株式日記と経済展望

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杉村太蔵衆院議員が公募に合格したのは、バックの「日本
歯科医師会」が持つ政治資金が狙いだったのでは?


2005年9月30日 金曜日

杉村太蔵衆院議員が公募に合格したのは、バックの「日本歯科医師会」が持つ政治資金が狙いだったのでは? 9月29日 板垣 英憲(いたがき えいけん)ニュースにブログ

迂闊にも大事なことを見過ごしていた。それは、杉村太蔵衆院議員が27日午後2時から自民党本部で記者会見していたころ、東京地裁開かれていた裁判のことである。日本歯科医師会(日歯)側から自民党旧橋本派への1億円ヤミ献金事件で、政治資金規正法違反罪に問われた村岡兼造元官房長官の第18回公判がこの日の午後1時から開かれていた。

 この日の公判では、青木幹雄元官房長官(参議院議員)が弁護側証人として出廷していた。

 マスコミは、裁判よりも杉村衆院議員の記者会見の方に興味を示し、160人もの報道関係者が自民党本部に押しかけた。このため裁判の方は、影が薄くなった。

 自民党は、なぜこの日に、杉村衆院議員の記者会見をセットしたのか。疑えばキリがないけれど、報道陣が裁判の方により注目するのを防ぐためではなかったか? かつて、米国クリントン前大統領が、モニカルインスキーさんとの不倫疑惑をめぐり大陪審に出廷して証言しなくてはならなかったとき、オサマ・ビンラディンがケニア・タンザニアのアメリカ大使館同時爆破する事件を起こし、これに対する報復のため、同じ日に巡航ミサイルの発射させ、マスコミの目を「報復措置」に向けさせたのによく似ている。

 もう一つ、大事なことを見逃すところであった。杉村衆院議員の父親が歯科医師であるという事実である。武部勤幹事長は、公募に応募してきた杉村衆院議員の経歴書から家族構成を見て、父親の職業に目を見張ったはずである。日本歯科医師会は、日本医師会、日本薬剤師会といういわゆる「3師会」のそれぞれの政治団体が、莫大な政治資金を持っていることを当然知っている。これらの団体は会員の親兄弟が自民党政治家として立候補する場合、資金面でも支援することになっている。

杉村衆院議員は、歯科医師でなくても、父親が歯科医師であることに目を向け、直ぐさま、「合格」判定したのではないか。橋本龍太郎元首相の引退に伴い、3師会への政治的影響力が低下している。利権に目敏い政治家が、これを見逃すわけがないのである。奇しくも、日本歯科医師会の政治ヤミ献金をめぐる事件の裁判が行われ、旧橋本派の重鎮・青木元官房長官が証人として出廷するとなれば、この大物政治家に恥をかかせてはならないと考えてもおかしくはない。

 と考えれば、杉村衆院議員は、自民党執行部にとって、とくに武部幹事長にとって、同郷・北海道に住む杉村一族を疎かにはできない。大変な「金づる」になるからである。うっかりして、杉村衆院議員のバックグラウンドを見過ごすところであった。杉村衆院議員が、「ニート」や「フリーター」の問題はともかく、すでに「日本歯科医師会」を背負っている「利益代表」にもなっていると見なくてはならないだろう。


個人献金一本化は形だけ?武部氏、管理団体は「休眠」 9月30日 読売新聞

自民党の武部勤幹事長の資金管理団体「翔武会」の2004年分の収入、支出、繰越金残高がいずれもゼロだったことが、30日付で公表された政治資金収支報告書で分かった。

 資金管理団体は個人献金の窓口だが、武部事務所によると、個人献金は地元北海道や東京都内にある複数の政治団体で受けているという。資金管理団体の制度は個人献金窓口を一本化して政治資金の透明化を図るためのものだが、形骸(けいがい)化を指摘する声も強く、武部幹事長のケースはその典型ともいえそうだ。

 資金管理団体はゼネコン汚職事件を機に、政治改革の一環として1995年に設けられた。政治家1人が1団体しか持てず、代表も政治家本人。企業などの癒着防止のため、00年からは企業・団体献金が禁止され、個人献金だけの窓口となっている。翔武会は95年1月に設立され、99年には約1億1000万円(個人献金は約130万円)を集めた。だが、企業・団体献金が禁止された00年以降、資金の出入りが激減し、昨年は資金の出入りがゼロになり、“休眠化”した。これについて、武部事務所は「企業献金を受けられず、(翔武会の)存在意義がなくなった」と説明。現在は主に企業献金を自民党北海道第12選挙区支部で、個人献金を複数の政治団体で受けているという。同事務所では、「必要に応じて互いの団体で資金をやり取りし、支え合っている」と話している。

 北海道選挙管理委員会に届け出る政治団体の04年分収支報告書は来月公表される見込みだが、03年分の報告書を分析したところ、武部幹事長の関連政治団体は政党支部のほか、少なくとも12団体あり、計約3億2000万円を集めている。しかし、この12団体で武部幹事長は代表者に就いておらず、外部からの把握は難しいのが実情だ。

 これに対し、武部事務所は「(それぞれの団体の)収支報告書の中身を見れば、幹事長の団体と分かるはずで、資金の透明性に問題はない」としている。

 資金管理団体の収入と支出、繰越金残高がいずれもゼロだった議員は、武部幹事長のほかに小泉顕雄参院議員(自民)、古屋範子、江田康幸両衆院議員(いずれも公明)、田英夫参院議員(社民)の4人いた。しかし、小泉事務所は「すべての献金を政党支部だけで受けている」とし、古屋、江田両事務所は「献金を受けずに党本部からの交付金で政治活動している」と説明。田事務所も「献金は一切受け取らず、議員歳費で活動している」と話しており、複数の政治団体で献金を受けていたのは武部幹事長だけだった。

 小林良彰・慶大教授(政治学)は、「多くの議員が、資金管理団体にはある程度の資金を入れておき、実際は政党支部やその他の政治団体でかなりの献金を受けている」と指摘。その上で、「政治資金の透明化を図るため、窓口を一つの銀行口座に限定し、総務省に届け出させるべきだ」と話している。


杉村太蔵議員 党本部で会見 神妙な態度の受け答えに驚く

「料亭に早く行ってみたい」に始まる数々の“放言”で物議をかもした自民党の新人衆院議員、杉村太蔵氏(26)が27日、「反省の気持ちを示すため」党本部で記者会見した。「国会議員としての自覚が足りないまま幼稚で無責任な発言を繰り返し、心からおわび申し上げます」と神妙な態度で受け答えして、集まったワイドショーのレポーターらを驚かせた。
 新入社員のような濃紺のスーツ姿で、世耕弘成・党広報本部長代理に付き添われて姿を見せた杉村氏は「品位のある言動を心がけ、政策を死ぬ気で勉強します」と充血した目を時おり用意した紙に走らせた。借りてきた猫のような態度に「ありのままの姿でない」と厳しい質問が飛んだ。しばらく絶句した杉村氏は「私は幅広い人間です」
 連休中に本を読み、自分を見つめ直したという杉村氏。しかし、読んだ本は「1冊」で、書名は「プライベートなこと」と明かさなかった。「しかられた生徒のようでかわいそうですね」と質問されると、「全然かわいそうではありません」ときっぱり。
 記者会見は約35分。レポーターやカメラマンら100人以上がごった返す横を通りかかった河野太郎衆院議員は思わず苦笑した。「党三役が出てきても、こんなに報道陣は集まらないな」【青島顕】
 ◇会見は党本部が”計画”
 杉村太蔵議員は初当選以来、テレビのワイドショー番組や週刊誌の取材などに対し、「料亭に行きたい」「グリーン車乗り放題」「国会議員の給料は2500万円」「議員宿舎は3LDKで楽しみ」などと発言していた。初登院では平の会社員から転身した自身を「ヒラリーマン」と表現し「ヒラリーマン根性が抜けなくて……。ヒラリーマンが議員になってどう感じたか、皆さんに伝えたい」と話した。
 会見は、こうした発言に業を煮やした党本部が、立候補者選定への批判を恐れて、監視のもとで「反省の弁」を語らせようとしたものだった。世耕弘成・党広報本部長代理は、今後は杉村氏へ直接取材をしないよう報道陣に要望した。
 ◇自民党に責任 
 ▽政治評論家の有馬晴海さんの話 現行の小選挙区比例代表並立制では、小選挙区候補が全部通ってしまった時のことを想定して、杉村氏のような比例単独候補を用意しなければならない。落選を覚悟で出てくれる人を候補者として立てなければならず、そういう人をみんなきちんとした候補にするのは難しい。こういう制度をとっている以上やむを得ないと言える。比例をやめて人物だけを選ぶ選挙制度にすべきだと思う。とはいえ、自民党には彼を選んだ責任はあり、ある程度の教育はやらなければならない。
 ◇「ロボット」暴露 
 ▽評論家の佐高信さんの話 杉村議員は小泉首相が国会に送り込んだ「ロボット」。彼の失言や失態は「出来の悪いロボット」だったということであり、騒ぎになった責任は首相や武部幹事長にある。刺客と呼ばれて当選した人たちも、小泉首相が自分のいいなりになる議員を増やすために送り込んだ「ロボット」で、政治的な判断は出来ず、言いなりであることには変わりない。だから、今回の会見になり、ワイドショーなどの見世物になる。一連の騒動はその「ロボット」の実態が、彼によって暴露されたに過ぎない。彼に政治家としての自覚や資質を求めるのは、ロボットに人格を求めるようなものだ。
(毎日新聞) - 9月28日10時10分更新


(私のコメント)
ニュースは単独でみてもよくその意味はわかりませんが、幾つかのニュースを併せて見ると真相が浮かび上がってくる事があります。新人議員の杉村太蔵議員がワイドショーなどでにわかに脚光を浴びるようになったのも訳がありそうだ。板垣英憲氏が指摘しているように参議院の青木氏に対する弁護側の証人出廷が話題にならないように、杉村議員の記者会見をぶつけたと言う事と、比例候補として名簿に載るには武部幹事長の後援者の息子としてのコネがあったのだ。

おそらくは資金集めのパーティー券などで大きな働きがあったのだろう。でなければいくら公募でも面接と論文だけでは自民党の候補者にはなれないのだろう。民主党みたいにクスリに手を出していた議員がいたように安易な選考は出来ないからだ。杉村議員の父親が歯科医と言うことで杉村議員も日本歯科医師会の族議員としての側面もあるのだろう。しかしそのような事はテレビなどでは指摘されない。

テレビなどではヒラリーマンから一躍国会議員になった幸運児のような扱いですが、ニートやフリーターの代表みたいな事を言っていましたが、実際は地元の有力者の息子だったのだ。武部幹事長のコネがあったとしてもまさか比例下位で当選できるとは思ってもいなかったのでしょうが、それでも東京ブロックでは比例候補がいなくて一人分が社民党に回ってしまった。しかし自民党の名前だけで当選したのは彼だけではなく、小泉チルドレンのほとんどは自民党の名前だけで当選した人ばかりだ。

杉村太蔵議員はその目暗ましのような形で一躍脚光を浴びましたが、その陰では自民党の暗部がみんな隠されてしまった。自民党のキャラクターとしては都会の無党派層の若者には受けそうな人物ですが、たとえ古手の国会議員からは顰蹙はかっても都会の若い無党派を票として掘り起こすには彼のようなキャラクターは必要だろう。むしろ民主党のイメージが若さで売っていただけに自民党から出てきたのが今回の特徴だ。


フリーターとニートの星、杉村太蔵がんばれ!

            ,.r彡三三==- 、
            /彡三三三彡ノノ))ゝ_,
           /彡彡=='''"""ハ}}川ト}ソミミ、
        /彡ソ'´       }トミミミhミミュ
         {// l            ト}}ミミミ}}川|li
        v' '         ヽ{{トトト{{州||l!
            |-=-  -==-      }}川}}州}}}}!
         k oュl  ro >     }川レ⌒州!
         〉` /          レ'リ  /〃
           l ( .__ヽ        i  ノlii{
          、 , '            ,' {川リi
  派閥で     、t=-、 )      /  }彡リ
 勉強しないと   、ニノ      /  / ト、
  一人前       :.       / /  | \
  とは言えない    `ーt--‐ ´ /    l   ハ¨ ‐- _
   ですからねぇ ,.   ´ l{  ,/     l    l




<東京債券市場>日銀審議委員の講演での発言受け続落
また始まった財務省日銀の金利高増税路線で景気は腰折れ


2005年9月29日 木曜日

地ならし発言相次ぐ 量的緩和解除で日銀委員

2001年3月から続く量的金融緩和策の解除を視野に入れた日銀政策委員の発言が相次いでいる。8月の政府・日銀による景気の「踊り場脱却宣言」以後、経済指標の好転や株高でデフレから抜け出す展望が開けてきたことが背景にある。デフレ不況脱却を目指してスタートした政策は4年半を経て、ようやく「出口」に向けた地ならしが始まったといえそうだ。
 28日には須田美矢子審議委員が高知市内での記者会見で「年度内に(解除が)起こるかもしれない」と述べ、長期金利は一時急上昇。市場の解除観測は一段と強まった。8月末以降、慎重派と目されていた岩田一政副総裁を含め、早期解除に意欲を示す発言が続いていた。
(共同通信) - 9月28日21時42分更新

財務省と日銀の政策スタンスは合っているのではないか=財務相

[東京 28日 ロイター] 谷垣財務相はロイターの取材に対し、財務省と日銀の政策に関するスタンスは「合っているのではないか」と述べた。
 同相は、日銀審議委員らから量的緩和政策の解除時期について強気な発言が相次いでいることに関して、今は足元をしっかりみていきたい、と述べた。
 日銀の須田審議委員は、高知県金融経済懇談会終了後に記者会見し、金融経済情勢や金融市場が許せば、量的緩和解除後のゼロ金利から、速やかに低金利に移れると期待している、と述べた。また、量的緩和解除については、今年度中にできるかもしれないし、できないかもしれない、とした。
(ロイター) - 9月28日17時34分更新

<東京債券市場>日銀審議委員の講演での発言受け続落

28日の東京債券市場は、日銀の須田美矢子審議委員が、年度内の量的緩和政策解除の可能性に言及したと伝えられたことや日経平均株価が年初来高値を更新したことから国債が売られ、長期金利の代表的な指標である新発10年物国債の利回りは1・440%と、8月23日以来の水準まで上昇(価格は下落)した。
(毎日新聞) - 9月29日0時58分更新

ニュースと感想  (9月28日) 小泉の波立ち

「増税と景気腰折れ」について。
 前項でも述べたとおり、来年には大規模増税が来る。その理由は、「デフレを脱却しつつあるから」という政府・日銀の楽観的な見込み。
 で、どうなるか? 思い起こすといいのは、2000年夏の日本経済だ。やはり「デフレを脱却しつつある」と見込んで、ゼロ金利を解除した。その直後に、景気はふたたび奈落の底へと落ち込んでいった。
 このあと、マネタリストは「日銀がゼロ金利を解除したからだ」と大合唱した。しかし、である。たったの 0.25%の金利引き上げが、それほど大規模な景気悪化を起こすはずがない。そもそも、銀行の貸出残高は、ゼロ金利解除の前後で、ほとんど変わっていないのだ。とすれば、ここでは、ゼロ金利解除の効果は、ごく限定的だったことになる。
 その意味は、何か? こうだ。
 「いくらか景気が回復しつつあるように見えても、それは中短期的な景気循環・景気変動の一種にすぎない。人が歩きながら周期的に左右にわずかに傾くように、経済も進みながら周期的にわずかに好転したり悪化したりする。その理由の多くは、外需である。輸出が増えて、景気が良くなる。輸出が減って、景気が悪くなる。……で、今回は、原油高のせいで、輸入コストが上がるから、輸入が増えるのと同じことになり、輸出の減少と似た効果が出る。具体的には、国内所得の減少だ。所得の減少が、じわじわと効果を出し、国内消費を減らす。一方で、企業の投資は過熱気味だから、供給過剰・需要不足という、需給ギャップがふたたび発生しやすい。

 結語。
 「いくらか景気が良くなったから、デフレ脱却と見て、増税する」
 というのは、いつか来た道である。
 「いくらか景気が良くなったから、デフレ脱却と見て、ゼロ金利解除」
 というのに、よく似ている。ただし、実質的な効果は、はるかに悪い。ゼロ金利解除の場合は、景気に対するマイナス要因は、心理的なものを覗いては、ほとんどなかった。それにもかかわらず、景気は自律的に(周期的に)大幅に悪化していった。一方、今回は、増税および原油高という莫大な悪化要因がある。それに加えて、景気が自律的に(周期的に)大幅に悪化していく。ダブルパンチないしトリプルパンチだ。
 そこで、私は前もって、こう予想しておこう。
 「来年の大増税にともなって、日本の景気はふたたび大幅に悪化していく」
 と。そして、その根源は、こうだ。
 「企業の利益向上ばかりを見て、国民の所得の不足を見ていない。国民から企業に所得が移転しているから、企業の利益が好決算になっているだけなのに、それを景気回復と誤認しているから、病気を健康と誤認する。本来ならば国民の所得を増やすことで、内需を拡大するべきなのに、逆に、国民の所得を奪うばかりだから、需要が増えず、健全な成長過程に乗らない。」
 要するに、物事の本質(経済全体)を見ず、物事の半面(企業の側)だけを見る。そのせいで、病気の治療をするべきときに、それとは正反対の処方をやる。あげく、病気がぶり返して、奈落の底へ。
 詐欺師を信じたツケですかね。……というか、詐欺師にだまされた国民の自滅。自業自得か。

ニュースと感想  (9月27日) 小泉の波立ち

「増税がやってくる」について。
 小泉の勝利を受けて、いよいよ増税がやってくる。06年の増税(定率減税の半減)はすでに決まっていたが、追い打ちをかけて、07年の増税(定率減税の全廃)もなされそうだという。(朝日・朝刊 2005-09-14 )
 「景気が回復基調だから、さっそく財政再建を」
 という発想だ。ちょっとはまともに思えるが、まったく間違った発想である。これはつまり、次の発想と同じだ。
 「肺結核になって、ペニシリンを打ったら、状況が少し改善した。そこで、来月からは、ペニシリンを打つ量を半減しよう。再来月からは、全廃しよう」
 病気が治りきらないうちに、こういう方策を取ると、治りかけた病気がぶり返す。正しい措置は、こうだ。
 「病気が完治するまで、治療をやめない」
 これが最も効率的な方法だ。金もかからないし、日数もかからない。一方、「途中でやめる」という方法を取ると、目先の金は節約できるが、病気がぶり返すので、トータルのコストは大きくふくらむ。……例はある。橋本増税による不況悪化だ。これは、いつか来た道である。

 そもそも、「景気回復」が真実であるなら、まず、「金利の引き上げ」が必要だ。どのくらい挙げるかはともかく、少なくとも、「ゼロ金利」なんていう異常な状況は、脱しなくてはならない。最低でも、1%。できれば、2%。……この程度の金利水準になるくらいでないと、経済の実態はとても回復基調にあるとは言えない。
 ところが、現実は、金利ゼロである。病気でいえば、「寝たきり」の状態だ。同じ「寝たきり」でも、「最悪の寝たきり」から、「いくらかマシな寝たきり」になった。それだけのことだ。「病気が治った」とはとても得ない。その証拠が、「ゼロ金利」である。
 とすれば、こういう「寝たきり」の状況で、「消費だけを狙い撃ちする」という処方を取ると、病人の一番弱いところを攻撃することになる。たとえて言えば、体力が衰弱しきっているときに、金の節約を名目に、絶食させるようなものだ。まずは体力向上のために、食事を豊かに取らせるべきなのに、逆に、「金の節約」を名目に、病人の食事を奪う。……最悪だ。
 
 結語。
 景気がいくらか底打ちしたからといって、現状はいまだに「寝たきり」である。健康になったわけではない。増税というふうに経済を最も痛めつける方針は、取るべきではない。まずは「金利の上昇」(平常水準に戻すこと)が先であり、「増税」はそのあとに来る。
 なぜか? 「増税」は、基本的には、インフレ対策(物価上昇対策)なのである。過熱した需要を冷やすためのものだ。物価がどんどん上昇して困るときには、「増税」が必要だ。しかしながら現在は、物価上昇どころか、物価下落が起こっている。こういうときに必要なのは、「減税」であって、「増税」ではない。
 現時点では、消費が増えないまま、投資ばかりが拡大している。このままだと、供給過剰で、景気はふたたび下向きになるだろう。だから、 「景気が回復基調」であると思うのであれば、過熱気味の「投資」を抑制するべきであり、逆に、不足気味の「消費」を抑制してはならない。
 「定率減税の廃止」というのは、いくらか治りかけた経済を、ふたたびどん底に突き落とそうとする政策だ。最悪の政策である。決して取ってはならない政策だ。


(私のコメント)
27日に株が高くなってきたことを書きましたが、大局的に見ればまだ底値でのこう着状態から抜け出せたに過ぎません。12000円が壁でしたがそこを突き抜けて来ましたが、原動力は外人買いで郵政民営化を進める小泉内閣を支援するものだろう。それに国内の機関投資家や個人が買ってきたら売りぬけるつもりでしょうが、多くの国内投資家は乗り遅れたようだ。外人投資家の先回りをするには彼らを十分に分析する必要があるだろう。

株が上がってきたことでデフレであるにもかかわらず日銀や財務省は早くもゼロ金利脱出や増税路線をとるつもりのようだ。株式は景気の先行指標だから、このまま高くなって行けば景気も回復したと言えるのでしょうが、石油高で市況商品は高くなっても一般消費物資は安くなり続けている。土地なども東京の一部は上がっても、ほとんどはまだ下がり続けている。東京から地方へ波及してゆくだろうか。

これは2000年頃も見られたことでありゼロ金利解除して景気は腰折れしてしまった。こんなことを最近は5年ごとに繰り返しているように見える。財務省の役人も数年で転属してゆくから前回の失敗を生かせないまま新任の担当者が同じ間違いを繰り返すのだろうか。小渕首相は二兎を追うようなことはしないと景気回復路線をとりましたが急死してしまった。100兆円もの赤字国債が増えたことを気にしていたのでしょうが、小泉首相は170兆円増えても平気でいる。

これは赤字国債を気にしているから先行き暗くなるのであり、赤字国債でも国内で消化できているうちは強気に景気回復路線をとるべきだったのだ。それが郵政の民営化で国債の引き受け手が無くなり債券市場が下落し始めましたが、日銀も金融緩和路線を変更するようだ。本当に景気が回復してきたのならそれでいいのでしょうが、財務省が悪乗りして定率減税を廃止して増税路線をとるようだ。

小泉の波立ちの記事でも指摘しているように、消費が低迷している時期に増税をする事は景気に大ダメージを与える。確実に増税分だけ消費は減るからだ。国民所得が伸びている頃に景気が過熱して冷やす意味で金利を高くしたり増税したりすればそれなりの効果がありますが、デフレ状態でそれをすると言うのは自殺行為だ。

自然な状態で株が上がり景気も回復したと言うのなら金利も上昇して行くのでしょうが、今回の株の上昇は外人の思惑によるもので、それが当たるかどうかは分からない。そんな状態なのに金融緩和をやめてゼロ金利を解除すれば2000年の二の舞だ。今回の株の上昇を景気回復に結び付けるには現在の減税路線を続けなければならない。

株式市場も構造改革は出来ずに黒い霧は立ち込めたままで、ホリエモンや村上ファンドはやりたい放題の事をしても証券監視委員会や金融庁は動こうとしません。彼らの背後には外資系証券会社がありホリエモンや村上ファンドは彼らと組む事でやりたい放題の事が出来る。竹中大臣が内閣にいる限り外人投資家の天下は続くだろう。

「疑わしきは罰せず」の村上ファンド? 9月28日 HIT株式教室

阪神電鉄を今月の15日から買い始めて大量保有報告書を提出した村上ファンドの行動に疑問を持つファンドマネージャーが多いようです。村上氏は「純投資」と説明しますが、普通のファンドなら、株価を刺激しないようにじっくり安値を拾う形でポートフォリオを作ることが普通です。短期間に1000億円程の資金を使って株価を急騰させるような買い方をすることは常識では「純投資」とは言わず、「投機」と言うのではないでしょうか。一般的なファンドマネージャーからすれば、「買占め屋」とどこが違うのか理解できないのも無理はありません。

更に、この急騰劇は10年前に発行され今月末に償還となる「転換率0%」だった250億円の転換社債(CB)が絡み、胡散臭さが漂います。村上ファンドは転換社債も買っていたと伝えられますが、転換社債は償還日まで持つだけなら単なる額面で償還される社債に過ぎません。ところが、505円の転換価格を越えた瞬間から社債から株式としての価値を持つことになることはみなさんご存知の通りです。

つまり、村上ファンドは転換社債を社債で償還させるつもりなら短期所有する旨みが薄く、505円以上の株価に買い上がることを当初から目論んでいたと見ることが常識的でしょう。転換社債を先に買っておけば、結果的に株式を安く大量に仕入れることが出来たことになります。阪神電鉄のCBは明日が転換請求の最終日ですから、それまでの短期間に株式を集中買いしなければ意味が無かったのであり、「純投資ではなく株価操縦」であったという疑惑の声も聞かれます。「疑わしきは罰せられない」のが法律の決まりですが、巨利を得たのは村上ファンドと償還金の250億円を支払わずに済んだ阪神電鉄であることは事実です。出来レース(?)で損害を受けたのは売り方とCBをディスカウントで買い、つなぎ売りした証券ディーラーということになります。このような「純投資」が許されるならSECは必要ないでしょう。

日経平均は再び大商いで直近の高値を更新しました。過熱する市場の一方でソフトバンクライブドアのように冷める一方の市場があり、1ヶ月で1000円程度も上昇した日経平均ですが、信用の買い方の評価損率はまだ一度もプラスになっていません。今年前半に利益が出たタイプの個人投資家の多くが相場の「質的変化」に取り残されたことは明らかで、売り方の20%近い評価損率の悪化とトータルすると信用取引利用者の利益の水準がかなり低い可能性があります。ここで更に失敗しやすいパターンは、冷え切った市場の銘柄をロスカットし、過熱する銘柄に切り替えていくことかもしれません。今になって質的変化への対応を強行すると更に深みに嵌る可能性があります。大口投資家が買わずに人気が出ないからといって、一緒に売られる内容の良い銘柄まで投げる必要は無いと思います。




経済界、宗教界、諸々の社会組織が、挙げて自民党の選挙
運動に動員されたのである。アメリカ系企業も動いた総選挙


2005年9月28日 水曜日

総選挙の数々のおそるべき現実 9月26日 森田実の時代を斬る

(前略) いま私は毎日のように敗者の側を訪ねて激励するとともに、“敗軍の将”の証言を聞いている。以下では、三つのみ紹介する。

 (1)愛知県民主党員の証言=「トヨタにやられた。トヨタ自動車全体だけではない。下請け、孫請け、系列、取引企業のすべてが、末端まで選挙運動に加わった。どんな小さな集会でも社長以下幹部の出席が義務づけられた。トヨタは企業全体が巨大な政治・選挙運動の集団になった。いままで民主党を支持してきたトヨタ系労働組合は破壊され有名無実化された」

 トヨタは日本を代表する巨大な世界企業である。日本のみならず、下請け、孫請け、系列、取引企業のすべてを総動員して自民党のための選挙運動を、先頭に立って行ったのだ。「トヨタは政治企業だ」と言われるようになった。

 トヨタの経営者に問いたい。政治と経済(企業)との間の(政経分離の)節度を超えて、政治・選挙運動に精出して、労働組合をつぶし、政権交代可能な政治システムを踏みつぶすようなことをして、世界的大企業の経営者として恥ずかしくないのか、と。日本を代表する世界企業が小泉自民党政権の首にぶら下がって生きていていいのか。経営者としてのプライドはないのか、と。いっそのこと、これからは社名を「トヨタ自民党自動車」とでも変えたらどうか。

 (2)石川県民主党員の証言=「宗教団体の選挙運動が猛烈をきわめた。創価学会ほかすべての宗教団体が自民党の候補者の選挙運動を行った。まるで宗教団体選挙だった。宗教団体にやられた」

 (3)中国地方の保守系候補陣営の証言=「外資系企業の選挙運動がすごかった。何がなんでも小泉自民党を勝たせようというアメリカ系企業の執念のようなものが感じられた。外資系企業の末端まで動かすような選挙運動にやられた」

