株式日記と経済展望

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『ルポ貧困大国アメリカ』 堤 未果:著
「市場原理」が競争により質を上げる合理的なシステムだと言われる
一方で、「いのち」を扱う医療現場に導入することは逆の結果を生むのだ


2008年3月31日 月曜日

ルポ 貧困大国アメリカ」堤未果:著

『ルポ貧困大国アメリカ』 堤 未果:著

第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
 アメリカの国民一人当たりの平均医療費負担額は、国民皆保険制度のある先進国と比較して約2.5倍高く、2003年のデータでは一人当たり年間5635 ドルになる。
民間の医療保険に加入してもカバーされる範囲はかなり限定的で、一旦医者にかかると借金漬けになる例が非常に多い。(67)

 2004年の医療保険の掛け金は前年より全米平均11.2%アップで4年連続二桁台上昇している。このため医療保険の加入を維持できなくなった従業員 25人以下の会社が急増し、2006年の時点では、四人家族の掛け金は平均で年額1万1500ドルに上昇、そのため国内で保険を提供しているのは全企業のわずか63%になってしまった。(68)

 全米294の都市のうち、その地域の保険市場の50%以上をたった一社が独占している都市は166あり、その地域で競争相手がいない保険会社は保険料をいくらでも値上げできる状態になっている(Associate Press Data 2006)。(68)

 2006年12月に『JAMA』(Journal of American Medical Association)誌が発表したデータによると、家族と生活している人のうち保険の掛け金を含む医療費の個人負担分が家計所得の10%を超えていた人数が1996年には1170万人だったのが2003年には4880万人(19.2%)に増加している。(70)

 アメリカには日本のような一律35万円の出産育児一時金がなく、すべて民営化による自己負担のため、所得による格差のしわ寄せが妊婦たちを直撃する。入院出産費用の相場は1万5000ドルだ。(71)

 2007年1月の時点でアメリカ国内には4700万人の無保険者がおり、そのうち900万人が子どもである。(73)

 2008年の連邦予算案では、低所得層向け医療保険予算を今後5年間で78億ドル削減し、さらに児童向け医療保険制度も大幅削減されることになっている。(73)

 入院日数の短縮も患者を苦しめている。たとえば一日100万ほどかかる脳卒中の場合、平均入院日数は7日を切っている。総費用のうち実際の医療にかかる分を低く抑えるために、保険会社が病院や医師に病名や手術ごとの治療における「標準」を示しているからだ。
心筋梗塞の手術に対して入院は4日まで、乳がん手術なら2日まで、というように細かく決められている。(73)

 高すぎる医療費に加えて産科医不足も深刻な問題だ。訴訟大国であるアメリカの産科医は収入の半分が損害賠償保険の掛け金として消えることも珍しくない。
 アメリカの医師たちが訴訟に敏感になったきっかけは、1970年代にさかのぼる。70年代初期、急増する医療訴訟と賠償金額の高騰により、多くの保険会社が身を守るために医療損害保険から撤退したり、掛け金を大幅に増額したりした。その結果、収入の3割が医療損害保険料に消えるようになった医師たちは大きなダメージを受けた。

 特にひどかったのは医療過誤訴訟のリスクが高い救急外科や産婦人科の医師たちで、中には年間5万ドルだった保険料が22万ドルを超したために廃業に追い込まれた医師も少なくなかった。(75)

 1965年。メディケア設立法に署名した第36代リンドン・ジョンソン大統領は、今後はアメリカの医療状況の未来は明るいものになるだろうと宣言した。……
 高齢者のための公的医療保険である「メディケア」は、「ソーシャル・セキュリティ・タックス」と呼ばれる社会保障税を10年以上支払うと65歳で受給資格を得ることができる仕組みだ。受給者は毎年100ドル支払うと、医療費の20%を自己負担するだけでよくなり、60日までの入院は一律800ドルを納めればよいことになっている。(77-78)

 このようにメディケアは心臓病や糖尿病などの慢性的に薬を必要としている人には負担が大きい。アメリカでは処方薬が非常に高価だからだ。
 アメリカの公的医療保険制度にはこの政府負担の「メディケア」(高齢者医療保険制度)と、政府と州が半分ずつ負担する「メディケイド」(低所得者医療扶助)の二種類があるが、どちらも高すぎる医療費と保険会社が支配するアメリカ医療システムの中で連邦政府と州政府の両予算を圧迫し、非常に問題になっている。
 2005年のメディケア受給者数は4230万人、2000年に比べ6・6%増で、連邦政府の支出額は2946億ドルとなっている。
 一方、メディケイドの受給者数は5340万人で、2000年からの急激な貧困層の増加に伴い50・4%もの増加率となり、連邦政府の支出額は1980億ドルであった(Office of Management and Budget 2006)。
 2006年10月に国の人口が三億人を超えたアメリカで、貧困世帯の増加は国民の6人に1人が公的医療支援に頼り州の財政を圧迫する結果を生みだしており、今では財政支出全体の20%がメディケイドに当てられている州さえある状態だ。
 また、メディケアの全支出の約50%は老人ホームなどの長期ケア施設費用に充てられており、これも財政難を悪化させる原因となっている。
 この制度のもうひとつの問題として、医師や病院側がこの「メディケア」患者を受け入れないことがある。理由は医療費が制限されていること、そして病院側が診療後メディケアにその医療費を請求しても、審査により請求金額が認められないケースが多いことなどだ。
 1983年、レーガン政権はこれらの問題を解決するために出来高払いから定額支払いのDRG(診療群別定額支払い制)と呼ばれる新方式をメディケアに導入した。
 DRGとは、全疾患を468の診療群に分類し、その群に応じて実際にかかったコストとは無関係に政府が病院側に定額を支払う制度だ。
 出来高払いだった時にはサービス量を増やすほどに病院側の収入が増えたのに対し、このDRG定額支払い制度では医療サービスの量を減らすほど病院側の収入は増えることになる。(79-81)

 医療サービスコストを切り詰めることで病院の利益が増えるDRGシステム、目的は入院ケア費用の切り詰めだった。……
 実際、このシステム導入の一年後にメディケア患者の平均在院日数はそれまでの9・6日から7・4日と二割以上減り、回復期患者のケアは一般の病院からリハビリ施設や在宅医療などへ移行していった。……
 平均在院日数だけでなく入院数自体も減少した。DRG導入年の1983年に120万床だったベッド総数は1996年には86万床に減り、現代の全米平均稼働率は全ベッド数の62%だ。その結果、DRG導入はアメリカ全土の病院数まで減少させた。1983年には5843だった一般病院は1996年には 5160となり、これは13年間で9施設中1施設が廃業したことになる(American Hospital Association 1996)。(81-82)

 企業が加入する保険は、各企業と保険会社が保険料やサービス給付について個別の契約を結ぶ仕組みになっているため、心臓や腎臓移植を受けて元気になった被雇用者が再び職場復帰したいと申し出ても、会社側から拒否されることが多い。移植後は免疫抑制剤等で高額の医療費がかかり、その従業員一人のために会社全体の保険料が上がってしまうことを避けようと、会社側が復帰させることを躊躇するのだ。(83)

 「市場原理」が競争により質を上げる合理的なシステムだと言われる一方で、「いのち」を扱う医療現場に導入することは逆の結果を生むのだと、アメリカ国内の多くの医師たちは現場から警告し続けてきた。
競争市場に放り込まれた病院はそれまでの非営利型から株式会社型の運営に切り替えざるを得ず、その結果サービスの質が目に見えて低下するからだ。
その顕著な例の一つに、1990年半ばに全米一の巨大病院チェーンに成長したHCA社がある。同社は現在、全米350の病院を所有、年商200億ドル、従業員数は28万5000人を超える世界最大の医療企業だ。
同社はコスト削減のために、採算が合わない部門や高賃金の看護師などを次々と切り捨て、患者には高額な請求をして利益を上げてきた。
同社が所有する病院に課した営業ノルマは利益率15%だが、各病院の平均利益率はそれをはるかに超えた18%という驚異的数字を達成している
。(83- 84)

 株式会社経営のしわ寄せは、最終的には患者を圧迫する。
 「ニューヨーク・タイムズ」紙のデータによると、薬品や医療機器を安く購入したりすることによって、HCA社は他の病院に比べ1・5倍の削減結果を出している。だがそれは必ずしも患者に還元されるわけではなく、患者は逆に他の病院よりも平均で8%高い金額を請求されていたことが発覚した。
  「ニューヨーク・タイムズ」紙は内部告発した従業員の証言をもとに調査を続けた後、同社が他の病院に比べ法外に高い請求をしていることを捜査当局に通報。この事件はスキャンダルとして大きく報道された。(87-88)

 1999年末、アメリカ国内の主要医療機関は患者の最も大きな死亡要因の一つが「医療過誤」であることを明らかにした。
 患者の病気そのものや健康状態に直接起因せず、病院側の医療管理によって健康を損なうことを「医療事故」と呼ぶが、アメリカでは年間3360万人の入院患者の2・9〜3・7%が入院中に起こる「医療事故」の犠牲になっている(Linda T. Kohn, Janet M. Corrigan, and Molla S. Donaldson, To err is human: building a safer health system, National Academy Press, 2000)。
 国立医療研究所(国立科学アカデミーの一部門)が1999年11月に発行したレポートによれば、医療過誤により毎年アメリカの病院で死亡する患者の推測数は4万4000人から9万8000人だという。これは平均で年間7万1000人が医療過誤で死亡していることになり、800万回に一階の民間の航空機事故や、年間約4万人の自動車事故と比べると、より深刻な社会問題となっている(同右)。
 また、同年 「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された報告によると、入院患者の5%、年間約180万人が入院中に感染症にかかっている(New York Times, Nov.9, 1999)。
 アメリカ疾病予防管理センターの調査では、医療感染が直接原因で死亡する入院患者の数は毎年2万人を超え、これに外来患者の7万人が加わっている。同センターの報告によると、この医療感染対策のための国の出費は45億ドルにのぼるとのことである。(88-89)

 CIA(アメリカ中央情報局)が発表しているランキングでは、アメリカの乳児死亡率は2002年に増加に転じ、死亡率は乳幼児1000人中6・3人であった。世界で乳幼児死亡率が最も低いのはシンガポール(乳幼児1000人あたり2・29人)で、日本は4番目に低い(3・9人)数字を出している。(90)

 アメリカ医療制度の最大の問題点は、これまでも見てきたように増加する無保険者の存在だ。医療保険未加入者の数は2007年の時点で4700万人、この数は毎年増え続け、2010年までには5200万人を超えると予想されている。
 無保険者が増え続ける最も大きな理由は、市場原理導入の結果、医療保険が低リスク者用保険と病人用保険に二分されてしまったことだ。
 ウォールストリートの投資分析家たちは、医療損失が85%を超えると配当が期待できないとし、投資対象としての保険会社に対して医療損失が80%以下であることを期待する、投資家たちから見離され株価が低下することを最も恐れる保険会社は、医療損失を減らすためになるべく病人を保険に加入させないようにする。
 保険会社が企業と契約し、就労可能な「健常社員」の方を優先して加入させた結果、国民は健康な間は会社を通じて安い医療保険に加入できるが、一度病気になり会社で働けなくなった途端、高額な自己加入保険か無保険者になるしか選択肢がなくなってしまう。
 メディケイドに加入するという最後の選択肢を使うには、貯金をすべて使い果たし「貧困ライン」以下のカテゴリーに入らなければならない。(90-92)

 アメリカ合衆国全体で医療サービスへ支払われる金額は年間1兆7000億ドルで、アメリカ国内総生産の15%以上を占めている。医療品の購入金額も世界一で、一人当たり年間728万ドルを医療品購入に費やしている。だが2000年にWHOが出した世界医療ランキングではアメリカの医療サービスレベルは 37位と非常に低い(日本は10位)。
 医療の市場化が進むにつれて、低所得の人が病気になった場合の経済的負担が年々拡大し、医療費が払えないという理由で自己破産する人口が急増するようになった。ハーバード大学のエリザベス・ワレン教授によると「医療費負担」は、「クレジットカード負債」に次いで自己破産の直接原因第2位だという。さらに、病気が原因の失職など、間接的なものまで含めると、その原因の半数以上が「医療費負担・疾病関与」が理由である。こうした人々は無保険者となり、その数は年々増えている。
 現在、在日米国商工会が「病院における株式会社経営参入早期実現」と称する市場原理の導入を日本政府に申し入れているが、それがもたらす結果をいやと言うほど知っている多くのアメリカ国民は、日本の国民皆保険制度を民主主義国家における理想の医療制度だとして賞賛している。(92-93)

 1993年、クリントン大統領が日本式国民皆保険制度導入案を提示したが、共和党議会のつよい反対で実現しなかった。
 「市場原理とは弱者を切り捨てていくシステムです」
 そう言うのは、平等な医療ケアのために戦う「全米医学生協会」(American Medical Student Association AMSA)のジェイ・バット会長だ。
 「それがどういう結果をもたらすか、圧迫されている私たち医師や看護師、そして中でも一番しわ寄せを受けている患者たちは知っています。自由を信奉するこの国では、一見、自由な医療システムが存在しているように見えるかもしれません。ですが実は政府の介入がないことによって医療費は増大し続け、不安定な医療供給が行われているのです。民主主義の国において、市場原理を絶対に入れてはいけない場所、国が国民を守らなければならない場所は確かに存在するのです」
 AMSAは、医療現場で起きている不平等な現実についての認識を広め、保険会社の不当な独占体制にノーを言える責任ある医師を育成している。
 1950年に創設され、現在全米に6万8000人の会員を持つこの組織は、2006年11月にワシントンDCで大規模な「製薬会社不介入キャンペーン」を開催し、市民の前で会員たちが製薬会社からの贈賄拒否宣言をした。
 「製薬会社が使う広告費、販促費および医師への贈賄費用の合計は年間8億ドルで、中でも贈賄費用は医師一人につき1万ドルです。これにノーを言う医師を増やすこと、民営化された医療保険システムに反対する医師を増やし、政治家たちや一般市民に呼びかけていくことが、市場原理保険制度にノーをつきつける一つの手段であると、私たちは信じています」(93-94)。


(私のコメント)
昨日は小泉構造改革を批判しましたが、小泉内閣の新自由主義経済は民営化などを持ち込んで様々な改革に取り組んだ。しかし公的な部門にまで市場原理を持ち込んだために、様々な弊害を生んでいる。三位一体改革もそうですが、地方財政や医療制度などに大きな問題を引き起こしている。

だからこそ去年の参議院議員選挙では自民党は大敗して、「生活が第一」とキャンペーンをした民主党が大勝利した。しかし2005年の9・11総選挙では自民党は空前の大勝利をしたのですから、まったく訳が分からない。総選挙の時はマスコミは小泉改革を支持しようと言う大キャンペーンに踊らされて、去年の参院選挙の時は年金批判の大キャンペーンに踊らされた。

現在のねじれ国会は国政を停滞させて、いたずらな混乱を招くだけだ。今は小泉構造改革の歪みを正すべきときなのですが、政権を交代させるか自民党が政策を返るかしないといけないが、ねじれ国会が事態を空転させている。医療制度改革も救急医療などでたらい回し事件が多発していますが、三位一体改革の歪みなのだ。

「貧困大国アメリカ」という本は、市場原理主義国家のアメリカの歪みをルポしたものですが、小泉信者や親米派などに読んでもらいたい本だ。小泉構造改革はアメリカのいいところばかりを見てアメリカに学べと市場原理主義を取り入れようとしたのでしょうが、市場原理主義は金持ちには天国だが貧乏人には地獄なのだ。

もし、アメリカで病気にでもなって病院に入院などしたら一財産が吹っ飛んでいってしまう。日本のように国民健康保険制度が整備されていないから、ちょっとした病気で医者にかかると日本の10倍は費用がかかると見たほうがいい。だから日本人とアメリカ人との平均寿命などにもその影響が現れているのですが、それでも小泉信者や親米派の人たちはアメリカを見習えと言うのだろうか?

日本でも高齢化が進んで医療に使う費用は年々高騰する一方だ。健康保険制度も赤字が拡大して問題になっていますが、三位一体改革で医療報酬が削られたために病院などは医師を雇えなくなって地方の病院では医師不足で問題になっている。これを改革する為にアメリカ流の市場原理主義的改革を行なうと問題が多発する。

私自身も健康保険料は年間50万円近くも払っているが、病気で医者にかかる事は年に風邪などで1度ぐらいだ。ならば健康保険には入っていない方が50万円得である計算になる。市場原理主義的に考えれば健康保険料はもっと安くてもいいはずだ。しかし病気療養で毎月百万円以上かかる人もいる。全体的に考えれば保険料を値上げして医療体制を充実させる事が必要だ。

アメリカには巨大病院チェーンがあるそうですが、不採算部門を切り捨て、看護師などをリストラして市場原理主義を貫いている。そして患者には高額の医療費を請求してぼろ儲けをしているそうですが、現在の日本の病院もそれを真似た病院が増え始めた。まさに日本も命が助かるかどうかは金次第の世の中になりつつある。これも小泉改革のなせる業だ。

日本はあと10年もすれば65歳以上の高齢者が30%を越える割合となり、このような状況では高福祉高負担の国家とならざるを得ない。弱者切り捨ての小泉改革では国民の不満が爆発して去年の参議院選挙のような結果になる事は分かりきっていた。だから小泉改革を批判してきたのですが、国民は馬鹿だから結果が出てからでないと分からないのだ。小泉信者はそれでも改革は正しかったというつもりだろうか?

アメリカは、ハリケーン・カトリーヌに襲われた時に、ニューオーリンズの町には被災した多くの人々がいましたが、まるでアフリカのどこかの国のようだった。アメリカはこれから急速に貧しくなり中南米化することになるだろう。国内の石油は掘りつくして製造業は海外に移転してしまって、金融立国を目指しましたが、金融業も破綻しつつあります。まさにアメリカは貧困大国への道を歩んでいる。少なくとも日本が手本にすべき国ではない。




小泉構造改革で地方交付税は切り捨てられて、参院選挙で民主党に
投票したら、道路特定財源も切り捨てられて民主党にも裏切られた。


2008年3月30日 日曜日

そのまんま自民党な全国”痴痔”会 3月27日 田中康夫

削減されたら地方財政は大混乱、と全国痴痔、改め知事会は祝日に当たる20日に臨時会議を開催し、道路特定財源の暫定税率分を死守せよ、と緊急声明を発表しました。“そのまんま自民党”“そのまんま国交省”な時代錯誤です。

“25円還元”を煽る野党こそポピュリズム=大衆迎合だ、と息巻く政府与党は、以下の事実も知った上で猶、民意は自民党に在り、と胸を張り続けるのでしょうか?

「日経ビジネス」の読者調査では76%もの定期購読者が、「道路特定財源の使途に対するチェックが不十分で無駄が多い」と廃止を望んでいます。

「パニック」など起こり得る筈も有りません。悪名高き道路特定財源の暫定税率分は年間2兆6千億円。その内、地方分は9千億円に「過ぎません」。敢えて「過ぎない」と断言する理由を、知事時代の実体験を踏まえてお話ししましょう。

 財政赤字を僅か5年間で250兆円と3割増も悪化させた“なあんちゃって小泉・竹中へなちょこ内閣”は、その一方で「三位一体」なる羊頭狗肉な惹句を掲げ、地方交付税を毎年1兆円近くも削減し続けたのです。

 取り分け、平成15年度の地方交付税は、前年度より1兆5千億円近くも激減。しかも、総務省と財務省から各自治体に削減額が通達されたのは、驚く勿れ、当初予算の審議を行う2月議会直前の1月末でした。

 地方交付税の使途は、福祉・医療・教育・農業・商業と行政全般に及び、影響ならぬ被害は甚大です。にも拘らず“三百代言宰相”に陶酔していた全国自治体の首長と議員は、怒りの拳を振り上げるどころか逆に、「あ〜ん、痛みを伴う改革って素敵〜ぃ」と徹夜作業で組み換え提出した当初予算を可決したのです。

 繰り返しますが、今回の地方減収分は遙かに少ない9千億円。而も、影響は道路に限定されています。なのに、長い物に巻かれる体質の知事会は、「安値のガソリンスタンドに人々が殺到してパニックになる」と責任を野党に押し付け、元売り最大手の新日本石油も、3月31日迄に仕入れた在庫は25円高で販売せよ、と系列給油所に支持する始末です。

 呵々。斯くなる事態を防ぐべく既に野党は準備万端、25円安で販売した在庫分に関して差額を還付する混乱防止法案を21日に提出しているのです。責任は偏に、件の法案すら採決しない、脳死状態に陥った政府与党に帰するのです。


労使交渉かと見紛う浅ましき25円の攻防戦よ 1月31日 田中康夫

「暫定」を34年間も放置し続けて猶、今後10年間も「暫定」を堅持し続けねば日本は衰弱する、と政府与党の面々は唱和しています。

 だったら、正々堂々と「恒久」税率として今国会に提出すべきだったのではありますまいか? 実際、安全保障に関しては恒久法を制定せねば、と施政方針演説で言明しているのですから。

 而も、道路特定財源の暫定税率に関する「日切れ法案」の審議自体が始まる前に、暫定税率の期限それ自体を延長する法案を提出する姑息な手段に打って出ました。

 衆議院で3分の2を占める与党が民意なのだ、と数の論理を持ち出しています。東京都知事を始めとする地方自治体の首長や議員も大半が、暫定堅持を唱和します。

 けれども、各種世論調査では逆に、国民の3分の2以上が暫定税率の廃止を望んでいるのです。即ち、与野党間のねじれが原因なのではなく、民意とねじれている日本の代議制の在り方こそが問題なのです。だから、特定の支持政党が無い、と答える国民が半数を超えているのです。

 日本の面積が膨張している訳もなく、逆に人口は1年間に世田谷区と同じ80万人づつ減少しています。面積当たりの道路密度は既に、アメリカの3倍、イギリスやフランスの2倍に達しているのです。日本道路協会も認める現実です。

 漫然と造り続けるのでなく、直し始める政策へと転換が必要です。にも拘らず、新たな市町村道の建設には5割以上の補助金を手渡す一方で、維持・修繕は自治体が自前で行うべし、と奇っ怪ニッポンそのものです。

 道路だけでなく橋梁や隧道の点検や補修も滞れば、アメリカの橋梁落下と同じ悲劇が続出しかねません。今こそ、直し始める分野へと公共事業の在り方を転換すべき。それこそは、直ぐには構造転換出来ない各地域の土木建設業者が担当可能。疲弊した地域経済の活性化にも役立ちます。

 なのに、与野党共に、労使交渉かと見紛う25円の攻防戦に終始しています。福田内閣は環境内閣だと自画自賛するのなら、道路建設に代わって低床式のLRT=次世代型路面電車を全国の市街地に導入し、高齢者が運転する自動車事故を減少させる、ってな“夢を感じさせる提案”を、少なくとも出して頂戴よ。


(私のコメント)
最近の政治的混乱は、参院選で「国民生活が第一」とした民主党が大勝してから予想できた事なのですが、やはり参院選で民主党に票を入れたことは地方にとってもマイナスにしかならない事が分かり始めた。民主党は暫定税率廃止なのだから一般財源化も反対なのだろう。そうなれば地方には道路財源か一般財源も減らされることになる。

それに対して全国の知事たちは暫定税率の維持を訴えている。すでに4月からの予算に組み込まれているからだ。暫定税率が廃止されればガソリン代25円が安くなると言う話ですが、1ヶ月ほどでまた元に戻るだろう。民主党としては政府与党を揺さぶる材料にしている。

地方財政は今や火の車であり、小泉構造改革では三位一体改革で地方交付税が毎年1兆円減らされてきた。これが出来るようになったのも小泉改革を国民が支持したからですが、実際に痛みが及んでくるようになって小泉改革の中身が分かり始めた。三位一体改革と言いながら地方交付税が減らされて貧しい地方自治体はますます貧しくなった。

これに対して民主党の小沢代表が「国民生活が第一」ということで参院選で大勝利してねじれ国会になってしまった。地方の人にとっては自民党にお灸を据えたつもりなのでしょうが、国会は空転するようになり、福田内閣の政治は停滞してしまって有効な政策が打てなくなってしまった。暫定税率も民主党は廃止を主張して地方には道路予算も削られることになった。

本来は、自民党は農村が支持基盤であり、民主党は都市が支持基盤であった。ところが小泉総理は都市型政治を行い、小沢代表は農村を回って支持を固めた。ここでも自民と民主のねじれがあるのですが、国民は目先の利益誘導型の選挙公約にすぐに引っかかってしまう。

2005年の9・11総選挙では「郵政民営化に賛成か否か国民に問いたい」として選挙が行なわれて自民が大勝利した。去年の参院選挙では民主党の農家への所得保障や「生活が第一」という民主党の公約に騙されて民主党が大勝利した。あまりにも選挙の結果が利益誘導的であり、国政に対する国民の理解度に疑問を持たざるを得ない。

世論調査では暫定税率の廃止が大多数なのですが、廃止されれば25円安くなると言う近視眼的な見方はお粗末だ。地方財政はますます苦しくなって住民サービスはますます低下する事になる。少子高齢化社会になれば小さな政府はありえず、高福祉高負担が求められる。ところが地方は交付税が削られ道路予算も削られることになる。

国民は、そこまで分かって暫定税率の廃止を求めているのだろうか? むしろ一般財源化して地方に分配して行くべきだろう。ならば福田総理の提案で法案をまとめればいいのではないかと思う。そうしないと地方の財政がますます苦しくなる。

問題の根本原因はねじれ国会ですが、地方は民主党支持で固まっているのだろうか? 自民党も参院選の惨敗で地方対策を見直しをしようにも民主党が邪魔をしている形になっている。暫定税率が廃止されれば9000億円が地方に行かなくなる。しかし国民の関心はガソリンの25円に行ってしまっている。

小泉内閣の経済政策は最悪であり、5年間で250兆円も財政赤字を増やしてしまった。財政再建に力を入れた結果がかえって財政赤字をひどくしているのであり、積極財政で税収の増加を図るべきなのだ。しかし道路や橋や箱物では効果が無くエコロジー対策などに重点を置けば、再生可能な発電施設や田中元知事が言うようなLRTなどの普及で地方都市の再生を図るべきなのだ。




公的資金投入に国民は強い抵抗を示し、感情的反発には凄まじい
ものがあったのである。それが「失われた10年」の原因となった。


2008年3月29日 土曜日

米国よ、公的資金注入で「失われた10年」の轍を踏むな! 3月26日 ダイアモンドオンライン 辻広雅文

サブプライムローン問題に端を発した金融不安が老舗証券会社のベア・スターンズを実質破綻させ、米金融界の損失が合計1兆ドルにまで及ぶと推測されるに至って、いよいよ米国政府に金融機関への公的資金注入圧力がかかり出した。

