株式日記と経済展望

ページを繰り越しましたのでホームページからどうぞ。


ルービン、サマーズ元財務長官がドル安を主張。ジム・ロジャース氏の
最新の予測によると、来年1月〜2月からNYダウが崩れてくるそうです。


2006年8月31日 木曜日

ルービン&サマーズ元米国財務長官は、ドル安を主張!  8月27日 為替王

ロバート・ルービン、ローレンス・サマーズ両元米財務長官は、米経常赤字は維持不可能な水準にあり、ブッシュ政権は赤字縮小に向け為替相場修正への取り組むべき(=ドル安にすべき)との考えを示したそうです。

米国の巨額の経常赤字に起因するドル暴落論は、すでに読者のみなさまも聞き飽きた論点だと思います。米国の経常赤字が驚くほど巨額であるというのは紛れもない事実であり、可能であれば、赤字縮小のために努力するのが望ましいという考えも正しいと思います。

しかしながら、ルービンさんとサマーズさんという超大国の財務長官を経験された方には大変失礼ながら、為替レート調整によって経常赤字縮小が可能であるという考え方はやや妄想に近いと私は考えます。

ドル円レートで言えば、たとえば1ドル=50円とかまでドルが大幅に下落すれば、目に見える形で米経常赤字額縮小が達成されるでしょうが、果たしてその結果、世界経済が無傷でいられるでしょうか? 当然、日本など米国の貿易相手国はダメージを受け、内需は減退し、デフレ圧力がかかり、金利は低下し・・・。 一方の米国は景気が上向きのままで内需拡大、インフレ率上昇、金利引上げ・・・。 そうなれば、再び、米経常赤字拡大およびドル高・他通貨安の圧力が同時にかかります。


したがって、為替レート調整が経常赤字縮小に有意であるとする説は、あくまで他の条件が一定(不変)であると仮定したときに机の上では成立しますが、為替レート調整に付随して生じる可能性の高い事象を想定したとき、そのリスクの大きさや結局跳ね返ってくる反作用を考慮しますと、何ら魅力的な対策であるとは考えられません。

経常赤字が米国にとって大きなリスクであると主張するのはどうも米国人に多く、結局彼らの意図する為替レート調整を生じさせることは、日本などの貿易相手国にそのリスクを転嫁させるだけで、その目的は「世界経済の安定」とはほど遠く、「自国の繁栄」が目的であると言っても過言ではありません。 日欧でもそんな米国人の意図に簡単に洗脳されてしまう識者がいることは残念です。彼らの考え方は、“予想”ではなくて“主張”であるという点も理解する必要があります。

仮に米国が大幅なドル安を望んだとしても、ユーロ圏も日本も中国も・・・、米国の主要な貿易相手国は誰も喜んで意図的な為替レート調整を受け入れることはないでしょう。いくら元財務長官であろうと、米大企業CEOであろうと、政治的に為替レート調整(米ドル安)を画策したところで、為替市場は長期的には主に経済的諸条件を反映して変動するものであると私は考えます。


為替、金融予測...2006年7月16日 よろずや寸話録

私はこの事態に思わずラビ・バトラ氏の本の記述を思い出してしまいました。『資本主義消滅 最後の5年』(あ・うん)から抜粋します。ラビ氏と質問者の会話形式となっています。

 ・・・<抜粋開始>・・・

「来年夏・・・6月から8月にかけ、リセッション(景気後退)が起こり、ダウ・ジョーンズ株価は下落します。それほど劇的な下落ではありませんが、それでも最終的には1990年なみの下落となるでしょう。ドル安、債権安のトリプル安もあり得ます。日本はかなりの影響を受けるでしょう。」

「来年夏・・・6月から8月ですか?」

「そうです、9000ドル台にまで下がると思われます。1990年なみの下落が起こるでしょう」

 ・・・(中略)・・・

「来年夏から始まるリセッションは、一時的なものではありません。2006年から2010年の間、どんどん悪化し、最終的には恐慌になるでしょう。米国大統領選挙のある2008年には、一時的な好転が起こるかもしれない。それについては確信的なことは言えません。もしかすると、景気は好転しないかもしれない」
 2008年の大統領選挙は、共和党の敗北で終わるだろう。イギリスでは労働党が負け、日本でも政権交代が起こるにちがいない、と私は言った。
 「1〜2年の時差はあるでしょうが、来年夏のリセッション以来、資本主義の死に至る多くの出来事が起こるでしょう。日本の政変もその一つです」

 ・・・<抜粋終了>・・・

 上記抜粋文の来年夏とは、今年(2006年)の夏です。それゆえ、このところのNYダウの急激な下落が、ラビ氏が言うような9000ドル台までの下落となるのか注目です。さらにそうなったら、2010年までの長期リセッションとなり、ラビの言う資本主義の崩壊となるのか、たいへん気になるところです。

 さてここで7月9日に行われた副島隆彦氏の金融予測の講演会の話をしたいと思います。
 相変わらず脱線しまくりの講演会でしたが、全体の1〜2割程度しか話されない金融の話と講演会のレジメから要約して紹介します。
 以前から、副島氏は世界的に有名な投資家である、ジム・ロジャース氏やウォーレン・バフェット氏がドル暴落を警告していることを取り上げていました。投資の神様と言われたウォーレン・バフェット氏がアメリカ当局から取り調べを受けたのは、バフェット氏がドル暴落を主張していたことに苛立ったアメリカ当局の嫌がらせだったと言います。
 ジム・ロジャース氏の最新の予測によると、来年1月〜2月からNYダウが崩れてくるそうです。それと同じくしてドルも下落するといいます。つまりジム・ロジャース氏は来年前半からドルの暴落は始まると読んでいるわけです。
 これに対し副島氏は、来年後半からドルは暴落していくと予測しているようです。1ドル100円割れから80円台まで下落すると予測しています(来年頭から100円を割っていく可能性もあると講演会では言っていました)。
 ドル暴落の理由ですが、増え続けるアメリカのイラク、アフガニスタン駐留軍事費で巨額の財政赤字が慢性化していること。さらにアメリカが中東で泥沼に陥る間に、南米、ロシア、中国がアメリカの対抗勢力化していることです。南米では鉱山資源の強制的な国有化が行われており、それに対しアメリカが有効な対応が出来ていない状況があります。またロシアは原油決済をルーブル建て、ユーロ建てで行う割合を増やしています。このように世界のドル離れは着実に進んでいます。

 さて、ラビ氏の予測と副島氏の予測を紹介してきましたが、どちらも非常に似ています。米国経済のリセッションとドル暴落は全く同じです。違うのは、その時期だけです。ラビ氏は今年の夏から、徐々に進行すると言いました。ジム・ロジャース氏のような世界基準のプロの投資家達は、来年前半から始まると言っているようです。副島氏は来年後半から2008年にかけてと読んでいます。
 以前副島氏は、『日本壊死』(ビジネス社)で1ドル40円台の可能性(40円台は可能性で1ドル=60円説)を言っていましたが、だいぶ上方修正したようです。私自身もドルの世界覇権が終わり、ドルが暴落する説には賛成です。しかしこういった予測と少々違って、ドルが暴落する前に円が相当に下落する可能性があると考えています。そうなると最終的にドルが暴落した後の円ドル為替の水準は、それほど円高とはならないと思えるのです。ただし具体的な水準の予測は、難しいものがあります(副島氏の80円台もありそうに思えるのですが、100円前後という気もするし・・・やっぱりなんとも言えません)。

 最後に講演会で語られた副島氏の為替以外の予測や、暴露話を紹介したいと思います。

・次期首相は安倍晋三氏でほぼ決まり。これは森・中川(=山口組)連合の決定事項。

・安倍政権(=憲法改正政権)の誕生で、東アジアの緊張が高まる(景気が崩れる可能性)。

・小泉首相は9月に辞めたら、29才の女性と結婚。新聞には、緘口令が敷かれていて、これまで発表出来なかった。

・アメリカはFFレートを6%まで上げ続ける。日本は金利を一旦上げるが、それ以降は急激に上がることはない。

・来年後半からNYダウは本格的に崩れる(6000ドルくらいまで下がる?)。日本の株価は15000円〜17000円の間を往ったり来たりが続く。

日経平均はカジノ化している。“インサイダー”以外は株式投資は儲からない。

これからは「水」が最強の実物資産。中国の水不足は深刻、イラク戦争もイスラエルの水取りが原因で起こされた。

・実物経済の復活。金(キン)はこれからも上げ続ける。ソ連のアフガニスタン侵攻で、1グラム6,495円をつけたが、そこまでは行く。


(私のコメント)
最近は株や経済の話はあまりしませんでしたが、株も為替もあまり動かず無風状態が続いていたからです。もちろん個別の株は大きく動いて、新興市場の株はライブドアショックや村上ファンドのスキャンダルなどで大暴落して、デイトレーダー達もそろって討ち死にしているようです。私もデイトレーダー用のパソコンソフトを買って試してみたのですが、シュミレーションしても運用成績が芳しくなくやめました。

週刊誌の記事でも1億円稼いだデイトレーダーが新興市場の暴落で大借金を抱えた記事が出ていましたが、ソフトバンクも楽天も売り叩かれて大変なようだ。素人が株で儲けようと思ったらプロのまねをしても敵う訳が無く、長期的な視点で世界情勢を眺めながら、世界の大金持ちはどのような視点で見ているかを研究した方がいいのだろう。

株式日記では外貨の運用もユーロにしたほうがいいと何度も書いてきましたが、今では1ユーロ150円に値上がりしている。国際情勢を眺めればアメリカはイラクで泥沼だし、中東ではイスラエル軍がヒズボラのゲリラ戦術に苦戦をしているようでは、アメリカ、イスラエルの命運も先が見えてきた。これではドルが暴落するはずで、大金持ちはドルを売ってユーロを買うだろう。

ルービンやサマーズ元財務長官はドル安で経常赤字を何とかしようという発言ですが、80年代や90年代のようなわけには行かないだろう。以前ならドルが安くなっても受け皿が円やマルクしかなかったからドルの基軸通貨体制には影響が無かったが、今ではユーロが登場してドル安政策でアメリカ経済を維持しようとすれば自分の首を絞めることになるだろう。

アメリカの株式もこれだけ金利が高くなってくれば株に影響が出ないわけはなく、ジム・ロジャース氏も来年の1,2月からの株の暴落を予想している。円もドルにつれ安していてユーロやその他の通貨は高くなって輸出企業は為替で儲かっているようだ。1年前の1ユーロは135円でしたが今は150円で1年で10%の利回りになった。

昨日はゼロ金利解除で日本経済が再びデフレ経済に逆戻りになった事を書きましたが、金利の動向もマスコミがいっているような、これから金利が上がっていく状況ではない。石油の値段が上がって普通ならばインフレになるはずなのに逆に日本ではデフレ傾向になってしまう。ガソリン代が上がっても値上げが出来ず、タクシーや輸送業は利益を削って営業しているから逆にデフレになってしまうのだ。

一昔前の教科書によれば国が財政赤字で赤字国債の発行残高が積み上がればインフレになるはずだし、円安にもなるはずだ。また石油がこれだけ高くなればトイレットペーパをはじめとして洗剤などの買い占め騒ぎが起きたはずだ。しかし現代の状況はデフレ状態のままなのだ。原因を探れば大企業の業績が上がっても給与などには反映しないからだ。

むしろ正社員の首を切ってパートや派遣労働者に切り替えて賃金水準を引き下げている。海外の安い労働賃金が日本の労働賃金の上昇を抑えているからだ。だから消費が増えなければインフレになりようがない。慢性的なデフレ経済構造でどうしたら消費を増やす事ができるだろうか? 一つは若年人口が増える事ですが少子化でデフレになりやすい。

もう一つは株や不動産の値上がりで借り入れ信用余力がついたり、資産の売却益で消費が増える事ですが、日銀の金融の引き締めではこれも難しい。賃金が上がらないのに株や土地だけが上がる事も限度があり、結局は賃上げで消費余力をどのように増やすかと言うことですが、賃上げが無理なら残るは減税しかない。

株式日記では住宅ローンなどの債権放棄で消費を増やす方法を提案しましたが、個人の過剰な債務が重荷になって消費が増えない事があります。大企業に対しては銀行は数千億円単位で債権放棄が行なわれたのだから、個人の住宅債務に対しても債権放棄を行なわせて消費を増やす事は可能なはずだ。

現在の住宅ローンの利用者はバブルの影響などで割高で住宅を買わされている。だから半額ぐらいでも債権債務の償却で毎月の返済額が減ればその分が消費に回る。住宅ローンを利用していない人にはメリットがありませんがデフレの影響で家賃が安くなった分は既に利益を受けている。もっともこのような大胆な提案は頭の固い官僚には受け入れられないだろう。


ルーカスの子供達 2002年12月9日 経済コラムマガジン

12月2日日経経済教室に伊藤元重東大教授が、デフレ克服のための「ヘリコプターマネー」を容認する意見を掲載している。具体的には、日銀が毎月積極的に国債の買切りオペを行い、その資金で減税や政府支出の増大に充てると言う。ただしこれには物価ターゲットという明確な政策ルールの下で、金融政策と財政政策の調整を図る方法を採るとしている。さらに伊藤教授が日銀による国債買切りは、将来の税負担にならないことを付け加えていることにも注目される。

財務省の黒田東彦財務官と河合正弘副財務官は12月2日付の英紙フィナンシャル・タイムズに共同寄稿し、世界経済がデフレスパイラルに陥るのを回避するため、日米欧は協調して、成長を加速させるリフレーション(穏やかなインフレ)政策を採るべきだとの見解を表明している。

まず伊藤元重東大教授の意見は、筆者が主張している広義のセイニア−リッジ政策とほぼ同じである。筆者は、政府と日銀との間での政策協定(アコード)を締結する方式を提案している。伊藤教授は、先月から「ヘリコプターマネー」と言い出しており、注目していた。

一方、黒田東彦財務官達の意見は、はたして財務省全体の考えかどうかはっきりしない。またリフレーションをどのように行うのかが不明なので、これがどこまでセイニア−リッジ政策に近いものなのかどうははっきりしない。しかし提案は、「構造改革なくして成長なし」と言う今日までのスローガンとは、全く別次元のものである。

このように表面的な世の中の動き(道路公団の民営化委員会騒動など)とは全く別に、水面下で色々な動きが出て来ている。我々も、最近、セイニア−リッジ政策実現に向けて、たしかな手応えを感じるようになっている。金融機関が大量に国債を抱え、一方に巨額の不債権が存在している現状で、デフレ経済を克服するには、「セイニア−リッジ政策」しか考えられない。


(私のコメント)
株式日記では不良債権の処理は公的資金で銀行の不良債権は簿価で買い取ってしまえと主張しましたが、個人の不良債権も政府が買い取って償却してしまえば消費は確実に増える。現金は貯め込む人がいるからデフレになるのであり、貯めるよりも使った方が得だという税制にすべきであり、預貯金に対するマイナス金利政策も面白いが、これも頭の固い財務官僚には理解されないだろう。教科書には載っていない事は彼らには理解できないからだ。




日銀はデフレ下で金融引締めに転ずるという暴挙をしたが、
10年もの国債金利は1,7%に急低下、実質金利もマイナス金利


2006年8月30日 水曜日

NHKクローズアップ現代より
MHKは福井日銀総裁の暴挙をはっきりと指摘すべきだ。


消費者物価、新基準で伸び鈍化 脱デフレ宣言に逆風 8月26日 朝日新聞

消費者物価指数の5年ぶりの基準改定で、家計の消費動向に合わせて対象品目や比重を見直したところ、物価上昇の勢いは旧基準の指数に比べて大幅に鈍った。生鮮食品を除いた7月の総合指数は前年同月比0.2%の伸びにとどまる。年内の追加利上げを検討している日本銀行や、目標としてきたデフレ脱却の宣言に秒読み態勢だった政府にとっては、予想外の「逆風」となりそうだ。

 25日の東京債券市場では、年内の追加利上げの観測が後退し、長期金利の代表的な指標である新発10年物国債の流通利回りは一時、前日終値に比べて0.085ポイント低い1.700%と急低下(債券価格は急騰)した。5カ月ぶりの低水準だ

 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「米国経済の下ぶれ懸念を考えれば、年内の追加利上げはできない。年度内さえ微妙な情勢だ」と指摘する。

 日銀も「意外な数字」(日銀幹部)と戸惑いを隠さない。これまで、物価上昇率よりも短期金利が低いことで、不動産や株式などへ資金が流れ込み、不自然な価格上昇が起こりうるというシナリオを描き、利上げの根拠の一つにしていたからだ。日銀が誘導目標とする無担保翌日ものの短期金利が0.25%なのに対し、新基準の物価上昇率は0・2%と逆転。「実質金利がマイナスだから追加利上げすべきだという根拠は否定された」(上野氏)。

 さらに、1月や4月の物価上昇率は今回の基準改定でマイナスとなった。安定的にプラスになることを前提としていた3月の量的緩和解除の判断にも疑問符がつきかねず、「この数字が出ていたらまずかった」との声も日銀内から漏れる。

 ただ、日銀は「物価の上昇傾向は変わらない」「設備投資を見れば、景気は上ぶれ懸念が強い」との見方から、早いタイミングでの追加利上げをうかがう姿勢を崩していない。

 第一生命経済研究所の熊野英生・主席エコノミストは「日銀にとって消費者物価指数は金融政策を決める判断材料の一つにすぎない。年内の追加利上げの可能性は消えていない」と指摘する。

●「検討する時間必要」与謝野氏

 基準改定による消費者物価指数の上昇率押し下げ幅は最大0.6ポイントに達し、0.2ポイント程度にとどまるとみて、小泉政権でのデフレ脱却宣言を想定してきた政府に冷や水を浴びせた。

 内閣府は「デフレ状況に後戻りしない十分な物価上昇」が確認されれば、脱却宣言は可能としてきた。ある幹部は「直近の各指標で数カ月前にも宣言はできた。逆に悪化した指標が出た今、脱却宣言の根拠を示すのは難しい」という。

 デフレ脱却を判断するうえで政府が重要視してきた、石油製品などを除いた中核的な物価指数は、旧基準では3カ月連続プラスで、月例経済報告から「デフレ」の文字を削除するきっかけになった。しかし、新基準の7月は前年同月比マイナス0.3%に落ち込んだ。4〜6月の国内総生産(GDP)速報でも、企業間取引も含めた物価を示すGDPデフレーターは前年同期比マイナスが続いている。

 25日発表の消費者物価指数で指数改善が明らかになれば、宣言にゴーサインを出すとみられていた与謝野経済財政相は同日、消費者物価指数以外の経済指標も含め、9月中旬の月例経済報告までに検討する時間が必要だとの見解を示した。

 一方、竹中総務相は25日の会見で「現状がより的確に反映される指標が出て、緩やかなデフレが続いていることが確認された」と自らの従来の主張が適切だったことを強調した。

 ただ、閣内では「新基準でも2カ月連続のプラスとなった。デフレからの脱却が視野に入ったという今までの認識を変更する必要はない」(谷垣財務相)と強気の見方もある。


NHKクローズアップ現代より
日本のゼロ金利解除は世界経済に大きな影響をもたらした。


CPI基準改定についての日銀の言い訳 8月30日 BI@K

タイミングを失してCPI基準改定そのものは取り上げられなかったのですが、cloudyさんのエントリにおいて丁寧に説明されているので、まずはそちらをご覧いただければと思います。

cloudyさんが告発されているように、日銀はデフレ下で金融引締めに転ずるという暴挙をしたわけですが(基準改定がなくてもそのような批判をwebmasterはしていましたが、より犯罪性が明らかになったということで)、それについての弁明が掲載されている記事が昨日(29日)ありました。

日経金融「BOJウオッチャー/日銀批判の再燃懸念/CPIショック、余波続く」

《 量的緩和政策の解除もゼロ金利政策の解除も間違いだったのではないか――。消費者物価指数(CPI)の基準改定を受け、政府・与党内からこんな批判の声が上がるのではないかと、日銀が警戒を強めている。基準改定がCPIを予想以上に押し下げたからだ。

(略)

三月に量的緩和を解除した際、日銀はCPIが一月まで三ヵ月連続でプラスになったことを最大の根拠に挙げた。その後CPIのプラス幅が拡大したことが、七月のゼロ金利解除を後押ししたのも間違いない。だが、CPIの下方修正は、政策変更の前提が「誤りだった」という批判を呼び起こしかねない。 》


とりあえずガセではないとの前提で、ふざけるのもたいがいにしやがれ! おっと下品な口ぶりで失礼。

まず、デフレかどうかは一般物価の動向で決まるわけですが、CPI=一般物価というわけではありません。理念的な一般物価をそのまま観測することは不可能であるので、代替的に用いられる指標に過ぎないわけです。CPIがプラスになったけれども、それがデフレ脱却を意味するのかどうかをきちんと検証すべきであるにもかかわらず、CPI=一般物価であるかのように印象操作を行ったのは日銀自身に他なりません。「皆で共有している経済指標」の1つであるGDPデフレータが依然としてデフレを示唆しているのを無視したくせに、どの面下げてこのような責任感ゼロの言葉を吐けるというのでしょう。

加えて日銀が罪深さを重大なものにしているのは、実際には「将来の改定後にこのくらい変わると予想」し、それが小幅にとどまるであろうという印象操作を行った点です。具体的には昨年11月(ちょうど「地均し」が盛んだった時期です)に発表された、白塚重典「わが国の消費者物価指数の計測誤差:いわゆる上方バイアスの現状」がそれです。

CPIにはボスキンバイアスとして知られる上方バイアスがあり、つまりは計測されるCPIは本来あるべき数値よりも高めの値をとります。CPIでデフレか否かを判断することの問題として指摘される点の1つがこれですが、白塚さんは、かつて(1998年)日本におけるボスキンバイアスは0.9パーセントポイントとの試算を発表された方です(1990年基準CPI)。推計を誤ったのが故意か過失かはwebmasterの知るところではありませんが、ボスキンバイアス試算者としての白塚さんの令名が結果として悪用されたのは事実でしょう。あの白塚さんがそう予測しているのだから、インパクトはそんなものだろう、と。

百ペタ歩譲って神ならぬ身には予測は不可能だったとの言い訳を受け入れるにせよ、であるなら自らのミスが基準改定により明らかになったことを喜び、引締め政策を即刻中止すべきでしょう。ところが日銀の実態といえば・・・

《 さらに、1月や4月の物価上昇率は今回の基準改定でマイナスとなった。安定的にプラスになることを前提としていた3月の量的緩和解除の判断にも疑問符がつきかねず、「この数字が出ていたらまずかった」との声も日銀内から漏れる。 》

「この数字が出ていたら間違えずに済んだのに」って悔しがれよ、アホンダラ。


NHKクローズアップ現代より
日本の金融政策が世界経済を動かしているのだ。


(私のコメント)
昨日のNHKのクローズアップ現代では「金利はどうなるか」を報道していましたが、株式日記では金融の量的緩和やゼロ金利解除はまだ早すぎると主張してきました。ところが日銀のバカ官僚や福井日銀総裁はゼロ金利解除まで断行してしまった。まさにデフレ経済下の日本で金融の引き締めを行なうという暴挙は犯罪行為だ。

私は元銀行員であり、現在は都心にオフィスビルと郊外に賃貸アパートを経営しているのですが、日銀官僚と言う人種は雲の上で生活していて下界の日本経済の実態を掴む事ができないのだろう。だからこそ株式日記で実際の日本経済の実態を書き続けているのですが、私がまだ早いと言っているにもかかわらず福井日銀総裁は金融引き締めを断行してしまった。

さっそくの私のメインバンクが貸出金利の引き上げを通告してきましたが、現在ですら収支トントンの実態なのに、金利が引き上げられた分が赤字になってしまって、自己資金を取り崩してやりくりしなければならない。私がこうして毎日ブログを書き続けているのも、銀行が金を貸してくれなくなり、仕事が開店休業になってしまったからです。そして美味しい不動産物件は外人がみんな買い占めてしまった。

日銀は既にデフレは脱却したとしてゼロ金利を解除したのですが、ゼロ金利を解除するための根拠としては物価上昇率がずっとプラスと言う事でしたが、最近の発表ではCPIは下方修正されてしまった。さらには10年物の国債金利が1,7%まで急低下して、短期金利が0,25%なのに物価上昇率が0,2%と実質金利がマイナスになってしまった。

おそらく金融の引き締め効果が現れる頃にはこの傾向が強まって、2000年の時のゼロ金利解除の誤りを再び繰り返したということがはっきりするだろう。早く金融を正常化させたいという日銀の主張も分かりますが、雲の上の日銀官僚には経済実態がつかめないのだ。これほど長くゼロ金利が続いているという事は、金融に問題があるからではなくて、財政や税制などに主な原因があるからであり、バブルの頃に改正された税制がそのまま残っているからだ。

一番大きな要因としては消費税が導入された事であり、3%の消費税がバブルを崩壊させ、さらに5%に引き上げられたことで金融パニックが起きるまでになってしまった。日本の消費税はヨーロッパの国でもない制度であり、全ての売買に5%の税金がかかりますが、実際にヨーロッパで行なわれている消費税はかつての物品税のようなもので生活必需品にはかけられていないか低い税率が適用されている。

この消費税を財務省は10%に引き上げたいとしているが、財務省の役人も雲の上の人であり現実が分かっていないのだ。可処分所得が横ばいか減っているにもかかわらず増税すれば確実に消費は減り大不況がやってくる。財務省の役人の根本的な発想が間違っているのであり、税金は所得や利益にかけるものであり、消費に税金をかければ消費を抑制するものとなるから経済にはマイナスだ。

さらに株式や不動産に対する税制も変えられましたが、その事により株や不動産が大暴落して日本の資産は1000兆円以上もの資産価値の消失を招いてしまった。確かに株や土地は上がりすぎていたが、大蔵省や日銀は急激にバブルを破裂させてしまって、アメリカのグリーンスパンがやったようにソフトランディングさせようとはしなかった。

日本のゼロ金利政策も景気回復になぜ効かないのかと言う事は、金融政策の問題ではなく財政の問題だからであり、箪笥にしまわれた現金を投資に向けられるようにすべきなのですが、大増税の前宣伝が強すぎて大金持ちはみんな箪笥に現金をしまいこんでしまう。この箪笥にしまわれた現金を引き出させるには税制を改正してさらにインフレ政策をとるしかない。

ところが日銀はインフレ政策が大嫌いであり、すぐ金融を引き締めたがる。財務省もいったん税源を設けると二度と手放そうとはしない。財務省とマスコミの財政赤字の大宣伝で国民も増税やむなしと言う人もでてきているが、歳出カットと増税がますます財政赤字を増やす元になっている。本当に財政赤字を無くすためには、政府の大規模な財政出動と日銀のインフレ政策しかないのですが、財務省や日銀の頭の固い官僚には分からないらしい。

なぜ分からないかと言うと、このような状況は教科書には書いてないからだ。だから経済学者も分からない。ましてやマスコミやエコノミストやジャーナリストにも分かるはずがない。日本がなぜ世界の金融を左右するほどの力を持つようになったのか誰も説明できないでいるが、1980年代に起きた日本のロボット革命は世界中の需要を日本一ヶ国で賄えるほどの生産革命なのですが、それを恐れたアメリカが日本経済を潰しにかかった。

それを恐れた日本は生産拠点を中国やアジアに分散させてアメリカの圧力をかわして来ましたが、技術そのものは日本が独占して持っている。家電製品や自動車製品は日本の独壇場だし、中国や韓国や台湾の製品の中身をあければ日本の素材や部品が使われている。アメリカの航空宇宙軍需産業も日本製のパーツが使われている。

このような日本の生産技術や素材革命によるハイテク商品には日本がほとんど独占している。このような生産力や技術力の裏付けがあるからこそ、金融資本力の裏付けとなり日本からの資金供給が可能だった。このような状況は第二次大戦前後のアメリカも世界の製品の供給国となり超低金利時代が続いた。日本やヨーロッパが戦災で焼け野原になり、アメリカ一国で工業製品を賄った。それと同じ状態が現在の日本に訪れているのだ。

本来ならば日本の円を世界通貨にして円とドルとユーロの三本立てで、円の国際化を図るべきなのですが、そのような状況が財務省の役人には理解できないのだ。円を国際化するにはアメリカに円建ての国債を発行させるしかないのですが、日本の政治家や財務省はそんな度胸が無いらしい。その代わりを中国にさせようとしている。



日本銀行が世界経済の動向を左右する時代が来ていた 5月25日 株式日記

《 このように技術力こそが経済の基礎であり、日本がダントツのリードを持っているから、日本の金融も世界の資金の供給元になれるのだ。通貨の信用の元は生産力と労働力にあるのですが、ハイテク社会では技術力が通貨の信用の元なのだ。だからアメリカに次ぐ世界の覇権国は中国ではなく日本であると思う。 》




昭和21年に「人間宣言」がなされたが、戦後日本人にとっても、
「人間宣言」があろうがなかろうが、昭和天皇は天皇であった。


2006年8月29日 火曜日

昭和天皇の姿を描いた映画「太陽」拡大上映へ 8月15日 ZAKZAK

終戦前後の昭和天皇の姿を描いた映画「太陽」(東京と名古屋の計2館で5日公開)が連日立ち見客が出るなど予想以上のヒットとなり、配給会社は14日までに、35館を追加して拡大上映することを決めた。

 東京都中央区の銀座シネパトスでは、初日および公開後1週間の動員・興行収入の記録を更新。全回立ち見が続いている。名古屋市のシネマスコーレでも客足は順調という。

 19日から川崎チネチッタ(川崎市)、吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市)で公開されるのをはじめ、全国で順次上映される。



映画『太陽』を観ました 8月13日 深夜のNEWS

自分にとっての昭和天皇のイメージが根本的に変わったのは、アメリカの歴史学者ハーバート・ビックスの『昭和天皇』を読んでからである。僕はこの本をアマゾンで注文して入手していたのであるが、なにしろ分厚い本なので、そのまま読まずにいたら、やがて日本語訳本が出たのでこちらの方を読んだ。読みながらも、その内容に偏りが感じられる箇所がいくつかあった。偏って解釈することはできないだろうと思うことがしばしばあった。ワタシがそう思うくらいなのだから、この内容たるや、そうとうバイアスがある見方をしていると思っていいだろう。

 しかしながら、その一方で、昭和天皇が生まれた時から、昭和の終わりに至るまで、その全体的な構図の中で考察していることについて。そして、これまでの日本の歴史書では触れることがなかった資料の存在などについて学ぶことが多い本であった。戦争中は軍部の行動に疑念を感じながらも、大元帥として軍の作戦企画に関わりながら大東亜戦争の遂行と勝利を願い、戦後は自己の保身を願っていたというビックスの意見は、「結果としてそう見える」というだけのことであると考える。この本は、天皇を象徴としての「神」ではなく、人間としての昭和天皇の存在を教えてくれたものであった。

 ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の映画『太陽』を観る前に考えたことは、このハーバート・ビックスの『昭和天皇』と、もうひとつ、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画『ラストエンペラー』であった。満州国の皇帝であり、中国最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀の生涯をあつかったこの映画では、溥儀は皇帝の家系に生まれ、大日本帝国の傀儡ではあるが満州国の皇帝として君臨し、最後は庶民の暮らしの中で住む老人であった。昭和天皇もまた、天皇の家系に生まれ、皇太子、摂政そして天皇となり、敗戦後も最後まで天皇であり続けた。溥儀は、中国共産党によって皇帝の座から引きずり下ろされた。昭和天皇は、法廷に立つことをGHQによって免れた。昭和21年にいわゆる「人間宣言」がなされたが、戦後日本人にとっても、「人間宣言」があろうがなかろうが、昭和天皇は天皇であった。

 映画『太陽』は歴史ドキュメンタリーでもなければ、いわゆる歴史映画でもない。昭和天皇の私的な視点からの文芸作品である。大東亜戦争戦争の終結からマッカーサーとの会談までの閉鎖された数日間だけを扱っている。歴史娯楽大作であるベルトリッチの『ラストエンペラー』とはまったく別のものであった。この映画にはハーバート・ビックスのような、ひたすら昭和天皇の戦争責任を立証しようとする姿勢はない。この映画では、ヒトラーのように自殺することなく、マッカーサーと会見し、「どのような決定にも従う」と言ったことに昭和天皇の責任の取り方を表現している。これ以外に、どのような責任の取り方があったのであろうか。

 イッセー尾形が演じる昭和天皇は、口もぐも含めて、1970年代以後の昭和の天皇のテレビ映像からきているのだろうと思う。終戦直後のニュース映像で観る40歳代後半の昭和天皇とは違う感じがする。しかし、今の平成日本人の大多数の記憶にある昭和天皇は、40歳代の天皇ではなく、70歳代の昭和天皇なのだろう。その意味で違和感はない。

 映画の中で、書斎で科学者と会話するシーンがあって(このシーンの椅子の譲り合いのアドリブ・コント?がおもしろい。侍従長を演じる佐野史郎が堪えらきれずに笑っているのがわかる)(このシーンをリテイクせず、そのまま使っちゃう監督がいいですね)、この時の天皇の話し方を聴いて、ああそういえば昭和天皇はこうした話し方をされる人であったと思い出した。自分の記憶の中でも、昭和天皇ってどういう人だったのかということを忘れていたことに気がつく。歴史の知識としての昭和天皇については、それなりに知っているのだが、テレビで見た人としての昭和天皇については、ほどんど覚えていないのである。

 GHQから箱詰めのハーシーズ・チョコレートが送られてくるシーンでは、昭和天皇というよりもイッセー尾形のコントであった。こうした笑えるシーンがあるのは、外国の映画監督の文芸映画作品であるからであろう。日本人の映画監督であれば、こうしたシーンはできないだろうなと思う。ちなみに、天皇は書斎の机の上にリンカーンとダーウィンとナポレオンの胸像を飾っていたが、敗戦後、ナポレオンの胸像だけを隠すシーンがあって、これは鬼塚英昭の『天皇ロザリオ』にも書いてあった。どうやら事実らしい。この映画は、全体としてフィクションの文芸作品なのであるが、みょーなところは史実に忠実なのである。

 天皇がGHQのカメラマンからチャーリーと呼ばれ、天皇自身も帽子をとってチャップリンのようなポーズをとるシーンがある。このシーンで劇場の中では笑う声が聞こえたが、僕には笑えなかった。ああ、この人(この人と言っては不敬だな)は勝者であるアメリカが「チャーリー」と呼ぶのならば、チャップリンのマネをしようとされるのだな、そう決意したんだなと思った。その決意たるや、いかに重いものであっただろうか。

 60年前の戦争での敗北は、日本人にとって徹底的な敗北であった。原子爆弾を2回も落とされ、国土は荒廃し、総力戦的にも敗北し、科学技術にも敗北し、精神的にも敗北であった。占領下の日本では、すべての物事が日本人で決めることができず、GHQの指令に従うより他になかった。天皇ですら、裁判の場で処刑されるかもしれなかったのである。特に、外国の世論は、天皇を裁判の場に送ることを要望していた。この時期の天皇がなにを考え、なにを語ったのかということについては、今なお解明されていない。昭和天皇の日記は公開されていない。

 この映画のオフィシャルブックを読むと、ソクーロフ監督はこの映画の制作にあたって、数多くの日本の歴史学者にコンタクトをとったようなのであるが、協力を断る人が多かったようだ。この映画のパンフレットにもオフィシャルブックにも、歴史学者の文章が載っていない。歴史学の観点からすれば、資料が公開されていない以上なにも言うことができないということなのであろうか。しかし、そうであるのならば、そうした困難な資料の状況の中で研究を進めるアメリカの歴史学者はどうなのであろうか。

 もうひとつ感じたのは、今のロシアでの文芸やアートの力強さである。こうした映画が、日本で今できないのはなぜなのか。資料がないからワカリマセンというのは、学者ならばそれでいいのかもしれない。しかし、一人の人間としての昭和天皇の個としての内面を「イマジネーションする」文芸やアートや思想の力が、今の日本はあまりにも貧困化し枯渇している。

 それにしても銀座シネパトスで見たわけであるが、アノ音は地下壕のシーンでの効果音だと最初から最後まで思っていたのだけど、あれはなんと本当のあれだったわけですね・・・・・。



(私のコメント)
昭和天皇を描いた「太陽」というロシア映画は4月1日にも株式日記で書きましたが、この夏に日本でも公開されています。新聞記事にもあるようにかなりの大ヒットになり全国各地で拡大上映がなされるようだ。昭和天皇が亡くなられて18年も経つのだから歴史的評価を下す日本人の学者や文化人もいてもいいと思うのですが、いまだに天皇は畏れ多い存在なのだろう。

私はまだこの映画は見ていないのですが、製作中から話題になり映画祭の賞なども取った作品なのに今まで公開されずに来たと言うのはどういう原因があったのだろうか? 夏になると終戦日記念として戦争を扱った映画もよく上映されますが、お涙ちょうだいてきな映画が多い。「男たちの大和」もそうだった。

テレビなどの討論を聞いていても、60年以上も昔の事なのに冷静な議論ができないと言うのはどういうことなのだろう。戦争体験者なら分かりますが戦後生まれの人たちも冷静な議論が出来ない。だから学校などの歴史教育などでも先生達は触れたがらないし生徒達は大東亜戦争のことをほとんど知らない。

歴史教科書なども書き換えるだけでも中国や韓国などが大騒ぎをするし、つくる会の教科書を巡っては教育委員会で大騒ぎになる。大東亜戦争や天皇の戦争責任については、もはや歴史学者の扱うべき範疇に入っていると思うのですが、それすらも日本ではなかなか出来ない。戦没者を慰霊することすら総理がしようとすると大騒ぎになるのはどうしてなのだろう?

