンピックのメダル獲得競争でも中国とアメリカは競い合うのでしょうが、環境汚染と比例しているのは皮肉な話だ。つまりバカな国民ほどメダル争いで喜ぶのであり、エコロジー文化とは相反する。

天を突くような大男が力を競い合う文明は終わりを告げている。地球上には限られたエネルギーしかないのだから、どれだけ有効に利用して行くかがこれからの文明の課題になる。人口は現在でも過剰な状態であり、石油や食糧問題はこれから断続的な問題になっていく。日本では少子化が問題になっていますが、日本なら7000万人くらいが適正な人口だろう。

アメリカと言えば超高層ビルと大型のアメ車が象徴ですが、中国などの新興国はアメリカを真似して超高層ビルを建てて金持ちは大型車を乗り回している。しかしこれはバカの見本であり、アメリカの石油文明は石油の枯渇と共に滅び去る運命にある。そしてこれから目指すべきは江戸の文明でありエコロジーの文明なのだ。




ブッシュ家は世間一般の評価とはべつにサバイバル能力に秀でている
と思う。WASPの中でも、サババル能力にかけては・・・超一流だと思う。


2008年8月12日 火曜日

ブッシュ:胡錦濤主席に「おねだり」の五輪バスケ観戦 8月11日
アメリカ・ロシアの新たな冷戦時代に中国に食い込むブッシュ一家


竹島関連 8月1日 外堀通信社

ブッシュ大統領は、
「米国の地名委員会の決定」を、従来のものに差し戻す、
つまり、「今回の変更」を元に戻す決定をしたそうです。

まあ・・・米国としては、
「米政府の公式見解を表明する事を回避
(=米政府の明確な評価を下す事を避ける事が出来た)」する事が出来たので、
米政府としては・・・当面の問題は解決といったところだ・・・と、
ライス国務長官をはじめとする関係者は、ほっとしたのかも知れない。

現段階では米国としても、
対馬海峡での「断層」(米国が朝鮮半島と明確に距離をおく、一線を引く)を、
明確化したくないので・・・
一旦、韓国側を納得させ、現時点での米韓関係のこれ以上の悪化を食い止めたかったのでしょう。

でも、米国のパワーエリートは、
朝鮮半島を一旦、手放す事も視野に入れているので、
韓国経済が危機に瀕しているのに、
韓国は・・・近い将来・・・大きなツケをはらわされる事になると思う。
以前の、IMF管理どころでは・・・ないと思う。最悪の場合。
韓国は、今回の一件を、外交的勝利と考えているかもしれないが、
事情を知る、韓国のパワーエリート層は・・・ヤバイと考えていると思う。
もう・・・韓国の政治エリート層は・・・国内の管理能力が・・・ヤバイレベルまで、
低下しているのだと思う。

米国も、ブッシュ大統領の今回の決定は、
大きなツケをはらう事になる事が予測できる。
日本側に・・・領土紛争の解決のための手段の幅を・・・広げたことになるから。
かなり大きな自由裁量の幅を・・・与えてしまった事になる。わが国に。


つまり、わが国が抱える領土紛争・係争地の地名が、
米国の地名委員会の決定した表記を理由に、
わが国の政府が・・・有利にことを運べるという・・・活路が出来てしまった。
例えば、米国の地名委員会の決定、その地がどこの領有地か、地名はどうだとか、
そういった決定の過程に影響力を発揮すれば・・・問題解決の道が出来てしまう可能性が高くなった。
例えば、北方四島の問題で、
米国の地名委員会が、ロシアの地で、地名もロシア名としてしまえば、
北方四島の政治的解決は・・・ロシアとわが国の交渉の幅が・・・一挙に広がる。
両者痛みわけで・・・妥協をはかりたい・・外交当局にとっては・・・
うれしい限りかもしれない。


結局、わが国が抱える領土問題の係争地に関する米国地名委員会の決定が、
わが国の領土ではないと・・・・してしまったら・・・、
わが国の外交当局は・・・係争国との二国間の交渉で解決きる可能性が高まるので、
喜ばしい限りと・・・思うかもしれない。


今回のブッシュ大統領の判断は、
おそらく・・・ライス国務長官のアドバイスに基づくものと予測できるが、
国務省の官僚で、わが国の敗戦以降、現在までの事情に詳しい官僚は、
ライス国務長官に・・・「鳩山一郎や重光葵が真っ青になった理由」を、
告げなかった可能性が高い。
「鳩山と重光が真っ青になった理由」をつくったのは、
米国民主党のブレーンなので・・・
共和党は・・・そのあたりの事情に疎かった可能性が高い。

ライス国務長官は・・・引っかかってしまった。
ライス国務長官は、今後・・・ワシントンで脚光を浴びる事は・・・ないと思う。

ブッシュ大統領も、父のブッシュ元・大統領も、
メディアがこぞって・・・特に現大統領の能力を・・・低く見すぎている。
それとも、そんなネガティブキャンペーンをはっているだけかもしれないので、
しっかりと・・・本質を見る必要がある。
ブッシュ家は・・かなりしたたかで・・・
世間一般の評価とはべつに・・・サバイバル能力に秀でているように思う。
WASPの中でも、サババル能力にかけては・・・超一流だと思う。

笑顔の中に・・・利用できるものは利用し尽くすという・・・ぞっとするような恐ろしさを感じるのは、私だけだろうか?
結局、ライス国務長官の役割は、冷戦という米ソのグレートゲームに関する研究からくる知見を、
あらたな世界戦略を組み立てる上での・・・ロシアを中心とする勢力の柔らかい封じ込めを字実施するための・・・、ブレインであっただけなのかもしれない。

パウエル、ラムズフェルドや、リチャード・パールのように、
ライスも・・・そんな位置付けだったように・・・この件を見て・・・強く感じました。


北京五輪 外堀通信社 8月12日

どうやら、ネオ冷戦というか、グレート・ゲームの新バージョーンというか、
明確な対立線が・・・・構築されようとしています。
今回も、米国とロシアの二大メインキャストがリードする形です。
グルジアが西端とすれば、東端は北朝鮮です。


中国が北京五輪で大きな動きが取れないという瞬間を見計らったのか?、
米国は、グルジアと北朝鮮で、アクションを開始したような気がします。

グルジアに関しては、
紛争勃発、その後、フランスが紛争停止の仲介に動き・・・一応、一端、収束、
そんな筋書きがあった感じがします。
米国の狙いは、グルジアの現大統領を退陣させることが狙いのような気がします。
米国のシナリオは以下のようなものだったのかもしれません。

1・米国の示唆により、グルジアの現大統領は、攻撃開始。

2・現EU議長がサルコジさん(フランス大統領)で、2009年にNATOに完全復帰するとフランス国防白書には書いているそうですが、現在はNATOとある程度のあやふやな距離をとっている
フランスが・・停戦の仲介に動く。

3・南オセチアニはロシア平和維持軍が派遣されているそうで、それとのバランスをとるために、フランス軍が平和維持部隊として派遣。

4・国際会議、国連安保理とか、多国間の会合とか、そこで・・大国間の調整をはかる。

とまあ・・・こんな感じです。

グルジアのNATO加盟問題を・・・
米国が、別の形で・・・事実上、NATO勢力下におく形にしたのだと思います。
グルジアのNATOへの加入の件、当面は・・あきらめておくという事なのだと・・・。
しかし、事実上は状況を有利にしておくということと、
今回の戦闘で政治的責任問題は、米国の手にあまりはじめたグルジア現大統領を退陣させることができるし・・・、という感じなのかもしれません。

このオペレーションに、北朝鮮問題をリンクさせ、
北朝鮮に・・・圧力を加えるという・・・その局面にも利用しようと・・・。
北朝鮮は・・・ロシア、中国、米国、日本、韓国を、
局面に応じて・・・使い分けていたので・・・、
米国は・・・北朝鮮に「最終的に、どの国と組むのだ?ロシアか?中国か?それとも、わが国か?」という最後通牒に近い・・北朝鮮にとっては重大な判断を・・・せまることに、
グルジアの件を・・・うまく利用しています。


それほど今回は、重要な判断なのか?
北朝鮮が、ここでいつもの振り子外交のような外交を行う事は出来ないのか?
そんな疑問点が出てくるとおもいますが、
米国とロシアの関係は、米ソ冷戦ほどではないにしても、あらたな緊張関係に移行しているので、
北朝鮮が、今の時期におこなう外交判断は・・・死活的に重要です。
グルジアの件で、ロシアと米国との関係は、ロシアが経済的に潤った段階で緊張関係担っているので。
どっちにつくか・・・北朝鮮は判断しないといけない。
中国は、ロシアとの関係や中国国内の事情を考えると、
米国よりにつくのはわかりきっているので・・・。

米国の北朝鮮に対する駄目押しの圧力が、
ライス国務長官の高村さんへの発言、「北朝鮮のテロ指定解除をしない」といった趣旨の発言です。
日朝間の問題は・・・よど号グループの日本への送還から進展するかもしれない。

瀋陽で会合をやっていることから、中国は・・事実上、受け入れているのでしょう。
中国は、北朝鮮が核弾頭を搭載して核ミサイルを発射できるのか?何発もっているのか?ミサイルは移動式なのか?ということを、確認したいのですが・・・その情報は・・・米国が北朝鮮から開示されても・・・中国には・・おそらく、渡されないと思います。

ウイグルとか・・・テロが起こっていますが・・、
中国の内陸部の奥地には・・・ミサイル基地があるので、テログループやテログループを支援している勢力は・・・そのことも念頭においている事は・・・いうまでもありません。

この「絵」を書いた人物は・・・優秀だ。

中国の不安定化工作と、グルジア工作と、北朝鮮への外交工作と・・・
緻密なスケジュールと・・・それを実施できるエージェント・・・・情報力はいうまでもありませんが、・・・・背筋が凍るような気がします。

近い将来予想される中国の経済的危機には、既に世界銀行に中国人のチーフエコノミスト(台湾のエリート軍人だったのに、中国に亡命、その後、米国が目をつけシカゴ大に招いたという、そんないわくつきの・・怪しいキャリアをもった人物)がいたり、・・・米国と中国は、正面きって対立する事は・・・よほどの事、中国でのかなり大きな動乱でも起こらない限り・・・ないことがわかるとおもいます。
このことから考えると、中国は、一般国民とは違って、中国のパワー・エリートは、
地域覇権を中心に、大国の隙間に覇権を及ぼす事で・・・米国と大枠でバランスを保つ事にしているのだと・・・思います。今世紀は。

でも・・・次の世紀になっても・・・・というか、将来も、
中国が、米国ぐらいの世界覇権を構築できるか?といえば・・・将来も・・・それはない。
なぜなら、中国の政治思想は・・・世界覇権への要求を満たすものではなく、あくまでも、中国周辺の地域覇権を確立することにしか・・・対応できないから。


(私のコメント)
昨日の「株式日記」でアメリカは北朝鮮を極東のグルジアにするのではないかと書きましたが、金正日は米中ロのどこに付くかの難しい判断を迫られている。アメリカは当面はテロ指定解除しないとしましたが、金正日に対する揺さぶりだ。アメリカとしては核とミサイルを持った北朝鮮を操ればロシアと中国に対して鉄砲玉として使える。場合によっては日本に対する脅しにもなるだろう。アメリカは何の手も汚さないのだから北朝鮮やグルジアのような国ほど使いやすい国はない。

アメリカにとって一番使いにくい国は日本であり、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも使えなかった。イラク戦争になんとか引っ張り出したがすぐに帰ってしまった。ならば経済的に締め上げて韓国のようにIMFに管理させようとしたが、なんとか持ち堪えてしまってアメリカ自身に足元に火がついてしまった。

このように日本はぬらりくらりアメリカべったりとまとわり付いている。かといって日本を怒らせて手を切ると脅すわけにも行かず、竹島問題で韓国に駄々をこねられて、厄介な問題に引きずりこまれてしまった。アメリカとしては北方領土も竹島も尖閣諸島も曖昧にして日本と周辺各国とを分離しておく外交戦略だったのですが、米国地名委員会で曖昧にしておくことは難しくなってしまった。

アメリカが竹島は韓国のものだとか北方領土はロシアのものだとかを地名委員会で表示するとなると領土問題の解決の糸口がついてしまうことになりかねない。アメリカは関与しないことが最善の策なのですが地名問題で関与することになれば、日本としても解決しやすくなる。

「外堀通信社」のブログでもグルジアを唆して軍を動かせたらしいのですが、その目的は扱いづらくなったグルジアの大統領の首を挿げ替えることにあったようだ。グルジアの大統領も日本の首相もアメリカがその気になればいつでも挿げ替えることは朝飯前であり、だから日本の首相はアメリカの大統領の前に出ると小便をちびらんばかりに緊張する。

ブッシュ政権の外交は1期と2期ではガラリと変わっているが、日本外交がその変化に付いて行けてない。1期目はネオコン外交で一極覇権主義で行きましたが、結局は中国とロシアを反米で付けてしまった。これはまずいと言うことで2期目は中ロ分断で中国よりの政策をとり米中同盟がロシアに対して圧力を加えている。

しかしアメリカは中国に対しても不安定化工作を行なっており、中国包囲網はアフガニスタンから北朝鮮まで東西で締め上げるつもりだろう。このように外交とは同時並行的に多方面の戦略を実施していかなければならないから、日本のような立場からするとアメリカ外交は複雑だ。

アメリカにしてもアメリカの国益と、ブッシュ家の利益とは必ずしも一致はしない。その辺がアメリカ外交の複雑な要因の一つであり、ブッシュ大統領は退任後のことを考えてキッシンジャーや父親のブッシュの利権をそのまま引き継ぐのだろう。北朝鮮への歩み寄りもブッシュ家の利権を得るものであり、韓国と北朝鮮はブッシュ家の資金源になるのだろう。

韓国もアメリカや日本に対してもっと巧みな外交で行くべきなのでしょうが、激しやすい国民性が自分自身を窮地に追い込んでしまう。近い将来、政治的にも経済的にも国家として成り立たなくなり中国の管理下に置かれるようになるのかもしれない。アメリカのパワーエリートは朝鮮半島をいったんは手放して中国に任せるのだろう。

台湾にしても中国に譲り渡してその見返りを貰うつもりなのかも知れない。米軍は極東から手を引いても資本はがっちりと食い込んでいって、中国、韓国、北朝鮮、台湾と資本による支配を広げていくつもりだ。もはや国家の領土よりも企業の資本関係を見ないと外交が分からなくなる。

企業の資本関係を見ると、かつての帝国主義国家と植民地の関係がさほど変わっていないことに気がつくだろう。大戦後にアジア各国は政治的には独立したが、経済的に見るとアジアの企業は国際金融資本に買収されて資本でもって支配されるようになった。中国も外資が入ることで経済発展しましたが民族資本は火の車だ。

ロシアもソ連崩壊で国営企業を民営化してきましたが、ユダヤ資本がほとんどを買い取ってしまった。それに対してプーチンが力で取り返すことで国民的人気が高まった。現代は砲弾や銃弾が飛びかう戦争の時代ではなくなって、金が飛びかう戦争の時代だ。

ドルやユーロや円が三つ巴になった戦争は国家の戦争とは違ってなかなか見えにくい。国家よりも通貨で見たほうが状況が分かりやすいのですが、ドルとユーロと円という旧帝国主義国の通貨が覇権を争っている。80年代90年代は円とドルとの覇権争いの時代だったのですが、現代はドルとユーロの覇権争いの時代になっている。

中国の元もロシアのルーブルも経済力から見て地域通貨に留まるだろう。ドル帝国としては元やルーブルは大陸内に封じ込めておく必要がある。そして中国やロシアが再び経済的に破綻すればドルが通用するようになるかもしれないし、ロシアをユーロが占めて中国はドルと円が通用するようになるかもしれない。

このように通貨の世界から見ればロックフェラー家やロスチャイルド家や古くからの資本家の支配する世界であり、ブッシュ家も番頭として伸し上がってきた。中国などはまだ市場としては未成熟で世界の資本家の草刈場ですが、再びロシアと手を組んで西側の資本家を追い出しにかかるだろう。それに対抗する為にはグルジアや北朝鮮のような鉄砲玉が必要になる。

今から考えれば日本は大英帝国に対するアメリカの鉄砲玉のような国だった。日本は見事にその仕事を果たして世界の覇権から大英帝国をおろしてアメリカの役に立った。だからこそアメリカは日本を棄てることができない。戦前の日本の支配層はバカだったから米英の覇権争いで鉄砲玉として使われることに気がつかなかった。だから現在のグルジアや北朝鮮問題などに世界戦略的に考えるだけのスケールがない。




なんでグルジアは、オリンピックの開会式直前に南オセチアを攻撃
したのか? ブッシュは国連を無力化するために潘基文を選んだ?


2008年8月11日 月曜日

ロシア軍、州都ほぼ制圧=グルジア
南オセチア自治州の州都ツヒンバリ中心部で、破壊されたグルジア軍戦車の
そばを通り過ぎる分離派兵士。グルジア軍がツヒンバリから撤退を開始し、
ロシア部隊が州都の大部分を支配下に置いた(10日、グルジア)


米・グルジアVSロシア・南オセチア戦争 8月10日 ロシア政治経済ジャーナル

グルジアと南オセチアってなに?

まず基本から。グルジアと南オセチアの関係について。

グルジアは、カフカスにある国です。北はロシア、南はトルコ、東はアゼルバイジャンと接している。この国は、もともとソ連の一部。他の旧ソ連諸国同様、ソ連崩壊のドサクサにまぎれて独立をはたしました。

で、南オセチアってなんだ? 法的には、グルジアの自治州(南オセチヤ自治州)ということになっています。ここにはグルジア人とは違う、オセチア人が住んでいる。1990年4月、南オセチアは主権宣言をおこないました。つまり、どさくさにまぎれて自分たちも独立してしまおうと考えた。

ロシアのチェチェン共和国や、(旧ソ連ではありませんが)セルビアのコソボとよく似たケースといえるでしょう。

1991年1月、グルジアとオセチアの紛争が勃発。1992年1月、南オセチアで、「独立」に関する住民投票が実施され、92%が独立に賛成しました。同年5月、南オセチア共和国最高会議は、国家独立法を採択。同6月、停戦合意。

同7月、ロシア平和維持軍が配置された。1993年、南オセチア最高会議は、憲法を制定1996年11月、南オセチアではじめての大統領選挙実施。このように、南オセチアは92年以降、実質独立状態にある。しかし、国際的に承認されたわけではない。いまだに国際法的には、グルジアの自治州という位置づけなのです。

なぜ今?