 これまで米国金融当局は資本増強の自助努力を強く促し、実際、巨額の損失をきたした金融機関は、中国や中東の政府系ファンドにまで出資を仰いだ。だが、自助努力だけでは不十分だ、金融不安が金融危機に深化しないうちに公的資金を注入せよ、というわけである。とりわけ日本の識者は、「わが国の苦闘の過去を教訓とせよ」と叫ぶ。
 
 日本の苦闘の過去とは、いうまでもなくバブル崩壊後の“失われた10年”を指す。株式、不動産などの資産価格が下落し、銀行の資本不足による貸し渋り、貸し剥がしを誘発して実体経済が長期にわたって悪化したわけだが、すでに1992年頃から公的資金投入(当時は金融機関の資本に注入するという考え方に統一されていたわけではなかった)は議論され始めていた。

 だが、広く国民(産業界の大部分も)は強い抵抗を示し、したがって政治家も官僚もはなからその気がなかった。己の利益を拡大するためにやりたい放題の乱脈融資を行ってきた銀行だけをなぜ税金で助けなければならないのか、という感情的反発には凄まじいものがあったのである。ようやく金融機関への公的資本の逐次注入が始まったのは、金融危機が発火してしまいいくつもの金融機関が破綻した後の1998年であった。

 洋の東西を問わず、金融資本に対する人びとの目は冷たい。現在の米国社会も、略奪的取引とまで形容されたサブプライムローンの高利貸したちへの反感に覆われているだろう。その証券化商品を買い込んだ金融機関に同情するはずがない。

 下手に手を出せば政治問題化する。大統領選挙のさなかにとてもそんな冒険には出られない――米国政府は、そうした政治的困難のなかにある。

 だが、それを乗り越えて、公的資金を注入しなければ手遅れになる、と日本の識者は主張しているのである(皮肉を言えば、日本の金融危機に際し、早く公的資金を注入せよと毎日のように大蔵省に圧力をかけてきたのは、米国政府であった)。

だが、私は、公的資金注入は、現時点では反対である。日本の金融危機に学ぶべき第1の教訓は公的資金注入ではない、と考えている。

 現在、住宅バブルがはじけ、証券化商品の価格が下落し続けている。投機的行為が集中したのだから、その反動による急落はやむを得ない。それによって生じる損失は、誰かが負担しなければならない。

問題は、下落し続ける証券化商品の底値が見えないことにある。底値が見えないから金融機関の損失は確定せず、相互不信も消えない。この状況で資本注入するのは意味が薄い。

 おおよそでも損失額が見えていなければ、必要十分な注入額が分からない。注入額が不十分で、2次注入が必要になったら、さらに市場は不安になるだろう。もっと言えば、現時点で公的資金を注入させるのは、経済を回復させるために逆効果ですらあるだろう。

 なぜなら、下落し始めた相場を回復させるための鉄則は、落ちるところまで落とすこと、それもできるだけ早く、だからである。落ちるところまで落ち、合理的な価格としての底値が見えれば、自然に買いが入り、反発するからである。バブルを潰しきる、と表現してもいいだろう。

 では、今、底値はなぜ見えないのだろうか。流動性不足と恐怖感で買い手が不在になり、クレジット市場大混乱に陥っているからだ。トリプルAの債券すら3割も4割も大暴落し、市場の価格形成機能が完全に麻痺しているのだ。

 的確な信用リスクが反映される構造が壊れてしまい、価格は大きく歪んでいる。このままでは、落ち着くべき底値すら突き破って、オーバーシュートしてしまうかもしれない。とすれば、何よりこの価格形成機能を回復させることが最優先課題となる。

 実は、これこそ中央銀行の専門家に託された役割なのである。単純に市場を買い支えるのでは、むろんない。例えば、金融機関が抱える流動性の低いローン債券と中央銀行が保有する流動性の高い財務省短期証券を一時交換し、流動性を与え、市場に資金を呼び込むように仕組むのである。

 これは高度な金融技術の粋を結集し、巧みな市場操作によって果たされる難題であり、中央銀行にも実はこの分野の専門家は少ない。90年代から2000年代前半、市場に不良債権の自律的価格形成機能を付与すべく実務家として腐心してきた1人が、白川方明・日銀総裁代行である。米国中央銀行のFRBのスタッフは昨年夏以降、この日銀のスキルを学ぶべく何度か来日している。

 市場の価格形成機能の回復という難題を克服し、オーバーシュートという市場の暴力的特性を制御し、適正価格としての底値が発見されれば、証券化商品価格は反発する。そうなれば、利益を見込んだ民間の資金、資本が自在に動き出す。公的資金は不要、あるいは最小限ですむことになる。

 日本はバブル崩壊以降、政官財揃って資産価格の下落に度を失い、歯止めをかけることが最優先課題となり、株の空売り規制や公的資金による買いを出動など、公的介入が繰り返された。それがいたずらに場当たり的、逐次的だったこともあって、底値の発見が遅れに遅れ、10年以上も資産価格がずるずると下落し続けた。落ちるところまで落とすという相場の鉄則を無視したのであった。その結果、その間にいたるところで複雑骨折が生じ、回復に膨大な資金と時間を費やした。これこそ、日本に学ぶべき教訓であろう。



(私のコメント)
アメリカのバブル崩壊でアメリカ政府とFRBは次々と手は打っています。それに比べると日本政府のバブル崩壊における優柔不断さは目に余るものがあります。政治家が決断を下せないということは、それだけで悪なのであり責任の放棄なのです。そしてそれが間違っていたのなら責任を取ればいいだけの話です。しかし政府には適切な判断を下せる人材もいなかった。小渕総理は鈍牛総理と呼ばれ満身創痍になってしまった。

以下はちょうど10年前の1998年9月6日の株式日記ですが「緊急に公的資金を注入せよ!」と書いています。政治のリーダシップがないから「失われた10年」になってしまったのです。


緊急に公的資金を注入せよ!

1998年9月6日
今日の討論番組を見ると長銀に関しては、今の法制度でも公的資金が入れられるので、自民党が責任を持ってやれば済む事なのに何をもたもたしているのであろうか。長銀が不良債権処理や債権放棄した分の自己資本不足分は優先株なり第三者割当増資を政府が引き受けて処理をすれば済む事だ。その予算枠は既に30兆あるわけだから出来るはずです。ところが不決断の鈍牛総理にはそれは無理らしい。後々の野党の攻撃や国民の反発が目に見えているから、野党の協力の下に長銀の救済をしたいらしい。

長銀は低価法や時価法で決算をすれば債務超過である事は明らかです。原価法で計算すればなんとか債務超過でないらしい。しかし子会社への飛ばしがかなりあるらしく、その子会社の実態を明らかにしないと、住友信託は合併は飲めない事になるかもしれない。しかしそのような灰色疑惑を明らかにせぬまま自民党の責任で強引にでも救済合併させなければなりません。実態を明らかにすると長銀が法的に公的資金が入れられなくなるからです。そしてその責任を自民党は選挙でかぶれば良い事なのです。自民党は腹をくくるべきだ。いずれ飛ばし等の実態は明らかになったらあとから処分すれば良いのだ。

とにかく必要な事はルービン長官が言うまでもなく「量的、質的、スピードにおいて緊急性が重要」なのだ。さらに「ポイントは公的資金を早期に投入し、他の銀行へも実施するということだ」と言うように、金融再生法案の審議に時間を割いていないで、早急に自民党と政府の判断で公的資金の注入を実施する事だ。それほど世界情勢は厳しく破局寸前だ。金融再生法案は長銀への公的資金注入の後でも構わない問題だ。大和、さくら、富士、と次から次へと波及し始めたら手におえない状況になります。その為にも十分なリストラ策と経営陣の総退陣と退職金等の返還などの条件を満たせばすぐにでも実施すべきだ。

金融再生法案については野党との協議が必要になるし、どっちみち1っヶ月2ヶ月かかることだ。そのまえにロシアに始まった世界金融危機をどこかでストップ掛けなければならない。そのストップを掛けられるのは日本しかなく、日本の金融が危機的状態を脱すれば、アジアの金融危機も落ち着きを取り戻してくるのではないかと思う。東京三菱あたりはかなりアジアに貸付残高をもち与える影響は大きい。この政治的決断の出来る人は日本の最高権力者である総理大臣しかいないのだ。鈍牛総理にそれが出来るだろうか。来週も世界経済は荒れるだろう。



(私のコメント)
このように株式日記をつけていたことで10年前の様子が手に取るように思い出すことが出来ます。今から見れば私が書いていた事はアメリカ政府が今やっている事と同じであり、公的資金の投入で危機は回避できたはずだ。しかし鈍牛総理をはじめ政府には決断力がなく野党やマスコミはダメな銀行は潰せと煽りまくっていた。

結局は国民が馬鹿だからバブルを無理に潰してしまって、日本を長期低迷に追い込んでしまった。国民感情に流されればろくな結果をもたらさないのであり、株式日記で主張してきた事が実行されていれば90年代中にバブル崩壊の決着はついていたはずだ。1998年9月14日には次のように書いています


長銀株19円 野党は長銀を潰す気か?

1998年9月14日
昨日はリチャード・クー氏が「サンデープロジェクト」に出て一番適切な事を述べていたと思います。野党三党もその後で意見を述べていましたが、党利党略的な議論でまともには聞いてはいけません。菅直人氏も銀行が倒産したら、健全な取引先は保証協会の保証で引き継げると言ってましたが、それよりは公的資金を投入した方が、混乱も少なく予算も使わずに済む事でしょう。要するに野党三党は国民に評判の悪い公的資金の投入は自民党にやらせて、それを攻撃材料に選挙に臨むつもりなのでしょう。国民感情としては乱脈融資に走った銀行は潰せと言うのがマスコミ世論ですから、仕方のない事かもしれません。

しかしマネーセンターバンクが潰れる事の弊害を一般国民が知る由もありません。北拓が潰れた事でどれだけとり返しのつかない弊害があるか分かったはずなのですが、まだ国民感情としては潰せと言う意見の方がマスコミ世論も強いようです。これは土地や株価を下げろと言っていた頃のバブルの当時を思い起こさせます。マスコミ世論みなそのように言っていました。しかしその結果どうなったでしょうか、土地も株も大幅に値下がりして1億円していたマンションが2千万円で買えるようになりましたが、国民は豊かになったのでしょうか。みんな外資系の会社が値下がりした不動産を買い占めています。

野党の言うとうり潰すべき銀行を潰していったら、おそらくメリルリンチが山一の支店を買っていったように、買い占めていく事でしょう。それ以外に多くの日本の中小企業が潰れ失業者は10%を超え、失業保険はパンクし、町の治安は荒れるでしょう。無責任な野党政治家は銀行が潰れても大きな混乱は起きないと言っています。与党の言っている事は脅かしだと言っています。しかしこれは脅かしではなく長銀が潰れれば、他の銀行も協調融資や長銀がメインだったところが潰れれば、そこに貸していた他の銀行の融資も焦げ付きます。そして次々と他の銀行も体力を消耗して行き、やがては銀行の連鎖倒産が起きます。



(私のコメント)
今ではアメリカのメリルリンチが危なくなってきています。今昔の感がありますが、アメリカ政府は次々と手を打っている。ところが当時の日本政府は危機的状況に狼狽してしまって、野党は外資の手先となって銀行潰しに走ってしまっていました。政治的状況は当時と今とではよく似ていて、選挙をすれば野党が勝つような状況だった。

日銀総裁も民主党の反対で宙に浮いていますが、1998年頃と状況は全く変わっていないようだ。金融問題を民主党は政局に使って日本経済をおかしくしているのだ。大蔵次官出身がいけないということで反対しているのですが、要するに福田政権を追い込みたいだけなのだ。しかしアメリカでは金融危機に際して政府のやり方に協力している。公的資金投入にも反対していない。しかし日本では1998年当時は野党はそろって反対した。

マスコミも田原総一郎氏などがサンデープロジェクトなどで野党と一緒になって公的資金投入はダメで、潰すべき銀行は潰せとキャンペーンをやった。リチャード・クー氏は適切なことをいっても誰も理解できないようだった。野党は国民に迎合して間違った主張で政府を吊るし上げていた。しかし今のアメリカのやっている事に対して誰も批判しないのはなぜなのか?

結局は公的資金を投入して金融危機を回避する事が一番適切であった事が「りそな」救済あたりで分かったのですが、あまりにも時間がかかりすぎた。愚かな国民やバカなマスコミの理解力が低くて、それが「失われた10年」の原因なのだ。それと同じ事を民主党は今も行なっているのですが、国民はなぜ怒らないのだろうか? 日銀総裁を空席にして何のメリットがあるのか? 暫定税率の問題も混乱させるだけで、日本のことよりも政権奪取のほうが大事なのだろう。




Economistの記事が指摘していたところによると、ベアー社が行って
いたデリバティブ取引の総額は、約1,000兆円にも及んでいたそうです。


2008年3月28日 金曜日

回復が遅れるアメリカ経済 3月25日 増田俊男

今後の世界経済はアメリカ経済の行方に掛かってきた。前回の本誌で福田内閣に、日本には多少財政負担がかかるとはいえ同盟国アメリカの経済危機を救うと同時に、日本の国民の所得増につながる積極財政、公共投資増の選択肢があることを指摘した。前述のようにアメリカ経済とドルに対する不信からグローバル金融が十分に機能せず、アメリカを始め他の赤字国に黒字国の資金が適度に循環しなくなっている。弱体の赤字国のデフォルト(債務不履行)の発生が世界恐慌のきっかけとなる前に日本が率先して中国など黒字国と共同で内需拡大政策とBuy Americaを促進しなくてはならない。少しでもドル不信を和らげるために、100円を越す円高には為替介入でドルを買い支えることも躊躇してはならない。

前回世界恐慌の兆しがアメリカに現れてきたと述べたが、もう少し細部にわたって説明しよう。

先ず、アメリカの投資銀行と商業銀行のことを知っていただきたい。今回買収されることで話題になったBear StearnsやLehman Brothersなどは投資銀行。買収するMorgan ChaseやCitigroup、Bank of Americaなどは商業銀行である。投資銀行は株や金融商品等の金融取引と不動産関連債権取引の資金供給窓口であり、商業銀行は軍産複合体をはじめ実体のある産業向けの資金供給窓口である。投資銀行の資産は市場によって評価される時価会計が原則であるが、商業銀行は固定金利の預金債権のように市場の変化に関わりない債権が中心であるという理由や、実体産業に大きな影響力を持つことから一定の資産に対しては時価会計を免れ、また一定の債券に対しては非開示の特権(ブラックボックス)が与えられている。

不況時以外でFRBが資金供給する相手は商業銀行であって投資銀行ではない。だから今日のように投資銀行が危機状態にあるときFRBの資金は商業銀行に流れて投資銀行の買収や統合のために使われる。私は、かつてサブプライムローン問題が発生したとき、これがきっかけでアメリカの銀行の再編成が起きると述べたが、まさに今それが始まったことになる。今後商業銀行が投資銀行を傘下に収めるか統合することでアメリカの金融界が一本化されることになる。

ところが時価会計に縛られずブラックボックスの特権を持つ上にワシントン(政治)に庇護されている商業銀行に危機が訪れようとしている。Citigroupの2005年12月から2007年12月までの四半期ごとの会計報告によると、レバレッジ取引額の総資産に対する倍率が12.3から18.2倍に跳ね上がっている。市場に左右されない真水の資産(Tangible equity)に対する倍率はなんと41.6倍になっている。総資産(Total equity)に対する真水の資産(Tangible equity)はわずか2.3%。今日のマーケット状況ではCitigroupが手持ち債券を売ってレバレッジのかかったリスク債権を減らすことは難しい。アメリカの実体産業への資金供給窓口である頼みの商業銀行も今や危険水域に入り、融資能力が落ち込み始めた。

今後大手商業銀行のブラックボックスの中身が表ざたになってくると、ドル安を手がかりにアメリカ経済の牽引車になろうとしている製造業(兵器産業等)への資金供給問題が起きる。さらに保守主義になりつつある黒字国からの資金流入の激減でアメリカは赤字補填のためさらにドルと債券発行を迫られる。その結果は更なるドル不信につながる。このアメリカの悪循環がスパイラル化する前に日本と中国が思い切った内需拡大策を採ることと、ドル買い介入をして少しでもドル信認の回復に努めるべきである。もはやアメリカの経済危機はアメリカの金融・財政政策だけでは救えないことを知るべきである。



ウォールストリート「危機の時」 3月24日 ウォールストリート日記

まず、今回の危機の根幹となった問題は何かという点ですが、簡単に言ってしまえば、金融システムに重大な役割を果たす投資銀行が過剰のレバレッジを抱えており、その結果「流動性危機」に極めて脆弱である事実が露見したこと、と言える気がします。

同誌が指摘するところによると、80年代から長らく続いた低金利状態がもたらした株式・債券のブルマーケットと、90年代に急速に進んだIT技術の発展によるリスク管理能力の向上は、ウォースストリートに「レバレッジをかけて儲けを拡大させよう」というメンタリティを植え付けてしまったそうです。

1980年代前半頃、金融セクターは、アメリカの企業利益の1割と時価総額の6%を占めるていたそうですが、07年時点で労働人口全体の5%を占めるに過ぎない金融セクターは、実に企業利益全体の4割、株式時価総額の2割を占めているそうです。

ただその地位に至るに当たってウォールストリートは、本来の役割であった「キャッシュフローに基づく資金融通」という、いわば「投資銀行」機能を大きく超越し、レバレッジを効かせてフィーや投機利益の獲得に奔走するようになってしまったと、Economistでは指摘していました。

実際金融セクターが抱える負債は、1980年には非金融セクターの1割に過ぎなかったのが、現在では実に5割にも及んでいるそうです。GoldmanとMerrillという大手証券二社の例が挙げられていましたが、前者は$40bn(約4兆円)の自己資本に対して$1.1tril(約110兆円)の資産を、後者は$30bn(約3兆円)の自己資本に対して$1tril(約100兆円)の資産を運用しているそうです。

危機に直面した金融機関がレバレッジを下げようとすると、抱えている資産を「投げ売り」する必要が出て来ます。しかしそのような時、つまり現在のような時には、リスクアセットへの投資意欲は消失している事が多く、叩き売られる資産の反対に買い手がいないという「流動性リスク」が顕在化します。このことは、現在金融システムを混乱させている、大きな要因の一つとなっている気がします。

更にEconomistでは、規制の網の目をかいくぐることが利益追求の手段の一つとなってしまったことの問題も指摘していました。証券化に用いられるSIV(特別投資ビークル)については、山一證券が破綻した原因となった「飛ばし」に近い仕組みだと指摘する声も聞かれ、サブプライム証券につけられたAAAという格付の問題も、金融業界内外で頻繁に議論されています。

ただEconomistは、「だからこそ不用意な規制強化では問題解決にならない」と指摘しており、また現在の金融システムは「あまりに便利なもの」であるため、「多くの欠点を認めた上で、十分に救う価値のあるものだ」と主張していました。

その上で「今日の危機により、ウォールストリートは金融商品が内在するリスクについて再考する必要があり、業界史は新たなチャプターに入る必要がある」とも述べていましたが、そのことは最近のBear Stearnsの救済劇と関連して考えると、分かりやすいかもしれません。

(Bear Stearnsの一連の破綻危機は、市場に大きなインパクトを与え、現時点でも多くの金融メディアに報道されています。よってまた機会があれば、その流れについても触れてみたいと思います。)

Bear Stearnsは、Goldman、Morgan、Lehman、Merrillと並ぶ、アメリカ五大証券会社の一つです。

ニューヨークのグランドセントラル駅の近くに壮大な緑色の高層本社ビルを保有する同社は、モーゲージ証券業務とヘッジファンド取引(プライムブローカレッジ)業務に強みを持つ証券会社と言える気がします。

3月中旬に同社に関する信用不安の噂が流れ、同社が短期の資金繰りに困窮して破綻の憂き目にあった際、アメリカの中央銀行(FED)は、同社救済のために$30bn(約3兆円)の公的資金を提供し、また大手銀JP Morgan Chaseによる買収をお膳立てしました。

このことについてアメリカでは、何故一企業を公的資金をつぎ込んで救済する必要があったのか、従業員が破綻してボーナスを取り上げられることを恐れたからではないかなど、多くの批判の声が上がりました。

ただ色々な話を聞いていると、本当の救済理由は別のところにあったようです。

Economistの記事が指摘していたところによると、同社が行っていたデリバティブ取引の総額は、$10tril(約1,000兆円)にも及んでいたそうです。そんな同社が破綻してしまったら、金融市場に広範なダメージを与えた可能性が高かったと思われます。

そのような重大な役割をシステムの中で担っている大手証券会社が、利益追求のために自らのレバレッジ(リスク量)を膨張させ続けてて来た結果、信用不安による「短期流動性の枯渇」という単純な理由で、破綻しかかったという事実。これは今回の金融危機にあたっての、本質的問題の一つと言える気がします。

昨年の夏にBear Stearnsが運用していたヘッジファンドが破綻し、金融メディアやアナリストの多くがまだ今回の危機の重大さに気づいていなかった頃、経済専門チャンネルであるCNBCの人気番組「Mad Money」のホストで、元ヘッジファンドマネージャーでもあるJim Cramer氏が、「これはアルマゲドンだ!FEDは寝ているのか!」と絶叫していたのは、記憶に新しいところです。(なかなかユニークな人なので、YouTubeのビデオをご覧下さい。)

彼の主張がFEDに聞き入れられたとまでは言いませんが、今回FEDが大きく一歩踏み込んで、証券会社(プライムブローカー)に対してリスクアセットを担保にした資金供給を実行したのは、単に「リスク管理のミスだろう」と言って見捨てることの出来ない「システミックリスク」に対処する為であったと言えるかもしれません。

ただ残念ながら、今回のFEDの行動により、サブプライムに端を発した「クレジットバブルの崩壊」という問題が落着したと考えるのは、時期尚早な気がします。

というのは、FEDによるプライムブローカー(証券大手)に対する直接資金融通のメカニズムは、短期流動性の枯渇というリスクの解決にはなるものの、住宅価格やデット価値の下落といった根本的問題を、解決するわけではないからです。

住宅価格の下落の連鎖が止まらず、その影響がその他のコンシューマーローン市場に波及すると、個人消費も急速に冷え込んで、経済は下落スパイラルに突入してしまうかもしれません。その結果もたらされる不景気は、クレジット市場を更に悪化させると思われるため、「問題の底が見えない」と指摘する声にも、一理ある気がします。

こうして見てみると、現在のアメリカの金融危機が、米英が80年代より推進して来た金融セクターを中心とした経済システムと、ドルを基軸通貨としてアメリカの信用膨張を支え、アメリカの個人消費を最終消費地としている今日の世界経済システムの「根幹」に関る問題であることが、理解出来る気がします。

Economistが言うように、そのシステムは現時点でも正常に機能しており、今後も正常に機能し続けることが期待されます。ただ今回露見した様々な問題にどう対処し、システムを安定した状態に導けるか、ウォールストリートとアメリカ金融当局の叡智が試されているのは、間違いない気がします。


(私のコメント)
今アメリカの金融中枢で何が起きているのか、部外者にはまったくわからない。当事者たちも全くわからずベアースターンズ社の幹部ですら破綻を知らなかったくらいだ。前日60ドルの株価が2ドルになっていた。財務省もFRBもまだ全貌はつかめていないだろう。特に投資銀行の中身は全く分からない。マスコミもわからないから報道しない。

「株式日記」ではサブプライム問題は1年以上も前から警鐘を鳴らしていましたが、アメリカのバブル崩壊がいよいよやって来たということだ。ベアー社がJPモルガンに吸収合併されましたが、これは潰すに潰せない事情があって、1000兆円ものデリバティブの取引残高があったからだ。ベアー社だけでこれだけの残高だから清算するとなるとアメリカの金融が大混乱する。

アメリカの投資ファンドは利益を最大化するためにレバレッジを効かせた投資をしているから、損失もそれだけ大きな金額になる。しかしデリバティブはいわば金融のブラックボックスだから透明性が全くない。当事者しか分からないからだ。年中売買されている株式なら時価もわかりやすいが、ほとんど売買されない債券などは時価で評価の仕様がない。

土地や建物などの実物資産なら売買されなくとも算定は可能ですが、売却したくても買い手がいない債券は只の紙切れに等しい。利回りが良いことで買われてきたのですが、元本が毀損されて不透明なものは買い手がつかない。だから債券市場では国債が買われていますが、米国債が格付けで引き下げにでもなれば巨額の評価損が出る。

アメリカは金利の引き下げで実質金利がゼロとなりドルのまま持っていたのでは金利が稼げない。だから世界からの投資も集まらなくなりドルは外に逃げて行く。アメリカの投資銀行もキャッシュを増やす為に海外の投資を投売りして上海の株式市場は暴落している。当面は出て行くドルと返ってくるドルとが均衡してドル高も一時的にはあるだろう。

日米の金利差が縮小して円も逆円キャリーで高くなるだろう。中東の産油国もドルを手放してユーロや円を買って投資に回ってくるだろう。アメリカが当面ダメとなれば安心して投資が出来るのがEUか日本ということになる。しかし日本の金融業界はアメリカほどファンドの運用能力が無く実績もない。サブプライムでビックリしているくらいだから程度が低いのだ。

感心するのはアメリカ政府の金融危機に対する素早い対策だ。日本の場合は政府も日銀も右往左往するばかりで、先送りばかりで傷口をさらに大きくしてしまった。住専に6000億の公的資金にもマスコミは非難攻撃しましたが、アメリカは政府が不良債権を買いまくっているのに日本のマスコミは何の非難もしない。


NY連銀、「国債貸出」の担保拡大 3月25日 日経新聞

NY連銀、「国債貸出」の担保拡大
 【ニューヨーク=発田真人】ニューヨーク連銀は20日、今月27日に創設する証券会社向けの「国債貸出制度」の担保を、商業用不動産ローン担保証券(CMBS)にも拡大すると発表した。多額の住宅ローン担保証券(RMBS)の売れ残りで、手元資金の確保が難しくなっている証券会社の資金繰りを支援するのが狙い。

 国債貸出制度は一定期間、最大2000億ドルの国債を貸し出し、証券会社の資金繰りを支援する仕組み。担保は当初、高格付けにもかかわらず市場で投げ売りされている連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)債や優良住宅ローン証券に限るとしていた。


住宅ローン「担保割れ」も債務保証・米政府、借り手救済新提案 3月25日 日経新聞

【ワシントン=藤井一明】ジャクソン米住宅都市開発長官は信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)の返済に苦しむ借り手を救う新たな対策として、ローンの借り換えを支援するための債務保証の拡大を提案していることを明らかにした。市場で取引される実勢価格が担保価値を下回る「担保割れ」の物件を保有する人を対象に、国が借り換え前のローンの80―85%を債務保証する内容だ。

 21日付の米紙ワシントン・タイムズとの会見で表明した。長官はすでにホワイトハウスに原案を示しており、近く承認されるとの見通しを示した。



(私のコメント)
「株式日記」では銀行の不良債権を簿価で買い取れと主張してきましたが、アメリカ政府は素早くそれをしている。日本のバブル崩壊で日本政府の後手後手の対策をよく研究しているからだ。東大法学部卒の大蔵官僚たちは経済の事も市場のこともよくわからない。むしろ市場経験者をスカウトして外部の人間の登用をすべきなのですが、スペシャリストでないと金融市場が分からない。

