戴冠U

ところで、京都競馬場のパドックはほぼ円形である。はっきりいってこれが曲者。何処に陣取っても向きは同じ
だが、光線状態が微妙に変わってくる。個人的には少し逆光気味になる位置がお好み(今回もここ)だが、逆
光を嫌って西端に位置する人も多い。正直余り撮りやすくはないのが淀なのだ。ま、直接陽が当たるだけマシ
なのであって、阪神競馬場は屋根が掛かってる上に、すり鉢の底にパドックがある構造なのでほんの一角しか
日溜まりはない。

さて、パドックをでていく16頭を見送った観客は一目散に散っていく。より見やすいポジションで返し馬を、レー
スを見たいのは誰しも同じである。ここでもうイッチョ考えねばならない。レースが撮れる場所はあるのか、ゴー
ル前は外ラチから上の指定席まで身動きできない状況だ。数年前の天皇賞がまさにその状態だったから、今
日はまず選択できない。ならば4コーナー側に逃げるしかない。実は4コーナーサイドも過去に人混みに阻まれ
て何も見えずに終わったことがある。
それでも旧スタンドの上の方なら行けるかもしれない。

5分後、しっかり場所をキープできた。我ながらちょっと強引に人混みを掻き分けての移動だったから、ちょっと
気は引けるけども。
返し馬が始まっているようだが、こっちからはさっぱり見えない。向こう側へ廻ってしまうから仕方がないけどね。
それでも以前に比べれば身近な位置に巨大な画面が出来たから状況は手に取るように分かるのは有り難い。
しかし余り言いたかないが、JRAさんも相当な入れ込みようであって、繰り返し過去の映像を流している。ミス
ターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン…もう三冠でなきゃしょうがない雰囲気だ。JRAこれは大博
打じゃないだろうか。

自然と周囲の雰囲気も三冠当然の雰囲気で盛り上がってくる。多分違う馬券を持つ人もいるだろう。でもそうい
う雰囲気ではない。競馬場全体の空気は完全に三冠の瞬間を、歴史的その走りを待つ、それだけに染まって
いる。
何か違うなあという気もするが、とにかく4コーナーまくりの瞬間さえ押さえられれば私は満足だ。負けちゃった
ら確かに寂しいけど。

相変わらずさっぱり合わないファンファーレの手拍子にちょっとだけ参加した後、そそくさとファインダーを覗く。
ゲートの中までは分からないが、順調な枠入りのようだ。あっけなくポンと飛び出した馬群でまず目に付いたの
は10番だった。スカーレットブーケの子だったか、煽って出遅れる。先行脚質故にずっと気になったものの馬券
では外した(だって実績ないもんね)奴である。あ〜〜あ、圏外確定。
で、問題の7番青帽子を探す。

ほほ〜〜、いいスタートじゃないか。8が飛んでいく展開も予想通りだ。アドマイヤジャパンもポンと出てインにく
っついている。よしよし。
しかし最初の4コーナーを回ると周囲は悲鳴に変わる。
何処向いとんねん。
掛かっていると言うよりバカついている感じで、フットワークも無茶苦茶である。武も必死に押さえているが、あ
っち向きこっち向きフラフラ走っている。これはそこそこな馬なら圏外へさようならな展開である。
しかしこっからが武の真骨頂。前を行くアウステルを上手く盾にしながらインへ切れ込むと、あっという間に馬を
黙らせた。
これでレース全体が落ち着いてしまう。何だか三冠へまっしぐらに続くビデオテープを見せられているような気
がしてくる。
ふと気が付くと、件のローゼンクロイツが4番手のインにつけている。いやはや思い切って前へ行ったのか、安
藤。しかしここからで伸びるのか?などと思う間に先頭は淀名物の坂を上って下る。
ゆっくり上りゆっくり下ると言われた淀の坂越えは、淡々と過ぎていく。さすがにミスターシービーしちゃう奴は
居ないか。前の方では早くもジャパンがハナに立つ。むしろ後を引き離してセーフティリードになりそうな勢いだ。
周囲が又ざわめきだす。ファインダーの中の武の腕はじっと動かないままだ。ホントに直線だけで勝負なのか。
生け垣沿いの最短コースを駆け抜けたジャパンはファインダーからはみ出している。ローゼンはすかさずイン
へ、武は遠心力に弾かれるように素早くアウトコースへ進路を取る。やっぱり芝のいい外へ来たか。シックス
センスもそれについて外へ振ってくる。
ここからの脚は全く別次元だった。ほんの2間歩でアウステルを交わすと、目の前にはローゼンクロイツ。ファ
インダー越しにも並ぶまもなく突き抜けるのが分かった。
やはりコイツ、化けモンだ。

しかし、あ〜〜悲しいかな直線の半ばからはこの位置から正確な順位を把握するのは不可能だ。ターフビジョ
ンに目を向けると、あいやジャパンとの差はだいぶんある。

おい、負けるのか、そらないだろう。頼むぞほんと。

武!!だか、
ディープ!!だか、
それ〜〜!!だか分からないが、4コーナーは大合唱だ。
自分でも何か叫びまくった記憶があるが、何を叫んだか思い出せない。思い出せないが、レースを終わったら
声がガラガラだった。
何度も恐縮だが誰もが馬券を買っていたわけではない。しかしこの瞬間、4コーナーの誰もがディープを必死で
後押ししていたと思うし、ゴールの側では誰もがディープを必死で引っ張り込もうと声援を送っていたと思う。状
況は全然違うけど、オグリキャップの有馬記念を思い出した。後でビデオを見たら残り100mからは全く余裕に
見えたけども、はっきり言ってそれまではかなりヤバイ状況に誰もが思ったはずだ。
その後はよく覚えていない。
豪快なウィニングランを期待したけれど、↑が有ったからか武は2コーナーで後戻りしてしまった。
まさかと思うけど、打ち合わせ通り?
でもそんなことはどうでもイイ。自然に沸き起こった拍手がゴール板の方から渦になって押し寄せてくる。
「よかったね」
「イイもん見たな〜」
そんな声をそこかしこで聞きながら、スタンド裏手の芝生へ出た。
あわやの激走を見せたジャパンと横典のお陰で、足代と泊まり賃と土産代が余裕で回収できた。申し分ない、
大成功の展開ではないか。
順調に帰っても帰宅は10時を廻るだろう。
しかしそんなことはどうでもイイ。ディープインパクトの勇姿を思い出しながらまったりと帰ることにしよう。

*ここまで来て、
 何だ馬券自慢かよ
と思ったあなた、否定はしませんよ。集られてももうないからね。