南オセチアは、実質16年間も独立状態にある。グルジアはなぜ今になって、南オセチアへの攻撃を開始したのでしょうか? これはセルビアのコソボ自治州が、実質独立を勝ち取ったことと関係しているのです。コソボは08年2月、一方的に独立を宣言しました。その主張は、

・コソボ住民の90%はアルバニア人である
・アルバニア人はセルビアからの独立を望んでいる
・民族自決権により、セルビアはコソボの独立を認めるべきだ

さらに、セルビアがかつて「民族浄化を行った」という話が、コソボ独立を後押ししました。そして、欧米のほとんどの国が、コソボを独立国家として承認してしまった。

「領土保全の原則」「民族自決権」

この二つは矛盾するのですが、領土保全の原則が通常上とされてきました。それで普通、独立を目指す側は、話し合うか独立戦争をして、本国に独立を承認させるのです。他国が新独立国を承認できるのは、通常その後になります。

しかし、コソボの場合、セルビアが納得しないまま、欧米は独立を認めてしまった。それで、ロシア外務省は、08年2月17日にこんな声明を出しました。

<ロシア指導部は従来、「コソボ独立が承認された場合には世界的に適用される『前例』となり、国際秩序の崩壊を招く」などと主張してきた。17日の外務省声明も、同様の論法からコソボ独立の「危険な結末」を強く警告している。>(産経新聞 2月19日)

コソボの動きを見た南オセチアは、「南オセチア住民の90%以上は、グルジアからの独立を望んでいる。コソボがOKなら、俺らもOKだろう」ということで、旧ソ連諸国で形成される独立国家共同体(CIS)および国連に、独立承認を求める決意を固めていったのです。

一方ロシアは、NATO入りを目指すグルジアを憎んでいますから、南オセチアに対する支援を強めていきました。これに危機感を感じたグルジアが、独立を阻止するために今回南オセチアの首都ツヒンバリに進攻した。そして、ロシアの平和維持軍司令部や兵舎も空爆。ロシア軍はこれに反撃した。

この原稿を書いている時点で、南オセチア住民の犠牲者は2000人とつたえられています。グルジアは、一時ツヒンバリを支配した。しかし、ロシア軍は首都からグルジア軍を排除することに成功しています。

さらにロシア軍は、南オセチアと共にグルジアからの独立を求めるアプハジアでもグルジア軍を空爆している。全面戦争の様相を呈してきました。

米ロ新冷戦のはじまり

基本を見てきました。これだけだと、「グルジアの国内問題にロシアが介入したのね」と思える。しかし、この戦争は実質米ロの戦争なのです。「あ〜陰謀論ね」新しい読者さんはそう思うでしょう。しかし、読みすすめていくうちに、事実であることをご理解いただけるはずです。

米ロ関係を超特急で振り返ってみましょう。00年、プーチンが大統領に就任。01年、プーチンはアメリカのアフガン攻撃を支持。両国関係は改善される。02年〜03年、ロシアはアメリカのイラク攻撃に最後まで反対。両国関係は悪化する。

しかし米ロ関係が決定的に悪化したのは、いわゆるユコス問題が原因でした。アメリカ(具体的にはエクソンモービル・シェブロンテキサコ)は、ロシアの石油最大手(当時)ユコスの買収交渉を進めていました。アメリカは戦争により、イラクの石油利権を独占した。今度は、世界埋蔵量14%を占める石油大国ロシアの利権に食いこみたい。

ところがプーチンの命令により、ロシアの検察は、ユコスのホドロコフスキー社長(当時)逮捕してしまいます。そして、ユコス売却の話は流れました。ユコスはその後、国営石油会社ロスネフチに吸収されます。プーチンの「ロシアの石油利権はアメリカに渡さない!」という強い意志表示に、アメリカは激怒。アメリカは、「ロシア封じ込め」を決意したのでした。

(中略)

サアカシビリは、アメリカの許可なしで動かない

つまりこういうことです。グルジアの現大統領サアカシビリは、アメリカの傀儡である。よってアメリカ政府の命令・あるいは許可なしで、軍事行動を起こすことはありえない。つまり、グルジアと南オセチアの戦争は、アメリカの命令か許可のもとに行われている。

グルジアの動機は、南オセチアの独立を阻止すること。これはわかります。では、アメリカの動機はなんなのでしょうか? RPE読者の皆さまならおわかりでしょう。ロシアは、現在アメリカで起こっている危機の原因を作り出している。具体的にいうと、ロシアは意図的にドル体制を崩壊させている。

それでどうなったか? ドル体制が揺らいできたので、アメリカへの資金流入がとまったのです。そして、

1、住宅バブル崩壊
2、サブプライム問題顕在化
3、アメリカ経済危機

そんな中、ロシアは史上空前の原油高により、相変わらずの好景気を謳歌している。(最近下がってきましたが。)アメリカは憎きロシアを封じ込めるために、

・東欧MD計画
・反ロ軍事ブロックNATO拡大(特に、旧ソ連のウクライナ・グルジア)

等々さまざまな攻撃をしかけている。そして、アメリカに忠実なサアカシビリは、「NATO入りを目指す」と宣言したり、ロシアのWTO加盟を邪魔するなどして、役割を果たしてきました。

機能不全の国連

米ロが対立をつづけているため、国連は機能不全に陥っています。国連安保理は、戦闘行為の即時停止を求める声明を出そうとしています。しかし、アメリカ・グルジアとロシアの主張が真っ向から対立し、結論が出ない状況なのです。

アメリカとグルジアは、「グルジアの領土主権を尊重し、ロシアは即座に撤兵せよ」と主張。一方ロシアのチュルキン大使は、「グルジアは南オセチアで民族浄化を行っている。既に1300人以上が犠牲になっている」と主張。逆にグルジアを非難しています。

どちらの主張が正しいのでしょうか? これは、一概にはいえません。確かに、国際法的に南オセチアはグルジアの一部。グルジアが南オセチアに派兵することは、国内問題ともいえます。ただ、グルジアが停戦合意を一方的に破り、攻撃をしかけたこと。ロシアの平和維持軍を先に攻撃したこと。南オセチアの一般人をたくさん殺していること。これらはどうなのでしょうか。

また、アメリカは過去、同様のケースで、今回のロシア同様、独立派を支持したことがあります。そう、セルビアからの独立を求めるコソボ。アメリカが現在展開している論理であれば、コソボ問題はセルビアの国内問題でしょう。

ところが、アメリカとNATOは、「セルビアがコソボで民族浄化をしている」とし、セルビア空爆に踏み切りました。そして、最終的にセルビアの意向を無視して、コソボを一方的に独立させてしまった。ロシア側からいわせれば、「ロシアはアメリカと同じことをしているだけ」となる。

一方ロシア側にも矛盾があります。ロシアは、独立を目指すチェチェン共和国を攻撃した際、一貫して「これはロシアの国内問題だ」としてきました。要するに、アメリカもロシアも、自国に都合のいい論理を展開しているだけ。それで、一概に善悪を判断することはできないのです。

私たちは、アメリカとグルジアの主張はこう、ロシアの主張はこうと事実だけをおさえておけばよいでしょう。

アメリカの目的

この戦争はいつまでつづくのでしょうか? 答えは、「アメリカがグルジアに命令をくだすまで」となるでしょう。アメリカとグルジアの狙いは二つあると思います。

一つは、国際社会におけるロシアの評判を失墜させること 私は最初、「なんでグルジアは、オリンピックの開会式直前に南オセチアを攻撃したんだろう?」と疑問に思いました。しかし、アメリカ・イギリスのテレビを見ていて納得しました。

米英の放送を見ていると、「ロシアがオリンピック開催日にグルジアを侵略した!」というニュアンスなのです。グルジアが最初に南オセチアを攻めたこと、そして、ロシアの平和維持軍も攻撃されたことなどが、まったく無視されています。そのため、米英では「悪いロシアがかわいそうな小国グルジアを攻めた」と刷り込みが行われている。

二つ目は、南オセチアの平和維持軍をロシア軍からNATO軍にきりかえること。グルジアは、停戦の条件として、「南オセチアとグルジアの間に展開する平和維持軍をロシア軍ではなく、NATO軍あるいは国連軍にすること」を求めてくると思います。

そうなれば、NATO加盟国でないグルジアでも、実質NATOに守られることになる。当然、南オセチアの独立は不可能になるでしょう。いずれにしてもアメリカは今後、「ロシアは悪の帝国」というプロパガンダを展開していきます。そして今回の戦争も、最初のきっかけは忘れ去られ、「ロシアがグルジアを侵略した」という方向に変わっていくでしょう。

ですから皆さんは、8月9日付けの新聞を大切に保管しておいてください。そこには、「グルジア、南オセチアに進攻」とあるはずです。

ロシアはいかに対抗するか

一方、情報戦ですでに苦境に立たされているロシア。これからどうするのでしょうか?グルジアが疲労して停戦に応じるまで、戦いつづけるということでしょう。ロシアは、グルジアの背後にいるアメリカへの憎悪をますますつのらせていきます。そして、アメリカを没落させる手を打っていく。

例えば、イランを守る。(イランは、ドルではなくユーロ・円で原油を輸出している。)例えば、ルーブルによる原油輸出を増やすなどして、ドル体制をますます崩壊させていく。

結局特をするのは?

19世紀の覇権国イギリスは、ライバル・ドイツと二回戦争をし、二回勝ちました。しかし、なぜか覇権国家から没落していった。第1次大戦後、経済覇権はアメリカに移り、またソ連が誕生した。

第2次大戦後、世界はアメリカとソ連の二極時代をむかえた。そして、アメリカが欧州の西半分を、ソ連が東半分を支配する時代になった。イギリスがドイツと戦っている間に、米ソが台頭したのです。今回は、アメリカとロシアが戦っている間に、中国とインドが漁夫の利をえることでしょう。

おろかな。。。



(私のコメント)
北京オリンピックを待っていたかのように開始されたロシア軍とグルジア軍との戦闘は、先に手を出したのはグルジア軍らしい。問題が複雑なのは南オセチアが分離独立を求めていることであり、グルジアがそれに反対してロシア軍が停戦監視に入っていたことだ。

「ロシア政治経済ジャーナル」の解説によれば、セルビアからの分離独立を求めるコソボと状況はよく似ているらしい。南オセチアは1990年4月に主権宣言を行なってソ連崩壊のドサクサにまぎれて独立しようとした。それに対してロシアとグルジアが対立しているわけですが、日本人には理解しづらい問題だ。

私自身はグルジアと言えばグルジア人の国家と思っていたのですが、南オセチアに住むオセチア人はグルジア人とは違う民族らしい。あのあたりは民族がモザイクのように複雑に入り組んで分離独立運動があちこちであるらしい。

コソボはアメリカがセルビアからの分離独立を認めたわけだから、南オセチアも認めてしかるべきですがロシアのほうがグルジアからの分離独立に加担している。民族独立の大義もへったくれもないアメリカとロシアの代理戦争な訳です。

中国においては新疆ウイグル自治区の分離独立運動などがありますが、ロシアや中国などは多民族を束ねた国家であり分離独立は認められないはずだ。だからアメリカはコソボでは分離独立を認め南オセチアではグルジアの味方をして分離独立は認めないと言うダブルスタンダード外交だ。要するにロシアもアメリカも中国も大義など始めから持っていない。

グルジアとしてはアメリカを後ろ盾とした外交を行なっているのですが、南オセチアに軍を進めたのもブッシュからの指示があったからだろう。そうすれば停戦監視軍のロシア軍と衝突するから、国際問題化してロシアを揺さぶろうと言う作戦なのだろう。

極東においてもアメリカは北朝鮮を極東のグルジアにして中国との国境紛争を起こして中国を揺さぶる戦略を持っているのかもしれない。アメリカとしてはイラクで手一杯でありプーチンのロシアの攻勢に対抗するには親米国家を動かしてロシアを困らせるくらいしか出来ない。

軍事力から言えばロシアとグルジアとでは比較になりませんが、グルジア軍はアメリカからの軍事支援を受けて強化されている。外交的にもウクライナやグルジアはNATO入りしてロシアと対峙しようとしている。そうなるとロシアは西と南から隣接してNATOによって囲まれた形になり認められない。

今日のニュースによればグルジア軍は南オセチアの州都から撤退したようですが、ロシア軍は海からもグルジアを包囲して空と海からの攻勢を強めている。本来ならば国連が動いて調停すべき状況なのですが安保理では米ロの非難合戦が始まっている。

国連の潘基文事務総長は声明を発表しましたが、米ロに対してどれだけ仲裁に動けるのだろうか? 潘基文事務総長はブッシュの後押しで国連事務総長になれたのですが、縁故主義的な人事を行なって顰蹙を買っており日和見なところがあり働きには期待が出来ない。ブッシュは国連を弱体化させるために起用したのかもしれない。

グルジアは人口が470万人ほどの小さな国であるにもかかわらず、さらにそこから南オセチアやアブハジアなどが分離独立を求めているのですが、コソボも人口200万人程度の小さな国であり、民族独立が正しいイデオロギーなら何千という民族が独立を求めて動き出すかもしれない。

中国にも55の民族がいるわけであり民族独立で55の共和国が出来るというのは中国から見ればとんでもないことだ。ロシアにもチェチェン紛争を抱えて民族問題は国家的問題でありアメリカはそこを突いて出てきている。

いずれにしてもグルジアではアメリカとロシアとの代理戦争が行なわれているのですが、北京ではオリンピックがそのまま開かれている。まさにオリンピックは平和の祭典だったのですが、オリンピックの休戦は神話になってしまったようだ。




鳥の巣は欠陥商品だ。酷暑の中で、スーツ姿の各国要人も暑さで
惨めだった。国威の発揚が第一で観客無視の北京オリンピック!


2008年8月10日 日曜日

<北京五輪・関連>酷暑の開会式、570人以上が熱中症に―北京市 8月9日 Record China

2008年8月8日、国家体育場「鳥の巣」医療チームは開会式で観客、パフォーマー、ボランティア、スタッフなど570人以上が熱中症にかかり治療を受けたことを発表した。新華社が伝えた。


五輪開幕式:蒸し風呂の「鳥の巣」、570人熱中症 大紀元日本 8月9日

【大紀元日本8月9日】4時間に及んだ8日の五輪開幕式で、気温と湿度が高く、それに加えて大勢の観客が一箇所に集中し、目が回るほどの光と会場でのざわめきで570人が熱中症にかかった。その内の20数人が緊急救命のために病院へ運ばれた。

 中国国家体育場医療チーム部長の彭明強さんは、「気温と湿度が高く、それに開幕式に掛かる時間も長かったため、570人余の患者が現れた。主に熱中症で、発熱や外傷を負った者もいる。患者の中に、一部の観客のほかに、出演者、ボランティアおよびスタッフも含まれている。重症になった20数人は病院へ運ばれたが、命に別状はない」と語った。

 彭氏によると、今回は北京市から400人余の医療人員を手配したという。

 今回はセキュリティのために、観客は飲み物、食べ物およびバッグの持ち込みが禁止された上、開幕式の終了前に席を離れてはならないとされた。問題を起こさないように多くの人は手ぶらで来ている。結局は、一部体の弱い者、高齢者およびボランティア、出演者たちが酷暑に耐え切れなかった。

 一方、テレビの前で観賞する大陸観客はこれについて、「全員がうちわを扇いでいた。鳥の巣は欠陥商品だ。酷暑の中で、スーツ姿の各国要人も暑さで惨めだった。多くの人が汗を拭いたりして、苛立っている様子だった。何故最初から温度を調整できるようにしなかったのか」と話した。また、「テレビの映像に出てきた外国選手たちは、多くの選手は汗だらけで暑くないはずはない」と語った。

 観客の中には、「建築設計に問題があるのだ。何故鳥の巣と呼ぶのか。通気性をもっとよくすべきで、もっと人間のことを考えるべきだ」と不満をもらした人もいるという。


北京オリンピック開会式には唖然!北朝鮮のマスゲームの規模とは比較にならぬ金満演出! 8月9日 人生いろいろ

昨夜、中国政府の威信を掛けた北京オリンピックの開会式が、なんと4時間に及ぶ豪華な演出で行なわれた。出席した石原都知事が記者の質問に答えて、「13億人の人民の力を見せ付けられた」と発言していたがその通りだった。

オリンピックの開会式の演出が、大会の度に新しい知恵を使い、派手になってきてはいたが、今夏の北京オリンピックは別格だった。今後も、オリンピックは4年に一度開催され続けるだろうが、開会式に限っては、今回以上の派手な演出と、費やされた莫大な費用は、出てこないと思えたほどの、想像を絶するものだった。

老生は、学生時代に信濃町の創価学会本部の隣に住んでいた関係で、当時の北条会長から、国立競技場で行なわれた、学会の全国大会に招待されて、素晴しいマスゲームにビックリし、学会のナチス並みの統制力の強さに脅威を感じた経験がある。

その後、TVで北朝鮮のマスゲームを見て、本物の独裁政権の強制力は、創価学会以上だなと、改めて、北朝鮮国家のあり様に恐ろしさと共に、そこに住む、人間性を否定された国民に哀れを感じたものだ。

しかし、昨夜のオリンピック開会式は、どちらとも比較することすら出来ないほどの、背筋が寒くなるような、異様さを覚えた。本来、オリンピックは、国家行事ではない筈だ。あくまでも主催は、都市であって国家ではない。今回の主体は北京市だ。しかし、中国は国を揚げての、国威発揚のイベントとして対応し、すべての準備を共産党政府の威信をかけて行なった。

開会式の内容そのものは、素晴しいものといえるが、いささか内容を欲張りすぎ時間をとりすぎた感が強い。一つ一つの演出は、素晴しく、殆ど出演した演技者のミスもなく、大成功だったが、時間が長すぎた。参加チームが200を超えたこともあり、開会式が4時間となってしまったのは、余りに長すぎた。

場内だけでなく、TV生中継では、会場外の花火や電光による演出も見せてくれたが、こちらは素直に褒められる内容だった。唯、最後のハイライトとなる聖火台への転火の演出は、イマイチだった。折角の大ページェントの演出の締めくくりとしてはなんともお粗末だったと思うが如何か?

中国政府がこのオリンピックに一体、いくら費やしたのか、実態を明らかにして欲しいと思うが、恐らく公表される事はなかろう。いずれにしても、偉大なる独裁国家の底力を世界80国の首脳の眼前で見せつけた事になる。果たして、首脳たちはどんな思いで、開会式を見ていたのか、一人一人に感想を聞いてみたい。流石の、石原都知事も、脅威を感じたようで、仮に2016年、東京にオリンピックを招致できたら、今回の演出とは正反対の方向で、開会式を考えるのだろう。



(私のコメント)
今日もウイグル自治区ではテロがあったようですが、昨日はアメリカ人の観客が襲われて死傷者が出た。この調子だと毎日のようにテロが起きるような感じですが、中国は広いから完全に抑え込むことが難しいのだろう。

中国はオリンピックと言うパンドラの箱を開けてしまったようなもので、今までは情報を封印してきたことで抑え込んできたことが、オリンピックを機会に押さえが効かなくなるような予感がする。オリンピックが開かれていれば報道陣をシャットアウトするわけには行かないし、情報を操作する事も限られる。

近代工業国家となるには情報を出来るだけ公開していかないと、どこかで無理が起きてシステムが機能しなくなる。発展途上国なら政府が一切の情報も管理して統制を取ることが可能ですが、近代工業国家となると国民の全員が情報を共有して動かないと国家のシステムが機能しなくなります。

日本においても情報の共有は新聞やテレビなどの報道に任せておけば良かったのでしょうが、情報化時代になるとインターネットなどによってマスコミ以外の一般の人たちも情報を出し合って行かないと情報化時代は機能しなくなるのだろう。

中国を考える上で北京オリンピック中継は生放送でもあるので、競技会場や周辺などの状況が逐一報道されますが、それらを見ると中国の演出されていない生の姿を垣間見ることが出来る。テレビで見ると北京の空は相変わらずスモッグで空が覆われて晴れているのか曇っているのか分からない。

オリンピック中継では柔道や水泳が始まりましたが、会場は非常にきれいで新築されてピカピカだ。鳥の巣といわれる強大なメインスタジアムも非常にりっぱなものだ。しかし大紀元の記事によると通気性が悪くてスタジアムは暑さで570人も熱中症にかかったらしい。飲み物も持ち込み禁止では汗をかいたら観客はどうしたらいいのだろう?