欧米にも公的資金による救済には批判があることも事実ですが、日本のような「失われた15年」になるよりかはいいと判断している。政府日銀の無能なのはもとより、日本のエコノミストや経済記者たちの経済センスも最低だ。山一證券にしても何も潰してメリルリンチに売ることは無かったと思うのですが、社長の泣く姿が世界中に配信されて日本の恥をさらした。ベアー社のようにプレミアをつけて野村あたりに合併させれば済んだのではないかと思う。

あるいは政府日銀が無能なのではなく、アメリカの指図どおりにしなければ何も出来ない密約が出来ているのかもしれない。金利の上げ下げすらアメリカの顔色を伺いながらする態度はまさに卑屈そのものだ。ドル安が進めば再びドルの買い支えを命じてくる事だろう。マスコミは円高で輸出企業が苦しいためと言い訳するのだろう。国民はそんな風にみんな騙されているのだ。




さらば財務省!』 高橋洋一:著 
ハイパワード・マネーを増やすには日銀が国債を購入しなくてはならない。
国債の購入は、日銀にとっては大蔵省への屈服、敗北を意味する。


2008年3月27日 木曜日

「さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白」 高橋洋一:著

日銀が突いてきた大蔵省の弱点

一九九三年七月から配属された大臣官房金融検査部では、当時、焦点になっていた日本長期信用銀行を始めとする、不良債権問題に取り組んだ。

数ヵ月経った頃、ある理財局幹部から連絡があり、「高橋君、君が論文に書いていた事態は本当にあるのか」と、問われた。新たに理財局長に就任した石坂匡身さんとその幹部は、私の論文に目をとめられ、読んで仰天されたようだった。

石坂さんは次の田波耕治理財局長にも申し送ったようで、銀行局検査部に一年いただけで、一九九四年七月、再び理財局に戻された。石坂さんから聞いた田波さんが、「財投の金利リスクの解消はテクニカルなことが得意な高橋君にしかできないだろう。彼にやってもらおう」と決めたらしい。

当時私がやっていた民間金融機関の不良債権問題も重要だが、本家、大蔵省の足下に火がついている。民間金融機関の不良債権どころではない。「高橋を呼び戻せ」となり、私にALMプロジェクトの全権が委任された。

私が緊急の招集を受けた裏には、大蔵省と日本銀行の暗闘も絡んでいた。大蔵省時代から財務省と日銀は微妙な関係にある。

現在、一部の物価は上昇の動きを見せているが、いまだにデフレ基調から日本が脱却できないのはなぜか。日銀が依然として供給するお金一ハイパワード・マネー)を絞っているからだ。日銀プロパーの福井俊彦さんが総裁になってから、日銀のハイパワード・マネーは年率四%減なのだ。資金が供給されないのだから、デフレ脱却などはできるはずがない。

ちょっと脱線するが、二〇〇八年の大学入試センター試験でおもしろい問題があった。「(問)金融政策について、中央銀行が行うと考えられる政策として最も適当なものを以下から選べ
@デフレが進んでいる時に通貨供給量を減少させる、
Aインフレが進んでいる時に預金準備率を引き下げる、
B不況期に市中銀行から国債を買い入れる、
C好況期に市中銀行に資金を貸す際の金利を引き下げる」。

ある日銀担当記者のブログには、「日銀マンはこの問いには答えられない」と書いてある。たしかに、この間、日銀はデフレが解消されていないにもかかわらず、ハイパワード・マネーを減少させ、市中国債の買い切りオペの増額をしなかった。つまり日銀は@を行いBを行わなかったわけで、日銀マンにこの問題を出せば、「正解は@」と答えるかもしれない。

しかし、もちろん、大学入試センター試験の正解はBである。


なぜデフレでも日銀はお金を増やさないのか。突き詰めれば、それは日銀に染みついたDNAに起因する。ハイパワード・マネーを増やすには日銀が国債を購入しなくてはならない。国債の購入は、日銀にとっては大蔵省への屈服、敗北を意味する。日銀の強烈なエリートとしてきよ、つじの衿持が、それを許さないのだ。

根は深い。戦前、軍備拡張路線を受けて日銀は国債を際限なく引き受け、そのつけで終戦後、ハイパー・インフレになった。いわば葵に懲りて膳を吹くあまり、経済合理性とは関係なく、組織のDNAとして国債は買わない。国債引き受けは、日銀の屈辱の歴史なのだ。

いってみれば、日銀のつまらない面子のせいで日本はいつまでもデフレから抜け出せないのである。

自分たちの組織の論理にとらわれているのは大蔵省も同じで、両者は現実の経済そっちのけで、金融政策の主導権争いを続けてきた。

日銀のメンタリティが醸し出す愚策については後に詳しく触れるが、日銀が独自性を確保したのは一九九八年で、それまでは大蔵省の下部組織だった。日銀の生え抜きにしてみれば、大蔵省に牛耳られているのが、今まで以上におもしろくない。

いつも大蔵省にやられっぱなしだった日銀が目をつけたのが、大蔵省のリスク管理の甘さだった。日銀は国庫金を預かっているので、大蔵省の台所事情はなんとなくわかる。大きな金利リスクの存在を嗅ぎつけた日銀は、ここが大蔵省の弱点とみて、総攻撃をかけるべく準備をしていた。

攻める日銀側の中心となっていたのは、当時、日銀の理論の工ースだった深尾光洋さん(現.慶鷹義塾大学教授)だった。深尾さんが陣頭指揮を執り、二、三年前から調査統計局で分厚い「三部作」の論文をまとめ、大蔵省にぶつけようとしていた。

日銀の理事には大蔵省出身者がいる。そのうちのひとりから、大蔵省に日銀の不穏な動きが伝わり、日銀に追い込まれる前に早急に対策を練る必要が生じた。そこで田波局長から白羽の矢を立てられたのが私だった。

ALMの必要性は大蔵省でもそのころにはわかっていた。しかし、外に発注すると、情報が漏れる。かといって内部で処理しようにも、できる者が見あたらない。これが大蔵省の対応が遅れていた理由でもあった。

日銀に狙われているとなれば、なおさら外部に知られては困る。私が命じられたALMのシステム構築はトツプシークレツトだった。

「外部はおろか、省内にも絶対漏れないように」が上からのお達しである。役所では意外に部屋の位置が重要だ。部局でいえば、何かあればすぐに局長に相談に行ける、局長室の前の部屋で、緊急かつ重要な仕事をしている。

ALM準備室は大蔵省三階の局長室の真ん前に設けられた。大きな部屋のなかに間仕切りをして完全な個室がつくられ、私についた部下、三人で机を運び込んだ。資料は一切持ち出し厳禁。仕事内容の口外も御法度で、周りの連中は、あのなかでは何をやっているのだろうと訝しがった。

ALMシステムの構築は、外注して組ませれば二〜三年かかるだけでなく、一〇億〜二〇億円ほどのコストがかかる。私は外注したかったが、しかし、そんな予算も時間的余裕もないし、第一、外に漏れる。また、外部者に資金の流れを把握させるだけでも時間がかかるので、上は自分たちでつくれという。

本来はむちゃな命令ではあったが、われわれはわずか三ヵ月という驚異的なスピードでシステムを構築した。

わざなぜ、こんな離れ業ができたのか。二年前にすでに、半分趣味で、あらかたシステムの原型を組み上げていたからである。

システムができてほどなくして、日銀が大論文の「三部作」を携えて、乗り込んできた。しかし、時すでに遅し、あとの祭りである。三部作は、非常によくできたぺーパーであるが、大蔵省はALMをやっていないという前提で数字を計算している。

自慢したいわけではないが、われわれのやったリスク管理は、それまでの役所の発想では絶対出てこない方法だった。事実、役所でALMを取り入れたのは、大蔵省が最初だった。米国でも財投に似た制度があるが、米国予算管理庁の担当者に「日本ではALMがあるLと話すと、とても驚いていた。日銀は当然、大蔵省もやっていないと決めつけて攻めてきたのだった。

だが、こちらはすでに対応しているので、日銀の数字は間違っていた。

「この数字は違いますね」で終わり。ものの二〇分で決着がついてしまい、三部作論争は幻と消えた。

大蔵省と金融政策での覇権戦争を続ける日銀にとって、財投の欠陥は格好の攻撃材料である。だがそれが不発に終わり、日銀の下の者は不満たらたらで、「三部作は政治的圧力で漬された」と息巻いていた。日銀の若手が悔し紛れにリークしたのだろう、毎日新聞が取材に来たが、これまた「事実じゃない」で、おしまいだった。

一九九五年当時、政界で財投に対して非難の声が相次いだのも、この幻の三部作論争と無縁ではない。日銀が、永田町を回って政治家にレクチャーをしていたのだ。その根幹にあったのが、大蔵省理財局資金運用部が抱えていた巨大なリスクと財投の破綻危機だったが、われわれがいち早く対応したために、日銀は完敗に終わった。

大蔵省を死に至らしめかねない財投の金利リスクを解消した私は、省内では大蔵省「中興の祖」と持ち上げられた。

「今までは竹槍を持ってB29と戦っていたようなものだった。高橋君の開発したシステムはパトリオットミサイルだ」

ある幹部は、いささか古いたとえではあったが、私の成果を賞賛してくれた。(P56〜P61)


(私のコメント)
『さらば財務省』という本は、リチャード・ヴェルナー著の『円の支配者』以来の快著である。『円の支配者』では日銀の内幕を暴露してくれましたが、『さらば財務省』では財務省の内幕を判りやすく暴露している。『円の支配者』も日銀関係者から言わせれば「トンデモ本」というのでしょうが、『さらば財務省』では財務省や日銀関係者は同じように「トンデモ本」扱いするかもしれない。

私はなぜ日本が「失われた15年」から抜け出せないかを研究してきたのですが、大蔵省の財政政策と日銀の金融政策の間違いにあることは間違いない。しかしながら私は部外者なので具体的なことは指摘できなかったのですが、このような内部告発本が出ることによって、私のような外部の人間にも実態が分かるようになる。

大蔵省と日銀の暗闘も『円の支配者』で指摘されてきた事ですが、日銀は自己の面子のために金融政策を誤りながらもそれを認めようとはせず、頑として国債の日銀引き受けを拒んでいる為に日本はデフレ経済に陥ってしまった。財務省も財政再建を優先する為に増税路線に行ってしまって、消費不況を招いてしまっている。

しかし日銀が国債の買いオペをやればデフレが解消されてインフレになる事は分かりきっているのですが、福井日銀総裁になってからハイパワード・マネーはマイナス4%にもなっていると書かれている。これではデフレは解消せずインフレターゲット政策ではなくて、デフレターゲット政策を日銀はしているのだ。

経済実態から言えば年2〜3%位のインフレである事がのぞましのですが、日銀プロパーの三重野総裁、(松下総裁)、速水総裁、福井総裁と続いているためにインフレ政策は回避されデフレ政策が日本経済を窒息させているのだ。(松下総裁は大蔵出身)

松下日銀総裁の時は大蔵出身の日銀総裁でしたが、ノーパンシャブシャブ・スキャンダルなどで大蔵省パージが始まり、責任をとる形で1998年に辞任に追い込まれた。時のアメリカのクリントン政権が日本経済を潰す為に日銀と組んで、日本経済を金融でぎりぎりまで締め上げて、護送船団方式から銀行を潰す政策に変わってしまった。

「株式日記」では一貫して速水総裁や福井総裁のデフレ金融政策を批判してきた。経済評論家の森永卓郎氏なども日銀の金融政策を批判していますが少数派だ。日本のエコノミストや経済記者らは日銀ににらまれたら仕事にならないから日銀の政策を批判しない。

文中でも田波耕治理財局長が出てきますが、次期日銀総裁候補に名前があがった人だ。今回の日銀総裁の空白にも大蔵省と日銀との鬩ぎあいの結果であり、日銀はなんとしても大蔵次官出身の日銀総裁を潰そうと民主党を炊きつけているのだろう。いわば日銀と財務省との勢力争いが日銀総裁の空白を生んでいる。このままでは日銀出身の白川副総裁が日本の金融をまたしても仕切る事になってしまう。

財務省の財政政策もまたミスの連続であり、「失われた15年」の責任は大蔵省の責任が一番大きい。大蔵省は2000年に解体されて財務省と名前が変わりましたが、これはアメリカの財務省の支配下に入ったと言うことだ。そして日銀は大蔵の支配下から独立して人事権も大蔵省から独立した。5年間は総理大臣といえども日銀総裁を首に出来なくなったのだ。

だから日銀総裁がデフレ政策をとるとなると5年間はデフレ経済が続く事になる。だから日銀出身の日銀総裁が続く限り日本のデフレは続く事になる。なぜ日銀はデフレ政策を続けるのだろうか? 日本をデフレにして低金利にしてマネーを金利差でアメリカに流す為だ。その日本の金でアメリカはバブル景気に沸いてきたのですが、サブプライム問題で流れが変わりつつある。

財務省のキャリア官僚たちは東大法学部を出た人によって固められて、それ以外の出身者はよそ者扱いされている。高橋氏は東大の理数学部を出た大蔵省では異彩であり、だから東大法学部出身者たちの欠点がよくわかる。個人個人では非常に頭が良いのですが集団になるとバカ丸出しになってしまう。彼らはゼネラリストでありスペシャリストでないから、専門的なことは学者からの耳学問になってしまって本当のことが分からない。

これからのエリートはゼネラリストである事も必要だがスペシャリストである事も必要な時代になってきている。ゼネラリストだと財務相内では通用しても外界では天下り先で新聞でも読んでいるしか用のないゴミになってしまう。しかし高橋氏のようなスペシャリストなら外界に出ても引く手あまたであり、これからのエリートはゼネラリストであると同時にスペシャリストになれば官僚の天下り問題も生じないはずなのだ。

私自身も大学の法学部出身であると同時に、電気工学科を出た工学士でもある。だから宅地建物取引主任や第一種電気工事士も持っているから、脱サラしてもスペシャリストとして食っていける。しかし東大法学部を出ただけのゼネラリストでは財務省を退職したら何も出来ない。日銀総裁も金融のスペシャリストでなければ勤まらなくなってきている。

だから財務省も、大蔵次官経験者に拘らずに国際金融業務に精通した財務官僚を日銀総裁に据えるべきだと思う。この事は前にも「株式日記」に書きましたが、金融を理解すする為には天才的な頭脳が必要になる。東大法学部程度の頭では数学的な感覚がまるでないから、増税すると税収が減るというマクロ経済の理論が理解できないのだ。

マネタリーベースのグラフ 06年07年とかなり絞っている!


ハイパワードマネー...財務省 vs 日銀 3月25日 時事を考える

昨日新宿の紀伊國屋で買ったのはショーケンの本ではなく、池田信夫さんが紹介されていた高橋洋一さんの「さらば財務省!」だった、彼の親分^^竹中平蔵さんも昨日のテレビ番組でみられるように日銀批判を隠さないが、彼もこの本の中で日銀はデフレなのにハイパワードマネー...いわゆるマネタリーベースを絞っていると批判していたので、この10年の推移を調べてみた。

本には日銀が2000年の8月に取った、福井さんの前任者速水さんのゼロ金利解除について、当時プリンストン大学に留学していた彼が、同大学の教授で高名な経済学者のクルーグマンさんとか、現在FRB議長となった当時経済学部長のバーナンキさんなども、ハイパワードマネーを絞っておきながら解除したら、デフレがさらに進行すると日銀を批判していたと書いてある。

グラフをみていただくとわかるが、速水さんがゼロ金利を一旦解除した2000年8月の時点では、日銀は明らかにハイパワードマネーを絞っているので、ココでの彼の批判は正しいと言える、で結局速水さんもゼロ金利に直ぐ戻したと記憶している、しかしその後福井さんに替わる前あたりから、ハイパワードマネーをかなり緩めているのがわかる、批判を受けて日銀が立ち往生したというのが実態かもしれないが...(後略)



(私のコメント)
日銀の金融の調節方法は金利の上げ下げと、マネタリーベースの増加と縮小の二通りありますが、『円の支配者』でこの仕組みは明らかにされた。日銀は金利は下げても資金供給は絞り続けて『失われた15年』にしてしまった。マネーは国際的に動くからマネー供給を増やしても日米金利差があればマネーはアメリカに行ってしまう。日米の金利差を無くしてから資金供給すればデフレは収まると思う。




穀物の輸出国であった国が、自国の食料消費をまかなうために輸出を
ストップしているという事態だ。少なくとも8カ国が禁輸に踏み切っている


2008年3月26日 水曜日

世界では、食料の輸出をストップする国がたくさん出てきているということをご存じですか? 3月24日 やまけんの出張食い倒れ日記

(前略)

それ以上に、記事執筆の視点で、重要なものが多い。
たとえば、現在農業新聞で連載中の特集「食ナショナリズム」は多くの人が読むべき情報だ。

実は現在、世界で進行しているのは、穀物の輸出国であった国が、自国の食料消費をまかなうために輸出をストップしているという事態だ。少なくとも8カ国が禁輸に踏み切っている。詳しくはリンク先をみていただきたい(本当は紙面を買ってあげて欲しいのですけど)。

それが、当たり前なのだ。
世界的に天候が不安定になり、エタノール燃料にコーンを使われることになり、食べ物が枯渇していくかもしれないという状況で、自国の食料確保を優先するのは、当然のことなのだ。

一方で、多くの日本人が「太陽が明日も昇るように、食べ物もどこからか手に入るさ」と思っている。

しかし、まだ気づいていないようだが、日本はもう「国産が高ければ海外から買えばいい」とは全然言っていられない状態なのである。

こんなことに関する情報を、わざわざ記者を各国に派遣して特集記事として書いている新聞がほかにどれだけあるだろうか(いや、僕が読んでいないだけかもしれないので、すでに取り組んでいる新聞社さん、すみません。)。ということで、農業新聞、お奨めである。

もちろん、日本の経済の根幹を成り立たせている製造業、とくに輸出でその糧を得ている自動車産業などを優先しなければならない事情がある。それを考えないで食をどうしろこうしろというのは無責任であることも承知だ。

しかし、、、オーストラリアの大干ばつ、米国のコーン需要の増加、荒れ狂う異常気象によって減産が続く諸外国の穀物、そして気温上昇とともに頻発するようになった家畜や作物をおそう伝染病、、、

今後、おそらくいや確実に、世界の食はもっと高くなっていくのである。製造業に頑張ってもらい、お金を稼いでいただく一方で、足下の自国の食状況を改善することに本気で着手しなければならないはずだ。

そして、その改善の方向性について言いたいことがある。

いま、メディアなどで農業などについて「こうすべきだ」と盛んに言われている事柄群がある。
たとえば、

「農業は株式会社組織が中心となってやったほうがいい」とか、
「土地を集約して大規模化した方がいい」とか、
「農協という存在が悪なのだ、もう農協はいらない」とか、
「卸売市場はもういらない、中抜きをして流通の効率化をすればいい」とか、
「農家は儲かってる。車もたくさん持ってるし、、、」とか。

誰でも上記にあげたうちのいくつかは「え、そうなんじゃないの?」って思うだろう。

でも、第一次産業に少しでも身を置いた人なら、「そんなに単純な話じゃないよ!」と思うはずだ。

たとえば「農協組織が悪」だなんておかしい話だ。農協組織の○○がよくない、という話ならわかるが、とにかく農協を潰せば農業がよくなるという論には、「あんた何をもってそういうワケ?」と問わざるを得ない。僕の経験からすると、農協不要という人に限って「なんでそう思うの?」と聴くと、「えーっと、、、」と口ごもって、具体的な問題点を言えないことが多い。

農協が足かせとなって農家の活動や収益が制限されていることはたくさんある。しかし、その逆に農協があることによって農家の経営が成り立っていることも、制限されていることと同じかそれ以上にあるのだ。そうしたことをもっときめ細かく識り、理解するところから始めなければならないのではないだろうか。

しかし今やもっと重大な問題は、先に挙げたようなステレオタイプな農業批判を隠れみのに、もっと重要なことがなおざりにされているということだ。先に挙げた輸出国の禁輸状況もしかり。マスメディアや経済界は意図的に、本質的な問題から的をずらし、国民に間違ったメッセージを送っているいるというのは思いこみ過ぎだろうか。

今、高齢化が進んで耕作を放棄せざるを得ないような農地を、巧みに間接的に買い集めているような新興企業がけっこう出てきているという。そうしたところに、かなりの銀行などのマネーが注入されているようだ。

こうした状況が、僕は非常に怖い。そんな輩に日本の食料生産を任せてしまっていいんだろうか。
この国は本当に今、岐路に立っている。そしてそのことは、国民に知らされていない。

だから、これから遠慮無く、こういったことについて書いていきたいと思う。食い倒れ的エントリしか読みたくねーヨ!という方には目障りかもしれませんがね。申し訳ありませんね、これは私の個人的メディアなので、書きたいことは書かせてくださいね。

そんな決意表明をしながら、明日は宮崎県の地鶏調査に行って参ります。



食料の安全保障について考える 2008年1月18日 大地のエビちゃん日記

今日の新聞報道によれば、
製粉最大手の日清製粉が、3月からパスタを値上げすると発表した。
業務用パスタが30〜40%、家庭用パスタが15〜20%の値上げ幅である。

昨年11月にも値上げしたばかりだが、
その後も原料のカナダ産小麦の高騰が続いているため、とある。
カナダ産デュラム小麦の国際価格は、昨年8月からすでに倍以上になっている。

業界2位の日本製粉も、3位の昭和産業も
「日清さんと同程度の値上げを検討している」 と。
どこも状況は同じであるからして、
まるで申し合わせたかのように、と言っては失礼なのかもしれないが、
業界内のバランスが図られているようではある。

いずれにしても過去最大の値上げ幅である。

カナダ産の小麦が高騰する背景には、
EUでのデュラム小麦の不作、バイオ燃料原料への転作、ロシア・中国などでの需要増
などが挙げられている。
奪い合いになっているわけだ。

一方で、中華麺や餃子の皮に使われるオーストラリア産小麦は、
2年連続の干ばつに見舞われている。
こちらは、06年度に28万トンあった輸入量が、今年は1万トン程度になる見通し。


そしていよいよ、小麦輸出国が相次いで輸出を規制し始めた。
ロシア、アルゼンチン、カザフスタン、中国、ウクライナ、セルビア、インド…

「価格上昇どころか、現物の確保自体が難しくなっている」
と農水省の幹部が語っている (1/9付朝日)。

危機感を強めた農水省は、4月から 「食料安全保障課」 なる部署を新設するという。
新たな輸入ルートの開拓を目指すほか、国際需給などの情報をこまめに発表し、
食料安保の必要性を訴える、とのこと。

これぞまさに 「泥縄」 ってやつだ。

「新たな輸入ルートの開拓」って、どこにあるんだろう。
米・豪・カナダ以外に輸出余力のある国は、ないはずだが。
「3カ国とのパイプを広げるのが現実的」 との意見も出されているが、
すでに奪い合いの状況下にあるっていうのに、「パイプを広げる」 とは???