大東亜戦争は日本が始めた戦争だから日本がもっと外交努力をすれば避けられた戦争だと思うのですが、頭の固い軍事官僚が日中戦争の泥沼化の責任を回避しようとアメリカとの全面戦争に踏み切ってしまった。日本国民も日本は神国だからという作り話を信じて安易に戦争を支持した。当時の日本国民はアメリカがどのような国かほとんど知らなかった。知っていたら戦争にはならなかったはずだ。

戦前、戦中の天皇は日本人にとっては神であり、だからこそ神国なのですが、天皇が人間宣言をされて60年も経つのにいまだに天皇の存在は神に近いものであり、富田メモ一つとっても天皇の発言の意味は大変重く受け止められている。政治の世界でもいまだに天皇の御内意がまかり通っていて、皇室典範の改正でも天皇の御内意と言うデマを振りまいている自民党幹事長がいた。

このような状況では天皇陛下ご自身も贔屓の大相撲の関取の名前すらいえない状況となり、戦後の人間宣言後も国民によって神格化され続けた。このような状況では「太陽」というような映画は日本で作ることは無理であり、公開することすらままならない状況だった。このような状況はいったい何処に原因があるのだろうか? 宮内庁が手を回しているのだろうか? マスコミがそうしているのか? 一部の狂信的右翼が活動しているからなのか? 

戦後は盛んに開かれた皇室を目指せと言われていましたが、最近は菊のカーテンは高くなる一方であり、それに対して皇室のかたがたは自由な発言も出来なくなってきている。国民に与える影響が大きいからですが、だから宮内庁が壁を作ってしまっている。皇室にとっても大変息苦しい状況に置かれて、雅子妃のうつ病などにも影響がでてきてしまう。

「太陽」と言う映画を作った監督によれば、いろいろな専門家に当たろうとしたが学者や専門家からの協力は得られなかったようだ。ヒトラーやムッソリーニやスターリンやチャーチルやルーズベルトに並ぶ歴史的人物なのにもかかわらず、その発言や行動が菊のカーテンに遮られて研究がなかなか進まない。だから富田メモのような材料に日本中が右往左往してしまうのですが、マッカーサーとの会見もいまだに未公開のままであり、公開できないような内容の会見だったのだろうか?

この映画は、ほとんどがフィクションなのですが、実物の天皇自身が謎の存在であるから、ロシアの監督としても想像を膨らませて作るしかない。むしろ天皇を演じたイッセー尾形のコミカルな演技が面白そうなのですが、歴史上の人物になりつつある天皇の人物像をどのように描こうと自由なのですが、大東亜戦争の敗北の衝撃がいまだに日本人の冷静さを失わせている。

本来ならば神道を司る宗家としての天皇家であるべきなのでしょうが、国家としての一機関として天皇が位置づけられているために、天皇や皇太子に大変過重な負担を強いる結果となり、このままでは自らの負担に押しつぶされてしまうだろう。ところが議論として、これからの天皇制はどのようにして行くべきかの議論がなされず、泥縄的に皇室典範の改正が図られた。むしろ憲法改正も含めて議論されるべきなのですが、ブログなど見ても共産党を除けばはっきりとした意見は少ない。




韓国の実例から見て日本も自主防衛体制を検討すべきだろう。
米軍の防衛ラインはグワムーハワイの線まで後退しつつある。


2006年8月28日 月曜日

統制権移譲は2009年、ラムズフェルド長官が通達

【ソウル27日聯合】ラムズフェルド米国防長官が、朝鮮半島の戦時作戦統制権を2009年に韓国軍に移譲すると正式に通達していたことが明らかになった。複数の政府・外交消息筋が27日に明らかにしたところによると、ラムズフェルド長官は今月中旬ごろ国防部の尹光雄(ユン・グァンウン)長官に書簡を送り、こうした立場を伝えたという。

 米国国防の最高責任者であるラムズフェルド長官が、作戦統制権の移譲目標を具体的に2009年としたのはこれが初めて。政府消息筋は、竜山基地の平沢移転や韓米連合軍司令部解散の時期などを考慮したものと説明した。米国側のこうした姿勢は、作戦統制権の単独行使に伴う必須戦力確保などを理由に、移譲目標を2012年とする韓国国防部とは克明な違いを示すもので、今後は移譲目標をめぐる韓米間の対立が予想される。

 外交消息筋はこれに関連し、米国は当初2008年10月ごろに移譲するとしていたと指摘、韓国国防部が2012年が適当とする意見を示したのを受け2009年に目標を定めたと述べた。

 また外交消息筋は、ラムズフェルド長官が書簡を通じ「防衛費は韓米両国が50対50で同等に分担すべき」と強く主張したと明らかにした。韓国の防衛費分担比率は現在40%をやや下回る水準。韓米同盟の軍事構造が共同防衛体制に転換することを受け、韓国もより多くの防衛責任を払うべきとの考えによるものだ。これは事実上米政府の立場を代わって示したものと思われ、今年の防衛費分担金交渉は難航することが予想される。
(YONHAP NEWS) - 8月28日9時13分更新


【コラム】政策上の失敗は収賄より深刻だ 8月24日 朝鮮日報

盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は最近、一部の新聞社の論説委員と会った際、全国に賭博ゲームセンターが乱立する事態を招いたことについて「政策上の失敗のほかには、国民に対しやましいことはない」と語った。

 政策上の失敗程度でこんな強い非難は心外だという認識のようだ。今回の問題に利権疑惑が存在するのかどうかはまだ分からない。

 しかし利権疑惑の有無は別にしても、住宅街にまで賭博ゲームセンターが浸透するのを許し、毎日数十万人の国民をギャンブル中毒にさせ、ひいては多くの家庭破たんを招いた政策失敗のつけは、権力者数人による収賄よりもはるかに罪深いものだ。

 大統領や政府当局者に不正行為があれば、もちろん国民の怒りを買う。しかし彼らが犯す政策上の失敗は国民に取り返しのつかない被害をももたらす。

 多くの家庭を自殺に追い込んだアジア通貨危機も、その原因は不正でなく政策の失敗にあった。ローンスター事件は政策の失敗による国の財産流出がどれほど大きかったかを思い知らせてくれた。

 しかし盧大統領は「わたしが何を失敗したというのか、納得できない」と話した。政策上の失敗はないという意味だ。

 盧大統領による政策上の失敗の最たるものは、3年連続して経済成長率が潜在成長率にも達しなかったという、過去に例のない経済的失敗だ。それにもかかわらずギャンブル産業だけは史上最大の規模に達した。

 2002年末に133兆ウォン(約16兆円)だった国家債務は、昨年末には248兆ウォン(約30兆円)と86%も増加した。今年の国の財政はアジア通貨危機以来初めて赤字に転落するとみられる。

 盧大統領の任期中、持てる者はさらに多くを手にし、持たざる者はさらに厳しい境遇に追い込まれる傾向が強まったのも、弁解の余地のない政策上の失敗だ。「江南(ソウルの高所得者地域)を抑えようとして景気をダメにした」という表現は、不動産政策の失敗を端的に表している。

 米国で学ぶ外国人留学生の数で韓国が1位を占めていることからも、盧武鉉政権が教育政策に失敗していることが伺える。ある教育専門家からは「教育政策を誤り、学生を海外に流出させた盧大統領は、後に国家競争力を高めた功績で賞をもらうことになるだろう」という笑うに笑えない話も飛び出した。

 安保問題は失敗が確実視されている深刻な政策分野だ。安保体制とは、戦争が発生たときに勝つためのものではなく、戦争の可能性をゼロにするためのものだ。ここではどんなに小さな可能性も排除しなければならない。

 金正日(キム・ジョンイル)に戦争の夢を抱かせない唯一の方法は、ひとたび戦争になれば米国から圧倒的な戦力が韓半島(朝鮮半島)に投入され、北朝鮮政権は一気に破滅に向かうと金正日に思わせることだ。

 現在のところ、そのとおりの状況といえる。韓米連合軍司令部の作戦計画には戦争発生と同時に米国が66万人の兵力と5個母艦戦団、イージス艦など巨大援軍を派遣することが定められている。

 韓国民が日ごろ戦争の可能性に無感覚でいられるのも、太陽政策のためでもなければ、盧大統領が話す「平和管理」のためでもない。それは戦争発生と同時に米国から派遣が約束されている援軍の存在のためだ。現在の韓米連合軍司令部体制は世界の戦争史でも例がない1300兆ウォン(約158兆円)相当の軍事支援を完全保証している。

 ところが盧大統領は自尊心のためにこの韓米連合軍司令部を解体しようとしている。米国は韓国で背負っている膨大な負担を免れることになるため、「そこまで言うなら…」と特に意に介する様子はない。

 韓米連合軍司令部が解散すれば、今度は戦争が発生しても米国は米議会の同意なしに援軍を派遣することができなくなる。議会の同意を得るのは簡単なことではない。

 問題は金正日がその事実を知っているということだ。金正日が米国による援軍派遣の可能性が弱まったと判断したとき、この国、この民族は危機にさらされる。

 戦時作戦統制権の単独行使は北朝鮮の脅威が完全に消えてから論議しても遅くない問題だ。

 盧大統領が政策上の失敗を犯して国に危機をもたらすのに比べれば、大統領やその周辺が収賄するほうがまだましだとさえ思う。


(私のコメント)
日本の政治家や官僚や国民は防衛問題に関しては日米安保があるから大丈夫と思い込んで、非武装中立だの平和憲法を守れだのと平気で言えましたが、アメリカの国力の衰退により、海外にあるアメリカの軍事基地の撤収が世界各地で行われていますが、極東方面も例外ではなく、韓国からの米軍撤退は正式に決まったようだ。もちろん一部は残りますが基本的に韓国の防衛は韓国軍に任される事になった。

アメリカ軍は基本的に空爆や海上封鎖のみで地上軍の派遣は行なわないような戦略をとるようになるだろう。現在でもイラクにおいては13万の陸上戦力を固定させていますが、沖縄や韓国から陸上戦力を回して補っている。さらに8000人の沖縄の海兵隊のグアムへの移転も決定しましたが、日本はこれに対して3兆円も負担するようだ。

日本に居てもらう為に3兆円出すというのなら分かりますが、出て行ってもらうために3兆円負担するというのはおかしな話だ。現に韓国からは米軍が次々撤収していますが手切れ金を払っているわけではない。あくまでもアメリカの都合によるものであり、韓国政府が統制権をよこせというから渡したまでで、渡りに船だったのだろう。

日本政府は未練がましく3兆円も支払うようですが、日本はむしろ米軍に基地を提供しているのだから借地料を米軍に要求していけば、米軍は費用負担に音を上げて只で出て行ってくれるだろう。終戦直後なら日本は疲弊していたから日米安保も意味のあるものでしたが、経済大国になった今は外国に守ってもらう必要はなく、自主防衛体制をとるべきだ。その上で日米安保を結んで相互防衛条約にすればいい。

現在のままでは戦後のアメリカによる占領体制が続いているようなものであり、小泉内閣のような極端にアメリカに依存した外交防衛政策になりがちだ。それだけならいいが経済面での不当な要求にも屈して「思いやり予算」とかグアムへの移転費用も支払わされる。アメリカ軍を用心棒と思って費用を払っていると思えばいいのでしょうが、むしろ暴力団にみかじめ料を支払わされているのだ。

韓国も経済発展により国力も付いて来たからノムヒョン大統領は統制権の返還を求めて2009年に返還されることが正式に決まりましたが、日本の政治家もこれくらいの主体性を持って欲しいものだ。基本的に自国の防衛は自国の軍隊で行なうべきであり、自国に外国の軍事基地を80ヶ所も駐留させているのは異常なことなのだ。

だから基本的に韓国のノムヒョン大統領の防衛政策に対する考えは正しいのですが、韓国にそれだけの国力があるのかどうかは疑問が持たれる。朝鮮戦争を見ても韓国軍だけでは守る事ができず国連軍の介入で何とか韓国は維持が出来た。日韓併合も大韓帝国はロシア軍の圧力に抵抗できずに日本軍の介入を招いたのですが、現在の韓国軍は韓国を守りぬくことができるのだろうか?

その為に韓国は愛国教育を施してきたのですが、韓国の若者の愛国心は本物なのだろうか? 先日も日記に書きましたが韓国の若者の8割以上が外国への移住を望んでいる。アメリカへの留学生の多さも異常なのですが、不法滞在で韓国に戻らぬ若者が数十万人もいるのは異常だ。これでは韓国軍がどれだけ信頼できるのでしょうか? 戦う事よりも韓国から逃げ出すことばかり考えている。

韓国に比べると日本はアメリカ軍にとっても居心地がいいようで、なかなか出て行く気配が無い。韓国では米兵が殴られる事件が多発していましたが、日本では米兵を殴るようなたくましい若者はいない。むしろ米兵と日本の若い女性がいちゃつきながら歩いている光景がよく見られる。これではアメリカ軍もなかなか出て行ってくれない。

このようになったのも戦後教育やマスコミの影響なのですが、日本の反戦平和教育で愛国心は悪いものと徹底的に教育されてきた。憲法で軍隊もなく非武装国家でやれてこれたのも防衛はアメリカ軍に丸投げしてきたからですが、経済的に立ち直れば憲法を改正して国防軍を整えるべきなのですが、反戦平和教育が行過ぎて愛国心とか防衛に対するアレルギーが出来てしまった。

このように韓国では極端な愛国教育が行なわれ、日本では極端な反日教育が行なわれて対照的なのですが、日本の若者は韓国の若者のように国を捨てて海外に出て行こうとしない。海外駐在員も外交官もすぐ日本に帰ってきてしまう。その点ではあまり反日教育は効果が無かったようですが、国防も日本はその気になれば世界有数の国防軍を持つことが出来る。

だから日本ぐらいの大国になればアメリカに守ってもらわなくとも十分に防衛は出来るのですが、日本の軍事力を一番恐れているのがアメリカであり、日本はアメリカと4年近くも全面戦争を戦った国であり、日本軍の強さを一番知っているのがアメリカ軍なのだ。だから日本に平和憲法を押し付けて反戦平和教育で日本人を骨抜きにしてきたのですが、ようやくアメリカ軍も韓国や日本から出て行ってくれる兆しがでてきた。

日本はそれで願ったりかなったりですが、韓国は大丈夫なのだろうか? 日本としては朝鮮半島で何が起ころうとも一切関与してはならない。戦前の日韓併合は日本の過ちの第一歩であり、ロシアが南下してこようとも放置すべきだったのだ。北朝鮮軍や中国軍が韓国を攻めることも考えられますが、日本は中立を保って一切関与してはならない。台湾とは違って日本の国益には大して影響はないからだ。


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  <;;;;;;;;;;;;;;>∩ ピ、ピ、
  /::::::::::::::二)
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  <;;;;;;;;;;;;;;>∩ ヨボセヨ?ウリウリ、ウリニダ
  /::::::::::::::二)  大至急、牧場接待をして欲しいニダ
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  <;;;;;;;;;;;;;;>∩ プツ・・・・ツーツーツーツー
  /::::::::::::::二)  切れたニダ。
 l;;;;;;;;;;;;ィ;;;)
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アメリカが外交的に日本を締めつけ、短絡的な日本が自分の方から
開戦するとのクレマンソーの予言通りに事態は進んでしまった。


2006年8月27日 日曜日

「日本の近代(6) ― 戦争・占領・講和 ― 」 著者: 五百旗頭真

南進論の起源

日中戦争を蒋介石と汪兆銘との合作により収拾せんとする桐工作が、四〇年夏を超えて破綻に瀕していた。その結果、田中新一参謀本部作戦部長も認めたように、日中戦争の局地解決の見込みはなくなり、世界戦争に連動する全体的決着の中でしか解決されない、と考えるに至る。このような地球的な戦争を戦い抜く観点に立てば、長期持久の態勢を築くことが必須である。時あたかも東南アジア植民地の宗主国がドイツによって制圧される事態と見合わせれば、陸軍軍人にとって南方資源の確保こそ啓示であるように感じられたのである。

日独伊三国軍事同盟締結のタイミング

一九四〇年夏のドイツは、イギリス本土へ連日の爆撃を加えて制空権を奪い、イギリスを屈服させようとした。しかし、レーダーの開発配備を世界でただ一国とげていたイギリスは空軍によるしぶとい効果的な守戦を展開した。軍需生産基地からロンドンへ中心目標を切り換えるヒトラー自身の作戦上の誤りもあって、秋の声を聞くころには、ドイツがイギリス本土上空の戦に敗れたことは否定できない事実となっていた。ドイツの輝ける時は一九四〇年六月、フランスを屈服させたころに終わっており、夏を分水嶺として挫折と転落の局面がしのびよっていた。

アメリカのルーズベルト政権は、陸軍戦争計画課長G・ストロングを長とするミッションをヨーロッパに派遣して現地調査を行い、九月はじめにその報告を受けてドイツの凋落の始まりを認識していた。

ところが、日本陸軍は多くの軍人をヨーロッパに駐在させながら、親独主義に毒されてドイツの行き詰まりを把握できず、松岡外相も同じくドイツの電撃戦の成功という残像に支配されて、共同幻想に陥っていた。

松岡外相は、ドイツが第二次大戦の中で転落を開始した瞬間に、依然ドイツの対英勝利が近いと信じて、九月二十七日に三国同盟を結んだのである。それは、いわば「滅びゆく者との抱擁」であり「死の接吻」ともいうべき悲劇的決断であった。

1940年7月2日御前会議決定にいたる経緯

作戦部長の論と軍務局長の論とをすり合わせて、六月十四日の陸軍案が生まれた。それは、好機を捉えて南方に、さらに独ソ戦が「極めて有利なら」北方にも武力行使する、というものであった。さすがに、田中の好機「作為」論は抑えられたが、二ヵ月前の「好機武力行使の否定」という路線は、あっけなく吹き飛ばされた。優先順序はつけたものの、南進と北進の両方を作戦計画に組み入れる方針で、陸軍内は合意したのである。

これに対する海軍案が、二十日に示された。それは、南進第一、北進第二、の陸軍提案に同意するかたちをとりつつ、第一と第二のあいだに本質的相違を設定するものであった。すなわち、無条件に「南方要域進出の歩を進め」るとし、そのためには「対英米戦を賭するも辞せず」との、驚くべき修辞をはじめて日本の公文書に登場させたのである。その真意は、英米戦にのめり込みたいということではなかった。

陸軍と松岡外相が本気でやりたがっているようにみえる北進を、海軍としては何としても阻みたいあまりに噴出した言葉と考えた方が正しいであろう。どうせ戦う決意もなく、戦備と予算ばかり欲しがる海軍、と難じられないためにも、これぐらいの決意を記したかったのであろうか。この政府内の駆け引き上の必要から派生した言葉が、しかし日本の運命を導くことになるのである。言葉は言霊であり、人や集団を時として呪縛する。

南部仏印の戦略的意味

南方の資源を欲する日本の軍部が、南ベトナムの地を支配し軍事基地を設けることには理由があった。当時の軍用機の航続距離から、それは戦略的要衝シンガポールも、経済戦略上の焦点である蘭印も、日本軍の爆撃圏におさめることを意味したからである。

陸海軍作戦参謀のうちにも、それをもって威圧しつつ外交的に資源へのアクセスを得ようとする者と、直接的に武力により獲得せんとする者とがあったが、いずれにせよ、戦略的な利点ゆえにこそ、日本軍部は南部仏印進駐を強く求めたのであった。同じ理由で、だからこそワシントンはこれだけは放置できないと眼をつり上げたのである。

満州某重大事件責任者処分と昭和天皇の反省

天皇が声を荒げて叱るのはめずらしいことであった。かつて即位後間もないころ、田中義一に憤りをぶつけたことがあった。一九二八(昭和三)年の張作霖爆殺の件に際し、責任者を厳正に処罰すると約束した首相が、陸軍組織の抵抗や閣議での反対によりそれを果たせなくなった。 天皇は首相が前言をひるがえしたことを責め、「それでは前と話が違うではないか、辞表を出してはどうか」と激語した。 田中首相は辞任し、ほどなく心臓発作により急死した。

張爆殺を行った陸軍軍人を処罰しなかったことが軍規の荒廃を招いた。憂国の至情から出た力の行使であれば、たとえ現場の軍隊の独断であっても、また政府や軍中枢の指示に反する下剋上であっても許される、という気分をその後の軍人たちにもたらした。それを思えば、若き天皇の怒りは的外れではなかった。たが天皇はこのことを「若気の至り」と反省した。

日本は立憲君主国である。 天皇が意思決定する専制君主制ではない。決定は臣下が明治体制下の手順にのっとって行う。自らの意思と異なる決定を政府・軍部が下すときも、天皇は質問といったかたちで婉曲に翻意を促すなどの影響力の行使にとどめるべきである。それが立憲君主制の意味である。そう若き天皇は理解した。

東條陸相「聖慮は和平」

天皇の異例の発言は、御前会議出席者にひとしく衝撃を与えた。だがまことに不思議なことに、九月三日に政府が決定した「帝国国策遂行要領」の内容は、六日の会議で何も変更されず、そのまま了承され国家の最高政策として権威づけられた。重ねて天皇から叱責された杉山と永野の陸海軍トップは平身低頭して恐懼の極みを体で表現した。しかし、名誉をまっとうできなかったときには切腹した武人の伝統は、彼らの遺伝子には受け継がれていなかったようである。政策変更も引責辞任も、具体的な対応を何もしなかった。 天皇の発言は独り言として扱われたに等しかった。

一人だけ真剣に修正を含めた対応を考えた者がいた。 東条英機陸相である。 東条は陸軍省に戻ると「聖慮は和平であるぞ」と大声を発し、部下を集めて会議の次第と衝撃をそのままに伝えた。さらに武藤軍務局長と長時間の談合のあと、聖慮を重んじ、外交に力を注ぐ方針を打ちだした。ここに東条が軍人の中で最有力の存在として大をなし、天皇にも厚く信頼されるに至った所以が示されているであろう。

重大にして複雑な事態に直面して自らの観点と判断力をもてず、「決意」を迫る中堅幕僚の「内圧」にうろたえる指導者が少なくなかったが、そんな中で、東条は問題に正面から取り組む生真面目さと勤勉さがあった。さらには本気の尊皇思想の持ち主であったこともあった。御前会議での天皇の発言を重く受けとめたのであった。

幻の東久邇宮内閣

近衛は後任に東久邇宮稔彦を推した。ここまできて戦争をくいとめうるのは、強い信念の持ち主であり、皇族の権威を援用できる宮しかないと考えたのである。実はこの案は東条の考えであった。 九月六日の決定をめぐって傷ついた当事者たちを超える新主体によって、政軍を再統合してもらうほかないと、東条は着想し、十四日夕、これを鈴木貞一を介して近衛に伝えたのであった。ここで興味深いのは、東条が東久邇宮の強固な対米戦争反対論を知ったうえで推挙していたことである。

九月六日の御前会議の翌朝、宮は東条陸相を自邸に呼んで注意した。 宮が第一次大戦後ヨーロッパに長期滞在した際、フランスのクレマンソー元首相やペタン元帥が日米戦争を予言し、決してアメリカと戦ってはならないと忠告したことを、宮は話して聞かせた。アメリカが外交的に日本を締めつけ、短絡的な日本が自分の方から開戦するとのクレマンソーの予言通りに昨今の事態は進んでいると宮は指摘し、猛省を促した。 東条は戦は賭けであり、やってみなければわからない、五分五分であると反論した。

見解の相違といって、東条は席を立った。 宮を推した東条は、宮首相が「聖上の御意」に沿って戦争を回避するなら、それもよいと達観していたようであった。

だが木戸内大臣が宮内閣の構想に反対した。皇族をこの重大決定の当事者とすべきではない。結果がどうでるかわからぬ瀬戸際だから皇族内のエースを使おうとの提案に対し、そういう局面だからこそ皇族は使うべきでないと木戸は応じた。陸海軍が一致して平和を支持するのでなければ、皇族内閣は不可能と考えたのである。皇室の長期安泰を図る宮廷官僚の論理である。 天皇も木戸に同意した。

嶋田海相の転向

海相就任直後の嶋田は、前任者の「総理一任」論の失敗を乗り超えて、明快な立場を示した。作戦上の機会を失うから対米交渉を打ちきれというのは暴論であり、あくまで平和を本道として進むべきである、との正論を吐いた。が、その志は半月と持続しなかった。連日の会議において参謀本部の強硬な主戦論が東条を防戦に追い込む状況の中で、嶋田海相は十月末に転向する。開戦に向かう今日の大きな方針は曲げられない。自分一人の反対によって戦機を失しては申し訳ない。決心すべきである、と海軍省の幹部に対して決意を披瀝した。

十一月一日の連絡会議において嶋田海相は、すでに明らかになりつつあった条件闘争の立場を鮮明にした。鉄をはじめとする物資を海軍に回してもらいたい、そうでなければ対米戦争はできない、と頑強に要求した。最高指導層は茫然としつつも、これに応じた。

「鉄をもらえば決心しますか」との杉山の念を押す問いに、嶋田はうなずいた。一日の午前九時から一七時間続く重要会議の議事録に、これ以外に嶋田海相の重要発言はまったく記録されていない。全体判断をリードする識見と志を見失い、全体の運命がどう転じようと当面の自己利益の確保だけに全力を注ぐという組織論理を、ほとんど美学の域にまで純化した嶋田の海軍省であった。

11月1日大本営政府連絡会議

会議のテーマは、東条首相から二日前に宿題としてすでに参加者に提示されていた。次の三案のうちどれを選ぶかであった。

(一) 戦争に突入することなく臥薪嘗胆する。
(二) ただちに開戦を決意する。
(三) 戦争決意のもとに、作戦準備と外交を平行させる。

二つの極論と中間案を提示するのは、いずこにあっても基本的な議題設定の技法である。もちろん第三の中間点へと会議を誘導せんとするものである。会議は東条首相の期待通りに進行した。 東郷外相と賀屋蔵相が第一案を主張し、第二案を拒絶した。参謀本部と海軍が第二案を強硬に主張し、第一案を峻拒した。 東条首相兼陸相は第三案を支持した。

第一案派と第二案派の激突は、激語する永野軍令部総長に加えて嶋田海相まで味方につけた参謀本部の杉山総長と塚田攻次長が、 東郷外相と賀屋蔵相を圧倒する勢いであった。だが、外交交渉による解決を説いて孤軍奮闘する東郷外相を、「東条首相も珍しく支持」したので、何とか即時開戦論をくい止め、第一案と第二案が相殺しあう共倒れのかたちへ進んだ。

甲乙二案

前月の連日の会議において、駐兵期限を焦点とする「甲案」はすでに固まっていた。 東郷外相はそれで対米交渉が実らぬ場合の最終妥協案として「乙案」を、この会議に突然提案した。それはアメリカが同意するはずもない「二五年の駐兵」などに言及せず、日本がこれ以上の武力進出を行わないことを約するかわりに、アメリカが資産凍結と石油禁輸を解き、その了解が成立すれば、日本は南部仏印から撤兵する、という簡潔なものであった。

つまり、日米関係の歯車が破局に向かっての回転を速めることになった南部仏印進駐以前の状況に歴史を戻そうとする暫定案であった。 東郷外相の回想によれば、「幣原元外相が局面収拾の方策として立案せしものなりとて吉田元大使が持参した」案に、外相自身が若干の修正をほどこしたのが、この乙案であった。外務省英米派の長老たちの知恵に支援された外相案である。


五百旗頭 真
1943(昭和18)年、兵庫県生まれ。67歳、京都大学法学部卒業。69年、同大学大学院修士課程修了。広島大学教授、ハーバード大学・ロンドン大学研究員などを経て、81年より現職。日本政治外交史・日米関係論専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



(私のコメント)
岡崎久彦氏はルーズベルトの陰謀を否定する記事を産経新聞に書きましたが、日本をやっつけるには戦争をする必要は無く石油禁輸をすれば数年で日本は戦わずして負ける事は誰にでも分かっていた。それに対して日本は柔軟性に欠けた対応で開戦してしまったのですが、その決定を下したのは御前会議であり、その主催者は天皇であった。

しかし日本が立憲君主国家なのか専制君主国家なのか曖昧な部分があり、明治憲法によれば大臣の輔弼により決定されるのですが、陸海の統帥権は例外とされていた。だから戦争に関する限りは帝国陸海軍は天皇の軍隊であり、上官の命令は天皇陛下の命令と兵士達は教え込まれた。だから御前会議においても天皇が決断を下せば陸軍大臣、海軍大臣といえども逆らえないはずなのですが、事態は戦争に向かってしまった。

当時のヨーロッパ戦線の状況から見ればナチスドイツの破竹の進撃に幻惑されて、日本の軍部はその尻馬に乗ろうとしたのですが、バトル・オブ・ブリテンの戦いでドイツ軍は破れ戦況は行き詰まりを見せていた。しかし日本の軍部としては火事場泥棒的にインドシナやインドネシアなどの列強の植民地を横取りするチャンスと見たのだろうか?