北京オリンピックがそれだけテロに危険性に危機感を持っているからですが、そんな国でオリンピックを開くことがそもそも間違っている。スタジアムでは横断幕なども禁止されて持ち込み物も制限があって入場にも時間がかかるようだ。まさに厳戒体制下のオリンピックと言うべき状況だ。

私自身は日本人選手の活躍を期待はしているが、サッカーは男子女子共にアメリカに負けた。バレーボールもアメリカに負けた。柔道の谷選手は慎重になりすぎて負けて銅メダルに終わった。どうも日本人選手は勝負に淡白で、アメリカ人選手に気迫で負けている。女子サッカーでも流れたボールを日米の選手が追いかけるのだがアメリカ人選手が勝つ。

もちろん選手は緊張して固くなるほど一生懸命にやっているが、相手の気迫に負けている。時差や気候などのハンデは他国の選手のほうがあるのですが日本人選手が不調なのは何故なのだろう? 水泳などでも韓国が始めて金メダルを取りましたが、中国や韓国に比べると日本人選手には気迫を感じない。

オリンピックの開会式においても中国は外国には負けまいと金と人員をフル動員して豪華な開会式を行なった。あまりに金をかけすぎて見ているほうが引いてしまうほどなのですが、オリンピックはスポーツ競技会であって開会式の豪華さを競い合う場ではない。

中国はオリンピックを開催することで世界に中国の偉大さをアピールすることでしょうが、中国人の気迫と自信には日本人は圧倒されてしまって、選手達も雰囲気に飲み込まれてしまっているのではないだろうか? 政治家も訪中すると大仕掛けな歓迎施設に圧倒されてしまう。

東京オリンピックの時のメイン会場はスタンドを増設しただけの国立競技場であり、開会式も入場行進と開会宣言だけの質素なものだった。当時はアマチュアオリンピック全盛の時であり、ブランデージ会長の方針でもあった。まさに東京オリンピックと北京オリンピックは対極にあったオリンピックと言える。

昨日も書いたように中国人や韓国人と日本人とは国民性が違うから、スポーツ大会に国威をかける中国や韓国と、アマチュアオリンピックの意識が残る日本とでは意識に差が出てしまうのだろう。金メダリストが国民的英雄になる国とそうでない国との違いが出てきてしまう。

テレビなどでは日本のメダル争いを煽って盛り上げようとしていますが、選手はタレント扱いされて気の毒だ。確かにスター選手が出ればテレビは視聴率が上がるからいいのでしょうが、選手はマスコミ対応に追われて競技に専念できないのではないかと思う。むしろアテネオリンピックの時のように遠くで行なわれたほうが競技に専念が出来ていい成績を残す。確か韓国のソウルオリンピックの時も日本は惨敗しましたが、マスコミが騒ぐほど選手は競技に集中が出来なくなって負けるのだ。




盧武鉉大統領はストライキの期間中も会社は労働者に給与を支払わ
ねばならないという法律を作り、お陰で大企業の工場は海外に移転。


2008年8月9日 土曜日

煙が立ち始めた韓国経済 8月7日 中韓を知りすぎた男

日本人は韓国の物価は日本より安いと信じていますが、とんでもないです。韓国の物価のほうが割高です。但し鉄道を始めとする交通費や電気・ガスなどの公共料金は韓国の方が割安です。

しかし日本の一人当たりの国民所得は3万7000ドル、韓国は1万4000ドル、日本は韓国の2.6倍もあります。一般庶民の生活の苦しさは日本の比ではありません。

日本の親戚付き合いは都会では薄れていますが、韓国の場合、年間5〜6回も法事があります、多い家は毎月何がしかの法事も含めた親戚同士の集まりがあります。彼らは見栄っ張りですからその出費も大変です。

最近では中流以上でないと無理です,見栄のために平気で高利のカネを借ります。金大中大統領の時代に金利規制を撤廃してクレジットカードの普及を進めた結果カード破産者が急増して、膨大な多重債務者が発生しています。その数 韓国人口の13%を超えるとみられています。

韓国の中小企業も円の金利安につられて大企業と同じように円建で借りて設備投資ではなく株や不動産投機に夢中になっています。ここに至って、不動産や株式の暴落の気配が漂い始めました。

不動産や株式のバブルが崩壊すると、資金が怒涛のように海外へと流れ出します。結果 為替相場は一気に通貨安、ウオン安へと向かいます。

韓国政府は外貨準備金がまだ2600億万ドルの余裕があると安心していますが、これくらいの額では通貨防衛には不足です。なぜならウオン安が進むと短期外債のウオン建て額面が上昇して返済負担が高まります。

韓国経済に2度目の通貨危機が迫っています。米ファンドがどの時点で見切りをつけるかに掛かっています。

前回の(1997年)の通貨危機の際は、IMFや日本の莫大な外貨融資によって韓国の債務不履行は食い止めることが出来た。いつも日本に助けられる韓国政府の辞書には、恩義という言葉がないみたいです。

1997年の通貨危機の時に例によって、金泳三大統領が、「今回の危機は日本の金融機関が資金を引き揚げた為に危機になった、全ての責任は日本にあり、韓国政府に責任は無い」と言い切った。悲しいかな日本の政治家も経済評論家もマスコミもこの言葉を信じてしまった。

ところが次の大統領である金大中が例によって前政権の責任を追及するために資料を調べていたら、日本責任論が全否定された。日本の金融界は通貨危機を引き起こすどころか、外資の中で最後まで残って韓国を助けたという事実があきらかになった。

しかし真実がわかっても、韓国人には最初に言った金泳三大統領のデタラメな日本責任論だけが心に残ります。

私がどうしても納得できないのは日本の政治家の無能ぶりです。というのは2006年 韓国の希望により日韓両国は通貨危機などの際、お互いに支援しあう通貨スワッピング契約を締結したことです。

日本政府もなぜか日ごろの韓国政府の無礼を忘れて韓国政府を助けます。(締結したのは谷垣禎一財務大臣)

韓国の通貨危機時に日本は100億ドルを、日本の危機時には韓国が50億ドルをそれぞれ支援するという契約です。日本が通貨危機に陥ることは100%ありえませんが、韓国の通貨危機はすでに目の前に迫っています。

なぜなら日本の外貨準備金は1兆156億ドル(昨年末)もあります。この準備金は韓国のように借金をして積み上げたのではなく、経常収支の黒字分です。もちろん一部は円高を防ぐために買ったドルもありますが、準備金の額は日本の実力です。


韓国はこれで大丈夫か 8月8日 中韓を知りすぎた男

朝鮮日報を見ていますと、「韓国経済は四面楚歌」と大きく載っていました。ハイペースで続くインフレ、投資の減少、雇用の伸びの鈍化。

韓国は先進国入りに失敗した国だと 最近思うようになって来ました。もちろん先進国の定義は曖昧ですが、国際社会では経済協力開発機構(OECD)加盟国を先進国として扱っています。

韓国は一人あたりGDPがOECD加盟国30カ国中24位です。アメリカ中央情報局(CIA)は韓国を先進国の一員にしていません。国際通貨基金(IMF)は先進国に韓国を入れています。このように国際機関によって韓国の扱いが微妙です。

先進国の要件として生活水準、技術水準だけではなしに、政治体制、表現の自由といった民主主義の成熟度も重要です。韓国は96年に加盟しました。日本は64年加盟、中国は加盟していません。

韓国が先進国入りに失敗した原因について考えてみます。まず一番大きな問題は、サムスン、現代、LG、などの財閥企業が国内市場を占有してしまったことです。その上韓国政府は高関税戦略で国内市場において海外企業との競争から自国企業を保護しています。

韓国市場を占有すれば利益がたっぷり取れます、その利益を元に海外市場では、安く販売して海外市場におけるシェアーを伸ばしています。(国内利益57%、海外利益2・4%)

よくテレビで経済評論家が日本企業が韓国のサムスンや現代に負け続けている、すでに韓国企業は日本企業をすでに凌駕したと、嘆いていますが、韓国の財閥企業は日本から部品や資材を購入して組み立てて販売しているだけです。その証拠に去年、対日貿易赤字が253億ドルも達しました。

韓国企業が世界で売り上げを伸ばせば伸ばすほど、日本に利益が入ってきます。これはなにも韓国だけではありません、世界の工場は日本の資本財が無いと止まってしまいます。日本の輸出の60%は資本財の輸出です。

輸出するものが耐久消費財と資本財とでは、意味するものがまるで違う。以前 盧武鉉大統領が「日本の貿易黒字を減らせ」と命令しました。ところが日本が輸出を減らせば韓国の工場が止まり、そのまま韓国の首を絞めることになります。大統領の悔しさが手に取るようにわかります。

韓国の財閥企業は、日本の技術と部品で成り立っています。その大手財閥企業のほとんど、2006以降赤字が続いています。主たる原因を「ウオン高」「原油高」においていますが、最終製品は中国と競争し,核心部品は日本に頼っているようでは、いずれ困窮するほかはありません。

いままでの文章を読んで少しは胸のつかえが下りたと思います。韓国人が日本に対して罵詈雑言を浴びせても知らぬ顔をしましょう。彼らは毎年230億ドルも日本に朝貢しています。

先進国入りに失敗した2番目の要因は、労使紛争の長期化、労働市場の硬直化です。韓国の労働者は左翼思想に染まり際限なくストライキを繰り返します。

特に左翼政権の盧武鉉大統領になってからより顕著になりました。彼はストライキの期間中も会社は労働者に給与を支払わねばならないという法律を作りました。

お陰で大企業の生産ラインは、平均一ヶ月はストップします。そして嫌気になった大企業の工場は海外に移転し、中小企業も力のある会社は海外に逃げだしました。その為に大学卒の就職率が50%を切ってしまいました。

韓国の大手企業の資本は外資系ファンドに、技術は日本に握られています。そして国民は海外に逃げ出し資産を海外に持ち出しています。韓国人の得意技、自分で自分の首を絞め始めました。


(私のコメント)
北京オリンピックがいよいよ始まりましたが、20000人を動員しての開会式はまるで北朝鮮のマスゲームを見るような見事さだった。用意された花火は12万発にもおよびまるで花火大会のような開会式だった。開会式の催しものも1時間10分にもなり、ますます大掛かりになって肝心の入場行進がかすむほどだ。

中国の国威を発揚しようという意識が過剰になりすぎてオリンピックそのものが霞んでしまっては意味がない。日本でやる時はもっと質素にやるべきではないかと思う。最近の選手の入場行進はマーチの演奏もなくだらけたものですが、入場行進に参加する選手役員も少ないのはどうしてなのだろう?

北京の空は相変わらずのようで晴れているはずなのに太陽も青空も見えず、テレビ中継を見ても背景の競技場は霞んでよく見えない。工場を止めたり車を制限しただけでは大気はきれいにならないのだろうか? 

オリンピックの開会を見計らったかのように、ロシア軍とグルジア軍が戦争を始めましたが、報道はオリンピックと夏休みで出払ってしまって詳しくは報道されない。中国の毒入りギョーザ事件も直前に報道されましたが、オリンピックや夏休みでうるさい報道陣がいなくなる時期に公開したのだろう。

このように大きな出来事は夏休みの時期を狙って公開されることが多い。去年はアメリカでサブプライム問題が表面化したのも8月であり、ファンドのトレーダーが夏休みでいない時を狙って表面化させたのだろう。このように北京オリンピックの最中や8月中は何かが起きる。


韓国経済も日本のマスコミは大きくは報道しませんが、ネットで調べると大分危ないらしい。一昨年ごろはウォン高でドル買い介入するほどだったのに最近ではウォン安で外貨不安が起きるほどになっている。ウォン安なら輸出が伸びて経済も好調になるはずですが、最近は原油高で年12%のインフレが堪えているようだ。

「中韓を知りすぎた男」では労使環境の悪さを取り上げていますが、韓国ではストライキ中でも給料が出るということでストライキが頻発しているらしい。隣国なのに日本のマスコミはストライキなどの報道はほとんどされない。それに比べると竹島問題で日本大使館前のデモなどは大きく報道される。

朝鮮日報などを見ると連日のようにストライキのニュースが報道されている。その原因は労働者に有利な労働法があるからのようですが、労使対立が厳しくて企業側は大変なようだ。「株式日記」でも以前に韓国の大手企業の初任給と日本の大卒の初任給がほとんど変わらないことを書きましたが、ストライキで給与が高くなる傾向があるのだろう。

日本ではストライキがほとんど行われず、正規社員から非正規雇用に切り替えられて人件費は下がる一方だ。日本では韓国とは逆にストライキがほとんどないから韓国を見習えばいいと思うのですが、国民性の違いだろう。竹島問題を見ても韓国人の激しやすさは日本人には理解できない。「火病」という国民病があるからだろう。

かなり以前に韓国の人件費の安さで多くの日本企業が進出したことがありましたが、労使環境の悪さで日本企業はかなりトラブルを抱えたらしい。例によって日本のマスコミはほとんど伝えず日本の経営者は韓国の労働組合などに監禁されるような事件も沢山起きている。

「大沢プレス事件」や「韓国スミダ電気事件」は「株式日記」でも何度か書きましたが、韓国の労使紛争はかなり過激であり、日本人経営者の監禁事件も相次いだ。しかし日本のマスコミは詳しい内容を報道せず韓国の労働者側の言い分だけを報道して日本人経営者は悪者にされてしまった。だから韓国には日本からの進出企業は少ない。


日本メディア「デモ・ストは韓国不信を助長」 8月9日 中央日報

日本メディアはその間、韓国のろうそく集会を事実中心に報道したが、主要新聞が社説を通して混乱の長期化に対する憂慮と同時に暴力デモに対する批判的な主張を展開するのは初めて。

  朝日新聞はこの日、ソウルのろうそく集会特集記事で「CEO大統領に対する期待が高かったが、まだこれといった成果がなく、都市地域の無党派の若者が一種の背信感を抱いている」と指摘した。経済悪化も大規模な反政府集会の要因という分析だ。


日本財界「不安な韓国に投資する理由ない」 6月9日 中央日報

日本経済新聞は3日「原油高で韓国の経済成長にブレーキがかかっている」と記載し「ここに労働組合によるストライキが広がりを見せ、韓国経済は一段と厳しくなっている」と報道した。

  全国民主労働組合総連盟のストライキとソウル都心でのデモが、連日、マスコミを通じて報道され、日本では韓国への投資に対し、否定的なイメージが広がっている。特に韓国経済の最も大きな問題である対日貿易の逆調を解消するために展開している日系の部品、素材会社の誘致戦略は決定的な打撃を受けている。

しかも最近、日本政府と地方自治体が莫大な税制と資金提供で、海外に進出した日本企業を国内に誘致する「Uターンラッシュ」が活発だ。九州や大阪などの南部地域はもちろん、日本の北部地域には日本の自動車会社や電子製品会社が工場を次々に建て、産業地図に変化が起きている。日本の財界のある関係者は「敢えて経営環境が不安な海外に投資する理由がみつからない」と話している。


(私のコメント)
韓国と中国は国民性が中華思想でよく似ており労使環境も非常に悪いことはよく似ている。中国経済の将来は韓国経済の現在の状況を見ればおよそ推測できるのであり、中国でもデモやストライキが頻発して進出した日本企業の経営者は監禁されたり指を切られたりしないように注意したほうがいいだろう。労働組合には暴力団が入り込んでいるから命すら危険だ。

このような状況から日本企業が工場を韓国に持つことは少なく、資本財などを輸出する形態が定着した。中国に対しても労使環境の悪さから工場などの撤退が相次ぐだろう。そして中国に対しても資本財の輸出が多くなり、韓国や中国で組み立てられてアメリカやEUなどに輸出されるようになる。これで日本は貿易摩擦が回避されて、中国や韓国は鵜飼いの鵜のように日本に利益を吐き出す仕組みになるだろう。

アメリカは貿易摩擦で日本に対しては強く出るのに、中国などには強く出ない。中国は既に2兆ドルも貿易黒字を溜め込んでもアメリカは人民元の切り上げを強く求めない。日本ならいくら叩いても反撃はしませんが中国を叩けばドルや米国債を売ってくることがありえるからだ。

つまり日本としては激しやすい中国人や韓国人を使ってアメリカ輸出で儲けさせて、溜め込んだドルを日本に吐き出させれば日本は儲けを独り占めできる。北京オリンピックの開会式を見て、中国や韓国の経済発展は日本からの資本財の輸出によるものであり、中国人や韓国人は鵜飼いの鵜であると思えばいいのではないかと思う。




日産自動車は、2010年に日米で発売予定の電気自動車を、
ガソリン車の1500〜1800CCクラスに相当する小型車にする。


2008年8月8日 金曜日

新型の電気自動車は小型車に/日産 8月6日 神奈川新聞

日産自動車は六日、二〇一〇年に日米で発売予定の電気自動車(EV)を、ガソリン車の一五〇〇−一八〇〇CCクラスに相当する小型車にする方針を明らかにした。先行投入する三菱自動車は軽自動車クラスを予定しており、日産は一クラス上位の市場に投入する。高性能バッテリーを積載することで、フル充電時の継続走行距離は百五十―百六十キロ程度を確保するという。

 追浜工場(横須賀市)で同日開かれた先進技術説明会の中で明らかにした。説明会では、容量や出力を高めた新開発リチウムイオンバッテリーを「キューブ」に搭載したEV実験車を披露したが、市販するEVは既存車種の流用ではなく専用の新型車として発売する。エンジンフードを低くするなどEVならではのデザインに仕上げる考えだ。

 国内市場への投入は県内で先行させる計画で、県などとインフラ整備について協議している。価格はガソリン車より割高になるが、国と県の補助を受けられる見通し。

 EVの市販は三菱自が〇九年の国内発売で先行する予定。四人乗りの軽自動車タイプの「i MiEV(アイミーブ)」で、〇七年の試作モデルでの継続走行距離は百六十キロ程度だった。

 自動車各社は高容量・高出力のバッテリーの量産化を急いでおり、日産はNECと連携し「オートモーティブエナジーサプライ」を設立している。説明会では「インフィニティG35」のハイブリッド自動車(HV)の実験車両も披露された。


電気自動車や立ち乗り型ロボット開発に求められる技術者ってどんな人? 8月6日 日経エレクトロニクス

最近,自動車業界が「電動化」に向けて大きく動いていることは,みなさんご承知のことと思います。最近のニュースを見ても,電気自動車については,三菱自動車工業が「iMiEV」を2009年夏に250万〜300万円で発売することを検討し,富士重工業も2009年の試験販売を目指しており,日産自動車は2010年の日米欧での発売を計画しています。トヨタ自動車や米GM社は2010年にプラグイン・ハイブリッド車の発売を予定するほか,トヨタ自動車は2008年8月1日に立ち乗り型の移動支援ロボット「Winglet」3品種を発表し,話題を呼びました。

 これらの多くは,自動車技術とエレクトロニクス技術などを組み合わせたものになります。このためエレクトロニクス技術者の出番は多く,実際にトヨタ自動車の立ち乗り型ロボットの開発では,ソニーからトヨタ自動車に出向あるいは転籍した技術者が活躍し,自動車技術者とエレクトロニクス技術者が力を合わせました。

 エレクトロニクス技術のうちパワー系は,エアコンや洗濯乾燥機といった家電,電力設備,圧延機や搬送システムなど産業設備,空調といったビル設備などで発展しており,技術的にもしっかりしています。しかし,こういった機器開発に長けた技術者でも,電気自動車やロボット開発にとまどうことは多いそうです。

 その理由は,従来のパワー系機器は固定した設備であり,重量や消費電力,スペース,放熱などにあまりとらわれずに設計できるのに対し,電気自動車やロボットは軽量,低電力,小型にしなければならず,考え方を大きく変えなければならないからです。

 例えば,モータはスペースが限られるなかで,小型・高出力,高効率,広範囲の可変速運転,低騒音,広い動作温度範囲などの条件を満たさなければならず,発進/停止回数など使用状況を勘案しながら最適なモータを選ぶ必要があります。置き場所もいろいろありますが,車輪の内部に置くイン・ホイール型が注目されています。一般にばね下に重いものを装着すると乗り心地が悪くなるものの,制振技術や高出力モータ技術の進歩で居住空間を広くしやすいイン・ホイール型が見直されています。また,電池においても,電池内の化学反応を高精度に制御できないと破裂や発火の危険があり,制御方法と電子回路は非常に重要になります。