 今回は以上、三つの証言のみを紹介するが、これから9.11に日本列島で何が起きたかを明らかにしていきたい。日本の民主主義国とはほど遠い現実が明らかになるだろう。

 昭和17(1942)年4月30日の「大政翼賛選挙」と同じように、国家、産業界、金融界などすべての経済界、宗教界、諸々の社会組織が、挙げて自民党の選挙運動に動員されたのである。アメリカ系企業も動いた。巨大広告会社も動いた。そして巨大なマスコミ(とくにテレビ局のすべて)が「不偏不党」原則を放棄して自民党政権の広告体となって、国民全体を洗脳しようとした。日米の政治権力と企業が政権交代可能な民主主義の生き方をつぶそうとしたのである。自公連立政権が衆院の3分の2以上の多数を実現したのは、平成版大政翼賛選挙の結果である。小泉首相の勝利と引き換えに、日本は民主主義を捨てた。「これでいいのか」と問いつづけなければならない。

2005/09/28 (水) ETCの次は金属探知機設置で道路利権屋大喜び。 勝谷誠彦

4時起床。今日もメディアは杉村太蔵クンの言動で埋めつくされている。『やじうまプラス』もまた例外ではないのだが私は敢えて番組の中で苦言を呈した。メディアを馬鹿で塗りつぶして愚民を喜ばせて肝心なことから目先を逸らす小泉さんの手法にはあれほど選挙で懲りたはずなのに全く同じ術中にハマっているのがわからないのか。小泉さんの所信表明はつっこみどころ満載だ。本来ならば今日あたりそれに対する政策論の報道があってしかるべきだろう。民主党は郵政民営化の対案も出した。そうしたことがすべてタイゾーくんのヘラヘラ顔を流すことで人々の話題に上ることから消え去っているのである。タイゾーくんは小泉側近では評価が高いそうだ。確かに言われたままを喋るスーパー陣笠だぞ。10回くらい当選したら武部さんのような幹事長になるんだろう(爆笑)。実はこのスーパー陣笠を使って自民党が最も隠蔽したいのは彼の同僚たちだろう。タイゾーくんはまだ喋られるからいい。1億円ポマードの馬鹿息子だとか葬式選挙で勝ってきた未亡人だとか今や市職員と並ぶ大阪名物の「トカちゃんhttp://www.tokashiki.gr.jp/シカちゃんhttp://www.kawajo.com/」コンビだとかに人々の目が向くことを自民党は恐れているのに違いない。先日議員たちとの特番の収録でトカちゃんと一緒だったけど凄かったなあ。「公務員削減をどう進めますか」でフリップに書くのが「人と仕事を減らす」だもんなあ。タイゾーくんに人々の目を引き付ける一方で大勝した時はあれほどはしゃいで露出をさせたがっていた新人議員たちを自民党は一切表に出さなくなってきた。今週末の『朝まで生テレビ』は実は新人議員たちをスタジオに呼んでいろいろと尋ねるはずだった。私も呼ばれていた。しかし急転直下議員たちの出席が難しくなってテーマがかわったという。自民党が危機感を抱いたのだろう。そういうわけで私の出演もなくなりました。あちこちで言っていたので期待していた方々はすみません。私としては香川ロケから直行という地獄のスケジュールがなくなって嬉しいけど(笑)。先に書いた収録で民主党の長妻昭さんとも一緒だった。社会保険庁の糞役人どものタカリをさんざん追及してきた長妻さんを私は『やじうまプラス』でよく取り上げていたが彼はそれを見ていてくれていて礼を言われて恐縮した。決算委員会で長妻さんも1議席。タイゾーくんも1議席。やっぱりおかしいよな。


(私のコメント)
9月11日の衆議院選挙は偶発的に起きたにしてはマドンナ議員や刺客やらの手配も整って、いきなりの落下傘候補でも現職議員を破って当選している。静岡7区の片山さつき候補や東京10区の小池百合子候補がいい例なのでしょうが、テレビでは連日彼女達の選挙の様子を放送して、他の民主党や共産党の候補は露骨に差別扱いされていた。岐阜1区の佐藤ゆかり候補も善戦して比例で当選している。

今までの選挙の常識ではなかったことですが、タレント候補が参議院の全国区でトップ当選したことを思わせる。しかし小選挙区でいきなり落下傘で降りて当選したのだから驚きなのですが、この裏にはトヨタのような大企業や創価学会などの宗教団体が大きな力を発揮したようだ。岐阜1区も静岡7区もトヨタの城下町のようなところでありトヨタと創価とで当選したようなものだろう。

東京10区の小池百合子候補にも海外から取材に来てテレビでそれが放送されていた。対立する小林興起候補はまさに悪役的な扱いで落選を予感させるような報道振りだった。しかしこのようなことは選挙違反として捕まる事はなく、逆に小林議員の私設秘書が二人捕まっていましたが代理投票と言う馬鹿げたものだった。ここでも民主党と共産党は刺身のツマ的な扱いで露骨な選挙妨害だった。

そして選挙期間中はあれほどテレビ露出が毎日のようにあったのに、初登院の頃からテレビ出演はピタリと止んで、杉村太蔵議員が話題の中心になった。他にも話題の人は沢山いるのに狙いを定めたように杉村議員だけになった。勝谷氏が指摘するように相変わらずの二世議員や弔い選挙で当選した人や民主党から鞍替えして当選した人や話題の候補は沢山いるはずなのにテレビにはまったく出さない。

「朝まで生テレビ」も新人議員を集めてやろうとしたら自民党の指令で新人議員は出演出来なくなってしまった。選挙で選ばれているのに政策を主張できないのはおかしな事ですが、それほどお粗末な新人議員が多いのだろう。それらの議員を選んだ有権者も問題なのでしょうが、お粗末議員を選ばせるマスコミの報道はトヨタなどの大スポンサーの意向なのだろう。

あとは外資系企業の保険会社のコマーシャルが目立ちますが、簡保のシェアをあてにしているのだろう。トヨタなどの国内の大手企業と外資系企業が動けばテレビ局などはその意向で動くだろうし、外資に対する攻撃にはニュースステーションの古館伊知郎も「そんなわけないでしょう」と露骨な選挙干渉をおこなった。スポンサーのためならテレビ局はなんでもする。公平中立な報道などありえないのだ。

ネットのブログでも外資を擁護する人がいますが、このような露骨な選挙干渉も肯定するのだろうか。私は日頃からトヨタやホンダなどのコマーシャルになぜ金髪青い目の外人モデルを使うのか不思議に思っていたのですが、これも一種の洗脳コマーシャルなのだろう。外資に対するアレルギーをなくすための外人モデル起用であり、最近の若い人が金髪に染めているのもテレビを使った洗脳のためなのだ。




構造不況に陥っていたオールドエコノミーから暴騰銘柄が
続出し、ニューエコノミーのハイテク株は人気の圏外の理由


2005年9月27日 火曜日

日経平均が大幅反発、4年3か月ぶり1万3300円台

週明け26日の東京株式市場は全面高となり、日経平均株価(225種)の終値は、前週末比233円27銭高の1万3392円63銭と、今年2番目の上げ幅を記録し、今年最高値を更新した。

 1万3300円台の回復は2001年6月以来約4年3か月ぶりだ。

 取引量も膨らみ、第1部の出来高は約30億7900万株と、2営業日ぶりに30億株台に乗せた。売買代金は約2兆5900億円で、5営業日連続で2兆円を上回り、バブル期の1989年2月に並ぶ記録となった。
(読売新聞) - 9月26日21時13分更新


なぜ、今、低位株人気か。 クラブ9 山本清治

(一)主役はオールドエコノミー。

(1)今回の相場の基調は資産インフレ買いである。

(2)今、世界中で株式、不動産、商品が連鎖して高騰し、激しいインフレが進行している。直近では石油が暴騰した。産油国に巨額のマネーが集まり、そのオイルマネーが日本の株式に集中投資している。これが日本株独歩高の背景である。

(3)アメリカはインフレを抑制するために連続11回も公定歩合を引き上げた。


(4)そんな時に、日本の小泉政権だけはデフレ政策を集中的に断行し、厳しい資産デフレが進行した。竹中大臣のデフレ政策を支持する人たちにはなぜ外国人が日本の株を買うのかが理解できないから、外国人の一手買いにすべての日本勢が売り向かっているのである。空売りは空前の規模に達し、減少する気配がない。

(5)私は弱気論者へ警告を発し続けた。弱気を捨てるためには小泉内閣のデフレ政策の欠陥に気がつく必要がある、と主張し続けた。

(6)小泉内閣の構造改革はすべてデフレ政策である。竹中大臣は不動産や株式をリスク資産と断定し、銀行の不動産担保融資を不良債権と見て即時回収を命じた。不動産と株式が大暴落を演じたのは竹中政策の必然的な結果である。

(7)金融、不動産、ゼネコン、製造業、サービス業等のオールドエコノミーは事業の性格上、店舗、不動産、工場、設備等の資産を必要としたから、不動産や株式などの資産の暴落は深刻な打撃を与え、倒産企業も続出した。

(8)窮地に陥ったオールドエコノミーに対して、インターネット、エレクトロニクス、ソフトウェア等、不動産を必要としないニューエコノミーは無借金経営を推進する竹中政策の優等生となり、株価が高騰した。

(9)ところが今や、株式市場の人気は完全に逆転した。構造不況に陥っていたオールドエコノミーから暴騰銘柄が続出し、ニューエコノミーのハイテク株は人気の圏外におかれている。

(二)外国人買いに売り向かう日本勢。

(1)なぜこうなったかといえば、竹中大臣がダメだと決めつけたオールドエコノミーの株式を外国資本が一手に、大量に、徹底的に買っているからである。

(2)外国資本は株式ばかりか、テナントビル、ゴルフ会員権、温泉旅館、スキー場など、竹中大臣がリスク資産と断定して銀行に融資の打ち切りを命じた企業を片端から買収した。

(3)外国資本が日本の斜陽企業に目をつけた理由は明快である。世界中で資産インフレが進行している中で、日本だけが唯一資産デフレに落ち込んでいるから、不動産、株式、設備、人材等の資産を保有する企業が極端に割安であったからである。外国資本にとって日本は夢のような「ラストリゾート(最後の楽園)」に見える。


(4)しかるに日本の投資家は小泉内閣のデフレ政策に盲従して、斜陽産業、斜陽企業を一斉に売り向かった。

(5)その結果は四季報を見れば一目瞭然である。かつて大株主ベスト10を独占していた銀行、信託銀行、生保、損保等の金融機関は姿を消し、外国資本が上位を独占している。現在の傾向が続けば、1年以内に日本の主要企業はユダヤ資本に買い占められるおそれがある。

(6)過去3年間に日経ダウは底値から2倍に暴騰し、外国人投資家は濡れ手に泡のぼろもうけを謳歌しているが、日本の主要な株式投信はまだ水面下から脱出できない。他の機関投資家も推して知るべしである。

(7)竹中大臣が売れと命じた資産が反騰に転じたから、銀行、不動産、ゼネコン、鉄鋼、非鉄、石油、機械、プラント、建設、繊維、小売り等のオールドエコノミーが全面高を演じたのである。

(三)なぜ、今、低位株人気か。

(1)中でも住金や三菱自動車など、倒産の瀬戸際に追い込まれていた低位株が暴騰した。竹中大臣の側近として権勢を振るった木村剛がつぶせと主張した企業も急騰した。

(2)小泉内閣のデフレ政策を信奉している人たちには、世界中で進行している資産大インフレの現実が見えない。

(3)それならばなぜ、今、低位株人気なのだろうか。

(4)第1は、取引先の環境好転である。不況から好況に転じるとき、或いは利益が水面下から水面上に浮上するときは、特に限界企業の株価が暴騰しやすい。日揮や千代建の大暴騰は石油相場の暴騰と連動しいぇいる。

(5)第2は、商品相場の好転である。80年代のバブル期に新日鐵は800円前後でファイナンスを連発した。今や鉄鋼相場が暴騰し、高炉4社はバブル期の最高益を更新する勢いだから、株価の回復はまだ始まったばかりといえる。

(6)第3は、資産インフレの復活である。デフレ期に不良資産、不良債務と見られていた設備や工場や不動産が、今では優良資産に一変した。倒産した企業でさえも保有資産に着目した外国資本が買収競争を演じている。

(7)これらの現象はすべて資産インフレの復活と進行を先見している。

(8)私は四年前に「不動産が値上がりする(主婦と生活社)」を出版し、オールドエコノミーは宝の山だと主張してきた。現在の低位株人気は予想通りで、簡単には衰えないと思う。

(四)中外鉱(1491)。

(1)中外鉱の出来高が急増し、株価も動意付いてきた。低位株人気の一例として、好悪材料を検証してみたい。

(2)中外鉱は赤字決算が続いており、単独の累積赤字は25億円に達している。黒字転換の目途はまだ立っていない。四季報を見る限り株価が上がる理由は乏しい。

(3)しかし5億円の借金に対して380億円の株主資本があるから、決算が赤字でも倒産のおそれは先ずない。

(4)もっとも380億円の資産が劣化していれば危ういが、中外鉱自身は上場会社として常時公認会計士の監査を受けていると述べている。カネボーのような事件もあるにはあるが、公認会計士を疑えば、株価は成り立たない。

(5)中外鉱は伊豆半島に金鉱山を保有しているが、不採算のため閉山し、現在は使用済み金の回収、再生を行っている。金相場の急騰で利益率は改善したと推定されるが、まだ金鉱山の含み益を評価する段階ではない。

(6)ただし、金相場がさらに暴騰すれば休止中の金鉱山が復活する。国内の金相場は過去3年間に1グラム当り1000円割れから、現在は1800円に急回復した。しかし中外鉱は金鉱山を復活させる金相場の目途を3000円としているから、前途はまだ遼遠である。ちなみに日本の金相場は1980年に6000円台の史上最高値を記録している。

(7)今年は商品相場が次々に史上最高値を更新したから、市況関連株から人気株が輩出した。しかし中外鉱が黒字転換のめどをつけたわけではない。現在は投機人気が先行している。

(8)私は現状で中外鉱の株価を判定する自信はないが、低位の限界企業の一つとして好悪材料を公平に並べてみた。

(五)住友金属鉱山(別子)。

(1)別子が資産インフレ相場の指標株になるという私の予測は現在までは的中している。今後の株価はもちろん金相場次第である。今回も別子の優位を示すポイントを指摘しておきたい。

(2)ニューヨーク市場の金鉱株の指標銘柄はニューモントマイニング(Newmont Mining)である。株価は上昇しているが急騰とまではいえない。その他の金鉱株は大して値上がりしていない。

(3)株価が金相場に連動しない理由は明快である。外国の金鉱山会社は、金相場が自山鉱の損益分岐点を上回るとスイスの銀行から金の現物を借りて金市場で売却し、リスクをヘッジした上で、売却した資金を用いて採掘する。

(4)ヘッジしてしまっているから、その後の金相場の値上がりの恩恵も値下がりの損失も受けない。しかし金相場が上昇すれば所有する金鉱山の含み益が増加するから、株価も次第に金相場との連動性を深めるだろう。

(5)金市場全体から見れば、海外の金鉱山会社は採掘予定の金をすでに先物市場で売っているから、新産金の供給はあまり増えない。

(6)別子が保有する菱刈鉱山の金の含有率は海外の鉱山の10倍以上と推定されるから、他社の含み益とは大差がある。

(7)期間利益と含み益がストレートに金相場に連動するのは別子だけだから、金相場が上昇すればするほど別子は世界の金鉱株人気の指標となるだろう。


(私のコメント)
この2年ほど11000円を軸にしたボックス圏相場でしたが、12000円の壁を突破してきました。日経平均ではボックス相場でしたが低位株や銀行株などは三倍にも値上がりしている銘柄が続出してます。その半面では優良値嵩株の低迷で日経平均は低迷している印象がありました。だから日経平均は全体の株式指標と言うよりもハイテク値嵩株指標になってしまっています。

私自身は小泉竹中政権になってからは株式市場から全面撤退してしまったというよりも株をやる気力もなくしてしまった。株式市場は90年から15年もの間は買えば下がるを繰り返して、上がる事はあっても半年一年でまた暴落を繰り返してきた。90年以前から株式相場をやっている人で現役でいる人はどれ位いるだろうか。まったく入れ替わってネット世代がほとんどになっているだろう。

今までは国内の機関投資家や個人が売り越して外人が買う相場でしたが、連日の30億株を越える商いは新たに買いに入った国内の個人投資家が多いのだろう。2003年に大底を打ったのか見ていましたが12000円を超えた事で大底を打って大局的な上昇相場入りしたのだろう。多くの新規の投資家も続々と参入してくるだろう。私自身もチャートを見るのも嫌な状況から転換できるだろうか。

世界的に見ると原油高がグローバル経済に影響を与えてきているのだろう。90年代は石油も1バレル10ドル台の時もあり輸送コストも安くつきましたが、1バレル70ドルともなると輸送コストが4倍以上にも跳ね上がって、いくら人件費の安い中国やアジアよりも日本国内で生産したほうがいい商品も多くなるだろう。特にかさばる家電商品は難しくなる。

日本はデフレの真っ最中ですが世界的にはインフレが進んでいる。石油相場だけ見ても値上がりが激しいですが、金、銀、アルミ、ゴムなど商品市況も軒並み値上がりしている。これらの商品が値上がりすれば一般の諸物価も値上がりせざるを得ない。デフレの象徴的存在だった100円ショップなども時代の仇花だったといわれる時が来るだろう。今までは石油も安く輸送費も安かったから中国から輸入して売っても採算は取れましたが、石油が高くなって中国では輸出もままならなくなった商品もある。

70年代の二度のオイルショックは日本経済を強くしましたが、今回の石油の高騰は日本経済にも同じような影響を与えるだろうか。今のところ株は底打っただけであり土地はいまだに下がり続けている。可処分所得も下がり続けて97年は50万円あったものが最近は46万円に落ちている。不況下の物価高となって悪性インフレになる恐れもありますが、日本全体としてはエネルギー効率の良さから日本経済が世界から見直されるのではないかと思う。

オールドエコノミー企業の株式が何倍もの値上がりを示したのは、これからのインフレを見越したものだろう。オールドエコノミー株は土地や株式を多量に所有して、それらが値下がりをして評価損の元になっていましたがインフレ時代が再来すればそれらは宝の山になる。15年も株式と土地の低迷が続きデフレは永久に続くのかと思われていましたが、商品市況は90年代の末から上昇が続いている。

デフレ大不況と言うと1930年代の大恐慌が連想されますが、その頃は大油田が次々と発見されて石油が只のように安くなりそれがデフレの原因となりましたが、オイルピークが現実になるにつれて物価が高くなることはあっても物価が下がる事は珍しくなるだろう。90年代からの日本のデフレも円高と石油が安かった事が原因となっている。

これからは慢性的なインフレ物価高が続くようになるだろう。そうなると日本の省エネ商品が世界中から引っ張りだこになる。現在は消費の低迷が製造業や流通を苦しめていますが土地や株の値上がりが国民の資産価値を高めて消費にも好影響が出るだろう。消費が増えれば雇用にも影響を与えて所得の上昇につながり景気の回復が現実のものになるだろう。



※株式日記と経済展望のブログが出来ました。ミラーサイトは休止してホームページとブログの二本立てで行きますのでよろしくお願いいたします。


株式日記と経済展望blog





トマス・P.M.バ−ネット 著 『戦争はなぜ必要か』
米軍とグローバリズムに乗った国と取り残された国の断絶


2005年9月26日 月曜日

THE PENTAGON'S NEW MAP 〈Barnett, Thomas P.M.〉

非対称戦争

私が偶然かつ不本意ながら"非対称戦争"という概念を知ったのは、ウィスコンシン州のボスコベルで過ごしていた少年時代のことだった。私の父は市の代理人で、市の命令を市民に実行させなければならないときもあった。しかし、たとえば裏庭で豚を飼うことが近所迷惑になる理由はないと考える住民もいる。時には私も、自分の父親が家畜を失ったことへの仕返しに来た、かなり大きないじめっ子に立ち向かわなければならなかった。

小さい子が自分より大きな者に立ち向かう時の常で、私は自分の身、を守るため”非対称の戦い”に手を染めた。考えられるる限りの卑怯な手を使い、もっばら相手の弱みを突いた。たまに痛めっけられることはあっても完膚なきまでに叩きのめされることはなかったのは、自分を守るためにできることは何でもしたからである。

真正面から戦っても勝ち目がないことはわかっていたので、足の遅い相手には全速力で走り、自分より背の高い相手のときは下半身を攻撃した。ジョークで切り抜けたこともある。しかし殴り倒そうとしたことは一度もない。殴るのは相手の得意技で、それで戦うのは私にとって意味がなかった。

一九九〇年代にソビエト軍が消滅すると、我が国は戦わずして世界の軍隊のガキ大将になってしまった。あるいはニューヨーク・ヤンキースの名監督ケージー・ステンゲル、グリーン・ベイ・パツカーズのヴィンス・ロンバルディのように、尊敬されると同時に恐れられる存在に。

米軍は、特に正面切っての戦いでは自分たちを倒せる相手はいないことを知っていたので、九〇年代は小さな敵がどれほど巧妙かっ卑怯な手でアメリカの軍事力を無効化しようとするかという問題に、多くの時間と精神的エネルギーを費やしてきた。ペンタゴンはどこかの国と直接戦闘が始まることを恐れていたわけではなく、Aという国がBという国を攻撃し、Bを守るためにアメリカが駆けつけAを追い払わなくてはならないという事態を恐れていたのである。

このシナリオは一九九〇年のイラクのクウェート侵攻とそっくりなので、軍は次の戦争ではなく、前に起こった戦争の計画を立てるという昔ながらの批判の声があがった。しかしこの内容に当てはまる手頃な例は他にもある。たとえば北朝鮮の韓国侵攻、台湾を標的とする中国などがそうだ。この三つのシナリオは、九〇年代、ペンタゴンが非対称戦争という新しい概念に基づいて計画を立てるのに好都合なものだった。

議会で軍の装備(艦隊、航空機、戦車など)として何が必要と思うか説明するとき、ただソビエトが所有する装備のグラフを示し、「これは陸軍に、こっちは海軍に必要です」と言えれば簡単である。しかし、イラクや中国が相手だとそのようなアプローチはできない。九〇年代、ペンタゴンの将校たちは防衡予算を削られないよう議会を説得するのにかなりこじつけめいた理由を繰り返し、その結果、非対称戦争という言葉をすべてのアナリストが暗記するに至った。

けれども九〇年代にアナリストたちがおこなったのは、非対称戦争というコンセプトをさらに押し進めることだった。敵は正面からの戦いを避けるだけでなく、我が国が自らの"国益"に関わる紛争に"接近〃することさえ"拒む〃だろうと、ペンタゴンは主張するようになった。

たとえば国家Aが国家Bを攻撃したとすると、Aはアメリカが介入する前にできるだけ早くBを征服しようとする。Aは、彼らの"接近を拒む〃手腕を克服しなければ米軍といえども戦況をひっくり返せないという既成事実をつくって、世界に示そうとするのである。Aの望みは、アメリカにもう打つ手はないと思わせ、反撃によって生じる犠牲を考えれば現状を受け入れるのが得策であると判断させることだ。


ペンタゴンのスタッフがこのことを説明するとき、この結果がどれほどアメリカの誇りを傷っけるものかを強調した。こんなくだらない独裁者が、アメリカに無礼を働くのを許しておいていいものでしょうか。しかし一歩下がって考えてみると、こうした事態にまで対処しなければならないとしたら、アメリカが世界秩序に対して負うべき責任のレベルは驚くほど高いことになる。事実、我々の国益リストに限りはなかった。

冷戦時代、我々には心配すべき友人がいて、ソビエトにもやはり友人がいた。そして時に第三世界で主導権争いの代理戦争が起こった。それだけでも十分に思われるかも知れないが、世界に対する責任はそれほど大きくなかった。ヨーロッハとアジアにおけるソピエトの進出を阻止し,もしソビエト.が他の国と接近したら、アメリカはその隣の国ともっと接近する。世界中のどこでも、攻撃的な行動には反撃するという規則があったわけではなかった。少なくとも東南アジアで"ドミノ理論"を捨て、ベトナムやカンボジアでの敗北が即、西欧文明の衰退のしるしということにはならないと気づいてからは。

しかし東側の崩壊という事実にはなかなか慣れにくく、ペンタゴンは世界の安全保障になぜか大きな責任を感じていて、どこであっても重大な攻撃的行動があれば対処できるよう備えたいと恩っていた。それ自体は悪いことではないが、どのような選択をしたのかアメリカ国民に説明するのが筋である。ここで指針となるヴィジョンの欠落が響いてくる。

もちろんペンタゴンは、世界の警察になろうなどという望みは持っていなかった。ただ、できるだけ大きく、威力のある戦力を保持するために、考えられうる限り困難な仕事をリストアップしていたに過ぎない。簡単に言ってしまえぱ、それは予算獲得のゲームだった。そのゲームで好成績を収めるために"接近拒否"や"非対称戦争"といった多くの戦略概念を強調し、混乱と不安が渦巻く中、世界のどこであろうと一筋縄でいかない敵を見つけたら、ひねり潰せるだけの備えが必要だと議員に訴えたわけである。

今にして思えば、この非対称戦争という概念を当てはめるべきなのは、ならず者国家ではなく、アルカイダのような国境のないテロリストたちのネットワークだった。国家安全保障計画に関わった誰もが、ここで理解を誤った。大きな紛争とシステムヘの脅威として国家ばかりに目を向けていたため、国際テロの高まりを軽視してしまった。言い換えれば我々は、アメリカが世界的な戦争や国家間の戦争を阻止するという点で大きな成功を収めていたことに気づかないふりをした。

そうしているうちに、もっと重大な、そして率直に言って、予算獲得という意味でもっと説得力のある、ことが起こってしまったのである。それが九・一一であり、以来防衛予算ばかりでなく、連邦予算全体を見ても分配の優先順位がとんどん変わっている。

しかし本当は、防衛関係者は九・一一のはるか以前からこうした変化に気づくべきだった。時代が進むにつれて、そのことは明らかになっていた。アメリカの危機対応策について過去三十年の歴史を見ると、アメリカの重視するポイントが、システム・レベルの脅威から国家レベルヘ、そして最終的に、崩壊しつつある国家(他の世界から断絶している国家)へと下方に移動している。そこから考えれば、国家(あるいは国家グループ)同士の戦いから個人との戦いという新しい時代へ向かっていることに気づいたはずだった。

九・一一の事件で、二十一世紀の非対称戦争がどのようなものになるかアメリカは思い知らされた。それはアメリカとほぽ対等で、グローバル経済に急速に統合されつつある中国のような国から起こるのではない。また決まった場所にあって、我々がいつでも包囲、攻撃できる、ならず者国家から起こるのでもない。我々が直面する非対称戦争は、グローバリゼーションの恩恵を奪われた、あるいはグローバリゼーションの進歩から切り離された国の奥にいる敗者たちの間から生じる。

その中心となるのはオサマ・ビンラディンのような教育のあるエリートたちで、グローバリゼーションの支配から(ひいてはアメリカ"帝国"から)の断絶を理想に掲げる。一世紀前の、知識階級だったレーニンと配下のボルシェビキと同じように、こうしたテロリストたちはありとあらゆる卑怯な手を使うし、時間が経つにつれてさらに意固地になっていくだろう。彼らは心の奥底で、時間が自分たちの味方でないことを知っている。いずれグローバリゼーションの進展によって、社会を支配し、時計の針を戻す機会が奪われてしまうことを。

アルカイダのテロの犠牲者は、兵士ではなく市民だった。九・一一の攻撃では、南北戦争以来、一日の死者としては最高の数のアメリカ人が命を落とした。そしてそれは、すべて彼らの計画どおりだった。ビンラディンはグローバリゼーションと米軍の覇権が自らの民に及ぶことを恐れ、暴カを直接アメリカ市民へと向け、非対称ではない戦いをしていると信じた。たとえアメリカがそうは思わなかったとしても。

こう考えると、ビンラディンとアルカイダがめざす非対称の戦いという戦略について、はるかに論理的に理解できると思われる。アメリカを国家レベルで倒すことはできないが、個人レベルでそれなりの数の国民を殺すことで、アメリカの鼻をへし折ってやることができる。そしてそれがペルシア湾から軍を撤退させる要因になれば、システム・レベルの勝利まで可能だ。

九・一一に対するアメリカの反応は、予想どおりと言ってよい。世界中に散らばっている個々のテロリストを追うのは容易ではないため、アメリカは自分たちの得意な行動に出た。つまり国家を侵攻したのである。もちろん、アルカイダの中心的リーダーとトレーニング・キャンプはアフガニスタンに集中していたが、主要な隠れ家を潰せば世界に広がる個々のメンバーも壊滅できると考えるのは、ハンバーガー大学をなくせぱ世界中のマクドナルドを潰せると考えるようなものかも知れない。