しかしそんな事をすればアメリカとの戦争になることは明らかであり、しかし日本の軍部は「やってみなければわからない」といった無責任な態度だった。当時は石油も鉄もアメリカから供給を受けていたから、アメリカと戦争をすれば2,3年で石油も鉄もないといった状況になることは火を見るよりも明らかなことであった。ならばアメリカとの外交交渉で妥協するしかなかったのですが、天皇は御前会議で質問と言う形でしか関与しなかった。

今から見れば仏印進駐は明らかな失敗であり、日本は罠にはまったと見えるのですが、いったい近衛内閣は何を考えていたのだろうか? 近衛首相は驚くべき事に何も考えてはいなかった。幣原元首相との会談でも近衛首相は狼狽したが、首相としての当事者能力に問題があったのは明らかだ。しかし当時の近衛首相への国民的支持は高く、それが強硬外交に突っ走らせた原因とも言える。

第一次世界大戦後においてフランスのクレマンソー元首相の話として「アメリカが外交的に日本を締め付けて、短絡的な判断で日本が開戦する」と言う予想がありましたが、その予想は当たり日本は開戦に踏み切った。だからアメリカの謀略に嵌められるという予想は空想ではなく現実の話なのですが、証拠になるようなものがあるわけではないから何ともいえない。

だから靖国神社が大東亜戦争はアメリカの謀略に嵌められたという話は正しいとも間違っているともいえない話であり、岡崎久彦氏が靖国神社に書換えを要求したという事は出すぎたことだ。日本の親米派はアメリカの陰謀論を否定するが、アメリカの建国以来の歴史を見れば陰謀にみちた歴史であり、親米派はそれを認めたくは無いのだろう。当然9・11のテロなどの陰謀説も彼らは否定する。

歴史を振り返ってみるならば、明治維新以来日本は大陸には一切手を出すべきではなかった。たとえ朝鮮半島や中国の東北部がロシアのものになっても放置すべき事であった。大東亜戦争が無ければ中国の北部はロシアの領土となり南部はイギリスの植民地になっていたことだろう。だから日本は中国から欧米列強を排除した功労者なのですが、中国や韓国は恩を仇で返しているのだ。

日本としてはアメリカとの戦争はまったく想定はしなかったということは無かったのでしょうが、帝国海軍はどうしたらアメリカに勝てるかを考えてはいなかったようだ。いくら立派な軍艦があっても燃料が無ければ戦争は出来ない。アメリカに石油を依存している以上は負けることは火を見るより明らかなのですが島田海相は御前会議でも一言も発言せず事態の成り行きに任せた。常識から言えば島田海相はアメリカと戦争をすれば負けるから開戦に反対すべきだった。


御前会議 NHK特集

昭和16年7月2日、宮中、東一の間において独ソ戦争後の国策を議題とした御前会議が開かれた。主な出席者は、
 総理大臣    近衛 文麿
 陸軍大臣    東條 英機
 海軍大臣    及川古志郎
 外務大臣    松岡 洋右
 陸軍参謀総長  杉山  元
 海軍軍令部総長 永野 修身
 企画院総裁   鈴木 貞一
 枢密院議長   原  嘉道
であった。原は発言しない慣習になっている天皇にかわり疑問点を質問し、意見を述べる役割を担っていた。議題は事前に合意されており、会議の議論は形式的なものであった。しかし、ここで決められた国策は国家の不動の意思となった。
<原>はっきり伺いたいのは、日本が仏印に手を出せばアメリカは参戦するや否やの見通しの問題である。
<松岡>絶対にないとは言えぬ。
<杉山>ドイツの計画が挫折すれば長期戦となり、アメリカ参戦の公算は増すであろう。現在はドイツの戦況が有利なるゆえ、日本が仏印に出てもアメリカは参戦せぬと思う。もちろん平和的にやりたい。
<原>解った。自分の考えと全く同じである。すなわち英米との衝突はできるだけ避ける。この点については政府と統帥部とは意見が一致していると思う。ソ連に対してはできうるだけ早く討とうということに軍部・政府に希望をいたします。ソ連はこれを壊滅せしむべきものである。以上の趣旨により本日の提案に賛成である。
最後の原枢密院議長の要請はソビエトとの戦争の準備を計画していた陸軍に弾みをつけることになった。こうして独ソ戦争後の国策は起案からわずか10日間で御前会議で決断された。
<加瀬俊一談>
「御前会議っていうものは、大本営政府連絡会議が決定したものを、それでは御前会議で正式の国策に致しましょうということになると、何月何日御前会議を開きたいという。そして陛下のお許しを得て開く。その連絡会議の決定というものは、その直前ぐらいに宮中に回るんですね。連絡会議の決定だけでは、それだけの権威は持っていないわけですね。政府と軍部の関係大臣が集まって、一つの決定をしたという。やっぱり陛下が親臨された場で、可決されれば、これはもう不動の国策になったという形ですね」

当時の明治憲法では主権者である天皇の大権のもと、国務をつかさどる政府と、統帥つまり軍隊の動員・作戦は制度上明確に分けられていた。政府は統帥については全く立ち入ることができなかった。日中戦争以後、統帥の最高機関として大本営が設置され、国策は政府の要求で設けられた大本営政府連絡会議で事実上決められた。しかし、開戦など戦争をめぐる重要な国策は、さらに天皇が出席した御前会議に諮られる慣習になっていた。
7月2日の御前会議決定を受け、軍部は直ちに国策を実行に移した。北方のソビエトに対しては演習を名目に国境を接する満州に70万人を超える兵力を大動員した。独ソ戦争の推移次第ではソビエトに攻め込むという作戦であった。しかし、ほどなく独ソ戦争が膠着状態となり、この計画は中止された。
一方、南方については南部仏印への進駐が実行された。南部仏印一帯(フランス領インドシナ・現ラオス付近)はアメリカにとっても重要な戦略拠点であった。日本の進出を東南アジア一帯を支配する計画的な一歩ととらえたアメリカは日本に対し強い懸念を抱いていたのであった。アメリカは日本への警告として、まず日本の在米資産の凍結を実施。アメリカでの日本の経済活動をすべてアメリカ政府の管理下に置いた。そして日本の進駐を確認した上で、石油の対日輸出禁止という強硬策を打ち出した。当時日本はアメリカに石油の75%を依存していた。アメリカ政府は日本の南部仏印進駐がアメリカの安全保障にとって死活的な問題であると言明し、初めて軍事上の脅威であるという認識を示した。

アメリカの強硬策は南方進出を強く主張した海軍に大きな衝撃を与えた。海軍省軍務局の高田利種課長は戦後こう証言している。
<高田利種談>
南部仏印に手をつけるとアメリカがあんなに怒るという読みがなかったんです。そして私も南部仏印まではいいと思っていたんです。よかろうと思っていたんです。根拠のない確信でした。私はだれからも外務省の意見も聞いたわけではない。何となくみんなそう思っていたんじゃないですか。南部仏印ぐらいまではよかろうと。これは申しわけないです。申しわけなかったですよ
近衛首相は思わぬ事態の進展に驚いた。そして直ちにルーズベルト大統領との首脳会談を提唱し、危機的な日米関係の打開を図ろうとした。


(私のコメント)
当時の陸軍海軍の中堅将校達の世間知らずは救いようがない状況でしたが、政治家がそれを抑える政治体制ではなかった。御前会議でも外務大臣が反対しても軍部の無茶な意見は抑えられなかった。海軍省の高田氏が反省の弁を述べていますが、彼らのようなエリート官僚が日本を滅ぼしたのであり、靖国神社に祀られたA級戦犯は中堅若手将校に突き上げられて無責任な判断を下してしまった。

しかしアメリカとの戦争になれば日本は負けることは明らかだったのに軍部の中堅若手将校は戦争に突き進んだのだろうか? アメリカの石油禁輸や資産凍結は日本の軍部もびっくりして破れかぶれで戦争に突き進んだという信じられないような状況が生じていた。日本人はいったん感情的になると切れてしまって冷静な判断を下せないようになってしまうらしい。


御前会議 NHK特集

東京の陸軍省でも秘密裏に日米の国力調査が行われていた。調査担当者は、陸軍省戦争経済研究班。ここには多くの民間の学者も加わった。責任者は秋丸次朗陸軍中佐(平成4年死)だった。
<秋丸次朗談>
「大体、1対20というような見当ですかね。我々の調査も、新庄さんの調査も合わせて考えて、そして、その戦争指導班にいろいろと意見を述べたんですけどね。いる人はみんな居眠りしとったです。聞いていない」
資産凍結、石油禁輸という事態を受けて日本では感情的な主戦論が台頭し、急速に戦争の機運が高まっていった。
陸軍の石井中佐も新たな国策の立案を急いでいた。
<石井秋穂氏談>
資産凍結を受けてね、もう一滴の油も来なくなりました。それを確認した上でね、それで、わしは戦争を決意した。もうこれは戦争よりほかはないと戦争を初めて決意した


(私のコメント)
このように見れば日本はまさにアメリカの謀略に嵌められたという見方も正しいし、アメリカから見れば正当な経済制裁と言うことが出来る。

最近の日本も情報部を作ろうという意見がありますが、いくら情報部が正しい情報を送ってもトップが馬鹿だと何の役にも立たない。いったい大東亜戦争の責任は誰にあるのかと言うことですが、天皇にもあるし、突き上げた軍部の中堅幹部にもあるし、政治家にもあるし、それを選んだ国民にもある。だから戦争を防ぐには一人一人がより賢明になるしかない。アメリカと言う国をもっと深く研究して対応すべきだったのだ。そうすればアメリカの謀略に嵌る事も無かっただろう。




岡崎久彦氏は米内、山本、井上の媚米派海軍トリオの後継者
日本は未だに歴史観に対する干渉が米国や中国から受けている


2006年8月26日 土曜日

岡崎久彦は親米を通り越して媚米 8月25日 Dr、マッコイの非論理的な世界

我が家では以前には読売新聞をとっていたのですが、最近は産経新聞をとっています。別に私が指定したわけではなく、サービスが良いということで妻が勝手に変えただけですが。朝日と毎日だけはとらないでくれとたのんであるだけです。

それはともかく、昨日の産経新聞の正論に岡崎氏の書いた「遊就館から未熟な反米史観を排せ」という文章が掲載されています。思わずちゃぶ台をひっくりかえしそうになりました。

昨日は帰宅して、妻がテーブルに夕食を並べてくれる間、この文章を読んでいたんですが、私の表情が見る見ると険しくなっていって、そのあまりの変わり様に妻に「職場で何か大変な事でもあったの?」などと聞かれてしまったほどです。

ネット上でその文章を読むことができます。

最後の、「元駐タイ大使」と書いてあることでわかる通り、この方は元外交官なのでしょう。外務省の人間というのはみなさんご存じの通り、日本の国益のために仕事をしているのではなく、外国かぶれで外国の意向を日本に押しつけようとするような輩が多いように思います。本来の仕事と逆のことをやっているのです。

加藤紘一ももと外務省の職員ですが、彼は中国の意向を日本に伝えようとばかりしている、この岡崎氏は、そのアメリカ版とも言えると思います。

岡崎氏の口癖は皆さんご存じの通り「アングロサクソンについてゆけば間違いない」です。この言葉には二つの問題点があります。

まず日本人はどんなに頑張ってもアングロサクソンにはなれないという現実をこの人はわかっていないということです。こちらがシッポをふってついていっても足下を見られて利用されるだけということにもなりかねません。しっかりとした独立・自尊のかまえがあってはじめて対等な同盟関係となることができるのです。

どうも媚中派といいこの人といい、どこかの国とべったりくっついていないと安心できない病気に日本人の多くがかかっているとしか思えません。独立・自尊なんて考えもしないんでしょうか。

少なくとも今の日米関係は対等な同盟関係とは言えませんし、「同盟」と呼べる代物かどうかすら怪しいので私は日米同盟とは詐称ではないかと思っているほどです。

アメリカに日本の急所を常に握られた状態で、対等な同盟を結んだまともな国と国との関係にあるかのように思いこむのは親米保守といわれる方々に多いですが、日米「同盟」はまだそんなレベルには達していません。現実を見つめましょう。

お互いに自分の国は自分で守った上での同盟が本当の同盟です。相手に守られてそれが同盟だなんて聞いたことありません。

また、「アングロサクソンに付いてゆけば間違いない」の言葉に含まれる他の意味として「あの戦争はアングロサクソンに刃向かうような真似をして間違いだった」と言っている点です。

しかしあの戦争をこう捉えてしまうと、ほぼ100%あの戦争には大義がなかったと言っているのと同じことになります。

当時の日本人は欧米人がアジアに対してやっている滅茶苦茶な人種差別やはげしい搾取に満ちた植民地政策に義憤を感じていました。そうした怒りがもとになってアジア解放と新秩序の構築をかかげて米英蘭など連合国側と戦ったわけです。これが100%戦争の目的だったとか100%あの戦争をアジア解放のための戦争だったとまで私も言うつもりはありませんが、日本が連合国と戦争をした結果としてアジアの植民地が次々に解放されていったのは間違いではありません。

こういう事を書くと左翼がまたうるさいんでしょうが、岡崎氏もこうした点をおそらく認めていないのではないかと思います。歴史観は左翼と同じということです。

それから、上の文章からわかる通り、アメリカが日本を着々と戦争に追い込んでいったという見方ではなく、日本が無謀にもアメリカに戦争をしかけたとでも思っているんではないでしょうか?オレンジ計画とか知らないんでしょうか?

ちょっとはこの本でも読んでみてはいかがでしょうか。

いや、私は岡崎氏はそういう事も知っていて、敢えて言っているんだと思います。つまり日本人独自の歴史観を持つことによってアメリカと対立する要素が少しでもできるなら、そんなもの持つのをやめてアメリカの言うとおりしておけという事なのではないかと私は岡崎氏の心を想像します。

いずれにしろ、アメリカと戦った理由まで否定してしまえば、結局のところあの戦争を全否定してしまうのと同じです。

しかし靖国神社はそもそも英霊を顕彰する場なわけですから、岡崎氏の考え方では靖国神社に祀られている大東亜戦争に関する英霊は「侵略戦争を遂行した戦犯、あるいはそれに無理矢理加担させられた犠牲者たち」ということになってしまいます。これこそ英霊に対する冒涜です。

そんな人間に「これでは靖国をかばえず」などと言って欲しくないです。だいたいまったく靖国をかばうことになってませんので。

その通りだと思います。各国独自の歴史観があって当然なわけです。もちろん中国の反日歴史観みたいに、それがあまりにも史実からかけはなれ捏造されたものでは問題外ですが、他国の人間が感じるのと同じようにものごとを捉えなければならないと考えるのはもはや日本人とは言えません。

歴史とは国民の物語です。それが他国の物語と一致しなければならないと考えるのはそもそも間違いなのです。そういう点で日中韓の三国で共同の歴史教科書を作ろうなどという動きがありますが、あれは馬鹿げた事です。史実に関してなら学者同士があつまって議論してすりあわせれば良いでしょうが、その解釈については各国それぞれにあるていど独自色を持つ権利があって当然の事です。

自国の歴史観を他国に押しつけたり、それが世界基準であるかのように騙ったり、歴史観を政治利用したりするような真似は慎むべきです。なぜならば、それは場合によっては戦争の原因にもなりかねないからです。日本はそのことで戦争したりはしないでしょうが、他国の場合、特にイスラム諸国がからんできた場合はそういう可能性すらあります。これは危険な事です。

岡崎氏はアメリカに対して日本の歴史観とアメリカの歴史観は違うがそれは当然のことであって、その事で目に余る間違いでもない限り(たとえば原爆投下を正当化するような論調)、お互いに干渉すべきでない、お互いの立場と物事のとらえ方の違いを認めた上でつきあってゆくのが対等な国と国との関係であると知るべきでしょう。

まあなんでも外国人が感じるようにあわせてしまいたがる手のタイプは実は日本人にはもともとかなり多いのですが、それが左向きなら中・韓べったりに、そうでなければアメリカべったりになってしまう傾向があるようです。外国人と接しているうちに自分の主体性が消えてしまって彼らにただ同調するだけなのかもしれません。

ただ岡崎氏のレベルになってくると、もうアメリカがちょっとでも日本にたいして不満を持つようなことは決してしてはならないという感じで、完全に「怯え」になっています。

このような人たちが政治家にも文化人にも結構多いです。同志社大の村田晃嗣とかもそうでしょう。そういう人たちは結構簡単に「国益」という言葉を口にしますが、そういう人たちの言う国益とはごく目先のものでしかありません。

こういう人たちと同じような媚米というか怯米の政治家や官僚らに日米の国益が衝突したらまともに交渉してもらえるでしょうか?

とにかくアメリカを怒らせるのはいけないことだとばかりに、なんでもアメリカの言う通りにしておくことが日本の国益だとしか考えないのではないかと思います。

私は目先の国益も大切だと思いますが、しかし、それは国あってのものです。長い目でみれば国を弱体化させる、国の独立・自尊を脅かすのであれば、意味のない国益です。

国というのは長期存続してはじめて意味があり、究極的にはそれこそが国益です。

国が長期間存在するとは、ただ日本列島の上に黄色人種が生き続けるということとは違います。過去と連続した歴史観・価値観・文化を持ちそれが未来につながってゆくということです。

そこで大切になってくるのが、国民の物語としての歴史観だと私は思います。あの戦争では日本人はアジア解放のため、そして自らの独立・自尊のため、欧米列強の横暴にたいして、自らの短期的な国益を度外視してでも、また負けを覚悟してまで、勇敢に戦った。

かつての日本人は大義のために損得をかえりみずに立派に戦ったのだという物語こそ、日本人の誇りとなって日本という国を存続させるエネルギーとなるでしょう。そうした歴史観こそ持つべきだと私は思います。靖国神社はそうした国民の物語を教えてくれる場でもあると思います。

ただ目先の損得だけを追い求めても長期的には国を滅ぼす道につながるということもあると思います。他国に適応ばかりして自国独自の視点を失ってしまうということも、その一つだと思います。

ましてや、岡崎氏のレベルになってくると、目先の損得すら考えているかどうか怪しくなってきています。ただただアメリカを少しでも怒らせることに対して神経過敏になって、アメリカのご機嫌をそこねることをひたすら怯えているとしか思えません。これはもう完全に病気です。ちょっと治療か入院が必要ではないでしょうか。

もしくはアメリカへの怯えではないとしたら、上目遣いのいやらしい媚びだとしか言えませんね。こんな事しても加藤紘一みたいな「遊就館はあの戦争を美化しているしそれをアメリカも良く思っていない」とか言う輩に利用するだけだと思います。ほとんど同類でしょう。

上では「もののふのこころ」さんからの引用を利用させていただきましたが、その他てっくさんの「岡崎久彦へのリジョインダー」もあわせてお読みください。



「あの戦争に何故負けたのか」 8月24日 足立誠之

 文春新書「あの戦争に何故負けたのか」はある意味で米国が待ち望んいた本かも知れません。

 独立戦争、南北戦争、メキシコからのテキサス独立と併合、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニアまでの広い領土の併合、そしてハワイと和親条約締結を結び半世紀後に併合、米西戦争ではフィリピン併合。この一連の歴史には随分酷いことが行われていますが、米国はそれを削除し、自らの歴史を正義と栄光の、物語として描いています。
 
 ところが、「あの戦争に何故負けたか」は1941年12月8日から1945年8月15日までの日米戦争を、米国について殆んど、批判も言及することもなく終える本であり、そんな本が日本側から出版されたのですから、彼等にとっては願ってもないことだったでしょう。
 
 「あの戦争に何故負けたのか」は不思議な本です。それは、何故戦争が起きたのかについての分析らしいものが「三国同盟」を挙げる程度で全く抜け落ちているからです。第一、戦争というものが複数の国によって行われるものであり乍ら、日本以外の国、特に日本の主要敵国であったアメリカの政策、意図、行動についての分析言及が皆無に等しいのです。そして何よりも不思議なことは、それが、現在の「言語空間」(後述)の中でのみ議論されていることです。この本の中で個々の戦闘についての議論が精緻になればなる程、以上の奇妙な点、即ち重要な点の欠落が浮彫りにされるのです。尚この「言語空間」と言う言葉は後程説明しますが、「あの戦争」の評価にとって最重要な言葉になります。


(中略)

 さて、ポツダム宣言は確かに厳しいものが含まれていました。然しどんな法理論解釈からも、それは、占領軍が以上実施した宗教、教育制度、国語政策にまで手を加える権限、などはどこにも含まれていません。まして、言論、出版に検閲統制を加え、日本と日本人を、江藤淳氏の言う「閉ざされた言語空間」に封殺する権限など与えられる筈もありませんし。そんな大それたことは日本人の想像外だったのです。

 ちなみに、以下にご説明しますが、米占領軍は、言論検閲、統制により日本と日本人を完全に孤立させ、世界との間の情報を遮断し、日本人自身の思考を閉じ込めた状態とし、米占領軍の言論検閲、統制の支配、管理下におきました。その状態を江藤淳氏は「閉ざされた言語空間」と呼称したわけです。

 この言論検閲、統制は巧妙を極めたものでした。その構想の大きさが、先ず「日本と日本人を外部世界の情報と完全に遮断する」という桁はずれの構想から始められたのです。例えば、日本のそれまでの教育は、「軍国主義的教育」或は「遅れた教育」とされましたが、米国や欧州の教育の実際の姿は日本人の間から完全に封鎖されていました。だから、日本人はそれを信じる外はなかった。特に当時は進歩的インテリは「アメリカでは」を口癖に占領政策を推進していましたから、だれもが「アメリカではそうだ。そうに違いない」と信じたわけです。後述しますがそれは殆んどが嘘といってよいものであり、その影響は今日でも尾を引いています。(因みに30年前のカナダの小学校では鞭を持って教壇に上がる先生もいたとのことです。)

 又、戦後既に米ソ対立、東西冷戦は次第に熾烈になっていましたが、それを論ずる報道は禁止されていました。

 昭和26年日本はサンフランシスコ講和会議で独立を認められ、翌年の昭和27年4月に発効しますが、当時の南原東大総長をはじめとする学者、言論界、左派社会党などは全面講和論を唱え、サンフランシスコ講和条約に反対しました。東西冷戦の真っ只中、全面講和など現実性皆無であった筈ですが、その様な反対論が一部とは言え支持されたのは、この様な「閉ざされた言語空間」が原因であったと思われます。

 もう少しその巧妙な言論検閲統制を見てみます。

 米占領軍は、言論検閲、統制を30ケ条のプレス・コードにより実施したと、江藤淳氏は著書「閉ざされた言語空間」で述べています。その根幹にあるものは、言論検閲、統制が実施されている事実の徹底的隠蔽でした。

 それに次いで、憲法の制定に占領軍が関与したことへの言及、極東軍事裁判批判、更に日本、枢軸国以外の総ての国に不利な言論、東西冷戦について論ずること、占領軍の日本人女性との交渉についての言及、闇市言及、それら総てが禁止され、最後には「解禁されていない情報の報道」が禁止され、つまり総べての言論が米占領軍により恣意的に統制される体制が出来ていたのです。

 再度申し上げますが、この様な言論検閲は勿論日本が受諾したポツダム宣言の如何なる条項にも一切含まれていません。そんなことが実施されているとは大部分の日本人は知らなかったし、今でも知らない人が圧倒多数だと思われます。

 こうして、米国占領軍は日本及び日本人総てを丁度、蟻をガラス箱の中に閉じ込めて飼育、観察、管理するような環境を完成させたのです。これが「閉ざされた言語空間」であった訳です。

 こういう「言語空間」の影響は想像以上です。人はその認識の殆んど総てを、実地体験ではなく、他からの情報で入手します。それが占領軍に6年半恣意的に管理統制支配されていた、ガラス箱の蟻の状態であったわけです。

 人間の考え、記憶は意外に脆いものです。

 江藤氏は上記米国での調査中、保管されていた検閲された資料を調査していたのですが、その中に、占領時代に書かれた河盛好蔵氏のエッセイも含まれていました。それは、殆んど戦前戦中の軍国主義への反省で綴られたものですが、ほんの一寸(多分大恐慌以降のブロック経済で日本を排除したことを念頭に置いたのでしょう)米英が日本に経済的な点で配慮があったならとのほんの僅かな箇所が原因で発表が差し止められたらしいのです。江藤氏は早速河盛氏に照会しますが、河盛氏から「全く記憶にない」旨の返事であったとのことです。戦後の激変の中で、河盛氏の占領軍の検閲との戦いの記憶は全く失われていたわけですし、氏の思想にも変化が生じていたのかもしれません。

 人の記憶や、考え方はかくも移ろい易い脆いものらしい。

 吉田満氏の「戦艦大和の最期」の一番初めに書かれた文章は発行禁止になり、吉田満氏は何とか出版許可を得ようと求め、何度も書き直し、とうとう出版にこぎつけます。然し出版され現在も書店に並んでいる「戦艦大和の最期」は最初に書かれたものとは全く異なるものとなっていました。江藤淳氏は吉田氏自身の保持していた精神的なものもいつの間にか、失われたとしていますが、読み比べてみれば誰でもそれはが点が行きます。敢えて個人的な感想を述べれば、一番最初の「戦艦大和の最後」には「春の城」の香りが強く漂っていますが、許可を受けて世に出たものにはその香りは皆無となっています。

 米占領軍、米国が残したものは斯くも徹底した厳しいものでした。

 更に占領中期になると、占領軍は狡猾にも検閲方法を「事前検閲」から「事後検閲」に変えます。これで報道機関、出版社は自ら事前に自己検閲して、事後検閲で引っかかり、膨大な損失が出ないようにする。自己検閲の効果は、占領軍が行っていた事前検閲よりも厳しいものになりがちであったらしい。これは占領が終わった後も日本の言論出版界に定着存続していると江藤氏は述べています。

 先に述べましたが、占領期間中の小学校の担任の先生の戦死者への追悼と今日の首相の追悼の言葉は全く似て非なるものであり、それがむしろ占領が終わってからの長い時間に刷り込まれたことに注目せざるを得ません。



(私のコメント)
きのうのNHK−BSでアメリカ映画の「トラトラトラ」をやっていたのですが、山本五十六大将をやっていた山村聡が真珠湾攻撃の後で「眠れる巨人を起こしてしまったのかもしれない」と発言していましたが、これは山本五十六がいかにアメリカを知っていたかと言う証明であり、まさにルーズベルトの注文どおりの真珠湾攻撃だったのですが、二次攻撃はやらずに帰ってきてしまった。

だから、緒戦でアメリカ軍を徹底的に叩いて戦意を喪失させるという意図は嘘だろう。本当に戦意を喪失させるためなら、少なくとも数百万人もの戦死者を出させないと無理だ。軍艦の数隻を沈めただけで腰を抜かすはずがないことは山本五十六自身が一番よく知っていたはずだ。

以前にも書きましたが帝国海軍の戦略は敵を迎え撃って叩く戦略でしたが、山本五十六は燃料が無いにもかかわらずハワイやミッドウェーやガダルカナルまで出て行ってしまった。しかしそれらの島を占領したところで補給が続かないのだから無駄な作戦であり日本軍の戦略としてはバカなのか、あるいはアメリカの内部協力者であったのかも知れない。

このように日本は帝国海軍の裏切り行為によって負けたのであり、海軍内部にはアメリカと通じていた者がいたのだろう。だから真珠湾攻撃におけるUターンもガダルカナルの第八艦隊のUターンもレイテ湾における栗田艦隊のUターンも、帝国海軍がアメリカと通じていた裏切り行為なのだ。その証拠に南雲中将も三川中将も栗田中将も誰も処分されなかった。これでは陸軍が怒るのも無理はない。

アメリカに勝つには多大な人的損害を与える事なのですが、そのチャンスを帝国海軍は行なわずに引き揚げてしまった。このような帝国海軍の裏切り行為は戦後に批判されるべきでしたが、どういうわけか封印されてしまった。そしてどういうわけか帝国陸軍が悪いと攻撃された。このような言論統制は見えない形で行なわれ、最近になってアメリカ軍の戦後における日本への言論弾圧の実態が明らかになってきた。

大東亜戦争そのものは単なる戦闘に負けただけであり、領土を割譲したり賠償金を払って済ませられるべきものだ。ところがアメリカ占領軍は東京裁判を開き政府の要人や軍の高官を処刑した。一方的敗戦だったから仕方がない面もありますが、本当の敗戦は7年間にも及ぶアメリカによる占領政策を日本政府が受け入れてしまったことだ。

これはポツダム宣言違反であり国体の護持はポツダム宣言で保証されていたはずだ。ところがアメリカ占領軍は天皇制こそ残したものの憲法の改正から要人の公職の追放まで全部受け入れてしまった。さらには教育の思想統制まで行なわれて、教育界からも要人が追放されて左翼的な学者だけが残り、歴史観まで徹底的に書き換えられてしまった。マスコミも同じだ。

一番典型的な例は小泉首相がテキサスの牧場で言ったような「アメリカ軍は日本を解放した」と言う発言ですが、総理大臣に至るまで日本人はアメリカに洗脳されてしまった。FMラジオを聴いていても英語が流暢なDJがまるでアメリカの西海岸にいるようなスタイルでロック音楽を流している。テレビを見てもアイドルが星条旗のTシャツを着て踊っている。

それとは反対に学校の卒業式でも日の丸や君が代に対しても拒否反応が出るように学校の先生や生徒を洗脳してしまった。それほどアメリカの洗脳工作は巧みで徹底したものでしたが、私はどういうわけか洗脳にはかからずに「大東亜戦争はアジアと人種の解放戦争であり東京裁判は裁判ではない」と言い続けてきた。そう言わなければ靖国神社で眠っている250万の英霊も浮かばれないだろう。

岡崎久彦氏は産経新聞に靖国神社の遊就舘の展示の一部の反米的な主張に対してクレームをつけましたが、これは戦後行なわれた言論統制の延長のようなものである。アメリカから直接言われれば内政干渉になるから岡崎氏のような内部協力者が言ってきたのだろう。

日本には日本の歴史観がありアメリカにはアメリカの歴史観があり、お互いにどのような歴史観を持とうが自由なはずだ。どの国だって「我が国は偉大なり」と教育しているが日本だけはいつまでも戦争犯罪を犯した犯罪国家と学校やマスコミで言い続けられている。この点ではアメリカも中国も裏では繋がっているのであり、日本をいつまでも弱体化しておくための思想工作なのだ。ただアメリカはたくみに内部協力者を使っている。

マッコイ氏のブログに書いてあるとおり日本人は相手に合わせることで外国との摩擦を避けてきましたが、自尊心を失ってまで相手の言うがままにする必要はありません。歴史観に至るまで未だにアメリカの干渉を受けるとはとんでもない事なのですが、アメリカ占領軍は7000冊以上もの書籍を焚書してしまった。アメリカは果たして文明国といえるのだろうか? 中国とその点では大して変わってはいないのだ。

日本は文明国だからこそアメリカの原爆投下に対しても、中国の反日教育に対しても抗議はしてこなかった。国それぞれに都合があるからですが、日本とは違ってナショナリズムを絶えず煽っていないとアメリカや中国といった大きな国は一つに纏められないのだ。

そのような意味で考えてみれば日本ほど思想言論戦で恵まれた国は無く、いかに反日的言論活動を行なっても日本が分裂する事は考えられませんが、アメリカや中国は内戦を繰り返してきたから、些細な事で国家が分裂する可能性がある。さらにアメリカや中国は多民族国家だから民族活動家を支援すれば中国などは簡単に分裂させられる。

日本に諜報工作機関があり裏工作で反体制活動家を支援して国家を分裂させた事は、帝政ロシアや清国などで成功した事がありますが、超大国と戦争するには武力で戦争するのではなく、敵国の反政府活動家を支援すれば勝ことが出来る。だから大東亜戦争をする時もアメリカ国内の人種差別撤廃などの活動家に資金を送って暴動などを起こさせて撹乱すればアメリカに勝ことが出来ただろう。

だから中国にしてもアメリカにしてもロシアにしても、弱点は一杯あり、そこを突けば民族問題などは深刻だから、日本を革命家の活動拠点にして揺さぶれば中国などひとたまりもない。だから中国は日本に圧力をかけて政治亡命はさせないようにしている。日本に来ている留学生を反体制活動家にして送り返してやれば面白い事になるだろう。アメリカだって黒人暴動などの人種問題などいくらでも揺さぶれる。しかし日本は文明国だからそんな下品なことはやらないだけなのだ。