 このように開発するときに,製品企画やモータ,電池,インバータなどの技術を勘案して擦り合わせる作業がどうしても必要になってきます。こうした開発では,全体を把握しつつ部品や各技術の意味を理解して,変えられる部分と変えられない部分の線引きや部品/技術の融合など,新しいものを生み出していく力が技術者に求められます。

 エンジンとトランスミッションから成る従来の自動車から,モータとインバータのシンプルな駆動系の電気自動車になると,作るのが簡単になるとも言われています。確かに,ちょっと大きな箱にモータや電池などを置いて動かすだけの電気自動車なら,ガソリン車より参入障壁が小さくなります。

 しかし,大手自動車メーカーは,衝突防止/安全走行技術などを進化させ,低エネルギー消費で使い勝手のよい電気自動車の開発にしのぎを削っています。走行制御方法はもちろん,電池やモータ,インバータなどの部品開発,さらに放熱やEMC対策などの基盤技術の開発では,とことん突き詰めようとして自動車技術者とエレクトロニクス技術者が侃々諤々の議論を交わしているそうです。

 こうした開発が進む中で,モジュール化・分業化やインタフェース策定をうまく進めることができた企業が大きな存在感と収益を勝ち取ることができるように思います。そうなると「自動車やロボットのあり方をあらためて考え,産業としてどういう風に伸ばしていくのか成長のさせ方を描き,そのための基盤作りや業界の分業体制を作り上げる能力が問われる」と日産自動車でさまざまな研究開発に従事し,現在はカルソニックカンセイ 開発本部 テクノロジーオフィサ(東京大学大学院工学系研究科 非常勤講師)を務める廣田 幸嗣氏は指摘します。

 こういった変曲点は,要素技術から市場動向まで見渡し,全体構想から部品開発までを連動させていくチャンスです。逆にいうと,大きな流れを作っていく取り組みに参画せずに取り残された自動車/ロボット開発や部品開発は,後で痛手を被ることになりかねません。

 日本のエレクトロニクス企業は,一般的にこういった戦略と産業構造の構築があまりうまくないと言われています。しかし世界で競争力を誇る自動車業界との協業によって,変わっていけるのではないかという期待もあります。

 日経エレクトロニクスでは,これまで電気自動車やロボット開発の全体像をつかめるように,2007年5月21日号から2007年12月3日号まで15回に渡って記事「モービル・パワー・エレクトロニクス入門」を連載し,好評を得ました。2008年9月には2回に分けて,その執筆陣を中心に,最先端の技術開発の現状を直接語ってもらうセミナー「次世代自動車/自在走行車,ロボット開発に必須のモービル・パワー・エレクトロニクス実践技術講座」を開催します。よろしかったらご参加ください。



(私のコメント)
そろそろ夏休みの時期になりまして明日から夏休みの人も多くなることでしょう。しかし石油の値上がりで飛行機で海外旅行や国内のドライブも金がかかるようになりました。ガソリンが1リットル190円台になって買い物の回数を減らしたり、車を小型に買い替えたり、2台あった車を1台にしたりと大変なようだ。

ここで注目されてきたのが電気自動車ですが、「株式日記」でも1月にリチウムイオン電池を使った電気自動車について書きましたが、まだガソリンがこれほど値上がりする前でもあり、読者の反応も少なかった。しかしこれほどガソリンが値上がりすると電気自動車に買い換えようという関心も高まってきたようだ。

一昨日のニュースで日産自動車が1800CCクラスの電気自動車を2010年に発売すると発表しましたが、いよいよ本格的な電気自動車時代がやってくるようだ。アメリカではビックスリーが経営ピンチに陥っていますが、ガソリン自動車から電気自動車時代に切り替えが上手く行くのだろうか? 

同じ自動車と言ってもガソリンで走る自動車と電気自動車とではメカニックはまったく異なるし、特にガソリンエンジンはまったく不要になってしまうから自動車部品産業にも大きな影響をもたらす。特にガソリンスタンドなどは電気自動車になってしまうと廃業しなければならなくなる。

だから今までにも電気自動車の実用化が何度となく試みられましたが、既存の自動車メーカーや石油産業の政治的圧力で潰されてきた。しかし現在のようなガソリンが高騰した時代になると国民の関心も高くなるから電気自動車を潰すことは難しいだろう。

トヨタやホンダなども電気時自動車には消極的であり、どちらかと言うと負け組のニッサンや三菱などが電気自動車で巻き返しを図っているようだ。電気自動車ともなるとガソリンエンジンだけではなく変速機やリヤアクセルなども必要がなくなるから、機械的な部品が少なくなり、電気制御でコントロールする技術が中心になるようになる。

そうなるとバッテリーと電動モーターの組み合わせになるから車の製作が簡単になるような事を言う人がいるが、リチウムイオン電池は爆発事故を起こしやすく、ノートパソコン用のリチウムイオン電池も爆発したり炎上したりする事故が起きて、数百万台ものリチウムイオン電池が回収されたりしている。

だから電気自動車の試作車は各メーカーとも出来てはいるが、バッテリーの量産化が難しくて来年から再来年になって量産体制が出来るようだ。しかしバッテリーのコストが高いから軽自動車でも200万円以上もするし、小型車だと高級車並みの値段になってしまうだろう。

しかし電気自動車はインフラの整備が容易であり、高速充電器も設置することは簡単だ。それに比べると水素自動車や燃料電池車などの水素のインフラ整備は大都市では危険が伴う。あるいはトヨタのハイブリット車のように都市部では電気で走り、郊外や高速道路ではガソリンで走るような車も増えるだろう。

これからは自動車もエレクトロニクスが中心になり、特に高性能バッテリーの開発がカギを握るだろう。従来の電池メーカーや自動車メーカーなどもリチウムイオン電池の開発にしのぎを削っていますが、トヨタやホンダが電気自動車にどのように動くのかが気になります。

当面はトヨタやホンダはハイブリットカーで行くのかもしれません。電池を強力にして普段は電気で走りバッテリーが切れたらガソリンで走れば、航続距離が少ない電気自動車の欠点をカバーすることが出来る。

石油価格の高騰も収まってきましたが、このまま安くなっていくことは考えられず、ガソリンも精製施設に金がかかるからじりじりと値上がりしていくことは間違いがない。だから電気自動車の普及は意外と早いのではないかと思う。




毎日新聞社内で何が起きているのか。電凸が引き起こした
すさまじい破壊力。恐怖感が新聞業界に蔓延している。


2008年8月7日 木曜日

毎日新聞社内で何が起きているのか(上) 8月5日 佐々木俊尚

電凸が引き起こしたすさまじい破壊力

 毎日新聞の英語版サイト「毎日デイリーニューズ」が女性蔑視の低俗記事を長年にわたって配信し続けていた問題について、この一か月の間、毎日新聞社内外のさまざまな人と会った。

  その結果わかってきたのは、この事件が毎日のみならず新聞業界全体に与えたインパクトた影響は皆さんが想像しているのよりもずっと大きく、その破壊力はすさまじい状況を引き起こしているということだ。これはインターネットとマスメディアの関係性を根底からひっくり返す、メルクマールとなる事件かもしれない。

 何が起きているのかをざっと説明しておこう。まず最初は、ウェブサイトへの広告から始まった。ご存じのように毎日のニュースサイトである「毎日jp」の広告は、7月中旬から一時全面ストップした(現在は復活している)。毎日に広告を配信するアドネットワークを運営しているヤフーが、広告供給を停止したからだ。名前は公開できないが(以降、差し障りのある話ばかりなので、証言はすべて匿名になってしまっていることをお許しいただきたい)、あるヤフー社員は次のように証言している。

 「スポンサーの多くから『毎日への広告を止めてくれ』と要請があったんです。我が社のアドネットワークは、複数のメディアに同時に広告を配信しているので『ひとつの媒体の広告だけを止めるのは技術的には難しい』といったんは断ったのですが、あまりにも要請が多く、押し切られたかたちですね」

 この社員が語っているように、毎日に広告を出稿しているスポンサー企業や提携先、関連団体などに対して、広範囲な「電凸」(電話作戦)が行われた。その対象となった企業や組織の総数は、毎日社内の集計では二〇〇社以上に上っている。この結果、広告出稿の停止はウェブから本紙紙面へと拡大し、誰でも知っているような大企業も含めて相当数のスポンサーが、毎日紙面への広告を停止する措置をとった。

 毎日広告局員の証言。「『おまえのところの不祥事で、うちのお客様相談窓口がパンクしてるんだぞ!』とスポンサー側担当幹部から怒鳴られ、広告を停止させられる処分が相次ぎました。いま現在、必死で幹部がスポンサーまわりをして平身低頭し、何とか広告を復活させてもらえるようにお願いにまわっているところです」

背景には新聞広告の衰退がある

 なぜスポンサーがここまで怒っているのか。もちろん毎日の低俗記事配信は許し難い行為ではあるものの、実は理由はそれだけではない可能性がある。大手広告代理店の幹部はこう説明してくれた。「毎日は新聞業界の中でも産経と並んで媒体力が弱く、もともとスポンサーは広告を出したがらない媒体だった。たとえば以前、大手証券会社が金融新商品の募集広告を朝日と毎日の東京紙面に出稿し、どのぐらいの募集があるのかを調べてみたところ、朝日からは数十件の申し込みがあったのに対し、毎日からはゼロだったという衝撃的なできごとがあった。比較的都市部の読者を確保している朝日に対して、毎日の読者は地方の高齢者に偏ってしまっていて、実部数よりもずっと低い媒体力しか持っていないというのが、いまや新聞広告の世界では常識となっている」

 そしてこの幹部は、こう話した。「景気が後退し、そもそも広告予算そのものが削減される方向にある。それに加えてインターネット広告の台頭で新聞広告の予算はますます減らされる状況にある中で、毎日の広告など真っ先に削られる運命だった。そこに今回の事件が起きたことで、スポンサー側としては事件を口実にして、一気に毎日への広告を止めてしまおうという戦術に出ているようだ。これまで毎日は媒体力の低下を必死の営業で何とか持ちこたえてきていたが、今回の事件で一気に堤防決壊に向かう可能性がある」

 この毎日の現状は、他紙にも知られつつある。ネットの世界では「朝日や読売が漁夫の利で毎日を追い落とす口実に使うのではないか」といった声も出ているが、しかし業界全体をとってみても、そういう雰囲気ではまったくない。毎日を追い落とすどころか、「次はうちがやられるのではないか」という不安と恐怖が、新聞業界全体を覆いつつあるのだ。

恐怖感が新聞業界に蔓延している

 別の全国紙社会部記者の証言。「毎日の低俗記事事件をきちんと報道すべきという声は部内でも多かったし、僕もこの問題はメディアとして重要な事件だと認識している。でもこの問題を真正面から取り上げ、それによって新聞社に対するネットの攻撃のパワーが大きいことを明確にしてしまうと、今度は自分たちのところに刃が向かってくるのではないかという恐怖感がある。だから報道したいけれども、腰が引けちゃってるんです」

 この事件のマスメディアでの報道が少なく、扱いも小さいのは、「同じマスコミ仲間を守ろう」というような身びいきからではない。この記者も言うように、不安におびえているだけなのだ。

 こうした状況に対して、毎日社内ではどのような受け止め方をされているのだろうか。

 知っている方もいらっしゃるかと思うが、私はかつて毎日新聞で社会部記者をしていて、社内に知人は多い。現在の朝比奈豊社長は二十年近く前、私が地方から上がってきて、憧れの東京社会部で初めて参加した『組織暴力を追う』取材チームの担当デスクだった。その後彼が社会部長となってからも、部下として良い仕事をたくさんさせてもらった。私が会社を辞めるきっかけになったのは、脳腫瘍で倒れて開頭手術を受けたからだが、このときもずいぶんとお世話になった。いわば恩師である。

 また法務室長は私が遊軍記者時代に直属の上司だった人だし、社長室広報担当は一緒に事件現場にいったこともある先輩記者だ。毎日新聞社前で行われたデモに対応した総務部長も、尊敬する先輩記者である。デジタルメディア局長は毎日時代はおつきあいはなかったが、ここ数年はとても仲良くさせていただいている人である。今回の事件では先輩や上司や恩師や、そういった私にとっては「身内」的な人が総ざらえで出演していて、なんだか悪夢を見ているような感覚がある。

(中略)

「あの連中」という侮蔑的な呼ばわり

 しかしこうした考え方は朝比奈社長のような全共闘世代の幹部たちのみならず、毎日の「ネット君臨」派の人たち全体に言える性質のようだ。中には三〇代の若い記者もいるが、しかし彼らは「ネットで毎日を攻撃しているのはネットイナゴたちだ」「あの連中を黙らせるには、無視するしかない」などと社内で強く主張していて、それが今回の事件の事後対応にも影響している。

 しかしこのように「あの連中」呼ばわりをすることで、結果的にネット君臨派は社内世論を奇妙な方向へと誘導してしまっている。「あの連中」と侮蔑的に呼ぶことで、「あんな抗議はしょせんは少数の人間がやっていることだ」「気持ちの悪い少数の人間だ」という印象に落とし込もうとしている。実際、今回の事件の事後対応で、ネット歩み寄り派の人たちが「事件の経緯や事後対応などについて、あまりにも情報公開が少ないのではないか。もっと情報を外部に出していった方が良いのではないか」という声が出たのに対し、彼らネット君臨派は「そんなことは絶対にするな。2ちゃんねるへの燃料投下になる」と強くたしなめたという。実際、情報を出せば2ちゃんねるに新しいスレッドが立つ可能性はきわめて高かったから、この「指導」は経営陣にも受け入れられ、この結果、情報は極端に絞られた。いっときは毎日社内で、「燃料投下」というネット用語が流行語になったほどだった。

 それが先に紹介したようなPJニュースなどへのひどい対応につながったわけだ。しかし皆さんもおそらくそう受け止めると思うけれども、彼らネット君臨派のの考え方は、明らかに間違っている。

 少しエントリーが長くなってしまった。まだ書くべき話はたくさんあるーー毎日幹部から私に対してある相談と要請があった話などーーが、次回エントリーに回すことにしよう。



(私のコメント)
新聞やテレビなどの大手マスコミとネットとは新旧のメディア対決とも言うべき宿命のライバルなのですが、広告などの動向が大きな指標になる。今までは新聞やテレビが問題を起こしても読者や視聴者が抗議しても無視されることが多く、マスコミから見ればネットなどは吹けば飛ぶような存在に過ぎなかった。

しかし毎日新聞の変態報道事件はいまだにその影響が残っているようだ。それは毎日新聞へのスポンサー離れであり、それが大手マスコミの一番の弱点であることが分かってきてしまったからだ。広告媒体としてもブランドイメージが大切であり、タブロイド紙まがいのニュースを載せていたらブランドに傷が付く。

新聞が発行部数を競い合い、テレビが視聴率を競い合うのも広告媒体としてのブランド力を高める為ですが、そのような報道姿勢が行き過ぎると読者無視、視聴者無視につながり、抗議の電話などが来ても無視されるのが常だった。

新聞やテレビは報道媒体としても信用度が命であり、誤報や偏向報道がなされるとイメージダウンは免れない。しかしネットが登場する以前は誤報なども小さく訂正記事など出して時間が経てば忘れられて、天敵と言えるものは存在しなかった。

ところがネットの登場は広告媒体としても脅威になりつつあり、誤報や偏向報道があるとネットから容赦のない攻撃が加えられるようになった。ネットが一部のマニアのものであり社会的な影響力が小さい時は無視していればよかったのですが、ネットが携帯などで一般化してくると影響力は無視できないものになりつつあるようだ。

新聞やテレビの誤報や意図的な偏向報道は読者や視聴者の反発を招いて、番組を提供していたスポンサーなどに抗議の電話が殺到してスポンサーを降りるということが起きて来ると、大手のマスコミも無視できなくなり対応に苦慮する時代が来ているようだ。

「株式日記」も電凸するようなことはしないが、誤報や意図的な偏向報道にはブログで反撃してきた。あるいはマスコミが避けるようなタブーなども書いて批判してきた。だからアンケート調査などでも一番信用されているのがインターネットであり、マスコミ報道の信用度が落ちてきている。

報道媒体としても新聞ではネットに時間的に遅れるし、テレビでは速報性はあっても内容の充実度などでネットに劣ってしまう。だから大きな出来事があるとネットにアクセスが集中するようになり、マスコミ報道よりも詳しい内容がブログなどに書かれる様になった。

芸能人などもブログで自ら情報を発信するようになり、記者などの取材を受けないでも情報を出すことが出来るようになった。マスコミは第四の権力と言われてきましたが、徐々にその権力に綻びが生じつつある。

権力は情報を独占することで権力を維持してきましたが、ネットによって情報の独占は揺らいで来ている。今までなら政府権力は新聞やテレビやラジオなどを抑えて置けば情報をコントロールすることが出来た。ところがネットは発信元が多種多様なのでコントロールすることは不可能だ。

スポンサーにとってもテレビや新聞などに広告を出すよりも、ネットで情報発信したほうが宣伝効果が上がるようになり、最近のテレビ広告でもネット検索を促すCMが増えてきた。詳しいことはネットでどうぞと言う訳ですが、それくらいスポンサーも変わってきている。

だから大手マスコミもネットからの非難を無視していればいいというような状況ではなくなってきている。時代が経つたびにネット世代が多くなり新聞やテレビ世代は高齢化して少なくなって行く。ならば新聞やテレビも積極的にネットを取り込んで行くべきなのですが、既得権を失いたくない為に守勢に回ってしまっている。

今まで大手メディアは記者クラブ制度で政府からの情報を独占して、電波の割り当てで放送を独占してきた。しかしネットの普及でその特権は失われつつあるのであり、スポンサーなどもテレビや新聞広告に頼らずともネットに広告を回し始めている。この流れは止められないのであり、毎日新聞の変態報道がなくても流れは変わらない。

毎日新聞もネットに反論すれば2ちゃんねるなどにスレッドが立ってさらに反撃されるから毎日新聞は暗黙のうちに敗北を認めざるを得ない。ネットを黙らせる手段はないのであり、ネット規制法案でも作るしかないだろう。その為にはネットが原因で起きた事件を集中的に取り上げてネット規制に持って行く事が考えられる。


子どもの権利も奪うのか - 青少年ネット規制法案にMS、ヤフーら反対表明 4月24日 小山安博

その上で、検討されている法案は、サイト管理者には有害情報を発見したらそれを削除する、ISPにはサイト管理者に有害情報の適切な処理を要求するかISP自身が有害情報を削除する、携帯電話事業者にはフィルタリングを提供する、といった対応を求めており、そうした措置を講じない場合は主務官庁からの指導、さらに従わなければ罰則を設けるという内容。5社はこれに対して大きな懸念を示す。

この法案は、自民党の高市早苗衆議院議員らが中心となって検討されているもので、高市議員から示されたという法律案の骨子を元に5社は複数の問題点を挙げている。



新聞「特殊指定」堅持へ自民有志が立法検討チーム  2006年04月12日 朝日新聞

自民党の新聞販売懇話会の有志議員7人が12日、「新聞の特殊指定に関する 議員立法検討チーム」を発足させた。特殊指定制度を堅持する立場から、同じ新聞の全国同一価格などを定めた「特殊指定」の見直しを検討している公正取引委員会を牽制(けんせい)する狙いがある。

 特殊指定は、公正取引委員会が独禁法に基づいて行う告示で対象が決まっており、公取が告示を変更するだけで廃止できる。事務局長の山本一太参院議員は同日の記者会見で「公取が(廃止を)強行した場合のことも考えて、戸別配達制度の維持が担保されるため、議員立法の枠組みを考えたい」と語った。

 座長の高市早苗衆院議員も会見で「地域的条件などにかかわらず、同じ新聞なら 同じ価格で活字情報にきちんと接することができること。これを実現(維持)することに 尽きる」と強調した。同チームは早ければ今国会に何らかの法案を提出したいとしている。



(私のコメント)
新聞はこのようの再販制度によって守られ、テレビは電波の独占によって自由化競争から守られた特権的な業界だ。だから中堅社員でも年収1000万円以上もの給料をもらい特権的な地位を確保している。さらには政府権力とも癒着してネット規制に乗り出している。特に高市早苗議員や山本一太議員など外資族が癒着しているのが特徴だ。




日本メーカーは、iPodに続いて、電子書籍というマーケットのおいしい
部分も失ったようです。文化庁が新しいネット産業を潰そうとしている!