アメリカのアフガニスタン侵攻は、我々の目の前にいる究極の敵について多くを語っている。それは"断絶"である。レーニンが世界の資本主義システムに逆らって初の社会主義国家をつくろうとしたとき、行き着いたのは経済が深刻に遅れていた(資本主義以前の状態の)ロシアだった。

それと同じように、ビンラディンとアルカイダがアメリカ主導のグローバリゼーションのプロセスに世界的な低抗を始めようとするときに行き着いたのは、他の国々との経済的な結びつきが深刻に阻害されている(グローバリゼーション以前の状態の)国々だった。(P82〜P88)

[著者紹介] トマス・バーネット Thomas P. M. Barnett
アメリカ海軍大学教授、上級戦略研究者。2001年10月から2003年6月まで、米国防総省内部部局の軍変革室で戦略計画補佐官を務めた。それ以前には、「ニュー・ルール・セット・プロジェクト」(ウォール・ストリートの証券会社、カンター・フィッツジェラルドとの共同研究)、「西暦2000年国際安全保障問題プロジェクト」などにディレクターとして参加している。2002年12月号の『エスクァイア』誌は、バーネットを「最も有能で聡明な」戦略家として紹介。翌年3月号の同誌に掲載された、本書の基盤となる論文「ペンタゴンの新しい地図」は、各方面で賛否両論の激しい反響を巻き起こした。ハーバード大学Ph.D.(政治科学)。ロードアイランド州ポーツマスに住む。


(私のコメント)
トマス・バーネットの「戦争ななぜ必要か」と言う本の題名を見ると好戦的なアメリカ軍人が書いた本のように見えますが、経歴を見ればわかるように軍事官僚が書いた戦略書である。90年に冷戦が終結してソビエトへの封じ込め政策がひとまず終わって、アメリカは新しい戦略の構築を迫られましたが、9・11が起きるまでそれは出来なかった。一応は「非対称戦争」という言葉が流行語になりましたが、それは予算を獲得するための口実であった。

それに対してトマス・バーネットは「ペンタゴンの新しい地図」と言うレポートを発表して、グローバリズムに乗っている国と乗り遅れた国とに分けた地図を発表した。そして9・11が本当の非対称戦争の実態を知らしめる結果となりましたが、「戦争がなぜ必要か」と言うと、イラクのようにグローバリズムに乗り遅れた国を引き込むために必要だと論じている。たしかにサダム・フセインのイラクを放置していたら、いつまでたってもイラクは取り残された国になってしまうだろう。

しかし非対称戦争の概念からすればアメリカ軍のイラク侵攻は、イラクをテロリストの巣窟にして実戦訓練の場にもなってしまっている。それに対してアメリカ軍は戦車やヘリコプターでテロリスト殲滅作戦を実行しているが効果は上がらず、アメリカ軍がもっとも恐れるベトナム戦争以来の泥沼戦争になってしまっている。13万人もの陸軍兵士がイラクに釘付けにされて、戦うも地獄引くも地獄のジレンマに立たされている。

なぜアメリカはイラクに侵攻したのだろうか。トマス・バーネットはこれを、「ハンバーガー大学をなくせば世界中のマクドナルドを潰せる」と考えるのと同じと言うように馬鹿げている。つまりはテロリストは組織ではなくて文化宗教を絆にして乗り込んできたグローバリストに対して抵抗運動をしているのだ。これこそが本当の非対称戦争の正体であり戦車やヘリコプターで殲滅できる敵ではない。

しかしこのような戦争が非対称戦争の正体なら従来の軍隊が手におえるものではなく、CIAやFBIが対応すべき戦争なのだろう。しかしそれではペンタゴンも予算は縮小されるばかりなので軍需産業は強引にイラク攻撃を仕掛けた。これは非対称戦争がわかっていなかったというよりも産軍複合体のご都合なのだ。

昨日の日記でアメリカは北朝鮮を攻撃しない事を六カ国協議で声明書に表しましたが、これがアメリカ軍部の本音なのだろう。イラク攻撃も軍部は反対したがイラクは油があると言う事で強引に軍事攻撃を仕掛けた。そしてバグダッドには3000人規模のアメリカ大使館を作り恒久的にイラクを占領し続けるつもりのようだ。これは明らかに非対称戦争とは関係がない。

トマス・バーネットは北朝鮮の韓国侵攻や中国の台湾攻撃を例にあげて、「AがBを攻撃した場合、アメリカが駆けつけてAを追い払うというような事態を恐れていた」、と書いていますが、朝鮮半島や台湾海峡で戦争が起きてもアメリカはBを救うためにAを追い払うような事は出来ないと見ている。軍事予算を獲得するには好都合なのでしょうが、二度と朝鮮戦争やベトナム戦争のような従来の非対称戦争もしたくないと思っている。

さらにバーネットは北朝鮮の金正日のような独裁者がアメリカに無礼を働いても、それに対して過剰反応はしないほうがいいと考えているようだ。だからバーネットの考えはイラクのサダム・フセインに対しても軍事侵攻は反対だったのだろう。しかし不幸にもイラクには石油があった。そして北朝鮮には何もなかった。だから台湾も何かあっても台湾には石油が無いから手を出さないだろう。

この著書の「戦争はなぜ必要か」という題名には違和感を持ちますが、反グローバリズムに対する戦争は必要だと言う意味なのでしょう。しかしイラクに対するやり方ではイラクはグローバリズムに乗れないしテロリストの巣窟になりつつある。トマス・バーネットはこれに対してはグローバリズムに乗れない国に対しては小規模な軍事基地を点在させてテロとの戦いに備えることを推奨している。

昨日も書いたように日米安保体制は日本にとってどれだけ信用できるものなのか、私は不安を持っている。バーネット氏が書いているように台湾がA国で中国がB国である場合に、B国を追い払うためにアメリカは動いてくれるのだろうか。反撃による犠牲が大きい場合はアメリカは動かないだろう。中国は核付き大陸間弾道弾を持っていて中国軍幹部もアメリカ本土に核攻撃をすると公言しているからだ。




「アメリカは核兵器その他の兵器を使って北朝鮮を攻撃する
意図はない」というアメリカの不可侵宣言が盛り込まれた。


2005年9月25日 日曜日

6カ国協議 合意「北の決断待ち」 草案、5カ国受け入れ

 【北京=笠原健】北朝鮮の核開発をめぐる六カ国協議は三日午後、議長国・中国が示した共同文書第四次草案をもとに最大の焦点となっている核放棄の範囲などについて二国間協議が断続的に行われた。ヒル米国務次官補は同日夜、記者団に対して、北朝鮮以外の五カ国が草案を基本的に受け入れたことを明らかにしたうえで、「あとは北朝鮮の決断を待っている」と述べ、合意が達成するかどうかは北朝鮮の判断に委ねられているとの認識を示した。
 協議筋によると、草案は核放棄の対象として、日米が強く求めた核の平和利用まで包括する「すべての核兵器と核計画の放棄」との表現が盛り込まれた。また、ロシアのインタファクス通信によると、草案には、米国が「米朝国交正常化は、北朝鮮の人権順守を条件とする」と受け取れる条項を含めるように求めたという。
 同日の協議は、首席代表協議が予定されていたが、北朝鮮が平和利用を核放棄の範囲から除外するよう改めて求めたため、首席代表協議の開催は見送られ、日米、米中、米韓などの二国間協議が行われたという。
 また、別の協議筋によると、草案には北朝鮮に対する不可侵や南北非核化宣言の履行のほか、日朝平壌宣言に基づく日朝国交正常化と米朝国交正常化、核放棄の見返り措置としてのエネルギー支援や経済協力などが盛り込まれた
 ヒル次官補は「北朝鮮は核放棄をするのか、別の選択肢を選ぶのか決断をしなければならない。(議長国)中国の奮闘に期待する」と述べ、中国の説得を見守る考えを示したが、調整のめどは立っていない。
(産経新聞) - 8月4日3時43分更新

北朝鮮6カ国合意の深層  2005年9月22日  田中 宇

▼ポイントはアメリカの不可侵宣言

 しかし私が見るところ、軽水炉を作る代わりに核開発を放棄するという交換条件は、今回の合意文の最重要なポイントではない。最も重要なポイントは「アメリカは核兵器その他の兵器を使って北朝鮮を攻撃する意図はない」というアメリカの不可侵宣言が盛り込まれたことである。

 アメリカが北朝鮮に対する不可侵を文書で約束したのは、1945年の北朝鮮の建国以来、今回が初めてである。昨年以来、米政府の高官が北朝鮮側に対して口頭で不可侵を約束したことは何度かあるが、それが初めて今回文書になった。もはや、アメリカは北朝鮮を武力攻撃することはない、ということである。

 今回のアメリカの北朝鮮に対する不可侵は、北朝鮮に交換条件を求めることなしに宣言されている。2003年に6カ国協議が始まった当初、米側は「北朝鮮が核開発を放棄し、それをアメリカが検証したら、北朝鮮に対する不可侵を約束する」と主張していた。それが昨年後半あたりから、アメリカの不可侵は北朝鮮の核放棄とは切り離され、米側が無条件で口頭による宣言を行うようになり、今年夏の6カ国協議では、軽水炉の供与が北朝鮮の核放棄に対する交換条件になった。

 北朝鮮にとってアメリカの不可侵は、2年前には核放棄という対価を払わねば得られないものだったのが、今では無償で得られるものになった。金正日は、もはやサダム・フセインのように米軍に捕まる心配をしなくてすむようになり、北朝鮮が国家として生き延びる可能性も大いに高まった

 この間、北朝鮮はアメリカを満足させるようなことを何もやっていない。「6カ国協議には出ない」とか「攻撃されても負けない兵器を持っている」といった強気の発言を繰り返していただけである。それなのに、アメリカは譲歩し、北朝鮮は存続を認められた。今回の共同声明では、アメリカと日本が、北朝鮮との国交正常化に努力することも宣言された。拉致問題には一言も触れていないので、この点でも北朝鮮は何も失うものがない。

 北朝鮮に対するアメリカや日本の譲歩は、北朝鮮が核兵器の開発に成功し、すでに何発か核爆弾を持っているという前提で行われているが、北朝鮮が本当に核開発に成功しているのか、口だけではないのかどうかについては、アメリカも確証がない。核爆弾を作れても、ミサイルの弾頭として据えられる大きさにすることは簡単ではない。進捗状況を知っているのは、当事者の金正日ら北朝鮮上層部の人々だけである。ひょっとして本当は北朝鮮は口だけなのだとしたら、北朝鮮は強気の発言だけでアメリカの譲歩を引き出してしまったことになる。まさに国際政治界の「わらしべ長者」である。(中略)

▼多極化への道

 今回の共同声明は、北朝鮮が受け入れられる線で中国が文案を作り、アメリカに対して「この文案を受け入れなければ、アメリカのせいで交渉が決裂したということになる」と最後通牒を突きつけ、受諾させた。この経緯からは、東アジアの地域への影響力として、中国の主導権が確立し、アメリカの影響力が弱まっていることがうかがえる。これは、世界が多極化している兆候の一つである。

 今後の朝鮮半島では、韓国と北朝鮮との直接交渉を中国とロシアがバックアップするという、アメリカ抜きの関係強化の傾向が強まると予測される。これは米政界内の、アメリカ中心の世界を貫きたい勢力にとっては、困ったことだが、世界を多極化したい勢力にとっては好ましいことである。

 すでに北朝鮮は、欧米からの食糧支援は今年いっぱいで打ち切ってほしい、と発表している。その後は、韓国や中国からの支援が中心になる。また北朝鮮が求めている軽水炉については、ロシアが提供するという案も出ている。(関連記事その1その2

 日本は今のところ対米従属一本槍のため「アジアのことはアジアに任せ、アメリカは手を引く」という現在の動きの中で、自らを疎外する状況にある。だが今後、アメリカの覇権縮小がもっと明確になり、世界が多極化していることを日本の首脳たちが悟れば、いずれ、アメリカに対して気兼ねせず、中国や朝鮮半島、ロシアなどと戦略的な関係を結ぼうとする方向に転換するのではないかと予測される。


(私のコメント)
第4回の六カ国協議の共同声明が出されましたが、このなかでアメリカの北朝鮮への不可侵が盛り込まれた。これで金正日は枕を高くして眠れる事になり、北朝鮮はもともと持ってもいない核兵器を交渉材料にしてアメリカから譲歩を引き出した。さすがに軽水炉は先送りになりましたが、これで韓国やグワム島にに配備されたステルス爆撃機などは無意味になったことになる。

アメリカの北朝鮮とイラクやイランに対するダブルスタンダードは大変わかりにくい。核兵器を持ってもいないイラクには武力侵攻して、核兵器を持っていると宣言した北朝鮮には不可侵を声明に書き加えるのはどういうことなのだろう。この事はアメリカ国内でも指摘されていますが、中東に民主主義を根付かせるなどと言うのはまやかしだ。

アメリカはイラク問題とハリケーン災害で手一杯でブッシュ政権は満身創痍の状態だ。とても極東問題にかまってはいられない状態になり、譲歩を重ねても妥協しなければならない状況のようだ。拉致問題を抱える日本としてはアメリカの強い態度で解決される事を望んでいましたが、今のアメリカにはそんなことが出来る状態ではない。となると拉致問題は日本政府で解決しなければならなくなった。

アメリカの北朝鮮不可侵声明は日米安保にも影響が出てきて、日本と北朝鮮との間で戦争が始まってもアメリカは中立を守らなければならなくなった。北朝鮮からミサイルが飛んできても日本だけで対応しなければならなくなった。北朝鮮不可侵声明は文書にもなっているのだから不可侵条約と同じ効果を持ちますが、日本のマスコミはこれを大きくは報道していない。

日本はアメリカ軍駐留経費として毎年6000億円の思いやり予算を提供していますが、アメリカはきちんと日本を守ってくれるのだろうか。アメリカはイスラエルに対しては4200億円もの援助を与えて、なおかつイスラエルの防衛の為にイラクに軍事攻撃までした。ところが北朝鮮は条約を破って核開発までしたのに不可侵を約束したのは日本に対する裏切り行為だ。

少なくとも北朝鮮に対しては軍事的威嚇をしていかなければ諸問題は解決しませんが、アメリカ軍は日本から6000億円ももらっていながら北朝鮮問題を解決する意欲がなくなってしまったようだ。この調子だと台湾問題に関しても中国が強く出てきてもアメリカは譲歩するのみで何も出来ない可能性がある。たとえば中国とロシアが大規模な軍事演習をおこないましたがアメリカは無関心だった。明らかに台湾上陸を想定した訓練だったのだからアメリカは抗議ぐらいしたらどうだろう。

ポチ保守派たちは極東が大変だからアメリカを怒らせるような事は出来ないとアメリカ様様ですが、そんなにアメリカを頼りにしてアメリカは日米安保で守ってくれるのだろうか。今回の六カ国協議を見ても妥協するばかりで当初の強い態度が見られなくなった。日本は軍事力を持たないから見守るしかないのですが、対米従属も限界が来ているのではないだろうか。

いままでなら日本の外交と軍事はアメリカにおんぶに抱っこの丸投げでも良かったのでしょうが、最近のイラク情勢や国内のハリケーンの対応に関しても、これがアメリカかと思わざるを得ない。さらに六カ国協議のアメリカの弱腰は同盟国を不安にさせる。ならば日本がしっかりせよと言いたいところですが、中国や韓国からの歴史教科書や靖国参拝に対する事に言われ放題でも、政府はことなかれ主義でどうにもならない。




ヘッジファンドの正体は丁半バクチの世界で9割が負ける
彼らがいかに郵貯の350兆円を欲しているかわかるだろう


2005年9月24日 土曜日

ヘッジファンドの巣窟にて 9月6日 ロンドン投資銀行日記

久しぶりにNYに来ているが、友達何人かにあちこち連れまわされてちょっと死にそうだけどかなり楽しい滞在になっている。この4日間で恐らく30人以上に会って毎晩遅くまで飲み歩いている日々。金融関係が多いがその中でも特にヘッジファンドが圧倒的に多い。ヘッジファンドが確実にNYで増えているのを感じる。取り急ぎまた詳細に書こうとは思うが簡潔に色々な人との会話をまとめると以下のようなトレンドがあるようだ。

− ヘッジファンドの数は異常に増えており、だんだんと競争が厳しくなっている。成功しているファンドは20%ぐらいと見ていいか?90年代は半分以上のファンドが成功していたが今は少ない
− 今年は過去にないほど厳しく、平均的には伝統的なアセットマネジメント会社とヘッジファンドは同じぐらいのパフォーマンスしか上げれていない。来年・再来年につぶれるファンドもたくさんでてくる
− ファンドのパフォーマンスが10−20%マイナスになるようなことがあればファンドを畳まなければいけなくなる
− 多くの若手は投資銀行よりも安い給料に甘んじているし、パフォーマンスが良くないファンドに数年働くとその後のキャリアステップがなくなり得るぐらいリスクは高い
− 給料格差は若手の間でも激しく、20代前半・半ばぐらいで既に1億円弱ぐらいもらっている人間もいるが、そのレベルはヘッジファンドの若手の中でも数%程度(彼らが恐らく一般的に想像されるヘッジファンドの象徴的なイメージか)
− ヘッジファンドの金余り状態はものすごく、だからこそよりアクティブなPEに似た投資などもし始めているし、ディストレスドではDIPファイナンスにまでヘッジファンドが手を出している。数千億円といった金額はそうでもしなければ使いようが無いというのが多くのヘッジファンドの人間の見方だった
− 投資銀行のバンカー出身も異常に多いが、典型的な転職は2〜3年アナリストをやって転職したというのが多いようだ
− MBAはほとんど役に立たないと思っている人が多い。やはりヘッジファンドでもあくまでMBAはエントリーパスという位置づけなのだなと再確認
− いずれは自分でファンドを立ち上げることを夢見る人々が多い。ヘッジファンド業界ではそれぞれファンドのことをどこかのお店みたいに誰々の「ショップ」と呼び、それだけ設立パートナーの人脈と名声・実力で成り立っているのがヘッジファンドということでもある


全体としてはヘッジファンドは魅力的な業界ではあるものの、世に知られているほど成功しているファンドは驚くべき少ないし、成功できる可能性も少ない、非常にリスクの高い仕事であることは間違いない。ヨーロッパのPMとのメールでのバトルで有名になったThird Point(運用スタイルは村上ファンドのようなアクティブファンド。最もよりアグレッシブだが。メールのやり取りの全文がハーバード留学記に載せられていたと思うのでヘッジファンドカルチャーに興味のある方は読まれるとといいと思う)のパートナーなどにもこの後会う予定だしもう少し状況は詳しく分かるだろう。こんなこと書いてると転職するんじゃないのかなんて言われそうだがその気はしばらくない。転職する気はないといっているのにいくつかのファンドのシニアな人間にレジュメを送っといてくれと言われている。業界としては要モニターだと思うし、今の金融トレンドを理解する絶好の機会なので、もう少しNYを楽しみながら状況を探ってみたい。

NYのヘッジファンドで働く友人が言っていた一言が非常に印象に残った。

“If you feel like you are missing a boat, don’t worry about it because you are not. Everyone is actually only swimming around the boat and struggling hard not to get drowned.”
訳:(ヘッジファンドという勝ち)船に乗り遅れてるんじゃないかと思っているとしたら、そんなこと気にしなくていいよ。全くそんなことはないから。(ヘッジファンド業界の人間は)みんなただ単にその船の周りを泳いでいるだけで、溺れちゃわないようにするだけで必死だから。


ヘッジファンド業界は投資銀行業界以上にコンペティティブで生き残るのも難しい。ミーハーな気持ちで皆が興味を持っているからとか、死ぬほど給料もらっている人がいるからといった理由だけでやろうと思うなら本気でやめた方がいい。9割方失敗している。頭が良かったり知識があるだけでなく(それよりもむしろ)トレーディングのセンスが重要だ。年齢も学歴もリーダーシップもチームワークもゴマすりも全く関係ない世界に放り込まれるので、プライドも経験も年齢も上下関係もクソもない、儲けたものが勝ち、そんな究極の世界だ。

生のヘッジファンドを伝えるために何人か今回NYで会ったヘッジファンドで生きる人々について書いておこうと思う。恐らく普通に説明するよりも直接的にどんな世界でどんな人々が働いているのか分かるだろう。

一人目は、いわゆる典型的なロング・ショート投資を行うヘッジファンドに務めるアナリスト。全米トップ10の名門大学の学部卒後すぐに投資部隊100名以上抱える比較的大手のヘッジファンドに就職した入社4年目の25歳。4年も生き残っているのでそれなりに平均以上には頑張れているはずだ。すでに自分のポジションを持って投資しているが、給料の支払われ方がヘッジファンド業界の中でも際立って実力主義で、月給から完全業績連動給。彼の去年の実績は年収約3000万円、今年は初め3ヶ月に比較的うまくリターンを上げたので3ヶ月で約2000万円もらったが、その後5ヶ月間は給料ゼロ。ロスを出しているからだそうだ。投資のパフォーマンスがネットで勝ち越しのプラスになるまで次の月給は支払われず、年末の時点で負け越していれば首になると言っていた。すぐに大きくカンバックしてやるから大丈夫だよ、と笑ってごまかしていたが、死ぬほど毎日プレッシャーを感じているのは見ていて明らかだった。非常に慎ましやかな生活をしていて、正直日本企業入社1・2年目ぐらいな生活水準で暮らしている。死ぬほど様々な投資関係の本を読み漁って勉強している。一寸先は闇といった生活を送っているからだろう。首になったらMBAでも行くしかないかなと言っていた。なぜなら首になるということはヘッジファンドではもうやっていけないという烙印を押されたことに等しいし、彼の場合、ヘッジファンド以外の経験がないので他の業種にも転職しづらいからだ。

二人目は、同じヘッジファンドに務める27歳のスイス人。大手投資銀行のスイス及びNYオフィスの投資銀行部で計3年働いた後、ヘッジファンド業界に転身。年収6−7000万円をコンスタントに稼ぎ出す稼ぎ頭だ。同じファンドの20代の若手50人ぐらいのうちで彼が断トツのトップパフォーマンスを上げているらしい。そんな彼もあと2年もこのヘッジファンド業界にいつづけたらもはや他に行く先はなくなるな、なんてつぶやいていた。どの仕事もそうだろうが他の職種に転職するというのはなかなか容易ではない。ましてや30歳近くなるとなおさらだ。失うものも多い。

三人目は、履歴書的には華麗な転職暦を持つ29歳。米屈指のH大学部卒で、インターネットベンチャーで2年働いた後、大手投資銀行の投資銀行部でアナリストとして3年働き、その後リスクアーブ投資(merger arbitrageなどrisk arbitrage専門)を行うヘッジファンドに転職。残念ながら彼の勤めるファンドのパフォーマンスは芳しくなく、去年はマイナスかぎりぎりフラットといったパフォーマンス、今年は10%を超えているが数年前の設立当初数百億円あったファンドサイズは今や100億円以下に減っている。要はバスト寸前とも言っていい状態になっている。彼の去年の年収は1000万円に満たない。前職からでもかなりの給料ダウンだ。本来であれば他のファンドに転職したいようだが、パフォーマンスが良いファンドで働いた経験がないとなかなか他の好調なファンドでの転職も難しいし、投資スタイルの違うファンドへの転職ははっきりいって全く違う生き物といってもいいぐらいなので難しく、真剣にMBAに行くことを考え始めている。その背景には、MBAに行って良いコネクションを得ることに加え、もう一度やり直したいという思いがあるからだろう。

四人目は、元大手投資銀行の投資銀行部のリストラクチャリンググループのヴァイスプレジテント。投資銀行業界の中ではここのリストラクチャリンググループはかなり有名だ。学部はウェストポイント出身で米軍にヘリコプターパイロットとして勤務後、某トップスクールMBA卒。数々の全米の超有名破綻案件のアドバイザリー経験を持つ。現在30半ばでディストレスド・ファンドのアナリストとして務めて2年目。彼のディストレスド投資に関する知識は半端ないし、アメリカの倒産プロセスやらあらゆるリストラに精通している。そのままIBにいれば間違いなくもっと活躍できた人物だ。しかし、トレーディングの経験はヘッジファンドに入ってから。五人目となるが、そんな彼が勤めるファンドのポートフォリオマネジャーは若干28歳。28歳のPMは彼ともう一人弁護士出身の30代の2人のアナリストに支えられている。3人で7億5千万ドル(約750億円)のファンドを切り盛りしている。28歳のPMは投資銀行の投資銀行部のアナリストを3年やった後、ヘッジファンドに転職し、めきめきと頭角を現して大手ヘッジファンド傘下のこのファンドを任されている。28歳のPMの年収は推定数億円、2人のアナリストは1500−2000万円程度。この元投資銀行ヴァイスプレジデントの年収は3分の1以下になったと言っていた。ウェストポイント出身の元軍人で投資銀行のIB出身らしく、人当たりの良く、真摯で知的、リーダーシップに溢れ体格も良い彼は、まさに文武両道といった感じだが、残念ながらそうした要素はヘッジファンドでは全く役に立たないんだということをまざまざと見せつけられた気がした。

六人目は、完全に独立して自分のファンドを立ち上げた29歳。大手投資銀行の投資銀行部でアナリストとして3年働いた後、アクティビスト投資の有名ヘッジファンドに転職。このファンドのヘッドは狂ったように攻撃的かつ毒舌なことで有名なスーパーヘッジファンドマネジャー。初めの2年は全然うまくいかなかったそうだが、あらゆることを教え込まれ3年目ぐらいからめきめき稼ぎ出し、年収1億円を超える。4年目に独立したいとヘッドに伝え、彼の全面サポートを得て、色々な投資家の紹介を受けたりして、見事今年3億ドル(300億円)の自分のヘッジファンドを設立。セントラクパーク沿いの高級マンションも購入。現在意気揚々とまさに絶好調にある。彼の元のファンドのヘッドがなぜそこまでサポートしたかは、彼を知る人間に言わせると、もう既に死ぬほど儲けているから、「あのファンドは昔俺が手取り足取り教えてやった奴がやってて、俺があいつのためにファンドを作ってやったんだ」なんて言いたいためにそこまでやってくれたんじゃないのと言っていたが。まあ、そんなサポートを受けるほど彼に儲けさせてあげたお返しといった要素が高かったんだと思うが。

上記の何人かの例を見れば明らかのように、肩書きやら学歴なんてはっきりいって全く関係ない完全な実力主義世界がヘッジファンドにはあるわけだ。MBAが役に立たないとは言わないがMBAの知識がすぐ生かせるとかそんな次元の話じゃないし、社内政治やらリーダーシップやら人徳やらそんなことも全く関係ない。ものすごく優秀な人間が集まっているし、ヘッジファンドに入るだけでも普通は大変だろうが、その中での生き残り競争は想像を絶するほど過酷だ。正直、一寸先は完全な闇の中、手探りで必死に生きている人々の方が圧倒的に多い。もちろん信じられないような成功を若いうちに手にしている人々もいるが、ほんの数%と言っていい。皆がいずれはポートフォリオマネジャーになる、あるいは自分のファンドを立ち上げたいと頑張っているが、ほとんどの人は実現できていない。ほぼ全ての人は実現できない、に同義語に等しいぐらい厳しい。今のヘッジファンドに比べたらIBやPEでさえミドルリスク・ミドルリターンに見えてくる。

2年前まではNYのヘッジファンドもブームに乗って儲けまくったファンドも多かったらしいが、ここに来て数が増えすぎたのとマーケットのパフォーマンスの低さから一気に冷え込んできている。また、NYのヘッジファンド業界は、東京・ロンドンと比べてもこの1・2年で一気に競争が厳しくなったという印象を持った。ターンオーバー(人間の入れ替わり)は3年経てば75%は首になり、100人のファンドにいれば3年で100人入れ替わるぐらい回転スピードは速い。成功している人のことばかりが報じられがちなヘッジファンド業界だが、儲けてる人がいっぱいいるらしいから俺もやりたい、なんてミーハーな気持ちで考えているなら止めといた方がいい。そんな程度のモチベーションじゃ絶対成功しないから。英語力が心配だったりしたらそもそもNYのヘッジファンドなんか止めた方がいい。ただでさえ厳しいのに英語のハンデがあればなおさらだ。それはIBも同じだけど。