NHKの大河ドラマの「功名が辻」は単なるホームドラマであり、
これでは秀吉が何故バテレン追放令を出したのか分からない


2006年8月25日 金曜日

わが子を失った悲しみをキリストの教えで救われる千代
NHK大河ドラマ「功名が辻」より(右がガラシャで左が千代)


バテレン追放令 8月7日 あかひでダイヤリー

溺愛する一人娘を地震で失うエピソード、フィクションの多いこの「功名が辻」と言う作品の中で、この話は史実ですね。(もっとも単に「地震で娘を失った」と書いてあるだけですが…) 
一豊と千代の間にはこの与祢姫しか生まれておらず、一豊は後に弟康豊の子を養子として跡取りとします。
 
さて、先週今週とどうも気になるのがガラシャを前面に出してキリスト教とリンクさせている事。
山内一豊や千代にはマトモな資料がほとんどなくドラマはなんでもアリ状態ですが、ちょっとくどい!(笑)
 
この天正大地震の頃はまだ禁教令は出されてませんが、数年後には確か布告される筈です。
禁教令と言っても江戸時代と違いさほど信者を迫害わけではない。
棄教すればそれで良かった程度で、大名クラスの棄教にはうるさかったが、領民には特に無かったらしい。
寧ろ奴隷として海外へ連れ去られる民を助ける目的、あるいは南蛮貿易をキリシタン大名に独占させない為だったハズです。
高山右近追放、有馬晴信斬首、この二件のみで日本からキリシタン大名はいなくなります。
(他は全て改宗)
ちなみにキリシタン大名は領民にキリスト教を強制しておりました(つまり他の宗教を迫害してた)から、為政者としては当然の政策と言えるでしょう。(政教分離)

こういうキリスト教のマイナス面ってのは何故か歴史では語られないんだよね。
禁教令を出した秀吉や家康を信仰を迫害した悪人のように見せたいらしい。  
なんか先週辺りからの流れだとガラシャの悲劇を大きく取り上げそうで・・・
なんで歴史ドラマまでキリスト教に媚びなきゃならんのか・・・(苦笑)


日本人とは何か 山本七平(著)

キリシタンに突きつけた五カ条の詰問状

ところが秀吉は九州征伐のとき不意にこの態度を一変させた。これがあまり急であったのでキリシタン側はさまざまな臆測をしているが、資料を見るとその理由は明らかである。まず『長崎縁起略記』の「評」に次のように記されている。

「長崎公領の始め異説繁多なり、……天正十五年(一五八七年)関白秀吉公九州平均の時、筑前博多御逗留の節、当時の人々参上して御礼を遂げ、公領となり、鍋島飛騨守に御領といふ事あり。この時は、当地寺観の伴天連ども参上し、却て御機嫌に背き、それより逃れ去り、島原かの月山にかくれ籠もりしとなり。これ則ち、伴天連ども、所の田畑を知行して己等を地頭と思う故なり」

秀吉はイエズス会が長崎を勝手に「教会領」にしたことを怒り、これを没収するとともに次の五カ条の詰問状を支部長ガスパール・コエリョにつきつけた。これには異説があるが、要約すれば、以下が大体が「御機嫌に背き」の内容であろう。すなわち

(一)彼および彼の仲間は、いかなる権威に基づいて秀吉の臣下をキリシタンになるように強制するのか。

(二)なにゆえに宣教師はその門弟と教徒に神社仏閣を破壊させたのか。

(三)なにゆえに仏教の僧侶を迫害するのか。

(四)なにゆえに彼らおよびポルトガル人は、耕作に必要な牛を屠殺して食用にするのか。

(五)なにゆえにイエズス会支部長コエリョは、その国民が日本人を購入し、これを奴隷としてインドに輸出するのを容認しているのか。


教会領問題と以上の五カ条を見れば、秀吉が何を問題としているかは明らかである。彼は決してキリスト教という宗教そのものがよろしくないから禁止するといっているのではなく、"宗教戦争"の回避であろう。一向一揆が「百姓の持ちたる国」として本願寺領を形成し、宗教的信念に基づくその猛烈な戦いぷりを経験している彼は、キリシタンが秀吉の保護の下に「偶像破壊」に乗り出し、それに対して仏教側が総反発を起こすことを恐れたのである。

日本人が殆どすべて仏教徒であることを思えば、この「恐れ」は当然であり、全国を統一して戦乱に終止符を打とうとする彼が、これを黙認できなくて不思議ではない。彼の目的はまずその危険を萌芽のうちに摘みとってしまおうということであったろう。

これに対して第一条へのコエリョの返答は、天正十四年(一五八六年)の秀吉の布教免許状に基づいて布教したのみで、強制をした覚えはないということであったが、秀吉はこれに納得しなかった。というのは後に記す有馬晴信のようにキリシタン大名はその領内に対して必ずしもそうではなく、改宗しない者を領外に追放しているからである。

これに関連するのが第二、第三条で、コエリョは、信徒が自発的に神社・仏閣を破壊したのは宣教師の責任ではないといったが、キリシタン大名がこれを行なった場合、それをやめるように言わず、暗黙のうちに奨励したことは認めざるを得なかった。これは、当時の、否、明治でも、宣教師にとって「異教否定・偶像破壊」は当然のことである。法王庁が他宗教との共存を打ち出すのは二十世紀に入ってからであり、公式には第ニヴァチカン公会議以降であって、当時としては、そうしたことがあっても少しも不思議ではない。

さらに、コエリョは仏教の僧侶を迫害したことはなく、論争しただけだと述べたが、仏閣の破壊は当然に僧侶の追放を意味し、これは一種の迫害といえる。このコエリョの答弁は相当に「言いわけ的」で、「その事実なし」とはっきり否定できたものはない。それもそのはず、彼らが神社仏閣という「偶像破壊」に相当に積極的であったことは否定できないからである。

第四条の「牛肉問題」は文化摩擦として現代の「捕鯨問題」と対比してみると面白い。日本人はインド人のように牛を神聖視してはいなかったが、耕作に使った牛を殺して食べることはしなかった。こういうことは理屈ではどうにもならない。コエリョもこの問題には何とも返答の方法がなく、もし秀吉がこれを喜ばないならば、以後「牛肉を食べるのをやめる」と匁目えている。

秀吉を激怒させた最大の理由

だが秀吉乃至はその側近に、キリシタンに対する嫌悪を感じさせた最大のものは、ポルトガル人が日本人を奴隷としてインドその他に売っていたことであろう。この事実があることをコエリョも否定しておらず、イエズス会宣教師はこの防止につとめたと言っているにすぎない。さらに彼は、少々逆襲的に、この問題は秀吉が法令を下して「売る日本人」を厳罰に処してくれれば、解決する問題だとしている。

理屈を言えばその通りだが、これでは、宣教師側もこれを黙認していたことになってしまう。いわば「売った日本人を厳罰に処せばよい」と言っても「買ったポルトガル人は自分らの方で責任をもって厳罰に処します」とは言っていないのである。彼らが、長崎の日本人キリシタンから注意を受けてこの問題の重要性に気づき、「奴隷購買者破門令」を発したのは慶長元年(一五九六年)すなわち二十六聖人殉教の年で、問題発生の実に十年後である。いかにその対応が鈍感であったかがこれに現われている。

日本にも人身売買がなかったわけではない。特に戦国時代はこれがひどく、引っ捕らえた敵方の家族などは遠慮なく売ってしまうことが堂々と行なわれていたことは否定できない。しかし秀吉は秩序を確立しようとしており、そうなれば「貞永式目」「建武式目」以来の伝統的な法秩序への復帰となる。そして「式目」では「拘引人は死罪に処す」であった。これは、奴隷制度が公認の制度として存在したヨーロッパとは基本が違うということ、日本には「公の制度としての奴隷制度」はなく、それを合法的と見る伝統はなかったことを示している。

この点、一八六三年までアメリカに奴隷制度が存在した欧米とは違う。当時はヨーロッパの奴隷商人が、公然と新大陸にアフリカから奴隷を売り込もうとしはじめた時代であり、ポルトガル船には使役される黒人奴隷がいたのだから、イエズス会士が日本人より奴隷問題で鈍感であっても不思議ではなかった。

奴隷問題についてはイエズス会側にも資料があるが、秀吉側近の大村由己〔織豊時代の軍記作者〕の次の手紙が、その間の事情を最もよく示しているであろう。

「…今度、伴天連ら、能時分と思い候て、種々様々の宝物を山と積み、いよいよ一宗繁昌の計賂をめぐらし、すでに後戸(五島)、平戸、長崎などにて、南蛮航付きごとに完備して、その国の国主を傾け、諸宗をわが邪法に引き入れ、それのみならず、日本仁(人)を数百、男女によらず、黒船へ員い取り、手足に鉄の鎖をつけ、舟底へ追入れ、地獄の呵責にもすぐれ、そのうえ牛馬を買い取り、生ながら皮を剥ぎ、坊主も弟子も手づから食し、親子兄弟も礼儀なく、ただ今世より畜生道のあリさま、目前のように相聞え候。見るを見まねに、その近所の日本仁(人)いずれもその姿を学び、子を売り、親を売り、妻女げどうを売り候由、つくづく聞こしめされ、右の一宗御許容あらば、たちまち日本、外道の法になるべきこと、案の中に候。然れば仏法も王法も捨て去るべきことを歎きおぼしめされ、添なくも大慈大悲の御思慮をめぐらされ候て、すでに伴天連の坊主、本朝追払の由、仰せ出され候……」

前述のようにキリシタン側にも、なぜ秀吉が急に態度を一変してキリシタン禁止に出たか、その理由を揣摩臆測した文書があるが、不思議なほど、奴隷問題がその大きな理由の一つであると記したものがない。否、少なくとも私は見たことがない。確かに、商人たちの日本人購入やその虐待、さらに水夫らの少女の購入とその玩弄等が、異教徒をあきれさせているといったキリシタン側の文書はある。しかし、日本の同胞が牛馬の如くインド等に輸出されていることが、いたく日本人のプライドをきずつけたとは思っていない。

秀吉の詰問状から十年もこれを放置していたことは、これを、大村由己の手紙に見られるほどには、すなわち日本人ほどには重要視していなかったことを示している。ヨーロッパはまだ、異教徒や有色人種を奴隷とすることを悪と考えてはおらず、この点ではイエズス会宣教師も例外ではなかったということであろう。もっとも、前記の「奴隷購買者破門令」を世界最初の奴隷禁止令として高く評価する人もいる。確かに一五九六年は、リンカーンの奴隷禁止令の二百七十年前である。 (P414−P420)


(私のコメント)
NHKの大河ドラマの「功名が辻」は毎週見ているのですが、ドラマ自体が戦国時代を舞台にしたホームドラマであり、時代背景などの描き方は断片的であり、もっぱら人間模様の描写にばかり重点がいっている。だから以前にも秀吉のバテレン追放令も、日本人を奴隷として売り飛ばしたという事が原因で出された事はふれないだろうと書きましたが、やはりそうだった。

しかしドラマではキリシタンが多く登場するし、とくに長谷川京子が演ずるガラシャ夫人は悲劇のヒロインとして重要な役を演じているくらいだから、当時のキリスト教の実情は忠実に描かないと、秀吉が何故バテレン追放令を出したのかが分からなくなる。大河ドラマでは一方的に秀吉によって排斥されるように描かれている。

このように感じたのは私だけではなく、ブログなどでの感想などを見ると、歴史に詳しい人が同じような指摘をしている。キリスト教や女性信者達をなぜあのように美しく描く必要があるのか? NHKは特別にキリスト教の普及に一役買おうとしているのか分かりませんが、テレビの大河ドラマや司馬遼太郎の小説などはあくまでもドラマであり単なる小説であり、歴史には忠実ではない。

歴史上の出来事についての解釈は様々に出来るし、研究が進むにつれて評価も違ってくる。秀吉や家康のキリシタン追放令に対する評価も様々ですが、もしキリシタン禁令を出していなかったならば日本は再び分裂して宗教戦争が起きていた可能性がある。実際上でもスペインはフィリピンを拠点にして次は日本を狙っていたが、秀吉に見破られて断念したようだ。

秀吉による二度の朝鮮出征もフィリピンのスペイン勢力への牽制であり、もしスペインの無敵艦隊が攻めてきたら迎え撃つぞという牽制説も最近出てきた。明治における日清日露戦争も欧米列強に対する牽制であり、戦国末期と明治の時代背景はよく似ていた。それくらい日本は欧米列強の侵略を恐れていたのですが、このような歴史の見方も出来るのである。

山本七平氏の「日本人とは何か」と言う本にもキリシタン禁令について書かれていましたが、やはり神社仏閣の破壊や日本人を奴隷として売り飛ばした事などが原因だとしている。山本七平氏もキリスト教信者でもあるのですが、だからこそ言えるのかも知れない。しかし学校の歴史教育や歴史ドラマや歴史小説などでは、スペインやポルトガルが日本人をインドなどに奴隷として売り飛ばしていた事はほとんどふれない。

日本が欧米列強の植民地にならなかった原因としては、対抗できるだけの軍事力があったからですが、決して憲法九条のような平和主義だったから侵略されなかったという事ではない。欧米列強の侵略の仕方は、まずその国の王様や権力者をキリスト教徒に改宗させて神経中枢を麻痺させて、その後で武力侵略で植民地にしてしまうやり方ですが、徳川幕府は鎖国する事でその事を防いだ。

それに比べると現代はあまりにも無警戒であり、日本にはまず憲法九条により軍事力が無く、信教の自由の保障により天皇家にもキリスト教の影響が強まって宮中祭祀にも影響がでてきている。政治家もキリスト教徒の総理大臣も何人も現れてきていますが、一般国民のキリスト教徒は1%にも満たない。しかし、このままの状態が続けば日本はキリスト教化されて公用語も英語にされるのだろうか?

「功名が辻」のような大河ドラマを見るにつけ、キリスト教がやけに美化されて描かれて、キリスト教の暗黒面は決して描かれない。しかし国民の方が歴史に詳しくなり、時代考証もいいかげんなドラマを作り続けていると、国民のテレビ離れはますます進むだろう。NHKの大河ドラマとしては司馬遼太郎の「坂の上の雲」を計画しているようですが、これも史実とはかけ離れたドラマになるのだろう。中国や韓国が絡んでいるからだ。

NHKなどのテレビ局は、テレビドラマなどを通じて政治的メッセージを伝えようとしているのでしょうが、時代考証がデタラメだと逆効果になりかねない。先日もNHKは日中戦争のドキュメンタリーを放送していましたが、ブログなどで叩かれていました。日頃からあまりにもデタラメな歴史ドラマを放送しているから信用を失ってしまうのだ。





ライターの一般的な相場は400字5千円の安い原稿料で搾取され、
書かれたものを売っている講談社の社員は27歳で1,200万円を貰う


2006年8月24日 木曜日

27才1,200万円! 国民の働く意欲削ぐ講談社の異常賃金 7月13日 マイニュースジャパン

トヨタやソニーの40代上級管理職クラスの年収を20代のペーペー社員に一律で支払う大手出版社。その原資を、ライターや消費者から搾取していることも問題だが、真面目に働こうと考える国民の間にモラルハザードをおこす大問題だ。格差が議論される昨今、この規制業種における下請業者との2層構造の甚大な格差問題は、議論もされていない。

民放テレビ局と並ぶおかしな年収
 右記は、講談社が発行する女性誌『FRAU』編集部の、28歳女性社員の給与明細だ。76万円超と、20代の給与としては破格である(給与は年齢と所属部署で決まるが、社内ではもっと高い部署がいくつもある)。

ジャーナリズムにタブーがあってはならない。従って「おカネのことに触れないのが美徳」のような悪しき感性は弊社はゼロなので掲載する。我々は労働者の賃金問題を、事実に基づき、正面から報道する。この点でブレはない。

 右記の「源泉徴収票」と「特別区民税・都民税 特別徴収税額の通知書」によれば、2004年の給与収入は約1,200万円だ。入社5年目、27歳の年収としては、テレビ局と肩を並べる高水準である。給与約75万円×12ヶ月+ボーナス年約300万円。

給与の特徴は、時間に関係なく支給される「裁量手当」の多さにある。20代のうちは基本給よりも裁量手当のほうが高いのが特徴だ。

 裁量手当は、部署ごとに一律で決められた編集手当と年齢給とで構成され、編集手当の額(右記参照)は、刊行形態と読者対象別で決定されている。

 「FRIDAY編集部」「週刊現代編集部」「東京一週間編集部」が最も高く設定されており、児童向け雑誌などより年間140万円ほど高い。つまり所属部署主義で、成果主義ではない。ほとんどすべての編集部で、入社2年目の社員が1,000万円を超える。

 ボーナスも、ほとんどが一律支給分で、成果主義ではない。年齢が上がれば自動的に上がる。右記のように、通常のボーナスの他に「別途金」としてウラボーナスも支払われるので、入社5年目でボーナスが約300万円にもなる。

 私が新聞記者をやっていた27歳の頃、年収は750万円程度だった。新聞社も講談社と同様、所属する部署やグループによってみなし残業手当が異なるが、20代の新聞記者はほとんど地方支局にいるため、東京の中核部署と比べ低めに抑えられている。だから、そんなものである。これは朝日、読売、日経の大手3社で大差ない。

 ほとんどの新聞社は、労基法を完全に無視して休みをとらせないので、実際の労働実態を考えると、20代のうちは時給にすれば、それほどおかしな水準ではない。しかし同じ27歳で1,200万円となると、何と6割も高い。誰がどう考えても、絶対的におかしい。

規制が生み出す業界間の理不尽な格差
 問題の第一は、これが国の規制によって支えられている点にある。再販規制があるために、書店は定価販売を義務付けられ、バカ高い価格で売ることが許されている。たとえば内閣府の内外価格差調査によると、東京の雑誌価格は、再販規制がないニューヨークの1.85倍だった(調査は2001年、その後は調査自体がリストラされ行われなくなった)。

 たとえば週刊誌『ニューズウィーク』を1年間購読する場合で比べると、米国では「最安値保証価格」で年20ドル(1冊45円ほど)なのに対し、日本では年16,000円(1冊320円)と、なんと7倍以上もする。日本の読者はいいカモだ。いかに競争に守られ、消費者が搾取されているのかが、よく分かる。(なお日本のニューズウィークは阪急電鉄の100%子会社が経営している関係で、給与水準は例外的に低い)

 再販規制があると、全体が底上げされるために、弱小出版社でも何とか利益を確保して経営していける一方、大手出版社はモロに恩恵を受け、ボロ儲けすることができる。予め利益を見込んで販売価格を決められるのだから、当然、儲かり易い。希望小売価格ではなく、指定小売価格だ。

 しかも書籍の場合、最も創造力が求められる肝心の著者には、印税10%という激安な慣習まである。もちろん、社員にバカ高い給与を定年まで支払い続けるために、である。経営体力が異なる弱小出版社と大手出版社が、同じ印税率なのは、本来おかしい。

 普通の業界では、電機メーカーなど、ほとんど利益が出ないくらいに末端の価格競争が激しい。ヨドバシカメラやヤマダ電機、コジマといった小売店が最安値保証をして値引くため、メーカーも小売に対して安い価格で卸さないと、競争に勝ち残れない。世界をリードする薄型テレビでも、「トップ2社しかまともに利益が出ない」などと言われている。

 日本のエレクトロニクス製品の売り場は、間違いなく世界一だ。「この価格で、この性能のものが買えてしまうの?」と驚くばかりである。その裏には、大手メーカーのカラ雑巾を絞るようなコスト削減努力、成果主義による人件費削減の努力がある。だから、ソニーやキヤノンの開発者が27歳で1,000万円以上貰っていたとしても、誰も文句は言わないだろう。

 一方、定価販売で価格競争がない日本の出版業界は、左うちわである。単に規模が大きいというだけで、規制の恩恵をまともに受けて、ボロ儲けできる。

 再販規制を維持する根拠として、「言論の多様性や知る権利を守る」といったことが言われるが、これらはインターネットの出現により、ブログ等で十分に守れる時代に間違いなくなったのであって、全く規制の根拠はなくなった。いまや、単なる出版業界の既得権に過ぎない。価格競争があったほうが安くて高品質なものが生まれることは、秋葉原の小売店を回れば、一目瞭然である。

 2004年に成果主義が導入されたソニーでは、実際の27歳開発者は、ほぼ全員が「グレード2」で年収600〜650万円程度で働いている。30歳で700万円前後が平均。キヤノンでも、入社4年目に、半分しか受からないと言われる厳しい試験を通って「G2」に昇格できても、約700万円だ。27歳の年収とはそんなものであり、これらは事実だ。

 それでも両社は、トップ企業として業界内では高いほうなのに、実に、講談社のおよそ半額である。この報酬差は、望ましいものだろうか?合理的なものだろうか?世論調査でもしてみますか?

◇モラルハザードが起きる
 この状態を放置すると、どうなるか。確実にモラルハザードが起きるだろう。世界に通用する仕事をしているプロを目指すより、国内で規制に守られた中間業者を目指したほうが2倍儲かる、という理不尽がまかり通っているのだ。普通の人は、頑張る気力が失せる。

 現場社員を何百人も取材してきて感じるのは、こんなことがまかり通っていたら国力が落ちる、という危機感だ。

 ソニーで1,200万円貰うのは30代では難しい。40代で課長として実績を重ね「VB(バリューバンド)5」に昇格して何とか、だ。トヨタで1,200万円貰うには、40代半ばで「室長」という上級管理職の役割をこなし「基幹職2等級」に昇格できて、やっと、だ。しかも「普通に努力している程度では一生なれない」(トヨタ社員)。全員一律で27歳で貰え、何のリスクもなく定年まで高給を維持する講談社が、いかにおかしいかが、よく分かる。

 リスクをとらない人、グローバル競争で戦えない人がおいしいめにあう社会。これでは国民は無気力になり、国力は衰退していく。「バカらしくて真面目に働いてられっかよ、俺たちは年金だって払った分を貰えない世代なんだ、若いうちに稼がないと、老後も安心できないんだよ!」。私なら確実にそう思う。

 国民の間でも、格差自体があることについては、容認する声が強い。しかしそれは「頑張った人が、成果に応じて報われるのは当然」という理由からであり、新卒で規制業種にもぐりこんだら一生、報われ続けるのがよい、という意味ではない。働く者が、納得感のある正当な報酬を得るようにすることは、国の経済力を維持する上で重要なのは言うまでもない。

 さらに、これまでの「企業ミシュラン」の取材で分かっていることは、人は実力以上のカネを手にすると勘違いし、倫理観が麻痺するということだ。これは民放キー局で性犯罪が多発したり、「社内不倫は知っているだけで8人いる」(フジテレビ若手社員)といった数々の証言から、ほぼ立証されている。実力ではなく「濡れ手で粟」で大金を持つと、性欲に走る人間が多いのだ。

◇無能な政治家、公取、労組、野間一族…
 こうした状況があるにもかかわらず、政治家や公取は、いったい何をやっているのか。規制によって生まれたバカ高い給与水準は、同様に規制によって管理し、各国との比較などから、適正水準を保つよう、常に監視し続けなければいけない。しかし、どんな圧力があったのか分からないが、内閣府による内外価格差調査まで封印されてしまった。今や行政は、海外のケースは公共料金くらいしか調査していない。

 勘違いな労組は、まだ安い、まだ上げろ、と世間知らずなことを平気で言う。人間の欲には際限がない。彼らのトンチンカンな賃上げ活動は報道されないので、ほうっておけばドンドン高くなる一方なのは、考えるまでもないことである。

 もちろん、講談社を支配する野間一族にも責任がある。自分勝手に、自社のことだけを考え、社会のモラルや国の競争力に関心がない姿勢は、トップ企業の経営者として三流、四流であり、プロではない世襲経営であるがゆえに見識がないボンボンがやっているのは仕方がないとしても、社会的責任から逃れられるものではない。

◇規制産業の賃金は公務員並みに規制せよ
 昨今の格差拡大問題を受け、政府は「同一価値労働、同一賃金」を目指して様々な対策を打ち出そうとしている。次期総理が確実視される安倍晋三官房長官は、再挑戦支援を政権公約に据えるそうだ。

 しかし、規制業種における2層構造問題にはまったく手がつかない。テレビ局は制作会社から搾取し、出版社はライターから搾取する。どの業界でも下請け企業との2層構造はあるが、その報酬格差が2〜3倍と圧倒的に大きく、流動性がないのが問題だ。

 しかも、元請か下請か、どちらの身分になるかは、ほとんどの場合、22〜23歳の時に新卒で入社できたか否かで決まり、再チャレンジのチャンスは事実上、閉ざされる。新卒で入れば、強固な労組に守られ、定年まで安泰、という理不尽さだ。

 政府の「再チャレンジ推進会議」(安倍議長)で、安倍氏はこう力説したと報じられている。

 「勝ち組、負け組を階級化しない社会をつくっていくことが大切だ」。

 しかし出てくる策は国家公務員で30代の中途採用枠を新設するといった小粒なものばかりで、大枠は何ら変わらない。入社した時点で一生「勝ち組」に固定化されてしまう大手出版社の社員は、「再チャレンジ推進社会」において、最も改革が必要な存在だ。

 講談社では17:30に終業のチャイムが鳴るが、毎日、たいした仕事もせず、チャイムと同時に帰宅する中高年社員もいるという。それでも年功序列賃金なので、2,000万円近く貰っている。こういう話を聞くと、真面目に働くのがバカらしくなる。

 もし本当に勝ち組を固定化せず再チャレンジ可能な社会にするなら、出版社やテレビ局のような既得権者は、一番最初に権利を剥奪されるか、厳重に管理されなければならない。具体策としては、まず規制産業の賃金は公務員並みに規制する。規制撤廃された時点で自由化する。規制には規制、自由には自由。これは、ごく当たり前かつ合理的な施策である。

 22〜23歳で勝負がついてしまう社会。安倍さん、それでいいのですか?

◇リーダー的な「物書き」の役割
 上記で述べてきたように、最大の問題は、政府の規制政策とそれにあぐらをかいて公共意識ゼロの出版社側にある。しかし、それだけではない。第2の問題は、そういった環境においても、できることをしてこなかった搾取される側にもある。

 もっとも幅広く搾取されているのは、消費者であるが、広く薄い搾取であるために気づいていない。テレビでいえば、広告料金は製品価格に上乗せされているし、出版でいえば、先のニューズウィークの例で明らかなように必要以上に高い料金を払わされている。

 一方、狭く深く搾取されているのが、出版社の下請けにあたる「もの書き」(ジャーナリスト、ライター)陣で、こちらのほうが深刻である。

 ほとんどのライターが、この問題を真面目に論じてこなかったために、いいように利用され、搾取されてきた。本来の取り分を獲得しているとは到底、考えられない。テレビ局の若手お笑い芸人が、タダ同然の安い報酬で使い捨てられる一方で、テレビ局の若手社員が1,200万円を安定して得ている構図と同じだ。若手芸人がいなければ成り立たない番組も多数あるにも関わらず、である。

 なぜそうなるのかというと、講談社の労組は、スト権を振りかざして、バカ高い給与をさらに上げるべく、経営側と団体交渉をし続けるが、ライターは雑誌の原稿料や本の印税10%を上げるべく団体交渉をしないからだ。しかも、印税の問題をタブーにして情報を出したがらない。これは出版社側にとって本当に都合がよい。ライター側は、意識的に、積極的に、情報を共有し、原稿料や取材経費を獲得する行動に励まねば改善されない。MyNewsJapanでは現在、そのためのインフラを企画中だ。

 立花隆や佐野眞一などは、賃金について興味がないのは分かるが、彼らのような交渉力の高い(他に代替が効かない)リーダー的なジャーナリストが、本来は積極的に情報を公開し、「自分はこれだけの条件で書いている、みんなもオレを目指せ」と先導し、相場観を形成していくべきなのである。

 ライターが、一般的な相場といわれる400字5千円で書いたとして、年収1,200万円になるには、400字詰めで年間2400枚も書かねばならない。だいたい、単行本6冊分くらいにはなる量だ。これは不可能である。しかし、そうやって書かれたものを売っている講談社の社員は27歳で1,200万円を貰う。しかも社員は一歩、会社の外に出れば、年収が3分の1になるという程度の市場価値しかない。この理不尽な問題を指摘できずに、何がジャーナリストだ、と思う。



(私のコメント)
ライターの一般的な相場は原稿用紙一枚5000円だそうですが、株式日記では毎日原稿用紙10枚から20枚の量を書いているのですが、まったくの無料奉仕だ。もし有料であるならば、ライターの相場からして毎日5万円から10万円の収入があってしかるべきだ。だとするならば、株式日記の毎日の読者数は5000人から10000人だから、一回見るたびに10円の料金ならば5万円から10万円の収入になる。

それだけの仕事を只でしているのだから、プロのライターの人にとっては営業妨害になるのですが、有料ウエブサイトが一般的になるならばプロのライターたちもネットになだれ込んでくるだろう。そうなればライターと読者と直接結ばれる事になり、出版社や書店などは要らなくなり、売上げ=収入になり、安い原稿料で出版社に搾取される事はなくなるだろう。

国の規制で守られているのは出版のみならず、新聞も再販制度や専売店制度などに守られ、テレビも放送免許などで守られている。その結果、出版社や新聞社やテレビ局が保護されて社員は20代で1000万円を越す高給取りとなり、ライターやテレビタレントは安いギャラでこき使われる事になる。ところがネットの登場は規制に守られたメディアにとっては存在を脅かされる事になるだろう。

ライターや作家にとって本が出せるかどうかは出版社が権限を持っているから強いことはいえない。テレビタレントなどもテレビに出られるかどうかはテレビ局側で決められるから、吉本興業のように安いギャラでタレントをこき使って、儲かるのはテレビ局と芸能プロダクションなのだ。そのような強い権限があるのも規制で守られた産業だからだ。

ところがネットの登場は、メディアの中抜き現象をもたらすだろう。既に若い読者にとってはニュースなどはネットの方がメインになりつつある。書籍などもネット販売が増えて書店販売は少なくなってきた。書籍取次店も東販や日販の問屋制度もネット販売業者が増えていらなくなるだろう。テレビ局も個人がネットで同じ事が出来るようになってきたから、テレビ映像メディアも将来は製作する側と視聴者と直接結ばれる関係になるだろう。

ただしこのようなことは一気になるのではなく試行錯誤が繰り返されて完成されてゆく。一番進んでいるニュースメディアは通信社や新聞社などのウェブサイトが主体ですが、それがポータルサイトに流されて読者に読まれるようになっている。欧米では個人のブロガーが直接ニュースを取材して自分のブログに書く事が増えてきていますが、日本ではまだそのような行動的な人は少ない。

小説家なども今までは出版社が取り上げてくれなければ本も出せない状態でしたが、自分のサイトに小説を発表する事もできるし、出版社の新人コンテストに参加しなくとも実力をアピールする場が出来た事でプロの作家になれるチャンスも開けてきた。あるいは自費出版してネットで販売する方法もあるから、いきなりプロデビューも夢ではない。

昨日のニュースでアメリカのタワーレコードが倒産したというニュースがありましたが、音楽販売もネット革命でダウンロード販売が主流になり、CDによる販売が減った事が原因ですが、日本もレコード会社やレコード店が同じ運命をたどるだろう。ビデオクリップなどもダウンロードできるから、テレビ局のテレビドラマなどもダウンロードして見る事が主流になるだろう。

テレビなどを見ていると「女子アナからデジアナへ」と盛んに宣伝していますが、テレビ局は無駄な努力をしているとしか思えない。地上デジタル放送もBSデジタル放送も従来のアナログ放送をデジタル放送に変えただけで、既存の放送体制は変わらないつもりのようですが、今進んでいる革命とは多チャンネル化であり光ファイバーを使ったブロードバンド放送なのだ。

電波放送もデジタル化で多チャンネル化が出来るようになった。将来は数百チャンネルのテレビ放送になるだろうし、電波でなくとも光ファイバー放送ならネットを通じて誰もがテレビ局を開設できる。だから放送業界も中抜き現象が起きると思うのですが、既成のテレビ局も出版社も新聞社も国の規制に保護されて社員達は1000万円以上もの高給をもらいながらその体制を維持しようとしている。

このような状況で国は何をしているかと言うと「言論の多様性や知る権利を守る」と称して既成の出版社や新聞社やテレビ局を守っている。しかし国がなすべき事は技術革新の推進と流通革命に対する法的な整備であり、著作権についても改正しなければ、死蔵されている莫大なテレビ作品は再放送すらすることが出来ない。

放送形態もまったく変わってサーバー型放送に切り替わって、視聴者は見たいときに見たいものを選択して見ることになるだろう。だから垂れ流しの電波放送はデジタルであっても廃れてゆく事になる。株式日記でもYoutubeの動画サイトを何度か紹介しましたが、そこにはニュースから音楽からテレビドラマまでアップされている。

