戴冠

このところ週末には何かしら仕事が入っていることが多い。17時20分、どうにか仕事をうっちゃって、さあ、
帰るべ〜〜(何しろ出雲市に居るのだ)と車に乗り込んだ。どうあがいても松江までは1時間コース。
こら乗り遅れ必死だわ…。

と言うことで、自宅に帰還したのは6時半。荷物を抱えつつ、タクシーを呼ぶ。どうせ最速でも呼んでから5
分は余裕がある。持ち物の最終チェックをしてから、駆け下りるとちょうどタクシーが滑り込んでくるところだ
った。我が家から松江駅までは、はっきり言って微妙な距離である。近い部類なのは間違いないが、歩くと
なるとそれなりに時間を要する。かといってこの時間の、しかも週末ではバスは全く期待出来ないのが松
江の悲しいところ。贅沢かもしれんが止むを得ない。

松江駅のホームにソロソロ入ってきた最終の「やくも」は何と3両編成。予想してはいたが、車内は一目で
それと分かるおね〜〜さんがパラパラ乗っており、ますます脱力感を覚える。今日は出雲ドームでタッキー
&翼のコンサートがあったのだ。正確には今も夜の部をやっているはずだが、彼女らは午後に堪能した口
なのであろう。ま、別にどんな格好をしようが構わないが、強烈な化粧臭だけは勘弁して欲しいところだ。
「あれさ〜〜、よかったよね〜〜4曲目かな。タリラリ〜〜タラダラ、ドンドンってやつ、曲名が思い出せな〜
〜い。」
何つうのを延々横で聞かされるのだから堪えがたい。まあ、ハイになる気持ちはワカランでもないから、こ
こは出来るだけ聞かぬように神経を集中しつつ、新聞に見入ることにした。「やくも」で新聞熟読は、いろん
な意味で危険なんだけど。ダメな人は何もしないでも酔うからな、振り子電車は。

で、やっと本題が登場する。おもむろに開くのは駅のコンビニで買った競馬新聞である。無論明日の京都開
催の奴である。明日だけど今日と…などとどうでも良いことが気になるが、もはや後戻りは出来ぬ。このまま
乗り継げば、新大阪着が22時59分。東淀川の定宿にはいるのは30分くらいだろう。明日の過酷な行程を
考えればこんな無茶はしたくなかったが、17時まで出雲で缶詰である以上、夜行か泊まりかしか選択肢は
なかった。
こんなので夜行なんか使ったら、それこそ死んでしまう。したがってこれでもまだマシな方を選んだはずだった。

そこまでして行くの?
そう問われれば即座に私は言う自信がある。
当然だ。
今年はいつもとは違うのだから。

私は長距離レースが好きである。なぜなら4コーナーに陣取れば、馬たちは2度前を通る。ちょっと得した気
分が味わえる。近年こそ忙しさに負けてほったらかしだったが、マヤノトップガン、ダンスインザダーク、マチカ
ネフクキタル…
何度となく淀の坂越え3000mの舞台に立ち会ってきた。
ならばこそ今年は絶対に見逃せない。出向かねばならない。


自分で仕掛けておきながら6時に鳴った目覚ましには驚愕した。何が嬉しくて「はいからさんが通る」で起き
ねばならんのだ。せめて…
まあいい。
無理矢理シャワーを浴びたら大分シャキッとした。
本日のお出掛けは7時20分と決めてある。
JR山崎駅から出るバスは、8時10分が始発である。半分寝ながら聞いたテレビ(見てない)では徹夜組が
それこそ数千人いるらしいから、こちらも出来る限り早く行きたい。
チンタラ走る京都行き鈍行を、「なは」+「あかつき」が追い抜いていく。余り人は乗ってないな…。
山崎駅前に着くと、既にバスが待っていた。オッサンが一人、京阪バスの案内係に文句を言っている。どう
やら始発は既に出てしまったらしい。8時5分なのにだ。おそらくバス一台分くらい客が揃ってしまったので
出さざるを得なかったのだろう。文句を言いたいおっさんの気持ちも分かるけどね。