2008年8月6日 水曜日

ソニーは再びiPodnoの失敗を電子ブックで繰り返した
日本メーカーは著作権という法律を聞いただけで腰が引けてしまう
写真はAmazonのKindle(キンドル)


海外では着々と電子ブック化が進んでいる 8月3日 山田進太郎

AmazonがKindle(キンドル、と呼びます)を発表したときは、冷ややかな見方が広がっていたように思いますが、半年強で24万台も売れているらしいです。これを金額に直すと、100億円近くにもなります。さらに有償販売の合計額も同程度あり、Amazonは、ゼロから半年強で200億円のマーケットを生み出したことになります。

(7月初めのニュースですが)一方で、日本勢は松下もソニーも撤退します。Kindleが、日本メーカーと違った点は、まず開始時にベストセラーを含む9万冊という大量の書籍を準備したことと、ネットワーク機能が搭載されておりダウンロード購入も24時間いつでもどこでも手軽にできるという点です。

これを補足すると、KindleにはノートPC用のデータ通信カードのようなものが内蔵されており、月額無料で提供されているということです。なぜこういうことができるかというと、Kidle自体はコンテンツを有料販売するので、通信費をコンテンツ費に上乗せできるし、ノートPCのように膨大にデータ通信をしないためにキャリア(ドコモとかKDDIとかの通信事業社)もネットワークに負荷をかけないために1台辺り相当安く提供できるからです。

ユーザー視点でみると、端末がカラーだろうが小さかろうが(とりあえずは)関係なく、どれだけの読みたい書籍がどれだけ「簡単に」買えるかが重要なのであり、Kindleはこの二つを見事にクリアしています。

その点、上記のITmediaの記事ですらメーカー広報が「専用端末の大きさや重さがユーザーに受け入れていただけなかったのだろう」と言ってしまうのだから、その差はどこまで広がっているのかと。。

どうやら、日本メーカーは、iPodに続いて、電子書籍というマーケットのおいしい部分も失ったようです。もうそろそろルールを変更するような「ものづくり」をしていって欲しいなと思います。



電子書籍端末売れず──ソニーと松下が事実上撤退 7月1日 ITmedia

 松下電器産業とソニーがそれぞれ、専用端末を使った電子書籍から事実上撤退することが分かった。ソニーは昨年、松下は今年3月までに端末生産を打ち切り、書籍ダウンロードサイトは今年度中に閉鎖する。一方、携帯電話向けの書籍配信サイトは継続する。

国内メーカーは2003年ごろから電子書籍市場に本格参入したが、専用端末やコンテンツの価格が高すぎたり、利用できる書籍数が少なすぎるといった問題が改善されず、普及が進まなかった。その間に携帯電話向け電子書籍市場が成長。専用端末の“居場所”がなくなっていた。

松下は、電子書籍専用モノクロ端末「ΣBook」を2004年に3万7900円で、カラー端末「Words Gear」を2006年に4万1790円(直販サイト価格)で発売したが、ΣBookは数千台程度、Words Gearは約2400台しか売れなかった。Words Gearは当初、初年度1万台程度の出荷を見込んでいたというが「専用端末の大きさや重さがユーザーに受け入れていただけなかったのだろう」と同社広報担当者は話す。

 Words Gearの生産は今年3月に終了。両端末とPC向けの電子書籍ダウンロードサイト「ΣBook.jp」「最強☆読書生活(PC版)」も9月末に閉鎖する。携帯電話向けの「最強☆読書生活」は継続する。

ソニーは米E Inkの電子ペーパーを採用した「LIBRIe」(リブリエ)を2004年に実売価格4万円前後で発売したが、「販売台数が伸びず黒字化できなかった」として07年5月に生産を終了した。PCとリブリエ向けに電子書籍を配信していた「Timebook Town」(100%子会社のタイムブックタウンが運営)も来年2月末に閉鎖する。

 ソニーはLIBRIe発売時に、出版社などと共同で、電子書籍配信会社パブリッシングリンクを設立。LIBRIeとPC向け書籍に加え、携帯電話向け電子書籍も販売してきた。

 「電子書籍市場は携帯電話にシフトしている」として07年、同社は携帯電話向け電子書籍専門に。PCとLIBRIe向け事業は「タイムブックタウン」に分社化していた。パブリッシングリンクは今後も携帯電話向けのコンテンツ開発に注力する。

電子書籍、ケータイが主流に 米国では専用端末売れる

 国内メーカーは5年も前から端末を発売していたにも関わらず、価格が高かったり、利用できる書籍の数が少ないといった問題が改善されなかった。その間に携帯電話の電子書籍市場が成長。「専用端末の“居場所”がなくなった」(ソニーの広報担当者)

 松下、ソニーとも、携帯電話向けの書籍配信サービスは継続するとしており、専用端末は携帯にその座を奪われたということになりそうだ。

日本の状況とは対照的に、米国で昨年、Amazon.comが発売した電子書籍端末「Kindle」(339ドル)は発売から5時間半で売り切れる人気となった。

 KindleはE Inkの電子ペーパーを採用するなど、技術や大まかなデザインはLIBRIeとそれほど変わらない。だが9万冊以上と数多くの書籍、雑誌、新聞などを、EV-DOネットワーク経由で直接ダウンロードできるという利便性が受けたようだ(“iPodっぽい”クールさも 米Amazonの電子書籍端末「Kindle」を触ってきた)。

 E Inkのスタッフは、「取り次ぎが絡む複雑な流通体系もあり、日本の出版社などが電子書籍向けにコンテンツを開放しない」と話していた。日本でKindleと同様のビジネスモデルを採るのは難しそう。日本の電子書籍専門端末は、このまま死滅してしまうのだろうか



(私のコメント)
7月に松下とソニーが電子ブックから撤退しましたが、iPodで敗れたことを再び繰り返している。いくら松下やソニーの電子ブックが良くてもコンテンツが無ければ売れるわけがない。コンテンツが揃えられなければ電子ブックは失敗すると松下やソニーも分かっていたはずだ。

ところがAmazonが発売したKindle(キンドル)は予想以上の売れ行きをしているらしい。それは9万冊と言うコンテンツの揃え方と最新のベストセラーまで読めると言う中身の充実したサービスだ。キンドルも35000円程度と松下やソニーの製品と値段は変わりがないがコンテンツの差が勝敗を分けた。

ITメディアの記事にもあるように、日本メーカーがコンテンツを揃えられなかったのは、「取り次ぎが絡む複雑な流通体系もあり、日本の出版社などが電子書籍向けにコンテンツを開放しない」という理由ですが、ソニーがアップルのiPodに敗れたのも同じ理由だ。

これは日本の文化行政や司法行政に責任があるのですが、著作権をガチガチに厳格に広範囲に適用しようとするからですが、これが新しい産業創出の障害になってしまっている。日本にグーグルのような検索ソフトが出来なかったのも、著作権が障害になったのであり、ユーチューブなどの新しいビジネスにも遅れをとってしまっている。

いったい文化庁と経済産業省は何を考えているのだろうか? ダビング10の問題でも騒動になりましたが、著作権協会はHDD機器にも著作権料をかけようとしましたが、そうなるとiPodにも課金が及ぶことになる。元々はDVDやカセットなどに課金されているのですが、HDDやメモリーにまで範囲を拡大して料金を取ろうとしている。


iPodの著作権料 朝日「誤報」の裏の裏2007年7月号 ファクタ

まず、日米の著作権料徴収システムについて解説する。JASRACは作詞家や作曲家といった著作権者から委託を受けて著作権料を徴収している。「iTS」のような配信事業者は、JASRACと著作物利用許諾の契約を交わすことがまず必要となる。JASRACの定めるフォーマットに沿って3カ月ごとに申請・利用報告を行う。それに基づき聴取料を確定し、著作権者に分配する。関係者によると、事業者は契約上、JASRACに「曲目、作詞家、作曲家、JASRACが曲につけたコード番号」の最低4項目を報告しなければならない。

米国はもっと簡単だ。必要なのは「レコードの国際コード番号、アーティスト名」の最低2項目。JASRACのような管理団体を通さず、著作物利用者はレコード会社と著作権料の支払いを直接契約し、レコード会社が権利者に分配する。

「iTS」の場合、500万曲が一気に利用できるようになったため、利用報告をまとめる作業が膨大となっている。しかし、ネット配信時代にJASRACの対応が後手に回ったのも事実。実際にはカラオケ対応くらいが関の山のJASRACは、もう時代遅れになっているのだ。01年10月に施行された著作権等管理事業法で規制緩和されるまで60年以上にわたって著作権管理を独占してきた社団法人で、文部科学省の天下り先でもある。近年はJASRAC以外の参入も認められたが、競争原理の働かない状態は以前のままで、ネット配信についていけないのだ。


(私のコメント)
「株式日記」では著作権法について何度も書いて来ましたが、法律の整備が時代の変革についてこれなくなっている。アメリカでは速やかにネット時代に対応した法律の整備が進んでいるのに、日本の著作権法は古いままだ。だから現在の著作権法をネットに適用しようとすると無理が出る。

音楽に対してもJASRACという管理団体があるが、これは文部省や文化庁の天下り団体であり著作権者の団体ではない。JASRACはカラオケ時代の管理団体であり、ネット時代ではアクセスログを集計すれば著作権料は直ぐに算出できるから管理団体は必要が無い。

書籍なども同じことが言えるのであり、出版流通は取次主導型の体制となっておりトーハンと日販が二大取次と呼ばれているが、この取次ぎが書籍の流通のすべてを握っており、ネット化の障害になっている。

電子ブックによるネット化されれば作者の著作権者と読者のユーザーが直接結ばれることで取り次ぎシステムが不要になる。さらには従来の取次ぎ業者の他にも出版社や印刷業者や製本業者や末端の書店に至るまで既存業者の抵抗は大きいだろう。

だからこれらの既存業者が「著作権法」をガチガチに監視してネット化時代に抵抗しているのだ。文部省や文化庁も既存業者の仲間であり、だからこそ日本からグーグルやユーチューブが発生しなかったのだ。著作権団体や文部省や文化庁がネットの芽を摘んでしまったから新しい産業が日本では起きてこないのだ。

日本では選挙運動にすらネットを活用することは違法だと総務省が判断している。ネットが文書や図画に当たるという判断だからですが、本当の理由は選挙業者の妨害によるものだ。ネットの利用を認めると選挙戦の主体はネットに移り選挙業者は必要なくなる。だから総務省はネットを敵視して選挙利用に反対するのだ。

中央官庁がこのように新しい動きに妨害していけば、日本は時代の波に押し流されることになり、ネット化時代にも乗れずに流されることになる。iPodにも負けて電子ブックにも負けましたが著作権と既存業者と文化庁が時代の変化を潰しているのだ。




生産調整を廃止して輸出で日本農業を縮小から拡大に転じることこそ、
日本が食料難時代に行える国際貢献であり、食糧安全保障につながる


2008年8月5日 火曜日

WTO交渉がこのまま妥結すれば日本の食糧自給率はさらに下がる 『週刊ダイヤモンド2008年7月12日特大号』

いまやEUは米国産小麦に対して関税ゼロでも対抗できる。03年に米国とEUは、一定以上の関税は認めないという上限関税率に合意。現在、日本を除く主要国のほとんどが、「上限関税率100%」という案を受け入れている。

また、高い関税の品目には高い削減率を課すという方式が合意されている。高関税品目が多い日本は、できる限り多くの品目についてこの原則に対する例外扱いを求めている。しかし、原則に対して例外を要求すれば、代償として低税率の関税割当数量(ミニマムアクセス)の拡大が求められる。これがWTOの交渉ルールである。

ウルグアイ・ラウンド交渉では、コメについて関税化の例外を得る代償として、関税化すれば消費量の5%ですむミニマムアクセスを、年々拡大して8%とする義務を日本は受け入れた。

しかし、その後、ミニマムアクセスの拡大による農業の縮小を回避するため、99年には関税化への移行に政策転換し、現在では7.2%のミニマムアクセスにとどめている。

上限関税と関税引き下げの両方に例外扱いを求めれば、二重の代償により大幅なミニマムアクセスの加重が求められる。この点、筆者は数年来たびたび警告してきた。それが、今回の農業交渉議長案では現実のものとなっている。

コメの自給率は80%台に低下する

議長案では、75%以上の関税については、その関税率に対して66〜73%の削減が必要とされる。したがって、日本のコメの関税778%は、210〜265%まで引き下げなければならない(以下、幅で示す数字は、この範囲内で交渉が行われ具体的な数字が決定されるよう議長が示したものである)。

「重要品目」について例外も認められるが、それは全関税品目数の4〜6%に限定される。日本の全関税品目数は1332あり、その4〜6%とは53〜80である。

75%以上の関税の対象品目はコメや乳酸品など134品目であり、それ以外の重要品目である牛肉(26品目)を含めると160品目、全関税品目数の12%となってしまう。日本政府はこの例外品目の大幅な拡充を要求している。

しかしながら、ウルグアイ・ラウンド交渉の際のコメと同様、例外扱いの代償としてミニマムアクセスの拡大が要求される。原則として求められる関税削減率(前述の66%〜73%)の3分の2の削減率のときは消費量の3〜5%、2分の1の削減率のときは消費量の3.5〜5.5%、3分の1の削減率のときは消費量の4〜6%のミニマムアクセスを新たに設定しなければならない。

3分の1の削減率を適用するとコメの関税率は589〜607%となる。現在の77万トンのミニマムアクセスに加え、消費量900万トンの4〜6%にあたる36万〜54万トンのミニマムアクセスを設定しなければならない。その合計113万〜131万トンは国内消費量の13〜15%に達する。これを国内で処分すれば、過剰で水田の4割の面積を減反しているにもかかわらず、コメの自給率は85〜87%に低下する。

これまでミニマムアクセス米は国内での処分をためらったため、保管料の負担などにより11年間で601億円の差損が生じ、なお175万トンの在庫を抱えている。処分しなければ財政負担が必要だ。

99年に決断したコメ関税化への移行は、7.2%から8%への0.8%のミニマムアクセスの拡大を回避するためだったことを考えると、大幅な拡大である。小麦についてもアクセスは消費量の90%以上になってしまい、麦作振興による自給率の向上の余地は絶たれてしまう。

コメの現状価格差では100%も要らない関税

問題はそれだけではない。日本政府は、議長案に上限関税率の記述がないことを交渉の成果としているが、これは問題だ。

議長案は100%を超える関税品目が全関税品目数の4%を超える場合、関税削減の例外としたすべての「重要品目」についてさらに消費量の0.5%のアクセスを追加すると規定している。上限税率回避の代償はすでに盛り込まれているのだ。

仮にコメを例外扱いしないで73%削減した場合でも、関税は100%を超えてしまう。このとき、乳製品などとともに関税50%の牛肉についても0.5%のアクセスの追加が必要となる。牛肉がコメの犠牲になる。

つまり、前述したとおり、関税削減の例外と上限関税率回避の二重の代償を支払う必要があるのだ。しかも、政府はこのペナルティを受ける品目をさらに拡大するよう交渉している。これによって日本農業は大幅に縮小し、食糧自給率もさらに低下してしまう。

そもそも関税削減の例外や上限関税率反対を主張しなければならないほど、高い関税は必要なのだろうか。

現在の高い関税は、ウルグアイ・ラウンド交渉の結果である。各国の農業保護がエスカレートし、国際価格が大きく低下した86〜88年当時の大きな内外格差を関税に置き換えたため、必要以上の水増し関税が認められた。これは当時、「汚い関税化」といわれた。

コメの60キログラム当たり2万円という関税(前述の778%という数字はこの関税を安いタイ米価格と比較したもの)は、今の国内米価1万4000円より高いので、輸入米価格が0円でも輸入されない。しかも、コメ、麦、砂糖、乳製品などの国際価格は近年上昇している。

日本米と品質的に近い中国産短粒種米の実際の輸入価格は、98年の3000円から1万円まで上昇している(下図参照)。国内米価からすれば、関税は100%も要らないのだ。

現に農林水産省が徴収しているマークアップといわれる関税見合い額(これが必要な関税率に相当する)はここ3年間、50〜80%にすぎない。

世界の農産物貿易が過剰から逼迫へと構造転換しているのに、政府は相変わらず過剰時の低い国際価格を想定した関税による保護という対応しかできないでいる。

生産調整をやめ主業農家に直接補填を

食糧管理法時代の米価引き上げによってコメは過剰になった。その対策としての減反または転作による生産調整は年々拡大し、現在では260万ヘクタールの水田の110万ヘクタールに及んでいる。

この40年間で1人当たりのコメ消費量は半分になったが、今後は人口減少の影響も受けるので、2050年頃にはコメの総消費は現在の900万トンから350万トンにも減少する可能性がある。そうなれば生産調整を210万ヘクタールへ拡大し50万ヘクタールで稲作を行うしかない。

これに先述のミニマムアクセス113万〜131万トンが加われば、生産を230万トン、水田面積で33万ヘクタールへさらに縮小せざるをえない。これが、日本政府が実現しようとしている交渉の成果である。

では、生産調整をやめてはどうか。筆者の試算では価格は60キログラム当たり約9500円に低下し、需給は1000万トン以上に拡大する。EUは価格を引き下げて財政による直接支払いで補償した。

食管制度以来、米価引き下げに対しては農業団体から農業依存度の高い主業農家が困るという反論がなされてきた。であれば現在の1万4000円と9500円の差の8割程度を、主業農家に補償すればよい。流通量700万トンのうち主業農家のシェアは4割なので約1600億円の予算額ですむ。これは、生産調整に参加させるために農家に支払っている今日の補助金と同額である。

圧倒的に農外所得の比重が高く土日しか農業に従事しないパートタイム(兼業)農家も、主業農家に農地を貸せば現在の10万円程度の農業所得を上回る地代収入を得ることができる。さらに主業農家の規模が拡大してコストが下がれば、主業農家の所得が上昇するとともに、兼業農家が受け取る地代も増加する

財政負担は変わらないうえ、価格低下で消費者の負担は大きく軽減される。中国から輸入されるコメよりも国内価格は下がるので、今まで日本を苦しめてきた77万トンのコメのミニマムアクセスのかなりの量は輸入されなくなる。関税も要らない。

それだけではない。価格低下は新しい需要も盛り込むことができる。EUは穀物価格の引き下げで米国から輸入していた飼料穀物を域内穀物で代替した。これまで国内の食用の需要しか視野になかったことが農業生産の減少をもたらした。日本の人口は減少するが、世界の人口は増加する。

しかもアジアには所得増加にも裏打ちされた拡大する市場がある。日本を代表する自動車や電機産業は、海外市場に目を向けることによって発展してきた。農業・農政も、国内市場の防御一辺倒から国際市場の開拓に転じるのだ。

自給率が39%であることは61%の食料を国際市場で調達し、食料輸入途上国の飢餓を増幅させているということにほかならない。

戦後の消費者負担型農政を転換し、生産調整を廃止して輸出で日本農業を縮小から拡大に転じることこそ、日本が食料難時代に行える国際貢献であり、かつわが国の食糧安全保障につながる道である。これは、またWTO交渉に積極的に対応する道でもある。



(私のコメント)
地方経済を活性化させて行くには、やはり農業を活性化させなければなりませんが、日本の農家はコメ作りに偏りすぎて補助金農政になってしまっている。しかも専業農家はわずかしかなく、兼業農家であるために農業の近代化がなかなか進まない。

しかも農業従事者の高齢化が進んであと数年すれば過半数の農家が後継者もなく離農せざるを得なくなる。離農が進めば大規模化が可能になると思うのですが法的な整備がなされていない。斉藤氏もあと数年で農業を止めるつもりだったのが娘夫婦が後を継ぐことになった。

一定度の収入があれば後継者も育つのでしょうが、現在の農家は小規模な農地を抱え持ったまま兼業農家のままでは利益も上がらず後継者も育たない。近い将来に農地の流動化が盛んになって農業生産法人が大規模化農業をする時代が来るだろう。若い人は農業を継ぎたがらないのだからそうならざるを得ない。

食糧安全保障的な考えは去年までは馬鹿げたこととして排斥されてきましたが、農産物価格の高騰でコメなどの輸出禁止する国が相次いで暴動騒ぎまで起きている。日本では金さえ出せば農産物はいつでも好きなだけかえるという保証はどこにもない。

農産物輸出国は余剰農産物を輸出しているのであり、飢饉や物価の高騰が起きれば一斉に輸出を停止することがはっきりした。あるいはオーストラリアのように輸出したくても慢性的な旱魃で輸出力をなくした国が増えている。アメリカが最大の農産物輸出国ですがトウモロコシをバイオ燃料に転用して価格が高騰した。

このような理由でアメリカは遺伝子組み換えをしない大豆やトウモロコシを売らなくなり、特別に契約をしないと作らなくなった。農産物が金で自由に買えるというのは既に終わったのであり、危険な農薬を使っていないものや遺伝子組み換えをしていない作物を手に入れるには国内で生産するしかない時代がやってきている。

食糧が輸入できなくなる状態とは戦争などばかりではなく投機などで価格が上がっても起きる事は最近の例でも証明された。ウクライナのように小麦が余っても輸出停止をする国があるくらいだから、新たなる貿易戦争手段として食糧が利用されつつあるのだ。

昨日は石油の高騰が与える変化を述べましたが、農業も石油の高騰で価格が高騰して自由に買えなくなる時代が来た。石油も近い将来、金で買えない日が来るだろう。先日もWTOの交渉が決裂しましたが、自由貿易体制はいつ崩れるかもしれない状況であり、中国やインドはアメリカを信用していないようだ。

世界の農産物貿易の構造が農作物の逼迫で大転換を迫られている。日本も関税で農産物を守る方式から、直接支払い方式によって生産を刺激する農政の転換を図るべきなのだ。アメリカやヨーロッパは輸出補助金で輸出しているのであり余剰農産物だからいくらでもダンピングして売ってくるが、いったん不足すれば輸出を停止してしまうだろう。そうなったら日本はどうするのか?