もちろんこのようなことは今の著作権法では違反なのですが、取り締まろうにも取り締まりきれなくなってきている。だからこそ時代にあった著作権を改正していくべきなのです。テレビドラマもテレビの音楽も初期の頃は使い捨てであり、再放送は録画機器も発達していなかったから出来なかった。ところが最近では何度も再放送されることが普通になったが、昔作られた作品は著作権法が邪魔をして使うことが出来ない。

新聞や書籍などもネットで再利用するには著作権が障害になって自由に利用する事ができない。このほうがよほど「言論の多様性や知る権利を守る」事になると思うのですが、ビジネスモデルが確立していないから決めようにも決められない。しかし何十年も昔に作られた著作権をネットに適用するのは無理がある。むしろネット利用を前提とした著作権に変えるべきなのだ。

現在のところ出版社や新聞社や放送局が規制に守られて利益を独占しているのですが、技術革新が中抜き現象を起こして、製作者とユーザーとの作品の売買が可能になり、それは製作者とユーザーの利益になるだろう。だから既成のメディアは何時までも1000万円以上もの収入が得られると思っていたら時代に取り残される事になるだろう。




小和田恒氏はユダヤ金融資本の属国である日本の米英系外交官
として、ユダヤ金融資本の命令に逆らうことは出来ません。


2006年8月23日 水曜日

欧州のユダヤ系王族男子による名誉革命型の皇室乗っ取りの危険はないか? 国際情勢の分析と予測

一介の外交官に過ぎない小和田恒氏にそれほどの権力や、陰謀を実行する力があるかどうか疑問です。

私は「愛子女帝」を諦めていないのは、小和田恒氏ではなく、ユダヤ金融資本=イルミナティだと思います。ユダヤ金融資本出身者(具体的には、欧州の王族男子)を愛子女帝の夫にして、日本の皇室を乗っ取ってしまうのが目的ではないかと思います。

名誉革命では、1688年にイングランド王ジェームズ二世の反対派に招請されてオランダの統領であるオレンジ公ウィリアムが妻メアリー(ジェームズ二世の娘)と共に英国に出兵、ジェームズ二世の亡命後にウィリアム三世とメアリー二世が共同統治者になっています。ウィリアム三世はオランダの統領を兼任していました。当時ユダヤ商人の本拠地であったオランダの首長が英国王を兼ね、王室を乗っ取った訳です。同じ事が日本の皇室でも起きることが危惧されます。

ユダヤ金融資本が日本の皇室を乗っ取る目的は簡単です。彼らは世界中で金のために戦争や革命を次々に起こしており、欧米やイスラム世界では反ユダヤ感情が高まっています。近い将来にユダヤ人が迫害される危険があり、安全な国に脱出したいのでしょう。キリスト教徒もイスラム教徒もほとんどおらず異教徒に寛容な先進国の大国は日本しかありません。また、英国と同様にユーラシア大陸から離れており安全保障面でもメリットがあります。

小和田恒氏はユダヤ金融資本の属国である日本の米英系外交官として、ユダヤ金融資本の命令に逆らうことは出来ません。また、明治維新の時期から皇太子の英国留学時代まで、英国の支配階層であるユダヤ金融資本は日本の皇室に深く食い込んで秘密を知り尽くしており、脅迫されたら日本は拒否することはできないでしょう。小和田雅子氏を皇太子妃にすることは、ユダヤ金融資本の命令であったのだと思います。そして、女児を生ませた後にその婿に欧州の王族(当然ながらユダヤ人)を送り込む予定だったのでしょう。

皇太子夫妻にはなかなか子供が産まれなかったことが幸いして、愛子内親王はまだ幼稚園児です。結婚は20年は先、婚約もどんなに急いでも10年は先でしょう。それまでユダヤ金融資本の世界支配が持つかどうかは微妙です。逆に、もし結婚(1993年6月9日)翌年に愛子内親王が生まれていたら、今頃愛子内親王は12才、3-4年以内にユダヤ系の欧州の王族(例えば、聖書に予言された反キリスト?の人とか)と婚約という日本亡国のシナリオもあり得たと思います。皇太子夫妻になかなか子供が産まれなかったのは、不妊症が原因ではなく、名誉革命型の皇室乗っ取りの可能性をなくすためわざと子供を作らなかった可能性も考えられると思います。

今年の夏は秋篠宮の長女の真子内親王(14才)が8月前半に単身オーストリアでホームステイして16日に帰国、そして17日に皇太子の長女の愛子内親王が両親と共にオランダに渡航しています。私は、イルミナティから彼女たちが欧州に呼び出されたのではないかと想像しています。その目的は、欧州王族の婿取りの準備と人選です。ウィーンでは、欧州の王族との交流と言う明目で事実上のお見合いが行われた可能性も完全には否定できないでしょう。また、真子内親王と入れ替わりに愛子内親王が欧州を訪問するのは、愛子内親王の欧州訪問を確実にするために真子内親王が人質になったという見方もあり得るでしょう。

「冨田メモ」で「皇室の政治的利用」が非難されている間に、はるかに恐ろしい「皇室の政治的利用」の危機が進行しているのかもしれません。この余りに壮大な陰謀論に「妄想だ」と笑い飛ばす人もいるかもしれませんが、ユダヤ金融資本の忠実な召使いとして郵政民営化や米国産牛肉輸入を着実に実行してきた小泉首相のもとで「女帝論」を容認するかのような議論が行われてきたことは決して偶然とは言えないと思うのです。ユダヤ金融資本はそれぐらい追いつめられています。テキサス出身のブッシュ大統領一族だけでなく、皇太子・小泉首相・聖書に予言された反キリスト?の人はテキサスとは別の大陸に住んでいるのに何故か皆テキサス大学のスポーツチームの大ファンの様ですから、話もあうかもしれません。ますます気がかりです。

私としては、この「欧州のユダヤ系王族男子による名誉革命型の皇室乗っ取り」が単なる陰謀マニアの杞憂であることを祈る次第です。



新東宮大夫に野村氏の真相 2006年4月4日 KNN TODAY

【共同通信より】「雅子に対する人格否定発言があった」との皇太子(徳仁親王)殿下のご発言に右往左往した林田東宮大夫は6日で退任。代わって、4日には駐ロシア大使を退官させて野村一成氏を新大夫にあてる事が、今日の閣議で決まった。

 雅子妃殿下にとって、旧文部省出身の林田氏より野村氏の方が使えそうだ。というのも、野村氏は小和田家との親交があり、雅子妃殿下が所属していた外務省のエリート。過去には駐ドイツ大使まで務めており、駐ロシア大使で終わるというのは、年齢(65歳)的に言っても典型的出世街道を満了させている。そこへ飛び込んだ東宮職のトップというのは、またとない役職と言えよう。

 まさに、大鳳会(おおとりかい)絡みで創価学会と癒着してきた小和田家には、願ったり叶ったりの人事である。

 大鳳会と言えば、ご存知の通り外務省内50名前後の創価学会組織である。池田大作を大臣級扱いで海外に送り出す手配を担当し、対韓・対朝・対中の日本外交を歪めてきた張本人的組織と言っても過言ではない。

 心苦しいが、雅子妃殿下の父である小和田恒氏こそ、機密費流用と上記の成太作(池田大作の本名で朝鮮系)優遇工作に関わり、土下座外交を主張する旧日本社会党の李高順(土井たか子の本名で朝鮮系)を後押ししてしまったその人である。だからこその、その他諸々を含めた人格否定発言(東宮否定措置)だったのだが……。

 あまりに心苦しく、天皇陛下にも皇后陛下にも、徳仁親王殿下にも、実は大いなる危機感をもって対処したがゆえに東宮との関係を疎遠にされた文仁親王殿下にも申し訳なく、これ以上は書けない。


(私のコメント)
天皇をはじめとする皇室関係者の記事は背景が複雑でなかなか書きにくいのですが、富田メモなどで見られるように宮内庁周辺の天下り役人の不審な行動が目立ちます。とくに外務省官僚OBの小和田恒氏は娘を皇太子の后とすることに成功して、皇室に絶大な影響力を持つことに成功した。

今回の皇太子一家のオランダ静養も小和田氏の力を見せ付けるものであり、オランダ王室の力を借りて「愛子天皇」の実現をはたすつもりだ。たとえ秋篠宮妃の紀子さまが男の子を生んだとしても、皇室典範を改正してしまえば「愛子天皇」の実現の可能性がある。これは小和田氏がどうのこうのと言うよりもイルミナティからの命令には小和田氏は逆らう事はできない。

これは日本の皇室にヨーロッパの王室が関係を持とうという動きなのでしょうが、愛子様や眞子さまのヨーロッパの王室の誰かに嫁入りする為の下準備ではないだろうか? 戦前も朝鮮の王室や清朝の王室に嫁入りした皇族がおられましたが、このような動きがあっても不思議ではない。

このように日本の皇室とヨーロッパの王室との血縁関係が出来れば、イルミナティにとっても日本皇室を乗っ取る絶好のチャンスが来る。遠い将来には金髪青い目の天皇皇后両陛下が生まれるかもしれない。日本の若い人たちが金髪に染めたり青いコンタクトをしているのを見ると、そうなっても心理的な抵抗は無いかもしれない。

日本の天皇制は2600年以上の歴史と伝統から出来ているものだから、そう簡単に無くせるものではなく、戦国から徳川幕府が出来てからも天皇家は存続した。織田信長は末期に天皇家に成り代わろうとしたらしいが明智光秀に打たれて死んだ。それ以降は天皇家の威光を借りて統治した方がやりやすいから天皇家が存続してきたのであり、小泉内閣で皇室典範を改正して歴史と伝統を無くさせようと企んだ。

いずれにしても皇太子の後の世継ぎ問題であり小泉首相がなぜあれほど改正を急いだのか? 「国際情勢の分析と予測」ではユダヤ金融資本=イルミナティからの指令によるものとしているが、その中継ぎ役が小和田恒氏なのだろう。それに対して天皇や他の皇室が抵抗を示して皇位継承を巡って大問題になった。

それに対して国民は女系天皇と男系の女性天皇との区別もつかず、小泉首相すら間違った解釈をしているくらいなのに、日本のマスコミは十分な報道をせず、女性の天皇に是か非かのアンケートをとり毎週のように発表した。つまりは日本のマスコミもユダヤ金融資本の手先なのであり、皇室の乗っ取り工作なのだ。

ネットなどを見ても金融関係者のブログなどを見るとユダヤ金融資本に対する弁護が目立つような気がする。郵政の民営化についても、郵貯の350兆円を乗っ取るためのものだというと、感情的になって反論してきた。そして彼らも皇室典範改正には賛成な人が多いようだ。左翼も皇室の廃止の観点から改正に賛成であり、まさに日本の危機は避けられないものと見られましたが、紀子様の御懐妊で改正のごり押しは止んだが、またいずれ改正の動きが起きるだろう。

このようにイルミナティの日本侵略の魔の手は皇室にも伸びてきているのですが、日本国内に内部協力者がいる限り、このような陰謀は防ぎきれない。日本には情報機関がないし、スパイ防止法も無いから海外勢力と手を組んでも、たとえ捕まっても軽犯罪で済んでしまう。今のとことはネットなどで陰謀の実態を暴いていくしかないのですが、ネットの中にもユダヤ金融資本=イルミナティの手先がいるから惑わされないようにしましょう。




西洋文明は根元的に他民族、他地域に寄生する習癖を持つものであり
金融と情報による新植民地体制が現れてくるのは理の当然なのである


2006年8月22日 火曜日

壊される日本 馬野周二(著)

◆日本開国の遠謀

  それでは彼らは日本に対して、いったいどういう手を用いたか。

  幕末をフリーメーソンの光に照らしてみると、当時の事情が鮮明に浮かび上がってくる。ペリーの来航前、フリーメーソンは彼らの占領していた上海で日本征服の会議を開いたと伝えられている。その時期や場所、内容は現在のところわかっていない。おそらくその当時長崎の出島に橋頭堡を持っていたオランダのフリーメーソンが主導権をとって、日本征服の計画を練ったものと思われる。

  当時の清国に対してとった武力侵攻政策を日本に適用することは否決されたと言われている。それは、日本を武力で侵攻することに成功の保証がなかったからである。

 日本は侍(さむらい)の国であって、ペリーの来航66年も前の1786年に、林小平が『海国兵談』などで外国の攻撃の危険を説いていた。その後、多くの人が外国からの攻撃の危険を論じ、幕府はじめ各藩は海防を厳にしていた事情がある。

  アヘン戦争が1840年であるから、いかに林小平が先覚の士であったかがわかる。 日本侵入に関するフリーメーソン上海会議は、アヘン戦争以後数年以内に行なわれたものであろう。日本侵入の第一着手として、アメリカの東洋艦隊による日本強制開国が決定されたものと思われる。

  では、なぜイギリスではなくてアメリカだったのかという問題であるが、イギリスに対しては、アヘン戦争における清国での行状から、日本人は極端な悪感情を抱いており、またオランダは長年にわたって長崎・出島に住みつき、幕府に対しては極めて恭順の体裁をとっていたので、いずれも日本に開国を迫る当事者としては不適当であった。

  そこで、フリーメーソン国家アメリカが呼び出され、その任を授けられたのがペリーであったのだろう。

  極めて興味深いのは、ペリーに対するアメリカ大統領の訓令の中に、「決して武力を行使してはならない」ことが記されていたことである。つまり、日本の武士たちの対面を大砲によって破ることは、その後に計り知れない悪影響を及ぼすことを、彼らは悟っていたのである。

  アメリカ海軍のペリー提督は、日本開国について十分知識を集めて研究をして来たものであり、衰弱した幕府官僚は一方的に条件を呑まされるしかなかったのである。

内乱を起こして植民地にせよ

  このとき、フリーメーソンはどういうプロセスを経て日本を手に入れようとしたのか。それは当時の事情から分析することができる。つまり、彼らの常套手段――対抗勢力を操って内乱を起こさせる――を使ったのである。

  幕府に入ったのがフランス・フリーメーソンで、フランスから相当規模の使節団を入れて借款を申し入れている。つまり薩長土肥の倒幕派に対して幕府が十分戦闘できるだけの軍資金と兵器・弾薬の提供を申し出たのである。

  一方、薩長側にはイギリス・フリーメーソンがついており、長崎に駐在していた武器商人のトーマス・グラバーを通じて相当の便宜供与を行なった。

  こうして日本を内乱状態に陥れ、そのどさくさに紛れて日本の植民地化を図ったのである。

  この時、日本に2人の英雄が現れた。一人は官軍の参謀総長である西郷吉之助(隆盛)、もう一人は幕府軍の参謀総長・勝海舟であった。西郷と勝が小人物で、英仏フリーメーソンの影響を受け、金で買われていたならば、とんでもない大戦争になり、江戸は焼け野原になって、今日までも大きな禍根を残しただろう。

  このような事情から、フリーメーソンはその後も日本への侵入と日本国家のコントロールをきわめて長期の計画で辛抱強く進めてきた。その後の日本の政財界の西洋一辺倒の風潮に乗って、彼らがその本心を隠して日本の著名な人士、勢力を持つ人物にそれとなく浸透していったことは間違いない。

  当時の元老・西園寺公望などは、10年間もパリに滞在したのち帰国しているが、彼は公家出身者で公爵でありながら、完全に、しかし隠微にメーソン的思想のもとに行動した人物である。フリーメーソンは現在の日本の政財界にも深く浸透していると考えて間違いはないだろう。

◆獅子身中の虫

  日本を日米戦争に導く構想が指導したのは1921年のワシントン軍縮会議である。

  それ以来、日英同盟の廃棄、中国における排日思想の誘発、満州における張学良を使っての日本との紛争の惹起、満州事変への誘導などの手が打たれ、さらに中国共産党と連携して支那事変を起こさせ、蒋介石を指導援助して対日抗戦を継続させた。そして最終的には、石油禁輸によって日本を絶体絶命の窮地に陥れ、ハル・ノートで戦争に追い込んだのである。この間の情勢を冷静に検討してみると、日本の政治家、軍人の非常な愚かさがあるし、また彼らの計画の水も漏らさぬ周密さが際だっている。

  1921年から41年までの20年間の日米関係、日英関係を振り返ってみると、深い謀略が周到に張り巡らされていたことが明らかである。

  しかも極めて残念なことに、日本国民の中にこれらの謀略の手先を務め、決定的に日本を対米戦争に追い込んだ者たちが見受けられる。もっとも忠実な日本人であるべき陸軍軍人の中枢にさえも、きわめて少数ではあるがその筋の影響を受けて日本を戦争に追い込むのに加担したものがいたのだ。

◆占領政策の内実

  こうして日本はイギリス、アメリカ、そしてそれらの意のままに動かされた中国によって自在に操られ、ついに支那事変から日米戦争へと追い込まれる。これは米英を動かしてきた中心勢力の隠微なる働きによることは明白であるが、一方、長年にわたり国内に培われていたマルキシズム、共産思想、社会主義分子によっても大きく動かされてきたのである。

  戦後の日本は6年間の占領によって根本的に変えられてしまった。米国外交政策を指導するフリーメーソンにしてみれば、天皇制を廃し、自由民主主義の美名のもとに少数の資本家を中核とし、大多数の国民を従順なる羊の群れとして搾取するという構想を考えていたことであろう。

  皇室はその力を削がれ、大部分の皇族は一般人となり、華族制度は解消され、財産税の無差別な適用によって上は皇室から財閥、市井の金持ちにいたるまで、すべて一様に巨大な収奪を被ったのである。

  これは、要するに伝統的支配階級を滅ぼす政策であり、日本の歴史的伝統、精神的中核を骨抜きにする作業であった。これによって今日、まったく骨のない、歴史を忘れたわけのわからぬ日本人が無数に出てきたのである。


  日本の敗戦後の状況は、フリーメーソン、イルミナティが表面に現れないようにして日本を改変し、彼らの思う方向に誘導してきた結果である。これは半ば成功し、半ば失敗したと言うことができるであろう。

  彼らは結局天皇制を廃止することができなかったし、天皇に対する崇敬を根絶することもできなかった。しかも、彼らが手を加えて大いにその衰滅を図った日本神道は、今日でも各地の神社が盛大である。少なくとも彼らが完全な成功を収めたとは言いがたいようだ。彼らからしてみれば、日本は頑強に彼らの誘導する方向に抵抗したということができよう。


日本経済のフリーメーソン化

  明治から大正、大正から昭和、昭和から平成と、それぞれ大きな時代の変わり目であった。現在は平成5年であるが、この5年間に日本のフリーメーソン化は急激に進んでいる。

  日本の企業は大挙アメリカに出て行った。そして日本の金融機関はたいへん巨額の金を海外とくにアメリカに持ち出した。そしていわゆるバブル経済がピークに達し、その破裂が起こったのもこの時期である。

  1929年のニューヨーク株式大暴落は決して自然的経済現象ではなく、周到に根回しされ、引き起こされた人為的経済現象であるというのが、私の考えである。これと同じく、一昨年初めからの株式大暴落は、1つの劇つまり人為的なものであって、まさしく半世紀前にニューヨークの市場を操ったのと同一の手によるものであると思っている。

  当時ニューヨーク市場を動かしたのは、もとより米国人であったが、それよりはさらに大きいヨーロッパの勢力、おそらくはロスチャイルドやワーバーグの関係者がいたのである。つまり、当時のアメリカ金融界はなおヨーロッパのコントロール下にあった。それと同じように、敗戦以来の日本の経済、政治、あるいは社会は、ほとんど完全にアメリカの手によって操られているといって差し支えない。

恐るべき時代の開幕

  さて、現在の日本の企業・金融関係者に世界支配中枢の手が伸びていることは確実である。しかもその魔の手はすでに官僚や学者や宗教関係者にまで伸びて、深く入り込んでいる。もとよりマスコミ関係、評論家には戦前から深く食い込んでいると言ってよい。

  私がもっとも危惧しているのは、次代の日本を背負うべき児童や青少年を規制する教育関係者に、すでにこの影が入り込んでいるのではないかということだ。一般に考えられているよりもはるかに広範に、彼らの力が入っていることを恐れざるを得ない。

  もちろん、彼らの力はすでに政界に深く入っている。共産党、社会党(現社民党)はまさしくイルミナティの代弁者である。そして自民党もまた、中曽根首相以来、その中枢部はこの一派によって独占されてきたように思われる。つまり、彼らと同調する以外に主要な政治家としてのキャリアを持つことができなくなっているのではないか。

  今や日本が陥りつつある状況は、決して誇張ではなく恐るべきものである。本当に恐怖すべき状況にわれわれは突入しつつあるのだ。


(私のコメント)
「壊される日本」という本は1993年に発刊された本ですが、小泉内閣が行なったものを見れば、郵政の民営化などの民営化や、皇室典範改正による皇室の解体などフリーメイソンやイルミナティによる新たなる植民地化の推進であり、この本はそれを予言していた。私は馬野氏の本を何冊も読んでいたから小泉内閣がやろうとする事が手に取るようにわかった。

しかしテレビや新聞しか読まない多くの国民にとっては、フリーメイソンの手先である日本のマスコミは唯一の情報源であり、テレビのコメンテーターや評論家の言う事に流されてしまう。このような間違った情報に流されないためには独自の情報源を手に入れることですが、その環境が90年代とは大きく違ってきた。ネットが登場してきたからだ。

真野氏が指摘しているように6年間に及ぶアメリカの占領支配によって日本の歴史と伝統が壊されてしまった。しかし日本人はそのことにすら気がつかずに、小泉首相のように「アメリカによって日本は解放された」と言う総理まで出てきた。日本中を廃墟にしておきながら教育によって学校の先生がそう教しえてきたからだろう。

学校などではフリーメイソンとかイルミナティの存在は決して教えないし、学校では大学に至るまで記憶中心の教育であり考える教育を行なってきてはいない。だから日本のエリート達は多くの事は知ってはいるが、因果関係などを考える習慣はないから簡単に騙されてしまう。

しかしフリーメイソン自体は単なる親睦団体に過ぎない。だから末端の普通の会員にとっては正しく親睦団体だ。そして親睦団体を隠れ蓑にして情報交換をしている。そうでなければ参加する意味もないし、情報交換こそ陰謀の源でもある。実際に陰謀に加わるレベルの人物はほんの数人だし、国家のトップクラスの会員でなければ陰謀には加われない。

だからフリーメイソンを解散させたところで陰謀はなくならないし、陰謀を潰すためなら陰謀を暴露してしまえば意味はなくなるから、情報を公開してしまえばフリーメイソンは単なる親睦団体にすぎなくなる。しかし陰謀があったのか無かったのかを証明することは難しいし、本人が陰謀を認めることはほとんど無いだろう。

しかし歴史を遡って分析してみればフリーメイソンのような秘密結社の存在を置けば説明がつきやすいこともあり、誰がどのような目的でどのように行動したかの分析をして行けば、同じよな事が起きれば陰謀の存在はあったという可能性が高くなる。それに対して秘密結社も陰謀も無いと否定する人も沢山いるが、どちらが正しいとは証明する事は難しい。

株式日記は秘密組織も陰謀もあるという前提で、いろいろな推測や憶測を書いていますが、それが事実であるかどうかは証明はつかないし、証明がつかない以上、陰謀があるかないかを争う事は無意味だ。陰謀を信ずる人にはあると言えるし、信じない人にとっては陰謀は無いといえる。

真野氏は江戸末期まで遡って明治維新がフリーメイソンの陰謀であると述べていますが、林小平が「開国兵談」を表して日本の港の防備を固めさせた。薩摩や長州は砲台を建設して防備を固めましたがそれが幕末には役に立った。林小平が欧米列強の陰謀を見抜いていたから出来た事なのですが、西郷や勝も欧米列強の陰謀を見抜いていたからたいした戦乱にもならず明治維新は成功した。

もし江戸末期の学者が陰謀に気がついていなければ日本は武力侵略された事だろう。それに比べると昭和の日本は陰謀に嵌められる事に無警戒であり、日本軍はずるずると大陸に引き込まれていった。私自身は日清日露戦争も陰謀に巻き込まれたという見方をしているのですが、清国や帝政ロシアの挑発に対して日本は乗ってしまった。

現在においても中国や韓国や北朝鮮やロシアは島の領土権問題や漁業権や海洋地下資源などで挑発的な行動を示していますが、これも一種の陰謀であり、日本を問題に引きずり込んだ戦前と同じような罠なのだ。では日本はこれからどうしたらいいのかを考える上で、戦前の陰謀の数々を暴いていかなければならないのですが、このような陰謀論を考える人がほとんどいなかった。

戦前の対米外交も陰謀国家アメリカに対して日本はあまりにも無警戒だった。アメリカがどのような野心を抱いているか歴史を見れば明らかなのですが、日本がハワイやフィリピンのようなアメリカの植民地になるという陰謀は誰も考えなかったのだろうか?

日本の現状を見れば馬野氏が言うようなアメリカの新植民地体制に組み込まれてしまった。アメリカのやり方は非常にずるがしこいやり方で、森田実氏が言うような日本のサイパン化が進んでいる。自治権は認められているが税金は取られてもアメリカに対する参政権はないという新植民地体制に日本は置かれているのだ。

馬野氏は日本がこのようになってしまったのも、日本国内に内部協力者がいたと指摘しているが、現在も国会を見ればアメリカの内部協力者や中国の内部協力者で一杯だ。日本の総理大臣はアメリカの意向で決められているといいますが、小泉首相がアメリカにべったりなのもアメリカの陰謀で総理になれたからだ。しかしこのような陰謀の全体像をはっきりと報道するマスコミはないし、暴露しようとした国会議員は選挙で落選させられた。




日本人の持つ単純明快な人間主体の宗教観に達するには、
西洋人では天才ニーチェですら発狂するほどの努力を必要とした。


2006年8月21日 月曜日

キリスト教は邪教です!―現代語訳『アンチクリスト』 ニーチェ,フリードリッヒ・ヴィルヘルム(著)

仏教の素晴らしいところ

さて、これまで私はキリスト教の問題点をあげ、それが最悪の宗教であることを説明してまいりました。それでは他の宗教について私がどう考えているのか、これも大事なことなので、きちんとお話ししておきましょう。

ご存じのように、仏教という宗教があります。仏教もキリスト教に負けず劣らずたくさんの信者がおります。仏教というと、キリスト教とはまったく違う宗教というイメージがあるようですが、実は両方とも同じようなニヒリズムの宗教なのです。しかし、仏教はキリスト教に比べれば、一〇〇倍くらい現実的です。

仏教のよいところは、「問題は何か」と客観的に冷静に考える伝統を持っていることです。これは、仏教が何百年と続いた哲学運動の後に現れたものだからでしょう。インドで仏教が誕生したときには、「神」という考えは、すでに教えの中から取り除かれていたのです。

そういう意味では仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいでしょう。

彼らは本当に現実的に世の中を見ています。仏教では「罪に対する闘い」などとキリスト教のようなことを言いません。現実をきちんと見て、「苦しみに対する闘い」を主張するのです。

仏教では、「道徳」という考えは自分をダマすことにすぎないと、すでにわかっているのですね。ここが仏教とキリスト教の大きく違うところです。

これは私の言い方なのですが、仏教という宗教は「善悪の彼岸」に立っているのです。つまり、善や悪というものから遠く離れた場所に存在している。それは仏教の態度を見れば明らかです。

仏教が注意しているのは、次の二つです。

一つは、感受性をあまりにも敏感にするということ。なぜなら、感受性が高ければ高いほど、苦しみを受けやすくなってしまうからです。そしてもう一つは、なんでもかんでも精神的なものとして考えたり、難しい概念を使ったり、論理的な考え方ばかりしている世界の中にずっといること。そうすると、人間は人格的におかしくなっていくのです。

読者の皆さんも「自分も思い当たるな」とか「ああ、あいつのことだな」とすぐにイメージできるのではないでしょうか。

仏教を開いたブッダはそういったものを警戒して、フラフラと旅に出て野外で生活することを選びました。ブッダは食事にあまりお金をかけませんでした。お酒にも用心しました。欲望も警戒しました。また、ブッダは自分にも他人にも決して気づかいしなかった。要するにブッダは、いろいろな想念に注意していたわけです。

ブッダは心を平静にする、または晴れやかにする想念だけを求めました。ブッダは、「善意」とは、人間の健康をよくするものだと考えたのです。そして神に祈ることや、欲望を抑え込むことを教えの中から取り除きました。

仏教では、強い命令や断定を下したり、教えを強制的に受け入れさせることはありません。なにしろ、一度出家して仏の道に入った人でも「還俗」といって再び一般の社会に戻ることができるくらいですから。

ブッダが心配していたことは、祈りや禁欲、強制や命令といったものが、人間の感覚ばかりを敏感にするということでした。仏教徒はたとえ考え方が違う人がいても攻撃しようとは思いません。ブッダは恨みつらみによる復警の感情を戒めたのです。

「敵対によって敵対は終わらず」とは、ブッダが残した感動的空言葉です。

ブッダの言うことはもっともなこと。キリスト教の土台となっている「恨み」や「復讐」といった考えは、健康的なものではありません。エゴイズム今の世の中では、「客観性」という言葉はよい意味で使われ、「利已主義」という言葉は悪い意味で使われています。

しかし、「客観性」があまりにも大きくなってしまい、「個人的なものの見方」が弱くなってしまうのは問題です。また、「利已主義」が否定され続けると、人間はそのうち精神的に退屈になってくるものです。

こういった問題に対して、ブッダは「利已主義は人間の義務である」と説きました。要するに、問題を個人に引き寄せて考えよう、と言ったわけです。

あの有名なソクラテスも、実は同じような考え方をしています。ソクラテスは人間の持っている利己主義を道徳へと高めようとした哲学者なのです。

多様な文化を認めないキリスト教

それではなぜ、仏教はこれほどまでにキリスト教と違うのでしょうか。その原因は、まず仏教がとても温かい土地で誕生したということ、またその土地の人たちが寛大でおだやかで、あまり争いを好まなかったことなどがあげられるでしょう。そして重要なのは、仏教が上流階級や知識階級から生まれたことです。

仏教では、心の晴れやかさ、静けさ、無欲といったものが最高の目標になりました。そして大切なことは、そういった目標は達成されるためにあり、そして実際に達成されるということです。

そもそも仏教は、完全なものを目指して猛烈に突き進んでいくタイプの宗教ではありません。ふだんの状態が、宗教的にも完全なのです。

ところがキリスト教の場合は、負けた者や押さえつけられてきた者たちの不満がその土台となっています。つまり、キリスト教は最下層民の宗教なのです。キリスト教では、毎日お祈りをして、自分の罪についてしゃべったり、自分を批判したりしている。それでもキリスト教では、最高の目標に達することは絶対にできない仕組みになっているのです。

フェアじゃないですよね。暗い場所でなにかコソコソやっているというのがキリスト教なのです。肉体が軽蔑され、ちょっとしたものでもすぐに「イヤらしい」などといってケチをつける。

かつてキリスト教徒は、ムーア人(八世紀にスペインに侵入したアラビア人)をイベリア半島から追放したのですが、彼らが最初にやったことは、コルドバだけで二七〇軒もあった公衆浴場を全部閉鎖したことでした。

キリスト教徒というのは異なった文化を認めようとしないのですね。それどころか、考え方が違う人たちを憎むのです。そして徹底的に迫害する。とても暗くて不健康で危険な人たちなのです。

キリスト教徒ってのは、言ってみれば神経症患者みたいなものです。常に神経が過敏な状態が、彼らにとっては望ましいのです。

キリスト教徒は、豊かな大地や精神的に豊かな人に対して、徹底的に敵意を燃やしました。具体的に「肉体」を持っているものに反発して、自分たちは「霊魂」だけを信じている。それで、張り合おうと思っているわけです。

キリスト教は、立派な心がけ、気力や自由、あるいは心地のいいこと、気持ちがいいこと、そして喜びに対する憎しみなのですね。

キリスト教が下層民のもとで誕生すると、やがてそれは野蛮な民族の間に広まっていきました。野蛮な民族は、仏教徒と違って、不満や苦しみを、敵に危害を加えるという形で外に出していったのです。

逆に言いますと、キリスト教は野蛮人を支配するために、野蛮な教えや価値観が必要だったのです。たとえば、初めての子どもを犠牲に捧げる風習や、晩餐で血を飲む儀式などがそうです。

このように、キリスト教というのは、人間の精神と文化への軽蔑なのです。仏教は、いい意味で歳をとった、善良で温和な、きわめて精神化された種族の宗教です。

残念なことに、ヨーロッパはまだまだ仏教を受け入れるまでに成熟していません。仏教は人々を平和でほがらかな世界へと連れていき、精神的にも肉体的にも健康にさせます。

キリスト教は、野蛮人を支配しようとしますが、その方法は彼らを病弱にすることによってです。相手を弱くすることが、敵を飼い慣らしたり、「文明化」させるための、キリスト教的処方簑なのです。

仏教は文明が発達して終わりに向かい、退屈した状態から生まれた宗教ですが、キリスト教は、いまだに文明にたどりついていないのです。 (P46−P53)