今回、ものすごく多くのヘッジファンドの人間と会って、彼らと狂ったように毎晩飲みまくって大いに語り合い、実に充実したNYでの1週間となった。もう胃が壊れそう。NYの流行スポットはほとんど全部連れ回されたんじゃないかな。結構本気でNY住むのも楽しいかも、と思わせられた。NYのヘッジファンドで仕事を見つけるのは十分可能だと言うことが分かったが、あの異常なリスクの中に身を晒すには、よほどの覚悟と自分のバックグラウンドにぴったり来てかつ良い指導者がいるファンドを見つけることが重要だ。今回はもちろんヘッジファンド以外にもバンカーの奴らや色々な人間と会い、大いに最先端NYを感じた滞在となった(そういえばコロンビア大MBAのホームパーティも何件目かはしごして飲んでいる時に一瞬行きました。日本人はいなかったですが)。ヘッジファンドとPEがどのような局面で競合しているかも良く分かった。日本に行くときは絶対連絡するから、大いに日本で遊ぼうと約束して最後は皆と別れた。年末年始にNYヘッジファンド野郎らの日本ツアーでも企画しないといけなくなるかもしれない(笑)。


(私のコメント)
映画の「ウォール街」と言う映画でヘッジファンド・マネージャーの主人公が描かれていましたが、彼らは違法すれすれのことをしながら稼いでいる。だからホリエモンみたいな連中がファンドを運用して成功すれば億の金を一年で稼いでしまう。ヘッジファンドと言っても必勝法などあるわけがなく、昔と違ってコンピューターや電子取引を使って科学的に見えるだけで、後はカンと経験と度胸のバクチ場なのだ。

裁定取引とかデェリバティブとかいってもみんなが真似しだせば儲からなくなる。私も株式のパソコンソフトでいろいろ試してみたが全然ダメだった。最近は売買手数料が安くなったおかげでデイトレードが大流行ですが、儲かっている人はどれだけいるのだろうか。おそらくヘッジファンドのマネージャーと同じく数パーセントに過ぎないだろう。

相場が上がっている時は大儲けする人が続出しますが、相場が変調をきたせば損する人が続出して生き残る人が数パーセントに過ぎなくなる。ノーベル賞をもらった学者ですらLTCMの事件のように業界を揺るがすような破綻を生ずる事は免れない。たとえば99%の勝率でも1%の失敗でいままでの儲けをふいにしてしまうし、金融工学などと言うものは詐欺師の使う言葉だ。

結局はヘッジファンドと言っても勝ち組に入るのは一部のカンと経験と度胸のある人物だけが勝てるのは昔と変わりがない。投資家として世界一のカリスマ的存在だったバフェット氏もAIG保険会社がらみの不正に関与していた疑いがあり、投資家としての名声に陰がさしてきた。むしろ真面目に会社を立ち上げて汗して働いて株式を上場するのが一番の成功法であるのではないかと思う。

「株式日記」と題していながら株のことはほとんど書かずに経済や政治や外交のことが多いのですが、そのほうが世界の資金の流れのようなものが捉えられるのではないかと思う。とは言っても世界の資金の流れは後から分かることが多く、ヘッジファンドマネージャーより先を見ることは非常に難しい。次の投資先は中国だのインドだのと言っても石油が100ドルになりそうな状況では難しいだろう。

となると世界一の省エネルギー技術を持つ日本が注目される事になり、世界の資金は日本に流れ込むことも考えられる。アメリカもいよいよグリーンスパンFRB議長が引退する事でアメリカ経済にどのような影響が出るか注目されるし、バブルの崩壊もいよいよやってくるのかと思いますが、アメリカの住宅ローン破綻が爆発すればヘッジファンドのマネージャー達も生き残れないだろう。

生き残る方法があるとすれば日本から資金を調達していくしかないだろうが、郵貯簡保の350兆円の資金が狙われている。日本政府を脅してでも日本から資金を搾り出して稼がなければならない。このようなことを書けばポチ保守派たちは感情的に反発するが、毎回ワシントンへ日本の財務長官や日銀総裁が呼び出されて、言わなくてもいいような事を言って国際公約して帰ってくる。


消費税など抜本改革表明 財務相、米長官と会談

【ワシントン23日共同】先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)出席のためワシントンを訪問中の谷垣禎一財務相は23日午前(日本時間同日夜)、スノー米財務長官と会談した。財務相は定率減税全廃に続き、来年以降「消費税など全体の税体系をどう見直すかという課題がある」と述べ、税財政の抜本改革に強い決意を表明した。
 これに対しスノー長官は「先の総選挙での与党圧勝は日本国民の改革を求める強いシグナルだ」と指摘、日本の構造改革進展に強い期待感を示した。財務相が日米会談の場で2008年度以降の引き上げが濃厚な消費税に言及したことで、「小泉改革路線」の継続を公約した形だ。
(共同通信) - 9月24日1時2分更新


(私のコメント)
G7の会議はサミットとは違って年3回程度開かれますが、ほとんどワシントンに日本代表は呼びつけられて、定率減税廃止だの消費税の引き上げだの郵政の民営化だのを国際公約して返ってくる。世界第二位の経済大国であるのにG7が日本で開かれる事はほとんどない。日本の世界における地位は低くてD7と言っても参加しているだけでアメリカに命令されて帰ってくる。「円の支配者」ではありませんが日本を実質的に支配しているのはプリンス福井日銀総裁なのだ。




抵抗勢力去り小泉自民党が火だるまになる「学会」との関係
宗教団体も各種圧力団体も小泉内閣の翼賛選挙に加わった


2005年9月23日 金曜日

抵抗勢力去り、小泉自民党が火だるまになる「学会」との関係! 9月21日 週刊メールジャーナル

 自民296、公明31と与党が327議席を獲得した衆院選。衆院の三分の 二を抑え、悲願の郵政民営化法案に事実上の決着をつけた小泉首相は、「自民 党は国民政党になっていく。特定団体の既得権を守るより、国民全体の利益を 考えるのが国民政党だ」と訴えつづけてきた。  

その結果の大勝に、首相周辺は「国民政党としての自民党への期待が、特に 無党派層の投票行動に反映された」という。  だが、これは大きな間違いである。各紙の世論調査や出口調査に関わってき た関係者は次のように指摘するのだ。  

「自民は東京、名古屋、大阪の三大都市圏の八都府県の選挙区で、民主から 計44議席を奪って圧勝への道筋をつけました。  このほとんどの選挙区で自民候補は自民、公明両党支持層、無党派層からの 支持を拡大しましたが、民主よりも無党派層の支持を多く得ていたのは6選挙 区に過ぎず、他の38選挙区での無党派層は、民主により多く流れていたこと がデータから判明したのです。決して無党派層の風が吹いたわけではないので す。

 この44選挙区の自民候補が獲得した公明支持層からの得票数は、前回総選 挙調査と比べ、38選挙区で拡大しています」  つまりは、公明票の風ともいうべき結果だった。別の関係者は次のように分 析する。  

「公明が今回比例区で集めたのは約898万票。選挙区数で割れば、公明票 は1選挙区当り3万あるという計算になる。  自公選挙協力がうまくいき、この半数が自民候補に投じられたとすれば、自 民候補は15000もの基礎票を得ていたことになる。  自民の小選挙区当選者219人のうち、2位との得票差が15000票に満 たなかったのは実に40人。公明つまり創価学会が機能しなければ、この40 人は落選していた可能性があるのです」

 特殊団体に濃厚な利害を持つ公明からの選挙協力を受けなければ有り得なか った「大勝」を前に、小泉首相が言う「自民党は国民政党」との台詞は空疎だ。  「3分の2ライン」の突破により、党内の抵抗勢力を黙らせた首相。「参院 は参院の意向を汲んでもらわなければ法案は1本も通らない」という論理で影 響力を行使してきた参院自民党の圧力も消滅させた。  

さらに今回の選挙で当選した新人83人を派閥に所属させず、自らの直轄下 に置いた首相は、一気に党内から抵抗勢力を消滅させたのである。  しかし、東西冷戦が消滅したことで民族主義の衝突という新たな紛争が顕在 化してきた世界史と同様に、「党内抗争の消滅」という当面の変化が、新たな 問題を確実に表出する。それは特殊政党・公明党との距離である。  

政策を自在に構築できる国会情勢のもと、「郵政」以降の重大問題にも「骨 抜き」は許されなくなった。  自民党内に抵抗勢力がいないのであるから、年金や医療など社会保障制度改 革、三位一体改革を中心とする地方への権限委譲改革、そして公務員改革や外 交問題など、山積する懸案について「骨抜き」があった場合、それは抵抗勢力 との妥協ではなく、小泉首相の「変節」となる。  

しかし、社会保障をはじめ教育改革、憲法改正について、公明党と小泉首相 との隔たりは大きい。  「信任票」を投じた国民が納得するような形での決着をつけようとすれば、 公明党が離反する可能性がある。  

公明が離れれば自民が選挙に勝てないことは、今回の選挙で明々白々となっ た。公明に妥協すれば、小泉首相の「変節」を国民はなじるであろう。  全候補者に「郵政」という踏絵を突きつけた小泉首相は、今後「公明党」と いう踏絵を自身が突きつけられることになるのである。  

政局の天才と称される小泉首相のこと、今回の大勝が純然たる無党派層の風 ではなく、小選挙区制度というシステム下における学会票効果だということを 認識していることだろう。  

「郵政」以降で対公明というベクトルで行き詰まったとき、小泉首相は再び お得意のパフォーマンスで、公明を「守旧派」として攻撃を演じるのであろう か。  それとも公明の機嫌を損ねないよう玉虫色の制度改革をアリバイ的に行い、 絶妙のワンフレーズ・ポリティックスで「すばらしい改革」と開き直るのか。 「劇場」の観客としては、ぜひ「郵政」以降を楽しませていただきたい。  このような小泉自民党を「国民政党」だと言える首相の神経に、弊誌は脱帽 したい思いである。

総選挙余話をひとつ。

落選した民主党候補の秘書たちが再就職先に困っている。 中に、本誌で働きたいという人も現れた。「本誌は無給」と伝えたらびっくり された。 永田町では、なかなか世間常識を勉強する暇がないこともあるが、意外なほど 世事に疎い人が多いのも事実。

政治家の事務所というところは、どこからともなくお金が入ってくるところら しい。すべてというわけではないだろうが… 民主党議員の秘書には、元社会党の書記局員であったり、社会党議員秘書の経 験者が多い。学卒でいきなり書記局入りした人も意外に多い

社会党勢が盛んなころは夏季手当、年末手当も出たようだが、民主党の秘書に 変わってからは定率の手当は貰えなくなったという人も多いようだ。 政策秘書の公費を流用していた議員が世論の顰蹙を買ったが、そんな不良議員 を退治することを前提に、公設秘書給与の仕組みを変え、民間並みの待遇をす るようにすべきだろう。

有力議員のもとで丁稚奉公のような書生を経験し、議員になるための研鑚を積 んでいる秘書もいるが、昔と比べてもの凄く減った。 民間からいきなり公募に応じる人がこれから増えるかもしれないが、議員立法 や国政調査の基本を学ぶためにも、秘書を経験した方がいいと思う。 そのためには、政と民との人材交流の仕組みを真面目に検討する必要がある。

二、三世議員が多いのは、秘書から議員に上がれる仕組みと、秘書の人材供給 の仕組みが確立していないからだが、これができれば、既得権にしがみつく族 議員を減らせるかもしれない。 目的が本末転倒かもしれないが、2大政党による政権交代の体制は、こうした 仕組みを恒存化するためにも欠かせないと思う。

ともあれ、仕事を失った秘書たちの世話が先決だ。自民党ではのどから手が出 るような状況らしいが、民主側は“守秘”の心配があるという。 民間では、特定職種の“守秘義務”がかなり徹底してきている。

永田町では、 いまだに秘書は“浮草稼業”だから職業倫理が確立していない面がある。 現状では、それぞれの政党が、民間との人材交流の基盤を広げるしかない。 この機会に民主党は、秘書人材の供給先を確保するためのインフラ作りにも、 精一杯努力すべきだ。これこそが、政権獲得の第一歩になることを自覚して欲 しいものだ。


9.11総選挙は大政翼賛選挙だった 9月20日 森田実

 8月上旬から9月中旬にかけて全国各地を回り、講演し、多くの人々と懇談した。この時、各地の80歳以上の高齢者が同じことを私に言った――「森田さん、今度の総選挙は昭和17年4月30日の翼賛選挙にそっくりだ。あの東条内閣が行った総選挙です。東条内閣は大政翼賛会に日本中のあらゆる組織を結集し、466の全議席を大政翼賛会推薦議員で独占するため、非推薦議員の選挙運動を制限し、時には弾圧した。今度の選挙はあの悪名高い翼賛選挙に大変似ている」

 昭和17年(1942年)4月30日の選挙のことを、私はおぼろげながら憶えているが、くわしくは戦後、文献や経験者の証言で、その“ひどさ”を知った。
 新聞も放送もすべて東条内閣を応援した。実業界も宗教界もあらゆる業界団体も東条内閣のもとに結集し、大政翼賛会の推薦議員を支援した。選挙の統括をする内務省は非推薦候補者の選挙活動を妨害し、官憲は容赦なく弾圧した。この結果、推薦議員の多数が当選し、新議席の約82%を占めた。この選挙における東条内閣の“勝利”が、東条内閣と戦争を長引かせ、戦争の悲劇を拡大した。

 80歳以上の翼賛選挙を経験した人々にとって、今回の選挙が、翼賛選挙の再現にみえたのは、第一に小泉政権側の広報機関と化して小泉首相をほめあげ、亀井静香氏や民主党など小泉政権の批判者を容赦なく攻撃したテレビと大新聞の姿が、当時の新聞・ラジオと同じく政治権力の手先に見えたからだった。

 第二に小泉政権を支持する大規模な企業選挙が、東条政権の手先と化した実業界の動きとダブって見えた。その他、宗教団体、医師会、農協など諸々の圧力団体が小泉自公連立候補のために選挙運動を行った。結果、亀井氏らの国民新党や岡田民主党は、昭和17年の非推薦候補と同じ立場におかれた。

 このなかで、とくに大活躍したのがテレビだった。テレビのバックには日米の巨大広告企業がつき、莫大な広告費が投入された。莫大な広告費はテレビ局と大新聞社をまるごと買収するほどの巨額に上った、との証言がある。この巨額の広告費は、日本国民の頭脳を変え、マインドコントロールするために使われた。日本国民すべてが「郵政民営化をすれば日本はよくなる」「小泉改革を行えば日本人は幸せになる」「小泉首相は偉大な政治家である」と考えるように、すなわち日本人を洗脳するために投入された。

 2005年9月11日の総選挙は、平成版翼賛選挙だった。昭和17(1942)年4月30日の大政翼賛選挙の再現だった。

 ただ大きな違いはあった。小泉政権とマスコミのバックにブッシュ米政権とウォール街の巨大ファンドがついていることだ。米の巨大ファンドが大金を出し、日本の政治を支配しコントロールしたことである。日本国民を小泉政権支持に向けるための大がかりな、いわばスパイ大作戦のような巧みな工作が行われた形跡がある。日本国民はテレビ・大新聞の小泉支援の大キャンペーンに乗せられたのだった。

 その上、大規模な企業選挙。地域の末端まで企業が動いた。日本の企業は選挙期間中、政治集団と化した。トヨタのトップまで鉢巻きを締めて選挙活動に精を出した。日本の企業の歴史に大汚点を残した。
 宗教団体も各種圧力団体も、小泉内閣の翼賛選挙に加わった。日本は1942年に逆戻りしたのだった。



(私のコメント)
今回の衆議院選挙は自民党の一人勝ちでしたが、よく分析してみると自公協力体制の成果と言うことらしい。テレビなどでは無党派の風が吹いたと分析しているが、むしろ無党派は民主党に流れていたらしい。それよりも公明票の900万近い票が今回の選挙で決定的な効果をあらわしたらしい。900万票を300の選挙区で割ると一選挙区3万票になりますが、この3万票がそっくり民主党に流れれば6万票リードして初めて勝てることになる。

今回の選挙で6万票差で勝った自民党候補はどれだけいるだろうか。東京だけ見ても自民が圧勝でしたが自民党候補から3万票引いてそっくり民社に流れたら当選した自民党候補は数人になってしまう。もちろん現実にはこれほどではないでしょうが、週刊メールジャーナルに書いてあるように半分だったとしても40人は落選していたことになる。自民党にとって公明党がありがたいのは選挙区でほとんど候補者を立てないことであり比例区と票を分け合う事が出来る事だ。

表向きに語られている選挙分析はそれなりにもっともですが、民主党が選挙で敗れた一番の理由は自公の選挙協力体制を崩せなかったことだ。今回は公明党は解散総選挙は望んでいなかった。だから今回は選挙協力が上手くいかず民主党に公明票が流れる事も考えられましたが、日を追うごとに自公体制は固まっていった。とくにテレビを使った話題づくりでは自民党のマドンナ刺客作戦などが効果を発揮した。

当初から小泉首相は4月の補選の勝利などから選挙で勝てると計算していたのでしょうが、与党で三分の二以上を占めるほどとは考えていなかった。公明党は自民の勝利とは逆に三名の議席を減らして自公協力の成果は得られなかった。そして民主党が負けすぎたことで衆議院における自民の単独過半数で公明党の発言力は低下した。公明党幹部は計算違いをしたのだろう。

はからずも与党は三分の二の議席を獲得した事により、憲法改正の話もちらほら出てきましたが、民主党も改憲論者の前原氏が代表になった事により現実味を帯びてきた。公明党もかつては護憲勢力でしたが現在は加憲と言っていますが改憲にも前向きになってきた。小泉首相も歴史に名前を残すためには憲法改正が出来れば名前を残せますが、千載一遇のチャンスが来た。

いわば平成の大政翼賛会が出来た事により日本国と日本国民は初めて憲法を改正して自衛隊が憲法違反の汚名を浴びせられながらの状態から脱する事が出来るだろう。アメリカも共和党のブッシュ政権で改憲には反対しないし軍事協力体制が深まることを望んでいる。日本国軍が東アジアおよび西アジアまでの地域においてアメリカ軍と協力して治安活動が出来るようになれば中東の石油に対してもプレゼンスを確保する事が出来る。

郵政民営化法案もスムーズに可決成立しそうですが、これからの審議で法案を修正していけばハゲタカ外資に乗っ取られずにすむように我々が監視すればいいのだし、小泉独裁体制は後一年で終わるのだから、法案に反対して冷や飯食っている議員もそれまで我慢すれば良いのであり、いったん法案に賛成してしまうと法案の修正がやりにくくなるから反対姿勢は貫いた方がいいだろう。


憲法改正は


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与野党の新人議員で期待されるのはインターネットや
辻立ち演説で国会レポートを報告する事が仕事である


2005年9月22日 木曜日

参議院議員 世耕弘成(せこう ひろしげ) 9月5日

朝、コミュニケーション戦略チームの会議。
 終了後羽田へ走り、北海道へ移動。予定をこなして直ちにとんぼ返り。夕方には党本部へ戻る。
 夜9時からの党五役の会議に陪席。
 会議終了後夜11時から開催された幹事長の記者会見に同席。
 さらに移動して、某ベンチャー経営者と深夜まで打合わせ。

 さて、まだ分かっていない人がいるようなので、出張、会議、睡眠不足でふらふらなのだが一言。頑張って書こう。
 実例を挙げれば違いが分かっていただけるだろうか。
 ケースA:A党公式ホームページ(またはメルマガ)で、「○○党首が明日××選挙区の△△駅前ロータリーで街頭演説を行うので、是非訴えを聞きに来て下さい。」と呼びかけるケース。
 ケースB:B参議院議員が個人のブログで「遊説を終えた総裁と今後の日程の打ち合わせ」と書き込むケース。
 私が問題を指摘したのはケースA。私のブログはケースBにあたる。
 ケースAは公認候補を擁立し、かつ比例で党名を書いてもらう政党自身による選挙運動そのものであることは明白だ。
 ケースBでは筆者は衆議院選の候補者ではないことに加え、特定の候補者や選挙区が明示されておらず、投票や支援、理解の呼びかけも行われていないので、選挙運動には全くあたらない。公職選挙法の規制の域外である。
 中には「ケースBが公選法の規制外なら、ケースAでホームページの看板をC参議院議員の個人名に変えればよいのか?」というおかしな議論をしている人がいるが、看板だけの問題ではなく、書かれている内容も重要なのだということを指摘しておく。9月3日の日記に明確に書いているように、筆者が「候補者でない者」であることに加えて、「選挙運動や特定候補への投票の呼びかけにならない」ことが前提である。
 ちなみに公示後の私のブログについては、総務省と党コンプライアンス室の弁護士の助言を受けた上で書き込んでおり、全く問題はない。また某政党がメルマガ(公示後なのにまた発行している!)で書いているような「警告」を私のブログに関して総務省から受けた事実はないことを明らかにしておく。


NO.1477 「総理遊説:DAY2」 2005年8月31日 パート2 山本一太

ちょうど午前9時35分。新幹線で京都に向かう車中からのレポート。通路を挟んで左側の奥の席に小泉総理が座っている。右隣には丹後総理秘書官。総理はややリラックスした面持ちで、朝刊に目を通している。同じグリーン車の車両に、遊説局のスタッフ、同行記者団等もいる。たった今、総理の席を横切った乗客(40歳くらいの男性)が、「頑張ってくださいね!」と声をかけていった。小泉総理は軽く右手を挙げて応えていた。
 
 東京駅のホームに停車していた新幹線に(遊説局スタッフと一緒に)一足先に乗り込み、総理の到着を待った。SPに付き添われて入ってきた総理の表情は(昨日と同様)キリっと引き締まっていた。(*余分なことは何一つ言わなかった。)そういえば、昨日の吉祥寺駅前の第一声の前も(遊説カーの中で)こんな様子だった。戦いに入る前に集中力を高めている。そんな感じだ。
 
 さて、昨日の総理遊説(第一日目)について(忘れないうちに)少し書いておこう。小泉首相の動員力は2年前の衆議院選挙、昨年の参院選挙の時に比べて、明らかに回復している。4年前のあの「小泉ブーム」に迫る勢いだ。が、4年前と比較して、聴衆の反応が変わっていることに気がついた。

 最初のデビュー戦では、旬の「人気スター」にファンが熱狂するみたいな構図だった。どこへ行っても、「純ちゃん、こっち向いてー!」「純さま、ステキ!」「キャー!」といった声に包まれた。が、今回は、もっと「落ち着いた」声援になっている。実際、「純ちゃん、ステキ!」とか、「キャー!」とかいうタイプの声援ではなく、「小泉さん、しっかりやってくれ!」とか、「郵政民営化、頑張って!」という声が多かった。小泉総理個人の人気(まだまだ根強いものはあるが)というより、小泉総理が進めようとしている改革と。それを断行した総理の姿勢に対する期待や評価が有権者の関心(支持)を集めているといえるだろう。
 
 「聴衆の反応がこれまでと違う」ということに加え、もうひとつ印象的だったこと。それは、小泉総理が「自らの改革に反対する勢力」に対して「全面対決」する覚悟を固めているということだ。総理の決意は、すでに郵政方案に反対した現職議員を一切公認しなかったという姿勢に現れている。が、この日、演説した8カ所すべての会場で、「与野党の議員に働きかけて法案成立を阻んだのは、一部の国家公務員の利益を守るために与野党の議員に反対を働きかけたグループ(労働組合等)なんです。」「この体質を壊していかなければ、行政改革(公務員削減)も、官主導から民間主導の経済も出来るはずがありません。」「国会議員は一部の特定業界や団体の利益を守ることが仕事ではない。いったん当選したら、(苦しくても)国民全体の利益を考えねばならない。そうでしょう?!」と言い切った。(*全く、同感だ。)ここまでのことが言える政治家は、小泉さん以外にちょっと見当たらない。
 
 ふと、首相の席のほう(左)に目をやると、小泉総理は、シートを倒して休んでいる。(眠っている?)移動中の車の車中や新幹線の席は、総理にとって身体を休められる数少ない空間だ。けして(余分なことで)邪魔しないようにしよう。
 
 あ、もう午前10時か。車内の売店で熱い紅茶でも買ってこよう。
 
追伸:
1.昨日、遊説が終わった後で、党本部に立ち寄った。連日、党本部の幹事長室につめて、「選挙戦略」や「メディア対応」を錬っている(汗をかいている)飯島秘書官、官邸スタッフ、世耕弘成参院議員(広報本部長代理)等に会った。幹事長室が注文してくれた中華弁当を食べながら、30分ほど話をした。帰り際、世耕氏が、「一太さん、後半戦になったら、総理同行を外れて接戦の選挙区に入ってくれませんかねえ。集客力、あるんだから。」と(半分困ったような顔で)言ってきた。「え?オレなんか行っても、全然、効果ないよ。ちゃんと総理にくっつくつもりなんだから。ダメダメ、言うこと聞かないよ!(笑)」と答えて(少し脅かして)おいた。飯島秘書官は、ニヤニヤしながら聞いていた。

2.役人って、大きく言うと2種類ある。「人の話をよく聞くタイプ」と、「自分の意見ばかり言いたがって、実は相手の話を聞かないタイプ」だ。官僚としては優秀(?)でも、後者は政治家に向かない。有権者には(どんなに誤魔化しても)「嫌なヤツ」に見える(本質を見破られてしまう)からだ。
 
3.考えたら、他の政治家の国政レポートって、ほとんど読んだことがない。唯一、目を通すのは河野太郎の「ごまめの歯ぎしり」だけ。(*これは刺激的だ。時々、勝手に自分の名前を使われるけど。(笑)ま、お互い様かな。)このHPのレポート「気分はいつも直滑降」も、アクセス数はかなり増えてきた。(ピークは6000/日)が、目指すべきライバル「ごまめ…」には、まだとても追いつけない。でも、「臨場感」から言ったら、政界で一番面白い国政レポートは、「ごまめ」か、この「直滑降」でしょう?!(*誰も言ってくれないので、自分で宣伝しておきます。(笑・笑))

4.朝。昨日のTVで対決した荒井広幸氏(新党日本・幹事長)と電話で話した。荒井氏の考え方は、明らかに間違っている。(*向こうもそう思っているだろう。)が、この不思議な友情は途絶えそうもない。「なんか、午前中に公開討論会(?)かなんかに呼ばれたんだけど、どのくらい時間とられるのかなあ。あちこち、応援に行かなきゃいけないんだよ。オレは幹事長だから。幹事長は忙しいんだぞお。(笑)」と話していた。


不良債権問題の解決はヤクザの殲滅から32 2ちゃんねる

◆ 140 :闇の声:2005/09/21(水) 11:56:32 ID:TagwcIoV

何故か、選挙の結果を受けて書き込む事への無力感に捕らわれていてね

不思議なのは、女性に聞いてみると全員反自民なんだね
なぜそうなのか?と聞くと意見が殆ど同じなのだけれども
小泉のやることに恐怖感を感じるし、世の中が何も考えなくなっている事を
非常に危惧している
それと、ここまでやるかと思ったのは民主党の覚醒剤議員のことだ
確かに、由々しきことであるがわざわざ執行部人事発表に合わせて
逮捕するのも上手く行きすぎだね
これは何かのサインだと思う
前原執行部を良く思っていない勢力が党の命綱を握っていることの証左だろう

自民党の新人議員の話をする前に、選挙のからくりというか最初から捨て石候補と
言うのがいて、当選しっこ無いが諸般の事情で候補者を擁立しなければならない
そんな時に立候補して大汗と金を使って恥をかく・・・そう言う役割を担っている
この捨て石は、例えばその選挙区で自民系ではあるが県連から見れば立候補させたくないとか
あまりにスキャンダルだらけで立候補させられない人物がいるときに使うことが多い
では、立候補させなければいいと思うのだけれども、選挙毎に事務所を作り後援会組織にてこ入れする
それを怠れば結果は目に見えている
共産党が負けると判っていても候補者を立てるのも党の主張を伝えることと支持者獲得が目的なのだが、
自民党の場合はそれ以上に県連レベルの人事調整が絡んでくる
比例が出来て、その辺がより複雑になってしまったのが現状であり、今回のように全員当選することなんか
考えてもいないのが実情だね
では、捨て石は汗をかいて金を使うだけなのだろうか??
一回だけの選挙なら、その見返りは様々な利権だったりするし開拓した地盤を次に立候補する
候補者に売り渡したりする
決して損はしないようにしてやる・・・もっとも、たいていの捨て石は
選挙という麻薬に犯されてしまってもう一度、と言うのが実情だね
結果それなら勝手にやれで、金を散財することになる

◆今回の候補者を見ていると、気になるのが泡沫もいるけれどもそれ以上に
今後自民党がニュ−リッチと言われる勢力を党の支持基盤に取り込もうとする・・・
そう言う姿勢がはっきり見て取れる
確かに一人や二人、おかしいのはいるけれどもそれ以上に完璧に権力=金と言う
構図が確立されてしまった・・・