日本はアメリカの言うがままに農政を変えてきて食糧自給率は39%にまで減ってしまった。アメリカがいつまでも安く売ってくれる時代は終わりつつある。トウモロコシや大豆は遺伝子組み換えでないと手に入らないだろう。それがいやだったら国産で作るしかない。その為には所得補償方式で買い取るようにすれば生産は上がるだろう。コメも余ったのなら輸出補助金で安く輸出すればいい。

日本の農林官僚は小手先ばかりの交渉に終始して日本の農業をダメにしている。ミニマムアクセスと言った妙な制度を受け入れているのもおかしなことであり、異常に高い関税をかけているからアメリカの要求によってミニマムアクセスを受け入れざるを得なくなっている。

しかしコメの価格の高騰によって日本産米とタイ産米とは価格が逆転して関税をかけるほどではなくなり、日本はミニマムアクセス分をフィリピンなどに輸出に回している。もはや日本は生産調整方式ではなく所得補償方式に切り替えることによって農家の生産意欲を高めることだ。ところが政治家も農林官僚も従来方式を変えるつもりはないようだ。




エネルギーコストの高騰により、米国はスプロール開発からようやく
脱却し、自動車に依存しない“コンパクトシティ”へと移行し始めた。


2008年8月4日 月曜日

原油は安い方が本当に望ましいのか? 8月4日 BusinessWeek

現在、原油高の打撃が大きく感じられるのは、過去20年にわたって原油安が続いていたからだと多くのエコノミストは指摘する。これほど長期にわたって安値が続いた一因として、環境汚染などの“外部不経済”のコストが原油価格に十分反映されていなかったことが挙げられる。つまり、エネルギーの効率的利用を促す市場原理が働いていなかったのである。

 仮にそうした外部不経済のコストを含んだうえでの価格設定がなされていれば、米国はもっとうまく今日の原油価格高騰に対処できただろうし、将来的な世界の原油生産量の減少にも備えることができただろう。

 そうした背景もあり、左派・右派の政治思想に関係なく、税金を使って原油価格を下支えする施策への関心が高まっている。一定の価格水準、仮にそれを90ドルとして、その価格を上回っていれば税金はかからないが、世界的な市場価格が90ドルを下回ると税金が価格に上乗せされ、エネルギーの利用者が差額を負担する仕組みだ。

高いエネルギーコストは強力な薬だ。服用時は苦くてつらいが、長期的に見れば、体内の様々な病気を治していく。エネルギーコストが高ければ、企業も消費者も自動車の利用を減らさざるを得ないし、SUV(多目的スポーツ車)も手放さなければならない。もっと省エネ効果の高い暖房装置に交換しようという意識も働く。米メーン州バンゴアにある東メーン医療センターはまさにそうした省エネの取り組みを行った実例だ。同医療センターは2年前、設備を一新して年間100万ドルの経費節減を実現した。

 エネルギーコストの高騰により、米国はスプロール開発で交通渋滞が郊外に広がるという悪しき伝統からようやく脱却し、自動車に依存しない“コンパクトシティ”へと移行し始めた。例えばユタ州では、州政府主導の自転車通勤促進プログラムを実施している。

 「全米で最も保守思想の強いユタ州の共和党州知事が、自転車通勤を好ましい交通手段として奨励しているのだから、市民がいかに価格シグナルに敏感になっているかが分かる」と、米ユタ大学のキース・バーソロミュー教授(都市計画論)は指摘する。

富が産油国に流出せず、国内にとどまるというメリット

 そして石油消費の削減によるメリットは大きい。大気汚染は軽減されるし、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量も削減できる。世界の原油流通を確保するため軍事力に頼る必要性も減少する。また、中東やロシア、ベネズエラといった原油産出国へのドル流出を抑えることができる。必ずしも米国に友好的とは言えない原油供給国に大量のドルを流出させず、国内にドルをとどめておくことができるのだ。

 その効果は、原油価格を下支えする税制措置を講じることで一層高まり、原油需要を抑制する。世界の市場価格と下限価格との差額は税収として米国内にとどまり、国内投資の拡大に用いることができる。

 「ベネズエラのチャベス大統領やロシアのプーチン首相、サウジアラビアに何十億ドルものカネが流れるのを阻止し、米国から海外に輸出できる製品やサービスの開発に結びつくならば、その方が我々にとって好ましい。この点に異論を挟む人はいないだろう」と、米ミシガン大学のアンドリュー・J・ホフマン教授(持続可能企業論)は語る。

 かつても米国はこうした局面を経験している。米国はエネルギーコストにあきれるほど無頓着だったが、1970年代の石油ショックで大きく変わった。「何もかもが安価なエネルギー資源に依存していた事実に、国民は全く気づいていなかった」と、コロンビア大学の教授で『Crabgrass Frontier: The Suburbanization of the United States(クラブグラス・フロンティア:アメリカの郊外化)』の著者でもあるケネス・T・ジャクソン氏は語る。

 “エネルギー資源は無限”という神話は、原油価格の高騰で崩壊した。1980年に原油価格は1バレル=103ドル(現在のドルの価値で換算)に跳ね上がったが、この価格高騰で米国は変わった。小型車を購入し、一段と厳しい燃費基準を受け入れ、産業界はエネルギー効率化を推し進め、油田の探鉱・開発に次々と乗り出すなどの対策を講じた。米国民は、国内総生産(GDP)1ドル当たりのエネルギー消費量を石油危機以前の半分に抑える術を学び、大きな恩恵を得ることができた。

 「1980年代にエネルギー依存低下に向けて実施した様々な取り組みによって、今日のエネルギー危機に耐えるための力は強まった」と、タフツ大学の経済学者、ギルバート・E・メトカーフ氏は語る。(中略)

もちろん、事はそれほど単純ではない。エネルギー価格を上昇させる政策によって損害を受ける業界もある。航空会社、運送会社、製造業者、公益事業など、エネルギー消費を簡単に減らせない業種すべてだ。また、化石燃料のうち石油だけに課税されることになれば、天然ガスや石炭の需要が増える歪んだ状態になる可能性もある。

 そのため、新たな課税はもっと広範なエネルギー政策の枠組みの中で検討すべきだとするエコノミストもいる。地球温暖化への懸念が広がっていることを考えれば、二酸化炭素の排出に対して課税するのが最も合理的だ。

 米政府が新たな税収を浪費してしまう危険もある。エコノミストの間でも、石油の代替エネルギーに投資すべきという意見もあれば、所得税の減税などの形で国民に還元すべきという意見もある。消費を抑制したいもの(石油)には税金をかけて価格をつり上げ、拡大したいもの(成長や生産性)には資金助成してコストを下げるためにその税収を使う。この考え方は経済学の基本だ。議論になるのは、このような税金を転嫁する政策のプラス効果が、政府の介入によって技術革新が阻害されるマイナス効果よりも大きいかどうかだ。多くのエコノミストは、悪影響は比較的少ないだろうと考えている。

 「全く悪影響を伴わないわけではない。だが、それに見合う価値があるのは明らかだ」と、米スタンフォード大学の経済学者ローレンス・H・グルダー氏は言う。

自動車の交通量が減り、電車通勤をする人が増える

 カナダのブリティッシュコロンビア州は、課税策が政治的に実現可能だということも示している。同州では7月1日、二酸化炭素排出のコストとして、ガソリンに対して少額の税金を加算した。この税収は、所得税や法人税の減税という形で還元される。導入時の打撃を和らげるため、州政府は6月末に100ドルの小切手を全住民に送った。エネルギー価格の高騰に苦しむ低所得者層を支援するためだ。

 エネルギーに課税して、歳入増加分を別の形で市民に還元するというのは「まさに経済学者の夢だ」と、米シンクタンク、未来資源研究所(RFF、ワシントン)のイアン・パリー上級研究員は話す。(中略)

「車の利用に主眼を置いた郊外の都市計画を進める時代ではなくなったのではないか」

 変化はすぐに起こるわけではない。米ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のチャールズ・J・コートマンシュ教授(経済学)は、ガソリン代が高くなったからといって、すぐに町の中心部や電車の駅の近くに引っ越す人などほとんどいないと言う。

 だが、ほかの理由で引っ越すことになった時に、転居先の選び方が変わってくる。コートマンシュ教授自身がそうだった。教授は5月に、職場まで車で30分かかるミズーリ州セントルイスの郊外から、自転車で10分で通勤できるグリーンズボロの中心部に引っ越した。

 メリーランド州のモンゴメリー郡都市計画委員会のロイス・ハンソン委員長は、「車の利用に主眼を置いた郊外の都市計画を進める時代ではなくなったのではないか」と言う。

 エネルギー高が痛みを伴うものであることは誰もがよく分かっている。だが、価格の高騰は利益ももたらし得るのだ。米ニューヨーク・タイムズ紙によれば、10代の若者が車を乗り回す行為は全国的に減っている。米家電大手ワールプール(WHR)は、水とエネルギーの両方を節約できる資源利用効率の高い洗濯機の売り上げが伸びていると言う。

 米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)では、再び藻類を使ったバイオ燃料の研究が始まった。今回は米政府ではなく、米シェブロン(CVX)と米コノコフィリップス(COP)が研究資金を提供している。両社ともバイオ燃料を精製所で利用できる。ワシントンでは、“廃車促進”税額控除でSUVを減らし、その鉄廃材を燃費の良い車に作り替えるなどの賢明な政策案も出始めている。

 米メーン州エネルギー安全保障対策局のジョン・ケリー局長は、同州で「エネルギー効率の向上や代替エネルギーに投資する人が急に増え始めた」と言う。「エネルギーの価格は、経済を動かすエンジンになると考えている」。



(私のコメント)
日本では道路特定財源が問題になりましたが、さらに59兆円もかけて道路を作り続ける必要があるのだろうか? 福田内閣では一般財源化が可決しましたが、道路族はまだ道路を作り続けるつもりのようだ。しかし時代の流れは車と道路の町づくりからコンパクトシティーへと変わりつつある。

日本の地方は街づくりという概念が無く、学校も病院も役所も公民館も点々バラバラに無計画に作られて、車でなければ行けない様な町づくりをしてる。パチンコなども駅前商店街から郊外の国道沿いに引っ越して車で行くようになった。レストランも駅前商店街から国道沿いのファミリーレストラン客を奪われてきた。

このように商業施設も主要街道沿いの畑を転用して作られるようになり、アメリカの郊外的なライフスタイルが定着した。このような現象は全世界的なものであり、中国人もインド人も車を使いだしたから石油価格が高騰をし始めた。今や北京の空は車の排気ガスで太陽を見ることは希だ。

BusinessWeekの記事にもあるように、オイルショックの後は20年にわたって石油の安値が続いたのは、石油がもたらす公害や環境汚染の被害はコストに反映されずに安く売られたためだ。さらにはレーガン戦略でサウジアラビアに石油を大増産させて石油価格を暴落させてソ連の経済を疲弊させて崩壊に導いたことも関連している。

しかしソ連の崩壊で冷戦が終わって、東ヨーロッパや中国が市場経済に参入してきた事と石油の安値が続いたことで、自動車が生活の中心になったライフスタイルが進んで、大手のスーパーには中国で生産された日用品が並ぶようになり、まさにグローバル経済化は永久に続くのかと思えるほどになった。

同じような状況が10年から20年も続くと、それは永久に続くような事を言う人がいますが必ず揺り戻しが来る。石油が安くて航空機も省エネが進んで航空運賃が異常に安くなり国内旅行より海外旅行のほうが安くなった。だから国内の旅館やホテルの倒産が相次いで地方の観光業がピンチになった。

ドルがますます安くなり円が高くなる事で石油は相対的にますます安くなり地方のモータリゼーションがますます進み道路の整備が進んだ。高速道路の整備と共に巨大ショッピングセンターが作られて日本全国一律の消費生活が出来るようになり、地方の都市は寂れて行った。地方には長期的な都市計画というものがなくまさに痴呆都市なのだ。

BusinessWeekの記事によればアメリカでもスプロール開発で果てしなく広がった町づくりが反省されて、自転車で通勤が出来る町づくりが進んでいるようだ。自動車で1時間以上もかかるような住宅ではガソリン代が大変だからだ。サブプライム問題となった低所得者向け住宅も通勤に向かない住宅として価値が暴落したのだろう。

EU諸国ではガソリンに対して環境税のようなものがかけられて1リットル200円以上もしていた。日本では円高などの影響で1リットル100円前後の時が続きましたが、最近では8月から190円台のガソリン代になっている。だから車で二度の外出も一度に減らすからロードサイドビジネスは転機を迎えている。

航空運賃も海上輸送コストも倍以上に値上がりすればグローバル経済化も見直しが進むだろう。いずれ石油の枯渇問題が値上がりを招いて来る事は70年代の石油ショックの頃から何度も言われてきたことですが、10年20年と石油が安い時代が続くとエネルギー問題は忘れられてしまった。

去年から今年にかけての第三次オイルショックは一次二次とは違って将来の石油需給逼迫を先取りしたものだ。13億人の中国人と11億人のインド人が車を乗るようになればどうなるか子供でも分かる。90年代から最近にかけての新興諸国の経済発展は石油の安さと先進国からのグローバル企業の進出によるものだ。

しかし石油の高騰がそれらを逆流させて行く現象をもたらすだろう。エネルギー効率から見れば日本と中国のエネルギー効率は10倍の違いがある。これでは人件費がいくら安くても中国で生産してはコストが割に合わない。限られた資源でどれだけのエネルギーを生み出すかは技術力が必要なのであり、日本やEUは一歩進んでいる。

アメリカは中国と同じでエネルギー効率が悪く日本の倍以上も悪い。アメリカは資源大国であり石油や石炭は豊富にあった。だからエネルギー効率の改善は進まず馬鹿でかいアメリカ車はリッター5キロも走らない。ところが日本のトヨタやホンダの車はリッター14キロ走る。だからGMやフォードの車は売れなくなり日本車がバカ売れだ。

しかし根本的には脱車社会で歩いて生活が出来るコンパクトシティー作りはアメリカでも日本でも同じだ。コンパクトシティーについては「株式日記」で何度も書いて来ましたが、国会ではいまだに道路特定財源で道路を作れと運動している。いずれ近い将来リッター300円とか500円になれば100円玉をばら撒きながら走っているような事になり都市づくりから考えていかないと生活が成り立たなくなるだろう。

先日も漁業労働者が燃料値上げで全国ストを行なっていましたが、狩猟漁業から養殖漁業に転換していかないと燃料代でパンクするのは分かりきっている。農業も耕作機械を効率的に使っていかないとコストは上昇する一方だ。住宅なども点在していたのではインフラ整備に金がかかって出来なくなり市町村は予算がパンクする。このような改革は痛みが伴わないとなかなか進まず、ようやく見直しが始まっている。

日本のエネルギー効率が世界一なのは鉄道網の発達が進んでいるからであり、中国やアメリカが悪いのは車中心の世界だからだ。しかし日本でも地方ではローカル鉄道が次々と廃線になっていますが、車中心の生活は見直すべきだろう。


 日本はエネルギー効率では世界一の先進国である
中国やインドの経済成長は石油の高騰で挫折するだろう





『金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法』 ロバート・キヨサキ:著
不労所得とポートフォリオ所得を人生の一部にした瞬間、人生は変わる


2008年8月3日 日曜日

『金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法』 ロバート・キヨサキ:著

金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法 打倒!金持ち父さん

・お金の世界で一番大切な言葉はキャッシュフローで、二番目はレバレッジだ
・いい借金は金持ちにするが、悪い借金は貧乏にする
「投資は危険だ」と言う人たちが投資の世界で一番損をする
お金のために働くのではなく、資産を獲得する為に時間を投資する
・最大の挑戦は、自分に対する疑いの気持ちと怠け心に挑戦することだ
・過去は変えられないが、過去に対する自分の考え方は変えられる
・早く引退すれば新しい人生をスタートできる
・百万ドル貯めるのにどれくらい時間がかかるだろう?百万ドル借りるのにどれくらい時間がかかるだろう?
・自分の時間・お金ではなく、他人の時間・お金を使って金持ちになる方法を学ばなくてはならない
・レバレッジを持たない人が持つ人のために働いている現実
・学ぶことをやめれば、きみのお金は学び続けている誰か他の人のところにすぐにいってしまう
不労所得とポートフォリオ所得を人生の一部にした瞬間、人生は変わる
・プロの投資家は投資をする前に出口戦略を持っている
・安全を求めれば求めるほど自分の人生に対するコントロールの力を放棄することになる
・金持ちになる方程式は、レバレッジを常に進化させ続けることだ
・ほんのいくつかの簡単な定義と単純な数字が人の人生に大きな力を与える


金持ち父さんは実在しなかった! 2005年10月3日 幸せな成功のための魔法の杖

今から5年ほど前の2000年の10月末、本屋さんで見かけたある本を偶然に手にして読んだ。腰巻には「100万部突破の大ベストセラー、ついに日本上陸!」という刺激的な文句があった。早速手にとって立ち読みした。面白かったので、そのままレジへ持っていって購入し、その日の内に読み終えてしまった。それが「金持ち父さん貧乏父さん」 という本だった。

著者はロバート・キヨサキとあった。私にとって、当時まだ初めて見る名前だった。しかし、その後のロバート・キヨサキの名前は日本で知られるようになり、来日してのセミナーのチケットにはプレミアが付くようになった。講演や解説のCD、ビデオ(当時は英語版のみしかなかった)も購入した。その頃、ある人からこんなことを言われた。私にとってのメンター(師)の一人だ。

メンター:
ネコペンギン、「金持ち父さん貧乏父さん」 っていう本は読んだかね?