キリスト教が破壊したローマ帝国

人がウソをつくときって、どんなときでしょうか。やはり、そのウソによって何かを守るときか、あるいは破壊するときでしょう。これらは相反するものですね。

しかし、キリスト教は無政府主義者と同じなので、破壊のみを目指すのです。歴史を振りかえれば明らかです。まさに歴史が証明しています。

先ほども言いましたが、宗教的な法の目的は、人生をよりよくするためのいろいろな条件や、杜会の偉大な組織を「永遠化」させることです。

偉大な組織では、人生が豊かになるからこそ、キリスト教はそれに対して攻撃を仕掛けるのです。

『マヌ法典』では、長い年月をかけて手に入れた収穫は、より利益を高めるために上手に運用し、より大きく豊かに、完全に持ち帰るべきものとされています。

反対に、キリスト教はローマ人の巨大な業績を一夜のうちにぶち壊しました。

キリスト教は世界を破壊しつくしてしまった。

キリスト教と無政府主義者は、両方デカダンスです。解体したり、害毒を与えたり、歪曲したり、血を吸う以外には何の能力もありません。立っているもの、持続するもの、未来を約束するもの、すべてに対する恨みと呪いの固まりなのです。

キリスト教徒はローマ帝国の血を吸いつくしました。

ローマの歴史は素晴らしいものでした。本当はローマ帝国はさらに大きくなるはずだった。ローマ帝国という驚くべき大規模な芸術作品は、まだ一つの始まりであり、数千年もの時間がたって真価を発揮するようなビツグプロジェクトだったのです。

これほどの大事業は、歴史上で、かつて一度も行われたことがありませんでした。ローマ帝国は偉大でした。たとえ、ろくでもない人間が皇帝になったとしても、土台が揺らぐことはありませんでした。誰が皇帝になろうと、そんなものは偶然にすぎず、ほとんど関係ないのです。

実はこれがすべての偉大な建築物の条件なんですね。しかし、そんな偉大なローマ帝国でさえ、腐り果てたキリスト教徒を防ぐことはできませんでした。

ウジ虫たちは、暗闇や霧にまぎれてコソコソと人々に忍び寄り、「真なるもの」に対する真剣さ、現実の世界で生きていくための本能を、人々から吸い取っていきました。そして一歩一歩、ローマ帝国という巨大な建築物から「魂」を奪っていったのです。

ローマ帝国の人々は、自分の国に対して、自分の意見を持ち、真剣さと誇りを持っていました。ところが、その男性的で高貴な本性が奪われてしまったのです。偽善者たちの陰謀が、ローマを支配して主になってしまった。 (P155−P157)

ルネサンスは反キリスト教運動

ここで、ドイツ人にとっては苦々しい思い出に触れる必要があります。最後の偉大な文化の収穫だったルネサンスが、バカなドイツ人のせいで失われてしまったことをです。これを最後に理解していただきたいのです。

ルネサンスとは、キリスト教的なあらゆる価値を転換させることにほかなりません。

キリスト教の反対の価値、つまり高貴な価値が勝利をもたらすように、最高の知性が集まってくわだてられた試み。この偉大な闘いがルネサンスなのです。ルネサンスはいまだかつてなかった強い強い問いでした。

そして、私が言っていることは、ルネサンスが発した問いなのです。というのも、ルネサンスほど根本的で単刀直入にキリスト教の中心部に切り込む攻撃の方法は、それまでなかったからです。

キリスト教の中心部に、決定的な地点で攻撃を仕掛けること。そして高貴な価値を王位につけること。

ルネサンスは素晴らしい魅力と可能性の広がる事業でした。その可能性は美しく光り輝いていました。そこでは一つの芸術が始まっており、それは悪魔と見間違えてしまうほど神々しかった。何千年かかっても、次の可能性は決して見つからないようなものでした。

私は一つのお芝居を思い浮かぺます。それは非常に意味が深く、驚くべき逆説的な光景です。オリンポスの神々もこれを見たらきっと大笑いするでしょう。そのお芝居では、イタリアの君主チェーザレ・ポルジアが法王の立場にいる。私の言っている意味がおわかりになりますでしょうか。

こういうことが起こっていれば、それこそ勝利だった。今日、私だけが望んでいることが、勝利を占め、キリスト教が除去されたはずでした。

ところが、一人のドイツ人修道士ルターがローマにやってきた。復讐心の強いこの修道士が、ローマでルネサンスに対抗して立ち上がったのです。

当時のローマではキリスト教という病気は克服されていました。それも、本拠地において。本来ならそれに感謝しなければならないはずなのに、ルターはキリスト教を都合よく利用することしか考えていませんでした。宗教的人間というのは本当に自分勝手なのですね。

ルターは法王が堕落していると思いました。しかし、本当はまったく逆だったのです。

当時、法王の座にキリスト教はいませんでした。そこに座っていたのはキリスト教なんかではなく、「生」だったのです。「生きること」に対する勝利の歌。すべての高くて、美しい、大胆なものごとへの肯定だったのです。

ところが、ルターは教会を復活させてしまった。彼が教会を「堕落している」と言って攻撃したからです。そのせいで、ルネサンスは大いなる徒労となってしまいました。こうしたバカなドイツ人のせいで、今、私たちは大きな被害を受けています。

本当に、ドイツ人はろくなことをしません。宗教改革、ライプニッツやカントなどのドイツ哲学、さまざまな「解放」戦争、帝国。どれ一つをとっても、すでにそこにあったものを、二度と回復できないような徒労に終わらせるものでした。

こういうドイツ人が私の敵なのです。

私は、彼らの考え方や価値観のうす汚さ、誠実な判断に対する臆病を軽蔑します。ここ1000年もの間、彼らの指が触れたものは、すべてよれよれに、もつれてしまっています。

彼らは、キリスト教という病気によって腐っているのです。ヨーロツパに病気を広げたのは、ドイツの責任です。

この世に存在するもっとも不潔な種類のキリスト教、ほとんど治る見込みのない重病のキリスト教、つまりプロテスタンティズムについても、ドイツには責任があります。

今すぐに、キリスト教とけりをつけないのなら、その責めはドイツ人自身が負うべきでしよう。 (P167−P170)


(私のコメント)
昨日は、日本でどうしてキリスト教が受け入れられないのか紹介しましたが、日本人なら直ぐに気がつくようなキリスト教の欠陥を、なぜヨーロッパ人は気がつかないのだろうか? 最近「ダビンチコード」という小説や映画が話題になりましたが、ルネッサンス期の天才のレオナルド・ダビンチや狂気の天才であるF・W・ニーチェなどはキリスト教の欠陥に気がついて絵画や著書で現しましたが、一般のヨーロッパ人にはキリスト教を捨て去るという文明のレベルには達してはいない。

むしろ最近のアメリカにおけるキリスト教原理主義の動きなどを見ると精神文化が後退しているようにも見えるのですが、それがパレスチナ戦争がなかなか終わらない原因にもなっている。とくに福音派と呼ばれるキリスト教の一派は中東の地でのハルマゲドンを待ち望んでいるという狂気にはついていけない。

レオナルド・ダビンチはまだ教会の圧力が強いときだったから絵画でしか「反キリスト」のメッセージを残せませんでしたが、約100年前のニーチェの時代になって「アンチクリスト」が書けるようになってきた。この本は現代語訳となっているから非常に読みやすくて30分で全部読んでしまった。その中ではまずカントを批判していますが、私は哲学者ではないのでよく分からない。

しかし完璧に見えるカントの哲学も、論理に固まりすぎると人格的におかしくなってきてしまうようだ。むしろ実際の現象や歴史的事実を見ながら考えていったほうが真理にめぐり合えると思うのですが、論理で固めてありもしない真理を作り上げる危険性をニーチェは批判しているのでしょう。

日本においては戦国時代のときも仏教の僧侶とキリシタンの宣教師との論争もあったようですが、具体的な記録として残っているのは昨日も少しふれた新井白石の「西洋紀聞」であり、次のようなものだ。


キリシタン禁制の論理考 れんだいこ

「 その教えとするところは、天主を以って、天を生じ地を生じ、万物を生ずるところの大君大父とす。我に父有りて愛せず。我に君有りて敬せず。猶(なお)これを不孝不忠とす。いはんや、その大君大父に仕ふる事、その愛敬を尽さずという事無かるべしと云う。礼に、天子は、上帝に事(つか)ふるところの礼ありて、諸侯より以下、敢えて天を祀る事あらず。これ尊卑の分位、みだるべからざるところあるが故なり。しかれども、臣は君を以って天とし、子は父を以って天として、妻は夫を以って天とす。されば、君に仕えて忠なる、もて天に仕ふるところ也。父に仕えて孝なる、もて天につかふるところ也。夫に仕えて義なる、もて天につかふるところ也。三綱の常(君臣、父子、夫婦の関係)を除くの外、また天につかふるの道はあらず。もし、我が君の外につかふべきところの大君あり、我が父の外につかふべきの大父ありて、その尊きこと、我が君父の及ぶべきところにあらずとせば、家においての二尊、国においての二君ありといふのみにはあらず。君をなみし、父をなみす、これより大きなるものなかるべし。たといその教えとするところ、父をなみし、君をなみするの事に至らずとも、その流弊の甚だき、必ずその君を殺(正式文字は右のつくりが式)し、その父を殺(式)するに至るとも、相かへり見るところあるべからず」。



(私のコメント)
要するに「神」と「先祖」や「両親」や「主君」との関係の矛盾点をついたものですが、キリスト教は「個」の宗教であり「家」の宗教ではない。そもそもキリスト教とは奴隷階級の宗教でありユダヤ教も同じだ。古代イスラエルは大ローマ帝国に滅ぼされましたが、ユダヤ人はその復讐のためにキリスト教を作り上げてローマ帝国領内でその教えを広めた。

ローマ帝国領内には奴隷が沢山いたから弾圧にもかかわらず瞬く間に広まり、ついにはローマ国教化するのですが、あれほど揺ぎ無かったローマ帝国がキリスト教と言うウイルスが繁殖して滅んでしまった。つまりキリスト教の教義にローマ帝国を弱体化するために「個」の論理を植えつけたのだ。決して蛮族の侵入で滅んだのではない。

日本も戦前は「神国」と呼ばれていましたが大東亜戦争で敗れて「神国」という神話は崩れ去った。天皇は人間宣言をして、アメリカ占領軍は日本をキリスト教国化しようとした様だ。その為に教育制度や民法の改正などで「家」制度を崩壊させてキリスト教の「個」の制度を押し付けた。そして日本を二度と立ち上げれぬように弱体化させようとした。

日本がアフリカや南北アメリカのような未開の地であったのなら、戦争で負けたことでフィリピンのようにキリスト教国化してもおかしくは無いが、日本は相変わらず「神国」のままだ。その原因としてはキリスト教よりも仏教が先に入ってきたことであり、仏教の方が宗教として洗練されている事であり、日本人から見ればキリスト教の欠陥は直ぐに分かってしまうのだ。

ニーチェの「アンチクリスト」ではローマ帝国を滅ぼしたのも、ルネッサンスを潰したのもキリスト教のせいと断じています。とくにキリスト教が世界に弊害をもたらしているのが世界の多様な文化を認めないことだ。十字軍の運動がその端緒ですが、キリストの名の下に世界の民族や文化を破壊して周り、現在でもアメリカとイスラエルは中東に民主主義をもたらすとして戦争をしている。

現在のアメリカとイスラエルは確実に狂いつつあるのですが、その原因はキリスト教とユダヤ教にある。キリスト教は復讐の宗教であり、戦争を絶えず続けていないといられない強迫観念に駆られてしまう。だからヨーロッパは世界を征服するために侵略を始めたのですが、欧米の植民地支配を終わらせたのは「神国」である日本である。

世界史的に持て日本だけが欧米の植民地にならずに先進国になれたのも偶然ではなく、仏教などの異文化が入ってきても上手く融合させる文化があるからであり、西洋の文化も上手く融合させる事ができた。その意味では日本の宗教は異文化に対して融和的でありキリスト教文明よりも仏教と西欧文明を融合させた精神文化は西洋よりも進んでいるのだ。





日本でプロテスタントとカソリックを合わせても、1パーセント以下
にしかならないのは、「神道破斥」という思想にあるからだと思います。


2006年8月20日 日曜日

我が国キリスト教の普及と『神道破斥』(オロモルフ)

▲古屋安雄教授の話。
 産経新聞に、国際基督教大学名誉教授で聖学院大学*教授の古屋安雄という方のエッセイ(聞き書き)が載っていました。
「武士道と伸び悩むキリスト教」
 という題です。
 古屋氏は、日本のキリスト教徒が、明治初年に禁教令が廃止されてから百年以上たつのに信者の数が1パーセントにならないこと、およびクリスチャンの平均信仰持続年数が2.8年にすぎない(教会に通いはじめても大部分の人は三年以内で居なくなってしまうということ)という現実に対しての解釈として、
「キリスト教を明治初年に受け入れたのは、元武士階級の知識人たちで、そのため知識階級の宗教になってしまい、大衆性が得られなかったためだ」
 ――という意見を述べていました。

*たしかレインボーブリッジとかいう北朝鮮がらみの怪しげな団体が関係しておりました。

▲オロモルフは違う意見です。
 大衆性が得られなかったという事は事実ですが、その原因を武士道にするのは、ちょっと変だと思います。
 プロテスタントとカソリックを合わせても、(たぶん確信的共産主義者と同じく)1パーセント以下にしかならないのは、「神道破斥」という思想にあるからだと思います。

▲『神道破斥』という本。
 これは、明治二年、イギリスから日本に来た宣教師のジョージ・エンソルが日本人の二川一謄の協力を得て書いた、神道を論破し排斥するための教則本です。
(当時の日本人が妖僧エンソルと呼んだ人です)
 キリスト教が仏教を排斥する本は、シナで布教していた宣教師が書いたのがありましたので、それを和訳すれば良かったようですが、神道は日本だけですので、来日してから勉強して新たに書いたのです。

▲『神道破斥』の内容。
 神道の信者の主張を宣教師が次々に論破する形式をとっている本ですが、その内容は当然ながら稚拙です。
 神道側の主張も稚拙ですし、それへの反論も稚拙です。
 しかしこれは、はじめて神道や神社を知った宣教師が書いたものですし、協力した日本人の神道知識もあいまいでしたから、無理もありません。
 思わず笑ってしまうような内容ですが、やむをえません。

▲『神道破斥』の本質。
 しかし、いかに稚拙であっても、この本は、キリスト教信者が日本で1パーセントを越えない理由を示しているように思います。
 そこにあります宣教師の言葉は、あくまでも論破であり排斥であって、何千年も前からその土地に住んでいる日本人の社会習慣や伝統を理解して融和しようという精神がまったく見られないのです。
 日本の神社の境内が、キリスト教徒であろうと無神論者であろうとイスラム教徒であろうと拒まない(そもそもそんな事は神主さんの意識に無い)のと対照的です。


 その昔日本に仏教が伝来したとき、一時的な混乱はあったものの――といっても宗教論争というよりも蘇我・物部といった豪族間の軋轢が実態だったようですが――比較的短期間の間に融和して、お寺と神社の区別すら分からないほどになってしまい、そのために仏教は日本の社会に根付きました。
(《伊勢神宮》にすらお寺ができました! さすがに遠慮して離れた場所だったようですが。それから、戦乱で中断していた《伊勢神宮》の式年遷宮を復活させたのは、寺院の尼さんたちの努力でした!)
 日本の仏教寺院の建築様式は、大陸からの影響はありますが、むしろ弥生時代の神道的建築の影響の方が強いと思います。つまり大工さんの感覚が無意識のうちに神道的なのです。
 さまざまな習慣もそうです。
 しかしキリスト教は今でも、一部の教徒が「靖国神社参拝反対」の裁判を起こすなど、日本の伝統文化(神道的な伝統)に歯をむき出しております。
 これでは、永遠に1パーセントを越えることは不可能でしょう。


▲もと上役の珍意見
 もう80歳を過ぎている、オロモルフのもと上役が、手紙をくれまして、相対論の計算をしてほしいと、言ってきました。
 エッと思って読んでみますと、それはキリスト教の問題でした。
 神が存在するとしますと、その神が動くことによって膨大な重力波が発生するであろう。
 それがどのくらいの強さになるのか、計算してみてくれ――という依頼なのです。
 さすがのオロモルフも呆然としまして、計算しませんでした。

 それで思い出しましたが、たしかヨーロッパの昔の哲学者が、神は存在するが、あらゆる場所に充満しているので身動きがとれず、何も出来ないでいる――と述べたとか。
 あいまいな記憶で申し訳有りませんが・・・。

 昔クリスチャンが身近に何人もいまして、オロモルフが理工系なのを知って、
「あのアインシュタインですら神を信じていた」
 ――といって勧誘しました。
 で、その後アインシュタインの伝記を書いた時に調べたのですが、どうやらアインシュタインは生活習慣としての信者ではあったけれども、神についてかなり皮肉な見方をしていたことがわかりました。
 たとえば、「粘性の無い物質」といった表現です。

▲新井白石
 江戸時代の天才政治家兼学者の新井白石と宣教師シドッティの対論は有名です。
『西洋紀聞』にあります。
 西尾幹二さんも、この新井白石の議論を重視しておられるようです。立場上明確には述べておられないようですが・・・。
 我が国におけるキリスト教問題を論ずるためには、欠かせない文献だろうと思います。


祖先崇拝とキリスト教〜その永続性を中心に

1) 二人の外国人研究者の観察

 他宗教も永続的だということを、日本という場において観察したとき、当然問題になるのは祖先崇拝という存在である。日本の他宗教すべてを横断して存在するのが祖先崇拝と言えるからである。

ふたりの日本研究者にまず注意したい。ひとりは小泉八雲ことラフカディオ・ハーンである。ハーンは1896(明治29)年のkokoro(邦訳『心』)と、1904(明治37)年のJapan−An Attempt at Interpretation(邦訳『神国日本〜解明への一試論』において、基層宗教的な祖先崇拝を肯定的に、また積極的に認め、興味深い論述を展開している(邦訳は両書とも祖先崇拝という言葉をあてているので、そのまま使用する--柴田)。

今日ハーン研究者からは、彼の日本理解に疑問を持つ向きもあるが、しかし彼が祖先崇拝を日本人生活の基層に見たのは、この分野での学問的研究の先駆を果たした柳田国男の『先祖の話』に先立っ半世紀前だ。ハーンの論述は、柳田の実証主義にたいし、文学的直観、あるいは比較文化的是非論になっているが、日本人の生活が自分に先立っ先祖に連関して存在しているということを見抜いた点で、きわめて鋭い考察であった。

たとえば次のような説明がある。「仏教がいまなお現実の中に生き生きと脈打っている雰囲気のなかで、幾年かをすごしたことのある思慮ある西洋人に向かって、君は東洋人の物の考え方のなかで、とくにわれわれ西洋人の考えとちがっている根本的観念は何だと思うと訊けば、その人はきっと、それは『前世の観念』だと答えるにちがいない。

極東のあらゆる精神的実存物に沁みこんでいるものは、なによりもこの観念が多くを占めているのである。この観念は空気のかようように普遍的なものであり、ある感情に色をつけ、直接にも間接にも、ほとんどあらゆる行為に影響している」(『こころ』p.211ff.)。

日本人の憎悪怨恨はもちろん、愛情の表現にも、それが影響して「これも因果だ」といった言葉などが頻々と出てくる。しかもそれは、たんなる感情表現でなく、『前世の観念』は自己の生を、自己一代からだけ見ることの否定であり、自己に先立つ祖先との関連で見るということだ。

彼はさらに『祖先崇拝の思想』というテーマで長い議論をし、それを肯定的に分析し、それに同感している。興味深いのは、ハーンが報告している祖先崇拝に対する一般的西欧人の反応だ。

祖先崇拝という「原始的な崇拝をじっさいにおこなっている人種は、かならずやその宗教思想も、原始的な段階にとどまっているにちがいない」と考えている批評家たちは、「日本の科学的進歩や、進歩的なその教育制度の成果を考え、一方に日本がいまだに祖先崇拝をつづけていることを考えると、この二つの事実をどうしてもひとつに結びつけて考えることができないと自白している。…そんなことがあるわけがない。

もしあれば、それは信仰はすでに滅んでしまって、そのあとに形式だけがまだ残っている」にすぎないと思っている(同書P.249ff.)。これに反論してハーンは「生きているものの世界は、死せるものの世界によって、直接に支配をうけている」という信念を弁護するが、これは先祖は子孫にまつられ、子孫は先祖に守られるという柳田の理解にも通じる。


 いまひとりは、第二次大戦後来日した研究者で、原始仏教の視点からでなく、現代日本の生活の中に生きている宗教という視点から、祖先崇拝を研究者したへルマン・オームス(Herman Ooms)カリフォルニア大ロサンゼルス校教授である。オームスにもハーンと似たような体験がある。その著書『祖先崇拝のシンポリズム』に、イリノイ州立大で日本史を教えていたときの体験が語られている。

新入生のための入門講義ではあったが、「日本の宗教は何ですか」「日本人は何を信じていますか」という質問がときどき出る。「仏教と神道」という当たり前の答のかわりに、あるとき「祖先崇拝」と答えた。これに学生は二つの反応をした。Aは「しかし日本の宗教は、神道と仏教でしょう」で、Bは「<祖先崇拝>はアフリカの宗教ではないですか。日本人もまだ先祖を拝んでいるのですか。」という意見であった。

オームスはこの「まだ先祖を拝んでいるのか」という考えには、ある常識的な捉え方が前提になっている、またその前提が学者たちの研究のアプローチにもなっていると言う。「まだ」という言葉には進化論的前提がある。「つまり世界の中に進歩社会と未進歩社会とがあり、その二つの社会は根本的に違う。

未進化のアフリカの宗教である祖先崇拝は、超近代化した日本の宗教ではありえず、昔の日本人が先祖を崇拝したとしても、21世紀をよく口にする現代日本人がそんなことをしているはずがないという考え方だ。」「これほど近代化しつつも、祖先崇拝社会であるということは、不思議なのだろう。

もちろん、その<不思議>な感じが、西洋・キリスト教を、無意識にしろ、優越した中心的な位置におく考え方によって生みだされていることは明らかである。」(同書p.10ff.)ハーンが指摘したのと同じような祖先崇拝への批判と同種の感覚がここにあり、またそれが一般的だということである。


 山折哲雄氏も著書『仏教民俗学』で、1973年にシカゴで開かれた第9回人類学民俗学国際会議について、似たような報告をしている。そのときの統一テーマは「先祖崇拝」であった。山折氏によると「このときの討議の対象とされた地域は、主に日本・沖縄・東南アジアにかぎられ、『西欧』社会は含まれていないのが印象的であった。

なかでも、産業構造において西欧型を示す日本が、先祖を重視する伝統を今日まで継承してきたことが関心の的となった」(同書p.98)。これもハーン、オームスに通じる同じ体験である。

しかし日本と祖先崇拝という組み合わせが、西欧人にとりどんなに奇妙な組み合わせに感じられようと、山折氏がさらに言うように、「第二次大戦後、伝統的な家や村の生活が大きく変貌しても、またそのやり方がすこしずつ変化してきたとしても、死者(先祖)そのものを供養しようとする気持ちだけは、昔も今もいささかも変わることがなかったことに注目しなければならない」だろう(同書p.108ff.)。

大多数の日本人は周知のように「あなたの宗教はなにか」と聞かれると、仏教と答える。しかしその場合の彼らの言う仏教は、祖先崇拝・死者儀礼という行為体験をとおしての仏教であろう。たしかに「日本人にとっての『先祖』というのは、ちょうど西欧人にとっての『神』に近い存在と考えることができるのではないか」という山折氏の意見は、厳密な考証が必要だが、それでも言えることは、この祖先崇拝が、それを取り除いたら現代日本における仏教は成り立たないほど基層宗教的存在だということである。

オームスは祖先崇拝は、「仏教の影響を全くとり去ったとしても、ほとんどそのまま存続できると言えるほど高い自立性をもち続けている」と断言している(前掲書p.16)。

高野山大学の桧垣巧教授も「今日の日本仏教にあって葬儀と法要とが仏教行事の主流となっており、逆にいえば、今日の日本仏教から葬儀と法要を差し引けば、いったい何が残るのかと思う」と言っている(桧垣巧『祖先崇拝と仏教』p.3ff.)。

こうした圧倒的な影響をもった現象は、今に始まったことではない。桧垣教授は、「仏教と祖先崇拝の習合は、一貫して現代に継承され、千数百年の歴史を経て完全なものになった」と言っている。しかしそれが仏教の本来の姿なのか、それとも変貌なのか、それは問わなくてはならない。

ただいずれにしても、この宗教現象を一過型の現象とすることはとうていできない。オームスが言うまでもなく、「日本のあらゆる宗教は、…仏教、神道、民間信仰はもちろん、キリスト教及び儒教までもが、みな祖先崇拝をともかく考慮にいれ…それにたいする自分の立場を決めなければならなかった」(上掲書p.14)。

祖先崇拝が、かくも永続的、基層宗教的存在であるなら、キリスト教もこの国の民衆の生活に根を下ろすためには、祖先崇拝という存在に対し批判や問題回避だけしていても、宣教的に課題を解決したことにはならない。

もちろん、祖先崇拝が仏教がなくなっても残るような存在であるか、どうかについては子細な研究・検討が必要であろうが、キリスト教の側からの本格的なChristian Alternativeの提示ができているのか、を問われたら、そうした研究と努力よりも、批判が先行しているのが現状と言わざるを得ない。

ハーンの死後刊行された『神国日本〜解明への一試論』は彼の大著であるが、その最後のところで彼はキリスト教の在り方を批判し次のように言っている。

「キリスト教の伝道が、祖先崇拝を土台としてつくられている東洋の国々に、それを排撃するかたちで伝道している限りその成功はおぼつかない。キリスト教も仏教が手掛けたように、彼らの先祖崇拝を扱い、寛容の精神をあらわしてくれたなら、こんなに社会の反対にあわずに済んだろう」

「祖先の位牌を破壊し、かつ彼の命を与えてくれた人々の霊を冒涜したりすることによって、外来の信仰にたいする誠実を実証しろなどと言い張っているうちは、東洋は断じてキリスト教徒になりはしない」(p.408)。

この批判の是非はともかく、ハーンの指摘に論駁できるほどにはキリスト教伝道の成果があがっていないのも事実だ。伝道不振の理由も多々あるが、ある視点から見ると、問題がはっきりしてくる。その視点とはキリスト教が『家』、あるいは『家族』の宗教になっていない、つまりクリスチャンホームは極端にすくないという事実だ。これをどう説明するか。

キリスト教は『個』の宗教だから、家族を前提にしなくてもよい、ということなのか。家や家族の側に、キリスト教を受容できない問題がある、ということなのか。あるいはキリスト教は、この国ではまだ新しい宗教で、家や家族の歴史にきざまれる程の歴史を、まだもっていないと弁明するかもしれない。

しかしこの伝道の課題も、祖先崇拝・祭祀との関係ぬきで考えたら結論はでないし、事実誤認になってしまうだろう。しかし、日本でのキリスト教の初期であるキリシタン時代から、教会はこの独特の宗教行為に無知であったり、知っていても無視したということはない。むしろ葬儀に連動している死者儀礼や祖先崇拝が、日本人にとっていかに重大なことであるかは、ザビエルも当初から気付いていた。

このことについては、キリスト教教育研究第20号での拙論を参考にしてほしい。宣教師もこれを問題にしたが、その本質を突いて、一過性のものか、永続的な存在かを見定め、キリスト教宣教との関連でそれを位置付けて対応するということをしなかったというのが事実だろう。

しかし20世紀の後半になると、山折氏も指摘するように日本のキリスト教会も、とくにカトリック教会を中心にして「これまで、俗信や迷信と同列のものとしておとしめられていた先祖崇拝の問題が、にわかに時代の脚光をあびるようになった」(上掲書p.99)。

それは時代の脚光といった華やかなものであるより、むしろ在来の宣教の在り方を反省し、宣教地における固有の文化や生活様態、それを形成している重要な要素の一つでもある他宗教に、キリスト教はどう対処するか、という聖書時代から存在する古くて、新しい課題への取り組みが起こってきたと言える。それは、序で言及したIMCが、エジンバラ、エルサレム、マドラス、そして戦後のウイリンゲンをはじめ諸会議の流れの中で問題にしてきたことに一致する、宣教的に重要な出来事である。



(私のコメント)
今日の問題は非常に根の深い問題であり、靖国参拝問題や皇室典範改正問題や歴史上の宗教戦争の問題とも関連してくる。まず靖国問題は、ただ単に総理が靖国参拝に中国や韓国が抗議してきた問題ではなく、日本人の宗教観に対する攻撃に対して日本人が怒っているという事であり、中国人や韓国人と日本人との宗教観がまったく違うということだ。

中国人は墓を暴いて死者に対しても鞭を打つほどの死者に対する恨みを持つ民族であり、韓国もそれと同じだろう。それに対して日本人は死者に対する感覚は異なり、死ねば誰でも仏や神になり、自分の祖先は神や仏として奉っている。それに対してキリスト教はどうなのだろうか?

私は宗教学者でもないので詳しいことは分かりませんが、日本でキリスト教が広まらないのは祖先に対する感覚がキリスト教の教えと日本人の伝統的な考えとが相容れないものがあるからだろう。この事は以前にも書きましたが、日本人はキリスト教の洗礼を受けても違和感を感ずるようになるらしい。

戦国時代に始めてキリスト教が日本に来ましたが、信長も秀吉も家康も最初はキリスト教の宣教師達を歓迎した。そしてキリシタン大名も生まれるようになり日本にキリスト教が定着するかに思われたのですが、キリシタン大名の領地で神社や寺の打ちこわしが始まるようになって秀吉を初めとして日本人は違和感を持ち始めたのだろう。

キリスト教は「個」の宗教であり先祖崇拝といった「家」の論理とかみ合わない部分があるのだろう。日本人はお盆やお彼岸などに墓参りの習慣がありますが、欧米のキリスト教国では墓参りといった習慣はないようだ。霊魂が現世に戻ってくるといった話しをキリスト教では信ずるわけにはいかないだろう。

欧米人にとってはキリスト教=文明と信じられていて、日本などは先祖崇拝とか群像を崇拝する未開の宗教を信じていると見下しているようだ。しかし江戸時代の新井白石とローマ教会の宣教師のシドッチとの討論などを書いた「西洋紀聞」を読むとどちらが文明人だか分からなくなる。例えば信長は地球が丸い事を直ぐに理解したが、ヨーロッパでは地動説は排撃された。新井白石はその点をついたのだろう。

現在のアメリカでもキリスト教原理主義では進化論や地動説などのように、聖書にかかれた事以外は信じない人たちがいるが、どちらが文明人なのだろう。ヨーロッパのカトリックなどは宗教戦争に疲れ果てて洗練されてきて、先祖崇拝にも理解を示し始めたところもあります。日本の靖国神社が焼かれずにすんだのもローマ教会の判断ですが、西洋よりも東洋の方が精神文化が進んでいる事に気がついているのだ。

株式日記では天皇陛下がキリスト教徒なのではないかと書いた事がありましたが、カトリック教では宮中祭祀も認めているから問題ないのでしょうが、プロテスタントの天皇陛下がなったら宮中祭祀どうなのだろうか? その辺が雅子妃のご病気の原因ではないのだろうか? ニュースで気になるものがありました。


皇太子さまが武蔵陵墓地ご訪問

静養のため17日からご一家でオランダを訪問する皇太子さまは14日午前、東京都八王子市にある武蔵陵墓地を訪れ、昭和天皇の武蔵野陵と香淳皇后の武蔵野東陵をそれぞれ参拝された。病気療養中の皇太子妃雅子さまと、長女、愛子さまは同行されなかった。
 13日には、ご一家で皇居・御所を訪れ、オランダ訪問について天皇、皇后両陛下にあいさつ、昼食も共にされた。
(産経新聞) - 8月14日17時29分更新


(私のコメント)
皇太子妃の雅子さまはなぜ海外旅行するほど元気なのに参拝はなぜ拒否なされるのだろうか? 雅子さま自身の宗教的な問題からかもしれませんが、天皇家の中でのカトリックとプロテスタントの摩擦が生じているのだろうか? 長期間の海外静養というのもオランダがプロテスタントの国なので、そのほうが落ち着くからだろうか?