別な形で金を積んで、無理やり引き出させようとでもするのだろうか。
みんな引き締めに入っている中で−。
とんでもない高い買い物になりそうだ。 しかもそれには税金が使われることになる。
私たちは別な形でツケを払わされるのか。


ここで、
食料のグローバル化を唱えてきた偉い人たちの、
その主張されてきた論を振り返ってみたい。
こんな感じだ。

  世界の穀物価格が高騰しても、購買力の高い日本には危機となりえない。

  購買力が低い国のためには、国際的な緩衝在庫や緊急融資制度を用意し、
  先進国が輸入自由化を進め、国際市場の変動を吸収すべきである。

  輸出国の禁輸措置を防ぐためには、国際協調に沿って行動し、
  輸出国のよき顧客となるべきであって、農業保護に固守することはかえってマイナス。

  国内生産基盤の維持に必要なのは、潜在力としての生産力であって、
  平時から農業生産が維持されねばならぬわけではない。

  平時の自給率にこだわる必要はない。
  自給率に拘泥することは政策の自由度を狭め、改革の芽を摘むことになりかねない。

   <以上は、農林水産政策研究所・川崎賢太郎氏が論点整理をした論考−
    「グローバリゼーション下の食料安全保障」(『農業と経済』2007年8月臨時増刊号)
    から引用させていただいた。>

どう思われるだろうか。
いま進んでいる動きを見つめながら、
ひとつひとつの論に、自分なりの言葉を対置していきたいと思う。

  ●購買力の高い日本。
   −あらゆる食品が数10%値上げしても日本の消費者は大丈夫って、誰のことよ?
     格差社会が広がる中で…
   −すでに国際市場では、買い負けたりしてるんじゃなかったっけ。

  ●先進国が自由化を進め、輸出国のよき顧客となる。
   −ブッシュさんの演説に、すでに答えがあるようだ。
     「食料自給は国家安全保障の問題であり、それがつねに保証されている
      アメリカはありがたい。」
     「食料自給できない国を想像できるか?
      それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。」

     どこも自給率の維持は国家の使命だと考えている。
     ‘よき顧客’ はありがたいが、国内需要を保証するのが先決だろう。
     各国の小麦輸出制限はそう語っている。

  ●必要なのは非常時の生産力で、平時から自給率にこだわる必要はない。
   −行を割くことすら腹立たしい。
     非常時の生産を保証するためには、平時の生産力が維持されなければならない。
     優良農地も、生産技術も、不断の営みによって保たれる。
     錆びついた刀は、抜けなくなる。
     抜けたところで、斬る力と技の衰えた者は、たたかうことすらできないだろう。


ここまでつらつらと書いてきて、ふと思い出したのが、1993年。
‘平成の米パニック’ が起きた年の冬、
テレビ朝日の 「朝まで生テレビ」 なる討論番組に呼ばれて、議論に参戦したことがあった。

ああ、あの時とおんなじ気分だ。



食料の安全保障について考える(続) 2008年1月19日 大地のエビちゃん日記

まず、食料は金さえ出せばいつでも手に入るし、日本には買う力がある、
という前提がある。
それが貧しい国から食料を奪うことにつながっていることは、あえて無視するか、
「別な形で援助すればよい」 という論理にすりかえられる。
93年の日本の緊急輸入がコメの国際価格を高騰させ、
コメが食べられなくなった人々がいたことは見ようとせず、
したがって心が痛むこともない。

自国のことしか考えてないことを、見事に表現してないだろうか。

『すべての人々が、健康に暮らせるために必要な量の、
 安全で栄養のある食料を、手に入れることができること』

これが 「フードセキュリティ」 の国際的な共通概念なのだが、
自国の農地を改廃させて、他国から買い漁る国は、
実は極めていびつで、世界標準から大きく逸脱しているとしかいいようがない。

それはまた、輸出力(国際競争力) のある産業がこの国を守っている、
という強烈な固定観念にもよるようだ。
工業を優先して、その貿易を守ることが日本の豊かさを守っている。
食料(農業)の保護主義は捨てろ!むしろキケンだ、という信念のようなものがある。

しかし、こんな国運営をしている国は、実はどこにもなくて、
あの手この手で国内の食料生産力を守ろうとしているのが、万国共通政策である。
食料の安定的確保は、貿易のみで保証されるものではない。
極めてリスキーで、食の安定はどの国においても「国家の基本施策」 である。
昨日紹介した、日本を揶揄したブッシュさんの演説が象徴的だ。

要はバランスの問題であることを、すっかり忘れてしまっている。
いや、特定の利益を守ることを最優先したいがために‘仕立て上げられた’論、
そのお先棒を担がされていると言えば、言いすぎだろうか。

15年前の「朝生」討論で、こんな発言があった。
「コメも自由化して、海外からの圧力によって、日本の農業の甘さを立て直しましょう」

あの頃よく使われていた言い方である。
こんな無責任な亡国の論を到底許すわけにはいかないと常々思っていた。
本音は ‘農業は潰れてもいい’ に近い。
自分でも分かるくらい興奮して、必死で叫んでいた。

「そんなのは、政策でもなんでもない!
 他国の力を借りてこの国の農業を立て直すなんて、暴論を通り越して
 ただ無責任に国(民)を放り投げようとしているだけだ。
 僕たちの食料と農業と環境をどうつくるのかは、僕たちの手でやらなければならないことだ」

番組終了後、テレビ局の方から、あなたの発言が一番良かった、と
言ってもらえたのを、今でも覚えている。

経済(数字) だけで国力を語るなら、次のことを考慮に入れる必要がある。
外部経済という観点だ。「外部不経済」 の観点といってもいいか。

そのモノがつくられることによって、タダで得られているものがあるとすれば、
そのモノの価格には、お金に換算されてない別な価値が潜んでいる。
その価値を 「経済」学として捉えてみれば、
その価格で買うことによって守られている価値が見えてくる。
逆にそのモノがつくられなくなったら、潜在的に保証されていた価値も消える。

たとえば、ある製品が環境を汚染して、
その汚染を除去するのに税金が使われたとするなら、
それはその製品の外部不経済部分として検証される必要がある。

農業こそ、外部経済の視点も含めてで捉えなければならない典型産業だと思う。
水田によって保たれている環境や生物の多様性の世界。
その地域に適切に農家が存在することによってタダで保証されてきた森や水系からの恵み。
(もちろん、農薬による地下水汚染といったリスク−不経済部分−もある。)

食料貿易の議論では、なぜか自由化推進派はこの論を意図的に排除する傾向がある。
食料と環境の結びつきは、市場の論理と相容れない要素を強く持っているのである。

フードセキュリティに環境の視点を含めると、
さらに‘世代間の公正さ’(数世代後の人たちも同等な安全が保証されるか)
という視点も生まれてくるが、
そこまでいくと話が終わらなくなるので、ここでは触れずに、置きたい。

要するに、どう考えても、まず ‘市場開放ありき’ なのだ。
なににつけても、‘ためにする’論構成は、やっぱヤバイ。

最後に、4月から農水省に設置される 「食料安全保障課」という部署。
これにかかる費用も税金である。
外部経済(不経済) の観点から検証してみたいものだ。



(私のコメント)
70年代のオイルショックの時も出てきた話題ですが、石油が上がると農産物価格も上がる性質になっています。なぜならば現代の農業は耕作機械によって農業が営まれている為だ。日本でも田植えから刈り取りまでみんな耕作機械でやっている。その耕作機械は石油で動いているから、石油が高くなれば農産物も高くなる仕組みだ。

アメリカなどではコーンでバイオエタノールを精製して値上がりする原因にもなっているそうですが、日本はアメリカやカナダやオーストラリアから大量の飼料や食物を輸入している。しかし石油が1バレル100ドル時代になって安い資料や食料を確保していく事は難しくなる一方だろう。

戦後のアメリカは小麦や大豆などが慢性的な供給過剰であり、消費地を求めて日本などに給食などでパン食を奨励してきた。その結果、日本では昭和35年では48%が米でしたが平成16年では米の割合は23%に減った。私の場合は朝昼晩とご飯ですが、若い人は朝はパンで昼はラーメン、夜がご飯といったご飯離れが進んでいる。

そして劇的に増えたのが肉などの畜産物が多くなり、昭和35年は3,9%だったものが、平成16年では15,5%に増えている。つまり5倍近くも肉を食べるようになり、生活が豊かになるにつれて肉食が増えた。しかし肉を作るには大量の飼料を必要とするのであり、世界的に飼料不足が問題になってきた。

さらには中国やインドなどの人口大国の経済成長により、肉食が多くなれば爆発的に飼料の消費が増える事になる。そのために今まで食料輸出国だったものが輸出を停止するようになった国が八カ国もあるということです。中国も2004年に食料輸出国から輸入国になった。毒入りギョーザ事件がなくても中国からは安い食品はいずれ入らなくなるだろう。

中国やインドなどの人口大国が経済成長すればまず石油が足りなくなり、次いで食料が足りなくなるのは火を見るよりも確かな事であり、そのことで経済成長に乗り遅れた最貧国は子供の餓死などがニュースになるようになる。日本も金を出せば石油も食料も何でも買えるという時代は去りつつある。否が応でもエネルギー自給と食糧自給を考えなければならないのですが、日本人の思考は停止している。

最近の日本経済はデフレといいますが、なぜ物価が上がらないのだろうか? 今までは不景気でも物価だけは上がり続けてきた。いわゆるスタグフレーションが当たり前だった。ところが90年代から物価が上がらなくなり最近ではデフレで値下がりするものすらある。一時期、吉野家の牛丼が280円になったり、ハンバーガーが50円になったりした。100円ショップでは豊かな品揃えで日用品が売られている。

これらはアメリカのドル安や中国の市場経済参入などで安くなったものですが、これはいつまでも続くものではなく石油のの高騰や一次産品の高騰になってはね返ってきた。そして世界的にスタグフレーションの時代がやってくる事になるのだろう。ニュースでも日用品や食品の値上げラッシュで消費者は悲鳴を上げ始めた。

今までは値上げしたくとも、安い海外製品が入ってきたので値上げできなかったものが、最近では海外製品が値上がりしているから値上げしやすくなったのだろう。ドルが安くなっても石油や食料が値上がりしているから円高ドル安も値下げにはつながらなくなった。

今までの戦後の日本はエネルギーも食料も情報も外交も安保も何でもアメリカを頼って生きていれば良かったのですが、エネルギーも食料も日本の努力が求められる時が来ている。日本の農業政策はアメリカの圧力によってかなり歪められてきましたが、食料の自給率を上げる為に国産の農業を振興しなければならない時が来ていると思う。エネルギー政策も中東の石油ばかりに頼れなくなるから多角化が必要だ。

最近の世界経済を見るとグローバル市場経済に転機が来ているように思える。世界で石油も食料も自由に売ってくれなくなり、日本が金を出せば何でも売ってくれる時代ではなくなってきたということだ。食料にしても輸出余力のある国はアメリカとカナダしかない。オーストラリアは慢性的旱魃で無理になった。他にどこがあるのだろう? 無ければ国内で自給するしかない。

今までの日本の農業は、円高によって海外の安い農産物によって生産は落ちる一方になり、農家の高齢化と離農で日本の食料自給率はカロリーベースで1960年の80%から2004年には40%に低下してしまった。穀物自給率は28%にまで落ちている。日本の農業はこれでいいのだろうか? 

地方の再生は農業の振興にあると思うのですが日本の農業戦略はどうなっているのだろうか? グローバル市場経済は石油と一次産品の高騰と共に状況が変わってきた。だぶついた石油と食料の時代は終わり、中国とインドの24億人の人口が石油と食料を、ますます消費拡大していくから後戻りする事はないだろう。そして限られた資源を求めて世界各国は奪い合いを始めるだろう。それでも日本のグローバリスト達は金さえあれば何でも変えると思っているのだろう。




チベット問題で、共産主義中国が足音を立てて崩れている。
胡錦濤体制が続く限り、もはやチベット問題は抑えきれない。


2008年3月25日 火曜日

アメリカ国務省、乱心か、中国政府の人権政策を称賛した。 3月22日 ステージ風発

アメリカ政府の国務省がこのところ多方面から激しい非難を浴びています。
国務省の言動には奇妙、奇異、堕落と呼べるようなケースが多いからです。

最も顕著なのはチベット民族を弾圧している中国政府に対し「人権状況は改善された」という判定を下したことです。国務省はチベットでの流血の大弾圧が始まる直前に、中国を「人権侵害国」の年次リストから外してしまいました。中国政府の最近の人権政策を前向きに評価したということです。年次リストから外すことは賞賛と皮肉られても仕方ないでしょう。
その直後にまさに大規模な「人権侵害」事件が起きて、全世界が中国当局を激しく糾弾されるようになった経緯は周知のとおりです


ワシントンでも、このため国務省は多方面から激しい批判を浴びるようになりました。
コンドリーザ・ライス長官(下の写真)も非難の的となっています。
これほどの人権弾圧を断行する中国政府をなぜ「人権状況改善」とみなすことができるのか、という批判です。大手新聞の論説もこぞって、この国務省の判断ミスを非難しました。議会でも共和、民主の党派の別なく、議員たちからの国務省非難が次々に表明されています。ライス長官ら国務省幹部はこのミスを認めて、謝罪しています。

(中略)

ライス国務長官は3月11日付のワシントン・ポスト社説でも正面から非難されました。
見出しは「ライス女史の後退」、そして副見出しには「かつてエジプトの改革を主唱した国務長官がいまやアメリカの援助につけた人権保護上の制約を放棄した」と書かれていました。
エジプトにも人権侵害があり、アメリカ政府は2003年にエジプトに与える軍事援助のうち1億3000万ドル分をエジプト政府が反政府系のジャーナリストを不当に逮捕したとして凍結させました。
抗議の意図です。
ところがエジプト政府がこの種の言論弾圧をやめていないのに、アメリカ国務省は従来の「凍結」部分を解除してしまったというのです。
ワシントン・ポストはその解除の措置をライス長官への公開質問状のような形で非難しました。

さらに日本にとって重要なのは国務省がライス長官、クリス・ヒル次官補(下の写真)の主導で北朝鮮に対する宥和政策を進めていることです。
国務省首脳は北朝鮮が核兵器放棄の問題で「申告」をすれば、すぐにでも北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外すと言明しています。かつてのブッシュ政権の首脳は「北朝鮮の日本国民拉致事件が解決されない限り、テロ支援国家の指定を解除しない」と何度も言明していたのです。それが豹変してしまったのです。
このことも前述のロスレイティネン議員やジョン・ボルトン前国連大使が非難を続けています。

こうしたアメリカ国務省のこのところの言動や判断はアメリカ国内でも愚弄の的に近くなっています。つい、「国務省、ご乱心?」と、問いたくなるような現状です。



胡錦濤体制が続く限り、もはやチベット問題は抑えきれない 3月25日 柏木理佳 ダイヤモンドオンライン

チベット問題で、共産主義が足音を立てて崩れている。

 近年、チベット自治区ラサでは小規模なデモが繰り返され、弾圧が行われている。今回のチベット問題は、これまで中国国内では抑えられてきた小規模デモに対する弾圧が、チベット自治区では通用しなかったことが明らかになった。

 今回、中国政府にとって手痛かったのは、3月16日までの党大会の時期を狙われたことだ。日頃、中国政府がもっとも緊張するのは、党大会(日本の国会)にあたる時期である。大事な党大会中にデモが発生、拡大することは、胡錦濤国家主席にとって失脚にもつながる大変な失敗である。北京五輪前で世界が注目しているこの時期、しかも党大会の時期を選んで、チベット側は長年の胡錦濤への恨みを爆発させたのである。

チベット弾圧が評価され出世街道を上り詰めた胡錦濤

 チベット側の胡錦濤への恨みは、1989年に遡る。その年、チベットではチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世らによるデモが発生した。そのデモを沈静化し、チベット支配を強化するために、自治区の共産党書記として派遣されたのが、胡錦濤である。戒厳令を敷く弾圧政策を実施して、反乱を鎮圧したことで胡錦濤は出世した。今、国家主席にまでのしあがったのは、チベットの民族独立を阻止し、支配を強めたことが手柄となっているからだ。そのため胡錦濤は、反省や融和の意向を示すよりも、むしろダライ・ラマを批判し続けている。今さら反省の意を見せては、1989年以来のすべての行動に対して謝罪しなければならなくなるからである。

 近年、ダライ・ラマは香港型の一国二制度を提案していたが、これが中国中央政府に拒否されたことが現在のデモや反政府活動の強化につながった。ダライ・ラマはこれを国際問題として取り上げられるよう、積極的に欧米を訪問していた。

 アメリカを味方につけ、国際問題になれば、チベット側に有利になる。しかし実際にそうなれば中国にとっては、台湾独立にも繋がっていく危険がある。なんとしてでもチベットの反乱を鎮めたいところであった。ところがデモを抑制できないばかりか、弾圧によりデモに関係のない女性や子供などの死者まで出す始末である。

 一方、中国政府が話し合いの場を持たなければ、ダライ・ラマは退位すると明言している。そうなれば、これまでよりも活動家たちは尖鋭化することになる。後継者はこれまでよりも強硬派である。

 さらに今後はチベットだけでなく、中国全土で貧富の格差、インフレ対策などにおいて不満が爆発し、小規模なデモがあちこちで見られることになることが予測される。これまでは弾圧を怖がっていた中国人たちが、チベット人の信念をみならうことにでもなったら、デモの勢いはさらに拡大し、全土に飛び火する。

 中国政府が何より阻止したいのは、チベット独立問題が国際化することである。それなのに、今回、中国政府にとって誤算だったのは、情報を統制できているはずの中国で、政府の規制をかいかぐってユーチューブにチベット自治区ラサでの騒乱を伝える動画が流れたことだ。また携帯電話によるショートメッセージで情報が交換されたり、海外サイトへのアクセス制限を解除する専用ソフトまで、国内に出回っている。中国国民は、政府のメディア規制を知り、外国メディアへの信頼が高まっている。さらにこの情報の流出が海外メディアを通して、国際世論を動かすまでにいたっている。

多くの火種を抱えた中国で五輪は無事に開けるのか

 昨年11月に民主党の鳩山由紀夫幹事長らがダライ・ラマと会談したことで、中国は民主党に対して、「今後民主党幹部が中国を訪問しても中国要人に会えなくさせる」と圧力をかけた。経済面から考えれば、台湾やチベット側に立つよりも中国市場を選んだほうが各国にとってメリットがあることは一目瞭然である。特に景気低迷が騒がれる日本にとって、中国への貿易依存度は高まるばかりで、簡単には切れない関係に陥っている。そういう意味では、中国が抑えつけることができるのは、日本の政治家だけかもしれない。

 北京五輪を控えた中国には、多くの火種がある。模倣品や食品問題以上に、人権問題は最大のリスク要因である。台湾独立、チベット問題、スーダン内戦間接的支援問題……IOCはこれらを解決してから中国を五輪会場国に選ぶべきであった、IOCの責任も今後問われるだろう。

 中国が胡錦濤体制のときに五輪開催に名乗りをあげた不幸もある。共産主義の悪あがきが通用せず、だからといって国際社会が提案する要求を即座に飲むことは、強気の中国政府にできるはずがない。別な言葉でいうと、胡錦濤が失脚し、胡錦濤体制が完全に入れ替わらなければ不可能に近い。

 欧州を中心に、すでに北京五輪ボイコットの声が出始めている。このまま問題を終息させることができなければ、五輪をボイコットする国が出ることは避けられないだろう。そして胡錦濤体制は2012年の次の党大会まで維持できるのか、脅かされることになる。



(私のコメント)
アメリカの国務省が親中国派の巣窟であることは「株式日記」でも指摘してきましたが、日本への従軍慰安婦問題でも背後から煽っているのがアメリカの国務省なのだ。米国務省が北朝鮮に対する宥和政策に積極的なのもライス国務長官の判断によるものと言えますが、ライス長官自身は中東でもなんらの成果を上げることができず、対中国政策でも宥和政策を続けて内外から批判を浴びている。

台湾総統選挙にもアメリカの対中国宥和政策が影響して国民党の馬候補が勝ちましたが、国民投票も50%に達せず無効になりました。アメリカとしてはイラク問題で手一杯である以上、中国とは事を構えたくはないという気持ちもわかりますが、人権侵害国リストからも除外したのは行き過ぎだ。

今年はオリンピックもあり、台湾やチベットなどで問題が起きることはある程度予測された事だ。台湾の選挙も平穏に終わりましたが、オリンピックが終わるまでわからないし、チベットばかりでなく各地に暴動が起きるかもしれない。中国政府も暴動には武装警察や軍を出動させて徹底鎮圧するだろう。

オリンピックには外国からの大勢の観光客も訪れるし、政府不満分子は外国からの取材記者が大勢集まった時を狙っているかもしれない。天安門事件もゴルバチョフが北京を訪問する時を狙ったもので、大勢の取材に記者が北京に集まっていた。オリンピックでも北京には大勢の選手や観光客や取材記者が沢山来ているから、北京で暴動が起きたら隠しようがない。

もともと中国には多くの内政問題を抱えてオリンピックを開けるような状況でない国なのですが、IOCのサマランチ会長の後押しで決まったものだ。誘致キャンペーンにはグリーンチャイナという言葉が選ばれて、北京に緑を増やしてエコロジーにも気を配ったキャンペーンが行なわれた。しかし北京いは水が無く砂漠がますます迫ってきている。

中国の環境問題は最悪ともいえるものですが、オリンピックを機会にグリーンチャイナとして整備されるはずだった。チベット暴動が起きた日も北京には黄砂が押し寄せてきて中継している特派員の背後の空は黄砂で煙っていた。アメリカ政府の思惑としては中国経済が発展して豊かになって民主化が進んで、オリンピックを開く事で近代国家として世界にアピールさせようと言う思惑だったのだろう。

柏木理佳氏によれば、胡錦濤はチベット弾圧で評価されて主席に選ばれたと言う事ですが、チベット国民にとっては許せない相手だろう。中国の暴動は年に8万件も起きているから手馴れたものなのでしょうが。今回のチベット暴動は多くの死者が出た。詳細は中国が報道管制しているためにわからないが、観光客の撮った映像などがネットなどで公開されている。

今までの中国なら報道を完全にシャットアウトすれば何でも出来た。しかし改革解放経済体制は外資の資本や技術に頼らなければならないから、ある程度は政治的にも開放する必要がある。外資系の会社が沢山出来て、奥地にも工場が沢山建設されて稼動している。これでは外国人を完全にシャットアウトは出来ず、奥地の暴動事件なども伝わってくるようになった。

北京や上海などは外国向けのショーウインドウのようなものであり、戦前の上海租界を連想させる。中国の経済力は日本よりも大きくなり今なお毎年10%以上の経済成長が続いている。その意味では改革開放は大成功だった。しかし政治的にはまったく停滞して、社会の歪みが大きくなり、暴動が頻発するようになった。オリンピックを開くような環境から遠ざかってしまっている。

チベットッ問題でも台湾問題でも、アメリカ政府が中国政府側につくかチベットや台湾側につくかで大きく違ってくる。国務省などは当然中国政府側につくだろう。しかし連邦議会には人権派議員や親台湾派やチベットに同情的な議員も沢山いる。このような状況で米国務省は中国を人権侵害国から除外したのでしょうが、ライス長官はそのことで非難されている。

ライスは学者であり政治家には向いた人物ではないようだ。一時はヒラリー・クリントンに対抗する大統領候補に目されていましたが、今では副大統領候補の話が出ても断っている。とても頭は切れそうだがスマートすぎて政治の世界には向かない人物に見える。だから厚かましさがないから中国を面と向かって人権侵害国とは言えないのだろう。

昨日からオリンピックの聖火リレーが始まりましたが、各地でチベット暴動弾圧に抗議するデモに妨害される事だろう。毒入りギョウザ事件でもわかるように、中国はとても先進国とはいえない体質を持っており、相手を非難する事で自分を正当化しようとする。それではいつまでたっても文明国家になれるわけが無く、傲慢不遜な態度はアメリカを連想させる。つまりアメリカ人と中国人は世界から顰蹙をかってつまはじきものにされている。米中共に覇権主義的であり太平洋を二分割する話も出てきている。アメリカの親中派にはその話に前向きな勢力もいる。米国務省がいい例だ。


中国海軍、米軍に「太平洋分割管理」提案 露骨な野心 3月12日 IZA

【ワシントン=山本秀也】米太平洋軍(司令部ホノルル)のキーティング司令官(海軍大将)は11日、昨年5月に中国を訪問した際、会談した中国海軍幹部から、ハワイを基点として米中が太平洋の東西を「分割管理」する構想を提案されたことを明らかにした。上院軍事委員会の公聴会で証言した。同司令官はこの「戦略構想」について、「中国は影響が及ぶ範囲の拡大を欲している」として警戒感を示した。
 キーティング司令官によると、この海軍幹部は、「われわれ(中国)が航空母艦を保有した場合」として、ハワイ以東を米国が、ハワイ以西を中国が管理することで、「合意を図れないか」と打診したという。
 同司令官は「冗談だとしても、人民解放軍の戦略構想を示すものだ」との解釈を示し、中国の軍事、対外政策について「きわめて注意深く監視している」と語った。また、これまでの米中軍事交流が米側の期待を裏切るものだったことを報告。不透明な国防費の実態に対する不満も述べ、「とてもクラブで一杯飲もうという関係ではない」と語った。
 中国軍幹部による太平洋の東西分割提案は、昨年8月に米紙ワシントン・タイムズが米軍関係者の話として報じていた。米側は提案を拒絶したとしているが、
同紙は情報機関を含む米政府内の親中派内でこの提案に前向きな姿勢を示す向きもあったとしている。


(私のコメント)
中国の軍事的な増強に怯えて、アメリカは中国海軍にもなめられるようになってしまった。チョット前には米国空母が香港に寄港も断られてしまっている。つまりアメリカの誇る原子力空母機動艦隊は張子の虎であり、中国の潜水艦隊に怯えているように思える。以前のアメリカならコソボの中国大使館を吹っ飛ばすくらいの報復をしたものですが、最近のアメリカ軍はおとなしい。アメリカ海軍兵士は日本のタクシー運転手を殺すぐらいの事しかできないのだ。




アメリカのオイルメジャーは、GMの開発した画期的電気自動車を
なぜ潰したのか?アル・ゴアは巨大石油産業を敵に回して落選した。


2008年3月24日 月曜日

誰が電気自動車を殺したのか? 2006年10月20日 佐藤研一朗

「誰が電気自動車を殺したのか?」という映画をこの間みてから、電気自動車が非常に気になり始めた。いろいろと調べていくうちに、近い将来、電気自動車はガソリン車に取って代わる存在になるという一つの結論に行き着いた。

これはただ自分たちが買う車の種類が、単にガソリンから電気に変わるというだけではなくて、世界規模での経済、政治、はたまた安全保障までをがらりと変えてしまうような、大きな変化となるでしょう。100年前、石炭が石油に取って代われたように、石油全盛の時代ももうすぐ終焉をむかえる。まだ、(自分が調べた限り)だれもここまで突っ込んでこの問題に触れている様子がないので、朝に学校に一番乗りしたような気分で、多くの人に読んでもらえるのではないかと、わくわくしながら文章を書いています。

さて、この映画のあらすじはこうです。10年前、アメリカカリフォルニア州で新しい排気ガス規制が始まった。自動車会社は2003年までに10%の車を排気ガスを少しも出さないゼロミッションカーにしなくてはいけないという、非常に厳しい法律だった。世界で一番大きい自動車会社、GM(General Motors:ジェネラルモーターズ)はこれをうけ、翌年、電気自動車、EV1 (Electric Vehicle One)を1000億円かけ開発した。

EV1はスポーカーのように加速もよく、一回の5時間の充電で120から240 km走れた。トップスピードは時速120キロに制限されていたが、実験で時速300キロまでスピード出せるように設計されていた。車体価格は800万円と高かったので、GMは三年リースで、月々3万から5万円で貸し出した。

音も静かだし、加速も時速100キロまで達するのに8秒と非常にいいが、エンジンのように乱暴な加速では無いそうだ。充電もがっちとプラグを差し込むだけなので、非常に簡単だ。なんと充電のコストは大体ガソリンの10分の1と非常に安い。10年前にこれだけの車がすでに存在していた。排気ガスを出さないので環境にもいいし、性能も悪くもない、維持費も高くない、少し懐に余裕がある人で環境問題にも敏感な人にはなかなかうってつけで、実際に愛好家も多かった。

遠出をしないで、通勤に使うにはもってこいな車だ。今のように原油価格が上がって、環境問題の意識も高まってきて、燃費のよい車が飛ぶように売れているご時世なので、当然EV1も沢山売れているだろうと思うのだが、実はGMはEV1のリースを終了してしまった。新たに製造をしないどころか、現在、EV1は一台も公道を走っていないのだ。博物館に展示されている数台を残して、全て回収され人目の付かない砂漠で、全部スクラップにされてしまったのだ。特に大きな欠陥があった訳では無いのにだ。いったいなぜ?