記念入場券を先着で配布、なんて言ってますけどね。アレ、真っ当な時間に行けば普通に手にはいるのだ。
と言うことで、入場したものの、レーシングプログラムが特製だという。これも並ばねばもらえないという仕打
ち。ゲート横は大行列だ。ま、取り敢えずパドックで場所取りが先決なのでパドックへ。当然1列目は完全に
ふさがっているが、それはいつものこと。彼らは徹夜に開門ダッシュでスペースをゲットする「普通でない」人
たちだから、6時起きで文句言ってるこっちは相手にならない。とは言え1列目でも濃淡はあるわけで、少しで
も人の薄いところを選んで2列目に陣取るのが経験から言っても吉である。一列目が薄ければ(人が少ない)
メインレースの頃には1列目に入れて貰えることもあるのだ。
競馬の写真が難しいという人が居るが、それは間違いだ。たしかに生き物相手で上手く行かないこともある
が、むしろ撮り手の位置が悪いことが多い。有り体に言えば、柵にかぶりつきで撮れば、大概は上手く行くの
だ。ところが2列目以降になると途端に視界が狭まり、撮れなくなってくる。つまり場所の確保が絶対なのであ
る。

別に難しくも何ともない。
居場所は確保したが、何しろ天気が悪い。霧雨なのが救いだが、雲の流れを見るに当分止みそうにない。
適度に雨宿りと買い出しを繰り返しつつ、ここはじっと待つのみである。菊花賞の日と言えばそこそこメンバ
ーが集まる新馬戦や、かえで賞あたりで将来のスター候補を探すのも楽しいのだが、今年はどうもねえ。
時間が経つのが遅い。
そこで珍しく真面目に馬券を考えることにしよう。

当たり前だがこの期に及んでディープインパクトを外した馬券は有り得ない。
…と言いつつダービ−では外していたのだが。
どうせ4コーナーまで死んだ振りで追走し、外に持ち出して大外一気の追い込みで来るに決まっている。イ
メージとしてはダンスインザダークではなく、負けたが1番人気だったダンスパートナーの菊花賞だろう。武
豊だって負けるわけにはいかないから、無茶はしない。

となると、後から行く馬は総じて分が悪い。よーいドンの追い込みでディープを超える脚を使える馬は皆無
だ。
となれば前で競馬をする馬はどうか。実は菊花賞の場合、追い込み馬同士で1、2着という例はこれ又
皆無である。ダンスインザダークもそうだが、怒濤の追い込みが決まった時でも、相手は先行馬が残るの
が普通である。追い込み馬の相手は4コーナー5番手以内と言うのが一つキーポイントなのだ。
で、今回は6,12,14をチョイスした。セントライト記念から廻ってきた連中はちょっとハズレ臭いが、なか
なかの先行力と粘りがある馬らしい。とくに一押しはアドマイヤジャパンで、春から追っかけてた逸材であ
る。何しろサンデーサイレンスにカーリアンという血筋であり、母親はあのビワハイジだ。その辺りの思い込
み(思い入れ?)もある。
人気は同枠のフジが背負っているが、私に言わせれば彼はジリ脚系追い込み馬でお呼びでない。
14も12も以前のレースを見ていないので分からないが、4コーナーで5番手以内には確実に居そうである。
ちなみにローゼンクロイツが伏兵人気の一角を担っているが、正直危ない。だいたいローゼン(ロゼ)一族は
ぶきっちょな追い込み馬が非常に多く、図ったようにちょっと足りない奴ばかりなのだ。
もう苦笑いするしかないぐらい本番に弱いし。とくにGTでは頑張るけど結局足りないタイプとしか思えない。
ダービーでもやられたし、もう信用しない。
さて、混まない打ちにさっさと馬券を購入し、迎えるは14時50分。パドック入場である。
望遠レンズで追っかける。1番、2番、3番…6番、8番、9番…え?
周囲もどよめく。ディープだけ居ない…。
よく分からないが11番の前にディープは居た。わざわざ宿敵(と言えるかどうか)シックスセンスと並べた訳じゃないと思うけど。
やっぱりちっちゃいな
と言うのが正直な感想。450kgそこそこだからね。
この体の何処にあの飛ぶような圧倒的な瞬発力が秘められているのだろう。

内に秘めた闘志と言えば件のジャパンも非常に良い。
グッと足許を見つめるまなざしは気負いではなく、気合いと見えた。
個人的にこういう雰囲気は大駆けの予感がしている。毛並みも周囲に比べ各段によい。
こう言っちゃあ悪いが前を行く僚友フジの方は、520kgクラスのモンスターマシーンなはずだが、こちらはまるでや
る気がないかのようにノボ〜〜っと歩いている。どう見ても狙えないパターン。
さて、話題はディープに戻すとして、予想通り「止まれ」の合図は目の前。やっと覗いた日差しに磨き上げられた毛
並みが輝く。
わざわざ第10レースを断ってスタンバイしていた武豊。13万人を超える観衆の前では、もはや負けられな
い。