「天皇のロザリオ」 皇太子をクリスチャンに仕上げ、将来の日本のキリスト教国化を確実にしようという遠大な計画の一つであった。 7月22日 株式日記

一神教の克服は、単にアラブとイスラエルとの問題ではなく、人類全体にとっても、今後の最大の問題ではなかろうか。 7月31日 株式日記

三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問 国家は文化・伝統の破壊によつても滅びることを忘れてはならない。 2005年11月30日 株式日記

「天皇のロザリオ」 宮中ふかく侵襲するカトリック勢力、日本キリスト教国化の準備は完了した。日本版ダヴィンチコード 7月4日 株式日記




中国は米系マスコミや米銀にはそれほどのあからさまな差別は無く
日本には友好的なものと非友好的なものと峻別しコントロールしている


2006年8月19日 土曜日

日本マスコミの中国情報について 8月4日 大紀元

【大紀元日本8月4日】先日のテレビに、当時文化大革命に参加していたカメラマンの話を中心とする番組があった。文革の実態や当時の走資派とされた人達のその後の話を興味深く視聴した。案の定、製作は日本のマスコミ主体ではなかったようだ。日本の大手マスコミにとって、中国は未だに一種の聖域なのか、遺跡や風物等は別としても政治に絡んだテーマについては情報をかなり意識的に選別報道しているように見えるのは筆者だけではなかろう。

 元々、中国当局には以前から都合の悪い情報については海外に漏れるのを極端に嫌う性向があることは公知の事実である。その内容はともかくも中国の面子を損なうと中国当局が考える問題は大なり小なり網をかぶせて頬かむりする悪癖がある。中国人は歴史的にも面子を重んじる民族であり、国家であれ個人であれ機微に触れる情報の公開については消極的になること自体は理解出来るが、それも程度の問題であろう。一方、本邦においては報道の自由を履き違えて有名人の醜聞に類することは勿論、事故や犯罪行為の被害者にまで執拗にマイクを突きつけるマスコミの姿は、何をしても許されると信じるマスコミ独特の思い上がりとしか思えないし、欧米においてもパパラッチといわれる人達が傍若無人の振る舞いに及び識者が眉を顰める事も少なくない。元を質せば、読者や視聴者の野次馬根性や人間の卑しい好奇心に迄行き着く問題でもあるが、その一方で、国家レベルで情報が統制されてしまうと全く別のしかも深刻な問題が発生することになる。つまり社会に於ける世論の形成自体が政府の厳重な統制下にあると言うわけだ。もとより、どの国に於いても国家機密が存在するのは当然ではあるが、それは飽く迄国益に限定されるべきものである。一例を挙げればサーズとか鳥インフルエンザのような人類全体に危機を及ぼすような事件の情報が無責任に報道されれば、無用の混乱を招くのみか、流言蜚語を招き経済活動全体にまで悪影響を及ぼす事は必至であり、その意味で情報がある程度管理されるのは当然としても、本来開示すべき、つまり警報の形で注意を喚起すべき情報に至るまで隠匿したり、小出しにするのは如何なものか。本邦の各地それも首都圏のみならず地方都市にまで不法滞在中国人による凶悪犯罪が多発している冷厳な事実を中国の民衆は、全く知らされてもいないであろうが同様に中国内部における組織犯罪や抗議活動の類も碌に報道もされてもいないと云うのが真相であろう。これは単に体制の違いと称して済まされる性質の問題ではなかろう。何でもかんでも報道しろというのではない。節度があって然るべきではあるが、マスコミが国家の統制の道具と化すれば害の方が多くなるのも道理である。

 さて、40年も前の話であるが、中国で文化大革命の嵐が吹き荒れていた頃、日本の所謂進歩的文化人が押しなべて文革を好意的に評価していた風潮が想起される。差別用語は慎むべきではあるが、文字通り「群盲象を撫でる」と云う諺が相応しい限られたお仕着せの情報、つまり中国政府に招待された人達が見聞した農場、施設、参加した催事のみの体験から文化大革命や人民公社を賛美したのはそう昔の事ではない。大手新聞にもその種の記事がよく掲載されたものである。尤も渡航した人のなかにも、けっこういい加減な人もいたようで、ある施設を見てあまりに感嘆するので同行者が「この程度の施設は日本にもいくらもあるではないか」と詰ったところ「私の住んでいる町内にはない」と答えて恥じぬ御仁がいたそうな。要するに文化大革命や人民公社の実態を冷静に評価出来ていたか否かであろう。マスコミは社会の公器である。世論においては正しくオピニオンリーダーである。その故にこそ首相であろうと大手企業であろうと容赦のない批判に曝される事を甘受せねばならないのが民主主義の社会である。この面に関する限り日本のマスコミは戦前とは明らかに一線を画する存在となったが、残念ながら、中国に関する情報を除いてと言わざるを得まい。

 さて、日本のマスコミにとって何故中国情報が偏向するのか考えてみると大体二つの特色に起因するものと思われる。一つは云うまでもなく中国政府による情報統制を目的とした徹底した差別である。つまりマスコミを友好的なものと非友好的なものと峻別しコントロールしているのである。例えば支局の開設や特派員のヴィザに至るまで強引な差別を強いる結果、日本の大手新聞に代表されるマスコミは競争相手が受ける待遇との優劣を意識せざるを得なくなる。これは現地の責任者にとっては正しく死活に関わる重大問題である。これは何もマスコミに限った話ではなく、例えば金融機関でも以前ある大手行が台北に支店があるとの理由で長期にわたり中国本土に進出出来なかった経緯がある。その癖、米系マスコミや米銀にはそれほどのあからさまな差別はなかった。その結果、日本のマスコミは本意ならずも中国当局に忌避されぬよう細心の注意を払わざるを得なかったのである。その風潮の結果、日本の政治家が少しでも中国に対して厳しい発言をすると、人民日報の記者より先駆けて中国外務省や関係当局に駆け込み御注進し反論のコメントを貰うのを特技とした新聞社もあったそうだ。迎合とまでは言わずとも当然のことながら足許を見られていたのである。

 もう一つの理由は、業種が何であれ中国業務にはどうしても特化した専門家が必要だったことがある。単に語学のみならず、人脈がものを云う世界にあっては避けて通れない問題では有ったかも知れないが、結果として、中国業務に従事する者には、万が一にも中国当局から非友好的人物つまりペルソナノングラータの刻印を捺されると、直ぐ、仕事が出来なくなると云う隘路があった。中国に特化する事で存在価値のある人が、そうなると「岡に上がった河童」となる。この点は残念ながら日本の在外公館に勤務する外交官に於いてすら似たようなものだ。因みに名高いチャイナスクールも、その例外ではなかったと見るべきであろう。最近、極めて高い見識を持たれる元第一線外交官の手記が出版されたが、そこに記されている事実は恐らく殆どの中国情報に精通する人々が熟知していた事情であろう。問題は、そのような情報を知っている現職の人達にはそれが出来ないと云う点にある。

 つまり直接間接に極めて陰湿且つ巧妙な方法を駆使して堂々と情報操作が行われているのである。いまや近代都市国家としてユニークな発展を遂げたシンガポールも、ある意味では極めて情報管理が徹底しているのは公然の秘密ではあるが、同国の場合、民生に注力する自由主義国家としても認知されており、国際社会も黙認しているのであろう。中国も何れは、シンガポール並みになるとは思いたいが、如何せん中央政府の教業主義や牢固たる官僚制度、中央の方針を忖度する地方官僚の保身等が災いし「日暮れて道遠し」となっているのではなかろうか。当然のことながらかの名高い公安は、古典的手法も含めて未だに大きな力を持っているように見える。

 冒頭に述べた番組では文化大革命の恐るべき実態について、写真や回想に限定され、当時の関係者へのインタビューも極めて控え目に構成されていた。勿論、公安当局の厳しい検閲を経て公開に至るまで大変な苦労があったことであろう。さりながら、考えてみると、中国問題についての日本の大手マスコミは明らかに欧米同業者とは違うスタンスを採ってきたようだ。少なくとも国務院や政府機関の対外関係を仕切る弁公室主任達が困惑するようなニュースは先ず日本のメディアのスクープだった試しがない。結果として読者や視聴者は、その点に留意してマスコミの流す情報を理解する必要があろう。中国大衆から最早「日付以外信じるに足る情報無し」とまで酷評される人民日報を他山の石として日本のマスコミもそろそろ欧米並みに為って欲しいものである。今や、インターネットの時代であり、中国の国際化に伴い幸いにも日系企業も中国業務に欧米勤務経験者を次々と配属する時代になった。そろそろマスコミの世界でも、偏見や管見でないフェアーな情報を期待したいものである。日本の読者や視聴者は中国当局の広報代理店には興味なく、正確且つバランスのとれた公平な情報を求めているのだから。


小堀桂一郎氏、「靖国問題は、日中摩擦の原因ではなく結果」 7月24日 大紀元

【大紀元日本7月24日】東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏は22日午後、大手町サンケイプラザ3Fで「日本人にとって靖国神社は何か」という演題で講演を行い、日本人の魂の「聖地」に干渉する中共政府の理不尽は「国際的にあり得ないこと」と指摘、日本政府の外交的敗北の代償が靖国問題であって、その根源が「東京裁判史観」にあるとの認識を示した。

 小堀氏は冒頭で、日本人の神社信仰が、有史以前からの祖霊信仰に源を発しており、共同体共有の祖霊として神社が成立した経緯を説明、国難に際して国事に殉じた人を祭る神社として靖国の前身「招魂社」が成立した経緯を説明した。

 日本は幕末から西洋列強が迫る国際社会の荒波の中で、明治維新を果たし、幕藩体制から統一主権国家に移行するにつれ、「富国強兵」「独立主権の維持」「国際的寄与」という課題が当時三つあり、幕藩鎖国体制から近代国家たるにふさわしい国民意識を醸成するため「私に背きて公に向かう」の精神が推奨されたと指摘した。

 この「背私向公」の大義に基づき、傷つき倒れた御霊を祀るため、「招魂社」から「靖国神社」へと呼称が改められ、当時の15000柱は、国民の道徳教育の指標として崇敬されるに至ったという。

 日本国民が靖国神社の御霊を崇敬する関係に変化が生じたのが、第二次世界大戦での敗戦と米軍による6年8ヶ月に及ぶ占領であり、当時GHQの占領政策であったという。小堀氏は、戦前についての歴史認識として、米国の宿命が膨張拡大にあったため、中国大陸への進出を伺い、当時ウラジオストクから遼東半島に南下しようとしていたロシアと利害が衝突、日本に肩入れし、日本は英米の代理戦争としてロシアと戦闘したと歴史的経緯を説明した。 

 ロシアが倒れてからは、日本と米国が太平洋を挟んで極東の利権をめぐり衝突することとなり、新渡戸稲造氏の言を引用すると「文明の教師として米国を模倣した日本が、先生の言うとおりにやってみたら、先生に怒られることになった」、米国ヘレン・ミラー女史によると「日本は米国の鏡」であるにも係わらず、却って窮地に陥る自己矛盾に突き当たったという。

 東京裁判では、連合国側は、ドイツと違い日本の人種的劣等性から来る「全国縦断戦略爆撃」「原爆」等のホロコーストを隠蔽するため、日本軍の戦争犯罪を徹底的に告発し審判し宣伝したと指摘、これについては開戦時「真珠湾攻撃通告」数分間の遅れが、後に「国際法を遵守しない」口実を連合国側に与える痛恨の極みになり、「東京裁判史観」を形成したと悔恨を口にした。

 その後、占領中に利権を得た「既得権益集団」が、特に独立後も「東京裁判史観」に基づいて、言論の分野で虚勢を張り、国内で国論が二つに分裂、ここに中共に付け込まれ、昭和57年の第一次教科書事件、昭和61年の総理大臣の対北京屈従事件を経て、中共側に「対日カード」としての靖国問題の味を占めさせるに至ったという。これを後押ししたのは、部数を伸ばすために画策した「朝日系列」に責任があると譴責指摘した。

 こうして中共当局は、昭和57年、60年、61年と、日本の国論の分裂に乗じて隙を突き、日中外交交渉で「勝ち点」を挙げ、歴史認識とともに靖国問題は有効な「対日カード」となるに至り、日本共産党ら国内不満分子の巣窟と化してしまった。結論として靖国神社自身は、中共側に抑えられた「質物」としての急所になってしまったという。従って、靖国問題は、日中摩擦の「原因」ではなく、「結果」だと力説した。

 中共のこれら一連の行動は「アジアの覇権」が眼中にあり、嘆かわしいことに日本の財界人の親中化が進む中、日本が精神的に陥落してしまうと、次は台湾であり、米国との「一対一」の対立に持ち込めるため、これがその国家戦略の目標であるならば、靖国問題においては、中共に対して「譲歩することがあってはならない」との認識を示した。


(私のコメント)
株式日記は中国の人権侵害や言論の自由などの侵害に対しても非難攻撃しているし、アメリカの帝国主義的なイラク侵略や金融による世界支配に対しても反対している。いわばイデオロギー的には公正中立であり、これが本来のジャーナリズムだと思うのですが、日本人は潔癖だから親米派か親中派のどちらかに属さないと気がすまないようだ。ネットのウェブサイトやブログも同じであり親米保守と反日親中左翼とにきれいに分かれてしまう。

だから時々私を右翼とか左翼と勘違い人から転向したのかと非難するメールも時々もらいますが、なぜ日本人は一つの党派に凝り固まって、現実的な柔軟なリアリストになれないのだろうか? 例えばユダヤ人に対しても反日的なユダヤ人には反論攻撃するし、親日的なユダヤ人には共感を示して論じている。同じアメリカにしても親日派とは連携して反日的なアメリカには敵対する。これがリアリズムだ。

中国や韓国に対しても中国共産党に反対する中国人はいるし、親日的な韓国人もいるから、彼らを応援するスタンスであり、中国政府や韓国政府と同じに論じてはならない。小泉政権に対しても経済政策には反対してきましたが外交防衛政策や中国や韓国に毅然とした外交には賛成してきました。ところが日本人は小泉信者と反小泉の二つしか党派がないようだ。

大紀元という新聞は中国の反共産主義の新聞ですが法輪功がバックについている。だから日本の外交政策としては彼らのような反共勢力を支援して自由な中国を目指すべきなのでしょうが、日本の親中派は中国共産党が喜ぶ事しかやっていない。中国は共産党の一党独裁国家であり、親中派は中国共産党政権の支持者ということになる。

つまり親中派は、中国は共産党の一党独裁が望ましく、国民を弾圧して搾取している政府の味方なのだ。韓国に対しても反日教育や領土問題などに対して毅然な態度をとるべきなのですが、反日左翼は韓国政府と連帯して靖国参拝反対運動をしている。しかしこのようなゆがんだ教育が反日デモや反米デモを誘発して韓国は外交的に孤立してしまった。

中国国内においては年間に数万件もの反政府暴動があるのですが、日本のマスコミはほとんどこれらを報道しない。これらの暴動は奥地などで起きているせいもあるのですが、沿岸の大都市に住む中国人と奥地の農村に住む中国人との生活の格差はひどくなり、北京や上海に住む富豪たちは外車を乗り回して豪華マンションに住んでいるのに、貧しい農民は年間数百ドルの収入しかなく暗黒大陸なのだ。

このような実態を指摘するのは日本では親米保守の人たちであり、反日左翼はこのような中国の実態には目をつぶっている。このような態度はジャーナリズムとしては歪んだものであり間違っている。逆にアメリカの露骨な軍事政策や国際金融資本によるアジアの植民地化政策には親米保守派は沈黙して反米左翼が批判している。

どちらの勢力も日本の国益にとってはマイナスであり、正々堂々と中国に対してもアメリカに対しても批判をすべきなのですが、このような視点でのウェブサイトやブログが少ない。政治活動としてはどちらかの勢力に属してワッショイワッショイやっていた方が面白いのでしょうが、それでは単なるプロパガンダになってしまってジャーナリズムではない。

株式日記を勢力スタンスで区分けすれば民族派になりますが、自主防衛と日本の国益最優先の政策は世界的に見ればスタンダードなのですが、日本の地政学的重要性から中国とアメリカの勢力が鬩ぎあって、国会などは中国の代弁者とアメリカの代弁者がやりあっているだけなのだ。これでは日本は将来は朝鮮半島のように二つに分断されてしまうだろう。

例えば教育制度についても戦後はアメリカの占領軍により教科書は黒く塗りつぶされて、目に見えない形での言論弾圧が行なわれて、責任者は公職追放された。残ったのは左翼の教授達であり、戦争を煽った新聞なども転向させられて左翼的になった。天皇制なども多くの宮家が潰されて皇統は断絶の危機に瀕している。このような事は中国やアメリカにとっては日本弱体化の一環であり、これらの危機から守れるのは我々民族派しかいない。

しかし国会を見てみれば自民党は親米保守政党であり、民主党やその他は反日左翼の政党だ。残念な事には民族派の支持する政党はなく、政治勢力としては無いに等しい。なぜならば支持活動には金がかかりますが、自民党はCIAを通じてアメリカから金をもらい、旧社会党はロシアから金をもらっていた。つまりは日本は民主主義といいながら中国やロシアやアメリカの言いなりにならざるを得ない政治構造になっている。

日本には情報機関はないしスパイ防止法もないから外国から金をもらって政治をしてもばれない仕組みになっているし、取り締まる機関もない。日本の政治家や官僚達は外国でハニートラップにかけられてスパイになっても総裁選挙に出られるのだから能天気なのだ。親米保守派の人もアメリカの利権とズブズブであり、竹中平蔵のようにアメリカの言いなりになっていれば大臣になれたり大学教授にもなれる。


日本のマスコミの色分け 2ちゃんねるより

今一番神に近い新聞    : 東海新報
神のお膝元にある新聞   : 伊勢新聞

+++++++++++++【 神の壁 】+++++++++++++++++++++++++++++++++
割と安定してる       : 北國新聞、産経新聞
出来不出来が激しい   .: 静岡新聞、山陰中央新報
やれば出来る子      : 朝鮮日報、大紀元時報
最近だめぽ化してる    : 読売新聞
コンスタントにだめぽ   .: 神奈川新聞、中国新聞、新潟日報、盛岡タイムス
逝ってよし         ..: 日本海新聞

---------【 あなたの知りたくない世界 】----------------------
意外とまとも        : 赤旗(医療・増税・サラ金関連)
(゚∀゚)            .: 東奥日報、岩手日報、時事通信
(´Д`)                : 神戸新聞、毎日新聞
('A`)                  : 琉球新報、京都新聞
m9(´Д`)          : 河北新報

---------【 早く消えて欲しいあの世 】------------------------
誤惨家            : 沖縄タイムス、信濃毎日、西日本新聞
諸悪の元凶        : 共同通信、朝日新聞
何か             : 愛媛新聞
また大西か        : ニューヨークタイムズ東京支局

--------------【 ネタ 】--------------------------------
チラシの裏          : 北海道新聞、日本経済新聞
4週間に一度赤くなる電波 : 東京新聞、中日新聞

-------------【 同人誌 】--------------------------------
毒電波            : 赤旗(憲法・外交関連)
チラシの包み紙       : 聖教新聞



最近はこんな感じの気がする
ズレてたらすまんが。。。。
                      現実派
                   ∧_∧ ∬
                   ミ,■Å■ノ,っ━~
                  と~,,, 読~,,,ノ
                     .ミ,,,/~),│ ∧_∧
    左派←─────── .し'J──────( *・ー・)彡─→右派
             .∧_∧      │       ⊂  産 つ
            (´m`  )     │
           ●~φ毎⊂ )     │        
                        │  
  ∧_∧                  │
 (-@∀@)            .     │
 (.  朝 )                夢想派





レバノン紛争がただの近隣同士のケンカでなく、イランと米国の
代理戦争でもあった。
ヘズブラの勝利はアラブを激変させた。


2006年8月18日 金曜日

レバノンの戦いは米国、イラン、パレスチナの問題でもある 8月9日 エコノミスト

チェスに「ツークツワンク」という用語がある。次の一手を打てば、それがどんな手であろうと、必ず悲惨な結果につながる局面のことだ。
 8月初め、エフード・オルメルト・イスラエル首相はそんな状況に追い込まれた。もし彼が攻撃を停止すれば、武装組織ヒズボラは、地域の超大国から3週間攻撃されても、兵士たちがなお戦い続け、イスラエルの町や村にロケットを打ち込んでいたというだけで勝利を宣言するだろう。
 
 もし逆に、オルメルト首相がレバノンに深く攻め込むことを選べば、6年前にレバノンから撤退したことで終わったはずの代償の大きなゲリラ戦に再びイスラエルを陥れる危険性がある。
 
 こうしたリスクを避けるため、オルメルト首相は存在しないかもしれない中道を行こうとしている。オルメルト首相は8月2日、ヒズボラの武装解除を完遂するために「強力な」国際部隊が到着するまで、イスラエルはレバノン南部への侵攻を続けると述べた。やけに単純で、楽観的ではないか。オルメルト首相がそう語ったのは、ヒズボラが記録的な数のロケットをイスラエルに打ち込んだ日であり、国際部隊などまだ存在しておらず、それを編成する計画さえ漠然とした検討段階のことだ。
 
 一体、誰が国際部隊に派兵するのか。彼らは実際に力ずくでヒズボラを武装解除させる気があるのか、またそれが出来るのか。武力でなければ、どんな取引があるのか。未知数ばかりの中でほぼ確実と言えるのは、結局この戦争はどちらが勝ったか曖昧なまま、始まった時と同じように混乱の中で終わるだろうということだ。

イランと米国の代理として

引き分けで終わるのも時には悪くない。イスラエルが1948年と67年に経験したような圧倒的勝利は、一方に傲慢さを、もう一方に打ち砕かれたプライドを残し、何十年にもわたって和平構築の妨げとなる。それとは対照的に、イスラエルもエジプトも勝利を主張した73年の戦争は、エジプト人の名誉を回復する一方、イスラエルには、シナイ半島と引き換えに最強の隣人との和平を得る交換に価値があると認めさせた。
 
 80年代後半のパレスチナ人によるインティファーダ(反イスラエル抵抗運動)も、ある意味で引き分けに終わった。パレスチナ人はイスラエル人をヨルダン川西岸とガザ地区から追い出せなかったが、イスラエル人の方も占領を終わらせようとするパレスチナ人の解放運動の熱を抑え込むことはできなかった。
 
 しかし、こうしたことのおかげで、イツハク・ラビン(当時、イスラエル首相)は、ヨルダン川西岸とガザ地区における独立国家となっていたはずの萌芽をヤセル・アラファト(当時、パレスチナ解放機構=PLOの執行委員会議長)に与える必要があると確信したのだ。

 現在行われている戦争は、イスラエル・アラブ戦争の歴史の中で最も熾烈な戦いの1つだ。これまでイスラエル国民は、これほど継続的で無差別な自国への爆撃に直面したことはなかった。これに比べると91年のサダム・フセインによるスカッド・ミサイル攻撃は、一過性の嵐のようなものだった。
 
 そして、この数週間イスラエルがレバノンでそうしているように、イスラエルが戦場から人々を一掃するために数十万人のアラブ民間人に家や村からの非難命令を出す資格があると感じたのは、イスラエル独立戦争以来のことだ。レバノンの民間人を中心に何百人もの死者が出たにもかかわらず、今回の戦争は過去最悪の致命的な地域紛争には至っていない。しかし、それは憎しみで満ちていた器に、均衡を破るほどの新たな憎しみを注ぎ込んだ。

戦争の先にある戦い の続き・・

多くの血が流され、怒りが生まれているが、この戦争はその代償について、また、以前イスラエルと近隣諸国が激戦の末に引き分け、その後外交の道が開かれたというような利点について、再び考え直す動きへとつながる可能性があるのだろうか。事態の行方は調停者の技量によるところが大きい。しかし今回、予兆は明るい展望を示していない。

その理由はイスラエルとレバノンの争いが複雑だからではなく、その反対だからだ。両国には実は大して争う理由はない。イスラエルはエジプトと「領土と平和の交換」を実行したし、いつかパレスチナともそうしなければならないだろうが、イスラエルとレバノンの間には、そんな苦痛を伴う取引をする必要がない(シェバア農地として知られる小さな「係争地」は、せいぜいヒズボラが争いを正当化するために使う口実にすぎない)。実際、今回の紛争は一義的にイスラエル対レバノンの問題ではなく、むしろイスラエル対ヒズボラの支援国イランの、そして米国対イランの戦いだと言える。そのせいで解決が困難を極める。特に、超大国米国が調停者どころか事実上の主役としてサダム・フセイン(元イラク大統領)後の中東支配権をイランと争う中で、多少なりともこの戦争でイスラエルを代理人として利用したいという誘惑に駆られているからだ。

これは恐ろしい新局面である。1世紀にわたるシオニズムとパレスチナのアラブ人との争いは、そこへ新たに世界や地域の争いを加えるまでもなく、既に独力で解決できないほど激しいものだった。冷戦はパレスチナにおける争いを長引かせた。最も期待できる和平工作が、ソ連が米国と中東支配権を争うのをやめた後に実現したことは偶然ではない。今、中核となる争いは再び、もっと大きな争いの中にもつれこんでしまっている。しかも今回は恐らくもっと危険だ。イランは50年代と60年代の非宗教的アラブ諸国以上に熱心に、イスラム主義を反シオニスト主義の中心に据えようとしているからだ。

イラン側の見方をすれば、イスラエルに対するヒズボラの不敵さは、敬虔なイスラム教シーア派というブランドの素晴らしい宣伝だ。これはサウジアラビアのような、アラブ社会における米国同盟国を大いに当惑させる。サウジはイスラム教スンニ派を率いたいと強く望んでいるのに、アラブ・イスラエル戦争の傍観者でいればいつも腰抜けと見られてしまう。それはまた、エジプトとヨルダンという、イスラエルと和平を結んで悪評を得た国々を不安に陥れる。パレスチナ領では、ハマスの力を強める。ハマスはイスラエルとの和平に宗教上の異議を唱え、より協調的で宗教色の薄いファタハを抑え込んでいる。シーア派をひどく嫌いイラクで殺害しているアルカイダでさえ、先日、この騒ぎに参加せずにはいられなかった。ウサマ・ビンラディンの代理人であるアイマン・アル・ザワヒリが洞窟からひょっこり出てきて、イスラム対ユダヤ人、十字軍との戦争では、イラク、アフガニスタン、レバノン、パレスチナは今や一枚岩の前線部隊だと語ったのだ。

関係の切断 

レバノン紛争がただの近隣同士のケンカでなく、イランと米国の代理戦争でもあるとしたら、それが終わった時、どうすれば持続的な平和を実現できるのだろうか。

米国のヘンリー・キッシンジャー(元国務長官)のような(新保守主義者と反対の)外交政策の現実主義者たちの間で勢いを得てきた意見がある。この機を利用して、何年間も米国とイランとの間で議題となってきた「包括的取引」をなし遂げるというものだ。中東地域のあらゆる争い――イランの爆撃、イラクの将来、シリアの孤立、レバノン内のヒズボラ国家、パレスチナ人の報われない大義など――はどれも互いに絡み合っているのだから、今、そのすべてを総合的に解決し始めることを考えてはどうか。

国連安全保障理事会は7月末、イランにウラン濃縮をやめるよう再度警告したが、米国がイランに対してもう一度、この要求に従うことで得られる政治的・経済的利益を強調しても損にはならない。米国とイランは話し合わなければならない。それでもやはりこの壮大な取引には、最も独創的な外交手腕をもってしても手が届かない可能性はある。

となると、いくつかの要素を切り離した方が、あまりにも多くのものをつなぎ合わせようとするより賢明かもしれない。とりわけパレスチナ人の展望は、様々な部外者が時折彼らの大義を乗っ取り、イスラエルや米国、または両国に対するイスラム教徒の反感を煽るようなことをしなければ、今より明るいものになるだろう。

イスラエル人とパレスチナ人の双方が十分な勇気と寛大さを示せば、恐らくまだ取引できることはある。突き詰めると、パレスチナ人に国を与えることができるのはイスラエル人だけで、イスラエル人が中東で切望している合法性を彼らに与えることができるのはパレスチナ人だけなのだから。紛争地域でお互いの利益が最も密接に一致しているのは、この2つの民族だ。結局この問題を解決することが、より広範な和平を促すための最善策なのだ。


「ヘズブラの勝利はアラブを激変させた」 08月16日 佐々木 良昭

中東最強を誇るイスラエル軍と戦い、結果的にレバノンのヘズブラが勝利したことは、多方面に渡って大きな変革をアラブ世界に生み出している。あるいは、イスラエルやトルコ、イランを含めた中東世界全体に大変革を起こしているのかもしれない。

   イスラエルは今回の戦争で、ヘズブラに勝利したと主張しているが、それを信じるイスラエル人は何処にもいまい。だからこそ戦後に、イスラエル政府内部で責任のなすり合いが起こり、軍内部では意見が割れ、そしてオルメルト首相が追い詰められ、イスラエルとアメリカの関係までも複雑なものになっているのだ。

  実際には、ライス国務長官の奔走によって成立したのだが、国連が主導する形でヘズブラとイスラエルの停戦が成立した。それは、これ以上イスラエル軍がダメージを受け、イスラエル国民を死の恐怖にさらすことが出来なかったからであり、イスラエルを窮地から救うための停戦工作であった、というのが正直な判断であろう。

  これまでイスラエルは、アラブには絶対敗北しないと自信を持っていたのであろうが、今回の戦争で、イスラエル軍がいかに新しい形の戦争に弱いかを露呈してしまった。つまりゲリラ戦(非正規軍との戦闘)に対する対応能力が無いということだ。

  この現実を前に、イスラエル側は今後真剣に対応策を練ったとしても、そう簡単には不利な情況から脱出することは出来まい。停戦後間も無くそれが破られ、イスラエル側の攻撃が起こるだろうと予測する専門家は多いが、イスラエルに出来ることは空爆を継続し、レバノン全土を壊滅的な状態にするということだけであろう。そのことは、ヘズブラを打倒することとは全く異なるのだ。

  もし、イスラエルがそうした蛮行を行えば、アラブ諸国の中では大衆が政府を非難し、イスラエルとの戦争に立ち上がらせるであろうし、政府がその大衆の意思に応えなければ、打倒される可能性があるということだ。

  アラブ以外の欧米でも、イスラエルの攻撃はひどすぎるとして、イスラエルに対する非難の声が高まり、結果的にイスラエルは世界で孤立することになろう。その情況はイスラエルやユダヤ人がどれだけマスコミを操作しても、防ぎきれないものであろう。

  以下に中東で起こりつつある変化の幾つかを列挙してみる。

(アラブ諸国)
   :ヘズブラがイスラエルに勝利したとアラブの大衆は実感している。
   :したがってイスラエルは不敗という神話はアラブ人の間で崩壊した。
   :政府が決断しなければアラブ各国の軍がクーデターを起こしてでもイスラエルと戦争をする可
    能性が出てきた。
   :アラブ各国政府はほとんどがアメリカの強い影響下にありイスラエルとの戦争を決断出来無
    い。
   :アラブ各国政府は従って今後不安定化していく。
   :アラブ政府お抱えのイスラム学者は大衆が認めなくなる。あるいはお抱えイスラム学者が政府
    の命令を聞かなくなる。
   :アラブ各国政府は対応に苦しみ、困惑の中で間違った選択を繰り返す可能性が高まっていく。

(イスラエル)
   :小規模なヘズブラにイスラエル軍が完敗したことをほとんどのイスラエル国民が実感している。 
   :イスラエルが安全な土地ではなくなった。
   :アラブ側からの攻撃が何時起こるか分からないという強い不安感が広がっている。
   :イスラエルの兵器がゲリラ戦の前に能力を十分に発揮出来無いことをイスラエル国民が知っ
    た。
   :ヨーロッパとアメリカがイスラエルのために本気で支援してくれるとは思えなくなった。
   :イスラエル国民や世界中のユダヤ人は、アメリカやヨーロッパの大衆がイスラエルに批判的に
    なってきていることを感じ始めている。
   :イスラエルの政府、軍内部で幹部は責任の擦り合いをしている情況が国民に明確に分かった。
   :アラブの大衆が暴力(戦闘)によって権利を勝ち得ることが出来ると考えるように心理が変化した
    ことを知った。
   :1967年戦争以前の国境を現実のものとして検討しなければならなくなってきた。
   :イスラエル国民はイスラエル国家が消滅する不安を感じ始めている。

  アラブ・イスラエル双方でいま、挙げればキリがないほど精神的、あるいは物質的変化が起こり、それが増殖現象を起こしているのだ。

  そのきっかけはシャロン首相が病気で倒れたことに始まる。その後継者となったオルメルトは、世紀の転換期に起こる大きな時代の変化のエネルギーの波に対応するだけの能力を持ち得なかったのではないか。

  その後に起こってくる現象、行動への結果は、押しなべてイスラエルにとって不都合なものとなっていこう。ここでイスラエルが踏みとどまり、冷静に考えて対応していかなければ、アラブがイスラエル建国以来望み続けてきた、イスラエルにとっての悪夢が現実のものとなろう。

  経典の民は神の意思を必要以上に意識するときがある。賢いユダヤ教徒もその例外ではあるまい。それだからこそいま冷静さを維持し、客観的に現状を考え判断しなければならないのだ。そして自分の能力を超えた部分については、友好的な国と相談し、あるいは敵とも妥協する勇気を持つべきであろう。

  このイスラエルの窮地に、イスラエルに愛情を持って接し、対応に協力してくれるのはトルコと日本であろう。そのことにイスラエルの賢者たちは既に気が付いているはずだ。

  他方、アラブは「汝の敵を愛せ」という言葉を深く理解し、勝者であるが故の礼節を忘れるべきではあるまい。アラブの誇るべき慣習には「たとえ敵であっても救いを求めてくる者は拒まない」というものがあったはずだ。