さて、このEV1が殺されるまでのあらすじはこうだ。カリフォルニア州のゼロ排気ガス規制(Zero-emissions vehicle Mandate)を受けて、自動車会社はことなる二つの方法で、この厳しい規制に対応しようとしたのだ。一つはEV1のような電気自動車を開発をしながら、この規制をなんとか乗り切ろうとした。

もう一方では、石油会社と手を組んで、カリフォルニア州を訴えたのだ。州政府には、自動車会社に対しどのような自動車を売るかを規制する権限はないというものだ。2000年に石油会社に近い(もしくは石油会社の利益を代表する)ジョージ・ブッシュ政権が発足し、2002年にはこの裁判に石油会社、自動車会社ともに参加をする。このような規制を作る権限は合衆国政府だけあるという理由だ。石油会社、自動車会社、そしてブッシュ政権がぐるになって、最終的にはこの規制はまったくをもって骨抜きにされてしまった。これによってGMはEV1のリースプログラムをストップし、他の自動車会社も電気自動車の開発をやめてしまった。

なるほど、内燃機関(エンジン)の自動車の効率は最悪だから、これを駆逐すると宣言していた2000年の大統領候補アル・ゴアが負けた理由もわからないでもない。こういう巨大産業を敵にまわしたからだ。

この電気自動車の盛衰を見ていくと、アメリカ自体が、2000年に民主党のクリントン政権から、共和党のブッシュ政権に変わったことをうけ、国の環境やエネルギーなどの方針を大きく変更した事がわかる。それは、ブッシュ政権が地球温暖化防止にむけた世界的な協定である京都議定書にサインをしていないことをみても、それがよくわかる。クリントン政権はアメリカはグローバリゼーションを推し進める世界のリーダーのように振る舞っていたから、環境問題にも力を入れざる得なかった。世界もアメリカに対する憧れてや幻想があった。しかし、ブッシュ政権になり、石油会社や軍需産業とつるみ、露骨にアメリカの国益を全面に出して、中東の石油を押さえるために、戦争をしそれによって国を運営していく戦争経済に入り、アメリカに対する幻想は完全に無くなってしまったように見える。今ほどアメリカの本音がよくわかる時代はない。


石油会社はそのほかにも、電気自動車を批判した広告を新聞に載せたり、充電スタンドの設置にクレームをつけてみたりと、陰にも陽にも電気自動車の普及を阻止しようといろいろと手を尽くした。考えてもほしい、電気自動車なんてものが人気になってみんな乗り始めたら、彼らの商売はあがったりになるのだ。何たって石油を一滴も使わないで走るのだから。それこそ石油時代の終焉だ。石油会社にとって、こんなに恐ろしいことはない。どんな手を使ってでも、阻止しようとするに決まっている。

何たって、自分たちの商売のために大量破壊兵器を持っていると嘘まで政府に尽かせて、他の国を攻撃してまう人達だ。これが技術の進歩、世の中の流れなんだとあきらめて、自分たちの商売をほっぽり出したりはしない。自分たちの商売の敵になるものは、どんな手を使っても倒すのだ。なるほどアメリカ的ではないか。


こんなことを言っていると、「随分世の中を斜めに見ているね。」と言われてしまいそうだ。たしかにびっくり仰天してしまうような話しで、日本人からはなかなか出てこないアグレッシブな発想だ。じゃあ、一つおもしろい例を挙げよう。それはEV1をつくたったGMの話だ。この会社には路面電車を殺した前科があるのだ。1920年代まではアメリカの都市は非常にコンパクトで、中心部も栄えていて、路面電車が沢山はしっていた。人口が30万人にも満たないこのロチェスターですら端から端まで、路面電車で行き来ができたのだ。しかし今では街は郊外郊外へと広がり、中心部は没落し、車が無ければろくに生活ができない。この辺は以前、「車社会が行き着いた先で考えたこと」で詳しく書いた。


1920年代のころの話だ、自動車が非常に人気になりGMはどんどん力をつけ、ますます事業を拡大していこうとしていた。GMは商売のじゃまになる路面電車の会社を片っ端から買収して、つぶしていったのだ。車のじゃまになる線路をはがし、架線を取り外し、路面電車をスクラップにしていった。そして路面電車はバスに置き換えられた。こうして公共交通機関が不便になり、ますます自動車が普及していった。「ファストフードが世界を食いつくす」で詳しく説明してあるので、ちょっと引用してみる。

<引用開始>
(自動車業界は)どんな手を使ってでも、(自分たちの商売のじゃまになる)鉄道を完膚無きまで打ちのめそうと心に決めていた。1920年代後半、GM社は多数のトンネル会社を利用して、密かにアメリカじゅうのトローリーシステム(路面電車システム)を買収し始めた。 ?中略? 全部で100以上のトローリーシステムがGM社に買収をされたのち、徹底的に解体をされた。軌道がはぎ取られ、架線は取り壊された。トローリー会社はバス会社に姿を変えてしまい、新たに必要になったバスをGMが製造した。

やがてGMは、道路建設から利益を得るほかの会社を口説いて、莫大な費用がかかるトローリーシステムの買収を手伝わせはじめた。1947年、同社とその協力会社は、連邦独占禁止法違反で起訴される。二年後、シカゴにおける公判で、彼らの共謀の実態と、その裏に潜む意図が暴かれた。GM、マックトラック、(タイヤ会社の)ファイアストーン、(石油会社の)スタンダードオイル・カリフォルニア社の全てが、連邦陪審団により、二つの訴因のうちひとつについて有罪を宣告された。後日、調査報道記者ジョナサン・クイットニーは、

この事件は「公共政策の重要な問題を、政府が私企業の私利私欲に預けるとどうなるかという好例だ」と論じている。ウィリアム・J・キャンベル判事の怒りは、それほどまでには大きくなかったようだ。彼はGMその他の企業に、それぞれ5000ドルの罰金を支払うように命じた。アメリカのトローリーシステムの壊滅を密かに企てて実行に移した重役達は、おのおの1ドルの罰金を科された、そして戦後の自動車の天下は、それ以上たいした問題にぶつからずに続いた。

1920年代のころの話だ、自動車が非常に人気になりGMはどんどん力をつけ、ますます事業を拡大していこうとしていた。GMは商売のじゃまになる路面電車の会社を片っ端から買収して、つぶしていったのだ。車のじゃまになる線路をはがし、架線を取り外し、路面電車をスクラップにしていった。そして路面電車はバスに置き換えられた。こうして公共交通機関が不便になり、ますます自動車が普及していった。

<略>
これと同じ事を今回も石油会社と組んでGMはまたやったのだ。しかしまだ謎は残る、今回殺したのは、自動車会社の敵だった路面電車でなく、自分自身で作り上げた電気自動車だった。どうしてGMはそんなことをしたんだろうか?
<引用終了>

疑問は、商売敵をつぶすのではなくて、自分自身が開発した技術をつぶして、GMはなにか得したのか? 電気自動車が普及するとなにか損をするのか?ということだ。

ポイントは、電気自動車の非常にシンプルな構造で、今ガソリン車で使っている60%くらいの部品が不必要になることだ。エンジンがないので、エンジンに燃料を送るインジェクション、エンジンの動力を伝えるトランスミッション、ガソリンタンク、排気パイプなどかいらない。バッテリーとモーターだけでこれらの部品をすべて置き換えてしまうのだ。

その上、電気自動車は減速をするときモーターを使い、受電するので、ブレーキパットの減りもすくなくてすむ。消耗品である、エンジンオイル、エアフィルター、プラグもいらなくなる。つまり、メンテナンスにお金がかからず、消費者にとっては経済的なのだ。

しかし、電気自動車が爆発的に普及すると、このような部品や消耗品の生産や、車の修理などをしている自動車会社の関連会社、下請け会社がばたばたつぶれる可能性が高い。自動車会社はそれを恐れているのだ。

しかし、将来、そんな危険があったとしても、1000億円もかけて開発した車を、どうしてそんなに簡単にやめてしまえたのか? もとを取ろうとしなかったのは、なぜだ? 実は、この開発費はクリントン政権の特別プロジェクト(Partnership for a New Generation of Vehicles)助成金1250億円から出ていたのだ。だから、GMとしては、EV1の開発をやめても、自分のお金を使っていないので、自分の腹はいたまなかったのだ。

GMは超クリーンなEV1をやめたあと、全く反対の路線へ進んでいく。ハマーという戦車のような大きい車を作っている会社を買収した。そしてSUVを売り出し大変な人気になった。タフでマッチョなアメリカ人の男なら、SUVに乗ろうみたいな感じで売り込んでいたのだ。この歩行者をひいてしまいそうな、むだにでかい車は、もちろん燃費も悪いし、街を走るようには作られていない。しかし車体が大きいので値段が高く、利益率が非常によかったそうだ。

SUV人気でうはうは言っていたのもつかの間、ここ数年の原油高騰により、燃費の悪いSUVは一気に売れなくなっていた。アメリカの都市は郊外化していてだだっ広く、結構な距離を多くの人が車で毎日通勤している。だから、ガソリンの値段が上がると、家計に直撃するのだ。日本のように電車やバスが発達していない上に、公共交通には貧乏人が乗るものだという偏見があるのに、簡単に車通勤をやめるわけにも行かないのだ。

今回はガソリンが二年前の二倍くらいになったので、自然と燃費のいい日本車や韓国車が人気になっていった。とくにハイブリッド車は火がついたように販売台数を伸ばしいている。トヨタのプリウスは順番を待たないと買えないくらいだ。

今回の原油価格高騰で、日本の自動車会社は、環境に優しいというブランドを完全に確立しように見える。もうだれも、日本車が売れすぎて、GMの車が売れないと文句をいうアメリカ人はいない。GMの車が燃費が悪いことをよく知っているからだ。

GMは、EV1をつづけていれば、環境意識が高まる今、環境リーダーとして業界を引っ張っていけたかもしれない。まったくGMが失ったもの大きい。ビックビジネスチャンスだけでなくて、社会的な信用である。環境に責任を持とうとしていないと烙印を押されたのだ。これは致命的である。

短期的な利益だけを考えて、環境問題を気にせず、電気自動車を殺し、燃費のわるいSUVを大量に売り込んだGMは、結局、SUV戦略でずっこけて、業績不振に陥り、今にもつぶれそうな気配だ。日産に買収を打診されるなど、ひどい落ちぶれ模様だ。「GMにとっていいことは、アメリカにとっていいことだ。」といわれていた時代はもうもどってこないだろう。

自分たちで作った技術を自分たちでつぶしまう、親の子殺しみたいなことをやったのだから自業自得である。それにしたって悲しい話だ。自分たちがもっているいい技術も売っていけない、まさに、アメリカの製造業の終わりを象徴しているそんな話である。



(私のコメント)
石油の1バレル100ドル時代を迎えて、次世代の自動車である電気自動車のことについて書いてきたのですが、アメリカのGMは90年代にすでに高性能のEV1という画期的電気自動車を開発して市販していた。EV1は最高速度約300キロで走り、一回の充電で200キロは走る事ができた。加速は8秒で時速100キロ近くまで加速できた。電池は鉛蓄電池やニッケル水素バッテリーでしたが、性能的には実用には十分なレべルまで完成していた。

しかし製造されたのは1117台であり、すべてリース販売された。リース料は月300ドルから600ドルであり、ガソリン代の3分の1で済んだから顧客にも好評であり、顧客待ちリストは5000名にもなった。しかしGMはリース契約終了後は1台残らず回収してスクラップにしてしまった。

EV1はスミソニアン博物館に展示されていたEV1も、GM社の圧力で回収されるましたが、このような画期的な電気自動車の存在をどうして隠そうとするのだろう? GMと言えばアメリカ企業そのものとも言うべき世界的大企業なのですが、そのGMに販売中止を命ずる組織があるのだろうか? あるとすれば巨大石油産業しかないだろう。

巨大石油産業とはロックフェラー財閥が有名ですが、GMが電気自動車を開発してアメリカの自動車がみんな電気で走るようになると、巨大石油産業にとって一大危機になってしまう。世界中に築かれたガソリンスタンド販売網だけでも巨大なものであり、家庭で充電できる電気自動車が走り回られたらガソリンスタンドの従業員は失業してしまう。

GMにとっても電気自動車が普及してしまうと、ガソリンエンジンを開発製造している部品メーカーや消耗品メーカーも倒産してしまうだろう。従来の整備工場も影響が出るだろう。EV1はそれらの石油産業や従来の自動車サービス産業の政治的圧力に潰されたのだ。

GM自身も自動車の普及のために路面電車の株式を買いあさり、片っ端から潰していった。そして路面電車は廃止されてバスに置き換えられていった。日本もアメリカの真似をして東京都にも路面電車網は出来上がっていたのですが、自動車交通の妨げになる当ことで線路は撤去されてバスに置き換えられていった。日本人は単細胞だから何でもアメリカの悪いところまで真似をしたがるようだ。

小泉内閣の新自由主義経済もアメリカの真似なのですが、なんでも民営化して郵政公社まで民営化してしまった。郵政株式会社の株式が外資によって買い占められれば郵貯や簡保の資金運用も外資系証券会社によって運用されて、サブプライムで瀕死の状態のアメリカの金融業を救済させようということなのだろう。

トヨタのハイブリットカーはEV1と同じ頃作られたのですが、これは政治的妥協の産物であり、ガソリンエンジンも備えていたから面倒なコンピューターシステムで制御して電気とガソリンエンジンで走る複雑な自動車だ。しかしトヨタも本気で量産して売る気はなく、人気であるにもかかわらずオーダー待ちでなかなか手に入らなかった。トヨタもアメリカのオイルマフィアが恐くて量産はしなかったのだ。

トヨタやホンダもGMと同じく電気自動車を作って同じようにリース販売しましたがEV1と同じ運命をたどったようだ。技術的にバッテリーが発火するなどのトラブルが発生したと言うことでリース販売した自動車はすべて回収されてスクラップにされたのは、本当に技術的理由によるものかわからない。開発経費も嵩むと言うことですが、アメリカ政府からの補助金でEV1は作られたのだ。

ロックフェラーをはじめとするオイルマフィアは利権獲得の為には、血で血を洗う抗争を繰り返してきたのであり、シカゴギャングなど子供みたいなもので、アメリカ軍を動かしてイラクの油田を獲得しようということも、彼らがやってきた事をみれば新しいことではない。ブッシュ大統領はこのようなオイルマフィアの大統領であり、マスコミを買収してイラクのサダムフセインが9・11テロと関係あるかのようなキャンペーンを張って戦争を始めてしまった。

2000年の大統領選挙ではアルゴアが実際にはブッシュに勝っていたにもかかわらず、オイルマフィアの陰謀でブッシュが大統領になりましたが、マスコミはオイルマフィアを恐がってそのことを報道する事が出来ない。2008年の大統領選挙に出ることが出来ないのも、アルゴアが環境問題の専門家であるからであり、彼が大統領になればオイルマフィアにとって脅威となるからだった。

このような背景があればトヨタが電気自動車に及び腰なのもアメリカの石油産業に脅迫されているからであり、「GMにとって利益はアメリカにとっても利益である」と言われるほどの大企業でも、ロックフェラーなどのオイルマフィアにはかなわないのだ。

しかし泣く子も黙るロックフェラーも、最近のアメリカの金融問題では中核銀行のシティグループが倒産の危機に見舞われている。しかし中東の油田をアメリカのオイルマフィアが独り占めできれば巨額の石油利権が転がり込んでくるのであり、ブッシュ大統領は最後の賭けとしてイラン戦争に踏み切るかもしれない。そんな荒っぽい連中だからGMのEV1を踏み潰す事ぐらい朝飯前なのだ。


EV1 lives again! The EV1 rides out of EV heaven to vex GM

An EV1 Experience 04 Startup




洗脳支配 苫米地英人:著 いまテレビでは、明らかに
馬鹿な日本人をつくるプロジェクトが始まっています。


2008年3月23日 日曜日

洗脳支配―日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて 苫米地英人:著

洗脳支配 3月19日 ホンのひとくち

テレビの世界で起きている恐ろしい現実

いまテレビでは、明らかに馬鹿な日本人をつくるプロジェクトが始まっています。テレビ局トップが相談して決めたのか、アメリカ大使館からそのような指令が飛んだのか、確認するすべはありません。ですが、トップクラスの意思決定が働いているとしかいいようがないほど、その兆候がはっきりと現れているのです。

  その典型が、テレビ画面に、テロップや字幕ふうの活字(スーパーインポーズ)を映すやり方です。最近のバラエティ番組では、タレントのしゃべりにかぶせて、大きな活字でその内容を採録したり、第三者的にツッコミのナレーションを入れたりするようになりました。その活字が踊ったり、さらにそこに効果音がかぶせられたりすることも、よく見受けられるようになりました。

  これこそが、人間のIQを下げるもっとも効果的な方法だとされているのです。実際、過去に行なわれた実験で、次のような結果が生まれることが証明されています。

  その実験では、被験者に映像を見せながら、画面に映った内容を表す擬態語など、抽象的な単語を次々と見せていくということが行なわれました。それを続けていくと、わずかな時間で段階的に思考能力が失われました。そして、さらに続けていくと、被験者の脳波が何も考えていない状態と同じ波形になり、そのままそれが継続していきました。つまり、そうした映像がついには見る側の思考そのものを止めてしまったということです。

  人間は、そうした刺激を受けると、能動的に思考を行なうことができなくなります。これができなくなれば、物事を見て、感じとり、そこから抽象的な思考をすすめていくこともできなくなるわけです。抽象的な思考を行なうことは、人間の脳の前頭前野、もっとも高度な部分における脳の働きなのですが、この働きをそっくり失ってしまうのです。

  テレビ局の人間は、一般の人々が想像する以上に、映像における大衆操作についてよく学んでいます。もちろん、制作会社のADさんがそうだといっているのではなく、テレビ局のなかには、大衆操作の禁じ手など、テレビの闇テクニックに通じた専門家がいるのです。

  いま番組制作にあたっている主力世代の年齢は35歳から40歳くらいです。彼らは、上からの命令に何も疑問を持ちません。すでに、抽象的な思考を抑制する番組制作にも慣らされ、それをおかしいと問題にするようなことはありません。当然、闇テクニックを知る上層部からの命令に疑問を持つことなく、番組制作に邁進することでしょう。

  彼らは、自分たちと同じ子羊をつくるために、日本人の抽象的思考を無差別に大量破壊し始めるのかもしれません。あたかも朝起きて神の声を聞き、用意した爆弾を車に積み込み、人の集まる繁華街に突っ込んでいくテロリストのように‥‥。

  人間は抽象的な思考ができるという能力を持っています。たとえば、「弱肉強食で勝たなくても、まあいいや」とか「自分のことはいいから、隣の人を助けてよ」というのがそれです。私たちが日常的に行なっているこうした思考こそが、私たちが人間であることの本来の証ですが、支配者たちにとっては、これをやられると困るのです。なぜでしょうか。

  それは、人間のコントロールが効かなくなるのです。支配者たちが人間をコントロールするためには、自分のことだけを考える人間の集まりであればあるほど都合がいいのです。抽象的に物事を考えようとせず、それに与えられた価値を疑わずに忠実に動いてくれれば動いてくれるほどいいわけです。

消費コントロールという名の支配システム

  テレビのホームコメディ番組を通じて、アメリカ流の生活様式や思想が日本人の頭に深く刻みこまれるようになったのは、1960年代のことです。戦後、GHQ(占領軍総司令部)が日本人に罪の意識を植えつけるために、WGIP(War Guilt Information Program)を徹底的に行ないましたが、それはテレビなどの番組制作にも色濃く反映されています。

  たとえば、NHKが1960年代に制作した数多くの太平洋戦争ドキュメンタリーは、その典型的な例といえます。戦争に担ぎ出された兵隊の人生や、戦争に巻き込まれた婦女子の悲哀、大量の自決者を出した沖縄の悲劇、ヒロシマ、ナガサキの原子爆弾の恐怖。こうしたドキュメンタリー番組は、左翼がつくったのではないかと疑うほど、ひとつひとつの映像が日本軍部などに対する強烈な告発意識で貫かれていました。

  おそらく、GHQの意向を受けて、NHKが1960年代の番組制作能力を総動員し、入念に撮影・編集したものと思われます。私たちはこうした番組を見るたびに、「日本の軍部が悪かった。日本人の選択こそ間違っていた」との意識を埋め込まれたのです。

  その洗脳の地ならしがあらかた出来上がると、今度はアメリカ流の生活様式や思想がいかに素晴らしいものであるか、コメディーや西部劇といった番組を通じて埋め込まれることになります。

  アメリカ流の生活様式や価値観に対する憧れは、すぐに国民的な消費に結びつきました。これが1950年代の白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機という「三種の神器」から、60年代のカラーテレビ・カー・クーラーという「3C」への、すさまじい消費熱を呼ぶわけです。

  私が前振りとしてこんな解説を述べたのは、消費こそつねに支配者によって仕掛けられているものだからです。資本主義のなかで支配者たちが行なっていることの最大のものは、消費行動の徹底的なコントロールです。なぜなら、私たちがお金を稼ぎ、そのお金を彼らのコントロールが利かないところで使われると、彼らの支配システムが維持できなくなるからです。

  たとえば、明治維新以来、日本に「洋モノがいい」というカルチャーが根づきました。カルチャーというと、人々の間に自然発生的に生まれたかのような印象を受けますが、これは支配者たちによって意図的に仕掛けられたものといわざるを得ません。原初的には、尖兵となった貿易商がヨーロッパの魅力的な品々を手がかりに彼らの価値観を日本人に植えつけることから始まったということです。

  その仕掛けは現代に継承され、たとえばルイ・ヴィトンやグッチというブランドの隆盛となって現れています。実際、これらのブランドのオーナーは、みなヨーロッパの支配階級です。互いに競合関係にあるブランドですが、オーナーはみな仲間内の人々といえます。スポーツブランドのアディダスやプーマにしても、オーナーは兄弟なのです。

  彼らの消費コントロールは、じつに圧倒的な力で私たちを支配しています。
  たとえば、マイクロソフトのビル・ゲイツは巨万の富を築きましたが、ジーンズとTシャツという格好をしていますが、日本の若い女の子は、わずかな月収にもかかわらず、ルイ・ヴィトンのバッグを提げて歩いている。なぜこのような馬鹿げたことが起こっているかといえば、仕掛けられた消費コントロールの力以外にありません。


  金持ちの支配層は、すでに世界の富の99.99パーセントを押さえていますから、それ以上の富を我が物にすることを目指しているわけではありません。彼らは消費行動をコントロールし、彼らが世界に敷いたシステムを維持するために、人間の思考そのものを支配下に置きたいのです。

  このように、支配は消費行動をコントロールすることで決まります。逆にいえば、支配されないために私たちがとり得る一番の手段は、自分の消費を自分でコントロールすることです。とくに、もっとも抽象度の低い自分の行動をコントロールすることでしょう。

  たとえば、食べ物。グルメ雑誌があったらすぐ捨てる。このレストランが美味しいと聞いたらすぐ疑う。うまいものは食わない。グルメ番組は見ない、などなど。これはとても重要なことです。


(私のコメント)
政治権力がいかにマスコミ報道にナーバスになるかは、チベット暴動における中国政府の規制を見ればわかります。しかし先進国では報道の自由が守られて、中立公正な報道が行なわれていると思われています。しかし政治権力は見えないように巧妙な洗脳報道を行なって国民をコントロールしています。

テレビそのものが国民に対する洗脳装置のようなもので、テレビが登場してから大宅壮一氏が言ったように一億総白痴化が進んでいる。テレビはただ見ているだけで画像と音声が送られてくるからわかりやすい。本を読むときのような「読む」という作業が省かれるから頭の働きが衰えてきてしまう。

ブログを毎日書いているのですが、読むことよりも書くことのほうが何倍も頭を使うようになる。読むのは1分で出来ますが、それを書くには1時間以上も時間がかかる。つまり少なくとも60倍以上もの頭を使っている事になり、非常の頭を酷使する事になる。これはボケ防止には非常に効果があるだろう。

学生時代には音楽を聴きながら勉強などをしていましたが、テレビを見ながら勉強する事は無理だ。テレビを見ながら他の事を考えることは無理であり、テレビを見る時間が多ければ勉強はそれだけ疎かになる。耳から聞こえる音楽と考える事は脳の分野が連動しないが、テレビを見る事と考える事は脳がダブルからテレビを見ている限り思考力が落ちてしまう。

ブログを書いているときは思考力を100%働かせているから、耳から入る音も目から入るパソコンの画面も見えてはいるが、思考中は頭に浮かぶ文章に意識はいってしまっている。そして頭に浮かぶ文章をすばやくキーボードに打ち込んでいく。ブログを書いているときはその繰り返しであり、精神集中力を必要とする。

テレビを長時間見ていると目は開いているが、テレビで何をやっているのかも分からない様な時がある。半分寝ているような状況になり、テレビを見ながら寝てしまうことも多い。思考力が停止してテレビの印象だけが頭に残るから洗脳されやすくなってしまう。だからテレビを見るときは洗脳されないようにと意識ながら見る事が必要だ。

一時期、消費者金融のコマーシャルが数多く流されて、借金する事もにも抵抗がなくなってしまう人が増えて問題になった事があった。何度も繰り返してコマーシャルを流されると、若い女性のCMタレントだけの印象が残って借金がかっこいい事のように思えてしまう。実際に借金をした事がある人ならば分かりますが、借金は返せなければ厳しい取立てにあって自殺する人が後を絶たない。しかし若いチャーミングなCMタレントに印象で騙されてしまう。

借金がテレビによって印象だけで騙されてしまう事で問題になって、ゴールデンタイムの消費者金融のCMは自粛されるようになりましたが、テレビCMにはこのように印象だけで物事を判断させてしまう魔力がある。さらにはナレーションやコメントがつけばそれに誘導されてしまう。

「洗脳支配」という本はまだ読んではいないのですが、テレビでは最近になって話している人の映像だけではなくてテロップも同時に流される事が多くなりました。別の音声が不鮮明でないにもかかわらず、話している事と同じテロップが流れるのは一種の洗脳テクニックなのだろう。著書ではそうする事によって思考力が奪われていく事を述べています。

テレビを見ていると抽象的思考能力が無くなるのは確かだろう。テレビを見ている限り目と耳から情報が次々入ってくるのだからそれに追われて、考える時がなくなってしまう。それが長い事続くと思考能力がなくなってしまう。

私がブログを書き始めた頃もそうだったのですが、まったく文章が浮かび上がってこなくて30分かかって2,3行の文章を書くことがやっとだった。それから10年以上もやっていると考えるコツもわかってきて、考えながら文章を組み立てて行く事が楽にできるようになった。

2ちゃんねるや阿修羅などの掲示板を見ると、非常に文章が短く、文章表現力のない事に驚きますが、これでは掲示板における論戦などとても無理だと思った。私のブログへのコメントを見ても2ちゃんねる的で、論理的展開力のある文章が書かれるのは希だ。感情的な反発を一行足らずの文章で反論されても論戦にはならない。

思考力を伸ばすには学校でも作文などをたくさん書かせて、大学においてもレポートをたくさん書く訓練が必要だ。教師たちも採点が面倒だから○×テストがほとんどとなり記述式のテストが少なくなった。本当の実力を試すには論文を書かせる事であり、記憶力だけでできる○×テストは思考力がなくても出来る。

携帯電話も一種のネットなのでしょうが、あれもテレビやゲーム機に似て思考力を奪ってしまう道具かもしれない。携帯電話のメールで抽象的な思考を書くということはまずないだろう。決まりきった定型的なメールのやり取りで時間を潰してしまって、テレビ中毒と似た症状を示す。例えば携帯電話を忘れてしまうと女性などはパニック状態になってしまうのではないだろうか?




コソボ独立の問題は、欧米がロシア包囲網を止めて、対中包囲網を
形成する兆しなのだ。チベット暴動は中国を数カ国に分断する兆しだ。


2008年3月22日 土曜日

アメリカの欺瞞・国連の機能不全→コソボ問題 2月27日 ロシア政治経済ジャーナル 

▼コソボ問題の影響

(前略)
さて、コソボ独立の影響ですが。ロシアが指摘しているように、新たな独立国がジャンジャン生まれるといった事態は、短期的には起こらないでしょう。しかし、「前例」にはなりますね。

独立を目指す勢力は、「コソボがいいなら、なぜ俺らは悪いんだ!」という論理を展開するでしょう。それ以上に私は二つのことを懸念しています。

まず第一に、アメリカには再びセルビアを空爆する意図があるのではないか。もちろん確信はありませんが。前回の空爆は、ITバブル末期の99年でした。その後00〜01年にITバブルがはじけ、アメリカ経済はリセッション入りします。

ところが、世界経済はほとんど打撃を受けることがありませんでした。FRBが継続的に利下げをし、不動産バブルを形成したということもあります。しかし、もう一つ見逃せないこと。この期間アメリカは一年おきに3回戦争をしている。

99年ユーゴ空爆、01年アフガン攻撃、03年イラク攻撃。今再び、アメリカ経済はピンチに陥っています。コソボ独立に怒るセルビア人が、アメリカ大使館を焼き払っている。ひょっとして、ほくそ笑んでいる人たちがワシントンにはいるのではないでしょうか?