たとえば、何故に堀江は無所属だったのか・・・
当選したらどうするつもりだったのか・・・
恐らく当選しても、無所属だっただろうと言う
今後こういう候補者が増えるだろう・・・つまり、露骨に政策はもちろん数を金に変える・・・
政治をよりビジネスにする候補者がどんどんでてくるだろう
IT長者は揃って自民党支持なのだけれども、それは自民党を本当に応援するからではない
自民党の方が付け入りやすいからだ
言い換えれば、金の話しをし易いからであり情報、政策、数・・・そういうものを
簡単に金で買おうとする
自分が何度かここで書いているように、金次第の世の中こそ小泉−竹中構造改革路線なのだが
政治にも新しい流れが出来てしまった・・・と言う事だね
小さくとも強力で、しかも行動力のある政府・・・但しその行動力とは民衆を統治する行動力であり
権利の抑圧さえやぶさかでないと言う事だね
考えのない、顔の見えない権力構造を作り上げてしまったと言う事だよ

◆自分もへそ曲がりで、こういう人々がいると色々言ってみたくなる

後藤田正晴という人は、戦前−戦中−戦後の様々な闇を全て知り抜いていたと言って良いと思う
悪を制するには悪と言う考え方を持っていたと思う
同時に、大韓航空機撃墜事故で見せたような芝居も出来る人だったね
反面、その暗さと気味の悪さ故大衆には人気がなかった
人気が出てきたのは皮肉なことに、代議士を辞めて少し毒っ気が抜けてきてからだ
伊東正義、伊藤宗一郎らと並ぶ良識の持ち主だったが、それ以上に仕事は
汚れ役だったね
亡くなって、ほっとした政治家も多いだろう
田中派に入ったきっかけも、その辣腕ぶりを恐れられたからだと聞く
その引き替えは選挙の全面的な応援だったが、選挙弱さは最後まで続いたね
もっとも、憎まれ口しか聞かなかったという説もある
新聞記者をゴミ扱いしていた・・・もっとも、後藤田に口を聞いて貰った記者は
後に出世したそうだ
政治家の暗部を一番知り抜いていた政治家であり、同時に戦争の推進者という暗黙の自負があったと
聞いている
それだけに、小泉内閣に一抹の不安を感じていた・・・そうだ

◆なるほどな・・・と一連の書き込みを見ている
その意味とは、六カ国協議で共同声明が出されて日朝交渉も再開される気運となってきた
かなり、動きが急になってきた・・・つまり、金が何処に流れるのかだよ
普段見ていない層が見ている
しかも、かなり手練れた文言を使っている
ケツ持ちとは、普通の人は余り使わないが組織を後ろ盾にする連中は必ず使う言葉だ
選挙の結果・・・と言うよりも、選挙の前から金が相当流れ込んでこの連中はかなり潤っている
その上で、様々な派閥争いをする上で自分達のケツ持ちの政治家や組織を誇示し合って
最後にはガチンとやるのか、話し合いだ
かなりの金を北へ流すことになると思うが、それがどう還流してくるのか・・・
その奪い合いがもう始まっている

◆民主党の野田が、臨時国会の会期を足らないとか言っているけれども
それは所詮負け犬の遠吠えに過ぎない
あの辺が、この男のお目出度いところであり政治貴族故の弱さだ
2/3を押さえられている以上、重要法案は与党ベ−スでどんどん進んでしまう
国対委員長だから、それは職務上仕方ないけれども国会外でどのくらい
小泉政権が圧政を企てていて、その結果がどうなるという形で国民相手に
何を伝えるのか・・・それをするべきだ
国会での審議のガラス張りを民主党が示すことで、どれほどでたらめな官僚主導の
強権な政策が法案化されていくのか・・・それを伝えることだよ

官僚達は今度の選挙結果を極めて歓迎している
新人が増えたことはもちろんなのだけれども、その新人の中に自分達の味方が極めて多く
官僚の立場を判った上で政策審議をしてくれそうだからだ
おそらく、国会に上程される法案数は通常の五割り増しだろう
ろくすっぽ審議されないで、採決、採決を繰り返していく国会になる
その有様をそのまま伝えることだ
同時に、辻立ちをとにかくやること
辻に立って政策を訴え、国会報告をこまめにやること
その中で、如何に官僚が強権的な国家を目指し、階級社会の確立を進めようとしているのか
それをはっきり言うことだ



(私のコメント)
選挙が終わって特別国会が始まりましたが、小泉独裁政治がいよいよ顕わになってきました。自民党の総務会も郵政民営化法案が全会一致で決まり、小泉総裁に物申す議員はいなくなった。当選した新人議員も小泉首相の一言でほとんどが無派閥となり、おとなしく研修を受けている。派閥の影も薄くなり、内閣も全員が再任されて不協和音は聞こえてこない。そのために民主党の代表選びでの派閥の抗争のほうが目立った。

確かに小選挙区制度になって党の執行部の権限が強くなり、派閥がらみのゴタゴタは姿を消した。296人もの大集団なのに自民党内での実力者の発言が森会長を除いてほとんど聞こえてこない。プリンスと呼ばれた加藤紘一元幹事長等は自らの派閥を離脱してしまった。小泉総裁の後を誰が継ぐのかといった話も聞こえてこなくなった。

小選挙区制にもっとも反対したのが小泉首相自身であり、小選挙区制を実施したら首相や幹事長などの側近だけの政治になると批判した。そうなると反対勢力が存在しなくなり政治はスムーズになるのでしょうが、議会政治が空洞化して戦前の翼賛政治になってしまう。有能な人物が首相ならいいのですが無能な人物が首相になったらとんでもないことになるだろう。

山本一太議員のサイトを見ると選挙期間中もサイトを更新していたようだ。他に世耕氏などもサイトを更新している。参議院議員だからなのでしょうが、党や候補者でないサイトは特に問題はないはずだ。ところが一般の掲示板やBBSは神経質になって政治的な書き込みは全て削除するようなところもある。政治に一番関心を持つべき期間に政治的発言が出来ないのはおかしい。

以前なら新人議員などは政治活動といっても各委員会などの使い走りなどでこき使われて、これと言った政治活動の場はありませんが、山本一太議員や世耕弘成議員など自分のブログで国会報告をしている。駅前で辻立ちして演説するよりかは読んでくれる人は多いのだろうし、政治とインターネットの関係を生かしてゆけば新人議員でも存在価値は示せるはずだ。

ただし新人議員でもやる気があれば、わずかな時間を見つけてブログを更新していけば、誰かの目に留まって役に立つ事もあるし、自分自身にとっても反省材料になるだろう。これは議員だけではなくインターネットをしている人は日記代わりに毎日感じたことを書いていけば、少なくともタイピングの練習にはなる。サラリーマンだと時間がないという人もいるでしょうが山本氏や世耕氏の日程は殺人的だがやろうと思えばできるのだ。

2ちゃんねるの「闇の声」氏も国会関係者なのでしょうが、国会の内部情報をよく書き込んでいる。自分のブログを持つのがめんどくさい人はYAHOOや2ちゃんねるのスレッドを借りて書き込んでみればいいだろう。「株式日記」も株に限らず自由気ままに書き込んでいるのですが、毎日の読者が5000人近くになると張り合いも出てくる。


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佐藤晃著 『太平洋に消えた勝機』 東京裁判のA級戦犯で
帝国海軍の軍人がいないのは米国に内通していたのだろう


2005年9月21日 水曜日

太平洋に消えた勝機 佐藤晃著 光文社ペーパーバックス

連合艦隊はインド洋を制圧すべきだった

ロンメルがカイロを落とすことになれば、開戦前のわが国の「基本戦略」である、インド洋で《独伊と提携して英の屈服を図る〉、その好機到来であった。かねてから研究中の「西亜作戦」の好機であった。

だが、ミッドウェーの敗戦後遺症から脱出できない山本五十六は、翌日の『戦藻録』に「長官憂いにふけられ憂鬱の風」などと書かれる有様である。かと思うと24日には井上成美が南東方面の積極作戦の発令というピントはずれなことをやっている。つまり、ここで日本はミッドウェーの後遺症などに浸っている暇などなかったのである。連合艦隊をただちにインド洋に派遣すれば、ロンメルヘの支援ができる状態にあったのである。

じつは、連合艦隊はミッドウェー作戦の前に、一時インド洋に展開していた。1942年4月、セレベス島スターリング湾を出港した南雲艦隊は、セイロン島に退いた英東洋艦隊を追って、まずコロンボ空襲を行い、その間に敵特設巡洋艦1、駆逐艦1を撃沈、さらに重巡「利根」の偵察機により発見した重巡2を撃沈させている。このとき英東洋艦隊を率いていたのは、独戦艦ビスマルク追撃でその名をはせたソマービル大将であつたが、このときの東洋艦隊は大型空母1、戦艦5、巡洋艦7を基幹とする大艦隊ではあっても、老朽艦ばかりで、わが連合監隊の敵ではなかったのである。

4月9日には連合艦隊に再度発見され、空母ハーミスを失い、インドとアフリカ東海岸に撤退した。さらに、5月31日にはマダガスカル島エゴワレズで、戦艦ラミリーズが海軍特殊潜行艇の雷撃で大破し、これによりインド洋の制海権はほぼ日本の手に落ちることになった。つまり、インド洋経由カイロへの連合国の海上補給路は絶たれる状況が現出した。慌てたのはチャーチルである。なんとか日本の海軍主力を太平洋に戻す作戦を、アメリカに懇願したのである。ミッドウェーは、この経緯をもってすれば、果たしてやるべき作戦であったのであろうか?

米英側は、迅速かつ適切な対応で、危機を乗り切った。太平洋に戻った連合艦隊を尻目に、大西洋、ケープタウン、インド洋、紅海、カイロにいたる「インド洋補給線」を強化するとともに、アメリカは自軍に装備したばかりのM4戦車300両を回収して、100両の105ミリ自走砲と一緒にカイロに送った。チャーチルは第8軍の司令官をオーキンレックからモントゴメリーに代えた。

ドイツ、イタリアは、3月末以来、「インド洋のアフリカ東海岸を北上する連合軍の輸送船破壊のため有力艦隊のインド洋派遣」に関する矢のような催促を日本に寄せていたが、その願いはかなわなかった。

独ソ戦線の膠着も打開は可能だった

ロンメルのアフリカ軍団が北アフリカでイギリス軍の要衝トブルクを攻略した頃、独ソ戦線のドイツ軍の動きも風雲急を告げていた。

北方集団(レニングラード方面)と中央集団(モスコー方両は持久態勢をとり、攻勢の重点を南部においた。第11軍はセバストポールを陥してクリミヤ半島を制圧する。そして南方集団がスターリングラードとコーカサス油田地帯に向け攻勢をとった。スターリングラードは、一時、陥落寸前となった。

この独ソ戦の死闘に、日米両国がそれぞれの盟邦を、それぞれの方法で支援しようとしていた。当時、日本陸軍は「軍容刷新期」である。戦後社会では耳慣れない言葉だが、かなりの重要性を持つものである。南方作戦を終えた作戦軍の大改造を意味するものだからである。南方軍には「西亜作戦」用に最小限の戦力を残し、大部分は「国力の弾撥力」を養うための内地帰還と、ソ連に備えて満州に移動させようというものである。

日ソ中立条約があっても、ソ連は自分の都合で満州に乱入した。同じように、日本だって、いつシベリアに攻め込んでくるかわからない。ソ連にはこんな不安もあっただろう。日本軍の満州への兵カ増強は、当然、ドイツ軍の支援にはなったはずである。だが、このときも前年のモスコー戦同様、ソ連の後方を脅かすことはできなかった。ガダルカナル戦で、なにもかも無駄になってしまったからである。

日本軍がなんらドイツに協力できなかったのに対し、アメリカの支援は強力だった。インド洋、ペルシャ湾、イラン線の海路を開き、「武器貸与法」でソ連向けに大量の武器を輸送した。アメリカは“連合国の兵器廠"の立場を存分に果たしたのである。インド洋はイギリス第8軍の後方輸送線であると同時に、ソ連に対する武器輸送線でもあったのである。そして、イギリス本国とインド、オーストラリア、ニュージーランドを結ぶ重要な輸送ノレートでもあった。

なぜ、連合艦隊はインド洋を拾てたのか?

通商破壊戦にまったく無頓着な日本海軍も、輸送動脈としてのインド洋の重要性にはさすがに気づいていた。日本軍はマレー半島の西岸ペナン基地に10数隻の潜水艦を配して通商破壊戦に従事させたが、ガダルカナル戦でこれを引揚げてしまう。

一方、インド洋の独英通商破壊戦はまさに死闘であった。アフリカ東海岸を北上するイギリス大輸送船団に、ドイツがUボートをはじめシャルンホルスト級高速戦艦(28センチ主砲)を繰り出せば、イギリスは鈍足ながら38センチ主砲の戦艦で応じるという、凄まじい戦いが展開されていた。

この状況で、ドイツとイタリアが日本に有力艦隊の派遣を熱望し、わが国がそれに応じようとしたのは至極当然である。帝国海軍空前の有力艦隊による通商破壌戦が、インド洋で展開していたらどうなっていたであろうか?

7月11日、軍令部総長・永野修身は「作戦正面のインド洋転換」を上奏した。

《独伊のマルタ島攻略及び独軍の近東方面進出も可能となり、又枢軸不敗の態勢確立の可能性も著しく増大》したので、今後は《第2艦隊及び第3艦隊を基幹と致します兵力を持ちまして、インド洋中部、情勢によりましては其の一部を更に西部インド洋方面に進出せしめ、同方面の敵艦隊及び船舶を捕捉撃破しますことを考えております》

同時に参謀総長・杉山元は、インド洋作戦の根拠地として「セイロン作戦(西亜作戦)」を上奏した。開戦前の「基本戦略」の1つ《独伊と提携して英を屈服〉させる作戦がまさに始まろうとしていたのである。が、この「作戦正面のインド洋転換」は、結局は実施されなかった。

7月中旬、機動部隊を中心とする日本海軍の有力部隊のインド洋派遣を聞いて、独軍は沸き返る思いであったという。日本の連合艦隊がインド洋で英軍の補給路を断てば、カイロに武器、弾薬は届かない。また、ソ連軍の兵站も失われるのである。すでに英国東洋艦隊は開戦初期においてわが軍に手痛い打撃をくらっていたし、その後急遽本国から空母を含む艦船が増派されたものの、前記したようにわが連合艦隊の敵ではなかったからだ。

かくして、8月30日、。ロンメル軍はエル・アラメインの英軍.に総攻撃を開始した。だが、英軍には、この時点でもインド洋経由で膨犬な戦力が補充されていた。インド洋輸送線は完全に機能していた。9月3日には、米国から300両のM4戦車と100両の対戦車自走砲もスユズに陸揚げされた。

10月23日、逆にモントゴメリーが攻勢に出た。英軍は後方輸送戦に勝利したのである。11月4日、ついにロンメルは全軍に総退却を命じた。11月8日、米英連合軍は北アフリカ西部に上陸、英国とソ連が切望した欧州第2戦線の誕生である。ロンメルは東西から挟撃され、スターリンクラードではソ連軍が反撃を開始した。

なぜ日本軍はインド洋を放棄したのであろうか?ミッドウェー以後ガダルカナル島のような戦略価値の皆無の島で、航空部隊の自滅戦にも等しい戦闘を続け、戦艦も空母も惰眠を貧ったのであろうか? (P88〜P93)

おわりに

あるアメリカの作家が、こう言っている。「戦争による多大な人的、物質的犠牲により、多くの日本人が戦争を忌み嫌い、平和を希求した。なかでも広島、長崎に投下された2発の原爆により、多くの尊い人命を失った日本は、その強烈な核アレルギーとともに、戦争を指導した軍部、ファーシズムといった戦前なるもののすべてが悪であると固く信じるようになったのである。

けれども、その信念の強さとは裏腹に、日本人の多くが、戦前の歴史、太平洋戦争の全容を知らず、真相に対して目をそむけていることも事実である。ひと口で言って、日本人は不勉強なのである」

現代の日本人より、このアメリカ人の方がはるかに日本人のことをよく知っている。確かに、あの戦争に関して言うなら、日本人は不勉強であり、その実態についてはなにも知らない。いや、ウソばかり信じているから、知らないより始末が悪いかもしれない。しかも、ウソを信じたうえに、あの戦争を戦った父祖たちに対して、いまでも的はずれな非難を浴びせているのである。

これだけ発達した情報社会に生きる日本人が、どうしてあの大和民族空前の大悲劇に対して、なにも知らずにウソを信じて、戦後の半世紀以上をすごしてこれたのだろうか?

答えは簡単である。その情報の発信源であるマスメデイアが、談合してウソをつき通してきたからである。

あの東京裁判開始後の1946年9月4日に、GHQが策定した「戦争贖罪周知徹底計画」があったそうである。あったそうと言わねばならないのは、そのことにもっとも関与したはずのマスメディアが、口を閉ざしたまま隠し通しているのでよくわからないのである。

だが、それは近代日本がやってきたことは、すべて「悪」であると、全国民に周知徹底させろということであったことは間違いあるまい。マスメディアがこの計画に唯々諾々と迎合したのは、彼らの体質的なものようちようなのか、それとも戦前戦中、「米英撃滅・暴支鷹懲」を叫び続けた彼らの好戦思想に対するGHQの脅しがひどかったのだろうか。言うことを聞かなければ、戦犯にして厳罰に処すぐらい言われたのかもしれない

ともかく、GHQの検閲はひどいものだったという。元駐タイ大使・岡崎久彦は『百年の遺産・日本近代外交史』のなかで、次のように述べている。

「占領軍の検閲は大作業でした。1ヵ月に扱った資料は、新聞、通信3万、ラジオ・テキスト2万3000、雑誌4000、その他出版物7000にのぼり、4年間で3億3000万の信書を開封検閲し、80万の電語を盗聴したといいます。

そのためには、高度の教育のある日本人5000名を雇用しました。給与は、当時どんな日本人の金持ちでも預金は封鎖されて月に500円しか引き出せなかったのに、900円ないし1200円の高給が支給されました。その経費はすべて戦争処理費ですから、占領軍は、日本国民の税金で金に糸目をつけずに優秀な人材を集めたわけです」

その検閲も、戦前戦中の日本の検閲に比べると、徹底したものだった。

削られた部分が伏せ字となっていれば、前後の文脈から判断すればおよその見当はつく。しかし、占領軍の検閲は、文章の基本的構想、その背後の発想までに及んだので、およそ、検閲があったかどうかすら一般の国民にはわからなくなっていたのである。

マスメディアや作家たちは、GHQに迎合する基本構想・背後の発想を持った文章を、みずから積極的につくったそうである。アメリカの歴史学者ジョン・ダワー(MITマサチューセッツエ科大学教授)は言っている。

「勝者は、民主主義と言いながら、考え方がひとつの方向に統一されるように工夫した。あまりにもうまくそれが成功したため、アメリカ人などは、それが日本人の特性であると考えるにいたった」

どうも、日本のマスメディアは、GHQの予想以上に迎合して、近代日本のやってきたことを、GHQの狙い通りに「すべて悪」とする努力をしすぎたようだ。特に、当時NHKが連夜のように放送した『真相はこうだ』なる「日本断罪番組」は、あまりにもひどかった記憶がある。

しかし、占領下のマスメディアが支配者に従うのは、ある意味でしかたがないことである。

だから、問題は1952年4月28日以降である。この日を境に日本は独立,GHQは日本を去った。あのマッカーサーは、議会において「太平洋戦争は日本にとっては自衛戦争であった」「東京裁判は間違いだった」とまで、証言している。にもかかわらず、わが国のマスメディアも文筆家も、依然として論調を変えなかった。検閲があったことさえ一般国民に告げず、GHQの政策を忠実に実行して現在にいたっているのである。これでは、「ウソから出たマコト」.と言うしかあるまい

GHQの検閲下で従事したあの5000人は、その後各メディアに移っても、反日報道の主役として働いたのであろう。彼らは自らの過去を封印したまま、今、姿を消そうとしている

こうして、日本のマスメディアは、口では報道の自由、真実、公正、正義などを叫びながら、国家の存亡にかかわるような大ウソを大ウソと知りつつ、いまでもその姿勢を変えていない。大新聞やNHKのウソを取り締まる法律はないのであろうか。

かくして、民族の歴史や文化に対する信頼も、日本人自身のアイデンティティーも、マスメディアによって完全に崩壊させられてしまったのである。日本人があの戦争の全容、真実を知らないどころの話ではない。

本書は、そのひとつの検証にすぎない。GHQの占領目的は、「日本がふたたびアメリカの脅威にならぬこと」にあった。ならば、彼らの糾弾の対象から「帝国海軍」がはずされるのは、当然である。

日露戦争以来なにもせず、役にも立たぬ「武蔵」、「大和」以下の戦艦群をつくって国力を衰退させ、戦争になれば、その戦艦群も空母も、職業軍人たちもほとんど戦闘に参加せず、特務士官や下士官、さらにかき集めた予備学生や予科練からなる基地航空を湯水のように死地に送り込み、ありもしない戦果をまるで大戦果のように報じ続けてメンツを保っただけの組織だったからだ。

提督や職業軍人や戦艦、巡洋艦などは、逃げ回ったあげくに行き場を失い、日本近海で袋叩きにされたにすぎない。空母などは搭載する飛行機の搭乗員すらいなくなっていた。海軍兵学校には航空兵科もつくらなかったのである。あの特攻すら、海軍兵学校卒業者を探すのは、関行男大尉をのぞけば至難のワザである。

東京裁判はA級戦犯の汚名を着せて、7人を絞首刑にし.た。ただ1人の外交官・広田弘毅をのぞいて、他は全員陸軍の将軍たちである。リメンバー・パールハーバーでアメリカ国民を激昂させた海軍の軍人は1人も含まれていない。あの奇襲作戦すら、アメリカに対する貢献度の高い戦いだったのである

そのGHQの意図にそって、マスメディアが誕生させたのが、「日本悪玉論」イコール「陸軍悪玉論」であり、その裏返しとして生まれたのが「海軍善玉論」という奇妙な現象である。ミッドウェー以降の3年あまり、,南東方面の戦闘という基地航空の愚かな自滅作戦、マリアナ沖の七面鳥撃ちと言われたマリアナ沖海戦と、栗田艦隊の敵前逃亡のレイテ沖海戦をのぞけば、海軍に戦闘らしきものはまったくない。

しかし、戦後、その海軍の善謀敢闘物語が、元海軍軍人により続出した。戦果欺瞞報告の海軍軍人のウソつき体質は、戦後にまで尾をひいてしまったのである。そのウソつき体質に、マスメディアがつくりあげた「海軍善玉論」が加担したのだから、結果は明らかだった。あの連戦連敗を、かくもよく戦ったかのような大ウソを、あたかも真実であるような社会風土がつくられてしまったのである。

マスメディアは、談合さえすればなんでもできるのである。開戦が事実上決定した1941年10月16日、内閣を投げ出した近衛に代わって組閣し、作戦指導になんの権限もなかった東条英機に、開戦と敗戦のすべての罪を着せることも、民族の歴史も文化も崩壊させることも可能である。

帝国海軍の大戦果。マスメディアの反日報道。これらは、ウソの代名詞である。

いまだに、「日本人はあの戦争からなにも学びとっていない」などという新聞記事を目にすることがある。おこがましいことを言うものである。マスメディアからウソばかり知らされてきた日本人が、あの戦争からなにかを学びとることは、一般論としては不可能ではないか。日本人はあの戦争からなにかを学びとる前に、まずあの戦争の全容と真実を知ることが先決ではなかろうか? (P220〜P224)

佐藤晃[サトウアキラ]
1927年福岡県生まれ。陸軍士官学校61期生。大分経済専門学校卒。三井鉱山(株)、三井石油化学工業(株)に勤務し、1987年退職。以後、戦史研究に基づく執筆活動に入る。これまでに『帝国海軍の誤算と欺瞞』(1995星雲社)、『帝国海軍『失敗』の研究』(2000芙蓉書房出版)を上梓し、一貫して「陸軍悪玉、海軍善玉」史観を批判、日本の敗戦の真相を追究してきた


(私のコメント)
大東亜戦争が太平洋戦争と呼ばれるようになったのはGHQの検閲によるものらしいのですが、当時は5000人もの検閲官がGHQによって雇われて、戦前戦中よりも厳しい検閲が行われて、日本人に対する思想のコントロールが行われていたようだ。5000人の検閲官には当時の知識人が採用されてGHQの手先になりましたが、多くが学会や報道界に戻ってそのまま活動を続けたようだ。

しかしその実態はなかなか明らかにされず、多くはアメリカの情報公開によってだんだん実態が明らかにされてきた。日本のマスコミが未だに「戦争贖罪周知徹底計画」が続けられているような気がしてならないのは気のせいだろうか。戦前戦中においてはアレほど戦争を煽っていながら、日本の新聞社は解散させられずに処罰される事無く続きましたが、GHQとの裏取引があったのだろう。

報道関係者がGHQの検閲に加わっていた事はまさに売国行為であり非難されねばなりませんが、その実態はマスコミが口をつぐんでいる。読売新聞のナベツネ氏やNHKのシマゲジ世代の人が張本人なのでしょうが、5000人もの検閲官は何処に行ったのだろうか。80歳代の新聞記者だった人は明らかにして欲しいものだ。

大東亜戦争の総括が行われないのも、日本の知識人たちの多くがGHQの検閲に加わっていた事が影響しているのだろう。大学などの教育界にも大勢いたのだろうし、天皇の戦争責任などの複雑な問題も多くあって物議をかもすような研究発表は出来ない事情があるのだろう。作家などは大東亜戦争を題材にしてはいるが読み物でしかないが、国民に与える影響は大きい。

しかしそこでも「戦争贖罪周知徹底」が行われて、戦前の日本は全て悪いと行った東京裁判史観が最近までのジャーナリズムの常識だった。「株式日記」でも数年前に「大東亜戦争はアジアの解放のためだ」と書いたりした頃はいわゆる確信犯的な少数派であり、侵略戦争とするのが常識だった。しかし最近は教科書にもアジアの解放論が出てきて風向きが変わってきた。

「太平洋に消えた勝機」ではインド洋の作戦が勝敗のキーポイントになったと書いていますが、アメリカに対しては迎え撃つ作戦をとり、インド洋の兵站を遮断すれば連合国側の作戦はどうなったかわからない。英国軍もインドに孤立して動けなくなったであろうし、北アフリカ戦線やソ連への補給も止まってしまっただろう。さらに関東軍をそのままにしておけばソ連は多くの軍がシベリアに釘付けになったはずだ。

ところが帝国海軍は無意味なミッドウェイ作戦やガダルカナルへの侵攻など戦略的に意味不明な作戦を繰り広げた。アメリカとオーストラリアの交通の遮断を狙ったのでしょうが、補給が最初から無理な作戦だ。陸軍は満州と中国に置いておき、海軍が西太平洋とインド洋を制圧しておけばアメリカは最初の2年は手も足も出なかったはずだ。陸軍はシンガポールからインドへ軍を進めるようにすれば陸海の共同作戦は可能だった。

以前の「株式日記」でも山本五十六元帥はアメリカのスパイであったと書きましたが、佐藤氏も東京裁判でA級戦犯で処刑されたのが陸軍の将軍ばかりで海軍軍人が一人もいないことを指摘していますが、帝国海軍はアメリカとの内通があったのではないかと思われる。真珠湾の奇襲もアメリカを戦争に引きずり込むだけの効果しかなかった。米内海軍大将も日中戦争を拡大させた張本人なのに東京裁判で起訴もされていない。

もともと米内、山本、井上の海軍三バカトリオは米英派であり、アメリカと戦えば負けるとわかっていた。しかしアメリカと戦えば負けるとは口が裂けても言えなかった。御前会議で開戦になれば負けると言えば開戦は回避されたかもしれない。分かりきっていた敗北を招いたのは海軍であり開戦責任は海軍にある。しかしここ様な事を指摘する人は居らず、佐藤氏が指摘していますが、私もなるほどと思う。




小泉首相は4月の衆院統一補選の二戦二勝で解散を決めた
補選は単なる補選ではなく小泉VS岡田の戦いでもあった


2005年9月20日 火曜日

■データベース選挙〜シリーズ「9.11総選挙」(4)■ 9月19日 佐々木敏

マスコミは自身の「商品」である選挙予測のための世論調査が、自民党や民主党が独自に行う世論調査より精度が低く「価値がない」ことをけっして自らは認めない。が、政党独自の世論調査が政党にとって重要であることを示す記事は、マスコミに少なからず存在する。

たとえば朝日新聞は、自民党は05年8月8日の衆議院解散後に行った党独自の世論調査を重要視し「極秘扱い」にしている、と報じている(朝日新聞Web版05年8月26日「〈追跡・政界流動〉独自調査、自・民動かす」)。