ネコペンギン:
もちろんです!英文ですが、CDもビデオも取り寄せて買いました。インターネットで、Rich Dad's CASHFLOW Quadrant" (当時まだ日本語版が出版されていなかった本で、1年後に「金持ち父さんのキャッシュフロー・クアドラント」 として出版された)という本も購入して読みました。

メンター:
私は原書も読んだのだが、そこで、あえて聞いてみたいのだが、このロバート・キヨサキっていう人は、どうやって大金持ちになったんだろう?

ネコペンギン:
それは、不動産投資ビジネスなんでしょ?違いますか?

メンター:
それだけではないだろう、大事なことが抜けているよ。

ネコペンギン:
えっ? そんなこと書いてなかったと思いますが・・。

メンター:
本の最後には何が書いてあった?

ネコペンギン:
えぇと、著者と訳者の紹介とか、参考文献の紹介とか・・・。

メンター:
その後だよ。忘れたかね?ちゃんと読んだんだろう?思い出してご覧。

ネコペンギン:
もしかして、ボードゲームの「キャッシュフロー101」の宣伝ですか?

メンター:
ピンポン!その通り。これはあくまでも私の推測だがね、ロバート・キヨサキは、このボードゲームを売るために「金持ち父さん貧乏父さん」 という本を書いたのではないだろうか?そんな風に考えてみたことはないかな?あのナポレオン・ヒルの日本語版の一連の本を読んだかね?最後には何が書いてあった?

ネコペンギン:
まさか?確かにアメリカでは、彼の本はベストセラーになっていますし、アメリカでの彼のセミナーも大人気のようです。たかがボードゲームの売上を上げるために、そこまでするでしょうか?仮にそうだとしても、不動産投資と比べても利益はたかが知れているのではないでしょうか?でも、ナポレオン・ヒル関連の本の最後には、どれにも皆「ナポレオン・ヒル・プログラム」の案内というか、宣伝というか載ってますよね・・・。

メンター:
結果を見れば、計画は分かるもんだよ。ロバート・キヨサキの本が売れてから、ここが大事だ、ボードゲームの売上は急激に伸びた。そうだろう?逆じゃない!彼の本は、全世界で翻訳されて出版されている。おそらく、最初の「金持ち父さん貧乏父さん」 だけでも、2000万部以上は売れるだろう。印税収入だけでも、20億円以上だ!他の本も合わせると、本の印税収入だけで軽く30億円以上になるはずだ。

欧米では、先ずハードカバーで出版し、半年から1年くらいでソフトカバーかペーパーバックの本を出す。さらに、2,3年後には、日本で言うところの文庫本とも言える質の悪い紙を使った廉価版ペーパーバックといった順に出版される。では、ボードゲームはどうだ?アメリカでは200ドルはする。2万2千円といったところだ。彼の本は、ペーパーバックだと日本円で千円ぐらいだ。つまり、ボードゲームは本の価格の約20倍だってことだ。

仮に100万セット売れたとしたらどうだろうか?たかがボードゲームの一種とすれば、不可能な数字だ。しかし、本の売上部数から計算したら、不可能ではないだろう?違うかね?


ネコペンギン:
彼はシリーズで何冊も出版していますから、その全読者の20分の1とか30分の1が購入すれば、そういう売上だって夢じゃないですよね。それに、贈り物として子どもや友人のために購入するという人もかなりいるのではないでしょうか?しかも本と違って、直接販売ですから、粗利は本の何倍もあるはずです。しかも価格は20倍!値引きなし!

メンター:
そうだ、ようやく気づいたようだね。高付加価値商品を効果的に販売する最高のいい見本だよ。アメリカでは、彼だけじゃなく、様々なセミナービジネスで儲けている人がいる。アンソニー・ロビンズ、ブライアン・トレイシーなど、みんな億万長者だよ。

先ず、本で存在を知らしめて、セミナーへ誘導する、そのセミナーの参加費用が、5千円から5万円といった程度だ。しかし、会場では、CDやDVD、ビデオテープ、カセットテープを積極的に販売するんだ。1セット20ドルから、ものによっては、1000ドル以上するものもある。もちろん、直接販売だから、粗利は大きい。いずれ、日本でも流行ってくるに違いない。

マーケティングとすれば、それこそ文字通りの「セミナー商法」だよ。流行ってくれば、そのうちサギ商法まがいのものも増えてくるだろう。

ネコペンギン:
計算すれば、確かにボードゲームだけでも売上が40億円以上になちゃいますよね?スゴイですねぇ〜!確かに、不動産投資で儲けたのは事実だとしても、彼の本当の収入は、このボードゲームなのかも・・。

メンター:
分かってきたかな?不動産投資と言ったって、簡単には1年で2倍3倍にはならないさ。まっ、アメリカでもバブルな時は、物件によっては、かなり値が上がった不動産物件もあったがな。それでも、20億円〜40億円と儲けるのは至難の業さ。

結果的に本の印税やボードゲームの売上で儲けたお金を不動産投資や投資信託、先物物取引などに回したと考えられる。こうやって儲けた実績を、またセミナーで講演する。参加者は、また会場で本やCD、ボードゲームを購入してくれるという好循環が生まれたというわけだ。本人に聞いてみないと真実はわからないが、可能性は大だとは思わんかね?

ネコペンギン:
確かに、そんな風に考えれば、ありえそうなお話ですね。結果をよく見れば、プロセスもよくわかるし、計画もわかるという訳ですね。

メンター:
そうなると、これらの本に登場してくる「金持ち父さん」も実在しないと私は考える・・・。イヤ、もしかして「貧乏父さん」さえ、このロバート・キヨサキの想像上の産物かも知れない。

ネコペンギン:
えぇ、そこまではないんじゃないですか?彼のCDも聞きましたよ。ビデオも見ましたよ。英語でしたけど、彼が言っていることは、終始一貫していたと思います。とてもウソを言っていたようには思えませんが・・・。

メンター:
私にすれば、彼の本に出てくる「金持ち父さん」は、いくら自分の息子の親友だからといって、本に書かれているくらいに親切丁寧に指導するだろうか?と、読んでいて疑問が湧いてしかたがなかったがな。それに金銭的に成功する人間は、基本的に一を聞いて十を知るくらいでないと、無理なんじゃよ。

あれほど懇切丁寧に教えてもらって、ようやく成功ノウハウが身についたとしたら、ロバート・キヨサキっていう人物は、相当な幸運の持ち主だったに違いない。あれだけ、教えてもらわないと理解できなかったんだからね。

そこで、金持ち父さんの言葉として語らせて、ロバート・キヨサキが読者に教えているんだと私は直感的にそう受け取った。ロバート・キヨサキ自身の語りでは、説得力がまだなかったし、それではイヤミだからね。

彼にしてみれば、ロバート・キヨサキ教の信者を増やしたかったのだろう。一旦信者になってしまえば、教祖が進める新しい教材を買わないわけにはいかないだろう?それに気づかず、ただ熱心な信者よろしく彼の新刊本が出れば真っ先に本屋へ飛んで行って、購入する。読んでただ感心するだけ。そういう人は、絶対に豊かにはなれないんだよ。

今、私が話したようなことにいち早く気づいて実行した人だけが、現実に豊かになっていくという仕掛けなのさ。それに、この本のストーリーを実話っぽく構成するには、全くの想像力だけでは構築出来ないと思う。リアリティーが足りないっていう感じかな。そこで、ちょっと調べてみたんだが、金持ち父さんらしきモデルがいたことが分かった。

ネコペンギン:
それは一体どんな人なんですか?

メンター:
Keith J.Cunningham(キース・J・カニングハム)といって、テキサスでケーブルテレビのビジネスで成功した後、不動産ビジネスで大儲けした後に失敗して多額の借金を背負いながらも、友人からの依頼である会社のCEOに就任してまた元のように大金持ちになったという男さ。

実は、彼がロバート・キヨサキと知り合ってからお互いの家に泊まり合うくらい親しくなっている。恐らく、このカニングハムの実体験をモデルにロバート・キヨサキが「金持ち父さん貧乏父さん」を書いたのではないかな。このカニングハムも後にセミナー・ビジネスに乗り出してやはり大儲けしている。彼自身は、どうやら、アンソニー・ロビンスのセミナーにも影響を受けているようだ。

ネコペンギン:
なるほど、よくわかりました。一度、私もそういうアメリカで成功しているセミナーについて調べてみることにします。日本でも、ナポレオン・ヒル・プログラムを筆頭に、ヒーリング系のものや、能力開発をメインとしたものまで様々なセミナーが行われていますからね。私も一通り、体験してみることにします。

メンター:
自分で体験することが大事だが、体験しなくてもわかるようなレベルを目指さなくては、お金の浪費で終わってしまうので、それだけは要注意じゃ!

ネコペンギン:
ありがとうございました!!


(私のコメント)
人生設計は非常に重要なことですが、どうやって生計を立てていくか非常に難しい問題だ。多くの場合は先生や親などの言うがままの人生設計を選びがちだ。だから一流大学を出て官庁か一流企業で働きたがる。しかし誰もがそのような人生を選べるわけが無いのだから、他の人は負け組ということになるのだろうか?

私自身はそのような人生はバカバカしいと思ってきたから、適当なところに就職をして金を貯めたら独立して仕事をする計画を立てていた。もちろんいろいろな人の本を読んでどうしたら一財産築けるかを考え続けてきた。

私の場合は丘永漢や岡部寛之の本などが愛読書だった。最近ではロバート・キヨサキの「金持ち父さん」シリーズも読んでいる。それらの本で共通することは金を貯めて投資して財産を築くことを教えてくれる。だから私自身もそのようにしてきた。

最近の若い人はそのような人生設計を立てているのだろうか? 会社に就職をして定年まで勤めても年金も退職金も期待は出来ない。借金をして自宅を買って住宅ローンを死ぬ間際まで払い続けてもあまり意味はないだろう。むしろ「金持ち父さん」に書いてあるようにアパートなどに投資をしてエバレッジを効かせて財産を増やしていったほうがいいと思う。

私自身もアパートを建てて最低限の収入を確保してから会社を退職して独立をした。その前に株式投資や外貨投資などもして見ましたがなかなか難しくて断念した。その点では不動産投資は堅実であり十分に調査して投資をすれば外れは少ない。

しかしバブルの崩壊の影響をまともに食らって、現在は銀行も不動産には金を貸してくれなくなってしまったので開店休業状態になってしまった。バブル崩壊の一番の原因は信用不安であり、銀行も貸し渋りや貸しはがしなどに走ってしまうから、経済全体が収縮してしまう。

アメリカでは「金持ち父さん」シリーズがベストセラーになりロバート・キヨサキは億万長者になった。そこには投資の重要性が書かれているのであり、投資をすれば他人の時間やお金を使って収入が得られるのであり、貯金ばかりしていたのでは貯められる財産も限られたものになる。

しかしいったんバブルが発生して崩壊してしまうと投資は泡のように消えて借金だけが残ってしまう。日本のバブル崩壊がこれだけ長引いているのも消えた資産が1500兆円以上にもなり、過剰な借金を返済していくには20年から30年もかかるのだろう。

アメリカもバブル景気が続いてきましたが、アメリカもバブルが発生してサブプライム問題に見るようにバブル崩壊が始まったようだ。アメリカも「金持ち父さん」シリーズがベストセラーになったという事は多くの人が不動産投資に夢中になったという証であり、多くの人が不動産投資に走ったはずだ。

日本の経験から学べば、今のうちに換金できるものは換金して借金を最小限度に縮めるべきなのだろう。私自身も他に買ってあった土地などを早めに処分したからこそ生き延びれたのですが、キャッシュフローがないとデフレの時代は生き延びてはいけない。

私の場合もキャッシュフローが超低空飛行状態であり、動きが取れなくなったのはキャッシュフローがぎりぎりの為だ。このような状況になると政府が積極財政で金をばら撒いてくれないと金詰りでバタバタと倒産が出てくるようになる。しかし小泉構造改革路線は財政再建路線であり緊縮財政ではデフレ経済になってしまう。

「金持ち父さん」シリーズが世界的なベストセラーになったのは正しい事が書いてあるからベストセラーになったのであり、借金して投資をすることは財産を築く為に必要なことだ。しかし経済状況も見極めて投資をしないと時間と金の浪費に終わってしまう。

現在のような不況が長引いている状態では投資は適切なタイミングではないのだろうか? むしろバブル前よりも折り出し物の物件はいくらでもあり、チャンスはごろごろある。サブプライムが問題になる前は外資がおいしい物件を買いさらって行きましたが、不況な時こそ投資のチャンスだ。

ロバート・キヨサキ氏が非凡なところは、「金持ち父さん」シリーズだけではなく、ボードゲームを考案して20ドルから1000ドルで講演会を開いて売り歩いたことだ。ほんの売上げではいくら売れても1割ぐらいしか印税は入ってきませんが、講演会で本やCDやボードゲームを直接販売すれば利益は大きい。

以前なら本などを書いて著名人にならないと講演会を開けませんでしたが、現代ではネットで名前を売って講演会を開いて商売が出来るようになりました。本人のタレント性さえあればベンジャミン・フルフォード氏やリチャード・コシミズ氏のように講演会を開いて本やDVDを売って稼いでいる人もいる。

私もタレント性があれば講演会を開いて本やDVDを売って稼ぎたいところですが、フルフォード氏やコシミズ氏のようなエンターテナーではない。増田俊男氏なども講演会で稼いでいますが、彼らのような人間はアメリカには一杯いるらしい。国民性の違いにもよるのでしょうが、日本では胡散臭く見られがちなのは文化の違いだろう。

私なども丘永漢氏の講演会にも出かけたし、今でもフルフォード氏の講演会などにも行ってDVDを買ったりしている。このように行動的だし、だからこそアパートを建てたりオフィスビルを建てたりして実行に移しているのですが、一般の日本人は臆病だから一生サラリーマンが向いているのだろうか?




小泉激怒の内閣改造 3年前、国民は小泉改革を熱狂的に支持した。
しかし現在は、小林多喜二の『蟹工船』がベストセラーになるご時世だ。


2008年8月2日 土曜日

経済音痴の田原総一郎はいまだに新自由主義の
竹中・木村剛を出して応援している。サンプロより


構造カイカク路線を転換し、極右を取り込んだ福田改造内閣 8月2日 きまぐれな日々

麻生太郎を幹事長に起用し、挙党体制作りか、と思っていたところに驚いたのが野田聖子の入閣だった。これを知って、やっと福田首相や自民党首脳の意図がわかった。

これは、自民党の「コイズミカイカク路線」からの転換の意思表示なのだ。朝日新聞(大阪本社発行14版▲)の1面まん中あたりにも、「構造改革の転換 鮮明」という見出しがついている。

しかし、同じ朝日新聞の社説はそのことを指摘していない。朝日新聞は、日経新聞とともにもっとも強烈にコイズミカイカクを応援した新聞で、こと経済政策に関しては「最右派」だと私は考えているが、その朝日が構造改革からの転換を、社論としてはスルーしている。朝日だけではなく、毎日も読売も産経もスルーしている(これを書いている時間には、日経と東京の社説は、ネットではまだ2日付に更新されていない)。

おそらく、大新聞社は世論の風を見極めようとしているのだと思う。3年前、国民はコイズミカイカクを熱狂的に支持した。しかし現在は、各地で『資本論』の勉強会が立ち上がり、小林多喜二の『蟹工船』がベストセラーになるご時世だ。なんとも極端から反対側の極端に振れるのが日本人の心性で、1977年に社会党を揺るがした路線闘争の報道に接して江田三郎のシンパになって以来、ずっと中道左派を貫いてきた当ブログ管理人としては苦々しい思いを禁じ得ないが、結局のところ過激な新自由主義を支持する主張とそれに反対する主張のどちらにより強力な支持があるのか大新聞各社は判断しきれず、下手にどちらかに肩入れして読者を失いたくないから、社論を明確にしないのではなかろうか。もっとも、産経が左寄りの論調になることだけはあり得ないと思うが。

しかし、ネットの掲示板はいち早く反応した。3年前の郵政総選挙でコイズミを熱狂的に支持した連中は、今回の内閣改造に怒り狂っていたのだ。特に、野田聖子の入閣に対するネオリベ連中の反発にはすさまじいものがあった。一方、ネオコン連中からは、こんな政権で幹事長をさせられるなんて、と麻生太郎に同情する声が目立った。

そう、極右勢力を自民党にとどめておくことが、今回の内閣改造のもう一つの狙いだ。「HANAの会」と呼ばれる平沼赳夫、麻生太郎、中川昭一、安倍晋三連合のうち、麻生太郎が自民党幹事長に就任したことによって、平沼赳夫や安倍晋三は動きにくくなった。平沼一派と民主党の提携話は、これでなくなるのではないか。これは、今回の改造で個人的にはもっともポイントが高かったことであり、極右の麻生太郎が内閣に取り込まれたことで政権批判がやりやすくなった。これまでは、福田内閣が倒れたら次に麻生内閣が出てくるかと思うと、政権批判の矛先がどうしても鈍ってしまっていた。

もちろん、一部でささやかれている総選挙前の福田から麻生への禅譲の可能性もあるのだろうが、果たしてそこまで麻生に国民的人気があるだろうか。マスコミがあれだけ持ち上げた安倍晋三にしても、そのコクミンテキニンキは虚像に過ぎなかった。福田から麻生に代わって総選挙になっても、自民党が勝つ可能性などほとんどないだろう。それなら、一度下野を覚悟し、福田首相、麻生幹事長のまま解散総選挙を迎えよう、麻生はそう腹をくくったのではなかろうか。

構造カイカク路線からの転換に話を戻すと、自民党が公明党の要求する新自由主義路線の見直しを受け入れるには、この布陣しかなかったのだろうと思う。しかし、顔ぶれを見て思うのは、これでは旧保守の政官業癒着構造温存内閣だなということだ。一方、中川秀直やコイズミチルドレンは今回の政局で完全な敗北を喫した。テレビを見ていたら、竹中平蔵が「これはカイカクをやりたくない、そういう内閣だ」と言っていたが、今後新自由主義勢力による政権批判が一気に高まっていくことだろう。

野党第一党である民主党に求めたいのは、そういう竹中ら「経済右派」による政権批判に決して同調しないでほしいということだ。今回の内閣改造は、自民党内の「経済左派」の政治的勝利であり、閣僚には右翼掲示板投稿者のいうところの「リベラル」がずらりと並んだ(もちろん、当ブログは彼らが「リベラル」であるなどとは全く考えていない)。朝日新聞社説は、

今回の改造で、消費増税に積極的な「財政再建派」の与謝野馨氏が経済財政担当相に起用された。社会保障などの財源問題に正面から取り組むつもりなら歓迎したい。

と書き、普段から同紙が主張している消費税増税支持を改めて示した。

しかし、当ブログは現時点での消費税増税には反対だ。最終的には日本も高負担高福祉を目指すべきだと考えており、相当先の段階では消費税増税は避けられないと考えるが、それ以前に、中曽根からコイズミ・安倍・福田に至るまでの歴代内閣による新自由主義政策によって拡大した格差や貧困を是正してからでなければ、逆進性の強い消費税増税は国民生活を痛めつけるだけだ。財源は、民主党などが主張する無駄の削減もあるが、基本的にはこれまで軽減してきた法人税と所得税の累進性緩和路を元に戻すことだろう。今回「増税派」に敗れた「上げ潮派」の主張の最大のポイントは法人税のさらなる減税であり、もっとも過激な新自由主義政策なのだ。民主党はそんな勢力とは断じて協調してはならない。