だいたい、イスラエルとパレスチナの問題は1948年以降60年もつづいています。なんでセルビア・コソボ問題を、大急ぎで解決しなきゃいけないのか、明確な理由はみあたりません。

(アメリカがGOサインを出さなければ、コソボは独立宣言しなかったでしょう。)

次に長期的な影響について。

欧米と中ロの主張を比べると、明らかに中ロの主張が法的です。欧米自身も認めている。欧米は、国際法違反だが、「セルビアがコソボのアルバニア人を虐殺したので特殊事例だ」としている。それでも国際法違反であることにかわりません。しかも、クルドの例を見てもわかるように、実はちっとも特殊事例ではないのです。

一方、中ロの主張は、「領土保全の原則が上である」ということで一貫しています。もちろん、チベット・台湾・チェチェンなどはかわいそうですが、感情論と法的な話はわけて考えなければなりません。

問題は、世界の多少知的レベルが高い全ての人々は、アメリカの主張の矛盾に気がついているということです。アメリカは03年、ウソの根拠(フセインはアルカイダを支援している、大量破壊兵器を製造・保有している)で、国連安保理の承認を得ないままイラクを攻めました。

ネオコンは、「アメリカは経済力でも軍事力でも世界NO1だから、超法規だ」なんて思っていたのでしょう。しかし、イラク攻撃後アメリカの国際的地位は明らかに下がりました。コソボ問題でも同様の結果になることでしょう。
 
(中略)
 
中ロも自分の利益だけを追求しているのですが、建前「国連重視」「国際法堅持」という主張をし、多くの国から支持されています。例えば、反米の砦上海協力機構は、中国・ロシア・カザフスタン・ウズベキスタン・キルギス・タジキスタンが加盟国。これに、インド・パキスタン・イラン・モンゴルが準加盟国。

去年の首脳会議には、アフガニスタン・トルクメニスタンが加わり、一大勢力になっています。ここには、世界経済を牽引するブリックスのうち3国(中ロ印)がいる。さらに、ロシア・カザフスタン・ウズベキスタン・イラン・トルクメニスタンは世界的資源大国。

それだけ中ロ多極主義陣営の求心力が上がっているということ。なぜ中ロが支持されるのか? アメリカのように法ではなく力でゴリ押しする国があると、どの国の元首も安心して眠れないのです。

日本はアメリカの同盟国で、当然同国との関係は最重要。しかし、「日本はアメリカと共に『自由』と『民主主義』を世界に広げていきます」などと、赤ん坊のような主張を宣言するべきではありません。

世界の人々はそんな日本を見て、「ああ、日本もアメリカと同じウソツキになったか」と軽蔑するからです。それより、「日本は、多様な価値観を認め、共生を目指します」と宣言するべきなのです。
 


米露の接近、英の孤立 3月22日  田中 宇

▼米露接近のきざし

 多極化の話は範囲が広いので、今回も前置きが長くなってしまった。今回の本題は、米英中心体制のもう一つの柱である、欧米による対ロシア包囲網が崩れそうだという話である。この件も、4月前半にかけて大転換が始まりそうだ。

 ブッシュ政権は従来、欧米の軍事同盟であるNATOを率いてロシア包囲網を作り、ウクライナやグルジアといったロシア近傍の旧ソ連諸国をNATOに加盟させる、というロシア敵対策をとってきた。しかし3月17日に、アメリカのライス国務長官とゲイツ国防長官らがモスクワを訪問し、ロシア側と米露間の今後の「戦略的関係の枠組み」(strategic framework)について協議し、米露が劇的に和解しそうな感じが強くなっている。(関連記事

 劇的な和解の具現化になりそうなのは、NATOが窮地に陥っているアフガニスタンの占領を、ロシアが助ける構想である。アフガニスタンは06年から、イラクに忙殺される米軍に代わってNATO軍が占領しているが、反欧米・親タリバンのイスラム主義の高まりを受けてNATO軍は苦戦し、ドイツやオランダなどは、早く撤退したいと考えている。関連記事

 アフガニスタンはパキスタン、イラン、中央アジア諸国に囲まれる内陸国で、NATOがアフガンに武器や物資を送るには、ロシアを通らねばならない中央アジア経由と、欧米が敵視しているイラン経由のルートは使えず、パキスタンが唯一の補給路となってきた。だがパキスタンの対アフガン国境地域の北西辺境州では、今年2月の選挙で、反米で親アフガン的(ただし反イスラム主義)なパシュトン人ナショナリズム(中道左派)のアワミ国民党が勝利し、パキスタンを補給路として使い続けることが困難になっている。(関連記事

 2月の選挙で、パキスタンでは、暗殺されたブット元首相の一族の政党(PPP)と、シャリフ元首相の政党(PML−N)が勝ち、連立して政権を担当する動きになっているが、ブット家とシャリフ家は、父親たちの代からの50年間の対立の歴史がある。ブット家はシンド州、シャリフ家はパンジャブ州という、地縁に基づく大きな対立もある。両党は、今後は気持ちを入れ替えて仲良く連立政権を作る、と今は言っているが、独裁だったムシャラフ大統領の権限を奪った後、連立与党は政権争いの内部分裂で瓦解し、パキスタンは内乱状態に陥る可能性が高い。パキスタンはNATOの補給路として使えなくなる。(関連記事

 NATO内では、イギリスはアフガニスタン占領を何とか成功させようとして、タリバンと交渉する戦略を進めたり、イギリス人の「アフガン総督」を置く構想をぶち挙げたりしてきた。しかし、アメリカは反対にアフガン占領を難しくするような戦略(表向きは大失策)を進め、アフガン・パキスタン国境地帯を空爆してパキスタン側の人々の反米感情を扇動したり、アフガンのカルザイ大統領を焚き付けてイギリスの総督構想に反対させて潰したりしてきた。(関連記事

▼新レーガン主義ブッシュ政権による冷戦終結の再演

 イギリスによるアフガン占領立て直し戦略は破綻し、パキスタンは混乱の際にある。そんな中で、アメリカはロシアに対し「NATOの物資や武器を、ロシアから中央アジア経由でアフガンに運ぶことを了承してくれたら、ウクライナやグルジアのNATO加盟を取り止めてあげる。アメリカがポーランドやチェコに配備するつもりだったミサイル迎撃施設も作らない」と非公式に持ち掛けた。(後略)



(私のコメント)
まことに国際情勢は複雑怪奇なのですが、日本は島国のせいか国家間の外交的駆け引きにはまったく疎い。戦国時代の武将ならば寝返り工作や裏切りや合従連衡などは日常茶飯事だったのですが、徳川300年の間にすっかりボケてしまって、複雑怪奇な国際関係においてピエロ的動きをしている。

松岡外交における三国同盟はその典型なのですが、同盟国のドイツの動きに翻弄されてしまって日本は取り返しのない結果となってしまった。同盟国のドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連と戦争を開始した事は、松岡の四カ国同盟の構想をご破算にするものだった。まさに松岡外相はピエロのなってしまった。

四カ国同盟は今で言うならばEUとロシアと日本との大同盟ですが、米中同盟に対する牽制手段になるかもしれない。あるいは対中包囲網という構想ならばEUとロシアと日本とアメリカでの包囲網であり、このような構想もまったくないとは限らない。中国もアメリカ経済界を引き込んで分断工作をするし、上海協力機構という強力な同盟も現実に存在している。

アメリカとしてはロシアと中国を外交的に揺さぶって中ロを分断することは戦略的課題だ。日本にとっても中ロを分断することは利益になる。ところが日本の外交戦略は日米同盟一本やりであり、それ以外の外交戦略はまったく思考停止状態で考える人もいない。

国際間の同盟関係というのは、表では握手しながら裏ではナイフを突きつけながらの関係なのですが、日本は同盟国に裏切られると言う発想を考える人がいない。例えばアメリカが日本を裏切って中国と同盟関係を築くと言うことは「株式日記」でも何度も書いてきた。

例えば台湾に対するアメリカの裏切りは米中国交回復で明らかですが、日本がいつ台湾のようにアメリカに裏切られるか分からないという警戒をする人は少ない。アメリカとしては日本と同盟を組むより中国と同盟を組んだほうが利益になると思えばアメリカは日本を切るだろう。

最近のアメリカ外交の変化は複雑怪奇であり、アメリカにとってロシアと中国は敵であり味方でもある。この前まではMDで対ロシア包囲網を築いていたが、アフガニスタンが危ないとなればロシアとの関係を改善して対アフガン作戦に協力体制を築こうとしている。アフガニスタンは対中包囲網の拠点でもあるからだ。

コソボ独立問題はアメリカの了解なしにはできえない事なのですが、アメリカはなぜ特殊事例としてコソボ独立を支持したのだろうか? コソボが独立すれば独立を目指す勢力は世界中で暴れだす危険性がある。チベット暴動はその影響の一つであるのだろう。

チベットが動けば台湾にも影響が及び、今日は台湾総統の選挙日ですがどのような影響が出るだろうか? 対中融和派の国民党の馬候補が優勢なのですがチベット暴動で独立派の謝氏も巻き返している。コソボーチベットー台湾と問題がつながって、中国は国の東西で問題を抱えて、ソ連のように分裂して崩壊する前兆になるのかもしれない。

イギリスはロシアとの新冷戦構造を構築しようとしていましたが、アメリカはロシアとの協力関係を築こうとしている。米英同盟にも影がさしているのですが、となると日米同盟にも何らかの変化の出てくるかもしれない。アメリカで親中派のクリントンが大統領が選ばれれば、米中関係が劇的に変化して、日本を切り捨てて米中同盟が出来て、日本は漂流するかもしれない。

アメリカは今や内憂外患であり、どのように立て直そうとしているののだろうか? ブッシュ政権もあと10ヶ月あまりですが、イラクからも撤退して経済を立て直さないと持たないだろう。今のアメリカ外交は悪あがきとも思えるのですが、中東政策では最初からイラク戦争は兵站的に無理だったのだ。アメリカはすでにイラク戦争に75兆円も使っている。

日本は暫定税率の問題や日銀総裁の問題で内政だけで立ち往生してしまっている。中国ともアメリカとも事なかれ主義で、権謀術数を駆使しているアメリカや中国やロシアと比べるとなんと脳天気な国なのだろう。それ以上に国民も脳天気であり、チベット問題の背景には様々な国の駆け引きが見て取れる。




香港では、どちらに原因があるか調査してから輸入を禁止する
などと悠長な、消費者を危険にさらすことは絶対にしない。


2008年3月21日 金曜日

チャイナ・ハンズが見る日本 3月21日 プロの視点

中国製ギョーザ中毒事件に関し何人かの香港人に同じことを聞かれた。「日本は中国製品を執拗に調べては『毒入り』と発表する。中国を貶めるのが狙いか」――。

香港なら直ちに輸入禁止

 こう言われた日本人は「とんでもない」と答えたうえ「やはり香港人も中国人。身贔屓だな」と内心思う。だが、話を進めるうちに身贔屓どころか香港人の中国に対する厳しい見方と処し方、さらには自らの稚拙さに気がついていく。

 では、香港で中国製の危ない食品が発見されたら香港人はどう対応するのか。香港政府は直ちに中国からの輸入を禁止する。中国側が状況を改善したと判断できた後に輸入を再開する。しかし、検査の手は緩めない。ただし、中国現地での原因究明――犯人探し――にはさほどこだわらない。

 輸入禁止措置をとらず、まず「中国政府と共同で原因調査に乗り出す」と宣言した日本とは百八十度、対応が異なる。なぜだろう。

 香港と日本の対応の差は、中国という国への基本的な認識の違いによる。香港人は「食品に毒物が混入するのは中国ではよくあること」と考えている。だから、中国側か香港側かどちらに原因があるか調査してから輸入を禁止するなどと悠長な、消費者を危険にさらすことは絶対にしない。

 そして「中国では当たり前」だからこそ「現場での原因究明」にも固執しない。仮に、ある企業で原因が判明して「改善」したとしても、どうせほかの企業がまた似たような危ない食品を送ってくる。そもそも中国政府、ことに企業と癒着した地方政府が本気で原因を調べるかは怪しい。

 このため厳しい検査体制を自前で敷く。危ない食品を水際で防ぐとともに「厳しい検査をしているからいい加減な製品を送ってくると損するぞ」と中国企業に対し警告を発するためだ。

 香港から見れば、いや、世界の常識から見て日本は変わった国なのだろう。だから、香港人は以下のように考えて、日本の政治的陰謀を疑うのだ。

 「中国側に原因があるに決まっているのに、ことさら調べ続けては中国犯人説を何度も唱える日本。中国のイメージを悪化させようという政治的目的からに違いない」――。

 「食品のことだから『疑わしきは罰する』のは当然。なのに、輸入を続ける日本。本当は日本側に原因があるのではないか。それで、あえて中国犯人説を大声で唱えるのではないか」――。

「変われない」中国

 「家庭で調理する前に、野菜は長時間水に漬け、農薬を抜く」――。

 「食堂でも、あまりにきれいに光った野菜は食べない」――。

 野菜から卵、肉、調味料と食品のほとんどを中国産に頼る香港に住む人々の自衛策だ。気をつけていても時々、残留農薬や殺虫剤によると思われる痺れに見舞われ、会社を休む羽目に陥る人が出る。

 農薬中毒は“本場”中国ではさらに深刻だ。「午後の操業が再開できないことが時々ある」(広東省の日系企業の工場長)。昼食に使った野菜に農薬が混入しており、それを食べた作業者が手足の痺れを訴えるからだ。

 「班長は直ちにラインを止め、作業者に大量のお茶を飲ませる」といった農薬対策をマニュアル化している工場もある。細かな手作業を行う組み立て工程では、痺れを放置すると不良品が多発するからだ。

 中国人も中国の食品や農産物が危ないことは十分に知っている。一連の騒ぎの中で、山東省にある日系食品工場が製造した肉まんから殺虫剤が検出された。これに関連し中国の食品検査当局は「野菜を仕入れる過程で日本企業の検査が十分ではなかった」と声明を出し「日本の失策と責任」を強調した。もっとも、この声明こそは「中国産の野菜は危ない。検査もせず使うのは非常識である」という中国の常識を問わず語りに語っている。

 分かっている中国人は分っている。「中国産は危ない」ことだけではなく「この問題は容易に解決しない」ことをだ。

 中国農業の専門家は言う。「農薬や殺虫剤の乱用がどんな結果を招くか、農民にはまったく認識されていない」。「農民を教育すればいい、と簡単に言う日本人が多いが、識字率が低く教育は容易ではない。そもそも自分が置かれた不平等な状況にも目を開かせる『知識』を、農民が学ぶことを政府が望むかは疑問だ」。

 工場の中でも同様だ。多くの日系企業では健康管理と品質向上のため、作業者に対し「食事の前後の手洗い励行」を教える。だが、永年の習慣は変えがたく、品質に影響が出ない限り「手洗い」の定着をあきらめる企業が多い。

 「中国の危なさ」が容易に解決できるのなら、中国人は日本政府の発表にこれほどには反発しないだろう。だが自身の「危なさ」を簡単に解決できないこと知っているからこそ、中国人は「日本がそれを知った上で、中国の弱点をつついて楽しんでいる」と思って憤り、中国政府もことさらに「中国に責任はない」と強調する。

日本の「ほめ殺し」

 日本政府にしてみれば「現地調査もせずに、原因は中国にあると決めつけるべきではない」という“日本的正論”を基に対応したつもりだろう。「危ない食品を売るのは一部の不心得者だけ」という“日本的建前”もあったのだろう。

 日本側の調査結果を示せばそれを基に議論を進められる、と中国を常識ある先進国並みに扱ったつもりでもあったのだろう。中国国内の問題点を発見すれば、それが本当に安全性問題の解決につながる、と思い込んでもいたのだろう。

 でも「ほめ殺し」にも似た日本の対応は、思いがけない中国の反撃を引き起こし、日本でもそれに対応して中国に対する侮蔑感が一気に噴出した。香港のように中国の現実を見据えた対応に終始していれば、こんな混乱は起きなかったに違いない。

 自他共に親中派を認める福田政権にしてみれば、中国の不興を買わないために「まずは共同調査」という手順を踏んだのかもしれない。だが、その発想自体が、親中派が金科玉条のように唱える「日中友好」を大きく損ねた。

 一方、反中派。彼らからは「これで日本人もようやく中国の本質に目覚めた」と喜ぶ声が聞こえてくる。この事件を期に、すでに高まっていた日本人の反中感情が定着しそうだからだ。

 だが、外から見れば、日本の対応は物笑いの種になっていこう。限りなく中国がクロに近いのに「共同調査体制」を採ったため、現段階ですでに日本は「引き分け」まで押し返された。日中双方が「相手国に原因がある」と主張し、がぶり四つで組み合ったままになっている。

 現在、アジア観察者が交わす議論の定番は「傲慢さを増す中国に対し、どの国がどこまで対抗できるか」だ。北京の病院で外交官が不自然な死に方をした韓国。疑惑を残しながらも韓国政府は結局、中国の言い分通りに「医療ミスではなかった」と発表した(「韓国の不安」=2007年10月1日参照)。観察者の多くはこの事実をもって「韓国はついに中国の勢力圏入りした」と結論付けた。

 最近、中国を専門とする各国外交官の集まりで、韓国の外交官がその弱腰を嘲笑される「事件」も起きた、と関係者は明かす。でも「ギョーザ事件」を見ると日本も他人を笑えない。

香港人になれるか

 香港人は皮膚感覚に優れたチャイナ・ハンズだ。自身が、あるいは両親かその親が大陸出身であり、今も中国と何らかの関係を持つ人がほとんどだ。だから、日本人に対し「香港人ほどに中国の現実と中国人の生理を知れ」と言っても、それは無理というものだろう。だが、日本で売られる冷凍ギョーザの多くが中国製であることが示したように「中国の影」は日本にどんどんさしかかる。

 「せめて、それに見合って『中国』を知らないと、日本はますます国を誤る」。ギョーザ事件を香港から眺める日本人はこう思う。



(私のコメント)
福田総理の決断力のなさは「相手を思いやる気持ち」からなのでしょうが、それがかえって相手に対して誤ったメッセージとなって問題を拗らせているのではないだろうか? 毒入りギョーザ事件に対しても香港ならば直ちに輸入を差し止めて、検査体制を徹底するのが香港のやり方だ。もし輸入を止めずに毒入りギョーザで死者が出たら福田内閣の責任になる。

問題は日本側が犯人の追及に焦点を絞って、中国側に責任があることが分かった時点で対応しようとしているのに対して、中国から見れば政治的目的でそうしているのではないかと誤解する。輸入禁止措置をとらず、まず「中国政府と共同で原因調査に乗り出す」という態度は、中国から見れば政治的陰謀ではないかと見るわけだ。

常識で考えれば毒物は中国で入れられたものと言うのは疑いがないにもかかわらず、日本側は犯人の追及に拘るのは中国人の面子を潰すものとなる。中国では当たり前なものは原因の究明に固執しない。物的な証拠はいくらでもあるから中国側に原因があることは逃れようがないが、地方政府と癒着した工場に原因があると分かれば地方政府の面子が潰れる。それよりかは輸入停止して決着するほうが面子は立つのだろう。

日本には中国の専門家が山のようにいるにもかかわらず、福田総理に適切なアドバイスをする人がいない。犯人が見つかるまで徹底追及して中国のイメージを陥れる目的で福田総理はしているのかと中国は思い込む。中国側としては犯人追求は置いといて日本側で検査体制を整えて調べてくださいよと言ったところなのだろう。

中国野菜に農薬が混入しているのは中国人なら誰でもが知っている。禁止されたメタミドホスという農薬も使われ続けている。広い中国では政府も取り調べようがない。工場労働者も昼食にたべた食事に農薬や殺虫剤が入っていて、体が痺れて午後から操業が出来ないという事もあるようだ。そんな現状なのに日本側が犯人の特定に拘るのは政治的意図があると思われてしまう。

中国の農民や工員に衛生管理を徹底するのは困難であることを一番知っているのは中国政府や地方政府であり、彼らの長年の習慣は変えられない。それを日本側から強く要求する事は、中国の弱点を突いて楽しんでいるのかと思い込んでよけいに反発する。中国を先進国として扱えば逆に彼らを刺激する事になり、中国の面子を潰す事になる。

日本の輸入商社や生協などの販売店は冷凍食品などの製品については、中国を信頼してフリーパスだった。中国側にしてみれば検査もせずに輸入して騒ぎ立てないで欲しいと言ったところだろう。日本はあくまでも原因の究明に拘っても、相手国は衛生観念のない国だという認識を持つべきなのだ。

昨日も書いたように、日本の政治家がアメリカや中国を刺激しないように気を使えば使うほど相手を誤解させる事になるだろう。中国は外国からの批判に馴れっこだからチベット問題で批判を受けてもまったく態度は変えない。弾圧は良くない事だと知ってはいても弾圧しなければ中国は分解してしまう。福田総理にように「双方とも冷静に」などと言えば中国を馬鹿にしているのかという誤解を招くだけだ。

中国の常識から言えば抗議すべき事を抗議しなければ「中国の勢力圏入りした」と看做するだろう。だから福田総理の「相手の嫌がることはしない」ということも、かえって日中友好を損なうだろう。日本側の配慮が中国には服従と見られる。そして小泉総理のように配慮しない総理が出てくると中国政府はビックリしてしまって引っ込みがつかなくなってしまう。

全く常識が違う国と関係を維持させていく為には相手の事をよく知らなければならない。それに対して配慮や遠慮は外交にはマイナスだ。配慮や遠慮で相手は踏み込んでくるから、韓国との竹島問題のように引くに引けない状況に追い込んでしまう。相手国には政治的謀略だと思われるだけなのだ。




ロシアはチェチェンを弾圧、中国はチベットとウイグルを弾圧
アメリカはイラクに侵攻、超大国の帝国主義の時代は終わりだ!


2008年3月20日 木曜日

人権侵害国リストから「中国外すな」 米有力議員 3月19日 産経新聞

米国議会下院外交委員会の共和党筆頭メンバーのイリーナ・ロスレイティネン議員は18日、中国のチベットでの住民や僧侶の弾圧を非難するとともに、米国務省が2008年度の世界人権報告書の「人権侵害国」の指定リストから中国を外したことを批判した。

 同議員は中国政府がチベット住民の基本的人権弾圧していると抗議する声明を出し、「中国当局がこの種の弾圧を続ければ、北京オリンピックの開催に悪影響が出る」と警告した。

 同議員はさらに米国務省が世界人権状況の年次報告書2008年版を11日に発表した際、「世界でも最も組織的な人権侵害国」としてこれまで北朝鮮やミャンマー、中国など合計10カ国を指定したのに対し、今年は中国を排したことを指摘し、「この排除は間違いだった」と非難した。(ワシントン 古森義久)


またもや人間狩り……前世紀の遺物、共産主義中国に未来はない。 3月18日 『米流時評』

先週来チベットの弾圧が気がかりで、連日地元米国のニュースメディアはもちろん支援団体の本部がある英国やインドの媒体までチェックしていたら、睡眠時間4時間ほどで寝不足も甚だしい。しかし明け方近くに眠りについても、7時前には朝のニュースが気になって自然に目が覚めてしまう。おかげでこのところ朝イチで入れるスイッチは、コーヒーメーカーではなくてテレビのリモコンになってしまった。

これとまったく同じ現象が昨年の秋にもあった。ミャンマー軍事政権の弾圧による僧侶虐殺である。あの時も、現地からネットに刻々アップする生々しい惨状を映し出した写真に衝撃を受け、毎日英語媒体の関連記事を翻訳して連載した。あの時には長井健司さんの射殺やスーチーさんの幽閉など、日本のメディアも競って報道したので、世界で湧き上がったビルマ人弾圧反対運動に大いに賛同する方も多かったと思う。しかし、国連がなまくら刀の使節を派遣したものの、まんまと軍事政権側に丸め込まれて、通説三千人と言われる犠牲者にも関わらず、独裁政権には何の実質的糾弾もないまま、うやむやに終わってしまった。

ただ、あの時にひとつだけ心にひっかかることがあった。それは週刊新潮に載った元ミャンマー駐在日本公使の談話だったと思うのだが「一連の反政府的行動はすべて不穏分子の煽動によるもので、日本は『暴徒』の制圧に努力するミャンマー政府を支持すべき」という主旨だったと思う。
無抵抗の僧侶や一般市民が、同じ国の軍隊に自動ライフルで水平撃ちされ、銃剣で突き刺されて何百人もが『虐殺』されたというのに、この「外交馬鹿」は何を寝言を言っているのだろう………と、実際にはらわたが煮えくり返った。

それにもまして呆れたのは、その似非外交官の談話を「外務省のお偉いさんがそう言っているのだから」と鵜呑みにして、ビルマ人民虐殺に反対するブログにわざわざ「説得」のコメントを残した連中がいたことである。当時の私の記事にもそういう事なかれ主義のでっちあげを真に受けた御仁から、2・3コメントがあった。そういう海鼠(なまこ)頭の方々と論争するのは時間の無駄なので、コメントはとっとと排除した。

私は普段は温厚な人間で通っているが、その私が怒ったら本気である。大の男のひとりやふたり、投げ飛ばします。特に普段は綺麗事を並べていながら、こういった事変にぶち当ると逃げ腰になったり、この機に乗じて自分勝手な思想に基づく妄想「ダライラマ集団/CIAの陰謀論」をなすりつけようとする卑怯者は、容赦しない。あなた方には、50年もの間中国共産党の非情な圧政に虐げられてきた、誇りあるチベット民族の最後の抵抗が理解できないのだろうか?