また、自民党や民主党の幹部が独自の世論調査に基いて行動を決めた、という報道はあるものの(朝日前掲記事、朝日新聞Web版05年8月24日「〈追跡・政界流動〉小沢氏『表』に」)、逆に彼ら幹部がマスコミの世論調査に基いて何かを決めた、という報道は1つもない。

むしろ、マスコミの世論調査は(精度が低いので)信じるな、という発言が自民党内部であったことは広く知られている。05年9月11日の衆院選の選挙戦最終盤に、自民党本部(武部勤幹事長)から全国の立候補者に配布された文書には「(マスコミの世論調査は自民党の圧勝と出ているが、それより)サンプル数の多い党独自の調査によると、思わぬ苦戦を強いられている選挙区もある(ので安心するな)」とあったのだ(05年9月10日放送のNTV『ウェークアップ』)。

以上の報道を総合すると、自民党と民主党の幹部が、遅くとも解散直後には党独自の世論調査を実施していたこと、そして彼らがその独自調査を(神のお告げの如く?)重大な判断材料としていたこと、その反面、彼らはマスコミの世論調査はまったく信用していなかったこと、がわかる。(中略)

●決断は5月か●
上記のように、05年8月、解散直後に自民党と民主党が党独自の世論調査をしたのは明らかだ。が、問題は、それ以前に両党が独自調査をしていたかどうか、にある。たとえば05年5〜6月の時点で自民党が極秘裏に独自調査を行い「いま解散すれば自民党圧勝」と予測したのなら、その後の、6〜8月の郵政民営化関連法案の国会審議はすべて「茶番」であり、小泉純一郎首相と武部勤幹事長は、解散・総選挙に持ち込むために故意に、法案が否決されるような乱暴な国会運営をしていた、ということになるからだ。

05年の政治日程を遡って見ると、05年4月24日には衆議院の宮城2区、福岡2区という大都市圏で補欠選挙があり、都市部で強いとされる民主党が戦前の予想(朝日新聞05年3月16日付朝刊4面「自民、『敵失』でも苦戦 衆院統一補選の宮城・福岡2区」)に反して2戦2敗している。これは、自民党も民主党もそれぞれ、小泉首相、岡田克也前代表の両党首を応援に繰り出す総力戦で、とくに民主党は「政権選択選挙」と位置付けていたうえ、宮城2区は自民党が候補者の一本化に失敗した「保守分裂選挙」だっただけに、結果は衆議院小選挙区制選挙における岡田民主党の意外な弱さを露呈することとなった。

03年11月の衆院選では当時の菅直人代表率いる民主党は40議席増の大躍進をし、04年7月の参院選では岡田率いる民主党は改選議席中の獲得議席数で自民党を抜いて第1党になった。が、参院選は小選挙区制ではない。つまり、2大政党の党首のうちどちらが政権を取るにふさわしいかを問う「一騎打ち」形式ではないので、岡田にとって小選挙区制の「政権選択選挙」はこの05年4月の補選が初めてであり、その結果、岡田は有権者から「(小泉に比べて)著しく首相にふさわしくない」と思われている可能性が浮上したのである。

おそらくこの補選の直後に、自民党執行部(小泉と武部)も民主党首脳も、いま衆議院の解散・総選挙を行って「小泉対岡田」で小選挙区制の政権選択選挙をするとどちらが勝つか、という問題に興味を持ち、独自の世論調査を実施したに相違ない。

なぜなら、05年5〜7月に日本に滞在して、自民党と民主党の国会議員多数に取材した米ABC放送のマーク・ハルペリン政治部長が「今年(05年)解散があるかもしれないという話を(おもに民主党の)複数の国会議員から聞いた」と述べているからだ(05年9月8日深夜放送のフジテレビ『ニュースJAPAN』)。

おそらく5月、遅くとも6月に、小泉も武部も党独自の世論調査で「小泉対岡田なら(たとえ保守分裂選挙でも)自民党圧勝」と知ったはずだ。
なぜなら05年7月4日、衆議院郵政民営化特別委員会で民主党の原口一博議員の「郵政民営化関連法案の与党による修正は、実は修正になっていないのではないか」という質問に対して、小泉は「文言(だけ)は修正した」と投げ槍な答弁をして居直り、自民党内の民営化反対派と野党の怒りを買っているからだ(共同通信05年7月4日付「実質内容は変わらず 首相『修正は文言だけ』」)。
これが衆議院本会議採決での自民党議員の大量造反(と参議院での否決)につながっているので(毎日新聞05年7月28日付朝刊2面「郵政民営化:参院の採決日程、反対派切り崩しが左右」)、この時点ですでに小泉は法案を否決に持ち込み、それを口実に解散・総選挙に打って出ると決めていた、と考えられるのだ。

ほかに、自民党内の民営化反対派の欠席予定者に「どうせ反対者と同じように処分されるなら、本会議に出席して反対票を入れよう」と思わせるような、武部の「欠席しても処分」という煽動発言もあり(読売新聞05年7月2日付朝刊4面「『郵政』反対派切り崩し」)、小泉と武部が否決を望んでいたことは間違いない。

【民主党が法案に賛成していれば解散にはならなかった、と考えるのは的外れだ。むしろ民主党がやるべきは、補選に2敗した時点で岡田前代表を更迭し、岡田と違って国民的人気のある菅直人元代表や小沢一郎前副代表(読売新聞05年4月24日付朝刊13面「全国世論調査」)と交代させるべきだったのだ。そうしておけば、総選挙の勝ち負け以前に、そもそも自民党側が「小泉対菅」「小泉対小沢」の対決では(同時に自民党の民営化反対派をも敵にまわす保守分裂選挙でもあるので)自民党の圧勝は難しいと判断し、解散そのものができなかった可能性が高い。】

●青木幹雄の悲劇●
筆者は自民党、民主党双方に個人的な知人を持っているので、この記事の内容もいずれ永田町の少なからぬ人々に伝わると思われる。が、永田町の方々にお願いする。どうか、自民党の青木幹雄・参議院議員会長にだけは伝えないでほしい。青木は「小泉は政治生命を賭けて郵政民営化法案を05年通常国会(会期は8月13日まで)で成立させようとしている」「もし成立しなかったら、小泉政権も自民党も分裂選挙に突入し大変なことになる」と100%信じて、必死になって参議院の民営化反対派を説得し(あるいは脅し)法案の可決成立に努力したのだ。

が、努力の甲斐なく法案は参議院で否決され、それによって、参議院自民党全体に絶大な影響力を持つとされていた「参院のドン」青木幹雄の権威が完全に傷付き、失墜してしまった。

つまり、青木は小泉に使い捨てにされたのだ。

6月以降、小泉には通常国会で成立させるという考えはなかった。総選挙で圧勝すれば、そのあとの国会でどんな法案でも簡単に通せるのだから、通常国会では否決でいいと小泉は思っていたのだが、青木はこの事実を知ったら、とくに解散のはるか以前に行われていた党独自の世論調査の存在を知ったら、ショックでひっくり返るのではないか。

結果的に小泉は、郵政民営化法案に「造反」した郵政族の野田聖子元郵政相や建設族の亀井静香元政調会長(旧亀井派前会長)、道路族の堀内光雄元総務会長(旧堀内派前会長)らを自民党から追放しただけでなく、参院旧橋本派のドン、青木をも「始末」してしまった。小泉は総選挙に向かって走る中で、この際小選挙区制にふさわしい米大統領型の一元支配体制をも確立しようと考え、その障害となる亀井や堀内のような派閥の領袖(ドン)を追い出したが、実は小泉にとっては青木も「障害」だったのだ。


◆衆院補選 盟友・山崎氏が復活 4月25日 社説は語る

《 衆院統一補選−首相の盟友は復活当選したが 4月25日 読売新聞
 投票1週間前の読売新聞世論調査で、九つの政策課題のうち、有権者が最重要としたのは、年金制度改革だった。景気・雇用対策、治安・犯罪対策、地震・防災対策が続き、郵政民営化の優先順位は最も低かった。
 山崎氏は、公明党だけでなく、同じ地元有力者ながら、疎遠だった麻生総務相や古賀誠・元幹事長にも支援を仰いだ。総力戦の体制を敷いたことが勝因だ。
 自民党は、宮城2区では、保守分裂選挙の苦しい戦いを制した。公募で決めた候補で臨んだことも功を奏した。
 福岡、仙台とも、民主党が有利とされる都市部の選挙区だ。学歴詐称や選挙違反で議員辞職したことが今回の補選につながったが、もともとは、いずれも民主党の議席だった。
 2議席を失ったのは、明らかに敗北だ。今後、党内から岡田執行部への批判が出るのは避けられない。民主党は政権戦略の見直しも迫られることになろう。  》


今期通常国会の冒頭で、本会議場から退場したり、国会での審議拒否を繰り返した。対決姿勢を示すものの、自民党との違いが見えてこない。反対ばかりするが、替案を出さない。まるで昔の野党と変わりがない。しかも、民主党よりも自民党抵抗勢力のほうが、野党の役割を果たしている
 自らを「政権準備党」と呼び、党内では「○○大臣」と呼び合うようなママゴトをしているだけでは、国民の信を得られない。
 今後、岡田代表の求心力低下は避けられない。執行部への批判も予想され、党運営が難しくなるだろう。

 自民党の勝利を受け、総理の進める郵政民営化が加速するだろう。「産経」が書いているように、事実上の小泉政権の信任と受け止め、改革派が反対派を押さえつける根拠を得たことになった。また公明党の存在感が増し、人権擁護法案への圧力が強くなることも予想される。


(私のコメント)
情報と言うものは集める事も大事ですが、それを分析する能力がなければ宝の持ち腐れになる。欧米の新聞などは分析記事が主体なのですが、日本の新聞は配信記事を印刷しただけの新聞が多い。コラムなどでも記事も学者などに任せて、極端な記事や過激な記事は自己検閲でカットされることが多いようだ。物議をかもして叩かれる事を恐れるからですが、当たり障りのない分析記事では新聞としての価値がない。

佐々木敏氏の分析記事によれば、小泉首相が解散を考えるようになったのは四月の衆院補選で宮城と福岡の二つが勝利した事がきっかけらしい。その二つの選挙区では民主党議員の失職によるものですが、福岡では山崎氏の返り咲きを許したし、宮城では分裂選挙でも自民が勝利した。この時点で民主党は反省して岡田代表から菅氏などに代表を代えておくべきだったのだろう。補選の分析が甘かったとしか言えない。

もっとも私も4月の補選は「株式日記」でも触れていないし分析もしていなかった。しかし岡田代表の左翼的な言動は民主党の若手からも反発を呼んでいたし、保守的な無党派層に民主党離れを招く結果となった。従来ならば投票率が上がれば民主党が有利だとされていましたが、投票した無党派層の多くは小泉自民党に投票した。民主党の審議拒否や反対するだけで対案を出さない姿勢は旧社会党を思い起こさせた。

当初はわたしも衆院の解散は危険な賭けとみていましたが、補選などを分析していれば小泉対岡田の戦いになれば小泉の圧倒的勝利が予測できていただろう。落下傘候補がいきなり立候補した選挙区でも勝ったところが東京や地方でもあったのだから、地盤と言うものもあてにならない事が証明されて、地盤よりも自民党ブランドがものを言うようになった。

さらには自公共闘が選挙における地滑り的大勝の原因であることもはっきりした。同じ保守系無所属候補でも公明党の支援の得られるところと得られないところで明暗が分かれた。たとえば静岡7区の城内実候補と岐阜1区の野田聖子候補は地元の自民党組織が応援したが、野田聖子は公明の協力をとりつけ当選して、城内実は協力が得られず落選した。

昨日のテレビタックルでも舛添氏が公明党の票がなければ自民党は選挙区でほとんどが落選していたと分析していましたが、一選挙区で二万票から二万五千票の威力は大きい。だから自公体制あっての自民党の296議席であり、自公体制が崩れれば小泉人気をもってしても与党でいることは難しいだろう。これは以前の社共共闘を思わせるもので、共闘が崩れれば組織の硬い共産党は残ったが社会党は胡散霧消してしまった。

小泉首相の上手いところは無党派層が一つの問題だけを分かりやすく訴えれば票の掘り起こしに成功したことであり、改革に賛成か反対かと訴えて支持を集めた。それに対して岡田民主党は問題は他にもあると改革から逃げ腰の印象を与えたのも票の行方を左右した。だから岡田代表も政権選択選挙だと訴えれば訴えるほど逆効果になってしまった。

民主党は新しい代表に前原氏を選出しましたが、岡田代表の失敗を反省して克服していけるだろうか。「日本をあきらめない」という選挙スローガンは前原氏も良くなかったと言っていましたが、審議拒否も反省していた。親中路線も親米路線に切り替えるのだろう。それから先はどんな新しい民主党に変えられるかは見守らなければなりません。

もし民主党が自民党の勝てる体制を作ることが出来た場合は、自民党は任期の4年を目一杯使って解散はしないだろう。それまでに民主党は政権から遠ざかり分裂の危機もあるだろう。自民党もポスト小泉体制に移行すれば分裂の危機もあるかもしれない。強力な指導力がなければ党の執行部に権限が集中した体制は分裂しやすいからだ。



お遍路二兄弟

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   チリン♪    人   ....,,,,./ヽ、           |     =-- --=   |
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中国の政治リーダーたちは手強く、独立心が強く、圧力に
屈しない。良し悪しは別として、中国は日本よりも建設的な
役割を果たしている(ロバート・ルービン元米国財務長官)


2005年9月19日 月曜日

ルービン回顧録 ロバート・ルービン著

一九九七年七月、ドルに連動していたタイ・バーツが管理変動相場制に移行すると、経済危機はアジア全域に広がった。その後、経済危機は、数日、数週間きざみで、経済基盤が安定していると見なされていた国々へも広がっていった。数週間後には、投資家が先を争って通貨の叩き売りを始め、マレーシア、シンガポール、フィリピン、香港で通貨危機が起こった。そしてついに経済危機は、南アジアの親西側国家の砦である人口二億二五〇〇万の大国、インドネシアにまで及び、懸念は深刻化した。

一〇月上旬までは、市場は比較的落ち着きを取り戻していたが、再び大混乱が起こった。香港で最も信頼のおける株価指数であるハンセン指数が、一〇月二〇日から四日間で二三パーセントも下落した。これは投資家の警戒感の表れだった。また日本、中国についでアジア第三位の経済大国である韓国にも、危機が押し寄せた。アジア全土が深刻な経済危機に陥ったのは明らかであり、それはさらに広範囲に広がるおそれがあった。

一〇月二三日にはアジア諸国と連動して、ブラジル、アルゼンチン、メキシコの株式市場が下落した。そして、ついに、アメリカ国内でも無視できない現象が起きた。一〇月二七日、ダウエ業平均が五五四ドル下落して七一六一ドルとなり、ニューヨーク証券取引所は業務終了のベルを待たずに取引を停止した。インドネシアの経済問題を討議するために招集されたミーティングは、アメリカ株式市場に対する公式発表の草稿を練る場に変わり、私がその原稿をもとに財務省前で発表を行った。

個人的には、市場の水準そのものよりも、市場の暴落と、金融市場への波及や輸出へのダメージという点でアジア経済危機がわれわれにどのような影響をもたらすかを懸念していた。アジア諸国はアメリカにとって最大の輸出先で、、時わが国の輸出の三○パーセントがアジア地域に対するものだった。カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州に限って言えば、五〇パーセント以上を占めていた。アジアの経済が深刻な打撃を受ければ、アジアの輸出先が貧困に陥り購買力が低下して、わが国の経済の主要部門も苦境を強いられることとなるのだった。

数日後の一〇月三一日、アメリカはIMFのインドネシア支援プログラムに加えて、諸外国とともに、国家間で直接融資できる二国間供与を約束した。今回は、外交チームとの論争は少なかった。ダマト法は失効していたので、G7や主要各国と協調し、IMFから資金提供を受け、それが成果を上げた経済計画にのみ使われる「第二防衛線」として、二国問の資金供与を約束される枠組みを設立しようとしたのだ。このふたつの条件によって、議会が為替安定基金の適用に反対する可能性は低くなった。そして、議会は経済危機の広がりを考慮し、為替安定基金を使って信用を高め、アメリカの重要な同盟国であるインドネシアヘの支援を実施する方向に傾いた。

こうした支援にもかかわらず、インドネシアの経済は低迷し続け、より広い地域での経済危機の猛威は弱まる兆しがなかった。この頃までに、金融市場の動向と対応策をめぐる激論に世界中の耳目が集まっていた。アジア地域でさらに危機が飛び火するにつれ、アジアの二大経済大国である日本と中国の対応にもいっそう注目が集まった。

日本はアメリカの五〇年来の主要同盟国であり、世界有数の富裕国になっていた。一方、中国は共産勢力に属し、わが国の戦略に反対することもままあった。しかし皮肉なことに、日本は、みずからが不況から脱却することができなかったこともあり、その政策や慣行が危機をいっそう悪化させていたが、中国の政策は肝心な場面で安定化を促進した。

アジア経済危機のはるか以前から、アメリカは日本経済の弱さに注目していた。しかし一九九七年の秋、アジア地域での経済危機波及への懸念が増大するにつれ、日本の景気対策の失敗がアジア地域に与える悪影響が悩みの種となった。日本は明らかに、周期的な景気下降局面にあるのではなく、深刻な長期不況に陥っていた。にもかかわらず、それに対処しようという政治的意思に欠けていた。

日本の通貨政策と財政政策は厳しすぎ、そもそも経済成長の大きな妨げになる厳格な規制が官民を問わず存在していた。深刻な課題のひとつが問題山積みの銀行に対する措置だった。日本政府は債務超過の銀行を閉鎖しようとせず、帳簿上の不良債権を処分するよう指示も出さなかった。同族企業や関連銀行からなるいわゆる「系列」システムによって、債務超過した企業に、その場しのぎの融資が行われていた。そして銀行の資産がそうした企業とつながっていたので、生産的な目的に融資が使われることが大きく妨げられていた。

アジア経済危機を救うため、日本に何よりも求められていたのは、自国の経済秩序を立て直すことだった。日本の経済成長は目に見えて低下しており、一九八○年代末に三万九〇〇〇円まで上昇した日経平均株価は、一九九七年一一月には一万五〇〇〇円程度まで落ち込んでいた。

統計によると日本はアジアのGDPの三分の二を占めていたので.日本の深刻な不況はアジア諸国の景気回復を大きく妨げ、経済危機拡大の危険をはるかに増長した。また、日本はアジア諸国にとって主要マーケットであり、ドルに対して円安が進むと、輸出に依存している新興市場国にも連鎖的な悪影響が及んだ。さらに、日本の銀行は資金調達元としても重要だった。しかし日本の銀行は、タイ、インドネシア、韓国から資本を引き揚げようとしていた。

新興市場国なら、IMFは少なくともそれらの国が、条件を満たしていて融資を受ける必要がある場合、その国の経済政策に影響を及ぼすことができる。しかし富俗な先進国は、G7のようなフォーラムやさまざまな国際会議での外交や意見交換を通じて、健全な経済政策のために相互に影響を及ぼすことしかできない。

G7会談では公式・非公式に膨大な討議がなされ、この点において有益である。有名な首脳会談(サミット)とは別に、主要先進七カ国の蔵相と中央銀行の総裁が、年に何回か顔を合わせる。マスコミには内部統制された発言しか公表されないが、こうした経済会議は、助言を交換し合いプレッシャーをかけ合う場として有効活用されている。しかし、先進国同士の政策に対する影響力は依然として非常に限られている。

一九八○年代後半から一九九〇年代前半にかけて、アメリカの財政赤字について日本から非難を受けた際、ブッシュ.シニア政権のなかには、不快の念をあらわにするメンバーもいた。しかし私に言わせれば、わが国の財政赤字は国際経済に悪影響を与えていたのだから、日本の非難は筋の通ったものだった。したがって、今度はアメリカが、日本の不況が諸外国に悪影響を与えていると指摘しても何ら差し障りはないはずだった。

一九九七年から一九九八年にかけて、G7各国は、日本に国内の経済問題をもっと自主的に解決させる手段はないものかという思いをしばしば抱いた。相互依存している国際社会でよく見られる国家主権と多国間問題の対立である。アメリカは、失策の影響が国境を越えて拡がる国々には圧力をかけたいと考えているが、自国の政策への外部からの介入は認めない。もちろん、特定の状況のもとでどの政策の選択が最もふさわしいかについて、白熱した議論を要するのは当然のことだ。


アメリカは、経済問題に焦点を絞り、公式、非公式の会談で日本に影響を及ぼす道を模索した。非公式には日本との二者会談で、具体的な経済対策が必要だと強調した。時には大統領にも協力を要請し、政府の各レベルの意見統一を図ったうえでのことだった。G7などの多国問協議の席上でも、諸外国やIMFから日本に圧力がかけられた。アジア経済危機の最中、ロンドンで開催されたG7会議では、アラン・グリーンスパンが信望厚いドイツ連銀総裁のハンスニァィートマイヤーに協力を呼びかけ、ともに日本への懸念を表明した。

公式の場では、かなり手厳しく日本の経済問題を批判した。こうした私の発言は、常にきわどい外交問題に発展した。日本はアメリカの緊密な同盟国であり、非難にきわめて敏感な傾向があった。しかし次第に、公式発言を通じてインパクトを与えるほうがよいとの確信を強めた。

なぜなら、日本政府は各国からの助言を拒否する姿勢を見せていたが、日本の景気回復は国際経済全体にとってますます重要になってきたためである。こうした拒絶反応は、ゴールドマン・サックス時代にもよく目にしていた。日本政府の態度は、トレーダーが含み損の回復を祈る態度に似ていた。しかしそのような場合には、冷静に状況を再評価し、適切な修正を受け入れるしかないのだ。


政権内では、日本に対する今後の方針をめぐる議論を重ねた。クリントン政権のメンバーの大半がそうであったように、私も日本に対して強硬論者だった。しかしアル・ゴアはさらに強硬だった。閣議室でミーティングを開催し、経済を安定させるよう日本側を説得する手段を話し合ったときのことだ。

クリントン大統領の向かいに座っていた副大統領が、語気を強めて大統領に進言した。「何としても日本の危機感を喚起し、プレッシャーを与えるべきです」。副大統領は日本側の頑なな態度を変えさせる説得力のある戦略を提案した。そのなかには、東京にアメリカの識者を送り込み、景気回復の重要性を国民に訴えるという案まで含まれていた。それは真剣な提案というより、論点を協調するための発言だったのかもしれないが、先進同盟国の経済失策のせいでみなが苦境に追い込まれているのだというわれわれの苛立ちを反映してのことだった。


一九九七年四月の出来事は、いまも記憶に鮮やかに残っている。橋本龍太郎総理が就任後初めてクリントン大統領を訪問したときのことだ。サマーズと私は首脳会談に備えて、大統領に要点をかいつまんで説明し、日本に現状を認識させることが肝要だと念を押した。大統領は日本の総理大臣を脅すような態度を取ることにあまり乗り気ではなかったが、プレッシャーは重要であると割り切り、実際にプレッシャーをかけた。

橋本総理は、クリントン大統領から経済問題を突きつけられるだろうとあらかじめ覚悟していた。大統領が経済の件を切り出すと、橋本総理は手持ちのグラフを取り出し、目本の経済は回復寸前のところまで持ち直してきていると、まことしやかに示した。そして景気回復は目前だと述べた。また橋本総理は、同席していた「ルービンとサマーズ」が公の場であれこれ言及しているが、すべて事実に反する、と苦情を述べた。

結局、日本の景気回復を見ないまま、国際経済危機は何とか収まった。しかし、日本経済の脆弱さが回復の足を引っ張り、アジアの経済不安を増大させたという見解は正しかったと、いまでも信じている。そして日本経済の弱さは、経済の安定に重要な役割を果たした中国とは対照的だった。もし、日本が不況に陥ったとき中国が別の選択をしていたら、二国からの影響が重なり、アジア経済は決定的なダメージを受けていただろう。当時の中国は主要輸出市場ではなく、アジア諸国に多額の投資もしていなかった。

しかし、輸出市場での競争力はあり、中国政府のなかには、人民元の平価切り下げを行えば輸出品が安くなり、中国の利益につながるとの意見もあったようだ。しかしもし、そのようなことになっていれば、アジア全土で新たな平価切下げ競争が引き起こされただろう。クリントン大統領や私を含めた政権幹部との何回かの会談の席で、江沢民主席と朱鋳基首相は中国通貨の平価切り下げは絶対に行わないと強調した。そして実際にその言葉を守った。

こうした会談を通して私の中国観が固まり、今日に至っている。中国の政治リーダーたちは手強く、独立心が強く、圧力に屈しない。良し悪しは別として、アメリカや世界各国から、中国は日本よりも建設的な役割を果たしていると見なされると、大いに満足していた。しかしその国家としての誇りは、アジア経済危機の間、建設的な経済支援に貢献したが、中国の政治指導者たちの心がそこに向いていなければ、国際的な圧力をかけても無駄だっただろう。

クリントン政権がスタートしたばかりの頃、大統領が、アメリカ市場への参入と人権問題の進展を取引材料に圧力をかけるよりは、貿易政策によって中国を国際経済に引き込む戦略に出たほうがよいのではないかと提案した。大統領はそれを裏づけるために中露対立を歴史的な例として挙げ、中国は国力が劣っていた時代でもロシアの要求に応じなかったほどなので、大国となったいま、アメリカが圧力を強めたところで屈することはないだろうと説明した。

私自身、交渉の最中、中国政府の手強さを何度も目の当たりにした。たとえば、アジア経済危機を緩和するためには、多額の外貨準備高をさらに増やすのではなく、投資と輸入を加遠するべきだ、と中国を説得したときがそうだった。またのちに、WTOに参加する要件として貿易障壁を緩和するよう中国と交渉したときも手強かった。

中国でビジネスをしようとするアメリカ人が次第にわかってきたように、中国は動くかもしれないが、それは要求に直接応じるとか、他人の思惑に沿って動くといった結果ではありえない。いずれにしても、二一世紀中に、中国は恐るべき一大勢力となるはずであり、友好関係を築けば双方にとって有益であろう。両国の関係には摩擦も起こるに違いない。たとえば、貿易問題では対立も予想されるが、両国の共通の利益が、そうした間題を乗り越えさせてくれるだろう。
(P300〜P306)


ルービン回顧録 7月26日 梅田望夫

「ルービン回顧録」についてのネット上での言及があまり多くない。いい本なのに、渋くて、手堅すぎるからだろうか。

この本の読者層と、ネット上で何かを書く人の層がずれているのかな。

僕の場合、ビル・クリントンという人物に深い興味があり、クリントン政権に関連する本はいずれ読むためにほぼすべて買い込んでおり、この本も「いずれ読む」の棚に入りそうになっていた。しかしパラパラと読み始めたら、このルービンという人物に引き込まれて通読することになった。何が面白かったかといえば、ルービンの人生を、「蓋然的思考」(Probabilistic thinking)という一本の筋が貫いているところだった。

冒頭でこの本ができたいきさつが書かれている。共著者のジャーナリストがルービンのところにやってきて、ルービンがニューヨークタイムズマガジンに寄稿した「自らの思考法と人生観」についての記事を読み、この記事を発展させて本を一緒に書かないかと提案してきたというもの。

そう、この本は確かに「ルービン回顧録」に違いないのだが、原書タイトルの「In an Uncertain World」

のほうが本質的なのである。つまり、ルービンの人生観と思考法と意思決定と行動のちょっと美しすぎるほどの一貫性が、彼の仕事歴史を通じて描き出されている本なのである。

ルービンは1960年代半ばにゴールドマン・サックスに入り、裁定取引の仕事を始めて頭角を現すわけだが、彼は自分の生来の気質とこの仕事がしっくりと親和した話を詳述する。そして、自伝にはつきものの両親、祖父母の生い立ちの記述にいく直前にも、こんなふうに書いている。

《 裁定取引が、蓋然的にものを見るという私の本能を強めたことは間違いない。しかしこの本能は、私がゴールドマン・サックスに入るずっと前から身についていた。同社で学んだ裁定取引ビジネスは、私の人生観と一致していた。つまり、人生とは絶対とか証明できる確実性などがない世界で、いろいろな確率を秤にかけるプロセスということだ。この人生観は、私の基本的な気質に根づいており、さまざまな師や友人たちから受けた知的影響によって形作られた。あの時点までの私の人生を振り返れば、有能な裁定取引人の精神的プロセスと気質がどのように出来上がったか、たどることができるだろう。(p71) 》