それより、今回の内閣改造ではっきりしたのは、自民党が「旧保守」と「新自由主義カイカク勢力」にはっきり二分され、3年前とは逆に前者が政権を握り、後者が「抵抗勢力」と攻守ところを変えたことだが、その一方で「社会民主主義あるいは修正資本主義による福祉国家指向の勢力」は自民党の中にはないことが示された。加藤紘一あたりの本音は、あるいはそこらへんにあるのかもしれないが、彼はやはり「加藤の乱」で終わった政治家なのだろう。今回彼は、あっさり「旧保守」の側にとどまった。

それならば、民主党が党勢を伸ばすためには、社会民主主義あるいは修正資本主義の路線をとるのが、損得勘定からいえばベストだろう。

実は私は、民主党の政治家の多くは、損得勘定によって新自由主義にも修正資本主義にも振れる人たちだと考えており、基本的にあまり信用していないのだが、政治は結果がすべてだ。彼らが損得勘定によってであれ、修正資本主義的な政策をとってくれるのであれば、大いに歓迎したいと思う。


政調会長に保利氏 農政にも手腕発揮を 地元から熱い期待と注文 8月2日 西日本新聞

1日の内閣改造に合わせた自民党役員人事で、衆院佐賀3区選出の保利耕輔氏(73)が政調会長に選ばれた。党県連によると、県内からの党三役入りは、総務会長と幹事長を歴任した父・茂氏(故人)以来で、親子2代での党三役就任。政権与党における政策立案の要となるポストだけに、地元関係者からは期待と注文の声が上がった。

 2005年の前回衆院選に郵政造反組として無所属で出馬し、当選後に復党した保利氏。「一度は離党までしたのに、党のど真ん中に戻って来ることができた」。保利氏の後援会「一誠会」代表世話人の熊本大成・唐津市議長は、保利氏の党内での復権を確信した。

 とはいえ、保利氏自身が就任会見で「難しい仕事」と胸の内を明かしたように課題は山積。後期高齢者医療制度(長寿医療制度)の導入をめぐる混乱や物価高騰への不満などから、内閣支持率は一向に上がらず、保利氏の手腕が問われる。


(私のコメント)
小泉内閣は「痛みをこらえて構造改革」と言っていましたが、国民はその痛みの凄さを知らなかったようだ。「75歳以上は早く死ね」というような法律を作ったり、若者を非正規社員にして役員や重役達はストックオプションでウハウハにしてみたりと、コイズミの正体がばれてくるにつれて、新自由主義経済に対する反発が大きくなってきた。

テレビでは中川秀直元幹事長が内閣から外れて「上げ潮派」が排除されたと解説していましたが、「新自由主義派」が排除されたと言うべきだ。福田総理自身の記者会見でも経済対策を重点においており「上げ潮派」的な発言をしていたから、あくまでも小泉路線の修正だ。

安倍内閣でも郵政民営化で造反議員を自民に復帰させたりと小泉路線の修正を試みましたが、新自由主義を支持する中川秀直とマスコミの総反撃を食らって退陣してしまった。あとを継いだ福田内閣はどうするのかはっきりしませんでしたが、今回の内閣改造ではっきりと新自由主義路線とは決別したと見るべきだろう。

それは野田聖子や保利耕輔議員の政権復帰に見るように、小泉路線をはっきりと否定してマスコミから言わせれば抵抗勢力とか守旧派路線に戻ったともいえる。それは民主党が参院選で「生活が第一」とやって大勝利しましたが、国民はその時点で小泉路線から離れてしまっていたのだ。

もし小泉構造改革が成功して経済が飛躍的に回復したと言うのならば新自由主義経済は支持されただろう。しかし景気が回復したのは減税と非正規雇用を増やした大企業だけだ。現在でも消費者の年間所得は低下を続けている。これでは国民は悲鳴を上げて「生活が第一」の民主党に票が流れてしまった。

マスコミはなぜ新自由主義経済を支持し続けるのだろうか? 先週の日曜日のサンデープロジェクトでも竹中・木村コンビを出して我々は間違ってはいないと気勢を上げていましたが、新自由主義経済の本家のアメリカが火の手が上がっている。いまやみずほ銀行がシティに買収される時代ではなくなって、シティがみずほ銀行に買収される時代が来ているのだ。

「きまぐれな日々」のブログによれば朝日新聞も日経新聞も熱烈に小泉改革を支持してきたが、その他の新聞もコイズミ改革を支持していくべきか迷っているようだ。これからもコイズミ改革を支持し続けていけば新聞の売上げは落ちていく一方だろう。

国民の世論は極端から極端にぶれるのが常ですが、「株式日記」は一貫して小泉内閣の経済政策を批判してきた。外交では支持できる部分はありますが経済は非常にまずい結果を生んでいる。あのこと熱烈に小泉改革を支持してきた小泉信者のブログはどうなっているのだろう。ワーキングプアや非正規雇用の若者は小泉改革の犠牲者なのだ。

このような状況では小泉元首相も中川秀直元幹事長もしばらくは表に出てくる状況ではないだろう。それではなぜ新自由主義経済が上手く行かなかったかというと大企業しか景気が良くならなかったからだ。経済財政諮問委員会のメンバーは大企業と御用学者の集まりでありそこで決定されたことを閣議決定して国会では強行採決して構造改革を実行してきましたが、これでは上手く行くわけがない。

自民党は結果的に地盤であった地方を切り捨てて大企業のための政党に成ってしまった。トヨタやキヤノンはいまや業績は絶好調だ。そして非正規雇用は半数にもなって人件費を削りすぎて車が売れなくなるほどだ。トヨタの奥田会長はバカとしか言いようがないのですが、若者の年収が200万円では車が買える訳がない。

「株式日記」のホームページを見ていただければ分かるように、経済政策のスタンスははっきりしている。そこにはこのように書いているのですが問題の根源は税制を改悪してしまったから景気は回復しないのだ。


『 これに対して日本の平成2年初からのバブル崩壊は税制を、最高所得税率75%―>50%へ所得規制緩和し、更にアメリカが採用したことの無い3%のヨーロッパ型付加価値消費税を導入し個人消費へ規制強化したことが「原因」であるのに、バブル崩壊後、景気が完全回復していない、平成10年には、更に最高所得税率を50−>37%へ所得規制緩和し、更に消費税率を5%へ個人消費規制強化したため、日本経済を更に最悪の経済環境へ陥れ、結果として、日本経済は泥沼に陥り国家税収は更に大幅減少し「バブル崩壊後15年も経過してるのにバブル前の税収に遠く及ばず」若者の実質的失業率は最悪化し、多くの結婚も出来ない経済状況の若者を多数出現させ、合計特殊出生率はますます悪化し、年金問題はますます解決困難に向かい、日本民族 は消滅の未来に向かっているのです。 』




ブッシュ政権はすでに政権末期の状況に陥っている。対応が二転三転
することは、日本と韓国の同盟国に対する配慮を欠いているといえる。


2008年8月1日 金曜日

【竹島問題】日米同盟、黄金時代の終焉 7月31日 村田晃嗣・同志社大教授

米政府機関の地名委員会が竹島の帰属先を「韓国」に再変更したが、米政府はそもそも「主権未指定」にしなければよかったのだ。このような調整ができないほど、ブッシュ政権はすでに政権末期の状況に陥っている。また、対応が二転三転することは、日本と韓国の同盟国に対する配慮を欠いているといえる。

 再変更による米国の政治的意図は明らかだ。ブッシュ大統領が8月5日から訪韓するが、米韓自由貿易協定(FTA)はこじれ、米国産牛肉輸入問題で李明博政権は立ちゆかない状態にある。ブッシュ政権としては李政権に安定してもらいたいことから、韓国世論に迎合したのだ。

 米国がこうした方針を取った別の背景として2通りの解釈ができる。1つは、北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議で米国は、韓国の協力を必要としていることがある。日本が現時点で対北エネルギー支援に加わることができない状況では、韓国に肩代わりをしてもらうしかない。

 2つ目は、日本の民主主義の方が韓国よりも信頼が高く、日米同盟の方が米韓同盟よりも成熟している点を考慮し、再変更によっても日本世論は冷静に対応してくれるだろうとの信頼感がある。

 しかし、米国内には日本に対する、ある種の失望感があるとも考えるべきだろう。憶測の域を出ないが、米国の対日姿勢が、関係が良好だった小泉、安倍両政権からそれほど時を経ずにこのように変わったのは、福田政権が集団的自衛権見直しに消極的な姿勢をとっていることもあるかもしれない。インド洋での海上自衛隊の補給活動と、航空自衛隊のイラクでの活動から撤退するという日本政府の方針も影響しているのではないか。小泉・ブッシュ時代のような日米同盟の黄金時代が過ぎ去ったことは明らかだ。

 日本政府は韓国と同じレベルで反応せず、冷静な態度を取るべきだ。そうした対応をとることで、日本人拉致事件で北朝鮮に解決に向けて一層の圧力をかけるよう約束を迫るべきだ。さらに、国内の政局を安定させ、日本外交の制約を取り払うことが必要だ。(談)


北方領土と竹島(中) FujiSankei Business i. 佐藤優 2008/7/23

6月24日、島根県松江市で行われた「県土・竹島を守る会」(諏訪部泰敬会長、梶谷萬里子事務局長)の主催で行われた「二人が語る。領土を語る。島根の夕べ」に筆者と鈴木宗男衆議院議員(新党大地)が招かれた。一般にはあまり知られていないが、鈴木氏は2005年に衆議院議員に返り咲いた後、竹島問題について38本の質問主意書を提出し、「竹島はわが国固有の領土である」「竹島は韓国に不法占拠されている」との答弁を内閣から引き出している。質問主意書に対する答弁書は、閣議了解を経て内閣総理大臣名で提出されるので、そのもつ意味はとても重い。内閣答弁書の内容こそが日本政府の公式の立場である。

 鈴木氏は、「外務省は『われらの北方領土』という小冊子を発行しているのであるから、『われらの竹島』も発行すべきだ」という主張を、質問主意書を含め、何度も外務省に対して行ってきた。今年2月に外務省もようやく重い腰をあげて『竹島問題を理解するための10のポイント』という小冊子を発行した。前回連載でも紹介したが、この小冊子では、〈韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。このような行為は、竹島の領有権をめぐる我が国の立場に照らして決して容認できるものではなく、竹島をめぐり韓国側が何らかの措置等を行うたびに厳重な抗議を重ねるとともに、その撤回を求めてきています〉と日本政府の立場を毅然(きぜん)と主張している。

 筆者は「外務省もなかなかしっかりしている」と思ったが、それが勘違いであることを島根県庁の竹島資料室を訪れたときに気づいた。ここには来訪者が持ち帰ることができるように島根県が発行した竹島問題に関する広報資料が置かれていたが、なぜか外務省が発行した小冊子はカラーコピーしか置かれていない。筆者が「どうしてコピーしか置いていないのですか」と尋ねると、資料室の職員が「外務省から送られてきたのは15部しかないので、コピーを配布しています」という返事だった。島根県は、条例で2月22日を「竹島の日」に定めている竹島の日本への領有権確認を求める運動の中心になる県だ。島根県庁の竹島資料室に外務省が小冊子を15部しか送っていないというのは、「こういうものも作っています」といういわばアリバイを示すための工作といわれても仕方がない(島根県庁の他の部局に外務省がこの小冊子を送っているとは考え難い)。

 竹島を管轄しているのは隠岐の島町である。翌6月25日、鈴木氏と筆者は隠岐の島町に渡り、地元関係者と竹島問題に関する意見交換をした。外務省が小冊子を作ったという話をしたら、松田和久町長が「その話はいま初めて聞いた。隠岐の島には1部も送られてきていない」と言った。隠岐の島では、町役場、町議会、漁業組合などが竹島問題に真剣に取り組んでいる。その隠岐の島に外務省が『竹島問題を理解するための10のポイント』を送らず、そのような小冊子を作成したことを地元に説明していないのは不作為以外のなにものでもない。

 さらに、外務省は竹島問題に関して奇怪な行動をとっている。6月16日、島根大学で行われた公開講座で、外務省国連政策課の藤本健太郎首席事務官が「北朝鮮による拉致問題で、韓国の助けを得なくてはならないので、竹島問題では韓国に対して強くでることができない」との趣旨の発言を行ったということだ。6月24日の講演会で会場にいた島根大学生からこの話を聞いて筆者は驚愕(きょうがく)した。藤本氏は外務省の公務としてこの講演を行っている。こういう公開講座の際、竹島問題のような重要事項についてはどのような発言や質疑応答をすればよいかについて、主管課が作成した資料に基づいて行うのが外務官僚の常識である。

 さらに7月14日の記者会見で町村信孝官房長官は<日韓関係がぎくしゃくすると、新時代に向けた積極的な動きが頓挫するだけでなく、6者協議や拉致問題の解決にも悪影響を及ぼしかねない〉(7月14日asahi.com)と述べているが、藤本氏の発言と基本認識を同じにする。これは偶然の一致ではない。竹島問題を主管する外務省北東アジア課、特に山田重夫課長に問題があるというのが筆者の認識だ。次回はこの問題を徹底追及する。


(私のコメント)
ブッシュ大統領の外交は9・11テロの頃からおかしくなり始めて、イラク戦争で判断を誤り当初の早期撤退は出来なくなり、はてしの無い長期戦に巻き込まれて、毎月1兆円以上の戦費を支出している。それで当初のネオコン路線から外交政策を変えてきていますが、期待されたライス国務長官は外交的な成果を上げられず、北朝鮮にも弄ばれているようだ。

今回の竹島問題における帰属先の問題もライス外交の失態であり、パレスチナや中東に対するライス外交の評判はよくない。ライスはやはり学者であり政治家ではないから海千山千の外交の世界では思い通りには行かないのだろう。黒人で女性と言うハンデが意外と効いているのかも知れない。


例えばオバマと言う黒人の大統領がなった場合に、今までのような強面の外交が出来るのだろうか? ゴロツキ国家が沢山あるような世界で押さえを利かすには力をちらつかせながらメリハリの利いた外交が要求される。北朝鮮の金正日もブッシュ政権の弱点であるライスを突いてきた。もしライスが選挙で選ばれた議員出身なら政治力はあるのでしょうが、学者出身では交渉力は期待できない

竹島問題でもアメリカは当事者ではないのだから米韓の間で問題になることではない。それを国務省が藪を突いて蛇を出してしまった。日本と韓国の竹島問題は毎度のことだから年中ワイワイやっていればいいのでしょうが、日本もお公家さんのような福田外交では相手国ににらみが効かない。

北朝鮮の金正日はヤクザの親分のようなものであり、ライスのような学者や福田のようなお公家さん外交では北朝鮮に振り回されてしまう。韓国にしても直ぐに激しやすい国民であるだけに統治するのは難しく政治は安定化しない。今回の竹島問題もローソクデモでアメリカに向けられた国民の非難を日本に向けさせる為ではないかと思うのですが、アメリカが韓国から手を引けば韓国は成り立たないだろう。

しかし韓国は冷戦体制の崩壊で共産主義の防波堤という役割はなくなった。だからアメリカも日本も韓国から手を抜くことは当然のことなのですが、韓国の自立は地政学的に難しいだろう。朝鮮半島が二つに分断されるというのも事大主義的な国民性が招いたことであり、自主独立の気概がない。

戦後の日本も、アメリカに対する依存した政治姿勢は韓国そっくりであり、だからこそ韓国は竹島問題でもアメリカに対して強硬な抗議をしたようだ。昨日も書いたように日本と外交交渉をするときは先にアメリカと話をつけたほうが上手く行く。日本はアメリカには逆らわないと言うことを知っているからだ。

拉致問題でも金正日が日本を相手にしないのも、日本がアメリカの従属国であることを知っているからだ。外交と防衛をアメリカに丸投げしている以上は日本が金正日にバカにされるのは当然のことなのだ。韓国や中国も同じように見ているだろう。

しかしアメリカ自身の外交がしっかりしていれば問題な少ないのでしょうが、アメリカ外交が孤立化してEU諸国からも見放されて、まさにブッシュ外交はアメリカに対する自爆テロリストだ。田中宇氏によればアメリカは自滅したがっていると言う事ですが、国力の低下は隠せなくなってきた。

だから日本もそろそろ目を覚まして自主独立の道を探るべきなのですが、日本の保守派は親米保守と愛国保守の二つに分かれてきている。そして自主独立の道を探るのが愛国保守なのですが、親米保守はアメリカと運命を共にするつもりのようだ。

しかしアメリカ自身が国力の衰退を自覚しており、日本のようにべったりと付いてこられるとうざったくなるものであり、アメリカが日本を突き放す態度が見られるようになった。北朝鮮との関係もそうであり韓国との関係においても日本より北朝鮮や韓国により配慮するようになった。特に米中関係を見れば経済面では日米よりも米中のほうが親密だ。

どこまでも付いて行きます下駄の雪ではありませんが、日本もEUのように自立の道を目指すべきだ。通貨にしてもドルの基軸通貨制度は風前の灯火だ。だから円も国際通貨として目指すべきなのですが、日本政府はそれから逃げ回っている。90年代はアメリカも冷戦に勝利してIT革命で恒久的な繁栄が出来ると思い込んでいた。

しかし9・11テロがアメリカの転落の始まりであり、イラク戦争がアメリカの軍事力の限界を悟らせた。もちろん核戦力を行使すればアメリカは戦争に勝てるだろうが、アメリカ本土にも核ミサイルが飛んできて防ぐことは不可能だ。つまり核戦力は使えないことが分かってイランからもアメリカはバカにされている。

このような事はアメリカ自身が一番よく分かっているのですが、一番分かっていないのは日本政府なのであり、いまだに軍事と外交をアメリカに依存して国際的な貢献から逃れようとしている。アメリカは既に局地戦では中国に敵わないのであり、だから防衛ラインを日本からグアムとハワイの線まで後退させる。それに対する日本の外交軍事戦略は無いのであり、日本には防衛省はあっても大臣や事務次官は利権漁りに忙しい。

村田教授は親米派として「朝まで生テレビ」などに出てきている人ですが、それですら日米同盟の黄金時代は過ぎ去ったと話している。二番目の記事の佐藤優氏によれば外務省は竹島問題でも他人事のような対応しか出来ない。政治家もはっきりした外交戦略を打ち出すべきなのであり、配慮ばかりしても問題は解決しない。

町村官房長官の記者会見を見れば分かるように、ブッシュ大統領の判断に対して抗議はしないという事は竹島を自から放棄したとみなされる危険性がある。だからこそ韓国や北朝鮮は強く出れば日本は折れると見て強硬な態度で来るのだ。アメリカも日本なら無視しても大丈夫となめられてしまっている様だ。


戦前の外交の歴史も、日本の土下座外交と日本が切れて戦争に踏み切ることの繰り返しであり、軍事力は外交交渉の手段なのであり、軍事力を行使することよりも見せ付けることで交渉を有利にさせることだ。しかし日本海軍はゼロ戦や戦艦大和を隠して外交交渉に使わなかった。外交は硬軟使い分けてすべきですが、日本は土下座か戦争するかの極端なやり方はまずい。

外交交渉が決裂して相手国が戦争を仕掛けてきたら応戦する必要がありますが、政治家は最後の最後まで外交交渉で解決すべきなのであり、先手必勝ではいつかは大怪我をする。アメリカもイラクで大火傷をしていますが、軍事力の使い方を間違えているのだ。



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