学位を取り、社会の確たる地位にある方々でありながら、迷妄の思想に囚われて、生身の人間の苦しむ姿を直視しようとしない卑怯者よ。チベットの誇りと伝統を守ろうと、独立のために血を流して犠牲になっているチベット人の悲鳴が聞こえないのか!
あなたがたは、ブロガー失格以前に、人間失格だ。

いいですか。いやしくもランキングで「政治ブログ」というカテゴリーに参加している方々は、伊達や酔狂で記事を書いてる訳ではないはずだ。気楽に何事もなく過ごしたいなら、趣味やスポーツのほかのジャンルへ行ったらいい。少なくとも「政治」の範疇に足を踏み入れたのなら、世界の痛みの片鱗でも受け止めるべきではないのか? 普段偉そうなことを書いていながら、こういう肝心の時に犠牲者の痛みの判らない鈍感さを糾弾しているのですよ。

「暴徒」?「暴動」? 中共政府の受け売りを真に受ける輩は、とっとと中国へ帰化したら良い。少なくとも日本人なら、同じ仏教徒として非人間的な圧殺を見過ごすことができるだろうか。世界には、国家の独立さえ約束されていない虐げられた民族のなんと多いことよ。日本人は元々、そうした「弱者の味方」ではなかっただろうか。

あまりにも独断で得々と「CIAの陰謀」と決めつけた貴方の記事のTBは削除しました。何を根拠にそう言うのか、証拠すら示していない。ひたすら「中共大事」というわけですか。これまでその偏った思想に気がつかなかった私自身にも腹が立ちます。仮面を冠ってつきあっていたのか……
実に不快です。申し訳ありませんがリンクからも削除しました。そちらでもそうして下さい。もう二度とお話しすることもないでしょう。

「どんなに正論を吐いても、罪無き人々が目の前で殺されて行くのを看過ごすのなら、唯の偽善者でしかない。如何に、内政が混乱して収拾がつかないからと言って、オリンピックの前にこんな虐殺を敢えてやったのですから、オリンピック開催中止もやむなしと言うことでしょう。望むところではありませんか、五輪参加中止と、チベット独立支持を叫ぶべきです。」
前の記事でも紹介したように、このナポレオン・ソロ氏のコメントが胸に突き刺さったままだ。

今回のチベット人の蜂起ではっきりと見えてきたことがある。それは「人間の資格とは、思想云々よりも、要は同じ人間の痛みを感じられるか否か」ということ。普段は人権擁護を唱えていたはずなのに、肝心の非常時に人間性のかけらも見受けられない思想馬鹿は、まっぴらお断りです。
中国政府の暴虐が見えない明き盲は、どんなに知性をひけらかしても、ガキにも劣る。世の中の理というものを、もう一度幼稚園から習い直して出直せ、とはっきりと言っておきます。
さらば、哀れな屁理屈の亡者たちよ!


(私のコメント)
アメリカは人権侵害国家の指定リストから中国を外しましたが、チベット暴動が起きてアメリカはこの決断を恥じる事だろう。とは言ってもアメリカがイラクで行っている事を見比べれば、中国のチベット弾圧やロシアのチェチェン弾圧は小さな出来事に過ぎない。アメリカ兵がイラク市民を殺したところで軍法会議にかけられる事はまれだ。アメリカ軍はすでに直接間接にイラク人を10万人も殺している。

中国兵がチベット市民を殺そうが、ロシア兵がチェチェン市民を殺そうが殺人罪で起訴される事はない。抵抗する市民は帝国の軍隊から見れば皆テロリストなのだ。私から見れば、アメリカも中国もロシアも同じ穴の狢であり、超大国は帝国主義だから超大国なのだ。三国とも周囲の弱小国を侵略して大きくなったのだ。

「株式日記」が特別にアメリカに対して厳しい書き方をしているのも、アメリカは日本に米軍基地を100ヶ所近くも置いて支配している。ところが日本のマスコミはアメリカ軍が日本を守ってくれていると洗脳して、愚かにも国民はそれを信じてしまっている。あるいはわかっていても黙って黙認している。チベットと中国との関係は日本とアメリカとの関係と大して変わりがない。日本はアメリカの「自治区」なのだ。

私は、イラク戦争を非難する人たちがなぜ中国によるチベット弾圧に対しては沈黙するのか、チベット弾圧に抗議する人たちはなぜアメリカによるイラク侵略には沈黙しているのか理解できない。「株式日記」は明確にイラク戦争にも反対し、チベット弾圧にも反対してきた。アメリカも中国も帝国主義国家であり、裏では米中が手を組んで周辺国を武力で抑え込んでいるのだ。アメリカが中国を人権侵害国から中国を外したのも米中は仲間だからだ。

日本は決して弱小国ではない。にもかかわらずなぜ日本がアメリカの「自治区」になってしまっているのは、政治家が弱腰であり国民が愚かであるからだ。イラクのマリキ政権と日本の福田政権と立場はほとんど似ている。アメリカに対しては絶対にNOとは言えない。NOと言えば簡単に他の人物に首相を代えられてしまう。CIAが日本のマスコミに首相のスキャンダルを流せばいいだけのことだ。あるいは支持率が落ちたと何度も放送すれば日本の首相は辞めなければならないようだ。

日本政府は中国に対しては6兆円のODAを与え、アメリカに対しては100兆円のドルの買い支えをしている。日本は米中のヤクザ国家に「みかじめ料」を支払っている商店のようなもので、自動車やカラーテレビをアメリカに売っても返って来るのはジョージ・ワシントンが印刷された紙切れだけだ。中国にしてもハニートラップの罠に引っかかった政治家たちがODAの金で見逃してもらっている政治家や官僚がたくさんいる。

日本は68年前にはアジアの開放を目指してアメリカやイギリスやオランダと戦って、アジアに多くの独立国が生まれた。だから今度のチベット暴動に対しても援助してあげて独立を助けてあげるべきなのだ。しかし福田首相は、「憂慮している。双方が冷静に適切な対応を取ってほしい」と述べるのみで、ギョーザ事件と同じく他人事のように述べて逃げ腰だ。

政治家の立場から言えば、なんでも相手国の言いなりになって、こちらからは何も言わなければ波風は立たないだろう。北方四島を取られても、竹島を取られても、尖閣諸島を取られても、形ばかりの抗議をするだけで、それ以上の事はしない。別に無人島だからいいじゃないかというが、一つの島を失う事は全ての島を失うだろう。

中国では毎年7〜8万件もの暴動が起きている。今回のチベット暴動のような大きな暴動も日常茶飯事であり、中国政府によって取材を制限されて世界に報道されないだけだ。だから中国政府も鎮圧するのは手馴れていて軍や武装警察を一気に動員して叩き潰してしまう。このように奥地で起きる暴動は鎮圧できるが、上海で起きたような反日暴動は隠し切れないから一番恐れている。

アメリカ政府も中国に対しては寛大であり、日本に対したようなスーパー301を振りかざしながらの元の切り上げを要求しないのはなぜか? 中国は外国からの要求には決して屈しない。日本との東シナ海のガス田に対しても日本が出れば軍艦を出すと脅した。中国と言うのはこのようなプライドが邪魔をして周辺国と喧嘩ばかりしている。これではオリンピックも一騒動あるのは当然であり、EUからは開会式をボイコットする話も出ている。

日本は例によって「人の嫌がることはしない」主義だから何があってもボイコットはしないだろう。しかし選手が自主的にボイコットできるからしてみたら面白い。もし開会式に参加する選手がいたら2ちゃんねるあたりで「祭り」を開いて叩けばいい。中国の面子は丸潰れになって面白い。

このように日本政府が弱腰でも、国民一人ひとりの反米感情や反中感情は制限できないから、国民レベルでの抗議活動が民主主義国家の抗議のやり方だ。毒入りギョウザ事件でも日本政府は輸入規制をかけなくとも、国民一人ひとりが中国野菜を買わなければボイコットしたのと同じ効果がある。アメリカに対しても草の根レベルで抗議すれば、日本政府が弱腰でもアメリカ政府は手が出せないだろう。

愛国保守派から言わせてもらえれば、アメリカがイラクでやっている事と、中国がチベットでやっている事は帝国主義であることでは同じだ。アメリカにしても中国にしてもロシアにしても国家の規模が大きすぎるのだ。多民族で国土が広大なら言葉も文化も宗教も様々になり、それを一つにまとめるには政府の強権が必要になる。上手く行っているときはいいが落ち目になれば一気に崩壊してしまう。アメリカも例外ではない。




中東や中国の政府系ファンドが資金を投入して以降も、欧米の
投資銀行の不良債権は増加しており、損失拡大は避けられない


2008年3月19日 水曜日

中国投資有限公司:ブラックストーンへの投資で損失 3月14日 サーチナ

米投資ファンド、ブラックストーン・グループの株価下落で、中国政府系投資ファンド、中国投資有限責任公司が保有するブラックストーン株の時価総額が購入時価格の50%に目減りした。13日付で京華時報が伝えた。

 ブラックストーンが10日に発表した2007年10−12月期決算は、最終損益が1.7億米ドルの赤字だった。米サブプライムローン問題による信用取引市場の悪化が要因で、売上高も3.45億米ドルと前年同期比で73%落ち込んだ。この影響で同日の同社の株価は取引時間中に13.82米ドルをつけて、07年6月の上場以来の安値を更新した。

 中国投資は07年5月、海外での初の投資案件として、ブラックストーンの株式1.1億株を取得した。購入価格は1株29.605米ドル、購入総額は約30億米ドルだった。最安値となった13.82米ドルで計算すると、保有株式の時価総額は50%減の16億米ドルとなる。

 ただ中国人民大学・金融証券研究所の趙錫軍副所長によると、中国投資はブラックストーンの株式を4年間保有することで合意しており、損失は一時的なものとなる。ブラックストーンのこれまでの実績からみて、投資対象としては最適という。(編集担当:伊藤祐介)


韓国の政府系ファンド、メリルリンチ投資で含み損 2月22日 朝鮮日報

 アジアや中東の政府系ファンドが最近、サブプライム住宅ローン問題で資金難に陥っている欧米の金融会社に続々投資しているが、21日付英フィナンシャル・タイムズ(FT)は「投資タイミングが早すぎた」と警告した。政府系ファンドが資金を投入して以降も欧米の投資銀行の不良債権は増加しており、損失拡大は避けられないとの見方だ。韓国投資公社(KIC)も先月、米投資銀行メリルリンチの株式を取得したが、損失懸念が浮上している。

◆FT紙の警告

 FT紙は「不良債権が十分に明らかになった時点で投資を行うことこそ収益を上げる道だ」という米国の石油王、ロックフェラーの名言を引用した。サブプライム危機が浮上して以降、欧米の金融会社がどれだけの血を流したかはまだ十分に把握できていない。政府系ファンドは投資先が「血を流し切った時点」で投資すべきだったが、あまりに投資を急ぎすぎたというのが同紙の指摘だ。FT紙が政府系ファンドの投資失敗事例として挙げたのは、中東のカタール投資公社(QIA)が取得した投資銀行クレディ・スイス株。1年間でクレディ・スイスの株価は40%も下落したが、投資時点では「安値タイミングをとらえた」と評価されていた。

 クレディ・スイスは同日、債権価格の計算に誤りがあったとして、第1四半期に28億5000ドル(約3060億円)の資産を追加償却し、株価が8%急落した。このほか、中東の複数の政府系ファンドも欧州の金融機関に600億ドル(約6兆4400億円)を投資したが、約10%の損失を計上したと分析した。

 クレディ・スイスは欧州の金融機関で最も被害が少ないといわれ、ほかの金融機関の損失拡大は避けられないとの見方が広がっている。FT紙は「ほかの金融機関でも似たような事態が相次ぐ」と指摘した。

◆韓国の投資は大丈夫か

 韓国の政府系ファンドKICが米メリルリンチの優先株に20億ドル(約2150億円)を投資したのは先月15日。サブプライム問題の直撃により、メリルリンチの株価は2006年末の約半分にまで下落。KICは1株当たり53.01ドルで投資を行った。

 当時韓国政府とKICは「メリルリンチの株価は十分な安値水準にあり、魅力が大きい」と説明していた。しかし、KICが投資を発表した直後の先月17日、メリルリンチが多額の損失を明らかにしたことで、株価は49.45ドル(約5300円)まで下落するなど、低迷を続けている。20日の終値は51.84ドル(約5570円)で、投資時点をやや下回っている。

 財政経済部高官は「取得したKICの優先株は2年9カ月後に普通株に転換する条件となっており、短期的な株価の騰落に一喜一憂してはならない」と指摘した。契約によると、KICは2年9カ月の間、年9%の配当を受け取ることになっており、普通株に転換する時点で株価が61.3ドル(約6590円)を超えないと含み損を抱えることになる。

 韓国では、ハナ銀行もメリルリンチに5000万ドル(約53億6700万円)の投資を検討しており、韓国資産管理公社も米投資銀行のサブプライム関連不良債権に投資を行う計画だ。サムスン投信運用、韓国投信運用、教保投信運用などファンドマネジャーも個人投資家を対象に米投資銀行に対する投資資金を募っている。



(私のコメント)
金融界では政府系ファンドが花盛りですが、政府の役人が相場に手を出して上手くいくはずがない。それは中東のアラビア商人でも中国の華僑でも同じだ。金をたくさん持っている時はどうしても気も大きくなって相場に手を出してしまう。日本人も同じでバブルの時は何にでも手を出してしまう。これは人間である限り世の東西を問わない。

大金を持ちながら投資するタイミングを待ち続けるのは、本当の相場を知る人のみであり、政府の役人が投資のチャンスを待ち続ける事は象が針の穴を通る事より難しい。ニュースでもわかるように中東の政府系ファンドもシティへの投資であっという間に8000億ドルも評価損をしてしまった。中国の政府系ファンドもあっという間にブラックストーンへの投資で半分すってしまった。

最悪の場合は投資先が倒産して一銭も返らない場合も十分にありえる。相場とはそういうものだ。政府系ファンドが話題になったときに竹村健一氏がよくシンガポールを例にあげて政府も資金運用で稼げとよく言いますが、相場はそんなに儲かるものではない。極端に言えばインサイダーしか儲からない。

朝鮮日報でも韓国の政府系ファンドが投資に失敗している事を報じていますが、投資に失敗してもだれも責任を取らないから政府系ファンドは失敗するのだ。国家財政だって赤字を出しても誰も責任を問われない。赤字なら増税して国民から税金を巻き上げればそれで済むからだ。この点が家計とは一番違う点だ。

政府が財政赤字で大変だと言うキャンペーンは嘘なのだ。政府は通貨を発行できるので財政が赤字でも国債を発行して穴埋めが出来るし、永久的に返済する必要がない。どうしても必要な場合は国債と紙幣とを交換すれば済んでしまう。経常黒字の国ならばそれが出来る。

このような政府がファンドを運用するのは馬鹿げているのであり、国家はいくらでも紙幣を印刷して使えるのだから相場に手を出す必要がない。もちろん国内経済が発達していない国ではこのような事は出来ない。日本のように供給力があまって需要が足りない国では国がマネーを供給して経済を回す必要がある。日本の財務省の役人はそれが分からないから増税して需要をかえって減らしてしまう。

国内に産業がない国が勝手に通貨を発行すれば直ぐにハイパーインフレになってしまう。アフリカのジンバブエでは66000%のインフレになってしまって紙幣が通用しなくなってしまった。アルゼンチンやロシアでもハイパーインフレが起きて億万長者があっという間に無一文になってしまった。国内経済が破綻してしまうとそうなってしまう。

日本の場合はまったく逆であり日本経済が強すぎて円の価値が上がり続けてデフレになっている。円が強いと海外のものが安く買えるから物価が下がってしまう。なぜ円が強いのかと言うと世界中の人が日本製品を欲しがっているからだ。国内に需要が少ないから海外に売って外貨が貯まる一方だ。ならば国内で需要を増やせばいいのに政府日銀はインフレを恐れて増税してデフレにしてしまった。

中東産油国やシンガポールのような、国内に産業が乏しい国では政府系ファンドの存在意義もあるのかもしれない。しかし中国や韓国のような国がシンガポールの真似をしても上手く行くはずがない。それよりも国家運営をしっかりやって欲しいものだ。

日本のような品位のある国では政府系ファンドなどやるべきではない。為替などでドル買いをしたりするのは一種の通貨投機ですが、これも本来はやるべきではなく為替相場に介入するのは非常時のみにすべきだ。政府日銀がドル買いするからアメリカの投機筋はドルを売ってくる。買う人がいなければドルは売れない。

アメリカやイギリスは金融立国を目指したようですが、昨日書いたように英米の金融業界はメルトダウンしつつある。15億ドルもするベアースターンズ社の本社ビルは只同然で売られてしまった。金融業は破綻してしまうと後には何も残らない。

産業は農業、工業、サービス業へと発達してきましたが、農業や工業があってこそのサービス業であり、中東産油国やシンガポールのような農業や工業が発達しにくい国だからこそ金融業を国策産業にしようとしている。だから政府系ファンドも出来たのでしょうが、日本のような産業国家がすべき事ではない。金融業は所詮はバクチなのだ。

日本の経済評論家やエコノミストや国会議員にも政府系ファンドを作れと言う意見がありますが、相場の難しさが分かっていないからそう言うのだ。私も株式相場で高い授業料を払ってきたが、やってみれば相場の恐ろしさがわかるはずだ。タイミングを間違えると取り返しのつかない事になる。




米国の成長エンジンだった金融業界の「メルトダウン(溶融)」
が進み、世界の「ドル離れ」も止まらない。ベアー社の次はどこか?


2008年3月18日 火曜日

米経済緊迫 証券資金難「まるで山一」 3月18日 朝日新聞

低所得者向け(サブプライム)住宅ローン問題に端を発した米国の金融危機は、米大手証券の一角を淘汰(とうた)にまで追い込んだ。バブル崩壊に伴う金融システム不安の広がりは、「日本発の金融危機が起きる」と世界が懸念した10年前の日本とよく似た構図だ。今度は米国発の金融危機が世界経済を覆おうとしている。

「ベアー・スターンズの後ろ盾になる」。米証券大手ベアー社の買収を急きょ発表した米銀行大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン会長兼最高経営責任者(CEO)は16日夜、金融不安の拡大を食い止める姿勢を強調した。

 その「救済合併」の内容は、金融関係者に大きな衝撃を与えた。

 株式交換方式で行う買収額は、ベアー社1株当たり約2ドル。10日前に70ドルだったベアー社の株価が二束三文の価値に落ちた。「ベアー社の次はどこだ」と市場は早くも疑心暗鬼だ。

 「まるで97年に自主廃業した山一証券を見るようだ」。当時を知る日本の金融関係者たちは、「退場」を迫られたベアー社の窮状をみて口をそろえる。日本が金融危機にはまりこむきっかけになった山一も、民間金融機関同士が資金を貸し借りする短期金融市場が破綻(はたん)の「引き金」を引いたからだ。

 ベアー社は当初、今月20日に発表する予定だった07年12月〜08年2月期決算で当期黒字を見込んでいた。「手元資金は十分」と経営トップ自ら繰り返していたにもかかわらず、資金繰り難のうわさから13日に金融機関が取引から手を引き、350億ドル(約3兆4000億円)規模とされた手元の資金が一気に干上がった。黒字なのに資金繰りがつかなくなり、事実上の倒産に追い込まれた。

 「信用不安に陥った米大手証券にお金を出すのは、もはや中央銀行の米連邦準備制度理事会(FRB)ぐらい。民間同士での資金の融通は難しくなっている」(大手邦銀)。ベアー社を破綻に追い込んだ米金融市場は緊迫の度を増している。

 最新の金融技術を駆使し、巨額の利益をあげてきたウォール街の米大手金融機関。ブッシュ政権の景気刺激策と金融緩和政策を背景に起きた住宅バブルにのり、返済能力の低い低所得者向けへの貸し出しにのめりこんだ。

 貸出金は証券化商品に形を変えて他の金融機関に売り飛ばされたが、貸し倒れがいったん発生すると、金融機関は保有する証券化商品を「投げ売り」し、価格下落に拍車がかかり、また損失が拡大する。さらに貸し倒れの少ない優良ローンに懸念が広がり、その損失を保証する保険契約にまで飛び火した。

 市場を信用不安の波が襲うのは昨年夏、昨年末に続いて今回が3度目。その度にFRBなどが大量の資金供給などでしのいできたが、問題は解決せず、波は大きくなるばかり。そして今回、証券化業務を手広く手掛けていたベアー社が「標的」となり、のみ込まれた。

 昨年7月、「最大1000億ドル(約9兆7000億円)」(バーナンキFRB議長)とされたサブプライム関連の損失だったが、米エコノミストの間では「金融業界全体の損失は1兆ドル(約97兆円)」(米紙ウォールストリート・ジャーナル)との見方も出ている。現実ならば、米国内総生産(GDP)の約7%にあたる規模だ。

 米国の成長エンジンだった金融業界の「メルトダウン(溶融)」が進み、世界の「ドル離れ」も止まらない。米景気は「すでに後退局面に入った」との見方がエコノミストの間では主流となりつつある。



ドルの崩壊が近い 3月18日  田中 宇

 これは金融機関が資金難に陥ることを防ぐ政策として行われているのだが、金融機関が陥っているのは資金難ではなく、担保割れなどの資産価値の下落であり、債務超過である。資金難は、資産は十分持っているのだがすぐに現金化できない時に起きる。これは緊急融資や、融資を誘発する利下げが対策として有効だ。しかし、資産そのものの価値が下がっているのだから、緊急融資や利下げは解決策にならない。潰れる直前の延命策以上の意味はない。

 3月16日にベアスターンズのたたき売り的身売りが決まり、その余波としての危機悪化が週明け17日の世界の金融市場に広がらないように、米連銀は17日のアジア市場が開く直前の時間帯に、貸出金利を0・25%引き下げる発表をした。連銀は、3月18日の定例会議では、短期金利も大幅に再利下げすると予測されている。連銀は、銀行の資金難解消という、見当違いな対策にこだわる道を突き進んでいる。



クレジット市場の回復は米住宅市場の安定化次第=グリーンスパン氏 3月6日 ロイター

[ニューヨーク 5日 ロイター] グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長は5日、世界のクレジット市場の回復は米住宅価格の安定化と住宅在庫の大幅削減にかかっているとの認識を示した。ドイツ銀行の顧客との電話会議で語ったとして、会議に参加した関係筋が明らかにした。
 グリーンスパン氏はまた、クレジット危機の原因について、リスクが全般的に過小評価されたことや、米住宅バブル崩壊後に住宅価値評価が損なわれたことで、昨年クレジット市場全体をめぐって懸念が広がったためと指摘した。
 同氏は「米住宅価格安定化の時期が早ければ早いほど、すべての問題解決も早まる」とし、回復の兆しが強まるためには、過剰住宅在庫の減少が必要との見方を示した。

 また、企業は記録的な規模の自社株買い戻しを行っており、バランスシートも比較的良好な状態にあると指摘。「(回復まで)先はまだ長いが、少なくとも回復への兆しが幾つかみられる」と述べた。
 グリーンスパン氏はドイツ銀行の上級顧問を務める


(私のコメント)
グリーンスパン前FRB議長は現在の状況を戦後最大の金融危機と表明しましたが、住宅バブルを起こした張本人であるだけに説得力がある。日本のバブル崩壊も土地の暴落が収まらない限り続いてきた。日本の金融機関を初めとして各企業も債務超過の危機に襲われましたが、これは社長と経理担当者しかわからない。

ベアー・スターンズ社もほとんどの社員が当日の朝になって事実を始めて知ることになる。単なる不況や資金ショートなら金融緩和で危機を回避できるが、手持ち資産の下落は債務超過をもたらすので「飛ばし」でもしない限り避けられない。あるいは大幅な自己資本の増強で回避できますが、ベアー社の場合も中央銀行からの資金でJPモルガンに買収される事になった。

いわば日銀特融のようなものですが、これからはアメリカの金融機関は公的資金で次々救済されることになるのだろう。「株式日記」でも金融機関の不良債権を簿価で買い取って救済せよと主張してきましたが、金融危機は公的資金によって救済されるのが常識だ。

しかしそれが常識となってしまうとS&L危機のようなモラルハザードがおきるのであり、いったん救済されると何かあっても公的資金で救済されるとあてにするようになってしまう。山一が自主廃業に陥ったのも以前に日銀特融があったからであり、腐敗した経営体質が温存される元になりやすい。

90年代から00年代の日本のバブル崩壊においては、金融庁の厳格査定によって都市銀行が次々合併に追い込まれましたがこれはやりすぎだったと思う。金融庁はアメリカの出先機関のようになり、マスコミもダメな企業は潰せと30社リストまで出回った。堕落した企業はほっておいても潰れるものであり、政府日銀の政策ミスによるバブル崩壊の犠牲となった金融機関は救済するのが筋だ。アメリカもおそらくそうするだろう。

根本的には時価会計に問題があるのであり、不動産のような物件は取得価格で評価すべきであり、アメリカのように時価会計であっても格付けがデタラメであるとアメリカの金融機関も内容が不透明なものとなり、次はどこかと疑心暗鬼になってしまう。要するに時価会計であっても取得原価であっても不動産が乱高下すれば会計制度はおかしくなってしまう。

グリーンスパン氏が言うように住宅価格が安定すれば金融危機も収まるのですが、過剰在庫は人口がそれだけ増えないと解消は難しい。最初から投資目的で住宅を取得した人も大勢いるから、取り壊して更地にしてしまうのが一番手っ取り早い方法だ。

このように今回のアメリカのバブル崩壊は日本と共通性が多いのですが、円とドルとでは通貨価値が大きく異なっている。ドルは基軸通貨であるので対外的借金はいくらでも返せる。実体経済の規模に関わらずドルは毎年15%も増え続けた。このようにマネーだけが実体経済からかけ離れて増え続ければ、その歪みはインフレとなって調整されなければならない。そしてアメリカはインフレを世界中にばら撒いている。

そのために世界はインフレになり金利を上げているがアメリカは金利を下げている。アメリカの金融緩和は世界のインフレを加速させてドル安を加速させる。97年のアジア金融危機のときは、IMFはタイやインドネシアや韓国などに金利を上げさせて経済をパンクさせた。いまはドル危機に対してIMFとはまったく逆のことをアメリカはやっている。

アメリカの大手金融機関が倒産した事で信用不安はますます広がりアメリカからマネーが逃げ出してドルは暴落する。投機筋からドルが売り浴びせられて金利を上げざるを得ない状況に追い込まれたらアメリカもいよいよアウトである。ジョージ・ソロスは92年のポンド危機の時はポンドを売りまくって大儲けをした。今やドルを売り崩して儲ける時が来たのだろうか?