  そうでなければ、イスラエルとユダヤの民はアラブをあくまでも野蛮な民族とし、何時の日にかあらゆる兵器を駆使して叩き潰そうとするであろう。そこには共生も発展も平和もないのだから。

  エジプトの故サダト大統領が第四次中東戦争でイスラエルとの間に互角の戦いをし、名誉ある和平に踏み切ったように、今回のレバノン戦争を機に、アラブとイスラエルがもう一度名誉ある和平を考え、共生する途を探るべきではないのか。そのための舞台を日本は喜んで提供すべきであろう。


(私のコメント)
今回のイスラエル・ヒズボラの戦争はどちらが勝利したかを判断する事はまだ早いと思いますが、おそらく戦闘ではイスラエルが勝利したが、政治的にはヒズボラの勝利といえるだろう。相手に与えた損害はイスラエルの方が大きいが、受けた損害も大きくイスラエル自身が発表した戦死者は120名近くであり、多くが無敵と呼ばれたメルカバ戦車の搭乗員だ。その為にイスラエル軍の戦車出身の司令官が更迭された。

http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1841102,00.html

戦車は小火器しか持たぬゲリラには無敵ですが、新型の対戦車ミサイルがヒズボラに配備された事によりイスラエルのメルカバ戦車は多大な損害を蒙った。その為にイスラエル軍の歩兵部隊は前に進む事が出来ず、リタニ川まで到達する事ができなかった。一部は確かに到達したが軍事的な意味はないものだった。

今回のイスラエル軍のレバノン侵攻の目的はヒズボラのロケット攻撃を叩く事ですが、ヒズボラ側は最後まで1日に200発以上ものロケット攻撃を継続していた。イスラエル軍もこのロケット発射機を虱潰しに攻撃したのですが、単なる筒のようなものだから破壊してもあまり意味はなく、最後までヒズボラのロケット攻撃を封ずる事はできなかった。

ニュースを見るとイスラエルとヒズボラの双方が勝利宣言をしていますが、今後の政治的な影響ではヒズボラの勝利の見方が増えるだろう。ヒズボラが使ったロケットはカチューシャと言う第二次大戦で使われた骨董品のようなもので、廃棄処分しなければならないようなものをヒズボラに提供して「廃棄処分」させているからいくらでも補給されるだろう。

ヒズボラには長距離ロケットも提供されているという噂ですが、今回は使用されなかったが、イスラエルは日本の四国程度の小さな国だから全土がヒズボラのミサイル攻撃に遭う可能性もある。カチューシャと同じく古い中古品のミサイルでもイスラエルにとっては脅威になる。

ヒズボラへのミサイル提供認める イランの元駐シリア大使 8月5日 産経新聞

イスラエル軍が一ヶ月経ってもヒズボラを制圧できないのも驚きですが、ヒズボラはイスラエル空軍がバンカーバスターで攻撃する事を予想してバンカーバスターでも届かない深度の地下バンカーを作っていた。このようにレバノンを要塞化してしまうとイスラエル軍が地上を制圧しても迷路のような地下バンカーを全部潰す事は不可能である。

驚きたじろぐイスラエル軍 ヒズボラ、地下40bに空調バンカー(壕) 8月11日 ガーディアン

おそらくこのような地下壕はレバノン南部のみならずシリアやヨルダンなどにも作られている可能性がある。イスラエルにはアメリカから多くのバンカーバスターが供与されましたが、地下40メートルものバンカーバスターも通用しない地下壕を作られると、無敵のイスラエル軍も打つ手がなくなる。

今回はヒズボラは対空ミサイルはあまりなかったようですが、イランやシリアなどから供与されたらイスラエル空軍機も打ち落とせるようになるだろう。このように正規軍とゲリラとの戦闘の様子はかなり変わってきたことがわかる。今回はまさにイスラエルのメルカバ戦車の墓場になったようなのですが、日本のニュースではまったくその様子は報道されていない。

8月にはいってネットでもイスラエルとヒズボラの戦争にふれたブログもあるようになりましたが、日本人の中東問題に対する関心は本当に低い。自衛隊もゴラン高原に派遣されているのですが日本のマスコミは何処も取材に行かない。せいぜいNHKがベイルートからコメントするだけだ。

米英のニュースによればイスラエルとヒズボラの戦争はアメリカとイランとの代理戦争の様相を呈しており、兵器の実験場でもあり中古兵器の処分場でもある。アメリカはヒズボラとイランとの関係を暴いてイラン攻撃に繋げるかもしれないが、威勢のよかったアメリカのネオコンもイスラエルの苦戦を見て怖気づいたことだろう。しかもイスラエルから6000億円もの請求書がアメリカに回されてくる。


イスラエル:ヒズボラとの戦闘で費用6千億円

15日付のイスラエル紙イディオト・アハロノトによると、レバノンの民兵組織ヒズボラとの約1カ月にわたる戦闘で、イスラエル側の戦費や建物の修復費などは推定250億シェケル(約6630億円)に上った。

 政府の年間予算の約10%、軍事予算の半分以上に当たる。

 内訳は戦費が100億シェケル、損害を受けた建物などの修復費60億シェケル、経済成長の損失60億シェケルなど。今後、経済成長の損失推定額が増え、全体で300億シェケルに上る可能性があるとしている。(共同)

毎日新聞 2006年8月16日 9時46分





中国や韓国はA級戦犯分祀でも靖国参拝は容認せず
朝日日経は江沢民の指示に従って工作活動をしている


2006年8月17日 木曜日

NHK 8月15日 「日本のこれから」より

20代30代のネット世代はマスコミの扇動には乗らない


「歴史問題、永遠に言い続けよ」江沢民氏、会議で指示

【北京=藤野彰】中国の江沢民・前国家主席(前共産党総書記)が在任中の1998年8月、在外大使ら外交当局者を一堂に集めた会議の席上、「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示し、事実上、歴史問題を対日外交圧力の重要カードと位置付けていたことが、中国で10日発売された「江沢民文選」の記述で明らかになった。

 中国は胡錦濤政権に移行した後も一貫して歴史問題を武器に対日圧力をかけ続けており、江氏の指針が現在も継承されているとすれば、歴史問題をめぐる中国の対日姿勢には今後も大きな変化が期待できないことになりそうだ。

 同文選(全3巻)は江氏の論文、演説などを集大成したもので、これまで未公開だった重要文献を多数収録。江氏は同年8月28日に招集した在外使節会議で国際情勢について演説、この中で対日関係に言及し、歴史問題の扱いをめぐる指針を示した。

 それによると、江氏は「日本の軍国主義者は極めて残忍で、(戦時中の)中国の死傷者は3500万人にも上った。戦後も日本の軍国主義はまだ徹底的に清算されていない。軍国主義思想で頭が一杯の連中はなお存在している。我々はずっと警戒しなければならない」と述べ、日本の軍国主義はなお健在との認識を表明した。

 さらに、台湾問題との関連で「日本は台湾を自らの『不沈空母』と見なしている」と批判、「日本に対しては、台湾問題をとことん言い続けるとともに、歴史問題を終始強調し、しかも永遠に言い続けなければならない」と指示した。

 江氏は同会議の3か月後の同年11月に日本を訪問。滞在期間中は歴史問題を再三とりあげ、強硬姿勢を印象付けた。
(2006年8月10日19時35分  読売新聞)


首相の靖国参拝 ネットで圧倒的「支持」 8月16日 JCASTニュース

2006年8月15日、小泉純一郎首相は「公約」どおり終戦記念日に靖国神社を参拝した。「首相の靖国参拝」について、翌日の新聞各紙は概ねこれを批判的に取り上げている。しかし、ネット上の反応は圧倒的に「小泉支持」が優勢だ。なぜこれほど乖離があるのだろう。

新聞各紙は、産経を除いて参拝に批判的

06年8月16日付の新聞各紙は、産経新聞を除いておおむね小泉首相の靖国神社参拝に批判的だ。    読売新聞の社説「『心の問題』だけではすまない」では、首相が「A級戦犯」を「犯罪人」としているのにもかかわらず、そこに参拝するということの「矛盾」を指摘。朝日新聞は「耳をふさぎ、目を閉ざし」と題した「社説」で、8月15日の参拝を「外交的な挑発と受け止められかねない行動」とし、「6回に及んだ首相の靖国参拝は誤りだった。戦没者の追悼という大事な問題で国内に亀裂を生み、偏狭なナショナリズムを刺激し、外交を行き詰らせた」と厳しく批判している。

   毎日新聞社説でも「意地を張っただけにも見える」「国内でも、国際社会でも通用するきちんとした回答を用意しておくべきだ。来年もこんな騒ぎを繰り返すのは、もううんざりだ」と小泉首相を批判。同紙1面ではさらに、「国家指導者としての思考の体系性、歴史観を決定的に欠いている」との記事を掲載している。

   一方、産経新聞だけが「6年越し 国益守る」と題した「小泉支持」の記事を1面に掲載。終戦の日の靖国参拝は国の戦没者慰霊のあり方を示したという点で「意義がある」というわけだ。

「マスコミが悪い」という若者は少なくない

   しかし、ネット上では、新聞各紙とは対照的に、「小泉支持」が圧倒的だ。
   ヤフーの「Yahoo!みんなの政治」で、06年7月4日〜7月12日に実施されたアンケート「日本の首相が靖国神社を参拝することについてどう考えていますか?」では、「とくに問題ない」「周辺諸国との関係が懸念されるが控える必要はない」「政教分離の問題があるが控える必要はない」の合計が61%で1,611票。否定的な1,060票を大きく突き放した。また、ライブドアニュースの投票でも、「あなたは、総理大臣の靖国神社参拝に賛成ですか?」との問いに、82.68%が賛成で、反対はわずか17.31%。「中国の思惑に利用させないよう、毅然とした態度をとるべきです。そして、靖国を問題として大げさに扱うマスコミも間違っています」などの「賛成派」のコメントも掲載されている。2ちゃんねるでも、「首相就任5年目でようやく、終戦記念日に参拝できた。これで、中国からの『悪しき外圧』から、日本の政治は解放された。」「騒いでるのはおまえらマスゴミ」など、小泉支持とマスコミ批判のカキコミで溢れている。

20代・30代では「参拝賛成」が実に72%

   なぜ、新聞各紙とネット上では、首相の靖国参拝をめぐる賛否がこれほど極端に割れているのか。
   若年のほうが年配者に比べて、ネット利用者が多いことが原因と見られる。つまり、若年層に首相の靖国参拝を支持する意見が多く、そういった若者がネット上で発言しているということだ。
   これを裏付けるのは、NHKが06年8月15日に放送の「日本の、これから 『アジアの中の日本』」番組内で行われたアンケート結果だ。これによれば、「首相の靖国参拝をどう思う?」との質問では、20代・30代で「賛成」が実に72%に達し、逆に「反対」は28%、と若い世代で目立って首相を支持している割合が多かった。50代・60代以上では、「賛成」と「反対」が拮抗している。
   これは、06年7月27日付の毎日新聞が掲載した世論調査で、「小泉首相の『8・15参拝』、次期首相の参拝ともに20歳代のみが賛成が反対を上回った」という結果と重なる。ネット上の「首相の靖国参拝支持」は、現代の若者の多くが持っている思想・感情を反映したものだ、といえそうだ。



分祀でも靖国参拝容認せず 韓国政府が内部確認 8月18日 北海道新聞

【ソウル16日共同】韓国の聯合ニュースは16日、小泉純一郎首相ら日本の政治家の靖国神社参拝問題について、A級戦犯が分祀(ぶんし)されても参拝は容認できず、問題解決とはならないとの考えを韓国政府が内部で確認したと伝えた。

 韓国政府は15日の小泉首相の靖国参拝に対し「A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社」との表現で非難したが、今後は靖国神社自体が「侵略戦争を正当化する」施設であるとの判断に基づき、靖国問題に対応していく姿勢を示したといえる。

 韓国の青瓦台(大統領官邸)関係者は聯合ニュースに対し、靖国神社内の「軍事博物館」である遊就館は軍国主義を美化する施設と指摘。分祀した後に政治家らが参拝しても容認できないとし「靖国問題はA級戦犯の分祀では解決できない」と言明した。


靖国参拝、「戦犯外せば容認」3割 日中世論調査 8月3日 朝日新聞

経済界や学界の有志でつくる「言論NPO」と北京大学などは2日、日中両国で行った共同世論調査の結果を発表した。中国側での調査では、日本の政治家による靖国神社参拝について、51%が「どんな条件でも反対」と強い拒否反応を示したものの、30%は「戦犯を外せば参拝してもよい」と答えた。

 中国側の調査は今春、北京、上海など5都市で実施し、1613人が回答。日本側では同時期に全国で行い、1千人から回答を得た。

 靖国参拝をめぐる質問では「戦犯」の区分に言及していない。靖国参拝に対する中国側の反発は根強いものの、A級戦犯の分祀(ぶんし)が実現すれば、一定の理解を得る可能性を示す結果と言えそうだ。

 また中国側調査で、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに対して中国政府が取るべき態度については、「反対」が40%だったが、「支持」と「条件付き支持」も合わせて35%を占めた。

 現在の日中関係については、中国側で41%、日本側で69%の人が「よくない」と答えた。ただ、関係悪化の責任の所在については、日本側では35%が中国、15%が日本にあると考えているのに対し、中国側では98%が日本にあると答えており、違いが際だった。

 日本側で「軍事的脅威を感じる国」に中国を挙げた人は43%に達した。北朝鮮(72%)に次ぐ多さで、「核兵器の保有」「軍事力の増強」「日本領海への侵犯」などが理由の上位となった。



(私のコメント)
15日の小泉首相の靖国参拝で当面は一段落着いたようですが、日経新聞の富田メモや朝日や毎日のそれに対する援護射撃で、靖国参拝反対派の工作活動がありましたが、それにもかかわらず世論を動かす事にはマスコミは失敗したようだ。一応新聞テレビは中立を装っていますが、中国や韓国はこう言っているというニュースを大々的に報道する。

最初から政府は内政干渉だと突っぱねればよかったのでしょうが、中曽根総理が中国の工作にしてやられて参拝を中止した。それ以降、総理の参拝は行なわれなくなり、内閣改造のたびに朝日の新聞記者は新大臣に対して靖国参拝をするかどうかチェックされるようになり、媚中派の内閣が続いた。

中国にとっては靖国問題で牽制すればODAは増額されるし、総裁選挙にも干渉できることで格好の外交カードにされてきた。中国のお先棒を担ぐマスコミは小泉首相が靖国参拝すれば軍国主義の復活だのと書きたてて、日本の国益よりも中国の国益を優先するような記事を書きたてた。

90年代は中国や韓国の意見を代弁する事で世論をリードして、その見返りとして取材や情報などの利権を得てきた。さすがに特派員を国外追放するような事はなくなったようですが、今でも反中国的な記事を書けば取材などで嫌がらせをしてくるようだ。

経済界も中国市場に目が眩んで靖国神社参拝に反対しているようですが、中国に工場などを建てればそれが即人質になってしまう。大企業ならともかく中小企業はそれで泣かされている。一時期A級戦犯を分祀すれば抗議はしないと言う意見も流れましたが、最近のニュースによればどのような条件でも靖国参拝は反対と言う事らしい。

日本という国は中国や韓国や北朝鮮やロシアやアメリカといった自己中心的で傲慢無礼な性質の悪い国に囲まれていますが、彼らの言いなりになっていたら日本と言う国はズタズタにされてしまう。全ての国と仲良くなどと言うことは現実を見れば無理な事であり、どの国と手を組むかは国益を考えれば軍事力も最強で経済力も最強なアメリカと組むしかないだろう。

アメリカとも中国とも仲良くしようとすれば韓国のようになってしまう。米中双方から相反する要求を突きつけてきたらどちらかを選ばねばならない。現状からいえばアメリカを選ばねばならない。その為にはアメリカの理不尽な要求にも屈せねばならないのですが、中国よりかはましだと言う事だ。

だから靖国神社とは日本外交の象徴のようなものであり、靖国神社を参拝する総理は親米派と言う不思議な構造が浮かび上がる。アメリカはさいわい靖国問題はノークレームであり、靖国参拝を小泉首相にさせているのはアメリカの差し金かもしれない。靖国はアメリカによる日中分断工作なのだ。

中国はバカな国であり小泉首相の外交的挑発に引っかかって靖国参拝で抗議してきた事で日本外交をアメリカ寄りにしてしまった。国民の世論調査でも若い人ほど靖国参拝に賛成であり、中国韓国に対する反感を強める結果をもたらしている。それは何処に原因があるのだろうか?

NHKの番組でアンケートをとっていましたが20代、30代の若い世代はネット世代であり情報をネットから得ている。それに対して50代60代の戦後派世代は日教組の反日教育でネットとは縁が薄く新聞やテレビから情報を得ている。つまり情報の格差社会が訪れてきているのである。

この傾向はますます強くなり、ネット世代が社会の中心世代になればテレビや新聞よりもネットジャーナリズムが世論をリードするようになり、新聞は廃れてテレビは娯楽番組しか用はなくなるだろう。株式日記も保守派、民族派、右翼的なのですが、マスコミが左翼的である限りネットは右翼的にならざるを得ない。つまりネットは反体制であり体制とはマスコミの事だ。

言い換えれば政権に対してマスコミが反体制なら、ネットは反反体制であり小泉政権はそれを上手く利用しているのかもしれない。あるいは政府とマスコミは一体化して本当の反権力はネットしか無くなっているのかも知れない。つまりマスコミは権力にはべったりにもかかわらずイデオロギーは左翼的であるのに対して、ネットは反体制右翼なのだ。


昨日のNHK「日本の、これから」アンケート結果  2ちゃんねるより

Q1靖国参拝アンケート 投票総数 40362
         実際の% NHK発表
賛成 25636  63.5%   63% ←何故か切捨て
反対 14726  36.5%   37% ←何故か切り上げ
http://up2.viploader.net/pic/src/viploader267234.jpg
http://up2.viploader.net/pic/src/viploader267235.jpg

Q2靖国神社は慰霊の場所として 投票総数 23565
              実際の% NHK発表
ふさわしい   10853  46.0%   41% ←5%減ってる
あり方を変える 6807  28.9%   30% ←1.1%増えてる
ふさわしくない  5905  25.1%   29% ←3.9%増えてる
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http://vipup.sakura.ne.jp/512kb/src/512kb_0793.jpg

Q3中国はどんな存在?
ライバル  73%
パートナー 27%
http://nov.2chan.net/b/src/1155650204986.jpg

Q4日本はどちらに軸足を置くべき?
アメリカ 44%
アジア  39%
その他  17%


2ちゃんねるのマンガより

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イスラエルのメルカバ戦車は1ヶ月かかってもリタニ川まで
到達できず、100台を超えるメルカバ戦車が破壊された。


2006年8月16日 水曜日

ヒズボラ、強力な対戦車ミサイルで抵抗=イスラエル軍に大きな誤算 8月11日 AFP

【エルサレム10日】軍事筋によると、レバノン南部でのイスラエル軍との戦闘で、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラはロシア、イラン製の強力な対戦車ミサイルを極めて効果的に使っている。戦闘開始以来、レバノン南部で死亡した68人のイスラエル軍兵士の多くは、これらのミサイルの犠牲となっている。(写真は、イスラエルの対レバノン国境付近のイスラエル軍戦車)

イスラエル紙イディオト・アハロノトは10日、ヒズボラが発射した25発の対戦車ミサイルのうち、4分の1が目標となった戦車の装甲を突き破り、大きな損害を与えたと報じた。イスラエル軍のメルカバV、W戦車は世界有数の頑強な装甲と防御システムを持つとの評判を取っており、このことはイスラエル軍の誇りに大きな打撃を与えている。イスラエル軍はまた、ヒズボラがよく訓練されており、戦車の非常に近距離からミサイルを発射するなど、その抵抗のレベルの高さにも驚かされている。

戦略研究の専門家は、ヒズボラの対戦車ミサイルの多くは、ロシア製もしくはイランで製造されたロシアモデルだと指摘する。同氏によると、最も強力なミサイルはメティスMとコルネット。両ミサイルはロシアによって製造され、1990年代にシリアに引き渡された。近代戦車の装甲を貫通させることを主眼に設計された、強力な破壊力を持つミサイルだという。ヒズボラはまた、イランで製造されたロシアの最新型のマリュートカ・ミサイルやロシア製のファゴット・ミサイルも入手している。これらの対戦車ミサイルは1メートルもの厚さの装甲を貫通し、1・5−5キロの射程距離を有するという。

同専門家は、イスラエル軍はヒズボラが大量のミサイルを持っていることは承知していたが、メティスMやコルネットまで所有していることは知らなかったのではないかと指摘している。〔AFP=時事〕


Hezbollah's Anti-Merkava Missiles 8月13日

7月12日以来のヒズボラとイスラエルの間の戦争中の転機は、確かにあります、ヒズボラの対戦車ミサイルです。その、恐らく、イスラエルが7月19日にその地上攻撃を始めたので、イスラエルの最も高度なタンク、メルカバ4型戦車は著しく非活性化しました。

ヒズボラによってロシア製メーティスM1およびヨーロッパ製ミラノ対戦車ミサイルを使用することによって、報告書によれば、100台を越えるメルカバ戦車が殺害を含めて、それらの乗組員を負傷させて破壊されました。 AP(AP、8月5日(土))、それは2日間で報告された、8月3日(木)および8月2日(水)、ヒズボラの戦士は3台のメルカバ戦車に対戦車ミサイルを発射しました。それらは直ちに貫通されました。そして、そのチームの7人の兵士が死にました。

AP(8月5日)によって引用されたイスラエルの軍隊によってイスラエル製メルカバ戦車は鋼の山脈、イスラエルの軍事力のシンボルとして誇ります。この評判にもかかわらず、ヒズボラの対戦車ミサイル、信頼できる出所によって、、慣例的に、一日単位で平均2台のメルカバ戦車を破壊した。

ヒズボラの戦士によるこの高度な進行は、レバノンの国境の内部で、最大5マイル以内のイスラエルを前線に制限する際に一方では成功しました。他方にいる間、リタニ川(イスラエルのレバノンの国境からの18マイル)の南に到着するためにイスラエル軍を妨害しました。その軍隊はジャイルl(境界からの2マイルの村)を制圧しました。

今日8月10日に、それは、まだジャイルの郊外上のディビ村でヒズボラの戦士との激しくひどい戦いについて話しています。この抵抗はヒズボラのその対戦車ミサイルの効果的使用のために可能性を物語りました。

推測と噂はそれに関して広がり始めました、ヒズボラは過去2年にわたって持っています、メーティスM1およびミラノ対戦車ミサイルを保持しています。しかしながら、ヒズボラのその軍事の技術を高めることへの野望を知って、これらの理論と逸話は根拠がないわけではありません。それらはヒズボラによって確認されて、公式にありませんでした。

APとジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーからの現地報告は次のことを示唆します、ゴラン旅団の精鋭部隊を含む、概算120人のイスラエルの兵士のうちのほとんどは、ヒズボラの精巧なミサイルによって彼らのメルカバ戦車の中で殺されました。ヒズボラのメーティスとミラノの対戦車ミサイルの利用中の戦術は、なぜイスラエルがその地上攻撃を遅らせなければならなかったかに関して質問に答えました。

猛烈なことに最初の週として、毎日・24時間連続爆撃、イスラエル政府に証明された、どのように、誤算され、イスラエルは7月19日にその地上攻撃を始めました。

ガードナーが、8月5日のBBCのテレビとのインタビューで、怒って叫んだので、イスラエルの「災難のエラー」は、過去28日間、その毎日のひどい空爆キャンペーン中に、イスラエルのレバノンの内部の領土についての情報および知能大失敗のドミノ現象です。イスラエルのヒズボラとのその戦い中の正確な情報および知能の不足は、巨大な損失を、ほとんど恐らく、すべての正面で引き起こしました。

イスラエルはヒズボラへの好意の中で、宣伝戦に負けました。単に、それが国際的な世論の前に倫理の視点から見て致命的な危機にあるので。イスラエルがレバノンで委託した大虐殺、大虐殺および非人道的犯罪は、全世界に衝撃を与えました。

ここで生じる疑問はイスラエルを持っています、前線で達成した7月19日にヒズボラと戦うその土地において、国境の侵入がありました。ヒズボラのロシアのメティスおよびヨーロッパのミラノ対戦車ミサイルはイスラエルのメルカバ戦車を貫通し続けます。


イスラエルのメルカバ戦車が3発のミサイルで炎上(動画33秒)


(私のコメント)
昨日の15日は靖国問題で朝から晩までテレビで特集などを放送していましたが、コメンテータの発言は決まりきったもので退屈なので直ぐに切ってしまった。中国や韓国にとってはナショナリズムを煽る格好の材料なので騒いでいるだけで、小泉首相にとっても靖国参拝はナショナリズムを煽る材料であり、テレビにとっても視聴率を稼ぐ材料なのだ。

昨日は加藤紘一議員の自宅と選挙事務所が放火で焼かれましたが、犯人は右翼団体の男らしい。このように中国や韓国や反日マスコミが騒げば騒ぐほど世論は硬化して右翼が暴れだすだけだ。NHKの夜の討論会でも靖国参拝是か非かでアンケートをとっていましたが、60%が賛成で反対は30%ほどだった。どうもマスコミのアンケート結果とはかなり違うがどちらが正しいのだろう?

そもそも靖国神社参拝と大東亜戦争の評価やA級戦犯の評価とは分けて考えないと8月15日に首相が参拝するたびに大騒ぎになる。だから分けて考えるべきなのですが中国や韓国が靖国に参拝することは大東亜戦争を肯定することだとか、A級戦犯を英雄視するものだとか言うことは因縁を吹っかけているに過ぎない。このような事は歴史学会で話せばいいことだ。

それよりもイスラエルとヒズボラとの戦争は1ヶ月で停戦になりましたが、イスラエルはかなり苦戦したらしい。今後中東大戦争に発展するか、第三次世界大戦に発展するかの重要問題なのですが、日本では詳しくは報道されない。ネットなどで調べても日本人のブログでは無理なようで英語の情報だと詳しく報道されている。

それによれば今回のレバノン南部の戦闘はイスラエルのメルカバ戦車の墓場になったようだ。信憑性のある情報では一日に二台ぐらいの戦車が破壊されたというから一ヶ月で50台から100台位ののメルカバ戦車が破壊された事になる。そして戦死したイスラエル兵の多くが戦車の乗組員である。

メルカバ戦車は防御性能が高くて攻撃を受けても乗員の命は助かるように設計されている。それでもヒズボラ側の対戦車兵器はかなり強力なもので厚さ1メートルの装甲も打ち抜くほどの威力があるという。だからイスラエルは一時パニック状態になり予備役兵まで召集する事態になり、予備役兵は最新武器の取り扱いが出来なくて問題になった。

それでも停戦が合意されたのはイスラエルの被害が大きいのでアメリカも妥協して停戦になったものであり、本来ならリタニ川以南を全部占領してから停戦する予定だった。しかし毎日数台の戦車を破壊されてはイスラエル軍の崩壊に繋がるので急遽停戦が決まった。

このようなヒズボラの善戦はイランやシリアの支援があるからですが、ヒズボラは国家ではないからイスラエル軍は見えない敵と戦う事になる。イラクのアメリカ軍も見えない敵と戦って戦死者は2500名を越えていますが、時間が経てばたつほど見えない敵は武装を強化して襲ってくる。

イスラエルとアメリカはシリアとイランを叩く事を選択するのだろうか? その事は昨日書きましたが、シリアとイランの背後にはロシアと中国が付いているから、イラクの時のようなわけにはいかないだろう。爆撃は出来ても地上軍を派遣すれば今回のイスラエルのような反撃を受ける事になる。

ヒズボラはシーア派の軍事組織でありイラク南部もシーア派の地域であり、イラクのシーア派が総決起したら米軍はヒズボラに包囲される結果を招くだろう。それでもアメリカはイランを攻撃するつもりだろうか?


ヒズボラの武装解除は難航必至 レバノン 妥協案現実味乏しく

【カイロ=村上大介】レバノン停戦後の焦点の一つとなっているイスラム教シーア派組織ヒズボラ(神の党)の武装解除問題で、15日付の汎アラブ紙アルハヤートは、シニオラ政権とヒズボラの間で交渉が続いており、(1)南部に展開するレバノン政府軍はヒズボラの武装解除には当たらない(2)問題の解決に時間をかける−などの点で合意ができつつあると報じた。ヒズボラに軍事力で劣る政府軍が強制的な武装解除に当たることは最初から期待できない上、レバノンの複雑な内政事情も絡んで問題が長期化するのは必至だ。
 同紙によると、シニオラ首相(スンニ派)は、ビッリー国会議長(シーア派)らを通じてヒズボラ側と接触し、問題の解決を図ろうとしている。しかし、政府は現時点ではヒズボラに武装解除を迫っておらず、むしろヒズボラが内部の戦闘員や支持者らに国連停戦決議受諾について理解を求める時間が必要との立場を示しているという。
 ただ、ヒズボラ戦闘員が大量の武器を持つリタニ川以南とイスラエル国境との間の地域には、数日中に国連レバノン暫定軍(UNIFIL)が再展開し、UNIFILを増強する国際部隊もいずれ到着する。
 このため、ヒズボラの武装解除が盛り込まれた停戦決議を受諾したシニオラ首相は、ヒズボラとの間ではことを荒立てずに、イスラエルや国際社会からも「決議違反」と非難されない“解決策”を見つける必要に迫られている。決議に基づき南部に展開する政府軍約1万5000人は当面、リタニ川の北側で待機するという。
 ヒズボラがリタニ川以南に保有する武器を川の北側に移すのを黙認するという妥協案も浮上しているもようだ。政権基盤が弱いシニオラ首相にとって現時点ではこの妥協案が精いっぱいだが、この妥協案ですら実現は怪しい。
 ヒズボラの指導者ナスララ師は14日夜、ヒズボラ系のテレビ局アルマナールを通じて演説、イスラエルに対して「戦略的、歴史的な勝利」を収めたと宣言。「政府軍や国際部隊はレバノンを防衛してくれるのか」と述べる一方、武装解除については「まだ話す時期ではない」として応じない姿勢を鮮明にした。
 一方、イスラエル軍の一部が撤退を開始したレバノン南部での停戦はほぼ維持されており、イスラエル軍によると、14日夜から15日未明にかけてイスラエル軍に対して迫撃砲4発が発射されたが、被害はなかった。撤退した兵員数などは明らかにされていない。ハルツ参謀総長は15日、地元メディアに「レバノン南部からの撤退は順調に行けば1週間から10日で完了する」との見通しを明らかにした。
 シーア派を中心とした多数の避難住民も一斉に南部に帰還する動きを見せているが、国連関係者によると、大量の不発弾が残され、極めて危険な状態だという。
     ◇
 ■イスラエルの苦戦に米国は動いた
 【ワシントン=有元隆志】ブッシュ米大統領は14日、レバノンでの停戦発効を受け、イスラム教シーア派組織ヒズボラが「敗北を喫した」と語った。しかし、実際にはイスラエル軍がヒズボラの抵抗で予想以上に掃討作戦に手間取り、犠牲者も増えたため、米国としても11日の国連安全保障理事会での停戦決議を急いだようだ。
 「コンディ(ライス国務長官の愛称)は10日夜に決断した。(国連本部のある)ニューヨークに行き、まとまるまで座り続けると」。米政府高官は14日付の米紙ニューヨーク・タイムズに決議採択の舞台裏を打ち明けた。同長官が11日にニューヨーク入りするまで決議の行方は不透明だった。
 米仏両国は5日、いったんは戦闘停止に向けた決議案で合意した。ところが、イスラエル軍の撤退が盛り込まれていなかったため、レバノン側が反発。修正協議を行ったが、米国は国際部隊の派遣前にイスラエル軍が撤退することには難色を示した。シラク仏大統領は独自案の提出、ボルトン米国連大使は拒否権行使の可能性を示唆した。
 イスラエルはその間、レバノン南部での地上作戦拡大の方針を決めた。ヒズボラのロケット弾攻撃にイスラエル側の死傷者も増え、米政府内では「イスラエルが軍事的勝利を収めるのは難しい」(高官)とみて停戦が必要との認識が広がった。ライス長官によるニューヨーク行きの決断はこうした米政府内の考えを反映したものといえる。
 国連では10日夜、ボルトン大使がドラサブリエール仏国連大使らと折衝を重ねた。そしてレバノン側の求めに応じ、ヒズボラの強制武装解除を念頭に置いた「国連憲章7章」に基づく派遣ではなく、紛争当事者の合意が前提になる「6章に基づく国際部隊」とすることで合意した。
 ワシントン・ポストによると、決議の直前、イスラエルのリブニ外相からライス長官に同日3回目にかかってきた電話は「停戦」を受諾するとの内容だった。ブッシュ大統領もオルメルト首相と7月12日の攻撃開始以来初めて話をした。
 大統領は14日、改めて「ヒズボラに責任がある」と述べ、イスラエル支持の立場を強調。イランとシリアにヒズボラ支援中止を強く求めた。

(産経新聞) - 8月16日8時2分更新




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