ルービンは自らのキャリアを振り返り、蓋然的思考についてこう語る。

《 ビジネスの世界でも政府にあっても、私は、確実だと証明できることは何もない、という根本的な世界観に従ってキャリアを重ねてきた。このようなものの見方をすれば、当然の結果として、蓋然的な意思決定(Probabilistic decision making)をするようになる。私にとって蓋然的思考とは、ひとつの知的概念であるばかりでなく、私の心の働きのなかに深く根づいた習慣や規律でもある。この知的概念は、1950年代末、懐疑的な姿勢を尊ぶハーバード大学の学究的環境のなかで初めて身につけた・・・(略) (p18) 》

アメリカの政治経済政策に興味のない人でも、ルービンという人物を通して、人生観や基本的思考法と、意思決定や行動がどう結びつけられ得るのか、何かを学び、学んだことを実践に移すというのはどういうことなのか、といったことを考えるきっかけを与えてくれる本だと思う。

一般に、この蓋然的思考が骨の髄までしみこんだルービンのような人というのはとても少ないように思う(日本は特に弱いかも)。それは「失敗に対する姿勢」というところに顕著に現れる。ルービンは、自ら裁定取引で大きな失敗をしたあとに、こう総括する。

《 しかし重要なのは、結果は悪かったにせよ、投資の判断は必ずしも間違っていたわけではないということだ。交渉が決裂したあとで、私たちはいつもこれを吟味しなおし、見逃したかもしれない手がかりを探した。しかし大きく痛い損失であっても、何か判断ミスをしたとはかぎらなかった。保険数理的ビジネスもそうだが、裁定取引の本質は、確率を正しく計算すれば、大部分の取引で、そして取引全体の総額でも儲けが出るということだ。六対一のリスクを冒せば、七度に一度は予見できたリスクが生じて損をする。 》

つまり蓋然的思考、蓋然的意思決定こそが、「リスクを取る」という組織の行動姿勢に直結するのである。こういう論理性が組織のトップに存在しなければ、ほぼ確実なことにしか手を出せず、トップが口では「リスクを取る」と言っても、組織として「リスクを取る」ことは絶対にできなくなる。

ルービンほどの大人物の場合、普通は回顧録に「"Robert Rubin and Jacob Weisberg."」というクレジットは入れず、単独著またはWeisbergを協力者程度の小さな扱いにするだろうけれど、そうしないで、ルービンはちゃんと周辺の人々にクレジットを付する。そこにルービンの強みがあり、そういう彼の姿勢が、彼の周囲に世界最高レベルのスタッフを集めたのだと分析している。



(私のコメント)
この二・三ヶ月は選挙戦で、郵政民営化問題について書き込みをしてきたのですが、選挙結果も出て、私の郵政問題に対する問題点の指摘は、ほとんど反映されそうにない。ネットにいくら書き込んだところで読者の数は微小なものだし、マスコミがB層に対する猛烈な宣伝戦を仕掛けられては大衆はまんまとその罠に嵌ってしまう。大衆は時間をかけて期待が裏切られる事に気がつくだろう。

この期間も様々な本を読んだのですが、紹介する機会がなかったので選挙が一段落したので紹介します。「ルービン回顧録」は7月末に買って読んだのですが、梅田氏が指摘するようにネット上ではこの本への言及が少ない。アメリカ政府の元高官が書いたものだから資料的にも一級資料であり、金融関係者なら必読の書なのですが、あまり読まれていないのだろうか。

ネット世代はあまり本を読まないし、読書世代はほとんどネットをしない。ネット世代はネット情報だけで十分と思ってしまうし、読書世代はネット情報を信用しない。読書しながらネットもするとなるとサラリーマンでは時間がない。私は読書世代でもあるしネット世代でもあり自営業者なので時間も恵まれている。だからネットと読書世代の橋渡しのような感じで書評などをネットで紹介している。

「ルービン回顧録」は90年代のアメリカの金融政策の最高責任者であり現在でもオブザーバー的な役割をしているロバート・ルービン氏の回顧録ですが、私が一番興味を持つのはルービン財務長官の在任中の記述だ。株式日記ではルービン財務長官を天敵として糾弾しているのですが、この回顧録でどのような考えで対日交渉をしていたのかがわかる。

本の中から6ページ分ほど紹介しましたが、日本に対してはかなり手厳しい。それこそ日本の当局者をぼろくそに非難しているが、日本だってアメリカに対して双子の赤字などの指摘にだいぶ頭にきているようだ。1998年7月5日の株式日記では「ルービン経理課長はクビか」と題して書きましたが、私自身もルービン財務長官をぼろくそに書いている。


ルービン経理課長はクビか 1998年7月5日 株式日記と経済展望

ルービン米財務長官はウォール街出身の人間であり、ウォール街からしか世界が見えない人間なのでしょうか。「強いドルは米国の利益」との発言を繰り返し、ドル高を煽ってきました。それはルービン長官自身がウォール街の危うい状況を一番知っているからでしょう。ドル高で維持された株式市場や債券市場が崩れてしまう事を恐れるあまりの口先介入だったのでしょう。

しかし口先介入も、先月半ばの議会証言で「介入は短期的な効果しか持たない」と発言するや、日本だけのみならずアジアを通じて、ウォール街までもがその発言に驚き暴落してしまいました。そればかりでなく、今まで「人民元の切り下げはしない」と国際公約して信頼してきた中国政府までもが、アメリカの為替政策に批判を始めた事です。これはルービン長官の計算外の事だったのでしょう。

さらに訪中を控え、政治問題化する事を恐れたクリントン大統領の方から協調介入の指示が出され、それが劇的効果をもたらし、為替相場のみならず、世界の株式相場は大歓迎をして急騰しました。これでルービン長官の口先介入のやりすぎが証明されました。つまり世界はこれ以上の円安を望んでいないと言う事がはっきりと証明されたのです。



(私のコメント)
当時の株式日記を読むと昨日書いた長銀問題にも連日触れていますが、瑕疵担保条項をつけるのなら住友信託と合併した方がよかった。このように毎日日記に記録しておくと当時はどのような様子であったかが良くわかります。当時はサマーズ財務副長官が日本に怒鳴り込んできて銀行を潰せとわめいたいて事がわかります。それは長銀をリップルウッドへ売れと脅迫していたのだ。


銀行は不良債権の金額を公表せよ 1998年6月23日 株式日記と経済展望

今日の長銀株は昨日の空売りの買い戻しが入り高くなっています。しかしすでに長銀債の発行は事実上不可能だろうし、その反面債券の解約は、いくら政府が保証すると言っても増え続けるでしょう。受け皿銀行が出来るまで生命維持装置で長銀は命を長らえる事になるようです。大蔵省筋では「すでにいろいろとメニューを渡してある」として長銀自身の判断に委ねてあるようです。

先日来日したサマーズ米財務副長官は政府・党首脳に「ハード・ランディング」という言葉を使い、日本政府が主導して銀行の整理・再編を進めるように迫りました。しかし昨日の政府の対応からすると銀行の選別は市場の淘汰に任せるつもりのようです。それまでの間はさまざまな憶測情報が流れ、不良債権の情報開示が進まぬまま第二の長銀を探す動きが続くでしょう。もっともまずいやり方です。



(私のコメント)
「ルービン回顧録」はルービン本人が書いたものだから、本人に都合のいいことしか書いてありませんが、株式日記と読み比べれば当時の様子が良くわかるだろう。「ルービン経理課長はクビか」と書いたのも「ルービン回顧録」を読むと「1998年中に辞めるつもりだった」と書いている。前年の97年から始まったアジア金融危機はルービン長官の政策ミスから起こされた可能性が高い。だから私がクビか?と書いたのですが、当の本人はとぼけている。

当時は日本円が147円まで安くなり東南アジアの輸出競争力がダメージを負いましたが、中国が元を切り下げなかった事をルービン長官は絶賛していますが、そもそもはクリントンのジャパンバッシングのために米中が日本に対して仕組んだ経済戦争がアジアの金融危機を招いてそれがロシアや中南米にも広がっていってしまった。

中国は元をドルに連動していましたが、95年4月の79円から98年8月の147円まで動いたのだからドルと円との協調が取れていなかったのですが、ルービン長官の口先介入が影響している。79円の円高で日本の輸出産業を締め上げクリントンの目論見は成功したのですが日本経済はガタガタになり銀行まで倒産して円が売られて147円の円安でアジア諸国が悲鳴を上げてしまった。特に韓国が一番影響を受けて韓国経済はクラッシュしてしまった。

「ルービン回顧録」を読むと韓国の経済危機については詳しく書かれているが、ルービン自身しか知らない事が書かれている。韓国の経済危機はまったくの不意打ちだったらしい。一時は韓国を封鎖して防波堤を考えるほどだったという。詳しい事は本を買って読んでほしい。私はルービン長官が日本の東南アジアや韓国や中国への経済的影響力に気がつかずにドル円相場で日本を締め上げようとした結果が招いたものだと思う。だから私はルービン長官はクビだと書いたのだ。




現在も日米関係は不平等条約関係であり、長銀をリップルに
売ったごとく、郵貯資金は外資に秘密特約付きで任される?


2005年9月18日 日曜日

長銀売却 〜 平成の不平等条約  9月18日 国際派日本人養成講座

■1.「生まれ変わった新生銀行」■

アメリカの新興投資ファンド・リップルウッドが平成11 (1999)年に、国有化されていた日本長期信用銀行(長銀)の買収に名乗りを上げた時、大蔵省にも長銀本店にも、その名を知  る人は一人もいなかった。なんだ。この奇妙な名前は? 地名か人名か、はっきり しないが、とにかく情報を集めろ。そんな指示が大蔵省内や長銀行内を飛び交ったが、結局よく分からないまま、「どうせ泡沫候補だ。ほっとけ」となった。

この無名の新興投資ファンドが、わずか10億円で長銀を買収し、新生銀行としてまさに「新生」させて、1200億円の増資をした後、4年後に再上場を果たした。リップルウッドの社長ティモシー・コリンズは語る。

         生まれ変わった新生銀行は私にとって誇りである。健全
        なバランスシート、法人・個人向けのきめ細かなサービス、
        創造性と血の通った銀行は、他にはない。ロビーにはスタ
        ーバックス・コーヒーが入り、女性社員にとっても昇進の
        チャンスが増えた。日本を最も根元的なところから改革さ
        せることに貢献しているのだ。[1,p36]

しかし、コリンズはこの「新生」の陰に、日本政府から8兆 円もの公的資金が投入された事には口をつぐむ。

■2.「この買収には損が発生しない仕組みが埋め込んである」■

長銀買収に際して、コリンズは世界の投資家にこう言って、資金を集めた。

         長銀買収は必ず儲かります。投資していただければ、3
        年ないし4年で確実に5倍に増やしてみせます。絶対に損
        はさせません。この買収には損が発生しない仕組みが埋め
        込んであるからです。[1,p137]

こうして集めたのが1200億円。コリンズの約束通り、4年後の上場時にはそれが時価7600億円、実に6倍以上に大化けしたのである。コリンズは、一躍ウォール街のヒーローと なり、長銀買収は1999年のビンテージ・ディール(その年に最も成功した契約)と絶賛された。その「絶対に損が発生しない仕組み」とは何だったか。

■3.「気持ちとしてはタダでもいい」■

「絶対に損をしない仕組み」の第一は、3兆6千億円もの公的資金を投入して身ぎれいになった長銀を10億円という破格の値段で買い取った事である。

平成12(2000)年2月15日、衆議院予算委員会で自民党の安倍基雄議員がこの点を追求すると、越智通雄・金融再生委員会委員長はこう説明した。

    越智: 決められました手続によりまして旧日長銀の評価をい
          たしました。・・・その評価委員会で長銀の旧株はゼロ
          となったわけであります。したがいまして、十億はいわ
          ばのれん代みたいな格好で出されたわけでありまして、
          十億と二十四億株というのは、一株幾らという計算で積
          み上がった数字ではございません。

     越智・委員長は、別の場で「破綻した長銀を買っていただけ
    るのだから、気持ちとしてはタダでもいい。それを10億円も
    出してくれるという。まあ、のれん代というわけでもありませ
    んが、そんなものです。外国の銀行から新しい経営ノウハウや
    人材を供給してもらえる、願ってもないチャンスです」と発言
    している。[1,p153]

長銀は約23兆円の資産を持っていたが、それ以上に約3兆6千億の債務超過(財産より多い借金)があったので株価がゼロとなっていた。タダ同然のものなのだから、10億円で売れたら「御の字」ではないか、という訳である。

■4.「おかしいですよ、はっきり言って」■

この答弁に安倍議員はこう噛みついた。

    安倍: いいですか。株価をゼロとしたのは、それだけの債務
          超過があったからゼロになっているんですよ。債務超過
          を解消したときに果たしてゼロなんですか、それが問題
          ですよ。もともと債務超過が何兆円もあるからゼロになっ
          たんでしょう。そいつを全部解消した途端に、それがま
          たゼロがそのまま続くんですか。おかしいですよ、はっ
          きり言って。・・・こういったのを国民の前に明らかに
          した上で契約をすべきです。

リップルウッドへの売却契約締結を踏まえて、長銀の債務超過分の穴埋めのために金銭贈与3兆2204億円、損失補填3549億円、合計約3兆6千億円という公的資金が投入された。

公的資金投入で債務超過状態が解消すれば、あとは約23兆円の資産を活用した銀行業務で収益が期待できる分だけ、株価はプラスに転ずるはずである。それを考慮せずに、そのままゼロとして、単なるのれん代10億円だけで売ってしまうのはお かしい、という当然の指摘である。

さらに3兆円以上もの資産買い取りが日本政府によってなされた。コリンズの誇る「健全化されたバランスシート(貸借対照表)」とは、日本国民の税金によってなされたものなのである。

■5.「買い手に足元を見られている」■

「絶対に損をしない仕組み」の第2は、長銀の事業を引き継ぐ新生銀行の資本構成にあった。安倍議員はこの点についても問題を提起している。

    安倍: もう一つ言いましょう。今度は、二千五百億の準備金、
          これは向こうが要望したからと言っている。向こうが出
          すお金は、二十四億株を十億円で買うんですよ。それに
          千二百億円出すんです。我が方は二千四百億円、別に出
          すんです。その結果、どういう株主構成になるかという
          と、いろいろ細工はあるようですけれども、向こうが三
          分の二を持って、こっちが三分の一を持つんです。・・

           株式の構成は、こちらがたくさん出せばたくさん株を
          持つのが当たり前じゃないですか。それを、優先株がど
          うの、それで最終的には三分の二になります、民間の要
          するに発言権を持たせるために三分の二渡しますと。そ
          れならそれで、もっとたくさん金を持ってくればいいで
          すよ。・・・それで何でこちらが三分の一なんですか。
          これはあくまで、買い手に足元を見られているわけです。

新しい銀行にリップルウッド側は1/3の1200億円を出資し、残りを日本政府が出した。通常なら、1/3の出資をすれば1/3の株式を持ち、利益があがった場合は1/3を貰う、というのが当然の原則だ。それがなぜ、リップルウッドは1/ 3の出資で2/3の株式を保有できるのか。

■6.「先方との話し合いの結果、、、」■

以上の二つの「仕掛け」に関する質問に対して、越智・委員長は次のようにしか、答えていない。

    越智: なお、最後に残りました買い取り希望のアメリカ側の
          リップルの方と、日本側に実は二つの銀行の連合体があっ
          たのでございますが、その申し出の金額は非常にかけ離
          れておりまして、したがいまして、この長銀を引き取っ
          てもらうのに、先方との話し合いの結果、今のような数
          字が決定になったわけであります。

リップルウッドの方が良い申し出だから、こちらに売ったと いうだけで、政府がどのような「話し合い」をして、こんな異様に破格の条件で妥協したのか、まったく説明しない。リップルウッド以外に、日本側からは「二つの銀行の連合体」 しか手を挙げなかった、という点に関して、安倍議員はこう反論する。

    安倍: これは本当に、当時は日本からいろいろな候補者がい
          なかったと言うけれども、ほかの大銀行はみんな資金注
          入でもっていっぱいで、合併問題でもってそういう暇が
          なかったのです。出てきたのは二つしかないのです。そ
          の中でどっちが要するに条件がいいかというそんな程度
          の話で、いかにも、ずっと同じ一つのレールの上で決まっ
          ちゃいましたという話じゃないのですよ。

■7.「損失はすべて日本政府がギャランティーしてくれる」■

リップルウッドの買収には、さらに強力な第三の「損が発生 しない仕組み」が埋め込んであった。コリンズは海外の出資者に対して「将来発生する損失はすべて日本政府がギャランティ ーしてくれる。だから絶対儲かる」と言って、資金集めをした。

長銀の貸し出し債権の価値が3年以内に2割以上下がった場合、国に債権の買い戻しを請求する権利を認めた「瑕疵(かし)担保条項」が盛り込まれていたからだ。平成16(2004)年1月27日、新生銀行の上場を目前にした 時期に、民主党の中津川博郷議員が質問に立った。

    中津川: 分かりやすく言えば、中小企業から融資を強引に引
            き上げて、その損失分をすべて国のお金を使ってカバ
            ーしたということです。吸血鬼のような銀行ですよ。
            あまりにひどいというので、平成13年10月には、
            国が新生銀行に対して業務改善命令を出したほどです。

             こんな銀行が今回の上場では最大1兆5千億円くら
            いの上場益を得ることになるという。8兆円の公的資
            金を注ぎ込んだ結果でしょう。これでは国益は台無し
            です。金融庁の責任はどうなっているのですか。

帝国データバンクの調査では、旧長銀が融資していた関連企業のうち、新生銀行になってから、あこぎな取り立てで152社が倒産を余儀なくされたという。大手デパートの「そごう」  をはじめ、第一ホテル、マイカル、ライフなど321社の不良 資産を次々と国の預金保険機構に買い取らせた。[1,p126]

321件の債権額は1兆1702億円。預金保険機構の支払額は8530億円。新生銀行が貸し出しを取りやめて、相手先を倒産に追い込んでも、その損害のほとんどは国が補償してくれる。瑕疵担保条項が積極的に「活用」されたのだった。

■8.上場益にも課税できない■

2月19日、新生銀行は何事もなかったように、上場を果たした。初日の終値は827円。リップルウッドは2200億円の上場益を確保した。

そして、ここにも4つ目の「損を発生させない仕組み」が仕掛けてあった。リップルウッドが長銀買収のために作った投資組合「ニューLTCBパートナーズ」は登記地がオランダとさ    れており、日本では上場益に関して一切、課税されないのだ。

こういう問題に関して、平成11年の買収時に、民主党の生方幸夫議員が「新生長銀が上場した際に、その上場益に対して、日本が課税できるのか」と問われて、越智大臣は「当然でしょう。できないわけがない」と答えていた。また民主党の上田清司議員は、長銀の売却時に越智大臣に次
    のような質問を投げかけている。

    上田: 新生長銀は損失を出すとは限りません。損失が出れば、
          さまざまな形で国民の税金が投入されるわけですから、
          最終的には大化けして、大変な利益を生み出す可能性も
          あります。

           損したときにどう面倒を見るかという議論が多いので
          すが、逆に、大儲けした時に、どういう形で日本国民へ
          お返しをしていただけるのか。そういう特約事項も設け
          ておくべきではないでしょうか。自民党の安倍(晋三)
          先生がおっしゃるように、上場益の30%は日本政府に
          返却していただく。そんな特約事項も入れておくべきで
          はありませんか。

この質問に関して、越智大臣は「昨年9月から交渉を積み上げてきたわけですから、新たに特約事項を入れろというご提案は到底受け入れることはできません」と突っぱねた。

■9.「日本を最も根元的なところから改革させる」■

これまでの国会での審議をたどれば、リップルウッドの仕掛 けた「仕組み」は、すべて日本側に見破られていた事が分かる。それなのになぜ越智・金融再生委員会委員長をはじめとする日本政府は、これらの声を無視して、異様に破格の条件で長銀をリップルウッドに売ったのか。
   
これに関してはアメリカ政府の圧力があったと噂されている。小渕恵三首相が平成10年5月に訪米した際に、コリンズは首相と同じテーブルに座っていて、クリントン大統領やヒラリー夫人との親密さを印象づけながら、「長銀の再生にはアメリカ の経験が欠かせない」と吹き込んだ。無名の投資ファンドの社長を日本の首相と同じテーブルに座らせるなどという見え透いた芸当に、小渕首相もアメリカ政府の魂胆を感じとっただろう。

9月に訪米した柳沢・金融再生委員長がサマーズ財務長官と会談した時にも、長銀問題が大きな話題になった。11月末には国会開会中にもかかわらず、後任の越智・委員長が突然、訪米し、サマーズ財務長官と会っている。当然、「長銀の譲渡先はリップルウッドにしろ」との圧力がかかったと噂された。さ らにリップルウッドが長銀の受け皿として作ったニューLTC Bパートナーズの上席顧問にはボルカー元連邦準備制度理事会 議長(日本で言えば日銀総裁)が就任している。

リップルウッドは日本の金融開国を迫るためにアメリカの送 り込んだ「黒船」だったようだ。江戸幕府は黒船の砲艦外交に屈して、アメリカとの貿易を始めたが、その時に結んだのが関 税すら自主的に決められない不平等条約だった。リップルウッ ドとの契約も、それに相当する「平成の不平等条約」と言える。

コリンズの「日本を最も根元的なところから改革させることに貢献しているのだ」というセリフは、ある意味で真実をつい ている。国際社会には、8兆円もの国富をついばんでしまうハゲタカがうようよしている事を我々に教えてくれたという点で。
                                         (文責:伊勢雅臣)


(私のコメント)
郵政民営化問題では大枠では誰もが賛成しているのに、細かな事は何も決められていないので法案に賛成も反対も決められないのですが、現在の法案はきわめて不完全な欠陥法案であり、とても国会で議決する事が出来るほど自民党内でもまだ紛糾していたし、急ぐほどの法案でもないのですが、小泉首相は強行突破して反対派を切り捨てて可決成立させるようだ。

郵政の民営化を急がせているのはアメリカ政府であり、喉から手の出るほど郵貯簡保の350兆円を欲しがっている。ではどのようにして外資が郵貯簡保を手に入れるかは長銀のケースが参考になるだろう。長銀にしても郵貯簡保にしても不良債権がどれだけあるか公開されずにいますが、一説には郵貯には100兆円もの不良債権があるとされている。

長銀にも8兆円もの不良債権があり、破産処理するしかなかったのですが、どういうわけか税金8兆円が投入されて、たった10億円でリップルウッドに売却された。その経緯は伊勢氏の記事の通りですが、きわめて不透明なもので日本政府とアメリカ政府の関係は対等ではない。

リップルウッドは単なる投資ファンドではなく、アメリカ政府そのものでありクリントン大統領と小渕首相とコリンズ氏とが同じテーブルにつくような関係であり、政府間のトップレベルで決まられた事なのだ。郵政の民営化もブッシュ大統領と小泉首相とのトップ同士で決められた事であり、小泉首相の強引なやり方はアメリカの後押しがあったからこそ出来た事だ。

新生銀行はその後も貸し剥がしで多くの日本企業を倒産に追いやり悪行の限りを尽くして利益を貪りましたが、テレビなどでは田原総一郎氏などは新生銀行を銀行の新しい経営として絶賛して新生銀行の八城社長を何度も番組に出演させた。また倒産せずとも貸し渋りで苦しい目にあった企業は数知れず、これでは日本企業は新生銀行とは取引は出来ないだろう。

リップルウッドはたった4年で新生銀行を再上場させましたが、貸し剥がしなどのあこぎな経営で利益を出したものだ。それで得た2200億円の利益は税金も払わずに海外に持ち出しましたが、これも政府間で密約したものだろう。でなければ国税庁が動いたはずだがその気配はない。日米政府間のトップ同士で決められた事だから泣く子も黙る税務署も手が出ないのだ。

今回の郵政の民営化は長銀と同じように日米で密約されている可能性がある。その密約はブッシュと小泉とで交わされたから任期中に決着させねばならない。だからこそ小泉首相は急いでいるのであり、国民に知れるころには新生銀行の時のように後の祭りなのだ。このようなことはテレビなどでは知らされずネットか本などでしか明らかにされていないが、新生銀行への8兆円の税金は我々に必ず回ってくるのだ。


2108.反対派の論理 Fより 9月10日 国際戦略コラム

《 日本政府が対米で弱腰でも、国民は瑕疵条項を2度と許さない。 このため新生銀行以外認めなかったではないですか?? これがために企業再生機構を作ったではないですか?? 事例の推移を無視した株式日記の政府批判、コラム批判は、対応処 置をしたことを述べないために現時点での状況を間違えている。 》

《 非常に日本にとってはいやな状態になるが、それでも米国の要望を 跳ね除けて反米的な対応をするのですか。全体的な東アジアの状況 を勘案すると、西尾さんや株式日記の意見には同意しかねますね。  》



(私のコメント)
瑕疵担保条項はあまりにひどい契約なので誰もが呆れたのですが、現在の日米関係ではこのような不平等条約を押し付けられても、日本政府は断る事が出来ない。しかし国民に知れてしまえば騒ぎになるから、このような密約はよほどのことがないと表に出てこない。ブッシュと小泉とがテキサスの牧場で交わされた密約はどのようなものかは知る事が出来ないが、郵貯簡保の資金はアメリカに任される事になるのだろう。

国際戦略コラムのF氏は経団連の奥田会長のような人物なのでしょうが、自分の商売が上手く行きさえすれば日本や日本国民がどのような不平等な目にあっても「勝ち組」として平気なのだろう。民族保守派の私の主張としてはアメリカに対してはあまりあこぎなまねはしないでくれと言うことであり、ひいてはそれが日米関係にも影響が出てくることを心配しているから株式日記で警告しているのですが、F氏のような人は日米関係のためには日本の犠牲は多少は負うべきだとする不平等条約を肯定しているのだろう。


IQの低いB層(小泉信者)は小泉首相を熱烈に支持している(笑)

売国奴 小泉

 ミミ彡ミミミ彡彡ミミミミ
,,彡彡彡ミミミ彡彡彡彡彡彡
ミミ彡彡゙゙゙゙゙""""""""ヾ彡彡彡
ミミ彡゙  売国奴   ミミ彡彡
ミミ彡゙ _    _   ミミミ彡
ミミ彡 '´ ̄ヽ  '´ ̄` ,|ミミ彡
ミミ彡  ゚̄ ̄' 〈 ゚̄ ̄ .|ミミ彡
 彡|     |       |ミ彡
 彡|   ´-し`)  /|ミ|ミ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ゞ|     、,!     |ソ  < ブッシュ様の命令通り
   ヽ '´ ̄ ̄ ̄`ノ /     | 郵政を民営化、郵貯部門を分離させて
    ,.|\、    ' /|、     | 郵貯の350兆円を米国に譲渡します
 ̄ ̄| `\.`──'´/ | ̄ ̄`  \_________
    \ ~\,,/~  /  
     \/▽\/






今回の解散総選挙には法的な根拠がなく、小泉首相の
「違憲的な暴挙」である。ヒトラーの国会解散の暴政と同じ


2005年9月17日 土曜日

「衆院解散は違憲」=選挙無効求め市議提訴−東京高裁

郵政民営化法案を否決したのは参院だったにもかかわらず、衆院を解散したのは首相の解散権の乱用で憲法違反などとして、宇都宮市の西房美市議(68)が14日、衆院栃木1区の選挙無効を求める訴えを東京高裁に起こした。 
(時事通信) - 9月14日13時1分更新


小泉自民党大勝、勝つ戦略のコツは 9月12日 ケンミレ株式情報

◆小泉自民党大勝、勝つ戦略のコツは
今回までの小泉総理の戦略は『見事』と言えます。誰もが予想しえなかった296議席を獲得し、東京比例区では自民党候補者が足りずに社民党に一議席プレゼントするという異常な選挙になりました。

◇小泉総理の戦略(その壱)
小泉総理の郵政民営化という本丸に反対した自民党議員全てに刺客を送る戦略は、日本人には合わない戦略でした。しかし、この戦略が小泉自民党の勝利を決定付けた最も大きな要因になったと思います。

なぜかと考えたのですが、よく考えますと『この方法はマンガの中に出てくる方法』であり、マンガで育った都会人にも非常に分かりやすかったのではないかと思います。
近頃は、勧善懲悪のために『常識を破った過激なことをしてもよい』というスタンスで書かれたマンガほど読者に受けていますが、小泉総理が無意識にこの戦略を採ったのだと思います。

◇小泉総理の戦略(その弐)
マンガの世界は戦う前に必ず『カッコよい女性』を配置しますが、今回の小泉総理の刺客作戦もカッコよい女性を前面に出してきました。しかもテレビで放送された刺客が皆カッコよく頭脳明晰な人ばかりで、おばさんのような人は皆無でした。
この辺も独身貴族の小泉総理らしい、世の中に受けるのはカッコよい女性ヒロインという考え方が当たった部分だと思います。
また、マンガの場合『カッコは良くないけれども、知能が抜群に優れている人物』を配置するのが定番ですが、小泉総理はこの点でもきちんと『ホリエモン』を配置して対応していました。