90年代はドルに代わる基軸通貨がありませんでしたが、今はユーロが基軸通貨に変わりつつある。今起きているのは92年のポンド危機と同じであり、ポンドの仇をユーロが討った形となるかもしれない。ポンド危機もアジア金融危機も今度のドル危機も投機筋に狙われてきましたが、アメリカは国内状況から金利を上げられないのは確かだ。だから当面はドルは売り崩されるだろう。投機筋はまさにハゲタカだ。




武藤は財務省でも二番手か三番手だったが、ライバルがノーパン
シャブシャブで失脚したから次官になることができたが金融は素人同然


2008年3月17日 月曜日

「渡辺博史」「黒田東彦」の名前が急浮上 日銀新総裁はやっぱり財務省OBか?  3月14日 九州企業特報

日銀総裁人事をめぐる自民党と民主党の不毛なチキンゲームに決着がつきそうだ。
 首相官邸や自民党執行部は一時、「参院不同意のまま強引に武藤敏郎・副総裁を総裁に任命し、野党が憲法違反と主張すれば裁判で戦えばいい」という強硬論が台頭し、衆院法制局にも検討させた。しかし、さすがに「泥仕合を長引かせてはガソリン税問題まで収拾つかなくなる」(自民党役員経験者)との判断で候補を差し替えて再提案する方向だ。事実上の”白旗”である。

 実は、民主党は参院の採決前から、「渡辺博史・前財務官なら反対しない」と、別の総裁候補を内々に逆提案していた。渡辺氏は武藤氏と同じ財務省OBながら、次官経験者ではなく、国際金融局長→財務官を経験した金融のプロだ。

 ただし、政府内には、「58歳の渡辺氏では若すぎる」と、同じ財務官経験者でも年次が上の黒田東彦・アジア開発銀行総裁を推す声も強い。その場合、国際機関のトップを任期途中で交代させなければならないため、「後任を日本から出せるかが問題」(財務省幹部)と、役所側はどこまでも天下りポスト維持しか頭にないようだ。

司令塔不在の福田官邸

 それにしても、世界から笑われた今回の総裁人事の迷走劇は、ねじれ国会の中での福田首相と自民党執行部の当事者能力の欠如を露呈した。民主党が早くから「武藤ノー」のサインを出していたにもかかわらず、福田首相、町村信孝・官房長官、伊吹文明・幹事長ら政府・与党首脳は口を揃えて、「武藤氏はベストの人選」とチキンゲームに突き進んだ。

「本当にゲームに勝てると思っていたからだ。総理のお気に入りで財務省出身の林信光・秘書官が最後まで『民主党は絶対に折れてきます』と言い続け、3人ともそれを信じた」(官邸スタッフ)

 役人のミスリードは今に始まったことではないもの、より問題なのは、官邸も執行部にも、民主党の動向についての情報収集能力が全くなかったことだ。

「司令塔がいない。福田、町村、伊吹は事務的な用件以外、互いに口もきかないし、国会対策の指示を出す対場の伊吹にもその周囲にも、民主党にパイプがまるでない」(国対幹部)

 これでは役人の情報に頼らざるを得なかったわけだ。
その結果、福田内閣は深いダメージを負ったが、それ以上に深刻なのは、サブプライム問題で国際金融不安が高まっている中で、日本の金融行政の人材不足が著しいことだろう。福田首相が「ベスト」と語った武藤氏にしても、先輩に当たる財務省OBにいわせると、

「武藤は財務省でも二番手か三番手だったが、ライバルが接待スキャンダルで失脚したから次官になることができた。国会対策で政治家に取り入ることはうまいが、金融はシロウト同然。国際的知名度もなく、英語も話せない国内派官僚だ」

 その程度の人物のために1週間の国会空転を招いたことが、世界の金融市場から笑われている真の理由だろう。



日銀総裁は、黒田東彦(くろだはるひこ)か、山口泰(やまぐちやすし)か。歓迎する。 3月17日 副島隆彦

副島隆彦です。 次の日銀総裁が、ようやく決まりそうだ。

次の日銀総裁には、売国奴=アメリカの手先のドンの武藤敏郎(むとうとしろう)が、終に引き摺り下ろされて、黒田東彦(くろだはるひひこ)か、山口泰(やまぐちすし)で、決まりそうである。実に歓迎すべきことだ。

アメリカの「資本主義の全般的危機」を前にして、日本は、ようやく自力、自立戦略を取れそうである。

黒田東彦(くろだはるひき)は、立派な人だ。さすがに国会議員たちは、よく見ている。山口泰(やまぐちやすし)も、前の速水優(はやみまさる)日銀総裁の高腕の副総裁で、日銀のアメリカへの屈従に対して、密かな抵抗線を築いてきた人たちだ。このふたりは、なんとか「日本円にの金利をつけよう」として、必死で頑張った。日銀=三井(渋沢栄一の第一銀行)ロスチャイルドの生え抜きの人々だ。

 このほかに、藤原作弥(ふじわらさくや)という立派な副総裁もいた。彼は、「日銀は外債(がいさい、すなわち、米国債、と米地方債)ばかり買わされている」と公然と発言した人物だ。

 私が、この5年間、ずっと、何冊もの本(「エコノ・グローバリスト・シリーズ)で、名指しで、アメリカの手先になった武藤敏郎(むとうとしろう)、財務省の現役代表と、糾弾してきた。愛国派大蔵官僚であった、長岡實(ながおかみのる)派は、「1998年2月のノーパンしゃぶしゃぶ事件」をCIAに仕組まれて、失脚していった。私は、ずっとそのように書いてきた。

 ついに福田政権は、武藤・日銀副総裁(大蔵省から、日銀を支配されるために送り込まれたグローバリストの尖兵)を、更迭(こうてつ)することに決めた。これは、アメリカ帝国の金融場面が、文字通り、瓦解を始めたことをに、呼応する、各国連帯(欧州と新興4大国)での動きの一環である。

 武藤敏郎は、1998年ノーパンしゃぶしゃぶ事件(その年末の11月に、検察が新聞記者たちと共に大蔵省に捜査・乱入して「大蔵落城」となった)の時に、大蔵省の官房長(かんぼうちょう)であった男だ。彼だけは、何の管理責任も問われずに、アメリカに抜擢されて生き延びた。竹中平蔵と気脈と通じて、「アメリカによる大蔵鎮圧、大蔵支配の受け皿」になった官僚の筆頭である。 

同じく、トップ人事で、参議院から、武藤と共に副総裁候補として「×印」を付けられた、伊藤隆敏(いとうたかとし)も、IMF理事で出向組の、ニューヨーク金融財界の意向を受けるように育てられた人物の一人だ。竹中平蔵ほどの、恐ろしいまでの尖兵(せんぺい)ぶりは、発揮できなかったし、あまりに、血だらけになって、日本の政・官・財の中科の、抵抗派、愛国派を糾察(きゅうさつ)して、切り殺して回る役目は、苦手の人物なのだろうと、私は、ずっと観察していたが、やはり、この時期のために、温存されていた「実戦将軍( war general ウォー・ジェネラル)」であったかと、判明した。

そして、おそらく、日銀外内部の、若手の生え抜きたちからの、決死の覚悟の、将軍駕籠直訴(しょうぐんかごじきそ)が、相次(あいつ)いだのだろう、それで、武藤と伊藤隆敏は、日本の国政の表(おもて)で、ばっさりと正式に、「お役御免」になった。実に目出度(めでた)いことである。

私が、10年前から、書いているとおり、若手の日銀生え抜き官僚たちの、アメリカとの交渉場面での、苦しい思いと、それにも屈せず、恫喝に脅(おび)えながらも立派に抵抗を続けてきた。「私たちは、日本国の金融政策(マネタリー・ポリシー)の実施者として、市場の実勢を無視した、おかしな政策は出来ない。それは国民経済への裏切りである。アメリカへのあまりもの屈服である」と、若手の日銀マンたちは、2.26の叛乱将校たちのように純粋であった。

 日銀の建物の中に、怒号(どごう)が飛び交い、「武藤のやろう。どこまで、アメリカの言いなりになればいいのだ」という、若手の日銀マンたちの、怒りと怨嗟(えんさ)の声が、上がっていた。この事実を、どうして、日本のメディア(テレビ5社、新聞5社)は、一切、国民に伝えないのだ。

 武藤の先輩で、長岡派を追放して、新しい「手先・ドン」になったのは、武藤の先輩の斎藤次郎(さいとうじろう)=デンスケ である。
デンスケが、昨年の11月4日(日)の、小沢一郎辞任劇(小沢、逮捕追放の画策)の元凶である。

 デンスケは、15年前の、1993年小沢動乱=小沢革命(=「自民党大分裂」)の時は、小沢を支えて、大蔵省をまとめた人物(当時、次官)だったのに、その後、アメリカと、日本のゴロツキ政治家たちに懐柔されて、寝返った人物である。

 この3週間、日銀総裁を決める人事(国会承認人事)で、民主党(小沢一郎執行部)が粘り強く、国民を説得して、闘い続けたことの偉大な勝利である。 

日本が、私の言う、「ぐちゃぐちゃ戦法(戦略)」あるいは、「ぐずぐず戦法」をとる事で、属国としての、一番、すばらしい闘いを、目下敢行している。 今の福田・町村・伊吹(幹事長)体制は、すばらしい。
この周りにいる、ゴロツキどもは、自分が、アメリカにへこへこして大臣になることしかかんがえていない、馬鹿野郎ばっかりだ。そうでない、宏池会(こうちかい)本流の、重厚な人たちが、支えてはいる。

私、副島隆彦は、今の大臣クラスの、新実力者若手・政治家(大臣適齢、だいじんてきれい)たちひとりひとりの、おかしな動きも全部、逐一、観察している。 

ともあれ、今回の日銀トップ人事の政局(せいきょく)は、すばらしい闘いであった。日本が、アメリカの言いなりにならず、自国民の利益を
追求すれば、このような、ぐちゃぐちゃ戦法をとるのが、最善である。

 あまり、こういうことを、自称国家戦略家(ナショナル・ストラテジスト)である私が、ばらすと、アメリカの手先どもが、福田康夫首相本人に、自分たちが苛立(いらだ)ちを感じる、その理由を、教えてしまうことになるので、種明(たねあ)かしは、しない方がいいのだが、やっぱり、今が、ひとつの結節点(けっせつてん)であるので、書いて残しておきます。



(私のコメント)
日銀の総裁人事がもめていますが、福田総理の迷走ぶりは演技なのか地なのかよく分かりませんが、武藤総裁案が否決されて良かったのかもしれない。武藤氏は見たところあまり頭の切れそうな人物ではない。ライバルがノーパンシャブシャブで失脚して次官になった口だ。

黒田東彦氏は国際金融局長の頃の名前は知っているが、民主党あたりは黒田氏なら賛成できると言っている。中央銀行の総裁ともなると誰でもなれる役職とは違って高い能力と識見が要求される。武藤氏ではこれといった業績もなく金融のエキスパートというわけでもない。それを福田総理は推薦したが、他に人材がいないのだろうか?

「株式日記」では現在の福井日銀総裁には大反対をした。日銀のプリンスとも言える人物でバブルの発生した頃の営業局長であり三重野氏とともに責任がある。人脈的にも村上ファンドとの関係でスキャンダルになりましたが、ノーパンシャブシャブでも関係してとても日銀総裁としての器ではないからだ。

財務省出身でも国際金融局長と財務官を長期にわたって務めた黒田氏なら数多くの本も書いており、財務省から探すのならば黒田氏が適任だろう。ニュースでは福井氏の続投で福田総理は話を持ち出しているが、ノーパンシャブシャブや村上ファンドとのスキャンダルはどうなるのだろう。

中央銀行の総裁ともなると国際金融マフィアからの圧力もあり、彼らにインサイダー情報を流すような売国奴では日本経済をまたしても破壊しかねない。その点では竹中平蔵氏や榊原英資氏も国際金融マフィアとはズブズブであり、とても薦められない。

黒田氏は多くの著書から政策もはっきり分かるし、最近の「元切り上げ」では中国の急激な元切り上げが世界の大混乱をもたらすと警告している。日本は世界第二位の経済大国であるにもかかわらず金融国際会議では埋没しがちであり、中国の元のほうが存在価値があるように見える。政府日銀が円を国際通貨として存在価値を示すべきだ。それには日銀総裁には有能な人物が必要だ。

日本の失われた15年の原因は日銀の迷走する金融政策が原因なのであり、ドルやユーロに対して円はどのようなスタンスで運営するのかはっきり分かる人物が望ましい。さらにはアジアとの通貨外交も重要な課題であり、元に主導権をとられないように先手を打つべきだ。

またアメリカに対してもドルの買い支えはアメリカの利益にはなっても日本の利益にはならない。EUはドルの買い支えはしていないしユーロも高いまま放置している。金利もアメリカには追随していない。だからドルよりユーロのほうが高い金利となってアメリカのドルは3,25%になりEUのユーロは4%だ。

日本は80年代にアメリカの圧力に負けて金利を引き上げる事ができずにバブルを招いてしまった。そして日本からアメリカにマネーが流れるように日本の政策金利はゼロにまで引き下げられて、日本の金利政策は破綻してしまった。EUのユーロのようにどうして独自の金利政策が出来ないのだろうか。中国だってドルが暴落しているのに元の金利を上げている。

日本の中央銀行はアメリカに言われるがままの金融政策であり、金利の上げ下げもEUや中国のように独自のスタンスでは出来ない。それが失われた15年の原因なのですが、新しい日銀総裁はアメリカの意向に関わらずに独自の金融政策が出来るような人物になって欲しいものだ。

アメリカの手先であるエコノミストは0,5%の金利も下げろと言っていますが、これからは日本の金利は徐々に引き上げていかないとますます金融がおかしくなってしまうだろう。あまりにも政府日銀はアメリカ政府の顔色を伺いすぎるのだ。85年のプラザ合意はこの典型的な例なのですが、アメリカが制裁をちらつかせてその圧力に屈してしまった。それがバブルを生んで日本はダメになった。アメリカに屈しなかった中国を見習うべきだ。




米内光政・・・この元海軍大臣はある意味、対米戦争を誘導した
にも関わらず、GHQから呼び出しすら掛かりませんでした。


2008年3月16日 日曜日

戦前から日本に潜在する「敗戦革命」という名前の猛毒。 2007年9月21日 目を覚まして日本人

 こんばんは!
(* ^ー゚)ノ-☆

 いきなりですけど・・・皆さんは・・・「敗戦革命」 という言葉を聞いたことはありますか?

 この言葉を理解することは、保守派にとっては必須条件と言ってもよいぐらい、絶対に重要なことなので、ぜひ、覚えておいて頂きたいと思います。

 この「敗戦革命」とは・・・旧ソ連の生みの親であるレーニンが編み出した理論と言われています。彼が母国のロシア帝国で成功させた共産主義革命をモデルとした革命思想のことです。

 この思想の概要は・・・
1)帝国主義国家同士を謀略でもって、お互いを戦争させる。
2)戦争当事国を疲弊させ、戦争による不満を充満させ、国家元首と国民を離間させる。
3)敗戦国はモラルも一気に低下し、国家元首が窮地に立たされる事で、追い落としが可能となる。
4)共産主義による新たな希望を持たせる宣伝活動と、謀略、時には暴力をもって国家元首を追い落とし、新たな共産主義国家を建国する。

 おおよそ、このような感じです。これをレーニンの母国に当てはめると・・・

1)日露戦争のきっかけは謀略とは言えないようですが、結果として日露戦争は彼の思惑通りに進行します。
2)ロシア帝国は戦争で疲弊し「血の日曜日事件」を起こしてしまい、国民も皇帝もお互いに疑心暗鬼に陥ります。
3)日露戦争の敗北以降ロシアは国内体制のたがが緩み、第一次大戦の戦況が思わしくなくなると皇帝一家も処刑されてしまいます。
4)共産主義の理想が国民を酔わせ、3度の臨時政府も躓づいて政情不安に陥ります。
  これは不思議とソ連が出来るまで続きました。

 この革命思想はレーニンの実体験によるものですから、かなりリアルに世界中の革命思想家に影響を与えたと言っても良いでしょうね。

 現実の世界では、日本の敗戦はアメリカ軍の占領によってなされたので、敗戦革命は目的の半分までしか成功しませんでした。しかし、ソ連にとっては、日本が戦争を起こしたお陰で、アメリカを戦場に引ずり出し、支那大陸も結果として中共の手に落ちたので成功なのです。

 さて、この革命思想は実は戦前の日本にも入り込んでいたことを皆さんはご存知でしょうか?

(´-ω-`;)ゞポリポリ

 こう言うと・・・

「えっ?まさかぁー、天皇陛下万歳と教えられた軍国日本が、」
「そんなことある訳、ないじゃぁ〜ん」 ┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ 

 ・・・って、言われそうですけど、もし貴方もそう思っていたとしたら、それは大間違いです。現実には、当時の日本では、民主主義がかなり進行していたので、受け入れられてしまっていたのです。

 モダンな先端思想として、特に日本の上流階級を中心に取り込まれていました。 ただ、天皇家に対する忠誠心は国家の義務とする風潮があったので、誰もが公言できるような雰囲気に無かっただけです。

((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

 逆に、今の時代のように、浅間山荘事件や成田空港闘争を見せ付けられた国民にとっては、共産主義の過激な思想を体感し、ソ連や北朝鮮の杜撰な国家体制を目撃した後なので、共産党のシンパも一定数以上には増えず、一歩身を引いて考える事ができますけど・・・

 当時は、まだ出来たばかりの新しいソビエト連邦は、それこそ・・・光り輝く理想の国家 ・・・に見えたものなのです。

 その光り輝く理想国家に見えるソ連式の共産主義思想をそのまま受け入れ、身も心も共産主義に囚われた・・・『左翼』と

 天皇陛下を頂いたまま共産主義革命(国家社会主義体制)を起こそうという、奇妙な理想を掲げた・・・『右翼』と

 当時の日本で、社会変革を望む連中は、結局は同じ穴の狢だったということなのです。

(;;´Д`)ノ はうぅ〜・・・

 では、なぜ受け入れられるような土壌が日本で育まれたのか?

 それは・・・当時、戦前の日本では、伸びていたと言っても、まだまだ国家の工業力が発展途上であったのに、台湾、朝鮮、南洋、後には満洲、等々の経営も背負っていたので、負担が重過ぎました。

ε-(;-ω-`A) フゥ…

 日本は 『いわゆる植民地』 から搾取するようなことをせず、国内の投資よりも外地への投資が優先されてしまい、東北地方の飢饉などが発生しても十分な対策が取れませんでした。

 そういう国内の背景があり、さらには海外からの人種差別的な不公平な圧力もあって、日本には社会全体にとっても息苦しい閉塞感が生まれてしまったのです。

ヽ(;´Д`)ノ クッ苦シィ・・・

 その打開策として、共産主義革命や国家社会主義体制は魅力的に写ったということです。

 そういった流れの中で5・15事件や2・26事件などの若手の軍人による決起があり、2・26事件などでは、昭和の天皇陛下を廃し、陛下の弟君である秩父宮殿下を擁立する考えを持った者もいたりしたのです。

(;゙゚’ω゚’)うわああああああ

 革命の名称こそ語られませんでしたが、日本の閉塞状況を打開するには・・・「日本こそ敗戦革命が必要だ!」 ヽ(`д´;)/

 と、考える人間が少なからず、戦前には居たのです。

 さらにたちが悪いことに、軍部の官僚エリートの中にもかなり浸透していました。

 現代の保守派の人には、とても信じられないことかも知れませんけど、紛れもなく、戦前の日本には・・・裏切り者、売国奴が国家の中枢にいた! という事です。

 悲しく、怒りを強く感じることですけど・・・

(*´Д`)=3ハァ・・・

 戦前はエリート将校の全てが一生懸命に戦ったのではありません。愚かな売国奴や小役人の官僚軍人が日本を敗戦に導いた部分がかなりあるのです。どんなに庶民の兵隊が勇敢であったとしても、エリート将校のミスが多ければ戦争は負けます。

 ましてや、わざと負けるように仕組んだアホがいたとすれば、それは負けて当たり前です。逆に私達はそういう奴は、絶対に戦犯として追求するべきだと思うのです。

 GHQはそういう日本を敗戦に導いた・・・米軍にとっての功労者は、わざと追求しませんでした。そういう売国奴の多くは、戦後ものうのうと生き延びたのです。

ウリャァ!! (ノ-_-)ノ ~┻━┻・..。・

 終戦直後、陸軍大将の阿南惟幾さんが、切腹をする前に部下に語った言葉があります。

「米内を斬れ!!」 (#`Д´)o/ 

 米内光政・・・この元海軍大臣はある意味、対米戦争を誘導したにも関わらず、GHQから呼び出しすら掛かりませんでした。

 現在では、彼は戦争に反対していた 『平和主義者』 というありがたいレッテルを貼ってもらっていて、それ以上に追求される気配さえありません。

 その米内光政は、なんと久間防衛省長官もビックリするような・・・こんな言葉を吐いています。

「原爆やソ連の参戦は天佑だった!」
( ̄ー ̄)ニヤリ

 因みに・・・米内は大正4年(1915年)にロシア出張をし、ロシア語も堪能で、19世紀の進歩的詩人プーシキンを愛読したりもしています。

 現代の日本を知るには、過去の真実を知る必要があります。まだまだ日本は、先の大戦を敗戦に追い込んだ・・・いえ、『敗戦革命』に追い込んだ本当の戦犯を裁けない国なのです。

(つД`)グスン 



プーチニズムの闇 2006年12月4日 ロシアが気になる

「KGBのシステム、そしてソ連国家に将来はないと思った。」
プーチン大統領の発言である(2000年3月)。KGB要員として東独駐在中に起きたベルリンの壁崩壊を回想してそう語った。

大統領は少年時代、ソ連の工作員が活躍する映画を見たのがきっかけで、工作員を志した。レニングラード大学にやってきたKGBの勧誘員が、「スパイ生活の喜び」を語ったことに感激し、すぐ応募したそうだ。
KGB入りしたプーチン氏は、そこの「科学と技術」部門に属し、のち東独ドレスデンにあったKGB技術センターの一員となった。シュタージ(東独の秘密警察)と協力して西独市民になりすまし、西独企業から最新技術を盗む東独スパイを養成する仕事やドイツ経済の分析・研究などをしていたという。そして、この東独駐在時に共産主義に見切りをつけたプーチン氏は、ソ連崩壊後KGBを退職、出身地サンクトペテルブルク市の副市長になり、外資導入による経済発展を目指し目覚しい成果を挙げた。その時つけられたあだ名が「灰色の枢機卿」。何となく不気味さ?が漂うイメージだ。(後略)


(私のコメント)
昨日書いたようにソ連の崩壊はKGBや軍部のエリートたちによる内部からの自発的崩壊であり、そうでなければエリティンなどはいつでも踏み潰せた。そしてプーチン大統領の経歴を見ればわかるようにKGB主導のロシアの復活が起きた。ロシアは政治改革を先に行なってドイツなどの外国資本を導入する事によって経済を立て直そうとしている。

中国は共産党体制はそのままにして外資の導入を図って経済を発展させましたが、経済が拡大すればするほど政治との軋轢が生まれてきて、ソ連崩壊以上の混乱が起きてしまうだろう。本来ならば経済の発展と共に政治も自由化させていくべきなのですが天安門事件でUターンしてしまった。

チベットで大規模な暴動が起きているようですが、各地にも飛び火して最終的には力で抑えきるか、共産党青年団のようなエリート集団が自発的内部崩壊で政治改革を行う事になるだろう。しかし共産党幹部が経済の実権を握っているから簡単には利権を手放すはずもなく、血で血を洗う文化大革命以上の犠牲を出すかもしれない。

戦前の日本も軍部独裁政治が行き詰まり、経済も疲弊して立ち行かなくなり大改革が必要になった。しかし日本にはKGBのようなエリート集団がなく、内部から改革を行う事は不可能に近かった。朝鮮や台湾や満州などの開発は日本には荷が重過ぎることであり日本国内が疲弊してしまった。

しかし植民地を手放したり、中国から撤退したり、大軍縮を行う事は改革を行なう主体がない以上は「敗戦革命」という手段で革命を起こそうというグループが出来てもおかしくはない。「敗戦革命」というのはレーニンが生み出した共産主義革命理論なのですが、当時としては新鮮な思想であり、当時の近衛文麿たちの下に革命を目指すグループが出来たのだろう。

近衛自身が共産主義者であったかはわからないが尾崎秀美などの共産主義者がグループに入り込み「敗戦革命」に突入して行ったのかも知れない。その中に米内光政を中心とする海軍左派も加わったとすれば、日本が戦争に突入していった動機がはっきりする。なぜ敗戦がわかっている戦争に突入したかが一番の謎ですが「敗戦革命」が目的だったとすればすっきりする。

「株式日記」でも以前に書きましたが、日中戦争の拡大には米内光政が一番の責任があり、当時の陸軍は不拡大方針だった。日米戦争の口火を切ったのも海軍であり、なぜアメリカが参戦してくるかを見極めなかったのだろうか? 海軍部内に「敗戦革命」を目指すグル−プがあったのだ。


日本は勝てる戦争になぜ負けたのか』 新野哲也(著) 真珠湾攻撃について、永野とルーズベルトのあいだに、密約があった? 2007年8月13日 株式日記

海軍首脳は、ある時期から、いっせいに、対米非戦派から主戦派へ転向している。日米開戦の功労で元帥になった永野修身、山本五十六を連合艦隊司令長官に任命して真珠湾攻撃のプランを練らせた米内光政海相、東条内閣で海相に就任した鳴田繁太郎、真珠湾攻撃の計画が中止なら、辞表を書くと息巻いた山本五十六ら、海軍の英米派が一丸となって真珠湾にむかっていくすがたは、異様である。

ソ連型の敗戦革命は、北進論の放棄と支那戦線の拡大が両輪だった。対ソ戦のみちを封じたうえで、日支を消耗戦にひきこみ、共倒れになったところで、「敗戦から内乱」のセオリーにしたがって、陸軍の一部と革新官僚が、革命軍・ソ連を迎え入れるという筋書きである。

これを、海軍にあてはめると、西方戦略の放棄が、北進論の放棄にあたり、支那戦線の消耗戦が、真珠湾攻撃から南太平洋海戦にいたる海軍の不可解なたたかいに該当する。ちがうのは、敗れた日本を支配するのが、ソ連ではなく、アメリカということだけである。



三村文男(著)『米内光政と山本五十六は愚将だった』近衛、広田、杉山は死刑で、米内が無罪はおかしい。 2005年4月29日 株式日記

近衛声明を推進した主役の四相のうち、近衛、広田、杉山は、東京裁判による追及と断罪で非業の最期をとげた。ひとり米内のみ訴追を免かれ、戦後の生を全うした。のみならず昭和天皇の厚遇に浴し、それによって今も「一等大将」とか、「昭和最高の海軍大将」といった阿諌に事欠かない。しかし東京裁判史観によってでなく、われらの祖国日本の歴史の上で彼等の残した足跡は、功罪ともに正しく評価されねばならないのではないか。ことに近衛声明に於ける米内の責任は、他の三者の比ではない。その罪万死に値すといっても過言ではあるまい。


(私のコメント)
このような「敗戦革命」の結果、日本はアメリカの半永久的植民地となり、日本国民はGHQの洗脳工作によって思考能力を奪われてしまった。司馬遼太郎や阿川弘之といった洗脳工作員は小説といった手段で見事に米内光政や山本五十六を戦争に反対した平和主義者のごとく評され、現代においても半籐一利氏などの小説家がNHKなどを通じて洗脳が覚めない様に活動している。

日中戦争の経緯や東京裁判の経緯などを詳細に分析すれば、米内光政の戦争責任は回避できないものであり、日中戦争に反対したのは陸軍参謀本部の石原少将や多田中将たちであり、戦争をすれば負けることを一番知っていたのが陸軍であった。終戦時の陸軍大臣の阿南大将が「米内を切れ」という言葉を残したのも、日本を「敗戦革命」に導いた一番の首謀者が米内光政だったからなのだ。




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