◇小泉総理の戦略(その参)
勧善懲悪イメージを植え付けることにも大成功しました。最初は解散になれば民主党が大勝して第一党になると言われていました。しかし、結果を見ると民主党は霞んでしまい、郵政民営化に反対した自民党議員には「20世紀の極悪人」というイメージを与えることにも成功しました。

もちろん、反対派が『自分達が国民にどう見られているか』を考えずに『自分達を被害者にした』ことで、国民が『反対派に対して強烈な不信感を持った』ことも小泉総理に味方したと思います。

この反対派の、国民に同情されない被害者意識がクローズアップされてしまって、民主党が霞んでしまったことも、小泉総理の戦略の凄さと言えます。


逆に言いますと、百戦錬磨の小泉総理とまじめが取り柄の岡田代表では最初から大人と子供の戦いで相手にならなかったのではないかと思います。小泉総理に対抗できる民主党の議員は小沢氏しかいなかったと思います。

◇小泉総理の戦略(その四)
20世紀のうちに世界の先進国が21世紀型の政治体制に転換したなかで、日本だけが20世紀型の政治体制をとっていました。つまり、政治家と官僚の既得権益が判断基準となっていました。反対派が開き直って既得権益をテレビで堂々と発言しているのを見て憤った人は多かったと思います。

その国民の憤りのピークに小泉総理が『反対派が予想もしなかった解散・総選挙を決断』したのは、小泉総理だけの力ではなく『歴史が小泉総理に与えた使命』ではないかと思います。なぜならば、政治の世界に『小泉総理の対抗馬が全くいない』環境が3年以上も続いていて、その対抗馬がいない環境で『歴史的な勝利となった総選挙が実施』されたからです。

このように、小泉総理の出現と、自民党が絶対多数を獲得し、公明党と合わせて2/3の議席数を獲得できたのは、日本が21世紀型の政治体制になる歴史的シナリオに沿った動きだと思います。そして、このような動きができるのは『小泉総理しかしない』ことから、歴史が小泉総理を選んだのではないかと思います。

◇小泉総理は歴史的な総理に決定
今回の反対派の一掃による既得権益政治の終焉を演出したことで、自民党の歴史を変えたことは、小泉総理にしかできなかったことだと言えます。この点だけでも、小泉総理は日本の歴史に残る総理になりました。NHK番組『その時、歴史が動いた』がもしもこの先も継続すれば、世界の『その時、歴史を動かした人物』のなかに入れるほどの功績になっていると思います。

続く問題は官僚の既得権益ですが、この問題にチャレンジできる精神的体力が小泉総理に残っているかが問題です。小泉総理の使命は『郵政民営化』です。そして、この使命に邪魔だったことで反対した政治家が一掃されたことを考えますと、郵政民営化が終われば、小泉総理のエネルギーは尽きてしまうのではないかと思います。ですから、小泉総理が続投する可能性は非常に低いのではないかと思います。

◇では、小泉総理の次の総理は誰か
現時点で予想するのは難しいと思いますが、人間的に強くなった自民党の人物が次の総理になる必要があります。そうなりますと、総理候補と言われている谷垣大臣は、『加藤の乱のとき、あんたは親分なんだからと泣いた』ことから考えてトップとしては物足りないと言えます。

逆に強気が目立ってきたのは安倍幹事長代理です。私の無責任な予想では、小泉総理の次の総理は安倍氏ではないかと思います。ただし、阿部氏は、今回自分の側近(静岡7区立候補の城内実氏)が郵政民営化に反対して立候補したにもかかわらず、自民党の方針に従わずに城内氏を援助しました。このことをうまく逃れればという但し書きが付きます。ただ、小泉総理は、今回安倍氏が起こした程度の問題に全く躓きませんでしたので、躓いたとすれば、総理の器ではないと思います。

レポート担当:森田謙一


(私のコメント)
選挙の結果がが劇的だっただけに多くの識者が記事を書いていますが、ネットは只で見られるだけに便利なメディアだ。質的にも高いものがあり新聞などで大学教授や評論家の書いたものより面白い。つまらなければ誰も見ないし反応もないが、注目される記事はあちこちに紹介されて広まってゆく。「株式日記」でもそのうちの幾つかを紹介してきました。

ニュースなどによるとブログでは自民支持が民主支持よりも倍も多かったそうだ。私が見回したところでは単純に小泉改革を支持するといったレベルのものが多くて、政策を論じて支持したものは見たところでは少ない。むしろ郵政民営化法案の内容から反対しているところは反米左翼や民族保守などのサイトが多い。

小泉首相の政治手法は識者から見ればすぐにわかり、問題点も指摘していますが、大衆はそんなことには気がつかないから、小泉首相の政治手法に見事にはまってしまった。マスコミでは「小泉劇場」と呼んでいますが、勧善懲悪の舞台を作り上げ、亀井静香氏などを守旧派の悪役に仕立て上げて、正義の味方の小泉首相がそれを退治する構図だ。

亀井静香氏が外人記者クラブで小泉首相の事をヒトラーだと言って外人記者に評判は良くなかったようですが、小泉首相のやっていることを分析するとまさにヒトラーと同じ事をやっている。まず敵を作り上げて攻撃する。単純に一面だけを取り上げてわかりやすいプロパガンダで敵を始末してゆく。小泉首相もヒトラーも解散権を使って選挙を仕掛けるから連戦連勝だ。ワイマール共和国はそれで崩壊してしまった。日本も解散権を乱用されるとワイマール共和国と同じことになるだろう。


ヒトラーも解散権を行使して独裁体制を確立した 8月11日 最高裁判事、真野毅 クリエイティブスペース

あえて、ヒトラーの国会解散の暴政の数々の例を引いて、論証する煩を重ねることを要しないであろう。国会の弱体であるところに、独裁政治は常に頭をもたげて来る。独裁政治の行われるところ、国会はますます弱体化する。国会の強力なところに、民主政治は発達する。国会の強力こそは、独裁政治の出現を阻止する城壁である。しかのみならず、民主政治における選挙は、機会均等を前提とする。すなわち、同等の立場に立つてフエア・プレイによつて投票の獲得を争うことを本義とする。

しかるに、抜打解散では、政府与党は野党に比し、不当に有利な立場に立つことは明白である。かようなハンディキャップのついた条件の下に行われる選挙は、公正なものということができないばかりでなく、民意が真に正しく反映して表明されることは不可能となるであろう。民意の真正に表明されない選挙によつては、ほんとうの民主政治は発達せず、美果を結ぶことはできない筈である。

 さらに、七条論者の結論を採れば、前にいつたごとく憲法上内閣総理大臣は、行政府に対するばかりでなく、司法府に対しても、立法府に対しても、甚だしく強大な権力と影響力を及ぼし得ることとなるは必然である。かくては、内閣総理大臣という一人の具体的人格に過度の諸権力が、容易に集中し、その結果独裁ないし専制政治に陥り易きに至ることは、火を見るよりも明らかである。

思つてもみるがいい。
冷静に、かつ虚心に。
彼の太平洋戦争の苛烈な戦火の洗礼を受け、廃嘘のどん底に沈んだわが国民は、何物よりも独裁ないし専制政治の再現を、恐れかつ憎んでいるではないか。こういつた体験と環境と条件の下に出来た憲法を、前述のごとく成法上何ら確たる根拠もないのに、独裁ないし専制政治の再現を容易に招来することを許すような風に解釈せんとすることは、民主憲法制定の根本義を真に理解せざる近眼者流の論であると断言して憚らない。

豊かな経験と高い識見を有する尾崎行雄氏は、憲法七条を解散の根拠とするようなことが行われるなら、「すこし気の利いたものが出れば、たちまち北条・足利の時代が再現する」と卒直にキツパリ言い放つている(昭和二四年一月三日読売)。この言やよし。まことに事物の真を洞察した識者の至言である、とわたくしは思う。】


(私のコメント)
このように亀井静香氏が外人記者クラブで小泉首相のことをヒトラーと言った事は正しい。日本にいる外人記者はレベルが低くヨタ記事ばかり海外に配信しているが、外資の仲間であるだけに確信犯なのかもしれない。そのために郵政民営化法案反対派は守旧派とされて既得権を守る悪役とされてしまった。それに対して正義の味方として小泉首相は戦っていると訴えて選挙に勝利した。

森田謙一氏は小泉総理を歴史に残る総理と賞賛していますが、今回の解散で国会の権威は失墜して、国会の上に内閣が乗るという暴挙を行った事で歴史に残るだろう。本来は内閣の不信任案が可決されるか、信任の決議案が否決された時のみ解散権が認められるのであり、そうでなければ内閣に国会は常に解散の恫喝が行われる事になる。だから自分の出した法案が否決されると解散だというのは違憲なのだ。


今回の解散総選挙は「違憲」 8月11日 真名 クリエイティブスペース

そして、このことのおかしさを指摘した真野裁判官の言葉を紹介しています。

▼ 七条論者は、七条三号により、天皇は「内閣の助言と承認により」「衆議院を解散すること」を行うのであるから、天皇に助言と承認を与える内閣は、実質的に衆議院を解散する権限を有すると主張している。
しかし、これは七条法文の字句の末節に拘泥し、憲法の大きな原理や、憲法の他の規定を、考慮しない独断的な見解である。▼

今回小泉首相が根拠とした7条3項の「衆議院解散」の権源は69条に明記されていますが、それは、

内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

というものです。

つまり、内閣が解散を宣言できるのは、
1. 衆議院で不信任の決議案が可決されたとき
2. 信任の決議案を否決したとき

とされているのです。
そして、7条3項は、この69条に基づき、内閣が衆議院の解散を選択したことを前提とする国事行為です。


真名さんはさらに言います。

……憲法第69条の手続きの起動は、「衆議院で不信任の決議案を可決」又は「信任の決議案否決」です。

これに対する「リアクション」として、内閣が衆議院解散と内閣総辞職との一方を選択するのです。

この条文の主題はあくまで「内閣の不信任」です。

内閣の不信任は、衆議院が選出した内閣総理大臣に対し、指名後に任にふさわしくないと判断したときや、政党の離合集散があったときに行われます。

議会が内閣を氏名するんですから、不信任後の手続きは総辞職だけというのが本来の姿です。

しかし、ここで、自分を指名した衆議院が辞任を求めた場合衆議院の勢力構成を変えて行政を継続できる可能性を内閣に与えたのが、69条の衆議院解散です。

この結果、衆議院は安易に内閣を不信任できなくなるわけで、チェックアンドバランス機構が働くのです。

7条のどこに「権源(権原)」があるというのでしょうか?


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  .ミミ彡|   ´´´.| | ``  |彡ミ)  
  . ((ミ彡|    ´-し`)\  |ミミミ    憲法をぶっ壊します!
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      \  '´ ̄ ̄ ̄`.ノ/        日本を独裁国家にします!
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    / | .|  \ __ _|/  .| | \      
  ./|   .>|. \/ ▽.\/|<   |ヽ   



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   |::::::  ヽ  ...  ...丶.
   |::::._____ __)     ) / <日本も我々と同じ独裁国家になったニダ
  (∂: ̄ ̄| ̄・` |=|・ ̄ |   ( (
   (  (   ̄ )・・( ̄ i n.n  )ノ  ______
   ヘ\   .._. )C( ._丿.=|_|=・.  │  | \__\___
 /  \ヽ _二__.ノ  <つ(.(rヽ    |  |   |= |iiiiiiiiiii|
/⌒ヽ.   \__/\i/\ ヽ .( .ノ     |  |   | =. |iiiiiiiiiii|
|   ヽ ____\o\./  |.      |  |   |三 |_「r.、
|   //     // ̄.\ \二|    |_..|_/(  ) ̄ ))
ヽ ______//r_/| |.||⌒ヽ〜〔 ̄ ̄! ̄ ̄ ̄/ ̄ ̄\((





自民党が、ブロガーと直接つながることで、マスメディアが
ネットを「ネタ元」として参照することが増えるだろう。


2005年9月16日 金曜日

R30 特別寄稿!『ブログは選挙マーケティングの何を変えたか 〜中編〜』

■ 「広告」から「広報」へ、自民党のコペルニクス的戦略転換

 翻って、今回の総選挙での自民・民主両党のマーケティング戦略はどうなっているのだろうか。まだようやく半分が過ぎようとしている段階ではあるが、ここで少し僕の推測も交えて、思うところを書いてみたい。

  今回の動向を眺めていて感じるのは、小泉首相一人の才覚とはとても思えない、自民党のコミュニケーション戦略の卓抜さ、そして対照的に昨年の参院選までとはうって変わったように精彩を欠く民主党の姿だ。

  一体何が自民党をこうまで変えたのだろう。変化の原因の1つと考えられるのは、2005年1月から自民党が電通に代えて初めてPR会社を起用したことだ。1月の読売新聞の記事が自民党の世耕議員のウェブサイトに転載されている。

  [政治の現場]50年目の自民党(2)―民主にらみ“広報合戦”―(読売新聞)

  ちなみにプラップジャパンと自民党とのつながりについては、8月に入ってからの日刊ゲンダイの記事もある。もっともこの記事は「広告」と「広報」の区別もついてないライターが書いたもののようなので、そのあたりは割り引いて読むことが必要だ。プラップジャパンは広告ではなく「広報」のプロの会社である。

  PR会社、選挙戦の攻防(日刊ゲンダイ via freshEYE)

 いずれにせよ、PR会社は複数のスタッフを自民党広報対策本部に派遣し、現場の手足となりつつ提案をどんどん出すというスタイルでやっているようだ。世耕議員のブログでは、選挙戦に突入して以来毎朝「コミュニケーション戦略会議」と呼ぶ会議が開かれ、PR会社や自民党スタッフとの議論の中で方針や対応が決まっていく様子が述べられている。25日のブロガー懇談会も、案内メールや懇談会での武部幹事長の質疑応答の様子から察するに、世耕議員とPR会社スタッフの合作によって行われたようだ。

■ 党トップと太いパイプを持つ自民党「コミュ戦」チーム

  自民党のコミュニケーション戦略がここまで一足飛びの進化を遂げたのは、やはり世耕議員の存在によるところが大きいだろう。世耕議員の人となりについては「コトバのチカラ研究所」のブログのこのエントリが詳しい。

  何度も言うが、広告(Advertisement)と広報(Publicity)はぜんぜん違う。そのことに自民党は昨年の参院選で負けてからようやく気がついた。 だが、気がついた後の対応は極めて良かったと思う。世耕議員というその道のプロを責任者に起用した。しかも、その責任者にPR会社というプロフェッショナルスタッフの手足を与え、さらに相当の権限を与えている。このことは、世耕議員のブログ「世耕日記」で、彼が一参院議員でありながら小泉首相や武部幹事長とサシで話す時間をふんだんにもらっていることからも分かる。

  広告は一方通行のコミュニケーションなので、訴求したい「商品」がしっかりしてさえいれば、あとは現場に任せてしまって構わない。だが広報は違う。広報の最強の武器とは「トップのメッセージ」である。政策という「商品」がしっかりしていることはもちろん大切だが、広報活動においてはそれ以上に刻一刻と変化する社会全体、あるいは競合相手の状況に応じて行うポジショニングの見直しが、メッセージを発するトップに正確に伝わっているかどうかが決定的に重要なのだ。

  この点において、世耕議員という「広報の参謀」が小泉首相、武部幹事長らトップと密接なパイプを持ちつつコミュニケーション戦略を決めている自民党の選挙マーケティング組織作りは、極めて理にかなっていると言えるだろう。

■ コミュニケーション戦略組織の“顔”が見えない民主党

  では、民主党のコミュニケーション戦略はどうなっているのだろう。ネットで少し調べてみた結果をご報告する。 まず同党に「広報対策本部」といったものがあるかどうか、調べてみた。…ない(笑)。 正確に言うと一昨年までは「広報・宣伝委員会」という組織があったらしい。ところが2003年12月、どういう経緯かは知る由もないが、それが「国民運動委員会」という部門に吸収・統合されているのだ。しかも、マスコミ対応は「役員室直属へ移管」となっている。つまり、マスメディア対応と広報の機能が別々の組織によって担われているようなのだ。

  しかもこの国民運動委員会というのは、Googleで検索してみると副本部長が何人もいるような何やら横串的横断組織らしく、しかも選挙対策委員会という選挙の司令塔とは別の組織である。いったい誰が衆院選における広報・コミュニケーションの戦略担当者なのか、皆目分からないのだ。 さらに、これらについての組織図や役割分担、責任者名などの情報が党のウェブサイトのどこにも掲載されていない。上に述べたような情報は、すべて個々の国会議員の選挙区向け活動報告やプロフィルの中から拾い集めたものである。

■ 「コンセンサス型組織」を築き上げてしまった?民主党の蹉跌

  もっと根本的なことを言えば、選挙における基本的な戦略を決めるトップが誰なのかさえも見えない。民主党の代表と言えば、岡田克也党首だと誰もが思うだろう。しかし同党の中で「代表」の肩書きを持って選挙戦を戦っている人は、他にあと3人いる。小沢一郎「副代表」、菅直人「前代表」、鳩山由紀夫「元代表」である(笑)。冗談ではないのだ。党のウェブサイトにそう書いてあるのだから。 少なくとも、これではコミュニケーション戦略の担当者が誰だろうと、メディア対応やコミュニケーションについての迅速な意思決定ができるわけがない。「代表」の肩書きを持つトップ4人と幹事長と選挙対策本部長と国民運動本部長と役員室長とその他多数の副本部長のコンセンサスを取って回らなければいけないのだから。

  競合相手の組織が機能不全に陥っており、すぐには有効な打ち手が繰り出されて来ない場合のマーケティング展開なら、じっくり時間をかけて開発した、優れた「商品(マニフェスト)」を配りまくり、広告や人海戦術で絨毯爆撃をしていけば良いわけで、それならばこのようなコンセンサス型組織でも良かっただろう。

 だが今回の選挙は誰もが予期しなかった不意打ちの短期決戦であり、しかも競合相手の小泉首相がすごい勢いで強烈なポジショニングを打ち出している。刻一刻変わる戦況をスピーディーに吸い上げて自分のポジショニングを見直し、それをトップの発するメッセージやアクションに即座に結びつけなければならないような今回の選挙戦では、今の民主党のような組織体制には決定的に不利と僕には思われる。


R30 特別寄稿!『ブログは選挙マーケティングの何を変えたか 〜後編〜』

■ 「レッテル貼り」という最強のポジショニングを生かす戦略

  僕のブログの以前のエントリでも書いたように、今回の総選挙における小泉首相の基本戦略とは、「自民党=郵政民営化=改革派、それ以外=民営化反対=守旧派」という、小選挙区選挙制度で最も有効な選挙戦略、つまり「正しい奴とそれ以外」という、誰にでも分かる強烈なレッテル貼りである。そして、このレッテル貼りの罠に自民党内反小泉派と民主党をいっぺんにはめたという意味で、「ポジショニング」は見事な成功を収めた。ここまではおそらく、小泉首相の天性の政治センスのなせる技だろう。

 だが、ポジショニングだけでは「政権交代」というキーワードでマスコミを味方につける民主党に対していつまでも圧倒的優位には立てない。「レッテル貼り」の戦略を成功させるためには、人々の注意をそのレッテル以外に逸らせてはいけないからだ。そのレッテルに賛成だろうが反対だろうが、人々がそのレッテルの賛否について考え、議論し続けてくれるように誘導することこそが、まさに自民党のコミュニケーション戦略の成否の要なのである。

  自民党の武部−安倍−世耕のラインは、小泉首相が打ち立てたこの圧倒的優位なポジショニングをいかに徹底的に有効に活用しきるか知恵を絞っているに違いない。仮に、8月8日の解散から9月10日の投票日前日までの選挙戦の期間を、大まかに10日ずつ3期間に区切ってみよう。

 さて、問題はこれからだ。  候補者の品定めも終わり、郵政論争にも飽きたマスコミは、確実に自民党のメディア露出を抑えて論点を拡散させ、靖国や北朝鮮、増税、子育て支援、年金など面倒な話にネタを振り、自民党のエッジの利いたポジショニングの魅力を低下させようとする。コミュニケーション戦略のプロである世耕議員は、当然これらの対策をあれこれ検討していることだろう。後半戦の各党の出方が見物である。

 ■ 「良い商品が必ずしも売れる商品とは限らない」

 8月25日のブロガーを集めた会見、そしてその後も続くネットメディアへの働きかけが今回の選挙でどう効果を及ぼすのかは見えづらい。だが中長期的に見れば、ブログあるいはネットメディアが(政治的な)コミュニケーション・チャネルの重要な1つと位置づけられたことで、ネットを利用する選挙マーケティングに2つの新しい法則が生まれることになるだろう。

 これらの傾向は公選法などとの絡みもあり、いずれも今すぐ始まることではないかもしれないが、次以降の選挙ではますます強くなるだろうということは言えると思う。

  ただ注意しておきたいのは、2003年以降の政策プロセスにおいて変わったのはあくまで「商品をどう位置づけるか(ポジショニング)」と「それをどう伝えるか(コミュニケーション・ミックス)」という2つの部分だけであって、「どのように政策を形成し、法案としてまとめていくか」といった根本的なプロセスは、自民・民主両党ともまだ手探り状態だということだ。

 特に自民党は、小泉首相の個人的爆破力で従来の支持団体を通じた政策集約プロセスを「ぶっ壊した」に過ぎないのであり、その後どのようにして党としての政策を集約していくのかというシステムのビジョンはまだ持っていないのではないだろうか。某電機メーカーの「破壊と創造」という標語に倣って言えば、「創造」の方にはまだ手が着いていないように思う。

  ここ数年、民主党のマーケティング戦略が大成功を収め、「マニフェスト」が選挙のたびにキーワードとなってきた。が、どうも民主党はそのキーワードに寄りかかりすぎ、敵の闇討ちに油断していたのではないだろうか。今回の総選挙は、「良い商品が必ずしも売れる商品とは限らない、そして逆もまた真なり」というマーケティングの金言を、改めて世の中の人に思い知らせるものになるような気がしてならない。

完 (2005年8月29日)


(私のコメント)
R30氏の記事は8月30日の選挙公示前の記事であり、これを見ても自民党が民主党を破る事は目に見えていた。それに対して民主党は岡田、菅、小沢、鳩山の4人の代表がテンテンバラバラになって空中分解していた。明日17日の党大会で新代表が選出されますが看板を変えただけでは民主党は変われないだろう。小泉手法で言えば古い4人の代表を引退させるぐらいの人物でないと今の自民党には勝てない。

しかし新代表がいきなりやろうと思っても無理だし、最初は挙党一致体制で出発して、党の組織そのものを新しくしなければならない。しかし党を近代化するには古いボス達を粛清しなければなりませんが、寄り合い所帯だから、いきなりやれば党は分裂してしまう。古いボス達も自民党の例を知っているから安易に若手に代表の座は渡せないが、菅、小沢、鳩山では自民党に勝てない。

最新のニュースでは菅元代表も出馬を決めたようですが、小沢代表もたぶん出るのだろう。以前の政治体制なら菅氏か小沢代表で再出発でも良かったのでしょうが、左右のイデオロギー対決が再現されそうだ。菅氏では岡田路線とあまり変わらないし、小沢氏では鳩山氏と同じで小泉首相には勝てない。常識的には民主党生抜きの代表を立てて民主党の立場を明確にすべきだ。

その点では前原氏が日本新党出身ながら若手に支持されての出馬でしょうが、一度やらせてみてはどうだろうか。自民党に対しては世代交代で自民党を揺さぶれば面白い。問題は民主党を纏めきれるかどうかですが左右のイデオロギー対決が厳しくて、民主党が政権をとるためには横路氏らの左派を切らないと政権はとれない。

イギリスの労働党も長い間野党でしたが、ブレアを育てて左派を切り捨てて政権を取ることが出来た。労働党が政権を取ることが出来たのも経済界を説得して今までと変わらないことを協調したためで、サッチャー保守党以上の親米政権になった。だから日本も民主党が政権をとっても小泉政権以上の親米政権であることを訴えるべきだ。岡田代表は親中国的で失敗した。

R30氏の記事にもあるように政党を近代化したように装うには広報戦略が大切だ。小泉マジックといわれるのは広報戦略が上手くいった為でマスコミもこれに乗っかった。自民党はネットのブロガーにも懇談会を持ったが、民主党はネットのブロガーには声をかけなかった。その辺の対応が遅れているから民主党は負けるべくして負けたのだ。


「選挙と文化」について。 ニュースと感想  (9月16日)

今回の選挙の意義について、広い歴史的な視点からとらえよう。簡単に言えば、こう言える。
 「情報化時代に適しているか否か」
 これが勝敗を分ける。ここで、「情報化時代」というのは、インターネットやパソコンではない。そういうのは、若い世代には受けるが、人口の多数を占める高齢者にはあまり影響しない。また、ネットオタクは、投票率が低い。では、何が「情報化時代」か? テレビだ。いささか時代錯誤的に思えるかもしれないが、テレビがようやく、選挙の主役となった。
 それまでは何だったか? 地盤である。つまりは、コネと人情だ。「故郷のために役立つ ○山○郎 をご支援下さい。粉骨砕身、故郷のために尽くします」と人情がらみで訴えて、これまでは当選してきた。しかし今回、そういう古い連中は、落下傘の刺客に、粉骨砕身どころか、こっぱ微塵にされた。
 特に、影響を受けたのが、民主党だ。地盤なんかあまり関係ないと思えたが、相手は地元の対立候補ではなくて、テレビにいる小泉だった。民主党候補がいくら地元を駆けめぐっても、誰もその顔を見ることはない。(当り前です。普通の人は、昼間は地元にいない。)……で、テレビにいる小泉ばかりが目立って、民主党候補はノックアウト。

 ここでは、肝心なのは、
 「テレビで何を訴えるか」
 である。小泉という役者、もとい、詐欺師は、その点ではきわめて優秀だった。「改革」とだけワンパターンで繰り返し、短い時間の放送で国民の頭にCMをたたきこんだ。これは、まあ、15秒のCMを繰り返すのと、同じ手法である。
 一方、岡田の方は、こうだった。
 「愚直に政策を訴える」
 政策? 何を言っているんだか。「増税します」という言葉以外には、誰も何も知りはしない。だらだらと「年金、増税、少子化対策」なんていっても、耳に残るのは「増税」だけだ。

 結語。
 小泉はテレビ時代に適した対応をして、国民に広く訴えた。岡田はテレビ時代に取り残された地盤方式の対応をして、愚直にどさ回りをした。
 一言で言えば、役者が違う。片や、ヨン様かキムタクみたいな宣伝をして、片や、田舎芝居のチンドン屋みたいなことをしている。で、それを見た国民は、「田舎役者は引っ込んでいろ」と審判を下したわけだ。こうして、選挙ショーは、幕を下ろした。

 [ 付記1 ]
 このことの教訓は、「選挙はしょせん、ショー・タイムだ」ということだ。「選挙は政治的な美人コンテストだ」と言ってもいい。いずれにせよ、それが民主主義というものだ。民主主義とは、「最適のものを選び出す理想のシステム」なんかではなくて、ただの「宣伝競争の場」なのである。そこを生き残ったものだけが勝者となる。
 これは、経済の場における、「宣伝」の重要性とも共通する。どんなに良い商品があっても、宣伝がなされなければ、誰もその良い商品があることを知らないから、ちっとも売れない。「口コミで売れるさ」なんて思って、ふんぞりかえっている老舗は、市場から見放されるだけだ。
 「良いものを出せば自然に売れる」
 というのは、現代では、化石的な時代遅れの発想なのである。このことに気づかない人々は、さっさと退場するのが賢明だ。さもなくば、自分が沈没するついでに、他の人々を巻き添えにすることになる。愚かな船長は、自らの信念に従って、愚直に直進したあげく、氷山に衝突して、全員を死なせる。……それが岡田だ。で、巻き添えで溺れた連中が誰かは、わかりますね? 

 [ 付記2 ]
 こういう馬鹿げた「愚直な方針」というのを見たら、それをいさめるのがマスコミの仕事だ。しかし、逆に、けしかけている阿呆もいる。朝日のコラム 2005-09-15 である。呆れたものだ。愚直な政策という道を示して、「それ以外には道はない」と結論している。だが、「それ以外に正解の道がある」と教えたのが、今回の小泉である。……「過ちて改めず、これを過ちという」。失敗は誰でもやる。しかし、失敗しても気づかない無反省こそ、その人の愚かさを示す。




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